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救ったわけではない。

昨日は、ほぼ、ムギに会えなかった。

母屋のみんなが、末っ子くんの誕生日祝いに出かけたあと、
ムギに会いに行った。
誰にも邪魔されずに、ゆっくり二人で過ごせる。

ムギは小屋に入っていた。
でも、きゅ~んと鳴くことがない。

これは、出て来ないときの合図。

きゅ~ん、とは、甘え鳴きなのだ。
だから、きゅ~んと鳴くときは、
甘えたくて嬉しいときなので、
必ず、出て来たり、寄って来たりしてくれる。

昨日はムギは黙っていた。

手を入れて撫でても、ゴロゴロとも言わない。
疲れているようで、丸くなって寝ている。

警備で疲れてるんだね。
金曜日は、あんなに寒かったのに、
警備でムギはおちおち小屋にも居られなかったのだから。

午後、夫には甘えて抱っこされたと聞いたから、
大丈夫とは思うが、
具合が悪いのではないかと心配になる。

しばらくムギを見つめていたが、
最近大好きな「ちゅーる」というおやつを、差し入れした。

すると、ちゃんと舐めて、きれいになくなった。
だから体は大丈夫。

長居しても逆に悪いので、部屋に帰った。

夜中にまた行ってみた。
ムギは留守で、空っぽの小屋が悲しかった。
呼んで、呼んで、待っていたが、
30分待っても帰って来なかったので、
ベッドに小さいカイロを入れ、
小皿にちょっとだけ餌を入れて、
わたしは部屋に戻った。

気持ちは真っ青だ。

ムギに会えない寂しさと不安で潰れそう。
携帯で、ムギの写真を繰り返し見る。

脚に乗ってくれて、毛布でくるまれている後頭部。
それが、いかに幸せな時間かが身にしみる。

外猫だったムギを、家猫にしたかった。
あまりの可愛さと、3本脚というハンデを考えて、
一緒に暮らしたくなった。

そして、今思うと、非常に恥ずかしいのだが、
外猫を一匹、救える、と思っていた。

これは、大いなる「思い上がり」に過ぎない。

そんな考えでいたからいけないのだ。
わたしに、猫を救う力なんてあるはずがない。

本当に甘かった。
考え違いをしていたと、反省している。

わたしたちは、ムギに与えたのではなく、
ムギから、あらゆることを、与えてもらっているのだ。

ムギほどの器量良しで、言葉も理解できる子だから、
きっと、ほかに、可愛がってくれる場所ができたと思う。

なのに、外に返したとき、
ムギはいなくならず、
家の周りにちゃんといて、
当時ガレージに居て、
餌だけやっていた「コゲちゃん」という小さい猫を追い出して、
ガレージに、いついてくれたのだ。

あのまま、ムギがぷいっと居なくなって、二度と会えなかったら、
わたしたちは、おかしくなっていたと思う。

ムギに再度選んでもらえて、
すぐにベッドを置いて、小屋を注文した。

ムギがいてくれて、わたしたちは、救われたのだ。
救われたのは、こちらなのだ。

そんなことを考えて眠れず、
結局また、セロクエルを足して、朝になって寝付いた。


午後、夫が車で買い物に出る前、
ムギが小屋にいるのを見つけて、
電話してきてくれた。
今ならムギがいるから会えるよ、
車を出すと、ムギいなくなっちゃうから、
出かけるのを少し待ってあげるから来れば?と言ってくれた。

前日、会えなくてしょんぼりしてるのをわかって、
知らせてくれたのだ。

わたしはすぐに着込んで、ムギに会いに行った。

ムギは頭から小屋に突っ込んで寝ていて、
ムギちゃん、と声をかけたら、
きゅ~ん、と小さく鳴いた。

あ、鳴いた。
これは、甘えてくれる時の声だ。

座って、脚にひざ掛けをかけると、
ムギが方向転換して、小屋から出て来てくれた。
脚に上半身を預けてきたので、
よいしょっと、と言って、持ち上げて乗せた。

ああ、ムギちゃん、久しぶりだね。
乗ってくれて嬉しいよ。
抱っこできて嬉しいよ。

ふっくらして、まあるくなった後頭部が愛おしい。

ムギも、今日は敵が居なくて平和らしくて、
ゴロゴロ言って喜んでくれた。
何度も振り返って、にっこりしてくれた。

こうして、ムギから幸せを与えてもらっている。

こちらが与えているのは単なる「物質」で、
精神的に、与えてもらってるのは、わたしたちなのだ。

草の実を取ってブラッシングして、
ふんわり毛布をかける。
そうして、何をするでもなく、ただくっついて過ごす。

それがいかに幸せなことか、わかってる。
いつ、ムギがいなくなるか、わからないのだ。

大事な大事な時間。
心が繋がってるのがわかる。


わたしも、ムギのようになりたい。

わたしは今、家事に全く参加せず、
自分のことしかやってない。
ちまムギの世話は、もちろんやっているが、
夫のシャツにアイロンをかける以外、何もやっていない。

存在の価値がない。役に立っていない。

でも、そばに居てくれればいいよって、もし思ってもらえるなら、
きっと幸せだろうな。

猫じゃなくて、ヒトだから、そうはいかないのはわかってる。

なにかちょこっと相談したり、
報告したり、
日常の、何気ない会話がしたいとは思うが、
夫は、いつも忙しく、いつも不機嫌なので、
大事なことも、話しかけにくい。

でも、頼めばすぐにやってくれる。
キッチンのシンク上の照明が暗くなったので替えて欲しいと頼んだら、
その日のうちにやってくれたし、
浄水器のカートリッジを取り替えて欲しいと頼んだら、
翌日にはすぐ購入してやってくれた。

だから、わたしも、夫に頼まれたことは、
惜しみなく、すぐにやる。

一緒に住んでなくても、頼りあえるのはありがたいと思う。

今日はちまが一緒に寝ていてくれた。
途中まで毛布の中にもぐっていたと思うが、
目を覚ました時は、毛布の上、わたしのお腹に乗っていた。
ちまのベッドにはホットマットを入れてあるので、
そっちのほうが暖かいと思うのだが、
欲しいものがそれじゃないことって、あるよね。

ムギだって、寒いし小屋から出たくない時があると思うが、
それよりも、愛情をチャージしたいときは、
寒くても、乗ってきてくれる。

貴重な貴重な時間。

子育てが、人生の中において、ほんのいっときで終わってしまうように、
猫たちと一緒に居られる期間も、
短いと思う。

一回一回を、大事にしたい。
ちまもムギも、心から愛してる。

                                          伽羅moon3




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