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忘れたらいいのに。

昨日も少し書いたが、
わたしは、人の話を聞き流すということができない。
いちいち、マトモに聞いてしまう。

だから、同じ話を何回もされると、
ああ、その先はもう知ってるよ…と思うし、
わたしの母はもっとタチが悪くて、
喋るたびに、話に尾ひれが追加されて行くのだ。

前回聞いた話と違っていくので、
それもまた、許しがたく、
その話、この間も聞いたよ、と言えば、
両方の親から、「何回したっていいじゃないか!」と怒られた。

内容がちょっとずつ変わって行くのも、
すごく不愉快なんだよね。
でも、そこ!この間と違うよ!とも言えず、
母は悲劇のヒロインぶって、
どんどん話が大きくなる。

お姑さんのほうが、毎回きちっと同じ話だから、
まだ、誠実さを感じるくらいだ。

人の話をさえぎってはいけない、
大人同士が話している時に子どもが口を挟んではいけない、
などと、わたしは厳しくしつけられたので、
遮ることなく、全部聞く。

しかし、夫は人の話をさえぎりまくる。

しかも、指摘すると、その自覚さえないのだ。

いかに、人の話を聞いてないかってことだ。
自分が喋ることのみ、重要ってことだからね。
でも、大人数の家族では、
そうしないと、自分の意見なんて言えなかったのかもしれない。


母がちらっと言ったことまで、わたしはすべて覚えているので、
それがしんどい。
忘れてしまえたら、どんなに楽だろう。

子どもの頃にけなされた言葉も、
一言一句、覚えている。

自分の子どもをけなすって、
一体どういう了見なんだろう?
わたしには、まったく理解できず、共感できない。
わからない。

それほど、母は自分を、優秀な人材だと思っていたのだろうか。

母が、欲しがっていたものなども、
わたしはきっちり、覚えている。
母とほぼ、絶縁状態だが、
買い物してるときや、カタログを見ているときなど、
これは母に似合うのではないか?と
考えたりしている。

先日、和雑貨屋で、携帯電話の、組紐型のストラップを見つけた。

今は都会ではスマホ全盛期で、
もう、携帯電話のストラップなど、滅多に売っていないのだ。

それを見つけたとき、そうだ、母が紐型のストラップを欲しがってた、
と思い出した。
もう2年も前のことだ。

再婚したときに、
夫が携帯を買って、わたしの親に持たせてくれて、
出張先で買った、ちりめん紐を結ったストラップを付けてくれたのだ。
しっかりして持ちやすいストラップだった。
それがダメになったらしく、
本屋のおねえちゃんにもらった、
オマケのナントカちゃんをつけていて、
それが気に入らない、紐のがいい、とと言っていた。

その時はすでにもう、ストラップはほとんど売っていなくて、
わたしでさえ、不自由していたので、
いいじゃない、そのナントカちゃんで、といさめたのだ。

なので先日、雑貨屋からすぐ母にメールして、
携帯の紐型のストラップが要るかどうか聞いたら、
欲しいです、と返事が来たので、
一番派手な色のを買った。

で、帰宅して、あけてみて、ああ、これ、すごくいいなあと思い、
同時に、
あれ?
わたし、何で自分の分を買わなかったのだろう?と思った。

わたしは、ハンズで買ったデザイナーズのストラップを、
携帯4台分に付けて使ってきた。

すごく気に入っていたのだ。

さすがに、何年も使って、ストラップ紐も擦り切れたので、
福袋に入っていた、
手ぬぐい生地で作られたストラップに付け替えた。

でも、今年、鬱の症状が悪化してたころに、
とにかくいろんなものをこぼしまくっていて、
わざわざそのストラップ部分に、味噌汁をこぼした。

拭いたら、生地がぼろぼろになった。

だから、自分も、新しいのが欲しかったのに。
なんで買わなかったかなあ。
再来週、また、買えばいいか。
と、思っていた。

そしたら、翌日、友達から、誕生日プレゼントが送られて来た。
開けてみて、わたしは、「ひゃ~っ!」と声を出してしまった。

それは、携帯用の、組紐のストラップだったのだ!

なんで?
なんでわかったの?
どういうこと?

確かに、思い返せば、友達に、
ストラップに味噌汁ぶっかけた…と話したような記憶がある。

彼女は大判のスマホだが、
手に掛けて持てる、紐のストラップが自分でも欲しかったようで、
真田紐を取り寄せて、
自分で、作ってくれたのだ。

そうか、そういうことだったのか…。

わたしは、もらえると決まってたから、買わなかったんだ。

これは、無意識の中の、共通の意識と言う。

すごく嬉しくて、美容師さんに、この話をして、
わたしが母に買ったのと、
わたしがもらったストラップを写真で見せたら、
「ひゃ~っ!」って叫んで、
鳥肌立ちましたよ!って、びっくりしていた。

こんなことがあるんだねえ。


それとは別に、母が、
とある調味料が売ってなくなって困ってると、
やはり二年前に言っていた。

それもわたしはもちろん覚えていて、
スーパーに行くたびにチェックしてた。
こちらでは売っているので、買っておこうか?とメールしたら、
最近、売ってるのを見つけて買えたと返事が来た。
なので買わなかった。

何年経っても、わたしの記憶は薄れない。
新しいことで、覚えられないことがいくらでもあるが、
人からの言葉は、忘れられない。

これって、よしあしなんだよね。

忘れたら楽になるのにって思うことのほうが多い。

でも、忘れられないから、
仕方がない。

いいことも、ちゃんと、覚えていたいね。
ちまが毎日抱きついてきてくれること、
ムギを膝に乗せて毛布でくるみ、
二人でぼんやり過ごしてた時間。
とても貴重な時間と記憶。

忘れられないのは、仕方がない。
忘れなさい、って気軽に言う人がいるけれど、
忘れられたら、本当に楽だと思うよ。

でも、できないんだから、しかたないんだよ。

                                             伽羅moon3




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