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2016年12月

心を閉じていればいい。

長年、そうして生きてきた。

下手に近付きすぎたり、
下手に、心を開いたりするから、
傷付くのだ。

やっぱり、人間関係に、最も必要なのは、
「適切な距離感」
である。

そこを超えると、
軋轢が生じる。
相手が自分の思うようにならないと腹が立ち、
コントロールしたくなる。

そういう親のもとで育った。
だからもう、慣れてる。
ハラスメントも、言葉の虐待にも、
慣れている。
酷いなあと思うけれど、
もう諦める。

こうして、ここで、
今までのように生きていけばいいんだ。

自分さえ、相手に踏み込み過ぎなければ、
失敗はもうしない。
相手からされても、慣れてるから、もういい。
諦める。

本来なら、夫婦こそが、
最も近いところに気持ちがあり、
頼ったり甘えたりし合えることが理想だけれど、
それももう諦める。

表面、さらっとやり過ごす技術は、持っている。

それを放棄して、
ヨロイを脱いだ弱弱しい自分で生きて行きたかったが、
それも叶わぬとわかった。

だから、今生ではこういう人生なんだと、
割り切ることにする。
問題を起こさず、ことを荒立てず、
見た目では、ダメージがわからないように、生きていく。

心を開くから、攻撃される。
閉じていればいい。
もうこれ以上、血を流したくはない。


夕べは、夜中、ムギは小屋に居た。
夕方来るねって前夜、約束してたのに、
急に夫と食事に行ったから、来れなかった。
ムギ、ごめんね、と謝ったら、
ムギはふうぅう~んと鳴いた。

手を入れて撫でたら、クルッと仰向けになって、
一番可愛いポーズをしてくれた。
ムギちゃん! かわいい!
ありがとう。
お腹をモフモフした。

そのあと座っていたら、ムギが伸びをして、
小屋から出て来てくれた。
深夜はもう、いつも小屋からは出てこなくて、
小屋の中でちゅーるを食べるだけだったのに、
出て来て、脚に乗ってくれたのだ。

嬉しかった。
ムギ、猫なんだから、気を遣わなくていいのに。
10分弱、乗っていてくれて、小屋に戻った。
ちゅーるをくれ~と鳴いたので、
ちゅーるを小屋に差し入れた。

ゆっくり眠った。
自然に目が覚めるまで眠った。
ちまが、上手にもぐっていて、
毛布のなかで、わたしに乗って寝ていた。
ふわふわ。あったかい。
起きるのがもったいないよ。

起きて、掃除をした。
掃除機は嫌いなので、クイックルのドライとウェットをかけた。
引き戸のレールも小さいホウキで掃除して、
便器も磨いて、
玄関のタタキも拭き掃除した。

今夜は「アメトーーク」を見たかったので、
早めに夕飯の準備もしてしまい、
夕方、ムギに会いに行った。

門扉に手をかける前にもう、ムギから呼ばれた。
ムギちゃん!
待っててくれたの?

待ちきれずにムギが来てしまい、
わたしが座って脚にひざ掛けを掛けるタイミングと合わず、
ムギが一回通り過ぎた。
なので、いつもと違って、こっち向きに乗った。

いっぱいナデナデした。
ムギ、待っててくれたの?
ありがとうね。嬉しいよ。

でも、おかかを食べたら、もういいやって感じで、
小屋に入ってしまった。

ちょっと足りない…。
でも、ムギはきっと、パパにも甘えて、足りたんだね。
小屋の居心地がいいなら、
ママ、頑張って冬仕様にした甲斐があったよ。

ちまを何回も抱っこして、
明日から、ママ、しばらく居なくなるよ、と説明。
ちま、理解したかな。
パパが来るからね。
でも、パパ、忙しいから、ちま一人になるけど、
3つ泊まったら帰って来るから、我慢してね、と、
ちまを説得。

離れるのは辛い。

息子が東京駅で新幹線に乗り、
わたしは品川からそれに乗る。

ちょうどお昼の新幹線なので、息子が東京駅で、
豪華なお弁当を買って乗ってくれる手はずになっている。

息子と二人きりになれるので、
とても嬉しい。
来年、どうなっているかなんて、わからないからね、
今を楽しまないと。

これが年内最後の更新になります。
みなさま、ありがとうございました。

帰宅しましたらまた、更新いたします。
どちら様も、良いお年をお迎えくださいませ。

                                           伽羅moon3




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わたしのブログ。

御用納めの日に、
ちゃんと会わなくて、
ねぎらわなかったことを、
夫は怒っている。

前夜、帰宅時間を聞いたら、
会社での納会だけで帰って来るかどうかわからない、
去年はそうしたが、今年のことはわからない、と言っていた。

わたしはわたしで、カウンセリングがあったので、
特に何も約束はせず、ムギのところに行ったが、
ムギがすでに留守だったのだ。

ねぎらいの言葉が足りなかったのは認める。
でも、じゃあ、どういう行動だったら正解なのか、
わからない。


今日は美容院に行くので、行く前に
夫の部屋に寄った。

すると、夫は鞄から、
猫柄のマシュマロを出して、
「昨日、ちゃんとこうやってお土産買って来てあげてたのに。」
と言われた。

んん?
責められてる?

何か、約束したっけ?
帰りの時間はわからない、という答えをもらったに過ぎないんだけど。

それで、じゃあ、今夜また待ち合わせて、
食事する?と聞いてみた。

夫は、おかあさんが一人だから、
食べるものを用意しなくちゃならないし、
このあと買出しに行くし、と、はっきりしない。

じゃあ、5時なら大丈夫なの?と質問したら、
それなら行けるかな、というような返事。

わたしは4時に終わるので、ちょっと時間を潰して、
5時過ぎに落ち合った。

わたしが行きたかった鉄板焼きのお店に連れて行ってもらった。
鉄板焼きの店が一番好きかも。

ワインを一本頼んで、
乾杯した。
一年間、お疲れさまでした、と言葉を添えた。
その時、夫が、何か不満を口にしたが、
敢えてスルーした。

美味しくいただいて、
お腹の具合もちょうど良くて、
満足だった。

食後のコーヒーがつかなかったので、
コーヒーを飲みに寄ろうかと言ったら、
その、「コーヒー」に、夫が引っかかって、
怒り始めた。

昨日のブログに、
わたしが、カフェの代金を払った、と書いたことが気に入らないとのこと。

その前の、食事代を出してもらっていることを書かないで、
たまたま、ちょこっと払ったぐらいで、
さも払いました、みたいに書いて、おかしい、
それなら、食事代を払ってもらいましたと書くべきだとのこと。

全部の出来事を書かず、一部分だけを、
都合よく書いていて気に食わない、みたいな内容だったように思う。

他にもいろいろ言われたが、
わたしは、シャッターを降ろすことにした。

だって、ここは、わたしのブログだから。


わたしは、夫に、
ブログを読んでくださいと言ったことは、一度もない。

書き始めて、ある程度経った時に、
実はブログを書いていますが、
どうしますか?
読みますか? 読みませんか?
と尋ねた。

夫が、読みたいと返事をよこしたので、
教えただけだ。

読むことを選択したのは、あくまでも、夫自身なのだ。

一回も、読んで欲しいと言ってない。

けれど、読んでいることを知ってはいるので、
マジでヤバイ内容は、書いてない。
夫に、「これはブログに書かないで。」と
頼まれている内容だって、それを守って、書かずにいる。

100%、出来事すべてを書いているわけではなくて、
起きたことの中で、わたしが特に何か感じた部分を、
クローズアップしてあるだけだ。
誇張ではない。
事実である。
そこにわたしの感情が絡まっているだけのことで、
別に、嘘を書いているわけではない。

夫の友人や家族が読んでいるわけでもなく、
コメント欄も閉じており、
わたしは、自分の心の整頓のために、書いている。

それが、セルフカウンセリングである。

自分が、このことに関して、こう感じたんだな、ってことを、
整理している。


わたしは会話ではうまく伝えられない。
シャッターが降りてしまって、反論も出来ない。
言われるがままだ。

だから、感情的な人と、かかわりたくないのだ。
ぽんぽん言い返せるのであれば、ケンカして、
その後、仲直りするのかもしれないが、
わたしには、その風習がない。
できない。

なので深夜に一人、自分の気持ちに向き合っているのだ。

嘘を書いたのなら、とがめられても仕方がない。
でも、書いているのは、
事実。
そして、それに関して、わたしが受けとめたこと。
それをチョイスして書いているので、
100%全部はもちろん書いていない。

食うに困らない生活費をもらっていて、
外食に連れて行ってもらって、払ってもらってることを、
書かなくてはいけなかったようだ。

せっかく、美味しい食事だったのに、
台無しになった。
もう、喋る気力も、とりなす気力もわかず、
夫とは別々に帰った。

方法は一つある。
ブログを読むのを、やめてくれればいいだけだ。
ごく簡単なことだと思う。

夫はスマホだし、ツイッターやらフェイスブックやらやってるので、
知りたがりの欲求は、それでもう、満たされるのではないか?

わたしについても、そんなに興味はないだろう。
話そうとしても遮りまくるってことは、
そういうことだ。

もう、いいじゃないか、読まなければ。
本当にやばいことは、さすがにわたしだって書かないよ。


帰宅して、洗濯機を回し、
甘えるちまと一緒に過ごした。
ちまがめずらしく、わたしの膝に乗ってきて、
ゴロゴロ言いながら、香箱座りをした。

ムギは昼間、夫にしっかり甘えたようだ。
良かった。
だから今日はわたしはまだ行ってない。
このあと行って、小屋にいれば、ちゅーるというおやつをあげる。

帰省が近付いて、
ちょっと不安定。
ちまと離れるのも心配。
わたしの留守中に、下痢したりしなければいいのだけれど。

入院より短い、3泊だから、
何とか、持ちこたえて欲しい。

明日、よく言い聞かせておくことにする。

さて、ムギに会えるかな?

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同一ラインにない。

最近、夢見が悪い。
寝るのが嫌だ。
なかなか寝付けない。
そして起きる時にしんどい。

精神的に不安定になっているのだ。

部屋がカメムシでいっぱいになってる夢や、
土砂崩れの夢を見て、
これは夢だ、起きればいいんだ、と
無理矢理自分を起こす。

起きた時から、ぐったりな気分。

今日は年内最後のカウンセリングだった。

終わってから、ちょっとだけデパートを見た。
ダンスクの、新しいマグカップが発売になっていて、
大好きな色があって、
持ってみたら、ちょっと台形で、重心が低く、
とても安定していたので、購入。
これを普段使いにしよう。
倒してこぼす確率が、格段に減る。

食べるものを買って、急いで帰宅した。
ちまに餌をやり、自分はシャワーして、
急いでムギのところに行ったが、
ムギは、居なかった。

このところ、夕方はずっといたのに。
夜になっちゃったから、待ちきれなくて、出かけちゃったんだ?
何度も呼んで、待ってみたが、
帰って来なかった。

空っぽのお皿に餌を入れて、写真を撮り、
夫に、このように餌を出しました、会えたら知らせてね、と
メールをしておいた。

すると、帰宅した夫から、
今夜は自分はムギに会えなくていい、とメールが来た。
ならば、わたしが行かなくてはと思い、
ではわたしがまた行きますね、と返事をしたら、
キミは、一年間仕事を頑張った僕より、
ムギのほうが大事なんですね、と来た。

なにそれ?

猫と夫を、同一線上に置いていると思っているのか?

夫は気が付かなかったようだが、
わたしは毎日、「お疲れさまです。」と夫にメールをしている。
今夜は、御用納めなので、
帰宅途中の夫に、
「お疲れさまでした。」
とメールをしたのだ。

でも、全然気が付かず、言葉が全然足りなかったようで、
ムギと比較して、完全にすねた。

一年間、頑張ってくれてありがとうございました。と、
改めてメールを送った。
仕方がない。
わたしの配慮が足りなかったのだから。

ムギは、まだ留守だった。
餌も減っておらず、帰って来た形跡がない。

こんなに長い時間、留守だなんて…。

どこかで怪我をしていないか、
どこかに挟まって動けなくなっていないか、
倒れてしまっていないか、
心配で心は潰れそうになる。

何度も呼んで、座って待っていると、
遠くから、ムギの可愛い声が、ちらっと聞こえた!
「ムギちゃ~ん!」
わたしもそれに答える。
またムギが鳴く。
声が近付いて来る。
わたしも呼ぶ。

ムギが、遠くから帰って来てくれたのだ!
わたしが呼んだ声を聞いて、
あ、ママが来た、ママが呼んでると思って、
帰って来てくれたのだ。

感激した。

ゴロンゴロンもせずに、鳴きながら、
ストレートに、膝に乗ってきた。
ムギの体は、草の実だらけだった。

ああ、ムギ、草地に潜んで、ずっと警備してたんだね?

脚に乗せた上体でブラッシングして草の実を取り、
専用ウェットシートで体を拭く。
ムギ、おなか見せて、と言うと、
ムギは言葉がわかるので、
不自由な足を駆使して、ちゃんとお腹を見せてくれる。
お腹も拭く。

それからまたブラッシングして、お尻から何か出てないかチェックして、
体全体を、くまなく撫でる。

傷がないか、痛がる箇所はないか、
毛が固まっているところはないか。

チェックが終わると、ムギ用の毛布をかぶせてくるむ。

ムギ、会いたかったよ。
無事で良かったよ。

早い段階でおかかを所望。
食べたらまた脚に乗る。

そのあと、お水をたっぷり飲んだ。
そしてまた脚にオン。

しばらくしてから、さっき出したカリカリを食べて、
軽くパトロールに行き、
戻って来てまた脚に乗る。

そのあとは、赤ちゃんみたいに、軽くトントンしてたら、
ムギは、くるまれて、すぴすぴと、寝息を立て始めた。

ムギ、疲れちゃったんだね。
ママの脚に乗ってて、安らいでくれたんだね。

一緒に暮らしてる時、
一緒に寝てみたかったけど、ムギはもぐって来なかったよね。

すぴすぴ寝てるので、そのままじっとしていたけれど、
冷えるし、トイレにも行きたくなって、
「ムギ、ママ一回帰ってもいい? あとでまた来るよ。」
と言ったら、ムギは、
「ふううう~ん!」と抵抗した。
毛布をめくっても、ゆすっても、断固降りない。

仕方がないので、もうちょっと頑張った。

ムギは愛情と気力をチャージしてるんだもんね。

3回目、ママ帰ってもいい?と聞いたら、
諦めて、しぶしぶ小屋に入ってくれた。

このあと、ゆっくりねんねんしなね?と言って、
戻って来た。


わたしはいつも、夫には感謝している。
クリスマスプレゼントも贈ったし、
イブにはカフェの代金をわたしが払った。

お願い事をするときも、丁寧にしている。
お礼もきちんと伝える。

でも、夫は、砂漠のような人だ。
いくら水をまいても、足りたことがない。

要求はどんどんエスカレートしてしまう人だった。

夫のおかげで、今の幸せがあるのだから、
猫と比較対象にはならない。
すべてが、夫ありきの話なのだ。

もう少し丁寧に、お礼を言う必要があった。
気をつける。

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悲しみのドライヤー。

少し前、タレントでアナウンサーの高橋真麻さんの話に、
共通することがあって、深く共感した。

彼女は俳優の高橋英樹さんの一人娘だ。

話によると、ご両親はとても仲が良く、
道を歩くときは、真麻さんを真ん中にして手を繋ぎ、
3人で並んで歩いたそうだ。

けれど、道幅が細くなると、
二人は真麻さんの手を離し、
夫婦で手を繋いで、真麻さんを、
一人で歩かせたそうだ。

姉妹の居ない真麻さんは、それが寂しかったと
本音を洩らしていた。

そのことが、まったく同じで、共感したのだ。

わたしも、一人にされてしまう子供だった。

一人っ子だから、大事に育てられたんでしょ、と、
常に偏見にさらされて来たが、
一人っ子の理由は、単に貧乏だったからなのだ。

わたしはかなり小さい頃から一人で留守番をしたし、
小学生から家事をしていたし、
3人のときは、両親が並んで歩き、
わたしは一人だった。

わたしはまだ子どもで、心細いのだから、
どっちか、そばにいてくれればいいのに、って、
当時から思っていた。

両親の結びつきは固く、
どちらかが怒れば、どちらかが慰めてくれればまだ良かったのに、
わたしは常に、二人から責められた。

味方がゼロ。
逃げ場もなし。


わたしは、中学生になるまで、
女の子らしくあることを、徹底的に排除されてきた。

髪を伸ばすことも禁止で、
スカートもなくて、
色も赤やピンクは一枚も与えられず、
小学6年生でもまだ、男の子に間違えられていたのだ。

中学生になって、ちょっとだけ髪を伸ばし、
当時流行の、マッシュルームカットにした。
それだって、父の姉(わたしの伯母)が、
伸び放題の、荒れたわたしの髪型を不憫に思い、
泊まりで遊びに行っていた時に、、
美容院に連れて行ってくれたからこそなのだ。

でもその髪型には、ドライヤーが必要だった。
わたしは、ドライヤーを持っていなかったのだ。

父は工場勤務だったので、会社で入浴してからの帰宅。
母は、天然パーマでベリーショートという髪型なので、
家にドライヤーがなかった。

あるとき、母が仕事で、父が休みの日、
ドライヤーを買ってやろうと言われて、
町に一軒しかない電気屋に連れて行ってもらった。

当時、種類もなくて、
店主の説明を聞いていて、
わたしは、風量調節が出来て、噴出し口も取り替えられる、
オレンジ色のが欲しくなった。

父に、どうする?と聞かれたので、
このオレンジのがいい、と答えたら、
父は即座に、こんな高いものはあかん、と言った。

あとに残ったのは、
いまでこそ、「カーキ」色って名前で呼ばれるけど、
いわゆる、軍隊系の色で、何の調節も出来ないもの。

オモチャのピストルみたいなイメージ。

そんなのなら、要らない、と思った。
こんな薄汚れた色のものを持つのは嫌だと
12歳の少女は思ったわけだ。

だけど、もう、家には、タオルドライか、扇風機の二択。

結局、父は、その、安いカーキ色のを買った。

なんで連れて行ったんだ、と恨んだ。

あの、綺麗なオレンジ色のを知らなくて、
これを与えられたら、仕方なく使ったのに、
連れて行かれて、どうする?って聞かれて、
欲しいものを指差したら、それはあかん、と言われ、
こんな色のものを持たされて。

ひどい仕打ちだと思った。

家に帰って、わたしは、こっそり泣いていた。

母が仕事から帰宅して、父がちくったらしく、
母がわたしの部屋に来て、
「なんや、気に入らへんのか!」
と、怒った。

わたしは、自分に嘘をついて、
首を横に振るのがやっとだった。

12歳の少女に、軍隊の色、気に入るわけがないやろ!って思った。
母が、
「お父さん、せっかく買ったったのに、あんたがふてくされてるって言うてる。」
と、わたしを責める。

もう、この世に、救いはないのだと思った。

「買ってもらったんやから、喜ばなあかん。いい子でおってや!」

わたしは黙って、うつむいて、
声を立てずに静かに泣いた。


そんなわたしの、同士が、ゴンだったのだ。
ゴンだけが、わたしの救いだったのに、
たった3年で、死んでしまった。

ゴンの死は、ペットの死にとどまらず、
わたしは、唯一の味方を、失ったということだったのだ。

悲しい思い出。
もっともっと、いっぱいある。
いくらでもある。

そんな生活を、
「大変やったんやから、しょうがない。」と切り捨てられる。
わたし、何か悪いことをしたの?
わたしの、何がいけなかったの?

母はよく、自分の姉妹の娘(わたしのいとこ)を引き合いに出し、
あの子ら、こんなにいい子やで、と言った。

わたしは心の中で、
「おばちゃんら、こんなに優しいで。」と
反論していた。

ドライヤーの件は、ごく象徴的な、わかりやすい話で、
こんな風に、両方の親から、いっせいに責められて、
わたしはいつも、追い詰められていた。

誰にもわかってもらえなかった。
味方がいなかった。

父や母が、社会的にどれだけ立派でも、
娘を、こんなことにしてしまった責任がある。
それは、精神科の先生も、わたしに言ってくださった。
けれど、それに、彼らは気づいていない。

わたしは、今も、苦しんでいる。

そんなに大変だったのなら、
なぜ、子供を持ったのか。
欲しくて持ったというなら、何故その大変さを、
子供に背負わせたのか。

帰省を控えて、
心が乱れる。

                                           伽羅moon3




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もしやり直せるなら?

どう考えても、
わたしは、今が、人生において最も幸せだ。

不思議に思われるかもしれない。

躁うつ病で、リウマチで、
胆のうを摘出したばかり。

でも、今の生活が、辛くない。

今まで生きてきて、辛くなかった時期が、
ないのだ。
ずっとずっとわたしは、辛かったのだ。

無理の連続で、発症した。

だから、今のわたしが、真実のわたし。
嘘のないわたし。

そのことが、どれほど楽なことか。


人間性を否定されて育ったので、
仕事で成果を上げるしか、自分を肯定する手段がなかった。

だから、どの職場でも、精一杯やったし、
それなりの成果を常に上げてきたと思っている。

今はその、仕事を持たない状況にある。

再婚してからしばらくは、
ほとんど出かけられなかった。
街の道も覚えられないし、
昼間、働いている女性を見ることが、辛かったのだ。

今はもう、辛くない。
何年もかかって、ようやく、自分をけ入れられたのだと思う。

わたしは親に対して、恨みがましいことをよく書くけれど、
わたしだって、当然、不完全で、未熟な親だった。

何が違うかと言ったら、
親を許せないわたしと、許してくれた息子、
という差だと思う。

息子は、いい子に育った。
立派な社会人になり、きちんと一人で暮らせる力を持ち、
大切な人と結婚できた。

上手に、親離れしたのだ。

なのにわたしは親に対して、
まだ色々と、恨みがましく思っている。

大変だったのだ。
すごく大変な生活だったのだ。
父は三交替勤務、
母も働いていて、すれ違いも多く、
祖父の借金を背負わされて、大変だったのだと思う。

でも、その原因は、わたしにあるわけではない。
決してそうじゃない。

だから、「大変だったんだから」という理由で、
わたしを精神的に虐待してよかったということにはならない。

母がいけなかったのは、
わたしに、大人の愚痴や悪口を聞かせたことだ。
本来なら、自分の姉妹や友達に話すべき愚痴や悪口を、
わたしにいつも聞かせた。

わたしは、母の友人ではない。
一生、子どもなのだ。
子どもに対して、話してはいけないことが、世の中には沢山ある。

そのボーダーラインを守れなかったのは、
圧倒的に母が悪い。


しかし、わたしも未熟な親で、
息子を傷つけたことが何回もある。
悔やんでも悔やみきれない。

いいよ、って許してくれるとは思うが、
もしまた、来世で親子になれたら、
今度は絶対に傷つけないのに。

やり直せるなら、そこから、やり直したい。

離婚したことも良かったし、
息子の適正を見抜いて、特殊な高校に入れたことも良かった。
大学に行っても、適職に就けない人がほとんどだし、
わたしの友人だって、
勉強ばっかりしてて、いい大学に行っても、
専業主婦という人もいる。

もちろん、専業主婦が楽なのではないよ。

ただ、大学で学んだことを、なぜ、生かしきれなかったのかと、
わたしには疑問なだけだ。

わたしには、なりたい自分があった。
やりたい職業があった。

親の理解を得られず、仕方なく普通の高校を出て就職した。

けれど、その後、経験を積んで、
デザインの仕事に就くことは出来た。

専門学校にも行かず、大学にも行かず、
社会に出て働きながら吸収して、
なりたかった自分になることはできた。

それで、食べていけなかっただけだ。


田舎に生まれたから、選択肢がなかった。
もし東京に生まれていたら、専門学校くらいには行けたと思う。

沢山、無理をした。

そして、病気になった。

でも、この、病気のわたしこそが、
わたしの「芯」。
本物のわたしが、この姿なのだ。

それがわかって、今は、何もせず、休んでいる。
もう、頑張れないんだなあって思う。


夕方、ムギのところに行こうと、
階段を降りて、母屋のほうに向かったら、
門扉の前に行き着くよりも先に、
ムギから声を掛けてきた。
大きな声で、わたしを呼んだのだ。

待っててくれたんだ?
ムギ、待ちかねて、キュンキュン鳴いて、
コンクリの上で、ゴロンゴロンとローリングして、
座ったわたしに突進して来た。

ああ、ムギ、会えて嬉しいねえ!

こんなに喜んでもらえて、ママは幸せだよ。

拒否されてる期間、本当に辛かったよ。

もしわたしが、息子に拒否されたら、
生きていけないくらいに苦しむと思う。
だから、今年は実家に帰省する。

ただし、母とは二人きりにならないようにする。
息子に話して、協力してもらう。

親の事情を、子どもに押し付けることをしたくはないのだが、
母のことを悪く言うのではないので、
息子も、いつも、今はそれでいいんじゃない?と言ってくれる。

わたしは、わたしが、母の何にキレたのかを、
誰にも言っていない。
とてもじゃないけれど、恥ずかしくて言えない。

話したほうは満足して楽になったかもしれないが、
一人で抱え込んだわたしを、
一体誰が、助けてくれるというのか。


何事もなかったように振舞うつもりだけれど、
崩壊した心が治ることもない。

ラインは、超えてしまったら、おしまいだ。

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穏やかな日と寝たくない日。

クリスマスイブと、クリスマスの日は、
夫と一緒に過ごす時間を作った。

イブの日は、早い時間に回転寿司に行き、
そのあと、カフェでケーキを食べた。
ユニクロでちょっと買い物をして帰った。

クリスマスには特に何も予定してなかったので、
夫の、通勤用の服を買うのに付き合った。

郊外型の大手の紳士服チェーン店に行った。
色々と割引券があったらしい。

サイズを聞いて、わたしがいいと思うものをチョイスして、
夫はいっぱい試着して、
ジャケット2着とスラックスを2本買った。

一緒に来て上げられて良かった。
これは、一人では決めかねると思う。

夫も、感謝してくれた。
付き合ってあげられて良かった。

最近のわたしの精神状態には波がある。

夢見が悪く、
今は寝ることが苦痛に感じる。
ぐだぐだになるまで、いっそ起きていたい、って思って、
なかなか、寝る支度に入れない。

でも、朝になると、罪悪感があるので、
必死に寝るが、
気持ちのいい入眠なんてなくて、
気分の悪い夢を見る。



夕べは、ムギに会えた。
小屋に入ってぬくぬくしていた。
いてくれさえすれば、安心する。
会えて嬉しい。
一昨日は、小屋に手を入れて撫でたら、
クルッと上を向いてお腹を出し、
一番可愛い、小悪魔ちゃんポーズをしてくれた。
可愛いすぎて、帰れなくなった。

今日は夕方、行ったら、すぐに出て来て、
脚に乗ってくれた。
途中、おかかを要求したのであげたが、
そのあとも乗って、一向に降りないので、
仕方なく、シーバという美味しいカリカリで釣って、
降りてもらって、帰った。


ゆうべは、すい臓が痛かった。

すい炎を起こしたときの、位置も痛みも覚えているので、
怖い。
どうしよう。
術後一ヶ月の検査には、
来てもいいし、来なくても大丈夫そうならキャンセルでいいと
主治医に言われたので、
キャンセルしたのだ。

行っておいたほうが良かったかな。

お酒も飲んでないし、
脂物も食べてないのに、調子悪くなっちゃうことがあるのかな。

お姑さんも、胆のう、摘出しちゃって、ないのに、
アルコールは飲むし、揚げ物も食べるそうだ。

元気な方だ。
認知症とはいえ、年齢を考えれば、
それくらいで普通なのかもしれないし、
足腰はしっかりしている。

多分、わたしなんかより、ずっと健康なんだろうなあ。

いよいよ、今週で今年も終わり。
大晦日には、息子と一緒に新幹線に乗れる。
楽しみだ。

二人きりになれるチャンスが、
もう巡って来られるかどうかわからないので、
話しておきたいことを、ちゃんと話そうと思う。

幼なじみのしーちゃんとも、会える運びになったよ。
良かった。嬉しい。

ちまと離れるのが心配だけれど、
3晩だけ、ちま、我慢してね。

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夕べ、すごい嵐だった。

リフォームしてもらって、
窓が小さくなり、二重ガラスになり、シャッターも付いたので、
部屋にいると、音はあまり聞こえない。

キッチン側にでると、豪雨だということがわかった。
風の音もすごい。

ムギのリビングは、びしょ濡れだろう。

ムギが小屋に入っていてくれるか、気がかりだったが、
敢えて、行かなかった。
行っても救ってやれないから。
驚かすだけだから。

でも、とても辛かった。

ムギとの逢瀬は、一分も無駄にしたくない。
貴重な時間。
会えないのは辛い。

けれど、翌日は祝日で夫に甘えられるだろうからと、
諦めて、朝方、どうにか寝付いた。

夫は、祝日なのに出勤していたそうだ。
わたしが、夕飯を作っていないので、
夫は残業をせず、定時に上がって帰宅している。
それでも、通勤に一時間半かかるので、
帰宅は夜の7時半だ。

だから、年内に終わらせられない仕事があるらしくて、
出勤したようだった。
すまぬ…。

わたしがムギを案じているのをわかっていて、
昼休みに、朝、ちゃんとムギに会えて、
抱っこもできたよと教えてくれた。

そうか、良かった。
ムギ、濡れてなかったんだね。
賢いから、濡れない場所を知ってるはずだけれど、
嵐の日は、すごくすごく、辛い。

だから、情報を教えてもらえて、
救われた。

ムギが濡れたら、わたしのせいだもの。


今日は年賀状を書いて、
まだ明るいうちに、ムギに会いに行った。
また大粒の雨が降り出した。

ムギは小屋に居て、すぐに出て来てローリング。
それから脚に乗ってきてくれた。

夕べ、汚れたかもしれないので、ウェットシートで体を拭く。
ムギ、お腹ちゃんも拭かせて~と言うと、
体を横にして、ちゃんとお腹を見せてくれるのだ。
賢いでしょ?
すごく綺麗好きなんだよね。

シッポも拭いて、お尻から何か出てないかチエックして、
あとはゆっくり過ごした。
春みたいにあったかい。

一日でも多く、過ごしやすい日があるといいねえ。
真冬で風が強い日は、
体も、心も、辛いもの。

雨が吹き込んで来て、ムギは落ち着かず、
脚から降りて、爪とぎの座面に座ったりしていたが、
わたしはずっとそばにいた。

そしたら、また小さく鳴いて、乗ってきた。
ムギ、可愛いね。
いっぱいチャージしてね。

あたりが暗くなるまで、一緒に過ごした。

こんな何でもない一日が、すごく幸せだったってことを、
将来きっと、思い出して泣くだろう。

ムギは、いてくれればいいのだ。
生きて、ここにいてくれるだけでいい。

命って、そういうものだよね。

今日は、時間があったので、ちまも甘やかした。
ちまを抱きしめる。

ふわふわしていて、やわらかくて、あったかくて、
すごくいい匂い。

赤ちゃんと同じだよ。

史上最高の生き物だね。

今日はムギ、わたしのお腹に顔を向けて乗ったので、
お手手をやんわり握らせてもらった。
ムギの手は、大きくて、まあるい。可愛い。
そっと握っていたら、わたしのその手を、ちょっと舐めてくれた。

ちまは毎日舐めてくれる子だけと、
ムギは、めったに舐めてくれないので、
嬉しかった。

土日は夫と一緒に行動することにした。
明日は、早めに、回転寿司に行くよ。
お昼ごはん、抜こうかな?

わたしがお酒を断ったので、居酒屋が辛いのだ。

ソフトドリンクに何百円も払うのがもったいないし、
でも、最初からお水くださいって、言いにくいし。

回転寿司なら、お茶が飲み放題なので、気が楽なのだ。
楽しみ。

さて、このあとムギに会いに行くよ。
小屋にいてくれるといいな。

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嵐の夜は。

今日はやたら暖かくて、
コートが要らないくらいだった。

風がすごく強くて、街では自転車が倒れ、
看板が走り、
いろんなものが空中を飛んでいた。

郵便局に用事があって行き、
コンビニで夕飯とデザートを買い、
ドラッグストアに行った。
木曜日は、ポイントが5倍なのだ。

そこで、洗剤やら袋やら、
ちまのウェットフードやら、買い溜めした。

これで2ヶ月は大丈夫。

大きな荷物を抱えて、ひーこら帰って来た。

汗をかいたのでシャワー。
買ってきたものを、頭で反芻する。

そこで気が付いた。
コンビニで買ったものを、持って帰って来てない!

どこ?
どこに忘れた?

そうか、レジ袋のまま、自分のエコバッグに移して、
ドラッグストアのショッピングカートに、ぶら下げたのだ。

そのまま買い物して、カートを返却して、
帰って来てしまった。

シャワー途中で、びしょ濡れのまま、
慌ててドラッグストアに電話をかけた。

エコバッグに移したことが幸いした。
レジに、届けてくれた人がいたのだ。
もしくは店員さんが見つけてくれたか。
特徴的なエコバッグだったので、説明が一致して、
ちゃんと保管してありますよ、って言われた。

良かった~。
ちょっと贅沢して、モンブランも買っちゃったから、
失くしてたらショックだもの。
エコバッグ、ラッキーだった。

シャワーして、また出かけて、受け取ってきた。

それから、明るいうちに、ムギに会いに行った。

風がものすごくて、色んなものが飛び交って、
ガレージにも色んなものが転がっている。

ムギ、怖いだろうな。いるだろうか。
小屋にいなかったので、2~3回、小さく、ムギ!と呼んでみた。

すると、すぐに返事があって、ムギが出てきた。
やっぱり、すごく怯えていて、
完全に腰が引けている。
シッポもオマタに挟んでいる。

ムギ、おいで、大丈夫だよ。
ムギはやってきて、わたしにぴたっと寄り添った。
うんうん、わかるよムギ、怖いね。
いろいろ転がってくるし、色んな音がするもんね。

しばらく撫でていたら、脚に乗ってきた。
ウェットシートで体を拭き、
ブラッシングした。
ツヤツヤになった。

暖かいので毛布は無し。
ずっと、体を優しく撫でた。
時々振り向いて、にっこりしてくれる。

この、「にっこり」した顔の写真を、
他の人に見せると、
全員が、「笑ってる!」とびっくりするのだ。
ムギ、完全に、にっこりしているのだ。

スマホじゃないから、その一瞬をなかなか撮影できないけれど、
ムギの「にっこり」は、世界一可愛い。

おかかを要求。
また脚に乗る。
カリカリを要求。手から食べる。
そして、気力をチャージして、ムギは出かけて行った。

そのあと雨になり、風が強いので横殴りになるという予報。
夫が帰宅する前に、降り出してしまうかもしれないので、
小屋の前の敷物と、
人間用座椅子を、ビニールに入れて保護した。

夜になって、すごい雨になった。
夫にメールして、わたしは今夜は行かないから、
小屋に餌を入れておいてもらった。

雨なのに、ムギは留守だったそうだ。

こんな時こそ、小屋に入っていてもらいたいのに…。

先日、大雨の夜、ムギが気がかりで、
夜中に様子を見に行った。

ムギが小屋に入っているのが見えた。
良かった、と思ってすぐ帰ればよかったのに、
声をかけて近付いたら、ムギがびっくりして、
小屋から飛び出して行ってしまったのだ。
本当に失敗した。

せっかくちゃんと小屋に入っていたのに、
わざわざ、驚かしてしまい、
雨の中、ムギが飛び出して行ってしまったのだ。

もう、あんな酷いことはしない。
嵐の夜、どうしているか、気になるけれど、
行ったところで、救ってやれるわけでないなら、
いっそ、行かないことだ、と決めたのだ。

もちろん、脚に乗っているのだから、
そっと捕まえてネットに入れて、
お風呂場に保護することはできる、と思った。
ムギだって、お風呂場が、完全に安全だと知ってるから、
お泊りするときは、
仰向けになって、いびきをかいて、爆睡する。

でも、具合の悪いとき以外は、それはしないと決めた。

ムギだって、家に入れられれば、
このまま家猫になれるんじゃ?って、きっと期待する。
でも、翌日には、またお外に出されてしまう。
なんなんだよっ!って、怒る気持ちになると思うのだ。

保護したいと思うのは、人間側の、自分勝手。
単なるエゴ。
ムギの気持ちを考えているとは言えない。

だから、気軽に保護することはしない。

怪我をしたとか、具合が悪いとか、
ワクチンを打ったので一日経過観察をしなくては、
という時だけにする。

嵐の夜は、お互いに、我慢だ。

ムギは外猫なんだから、濡れない場所はちゃんと知っている。
今夜は寒くないし、
きっとどこかで凌いでいる。

できれば小屋に入っていてもらいたいけれど、
それも、ムギの自由。

嵐の夜は、辛いね。
ムギも辛い。
でも、ママも辛いよ。

明日は晴れるから、パパにもいっぱい甘えなね。
ムギが濡れていませんように。

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きみを呼び続ける。

カラオケが好きでたまらない。

子どもの頃から、歌うのは好きだったようだ。
いつも歌っていて、
音痴で歌に興味がない母からは、
「なんで歌うの?」と聞かれた。

そう聞かれても困る。
ただ、歌うのが好きだから。

小学校のときからずっと、合唱をやっていた。
ハモるのが大好き。

カラオケというものが出来てからは、
よく行った。
わたしの中では、一番好きで発散できる娯楽だ。

どうしても、泣いてしまって、
歌えない歌がある。

感情が高ぶってしまって泣いてしまい、
歌えないのだ。

中島美嘉の「雪の華」が、歌えない。
「甘えとか弱さじゃない」の箇所で、
絶対に泣いてしまうので、封印してある。

歌えない歌が、増えてしまった。
ドリカムの、「きみにしか聞こえない」

これはまあ、平たく言えば、相手の名前を呼び続ける、
という歌なんだけれど、
これに、ムギが重なってしまって、
切なくて泣けて、歌えないのだ。


「ムギ」という名前は、わたしが勝手につけた。

ノラだった頃、数匹の集団で、
キジトラも合計3匹いた。

ムギは後ろ足が一本ないので、
夫は「今日また、三本脚、来てたよ」と言う。

わたしは、その呼び名は嫌だったので、
名前を勝手につけることにした。

ゴマがいいかな。マメがいいかな。
いや、「ムギ」がいいな。

わたしは、会うたびに、「ムギ!」と呼ぶことにした。
夫にも、その呼び方にしてもらった。
キジトラの色合いが、枯れた麦色だったからだ。

ムギは、きっと違う名前があった。
怪我をした脚を手術して、去勢してくれた恩人がいるからだ。
家猫だったと思う。

けれど、新しい飼い主を探していて、
夫にロックオンしたムギは、
名前をすぐさま受け入れた。
すぐに覚えた。
賢い子だ。

わたしが起きて、玄関の外に出て、
二階から、「ムギ~!」と呼ぶと、
どこからともなく、ムギがひょこっと顔を出す。

餌の袋を振って、「ムギ、おいで~!」と呼ぶと、
ムギは当時、勇気を振り絞って、
階段を駆け上がって来てくれたのだ。

わたしは洗濯機の前に、ドーム型のベッドを置いて、
中にカシミヤのマフラーを敷いてやった。
起きて外に出ると、
ムギがそこに入っていることもあった。

どんどんムギに溺れ、見境いをなくし、
ムギと一緒に暮らしたいと思った。

それくらい、ムギは、けなげで、魅力的な子だったのだ。

ムギに初めて出会った日、
初めに夫に近付いて餌をねだった、
小さい可愛いキジトラは、「サクラ」
この子は、多分、いわゆる「美人局(つつもたせ)」。

一時、ムギの舎弟になって、
つるんで行動していたキジトラは、「マメ」
ムギが部屋猫だった間、ガレージで安い餌だけやってた、
顔が茶色で体がキジの小さい子は、「コゲ」

そのほかは、全部、ムギの敵だから、
名前なんてつけない。
茶トラ、白ブチ、ハチワレの野良猫がいる。

ムギをおびやかす奴は、ただじゃすまない。


ムギに会いに行って、空っぽの小屋を見ると、
わたしは絶望する。
しばし立ち尽くす。

でも、もしかしたら、帰って来てくれるかもしれないので、
座って、ムギの名を呼ぶ。

警備をしているということは、
縄張りのボーダーラインにいるはずだ。
つまり、そんなには遠くには行ってないと思う。

ムギに聞こえるように、ママ来たよってわかるように、
何分かに一回、「ムギ!」と呼ぶ。

呼んで待っているときの切なさ…。
帰って来る保証なんてない。
30分待っても、帰って来ないときは帰って来ない。
帰って来られない、理由があるのだ。

でも、ママはムギに会いに来たからねってしるしに、
小屋にちょこっと、差し入れをしてきたりする。
多分、声は届いていると思うので、
ムギも、わかってるはずだ。


ムギを失って…
もう、「ムギ!」と呼ぶことができなくなったら…。

ムギのリビングに座って、
ムギのベッドに顔を埋めて、
わたしは毎日、号泣するだろう。

何で頑張って一緒に暮らさなかったのかと、
激しく自分を責めるだろう。
わたしは狂うだろう。

ムギに会えないとき、
毎回、考える。
一緒に暮らせないだろうかと、毎回、延々、考える。

でも、こんなに可愛く思って、
けなげで、いじらしいムギなのに、
毎日、ファブリックの上でじゃあじゃあとオシッコされるんだ、と思うと、
ムギを好きな気持ちが、薄れてしまうと思うのだ。

そこを克服しないまま、また部屋に入れたら、
また、もっとみんなが傷付く。

現に、ちまは、あっという間に白髪が生えて、
ムギはハゲて、
わたしはノイローゼになった。

だから、これが最大なのだ。
この状態で、一緒に生きてくしかないんだ。

ムギ、お外でごめんよ…と言いながら、
わたしは泣く。
こんなに可愛いのに。
こんなに健気なのに。

ムギ。

テレビのCMで、時々耳にする言葉だ。
麦100%とか、麦とホップとか聞くと、
ムギが死んだあと、CMさえ見られなくなると思う。

なんで最近、死ぬことばかり考えてるんだろう?

ムギが倒れるのが怖い。
あの夜、あと数時間で、ムギは死んでいたのだ。
あの恐怖は、忘れられない。

記念日症候群で、その日が近付くと、具合が悪くなるんだね。

自分の死に際のことも、よく考えている。
夫より先に死んではいけない約束だが、
もしわたしが先なら、
それは、そうならざるを得ない何かが、
夫のほうにあるということだ。
彼の転生の学びだから、仕方がない。

その時に、後悔してももう遅い。
それは、心しておいてもらいたいと思う。
どんな軽い病でも、
安全性の高い手術でも、
死ぬ可能性はゼロではない。

ましてやわたしは精神を病んだままだ。
一番、死に近いところに居るとも言える。

自分からは死なないけれど、
ああもう、別にいいか、って、諦めることは起きると思う。


夕べ、夜中に行ったとき、
ムギは小屋で寝ていた。
小さく、きゅ~んと鳴いたが、出ては来なかった。
警備で疲れているのだ。

小屋に手を入れて、撫でると、
ムギはくるっとあお向けになってお腹を見せ、
一番可愛いポーズをしてくれた。
お腹が暖かかった。
ムギ超かわいい! ホカホカだね!

良かった、いてくれて。
小屋の居心地が良くて、いてくれるんだろうから、
しっかり防寒した甲斐があった。

今夜も会えるかな。
居てくれるだけで、充分だよ。

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忘れたらいいのに。

昨日も少し書いたが、
わたしは、人の話を聞き流すということができない。
いちいち、マトモに聞いてしまう。

だから、同じ話を何回もされると、
ああ、その先はもう知ってるよ…と思うし、
わたしの母はもっとタチが悪くて、
喋るたびに、話に尾ひれが追加されて行くのだ。

前回聞いた話と違っていくので、
それもまた、許しがたく、
その話、この間も聞いたよ、と言えば、
両方の親から、「何回したっていいじゃないか!」と怒られた。

内容がちょっとずつ変わって行くのも、
すごく不愉快なんだよね。
でも、そこ!この間と違うよ!とも言えず、
母は悲劇のヒロインぶって、
どんどん話が大きくなる。

お姑さんのほうが、毎回きちっと同じ話だから、
まだ、誠実さを感じるくらいだ。

人の話をさえぎってはいけない、
大人同士が話している時に子どもが口を挟んではいけない、
などと、わたしは厳しくしつけられたので、
遮ることなく、全部聞く。

しかし、夫は人の話をさえぎりまくる。

しかも、指摘すると、その自覚さえないのだ。

いかに、人の話を聞いてないかってことだ。
自分が喋ることのみ、重要ってことだからね。
でも、大人数の家族では、
そうしないと、自分の意見なんて言えなかったのかもしれない。


母がちらっと言ったことまで、わたしはすべて覚えているので、
それがしんどい。
忘れてしまえたら、どんなに楽だろう。

子どもの頃にけなされた言葉も、
一言一句、覚えている。

自分の子どもをけなすって、
一体どういう了見なんだろう?
わたしには、まったく理解できず、共感できない。
わからない。

それほど、母は自分を、優秀な人材だと思っていたのだろうか。

母が、欲しがっていたものなども、
わたしはきっちり、覚えている。
母とほぼ、絶縁状態だが、
買い物してるときや、カタログを見ているときなど、
これは母に似合うのではないか?と
考えたりしている。

先日、和雑貨屋で、携帯電話の、組紐型のストラップを見つけた。

今は都会ではスマホ全盛期で、
もう、携帯電話のストラップなど、滅多に売っていないのだ。

それを見つけたとき、そうだ、母が紐型のストラップを欲しがってた、
と思い出した。
もう2年も前のことだ。

再婚したときに、
夫が携帯を買って、わたしの親に持たせてくれて、
出張先で買った、ちりめん紐を結ったストラップを付けてくれたのだ。
しっかりして持ちやすいストラップだった。
それがダメになったらしく、
本屋のおねえちゃんにもらった、
オマケのナントカちゃんをつけていて、
それが気に入らない、紐のがいい、とと言っていた。

その時はすでにもう、ストラップはほとんど売っていなくて、
わたしでさえ、不自由していたので、
いいじゃない、そのナントカちゃんで、といさめたのだ。

なので先日、雑貨屋からすぐ母にメールして、
携帯の紐型のストラップが要るかどうか聞いたら、
欲しいです、と返事が来たので、
一番派手な色のを買った。

で、帰宅して、あけてみて、ああ、これ、すごくいいなあと思い、
同時に、
あれ?
わたし、何で自分の分を買わなかったのだろう?と思った。

わたしは、ハンズで買ったデザイナーズのストラップを、
携帯4台分に付けて使ってきた。

すごく気に入っていたのだ。

さすがに、何年も使って、ストラップ紐も擦り切れたので、
福袋に入っていた、
手ぬぐい生地で作られたストラップに付け替えた。

でも、今年、鬱の症状が悪化してたころに、
とにかくいろんなものをこぼしまくっていて、
わざわざそのストラップ部分に、味噌汁をこぼした。

拭いたら、生地がぼろぼろになった。

だから、自分も、新しいのが欲しかったのに。
なんで買わなかったかなあ。
再来週、また、買えばいいか。
と、思っていた。

そしたら、翌日、友達から、誕生日プレゼントが送られて来た。
開けてみて、わたしは、「ひゃ~っ!」と声を出してしまった。

それは、携帯用の、組紐のストラップだったのだ!

なんで?
なんでわかったの?
どういうこと?

確かに、思い返せば、友達に、
ストラップに味噌汁ぶっかけた…と話したような記憶がある。

彼女は大判のスマホだが、
手に掛けて持てる、紐のストラップが自分でも欲しかったようで、
真田紐を取り寄せて、
自分で、作ってくれたのだ。

そうか、そういうことだったのか…。

わたしは、もらえると決まってたから、買わなかったんだ。

これは、無意識の中の、共通の意識と言う。

すごく嬉しくて、美容師さんに、この話をして、
わたしが母に買ったのと、
わたしがもらったストラップを写真で見せたら、
「ひゃ~っ!」って叫んで、
鳥肌立ちましたよ!って、びっくりしていた。

こんなことがあるんだねえ。


それとは別に、母が、
とある調味料が売ってなくなって困ってると、
やはり二年前に言っていた。

それもわたしはもちろん覚えていて、
スーパーに行くたびにチェックしてた。
こちらでは売っているので、買っておこうか?とメールしたら、
最近、売ってるのを見つけて買えたと返事が来た。
なので買わなかった。

何年経っても、わたしの記憶は薄れない。
新しいことで、覚えられないことがいくらでもあるが、
人からの言葉は、忘れられない。

これって、よしあしなんだよね。

忘れたら楽になるのにって思うことのほうが多い。

でも、忘れられないから、
仕方がない。

いいことも、ちゃんと、覚えていたいね。
ちまが毎日抱きついてきてくれること、
ムギを膝に乗せて毛布でくるみ、
二人でぼんやり過ごしてた時間。
とても貴重な時間と記憶。

忘れられないのは、仕方がない。
忘れなさい、って気軽に言う人がいるけれど、
忘れられたら、本当に楽だと思うよ。

でも、できないんだから、しかたないんだよ。

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死にたいって言うひと。

うつ病で、死んでしまいたくなる人はいる。

でも、それって、表現としての「死」であって、
本当は、「消えてしまいたい」が、正解に近い気がする。

なにもわざわざ、死ななくてもよくて、
自分の存在が、この世から消えればいいって、思うのだ。
でも、そんなうまい方法はない。
だから、死にたいって、言ってしまう。

うつ病以外の人で、死にたいって言う人を、
わたしは信じない。

死にたいわけないもの。
救われたいもの。

お姑さんの認知症が始まって、
体もちょっと悪くして、
わたしが勝手に、出番だと思って、
夕飯作りを始めたのだが、
最初の頃は、母屋に鍋を運んでいくと、
お姑さんに出入り口を塞がれて、
話し込まれてしまった。

話す内容はいつも同じで、
毎日毎日、
「こんなことなら、もう死んでしまいたいわ。」と結ぶ。

わたしは、クソ真面目なので、その言葉に真剣に向き合ってしまう。

誰の話に対しても、
クソ真面目に対峙してしまうから、自分が壊れるのだ。
母の話だって聞き流せばいいのに、
そらんじて話せるくらい、
何度も何度も、延々聞き続けた。

そして決壊した。

だから、お姑さんの「死にたい。」にも、
もう、反応するのはやめようと決めた。

最初は、本人がきっとこう言われたいんだな、と思って、
「そんなことおっしゃらずに。」
なんて、いい人ぶっていたが、
本気で死にたいだなんて、思ってはいないのだから、
「もう死んでしまいたいわ。」と言われるたびに、
「あら~、そうですかぁ~。」と、
明るく答えるようにした。

あら~そうですか~、と言われてしまうと、
お姑さんはもう、次の句が出ないとわかった。

なので毎日、「あら~そうですか~」を繰り返した。
だって、死にたくなんてないんだもの。

同情をかいたいだけなのだ。
優しくされたいだけなのだ。
でも、それもわたしには務まらないので、
毎日、あら~そうですか~と繰り返していたら、
お姑さんは、もう、死にたいと言わなくなった。

話す手ごたえがないからだと思う。
でも、死にたいって言葉は、負のエネルギーなので、
言わないほうがいいと思うので、
これで良かった。
そう思っている。


わたしの祖母は、96歳まで生きた。
死にたいだなんて、言ったことがない。
寝たきりになって迷惑掛けちゃいけないからと、
毎日牛乳を飲んで、散歩していた。

根が明るい人だったかもしれない。

わたしの母はもうすぐ84歳だが、
どんな風に死ぬのかねえ、と不安がる。

死は、誰にでも平等に訪れるので、
怖がっても仕方がない。
孤独死が、不幸だとはわたしは思わない。

死ぬときにそばに誰もいなくても、
それはそれでまあ、いいじゃないか。
ベッド周りにガヤガヤいられても、わたしは嫌だな。

いまは、ちまがいなくなったら、生きててもしかたないって思う。
ちまのいない人生が、考えられないのだ。
もうすぐ8歳になる。
あと15年は生きて欲しい。

そのあとのわたしが、また猫をもらえるとは思えないので、
ちまと一緒に死んでも、全然悔いはない。

とにかく、息子が幸せを手に入れてくれたから、
わたしには達成感があって、
そんなに、生きることには執着してない気がするのだ。

わたしの両親は、お互いに大きなガンを手術したあと、
行けるうちに!と、狂ったように旅行に行っていた。
父が車の運転が好きで、
北海道にも車ごとフェリーで行ったくらいだ。

大量のアルバムに大量の写真。
死んだあと、どうすんだよ、って思う。
捨てにくいじゃないか。

わたしは旅行には興味がないし、
お芝居もミュージカルも、見たいとは思わない。
ライブにも行きたくない。

たまに映画に行って、
たまにカラオケに行けたら充分幸せだ。

あとはこの部屋で、のんびり静かに暮らしたい。
願いがそれだけなのだ。

わたしは、息子を大好きなので、
息子の写真や、作品や、買ってくれたものを、
飾って大事にしている。
こういう暮らしになれて、本当に幸せだ。

今日の夕方は、ムギに会えた。
ムギ、もう座って待ち構えていて、
キュンキュン鳴いて、ゴロンゴロンとローリングして歓喜してくれた。

脚に乗って、ゆっくり過ごせた。
ずっとゴロゴロ言っていて、振り返ってはニッコリしてくれた。
昨日買った、新しい白い首輪をつけた。

古いのも捨てずに取って置くよ。

夜中は、小屋に居てくれればいい。
出て来てくれなくても、ムギが元気で、
小屋が気持ちよくて出てこないならOK!

すっかり「ちゅーる」というおやつが好きになったムギ。
体にいいゴハンと、
美味しくて幸せなおやつを、両方あげるからね。

少しでも、みんなの日々が楽しくありますように。

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救ったわけではない。

昨日は、ほぼ、ムギに会えなかった。

母屋のみんなが、末っ子くんの誕生日祝いに出かけたあと、
ムギに会いに行った。
誰にも邪魔されずに、ゆっくり二人で過ごせる。

ムギは小屋に入っていた。
でも、きゅ~んと鳴くことがない。

これは、出て来ないときの合図。

きゅ~ん、とは、甘え鳴きなのだ。
だから、きゅ~んと鳴くときは、
甘えたくて嬉しいときなので、
必ず、出て来たり、寄って来たりしてくれる。

昨日はムギは黙っていた。

手を入れて撫でても、ゴロゴロとも言わない。
疲れているようで、丸くなって寝ている。

警備で疲れてるんだね。
金曜日は、あんなに寒かったのに、
警備でムギはおちおち小屋にも居られなかったのだから。

午後、夫には甘えて抱っこされたと聞いたから、
大丈夫とは思うが、
具合が悪いのではないかと心配になる。

しばらくムギを見つめていたが、
最近大好きな「ちゅーる」というおやつを、差し入れした。

すると、ちゃんと舐めて、きれいになくなった。
だから体は大丈夫。

長居しても逆に悪いので、部屋に帰った。

夜中にまた行ってみた。
ムギは留守で、空っぽの小屋が悲しかった。
呼んで、呼んで、待っていたが、
30分待っても帰って来なかったので、
ベッドに小さいカイロを入れ、
小皿にちょっとだけ餌を入れて、
わたしは部屋に戻った。

気持ちは真っ青だ。

ムギに会えない寂しさと不安で潰れそう。
携帯で、ムギの写真を繰り返し見る。

脚に乗ってくれて、毛布でくるまれている後頭部。
それが、いかに幸せな時間かが身にしみる。

外猫だったムギを、家猫にしたかった。
あまりの可愛さと、3本脚というハンデを考えて、
一緒に暮らしたくなった。

そして、今思うと、非常に恥ずかしいのだが、
外猫を一匹、救える、と思っていた。

これは、大いなる「思い上がり」に過ぎない。

そんな考えでいたからいけないのだ。
わたしに、猫を救う力なんてあるはずがない。

本当に甘かった。
考え違いをしていたと、反省している。

わたしたちは、ムギに与えたのではなく、
ムギから、あらゆることを、与えてもらっているのだ。

ムギほどの器量良しで、言葉も理解できる子だから、
きっと、ほかに、可愛がってくれる場所ができたと思う。

なのに、外に返したとき、
ムギはいなくならず、
家の周りにちゃんといて、
当時ガレージに居て、
餌だけやっていた「コゲちゃん」という小さい猫を追い出して、
ガレージに、いついてくれたのだ。

あのまま、ムギがぷいっと居なくなって、二度と会えなかったら、
わたしたちは、おかしくなっていたと思う。

ムギに再度選んでもらえて、
すぐにベッドを置いて、小屋を注文した。

ムギがいてくれて、わたしたちは、救われたのだ。
救われたのは、こちらなのだ。

そんなことを考えて眠れず、
結局また、セロクエルを足して、朝になって寝付いた。


午後、夫が車で買い物に出る前、
ムギが小屋にいるのを見つけて、
電話してきてくれた。
今ならムギがいるから会えるよ、
車を出すと、ムギいなくなっちゃうから、
出かけるのを少し待ってあげるから来れば?と言ってくれた。

前日、会えなくてしょんぼりしてるのをわかって、
知らせてくれたのだ。

わたしはすぐに着込んで、ムギに会いに行った。

ムギは頭から小屋に突っ込んで寝ていて、
ムギちゃん、と声をかけたら、
きゅ~ん、と小さく鳴いた。

あ、鳴いた。
これは、甘えてくれる時の声だ。

座って、脚にひざ掛けをかけると、
ムギが方向転換して、小屋から出て来てくれた。
脚に上半身を預けてきたので、
よいしょっと、と言って、持ち上げて乗せた。

ああ、ムギちゃん、久しぶりだね。
乗ってくれて嬉しいよ。
抱っこできて嬉しいよ。

ふっくらして、まあるくなった後頭部が愛おしい。

ムギも、今日は敵が居なくて平和らしくて、
ゴロゴロ言って喜んでくれた。
何度も振り返って、にっこりしてくれた。

こうして、ムギから幸せを与えてもらっている。

こちらが与えているのは単なる「物質」で、
精神的に、与えてもらってるのは、わたしたちなのだ。

草の実を取ってブラッシングして、
ふんわり毛布をかける。
そうして、何をするでもなく、ただくっついて過ごす。

それがいかに幸せなことか、わかってる。
いつ、ムギがいなくなるか、わからないのだ。

大事な大事な時間。
心が繋がってるのがわかる。


わたしも、ムギのようになりたい。

わたしは今、家事に全く参加せず、
自分のことしかやってない。
ちまムギの世話は、もちろんやっているが、
夫のシャツにアイロンをかける以外、何もやっていない。

存在の価値がない。役に立っていない。

でも、そばに居てくれればいいよって、もし思ってもらえるなら、
きっと幸せだろうな。

猫じゃなくて、ヒトだから、そうはいかないのはわかってる。

なにかちょこっと相談したり、
報告したり、
日常の、何気ない会話がしたいとは思うが、
夫は、いつも忙しく、いつも不機嫌なので、
大事なことも、話しかけにくい。

でも、頼めばすぐにやってくれる。
キッチンのシンク上の照明が暗くなったので替えて欲しいと頼んだら、
その日のうちにやってくれたし、
浄水器のカートリッジを取り替えて欲しいと頼んだら、
翌日にはすぐ購入してやってくれた。

だから、わたしも、夫に頼まれたことは、
惜しみなく、すぐにやる。

一緒に住んでなくても、頼りあえるのはありがたいと思う。

今日はちまが一緒に寝ていてくれた。
途中まで毛布の中にもぐっていたと思うが、
目を覚ました時は、毛布の上、わたしのお腹に乗っていた。
ちまのベッドにはホットマットを入れてあるので、
そっちのほうが暖かいと思うのだが、
欲しいものがそれじゃないことって、あるよね。

ムギだって、寒いし小屋から出たくない時があると思うが、
それよりも、愛情をチャージしたいときは、
寒くても、乗ってきてくれる。

貴重な貴重な時間。

子育てが、人生の中において、ほんのいっときで終わってしまうように、
猫たちと一緒に居られる期間も、
短いと思う。

一回一回を、大事にしたい。
ちまもムギも、心から愛してる。

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合わせられないこと。

家の風習や、生活習慣で、
あまりの感覚の違いに、
どうしても、合わせられないことって、ある。

物理的にとか、金銭的にとか、
説明がつくものは、説明すればいいのだが、
(理解されるかどうかはまた別として)
きちんとした理由がなくても、
やってしまうことや、やれないことって、あるのだ。

それとも、健常な人には、ないのかな。

生理的にダメ、ってのは、
もう、理論ではないので、説明もつかないし、
恐怖感については、前世の記憶まで繋がってるから、
理解されなくて、しんどい。

わたしは、水が怖い。

多分、溺死したことがある、くらいに怖い。

子どもの頃、狭い風呂場で、
頭からお湯をザバザバかけられて、髪を洗われる時、
わたしは毎回、生きるか死ぬかの恐怖と戦っていた。

狭いんだからしょうがない!と母は取り合ってくれなかったが、
あるとき、同じ狭さの近所のお宅で、
そこんちのおじさんにお風呂に入れてもらった。

おじさんは、正座して、わたしを膝に仰向けに寝かせ、
美容院みたいに、顔にお湯がかからないように、
洗ってくれた。

怖くなかった。

こんな方法が、世の中にはあるじゃないか!と思った。

わたしは、とにかく、顔が濡れるのが怖いのだ。

息子が生まれて、髪を洗うときは、
もちろん、おじさん方式を選択した。

今は、顔を洗うことも、髪を洗うことも、出来ない。

恐怖心に打ち勝てないのだ。

うつ病になるまでは、必死にやっていたが、
うつ病になったら、「素」の自分が出る。
怖くて髪を洗えなかった。


夫を再婚したとき、
大人6人の家族なので、
お風呂に入るのだってすごい大変だった。

当時は、夕食後にまず末っ子くんが入り、
お姑さんが入り、
そのあと、時間短縮のために、毎日夫とわたしが、
一緒に入っていた。

でないと、夜中になってしまうからだ。

お風呂が空いたと声がかかるまで、
夫はイライラして待っていた。

夫は10時半には寝たい人なので、
大家族で暮らすことは、色々大変なのだ。

わたしは、顔を石鹸で洗うとき、
シャワーから、お湯が出ていないと、怖くて洗えない。
何かあってもすぐにお湯で泡を洗えるような状態でないと、
怖いのだ。

でも、一緒にお風呂に入っていると、
そのことを、夫にとがめられる。

キミは、食器洗いの時と、
歯磨きの時は、ちゃんとお水を止めてやるのに、
なんで顔を洗うときには出しっぱなしなのか。
もったいないじゃないか、と責められた。

わたしから見れば、
浴槽からお湯を洗面器で何杯も体にかける夫が、
もったいなのでは?と思っていたが、
それは、全部、体にかかっているのだから正しい、
キミのは無駄だ、もったいない、とのこと。

そう言われても、
そうじゃないと、怖くて、洗えないんだ、って言っても、
なんの説得力もない。

ただ、怖いから出していないと嫌なんだ。
その気持ちについては理解を得られない。

一挙一動を見張られていて、
一緒にお風呂に入るのは苦痛だった。
だからたまに、今日は入らない、って言うと、
風呂に入らないだと?みたいに、めちゃ驚かれる。

苦痛なのだ。ただただ、苦痛なのだ。

毎日6人が使って、びっしょりになる、
お風呂前の足拭きマットの替えがないことも、
ちょっと信じられなくて、
それは夫に訴えて、買って増やしてもらった。

わたしが夫と結婚すると言ったとき、
母は反対した。
あんなきちんとした人と、うまくやれるはずがない、と言った。

ある意味、それはそうだったかもしれない。

でも、じゃあわたしがトコトンだらしないかと言えば、
そうでもない部分だってある。

人によって、気になる箇所が違うのだ。
結婚生活とは、それをすり合わせることが大変なのだ。

優先順位とか、頻度とか、
決まりごとじゃなくて、おのおのの、感覚で、
こうでありたい、ということを、
すり合わせて近づけるのは、非常に骨が折れる作業だ。

もう、この歳になると、
そういうことをやるのもしんどい。

若い頃なら、二人で話し合ったり、
譲り合ったりして、ルールを構築していけるのだろうが、
もう、無理だ。

静かにしていたいときに、テレビを延々見たい配偶者だったら、
きっと、すごいしんどいと思う。

わたしは持ち物にはすごい執着があるので、
勝手に使われたくないし、
自分のものではないものが、手元にあるのは落ち着かないし、
(だから、何かを借りるのは好きじゃない)
非常に、気難しいと思う。

まだ、母屋には、わたしのものが残っている。
何かの時に夫にキレられて、
慌てて、荷物を引き取ろうとしたら、
次の時には、別に場所が空いてるから構わないよと言われた。

どっちが本音なのかわからないが、
とにかく、引き取って、処分していかねばと思う。

アパートに越してもうすぐ8年だから、
その間、使わなかったものは、もう処分すべきだと思う。

けれど、高いところに段ボールが乗っていたり、
雑誌は紐で縛らなくてはならなかったりと、
一人で出来ないことばかり。
夫のお世話にならなくてはならない。

けれど、今後は、生活の規模を縮小して、
いわゆる「終活」を始めたいと思うので、
夫にお願いして、手伝ってもらうしかない。

一人では生きていけないのだ。
でもなるべく、世話をかけたくはない。
一人で頑張れることは一人でやりたい。

ひっそりと生きていきたい。
それが願い。

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一つくらい必死に。

お昼に起きて、東の窓のシャッターを開けると、
隣の家の屋根に、
ムギが来ていた。

シャッターを思い切り上げたので、音にちょっと驚いていたが、
「ムギちゃん!」と呼ぶと、
にゃ~っと返事をして、
ムギが歩いて近付いてきた。

隣の家との隙間は、わずかである。
猫だったら、ジャンプしてこっちに来られる。

近寄ってきたムギと、少し喋った。
いちいち、返事をしてくれる。

手を広げて、
「ムギ、おいで!」って、言いたかった。

日向ぼっこしていただけかもしれないが、
ムギはこの窓が、わたしの部屋だということは知っている。
自分が暮らしたことがあるのも覚えてる。

猫は視力は良くないと聞くが、
ママがいて、喋ってる事実は揺るぎない。

ちまもやってきて、窓からムギをのぞいた。
ちまは、ちょっと塞いで、ベッドに戻ってしまった。
わたしは、窓から離れられない。

ムギ、ママに会いに来たの?
そうなの?

切ないよ。
ごめんねムギ。

しばらく喋っている間に、陽が当たらなくなった。
ムギ、もう寒いから小屋に帰りなね?
そう言うと、ムギは降りて行った。

今日は精神科に行かなくてはならないから、
今、ムギに会いには行けない。

心がざわつくが、仕方がない。
支度をして出かけた。

今日は風も強く、すごく寒い。
ダウンコートを着て、マフラーも巻き、
手袋までした。
ムギ、小屋に帰ったかな。
小屋で寝ていてくれるかな。

病院は空いていて、一番に呼ばれた。
薬に変更はなし。
今の思いをちょっと話して聞いてもらった。

薬局に行くと、数人待っていたので、コンビニに行き、
夕飯を買った。
帰ったら、シャワーして、軽く何か食べて、
すぐムギに会いに行こうと思った。

けれど、先生が処方箋を書き間違えていて、
薬局から確認してもらったので、随分待った。

急ぎ足で駅に向かい、小走りで電車に乗り、
2回乗り換えて、最寄り駅に到着。
バナナと飲み物だけ買って、急いで帰宅した。

ちまがお出迎えしてくれた。
ちまにご飯をやり、自分はシャワーして、
パンを食べて、しっかり着込んで、
ムギのところに行った。

ムギがいなかった。

小屋から慌てて飛び出したらしく、
小皿と敷物が外に出ちゃっていた。

呼びながら待つ。
すごい風で、すごい寒い。
裏の土手から、寒風が吹き降ろしてくるのだ。

呼び続けて30分待ったが、ムギが戻って来ないので、
一旦帰った。
寒すぎる。

洗濯機を回し、ちまのケアをし、
夕飯を食べた。

そのあと、ムギのところに行った。
まだ帰っていない。
小屋に入れてあげた餌にも手がつけられていない。

また部屋に戻る。
気持ちは真っ青。

ムギが気がかりで、何も手に付かない。
何一つ、やれない。
洗濯が終わったので、それをどうにか干して、
また行ってみた。

すると、餌がなくなっている。
ムギ、一回帰って来たんだ?と思うと、
ムギは車の下に潜んでいた。
ママだってわかってるだろうに、今夜は不穏らしくて、
隠れていたのだ。

わたしが座って、優しく呼ぶと、
ムギはやってきて、脚に乗った。

体を撫でて、怪我がないか、確認して、
草の実を取り、お尻から出てたものをひっぱって抜いて、
毛布をかけてくるんだ。

ムギ、今日はお疲れさま。
すごく寒いね。
敵が来てるの?

ムギはゴロゴロ言わない。
耳をぴんと立てて、周囲の音を聞いている。

しばらくしたら脚から降りて、座って、ゴッツンコしてきた。
おかかの催促。
もう、粉の部分はあげないようにするからね。

おかかを食べて、出かけようとするムギを、引き止めた。

脚に乗る。
でもまたすぐ降りる。
シーバを食べたいと要望。
手から、一粒ずつ食べる。

途中で軽くパトロールに行き、
戻って来て、土手を見張っている。

脚に乗ったと思ったら、小屋に入り、
小屋に餌を入れてやったら、ちょっと食べて、
また出かける。

全然、落ち着かない。

戻って来て小屋に入り、ムギがわたしに、
「敵が来てるんだよ~。」と、鳴いた。

先日、柿の木に、白い野良猫が来ていたときと、
全く同じ発声だったから、
敵が来ていて、脚に乗っていられない、
ってことだとわかった。

そしてまた小屋から出て、
土手を駆け登り、物置小屋の下を猛スピードで潜り抜け、
庭を走り回っていた。

ムギには敵が見えているのだと思うが、
わたしには見えない。
加勢してやることができない。
悔しいよ。

寒さの厳しい日、雨の日、
こんな日にはムギには小屋に入っていてもらいたい、って日に、
ことさら、狙われる。

ムギは一人で闘っている。
何もしてやれない。

小屋にはカイロを仕込んで暖かくし、
小屋の中に餌を入れて、帰って来た。

夜中にまた会いに行くけれど、こんな不穏な夜は、
会えないかもしれない。

夫には、必死になりすぎて重いと言われる。

でも、命を守るのって、ある意味必死じゃないとできないよ?
今のこんなわたしには、
一つくらい、必死になることがあっても、いいよね?

ムギと何年暮らせるかわからない。
だから、居てくれる間は、わたしは必死にやる。

だって、ママだもの。
当たり前だよ。

ムギ、無事でいてね。
今から行くよ。

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ベッドとソファ。

わたしは、ずっとベッドで寝たかった。

思い起こせばずーっと、ベッドで寝たかった。

ベッド歴は短い。
11歳の時に、近所の家から、
二段ベッドの一段を切ったものをもらって、
23歳で嫁ぐまでの、たった12年。

寝ることを、すごく大切に思っていて、
寝られないとすぐ体調を崩すので、
ベッドで寝るのが希望だったのだが、
東京に来て、住んだマンションは、和室に寝るしかない構造で、
そのあと越した場所も、ベッドを置くスペースはなく、
恵まれないまま、こんな歳になってしまった。

今回のリフォームの際に、
多分これが最後のチャンス、と思って、
夫にベッドを導入したいとお願いした。

今のアパートに入る時は、許可してくれなかった。
けれど、今回は、許可してくれた。

ベッドも、布団も、いいランクのものを買ってもらった。
体のコリは、相変わらずといえば相変わらずではあるが、
寝る前に感じる、ものすごい疲労感を、
布団が吸収してくれているような感じがある。

寝る位置が高くなったので、埃でクシャミしたりしないし、
寒さも全然違う。

何より、「敷きっぱなしでだらしない。」と、
責められなくなったことが、精神的に非常に大きい。

布団を畳んでもしまうスペースを失って、
ずっと敷きっぱなしだったのだ。
夫に枕を踏まれて、それをとがめると、
敷きっぱなしなのが悪い、と逆に怒られた。

もうそれからは逃れられる。
それだけでも、気持ちがとても楽だ。

収納のたっぷりついたベッドにしたので、
部屋も、押入れも、すっきり片付いた。
だいぶ、断捨離もできたと思う。

床に小さい座椅子で、テレビを見ていたのだが、
リウマチで膝が痛く、
立ち上がるのが辛いし、
リラックスもできないので、
一人用ソファを買いたかった。

通販だと、座ったときの奥行きと体のフィット感がわからないので、
夫に頼んでニトリに連れて行ってもらった。

置けそうなソファが、たった一つだけあった。
安物だが、色も素材も、希望通りだったので、
夫に頼んで買わせてもらえた。

非常に、リラックスに役立っている。

素材はレザー風のビニールなので、
ちまは興味がないらしく、バリバリともやらない。
ソファに乗っているのを見たこともない。


夕べ、夜中にムギのところに行った。
ムギは小屋で寝ていてくれた。
居てくれると、本当に安心する。

小屋の前に座ると、ムギが小さく、きゅ~んって鳴いた。
うん、いいよムギ。出てこなくて。
寒いからね。

小皿に「ちゅーる」という半液体のおやつを絞りだして、
小屋に差し入れてやった。
ムギ、スープよりもちゅーるが気に入ったらしくて、
お皿がピカピカになるまで、綺麗になめる。

しばらく一緒に過ごしたが、
「ムギ、ママ帰るね。」と言って、
小屋に手を入れて頭を撫でたら、
ムギがくるっと仰向けになってお腹を見せ、
一番可愛いポーズをしてくれた。

もう~。
ムギちゃん、可愛すぎる!
お腹をモフモフしてから、帰った。

今日は予定がなかったので、ゆっくり眠った。

明るいうちに、ムギに会いに行った。
小屋で眠っていたらしく、寝ぼけまなこで、ムギは出て来て、
脚に乗ってくれた。

途中、おかかを欲しがったのであげたのだが、
粉状になったところもあげた。
そしたら、ムギがむせて、えづいた。

おっさんが咳払いしてるような声で苦しんでるので、
わたしは動転した。

どうしよう!

でも、幸い、おさまったらしくて、車を一周すると、
また鳴きながら帰って来て脚に乗ってくれた。

ああ、良かったよ…。
もう、粉の部分はあげないようにしよう。
粉部分は、人間が食べるよ。

わたしの食生活が、だんだんと、もとに戻りつつある。

5日間という壮絶な絶食を経て、
わたしはずーっと、汁物を欲していた。
あらゆるインスタントやフリーズドライも買ってあるし、
自分でも、ポトフや、薄味の肉豆腐など、
汁物ばかり作っていた。

だんだん、焼いたものや炒め物も食べられるようになり、
夕べは、夫が、買って来たヒレカツを2枚くれたのだが、
すごく美味しいと感じた。

汁汁と、こだわらなくなってきた。

8月からだから、結構戻るまでに時間がかかった。
今思い返しても、
丸々5日間の絶食は、精神的に、かなりやられた。
個室だったら良かったのだが、
カーテン一枚で、隣に人がいて、
その人は食べているのだ。

本当に辛かった。

手術のときは、前日の夜まで食べてもOKだったので、
辛くなかった。

今後は、いつ、緊急入院とかがあるか、わからない。
わたしは、寝る前に、
なるべく綺麗に整えてから寝るようにしている。

しんどくても、シンクに食器はためない。
脱いだものを散らかさず、軽く畳んで箱に入れてから寝る。
一応、入院の荷物も作ってある。

今年は本当に大変だったので、
当分、ゆっくり楽に暮らしたいが、
その願いは適うかな。

辛いことが多かった。
押し寄せてきていた。
しんどかった。

まだ、行くべき歯医者に行けてない。
手術のときに、小さい虫歯を発見されたのだが、
まだ、行けてない。

来年ね。
年が明けたら、ちゃんと行こう。

今年もあと半月になってしまった。

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わたしを呼ぶ声。

猫は、小さい子供のようだ。

心があって、気持ちが揺れて、
ひがんだりもするし、怒るし、喜んでくれる。
永遠の子供のようで、可愛い。

息子に、「ママ」と呼ばれなくなった時、
寂しかった。
中学生になった頃から、呼ばれなくなった。

代わりの呼び方があるわけではなく、
用事があるときは、近くにやってきて、
ぽそぽそと喋る。

大人数で暮らしてるわけではないので、
それで事が足りてしまう。

大人になってからは、
他の人に対して、わたしのことを、
「母上」と称するようになった。
メールとかで、相談事をしても、
「これこれこうだから、母上もそれでいいんじゃないの?」
と返事が来る。

息子は、ものすごく声の可愛い子だったのだ。
「ささやき声の○○ちゃん。」とあだ名がついていた。
天使の声だった。

それが声変わりして、思ってたのよりすごい低い声になった。

可愛い声で、囁くように喋っていたこと、
一生忘れない。

ちまの声も可愛いのだが、
残念ながら、声は、ムギのほうが、数倍可愛いのだ。
男の子なのに、高い声で、
甘えるときには、「きゅ~ん」と鳴く。
もうたまらない!

今日はカウンセリングだった。
早く目が覚めたので、早く出掛けて用事を済ませ、
ちょっと買い物もした。

カウンセリングが終わってからは、
来年の手帳に使う、複合型のペンが欲しくて、
ロフトに行き、
手帳を持って、あーでもない、こーでもないと悩んだ。

それで、帰宅したのが遅くなってしまった。

気が急く。
ちまムギが待っている。

駆け足で帰って来て、急いでちまの世話をして、
わたしはシャワーを浴びた。

その時、部屋の扉を開けておいた。
ちまは、お風呂場にいるわたしを、出待ちするのが好きだからだ。

シャワーを止めて、体を拭いていると、
なんだか軽快な、カリカリという音がずっと聞こえている。
何だろうなと思いながら出ると、
キッチンの上にちまがいて、
わたしが、しまい忘れた餌の袋を噛みちぎって、
中の餌をカリカリと食べていたのだ。

あら~。
失敗しちゃったな~。

餌はいいけど、ビニールを飲み込んでいないかが心配。
焦っていると、失敗ばかりしちゃう。
命を預かってるんだから、気をつけなくては。

失敗と言えば、夕べのこと。
すごい雨になった。
風も強くて、ほとんど嵐だった。
夜中、ムギが気になるし、
人間用の座椅子とかを、夫が片付けてくれたかもわからないので、
見に行った。

近寄っていくと、小屋の中に、ムギの後姿が見えた。
良かった、ムギ、小屋に入ってる。

けれど、雨音で、わたしの足音に気がつくのが遅かったらしく、
ムギはわたしの登場にびっくりして、
小屋から飛び出して行ってしまったのだ。

ああ!
なんてこと!

しまった…。
遠くから、声を掛けながら来なくちゃいけなかったよ。

もしくは、小屋に入ってるって目で確認できた段階で、
わたしは帰るべきだった。

痛恨のミス…。

いくら、「ムギ、ママだよ、大丈夫だよ、おいで~。」と叫んでも、
ムギはもう、戻って来なかった。

こんな嵐の夜に、
せっかく小屋に入っていてくれたのに、
それを邪魔してしまうなんて、バカなママ!

めちゃくちゃ後悔した。
失敗した。
取り返しがつかない。

ムギが風邪でも引いたらわたしのせいだ…。

どうか小屋に戻ってねと願いながら、
ちゅーるというおやつを、お詫びに小屋に差し入れておいた。
ママがくれたんだ、ってわかるよね?
どうか、小屋に戻って寝てくれますように。

多分、物置小屋の下にいると思われるので、
ムギ、ママ帰るね、小屋に入りなね、と声をかけて、帰った。

痛恨のミスで自分が情けなくなり、
自分と夫の健康サンダルを、
ブラシでガシガシ洗った。

辛かった。

お昼に目が覚めたので、夫に朝の様子を聞いたら、
ムギは小屋に居たそうだ。
それを聞いて、本当にホッとした。
帰って来てくれたんだ。
ちゅーるも食べてあったようだ。

それがあったので、一刻も早くムギに会いたくて、
超スピードでシャワーして着替えて、
降りて行った。
外はもう真っ暗。

すると、母屋の門扉の前に来たとき、
もう、ムギから声を掛けてきてくれた。
ムギはキジトラで、色合いが暗いので、どこにいるかは見えないが、
ムギは多分、わたしの姿をずっと見ていたのだろう、
きゅ~んと声を掛けてきた。

呼ばれるって、嬉しいね。
すごく幸せな気持ちになり、
当然、「ムギちゃ~ん!」と、こちらも猫なで声になる。

敷物を敷きなおし、座椅子をセッティングしている間、
ムギはずっときゅんきゅん鳴いていた。

待っててくれたんだね、ムギ。
遅くなってごめんね。

すぐに脚に乗って来るムギ。
夕べは、驚かせて本当にごめんねって、いっぱい謝った。

体を拭いて、ブラッシングして、
ふんわり毛布でくるむ。

ムギ、ゆっくりしようね。
ムギがもういいって言うまで、一緒にいるよ。

わたしは、息子を育てているとき、
今が人生で、最も必要とされている時期だと感じた。
姿が見えないと泣き、
わたしの首に抱きつかないと眠れない子。
それくらい、この子にはわたしが必要なんだって、実感した。

恋愛なんて足元にも及ばない。
子を思う気持ちは、
恐ろしいくらいに深い。

子育てが終わり息子は結婚して、
今は、ちまムギがわたしの子ども。

こんなに待ってもらえて、
会えると、ゴロンゴロン転がって歓喜してくれて、
脚に乗ってゴロゴロ喉を鳴らしてくれる。

愛を沢山、もらっている。

愛されるっていいな。
必要とされるって、いいよね。

目覚めたときに、ちまがいつのまにかもぐっていて、
太ももあたりに、ふわふわした感触があるのも、
すごい幸せ。
ちまが手を伸ばして抱きついてくるのもたまらない。

何のために生きてるのか、よくわからない。
でも、猫たちは、わたしを呼んでくれる。

それだけでも、生きてるっていいなって感じる。

猫に出会えて幸福だよ。
ちまは天使級の愛らしさで、
ちまは、可愛すぎて逮捕しちゃうくらいの小悪魔ちゃん。

毎日、一緒に過ごせて嬉しい。

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自慢なのではなくて。

夕べ、夜中に、ムギのところに行った。

ムギは小屋で寝ていた。
良かった、いてくれた。

暖かくしてあるので、
ムギが夜中に居てくれるだけで、充分嬉しいのだ。

小屋の前に座ると、ムギは小さな声できゅ~んと鳴く。
うん、いいよムギ、出て来なくて。
居てくれて嬉しいよ。
ムギのこと見れて良かったよ。

そう話したら、しばらく考えて、
ムギが小屋から出て来た。

気を遣って、脚に乗って来てくれたのだ。

ムギは猫なんだから、気を遣わなくていいんだよ?
でも嬉しい、ありがとうね、と言って、
毛布でくるんだ。

ほんの数分、いただけで、ムギは小屋に戻った。

だから、自分が甘えたかったのではなく、
わたしを気遣ってくれたようにしか思えない。

お礼に、「ちゅーる」というおやつをあげた。

ムギはウェットの餌は嫌いで、カリカリが好き。
でも、スープになると、一袋の半分くらいなら飲む。
ちゅーるは、離乳食のような食べ物。
細いスティック状の袋に入っていて、
少しずつ押し出して、袋から舐めるというコンセプトだ。

でも、ちまにやったとき、うまく舐められなくてこぼすし、
袋の切り口も結構とがっているので、
器に絞りだして、与えている。
ムギにもそうした。

気に入ったようで、スープのときみたいに舐めて、
お皿がピカピカになるくらい、ていねいに舐めた。
良かった。
またあげるね。


ムギが無事だと、寝付くとき、安心だ。
夫にも情報は共有すべきと思って、
メールして知らせておいた。

今日は出掛けていて、急いで帰って来て、
ちまの世話をして、自分はシャワーをして、
それからムギのところに行った。

ムギは小屋の外にいて、わたしが来るのを見ていたらしく、
ムギから先に声を掛けてきた。

風もなくて過ごしやすい。
たっぷりくっついて、ゆっくり過ごした。
途中、「何か食べたい!」を2回発動。
一回目におかかをやり、
二回目は、シーバというカリカリを、一粒ずつ手から与えた。

そのあとも、ゆっくり脚に乗って過ごしてた。
何をするでもなく、
何を話すでもなく。

でも、ムギは言葉がわかるので、
「ムギ、かわいいよ、ムギ大好き。」って言うと、
振り返って、ニッコリしてくれるのだ。

そういえば、息子も、
一歳くらいで、まだ自分は何も話せないのに、
「大好き!」って言うと、きゃっきゃと喜んだっけなあ。
魂に、ダイレクトに伝わるんだね。

ムギがどういう様子だったかを、夫と共有したい。
お外に住んでるのだから、目が行き届かない。
なので、お互いの情報を共有したいのだ。

でも、最近、ムギは朝、
夫が行っても、小屋から出てこないことがあるらしく、
手を差し入れると、くるっと仰向けになって、
一番可愛いポーズは見せるようなので、
機嫌は良くて体調も大丈夫、
ただ、手抜きなようだ。

夫が、ひがんでしまっている。

わたしは、自慢したくてムギとの様子をメールしているわけではない。
お互いが見ていない時間帯に、
どうであったかの情報を、共有したいのだ。

たとえわたしに会ってくれなくても、
翌朝、夫に甘えて抱っこされた、と聞けば、
わたしは、ああ、良かった、と安堵する。

でも夫は嫉妬するようだ。
そういうつもりじゃないんだけどな…。
自慢してるんじゃないんだよ。

わたしは、ムギに拒否されていた期間が長かった。
それは本当に辛かった。
でも、夫とムギがラブラブしてると知れば、
良かった、って思うことはできた。

だって、何より大切なのは、
ムギの心の幸せと、体の健康だもの。

わたしを拒否したのには、ムギなりの理由があるのだ。
そして、それをゆっくり、許してくれたのだ。

ムギは動物なのに、
許す、という高尚な心を持っている。
見習いたい。

外に返されてしまったのに、
恨むこともしないで、ガレージに居ついてくれた。

あの時、ムギがプイッとよそに行ってしまい、
会えなくなっていたら、
わたしたち夫婦は、
罪悪感で潰れただろうと思う。

ガレージを選んでくれたムギには、心から感謝している。
わたしたちを救ってくれたのだ。

動物だから、嘘はつかない。
本音で行動していると思う。

ムギの生き方を見ると、色々、考えさせられる。
一人で奮闘して一人で小屋を守って、
必死に生きている。
生きていることがこんなに尊いのだと、
ムギに教わった。

大事な命だから、情報を共有して、
二人で守ってやりたいと思う。

それが、ガレージを選んでくれたムギへの恩返しだよ。

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猫にしか会えない。

毎日、ムギに会えた会えなかったで、
一喜一憂している。

その落差が大きすぎて、
自分で背負いきれないのだ。

開いている時間があれば、すべて猫たちにつぎ込みたい。

ちまをおろそかにしているわけではない。
部屋の中で、よく抱っこして過ごしている。
ちまは、わたしのベッドサイドの、
自分のベッドで、ほかほかと寝ていることが多い。

頻繁に毛布をかけてやり、
寄って来ればいつも抱っこする。

でも、ムギに浮気しているのは事実。


夕べは、風が強くて寒かった。
そんな夜こそ、ムギには小屋に居て欲しいのに、
ムギは留守で、
呼んでも呼んでも帰って来ず、
30分待ったが、あきらめて、わたしは部屋に戻った。

気持ちがふさぐ。

何を持ってしても、紛らわすことができない。

夜中にバゲットを焼いて、バリバリと食べた。

こんな夜に、ムギがいないなんて。
辛くて心配で、気持ちは真っ青。

夫に、朝のムギの様子をメールして欲しいと頼んでおいたが、
メールは入っていなかった。

会えたのかな。
抱っこできたのかな。

起きて、ちまの世話をして、
自分もトーストを食べて、
すぐ、ムギのところに行ってみた。
風がなくて過ごしやすい日だった。

降りていくと、爪とぎの座面に、
ムギがちょこんと座っていた。
声を掛けると、にゃ~と鳴く。

小屋の前に座ると、ムギは車の下を経由して、
鳴きながら寄って来て、すぐ脚に乗ってきてくれた。

草の実がついていたので、ブラッシングだけした。
今日は寒くないから、小さいほうね、と声をかけて、
ムギに小さいフリースを掛ける。

会えた。
嬉しい。
ムギが元気だ。
良かった…。

ムギは、すごく撫でられたいわけではなく、
餌を要求するでもなく、
ただ、安心が欲しいのだ。
こうしてくっついて過ごして、
お互いに、愛情と信頼と気力をチャージする。

今の精神状態では、人に会うことは、難しい。
ちまとムギにしか会えない。

だから、ちまムギが甘えてくれるのは、
本当に癒されて、チャージできているのだ。

30分くらいした時に、ムギが降りて、座って、
「何かくれ!」と鳴いた。

いいよ~ムギ。おかかあげるね。

小皿におかかを入れて、ブロックの上に置いてやる。
お皿が低すぎると、後ろ脚が一本しかないムギは、
体勢が辛そうだったので、
今はブロックを台に使っている。

明るいときに会うことが滅多にないので、
食べている姿を、動画に撮った。
ガラケーだから、15秒しか撮れないけれど。

食べ終わったら、ぐるっと一周パトロールに行き、
また戻って来てくれて、
脚に乗ってくれた。

体を撫でて、お腹を確認して、
耳を綺麗にして、
またフリースをかけてやって、のんびりした。

柿の木に、色んな鳥がやってきていて、
色んな鳴き声がする。
ムギの耳はいろんな音を聞いている。

脚に乗って、ただくっついて過ごす。
至福の時間だ。

いつもかも、会えるわけではないし、
ムギの気持ちも、安らかではないときもあるので、
こんなふうに、ゆったりできるときは、
ひたすら、ゆったり二人で過ごしたい。

その気持ち、ムギも同じだと思う。

一時間半、一緒に過ごして、
ムギは足りたようで、自分で小屋に入った。

ありがとうねムギ。
ママ、癒されたよ。
ムギに会えれば、ご飯も美味しいし、テレビも楽しめるよ。

猫には、神秘な力があるらしい。
見えないものが見えるとも言われている。
だから、気持ちは通じてると信じている。

人間は苦手だけれど、
ちまとムギと会えて、一緒に過ごせて、
今は最高に幸せ。

ちまのお腹の調子もいいし、
ムギは最近は怪我をしてこないし、
頑張って一緒に冬を越したい。

今年ももう、残りわずかになった。
今年は、大晦日に、息子と二人で帰省する。
息子と二人きりになれる、ごくまれな機会なので、
遺言を残しておくことにする。

遺言書は、死んでから開けるものだが、
死ぬ寸前には、こうして欲しいということを、
伝えておこうと思っている。

ちまムギと、お別れするのは嫌だ。
でも、ムギは、家猫みたいに、長生きは難しいかもしれない。
だからこそ、濃密に過ごしたい。

ちまが居なくなったら、
わたしは生きる意味を失う。
何の喜びもないよ。

ちまには、猫又になっていいから、
長生きしてねと、毎日ささやいている。

心の不調を治すのは、
癒して守るほかないような気がする。
何かをしたら治るというものではないみたいだ。

今の暮らしと、
わたしを取り巻く、命に感謝。

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絶対に替えはない。

昨日は風が強くて寒かったのに、
夕方、ムギがいなかった。

夜になると、パトロールに出てしまうので、
夕方、5時とか6時に会いに行くようにしているのだが、
呼んで待っていても、帰って来ない。

こんな日こそ、小屋で寒さをしのいでほしいのだが、
こんな日こそ、余計に妬まれて、
狙われるらしく、
ムギが小屋に居られないのだ。

暖房はしてあって、さらに、端っこにはカイロを入れて、
充分、寒さをしのげるようにしているのだが、
ムギがちゃんと居られないのでは、意味がない。

寒さは防いでやれるが、
敵に狙われるストレスから、守ってやることができず、
とても心苦しい。


ムギに会えて、脚に乗ってくれて、
ムギを毛布でくるんで、一時間一緒に過ごす。
そうすると、お互いに、チャージが完了する。

わたしがムギに与えているのではない。
わたしは、ムギから与えてもらっているのだ。

ムギは、家猫になるのが狙いだった。

脚の手術をして去勢してくれた人がいるのに、
他の野良たちと行動をともにしていて、
夫にロックオンして、必死になついてきた。

ムギは、家に入りたかったのだ。
多分、家で暮らしてたことがあるのだ。

ムギがわたしにもなついて、
怖かっただろうに、階段を登って二階まで来てくれるようになって、
わたしは、ムギを部屋に入れたいと願った。

夫は、このまま外で可愛がろう、と言った。
それは、正解だったのだ。

わたしは目先のムギの可愛さに目がくらんで、
自分が頑張れば、うまくやれると過信した。

失敗したのはわたしだ。
わたしに責任がある。
夫が言うように、外で可愛がって、
最初から、ガレージに小屋を置いてやれば、
誰も、傷付かなかったはずだ。

ストレスで、ちまは白髪になり、
ムギはハゲて、
わたしはノイローゼになってしまった。

夫がムギを母屋に引き取ってくれたとき、
余りの申し訳なさで、
わたしは、夫にも、ムギにも、
合わせる顔がなかった。

だからほとんど行けなかった。

ムギを外に返すことになって、
夫は泣いて悲しんで、
わたしは、そんな思いをさせたのは自分だから、
本当に罪深いと思った。

外で可愛がろう、という夫の正解を聞いておけば、
こんなことにはならなかったのに。

ムギは、可愛すぎる。
もう、その魅力にメロメロになる。

でも、一緒に暮らすことができない。
だから、小悪魔ちゃん。
愛人なのだ。
ちまという正統派アイドルの正妻がいながら、
わたしはムギに浮気をしている。

ムギが、当時ガレージ居た、コゲちゃんという猫を追い払って、
ガレージを選んでくれた。
すぐにベッドを置いて、
すぐに小屋を発注した。

小屋が届いた時、ムギは、自分のものだとわかったらしく、
すぐに飛び込んだ。

それから一年余り。

一月の、雪のあとの寒い夜に、ムギは倒れた。

毎晩毎晩、
ノラ猫たちが、一匹ずつ、ムギを襲撃に来ていた。
そのストレスと、積雪するほどの寒さが原因だと思う。

今年は早くに冬支度を施した。
前の冬より、グレードアップして暖かいはずだ。

でも、悪意や敵意から、守ってやることが難しい。

夕べ、夜中に外に出たら、バラバラと音を立ててアラレが降っていた。
ムギは留守のままだ。

呼んで、呼んで、30分待った。

あきらめる事ができない。
ムギがちゃんと生きてるか心配だし、
会ってチャージしたい。

あきらめて、お皿に餌を入れたところで、
ムギが鳴きながら帰って来てくれた!

ちょこっと脚に乗っただけで、
すぐに小屋に入ってしまったが、
小屋は暖かくしてあるし、警備で疲れてるだろうから、
ゆっくりお休みね、と言って帰れた。

会えてわたしが救われた。
ちゃんと寝付くことができた。
ムギありがとう。

ムギに対して、思い入れが深すぎると夫に言われるが、
夫は、自分が傷付くことを恐れて、
そんなに思い詰めちゃいけないって言っているだけで、
夫だって、ムギのことは大切なはずだ。

女は、命を生み出す側だ。
命に対して、思い入れがより深いのが当然のことだ。
男とはわけが違う。

ムギはたまたま、猫だけれど、
心を持った、一つの大きな命なのだ。

わたしは、わたしの責任で外猫にしてしまったので、
必死に会いに行くのは当然だ。
夫は悪くないし、ムギももちろん悪くない。
悪いのはわたしだったのだ。

でも、目がくらむくらい、ムギが魅力的な子なんだよ。


今日は明るい時間に行ってみた。
会えますように。
ムギが小屋に居ますように、と念じながら階段を降りて行く。

ムギが小屋にいてくれた!

ムギちゃ~ん。
呼ぶと、ムギは、きゅ~んと小さい声で鳴く。
小屋の前に、ひざ掛けで脚をくるんで座ると、
出て来て、脚に乗ってきてくれた。

ムギ、草の実だらけ。
ブラッシングして草の実を取る。
それから、おどかさないように、ムギ毛布かけるね~と
説明しながら動作を行う。

ムギをくるんで、頭をナデナデ。
首をカキカキしてやると、ゴロゴロ言って喜ぶ。
風が強くて寒い。
強風が吹くたびに、顔を手でガードしてやる。

ときどき、振り向いて、にっこりしてくれる。
可愛すぎる。

途中、夫が帰って来た。
ムギは怖くて脚から飛びのいてしまった。

でも夫が察して、静かに家に入ってくれたので、
ムギも安心して、
また甘えた声で鳴きながら戻って来て、
脚に乗ってくれた。

大体、一時間くらい、くっついていると、お互いに気が済む。
チャージができた気がする。

わたしがムギにチャージしているのではなく、
わたしが、チャージを受けている。

ムギに会えてチャージできれば、
ご飯もおいしく食べられる。
テレビも楽しく見られる。

ムギに会えなくて、帰って来てくれないと、
気持ちが真っ青になり、鬱状態になってしまう。
これはもう、仕方がないことだ。

ムギは、魂を持った、大切な命なのだ。
そして、いつ、会えなくなるかわからない。
今夜が最後になるかもしれない。

だから、一回一回の逢瀬は貴重なのだ。
無駄にしたくない。

後悔をするのはわかりきっているけれど、
ああ、会いに行っておけばよかったのに、とは
思いたくない。

あらゆる娯楽を減らしても、ムギと会いたい。

替えのない、たった一つの大切な命だ。
深入りして当然のこと。

わたしが頑張れなくて、部屋猫にできなかったのだから、
一緒にお外で頑張るのは当たり前。

一人で奮闘して小屋を守っているムギがいじらしい。
呼んで帰って来てくれるムギがいじらしい。

当然の感情だと思う。
命を産んだことがあるから、わかる。
絶対に、替えはいないのだ。

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たまらない曲。

わたしは音楽を聴くのがすごく好きだ。

うつ病の酷いときは
もちろん、聴けなかった。

テレビがまずダメ。ラジオもダメ。
人が複数で喋ってるのも、無理。
誰かの大声にも怯え、
何もかもが恐怖の騒音でしかなかった。

本も大好きなのに、読めなくなった。
新聞も大好きなのに、全然頭に入らなくなった。

そんな状態で、大家族に嫁いで来たのだ。
無理ばっかりじゃないか。
毎日ただ耐えて過ごしていた。
もう、働いて自分で生きていくことはできないもの。

ひたすら寝ているか、
パソコンを開いて、ごく簡単なゲームをしているか。

文章が書けたので、ブログだけは続いていた。
2007年から書き始めているので、9年以上書いている。
ほぼ毎日書いてきたので、
膨大な記事の量だと思う。

なので、繰り返し書く内容もある。
書いたことは記憶はしているが、
また新たな感じ方をして、繰り返して書くのだと思う。


アパートで暮らすようになって、
大人数の恐怖から逃れ、
ちょっと調子も良くなり、
コミックとかが読めるようになった。

テレビも、ドラマは無理だが、
軽いバラエティとかが、少しずつ見られるようになってきた。

わたしがテレビを見れないでいる間に、
マツコさんが出現し、
ネットのニュースで、たびたびお名前を目にするが、
実物をテレビで拝見したのは、
随分売れて、いくつも番組を持たれてからのことだ。

音楽も聴けるようになって、
夫に、3万円くらいの、白いコンポを買ってもらった。
持っていたCDを聞いたし、
どうしても聞きたい曲があれば、CDを中古で買ったりした。

ときどき、もう、たまらない!
って、曲に出会う。
そのアーティストの全部が好きってわけではなくて、
一曲、好きで好きでたまらない!っていうことが、時々起こる。

今はいい時代で、
キーワードで検索すれば、
アマゾンや、ユーチューブで探して聴くことができる。
ミュージックビデオを見るのも楽しい。

数日前、もうたまらなくなって、
一枚CDを買った。
suchmos
というバンドの、
「STAY TUNE」という曲。
CMで流れていて、一瞬でとりこになり、
ユーチューブで探した。

クール。
めちゃくちゃ好き…。
何回も画像を見たが、飽き足らず、ついにCDを買って、
今日届いた。
4曲しか入ってないので、リピートモードにして、
10回くらい聴いた。

すごい好き…。

ゲスの極み乙女。も、、すべての曲が好きなのではなく、
「私意外私じゃないの」が、飛びぬけて一曲好き。
こちらは、画像を見たいので、
時々ユーチューブで見ている。

ミスチルの桜井さんと、桑田さんの、「奇跡の地球(ほし)」も、
ものすごく好きなのだが、
映像がない。
なので中古でCDを買った。

自分が若い頃は、CMで流れる曲が、
画面の片隅にテロップで出るのを、必死に覚えて、
レコード屋さんで探したりしたものだ。

今は気軽に音楽を探せるし、持ち歩くこともできるなんてすごい。

歌うために聴く曲と、
ただただ好きで聴く曲とがある。

一人なので、夜、時々歌っている。
歌うのが好き。


今日は、ムギに会えていない。
夕方、たっぷり時間を用意して行ったのに、
留守だった。
30分くらいして、また行って、呼んで待ったが、
帰って来てくれなかった。

夫が夜に会えたが、どうも今日は不穏なようで、
すぐにまた、パトロールに出掛けて行ったと聞いた。
敵が、来たんだね。
ムギ、頑張ってるんだね。

会いたいよ。
脚に乗せて毛布でくるんで、
お互いに愛情をチャージしたい。

このあと行くけれど、居てくれるかな。
小屋が空っぽだと、心が真っ青になる。

いるといいな…。

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きもちがいい。

今日は、用事がなかった。
見たい映画もあったのだが、
やめて、ゆっくり部屋で過ごすことにした。

これ以上寝てたら人間としてクズ、っていう時間に
一応アラームをかけて、
焦ることなく、ゆったりした気分で寝付いた。

こういう心持ちでいられるのなら、
増量したセロクエルを、減らせる日が来るかもしれない。

なにしろ肝臓を守らなくてはならないので、
薬は減らしたいところだ。

でも、寝付けない罪悪感のストレスのほうが大きいので、
薬に頼っている。

寝たいだけ寝て、
目が覚めてからもしばらくベッドでうだうだして、
気持ちが良かった。

ちまは腹減りさん。

わたしも、すごく空腹だったので、
バナナを食べてりんごを食べて、
チーズのパンを食べた。

それから、カタログを眺めたり、
パソコンでメールのチエック。

気持ちがゆったりとしているので、
お便秘も解消された。

必要なんだね、こういう日が。

夕飯に、お味噌汁を作り、
夕方、暗くなってから、ムギに会いに行った。

夕べ、夜中にも、ムギには会えた。
ちゃんと小屋で寝ていた。
小さく、きゅ~んと鳴くだけで、出て来なかった。

しばらくそばに居て、帰りに、手を入れて触ったら、
あぐーと軽く噛まれた。
ごめんごめん、ママ、しつこかったよね。

今日はちゃんと小屋から出て来て、
コンクリで、ゴロンゴロンと喜びのポーズをして、
脚に乗ってきてくれた。

体を拭いて、ブラッシングしてから、
毛布でくるむ。

そして、一時間ぐらい、一緒に過ごす。

だいたい、一時間いると、
ムギも足りるらしくて、
伸びをする回数が増えてくる。
そのタイミングで、「ムギ、何か食べる?」と聞くと、
振り向いて、「食べる!」って顔になる。

おかかを用意していると、
脚から降りた。

今日もどうにか、邪魔されずに済んだ。
途中、お姑さんが家から出て来て、
わたしとムギは身構えた。
玄関を出て、こちらをうかがっている気配がする。
わたしたちは息をひそめる。
夕刊を取りに行って、家に入られたので、ホッとした。

ムギに、夜また来るからね、待っててね、と言って、
帰る。
階段を上がっていくわたしを、ムギがずっと見ている。
切ない瞬間。

一人で自由に食事をして、
見たい番組を見て、
ちまを抱っこして顔をうずめ、
すごく幸せ。
きもちのいい暮らし。

ずっとこうして、ささやかに暮らして行きたい。

このあと、またムギに会いに行くけれど、
小屋に居てくれるかな。
居てくれたら安心だ。
出て来てくれなくてもいい。

ムギ、あまり夫とラブラブしてないらしく、
「ママさえいればいいんだってさ。」と、
夫がすねてメールしてきた。

そんなことはないよ。
ムギは断然パパが大好きなんだから。
今は、たまたま、わたしが時間を割いてゆっくり居るからだ。
寒くないよう、くるんでやっているから、出て来てくれるに過ぎない。

夏場は、あまり寄って来てもくれなかったもの。

ムギは、生きて、そこに居てくれるだけで尊い。
一人で闘って頑張ってテリトリーを守っている。
ムギは偉いと思う。
ありがたいと思う。

天使のちまちゃんは、キャラメルポップコーンの匂いがする。
なんでこんな甘い匂いなんだろう?

愛おしいものたち。
幸せな毎日。

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悪いものじゃない。

一つ、歳を取った。

朝からお祝いメールが届き、
嬉しい幕開けだった。

わたしは、歳を取るのが、そんなに嫌ではない。

それは、今、夫のおかげで安定した暮らしがあり、
息子が幸せな結婚をしたからだと思う。

夫と再婚するまでは、
人生なんて暗闇だった。
いいことなんて、もう起きないんだと思ってた。

でも、今はとても幸せ。
静かで穏やかで、無理のない暮らし。

どんな人生を、「バラ色」と言うのか知らないが、
わたしのバラ色は、こういう静かな暮らしだ。

家族を除くと、
わたしが今、関わっているのは、たった5人の女性。
少ないと思う。

でも、すごく充実していて信頼があり、
一生、付き合うと決めている人たちだ。


うつ病になって、
とても多くのものを失ったと思っていた。

働くことでしか、自分を保てないわたしが、
仕事をする自分を失い、
生きる意味もわからず、
引きこもって暮らしていた。

でも、実のところ、
失ったと思ったのは、
実際は「無用」だった部分だったのではないだろうか。

仕事が出来て成果を上げられていた自分は、誇らしい。
続けたかった。
でも、うつ病になって働けなくなった。
人間関係の構築ができない。
これは致命的だ。

でも、今、残っているわたしの周りの人は、
お互いに、一生の仲だと感じている人だ。

会えることがなくても、
深く繋がっていることを実感する相手もいるし、
たびたび会って、発散できる相手もいる。

無理をそぎ落とした結果が、
今の5人なのだ。

とても大切な人たち。

誕生日のお祝いメッセージをもらって、
涙すること数回。

こんな、こんなにも至らないわたしを、認めてくれて、
大事に思ってくれて、
「出会えてよかった、生きていてくれたらそれでいい。」
と言ってもらえる。

わたしは一体いつ、そんな人間に昇格できたのか?

わたしは、性格は良くない。
それは自分でよくわかっている。
優しくもないし、親切でもないし、何かに秀でていることもない。

でも、多分…

純粋なところが、あるよ。

本当に心から、相手を愛することはできるよ。


昨日は、ムギに、一回も会えなかった。

毎日、夕方会いに行っているのに、
お誕生日の食事に夫が連れて行ってくれたので、
行かないで出掛けた。

二人で帰宅したときも、ムギはいなかった。
風が強くなり、こんなに寒いのに。

夜中に、会いに行ったが、留守だった。
空っぽの小屋を見ると、
絶望的な気分になる。
心が真っ青になる。

ムギ! ムギちゃん!
呼びながら、30分待った。
でも、ムギは帰って来てくれなかった。

辛い…。

ムギが悪いんじゃない。
一緒に暮らせない自分がすべての原因。
自業自得。

でも、こんな冷たい風の夜、
具合が悪くなって、どこかで倒れていないか、
敵と戦って負傷してはいないか、
誰かに連れ去られていないか、
心配は限りがない。

そしてまた、寝付くことができず、
大量のセロクエルを飲む。

朝の様子を、教えて欲しいと、夫に頼んでおいたが、
メールは入っておらず、
朝9時くらいにメールして聞いたが返事はなく、
わたしはリウマチの診察で病院に行った。

行く前に、小屋を見たが、ムギの姿はなかった。

ムギ…。
どこにいるの…?

リウマチの診察では、
肝機能の数値がまた上がったことを指摘された。
お酒はやめたが(もともと飲酒の習慣はない)、
胆のうのアレコレのあとに、精神状態が崩れ、
不眠になり、
200ミリ飲んでいたセロクエルを、
今は300ミリ、飲んでいる。

それを話すと、リウマチ内科の先生は、
内科医としてだけ、言わせてもらえば、
その量は多すぎる、減らして欲しいとのことだった。

でも、朝の4時になり5時になり、寝つけてないまま、
ああ、もう夫が起きてしまう、
まだ寝てないと責められる、という、
強迫観念で、わたしはものすごく苦しい。

いつかは寝られるんでしょ?とまた夫に言われた。
それはそうだ。

でも、まだ寝てない、と責められた記憶を塗り替えるのは困難だ。

朝になってしまう恐怖は、
夫に責められるという恐怖なのだ。


病院から帰って、ちまの世話をして、着替えて、
すぐにムギのところに行った。

恐る恐るのぞくと、ムギは小屋にいた!
ムギちゃ~ん!

ムギはすぐに小屋から出て来て、
わたしに、文句を言った。

多分、昨日夕方、来なかったよね!って言ってると思う。
「ムギ、おいで。」
そういったら、ムギは突進してきて、脚に乗った。

いつもはわたしを一周してから乗るので、
お尻をこちらに向けているが、
今日は前から突進してきたので、
顔がこちらに向いている。

いつも、暗くなってからしか行かないので、
明るいときに、ムギの顔を見るのは、久しぶりだ。
毛布でくるんで、ずっと顔を見つめていた。

目を閉じて、うっとり寝ているムギ。
会いたかったよ。
かわいいよ。

途中、お姑さんが出て来た。
わたしとムギに、緊張が走る。
来るかもしれない。
息をひそめる。

でも、車の後ろまでは来ず、どこかに出掛けて行った。

25分くらいで帰っていらした。
再び、緊張する。
ムギは、いつでも逃げられるように身構えた。

幸い、家に入られたので、助かった。
怖かった。

ムギもほっとして姿勢を崩した。

ずっとこのまま一緒に居たいけど、
朝起きて病院に行ったので、眠いし具合も悪い。
そろそろ寝たい。

ムギ、何か食べる?と聞いたら、
ムギも察して、脚から降りた。

初めて、「ちゅーる」をやってみることにした。

ムギはウェットの餌は嫌いで、カリカリ派。
でも、スープは、半分の量だったら喜んで飲む。
ちゅーるはその中間のペーストだけど、どうかな?

封を切って、鼻先に出したら、興味を示した。
小さい器に絞りだして、顔の前に出したら、
ぺろぺろと上手に舐めた。

また夜に来るからね、待っててね、と言って帰る。
階段を登っていくわたしを、ムギがずっと見つめている。
切ない。

部屋に帰って、ちまと一緒にお昼寝をした。

今日のちまは、甘えっこちゃんモードに入り、
何回も抱っこをせがむ。

明日は予定がないから、ちまとのんびり過ごそう。


歳を取るって、悪いことばかりじゃないよ。
わたしは、若い頃も元気ではなかったので、
今がすごぶる不健康だとも思っていない。
むしろ、精神を病んでいたのかとわかって、楽になったくらいだから。

もう、無理をしたくない。

何も、特別なことは起きなくていい。
こういう、穏やかで静かな暮らしが続いたら、幸せだ。

いてくれてありがとうって、
言われる日が、来るとは思っていなかった。

みなさん、ありがとう。
感謝。

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記念日症候群。

「記念日症候群」という、
精神状態が存在する。

記念日、とだけ聞くと、
お誕生日とか、結婚記念日とかを思い浮かべるかもしれないが、
間逆な、ネガティブな話。

一番わかりやすく言えば、
自死遺族のかたが、亡くなった方の命日が近付くと、
精神のバランスを崩す、というものだ。

わたしも、
それになった。

一月に、ムギが倒れていた夜。

それが、わたしの、ブラックアニバーサリーだ。

朝からムギは調子が悪かった。
朝ごはんを食べていなかった。

庭にいて、動いていた。
わたしを見て、にゃ~と鳴いていた。

夜になっても、ムギはご飯を食べなかった。
小屋に引きこもっている。
夫と、どうしたかねえと話した。

様子がおかしかったら、病院…
でも、明日は休診日だしねえ、と話した。
じゃあ、もう少し様子を見ようと言ってその時は別れた。

夜11時くらいに行くと、ムギは小屋にいた。
でも、出て来て甘えることをしない。
おかしいな。
いつもは出て来て、くっついてくれるのに。

試しに、鼻先に、厚削りのかつお節を差し出してみた。
いつもなら、パクッってすぐ食べる。
でも食べない。
目つきがちょっとおかしい。

夫と、どうしたかねえ、と話し合い、
でもまだその時は、ムギは普通に座っていたので、
じゃあ、わたし、夜中にもう一回、見に来るよ、
それでもおかしかったら、翌日どこかの病院に行こう、
と、話し合って解散した。

それで、寝る前の午前2時に、行ったら、
小屋からシッポが外に、だらんと出ていた。
え?
おかしくない?
こんな真冬に、シッポ出してるなんて。
いつも丸くなって寝ていたはず。

小屋をのぞくと、ムギは横向きに倒れていた。
「ムギ、ムギ、どうしたの?」
そう言ってゆすっても、
「ううう…。」と、声にならない声をかすかに漏らすだけで、
ムギは全然動かない。

顔を触ると、びしょびしょに濡れている。
でも、粘度があるので、水ではない。

よだれでぐしょぐしょだったのだ。

肉球に触れると、冷たかった。
いくらゆすっても、ムギは反応しない。
よだれでぐしょぐしょだなんて、これは何かの急病だ!

どうしよう!
どうしたらいい?

でも、ここで見逃してはならないと思った。

わたしは母屋に駆け込んで、夫を起こした。
夫は3時間くらいしかまだ寝ていない。
わたしが状況を説明しても、
その重要さがイマイチ伝わらない。

朝まで待つか。
朝まで待って大丈夫なのか。
待つ意味があるのか。

夫は、「ムギがムギの意思で小屋に居るんだから。」と言った。

それでは、明日の朝、
ゴンちゃんみたいに、冷たくなっているかもしれないじゃないか!

わたしは、大事にパンフレットを持っていた、
夜間専用の、救急動物病院に電話してみる、と言うと、
夫はそれは了承した。

部屋に帰って、パンフレットを手に取り、
電話をする。
すぐに相手が出た、若い女性だ。

ムギの状況を、説明し始めたとき、
わたしの体が、急激に、がくがくと震え始めた。

説明しながら、
これは大変なことだ、ただ事ではないと、直感したのだと思う。

震える声で、「ゆすっても反応がなくて、肉球も冷たいんです」、と言うと、
診てみないとなんとも言えませんが、
通常、その状態は、もう緊急です、と言われた。

わたしは携帯を持ったまままた母屋に駆け込み、
夫に、
「もう緊急事態だから、ムギ連れて行きたい!」と願った。
夫は跳び起きて、着替えを始めた。

わたしは、その病院の目印を聞いて、
すぐに向かいますと言って、電話を切った。
ぶるぶる震えた。

ムギが死ぬのは嫌だ、
まだ出会って一年しか経ってない、
ムギが死ぬのは嫌だ!

泣きながら着替えて、キャリーを持って行った。
ぐったりしているムギを小屋から引きずって出して、
キャリーに入れた。

その時、カイロで温めれば良かったのだが、
思いつかないまま、後部座席で、キャリーを抱えて、
わたしは泣いていた。
ムギは、不安そうに鳴いた。
鳴く気力がまだ残っていた。

道中、長かった。
果てしなく遠く感じた。

病院はビルの2階。
到着してわたしがインターホンを押すと、ドアを開けてくれる手筈。
中に入るともう、女医さんが駆け下りてきて、
ムギを奪って先に階段を駆け上がった。

そして、「冷たい!」という叫びを聞いた。

ムギは鳴いていた。
まだ、鳴ける力はあった。
しかし、体温が異常に下がってしまっており、
はっきりと、危篤状態だった。

ムギの周りにドクターや看護師さんが集まり、
ドライヤー2台で、熱風を、ムギに浴びせ始めた。
人馴れしていますか?と聞かれたが、わからない。
わたしと夫にしか懐いてないから、わからないのだ。
首にカラーがはめられた。

ムギの体内からは、
銀のお盆になみなみと、どろどろの血尿が出た。

血液の状態も悪く、危篤状態で、
朝まで待っていたら、確実に死んでいたと言われた。

あと数時間で死んでしまうところだったのだ…。

良かった。連れて行って良かった。
どうか死なないで!と祈った。

ムギを預けて、一旦帰宅し、
受け入れ先の病院をネットで探して決めた。
そこに連絡が付き次第、引き取りに行って入院させる。

朝8時に、力尽きて倒れていたわたしの携帯が鳴り、
危機を脱したと言われて、また泣いた。


ムギは長い入院と、長い療養を経て、
元気になって、3月にお外に返した。

お外は、大変だけれど、
ムギは冬をここで越すのだという決意を固め、
秋口から勢力争いにせっせと出掛け、
闘って怪我ばかりして帰って来ていた。

その甲斐あってか、最近は、小屋でのんびり寝ている。

夕べ、夜中に行ったとき、冷たい雨だった。
ムギは小屋で寝ていた。
わたしが声をかけて、小屋の前に座ると、
きゅ~んと小さく鳴いたが、
出て来る気配がない。

いいよ、ムギ、雨だから出てこないで、小屋にいな?

そう言って、ムギを見ていたのだが、
ここで、「不安スイッチ」が、オンになってしまった。

夕方は、会えて、脚に乗ってくれて、一時間、一緒に過ごした。
夫が休みだから、パパからの愛情もあって、
足りてるだけだよね?

ムギ、触っていい?と聞いて、
小屋に手差し入れて、体を撫でてみる。

温かい。濡れてもいないし、傷もなさそう。
口の回りを入念に触る。
うん、濡れてない。
大丈夫だ。

ただ、足りてるだけ。眠いんだね?

でもでも…。

あの日も、昼間は庭をぴょこぴょこ歩いてたのに、
その数時間後には倒れたんだ、と思うと、
不安でたまらなくなる。

懐中電灯で、ムギを照らしてみる。
特におかしいところはない。

スープを小皿に入れて、それをスンナリ飲んだら元気だ。

小皿にスープを出して、小屋に入れ、
顔の前に置いた。


ムギ、すぐに舐め始めた。
嬉しそうに飲んで、お皿もぴかぴかに舐め上げた。

小皿を引き取って、アゴの下をコチョコチョしたら、
ムギが、「ぐふ~、ぐふ~。」と喜んだ。

あああ、大丈夫だ。
元気だし機嫌もいい。

わたしは、また明日ね、と言って部屋に帰った。


寝ようとしたのだが、
一回、オンになってしまった「不安スイッチ」が、
オフにならない。

ムギのことだけでなく、あらゆるネガティブな考えで、
脳内を支配される。

目がギンギンに冴えて、寝付けない。
ああ、これが、あの、記念日症候群か、と思った。

今後、毎年、こういう気候になると、
ムギの命が心配で、わたしはこんな風になるのだろう。

寝付けないまま朝になりそうだ。

ものすごい量のセロクエルを既に飲んでいるのだが、
起きなくてはならない予定もあるので、
仕方なくまた、セロクエルを2錠足して飲んだ。

ベッドサイドにいる、ちまに顔をうずめて、
愚痴を聞いてもらった。
ちまは、舐めてくれて、シッポちゃんで遊んでくれた。

5時ぐらいにやっと寝られたと思う。

今朝は夫にも、ムギは出てこなかったようだ。

去年のようにしてはいけない、という教訓で、
小屋はばっちり温かくしてあるので、
居心地が良くて、出てこないなら、いいんんだ。
それが目的だから。

でも、夕方、行って会えるまでは、不安だった。

ムギ、小屋で寝ていて、わたしが行ったら、すぐ出て来て、
コンクリの床で歓喜のローリングをしたあと、
すぐ、脚に乗ってきてくれた。

ムギは、皮下脂肪を蓄え、
毛も、もふもふになって、丸っこいかわいいフォルム。

元気で良かった。安心した。
一時間以上、一緒に過ごした。
「ムギ、ママそろそろ帰ってもいい?」と聞いたら、
黙って、脚から降りてくれた。

一日、一日、大事に過ごそうね、ムギ。
何年、一緒に生きられるかわからないけれど、
一緒にラブラブ、過ごそうね。

今夜はスイッチがオフになるといいのだけれど…。

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豊かで細やかな感情。

夕べ、遅くに、ムギに会いに行った。
ムギは小屋で寝ていた。
居てくれればそれで充分。
わたしは小屋の前に座って、
「ムギ、寒いから出てこなくていいよ、ママ、ムギのこと見てるから。」
と、声を掛けた。

ムギは、きゅ~んと返事をしたが、
しばらくしたら出て来て、脚に乗ってきてくれた。
ムギちゃん。
律儀だね。
猫なんだから、そんなに気を遣わなくていいんだよ?

ムギは猫なのに、気を遣うのだ。

入院している間、
夫とわたしとが二人で面会に行くと、
パパ大好きなムギは、夫の腕に埋もれる。

わたしは、その姿を眺めて、ちょっと撫でて、
充分だ。
(これが逆だと夫はすごく妬むのだが)

でも、ムギは、悪いなって思ったのか、
ちょこっと、わたしのところにも来て、
ゴッツンコして、愛情を表現し、
また夫の腕に戻るのだ。

ムギが色々気配りができるのは、
色んな人間と関わって生きてきたからだと思う。

脚の手術をして助けてくれた人がいるのは、
事実だから。

ムギ、小屋でぬくぬく寝てるのに、わざわざ寒い外に出て来て、
脚に乗ってくれる。
ありがたい。

ムギは、餌が目当てではない。
必要としているのは、
愛情と、安心だ。
「いつもの状況」というものに、すごくこだわる子である。

どちらにもすごくなついているのに、
夫とわたしが、二人揃うと、ムギは逃げる。
一対一でしか、対応できない。

お姑さんが来てももちろん逃げる。
大きな声が怖いのだ。

昨日、ムギの小さいほうの毛布がなくなっていた。
小屋の入り口に、
小さい青の毛布と、
大きい黄色の毛布を、すぐに取り出せるように入れてある。
きちんと巻いて、入れてある。

その、小さい青い毛布が、無くなっていた。
無くなる理由がない。
きちんと巻いて入れているので、
風で飛ぶわけもない。

当然、誰かが持ち去ったわけだ。

でも、証拠も無く、ここで決め付けるのは悪いので、
野良猫にでも取られちゃったのかねえ、と
夫には言っておいた。

夫が今日、母屋を探したら、
洗濯されて、タオル置き場に片付けられていたそうだ。

考えるに、多分、お姑さんがムギのところに行き、
ムギが小屋から猛ダッシュで逃げ出し、
その時に脚に引っ掛けて、ちび毛布が外に出たのだ。
お姑さんがそれを拾って、洗濯機に入れた。

ムギが慌てて逃げた痕跡は、見ればわかる。
ベッドの中が乱れているから。

行けば逃げるに決まっているのに、
どうして行くのか。
腹立たしいが、どうすることもできない。
ムギの居心地が悪くなっては困るのだが。

今日の夕方、わたしがムギと二人で、ラブラブ過ごしていると、
母屋の階段を、ペタン・ペタンと下りてくる足音がした。
お姑さんの足音だ。

わたしとムギは、身構えた。
懐中電灯を消して、息を殺した。
来るつもりだ。
他に用事はないはずだから。

すると、また足音がして、その音は遠のいて行った。

夫からメールが来て、
今、婆さんが降りてきたから、追い払ったよ、と書いてあった。
ありがたい~!
絶対に来てしまってムギが逃げるパターンだった。
夫が阻止してくれたので、
助かった~。

わたし一人のときは、
無視しようと決めたけど、
実際には無視も難しくて、
いつもムギが逃げてしまい、
わたしははらわたが煮えくり返る。

なんで、逃げるとわかっていて、来るのか。

それを避けられて良かった。

小一時間、一緒に過ごしたので、
そろそろ、ご飯も炊けるし洗濯も干したいし、と思い、
ムギに、
「ムギ、おかか、食べようか。」
と言ってみた。

ムギの耳がこちらを向いた。
「ムギ、おかか、食べる?」
もう一回聞くと、ムギがわたしを見て、
ふうううう~ん!と、思い切り、文句を言った。

ムギは、よーくわかっている。
おかかを食べたら、この逢瀬が終了だってこと。
自分が、食べるために降りると、
ママが帰ってしまうってこと、よくわかっている。
だから、文句を言ったのだ。

そうかあ。
そうだよね、ママの都合でコントロールしちゃダメだよね。
ごめんごめん。
じゃあ、ムギの気が済むまでいようね。

そのあと、10分くらいしたら、
ムギが振り向いて、おかか、食べてもいいよって顔をした。
小皿を出すと、脚から降りた。
おかかを入れてやり、食べる姿を見届けて、
また夜に来るから、会ってね、と
約束して帰った。

言葉がよくわかっているし、
状況もしっかりわかっている。
そして、餌にはつられないし、感情が豊かで細やかだ。


犬より、猫のほうが、繊細で、
より細やかな感情を持っているような気がする。

ちまはいつも機嫌が良く、シッポをピーンと立てている。
情緒の安定した猫だ。

ムギは、やきもちを焼いて噛んだり、
脚から降りたくないときは、
スープのお皿を鼻先に出しても、プイッとそっぽを向く。
とても豊かな子だ。

だから、ついでにとか、ちょっとだけとか、
気軽には行けない。
ちゃんと向き合って、付き合う気力を持って会いに行く。

たかが猫、じゃない。
気持ちが存在するのは、人間となんら変わりがない。

明日は、暖かくなるそうだ。
11月にもう雪が降って、12月に20度にもなるなんて、
不穏な気候。

今夜と明日は、ムギはカイロ要らないね。
日向ぼっこが気持ちいい日和になるかも。

冬の雨は、心に痛いので、
晴れて風のない日が、一日でも多ければ、助かる。

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できないことを責めない。

金曜日、テレビを見ていて、
色々と考えることがあった。

自分が子供を育てているときに、
今のような沢山の情報があったら、
もっといい母親になれたのではないか?という思いや、
さらに遡って、
自分が子供の頃、もっと情報があったら、
わたしは、現在、うつ病にはならなかったのでは?
という疑問。

発達障害の症例を聞くと、
他人事とは思えないのだ。

自分も少なからず、そうだったのではないか?と
思う箇所がいっぱいある。

濡れることが恐怖で、
顔を洗うのがとても怖いこと。
もちろん泳ぐことなんてできず、
高校生になって、留年の危機を迎えて、
夏休みにマンツーマンで特訓されて、
2回くらい、25mを泳げて、それで免除してもらえたが、
今も、水は恐怖のままだ。

自転車にも乗り方がわからず、
絵を描いても下手すぎて何を描いたかわからず、
何かやっていることを中断することができなくて、
しょっちゅう、おもらしをしていた。

ただ、小学生のときは、すごく勉強が出来たので、
おかしい部分が、隠れていただけなのだ。

人とのコミュニケーションも苦手で、
それはいつもしーちゃんが尻拭いをしてきてくれてた。

頑張って、頑張りすぎて、
学校に行きたくなくても、休むことなんて罪悪だったから許されず、
しょっちゅう具合が悪くなり、
保健室の常連だった。

高校生になってからは、パニック障害を発症した。

でも、当時はそういう情報がなくて、
何もわからないまま、
親に叱咤されるばかりで、
そのままわたしは就職した。

仕事はものすごく出来た。
記憶力も半端なく良かった。

でも、人間関係は、構築できなかった。

そんなわたしが、息子を授かった。

世の中に、こんな愛おしい存在があるのか、とびっくりした。
ものすごく可愛かった。

子供って、こんなに無条件で可愛いのに、
なぜわたしは、親からあんな仕打ちをされたのかと、
疑問を持ち、反感を持つようになった。

わたしが心がけたのは、
「されて嫌だったことをしない。」
「してほしかったのに、されなかったことをする。」
の2点だけだ。

褒められることなく育ったわたしは、
息子を、めちゃくちゃ褒めて育てた。

息子も水が怖くて泳げなかった。
その辛さや恥ずかしさはわかる。
だからもちろん責めなかったし、
今年は顔をつけられた、今年はもぐれた、と
たったそれだけの進歩であっても、
心から偉いと思って、すごく褒めた。

自転車にも乗れない息子だった。
こんなところまで似てしまい、
お友達から「なんで自転車乗らないの?」と聞かれると、
わたしは、
「うちが貧乏で、この子の自転車を買えなくて。」とさえぎった。

離婚したのち、前夫が、
何も父親らしいことをしなかったから、と、
毎週日曜日の早朝に来て、
交通公園で、自転車の練習をさせてくれた。
それで、4年生くらいで、やっと乗れるようになって、
前夫が自転車を買ってくれたのだ。

息子の絵も、工作も、いい部分を拾って褒めた。
一切、けなさなかった。

でもわたしが一生懸命に褒めていること、
息子は、感づいていた。
「ママ、いつもほめてくれるね。」と、はにかんだ。

だって、一生懸命にやった成果だもの。
苦手なことにも努力する姿は美しいし、
才能があれば、それを認めて伸ばしてやりたかった。

発達障害の子を持つ親に、
「何でこんなこともできないの?とは思わず、
これも出来た、あれも出来るようになった、と、
認めて褒めてあげましょう。」とメッセージがあがった。

そうだよね。
優れた人から見たら、なんでこんなことも出来ないの?って、
イラつくかもしれないけれど、
出来るようになったことをカウントして、
褒めてあげたほうが、絶対にプラスじゃないか。

わたしは、今後も、そうして生きて行きたい。

夫は、非常にスペックの高い人なので、
わたしにイラつく。
普通に、知らないことやわからないことを質問しても、
キレられたり、バカにされたりする。

普通に、会話がしたい。
わたしのスペックが、夫より低いのはわかっているが、
かといって、じゃあ人間として圧倒的にダメなのか?
そこで判断するものではないと思う。


息子が結婚することになり、
初めて、両家顔合わせの食事会のとき、
まず、わたしは、
お嫁ちゃんのご両親に、
「結婚をご承諾いただきまして、本当にありがとうございます。」と
頭を下げて、お礼を述べた。

これだけは絶対に伝えたい言葉だったのだ。

お嫁ちゃんは健全な両親のもとで育ち、
大学も出ている。
大切な一人娘だ。

息子は、人柄は自慢できるが、
離婚家庭の片親だったし、
高卒だ。

でも、彼女と結婚することが、息子の運命だと信じていたので、
もし反対されたら、
土下座に行く覚悟があった。

反対せず、よろしく頼むよ、と言ってくださったそうで、
本当にありがたかったのだ。

そう述べたとき、お嫁ちゃんのお母さまが、
「いえいえ、本当に何にも出来ない子なんですよ?」とおっしゃった。
それは、息子から聞いて知っていた。
しかし、それのどこに問題があるのか?
出来るほうがやればいいだけのことで、
家事ができるできないなんて、どうでもいいことだと思った。

数日後、
わたしはうつ状態になり、息子に電話してもいいかメールした。
電話して、
「ママ、なにかおかしくなかったかな、顔合わせ、失敗しなかったかな。」
と聞いた。
不安で押しつぶされそうだったのだ。

息子は、
「ううん、そんなことないよ。むしろ、色々言ってくれてありがとう。」
と、ねぎらってくれたのだ。

良かった…。
それでわたしはやっと気を抜いた。

わたしが述べたお礼について、
息子は感謝してくれているようだった。
こころからのお礼だったんだけどね。

わたしがうつ病であることを、お嫁ちゃんは知っているが、
ご両親には話してないようだ。
でも、自分も不登校になってカウンセリングを受けていた時期があると、
彼女はわたしに打ち明けてくれた。

繊細な子なのだ。
それをすべてひっくるめて、息子は受け止め、
大事に大事に付き合ってきたわけだ。


わたしは姑という立場になった。

最初の結婚のときの姑は、本当に酷い人だった。
だから、反面教師になっている。
お嫁ちゃんが嫌がることは、絶対にしない。
その信念で生きる。

息子のことが世界で一番大切だ。
でも、その息子を幸せにするのは、
わたしではなく、お嫁ちゃんなのだ。

だから、とても大事な人。
絶対に息子より先に死なないで欲しいと願う。

こういう話をすると、
「いいお姑さん!」って言われるが、
わたしは、優しい人間でもなんでもない。
優しくなんかない。

ただ、されて嫌だったことをしないだけなのだ。
とてもシンプル。


人生長いんだから、まだまだこれから!って言ってる人は
パワーがみなぎっていてすごいなって思うけど、
わたしにはそういう感覚はない。

静かに年老いて、静かに死んでいく。

人を責めること、やめられたらいいなあ。
きっと自分も楽になれるだろうね。

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圧縮してある感情。

感情的な人が嫌いだ。

その感情に振り回されることが迷惑だ。
ぶつけたほうは、それでスッキリするのかもしれないが、
やられた側は、たまったもんじゃない。
一生、忘れない。

自分が感情的になってはおしまい。
同じ土俵になってしまう。

だから、常に感情をセーブして生きている。
感情の揺れが、無いはずはないのだ。
傷付かないはずはないのだ。

だから、そのことを理解して、
寄り添ってもらえたりすると、
ふいに感情がぶわ~っと出て来て、
泣くことがある。

誰にも感情をぶつけず、
振り回されないよう、必死で冷静を保ち、
一人で泣く。

本当にしんどいときは、いっそ一人のほうが楽だ。


今日は久しぶりに従姉と会った。
6月に会って以来だったので、随分間があいてしまった。

彼女が仕事で忙しく、
辞めることも決まって、そのあと会おうねって言っていたら、
わたしが胆石症を発病。

その後、彼女が極度の疲労によって不眠が続き、
わたしは手術。

彼女の家のリフォームが始まって、
なかなか会える日を決められなかった。

やっと会えた。

思う存分、
自分の子を、「可愛い!」と言いまくれる相手。
お互いの、一人しかいない子供が、
幸せな結婚をして、
わたしたちもとても幸せだ。

子供が、幸せであることが、世界で一番の幸福だと思う。

誕生日が近いので、チョコの詰め合わせをくれた。
チョコは常時買っているので、嬉しかった。
ちょっとずつ大事に食べよう。

3時間半、あっという間に経過して、またね、と別れる。
いつも名残惜しい。

今日はドラッグストアがポイント5倍デーだったので、
寄って買い物をした。

ムギに使うカイロと、ちまの缶詰を箱買い。
めちゃくちゃ重たい。
カイロって、中身が鉱物なので、箱で買うと重たいのだ。

自分の飲み物とかも買いたかったが、
あきらめて、猫用品と、洗剤やソープを買って、
汗だくで帰宅。

ちまの世話をしてからシャワーして、
しばらくちまと過ごし、
暗くなったのを見計らって、ムギのところに行った。

暗くなるのを待つのは、
お姑さんが来てしまう確率を、少しでも下げたいからだ。
来てしまわれたら、ムギは確実に逃げてしまい、
わたしは怒りで煮えたぎる。
それを避けたいからだ。

ムギ、待っていてくれた。
すぐに脚に乗って来る。
今日は風もなく、気温も高めだったので、
コートを脱いで帽子も取った。

脚に乗せて、色々喋っていると、
ムギが時々振り返って、ニッコリしてくれる。
今日はその、ニッコリした顔の写真が撮れた。
かわいい!
友達に送ったら、本当だ、ニッコリしてるね!って。

一時間弱、一緒に過ごしたが、
お姑さんが、謎の行動を始めてしまった。
玄関のドアをガッチャンバッタンと開け閉め。
玄関の内部の照明を点けたり消したり。

ビクビクしながら、息を殺していたのだが、
勝手口を開けて、お姑さんが来てしまい、
ムギは逃げた。

あ~あ。
毎回逃げるのに、
どうして来ちゃうんだろうなあ…。

仕方がないので、わたしも部屋に戻った。


夜、友人からプレゼントが送られて来た。
高野の、フルーツのジャムの詰め合わせ。
めっちゃ嬉しい!
テンションアップ。
毎日パンを食べるので、ジャムも常備しているが、
こんな高級品はもちろん自分では買えない。

お礼のメールをしたら、
あったかい返事が来た。

目に見える部分だけが、事実ではないのにね、って
書いてあって、
その、たった一行で、涙腺崩壊。

そこなんだよね。

うつ病さんが、寝込んでいる時は、
具合が悪そうだと察しがつくかもしれない。
(機嫌が悪いと勘違いする人もいる)

でも、通常、わたしたちは、
なるべく、普通のフリをして暮らしている。

近寄らないでオーラを出しまくっているが、
道を聞かれてしまえば、知ってる限り、丁寧に答えるよ。

入院しているときだって、
ちゃんとしてなきゃ、って思うから、
すごく頑張ってしっかりしてるように振る舞うよ。
はきはき答えるよ。

そこで、見えない疲労が浸潤していくのだ。

見えない。
そこがネック。

全部、自己申告制。
そこがネック。

平気そうじゃん?

だからちょっと酷いこと言っても大丈夫。

見えないから。

真実が見えているとは限らないのにね。
人間、何で死ぬか、わからないのにね。

わたしは、一日一日を、後悔が少ないよう生きたい。

例えば、ムギを早くに亡くしたら、ものすごい後悔で、
わたしは廃人になるのはわかっている。
だからこそ、一回一回の逢瀬が、いつも重要なのだ。
「また明日」が、もう来ないかもしれないから。

表に出さないからって、
感情がないわけではない。

同調しないようにしているだけだ。
渦巻く感情を、圧縮して生きてる。

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言い訳だらけで嫌だけど。

夕べはちょっとだけ早めに、
ムギに会いに行った。

留守だった。
寒い夜こそ、小屋で寝て欲しいのだが、
警備に行っているのだろう。

カイロを取り替えて、座って、自分の脚をくるみ、
ムギ!と数回呼んだ。

すると、近くにいたのか、数分で、
キャッキャと、ムギの声がした。
ムギちゃ~ん!ともう一回呼んだら、
ムギが、走ってわたしの脇に来た。

呼んだら走って帰って来てくれたんだよ?
もう、萌え死しそう…。

寒いのですぐに脚に登ってくる。
すかさず、ムギ用の毛布でくるんでやる。
夕べは風が強くて冷えたので、
小さいカイロを、ムギとわたしの間にはさんで、
じっくり、一緒に過ごした。

帽子・ネックウォーマーに、フードをかぶる。
真冬仕様だ。
こうしていないと、乗り切れない。

大体、小一時間一緒にいると、
ムギも納得する。

本当は、足りたよ、って思って、
ムギから離れて小屋に入ってくれる別れ方が一番いいのだけど、
ムギが降りようとしないので、
可哀想だが、スープをあげて、
それであきらめてもらう。

ムギも、スープをもらったら、おしまいってわかってる。
だから、飲み終えたら、脚から降りる。

帰って行くわたしをムギが見つめていて、
心が痛む瞬間だ。


今日は久しぶりのカウンセリングだった。
内視鏡で、無事に管を取り去った話をした。

あとは、どうにも、夕飯を作れる精神状態になれないことを、
相談してきた。

体の辛いのは、リウマチが悪化してしまったため、
指が痛いこと。
大きいコップや、鍋などを洗うのがしんどい。
でも、胆石の痛みからはもう、解放されたのだから、
なんでやらないんだ?と思われているのではないか、
と、いつも恐怖に感じている。

ビクビクしている。

言葉で直接、責められなくても、
夫が不機嫌なのは全部わたしが夕飯を作ってないからだとか、
被害妄想的に捉えてしまう。
これは、わたしの、思考の癖でもある。

試しに、カウンセラーさんを相手に、夕飯を作るすべての行為を、
シミュレーションしてみた。
声に出して、行動を、言ってみるのだ。

まずは、スーパーに行かなくてはならない。

このハードルがとてつもなく高いことがわかった。

がらんとしていて、空いている、安くないスーパーなら、
何とか行けそうではある。

そして、安い食材を買い求め、
それをどう組み合わせて、料理を作るか、
献立を考える。

しかも、毎日は買い物に行かないと思うので、
数日分、献立を立てる。

これはまた、難しい。
すごい難しいよ。

献立ありきで、値段関係なく食材を買うのなら、
それは可能かもしれないが、
多くの賢い主婦の人は、その時期安い食材を買って、
組み合わせて、
そこから献立を立てるのだと思う。

じゃないと、高くついてしまう。
夫が家計を管理しており、
何をいくらで買ったかはすべて夫の知るところになるため、
高い買い物はできない。

その日、売り出しで安くなっているものも買って、
ストックもしておかなければならない。
調味料や嗜好品や乾物などだ。

しかし、わたしの冷蔵庫は、単身用の小さいものなので、
食材のストックは、あまりできない。
冷凍庫も小さくて、今はパンやベーグルで一杯だ。

買い物のハードルがとても高いとわかった。

そして、買ってきたものを、それぞれに保管して、
献立を決めたら料理を作る。
毎日、醤油味というわけにもいかないだろうし、
もともと、わたしはレパートリーが少ないので、
大根・じゃがいも・白菜の繰り返ししかできない。

人数分の料理を作ったら、
鍋で母屋に持って行く。
いつも、6時までには持って行っていた。

鍋ごと、落ちないよう、急な階段には注意して。

帰りにムギのところにも行くから、
ムギ用品やひざ掛けも持ってなくちゃいけない。
…これは物理的に、無理っぽい。
工夫しないといけないようだ。

母屋に入って、リビングに上がっていって、
お姑さんに挨拶をして言葉を交わし、
人数分、器に盛り付ける。

その写真を撮影して証拠とし、
食べる人に、写真付きで、メニューをメールする。
使われている食材もすべて記入して送付。

それが済んだら、今度はムギのケア。

自分が寒くないように、真冬仕様でないといけないし、
ムギは片手間ではダメなので、
じっくり一時間付き合う覚悟がいる。
そうやって、やっと今の信頼を築いてきたのだから。

そのあと、部屋に帰って、ちまの世話をして、
自分も食事をして、
痛む指で寸胴鍋を洗って…。

そう、一連の動作を声に出して話したら、
カウンセラーさんが、「無理無理無理!」とおっしゃった。

この一年、どんなに大変だったかを知ってらっしゃる。
夫ももちろん、大変だったが、
病気をしたのはずっとわたしなので、
辛さの度合いは違う。

一年かかって疲労してしまったのだから、
回復するのに、一年かかるでしょ?
増えた精神科のお薬、減ってないんでしょ?
そう言われた。

でも、精神の疲労は、誰にも見えない。
顔が緑色になればいいのに!って本気で思う。
見えないから、絶対に理解されない。

シミュレーションした画像は、
安くてにぎわっている、スーパーの入り口で、
止まってフリーズしてしまった。

ドクターストップとか、カウンセラーストップだと言って、
このまま休みなさい、と言われたが、
診断書もないし、
見た目ではわからないし、
心を閉じてることは、わからないようにふるまっているので、
絶対に、理解は得られない。

ただ、シミュレーションをやってみて、
安易に、「またやりまーす。」と始めて、
「ごめんやっぱ無理~。」となるのが、
一番迷惑だろうということがわかった。

それは、避けなくてはならない。
無責任になってはいけない。

今は自分の食事は、
出掛けた時は買ってくる。
ブロッコリーは常備していて、野菜はほぼそれ。
肉を一枚だけ買って、カットして冷凍してあり、
自炊の日は、それをただ焼くだけ。

それくらいしかできてない。

ムギが入院していた当時、
わたしは一体どうやって時間を作っていたのだろう?

ムギの面会に、毎日2時間を費やしていた。
でも、夕飯を5人分、二品、作っていたのだ。

どう時間を作っていたんだろう。
もう思い出すこともできない。

しんどくて辛くなり、一品させて欲しいと頼んだら、
「勝手に始めたんだから、勝手にするんでしょ。」と言われた。
そうだ。その通り。
わたしは誰にも頼まれてはいなかった。
勝手に始めただけだ。

そう言われても仕方がないし、
逆に、期待されていないのなら、いっそ楽だ。

とにかく、今、無理をするのは、得策ではないと、
それだけはわかった。
ただ、言い訳しながら生きてるみたいで、
そのことが、人として、恥ずかしいのだ。

カウンセリングから帰宅して、ちまのごはんを出し、
着替えて、急いでムギのところに行った。

ムギは、わたしが帰宅したのを知っていたようで、
階段を降りて行ったら、もう車の前に出て来ていて、
わたしが声をかけたら、
キュンキュン鳴きながら、
ゴロンゴロンと地面でローリングして、
喜びを表現してくれた。

わたしが座って、ひざ掛けをかけたら、
短い距離なのに、走って来て、脚に飛び乗った。

可愛いよムギ…。

全身を撫でてチェック。
お腹も見せて~、と頼んで手を引いたら、ぐるんと見せてくれた。
もふもふ。
よし、異常なし!

メールしたら、夫は飲み会とのことだったので、
ちゃんと来て、良かった。
あんなに喜んでもらえて、幸せだ。

一緒に冬を越そうね。
一緒に頑張ろうね。

                                           伽羅moon3




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