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必要な距離。

人と人の間には、
絶対に必要な距離感というのが存在する。

これ以上は、踏み込んではいけない。
これ以上はこの人には話してはいけない、という、
ラインが必ずある。

ただ、その距離感が、人によってずいぶん違うので、
距離感の異なる相手と、どうすり合わせるのかが、
とても難しい。

人間関係がうまく行かないのは、
だいたいが、この距離感を間違えている場合が多い。

わたしにとっては、
母と、夫との距離感が難しい。

母は、ひたすら、
わたしを見て! わたしを褒めて!という、
劇場型の主演ぶり。
夫は、距離を詰めたくてたまらない密着型。

わたしは、一人の空間がないと、
窒息する。
いつもかも、誰かと一緒というのは、不可能だ。

距離を詰められると、離れたくて仕方なくなる。
苦しくてたまらない。
でもそれって、言葉で表すと、けっこう酷い言葉になってしまうので、
はっきりとは言えず、
察してももらえず、
自分が潰れるしかない。

二人でいるのに、相手の話を聞かず、
延々と自分だけが喋って、楽しいのだろうか?
会話って、キャッチボールが出来て、初めて成立するのであって、
相手の話や反応がどうでもいいのであれば、
壁に向かって話せば、と思う。

これでも、何年も頑張ったのだ。
やらずに逃げ惑っていたわけではない。
頑張って頑張って頑張った結果、
もう無理!ってわかったのだ。

わたしは、「人の話をさえぎってはならない。」とか、
「人の話を最後まで聞く。」とか、
「大人同士が話しているときは、子供は口を挟んではいけない。」と、
厳しくしつけされて育った。

だから、相手の話は、ちゃんと全部聞こうとする。
馬鹿みたいに、真面目に、一言一句、聞く。

けれど、一方的に延々喋られ、
たまに発言すると遮られて話を持って行かれ、
疲れ果てて無反応になってもまだ喋られると、
受け流す技法を知らないので、
自分が潰れる。

会話って、お互いが順番に話して成立するんだよ。

受け流す技術がわたしにあればなあ…。

けれど、もう母も夫も、
変りようがない。
人を変えられるだなんてことは、大変おこがましいことであって、
不可能だ。

ならば?

自分で自分を守るしか、方法はない。

距離を置くしかないのだ。

もう一年以上、母とは話していない。
父から、また電話をしてやってくれと、懇願する手紙が来たが、
それは、飲めない。
なぜなら、母は変わらないし、
わたしの精神がもう、もたないからだ。

けれど、こんな風に距離を置いて接することを無くしてみると、
少しは心も、凪ぐ。

電話で話すのも、帰省しても二人きりになるのも無理だけど、
全く、一切、母のことを思わないわけではない。

カタログを眺めていたら、
母に買ってあげたいなと思うこともあるのだ。

それは、接点をなくし、わたしが無理をしないでいるからこそだ。

わたしは、大変な思い違いをしていた。
わたしが頑張って、母の話を聞いてあげれば、
母も満足して、きっと変わってくれる、と思ったのだ。

だから、何年も、頑張った。

全く、ダメだった。
母は満足するどころか、話の内容はエスカレートし、
超えてはならないラインを超えた。

わたしのダムは決壊した。

夫婦でも、親子でも、
超えてはいけないラインがある。
それを感じてない人とは、わたしは付き合えない。

息子たちとうまくやれてるのは、
わたしが、うるさく付きまとわないからだ。
お嫁ちゃんの実家の近くにマンションを買ったので、
当然、あちらのご両親とはしょっちゅう会えているだろう。
それでいいと思う。

わたしは、ほとんどメールもしない。
電話なんてもちろんかけないので、
先日、着歴を見て、息子がびっくりしてかけてきたのだ。

その距離感がないと、うまくやれないと思う。

自分が姑を持つ身であったので、
されて嫌だったことは、絶対にしない。
ごくシンプル。

わたしは、担当の美容師さんとかマッサージ師さんと、
仲がいいし、かなり自分のことも話すけれど、
プライベートで会おう、という勇気は持てない。
この素晴らしい関係を、絶対に崩したくないから、怖いのだ。

人間関係で、距離感を掴めず、失敗ばかりしてきた。
もうこれ以上は、無理はできない。

ねこが、すごくちょうどいいんだよね。

今夜はムギにも会えた。
傷にお薬を塗ってやれた。

ちまのこともいっぱい抱っこした。

ねこって、ちょうどいいなあ。

                                         伽羅moon3



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