« 2016年9月 | トップページ | 2016年11月 »

2016年10月

ああ、お猫さまっ!

引き続き、
人様には言えないような時間帯で生活中。
睡眠もしっかり取った。

寝る前に便秘のお薬を飲んだので、
お腹が痛い。
食欲もない。
起きたけれど、何も食べずに、ちょっと作業をした。

そのうち、一回トイレに行けたので、
駅前に買い物に行った。

アルバムを買ってきた。
息子たちや、従姉の娘ちゃんに作ったのと同じものを、
色違いで2冊。

あとは、ドラッグストアがポイント5倍だったので、
ストック品を買い揃えた。

帰ってきてトーストを食べて、
写真をアルバムに入れていった。
友人や、いとこたちの花嫁姿。

ちょうど30年~25年前くらいなので、
世の中はバブル真っ最中。
しかも、名古屋の文化圏なので、
披露宴はめちゃくちゃに派手。

お嫁さんは、色内掛け、白無垢、
振袖、白ドレス、カラードレス、とお色直し。
そのたびに写真撮影も行うので、
高砂席には、新婦さんは、ほぼ、いないのだ。

わたしはそれが嫌で、
振袖とカラードレスを省いたのだが、
元夫の見栄っ張りなドケチ姑が、
「貧乏と思われて恥ずかしいから全部着て!」と言いやがった。
お金の問題ではないと一応言ったが、聞く耳持たずなので、
仕方なく、下品な振袖をチョイスして着た。

今回何十年ぶりに写真を見たが、
その振袖は、本当に下品。笑える。

友人や従姉の写真のあと、
わたしのも、入れておいた。
もちろん相手方はまったく入っていない写真のみ。
両親が若い。
ちょうどわたしくらいの年代かな。
お嫁ちゃんに一度、見てもらってもいいだろう。

出掛けていた夫が帰宅したので、
冬支度を一緒にしてもらった。

ムギの冬用の敷物を出させてもらい、
わたしの部屋では、扇風機とファンヒーターを入れ替えてもらった。

ファンヒーターを付けてみたら、
ちまが寄ってきた。
60センチほど離れた床に、丸座布団をおいてやったら、
まんまとそこに乗り、
気持ちよさそうに、まったりした。

かわいいなあ~。
わたしは重ね着して寒さをしのいでいるが、
ちまは重ね着できないし、
お腹はハゲハゲの子なので、寒かったんだね。

ちまのベッドの下に、ホットマットを敷いて通電してやった。
ちまにはドームベッドは与えないので、
冬場はホットマットか、
一緒に毛布にもぐる、の選択肢。
ファンヒーターの前も好きだよね。

ムギは、最近、あまり長い時間一緒にいてくれない。
夫が夕方帰宅して抱っこしていたら、
お姑さんが庭に出て来て、
ムギは怖がって逃げてしまったそうだ。
無念だよね。わかる、その気持ち。
邪魔しないでくれよって思っちゃう。

夜通しパトロールをしているらしくて、
朝は、もう、疲れて眠くて、小屋から出てこないんだって。
夫が小屋に手を入れて撫で、
小屋に手を入れて餌をやると、食べるそうだ。
おムギさま、だね。

夜中にムギに会いに行った。
でももう、日曜日の夜に会えないことが、
5週くらい続いている。
今夜も会えないのか…と思いながら降りていくと、
車の下に、黒い影があってシッポが出ていた。

ムギちゃ~ん!
そう呼ぶと、「きゅ~ん」と鳴いて返事する。
居た!
ムギ、今夜は居てくれた!

ムギのリビングに座ると、すぐに寄ってきた。
ムギちゃん、いてくれたの?
待っててくれたの?
会ってくれてありがとう!

いっぱい撫でて、首をカキカキして、
ゴッツンコをして、愛情の交換。
しばらくラブラブしていたら、ムギが、手を、わたしの脚に乗せた。

ムギ、抱っこしたい?
抱っこしようか、と言って、
抱き上げて太ももの上に乗せた。

でも、ムギは、
う~ん、違うんだよな~、って降りちゃう。

またゴッツンコの繰り返し。
すると再び、手を脚に乗せたので、
ムギのしたいようにさせた。

すると、頭を足首あたりに据えて、
お尻をこちらに向けて、脚の上にしっとりとおさまった。
そうなの?
こんな体勢でいいのね?

ムギから乗ってきてくれた…。
嬉しい。可愛い。
風が寒いので、ムギの体には、100均で買ったフリースをかけ、
頭や肩を撫で撫でした。

しばらくそうしていると、足りたのか、
降りてきて座って、
「なんかくれ!」と鳴く。
独特の声で要求する。

はい、ムギちゃん一名さま、おかか承りました~、と言いながら、
小皿におかかを入れてやる。

嬉しそうに、しゃくしゃく食べる。

以前は、このあと軽いパトロールに行き、
帰ってきてシーバを食べ、
また出掛けて、帰って来て食べ、と繰り返したのだが、
最近は、警備を強化中なので、
パトロールに行ってしまったら、戻って来てくれないことが多くなった。

だから、一緒に過ごせるのは、
10分から15分くらいになった。

小屋にカイロを入れてやっているけれど、
夜は、小屋でゆっくり寝ているわけにはいかないらしい。

去年よりもしっかり暖かくしてやるけれど、
夜、外で警備しているのは、体力を消耗するだろう。

でも、ムギが甘えて来て、乗ってくれて、
幸せだ。
ムギ、パパとママから、愛のエネルギーをチャージして、
頑張ってね!

秋冬は、
お猫さまが素敵な季節…。

                                           伽羅moon3



 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

一回振り切る。

イジイジと悩んでいたのだが、
今のこの鬱状態が、想定内の出来事なんだとわかって、
もう、開き直ってみよう、と思った。

一回、振り切ることにした。

責められることばかり恐れていて、
中途半端に寝て、中途半端に起きて、
心も体も不調で、
何も成し遂げられない日々。

寝たくなるまで起きていて、
セロクエルをあらかじめ2錠足して飲み、
明け方眠った。

もういい、と思うまで寝ようと思った。

ただし、ちまが空腹になるので、
アラームはかけた。

結局、アラームで起きた。
久しぶりに、よく寝た感じがあって、
心なしか、気分も楽になっていた。

黙ってそばにいて待っていたちまに餌をやり、
自分もパンを食べて、
夫が留守なので、ムギのところに行った。
ムギは留守だった。

わたしは、今の夫と再婚するときは、
既にうつ病と診断されており、
かなりのことが、出来なくなっていた。

逆に、やりすぎて潰れることも多々あった。

夫の家に来るまでに、
きちんと色々整理してから来たかったのは山々だが、
なにせ鬱状態だったので、
過去を振り返ることがしんどくて、
とりあえず、持って行き、
あとでゆっくり処分すればいいやと思っているものもあった。

初婚時のアルバムなどがその大きな例だ。

新婚旅行のアルバムまでは、処分できた。
それは、写っているのが二人だからだ。
ためらいなく破り捨てられる。

けれど、結婚式の時の写真には、
親や、親戚や友達も写っているし、
もうどうしたらいいかわからす、
そのまんま、持って来て、
夫の書斎の棚の、一番上に収納して、
以来、一度も、見ていなかった。

アパートに越す時、母屋から全部は持って来ず、
収納力の大きい、母屋の書斎や、和室の押入れに、
色んな物を残したままになった。

それらを、処分せねばと思い始めている。

先週、夫が書斎に居るときに、
棚の一番上を見せてもらった。
結婚式の時の写真アルバムが数冊あって、
色んな意味で、気分が重くなった。
これをどうにかしなくてはならない。

その作業が、とてつもなく、憂うつだった。

また元に戻してもらった。
すると夫が、癇に障ったのか、
いきなりキレて怒り始めた。

「何をそんなに怒っているの?」と冷静に聞いたら、
パッと話題を変えられた。

殴られて逃げられた感じ。

でも、わたしの物が中途半端に自分の部屋にあるのが、
きっと不愉快なんだなあと思い、
アルバムを引き取って来た。

いっぱい寝たので、気力が萎えないうちに、
やってしまおうと思って、
写真を全部はがして、
相手方が写っているものはすべて破り捨てた。

亡くなった伯母や叔父が写っているので、
親族写真は半分に切り取って残した。
自分の花嫁姿を破るのは平気だが、
親族までは破りにくかった。

やってみると、そんなに大変な作業ではなかった。
今まで、これをやれるという気持ちになれなかっただけなのだ。
3時間くらいで処分し終わった。

来月の15日に、胆管の管を抜く。
一泊入院する。
内視鏡で入れたものなので、
内視鏡で抜くしかないそうだ。

ゆううつ。

管を入れたときに、膵炎を併発してしまった。
すごく苦しかった。
だからこの「一泊」とは、
膵炎を発症しなかったら、という一泊なのだ。

夫にもそれは伝えてあったし、
そもそも、その前後の週は、夫が出張を入れていたので、
その週を選ぶしかなかったのだ。
悪くすれば数日入院になるかもしれない覚悟は必要だ。

ところが、先ほど夫がやってきて、
その日、富山への出張が決まったと言う。

その週は、念のため、出張を入れないようにするって、
夫から言ってくれていたのに、
わざわざその日になってしまったらしい。

泊まるかどうするか、悩んでいるらしい。
へえ。
悩むんだ。
帰って来ようとは思わないんだ。

ふーん、ってわたしは聞いていた。

わたしの存在なんて、その程度だということだ。
出張に行って稼いでるんだから、
オレはバンバン出張に行くからな!って、
前に、捨て台詞したもんね。

もしわたしが膵炎を発症して帰れなくなったら、
ちまの世話を、どうするつもりなんだろう。

でも、わたしは、とがめなかった。
夫は、結論を話しに来たのではない。
いつも書くように、
考えている途中の話を、全部言葉で出してしまう人なので、
その時点で何か口をはさんだって、
答えに反映されることはない。

夫が決めることだ。
ただし、わたしの存在が、その程度なんだとわかった。
すごく苦しい処置かもしれない。
手術のときよりも消耗するかも知れない処置なのだが、
興味はないようだ。

まあ、膵炎が起こるかどうか、先生もわからないって言ってたし、
処置のあとすぐにではなくて、
夜になってから熱が出てお腹が痛くなって腫れるかもしれないからね~。
わたしはそう言っておいた。

これ以上、何も言うことはない。

ちまの世話は、今は薬を3種類飲ませているので、
とても煩雑だ。
書き出しておいて、と言われたので書いたら、
こんなにはやれないと言われたので、
書くのも無駄だ。

わたしだって、膵炎は嫌だ。
すごく痛かったし、絶食になるし、
熱も出るし、お腹はパンパンに張るし、
辛かった。
発症したくない。

だけど、こればっかりは、わたしにも、
医者にもわからないではないか。

そんなに出張が大事なら行けばいい。
わたしよりちまより、大事なんだもんね。
仕方がないよ。

期待するから失望する。
期待しなければいい。

                                         伽羅moon3



 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

これでもよかったんだ?

夕べも、ムギに会えた。
全く自分勝手だと思うが、
ムギに会えると、心が安定する。
居てくれることに、心から感謝をする。

どうせまた寝付けないと思い、
もう諦めて、寝る前にセロクエル2錠を足して飲んだ。

暗闇をしばらく見つめていたが、
眠れた。
でも、セロクエルを足すと、今度は起きるのがしんどいのだ。
それがわかっているので、
できれば足したくない。

今日は精神科の通院だったので、
アラームで、必死に起きた。
起きてみたら、肌寒くてビックリした。
予報を見てみたら、最高気温が16℃にしかならないという。

これでは寒い。
思わず暖房を入れた。

これで、ちまは寒くない。
外は大雨。
ムギは…。

こんなに寒くなるとわかっていたら、
夕べのうちに、ムギの小屋にカイロを仕込んできたのに。
夜中は警備で忙しい様子で、
朝、やっと小屋で眠れるようなのだ。

夫が朝、会いに行っても、眠くて小屋から出てこないらしい。

出かける前に、カイロ入れて行こうか…
でももし、ムギが居て、会えてしまったら、
無視は出来ないから、遅刻してしまう。
遅刻が大嫌いなわたしは、寄らずに出掛けた。

ムギ、ごめん…。

薄いコートを着て出たが、
ストールを巻いて、コートの襟を立てた。
雨も酷くて鞄が濡れる。

精神科は、誰も患者さんがいなかった。
3時からの診察だが、わたしは大体10分前に着く。
するといつも、2~3人はもう待ってるのに、
誰もいなくて、
最初に呼んでもらえた。

手術がうまく行って、最短の5泊で退院できたことを報告した。
傷は、もう痛くない。
けれど、ここに来て、精神状態がすごく悪くて、
暗いことしか考えられず、
後悔ばかりしており、
やる気が全く出ないことを話した。

すると、先生が、
うつ病患者さんには、そういうことがよく起きますよと教えてくれた。

体に異常がある時は、
そちらに意識が行くけれど、
例えば病気が治ったり、怪我が治ったりしたあと、
治ったのに、精神状態が悪化することが、よくあるそうだ。

それは、見えてない部分で精神的に疲労しているからだそうだ。
それが段々出て来て、うつ状態になる。
でも、しばらくすれば段々改善するので、大丈夫ですよ、と
言ってもらえた。

そうか。
この状態で、いいんだ。
傷が治ったのに、どうしてこんなに暗くて、
何もかもがしんどくて頑張れないんだろう?と、
自分を責めていた。

夕飯作りに、復帰できる気持ちになれなくて、
罪悪感でいっぱいなのだ。

寝付けないことも話した。
それも、今の、鬱状態のせいだとのこと。
だから、もう、寝るときに最初から、
頓服で出しているセロクエルを、2~3錠飲んでしまいなさい、と
アドバイスをもらった。

そうか。
薬を足して飲むことについても、罪悪感があったけれど、
飲んで寝たほうが、いいんだ。

いまのこの状態で、いいんだ、
よくあることなのだとわかって、
なんだか楽になった。
先生の話によると、風邪を引いただけでも、
そのあと鬱状態になってしまう患者さんもいるとのことだった。

だから、あなたは長い期間体調が悪かったのですから、
そうなっても不思議じゃないんです、と言ってもらえた。

それがわかっただけで、
自分を責める材料が減って、良かった。

傷が治ったのに、なんで頑張れないの?と
わたしは無言のプレッシャーを感じて、
辛かった。
お姑さんに会うのも嫌だ。
もう治っただろうにと、思われるのでは?と怖いからだ。

セロクエルを飲んで、
ゆっくり眠ろう。
何もできてないけれど、
自分の食べることぐらいは何とかなんているし、
食器がシンクに山積みになってるようなこともないから、
いいとしよう。

土日、ちょっとゆっくりしよう。
来週は、息子たちが来てくれる。
楽しみだ。
ちまも、いっぱい可愛がってもらえるよ。

今夜もムギに会えたが、
ラブラブ出来たのは15分くらいで、
そのあとパトロールに出掛けて、走り回っていた。
敵が潜んでいるらしい。
一人で、複数の敵と毎晩戦っているムギ。

頑張って。
会えた時にはいっぱい甘えて、気力をチャージしてね。

                                          伽羅moon3



 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

必要な距離。

人と人の間には、
絶対に必要な距離感というのが存在する。

これ以上は、踏み込んではいけない。
これ以上はこの人には話してはいけない、という、
ラインが必ずある。

ただ、その距離感が、人によってずいぶん違うので、
距離感の異なる相手と、どうすり合わせるのかが、
とても難しい。

人間関係がうまく行かないのは、
だいたいが、この距離感を間違えている場合が多い。

わたしにとっては、
母と、夫との距離感が難しい。

母は、ひたすら、
わたしを見て! わたしを褒めて!という、
劇場型の主演ぶり。
夫は、距離を詰めたくてたまらない密着型。

わたしは、一人の空間がないと、
窒息する。
いつもかも、誰かと一緒というのは、不可能だ。

距離を詰められると、離れたくて仕方なくなる。
苦しくてたまらない。
でもそれって、言葉で表すと、けっこう酷い言葉になってしまうので、
はっきりとは言えず、
察してももらえず、
自分が潰れるしかない。

二人でいるのに、相手の話を聞かず、
延々と自分だけが喋って、楽しいのだろうか?
会話って、キャッチボールが出来て、初めて成立するのであって、
相手の話や反応がどうでもいいのであれば、
壁に向かって話せば、と思う。

これでも、何年も頑張ったのだ。
やらずに逃げ惑っていたわけではない。
頑張って頑張って頑張った結果、
もう無理!ってわかったのだ。

わたしは、「人の話をさえぎってはならない。」とか、
「人の話を最後まで聞く。」とか、
「大人同士が話しているときは、子供は口を挟んではいけない。」と、
厳しくしつけされて育った。

だから、相手の話は、ちゃんと全部聞こうとする。
馬鹿みたいに、真面目に、一言一句、聞く。

けれど、一方的に延々喋られ、
たまに発言すると遮られて話を持って行かれ、
疲れ果てて無反応になってもまだ喋られると、
受け流す技法を知らないので、
自分が潰れる。

会話って、お互いが順番に話して成立するんだよ。

受け流す技術がわたしにあればなあ…。

けれど、もう母も夫も、
変りようがない。
人を変えられるだなんてことは、大変おこがましいことであって、
不可能だ。

ならば?

自分で自分を守るしか、方法はない。

距離を置くしかないのだ。

もう一年以上、母とは話していない。
父から、また電話をしてやってくれと、懇願する手紙が来たが、
それは、飲めない。
なぜなら、母は変わらないし、
わたしの精神がもう、もたないからだ。

けれど、こんな風に距離を置いて接することを無くしてみると、
少しは心も、凪ぐ。

電話で話すのも、帰省しても二人きりになるのも無理だけど、
全く、一切、母のことを思わないわけではない。

カタログを眺めていたら、
母に買ってあげたいなと思うこともあるのだ。

それは、接点をなくし、わたしが無理をしないでいるからこそだ。

わたしは、大変な思い違いをしていた。
わたしが頑張って、母の話を聞いてあげれば、
母も満足して、きっと変わってくれる、と思ったのだ。

だから、何年も、頑張った。

全く、ダメだった。
母は満足するどころか、話の内容はエスカレートし、
超えてはならないラインを超えた。

わたしのダムは決壊した。

夫婦でも、親子でも、
超えてはいけないラインがある。
それを感じてない人とは、わたしは付き合えない。

息子たちとうまくやれてるのは、
わたしが、うるさく付きまとわないからだ。
お嫁ちゃんの実家の近くにマンションを買ったので、
当然、あちらのご両親とはしょっちゅう会えているだろう。
それでいいと思う。

わたしは、ほとんどメールもしない。
電話なんてもちろんかけないので、
先日、着歴を見て、息子がびっくりしてかけてきたのだ。

その距離感がないと、うまくやれないと思う。

自分が姑を持つ身であったので、
されて嫌だったことは、絶対にしない。
ごくシンプル。

わたしは、担当の美容師さんとかマッサージ師さんと、
仲がいいし、かなり自分のことも話すけれど、
プライベートで会おう、という勇気は持てない。
この素晴らしい関係を、絶対に崩したくないから、怖いのだ。

人間関係で、距離感を掴めず、失敗ばかりしてきた。
もうこれ以上は、無理はできない。

ねこが、すごくちょうどいいんだよね。

今夜はムギにも会えた。
傷にお薬を塗ってやれた。

ちまのこともいっぱい抱っこした。

ねこって、ちょうどいいなあ。

                                         伽羅moon3



 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

眠れぬ恐怖。

夕べは、ムギに会えた。
行ったら、留守だったが、呼んで待っていたら、
キャッキャと鳴きながら帰ってきてくれた。

声を聞いて帰ってきてくれたんだ…。
なんていじらしいの?

でも、一通り愛情の交換をし、
おかかと、シーバ少々を食べると、
ムギは警備に行ってしまった。

会えて良かったけれど、
一人で闘っているムギを思うと、
寝付くことができない。

もう、何日も、普通に寝ていない。

神経が張り詰めたままで、
まったくリラックスできずにいる。
大量の薬を飲んでいるのに、
わたしの神経はそんな箇所ばかり強靭で、
安らかな眠りが、訪れない。

確か、先週の土曜日からずっと、寝付けないで朝になり、
仕方なくセロクエルを足して飲んで、
朝になってから寝ている。

そして悪夢を見ながら、うなされて起きる、の繰り返し。

カウンセリングに行って来た。
ひどい鬱状態で、
久しぶりに、泣いてしまった。

もう、何というか、疲れた。
何も出来る気がしない。
頑張れない。

ムギが一人で闘っていることが不憫で、
わたしのせいでそんなことになったのも悔やまれ、
本当は、気の小さい優しい子なのに、
毎日闘ってると思うと、
寝付くことができないのだ。

そして、今夜もまた、寝付けない、と思うと、
寝ることが恐怖で、
寝たくない。

でも、朝になってしまえば、罪悪感で苦しすぎるので、
睡眠薬をどっさり飲んでいるのに、
まったく眠くならない。

寝ることがもはや、怖いのだ。

退院してきた頃は、
体の非常事態だったので、
夜、眠くなった。
眠くなってあくびがでて、眠りに落ちるって最高、って思っていた。

でも、体の傷が癒えると、
心の傷が浮き出てきて、
辛くて辛くて、まったく寝付けない。

来月は、リウマチ内科の診察があったり、
わたしの胆管から管を抜くための入院があったり、
祝日があったりして、
カウンセリングに充てられる水曜日が、
2日と30日しかない。

2日とは来週なのだが、
30日まで、この精神状態で耐えられるとは思えないので、
来週もカウンセリングに行くことにした。

夜、夫がムギと会えたのだが、
ムギ、治りかけていたほうの、目の上を、
また噛まれたらしい、とメールが来た。

なんて可哀想なムギちゃん!
相手は多分、二匹で襲ってくるのだ。
だから、ムギが強くても、噛まれてしまうのだと思う。
ヤツラ、卑怯だよね!

辛くて辛くて、
パソコンを開く前に、ムギに会いに行った。
ムギ、車の横にお座りして、待っていてくれた。

ちょっとだけ長く、一緒に過ごしてくれた。
いっぱい愛を伝えて、
体を拭いたり撫でたりした。

ムギはちょっとパトロールに行っては戻ってくる、を繰り返すのだが、
3回目、来てくれたときに、
わたしが不注意でライトを落としてしまった。
それに驚いて、ムギは逃げてしまった。

後悔…。
せっかく会えたのに、後味が悪い。
しばらく待っていたが、敵が現れたと見えて、
ムギはすごいスピードで走り回っていた。

朝になって、ようやく、小屋に入って眠るらしい。

頑張ってるムギ。
ムギ、一人じゃないよ、パパもママもいるからね、と
慰めるのだが、
実際に闘うのはムギ一人だ。

今は、まだ、ムギは若い。
推定4歳。
だからあんなふうに駆け回って警備ができる。
でも段々歳を取ったら?

考えるだけで恐ろしい。
また眠れなくなる。

どうしたら苦しくなくなるのか、
全く出口が見えない。
とても辛い。

今夜は、もう最初から、
頓服を沢山飲んで寝てみようかな…。
それでも眠くならなかったら?

恐怖。

                                         伽羅moon3



 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

選択を受け入れる。

夕べ、どうしても諦めきれなくて、
寝る前の夜中2時にも、ムギのところに行ってみた。

これで会えなかったら、泣きながら寝るんだろう。

姿は見えず、ムギ、と数回呼んで、
座椅子に座った。

すると、物置小屋の下から、
ムギがにゅるんと出て来た。

ひょっとしたら、さっきも、留守だったんじゃなくて、
会いたくなかったのかもしれない。
それで隠れていたのかもしれない。

とにかく、出て来てくれて、
隣に来て、くっついてくれたので、安心したし、
すごくすごく嬉しかった。

ムギの額をみたら、
血糊でべったりだった傷口が、
ぽっかりと、毛が抜かれている。
1センチくらいの、まあるいハゲになっているのだ。

ええ?
こんなことって、ありえる?

手足やお腹なら、自分の口で毛を咥えて、
引き抜くことは可能だと思うが、
目の上である。
自分でどうにかできるとは思えない。

誰かが、毛を抜いたのだ。
やっぱりムギには、もう一軒、お家があるのだ。
わたしはそう思った。
そう思うよりほか、理由が見当たらない。

しかし、薬を塗りやすくなったので、手早く塗りこんだ。
しみて痛いのか、ムギが行ってしまいそうになったので、
慌てて、おかかでご機嫌を取った。
でも、そばに居てくれたのは、ほんの5分ほどだった。

会えたし、薬も塗れたし、
よしとしよう、と自分に言い聞かせて、
部屋に戻った。

でも、最近、とんと寝付けない。
精神状態が悪く、寝付ける気分にならない。
寝るのが怖いのだ。

やはり、ムギのことを色々考えてしまい、寝付けなかった。
明け方、頓服を足して飲んで、ようやく寝た。

夫から、朝、ムギに会えなかったとメールが入っていた。
それを読んでからまた寝たので、
ムギの夢を見た。

ムギの首輪が替えられていて、
ムギを取られてしまう夢だった。

起きて、ひどく落ち込んだ。

ムギを部屋で飼っていない。
だから、本当にそうされても、仕方がないのだ。
チップを埋め込む以外、
ムギはうちの子だと証明する手立てはない。

そして何より、ムギはムギの意思で、生きているということだ。
どこで暮らすか、
ムギに選ぶ権利がある。
日曜日の夜は、あの人と過ごす、と、
ムギが選択しているのなら、
わたしたちは、それを阻害する権利は全く持ってない。

つまり、いつ、ムギが帰って来なくなるか、わからないのだ。

居ても立ってもいられず、
ちまの世話をしてから、ムギのところに行った。

ムギ、小屋の中で寝ていた。

良かった…。ムギ、いてくれた。
眠そうな顔をしていたので、
「ムギ、眠いならいいよ、出て来なくても。」と言ったが、
ムギは義理堅く出て来て、くっついてくれた。

傷のところを明るい場所で見たが、
綺麗に丸くハゲている。
しきりに、前足でそこを撫でては舐める行為をしているので、
薬を塗るのは、やめておいた。

おかかをやり、お皿の餌を、手から何回か食べると、
ムギは車の前に行ってしまった。

夜は警備が忙しく、
昼間のうちに寝たいだろうから、
長居すると悪いと思い、切り上げて帰って来た。

夫が帰宅したときも、ムギはちゃんと小屋にいたそうだ。
あとでね、と言って、食事を終えて会いに行ったら、
ちょっとしか一緒に居てくれなかったそうだ。

毛がなくなったことについて、夫は、
誰かが抜いたとは考えていないようだ。
傷口を確かめるために、夫がちょっと強めに引っ張ったので、
それで夕べ、抜けたのではないか?とのこと。

もしそうなら、いいんだけど。

誰かが抜いたと思っているので、
ムギを取られるんじゃ?と思い、
わたしは一日、鬱々としている。

部屋で飼えば、色んな心配からは逃れられる。
そんなことはわかっている。
命だって永らえられる。
わかってる。

その代わり、毎日、布の上で、オシッコされる。
それに耐えられるような、強靭な精神を持っていない。
すごく弱くて情けないちっぽけな人間なのだ。

すべては、ムギが選んで決めることだ。
ちまと違って、すべてムギが決める。
わたしたちは、それをいつも、受け止めなくてはならない。

毎日会いたいとか、長く一緒に過ごしたいとか、
ものすごい勝手なことを言っている。
わかっているけれど、感情としては、
これもまた、どうしようもない。

ムギは、ずっと居てくれるだろうか…。
今は、自分の小屋を守るために、
毎日必死に闘って生きてくれている。
その生活、ずっと頑張れるだろうか。

昔は、犬は、外で飼うものだった。
庭に犬小屋を置き、
鎖でつないで飼っていた。
一日、2回、散歩に行く以外は、
ゴンだってひたすら、庭にいただけだ。

猫だって今のように、完全室内飼いをしましょうなんて風潮もなく、
自由に家を出入りして生きていたものだ。

ゴンちゃん、夜、寒かっただろうな。
ぼろ毛布を切ったのを与えただけで、
時々、それを引きずって、陽に当てていたよ。
犬も布団干すんだねえって笑った。

でも、あんな寒さの厳しい地方で、
毛布一枚で外、だなんて、
今思うと、ひどいよね。

ゴンちゃん。ごめん。
3本脚で生まれたくらいだから、
きっと体も弱かったよね?
気が強くて、いつもキラキラした目をしてたから、
まさか、たった3年で死んでしまうなんて、
思いもよらなかった。

一生、後悔し続ける。
でも、子供だったわたしには、
何の権利もなかったし、主張も通るわけがなかった。

ムギを、精一杯守りたい。

もう病気で倒れることがないように、
小屋をしっかり暖かくしてやりたい。
ここに居れば安全だって、ムギに思ってもらいたい。

ちょっと今、鬱状態が重い。

明日、カウンセリングなので、話してくるけど、
人と接するのがしんどい。

ちまを一番に考えるのは当然だが、
外で一人で戦っているムギのことが、
どうしても不憫で気がかりだ。

ムギが、ここに居て良かったって思ってくれるよう、
精一杯尽くしたい。

                                          伽羅moon3



 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

会えない切なさ。

携帯電話というものが普及して、
通話だけでなく、メールというものが生まれて、
人と会うときの連絡も格段に楽になった。

会えない日だって、電話も個人特定でかけられるし、
電話じゃなくてメールなら、
いつでも送れる。

イマドキは、ラインなんてものもある。

ドラマの脚本家さんが、この時代になると、
「会えないもどかしさや、すれ違う切なさを表現出来なくなった。」と、
嘆いていた。

昔は、会った時に次の約束をして、
もしくは家に恐る恐る電話を入れて本人と代わってもらい、
約束をしたものだ。

遅刻されて大喧嘩になったことも多いし、
すれ違いになってしまったこともいっぱいある。

それが、今はない。
だから、待ち合わせに、遅れて来ても平気な人が増えたらしい。
どこに居るのかを知らせることが出来るから、
あとで合流すればいいや、って感じ。

うーん。

それでも、約束は守りたいよねえ。
守るために、約束するんだからね。
遅れてもいい理由なんて、絶対に無いと思うんだ。
古いかなあ。

夕べは、やっぱりムギに会えなかった。
もうずっと、日曜日の夜には会えていない。

ムギには、もう一箇所、可愛がってくれる場所があるのでは?と
夫と話している。
日曜日だけ居ないって、変だもの。

ムギはすごく可愛い子で、
どうすればニンゲンが喜ぶのかも知り尽くしているので、
きっとどこかで可愛がってもらっていて、
呼ばれてるのが聞こえても、
義理とかあって、帰って来られないのでは?と思うのだ。

今、顔に二箇所怪我をしている。
もうずっと、怪我が続いている。
冬に向けて、ムギは必死にテリトリーを守って、
毎日闘っているのだ。

相手は卑怯で、二匹で来たりするから、
ムギは怪我が絶えない。
可哀想だ。

一箇所は膿が出ているし、
もう一箇所が血糊でべったりなので、
何とか会って薬を塗ってやりたいのだが、
夕べは会えなかった。

今夜も、夫は少ししか会えなかったらしく、
まだ薬を塗れてない。
今、行って、呼んで待っていたが、
ムギは帰って来てくれなかった。

会えない切なさを、
人間相手ではもう味わうことはないのかもしれないが、
ムギに会えないと、本当に切ない。

部屋で飼えないわたしに、全責任はあるのだが、
わかっていても、辛いものは辛い。

会いたいよ…。
どこにいるの?
どうして帰って来てくれないの?

ちまの気持ちがあるから、
あまり頻繁には行けないし、
ムギには知恵があるから大丈夫とは思うけど、
小悪魔ちゃんだから、魅力にメロメロなのだ。
会いたい。

避けられていた数ヶ月間は、それはとても辛かった。
小屋にいても、わたしが行くと、
目の前で逃げて行ってしまう。
悲しくて寂しくて泣いた。

何ヶ月も根気強く通って、
無理には近付かないように注意して、
やっと、くっついて来てくれるようになったのだ。

もう信頼を失うことはしたくない。

寝る前に、もう一回会いに行ってみる。
明日の朝の気温が10度にまで下がるらしい。
小さいカイロを入れてやろう。

部屋にいつもいてくれて、
手がかからない、天使のちまちゃん。
今日、わたしが夕方帰って来たら、
お出迎えの上、飛びついてきて、抱っこをねだった。
珍しいことだ。

わたしは、出掛けると、色々用事を済ませてしまいたいので、
今日は銀行にも、スーパーにもパン屋にもベーグル屋にも、
100円ショップにも寄ったので、遅くなった。
ちまは寂しくなっちゃったようだった。

大事にするよ。
天使ちゃん。

                                          伽羅moon3



 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

一番の贈り物。

わたしは、自分の名前が嫌いだ。

当時、ありふれていて、一学年に必ず数人いたし、
苗字と続けて言うときに、
非常に言いにくい発音だった。

使われている漢字は縁起が悪い文字だし、
なんでもっと、個性のある美しい名前にしてくれなかったのかと、
今でも恨めしい。

逆に、今の姓は、一番好き。
ありふれた姓だけれど、間違えようがなくて聞き取りやすい。
漢字も好き。

もとの名前は、一回では絶対に認識されず、
「え?」
「は?」と必ず聞き返される。
それが面倒だし嫌だった。

少女期のわたしは、可愛い、綺麗な女の子の絵を描いては、
個性的な名前をつけて、一人で楽しんでいた。
綺麗な個性的な名前、本当に憧れた。

だから自分の子供には、
そんな思いをさせないと誓っていた。

当時は既に、「○○子」という名前はすたれていたので、
逆に、「子」をつけて、珍しくし、
響きは柔らかく、
漢字は説明しやすく、
女の子らしい綺麗な名前にしたかった。

でも、女の子の名前には迷いすぎて、
当時の夫の理解も得られず、
決めかねたまま出産を迎えた。

生まれたのは、男の子だった。

男の子の名前は、一つに決定していたので、
すぐにそれで呼び、すぐに届出をした。

よみがなは決めていて、
漢字で迷った。
画数は良くないとされているのをわざわざ付けるのも嫌だし、
字画が多すぎて、本人が例えば書道のときに、
筆で描いて真っ黒になってしまうような字は避けたかったし、
どんな字ですか?と説明を求められたときに、
わかりやすく説明が出来る漢字にしてあげたかった。

苗字との、見た目のバランスにも配慮した。
そのときの苗字が二文字で、
一文字目は左右対称の文字。
二文字目はへんとつくりに分かれた文字。

なので、名前のほうも、
一文字目を左右対称の文字にして、
二文字目をへんとつくりで出来ている文字にした。

見た目のデザインがいいと思った。

名前、気に入ってると言ってくれた。
親が、子供に、
一番最初にあげる贈り物であり、
一生を左右する、一番重要な贈りものになる。

わたしも、いい名前をつけたなあと思っているし、
本人が気に入ってくれてるので、嬉しい。

息子が幸せでいてくれることは、
親として、何よりもありがたいことだ。

親として与えてあげられる幸せには、限界がある。
そもそも、幸せは与えられるものではなく、
自分の心の中にしかないものだ。

息子の心を幸せにしてくれてるのは、
お嫁ちゃんなんだから、
わたしはお嫁ちゃんもすごく大切に思っている。

わたしは最初の結婚で、嫁いびりをされたが、
どうして、自分の息子が好きで結婚した相手を苛めるのか、
その心持ちは、理解できない。

だって、親は先に死んで、
幸せを与えてやることはできないんだよ?

ひどいいびり方をされたので、
わたしは、絶対にそれらをすることはない。
お嫁ちゃんの存在に感謝している。
どうかどうか、息子より先に死なないであげてね、と思う。


昨日は、夫のお喋りで脳内がプッシューとして、
寝付くことが出来なかった。
朝の7時になってしまい、一回起きてみたが、
起きていられる体調にもない。

しかたなく、カップ麺を食べて、
頓服を飲んで、
朝8時くらいに、やっと眠った。

寝付けなくてもべつに翌日用事がなければいいのだが、
何が辛いのかと言うと、
対外的な、罪悪感がしんどいのだ。
朝になってもまだ寝てないという、罪悪感で潰される。


睡眠障害は、本当に辛い。
うつ病の中で、この症状がもしなかったら、
ここまで辛くないのだ。
でも、最も辛いのは、理解を得られないことだ。

どうせいつかは寝るんでしょとか、
眠くないなら起きて何かしていれば、とか、
早く起きれば当然早く寝られるよとか、
責められる。
そのことが一番辛い。

夕方まで寝てしまうかも、と思ったが、
午後3時に起きられたので、
ムギの小屋のベッドを、
オープンベッドから、ドーム型ベッドに入れ替えた。

オープンベッドは、洗濯して干した。

ムギ、気が付いてくれたかな。
あったかくなってる、って、思ってくれたかな。

夕べも夜中に会えた。
車の下にいて、待っていてくれた。
顔に、二箇所、大きな傷がある。
痛々しい。
毎日頑張って闘っているんだね。

夫が塗り薬を買ってきたので、
それを塗ってあげよう。
でも、日曜日の夜は会えない確率が高いんだ。
理由はわからない。
このあと会いに行く。

ちま、っていう名前も、
ムギっていう名前も、ぴったりですごく可愛い。

                                          伽羅moon3



 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

可愛すぎる…。

今日は、リフォーム工事の際に、
はがされてしまった、扉の柄の修繕に、
職人さんが来る。

それより前に、夫が、
わたしが買った一人用ソファを持って来てくれた。
午前中に、一人で車で引き取りに行ってくれたのだ。

パーツに分かれていて、お客様が組み立て、と
値札に書いてあったので、
それならば搬入が可能だろうと、
夫が、買うことを了承してくれたのだが、
実際は、すごい大きな立方体の箱一つだった。

パーツじゃないの?

直角に曲がって階段を登り、
直角に曲がって玄関に入るのは至難の技。
夫が、頑張って運び入れてくれた。
ありがたいよ。
安物で、そんなに重たくないのでまだマシだった。

組み立て、といっても、
背もたれをはめるだけのことだった。
夫が組んでくれて、
人生初の、ソファデビュー!
テレビの前に設置。

夫に心から感謝。

あの大きさの箱だと事前にわかっていたら、
買わせてもらえなかったと思う。

色はオフホワイト。
なので圧迫感もないし、
カラフルなラグによく合う。
ビニールレザーなので、ちまがもし吐いちゃっても大丈夫。

扉の修繕に来たのは、若い女性だった。
意外。
キッチン側だったので、わたしと夫は部屋にいたのだが、
なんと、二時間もかけて修繕してくれた。

焦げ茶に、黒の木目の柄なのだが、
どこがはがれていた箇所だったのか、全くわからないくらい、
上手に直してあった。
木目を一本一本、筆で描いたそうだ。
すごい手腕。

それから、ちまを病院に連れて行った。

夫は車の中で、ずーっと喋っている。
よくまあ、これで、自分は無口だなんて言えるなと思える。

一つの事柄に対して、
考えてから答えを言うのではなく、
考えている過程を、全部言葉で出してしまう人なので、
聞いているうちに、
一体どれが最終の答えなのかがわからなくなる。

もう最近は、わからないままでもいいや…、と思うことにした。


ちまには、苦いお薬を、頑張ってオブラートでくるんで、
甘くして、ウェットフードに混ぜて与えている。
今のところ、ばれていなくて、効果が出た。
軟便が止まったのだ。

なのでその薬は継続することになった。
昨日ひどく吐いた話をして、
丁寧に触診してもらい、音も聞いてもらったが、
特に異常はないので、気質的なものだろうとのこと。

帰宅して、近所の焼き鳥屋に行った。

わたしはもう、お酒は飲まないし、
ソフトドリンクにお金を使わせるのは申し訳なくて辛いので、
居酒屋がしんどい。
まさか、最初から、お水くださいとも言いにくいし、
持参したお茶を飲んでるわけにもいかないから。

焼き鳥屋では、揚げ物は頼まず、
焼き物と、特製親子丼を頼んだ。
親子丼がすごく美味しかった。

そこでもずっと夫は喋っていて、
さらに、まだ部屋にも来るというので、
さすがに、もう無理、と断った。

許容量をオーバーしてるのだ。

ちまが待っていて、甘えて飛びついて来た。
抱っこしてモフモフする。

ちまが満足したので、
来月の、内視鏡の入院の書類を書いていた。
息子の電話番号を写し書いていて、
うっかり発信してしまった。
慌ててクリアした。

一時間後くらいに、静寂の中で電話が鳴ってびっくりした。
ちまのお水をこぼすくらいびっくりした。
息子からだった。

ああ、すぐに切ったつもりだったが、
着信履歴が残っちゃったんだね。
電話に出て、「ごめんごめん、履歴残っちゃったね。」と謝り、
ことの次第を説明した。

息子は、ふんふん、と聞いていたが、
たった一言、
「良かった…。」
と言ってくれた。

心配してくれたんだ…。
か…かわええ…。

息子は今年31歳になるが、
何歳になろうが、子供のままなのだ。
小さい可愛い息子のままなのだ。

心配かけて悪かった。
せっかく声を聞けたので、
来月、遊びに来る日のことを打ち合わせした。
声が聞けて、得した。

息子はもちろんだが、
わたしも、よっぽどのことがない限り、
いきなり、電話はしない。

息子が高校生のとき、
ちょっと夜中に困ったことがあって、
外から、息子に電話をした。

しかし、その日、飲みに行っていることを知っていた息子は、
酔っ払ってふざけてかけてきたと思い、
出てくれなかった。
なので、そのときは、すごく困った。

その際に、
わたしがいきなり電話をかける時は、
本当に必要な時とか、緊急の時だけだから、
絶対に出てね、と約束したのだ。

その後、メールなしに電話をいきなりかけたことは、
一回もない。
話したくて電話するときは、「電話してもいい?」と、
メールで聞いて、OKをもらったらかけるという方式だった。

それでも、彼が結婚してからは、一回しか電話してない。

最初に8月に入院した時に、
住所の違う保証人が必要だったから、
仕方なく息子に病院に来てもらった。

次にまた入院して手術したことも、退院したことも知っている。
だから、電話がかかってきたということは、
何かあったのだと思ったらしい。

心配させて悪かったが、
息子が何歳になっても、超可愛いことを思い出した。
可愛すぎる…。

息子が居て良かった。
無事に育ってくれて、いい結婚をして、
幸せに生きていてくれて、本当に嬉しい。

わたしの幸福の芯はそこにある。
自分の子供が、幸せであるって、すごくありがたいな。

たいした親バカだけれど、いいんだ。
わたしは息子が大好き。

                                          伽羅moon3



 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

平等は不公平。

夕べは夜中にムギに会えた。
ムギ、怪我が絶えない。

おでこに傷があり、
それが化膿して、ぐじゅぐじゅしている。
痛いだろう。可哀想に。

なのにムギは泣き言一つ言わず、
大丈夫なほうのおでこをわたしの顔にぶつけて、
愛情のゴッツンコをしてくれる。
会っている間中、ゴロゴロ言ってくれる。

本当にいじらしい。

でも、夜はパトロールが忙しいみたいで、
おかかを食べたらパトロールに行ってしまった。
15分くらいしか一緒に居られなかったが、
ちまの気持ちも大切なので、切り上げて戻った。

ベッドに寝ると、ちまが乗ってくる。
もう、胆のうのあった場所は、痛くない。
すい臓側が時々痛む。

ちまの気持ちを思い、
怪我をしていてもけなげに生きているムギを思い、
寝付けなかった。

ムギの傷があまりにひどいようなら、
保護して、浴室に入れておいてくれれば、
病院に連れて行くので、と夫にメールをし、
浴室を、ムギ仕様にしておいた。

でも、浴室に入れることは、
ムギの気持ちにも、ちまの心にも、
いいとは思えない。
あくまで、容態が悪かったら、という前提だ。

夫が朝、塗り薬を塗ってから出勤したとメールが入っていた。

午後1時くらいまで寝たのだが、
災害に遭った夢を見ていて、
ちまとムギとはぐれてしまい、探し回る夢を見ていた。

近所のスーパーにちょっとだけ買い物に行き、
あとはちまのそばで過ごした。

夕方、テレビをつけたら、
鳥取で地震があって大変なことになっていた。

非常食を見直さなくてはと考えているので、
早めに行動しよう。
持ち運べる猫トイレ(折りたためる)も買いたい。

ちまは、ご機嫌だったのに、
夕方、急に吐いてしまった。

一回目、吐いたものを片付けていると、
二回目吐いて、お盆で受けるのが間に合わなかった。

そのあとも、ずっと吐いて、
もう大丈夫かな?と夕飯を作っていたら、
また、カッカッカッと吐く声が聞こえて、
慌ててお盆で受け止めた。

合計で7回も吐いて、最後は黄色い液体を吐いた。

息子も、こんな風になったことがある。
あれは辛かった。
死んでしまうのではないかと思った。

ちまは、月に3回くらい吐く子だが、
時々こんなふうに酷い吐き方をする。

ちょうど明日、病院に行くので、話して診ていただこう。

水分を多く含むものを食べさせた。
お薬は、一日お休みにしようね。

ムギのことが気になる。
ちまが正妻で、ムギは愛人だ。
小悪魔ちゃんなので、会いたくなる。
傷に、薬を塗ってやりたい。

でも、ちまが酷く吐いたので、行くのはこらえた。

夜、夫が喋りにやってきて、しばらく一緒に過ごし、
帰って、
「ムギが車の前で、キミの部屋を見上げて待っているよ」と
メールが来た。

そう。
ムギは時々、アパートを見上げるのだ。
あそこに住んでいた、って思って見ているのだと思う。
ちまという猫がいて、
ボクより大事にされてて、
ボクは何でまたお外なんだろう?って、思ってると思う。

そのメールを読んでたまらなくて、すぐ会いに行った。
ムギは、夫のクシャミで逃げてしまったらしいが、
すぐに来てくれた。

おでこの傷の、そのまた上に、
べっとりと、何かついている。

暗いので、よくわからない。
新たな怪我なのか、
血糊なのか、
それともどこかでペンキでも付いたのか、
わからないけれど、
べっとりしている。

薬を塗ってやった。
痛がって嫌がる素振りはなく、
むしろお薬ウエルカムな様子だった。

二人でひっそりと会っていたのに、
夫が勝手口から顔を出して長々喋ったので、
ムギは逃げてしまった。

せっかく会えたのに。
もう、ムギは戻って来なかった。
邪魔するなら呼ばないで欲しかった。
そしたら夜中にこっそり来たのに。

明るいところで、ムギの傷をじっくり見てもらえるよう頼んだ。
元気そうにしており、
熱もないが、気をつけてやらないといけない。

複数の相手に愛情をかけることは、
本当に難しい。
子供が3人いる人に、どうやって愛情を分けるの?と聞いたら、
愛情は、100を分けるものではなくて、
300に増えるものなのよ、と教えられた。

でも、息子一人を育てただけなので、
わたしには、どうにもうまくやれないのだ。

友達が、「平等にすると不公平になるよね。」と言って、
ああ、本当にそうだな、と思った。

同じように接することを、
平等と言うのではないのだ。

今、ムギは外で暮らしていて、
ストレスも危険も多い。
つい、愛情をかけたくなってしまう。
いつ会えるかわからないし、
いつ会えなくなるか、わからないからだ。

でも、ムギは今、生き生きとしていて、
お話をすると、振り向いて、ニッコリしてくれるのだ。
部屋で飼っていたときには、絶対に見せてくれなかった顔だ。

目を細めて、口角をあげて、
ニッコリする。
皆さんに見せたいくらい、可愛い笑顔だ。

だから、このままの状態で行くしかない。
わたしは、ちまを優先すべきなのだ。
ムギにはパパがいるから。

子供を複数育てる人を、尊敬するよ。
難しいし、すごく大変だと思う。
一度に、吐く・下すの胃腸風邪とかなったら、
どうやって看病して家事をこなすんだろう。

わたしにはきっと、
一人がやっとだったと思う。

小悪魔ムギちゃんは魅力的だが、
わたしは、ちまを優先する。

そう、自分に言い聞かせる。

                                           伽羅moon3



 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

わからないものなんだ。

今日は、目覚めたとき、
不快ではなかった。
すごく珍しい。

なので、パンを食べてからちょっと出掛けた。

半袖で大丈夫な気温だった。

帰りに、お姉さんからメールが来ていることに気付いた。
お姑さんに会いに来てくださり、
わたしの部屋にも寄ってくださったらしい。
間が悪かった。
昨日なら居たのにね。
でも、鬱状態だったけどね。

袋に入った、豪華なシャインマスカットが
わたしの洗濯機の上に置かれてあった。

お姉さんは、わたしが手術で入院している時に、
お見舞いに来てくださるつもりだった。
夫が、「アネキがそんなようなこと言ってたけど、要らないって言っといた。」
とさらっと言った。

その言い方では、絶対に伝わっていない!と思い、
自分で、お姉さんに、
丁寧にお断りするメールを入れた。
すると、夫に断られたという意識はやはり無くて、
翌日来る予定をしてらしたことがわかった。
取りやめていただいた。

危なかった。

わたしは、お姉さんのことは大好きだ。
とても優しくて思いやりがあって、
わたしを、「嫁」扱いしたことは一度も無く、
いつも、自分の体と心を大切にねって言ってくださる。
ありがたい方なのだ。

だから、会うのが嫌なのではなく、
入院中に来ていただくのは、申し訳なくて、困るのだ。

家事を何もせず、
お姑さんの世話もせず、
消費だけしている存在に、どうして優しくしてくださるのか、
わたしにはわからない。
感謝している。

お詫びとお礼をメールした。
体の、外側の傷は治ったが、
まだ人工の管が入っており、時々痛むこと、
来月、その管の抜去処置を受けるために一泊入院することなどを
書いて送った。

しばらくして、返事が来たのだが、
お姉さんの見た感じでは、
お姑さんは、全然大丈夫な範疇だとのこと。
少し物忘れがひどいだけですね、と書かれてあった。

いやいや。

でも、こんなことがあるんですよ、と、お姉さんには密告はしない。
夫もお姉さんには余り伝えていないようだ。
たまにしか会わないので、
その数時間は、お姑さんも、シャキっとしているのだろうと思う。

玄関ドアの、ガッチャンバッタン事件になると、
これはわたししか経験していない。
夫が家にいるときには、やらないからだ。

あれには狂気を感じてしまう。

でもやった日は、
鍵がおかしなことになっているので、
見たことはないけれど、夫はわたしの話を信用してくれている。

お風呂の件や、
食器の件や、
洗濯物の件や、
お酒の件や、
ここには書けないようなことが、毎日色々起きている。

それを夫がまともに一人で食らっているのだ。
すごくストレスがたまると思う。
辛いだろうなあ。

わたしが夕飯を作れたら、
それを少しは軽減してあげられるかもしれない。

もしくは、夕方、ムギに会って餌を与えられたら、
ちょっとは時間が楽かもしれない。
でも、ちまの気持ちが大切なので、
ムギには夜中に一回会うだけにした。

夫が、空腹で帰宅して料理したり、
駅ビルでお弁当を買ったりしている話を聞くと、
ゴメンナサイ…って思う。

夫にばかり負担がかかって、
すまないと思っている。


日々の細かい不愉快な出来事は、
一緒に暮らしていないとわからない。
いくら優しいお姉さんでも、
そこはわからないし、
そもそも、すごくしっかりした母親だったので、
まさか、こんなことになってしまっているとは、
想像できないんだと思う。

わたしだって、自分の年老いた親が、
ボケるイメージを持てないのだ。

わたしが戦線離脱している間に、
長女が、ずいぶん料理の腕をあげたらしい。
それはすごく助かったと思う。
夫一人では可哀想過ぎるから。

お姑さんは、スポーツをやっているので、
足腰はすごく丈夫だ。
この間、ムギのところに居たら、
見にいらして、ムギは当然逃げるのだけれど、
散歩に行ってくるわね、とおっしゃった。

30分して、お姑さんが、
猛スピードでガレージに入って来て、
仁王立ちになり、
土手を見回している。

恐る恐る、「どうされましたか?」と聞いたら、
ハッとして、わたしを見て、
「ああ、ただいま。」とだけおっしゃった。

なんだったのかわからないけれど、
すごいスピードだったのでびっくりした。

90歳になられて、あんなにお元気で、
すごいなあと思う。

でも、わたしは90歳までは生きたくはない。
介護する息子まで老人の部類に入ってしまう。
そんなことは幸せでもなんでもない。

戦争を生き抜いて、今生きているお年寄りたちが、
最も長生きする世代である。
心配しなくても、わたしはそんなには長生きしない。
考える必要ないか。

                                         伽羅moon3



 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

ちま、ハンストする。

昨日は、3回ムギに会いに行って、
2回会えた。

呼んで待っていたら帰ってきてくれたので、
いじらしくてたまらない。

いわゆる、「猫なで声」で、
いわゆる、「猫っかわいがり」をしてしまう。

いつもかも会えるとは決まってないので、
余計に喜んでしまうのだ。
後悔をしないように、精一杯尽くしたい。

しかし、もちろん、それを良しとしない存在がいる。

ゆうべ、夜中にムギに会えて、
猫なで声で猫っかわいがりをして、
パウチのスープを半量やって、
部屋に帰って来た。

残りのスープをちまの小皿に入れて、
「ちま、スープどうぞ。」と言って、食器台に置いた。

…ちま、微動だにせず。

え?

いつもなら、もう小皿を見れば、喜んでベッドから降りてくるのに、
来ない。

ちまを見たら、
ちま、激怒していた。

目が釣りあがり、スープの匂いは嗅いでいるのに、
絶対に要らないから!って顔をしている。

ものすごく怒っていた。


ああ、しまった…。
そうだよね。
ガレージの会話、北窓にいるちまには、丸聞こえだよね…。
ムギばっかり可愛がって!って、思うよね。

スープを鼻先に出しても、
すんすん嗅ぐだけで、飲もうとしない。
ムギにあげた残りだってことも知っている。

わたしがいけなかった。
ちまに、甘えすぎた。

ちまは、とても情緒の安定した猫である。
まったく手がかからない。
遊んでくれとも、抱っこしてくれとも言わない。
楽な猫だ。

だから、つい、「愛人」である、
小悪魔ムギちゃんに会いに行ってしまう。

ちまには正直に、
「ちま、ごめん、ちょっとムギちゃん見てくるね」と言って出掛けるが、
さすがの天使ちまちゃんも、限界を超えたのだろう。

こんなに怒ってるちま、
ムギが部屋に入ったとき以来初めてだ。

石鹸でよく手を洗い、着替えて、
スープにちゅーるを入れて新しい食べ物に変身させて、
お皿も替えて、ちまに謝りながら出した。
そしたら、それは食べてくれた。

ちま、ごめん。
本当にちまに甘えてばかりでごめん。
ムギにはパパがいるもんね。
ちまにはママだけだから、もっとママはちまと過ごさなくちゃね。

反省した。

だから今日はどこにも行かず部屋にいた。
ちまは、何も求めて来ない。
お腹がすいたら、ねだってくるだけの子だ。
でも、ムギには会いに行かなかった。

ちまは、お風呂場を二回、検査した。
ムギのトイレやムギのオシッコまみれの爪とぎとかがあるので、
ムギ臭でいっぱいだ。
ちまは、ムギがいないかを念入りに検査していた。

夜、夫が愚痴こぼしに来た。
お姑さんのことで、毎日ストレスが満載なのだ。
お姑さんは、スポーツをやっているので、
足腰はすごく丈夫だ。
でも認知がもうズレてしまっているので、
徘徊も、そう遠くはないかも、と話し合った。

ペットの存在は、夫婦のクッションになる。

わたしがいまだに、
ムギと一緒に暮らせないのかと自分を責めていることを、
多分、ブログ記事で読んで知っているのだろう。
夫はちまを撫でながら、ちまに向かって、
「でもね、パパも、ムギちゃんのオシッコ攻撃には耐えられなかったんだよ。」
と言った。

ムギがわたしの部屋に居て、
いけないところでじゃあじゃあオシッコをして、
わたしが、「ムギ!だめ!」と騒いでいると、
夫は、「あ~あ~、大変だね。」と言って、
サッと帰ってしまっていた。

わたしは、ムギを部屋に入れたことを悔いた。
すごく孤独だった。
部屋に入れたいと言ったのはわたしなのだ。
全責任はわたしにある。
夫は、このまま外で可愛がろうと、正解を言っていたのに。

その意見を聞いていれば、
誰も傷付かなかったのに、と、未だに悔やまれる。

今後、何年、この状態に耐えなければならないのかと、
わたしはうつ状態に陥り、
ついにはケージにムギを幽閉した。

ひどいことをしてしまった。
申し訳ない。

ぷっつり鬱状態になったわたしと、
可哀想なムギを見かねて、
夫が母屋の和室に、ケージごと、引き取ってくれたのだ。

わたしは、後ろめたさのあまり、ほとんど会いに行かなかった。
行けなかった。
ムギも、高いところからわたしをシラーっと見下ろしていて、
寄っても来なかった。

夫が猫アレルギーを発症して、和室をムギにゆずり、
自分は書斎で寝起きするようになった。

ムギは、夫が帰って来ているのに、自分のところに来てくれなかったり、
もしくは、わたしの部屋に来て長時間居なかったりすると、
あてつけに、畳や、たんすの上で、オシッコをしてあった。

ちゃんとトイレを使える猫なのに、だ。

それに耐えて飼っている人は大勢いる思う。
でも、わたしは、耐えられなかった。
恥ずかしい。
後ろめたい。

でも、さっき、パパも耐えられなかったんだよ、って言ったのを聞いて、
「わたし」が「わたしたち」に変換されたら、
ちょっとだけ、楽になれた。

正直、今のムギが、一番イキイキとした表情をしている。
部屋にいれば、外敵もおらず、
寒暖差もなく、
ストレスは少ないが、
全然、幸せそうな顔には見えていなかった。

今は、振り向いてニッコリしてくれる可愛いムギ。
ゴロゴロ言いながら、ゴッツンコをしてくる可愛いムギ。

もちろん、室内で飼うほうがいいのは当たり前。
できるものならそうしたかった。

でも、誰かの我慢の上に成り立つ幸せはあり得ないんだよと、
友達に教えてもらった。

だったら、今のこの状態で、
みんなが少しずつ幸せであるよう、
夫と、努力をしよう。

わたしは、ちまを一番に考えて、
ムギに対する情報は、二人で共有して、気をつけて見てあげる。

子供を複数育てた経験がないので、
愛情の振り分け方が不器用なわたし。

ちま、本当にごめんね。
大事にするからね。

                                          伽羅moon3



 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

怒りの噴出。

夕べもまた、ムギに会えなかった。
雨なのに、なんでガレージに居ないんだろう。
どこにいるのだろう、と、
心配になるし、会えなければ寂しい。

まったく、勝手だよね。

夫に、朝、ムギに会えたかを聞いたが、
忙しかったらしく、昼休み中には返事が来なかった。

会えたそうだ。
ラブラブしたみたいで、ホッとした。

今日は、夢見がすごく悪かった。

トイレに行きたくて一回起きて、
そのあとまた少し寝たのだが、
その間に、ひどい夢を見た。

夢の中で、わたしは、怒り狂っていた。
まさに、狂っていた。

何もかもが、誰も彼もが気に入らず、
腹が立ち、
言葉でののしるだけでなく、
殴る蹴るの暴行を働いていた。

でも夢なので、全然相手はダメージを受けず、
ヘラヘラとしていて、
わたしの怒りは頂点に達していた。

そんな夢の途中で目覚めたので、
気分は最悪だった。

わたし…。
多分、すごく、怒りを溜めている。
とりあえず、蓋をして重しをしてあるだけで、
すごい量の怒りを溜め込んでいる。

だから、人と接するのが、辛いんだ。
ひっそりこもって暮らしたいんだ。
怒りを噴出するのが、自分でも怖いからだ。
歯止めがきっと利かない。

今日は出掛けたので、
大量のパンを買って帰って来た。
食パンと、ベーグルと、バケット。
それぞれ別の店で買った。
バケットをレジに持って行ったら、
「お持ち帰りですか?」と聞かれた。
たいがいそうだろうよ! 食えるか!と、
心の中で毒づいた。

帰ってきてパンたちを冷凍庫に入れたら、
満杯になった。
これで、しばらくは食べるに困らない。

まだ薄明るい、早めの時間に、ムギに会いに行った。

でも、ムギは留守で、呼んでも帰って来てくれなかった。

がっかりして一旦帰宅。
宅急便を受け取り、一個出荷し、
そのあとまた、会いに行ってみた。
呼んで、待っていると、
今度は、キャッキャと鳴きながら帰って来てくれた!
嬉しいいい~。

すぐに脚にピトッとくっついて来てくれる。
帰って来てくれるムギが愛おしい。

いつものように撫でて、
専用のウェットシートで体を拭く。

お腹も拭いて、手足も軽く拭いて、
シッポも二往復して、
最後にお尻を拭くのだけれど、
昨日から、ムギは脚に触らせてくれない。
拭こうとすると、アグって噛むしぐさをして嫌がる。

もともと、後ろ足は一本しかないから大事な脚だ。
自由に触らせてはくれないが、
アンヨくんも拭くね~と言いながらやると、
何とか拭かせてくれていたのだ。

痛いところでもあるのかな。
でも、もう暗いからわからない。
無理矢理いじって、嫌われるようなことはしたくない。

耳に触ると、いつもより、熱かった。
ムギ、ちょっと熱がある。
やっぱり、どこかに傷があって、化膿してるんじゃ…と不安になる。

でも、本猫はいたって元気で、
おかかも食べたし、
お皿の餌は、もう嫌だというので、シーバをやったら、
一袋、完食した。

食べられるんだから、大丈夫だろうと思う。
でも夫には、明るくして脚を見てやってくださいとメールしておいた。

ガレージの照明はつけず、
小さい懐中電灯の明かりだけで、ひっそり会っているのに、
お姑さんが勝手口から出てくる。

100%、ムギは逃げるのに、
どうして必ず毎日来るのか、わからない。
当然ムギは怖がって逃げてしまった。

ムカッとして、電気消してもらえますか?と頼んだら、
つけたまま、ドアの鍵だけ閉められた。

仕方がないから、合鍵でドアをあけて、
照明を消した。

夫が帰宅したら、玄関のドアが開いていたそうだ。

今日は暖かかった。
ちょっと昼間は暑いくらいだった。
寒くて風のある日は、やはりムギを思うと辛くなる。


今になって、いろんな疲れが出てきた。
無気力で、何もやりたくない。

本当に、いったいどうやって自分が夕飯を作れていたのかが、
わからないのだ。
思い出せない。
やれる気分が湧いてこない。

消費だけしているお荷物にはなりたくないのだが、
やっぱり無理!って投げ出せば余計に迷惑をかけるので、
何も言えずにいる。

心の傷を、どう治したらいいのかが、全くわからないよ。

ゴンが死んだときの傷だって残ったままなんだから、
一生、癒せないものなの?

今は、ちまとムギに救われているけれど、
自分と、もっと対峙しなくてはならないのでは?

でも、方法がわからない。
カウンセリングに行って、洗いざらい話すには、
時間が足りないし、
それをやったら、蓋が外れてしまい、
怒り狂った自分が出て来てしまう。
それが怖い。

どうしたらいいの?と思いながら、
ひっそりしている。
ひっそりしているしか、方法が思いつかない。

                                           伽羅moon3



 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

どうしていたんだろう?

夕べ、夜中は、ムギに会えなかった。

会えないまま帰る短い距離が、
とてつもなく辛い。

どうしたんだろう。
夏場は、ここまで辛くなかったし、
そもそもが、ムギにそんなに時間を割いていなかった。

部屋のリフォームで荷物を詰めて、
しばらくの期間、母屋で暮らしたり、
アパートに戻ってからは部屋を作り直したり、
そのうちに発症して入院して退院して、
入院して手術して退院して、
いつの間にか秋になってしまっていた。

夜、肌寒くなると、
ムギが小屋で倒れていたあの夜をどうしても思い出す。
二度とあんなことがあってはならない、と気を引き締める。

たかが猫、と思う人も世の中にはいる。
でも、猫は猫だけれど、
命は重いのだ。

子供を一人育てたけれど、
今、思い返すと、
よくぞ、大きな事故にも遭わず、無事に大人になってくれたと、
胸を撫で下ろす。
危ない橋を渡っていた。
一人で留守番させる率も多かったし、
小学3年生からは、
新幹線にも一人で乗せた。

よく、何も起きずに無事だったなと思う。
今のように携帯電話がある時代じゃなかったのに。

ムギが入院していた時、
わたしはムギの面会に、二時間を費やしていた。
面会室で、汚れた体を拭いてやり、ブラッシングをしてやり、
あとはただ、抱き合って過ごしていた。

それでも、わたしは、夕飯を二品、作っていたのだ。

いったいどうやって時間を作っていたのだろう?

ちまを寂しくさせるから、ちまをお腹に乗せてラブラブもした。
体はもう、ガタガタで、
股関節を傷めて、まともに歩けなくなっていた。
一ヶ月ぐらい頑張ったが、
ムギが退院して、通院になった頃に、
どうにもしんどくてたまらず、
途中から料理を、具沢山の煮物一品に減らしてもらった。

それまでは、ちゃんと二品作っていたのだ。

確かに、夜のうちに煮物をしていた記憶もあるが、
もう、はるか遠い記憶になってしまったみたいに、
もやっとして、思い出せない。

すごくしんどかった。
でも、ムギの命が助かるなら、何でもする、と思っていた。


ムギの命は、重い。
尊い。

今、季節が秋になり、小屋に居る率が高くなり、
会える日のほうが多くなった。

暗くなるのが早くなったので、今日は夕方5時半に行ってみた。
ムギ、待っていてくれたようで、
ムギから声をかけてきて、
喜んで車の前でゴロンゴロン回った。

雨だったので心配だったが、ムギは濡れていなかった。
ちゃんと、濡れないコツを知ってるんだね。
ムギには「知恵」があるもんね。

体を拭いて、ブラッシングして、
丁寧に撫でて、傷が無いかを確認する。
アゴに、新しい小さい傷を発見。
引っ掻かれたのかな?

毎日、多分、闘っているムギ。
気が小さくて優しい子なのに、
自分のテリトリーを守るために必死に闘って生きている。

守ってやりたいけれど、
わたしが代わりに闘っても意味が無いので、
ムギ頑張って、と応援するしかない。

あとは、会えた時に、いっぱい愛情を伝える。

ムギが、「ここに居たい」と思ってくれるよう、
大事にしてあげる。

これから寒くなっていくけれど、
去年よりももっと、あったかい小屋にしてあげるよ。


昨日も書いたとおり、
何もできない。
出掛ける用事があれば、食事は、買ったもので済ませてしまう。
洗濯をし、クイックルで掃除をする程度。

前は、夕飯を作るために、
出掛けていても4時半には帰って、
煮物をしていた。

もちろん、自分でスーパーに買い物に行き、
献立を組んで、食材を買っていたのだ。
その日、安いものがあれば、それも買っていたのだ。

それが、どうにも、できる気分にならない。
無理なんじゃ?と思ってしまう。
わたしに、いったい何が起きたのか、わからない。

先週は、リウマチの注射が怖くて打てなかった。
外科の主治医は、
傷以外のところだったら、どこに打っても大丈夫ですよ、と言ってくれたが、
結局、怖くて打ててない。

でも、ほとんど炊事をしないから、
関節の痛みも、そんなに辛いことはない。

動かさないとダメだけど、
こんな風に、休むことも必要だったのかな。

ずっと休んだままでは、肩身が狭い。
でも、どうにも、復帰できる気分が湧いてこない。
困ったことだ。

                                           伽羅moon3



 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

ちっぽけなわたし。

夕べは、寝る前にもムギに会えた。

待っていてくれたらしく、わたしが階段を下りて行き、
門扉の前に来たときには、もうムギから声をかけてきた。

ムギちゃん、いたの~。
声をかけると、ムギは狂喜して、
車の前でゴロンゴロンと転がって喜んでくれた。

なんていとおしいの?

ムギのリビングに移動して、しばしラブラブする。
体をふいてやり、ブラッシングをして、
自分では掻けない右の首をいっぱいカキカキしてやる。

それが済むと、「何かくれ!」というので、
おかかをやった。
シーバという餌の袋を見せると、それもくれ!というので、
手のひらに、一粒ずつ出して、ムギに与える。

何粒かまとめて手に乗せると、
ムギは慌ててしまい、いっぺんに食べる傾向があって、
噛まずに飲み込む。

シーバという餌は、外側がカリッとしていて中がとろっとしているらしいので、
噛まないとおいしくないと思うのだ。
だから時間をかけて、一粒ずつ食べさせる。

合間合間にパトロールに行くので、
昼間みたいに、ゆったりとは過ごせない。

夕べは風があって、肌寒かった。
これからはもう、冬の格好をして来なくては。

寒さに耐えかねて、
ムギの小屋には小さいカイロを仕込み、
ムギが警備をしている時に、
「ムギ、ママ帰るね。また明日来るね。」と言った。

ムギは庭に居て、わたしを見つめていた。
階段を登っていくわたしを見ていた。

あの部屋に、住んでいたことがある。
ちまという猫がいた。
ボクはなんで部屋に入れてもらえないんだろう。
ムギがそう言ってるように感じて、
すごく辛かった。

部屋に入ると、暖房もしていないのに、
風が吹いてなくて、暖かかった。

部屋はこんなに暖かいんだ…。

わたしは、ムギを思って切なくて泣いた。

ごめんよムギ。
一緒に暮らせたらいいのにね。
ママが頑張れなくてごめん…。

ムギが病気になり、入院して、退院して、
浴室で療養している最中も、
このまま部屋で、ちまと3人で暮らせないだろうか?と
何度も何度も考えた。

わたしさえ我慢すれば、
わたしさえ頑張れば、
何とかなるんじゃないの?

離れたくない。
離したくない。
何とかならないの?

ムギを抱いて、
ムギが引くくらい、大泣きした。

でも、一緒に暮らしてるときは、
ちまに先にご飯を出すと、
ムギは怒って、あてつけに、
してはいけないところでじゃあじゃあとオシッコをした。

その瞬間は、決して、
ムギを可愛いと、思うことができなかった。

これがちっぽけなわたしという人間なのだ。

あれでは、誰も幸せには暮らせないように感じる。
けれど、寒くなってくると、
小屋でムギが倒れていた、あの夜を思い出す。

いつか、ああして、ムギを失う時が来るんだ。
そのとき、わたしは、どれほどの後悔をし、
どれほど自分を責めるだろうか。

たった3年で死んでしまったゴンちゃんの二の舞は避けたいと、
ムギを安易に部屋に入れて、
耐えられなかった弱いわたし。

夕べは、辛くてパニック発作を起こしそうになったので、
セロクエルを2錠足して飲んだ。

ムギのことで泣いているのに、
ちまが涙を舐めてくれた。
優しいちま。


日曜日。起きてパンを食べて掃除をして、
ムギのところに行ってみた。
ムギ、ちゃんと小屋にいた。
すぐに出て来てくれて、くっついてくれた。

夫が朝、会いに出ても、ムギは眠くて、
小屋から出てこないそうだ。
夜通し、警備をしているのだろう。
朝になって、やっと小屋で眠るのだと思う。

体を拭いて、ブラッシングして、首をカキカキした。
今日は、スープをやったら、喜んで飲んだ。

途中、出掛けていた夫が帰って来たので、
ムギは逃げてしまった。
こちらが二人になると、ムギは寄って来ないのだ。

わたしは、まだ薬が残っていてしんどかったので、
庭に居たムギに、また夜来るからね、と声をかけて帰った。

辛い。
なんだかもう、いろんなことについて、頑張れない。

自分が思っている以上に、ダメージが大きいようだ。

リウマチの注射が怖くて打てない。

夕飯作りにも、復帰できてない。

頑張れる気力というのが、どうにも、出て来ないのだ。
どうしちゃったんだろう?
全然、頑張ろうっていう気分になれない。

夕飯を作らないから、
夫と長女に負担がかかっている。

でも、シュミレーションしてみると、
スーパーに行って、食材を買うシーンで、
もう挫折しているのだ。

安い食材を買って、具沢山の煮物を一品作る。
それだけのことが、出来るようには思えないのだ。

どうしたんだろう。

自分のためにも、さっと火を通すだけで食べられる、
汁物しか作れてない。

それが今のわたしの限度なのだ。

なんでやれないのか、と思われているかもしれない。
きっと思われているだろう。
自分でも、何で出来ないのか、わからない。

ここで無理をして、また、
「やっぱり無理です。」って投げるほうが良くないと思っているので、
復帰には非常に慎重になっている。

今、胆管に入っている管を抜いて、
膵炎を起こさずに無事に退院できたら、
それが本当の退院だと思っている。

それまで、休みたいけど…
気が引けるけど、いいかな…。
お荷物で申し訳ないけれど。

日曜日の夜中は、ムギに会えない確率が高い。
理由はわからない。

会えなくて、また、泣きながら寝るかもしれない秋の夜。

                                          伽羅moon3



 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

引き続き辛いまま。

秋晴れだった。

昨今、こんな秋の日よりは珍しくなった。
暑いのがやっと終わったと思ったら、
次に、肌寒いのがやって来てしまう。

夫からキャベツをもらったので、
ベーコンを買いに、近所のスーパーに出掛けた。

とにかくわたしはひたすら毎日、
「汁」を飲んでいる。

丸5日間の絶食は、本当にこたえた。

身体も辛かったし、
精神的に、病んだ。

大好きな揚げ物を食べなくして、
ひたすら毎日、何かしらのスープを飲んでいる。

自分のために作るものも、
肉豆腐かポトフ。
スープ類はインスタントを色々買い揃えてある。
それらも買い足した。

夕べは、夜中は、
ムギに会えなかった。

昼間、長い時間一緒に過ごしたのだが、
寝る前にも会いたかった。
もちろんそれは、わたしの勝手なワガママ。
ムギは夜は、警備に忙しいのだ。

会えないと辛い。
全部自分のせいなのがわかっているので、
ムギは全然悪くないので、
自分を責めて、余計に辛い。


今日は夫がクラス会で、午後から留守だったので、
買い物から帰ってきて、
すぐムギのところに行った。

ムギは留守だった。
3回くらい呼んで、座って待っていたら、
キャッキャと鳴きながら、すぐに帰って来てくれた。
近くに居たらしい。

会えて嬉しかった。
ムギはすぐにくっついて来てくれた。

身体を拭いて、ブラッシングして、
脚がないから自分ではカキカキできない右の首をかいてやった。

草の実を取り、
カサブタを一個はがした。

洗って干して、電話番号を上書きした首輪をつけ直した。

ムギは昼間はリラックスしていて、
されるがままだ。

そのあとはちょっとご飯を食べたくらいで、
特に何をするでもなく、
何を話すでもなく、
ただひたすら、くっついていた。

襲われる恐れが無かったら、
夜だって、こんな風に過ごせるのに。

ムギはとびきり可愛くて、
一人で人間の寵愛を受けているから、
ノラたちに、ねたまれているのだ。

ムギは努力してこの場所を勝ち取ったんだから、
本来なら、妬まれるのはおかしい。

必死に夫になついて、
怖いのを我慢して、二階のわたしの玄関まで駆け上がってきてくれた。
ムギのその必死な可愛さに、
メロメロになった。

脚が3本だから特に可愛かったのではない。
もちろん、ゴンちゃんとの縁というのも感じたが、
もし、脚が4本あっても、
ムギの可愛さ、いとおしさは格別だと思う。

きちんと手術をして助けてくれた人がいたということだから、
きっとムギは、いろんな人に愛されて来たと思う。

今日は結局、二時間くらい、ムギと一緒に過ごした。
今は秋だから、それが可能だけれど、
真冬になったら、お互いに寒くて、こんなことは出来ない。
真夏も辛かった。

ムギがちょっと身体を離したので、
ムギ、ママまた夜に来るからね、と言ったら、
寂しそうな顔をした。

ごめんよムギ…。

夜は会えない可能性が高い。
ムギはパトロールを強化しているから、
うかうかしていられないのだ。

会えないと、辛い。
悲しいし、寂しいし、心配になる。

それを解消するには、一緒に暮らすしかないのだけれど、
わかっているんだけど、
また同じことの繰り返しになってしまったらと思って、
怖くて踏み切れない。

とにかく、会える時間を充実したものにしよう。
一時間でも一分でも、
ムギが幸せだと思ってもらえる環境を提供しよう。

それしか道は残っていない。

夫は、いつも自分の気持ちにブレーキをかけている。
ムギを可愛いと思う気持ちは同じなのに、
家猫じゃないんだから、とたびたび言う。

ねずみ狩りとかやってるから、
半分ノラだ。
ムギはちゃんと6種のワクチンを打っているが、
ねずみの菌は恐ろしいので、気をつけなくてはいけない。


毛布に変えたら、
ちまが一緒に寝るようになった。
猫が気持ちいい季節になった。
毛布にもぐってきてくれて、居場所を決めてる時間が、
すごく幸せだったりする。

わたしは横向きで、抱き枕を抱いて寝る。
そのわたしに、どう乗ったら居心地がいいかを、
ちまは毎晩探って、だいたい、脚の上で丸くなる。

ふわふわしていてあったかい。

ムギには、こちらから、「あったかい」を提供してあげる。
去年より、もっと工夫するからね。

ムギに、ずっと居て欲しい。
ワガママだってわかってる。
勝手だってわかってる。
わかってるから、辛い。
ムギがだいすき。

                                           伽羅moon3



 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

自分が恥ずかしい。

昨日、また左のみぞおちが痛くなった。

どうしよう。
様子を見ていていいのか、
早めに診察を受けるべきなのか、
見極められない。

もっとちゃんと、主治医とそこを話しておけば良かった。

明日、起きて、もし痛かったら、
病院に電話しよう…。

夜中、12時に、ムギに会いに行った。
ムギは留守だった。
夫が帰宅した9時半には、ムギは居て、
トイレに入った夫に、外から声をかけてきたそうだ。

わたしが夕方行かなかったから、
お腹がすいたと訴えていたらしい。

だから、そのあと出掛けてしまったのだ。
何度も呼んで、しばらく待っていたが、
ムギは帰って来てくれなかった。

すごくがっかりして部屋に戻った。

外猫だから、いつも会えるわけじゃない。
いつもかも会いたいなら、部屋で飼えばいい。
そんな、わかりきってる問題を、
また自分に突きつける。

ムギは毎日怪我をしている。
争う声は聞いてはいないが、毎日闘っているということだ。
傷は顔の中や耳なので、
真正面から挑んでいって闘っていることになる。

でも、ムギがそんなにメンタルの強い猫じゃないってことを、
わたしは良く知っている。
お医者さんが怖くて、
診察台に乗せたら、ちびってしまうような子なのだ。

なのに、一人で頑張って闘って生きている。
じゃあなんで、わたしはもっと頑張れないの?

辛くて辛くて、あきらめきれず、
寝る前にもう一回だけ、と思って、
夜中2時に行ってみた。

ムギは帰って来ていて、爪とぎの座面にお座りしていた。

喜んでくっついてきてくれた。
ああ、良かった。来て良かったよ。
ムギに会えた。

しかし、ムギは、張り詰めていて、
始終当たりを見回し、物音に耳を澄ましている。
ママがいるから大丈夫だよ、守ってあげるよ、と
なだめると、ちょっと甘えてきたり、
ちょっと食べたりする。

しかし、すぐにパトロールに出て、
戻ってきてくっついて、
またパトロールに行って、の繰り返しだ。

全然、リラックスしていない。

でも、その理由を、目撃してしまった。

ガサガサと音がして、ムギがキッと裏の土手を見た。
すると、猫のシルエットが見えたのだ。
土手は草刈りがされたので、姿が丸見えだ。

ノラ猫、来やがった!
わたしも凝視した。

すると、相手は、二匹だった!

何という卑怯な手口。
頑張っているムギを相手に、
小屋がうらやましいノラたちは、
集会で多分作戦を練り、
二匹で、襲撃に来たのだ。

人間さまがいるのに、ヤツラはやってきた。
人間が怖くないのだ。

しばらくにらみ合いが続いた。
わたしが、ライトで照らすと、
ヤツラは、走るでもなく、すーっと移動し始めた。

わたしに飛び掛って来た猫だっていたのだから、
油断できない。

ムギがすごいスピードで、走って追い掛けて行った。

ムギは、歩くときは、ぽとん、ぽとん、と歩くが、
走ると、すごい速いのだ。

わたしはムギに何もしてやれない。
守ってあげるから、って言っても、
実際は何もしてやれない。

ムギは、冬に向けてもうずっと闘っているんだ。
ヤツラは、小屋と暖房を持っているムギをうらやんで、
奪おうとしている。
そんなこと許さない。

でも、どうやって守ればいい?
じゃあ、部屋でちまと3人で暮らせる?

毎回毎回、わたしは自分を責める。

身体の不自由な猫を飼っていて、世話をしている人はいっぱいいる。
わたしに、それができないの?

でも、思い出す。
ムギが部屋にいるとき、
誰も、一人も、幸せじゃなかったんだ。

ちまは毎日シャーシャーと威嚇をし、
ムギにパンチを浴びせ、
天使のちまちゃんじゃなくなった。

ムギは自分が優先されないとわかると、
あてつけに、
してはいけない場所で、大量にオシッコをまき散らした。

毎日毎日。

寝ているわたしによじ登ってきて、
身体の上で、じょーっとオシッコされたとき、
わたしの中で、何かが切れてしまった。

ムギをかわいいと思う気持ちがもう、わからなくなった。

うつ状態になり、
見かねて夫が、母屋にムギを引き取ってくれたのだ。

でも、ダメだった。
わたしたちは、頑張れなかった。
甘かった。


今は、最初にムギがなついて来てくれた時のように、
ムギに会えたら嬉しいし、
すごくすごく可愛い。

大切な愛おしい命だ。

本来は、すべてひっくるめて愛すべきなんだけれど、
この状態でしか、頑張れなかった。

もちろん、これでいいと思っているわけではない。
いつかも後ろめたく、
いつも自分を責めている。

頑張れない自分が悪いと思っている。

守りたいなら部屋で飼えよ、
オシッコくらい我慢しろよ、って声と、いつも闘っている。


みぞおちの痛みが結構強かったので、
寝る前に、持参する薬を鞄に入れ、
ちまに与えている苦い薬の飲ませ方を、
丁寧に記述しておいた。

争う声は聞こえなかったが、
またどこかで闘って、ムギは二対一だから不利で、
怪我をしてるのでは?と心配でたまらなかった。

肌寒かったので、薄い毛布を二枚にしたら、
ちまが喜んでもぐってきて、
ちまのふわふわに癒されながら眠った。

ちょうど12時過ぎに目が覚めたので、
夫に、今朝の、ムギの様子をメールで聞いた。
すると、小屋にいたのだが、小屋から出てこなかったので、
怪我しているかどうかもわからない、とのこと。

とりあえず、小屋にはいてくれてる。
わたしはもう少し眠って、起きてからムギのところに行った。

昼間、行くのは、ハードルが高い。
お姑さんと遭遇するのが怖いからだ。

でもそんなことも言ってられないので、行ってみた。

ムギは小屋に入っていた。
わたしが、明るく、「ムギちゃ~ん。」と言いながら、
目の前に座ると、
ムギは、「昨日は本当に大変だったんだよ~。」みたいに、
愚痴をこぼした。
そしてすぐに出て来て、ピトっとくっついてくれた。

夜中に会うのと全然違う。
どうやら、襲撃は決まって夜中らしい。
だからあんなに警戒していてパトロールにばかり出るんだ。

昼間のムギはリラックスしていて、
ただひたすら、わたしにくっついていた。

時々お皿の餌を食べ、お水を飲む以外は、
ただ、くっついて過ごした。
何もせず、何も話さず、一緒に夕方まで過ごした。

途中、ムギが立ち上がったので、
「ムギ、ママ帰るね。」と言ったら、
「いや~ん。」って鳴いてすぐにくっついてきて、
帰れなかった。

ムギがオシッコを(多分)しに行ったので、
帰って来た。

また夜に来るからね、と声をかけたら、
ムギは複雑な顔をしていた。

ムギを守りたい。
じゃあ部屋で飼えよ。
でもそれ、無理。
なら仕方ないだろ。
と、自問自答を繰り返して、苦しい。

部屋では、ちまちゃんがお待ちかね。
抱っこしてええ~と飛びついて来た。

ちまには、「ちょっとムギちゃん見てくるね。」と言ってから出掛ける。
ガレージでムギを呼べば、ちまの耳にだって聞こえるからだ。

わたしを責めないで甘えてくれるちまにも感謝だ。

こんなにムギが愛おしいのに、
守ってやれないなんて苦しい。
頑張れない自分も恥ずかしい。
世の中、頑張ってる人がいっぱいいるのに。

わたしは不器用すぎる。
子供も、多分、一人育てるのが精一杯だったと思う。
兄弟げんかとかされたら、
わたしのほうがおかしくなってしまうと思えるからだ。

ちまも大事、
ムギも大事、
でも3人では暮らせない…。

自分が恥ずかしい。

                                           伽羅moon3



 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

1+1イコール。

数学の世界では、1+1は2だが、
そうじゃない世界では、その答えは無限になる。

素晴らしい仕事のパートナーと出会えたら、
二人で、2以上の、3にも5にもなる仕事ができる。
補い合い、高め合う相性だとそうなる。

わかりやすいところだと、ドリカム。
異性のペアだが、超越した感性のマッチングで、
音楽界に何十年も君臨できている。

そういう相手って、いるのだ。

でも、逆もある。

入院している時、
特に絶食していたときは、
痛みと空腹のエンドレスなリピートで、
辛くて辛くて、何をすることもできず、
うっすらと繰り返し色んなことを考えた。

壮絶な飢餓の末に亡くなった兵士さんのことを一番考えた。
闘って破れたのではない。
国の支援がなく、
食料なしで戦地に送られ、
餓死したのだ。

そんなひどい話があるか。

息子を持つ身としては、絶対に許すまじ記録である。


わたしの病気。
精神疾患。

これに、何らかの病気が足されると、
辛さは、2ではなくなる。

病気以外のことが、すごくしんどいのだ。

同室の人への気遣い。
咳をしてしまい、「お寒いですか?」とカーテンを開けられてしまったり、
地獄のように暑くても、
自分の一存ではエアコンを入れられなかったり。

洗面台も一緒に使うわけだから、
前の人の汚し方が気持ち悪かったり、
そのせいで、自分が使ったあとは、念入りに掃除したり。

空腹と闘っている隣で、食事をしている人がいる。
痛いんですと訴えても、仕方ないです、とスルーされる。

ナースコールが押せない。
自分で廊下に出て行って、看護師さんを探して、
お手が空いたらでいいので、とお願いをする。

そうやって、神経がみるみるすり減っていって、
バロメーターは、マイナスになった。

1つの病気に、1つが足されて、
2つになるのではなく、
マイナス5くらいになってしまった感じがあった。

だけどそれは、外からは見えないから、
わかってもらえない。
もう無理だから個室にしたいと言っても、
金額が高いと渋られた。
あれには、心から失望した。

いくらそのあと、いいよって言われたとしても、
残った傷は永遠である。
これは、いかしかたない。


手術後、退院前にも、口腔外科での歯と口内のチエックがあった。
術前と違う先生なので、視点が変わって、
術後の先生に、
すごい「噛み締め痕」があるね、と言われた。

わたしたちは、普段、
平気なフリをするために、
硬く歯を噛み締めている。

専門家が見ればわかる。
うつ病を発症していた当時にも言われた。
たった半年でこんなになっちゃって、何があったの?と聞かれた。

無理なこと、苦手なこと、
避けたいこと、辛いことを、
言葉では、辛いとは言い表さず、
平気なフリをして、行き過ぎるのを待っている。

硬く硬く噛み締めながら。

うつ病の人が、身体の病気を発症して、
入院とか、手術とかになると、
健常な人より、よりいっそう、我慢して耐える。
その結果、エネルギーがマイナスになる。

外科の傷が癒えても、
心の傷は、誰にも見えないから、
そして見せないように振る舞うから、
治りが遅い。

もう平気そうじゃん、と思われるだろうが、
見えないところに傷がある。

いっぱいあった辛いこと、嫌なことに、
とりあえず蓋をしてあるだけなので、
いつそれらが出て来るか、自分でもわからない。

誰かが癒してくれるものではない。
もちろん、理解者の存在は有効だし頼りどころになるけれど、
基本は、一人で立ち向かうしかないのだ。

それが孤独であるとは、別に思わない。
そういうものなのだ、というだけ。

理解されなくてもしかたがないが、
責めずに待ってもらえたらいいなと思う。

                                          伽羅moon3



 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

一人で行く。

8月の23日、夜11時頃、
ムギのところにいて、座椅子に座って、
前かがみになって、ムギを撫でていた。

その時に、まず背中の下のほうが急に痛くなった。
おかしいなと思って、切り上げて部屋に戻った。

痛みは増してきて、今度は右のみぞおちが痛くなってきた。

胆石だな、と思った。

わたしは、自分に胆石があるのを知っていたわけではない。
脂肪肝と言われるのが嫌で、
ずっと腹部エコーを健診で選んでこなかったから、
石があることは全く知らなかった。

ただ、知識として、
腎臓結石も、胆嚢結石も、
背中が痛くなることを、知っていたのだ。
父が腎臓結石持ちで、何度か、うめいて、
背中を痛がっていたのを、
子供心に覚えていた。

右側だから、胆のうだと思ったのだ。

夫は北海道に出張で留守。
わたしは、強くなる痛みと闘いながら、
脂汗を流して、入院の準備をし、
ちまの餌のやり方を、表に書いた。

夫の娘ちゃんを頼むことも、
自分の息子を頼むことも、考えなかった。
一人で、救急車に乗るつもりだった。

わたしの親などは、結構すぐに人に頼ったり頼んだりしているが、
わたしにはそれはできない。
なぜ?と言われても答えに困るが、
せめて、迷惑をかけたくないのだ。

だから、一人行くつもりだった。
一人暮らしの人なら、一人で行くから、同じことだ。

幸い、石が胆管から抜けたのだろう、
明け方に楽になり、少し寝てから病院に行ったのだった。


今日は、カウンセリングに行った。

帰りに、すい臓のあたりが痛くなった。

んんん。
ヤバイ。

わたしの体内には、人工の管が埋まっていて、
その管の中には、まだ石があるのだ。

それがもしも、大きくて、詰まってしまったら、
緊急で病院に行かなくてはならない。

わたしは帰ってきてすぐにシャワーを浴びた。
入院の荷物をチェック。
下着を足す。

鞄にお薬手帳を入れて、
しばらく様子を見た。

困ったことに、今日はお祭りで、
周辺道路に交通規制がかかっている。
タクシーを呼んでも自宅前まで入って来てはもらえない。
夫はお祭りの用事で留守。
もう飲んでいるだろうから、頼れない。

一応連絡はするが、
やっぱり一人で行くしかないと覚悟はしていた。

しくしくと痛むが、痛みは強くはなって来ない。
行かなくても大丈夫そうだ。

明日は主治医は休みの日なので、
もし行くなら、金曜日がいい。

しくしく痛いが、そればかり気にしていても仕方ないので、
ムギに会いに行った。

ムギから呼ばれないので、てっきり留守だと思い、
「ムギ~!」と大き目の声で呼んだ。
すると、ごく小さい声で、返事があった。
ムギ、どこにいるの?
ママ会いに来たよ!と言って座ると、
ムギは小屋の中にいた!

大声で呼ばれたのが、恥ずかしいよ、みたいなムードだった。
ごめんごめん、ママ、見えなかったよ。

小屋の中は暗いし、
ムギはキジトラ猫で、色が暗いので、
小屋に入っていると見えないのだ。

すぐに出て来て甘えてくれた。
夫はお祭りからまだ帰っていない。
おかかをやって、シーバを一粒ずつ食べていると、
夫が帰って来た。

ムギは、わたしと同じで、
一対一でないとダメな子だ。
こちらが人間二名になると、逃げてしまう。

夫はわたしに話しをしたかったようで、勝手口から出て来て喋った。
ムギは文句を言っていた。

夫が部屋に戻って、またムギ来て、
しばらくくっついて、秋の風に吹かれた。

まだ、しくしく痛い。
うまく石が落ちてくれるといいのだが…。
緊急手術は嫌だなあ。

でも、備えだけはしておかなくてはならない。
このあと、入院の荷物をまたチェックしておこう。

痛みを知らない人には、わからないこの恐怖。

                                            伽羅moon3



 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

自分で守るしかない。

月曜日、具合が悪くて、
夕方近くまで寝ていた。

手術あけの身体で、無理をしたのがいけなかった。
傷は見えないところにあるのだ。

火曜日は、外科に通院の日。
朝、起きなくてはならない。
寝付けるかどうかわからない。
ちょっと薬を増やしてどうにか寝たが、
8時くらいに夫からメールがあり、
アラームかと思って飛び起きた。

ムギが小屋から出てこないんだけど大丈夫だろうか、
という内容だった。

数時間前にわたしはムギに会って、
おかかも食べてシーバも食べて、
機嫌よくしていたので、大丈夫と思ったが、
また耳を噛まれた痕があったので、
闘って来たらしい。

夜中にこっそり二人で会うのが楽しいのに、
夜は危険が多いらしく、ムギはパトロールにばかり行く。

明け方はもう、かなり冷える。
夕べは、ムギのベッドに敷いてあるフリースの下に、
小さいカイロを仕込んでから帰った。

病院に行く前に見に行くと、
ムギは小屋でのんびり寝ていた。
手を差し入れてくるくる撫でると、機嫌もよく、
大丈夫そうだった。
夫にはその旨メールで知らせた。

バスで病院に行った。
まずは採血。
大して待たずにすぐにやってもらえた。
この病院は本当にいろいろスムーズだ。

診察は、一時間ぐらい押したが、
丁寧な先生なので、想定内。

血液検査の結果、
まだ炎症反応があるので、見えない傷があると思ってくださいと言われた。
見えている傷にはカサブタが出来て、
治ってきた。

4桁になって緊急入院した、γ-GTPは、
なんと2桁に下がっていた。
すごい。
わたしは、大体ずっと3桁で、要注意されていたので、
2桁は嬉しい。

もうお酒は飲まないし、揚げ物も食べないだろう。
ジャンクフードも多分やめる。

さて、胆管に挿入されている、人工の管を抜かなくてはならない。
手術の時に、ついでにはやれなくて、
また、内視鏡で取るしか方法はないのだ。

麻酔が効かなくて苦しめられ、
膵炎を併発したことは何度も話しているので、
あとはお任せする。
主治医が内視鏡をやるのは、火曜日だけだとのことで、
夫の出張を避けると、
来月の15日の火曜日ということになった。

当日の午前中に入院して、
その日の内視鏡検査の人が全員終わったら、
内視鏡の部屋でやるとのこと。

この主治医がやってくれるのなら、
もしも苦しくても、仕方が無いと思える。

膵炎を発症しなければ、一晩の入院。
でも、万が一があるので、着替えはちゃんと持って行こう。

それが終わると、
わたしはようやく、胆石の痛みから解放されるのだ。
そこがゴールだ。

今年は、本当に辛い一年だった。
でも幸いムギの命は助かって、
今はまだ、勢力拡大を狙ってるみたいだし、
わたしも、管を抜いてしまえば、終わりになる。

それまでの辛抱だ。

正直、自分を守れるのは自分しかいない。
心が傷付かないようにガードしないと、
やはり生きては行けないことがよくわかった。
いくら、妻として庇護されていても、
心までは守ってもらえない。
そこは自分で守るしか方策はない。

病院でお昼過ぎたので、院内のレストランでランチをして、
院内のコンビニで買い物をして、バスで帰った。

寝不足だし、疲れたので、お昼寝。
ちまが毛布にもぐってきた。
脚に密着してくれる。

ねこがいい季節になったなあ。
二人でお昼寝した。
ちまは天使ちゃんだ。

一日に、用事は一つだけにしよう。
まだ炎症反応があるのだから、ここで無理したら、
ガタガタになる。

でも、心も満杯なので、明日はカウンセリングに行く。
これもわたしにとっては、必須の「治療」なのだ。

前に進む必要はない。
足踏みしていていい。

こうして生きていく。

                                         伽羅moon3



 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

全然無理がきかない。

三連休だった。

連休前とあって、嬉しいのか、
金曜日の夜に夫が焼酎をさげてやってきた。

わたしは夫が来れば、
もちろん何もかも中断して向き合う。
テレビも消して、パソコンをやっていたら閉じて、
本を読んでいたらそれももちろん閉じる。

しばらく話して過ごした。

夫は、自分を「無口」だと言う。
出会った頃からずっとそう言う。
しかし、夫はすごいお喋りである。
無口だなんて思ったことは一度もない。

わたしの話を常にさえぎって、自分の話に持って行ってしまう。
そして本人には、
その自覚もないのだ。

人の話はさえぎらずに最後まで聞きましょうという、
教育はなされなかったらしい。
ずっと大家族だから、さえぎらないと自分が話せないからかもしれない。

夫はわたしの話には興味がない。
自分が次に何を話そうかと思っているだけで、
わたしの話を最後まではさせてくれない。

だから、いつもわたしは話が途中で、
もやもやがたまる。

もしそれが毎日になったら、
かなりしんどいと思う。

土曜日はお願いしてニトリに連れて行ってもらった。

実は、入院前から、一人用のソファが欲しかった。
コンパクトな、低いソファ。

胆石が詰まって痛くなった日から、
ずっとテレビを見れていない。
そんな気分じゃないのだ。

身体もずっとしんどくて、
椅子に腰掛けているのも辛いし、
座椅子もしんどくて、
録画してある番組を見たくても、体制が無理なのだ。

入院前に買いたかったが、
日にちが足りなくて、叶わなかった。

ネットでもずいぶん探したが、
座ったときの座面の高さと奥行きは、
実際に座らないとわからないから危険、とわかり、
ニトリに連れて行ってもらったのだ。

夫に、事前に相談すれば、反対されるのは目に見えているので、
黙って連れて行ってもらった。
買えるようなものが置いてあるのかどうかもわからないので、
わたしは、店に入って、夫に聞かれて初めて、
一人用のソファを見たいと答えた。

もちろん夫は不機嫌になった。
わたしは片っ端から座ってみた。
たった一個だけ、身体にフィットするものがあった。
他は、大きすぎてダメだった。

色はオフホワイトで、ビニールレザー。
もちろんファブリックのほうがおしゃれで好きだが、
必ずちまが吐くので、ビニールレザーがいい。
しかもコンパクトなボディで、分解された状態で、
パーツで来ることがわかった。

これなら搬入が可能だ。
値段も安かった。

夫は不機嫌だったが、買うことを許可してくれた。
組み立てもやってくれると言ってくれた。

残念ながら在庫がなくて、
後日、取りにくることになった。
本当はすぐに欲しかったのでとても残念。

そのあと、ニトリで鍋などを買い、
ホームセンターでちまのウェットフードを買い、
夜は手巻き寿司にするというので、魚屋に行き、
夫が車で待っていて、わたしが刺身の柵を買った。

これで終わりなら良かったのだが、
前夜、急に、ちまを病院に連れて行くことになったので、
一旦帰って少し休憩したあと、
また出掛けた。

すごく体がしんどい。
辛い。
でも、ちまには付き添いたいので、頑張った。
いつもは、ちまのキャリーを後部座席に乗せて、
わたしも隣に座るのだが、
苦しいので、ちまのキャリーにはシートベルトをかけ、
わたしは、助手席に座ってシートを倒した。

夫は相変わらずずっと喋っている。
もう、返事するのも辛かったが、
夫は、喋ることが大切なので、あまり気にしていないようだった。

病院で、ちまの軟便がずっと続いていることを話して、
新しいお薬を、飲んでみることになった。
苦いお薬だ。
人間用の糖衣錠しかなくて、それを4分割してもらい、
一日、一かけら飲ませる。

一回でも失敗したら、二度と口にしてはもらえない苦さだそうだ。

慎重に行わなければ。

オブラートでぐるぐる巻きにして、
美味しい味のものにひたして、
ウェットフードに混入しようと思った。

でもその夜は、夕飯を食べたらもうダウンだった。
気力がなく、薬は翌日からにした。

午前中からずーっと動きっぱなしだった。
手術してからまだ一週間なのに、動きすぎた。
脳も疲れた。

わたしは早々にベッドで横になったが、
夫は座椅子に座って、二時間ドラマを見始めた。
テレビの音がきつい…。しんどい。

でも、夫の部屋にはテレビがないんだから、
我慢するしかない。

11時少し前に、夫はわたしが寝ていると勘違いして、
電気を消して帰って行った。

静寂が愛おしかった。

わたしは、選んだ番組だけは見るが、
基本的にはテレビは好きではない。
押し付けがましいし、うるさい。
好きじゃない番組を見なくてはならないのは苦痛でしかない。

夜中過ぎまで休んでから、ムギに会いに行った。
ムギは留守で、呼んで待っていたら、
キャッキャと鳴きながら帰って来てくれた。
嬉しかった。

傷口は確かに癒えて来ているが、
まだまだ、無理を重ねてはいけないと実感した。
一日に何個も用事をしてはいけない。
一つずつにしようと決めた。

傷は、見えないところにもあるのだからね。

                                          伽羅moon3



 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

日常と言う名の極楽。

帰宅して、玄関でちまを呼んだ。
呼びながら、大きな荷物を運びいれ、
靴を脱ぐ。

でも、ちまの姿は、ガラス扉には現れない。

部屋に入ると、ちまは、キャットタワーにいた。
キャットタワーの、上のほうの箱に、
丸まっていた。

わたしが呼びながら近付き、
ちまに到達し、
手を箱に入れて撫でて、
ちまちゃん、ママ帰って来たよ?と声をかけた。

ちまは、びっくりしたように、わたしを見つめた。
いや、実際びっくりしている。
明るいのに、瞳孔が開いて真っ黒な目になっている。

ちまちゃん、ママだよ。
ママ帰って来たよ。

撫でながら、わたしのほうが泣いた。
ちまは声も出さず、びっくりした目でわたしを見つめている。

ママなの?
本当にママなの?

その目はそう言っていた。

ママだよちま、ごめんね、寂しかったね!
お腹痛くない?
大丈夫?

わたしが泣きながら聞くと、やっとちまは、
小さくにゃ~と鳴いた。

前回同様に、ママはもう死んでしまったのだと思ったらしい。

入院前に、あんなに念入りに説明したのだけれど、
いざ、ママがいなくなると、
当然、パパがちょこっと来るだけだ。
あとは一人ぼっち。

必死に夫になついて、夫を舐めたという。
ちまは、もうパパに頼って生きるしかないと思ったのだろう。

思い切り甘やかす。
たった半日で、ワガママお姫さまに変身だ。

自分の部屋、ちま、自分のベッド。

ベッドにクッションを積んでよりかかった。
横になるよりも、こうしてるほうが少し楽。
ちまが甘えてくる。

帰って来れた。
最短で、帰って来られた。

もう、親が死んだとき以外は、
こんなに長くちまを一人にはしない。

ちまが乗ってくると、
胆のうがあった場所が痛む。

外から見ると、手術の傷口は、小さいのが三箇所。
管を入れていたのが一箇所の、計4箇所。
もう何も貼らなくていいといわれて、生傷状態だ。

でも、その傷よりも、胆のうがあった場所が痛むので、
身体の内部に、傷があるということだ。

痛い、という言葉をちまは知っているので、
乗ってきて、わたしが「痛い。」と言うと降りれくれる。
しばらくは、お腹には乗せてあげられない。

部屋を整えてから、
買ってきたサンドイッチとクロワッサンでランチ。
病院では、お粥のあとはずーっと大量の白米だったので、
ご飯に飽きた。
その日は夜もパンにした。

数日間、パンを食べて暮らした。

約束していたので、
退院当日、痛む身体を引きずって、ムギのところに行った。
ムギ、留守だった。

呼んで、ママ帰って来たよ、
会いに来たよ、と声を掛けたが、
ムギは会ってくれなかった。

帰って来たらすぐに来るね、って約束したとき、
ムギは振り向いてわたしを見て、にっこりしてくれたのだ。

でも、会えなかった。

翌日もまた、夜遅くに行ってみた。

ムギは、ガレージ内にいた。
気配を殺して、様子をうかがっていたようだ。
わたしが、ムギ、と呼びながら、座椅子に座るのを見て、
ムギが声をかけてきた。

きゅ~ん。

ムギは会ってくれた。
喜んでくれた。
怒っていなかった。

ムギ、昨日ママ来たのに、ムギ来てくれなかった…
そう言い終わらぬうちに、ムギはくるっと仰向けになり、
一番可愛いポーズを見せた。

もう~。
ムギちゃん。
可愛すぎるでしょ~。

こんな日常が、本当に幸せだ。
ベッドは気持ちが良くて、ぐっすり眠れる。
ちまが隣で寝てくれている。

この日常こそが、わたしの最大の贅沢だ。

傷は、一日一日、痛みが薄れて行く。
それがはっきりとわかる。
外科のいいところは、回復が眼に見えることだ。

でもまだ怖くて、ナイロンタオルではゴシゴシ洗えていなくて、
そーっと手で洗う。

自分の食べるものを自分で作り、
食べたい時間に食べたい量を食べる。

テレビを見られる気力・体力はまだないので、
音楽を聴きながら、
持っている本を再度読んでみる。

入院中に、持っていた、「日本の伝統文様」の本を読んだ。
もちろん買った当時に読んだはずだが、
もう何年も前なので、とても新鮮に読めた。

いっぱい持っている蔵書を、じっくり読み返す生活もいいな。

部屋を綺麗に保ち、
ちまと静かに暮らし、
夜、ひっそりとムギと会う。
素敵な日常。

                                          伽羅moon3



 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

絶対最短で帰る!

手術は金曜日で、夫が休んでくれていた。
そのあと、土日なので、
ちまの世話には充分に時間を割いてもらえた。

でも、ちまは、二食続けて吐いてしまった。
これは今までに例がない。

吐いたあとのケアが難しいのだ。
そのときの様子を見ながら、
絶食させたり、スープをやったり、
一番ひどいときは、そのスープをお湯でのばしたりして与える。

それが出来ないのは仕方がない。
でも、二食続けて吐いて、
しかも、お腹もゆるくなってると聞いて、
わたしは心配で胸が張り裂けそうだった。

月曜日、夫は朝6時くらいにちまの世話をするだろう。
帰って来てからは、お姑さんがいるので、
人間のご飯が当然優先だ。
すると、ちまは、14時間以上、一人でお留守番になる。

もし、下痢になっていたらどうしよう。

トイレは、一番大きいサイズのを設置しているが、
もう一個、置いてもらえば良かった、とか、
お腹が痛くて苦しんでいるのではないかとか、
心配でたまらず、涙が出た。

最短なら、火曜日のお昼にはわたしが帰れる。
月曜日さえ、頑張ってくれたら、あとはわたしがいる。

もう絶対に、最短コースで帰るんだ!と決めて、
わたしはコツコツ歩き、一生懸命食べて、
養生した。

そして、傷も綺麗に治り、
熱も引いて、
最短コースで、火曜日に退院できることに決まった。

これで、ちまの我慢が月曜日だけになる。

月曜日、夜8時過ぎに、
やっと夫から「第一報」としてメールが来た。
ちま、下痢になっていなかった。
良かったよ!

トイレが下痢だらけになってたらどうしようとか、
お腹が痛くて悶絶してないかとか、
すごくすごく心配だったから、それを読んで、とにかく安堵した。

明日、ママ帰って来るからね、って伝えておいてねと、
夫に頼んだ。

退院前夜は、緊張で、眠れなかった。
本当に、絶対に、明日、帰れるだろうか。
ここに来て、誤嚥したりしないよう、
注意深く食事をしたりしたのだが、
緊張して全然寝付けなかった。

やっと眠ったら、すぐに朝になって、検温で起こされた。
意識はもうろうだ。
そのあとまた寝た。
ご飯が来て起こされた。
半分ぐらいを食べて、看護師さんに聞くと、
会計が出来るのが10時半くらいだとのこと。

なので、荷物を作ってしまい、
あとは着替えるだけにして、また眠った。

10時に、請求書が来た。
着替えてバッグを持って、支払いに行った。
待たされることもなく、
請求せずとも診療明細がちゃんと付いて、
領収書が渡された。

それを持って病棟に戻り、
クラークさんに渡すと、診察券を返してくれた。

すぐに看護師さんが来て、
部屋のチェックを一緒に行い、
無事に退院となった。

なんてスムーズなの?

っていうか、こっちが普通なの?

前の病院がひどすぎて、比較にならない。
8時半にはもう、着替えて退院手続きを待っていたのに、
待たされて、不備があってまた待たされて、
診療明細も出してくれずに請求して、
近所なのに、家に帰りついたのは、もう11時を過ぎていたのだ。

それに引き換え、今回の病院、
素晴らしい。
アンケートにも実名を書いて、ベタ褒めしておいた。

院内のコンビニで、食べたかったサンドイッチやパンを買い、
タクシーに乗って一人で帰宅した。

まだ、11時前だった。

よっこらよっこら階段を登り、
ドアを開けてすぐに、
「ちま~! ちまちゃ~ん!」
わたしは叫んだ。


長くなるので続きます。

                                           伽羅moon3



 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

胆のうさんがいなくなった。

手術室に入ると、
手術室担当の看護師さんに引き渡される。

わたしはここでも、
「麻酔の副作用で吐くので。」と言い触らした。
看護師さんたちは、
こんなに過酷な職業なのに、
みんな、綺麗にお化粧をしている。
綺麗だなあと見とれた。

手術台は、マッサージの施術台よりも幅が狭かった。
硬いビニール、というイメージだったのに、
なんと、テンピュールになっていた。
ふんわりもっちりしている。
時代は進化したのだ。

四方八方から手が伸びてきて、
色んなものが身体につけられる。
みんな説明しながらつけていくのだが、
同時進行なので、どれが何やらわからない。

おデコに、ちょっとだけ針の出たシールを貼られた。
ちくっとした。
麻酔がちゃんと効いているかがわかるシールらしく、
これも3年前には無かったものだ。

そして、背中の処置が始まった。
これも、3年前には無かった。
手術中から、もう、
痛み止めの薬を体内に流すために、
背中に、細い管を通されるのだ。

麻酔科の説明の日に聞いたが、
背骨と背骨の間に、麻酔の注射を打っていって、
管を通すのだという。

背骨と背骨の間に注射…。
それって、絶対痛いに決まってる!
「それって、痛いんですよね?」とその時に質問したら、
麻酔科の若い先生は一瞬詰まって、
「…もちろん、なるべく痛くないように万全を期します。」と答えた。

だから、覚悟はしていた。
しかし、これが本当にしんどい処置だった。

胎児のように身体を丸めて、背中を丸く突き出して、と言われ、
看護師さん二人にがっちり技を決められる。

注射は、痛いに決まっている。
だから、注射を打つ場所に、まず軽い麻酔の注射を打つのだ。
そしてすかさず本物の注射を打つ。
これを、2往復やった。

意識は明朗だし、手術室にはラジオが流れていたので、
その処置に、大体40分くらいかかったのがわかった。
痛みにエビ反ってしまうたびに、看護師さんに押さえられ、
辛い辛い時間が過ぎた。

それがやっと終わって、管に薬が通されると、
体がぱあっと火照って、意識がもうろうとしてきた。
意識が飛びそうです、って伝えた後、
完全に意識を失った。


夢を見ていた。
息子の夢だった。

名前を呼ばれて、「終わりましたよ!」と聞こえて、
ああ、そうか…、手術してたんだ、と気が付いた。

口から麻酔の管が抜かれて、おえっとなった。
先に抜いといてくれよ、と思った。

手術室の外に出ると、夫が待っていた。

病室に戻ると、すぐさま検温やら血圧やら測定される。
しかも、レントゲンを撮ると言う。
ええー。今じゃなきゃダメ~?
背中を浮かせろと言われて、
板が挟まれて一枚。
次は横を向けといわれて、ひーこら横を向いて一枚。

そのあとも、意識が朦朧とする中、
10分置きじゃねえの?と思うくらい、
検温と血圧測定に来る。
眠いよ。
そっとしておいてくれよ…。

そう、3年前の手術とは大きく違って、
わたしは眠かったのだ。
卵巣の時は、余りのことに脳だけが覚醒してしまい、
一睡もできず、
翌日の夜まで、全く眠れずに吐いていたのだ。

眠くて眠くて、
夫が、もうお昼だ、腹が減った、というので、
レストランで食べて来なよ、と言った。
それで夫は帰りづらくなったみたいで、
B定食を食べて、また戻ってきた。

親と息子にメールしてもらっておいた。
摘出した胆のうの写真を見せてもらった。
肉の色をしていた。
出てきた石の一部も見せてもらった。
大きくて黒光りしていた。

もう、苦しんでいた胆のうさんは、いなくなったのだ。

唇にリップクリームを塗ってもらい、
夫は帰って行った。

背中の処置が辛かったので、ちょっとだけ泣いた。
わたしは、孤独には強いのだが、恐怖を伴う痛みには弱い。

一人になり、そのままウトウト寝た。

夕方の回診で主治医に会った。
すると、寝る前の睡眠薬一式は、飲んでもいいという。

そうか、そのために、わたしを、朝イチの手術に組んでくれたんだね。
ありがたい。
薬飲めるということは、水もい飲めるということだ。

宵の口にはもう意識はしゃんとしていた。

そして、びっくりするぐらい、痛くない。
あの、背中の処置をして、痛み止めを身体に最初から入れているので、
痛くないのだ。

夜になっても、吐き気は来ない。
でも、油断しないぞ~と思いながら、
わたしは、吐くためのお皿を抱えていた。

消灯時間になり、看護師さんが睡眠薬を持って来てくれた。
誤嚥が心配でしょうから、今、飲むので、見ててください、といって、
その場で飲んだ。
冷えたお水がとても美味しかった。

夜も、ぐっすり眠れた。

吐き気は、来なかった。

翌日、熱が出た。
吐き気に比べれば、熱とか頭痛なんて、ドンと来いだよ!
と息巻いていたのだが、
8度5分を超えたら、ちょっとしんどくなった。

手術の翌日の午前中にもう歩いて、
お昼に出るご飯を食べられなければ、
最短での退院は叶えられない。

わたしは、帰りたかった。
ちまが可哀想で、早く帰りたかった。

なので、仕方なく、点滴に熱さましを入れてもらい、
熱が7度台になってから、
看護師さんと、点滴の架台に支えられて、フロアを一周歩いた。

お昼には流動食が出た。
さらさらのお粥と、もとが何だったのかがもはやわからない、
液体のおかず。
でも、必死に食べた。

吐き気は来なかった。
わたしは、お守りのように、豆形の吐くお皿を抱えていたが、
ついに、吐き気は来なかったのだ!

なんて楽なの?
吐かないで済むなんて、何て楽なの?
しかも、起き上がるときぐらいにしか、痛くないのだ。

日進月歩と言うが、
医学は刻一刻と進歩している。
痛みと吐き気が無ければ、何だって頑張れる。

わたしは、最短コースでの退院を目指して、
頑張ることにした。


長くなるので続きます。

                                            伽羅moon3



 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

手術前。

口腔外科での歯科チェックは、
3年前にはなかった。

手術中に麻酔の管を口に挿入する。
その際に、口腔内の菌が肺に入って、
肺炎を起こすことを予防するための処置として、
2年前くらいから行われているという。

あらかじめ説明は聞いて、同意書にサインもしてあったので、
わたしは行きつけの歯医者に行って、
不備を治してもらってあった。
別に、手術する話はせず、
先生と二人だったので、雑談して帰って来た。

お昼ごはんのあと、
歯間ブラシを念入りに使い、
しっかり歯磨きして、行った。

最初に歯科助手さんが、一本一本歯をチェックし、
読み上げて、それをもう一人が記入して行く。
「すごいですね~、よく治してありますね。ピカピカに磨いてありますし。」
そう言われて、ホッとした。

しかし、そのあと出てきた歯科医師に、
犬歯の裏に、小さ~い虫歯を見つけられてしまった。
小さいので、今回は見逃してくれるという。
退院したら、行きつけの歯医者に行ってくださいとのこと。

それで終わりかと思ったら、
ドSの歯科助手さんに、
歯石を取られ、表面を磨かれ、
フロスを入れられて、たっぷりいじめられた。

ピカピカですねって、言ったじゃないかあ。

これが、手術あとにもやられるのだ。
ああ、嫌だなあ。

終わって病室に帰って来ると、
おへその掃除に来ました、と看護師さんが来た。
自分でもやってから入院したが、
自分では穴が見えないので、おとなしくやってもらう。

そのあと、どうしても今日はお風呂に入れというので、
髪を洗って、身体も洗った。
一人30分の持ち時間なのに、
前の人が出てくるのが遅くて、わたしの時間が20分になってしまった。

すごいあせって、髪と身体をあらったので、
ぜいぜい、はあはあ。
髪を洗うのは、おぼれそうで大嫌いだ。
疲れた。

急いで病室に戻り、
閉め切って、エアコンをMAXにして部屋を冷やした。
ああ、個室バンザイ。

なかなか汗がひかず、借りたドライヤーを使えない。

幸い、看護師さんを含め、部屋に入って来たのが全部女性だったので、
しばらくタンクトップ姿で失礼した。

それから夕飯を食べて、
何時頃、睡眠薬飲みますか?と聞かれた。

うーん。
寝られるとは思えないが、消灯が10時なので、
じゃあ10時に飲みます、というと、
消灯時に持って来てくれた。

わたしの、就寝前のお薬には、劇薬が入っているので、
金庫保管なのだ。
だから、一回一回、看護師さんが持って来て、
空袋を回収して行く。

以外に早く、12時前に寝付けた。

ハッとして起きたら、まだ4時半だったので、また寝た。

そうして、手術当日がやってきた。

わたしが、この日一番最初の手術。
朝8時半に、病院を出発。
朝イチなので、水分補給とかの点滴も付いておらず、
手術着に着替えて、来てくれていた夫と一緒に歩いて手術室に向かった。

エレベーターの前で、夫とは手を振ってバイバイ。
手術室に、入って行った。


長くなるので続きます。

                                            伽羅moon3



 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

退院してきました。

自分では思ってもみなかったが、
「最短コース」で、退院できた。

手術前日に入院して、たった6泊。

3年前に、卵巣膿腫で、左の卵巣を摘出した病院だ。

一人で、荷物をさげて、
バスで病院に行った。
朝早くは雨だったらしく、病院にいる人たちは、傘を持っていた。

入院受け付けに行くと、
すぐに書類が出て来て、
看護師ではない助手さんが迎えに来てくれた。

お荷物、重たそうですね、持ちましょうか?と言われた。

夫が全く面会に来ないことを想定して、
着替えを充分に持ったので、
荷物が大きくなった。

前回は急な入院になってしまい、不備が色々あったので、
夫に持って来てもらったりしたが、
今回は完璧な荷物。

個室、取れてた。

やった!
ありがたい!

これで、眠れない夜も、
吐いてしまう夜も、
気兼ねなく一人だよ。

古びた病室ではあったが、
個室は、「特別室」という名前で、
テレビは見放題(見ないけどね)
冷蔵庫にいたってはなぜか二台あった。

ロッカーに荷物を置いて、
引き出しに、必要なものをきちんと配置する。

入院中のパジャマ・タオルのレンタルを申し込みに行く。

帰って来たら、お昼ご飯が届いていた。

なんと、今夜も食事が出るという。
驚き。
卵巣の時は、消化器官でもないのに、
前日の夜は絶食で、
水も禁止。
OS-1を3本も飲まなくてはならず、
まずくて苦労した。

ところが水分は自由で、手術が朝イチなのに、
朝の6時半まで飲んでよくて、
精神科のお薬も飲ませてもらえるとのこと。
また、浣腸もしない・下剤も飲まないということだった。

3年で色々変わったし、緩和されてる。

食事をしたあと、これは新しい処置で、
口腔外科に行って、歯の様子をチェックされ、
必要な処置をされるのがある。

もう入院したんだからいいか、と思い、
パジャマに着替えて待っていると、
呼ばれて、一人で口腔外科に行った。


長くなるので続きます。

                                            伽羅moon3



 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

« 2016年9月 | トップページ | 2016年11月 »