« 飾ることの喜び。 | トップページ | とんでもない勘違い。 »

はじめての楽園。

もう、余命のほうが圧倒的に短いので、
今後は、減らす人生にしていかないといけない。

今回の部屋のリフォームは、とてもいい機会だった。

この部屋に越してきてからの7年間で、
一度も見なかったものや、
ひたすらに溜め込んでいたものや、
詰め込みすぎて、なんだかわからないものたちを、
全部見た。

そして処分できるものは処分し、
残すものについては、
置き場所や配置をしっかり考えて、
パズルのように組んで収納した。

今はまだ、それが終わったばかりなので、
どこに何があるか、わかっている。
しかし、この記憶が、いつまでもつか、自信がない。

なので、引き戸を開けると、重ねた箱の面に、
何が入っているのかを書いた付箋が貼ってある。
そうでもしないと、
また「あれがない。あるはずなのに。」と
一人で大騒ぎになるからだ。


わたしが、今最も求めているものは、
心が安らぐ部屋で、
くつろぐこと。

誰とも会わなくても平気。
会話なんてしなくても平気。
ちまが居てくれるから、寂しくない。

長年の夢だった、
シビラのベッドカバーとクッションカバーが届いた。
嬉しい。
トイレとベッドは、シビラにしたかったのだ。
すごく素敵。

和風のものと混在しているが、
わたしは、シビラの色使いは和風だと思っているので、
ミスマッチだとは感じない。

この部屋で、ゆっくり療養して元気になろう。
ゆっくり、心の傷を癒そう。


夫は、歳を重ねてから、
頻繁に、クラス会とか同窓会に出掛ける。

結婚当初は、
とにかくわたしと出掛けたくてたまらず、
自分の趣味にわたしを連れ出していたのだが、
わたしが持ちこたえられなくなり、はっきり断ると、
ようやく自分で相手を見つけてライブに行ってくれるようになった。

ファンではないアーティストのライブに行くのは、
相当に辛いのだ。

健常な人で、好奇心の旺盛な人なら、
それを楽しむ心の余裕というものがあると思うが、
わたしには、そんな余裕は無い。

興味がないものを、勧められたり見せられたりするのは、
はっきり言って、苦痛でしかない。

だから、夫が女性と二人で出掛けようが、
わたしはそれを歓迎する。
興味のある人同士で行くほうが断然楽しいに決まっている。

夫は、
キミは避けてるみたいだけど、同窓会とか行けばいいのに、と言った。

わかってないなあ。

夫は引っ越ししたこともないし、
姓が変わったこともないから、
同窓会のお知らせが来るんだよ。

何回も引っ越ししているわたしとは、まずは事情が違う。
姓だって三つ目。

それに、
同窓会に出席できる、うつ病患者さんを、
わたしは知らない。
そんなことが出来る人がいるのだろうか?
いないと思う。

居たとしても、それはただ、平気なフリをしているに過ぎず、
実に苦しいはずだ。

わたしだって、表面で、それを見せてないから、
夫婦であるのに、夫はわたしの病を理解しない。

複数人と話すなんて高度な技は、不可能なのだ。
同居が無理なのは当然だ。

人と会うときも、わたしは一対一でしか会わない。
三人はもう無理。

ただ、若いときは、自分のそういう特性にまだ気づいていなくて、
人間関係、かなり無理をしていた。

学生のときは、気の合う仲間とのみ、つるんでいればいいが、
就職すると、そうはいかない。
気の合わない人と、いかにうまくやって行くかが、
キーになる。

ストレスの多くは、仕事そのものより、
人間関係にある。

わたしは同窓会になんて興味は無い。
会いたい人は他にいるし、
残された時間も、もう限られている。

みなさんと仲良くしている時間はないし、
好きではないものをしぶしぶ見る時間も惜しい。

どこに、重きを置くかは、人それぞれだ。

わたしは、気持ちのいい部屋に、
今は心を注いでいる。

わたしの初めての「楽園」だと思う。

ベッド、気持ちいいよ。
なかなか起きられないくらいだよ。

もうすぐ手術で、胆のうを失うけど、
この部屋がある限り、きっと乗り越えて行ける。

                                           伽羅moon3



 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

« 飾ることの喜び。 | トップページ | とんでもない勘違い。 »