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感動の「!」マーク。

今日は転院先の病院に行った。

家の近くのバス停から、バスで15分。
3年前に入院して手術を受けた病院なのに、
わたしは、何一つ、覚えていなかった。

その光景に、全く見覚えがないのだ。

どういうことだろう。
あのときだって一人で受診し、
一人で入院したのだから、
覚えていないのがおかしい。

記憶から、消されているのかもしれなかった。

初診受付をしてから、外科に行った。

ふんふん、このソファの独特な配置にはかすかに見覚えがあるような。
番号札をもらって待つ。

どんな先生だろう。
怖くないかな。
高飛車じゃないかな。
話し合いが出来る人かな。

こればっかりは、「運」だ。
予約を取った日、曜日、時間が違えば、
違う先生に振り分けられるのだから。

ここで「運」を使ってくれよ!と、
自分に言いたかった。

呼ばれて入ると、
多分まだ40代前半?で頭がつるっとした男性医師だった。

紹介状の画像を見ながら、丁寧に説明してくださった。
よくわかった。
そして、自分の見解を述べられた。

やはり胆のうは残さないほうがいいので摘出。
ただ、まだ胆のうが腫れておらず、そうすると、
他の臓器との癒着がないかもしれないので、
だとしたら腹腔鏡での手術が可能だと思われること。

わたしももちろん、摘出ということでお願いをした。

さて、手術の日程だが、
もちろんわたしは早くしたい。
あの痛みは、恐怖だからだ。

しかし、それより大切なことがある。
個室に入れること。

わたしが個室に入りたいと言うと、
この病院は(公立なので)、儲け主義の個室が非常に少ないらしい。
だから、期待に添えるかわからないと言われた。

夫にはしぶられたが、
わたしにはもう、大部屋に耐える力が無い。

お金だけの問題なのなら、お金で買えばいいだけではないか。
それ以外に不可能な問題であれば仕方が無いが、
お金で買えるものは、買えばいいだけのことではないか?

先妻さんの命が、もしお金で買えたら、
夫は全財産投げ打ってでも、絶対に買ったはずだ。

わたしには、「自分のお金」と呼べるものは一円も無い。
少し持っていた郵便貯金は、
卵巣の手術の前に、息子にあげてしまった。
だから本当に、一円もない。

だから買うことはできない。
夫がどうしても出してくれないのなら、
わたしは父に頼んででも、個室に入るつもりだった。
誰かに借金を頼んだっていいと思っていた。

退院してきた病院で、どんなことがあって、
今どういう精神状態なのか、
そして3年前、卵巣を摘出する手術のとき、
初めてだったので、何も知らなくて、
全く眠れず、二日間吐いて、同室の人に申し訳なさすぎて
非常に心が辛く苦しかった経験を話した。

わたしが話している間、
先生は、ただの一度も、
話をさえぎらなかった。
相槌をうちながら、ちゃんと聞いてくれて、
最後、話し終わるまで、全部聞いていてくれた。

これって、全然、当たり前ではない。
すごいと思う。

患者の声になんて耳を貸さない医師が多いのだ。
さえぎってばかりいて、会話が成立しないことがどんなに不愉快か、
わたしは日常的によく知っている。

説明し終えて、
もうあれには耐えられないので、個室にはこだわりたいのです。
なので、手術を急がずに、
第四週ではいかがでしょうか、と尋ねた。

第三週は、夫が留守なので無理なんです、と付け加えた。

すると、「そこまで待ってくれるなら、何とかできるかもしれません。」と
答えをくれて、
手術は30日の金曜日に決まった。
あっけなく決まった。
でも、なんだかその日付は嬉しい感じがした。

入院は前日29日。
今日は時間ありますか?と聞かれたので、
はい、充分あります、と答えると、
では、術前検査を全部してしまい、入院予約もしてしまいましょう、
とのことだった。

もちろんもちろん、
「ついでだから、大腸の内視鏡も、」なんて言わないよ?
血液・尿・レントゲン・心電図・肺機能、それと口腔外科でのお勉強。

どの科に行っても、すごくスムーズで、
何のミスも滞りも起こらない。
看護師さんもスタッフさんも、みんなキビキビしているのに、
とても優しくて柔らかい。

なんという差だろうか。

全部の検査をさらさらと終えて、また外科で待っている時、
ああ、あっちの病院はあんなに辛かったんだと思って泣いた。
まだ、心は傷ついたままなのだ。

また呼ばれて、家族への説明を来週にしたいと言われた。
その時に、今日の術前検査の結果を見て、
問題があれば処置するとのこと。

そして、今入ってる、人工の管だけれど、
抜かなくてはならず、
それには、内視鏡手術が必要になるんです、と
申し訳なさそうに言われた。

ああ、恐ろしい内視鏡。
またあれを?
わたしがうなだれると、先生は、
「今、いっぺんに考えるのはやめましょう。
急ぐ話でもないので、また退院のときにでも相談しましょう。」
そう言ってくれたのだ。

なんて優しいの?

この先生となら、頑張れると思った。
信頼してお任せしようと思った。

入院手続きをしたら帰っていいですよ、と言われた。

いい先生だ。
運がいい。ツイてる。
転院して本当に正解だよ。

この病院の精神科にかかる必要はなく、
今言っているクリニックの、「情報提供書」をもらってくれればいいとのこと。
診断書まではいかない、経緯がわかるのものだそうだ。

電話して頼んでおこう。

そして、入院受け付けに行くと、
もう書類は上がってきていて、すぐに話がすすんだ。

個室が希望なんです、と伝えると、
では個室が取れない場合はどうされますか?と聞かれた。
聞かれても困る。
個室ありきで、手術の日程を遅くしたのだ。

すると、係りの人がもう一回書類を見て、
「あ、先生から要望出てますね。」と言った。

わたしが書類を覗き込むと、そこには、
「精神疾患につき、強く個室を希望!」
と書かれてあったのだ。

「!」

病院内の、公的な書類に、「!」のマークが、鮮やかについていた。

わたしは静かに感動した。
こんなことってある?

わたしの希望は個室一本に絞られた。

もちろん、高い。
死なないわたしにとって、贅沢だと思われているのも知った。
でも、では一体誰が、わたしの心を守るの?

もう、自分で自分を守るしか道はなくなったのだ。

わたしは、たった一個の「!」に、心を救われた。

転院バンザイ。

                                         伽羅moon3

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