« 卵の中の砂漠。 | トップページ | 食べることは尊厳。 »

命のメーター。

開腹手術を避けられるかもしれないというのは、
わたしには、希望だった。

卵巣を摘出したとき、腹腔鏡手術だった。
開腹の経験がないので、比較できないが、
一番外側の傷の痛みは、
そんなに耐えがたく苦痛ではなかった。

今回の、検査と言う名の、麻酔のない「手術」のほうが、
ダメージが大きく、
わたしは、体だけではなく、
すでに精神が磨耗していた。

人を信じる気持ちすら、失った。

うつ病患者は、
うつ病であるのに、
頑張ってしまう、可哀想なひとたちだ。

ハキハキと受け答えをし、
震える手を悟られないように字を書き、
にこやかにお礼を言いまくる。

それは、すべての人が怖いからだ。
必死に、自分で自分をガードしている状態なのだ。

だから、
ナースコールなんて押せない。
そんな申し訳ないこと、できない。
わたしごときのために、わざわざ作業を中断して、
ベッドまで来てもらうなんて、頼めるはずがなかった。

だからわたしがナースコールを押したのは、
「この点滴が終わったら、絶対にコールしてね。」と言われた、
その1回だけだ。

どんなに痛くても、熱で苦しくても、
着替えたくても、聞きたいことがあっても、
ナースコールなんて押せなかった。

常に気を張って、検温とかに来たときに、
一つずつ、お願いをする。
すみません、お手すきのときに、氷枕を交換していただけますか?
こんな風に。

いろんな人がひっきりなしに出入りする病室では、
患者同士のプライバシーも何も無い。
4人部屋では、自分はこんなに暑いけど、
クーラー頼んでは駄目かしら、と気を使って汗だくになる。
隣のベッドの患者さんの情報も筒抜け。

飢餓状態でテレビも見られず、
痛みと熱に襲われて、記憶がところどころしか残っていない。

健常な人でも、入院は辛いだろう。
そして、うつ病患者が、普通の病棟の、
大部屋に入ると、
こんな風に、精神を削り、磨り減っていく。
命のメーターがどんどん下がっていく。


麻酔の効かない「手術」のあと、
号泣して、過呼吸を起こしたことはもちろん伝わっている。
だから、空腹というより、飢餓状態なのに、
精神科の薬が運ばれてきて、飲むように指示が出ていた。
なんと、リウマチの薬までもが降りてきた。

空っぽの胃に、大量の薬を流し込む。
そうしていないと、保てない。
実は、そうしていても、もう保てていない。

リウマチの薬は、こっそり隠し持った。
こんなときに、免疫を下げるこの薬を、飲んでいいわけがない。


主治医は、精神科を併設した総合病院への、転院を勧めてきた。

はーん。
怖くなったのね。

この病院には、精神科がない。
だから、絶食状態のときに、薬を点滴に処方してくれる医師がいない。
術後の絶食期にも、精神科の薬を摂取したほうがいいでしょう、
と、主治医は言った。

手術だけなら、自信はある。
でも、あのような状況に対して対応はできないから、
出て行ってくれと、言っているのだ。

しかし、術前の検査は受けていいと言う。

肺の機能。心臓の状態。
手術に耐えられるかを調べる必要があるので、それをやりましょう、
そうですね、ついでだから、大腸の内視鏡もやっちゃいましょう、
どうせ全身麻酔なんだから、ついでにやってしまえば、いっぺんに済みますよ。

こいつ…。
こいつは一体何を言ってるんだ?
わたしは耳を疑った。

うつ病患者を、知識と判断能力の無いやつだと、
完全に見下している。

大腸の内視鏡検査は、
それだけのために、入院する人がいるような検査・手術である。
ついでに、のレベルではない。
何を言ってるんだこいつ…。

空恐ろしくなった。

何リットルもの下剤を飲み続け、
出たものを全部看護師に見てもらい、
そののち、お尻から、内視鏡を入れるのだ。

大体、体勢が既に違うじゃないか。

わたしは決めた。
精神科どうこうじゃない。
ここにいると、絞り取られる。
心を壊される。
逃げなければ。

夫はにこやかに話を聞いていた。
ふむふむと、理解のある様子で聞いていた。

そして、説明が終わって、病室に戻ってくると、
夫は、「じゃ。」と言って帰ろうとした。

ちょっと待ってよ、と言うと、
なんでだよ、メシの支度があるんだよ、と言った。

まだ5時過ぎだ。
一体どんな豪華ディナーを用意するつもりなのか。

こんな気持ちで終われない、ちゃんと話し合おう、と
わたしは夫に言った。

だって、夫は平日はもう来ない。
いつ、相談するのよ。
今話さないで、いつ決定するのよ。

主治医が勧めてきた総合病院は二つだった。
一つは、今、お姑さんが認知症外来でかかっている大学病院。
電車で12分ほど。駅から徒歩が少々。
もう一つは、わたしが3年前に、卵巣を摘出した病院だ。
ここは、一時間に3本だが、家の近くのバス停から、バスで20分。
病院の前がバス停である。

どちらの病院になっても、
平日は夫は来られない。
わたしが通いやすいことが大事になる。

術前検査も、
わたしはそっちで受けたいと伝えた。
大腸の検査なんて、やってる場合じゃない。
そんな精神力も体力も、もう使い果たしたのだ。

いろいろ想定して話し合った結果、
卵巣の手術をした病院に転院する、と決定した。

そうだ、それがいい。
そうすべきだ。

それで夫は帰って行った。
このチャンスに話し合わないで、いったいどうするつもりだったのか知らない。

翌朝、回診のときに、
転院するので紹介状をお願いしますと、きっぱり言った。
術前検査も、そちらで受けます。
だから、今回のものだけでなく、
7月にこちらで受けた胃カメラの画像もつけてください。

主治医は、わかった、と言って出て行った。

そのあと、またやって来て、
膵炎がどうなるか見たいから、今日のお昼から食事出すからね、と言った。
食べることによって、治まりつつある膵炎が、
また再燃する場合があるので、それを見たいと言った。

実に、5日間もの、絶食だった。

お粥と、
小さく粉砕された、肉じゃがが、目の前に来た。

この病院に入って、初めての食事。
嫌いなお粥。

スプーンですくって、口に含むと、
それは、何よりも、甘かった。

わたしは、スプーンを握って、
泣いた。


長くなるので続きます。

                                           伽羅moon3

 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

« 卵の中の砂漠。 | トップページ | 食べることは尊厳。 »