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卵の中の砂漠。

息子が帰ると、
わたしはまた泣き出した。

わたしは心の中で父を呼んだ。
おとうさん。
おとうさん。
辛かったよ。
怖かったよ、
痛かったよ。

誰一人、寄り添ってくれなかった。

わたしは、無条件で愛してくれる父の胸で泣きたかった。
無条件で受け入れてくれる人に甘えたかった。

夕方また主治医が来た。
「管を入れたけどね、まあ、月曜日にご主人に説明するから。」
わたしを無能扱いしているのか、
詳しい説明は何もなかった。

内視鏡による検査、としか聞いてなかった。
だから、その検査が終われば、ご飯が出ると思って、
耐えたのだ。

しかし、食事のめどはまだ立たないと言われた。
どういうことなのかわからない。
肝機能は戻ったのだから、
絶食の必要性がどうあるのかがわからなかった。

しかし、それはすぐにわかった。

わたしは発熱し、腹痛を起こした。

カメラで見ただけで、こんなことになる?
わたしは疑問を感じて、看護師さんが来るたびに尋ねた。

お腹がパンと張っていて苦しく、
押されなくても痛む。
どの看護師さんも、
「胃に空気を送り込んだから、しばらく張りますよ」と言う。
痛みについては、
「管を入れたので、違和感は仕方ないですけど、慣れますよ」と言う。

熱が38度を超えたので、氷枕を頼んだ。
解熱剤は断った。
何か、意味があって発熱しているのだから、
ただ熱を下げても意味が無い。
というか、熱を出してしまわなくてはならないと思ったのだ。

しかし、腹痛には耐えかねた。
土曜日は胆のうあたりが痛み、
その後胃の真ん中が痛み、
痛みは左に広がって、弱まる気配がない。

こんなことになるかもなんて、一切聞いてない。
検査が終わるまでは絶食だ、と言われただけなのだ。

痛み止めをひっきりなしに要求し、
痛みが治まると、飢餓状態でイラつき、
痛くなるとうんうんうなり、痛み止めが効いてるあいだにウトウトする。

左のお腹が耐えがたく痛くなって、
初めて、ある看護師さんが、
「手術したからね、仕方ないのよ。」と言った。

「手術」という言葉を、使ったのだ。

いや、聞いてない。
そんな話は一切聞かされていない。
けれど、カーテンの向こうで、「痛みがひどいようです。」と、
報告しているのが聞こえた。

毎朝、6時前に欠かさず採血しに来ているのにもかかわらず、
お昼過ぎにまた採血に来た。
「今朝もやりましたよね?」と聞くと、
「今度はセイケンなので。」と言葉を濁して、
わたしの大事な血を採っていった。

そのあと、しばらくすると、
単なる輸液だった点滴に、
初めて見る違う点滴がぶら下がった。

薬名を読んで、検索すると、
それは「膵炎」の治療薬だった。

くそっ。
そういうことか。

しれ~っと採血に来て、
しれ~っと点滴増やしやがった。
もちろん、一言の説明もなしだ。

そんなことってある?

ガラケーで読めるサイトは限られていたが、
途切れ途切れに、
内視鏡で胆管を見たあとに、膵臓炎が起きる可能性が、
低くないことが書かれてあった。

そんなリスク、聞いてない。
それ以前に、何らかの「手術」になるなんてことも聞いてない。

そして、膵炎になってしまったので、と、
誰一人、言わないのだ!

なんという恐ろしいことだろう。
会議で、口裏を合わせているとしか思えない。

夫に説明をする、と約束した月曜の午後になっても、
わたしは膵炎で、まだ熱があり、痛みに苦しみ、
当然のように絶食が続いていた。

約束の時間をだいぶ過ぎてから、
主治医の説明に、会議室に呼ばれた。

先に立って部屋に入った主治医が、さらっと、
「膵炎になっちゃったからね、すいませんね。」
と、言いやがった。

わたしは、「いいですよ別に。」と答えた。

やっと真実が明かされる時が来た。

画面を見ながらの説明が始まった。

リウマチ内科に来た日のCTには、胆管の先に、
胆石が停止したような画像が見られた。
しかし、その日のうちに、その石は落ちたのだろう。

ただし、詰まっているあいだに肝機能が悪化してしまったということだ。

今回のカメラでの「手術」について、語られた。

わたしの胆のうの写真が写った。
よくわからなかったが、それはまるで砂漠のようなものだった。

1センチを超える大きい石が、7個。
それ以外には、小さいものが、推定で200個あります、
と言われた。

ん?
200?
ええ?
200?

わたしがドン引きしていると、主治医は、
自分がまだ若い医者の時に、
最高で800個を数えた経験がありますよ、と笑った。
しかし、200というのは多いほうですと言われた。

そりゃそうだろうよ!

胆のうは、通常は鶏卵大の臓器である。
そこに、1センチの石が7個と、
200粒の小石が詰まっているのだ。

可哀想な胆のう。
食事をするたびに、必死で胆汁を絞り出して、
苦しかっただろう。
食後の具合の悪さは、胆のうの具合の悪さだったのだ。

しかし、これだけの量と大きさは、
10年以上かかって育ったものと思われ、
逆に今まで、よく何も起きませんでしたねと言われた。

再婚してからは毎年、
健診を受けて来たのに、
オプションの腹部エコーを、わたしは避けて来ていた。
ただ、脂肪肝が写るだけだと思い込んでいて嫌だったのだ。

その間に、順調に石は育って、
卵のなかを満杯にした。

今回の「手術」とは、
これらの石が、もしまた、胆管に出てきたときに、
すみやかに腸に流すための、
人工的なシャント(管)を胆管にはめ込んだのだ。
その際に、膵臓を傷つけて、膵炎を発症した。

その管はあくまでも暫定的なものでしかないので、
こんなに石が詰まっている胆のうは、摘出するしかないとのこと。

そりゃそうだよね。
これを持って生きてくのなんて怖すぎる。

幸い、痛みが治まっても受診したことで、
発見が早く、
胆のうそのものは、まだ腫れ上がってはいなかった。
そうだとすると、
他の臓器との癒着も、していないかもしれない。
こんなに密集しているところで、それならばラッキーだ。

癒着していなければ、開腹しなくても、
腹腔鏡での手術が可能だと思われる。
自分にはその自信はあると、主治医は言った。

しかし、本題は、この先にあった。

長くなるので続きます。

                                          伽羅moon3

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