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食べることは尊厳。

泣きながら、ゆっくりゆっくり、おかゆを舐めた。
肉じゃがと、皮をむいたきゅうりの塩もみ、
柔らかく煮たキャベツもあった。

肉じゃが、普段毎週自分でも作っているのに、
こんなに美味しいと思ったことがなかった。
野菜も、ちゃんと野菜の味がした。

膵炎が、再燃する。
まだズキズキ痛いんだもの。
でも、もう、これ以上の飢餓状態に耐えたくなかった。

吐くかもしれないので、全体の三分の一くらいは残した。
5日ぶりの食事。
美味しかった。とても美味しかった。

食べるという行為は、栄養補給だけが目的ではない。

今は点滴が優秀だから、
きっと点滴だけでも、命をつなぐことは可能なんだろう。
けれど、それは、生きている喜びから、はるかに遠い「生」だ。

自分の口から食べることが、
こんなに、心にも体にも重要だなんて、
初めて実感した。

食べると言う行為は、
人間の、尊厳である。

5日間の絶食で、体重は2キロ減った。
もっと減っていて欲しかった。
心のほうのダメージが、2キロどころではないからだ。
たった2キロだったよ、と馴染みの美容師さんにメールしたら、
「牛肉換算にしたら、めっちゃ高価ですよ!」と返事が来て、笑った。

午後、熱が上がった。
でももう、そんなことはどうでも良かった。
胃が、喜んだのがわかった。
心にも栄養が染み渡った。
作ってくれた人への感謝の気持ちさえ浮かんだ。

夕飯も、またお粥と、いわゆる「軟菜」という、
口当たりが柔らかくて消化のいいもの。
何だろう、病院食なのに、すごくすごくおいしいのだ。
この病院は、食事が豪華だ。
軟菜なのに、お粥以外のおかずが4品付く。

絶食のせいで、味覚が研ぎ澄まされてしたのかもしれないが、
素材の味がわかって、本当においしかった。

絶食の最初のほうは、ナポリタン食べたいとか、
カレー食べたいとか思っていたが、
後半、気持ちまでがやつれてくると、
何でもいい、温かい、汁物が欲しかった。

コンソメスープ。お味噌汁。

たまごとか、おとうふとかを、
薄味で煮たものとかが欲しかった。


翌日は、友人が、はるばる、ちまのシッターに来てくれた。
自分の猫をお留守番させて、遠いのに、来てくれたのだ。

その友人が、鍵を取りに病室に来る前に、
朝の回診で、主治医が、
「膵炎、あとは日にち薬だから、明日退院するかい?」と聞いてきた。
わたしは承諾した。

もちろん、痛みはあるし、微熱は続いていたが、
この病院では、手術前検査を受けないと決めていたので、
さっさと去るのがいい。

まだ体がしっかりしてないから、荷物を持って歩いて帰るのはしんどいが、
まさか徒歩10分の退院のために夫を休ませられず、
わたしは一人で帰ることにした。

なので、友人が来たときに、
エコバッグに荷物を半分くらい移して、
それを持ち帰ってもらうことが出来た。

友人は1回、ちまに会っている。
ちまは、フレンドリーな子だから全然心配ないけれど、
彼女を覚えているだろうか。
報告が来るのが楽しみだった。
そして、その日は、夫が日帰り出張で、
帰りが夜11時くらいになってしまう日だったので、
彼女がシッターに来てくれて、本当に本当に助かった。

ちまは、わたしの椅子の上に居て、
一瞬固まったが、
すぐに鳴いて、餌を用意していたら、催促してきたという。

そのあと、ラグの上に投げ出した彼女の足に、
ピトッとくっついている、ちまの写真が届いた。

ああ。
ちまちゃん。
よかったね。よかったね。寂しかったもんね。

わたしはとても安らいだ。
入院して初めて、心の安寧を感じた。

廊下に貼ってある、献立表をしげしげと読んでいたら、
主治医が、「食べてるかい?」と笑いながら通り過ぎて行った。

4時くらいに、彼女が病室に来た。
ちまの動画を見せてもらった。
彼女の目の前で、大また開いて、お腹を舐めるちま。
リラックスしている。
嬉しそうに目が輝いていた。


そして木曜日、朝ごはんをキレイに平らげて、
退院の準備をして待っていた。

8時半からそうして待っているのに、
病院を出られたのは、11時前だった。

とにかく不手際ばかりで、いっぺんに事が済まないのだ。
わたしの持参薬は、一粒ずつにバラされて、
個包装され、日付が打たれて渡された。
膨大なかさになってしまったため、
薬のためだけに、エコバッグを開かなくてはならなかった。

腹立たしいばかりだ。

荷物を下げて、病院を出た。
すごい日差しだが、両手がふさがっているので日傘もさせない。
銀行に寄り、スーパーに寄って少し食料を買って帰った。


ちまは、喜んで、ガラスの扉まで迎えに来るだろうか。
それとも、フンフンと文句を言うだろうか。

気が付けば、8日間も入院していた。
ちまとこんなに長く離れたのは初めてだった。

玄関から入った。
お出迎えはない。

引き戸を開けて、部屋に入ると、
ちまはわたしの椅子の上に寝ていた。
わたしを見て、きょとんとしていた。

ちま、ママだよ。
帰ってきたよ。

膝まづいて、お鼻にちゅっとして、お顔を挟んだが、
ちまは、ただただ、わたしを見つめている。

「ママなの?」
「本当にママなの?」
目がそう言っている。

そうか、ちまちゃん。
ママ、何も説明しないで、ただ、ちょっと病院行って来るね、って
出て行ったきり、ずっと帰って来なかったから、
ママ死んじゃったって、思ってたんだね。

必死にパパに甘えて、抱っこをせがんで、
舐めたことなかったのにパパを舐めて。
ちまも必死だったんだね。

ごめんよちま。寂しかったね。
辛かったね。
ママも寂しかった。ちまに会いたかった。
辛かったよ。


その日たった半日で、わたしはちまを甘やかし、
夫と食べた夕飯の、鱒鮨を、ちまは舐めるようなイケナイ子になった。
パパに抱っこされたら、いやーんって鳴いて降りた。
なんてゲンキンなの?

お粥を6回食べたので、
お昼に、蒸しパンを買ったのだが、
強烈に甘くて、気分が悪くなった。
味覚が過敏になったのだ。

でも、夫の出張土産の鱒鮨は、おいしく食べられた。

食べると、またすい臓が痛むので、
背中にクッションを当てて、布団の上で家具によりかかる。

自分の部屋、自分のトイレ。

静かな空間。

頑張って声を出さなくてもいい。
不必要ににこやかにしてなくていい。

本当に辛かった。
磨り減った。

もう、次は絶対にこんな思いはしたくない。
もう次に、耐えられる精神状態にない。

それは、外からは見えないが、
自分でははっきりわかる。

しかし、外からは見えないのだ。
想像してもらうことも、無理なのだ。

精神の病の辛さは、
精神が辛いことではない。
理解されないことこそが、最も辛いことなのだ。


長くなるので続きます。

                                           伽羅moon3

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