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これでおしまいにして!

火曜日、夫は何とか無事に、北海道に出張できた。
わたしは、咳で疲れた体を引きずって、
マッサージに出掛けた。

ところどころ意識が飛ぶ。
90分なんてあっという間の出来事だ。
もっとやってもらいたかったな…。

夫が留守なので、
夕飯は長女とお姑さんのみ。
わたしには、解凍してしまって食べなくてはならないものがあったので、
ある材料で夕飯を二品作って持って行った。

ムギは留守だった。
大きな声で呼んだが、
お姑さんが出て来てしまい、諦めて戻った。

もう一回、会いに行ったが、
やはりムギは留守で、呼んでも帰って来ない。
夫が出張で留守のとき、
ムギはよく、いなくなる。
寂しいのなら、代わりにわたしに甘えてくれたらいいのに、
耐えきれないのか、居なくなってしまうのだ。

11時近くになって行き、
小さめに呼んで待っていると、
きゅきゅ~ん、と鳴いて、ムギが帰ってきた。
嬉しい!
帰って来てくれた!

いっぱい可愛がった。
いっぱいキレイにしてあげた。

ところが、だんだん、わたしは背中が痛くなってきた。

あれ?何だろう?
変な格好したかな。
前かがみになりすぎたかな。

それとも、マッサージの、もみ返し?
いやいや、そんなことはないだろう。

でも、どうにも背中が痛くて辛くなったので、
ちょっと休もうと思って、部屋に戻った。

横になった。
ちまが喜んでお腹に乗ってくる。

すると、右のみぞおちが、痛いのだ。
ちまが踏むと、めちゃ痛む。

仰向けが苦しいので、横になってみたりしたが、
みぞおちと、背中の痛みは、徐々に強くなって来た。

おかしいな。
痛むのは胃ではない。
冷たいものは、アイス一個食べただけ。
飲み物は常温にしている。

なんだかどんよりと具合が悪いので、
もう寝よう、と思い、
ムギのところに行った。
雨かもしれないので、座椅子と敷物を片付けに行ったのだ。

そしたらムギがまた喜んで寄って来たので、
しばらく座って撫でていたが、
もう無理、寝よう、と思って部屋に帰った。

睡眠薬など一式を飲んで横になる。

ところが、痛みは楽になるばかりか、
どんどん強くなってきた。

仰向けで寝ていると、みぞおちをぎゅうう~っと押されているように感じる。
背中は筋肉を傷めたみたいに痛む。

これは、おかしい…。
何かが起きた。

胆のうか、すい臓に、何かが起きたんだと感じた。
背中側が痛むってことは、
体の奥の臓器に何かが起きているんだ。

確かすい臓は左側だから、
多分、胆のう…。

だとすると、急激に悪化する可能性がある。

こんなときは、大体夫は出張で留守。
一人で何とかしなくてはならない。

痛みが強くなり、
脂汗をかきながら、
わたしは非常用の持ち出しバッグを取り出し、
入院にはいらないものを外に出して、
タオルや下着をもっと突っ込んだ。

どんどん痛くなる。
最悪は、一人救急車か…。
救急車、まだ未経験なんだよ。

仕事がある長女を巻き込みたくないし、
次女とはもうずっと話すらしていないし、
23区の真反対側に住んでいる息子を呼ぶなんて出来ない。

一人でなんとかする!

わたしは震える手で、
ちまの餌と薬をまとめ、
どんな風に何を与えているかを書き出した。

痛くて寝られないので、ネットで調べた。
やっぱり、胆のうかすい臓が怪しい。
でも、すい臓は、お酒を飲む人に症状が出やすいらしいし、
やはり左側だ。

午前2時を過ぎたあたりで、
ちょっと、痛みが軽減してきた。
水曜日はちょうど、リウマチ内科の通院日なのだ。
病院に行けさえすれば、診てもらえる。

朝9時近くまで、眠ることが出来た。

病院の内科の受付で、事情を話し、
血液検査の項目を増やしてもらいたいので、
検査前に診察を1回受けたいとお願いした。

熱はなかった。

一時間待って、ようやく呼ばれた。
まず、喘息を心配された。
吸入で口内炎がひどいので、
貼る薬を出して欲しいとお願いした。
気管の音を聞いてもらったが、だいぶ良くなっているみたいだった。

それから、みぞおちと背中の痛み。
症状と経過を話した後、お腹を軽く押された。
痛い。
背中をトントンされた。
痛い。
いずれも、その奥のほうがズキンと鈍く痛む。

血液検査、尿検査のほか、
CTを撮ることになった。

採った血は赤黒く、
尿は褐色だった。

CTは一瞬で終わった。

またしばらく待合室で待ち、
呼ばれて入ると、
先生が、非常にすまなさそうな顔をしていた。

「胆のうに、石があるんですよ。」

やっぱりね。
そうじゃないかと思ってた。
石が動いたから、あんなに痛かったのだ。

でも、ここで重要なのは、
炎症がどの程度かということだ。

幸いなことに、炎症は進んでいなくて、
胆のうも、まだ、腫れていなかった。
他の臓器と癒着していなかった。

わたしは、リウマチの治療を続けている。
リウマチとは、自己免疫不全で、
自分の細胞を異物と勘違いして、攻撃している状態だ。
だから、結果として、
免疫を下げるお薬使っている。

感染症や炎症を起こすと、重篤化するので、
気をつけるように常々言われている。
だから、炎症が怖いのだ。

今日が診察日で、
痛くなったのが夕べで、ある意味、非常にラッキーだった。
早期に発見できた。

ただ、胆のうの大きさと比較すると、
少なくても、「大きい」石が、最低2個はあった。

この大きさがあると、
腹腔鏡手術で、石だけ取り出すのは返って危険になります、
と言われた。
「粉砕する方法は使えますか?」と尋ねたら、
臓器が密集している場所なので、
狙いを定めるのが非常に難しく、使えないですとのこと。

つまり、胆のうは諦めて、
摘出しなくてはならないだろうと言われた。

そうか。
開腹手術か。

臓器を一つ、失うのか。

幸か不幸か、わたしには知識があった。
数年前、お姑さんが、やはり胆石で、
たまたま石が胆管にスポッとはまってしまい、
結局、胆のうを摘出したのだ。

その手術の説明に、わたしも同席していた。
だから、胆のうを失っても、
あんなに元気に生きていけるんだって、目で見て知っている。

激しい痛みに襲われる前に、
どうせ失うなら早く取ってしまったほうがいいね。

ただし、消化器内科の専門の先生に、
診てもらう必要がある。
この日、隣で、消化器内科の先生が診察をしていたが、
わたしは小声で、断った。
「あの先生、どうしても、精神的に無理なんです。」

そのせいで、前回、翌日訪れて、
違う先生に替えてもらったことを話した。
その先生は明日が診察日なので、
明日また来ますので、と耳打ちした。

胆のう炎の薬と、万が一の痛み止めが処方された。
しかし、もし熱が出た場合と、
もし痛くて薬で紛れなかった場合は、
必ず、救急外来で来るように、と念を押された。

リウマチの治療は、多分、しばらく中止せざるを得ないだろう。
それも明日、消化器内科の先生が決める。

もう少し、というところまで良くなっていたので、
残念だけれど、
炎症を起こしてしまったら重篤化するので、これは仕方がない。


夫に報告したあと、
お願いをした。
手術の日と翌日だけでもいいので、個室に入れて欲しい。

前に、卵巣の摘出手術をやったとき、
麻酔の続きで、わたしは術後、眠いのだと思っていた。

ところが、脳が異常事態に興奮して、
一睡もできなかったのだ。

4人部屋で、4人ともが、その日手術した人たちだった。
脚に血栓が出来るのを防ぐためのポンプが、
一晩中うるさく鳴り響き、
誰かと同じ部屋で寝る習性がないわたしは、
精神的におかしくなり、パニック発作を起こしそうになった。
けれども、一切水分補給は禁止。
薬も飲ませてもらえない。

そのうちに、猛烈な吐き気が襲ってきて、
横になってなんていられない。
そのときは、腹腔鏡手術で傷は小さかったが、
傷口、割れるんじゃない?と思うくらいオエオエえづいて、
3回も吐いた。

翌日も、一日中吐き気とただただ闘った。

大部屋で、その状態は、辛すぎるのだ。
辛いの最上級に辛かったのだ。

だから、個室だったらどんなにいいかって思った。
一人だったら恥ずかしくないし、気を使わずに思いっきりオエオエできる。

卵巣摘出のあと、
夫はわたしの共済保険を書き換えた。
入院一日目からの給付金が出るものに変えたのだ。
その給付金があるから、個室、OKだよって言ってもらえた。

ありがたい。
本当にあれは辛かったのだ。
耐えるなら、たった一人で耐えたい。
個室に入れるなら頑張れる。

保険、書き換えて正解だったね。

しかし今年は、なんと言う年だろう。

1月にムギが倒れてから、
ねこたちもわたしも、ひたすら病院通いなのだ。

咳が治まったとき、
もう、今年はこれでいいだろう、と思ったのに、
胆のう摘出なんて大仕事が来ちゃった。

開腹手術のあと、
痛いだろうなあ。
吐くとき、傷口、割れそうになるんだろうなあ。

でも、個室だったら頑張れる。

頑張るしかないんだよ。

今夜はムギはもう、玄関脇で、待ち構えていたよ。
めっちゃ甘えた。
ねこたちのために、わたしが元気でいなくちゃ。

                                             伽羅moon3

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