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2016年7月

暗くなる。

これといって大きな仕事をしていないのに、
疲れてしまって、
なかなか、起きられなかった。

日曜日の朝に、リフォーム業者さんとの打ち合わせがあり、
それで日程がやっとわかるのだが、
もし月曜日から取り掛かれたとしても、
一週間では、出来なさそう。

避難生活、辛い。
ちまの心も心配だ。

日曜日に母屋に引越しできるように、
最終準備をした。
様子が変ってしまった部屋を、ちまは恐る恐る嗅いでいる。
安心できるところは、わたしのお布団らしくて、
畳んだタオルケットの上で丸くなって寝ている。

これでもちまは、昨日までよりは元気になったほうだ。


ちまは、外の世界を知らない。

ポリ袋に入れられて、
ぶら下げられて捨てられていた。
小学生が、動物病院に連れて行ってくれて、
命が繋がった。
まだ、目が開いたばかりの小さな子猫だったという。

だから、野良経験もないし、
保護主さんのところにも、短期間しかいなかったので、
この部屋以外を知らないのだ。

お腹の調子は、まだ良くなったとは言えない。
毎日の工事の騒音がストレスなのか、
食欲もなくて、欲しがらない。

薬を飲ませなくてはならないので、
定刻に与えるが、そんなに喜んではいない。

今日は、やっと足場が組まれた。
壊す作業ではなかったので、騒音もなく、
ちまはやや落ち着いていた。

土用の丑の日だったので、
夫が通販で買っておいた、高価なウナギで、
うな丼を食べた。

三尾を5人で分けるはずだったので、
けっこうな量、食べられるはずだったのに、
お姑さんが先に一人で食べて、
さらには、その残りを次女ちゃんが食べてしまった。

じゃあもう、お前らはナシだからな!とは言えず、
残りを分けたので、
楽しみにしていただけに、ちょっと納得がいかない結果になってしまった。
夫は、どこかでもう一回ウナギを食う!と言っている。
わかるな~その気持ち。

夫と夕飯を食べて、
ちまにか、かつおバーをほぐしたものをあげて、
一緒に楽しく食事した。
全部食べて空になったお皿を舐めても、
ちまがまだすんすん言うので、
ウナギ食べたいの?と、ほんの一かけら、鼻先にだしたら、
しばらく嗅いで、パクッって食べた。

ちまが元気になるよう、おまじないね。
ちま、お腹治りますように。

夫は一生懸命わたしの願いをかなえてくれようとしているが、
お姑さんのことの、不安は、
どうすることも出来ない。

いきなり部屋に来られたら困る。
話し込まれても困る。
留守中に勝手に入られるのも困る。

考えると、暗くなる。

何とか、一週間で工事やっちゃってもらいないかなあ。

真夏だし、出掛けるから、
シャワー浴びたいし、
汗をかくから、洗濯物だってたまっちゃうし、
玄関の脇の、鍵のない部屋で、
びくびくとして暮らさなくてはならない。

本当に憂うつで、辛い。


夫には、ずっと好きでライブにも行っているアーティストさんがいる。
結婚当時は、わたしがライブに連れて行かれた。
あるときもう、苦痛が限界になり、
もう行かないと宣言した。

その人が嫌いとか、歌が嫌いとかじゃない。
ライブ、というのが、無理なのだ。

それからあとは、夫は、女友達さんと一緒に行っている。
二人のときもある。
これを言うと、わたしの知り合いは全員がびっくりする。
でも、わたしが行きたくないのだし、
夫は一人では行けない人なんだから、
そこには別に、何の口出しもしない。

お盆の時期にライブがあって約束していたらしいが、
その女友達さんが行けなくなってしまったので、
一緒に行ってくれませんか?と夫からメールが来た。

いいですよ、って返事をした。
だって、夫はいつもいっぱい、
わたしのお願い事を聞いてくれてるんだもの。

横浜なので、帰りに中華街に連れて行ってくれるそうだ。
それはとても楽しみ。

日曜日、引越し決行になるかな。
末っ子くんがいなくなって、男手がないので、
夫と二人で頑張る。

ああ、でも、母屋での暮らしが憂うつだよ…。

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帰ってくる声。

梅雨明けして暑い日になった。
夫から昼休みにメールが来て、
ムギは元気そうだとのこと。
傷も乾いているらしい。

良かった。
傷がぐじぐじしていたら、病院に連れて行かなくてはと、
考えていたからだ。
と言ってもわたしにはムギを捕まえることはできないので、
また夫に負担がかかってしまうけれど。

障害者手帳の更新をしてあったので、
引き取りに行ってきた。

帰って来てシャワーして、
夕飯の支度をする。

アパートの工事はちょっと遅れ気味だ。
わたしの部屋は、お盆休みまでに終わらせる意思があったらしいが、
連絡もなく、足場も組まれていない。

夕飯を持って行き、
ムギのところに行った。
ムギはまだ帰っていなくて、留守だった。

隣の家くらいまでは届くような声で、
「ムギちゃーん。」と数回呼んだ。
小屋の前に座って、待っていると、
にゃ~んと鳴きながらムギが帰って来てくれた!

うれしい!
拒否される前と同じだ。
前も、呼んで待っていたら、どこかから帰って来てくれたもの。

おかかをやって、食べたら、ちょっといなくなった。
あれれ?
甘えたそうな表情してたのにな?と思い、
まだしばらく待っていた。

すると、ムギがまた鳴きながら寄って来た。
敷物をトントンして、ムギ、ここにおいで、って誘った。

ムギ、小さく鳴きながら寄って来て、
わたしの脚に、ピトッとくっついた。
可愛い。

猫は、人間に対してしか、鳴かないそうだ。
猫同士のコミュニケーションには、鳴き声は使わないらしい。
甘えて鳴いてくれてるんだね。

ムギ、怪我はどうかな?

ブラッシングをしてやりながら、
アゴを持ち上げて傷を見る。
確かに、顔の真ん中に大穴が開いているけれど、
乾いて薄皮が張っているような感じ。
良かった、このまま治りますように。

しばらくブラッシングしていると、
ムギが立ち上がって、わたしの脚に登ってきた。

ムギちゃん、抱っこさせてくれるの?

抱き上げて膝に乗せる。
しっとりと治まるムギ。
軽くなっちゃったね。

抱っこさせてもらえて、すごく嬉しい。
夫が出張で寂しいとき、
こんなふうにわたしに甘えてくれたらいいのに。

色々話しながら、撫でた。
ムギ、毎日ブラッシングされてるから、キレイだ。
ノラとは違うもんね!

しばらくすると、カリカリが食べたいらしく、
自分で降りて、わたしに密着したまま、カリカリと食べた。

傷が早く治るように、いっぱい食べなね。


夫が夜やってきて、また少し話した。
お姑さん、春ころからすでにその兆候はあったけど、
むやみに、玄関の出入りをするのだ。

母屋の玄関のドアは、
開けても閉めても、すごい大きな音がする。
アパートに居てもすごく聞こえる。

午後の時間帯とかに、
何をしているのか怖くて見られないけれど、
出たり入ったり出たり入ったりを、繰り返していることがある。

夕べ、夫が寝てからも、それをやっていたらしい。

わたしがムギのところに居るときも、
庭に出てきて、
特に何をするでもなく、また戻って、、また出て来て、と
繰り返すことがある。

夫は一階に寝ているので、玄関を開け閉めされると、
うるさくてたまらないのだ。

わたしが避難する部屋は玄関の脇。
お姑さんが入って来たらどうしよう?と
不安でたまらない。

部屋に鍵がないから、いきなり入ってこられてしまう。
前に同居していたときも、
いきなり入ってくる人だった。

夜遅くになって、
土曜日に足場が組まれることがわかったらしい。
月曜日から二階の工事が始まるので、
わたしとちまは、日曜日に、母屋に避難する。

一週間では済まなそうだ。
すごく憂うつ。

でも、乗り越えたら、憧れのベッド生活が待っている。
頑張ろう。
夕飯作りも、もっと頑張って夫の負担を減らそう。

ちまは、完全に薬だけを残せるようになってしまった。
キレイに、二粒、残してあるよ。
仕方なく、口を開けさせて放り込んだ。

夜は、カリカリにではなく、
ウェットフードに混ぜて与えた。これは成功した。

ちまにはストレス続きで申し訳ない。
秋になるまで、落ち着かない生活だけれど、
そのあとは、ベッドで一緒に寝ようね。

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問題山積み中。

昨日、夫から、
工事の正確な日程はまだ連絡がないが、
わたしとちまの母屋へのプチ引越しは、
土日にしかできないので、
準備しておくようにと言われた。

棚の中身の箱詰めは終わっている。
あとは家具を部屋の中心に集めて、
持ち出せない重たい本の箱などを、
積み上げる。

テレビやちゃぶ台などは母屋に持って行く。
持って行くものを考えてリストアップしておくように言われて、
眠れなくなってしまった。

土曜日までに決めておけばいいのに、
ぐるぐる考えていたら、睡眠薬がちっとも効かず、
また朝になってしまった。
もう夫が起きて来る時間だよ。

母屋で暮らしてる期間、わたしは朝まで寝付けずにいたら、
隣の部屋で夫が起きてしまうのだ。
これは困った。

なんて考えていて、眠ることが出来ず、
セロクエルという薬をいっぱい飲んで、
ようやく寝た。


工事の人は、水道を確保したらしく、
母屋のガレージの水道を使わなくなった。
なので、今日はムギが庭でくつろいでいる姿を何回か見た。

夕飯を作って持って行き、器に分けてラップをする。
メニューは食べる人に写真つきで送る。

ムギのところに行くと、ムギは爪とぎの座面に座って待っていた。

その顔を見てびっくりした!

顔の真ん中に、何かが付いていてピロピロしている。
枯れ葉でも付いちゃったのかと思って見たら、
ムギ、顔の真ん中に大怪我をしているのだった。
ピロピロしていたのは、皮膚だ。

ちょっと引っ張ったら、皮膚はすぐに取れた。
顔の真ん中に、大きな穴があいて、肉が見えていた。

ムギ、またやられたのね?

でも、ムギは機嫌よくしており、
おかかも食べて、シーバという餌を出すと、それも食べ、
そのあとはさっさと、車の前に行ってしまった。

ムギは、甘える気があるときは、車の下か横に移動するのみ。
車の前に出て、だらっとしどけない格好になってしまったら、
もうこちらには来ない。
なので、早々にわたしも戻って来た。

夫から、飲み会になったので、
料理は明日の朝いただきますとメールが来た。

一次会しか行かなかったらしく、早い時間に夫は帰宅した。

すると、しばらくして、
夫がぐったりしながらやってきた。

手には、ウナギの蒲焼きを持っている。
「避難させて…。」と言う。

昨日、勝手に解凍されてしまった、高い蒲焼き。
土曜日にみんなで分けて食べようねってことになっていたのに、
今日、お姑さんが、一人で食べたらしいのだ。

ええ!
ショック!

夫が帰宅して、キッチンを見て、
わたしが作った料理がそのままだったのに気付き、
調べてみたら、
お姑さんは、ちゃっかりウナギを食べていたのだ。

夫は頭に血が昇って、
とりあえず、お風呂に入ったらしい。
クールダウンしてから、何でウナギ食ったんだ、
何で作ってもらった料理を食べないんだ、と聞いたが、
お姑さんは、まったく、何も、覚えていないそうだ。

何を言われても、覚えていないのだから、どうしようもない。

これではまた食べられてしまうと思って、
夫は残りのウナギを避難させに来たのだった。

夫は、もうかなり追い詰められている。
問題が山積みなのだ。

こんなだと、徘徊が始まるかもしれないし、
このまま、一人で放置する限界が来つつあるのかもしれないと、
言い始めた。
自分が会社を辞めなくてはならないだろうか?と思い詰めている。

夫はまだ61歳だ。
まだ若くてすごく仕事も出来るし、
出張先から、やっぱり来て欲しいと頼まれて行くこともある。
辞めるには惜しすぎる。

わたしが健常で健康であれば、家事くらい、出来るだろうに。
しかし、家事労働が出来ないのではなくて、
わたしは人と接することが不可能なのだ。

お姑さんがドンとリビングに座っている中、
その隣で料理をするのは、どうしても無理なのだ。
だから、自分のキッチンで作って、
寸胴鍋を運んでいる。

洗濯だって、朝、誰かが洗濯機を回して、
お姑さんがそれを干しているのだが、
せめてそれくらいやらせないと、というのが、
お姉さんも含めての家族の考え。

社会人の娘が二人もいるのに、
わたしが手出しするのもどうかと思うし。

しかし、夫はもう、疲れている。
通勤時間は片道が一時間半で、
それだけでもかなりな労働だし、
わたしが無理になって、夕飯を一品しか作ってないから、
夫がいつも何かを足している。

だから、アパートの改修が終わったら、
わたしがまた、二品作るよう、
そこを頑張るしかないなと思った。

ムギが毎日襲われていること、
ちまの体調が思わしくなく、餌をねだりに来ず、残すこと、
今日もまた吐いてしまったこと、
リフォームの正式な日程がまだ連絡されてこないこと。

考えることが多すぎて、
夫はもう、いっぱいいっぱいだ。
すごいスピードで活動する人だけれど、
精神的に参っているように思う。

普通の奥さんだったら、家事だけでもやってもらえるのにね。
申し訳ない。


いくら堅牢な小屋を置いて可愛がっても、
ムギは、所詮、外だ。
生きている限り狙われ続ける。

ちまもシニアの入り口に立ち、
ずっと元気がとりえだったのに、
お腹の具合が悪いままだ。

とうとう、ちまにお薬の存在に気が付かれてしまい、
お薬だけ、ちゃんと残してあったよ。
ムギと違って警戒しないので、
カリカリに混ぜて出せば、全部食べてくれていたのに、
今日は仕方なく、捕まえて口に薬を放り込んだ。

もう、どうしたらいいのかわからないよね。
目の前のことから片付けていくしかないね。
夫と一緒に考えよう。

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夫の苦悩。

夫は、一人でいろいろ抱えている。

本当なら、再婚して妻が一緒にいて、
家事くらいはやってもらえると思ってたと思うのだが、
実際には、
わたしは、妻として嫁として、何の機能も果たせていない。

夫は3人兄弟の末っ子だ。
一番上がお姉さんで、真ん中にお兄さんがいて、
ちょっと年が離れて、夫。

最初の結婚の時、アパート暮らしをするはずだったのだが、
直前に、お兄さん夫婦が、同居を解消して出て行ってしまったため、
夫夫婦が、実家に同居することになった。

お兄さんは隣県に家を建てた。
お姉さんは、反対側の隣県。

お兄さんが倒れてしまったので、
もう何も頼ることはできない。
生きていてくれるだけでありがたいのだ。

お姑さんの、認知症外来には、
ほとんど、お姉さんも一緒に行ってくださる。
でも今月は夫が一人で連れて行った。

普段、認知症でも、
他人様の前に出ると、しゃきしゃき喋ったり出来るので、
本当の姿は、夫が説明するしかない。
お姉さんには理解があって、時々は来てくださっているけれど、
月に1~2回なので、
やっぱり、「おかしい」場面に遭遇することはほとんどないのだ。

すごくしっかりした方だったので、
そのイメージから誰もが抜け出せず、
認知症の老人なのだと、諦めることが難しい。

夫が毎朝、食事を作って食べさせ、
今日のことを紙に書き出して目の前に置く。

洗濯機はだれかが回して行き、
お姑さんが干して、取り込んで、たたむ。
でも、夜でも雨でも、干しっぱなしのときもある。
同じシャツが3枚あって、
3枚とも違う畳み方をしてあるそうだ。
そっちのほうが難しそう。

わたしが夕飯を作る日は、
必ず、6時までに持って行くようにしている。

長年の風習か、その時間帯を過ぎると、
お姑さんが、何かをしてしまうことがあるからだ。
たとえば、冷凍庫に保存してあるなにかを、
無意味に解凍してしまう。

次女ちゃんの冷凍フルーツなどもだいぶ被害に遭っているようだ。

今夜は、土曜日に食べる予定をしていた、
冷凍のうなぎの蒲焼が、解凍されてあったらしい。

しかも、自分がそれをやったという記憶がないので、
確認しても、誰がそんなことをしたの?という返事。
他のことも重ねて指摘すると、
逆切れされてしまうらしい。

疲れて帰って来て、家の中がそれでは、
夫は気持ちが安らがない。
もうずっと出張に行きたい、家に帰って来たくない、と
今夜は愚痴をこぼしにやってきた。

分かち合って、一緒の思いをする人がいないから、
孤独だよね。
辛いよね。
認知症なんだからって思っても、
腹が立つことは、やっぱり腹が立つのだもの。
抑えることなんてできないよ。

わたしがもう少しかかわったほうがいいのかな。
でも、そろそろ、「どちらさまですか?」って言われそうだし、
手を出さない限りは口も出せない。

夫の愚痴を一生懸命、聞いてあげるしかできない。

お姑さんはもうすぐ90歳になる。
体は、どこも悪くない。
つまり、亡くなる恐れはないということだ。

働きながら、家事をしながら、
お姑さんの面倒を見ている夫は本当に大変だ。

ムギがわたしに甘えて、抱っこされたことを、喜んでくれた。
ムギの存在も、一人で抱えるには重いのだ。
出張のとき、ムギはパパに会えなくて憔悴する。
代わりにママに甘えようとは思わないのだ。

だから、今後、少しでもママに甘えようと思ってくれたら、
夫も楽なのにね。

でも、今日は、いつもより行く時間が遅くて、
門扉を開けたとたん、ムギに呼ばれて、
お腹がすいたのに!って、文句を言われたよ。
食べるだけ食べたら、行っちゃって、
今日は抱っこさせてくれなかった。
猫さんだからね、気まぐれだよね。


わたしは、自分の母ともうまくやれないし、
お姑さんも、正直苦手。
あまりに出来すぎた方で、お世話になりすぎていて、
どう接したらいいのかわからないのだ。

こんな状況で、夫は毎週リフォーム業者さんと打ち合わせを重ねて、
アパートの工事が始まった。
8月に入ればわたしの部屋にも取り掛かるはずだ。
この週末は、母屋の和室にお引越し。

環境が変ってしまうので、ちまのことが心配。
下痢も、治ってはいない。
しかも昨日は食欲がなくて、餌を残したのだ。
ちまの中には、残すっていう文字は今まで無かったのに。

工事の音がすごいから、ストレスなのかな。
母屋で過ごす日々、ちま、可哀想だな。
工事期間が短くて済みますように願うばかりだ。

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馬鹿みたいに写真を。

アパートの工事は順調に進行中。
騒音と震動の中でも寝ていられる。

お昼休みに夫がくれたメールで目覚めた。
今朝もまた、ムギを狙っている憎い猫が現れたそうだ。

抱っこされていても、落ち着かないムギ。
始終、土手を気にしている。

ガレージに壁があればなあ…。

ガレージは縦に広くて、
車を置いた、その奥に、
ムギのリビングが作られている。

プラスチックの床材がはられ、
その上に、板厚3センチの、高床式の小屋が置いてある。
小屋には窓がついていて、
今の時期は、両方を開けてあるので風が通る。

電気を通しているので、
冬場は、ホットマットを仕込んで、
分厚いかまくら型のベッドを入れて、
さらにひざ掛けをかけて、
夜は、使い捨てカイロも入れて、
暖かくしてある。

夏場は、タオル地のオープンベッドを入れてあって、
タオルを敷いてあり、
タオルは週に二回ほど取り替えている。

小屋の前には、玄関マットを置き、
その上に分厚いタオルを敷いてあり、
そこでムギはゴロゴロとする。

人間用には、コンパクトな座椅子を置いて、
そこに座って、ムギを抱っこする。


今日もまた、ムギが抱っこさせてくれた。
3日連続だ。
今日は、工事の人がなかなか引き上げなくて、
ジリジリしながら待った。
人が出入りしている間は、ムギは帰って来ないと思ったからだ。

6時になってようやく職人さんがいなくなり、
わたしは母屋に夕飯を運んで、盛り付けて、
それから、ムギのところに行った。

ムギ、ちゃんと帰って来て、小屋に入っていてくれた。
会えて嬉しい!
ムギ、たまたま居たというより、
今日は、わたしを待っていたように感じた。
可愛い声で鳴いたよ。

おかかを小屋に入れてやると嬉しそうに食べて、
食べ終わっても出て行かずに小屋に居て、
体を舐めている。

目が合って、「ムギ、おいで。」と言ってみたら、
きゅ~んと鳴いて、
小屋から出てきて、わたしの脚にピトッとくっついた。
抱っこされたそうな様子をしていたので、
抱き上げて、そっと膝に乗せた。

しっとりとおさまるムギ。

ムギちゃん。
嬉しいよ。
また抱っこさせてくれたの?

お喋りしながら、ブラッシングしたり、
ウェットシートで体を拭いたりした。
ムギはわたしの腕にアゴを乗せて、小さくゴロゴロ言っている。

手にカリカリを入れて差し出すと、
がつがつ食べる。
手からもらうのが大好きなんだよね。

一回降りて、あたりを見回す。

また戻ってきて、抱っこされる。

降りて、水を飲む。

また抱っこされる。

こんなことを何回か繰り返していて、一時間が経過した。
あたりが暗くなってきた。

ムギがようやく満足したのか、車の前に移動したので、
わたしも引き上げて来た。

ムギ、ありがとうね。
抱っこできてママ幸せだよ。


夫もわたしも、
馬鹿みたいにムギの写真を撮っている。
わたしは、接することが出来たときだけ、ガラケーで撮るのだが、
フォルダの中には、ほぼムギの写真しかない。

夫はしょっちゅう、写真も動画も撮っている。

しかもそれを、息子とお嫁ちゃんにも配信している。

ちまとムギを比べると、
見た目が可愛いのは断然ムギなのだ。
整った顔をしており、手もまあるくて、
声がまた、高くて可愛い。

ちまは、性格の良さがにじみ出ている感じ。

ムギはこんなに可愛いのに、
なぜ、お外に出されたのだろう。
脚はちゃんと手術され、去勢もされてあった。
でも、ムギは夫をターゲットにして、
シャーシャー言いながらもくらいついてきて、
ガレージに居座ったのだ。

ムギとつけた名前もすぐに覚えて、
呼べばどこからか出てくるようになった。

あんなに可愛いのだから、きっと飼われていたと思うのだが。


わたしも、夫も、
もちろん室内で飼えるものならそうしたい。
そうするしか、安全は提供してやれないからだ。

いくら、ガレージ内に立派な部屋があっても、
室内ではない限り、
襲われる危険が常にある。

そのストレスで、多分、
そんなには、長生きできないと思うのだ…。
考えたくは無いけれど、
外に出した時点で、それは覚悟しなくてはならないことだった。

ムギが可愛い。
ムギが大好き。

でも、室内に入れて、
毎日毎日、駄目なところでオシッコをしまくられると、
「可愛い、大好き」という気持ちを、
忘れてしまうのだ。
辛くて辛くてたまらないのだ。

1月に病気になって、3月まで療養したムギ。
春の動画では、
庭を駆け回る生き生きとしたムギが可愛い。

ふっくらしていて、今よりも、多分1.5キロくらい重たいんじゃないかな。
今は、痩せて小さくなった。

いくら設備を整えてあっても、
外は外だ。

いつか、あの夜みたいに、
小屋の中で倒れて冷たくなっているムギを、
見つける日が来るのだ。

あの夜は、助けることが出来た。
ギリギリのタイミングだったが、
ムギがまだ若くて体力もあったから、助かった。

でも、野良猫は、一説によれば、
3~4年しか生きられないという。

室内の猫が20年近く生きられる世の中になったのに、
野良猫は、たった数年で、ひっそり死んでしまうのだ。

ムギは、野良猫ではない。
でも、外猫だ。

入院しているとき、
馬鹿みたいに毎日面会に行って、
一時間も二時間も一緒にいて、
こんなに可愛がっているのに何故室内で飼えないんですか、って、
院長先生に言われた。

先日、ちまの主治医にも、
守るには家の中で飼うしかないと言われた。

そうだと思う。
その通りだよ。わかってる。

とても苦しい。


初めて、ムギと外で過ごす夏。
夕方は、蚊が群がってくる。
ムギも、毛の少ない耳や手を狙われているので、
わたしは敢えて自分の脚を蚊に差し出している。
ムギは刺されても掻けないから、
わたしが刺されるほうがいいのだ。

今日は体も拭いてやれたし、
お鼻すりすりもしたし、
いっぱい抱っこして一時間一緒に過ごせた。

パパが出張で留守のときも、
こうしてわたしに甘えてくれたらいいのだけど。

夫が撮ったムギの動画を、飽きずに眺める。
すごく可愛い。

わたしの気持ちが通じたのかな。
ムギ、愛情をわかってくれた。
すごく嬉しいよ。


今、ムギを狙ってる猫は、
やっぱり、サビ猫だった。
夫が撮った動画を拡大してみてわかった。
つまり、メスなのだ。

勝手に、縄張り争いをするのはオス同士だと思っていたが、
メスでも、やりあうことがあるんだね。
それとも、相手がメスだから、
ムギ、手加減して、逆にやられちゃったのかな。

顔の傷は、カサブタも取れて、単なる傷跡になった。
良かった。早く治った。

いっぱい食べて、いっぱい眠って、
元気で過ごしてね。

冬になったら、また精一杯、あったかくしてあげるからね。

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命の心配。

わたしは、夏場はムギは襲われないと思っていた。

野良猫たちが欲しくてねたんでいるのは、
暖房完備の、暖かくて堅牢な小屋だと思っていた。

だから、夏場になれば、
そんなにはねたましくないだろうと思っていたのだ。

しかし、ムギは今も闘っている。

顔に傷があるということは、
正面切って闘った証だけれど、
あきらかに、精神的に憔悴しているのがわかる。
強敵なのだ。

朝、夫がムギを抱っこしていると、
その「敵」が土手に現れたそうだ。
ムギは土手に登っていったが、
相手は草にまぎれていて姿が見えない。

ムギは、闘わずに逃げて来たそうだ。

相手が土手のてっぺんに立って、姿を見せた。
夫によると、赤茶色の猫、だという。
サビ猫のこと?と聞いたら、赤茶色だと言う。

野良軍団に、そんな猫、いたっけ。
わたしには覚えが無い。

他のどんな猫が来ても、
ムギは果敢に闘って来た。
時には取っ組み合い、時には噛み付かれても、
必死に自分の小屋を守って来ていた。

でも、そいつのことは、怖いらしい。

ムギ、頑張ってるんだよね。
だけど、ムギは、決して気の強い猫じゃない。
それなのに頑張ってるから、
いじらしくて切ないのだ。

怯えて回りを気にしているムギ。
夏になっても襲われるなんて思わなかった。

確かに、ガレージは吹き抜けで風は通り、
小屋は高床式で湿気もなく、
タオル地のベッドが仕込んであって、
敷物もしょっちゅう取り替えているので、
そこらの草地にいるよりは快適かもしれない。

ねたまれてるんだね。
ムギ、辛いね。

しかもちょうどアパートの工事が始まってしまい、
職人さんが母屋の庭の水道を使いに入ってくるから、
ムギは昼間は、居られないだろう。

昼間、見に行ってみたが、やはりムギは留守だった。

工事が夕方5時には終わることを覚えて、
帰って来てくれるといいのだけど。

夕飯を持っていって盛り付け、
勝手口からガレージに出た。

ムギ、帰って来ていたよ。
小屋の中に、ちんまりと入っていた。

ムギちゃん、お帰り~。
ママ、おかか持ってるよ。
すかさず小皿におかかを入れて、小屋の中に差し入れてやった。

ムギは嬉しそうに食べた。

食べ終わると、いつもみたいに出て来た。
でも、行ってしまわなくて、
わたしの横に居る。
ムギちゃん、と呼ぶと、きゅ~んと小さく返事をする。

ムギ、こっちおいで。
くっつきっこしよう?

そう言って、敷物の上をトントンと叩くと、
きゅ~んと鳴いて、ムギはわたしの後ろを回り、
隣に来た。
脚に、ピトッとくっついてくれた。

ムギちゃん。
今日もくっついてくれたの?
ママ嬉しいな。
ムギ、頑張ってるね。
偉いよムギ。

傷にひびかないよう気をつけて撫でる。
ムギはわたしのスネに、アゴを乗せて甘える。
ブラッシングしてやると、振り向いて、
目を細めてわたしを見つめる。

なんて可愛いの。

ムギ、死なないでね。
ふいにそんなことを思ってしまう。
なんだか、こうして甘えてくれるのが嬉しいくせに、
すごく不安になってしまうのだ。

病弱だった息子を思い出す。
いつか死んでしまうのではないかと、不安だった。
ムギ、ストレスが多すぎるよね。
お部屋で飼えなくて本当にごめん…。

ムギは、立ち上がってわたしの脚に登ってきた。
抱き上げて、太ももの上に乗せて抱っこする。
しっとりとおさまるムギ。
でも、軽くなったね。
一回り、小さくなったよ。
まだ4歳なのに、しぼむ年頃じゃないよね。

しばらく抱っこしたまま色々話して、
新しく出した餌を口元に近付けたら、抱っこされたまま食べた。

いっぱい食べて、元気でいてね。
毎日会いに来るから、ママに甘えてね。

やがて気が済んだらしく、ムギは車の前に移動して、
リラックスしてだらけた。
ああして、パパを待つのだろう。

二日続けて、ムギを抱っこ出来た。
夢のようだけど、
憔悴しているムギのことが、とても心配でならない。

あの野良猫!
夫が石を投げて、やっといなくなったらしいけど、
忌々しい。

小屋の下に置いてあるオルゴナイトには、
龍神さまの息吹が入っている。
ムギの写真を送って、霊視してもらい、
ムギを守るために作ってもらったものだ。
結界が張れるはず。
どうかムギを守って、龍神さま。


夜中、ちまがひどく吐いた。
ちまの調子も心配だ。
今日は、あまり餌を欲しがっていなくて、
そうそう、あげてなかったよね、って与えたら、
5回も吐いてしまったのだ。

かわいそう。
苦しいねちま。涙を流してる。
辛いね。

自分もまだ調子が良くないし、
猫たちの心と体を守ってやりたいし、
自分の体調がしっかりしないと、
猫たちを守れないよね。
大切な命。

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切ないその姿。

日曜日は、疲れが出て、
夕方までほぼ動けなかった。

毎日予定があって、連日出かけていながら、
部屋の片付けも平行していたので、
ちょっと無理がたたった。

胃カメラも、疲れた。

日曜日は工事が休みで静か。
ムギも安心して夫に甘えているらしい。
傷、大丈夫だろうか。


本やCDやDVDを売ることにしたので、
買い取りのダンボールに詰めた。
大事に取っておいたものの、もう読まない雑誌などは、
夫が持って行ってくれて、縛ってくれた。

夫が出張で留守だった日、ゴミを出さなかったので、
今夜は二袋になってしまった。

ガレージの奥にある物置に入れておくと、
夫が朝、ゴミを出してくれるのだ。
とても助かっている。

ガサガサと音を立てて通るので、
ムギは逃げてしまい、日曜の夜にはもうずっと会っていない。
今夜も会えないと思ったが、
一応、ポケットに、おかかの袋を入れて出た。

物置にゴミを入れて、試しに、
「ムギちゃん。」と呼んでみた。
ん?
かすかな声がしたような気がする。
「ムギちゃん。」ともう一回呼んでみた。
すると、また小さく返事が返ってきた。

ムギ、いるのね?
どこにいるの?
懐中電灯をつけて探すと、ムギは以外にも、小屋の中にちゃんと居た。
ムギちゃん、いたのね。
ママ、おかか持って来たよ。
あげようね~。

そう話しかけながら、小皿におかかを入れてやり、
小屋の中に差し入れしてやった。
まぶしくて申し訳ないけれど、顔を見たいので、
懐中電灯をつけたままにした。

おかかが、ちょっと粉になってしまっていたので、
はふっ!とむせながら、ムギは食べてくれた。

いつもは、食べると出て行ってしまうのだが、
今夜は、そのまま、小屋の中で、ベッドに丸く納まっている。

ムギ…。
心が、辛いんだね。

野良猫と闘って、きっと勝ったんだとは思うけど、
心がしんどいんだね。
傷も痛いよね。
可哀想なムギ。

わたしはムギの前に座って、色々喋った。
大事に思っていることを一生懸命伝えた。
ムギを守ってくれる、ムギ専用のオルゴナイトも磨いた。

ムギ、撫でてもいい?と聞いて、
手を差し入れて頭を撫でた。
なんだか、小さくなったような気がする。

それからまたしばらく一緒に過ごして、
もう一回撫でた。
ムギは何も言わない。

そろそろ帰ろうかな、と思い、
でも試しに、と思って、
「ムギおいで。抱っこしよう?」と声をかけてみた。
すると、ムギが顔を上げて小さく鳴いた。
甘える時の声だった。
「ムギ、おいで。」
もう一回誘うと、ムギは出てきた。

いつもなら、脚の横にくっついて、
そのあとアゴをスネに乗せて、という順序なのだが、
ダイレクトに、小屋からわたしの脚に乗って来た。

ムギ、抱っこさせてくれるの?

抱き上げて、太ももの上に置いた。
ムギはしっとりとおさまった。

ムギ、痩せたね。
軽くなったね。

抱っこさせてくれたの?
ありがとうね。
ママはムギのことがずっと大好きだよ。
体を撫でると、あちこちに、噛まれたのか、
皮膚が盛り上がっている箇所かある。

ムギ、頑張ってくれててありがとうね。
ここに居てくれてありがとうね。
家の中じゃなくてごめんよ。
大事にするから、長生きしてね…。

ムギはわたしの脇に顔を突っ込んで話を聞いていた。
しばらくくっついて撫でて過ごした。

手のひらに、カリカリを乗せて、鼻先に持っていくと、
手からカリカリと食べた。
ムギは手からもらうのが大好きだ。
何回か食べて、満足したのか、脚から降りた。

いっぱいクシャミが出るね。
でも熱もないし、食欲もあるから、大丈夫かな。

ムギはまた小屋に戻った。

会えるとは思っていなかったので、会えて嬉しかった。
しかも、抱っこさせてくれるなんて、思いがけなくて、
嬉しくて、そして、切なかった。

頑張ってくれているムギ。
この先、過酷な夏が待っている。
9月の終わりまで工事も続くから、
昼間は、多分落ち着かなくて小屋に居られないだろう。
可哀想だ。

声も小さくて、ムギはあきらかにションボリしている。
いつでも、いっぱい、甘えてくれたらいいのに。
30分でも一時間でも抱っこしてあげるのに。

抱っこ出来て、嬉しかった。
でも、切なくなった。

ムギ、一緒に頑張ろうね。
ムギが見ていないところでも、ママはムギのお世話をしているんだよ。
会えなくても、触れなくても、
ムギのことを愛しているよ。

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セカンド・オピニオン。

今日も一階は工事。
工事の音がうるさいのは当然なのでいいのだが、
職人さんどうしが言い争う声と、
カーッペッ!と痰を吐く音が不愉快でたまらない。

でも、午後まで寝てた。

ムギは帰って来ただろうか。
工事中の昼間、どこにいるのだろうか。
心は大丈夫だろうか。

今朝、夫がムギに会ってみると、
顔に大きな傷があったそうだ。
夫から写真が送られて来た。
顔の正面、鼻面に、深い傷がある。

ムギ、戦ったんだね。
顔に傷があるということは、正面きって戦ったってことだもんね。
頑張ったね。

ムギは夫にべったり甘え、
そのあとは、ちょっとしょんぼりした感じで、
小屋に入っていた。

ちまを定期健診に連れて行った。
今日はいっぱい聞きたいことがある。

下痢を発症しまして、と言って、
書いてきた5月からの病状を見せた。
処方された薬も目立つように書いておいた。
それを見ながら説明をして、治療の方向性としてはどうか、聞いてみた。

使っている薬は無難なチョイスなので、いいと思うとのこと。
今、抗生剤を30日間飲むというミッションの最中なのだが、
それをやり遂げて、また便を検査してもらうしかないという。

12,000円なんですよね~、と言ってみたら、
先生が、検査センターは同じところに頼んでいるらしく、
調べてくださった。
単体の検査(一種類の菌のみ)というのもあり、
それだと5,000円ですよって教えてくれた。

丁寧に触診してもらい、聴診器で聞いてもらった。
大丈夫とのこと。
事実、ちまのウンコちゃんは良くなった。

でも、わたしがイジイジと心配していると、
じゃあ今、この場で便を見ちゃいましょうと言って、
ちまのお尻から直接便を採取してくれた。

ちま、体温検査で一回ブスっとされたので、
もう終わったと思っていて、油断してた。
え、また?という顔をして、
必死にお尻を締めていたよ。
可愛い。

その場で、顕微鏡で見てくださった。

菌は特殊な形をしていて、見ればわかるそうだ。
一定の面積に、どのくらいの数がいるかで判定するらしい。

菌はいるけれど、お薬が効いていて、抑えられつつある、という感じ、
とのこと。

そしてアドバイスとして、
今のお薬は、腸内のいい菌も殺してしまっているので、
人間用でいいので、ビオフェルミンを飲ませるとよりいいですと、
教えていただいた。

ビオフェルミン、持ってるから、早速飲ませよう。

ちまはまた痩せて、4月から、300グラムも減っていた。
もとが6キロ超えの大きいにゃんこなので、まだ大丈夫だが、
もう痩せなくていいよって思う。

お尻からお水が出て、「どういうこと?」ときょとんとしていた話などもした。

それから、ムギの傷をアップにした写真を見ていただいた。

ムギは、保護したときに二度、連れて来ている。
3本足だし、先生も覚えていた。

家で飼えなくて、ガレージの小屋にいることを初めて話した。
野良猫にねたまれていて、襲撃を受けていることを説明し、
この傷、どうですかね、と聞いてみた。

爪で引っ掻かれた傷だとのこと。
深いけれど、病院に来たとしても、抗生物質の投与くらいしかできないので、
仕方がないのでは?と言われた。
家で飼うしかないんですけどね、と言われて、
ちょっと辛かった。
飼えるものならそうしたい。

噛まれた傷よりは、深くならないので、
様子を見て大丈夫でしょうとのこと。

痛そうな傷だよ。
ムギ、いろんなことが起きるね。


帰宅したらもう7時半で、お腹がぺこぺこだったので、
駅の向こうの中華屋さんに行った。
頼みすぎて、二人ともお腹が一杯になり、
苦しくてダウンしてしまった。

わたしはちまと一緒に二時間くらい、ダウンしていた。
ちまも病院、疲れただろう。

セカンドオピニオンを聞けて良かった。
先生のことは信頼しているので、安心した。
ちまの今までのことを、わたしよりはるかによく覚えてくださっている。
いつも夫婦で行くから印象的だろう。

ちまの下痢の時だって、本当はこのクリニックに来たかったが、
夫は出張で休めないし、
電車でちまを背負って、二回乗り換えて、
最寄り駅からタクシーに乗って…
健康な子でも大変なのに、
下痢してる子を連れ回せない。

そう言うと、先生は、もちろんです、それでいいと思います、と
言ってくださった。

あんなにいっぱい話を聞いてもらって、
顕微鏡までやってもらったのに、
1,000円。
申し訳ないくらいだった。

もし、30日でちまの下痢が治まらなかったら、
薬と、フードを変えたほうがいいと教えてくれたしね。

ありがたかった。
ちまが、早く良くなりますように。
ムギの傷も、化膿したりせずに治りますように。

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工事スタート。

わたしが住んでいるアパートの修繕工事が始まった。

一階の部屋が空いたので、リフォームして、
また貸す予定になっている。

その際に、建物全体の耐震工事をやってもらう。
今のままだと、倒壊する建物らしい。

わたしが住んでいる二階の部屋は、
むやみに窓ばかりが多くて、
壁が少ない。

なので、窓を小さくして位置も上に上げ、
一部窓を潰して壁に変え、
サッシや、玄関ドアも、
新しいものにしてもらえる。

お姑さんの持ち物なので、お金はお姑さんが出してくださるが、
もう、何もわからないので、
業者さんとの打ち合わせは、毎週夫がやっている。

この数ヶ月間毎週だ。
ただでさえ忙しいのに、大変だったと思う。

それで、今日からいよいよ工事が始まった。

まずは、一階の内部を壊す作業。
そのあと、足場を組んで、二階にとりかかってくれるらしい。

真下で、壁の取り壊しが始まったのだから、
ものすごい騒音だ。

ズドドドドー。
バリバリバリ。
ギューイーン。
ドスドスドス。

ちまが怖がって、わたしに乗り、
一生懸命起こしてくる。
わたしだってうるさいと思っているし揺れるし、
さらには大音量でラジオまでかかっているので、
めちゃくちゃうるさいよ。

でも疲れてて眠くて、
起きてあげられなかった。
午後まで寝てた。

工事の人は、母屋のガレージ脇の水道を使っていた。
あれでは、怖くてムギはガレージに居られないだろう。
9月の末まで工事が続くので、ムギのことが心配。

ちまにはわたしが付いているから、
いっぱい甘えさせてやろう。

ちま、怖くて、瞳孔が開いていたよ。

二階の工事に入ったら、
ちまを連れて、母屋の和室に避難する。
慣れない部屋だし、ムギが3ヶ月間住んでいて、
オシッコだらけした部屋なので、居心地は悪いと思う。
何とか一週間で終わってくれ!と切に願う。

お姑さんがお金を出してくださるのに、
すごく申し訳ないのだけれど、
部屋に来られて話し込まれても困るし、
わたしが留守のときにドアを開けられて、
もしちまが出てしまったらと、心配が尽きない。

夫はお姑さんに、和室には行くなと言ってくれるそうだが、
認知症なので、覚えていられないと思う。

なので、申し訳ないけれど、ドアに、付箋で、
「入らないでください。」と貼紙をさせてもらうことにした。

その間は、夕飯は作らない。
わたしは、何か買って来て勝手に食べる、ということで、
夫と合意した。

しばらく、辛いことが多いけれど、
ベッドのある生活を楽しみに、頑張って乗り越えよう。


土曜日は、ちまの定期健診で、かかり付け医に車で行く。
信頼している先生だ。
ちま、下痢で、ずっとお薬を飲む生活をしているけれど、
これでいいのかを、聞いてくる。
お腹の音も、聞いてもらいたいと思う。

下痢をし始めてから今日までの記録を、
レポート用紙に書き出した。
5月の初めからずっと不調なんだよね。
お腹痛くないのかな。
心配だよ。

今夜のうちに、と思ってキャリーバッグを押入れから出したら、
ちまはキャットタワーの奥に隠れてた。


お茶と、スポーツドリンクを、常温で飲むことにした。
冷やすのは、楽しみで飲むジュースのみ。

ポリープ自体が悪いものではないにしても、
一年で6個出来たのだから、
胃の中の環境は変ってしまったのだと思うのだ。

自分で気をつけるだけで治せるならそれがいいよね。

今日も、片付け事は、一箱だけにした。
こんなところにこんなものが、というのが結構ある。
以前は好きで飾っていたものに、ときめかなくなってる。

正直、石とガラスには、ちょっと飽きた。

陶芸の気に入った作品を、ちょっとずつ揃えたい気分。
来年も笠間の陶芸祭りに行けたらいいな。


ムギは怖いのか、夜になっても帰って来ていない様子。
夫は、出張がきつくて疲れたらしく、9時半に寝たようだ。
明日の早朝、ムギと会えるといいね。

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ポリープ6個。

胃カメラの日だった。
予約を一番遅い時間の11時半で取ってくれたので、
楽に起きられた。

担当医を代えてもらって、本当に正解だった。
自分の勇気を褒めたい。

胃カメラは、何をどうしたって、
オエオエになることは覚悟していた。

3年前に、同じ病院で胃カメラをやっている。
麻酔を追加してもらったが、何の効果もなく、
死ぬ思いだったのだ。

処置室で担当の看護師さんにそう伝えると、
「じゃあいっそ、もう麻酔やめにします?」と聞かれた。
乱暴な人だなあ~と思いつつ、
内視鏡室に入る。

看護師さんが、麻酔効かなくておえーってなっちゃうそうです、
いっそ麻酔やめますか?と医者に聞いていた。
先生は、「そんな馬鹿な。」と驚いていた。
やっぱり、乱暴だよね。

3年前のカルテを見て、先生が、
「本当だ、相当量の麻酔打ってたね。これでも駄目だったの?」
聞かれた。

はい、そうです。
全然駄目で、でも、眠くもならないので、
終わってすぐ、しゃんしゃんして帰れましたよ、と答えた。

先生は、
「うーん、でもまあ、同じ量だけ打ってみますか。」と言って、
左腕に注射した。
普通の人に打つ2倍以上の量だとのこと。

そしてカメラ挿入。

おええええ~!

先生びっくりしている。
でもやめるわけにもいかず引き返せない。

おえええええ~!
おえええええ~!

もう死ぬ!
辛くて苦しくていろんなところからいろんな液体が出ちゃうよ。

カメラが奥のほうに入ったら、
なんとかこらえられるようになった。
時間は短いはずなのだ。
頑張れ自分!

ずざーっとカメラが引き抜かれて、
やっと終わった。
涙や鼻水でぐしょぐしょ。
看護師さんが紙で拭いてくれた。

内視鏡の先生は、
たしかにポリープがいくつかあるけれど、
悪いものには見えないし、逆に、胃の粘膜はキレイですよ、
と教えてくれた。

午後、診察があるので、そこで主治医の意見を聞く。

麻酔が効いちゃって起きられなくて寝ている人もいたが、
わたしは15分くらい休憩して、すたこら帰ってきた。

マックでテイクアウトして、帰って来て食べた。
歯磨きして、またすぐ、午後の診察に出掛けた。

主治医から詳しく聞いた。

ポリープは、合計6個あるとのこと。
見た目では、悪いものには見えないけれど、
一部細胞を取ったので、検査に出すとのこと。

結果は二週間後に聞きに行く。


去年は、バリウム検査で引っ掛からなかったのだから、
一年で、6個ものポリープが出来たことになる。

確かに、去年からわたしには、負荷がかかっている。

夕飯作りを始めて、
リウマチを発症し、
ムギが倒れて入院し、
自分は股関節を痛め、
目には内膜がはがれたものが舞い飛び、
乳腺が石灰化して痛み、
歯がもろくなって割れて、
とにかくずっとずっと、病院通いを続けているのだ。

わたしのようなポリープは、
ピロリ菌がいない人に出来るタイプのもので、
中年女性に多いとのこと。
ホルモンバランスが関係しているのではないかと、
最近は言われているそうだ。

胃薬を出してもらっているが、あまり効果がなく、
食後に具合が悪くなることが多いと伝えると、
ひょっとして、冷えかもしれませんねと言われて、
ちょっと思い当たった。

精神科の薬も、
リウマチの薬にも、
副作用で、口や喉が渇くという症状がある。

わたしは毎日大量のお茶やスポドリを摂取している。
それで胃液が薄まって、
食べた後に具合が悪くなるのでは?

先生からは、
お腹を冷やさず、冷たい飲み物の摂取を控えめに、と言われた。

診察を終えて、
もう今日は、夕飯を作る気力がないので、
夫は出張で留守だし、
お姑さんに、お弁当を買って行った。

玄関の鍵が開いたまま、
リビングで、お姑さんは突っ伏して寝ていらした。

黙って置いていくわけにはいかないので、
起きていただいて、説明して、置いてきた。
お弁当の写真は、
夫と長女に、メールで送っておいた。

疲れた…。
終わった…。

夕方、ちまと一緒に、お布団で眠った。

どうやら、突然死することはなさそうだ。
とりあえずは終わった。
あとは、歯医者が終われば、かなり楽になる。


病院から帰って来た時、
雨だったが、ムギはガレージにいた。
母屋からガレージに出ると、甘えた声で鳴いた。
雨だから、ちゃんと居てくれて良かった。
ご飯も食べてあった。

夜中、もう一度ムギを見に行った。

玄関の照明がもう消されていて暗かったのだが、
門扉を開けたら、すぐにムギに呼ばれた。
ムギも枯れ草のような色のキジ猫なので、
暗闇では判別できないが、
どうやら、車の前にいて、待ち構えていたらしい。

勝手口から出ると、
文句を言う。
寂しいのに来てくれなかった、って言う。
だけど、文句だけ言って、スープを半分飲んで、
行ってしまうのだ。

寂しいのにって文句言うなら、
くっついてきて甘えてくれたらいいのに。

でもまあ、ちゃんとガレージにいて、
ご飯も食べてあって、元気そうだったから、
良かった。
明日は夫が帰って来る。

夫の留守中は、緊張する。

お腹を冷やさないように、
お茶とかスポドリは、常温で飲むことにしよう。

しかし、胃カメラ、地獄だったよ。
やりたくないなあ。

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根源に気づくこと。

わたしの失敗には、
その大元に、「怒り」が潜んでいることが多いらしい。

今日、カウンセリングで気が付いた。

人と話していて、ちょっと腑に落ちなかったり、
もやっとしたり、することがある。

でも、その際、
わたしはとりあえず、スルーする癖がある。

険悪なムードになるのを避けなければという思いが強い。

だけど、本当は、
すでにわたしの奥には、怒りの芽が生えている。

そこに蓋をして、重石をして、
なかったことにしようと耐えるのだが、
怒りは消えることはなく、
逆に、異常に発酵して、
増大してしまう。

感情的になることを嫌っているので、
わたしは日々必死に自分と戦っている。

感情的になってしまっては、
母と同じではないか、という強い戒めで生きている。

だけど、
人より繊細で言葉を重んじるわたしが、
怒りを抑えられるはずがないのだと、教えられた。

誰にだって、喜怒哀楽があるのが当たり前。
怒りだけを持たない人なんていないのだ。

でも、それを、当の相手に、うまくぶつけることが出来ない。
慣れていなくて、怖いのだ。
感情的になる自分も怖いし、
感情に感情で返される刀も怖い。

わたしさえ、我慢すれば、と思って、
幼少期から必死に耐えて来た。

でも、抑えきれるものではないそうだ。

むしろ、こんな言葉にカチンと来た、とか、
こんな態度は失礼だとか、
その都度、自分で確認する作業が必要だとのこと。

そうしないと、また爆発してしまう。

実際に、怒りを覚えたと、
自覚をすることが必要みたいだ。

ちまは天使ちゃんだ。
夕べも一緒に寝てくれた。
ちまを叩いたのは初めてだったが、
二度としない。
叩くなら自分を叩く。

夫が出張で出掛けた。
夕べも、今朝も、ムギに会えていません、と
心配するメールが来ていた。

カウンセリングから帰って、行ってみると、
ムギはいなくて、
朝、もらった餌が手付かずで残っていた。

ムギ、もう一軒、おうちがあるのかな。

夜中、もう一回見に行った。
玄関から家に入り、勝手口の灯りをつけて、
ドアを開けたら、
すぐムギの声がした。

ムギ、帰って来ていた。
爪とぎの座面に座っていて、
文句を言い始めた。

待ってるのに来てくれなかった、
お腹がすいた、と延々文句を言う。
自分が居なかったくせにね。

おかかをやったら即効食べた。
お皿も、一粒残らず食べて空っぽだったので、
シーバという餌をやったら、それもカリカリと食べた。

そのあとは、車の前に行ってしまい、
だらっと横になって、夫を待っているらしかった。

ムギ、パパお仕事で今日も明日も帰って来ないよ、
ママとお姉ちゃんしか来ないよ、と説明したが、
ムギは、ちまほどは言葉を理解しないので、
よくわからないみたいだった。

でもとにかく、帰って来てくれていて、
餌を食べてくれたから、安心した。
良かった。

命を預かるのは緊張するね。
明日も会えるといいなあ。


明日はわたしは、胃カメラの日だ。
喉の麻酔なんて軽いものはわたしには効かないので、
オエオエ必須。

夕飯を7時くらいに食べて、
そのあとは、水をちびちび飲んで我慢している。
水が飲めるだけマシだ。

片付け事は、ダンボール一箱分だけやった。
躍起にならないこと。
これが今のわたしには重要なミッション。

胃カメラ、ホント嫌だけど、頑張る。

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中断ができない。

わたしは、幼い頃から、
やっている作業に熱が入りすぎて、
中断することができなかった。

保育園に預けられていた当時、
お絵かきをしていて、
わたしはたびたび、お漏らしをした。

尿意はわかっている。
トイレに行かなくてはとも思う。
でも、お絵描きを中断することができなくて、
もらしてしまうのだ。

まだ小さかったから、母に、その真実を説明できなかった。
ただ、自分でそういう自覚があっただけだ。

勉強も、自分が組んだ予定通りに進行できないと、
わたしは一人でヒステリックになった。
思う時間にお風呂に入れないと、
悔しくて泣くくらいだった。

明らかに、ちょっと異常だと思う。

集中力はあった。
働き始めてからは、ぐんぐん力をつけた。
でも、そのときやっている仕事を遮られて、
直し作業とか、間に合わない人の手伝いとかをさせられるのは、
ひどく苦痛だった。
途中で仕事を取り上げられるのも悔しかった。


昨日、部屋の棚と、飾り棚の中身を、
梱包して箱に詰める作業を始めた。

最初は、夫に手伝ってもらおうかと考えたが、
ちらっと言ったら、
朝から作業やれないのは嫌だと言われたので、
一人でやることに決めた。

一人のほうが全然気楽だ。

段ボール箱に本を詰め込み、
どの棚のどんな本が入っているかを付箋に書いて貼る。

本は詰めるだけだが、
ガラス製の飾り物は、丁寧に梱包して行ったので、
夜中まで根を詰めて、やってしまった。


ちまがうるさく餌をねだるので、
ウェットのフードを、半分量、与えた。

そしたら、わざわざ、マットと座椅子の上で、
盛大に吐いた。

ムギにオシッコ攻撃されたときに、
敷いていたお気に入りのラグは捨てたので、
部屋はほとんどがフローリングだ。
床で吐いてくれれば楽なのに、わざわざマットに吐いたので、
わたしは頭に血が昇った。

後始末をしながらちまを怒り、
「お布団では吐かないでよ!」と言って、
トイレに処理に行っていると、
畳んであったお布団にわざわざ登って、
ちまがまた吐いた。

完全にブチ切れた。
ちまを一発叩いて、
逃げるのを追い詰めて捕まえて、
トイレに閉じ込めた。


わかってる。
吐くのは苦しい。
わたしだって、よく吐く子供だった。
息子だって、よく吐く子供だった。
悪くない。

でも、あと一箱やっちゃおう!としていたのに、
布団にまで吐かれて、
完全にわたしはイカレてしまった。

ちまを閉じ込めたのは、これ以上危害を加えないためだ。

クールダウンしなければ。

わたしは、作業を終わらせて、
自分はシャワーを浴びて、
しばらくしてから、
ちまを部屋に戻した。

ちまは、許してくれた。
寄って来て、顔を見上げて、甘えてくれた。
天使ちゃんなのに、ひどいことしちゃった。

もう、ラグは捨てる。
寝る場所が減って、ちまは、
お布団の、自分が吐いた場所に寝た。

まるで責任を取っているみたいだよ。

ごめん。
ごめんねちま。
ちまが居ないとママ生きて行けないくせに、
一番奥に閉じ込めてある凶暴な自分が出ちゃったよ。

わたしは、凶暴なのだ。
小さい頃からの怒りを、ずっとずっと、閉じ込めてある。
怒りを手放せない。

凶暴性を出してしまっては、母と同じになるので、
毎日、ものすごい力で、
自分を抑圧しながら生きているのだ。

自分より弱いものに牙を向けるなんて最低。

ちま、本当にごめんね。


一日あけて、
ちまは、食事を遠慮している。
与えれば食べるが、ちょうだいと言いに来ない。
お布団の、自分が吐いた場所に寝ている。

ちまは、色んなことがわかってるのだ。

ごめんよちま。
二度と叩かないからね。
ママ、最低だったね。

今日は作業はしなかった。
もうダンボールが無くなってしまったので、
スーパーに言って、不要なダンボールをもらって帰ってきた。

少しずつ、やろう。
根を詰めては駄目だよね。
もっと自分を知り、律しなければ。

心から反省している。

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なんて楽しい日。

お昼過ぎに夫からメールがあって起きた。
夫は、毎週毎週、
アパートのリフォーム業者さんと打ち合わせをしている。
それで、何かあったらしく、話をしに来た。

週明けから工事が始まる。
当初の予定では、まず、
水漏れを起こしている一階の地下からとりかかることになっていたが、
変更になり、
足場を組んで、二階から始めることになったそうだ。

ただ、様々な業者さんが入り乱れて作業をするので、
まだ、何日にスタートかはわからない。
ただ、後半に行うはずだったけれど、早まったので、
部屋の中の片付けにもう取り掛からなくてはならない。

作り付けの棚に入れているものはすべて出して箱詰め。
置き場所を変える書棚の中も、
全部出して、空っぽにしておかなくてはならない。

夫が丈夫そうなダンボールを持ってきてくれた。
明日から、コツコツ始めよう。

夫がランチがまだだったので、
バターをいっぱい乗せたトーストを焼いてあげた。

そして、午後、一緒に出掛けて欲しいという。

来月、大学の同窓会があるそうで、
夫が幹事なのだが、
居酒屋を下見して決めたいので、一緒に来てくれと言われた。
居酒屋で食事できるので、即OK。

着替えて降りていった。
そーっとムギのところに行ってみたら、
ムギ、小屋に入っていた。
「ムギちゃ~ん。」
わたしは、「ムギ箱」に隠してあるおかかを取り出して、
「ムギ、おかか食べる?」と聞いた。
ムギは欲しいと言って鳴く。

小皿に入れてあげると、小屋から出て来て、
車の下に入った。
お皿を置いてやったら、喜んで食べたよ。

そのあと夫と二人で出掛けた。

今日は、気温はそんなに高くないのに、
すごい湿気で、大変不愉快な気候。
ちょっと歩いただけで汗だくになった。

夫は、居酒屋の候補を3軒出していた。

一軒目は、まだ営業前だったが、予見したいと申し込んで、
個室を見せてもらった。
すごくいい部屋。
しっかり区切られているし、掘りごたつ方式なので楽。

ここに決めてもいいかな~と夫が言っていたけれど、
せっかくだから他も見るだけ見たら?と言って、
見に行ってみた。

二軒目はもう営業していて、
若いグループが大声を上げて騒いでいた。
タバコが煙い。

見せてもらった部屋は、半個室で、静けさは求められない。
客層もイマイチ。

お礼を言って外に出たが、
「ここはないわ~。」と意見が一致。
一軒目に見たところにすることにした。

その店はまだ営業が始まっていなかったので、
駅ビルで時間を潰してから、
再度行って、宴会の予約をした。

そのあと、店に客として入って、
飲んで食べた。

和食っぽかったが、パスタやピザもある、創作料理。
牛のミスジのステーキを頼んだ。
本マグロの握りも。
すごく美味しかった!

お酒も、わたしはモヒートを飲んだのだが、
味が濃くて、しっかりしていた。
ミントもいっぱい入っていた。

ただ、オーダーを取る子が、まったくの新人らしく、
端末機を使えていなくて、
頼んでいないものが来て、頼んだものは来なかった。
でも、まあ、仕方がないかとクレームは入れなかった。
本来わたしはクレーマーなので、
本気で許さないときは絶対に許さないのだが、
今日は言わずに許してあげた。

外に出ると、まだ7時で、明るかった。
「カラオケ行きたい!」と夫にねだってみた。
その居酒屋が、カラオケ屋の上の階だったのだ。
すると、夫は、「いいよ。」と即答してくれた。

嬉しい。
カラオケも久しぶりだけれど、
夫とは、結婚してからは、来ていない。
実に8年ぶりだ。

付き合っている頃は、居酒屋で飲んで、
そのあとよくカラオケに行った。
夫は特別歌うのが好きという人ではないが、
わたしの歌は、ちゃんと聴いてくれる人だ。

久しぶりなので、最初は声が出ない。
音程も安定しない。

でも、時間がもったいないので、ガンガン曲を入れて歌った。
わたしが3曲歌って、夫が1曲歌う、みたいなペース。

夫が好きな歌も入れて歌ってあげた。
一時間半、頼んだのだけれど、すぐ時間が経っちゃったよ。

帰りの電車で、「声量落ちたね。」と言われた。
夫と付き合っていた頃は、とにかくしょっちゅうカラオケに行っていたので、
もっと声が出せたし、音もはずさなかったのに、
今は、5~6曲歌って、ようやく声が出てくるという感じ。

普段も喋っていないから、声が出ないのだ。

夫が、「ボイストレーニング受けて、一杯歌って、発散したら?」
と言ってくれた。
そうしたら、うつ病も少し良くなるんじゃない?って。

確かに、わたしは歌ったときが最も発散する。
それはいいアイディアだと思った。

夫の女友達で、いつも一緒にコンサートに行く人が、
やはり精神の病だったのだが、
ボイストレーニングを受けて、自分でライブを開くことがあるという。
かなり回復したらしい。

わたしも、毎日好きなだけ歌えば、
ひょっとしたら良くなるかもしれないね。

一人カラオケは気楽だが、
夫と一緒も楽しかった。
また一緒に来たいな。

帰宅してからシャワーして、
床をクイックルで拭き掃除した。
ゴミをまとめたり、片付けごとをして、バタバタした。

明日から、棚の中を片付けて行かなくては。
断捨離したいのだが、
わたしは本を捨てることができなくて困る。
大概が一回しか読んでいない本なので、
死ぬまでにもう一回読みたいのだ。

飾り物も、気に入って買ったものばかりだし、
どう減らせばいいかわからない。
持ち物に対して、すごく執着があるので、
何も捨てられないのだ。
困ったな。

それにしても、今日は楽しい一日だった。
一番身近なのは夫なのだから、また一緒に遊びたい。

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忘れることはない。

恐ろしい夢を見ていた。

仕事を失った。
収入が途絶えた。
もちろん貯金はなく、
カードローンもしている。

月末が来る。
どうやってカードローンの返済をしよう?
家賃をどうやって払おう?
電気代は?
ガス代は?
督促状の嵐。
恐怖で家の電話には出られない。

息子を抱えて、恐怖に立ち尽くしている自分。


そこで、ハッと目が覚めた。

現実に戻るまで、しばらく時間がかかった。

そうだ。
わたしは、結婚したんだ。
夫がいるのだ。
住まわせてもらえる家があって、
月末の支払いに怯えなくてもいいんだ。

息子は無事に大人になり、
結婚して家庭を持ったのだ。
もう、子供じゃなくなってる。

そのことに気づいて、わたしは泣いた。


貧乏は、怖かった。
電話に出られなかったのは事実だ。
督促状が来てたのも実際に起きていたことだ。
働き始めたばかりの息子に、生活費を出してもらった月もあった。
辛かった。

今、わたしは、何も困っていないじゃないか。
なんてありがたいことだろう。
わたしを恐怖から救ってくれたのは夫だ。

夫がいるから生きていられる。
全部夫のおかげだ。
あの恐怖から救ってくれた。


息子のお弁当に、何も入れるものが無くなった日もあった。
仕方なく、玉子だけのチャーハンと、
キャベツだけの焼きそばを、お弁当箱を斜めに区切って入れ、
紅しょうがで飾って、持たせた。

息子が持って帰ってきた、空っぽのはずのお弁当箱に、
エビのシッポが一個入っていた。
息子に尋ねた。

すると、息子は、
自分のお弁当をみんなが珍しがって、食べたがったので、
回してあげたのだという。
そしたら、その中の一人が、お礼に、
エビフライを一本くれたのだそうだ。

それを聞いて、わたしは泣いた。

そんなお弁当を、恥ずかしいとも思わずに、
友達に回してあげられる息子。
エビフライもらったと嬉しそうに語る息子。

あんな貧しいお弁当に文句も言わず、
何も贅沢を言わず、
手巻き寿司のメインがカニカマでも、喜んでいた息子。

苦労をかけた。
すごく切ない。
ごめんよ。

そればかりか、「貧乏、いま役に立ってるよ。」と言ってくれる息子。

あの、エビのシッポを思い出すたびに、
わたしは泣く。

そして、夫は息子の結婚式に出てくれて、
結婚のお祝いも、
マンションを買った時のお祝いも、沢山してくれた。

全部夫のおかげだ。



わたしは、起きて、夫に、
一緒にお昼ご飯どうですか?とメールをした。

わかめ、ねぎ、みょうが、大葉、揚げ玉を入れた、
ぶっかけそうめんを作って、
二人で食べた。

食後に甘いコーヒーを入れて飲んだ。

怖い夢のことは話さなかった。

つい、愚痴書いてしまうけど、
夫がいなかったら、
わたしはすでに、生きていなかったかもしれない。

息子に、良くしてくれて、感謝している。
何よりも、夫の存在が、息子の重荷を減らしてくれている。
ありがたい。
本当にありがたい。


貧乏は、辛いのではなく、恐怖だった。
今、猫を飼い、好きな音楽を聴いて生きているこの幸せを、
噛み締めながら、毎日を過ごそう。

貧乏の恐怖を、忘れなくてもいい。
今の生活に感謝する材料だから。

だけど、心の中に染み付いた恐怖からは、
逃れられないものなのだとあらためて思った。

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怖すぎない?

わたしには、きょうだいがいない。
子供も一人しか産んでない。
だから、きょうだいがどんなものなのか、
まったくわからない。

経験がないので、想像すらできないのだ。
いればいたなりのいいことがあり、
いればいたなりの煩わしさがあるのかも、と思うだけ。

ゆうべ、金平ゴボウを作ろうとして、
夕方、黙々とゴボウを刻んでいた。
いかにばらつきを少なくするかが、味の決め手になるので、
一本一本の太さやボリュームを揃える。

こういう地道な作業は、割と好きだ。

でも、思い出してしまうことがある。

わたしの実家は、
両親が社交的で、
また、父が長男ということもあり、
親戚や、近所の人などで、よく宴会が行われた。

そういうとき、わたしは、
叔母(母の妹)と二人で、
こういう地道な下ごしらえを延々やらされていたのだ。

ゴボウの千切り、人参のささがき、
キャベツの千切り、きゅうりの輪切り。

味付けをして華やかに登場するのは、いつも母だ。
母は、一人で作ったかのように自慢げに並べて、
さあ食べて!と明るくふるまう。

わたしと叔母は、その頃は鍋を洗っている。

母は、言葉巧みに、
人に嫌な、面倒な、汚れる作業をやらせる天才だった。

親子丼を作って、最後に、
部屋から呼び出されたわたしに、海苔を揉んで上からかけて、と命令。
わたしはその作業が、嫌いだ。
生理的に、手がべとつくことが嫌なので、
「そのくらいおかあさんやってよ。」と言うと、
「だって手が濡れてるんだもの!」と怒る。

濡れてれば拭けばいいだけじゃないか。

お風呂掃除をしろと言われる。
わたしが勉強中か何かで、おかあさんやってよと言うと、
だってお腹がつっかえて届かないんだもの、と言う。
普段は自分が太ってること、絶対に認めないくせに。

おばあちゃんが、「何か手伝おうか?」と台所に来ると、
毎回必ず、
生ゴミを、畑に埋める作業を言い渡す。

自分がやりたくないことを言葉巧みに人にやらせ、
手柄だけは、かっさらって行くのだ。

そんな母の卑怯な一面に、気づいていない人がほとんどだ。

叔母が、いつも、法事や宴会に手伝いに来させられて、
見えない台所の隅で、わたしと一緒に、文句も言わず、
地道な下準備をしてきたのに、
母は一切叔母を褒めない。

悪口ばかり言う。

自分の妹なんだよね?

わたしにはわからない。

いくら色々してあげても、全然お返しをして来ないとか、
気配りができなくてイライラするとか、
料理が下手だとか、
影でわたしに悪口を言うのだ。

いい加減、嫌になって、
ずいぶん大人になってから、わたしは反論した。

してあげたくてやっているのなら、
叔母ちゃんがどんな態度であろうと、してあげればいいんじゃないの?
もし、態度が不満だったら、してあげなきゃいいんじゃない?

母は、優しいのではなく、
自己顕示欲の強い人だ。
だから、一人暮らしになった叔母に、おかずを運んだりしていたが、
何もお返しが無いといって怒っている。

じゃあさ、やめればいいじゃん。
それでもしてあげたいなら、
見返りを求めるのは、おかしいよ。

もちろん、わたしの意見など聞く母ではないので、
言っても無駄だけれど、
あんなに影で尽くしてくれていたことは、
無かったことになっている。

自分の妹の悪口を言うなんて、
どういうことだか、わたしにはわからない。


再婚してから、長女に、
わたしは尋ねたことがある。
長女は家事に参加するし、おばあちゃんの世話もする。
でも、次女は、しない。
そういうことについて、どんなふうに感じるのか教えてもらった。

長女は、あっさりこう言った。
「だって、二つも年下の妹だもの、しょうがないと思うよ。」

なんて心のきれいな子だと感心した。

見返りがないことに対して、母は異常に厳しい。
あげてもあげても、何もくれないと陰口を言う。
ならばもう、やめてしまえ、とわたしは思う。

陰で悪くいいながら、笑顔でおすそ分けって、怖すぎない?
母は、人の努力をかってくれない。
手柄だけかっさらって行く、卑怯な人間だ。

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勇気を出して良かった!

ゆうべは、嫌なドクターの件でモヤモヤして寝付けず、
また朝になってしまった。
本当にストレスに弱い。

でも、弱いとわかっているからこそ、
回避するためには、自分が動かないと。
自分で頑張るしかない。

出張の夫から、
仕事が早く終わったので帰りますとメールが来て起きた。
一緒に夕飯を食べることにしているから、
急いで起きてパンを食べて着替えて、
病院に行ってきた。

こんなとき、近くにこんな大きな総合病院があって便利。

まずは、総合案内に立ち寄り、
相談をしてみた。

昨日、内科の中で、消化器内科の先生に回してもらったが、
とても、耐えられないんです、と言ってみた。
受け付けの方は、すぐには理解はできなかったようだった。
だから、仕方なく、医師の名前を出して、
この先生が、ちょっと耐えられないので、と言った。

そうしたら、ああ、先生を代えたいんですね、と
わかってもらえた。
そして一覧表を見て、
「幸い、今日はその先生が居ない日なので、このまま内科に行って、
相談してください。」と言ってもらえた。

二階の内科受け付けに行ってみた。
午後の病院はすいていた。
受け付けの人に、「ご相談があるのですが今大丈夫でしょうか?」と聞いた。
そこで、昨日、リウマチ内科から消化器内科に回してもらったが、
その先生にちょっと耐えられないので…、と言った。

そしたら、察しが良くて、
「先生を代えたいんですね?」と聞かれた。
わたしは、「申し上げにくいのですが、そうです。」と答えた。
すると、思いのほかあっさりと、
「わかりました、いいですよ。」と言われた。

なので、昨日の予約は全部キャンセルで、
他の消化器内科の先生に担当してもらいたいと言えた。

もっと揉めるかと思って覚悟していたので、
すごくあっさり認めてもらい、安心して力が抜けた。

受け付けの人は、キャンセル作業だけでなく、
今日、今、別の消化器内科の先生が診察しているので、
もし良かったら受診して行かれますか?と勧めてくれた。

ありがたい。
なんて親切なの?
わたしはお言葉に甘えて、受診しなおすことにした。

新しく担当してくださるのは、
若い女医さんだった。

まずはきちんと体調や不具合を問診してくださり、
飲んでいる薬についても、一つずつ全部記入していかれた。

しかも、胃カメラを受ける予約を取るのに、
午前中と決まっているのですが、何時くらいが都合がいいですか?って、
質問してくださった!
昨日の医者とはどうしてこんなに違うの?

わたしが早朝は起きられないので、一番遅い時間でお願いしたいと言うと、
最終の、11時半で空いている日をいくつも教えてくれた。

昨日の医者は、9時以外は受けないと言いやがったのだ。
日にちはもっと先で予約していたから、いくらでも空きはあったはずなのに。

それで行ける日を選んで、
11時半の予約をお願いした。
すぐに結果がわかるように、その日の午後にも診察を入れてくださった。

もちろん、何か病変があれば切り取って、生検に出すので、
その場合は二週間後にまた診察になるとのこと。

すごく丁寧に優しくお話ししてくださった。
もう、全然気分が違う!
勇気を出して、今日、来てみて良かったよ!

胃のレントゲンのロムも、受け取ってくださった。
胃カメラのとき、わたしには麻酔は効かないことも話せた。
当日、担当の看護師に言ってくださいねと言われた。

言ったところで、まさか全身麻酔するわけにもいかず、
オエオエしながらやるしかないのだが、
この先生が担当だと思えば、頑張れる。

言葉が悪いが、昨日の医者は、人としてクズだ。

担当医を代えてもらえて、本当に良かった。
気持ちが明るくなった。
頑張ろうって思えるようになった。


夫は早めの時間に帰宅したが、
いらしていたお姉さんにつかまって、色々話し込んだらしい。
なので、夕方ムギにはわたしが餌を入れておいてやった。
ムギ、まだ、パパが帰ってることに気づいていない。

7時くらいに大雨になって、テレビの音が聞こえないくらいになった。
こんな雨なのに、ムギはどこにいるんだろう。

食事を終えて夫が戻ると、ムギが帰って来ていたそうだ。
でもさっきの暴風雨で、ムギのリビングがびしょぬれになって、
わたしたちが座る座椅子もびしょぬれだったそうだ。

そんな中で、夫はムギを抱っこしていたらしい。
ムギ、パパがいないと憔悴してしまうくらいだから、
会えて嬉しかっただろう。

でも夫の出張は来週も続く。
ムギ、ママに甘えればちょっとは気が紛れるのに、
代わりにはなれないんだね。


胃カメラ、3年前にやっている。
あの時は、胃酸の逆流がすごくて、
町の内科医に行ったら、5種類くらい薬を出されてしまって、
不審になって、今の総合病院に行ったのだ。
胃カメラ、オエオエで終えたけれど、
技師さんが、胃はきれいでしたよ、ってその場で言ってくださった。

事前の軽い麻酔で、起きられない人も多くて、
ベッドやソファで寝ていて帰れない人がいた。
わたしには麻酔は効かなかったので、ケロッとして帰った。

うん。辛いけど、頑張ろう。
そんなに長い時間ではないらしい。

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耐えられないから逃げる。

リウマチ内科の診察日だった。

自分で打った注射器を瓶で保管していたのだが、
持って行って引き取ってもらった。
ゴミで出してはいけないものなのだ。

今日の採血の人は上手だった!
ちくりともしなかった。

リウマチの状態は、前回に比べて、
かすかに、良くなっている程度だった。
薬を減らすことはできず、また、もう6週間、
飲み薬と注射をすることになった。

心電図で引っかかったことを話し、
持参した心電図を、先生に見ていただいた。
食後と、長く立っている時に、
苦しくてしんどいことも話した。

先生は、引き出しから特殊なスケールを取り出して、
心電図の波形に当てて、数値を読み、
わざわざ、「スマホ使ってもいいですか?」と聞いてから、
計算を始められた。
特殊な計算式をスマホに入れているそうだ。

そして、
「大丈夫。問題ないです。」とおっしゃった。
あっさり。
誤差の範疇と思っていいそうだ。

じゃあ、食後とか、立ってるときにしんどいのは何故ですかね、と聞いた。
とりあえず、弱い胃薬を出してくださることになった。
そして、胃にポリープがあるのなら、
早めに胃カメラやってはどうですか?と勧めていただいた。

そのとき、まだ受け付けのできる時間帯だったので、
今日、消化器内科にもかかって行かれますか?と言って下さった。
それがいいかなと思い、お願いすると、
その場ですぐに紹介状を打ってパソコンで送って手配してくれた。

しばらく待っただけで、すぐ違う診察室に呼ばれて入った。

すると、3年前に受けたわたしの胃カメラの画像を、
先生はもう見ているらしく、
わたしが、今回の胃のレントゲンのロムを差し出しても、
「今ここで見る必要はないし、セッションもしません。」と言われた。

ええ?
そんな言い方…。

それですぐさま同意書を出され、
めちゃ早口でリスクを説明されて、
同意書にサインさせられた。

胃カメラの時間帯を、できれば遅めで、と頼んだが、
カメラは9時ですから、って、聞いてももらえなかった。

リウマチの先生が、症状を記入して送ってくださったにしても、
問診とか、あるはずと思っていたので、
わたしはすごいモヤモヤしてしまった。

あんな先生、嫌だ。

リウマチ内科の先生が、良すぎると言えば良すぎる。
すごく優しくて丁寧で、
どんな相談にも乗ってくださる。
それと比べたらいけないのかもしれないけれど、
あの先生では、わたしは頑張れない。

帰宅して、モヤモヤしたまま昼寝をして、
起きてからもずっと考えていたのだが、
やはり、どうしても嫌だ。

医者として優秀かどうかは知らないが、
人として、こんな人とは、一緒に頑張れない、という思いが、
更に強くなってしまった。

こんな気持ちのまま、過ごしたくないし、
すでにあの先生には、二度と会いたくもない。

明日、病院に出向いて、
もう一回、他の先生で、診察を受けなおせるよう、
相談してこようと思う。
二度手間になってもいい。
耐えられない。

こんなにストレスを受けてしまうような相手と、
接するのは無理だ。
逃げるしかない。

何でもなければ、結果を聞くだけで済むかもしれないが、
あんな人が、主治医になるのはどうしても嫌だ。

軽い麻酔なんて効かなくて、オエオエになってしまうわたしには、
胃カメラを受けるのは、相当な拷問なのだ。
覚悟が必要だ。
なので、それ以前に、信頼できない医師とは会いたくも無い。

ストレスに対する、耐性がないのだから、
逃げるしかない。

リウマチの注射を受け取りに薬局に出掛ける必要があるから、
病院に行って、
予約を取り直すことにする。

じゃないと、自分がおかしくなっちゃうよ。


夫が出張で留守だと、
ムギは居なくなってしまう。
憔悴するのだろう、餌にも手をつけていない。

大好きなシーバをお皿に入れて、
おかかをトッピングしておいてやったら、
それだけは少し食べた形跡があった。

パパがいないから代わりにママに甘えるってことが、
できないんだよね。
ムギを救ってくれるのは、パパだもんね。

夫の出張は続く。
ムギ、寂しくて辛い日が続くね。
心配だな。
今日は一回も会えなかった。

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Time is Money

これは理念の違いであって、
どちらが正しいということではなく、
それぞれの人が、どこに重きを置いているかの差である。

わたしは、現金だけがお金なのではないと思う。

時間と、労力も、立派なお金だと思っている。

まあ、自分が今、一円も稼いでないので、
そう思わないと生きていけないからかもしれないが。

わたしの父は非常に時間に厳しい人だ。
わたしもそれを当然のように育ったので、
平気で遅刻してくるような人とは、
うまく付き合えない。

約束の時間に、遅刻して来るということは、
待ち合わせている相手の時間を、
勝手に消費していることになる。

相手を食い潰しているのと同じことだ。

現金を節約したいがために、
たっぷり時間を消費したり、
他人の労力を使う人がいるが、
時間も、労力も、決してタダではないのだ。

だから、労力がどうしても足りなければ、
お金を使って解決すればいいと思う。

いまどきは、物質だけでなく、いろんなサービスを、
お金で買うことができる。
わたしは、もし自分にお金があるならば、
人に無理にお願いしたりせず、
サービスを買ったほうが、いっそ気が楽だ。

でも、自分のお金がないから、今はどうすることもできない。


夫に相談しても、わたしの意図を理解されないことが多い。
自分が、いろんなことがやれないので、
仕方なく夫に相談するのだが、
夫はわたしのことを、かなり馬鹿だと思っているらしく、
わかりきってる常識を延々と説かれて、
じゃあもういいよって気分になっちゃう。

自分でやれるなら、やるよ。
そのほうがどんなに楽か。
もし一人でやれるなら、なんだって一人でやるよ。

昨日、夫がお姑さんに、書類を書かせていた。
それを聞いていると、夫は、
必要な情報も、その瞬間に必要の無い情報も、
全部を言葉にして喋っていた。

あれでは、何を言われているのか、お姑さんは理解できないだろう。
もちろん、わたしにも、理解はできない。

頭に浮かんだことを全部、言葉として発するタイプのようだ。

だから、一つ、「これって、できる?」と質問をすると、
夫は即座に、「できる。」と答え、次に、
「できない。」と続く。
思考していることが言葉として出てしまうので、
聞いているわたしは、混乱する。

この前は、洗濯物の干し方について、
延々数分間、説明された。
わたしが何十年、洗濯物を干しているのか知らないのだろうか。

だけど、わたしには、人の話をさえぎるという不躾なことはできないので、
仕方なく延々聞いているしかない。

夫婦は、喋ることが大切らしい。
でも、どちらかが圧倒的に多く喋っているのでは、
バランス悪くないのかな。
聞くのが好きな人もいるけれど、
会話は、キャッチボールがいいと思う。


わたしは、息子にも、時間を守ることについては厳しくした。
だから、二人でデートするようになって、待ち合わせると、
お互いがそれぞれ、10分くらい早く到着していたものだ。

結婚して、息子は、お嫁ちゃんのペースに合わせるようになり、
すこし、ゆるくなった。
お嫁ちゃんは、毎日お風呂に一時間も入り、
トイレも、大丈夫かな?ってほど長い。

実家に一緒にいるとき、
どっちが先にお風呂に入るかを決めるまでのあいだに、
10分くらいが経過していたよ。
10分あればわたしのお風呂なんて終了しちゃうな~と思いながら、
二人のやり取りを、ほほえましく見ていた。

息子が幼稚園に入ってわたしは働き始めたので、
いつも小さい息子の手を引いて、走っていた。
その姿が、同じマンションのママさんたちの間で、
ちょっと評判だったらしかった。

雨の日は、二人でカッパを着て自転車で走る。
いつもいつも、走っていた。

幼稚園から帰ってくると、
息子は時々、長かったわたしの髪を櫛でとかしてくれた。
安らぎのひと時だった。

抱っこしあって一緒にお風呂に入った。
もう戻ってこないあの時間。

お金で買えない時間が沢山ある。

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ごめんねムギ。

すごい暑かった。
買い物に行く前に、母屋に行き、
夕飯を食べる人数を確認する。

そのときに、ムギがいるかと思って覗いたのだが、
留守だった。
こんな暑い時に、いったいどこで涼んでいるのだろう。

ムギに出会ったのは一月で、
三月に保護して部屋に入れ、
六月には夫の部屋に移ったので、
真夏の外のムギを見るのが初めてなのだ。

安易に部屋に入れてしまったこと、
心が折れてムギをケージに閉じ込めてしまったこと、
本当に心が痛む。
ごめんねムギ。
悪かったと思ってる。
本当に、辛い思いさせてしまってごめん。

買い物から帰宅すると、夫からメールが来ていた。
区役所に行きたいので半休を取ったとのこと。
すると5時くらいには帰って来るだろう。

夫が帰ってきたら、もうムギに会えない。
わたしは洗濯機を回して、その足でもう一回行ってみた。

ムギ、帰って来ていて、
わたしと夫が座る座椅子に、ちょこーんと座っていた。

ムギおかえり~。
かわいい!
座椅子に座ってる。

おかかの袋を見せて、食べる?と聞いたら、
食べる~と鳴く。
くるくると頭を撫でてやった。
小皿におかかを入れて、置いてあげたら、
しゃくしゃくと元気良く食べた。

ムギが小さくなったように見えるんだけど、
夏毛になったからかな。

それから夕飯を作って、寸胴鍋を抱えて母屋に行った。
ムギは、今度は、庭の、飛び石の上にだらっと座っていた。
声をかけるとちゃんとわたしを見てくれて、
話も聞いてくれる。

ママに、怖いことはされないって、やっとわかったみたい。
あまり逃げなくなった。

夫は帰って来ていて、お姑さんに書類を書かせていた。
わたしはいつものように器に人数分分けて、
帰ってきた。

そのあと夫が、書類を取りに来てと言ってきたので、
また母屋に行った。

ムギは車の前に居て、
わたししが声をかけたら、文句を言い始めた。

パパ帰ってきたのに、来てくれない。
お腹すいたのに、パパがご飯くれない、と言っている。

書類を受け取って、夫に、
「ムギ待ってるよ。文句言ってたよ。」と言うと、
何でもその日のうちにやってしまいたい夫は、
用事があるんだよ、忙しいんだよ、
キミが行ってくれよ、という。

けれど、パパが帰って来ているのを知ってるので、
わたしが行ってもどうせ来ないと思って、
行かない、と言って外に出た。

するとまたムギが車の前で、文句を言っているので、
ムギのリビングに行き、おいで~と呼んでみたら、
予想に反して、鳴きながら近寄ってきた。
あらびっくり。

カリカリを持っていなかったので、
とっさに、スープを皿に出してやり、目の前に置くと、
久しぶりで嬉しいのか、
すごい勢いで飲み干した。

そのあと、わたしの隣に、来たそうな顔をした。
甘えたい時のムギの顔は良くわかる。
いいよ、ムギ、こっちにおいで、と言っていたら、
ちょうど勝手口から夫が登場して、
ムギは車の下にもぐっちゃった。

きっとあのまま一緒にいたら、撫でられただろうな。
でも、ママ、無理しないよ。
またムギから来てくれるまで、辛抱強く待つよ。

ムギがけなげに、庭や小屋で過ごしてくれていて、
本当に可愛い。
いてくれてありがとう!って思う。

いてくれるだけでいい。
ムギの存在そのものが大切だから、居て欲しい。

ケージに閉じ込めてた時期、
本当にごめんよ。
お外を駆け回っているムギが、一番イキイキしているね。

冬になったら、また、精一杯あったかくしてあげるから、
夏場を頑張って過ごしてね。

夫の出張が多くなった。
ムギは寂しいと思う。
代わりに、わたしに甘えてくれればいいのに、
ムギは、パパがいないと、ご飯も食べられないくらい、
憔悴する。
リビングにもいなくなっちゃう。

またムギが、ピトッとくっついてくれる日を待つよ。
可愛いムギちゃん。

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嘘のような自分。

わたしはやっぱり、どこかおかしいのだと思う。

なのによく、息子をまともに育てられたと思って、
今更ながら、安堵する。

命を預かるという重圧に、
わたしは時々押し潰されそうになっていた。

前夫はまったく頼れないヤツだったので、
わたし一人が息子の命を守らなくてはならなかった。

もし、今のわたしだったら、
あんなふうにヒステリックになったりしない、とか、
あんな言葉で怒らなかったのに、とか、
反省することだらけなのだ。

母のような母親にはなるまいとして、
それを信条として頑張ったが、
繊細すぎるあの息子を、よくぞ育てられたと、
あらためて、胸を撫で下ろす。

素敵なパートナーと結婚できたから、
わたしの役割はめでたく終了した。

あとは、生きていようが死んでいようが、
息子を見守るのが仕事だ。


弱い子だった。
小学校に上がるまでは、いつ死んでもおかしくないと思い、
毎日が不安だった。

生物学的に、女の子のほうが丈夫で、
男の子が死んでしまう確立が高いので、
最初から、ちょっとだけ男の子が多めに生まれるのだ。

それが、医学の進歩で、死なせずにすむようになって、
男のほうが、ちょっと余る。
だから、息子がうまく結婚できるのだろうかと、
心配だった。

でも、たとえ、男性を連れてきて、
この人と暮らすって言われても、
反対だけはするまいと思っていた。

わたしはただ、
息子が自分の命を、自分で守れるようになるまでの間、
その命を預かり、
育てさせてもらったにすぎない。

もし許されるなら、来世でも育てたい。
今度は絶対に、傷つけないようにする。

今のこの、何にもできないわたしが、
育児をし、家事をし、働きながら、
人付き合いもしていたことが、信じられないよ。

合わない仕事もいっぱいやった。
合わない人とも付き合いがあれば我慢した。
もちろん、いっぱい失敗した。

唯一成功したのは、
息子を泣かせてやれたことだけだ。
恥ずかしくないよ、ママしかいないから泣いていいよ、と
肩を抱いて泣かせてやれた。

わたしがしてもらえなかったことを、
してやれた。


人は心に安定がなければ、
人を大事にすることも出来ない。
ガラスのハートだった息子が、
今はお嫁ちゃんにすごく頼りにされている。
すごいなあ。
よくあんなふうに育ってくれたなあ。

息子はわたしにも優しかった。

ちょうど今みたいに、不整脈がひどくて、
階段を登るのがしんどい時期、
息子は、ちょっとだけ先に階段を登りながら、
わたしに、ひじを、差し出してくれていたのだ。

手をつなぐのはさすがに恥ずかしいが、
はあはあ言うわたしを置いていくことはせず、
このひじに掴まりなよ、ってことだったのだ。
もちろん、お互いが無言。

優しいなあと思った。
人に優しくされるって幸福感を、
息子はずっとわたしに与え続けてくれた。


今は、ちまが目の前で、しどけない格好で寝ていると、
いとおしい。
冬場の、丸まった猫も可愛いが、
夏場のだらけた猫もいとおしいものだ。

毎日ずっと一緒にいるのに、
毎日可愛い。

天使ちゃんだ。

母からは優しくしてもらえなかったが、
今はわたしに優しい人がいっぱいいる。
あんな環境で頑張って生きていたわたしが、嘘みたいだよ。

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公開処刑。

わたしは、田舎の小さい町に生まれ育った。
でも、その町は、地形的にそこしか平地が無く、
狭い隙間に、JR、新幹線、高速道路、国道二本が、
ひしめき合って通っている。

古い時代には関所があった場所だ。

新幹線の、「イエロードクター」などは、
今は鉄オタの人たちが大喜びするけれど、
わたしたちにとっては、時々見かけるものであった。

交通の要所であったため、
小さい町なのに、大きな工場がいくつかあった。
地方から、若い人たちが、住み込みでやってきていた。

母もそのうちの一人だ。

若い人が多かったので、小さい町ながら、
映画館があった。
パチンコ屋も、ボーリング場も、スケートセンターもあった。

わたしの両親は結婚の時に家を出て、
「貸し間」暮らしをしていた。
トイレと台所が共用。
お風呂はそれぞれが、自分の勤め先の工場で入って帰宅したそうだ。

そんな折に、山が切り開かれて宅地が造成され、
町営の住宅地が出来た。
すごい倍率だったそうだが、母がすごくクジ運を持っていて、
その住宅を引き当てて引っ越した。

6畳、4.5畳の部屋に、3畳くらいの台所。
お風呂と、男女別のトイレという小さな平屋だった。
でも、そこそこ庭もあり、濡れ縁もあって、
貸し間から比べたら天国だったと聞いた。

わたしはそこで生まれて育ったのだが、
小学生の頃に、建て増しをして、部屋が増え、
新しい3畳間に、
母の内職のミシンと、わたしの勉強机が置かれた。

わたしが小学5年生の時、ふらりと現れた一人の大工さんに、
台所を改装してもらった。
出窓になったり、窓も木枠からサッシになって、
薪だったお風呂は、石油で沸かす風呂になった。

ある時、学校の近くの消防署から、消防車が出動していった。
東の空に、煙が見えていた。
当時、火事や行方不明があると、
町内放送で知らされたのだが、
学校の窓から聞いていても、聞き取れなかった。

わたしは、その頃、不登校になっていた女の子の家に、
毎日、給食のパンと、プリントを渡しに寄っていた。
駅前の食堂のおばさんが、わたしを見つけて寄ってきた。
「あんたんとこ、火事やで。」
そう言われた。

でも、わたしは、信じなかった。
わたしは、そのオバサンが嫌いだったのだ。
いつも皮肉を言うので、わたしは、からかわれたと思って、
やんわり笑いかえした。

けれど、煙が見えたのは、明らかに、自分の家の方向だった。
もし本当だったら?

一緒に歩いていた友達が、早く帰ったほうがいいと言い出して、
わたしは、「もし火事じゃなかったら電話するね。」と言い残して、
走って帰った。

嘘じゃなかった。
わたしが、近道である田んぼのなかのあぜ道を走って帰ると、
近所のお姉さんがもう待っていて、
わたしからランドセルをはぎ取って、
家に連れて行ってくれた。

家の台所が、焦げて真っ黒になっていた。
その特有な匂いは、今も忘れない。
火は鎮火しており、
裏の家の縁側で、母が大泣きしていた。

家が火事になるなんて。
まさか自分の家だったなんて。

わたしは母の隣に座らされたが、母はわたしになど眼もくれない。
わたしも一人でひっそり泣いていた。

そこに、やっと父が帰って来た。
改築したばかりの台所が燃えたのだ。
石油のお風呂の不具合が原因だった。
父は、なんとも言えない表情で、燃えた家を見あげた。
隣家に類焼しなかったのが幸いだった。

近所のおじさんが駆けつけて、重たいプロパンガスのボンベを家から離し、
鎮火してもなお放水を続ける消防士の前に立ちはだかって、
「もうやめろ! 家が駄目になる!」と止めてくれたそうだ。

その時の担任の先生が、見にやってきた。
泣いていたわたしに対して、
「明日、ちゃんと学校に来るんやで!」と言い残して帰った。

家が燃えたのに、学校?

わたしは、近所の親しくしているお家に泊めてもらった。
仕方なく元気なフリをして、学校にも行った。
集団登校で、隣の子が、
石油のお風呂で燃えちゃったんだって、怖いねえって、
他の子に話しているのを聞いて、
ああ、本当に休みたかったって思った。

ちょうど3月の初めで、
わたしは、卒業生を送る会の、演奏の朝練習があった。
それにもきちんと参加した。
けれど、全員が、昨日の火事のことでわたしを見てるって思えて、
すごくすごく辛かった。

教室に入り、朝の学級会で、
担任はわたしを起立させた。
そして、昨日、わたしの家が火事になったことをみんなに知らせた。

その上で、わたしに、何か言えと言ったのだ。

なんという残酷なことを。

わたしは、子供ながらにそう思った。
これでは見世物ではないか。
なぜ、そうっとしておいてくれないのか。

わたしは、語るべき言葉がわからず、
「自分の家が火事になるなんて、びっくりしました。」とだけ、言った。
辛いの悲しいのなんて、言える立場ではない。
わたしは学級委員なのだから。

担任は、「火事やない。あんなんボヤや。」と言って、
わたしを座らせた。


この話を、理解できるのは、幼なじみのしーちゃんだけだ。
この担任は、化け物だった。
厳しいとか嫌いとかいうレベルでは語れない。
ヒステリックにわめき、吹っ飛ぶほど殴り、
理不尽な理由で廊下に立たせ、
全員の前で土下座をさせる。

小学生が、土下座をするような理由が、
何かあると思う?

わたしたちは、ひたすら怯えて学校生活を送った。
わたしもしーちゃんも運が悪くて、
6年間のうち、3年間も、その担任に当たってしまったのだ。

時々トイレで吐いてた。
親が許してくれなかったから学校に行くしかなかったが、
精神的に追い詰められていた子が何人も居た。

あれは、公開処刑だった。


家は、放水を止めてもらったおかげで崩落には至らず、
改装したばかりの台所とお風呂をまた直して、
そのまま住んだ。

火事のあと、数日は、近所の人や親戚が来て、
火事場の跡片付けをしてくれていた。
わたしはまだ子供だったし、
悲しみや恐怖を、親と分かち合うこともできなかったので、
お礼も言えなかった。

柴犬のゴンが来たのは、その一年後のことだった。

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泣いてもよかったんだ。

ちゃんと寝付けて、アラームが鳴る前に起きた。
けれど、今日は胸が苦しい。
立ってるのもしんどい。

こんなことは、少女の頃からしょっちゅうだ。
だけど、だからといって、平気なわけではない。

「救心」を飲んだ。
効果があるのかどうかよくわからないが、
これしか薬がない。

血圧が低かったり、脈拍が多かったりする不調、
そのとき、どう対処すればいいのか知らないままだ。

知らないまま、無理して学校に行き、
働きに行き、
嫁業もやったのだ。


精神科通院の日。
夕方、行けないからと思って、
出掛ける時に、ムギのところに行ってみた。

ムギ、母屋の玄関前で、ダラッとしていた。
保護色なので見つけにくい。
気がつかずに通り過ぎそうになった。

ムギ、おかか食べる?と聞いたら、
欲しいと言って鳴く。
ムギのリビングに行って、ムギこっちおいで~と呼んだが、
来ない。
でも、おかかは欲しいと鳴いている。

仕方がないので、小皿に入れて持っていってやった。
ちょっとだけ逃げて車の下に入る。
口元に差し入れてやったら、喜んで食べた。

曇り空だったので、日傘をささなくても済んだ。
駅からクリニックまでは、アップダウンのある徒歩15分。
今日は胸が苦しいから、ゆっくりとしか歩けない。

先生に見て頂こうと思って、
健診の検査結果と、心電図を持って行った。
夫は、それを見ようともしていない。

診察室に入って、今のわたしの状況や体調を説明した。

カウンセリングのときよりも簡潔に話した。
感情も交えなかったつもりだ。

でも、先生は、ストレートな意見を下さった。
カウンセラーさんが傾聴なら、
精神科医が解決に当たるような感じがした。

それを聞いて、
思いがけず、涙がこぼれてきた。
泣くつもりなんてなかった。
でも、先生の意見を聞いて、ああ、そうなのかと思ったとき、
本当に悲しくて悲しくて、
泣けてしょうがなかった。

混んでいるのに申し訳なかったが、
なかなか止まらなくて、
しばらく泣かせていただいた。

肝機能障害については、
ここまでのお薬を飲んでいて、この数値なら、
まあ、こんなものですよ、っておっしゃった。

でも、心電図の所見を読んで、
循環器科には早くかかりなさいと言って貰えた。
そうしよう。
リウマチ科の先生にお願いして、
さっそく紹介して回してもらおう。


人生、無いものねだりをしていても、しょうがないよね。
わたしたちは、つい、自分さえ頑張れば、
なんとかなるのではないか、と考えがちだ。
そこで、自分の器以上に頑張って、
心を壊す。

もう、頑張るのはやめよう。
どうせ手に入らぬものなら、
望むことをやめてしまえばいい。

自分の心、自分が守ってやらなければ、
いったい誰が守ってくれる?
誰もいないよね。

泣きながら、自分は泣いても良かったんだと気がついた。


幸い、いいドクターに巡り合えたし、
カウンセリングにも行けてるので、
このまま静かに生きていよう。

摩擦が起きるのはもう嫌だ。

カウンセリングでは、状況を話して伝えるだけで時間が来てしまった。
というか、カウンセラーさんですら、引いてた。
だから持ち越しになったけれど、
精神科ドクターの、人としてのストレートな意見を聞いて、
ああ、そうなのか…と腑に落ちた。

悲しいね。
そして、悲しいって甘える相手がいないのは、
もっと悲しいことだね。

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偽物じゃない優しさ。

目が覚めて、
まだもう少し寝ていてもいいときに、
エアコンをつけて、
タオルケットにくるまるという贅沢と自由。

わたしは自分の体質のせいで、
気分良く起きたことがない。
少女期からずっと、起きるときの具合が悪いままだ。

部屋が暑くなっていて、エアコンで冷やして、
その中でまた少し眠れるのは、とても贅沢。

「涼しい。」って言葉が日本一好きかも。

母屋に、夕飯の人数を確認に行ったら、
夫のお姉さんが来ていらした。
お姑さんに会いに来てくださったようだ。
ちょっとだけ雑談をした。

そしたら、お姉さんが、
「お母さんが一人の時の夕飯まで、やってくれなくて大丈夫よ。
ね、お母さん、自分で出来るわよね?
伽羅さんは自分の体調を優先して、無理しないでね。」と言って下さった。

夫も子供たちも夕飯が要らないとき、
わたしはお寿司パックを買ってきて渡しているのだが、
わざわざそのために出掛けてくれなくてもいいと言ってくださった。

そのお気遣いが、とても嬉しい。
わたしは、ごく最低限のことしかしてないので、
お寿司パックを買ってくるくらいやれるけれど、
お姉さんは、お姑さんには、
なるべく自分のことは自分でしたら、と言っている。

これが田舎の旧家だったら、
嫁が姑の世話をして当たり前、嫁は家政婦以下、である。
それを知っているので、
お姉さんのお気持ちが、決して偽物ではなく、
本当にわたしの体調を思いやってくださっていることがわかる。

ああ、わたしは、
こうしてただ、優しくされたいだけなんだなあと思った。

父も母も厳しくて、
学校を休むなんてこと、決して許されなかった。
行きたくないことだらけだったのに、
体調だって悪いことがしょっちゅうあったのに、
休ませてもらえなかった。

優しく扱ってもらった経験がない。

もちろん、男は優しいだけでは駄目だ。
責任感があって、精神的に自立していなくてはならない。

でも、わたし、
夫に病状を完全に無視されている。
夫はわたしの病状に興味がない。
死ぬ病ではないと、たかをくくっているのだ。

だから、お姉さんに優しい言葉をかけてもらって、
しみじみ、嬉しかった。

いいなあ、お姉さんって。

そのあと、ムギのところに行ってみたら、
ムギが小屋に入ってリラックスしていた。
暑い盛りの時間帯だったが、
ガレージなので屋根はあるし、小屋は高床式で、窓もあり、
風がとおり、湿気がなくて、
返って過ごしやすいのだろう。

くるくると頭を撫でた。
お皿におかかを入れてやったら、喜んで食べた。
かわいいムギちゃん。

夕飯は、久しぶりに二品作れた。
時間的なゆとりもだけれど、
精神的なゆとりがないと、料理二品は、しんどい。

帰宅したらシャワーもしたいし、
着替えれば洗濯もしたい。
稼働時間が人より短いので、急ぐ。

夕方は、ムギは出掛けていて留守だった。
でも、昼間会えて、撫でられたから良かったよ。

ちまの体調も大丈夫。
食欲もあり、機嫌がいい。


息子からメールがあった。
来月、一泊だけれど、実家に帰省してくれるそうだ。
そして、お嫁ちゃんがちまに会いたがっているので、
また遊びに行かせてね、と書いてあった。

嬉しいよ。
嬉しい。

ちまが理由でも、もちろん嬉しい。
お嫁ちゃんは、壊れちゃったみたいに、
「かわいい、かわいい。」と繰り返す。

彼女には、見た目ではなくて、
ちまの中身の可愛さが、ちゃんと見えているのだと思う。
だって、うし柄のちまより、アメショのほうが圧倒的に可愛いもん。

ちゃんと、見る目があるから、息子を選んでくれたのだと思ってる。

わたしは何があっても、
彼女には優しくしよう。
息子は、お嫁ちゃんのおかげで幸せなのだから、
彼女の存在を、わたしは大切に思う。


金曜日は精神科の通院だ。
午後3時という最も暑い時間帯に、
アップダウンのある道のりを15分歩く。
日傘が必須だ。

心電図を見てもらうつもりをしている。
何か一つでいいから、減薬したい。

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やっぱり治ってなかった。

カウンセリングの日。
出張先からの夫のメールで、
予定よりも早く起きられた。

銀行の通帳の繰り越しに行きたい。
地元の駅近くに、ATMと繰り越し機はあるのだが、
機械が受け付けてくれなかったのだ。

カウンセリングに行く駅前には、大きな店舗があるので、
3時までに間に合うか?と慌しく身支度をして出掛けた。
何とか滑り込みセーフで間に合った。

郵便局と違って、銀行は接客がちゃんとしている。
対応も素早かった。


カウンセリングに行くと、わたしの前には予約がなかった。
一緒にお菓子を食べながらちょっと雑談し、
それからカウンセリングに入った。

時間が足りない。
説明するだけで精一杯。
何か、足掛かりが欲しかったが、
結論は出せず、次回に持ち越し。

でも、わたしがやっていることを、
ウンセラーさんには認めてもらえた。
とても嬉しかった。

毎日、何のために生きてるのかを見失っている。
昨日は劇的なうつ状態で、
もう何の治療もせずに、夫より先に死んでやる、と思った。

絶望していた。

ちまにまで当たってしまって、
これではわたしの嫌いな母と同じではないか。
それだけは避けたい。
母のようにはなるまいと、必死に生きているのに、
自分の感情が暴れだすと、
抑えるのに必死だし、
醜い感情に支配される自分の存在に絶望する。

ちまは、下痢止めと整腸剤を飲んでいるのに、
軟便しか出ない。
一番新しい軟便を持って出掛けていた。

きっとちまは、治っていなくて、
また治療を再開だ。
先生に証拠を見せるために、軟便を持ち歩いたのだ。

カウンセリングが終わってから、
デパートの静かな場所のソファに座って、
動物病院に電話をした。
担当の先生に代わってもらうと、
下痢パネル検査の結果、まだ菌が居て、
陽性だったと聞かされた。

これから行きますが、ちまを連れて行ったほうがいいですか?と聞くと、
元気があって食欲もあるなら、連れて来なくていいとのこと。

夫が出張先から早めに帰宅していたので、
動物病院に車で連れて行って欲しいと頼んであった。
お薬だけになったけど、とメールしたら、
それでも行ってくれるというので、
駅前でピックアップしてもらって二人で行った。

診察室に、夫にも入ってもらい、
先生から直接、説明を聞いてもらった。
担当の先生も、夫のように回転の速い人で、
わたしが必死にメモして聞いても、
そのわたしの説明などは、夫は聞かない。
それはもう、ムギの時に何度も体験済み。

色んな説明があったので、夫に直接話を聞いてもらって良かった。
又聞きになると、
遮ってばかりで、ちゃんと聞いてもらえないからね。
丁寧に文章でメールしても、
これではわからない、と言われるので、
直接聞いてもらうのが一番なのだ。

ちまは、この間、二週間飲んだ抗生剤を、
今度は一ヶ月、また飲むことになった。
強い薬に変更してしまえば、副作用も心配されるからだ。

一週間で菌がいなくなる子もいれば、
二ヶ月かかる子もいるそうだ。

薬を飲んでいるあいだ、元気であればもちろんいいが、
元気がないとか、食欲がなくなったとかがあったら、
すぐに連れて来るよう言われた。
見えない、たとえば膵炎などが潜んでいることがあるかもしれないそうだ。

注意してちまを見守るよ。
毎日、記録もつける。
二週間では菌を殺せなかった。
治ってなかった。
ごめんねちま。
お腹痛いよね。


カウンセリングの日は、わたしのオフなので、
外食したり、デパ地下でお弁当を買ったりするが、
今日はコンビニのサンドイッチとおにぎり。
こういうジャンクな食事も好きだ。

わたしは、ちまがずっと元気で機嫌がいいので、
ちまに甘えすぎてきた。
ちゃんとブラッシングもしてやっていなかった。
そんなに抜けないと思い込んでた。
やってみたら、毎晩ピンポン玉くらい取れるよ。

これを放置してたんだから、
そりゃあ、時々、吐くよね。
ちまごめん。
毎日ちゃんとお世話するね。

誰からも認められず、生きてる意味もわからないけれど、
ちまには、まだママが必要だよね。
ちまが病気と闘ってるんだもの、
ママも頑張るね。


ちまの下痢が急にだったので、
掛かりつけ医には連れて行くゆとりがなくて、
ムギが行っている病院に行ったが、
今月、掛かりつけ医に行く予定があるので、
今受けている治療を話して、
セカンド・オピニオンをもらう。

ちまは、カリカリと一緒に薬を入れておけば、
全部食べてくれるので、ありがたい。
ムギは、どんな小さいカケラでもちゃんと残してたから。
口に無理やり入れて、口を閉じてても、
あとから、ペッて吐き出す技術もあるんだよ。
そうやって危ないものを食べないように、生きて来たんだね。

来年から、手帳は大きいものに変更する。
毎日、ちまのことを記入することにする。

今まで、病気にならなかったことのほうが、
奇跡的だよね。
ちまとの一日一日を、大事にしていこう。

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激うつ日和。

夢だってわかっていた。
人生で、二度と会いたくない人の夢を、
たびたび見る。

またその人たちが登場していて、
苦しい。
これは夢。
起きればいいのだって思うのに、
すでに具合が悪すぎて、起きられない。

ちまは我慢強く待ってくれるほうだが、
わたしがエアコンをつけたり、
アラームを止めたりする姿をちゃんとチェックしていて、
胸に乗ってきて、
顔を舐める。

それすらうざったくて、振り払う。
ちまは今度はお腹に乗って、
膀胱をフミフミする。
それも振り払う。

ちまは、毎日天使のように可愛いのに、
激しい鬱状態で、
可愛いと思えなくなっている。

せめて、当り散らさないよう、距離を取りたいけれど、
ちまは天真爛漫なので、
振り払っても逃げても、寄ってきて鳴く。

肝機能障害も、
心電図の不具合も、
強い薬を大量に長期間飲んでいるからだと思う。

減薬したい。
睡眠障害さえなくなれば、あとは鬱状態でもいい、と
昨日までは思ってた。

でも、こんなひどい鬱、
毎日がこうなら、耐えられない。
生きてることのほうが苦しい。
生きてる意味なんて無いに等しい。

どうしたらいいの。

それでも、必死に夕飯は作って、母屋に持っていった。
夫が出張なので、ムギのところにも行く。

今日は涼しかったので、ムギはちゃんと小屋に入っていた。
鳴きながら出て来て、
なにやら文句を言う。

お腹すいてたのかな。
お皿におかかを入れてやったら、近寄って来て食べた。

そのあと車の前に行ってしまったが、
文句を言うぐらいだから、何か用事があるのかと思い、
小屋の前で待っていた。

しばらくして戻ってきて、
何か食べたいというので、
お皿に、シーバという餌を出してやったら、
一気に半分くらい食べて、
また車の前に行ってしまった。

ああして、パパをいつも待っているのだろう。
パパ、今夜は帰ってこないよって伝えるけど、
ムギはけなげに待っている。

ムギに会えて、ちょっと心が落ち着いた。
だいたい、夜になれば、落ち着くことが多い。
ただし、病院やカウンセリングに行った日は別。
心身ともに疲労しているので、
夫のお喋りに付き合ってあげることも出来ない。


気づいたのだ。
夫は、自分が喋っていれば、機嫌がいいのだ。
わたしの話には、興味がない。
ただ、聞いてくれる人が欲しいのだ。
だから、聞く側の気持ちには関心が薄く、
何度も同じ話を繰り返す。

母と共通している。
母も、自分さえ喋れれば満足なのだ。
私を見て! 私を褒めて!という、
自己顕示欲の塊だから、
聞かされるわたしの気持ちを考えたことなんてない。

自分がなぜ、実の娘に避けられているのか、
わからないままだろう。

そこは、親子だからもういい。
一緒に生きていく相手ではない。
親子の関係性は、逆転してはいけない。
死ぬまで親は親であるべきだ。

でも、夫婦は、辛いときに支えあえたらいいなと思う。
それが夫婦ならではだと思うからだ。

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音楽の比率。

せっかく夫に、すごくいいタブレットを買ってもらったのに、
文章を入力する力に欠けていることがわかった。

携帯だってガラケーなので、
どうしても、画面タッチに慣れることができない。
高いのを買ってもらったのに、使えなくて、
すごく心が苦しかった。

そんな折に、末っ子くんが一人暮らしのために家を出た。
卒業記念に買ってもらった、
VAIOのノートパソコンを、初期化して置いて行った。

わたしは、正直に、タブレットを使いこなせずに苦しい、と
夫に伝えた。
だから、そのノートパソコンをわたしにください、
タブレットはあなたが使ってくださいって、お願いした。

夫は、少ない時間をやりくりして、
そのノートパソコンを、
わたしが使えるように設定して持ってきてくれた。

ありがたい。
今はそれでさくさく書いている。

タブレットは、
いいスピーカーを搭載したランクの高いものを買ってもらったので、
音がすごくいい。

具合が悪い日などに、横たわって、
ユーチューブを見るには、最高。

昔、好きだった曲を探しては再生する。
昔は、レコードと雑誌しかなかったので、
動く映像をはじめて見るミュージシャンも多い。

もちろん、映像がなくて音源だけがUPされているものもあるが、
アナログな、ジジジという音すら懐かしい。


わたしは、デザイナーになるのが夢だった。
一番なりたかったのは、
テキスタイルデザイナー。
一つのパターンを作り出し、
それを連続させることによって、新たなデザインが生まれるのが、
すごく素敵な仕事だと思った。

もちろん、親は絶対に反対。
理解も不能。
話しさえ聞いてももらえない。
公務員になり、適度な年齢で結婚しろということだった。

公務員試験は、高校生には難しすぎてもちろん受からず、
わたしは進学校にいながら、
一人で就職活動をした。

悲しい17歳の記憶。

少しでもデザインに近い現場に入りたくて、
印刷会社に入社した。

けれど、わたしの毎日には、
デザインよりも音楽が、大きな比重を占めていた。

小学生のときに、
デヴィッド・ボウイの「スペース・オデティ」に出会ってから、
わたしの音楽ライフがスタートした。

高校生までは洋楽一本だったが、
就職してからは、日本のポップなども聴いた。

今のようにパソコンがない時代である。
好きなミュージシャンの新作は、雑誌で知るか、
もしくは、レコード屋に通っていてPOPで知る。
そしてテレビの新作コマーシャルや、
CMに使われた一曲などを買う。

CMで使われている曲を買うのだって大変だった。
画面の右下にチラッと出る、曲名が、歌手名を記憶して、
とにかく、レコード屋に行く。

記憶を頼りにレコードを探し、
これかな?と思うが、正解かどうかがわからない。
CDの時代みたいに、視聴コーナーなどないのだ。

高校生の時の、月に3千円のお小遣いの中から、
600円のシングルを買うのは、勇気が要る。
絶対に失敗できない金額なのだ。

レジに持っていって、店員さんに懇願して、
視聴させてもらい、当たりであれば買う。

でも、買える数は少なかったので、
今、昔の記憶を頼りに、短いワードで検索出来て、
その音楽を聴いたり、思いがけず画像も見れたりすると、
便利だなあとしみじみ思う。
懐かしいよ。

昔は、レコードがとても貴重で、
レコードからカセットテープに録音して、
自分のベストなテープを作ったり、
人に勧めたりするのがトレンドだった。


聴くだけでなく、わたしは歌うことも大好きだ。
アップテンポな曲が好きだけれど、
歌えるのはバラードのみ。

特に、「ハモる」のが大好き。

小学生のころは、わたしはハモりが得意で、
ボーイソプラノの男の子と二人で、
他のクラスに行って、見本を見せたりしていた。

合唱もずっとやっていて、
ハモると気持ちよくてやめられなかった。

ユーチューブって、楽しいなあ。
でもタブレット、もったいないから夫に返さなくちゃ。


ちまは、薬が効いて、一応下痢は止まった。
でもそれは単に対処しただけであって、
根治にはならないので、検査結果を聞いてから、
治療をどうするか決める。

薬を変えるくらいで治ってくれたらいいのだけれど。

アパートのリフォームの話がどんどん具体化している。
毎週夫が、業者さんと打ち合わせをして、
話を進めてくれている。

わたしの部屋の窓は、
針金入りの波板ガラスなのだが、
東の窓だけ、透明のガラスにしようかという話も出た。
キャットタワーを東の角に置いてやれば、
ちまが冬でも外を眺められる。

外を知らないちまだけど、
鳥が来ると、食いつくように見つめているよ。

隣の家の二階の屋根に、
ムギが来ていたこともあった。
そのときは、ムギを外に返した直後だったので、
すごくすごく、心が痛かった。

ちまのために、透明ガラスにしようかね。
鳥さん、見たいよね。

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ねこのおしり。

ちまが下痢を発症して、
抗生物質の注射を受け、
下痢止めの整腸剤を飲んでも治らなかったので、
ゆるい便を採取して、外部検査に出してもらった。

その結果、菌が異常に繁殖して毒素を出していることがわかり、
それ用の薬を二週間飲んだ。

飲んでいる間は、調子は良かった。

しかし、飲み終えて、数日して、
また軟便になってきてしまったので、
先週水曜日、採取した便を再度検査に出してもらった。

金曜日から、だんだん調子を崩し、
吐いたり、ちょっと食欲が落ちたりしている。

今日はもう、4回も下痢した。

ぐったりするわけでもなく、食欲はあるので、
スープをメインにして、小分けにして食べ物を与えている。
余分にもらっていた下痢止めと整腸剤を、
お昼と夜に、飲ませた。

ちまは、人を疑わないので、
カリカリと一緒にお皿に入れておけば、
一緒に食べてくれるので楽だ。

でも、お腹が痛いのか、ちょっと鳴いていたり、
トイレに入って深く掘るので、
お尻をまじまじ見つめていたら、
ぱふってオナラが出て、それだけの回もあった。

わかるわかる。
人間にもあるよね、ロシアン・オナラ。
うかつには出せないヤツ。

人生には色々な楽しみがあるけれど、
それらはやっぱり、元気じゃないと、楽しくない。
元気でいれば、何でもない日常だって、
十分にわたしは楽しめる。
うつ病だからといって、ひたすら毎日暗いわけではないのだ。

わたしの父が59歳のとき、胃がんにかかり、
胃のほとんどを切除した。

父は最初だけ個室だったが、
その後、抗がん剤を受ける際には、
4人部屋だった。

隣のベッドに、
わたしの中学のときの男の先生が入院していた。
わたしは、教わったことのない先生だったが、
有名な先生だった。

学校のトイレを、素手で磨く人だったのだ。

大腸がんだったそうだ。
父と、病気のことを語り合ったそうだった。

抗がん剤で、父が高熱を出している夜中、
その先生が看病してくれたことがあったそうだ。
本当に、素晴らしい先生だ。

けれど、運命は過酷だった。
父は重症だったのに助かり、今も生きている。
その先生は、
亡くなってしまった。

運命の線が、どこでどう引かれるのか、わからない。
公共のトイレを素手で磨くような行いをした人を死なせて、
父を助けた。

退院してから、両親は、
狂ったように旅行に行きだした。
いつ、行けなくなるかわからない!と父が言って、
車で全国を制覇した。

日本をすべて回ったあとは、
全国のお城をめぐる旅に出た。

その後、二人ともが、
命にかかわる不整脈で心臓を手術したが、
今もまだ、生きている。

わたしが同じ立場になったとき、
あんなふうに、必死に生き延びようとする力が湧くだろうか?
そんなパワーが出せるとは、到底思えないのだ。

宿命というものは、ある程度決まっているらしいが、
運命は選択できるらしい。

生きて行く姿勢は、自分が決めるのだろう。

わたしは、仕事も辞めてしまったし、
家事もちょっとしかしてないし、
人として、役に立っているほうではない。

でも、忘れてはならないことがあると思う。

人の役に立てるのは、幸せなことだ。
そこで、謙虚にいられるか、どうか、だと思う。

わたしの人生にはもう、
仕事での成功は、待っていない。

自分を肯定する力が薄いわたしには、
仕事で成果を出すことが、
人生の大きな支えであった。

それを失ったまま、今、静かに生きているけれど、
ちまのお尻をまじまじと見つめながら、
この子を守れるのはわたししかいないと、
そんなことを思う。

ずっと元気で問題がなく生きてきたちま。
ここに来て急にこんなことになって、
すごく心配だ。

しっかり守ってあげよう。

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けなす人の気持ち。

世の中には、他人の容姿をけなす人がいる。

わたしは、いっぱい、けなされた。
顔は、目が大きくてはっきりとしているのだが、
笑うと崩れてひどい、と言われて笑顔がぎこちなくなった。

スタイルもすごく悪い。
若いうちは若さでカバーできてた部分があったのだなあと思う。
今は、鏡を見たくない。
写真も残酷で、嫌だ。

頭も顔も大きくて、
脚は太くて短くて、
救いようがない。

帽子は、普通のサイズでは入らない。
全部が特殊なサイズ。

最近は、オバサン向けに特化した通販ができて、
太短いズボンを買えるようになったが、
それまでは着るものにも苦労した。

サイズを大きくすると長さまで長くなる。
チビデブのわたしに、着られる服は少なかった。

そういう容姿を、さんざんけなされて生きてきた。

ひどいと思うのは、
わたしよりもチビで、
わたしよりも太っていた母から、
チビだのデブだの言われたことだ。

どういう了見かまったく理解できない。

わたし自身は、背の高い男の人は苦手で、
小柄な人のほうが好きだ。

ちょっと暗い感じのする人が好き。
でも、知的で理性的であって欲しい。

オードリーの若林くんとか、
ピースの又吉さんとかが好み。

わたしはチビだし、息子の父親も164センチしかなかったので、
息子が中学生の時には、
カルシウム入りの瓶の牛乳を毎日飲ませた。
その成果があったのか、
息子は170センチに成長し、
足は28センチにもなった。

お肌が汚いとモテないと思い、
ニキビができたらせっせとクレアラシルを塗るよう指導した。

お嫁ちゃんの、息子への第一印象が、
「肌がきれい。」だったと知り、
やった! 成功だった!と思ったよ。

身奇麗にしていることは重要なことだけれど、
本人ではどうしようもない、体のことをけなしたりする人って、
それが楽しいのだろうか?
優越感に浸れて、気持ちいいのかな。
相手を傷つけて、満足なのかな。

年齢を重ねると、もう外見ではなくて、
やはり、話していて気分がいい人と接していたい。
わたしはおしゃれをせず、化粧もまったくしてないが、
内面で、いいと思ってもらえるような、
人間になりたい。

死なないでよって、思われたいね。

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食べ過ぎちゃう。

夫の会社の創立記念日で休みだった。
出張の飛行機の中で情報を得たらしく、
市場の中にある、食堂へ行きたいと言う。

ウニが箱でついてくる定食もあって、
それをわたしに食べさせてくれるというのだ。

市場だから、お昼までには行かなきゃいけない。
早めに起きて、ちまにカリカリをやったら、
わたしについて来て、気持ち悪いよって顔をした。

吐いちゃった。

どうしよう。もうすぐ出掛ける時間なのにな。

考えて、
いつもならもっと遅い時間にカリカリを食べるのだから、
ちょっと遅くなってもいいだろうと思い、
スープをお湯でのばしたものを与えて、
約束の時間通りに出掛けた。

車で15分くらいとのことだったが、
ひどく渋滞していて時間がかかり、
市場の門に到着したときは12時だった。
門で受付して、駐車場に車を止めて、
お目当ての食堂に。

満席だったが、直前に二人帰ったので、
すぐに座ることが出来た。

夫は、アジフライとマグロブツ切りの定食。
わたしは、ウニとマグロと、大きいエビフライの定食。
マグロは、まあ、要らない部分をブツ切りにしてものなので、
ちょっと生臭かったが、
ウニとエビフライは美味しかった。

ウニなんてもちろん年に何回かしか食べられないけれど、
大好きな海老も、今は買わずに耐えているので、
美味しかった。
たまにはエビフライを食べたいと思った。

今、新じゃがの季節で、
仕事の関係上、夫がいっぱい持って帰って来てくれる。
「とうや」という品種を使って、肉じゃがを作った。

夫が母屋でお姑さんと食べるというので持って行き、
わたしは、炊きたてご飯を酢飯にして、
ミョウガと新生姜とゴマを混ぜて、
海苔をいっぱいかけたのを、丼で一杯食べた。
肉じゃがも鉢にいっぱい食べた。

美味しかったのだが、それで具合が悪くなってしまい、
食後、座っていられなくて、
ダウンした。

酢飯、好きなんだよね。
いっぱい食べちゃう。
気をつけないとね。

ちまは、あまり調子が良くない。
便の回数も多いし、それに反して、食欲があまりない。
脱水しないように、
スープとかちゅーるとかを与えている。

シニアになるって、こういうことなんだね。
大事にするよ。
ちま、ずっと一緒に生きて行こうね。

いつの間にか、7月になってしまった。
思えば今年はずっと具合が悪いままだ。
まだ、これから、心臓と胃の不調に立ち向かわなくてはならない。

なんのために頑張るのか、いまいちわからないが、
ちまを一人にしたくない。
わたしの天使ちゃん。

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宝は人である。

夕べもよく眠れた。
なかなか起きられなかった。

健診のデータを入手したいと思い、
クリニックにずっと電話していたのだが、
話し中でいつまでたっても繋がらないので、
直接行って来た。

受け付けに、一人、すごく感じのいい人がいるのだ。
わたしを覚えているらしい。
健診の結果が悪く、精密検査を受けたいので、
心電図と、胃のレントゲンのデータが欲しいのですが、と
お願いしてみた。

すると、ひっきりなしに電話が鳴る中、
心電図はコピーを取り、
レントゲンは技師の方にCDロムに落としてもらえて、
たった15分で、用意してくださった。

受け取って、待合室で、心電図を見た。

もちろん、素人だから、見てもわからない。
でも、二枚目に、医師の所見が書かれてあった。

飲んでいる薬でこのような状態になる場合もあるらしい。
抗精神薬が例として挙げられていた。
その場合は即刻服用を中止すること、とあった。

それ以外、遺伝的要素も強く出る病気なので、
突然死も考えられるため、
必ず循環器科を受診するよう、書かれてあった。

そうか。
胃のポリープよりも、心臓が優先かな。

両親ともが、同じく、
命にかかわる不整脈で心臓を手術している。
遺伝的要素は、有り余るほど存在する。

わたしは少女期から、
起立性低血圧症で、
立っていることがすごくしんどい。

血液は、そんなに悪くない。
だから貧血で倒れるのではなく、
血圧の変動が激しく、
心臓がバクバクになって立っていられないのだ。

それが通常の体調なので、異常に気づいていなかったが、
最近は、料理中に立っていることがしんどくて、
時々、床にへたり込む。

電車でも、たった数分でも、座りたい。

自分が夕飯を食べると、もう腰掛けていることすら辛くて、
横になる。
心臓を低い位置にしないと、苦しいのだ。
食後は、血液が胃のほうに行ってしまい、
余計しんどいのだと思う。

そんな状態が続いていて、
暗くして休んでいても、
夫には仮病と思われ、冷たくされている。

でも、わかった。
人は、相手に期待するからいけないんだ。
こうしてほしい、こうあって欲しいという勝手な思い込みがみんなあって、
それが叶えられないから、
がっかりしたり、
時には怒りに変るのだ。

期待しなければいい。
そしたら、がっかりしなくなる。

わたしはもう、期待しないことを心がける。

夫は、本当に大好きだった先妻さんを病気で亡くした。
今も繰り返しわたしに話して、
泣く。

愉快な話ではないが、
夫も、わたし以外に言える人がいないらしく、
付き合っている時から何十回も聞いている。
後悔して泣いている。

でも、亡くした人のことでは泣くのに、
目の前にいる、具合の悪い妻に対しては、
仮病だと思うのだ。
死ぬ病だという認識がない。
ただ、自分の思い通りにならないから、彼は怒っているのだ。

もしわたしが死んだら、更に後悔は上塗りされるだろう。
でも、それも夫の選択だ。
それが夫の選んだ人生だということだ。
仕方がない。


今死ぬとわかったら、どうしようかなあと考えてみた。

特に、悔いはないことがわかった。
息子が、立派に独り立ちして、
素晴らしいパートナーと出会って結婚できた。
それでもう、役割は終えている。

親が居なくてももう大丈夫だ。
きっとまた来世で会える。

夫はわたしを失えばそこで初めて気がつくことがあるだろう。
でも、それはわたしの問題ではない。
夫が決めて選択して生きていくことだ。

ただ一点、
ちまを残して行くのが嫌だと思った。
ちまが生きている間は、一緒に居たいと思った。

ちまとの暮らしは、安らぎと愛に満ちている。
こぼれたウンコちゃんを拾うのすら幸せだ。
今日は手を甘噛みされて、後ろ足で、手首を蹴り蹴りされた。
その傷すらも愛おしい。

ママがいなくなったら、ちまがきっと寂しいからね。
生きていける方策があるなら、ちょっと模索しよう。

戦前なら、もう寿命を迎えている年頃だ。
信じられる?
70年前は、日本人の平均寿命は、
たった50年余りだったんだよ?

息子を育てることができて幸せだった。
彼はわたしの最高の宝物だ。

人生における宝とは、
人である。

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