« 2016年5月 | トップページ | 2016年7月 »

2016年6月

不具合のオンパレード。

歯医者や、ちまの下痢や、
リウマチの通院や、健診やなんかで忙しく、
マッサージに丸一ヶ月行けてなかったので、
本当に体が辛かった。

毎日ヘトヘトで、眠りたいのに、
体だけがぐったりしていて、目が爛々としている。
どの体勢をとっても痛い。

空腹感はあるが、食べ終えたあと、決まって具合が悪くなる。
座っていることもできない。
部屋を暗くして、布団に横たわる。

こんな日が続いていたので、
きっと何かがおかしいと思って、
去年より健診を早くにしたのだ。

今日、もう結果が届いた。

判定はD。
要精密検査だった。

大きくわけて、不具合は3つ。

まずは、肝機能障害。
これは、毎年D判定だ。
お酒をやめたが、強い薬を沢山飲んでいるので、
肝臓が解毒に疲れきっているわけだ。

去年、アレジオンというアレルギーの薬を減らしたが、
今年に入って精神状態が悪く、
薬は増えている。
リウマチに関しては、飲み薬だけでなく、注射もしている。

肝臓には申し訳ないが、
今のこの状態で、やめても平気な薬は思い当たらない。
なので、これは無視するしかない。

もう一つが、心電図。
「QT延長」という所見が書かれていた。
これは、今までで初めて。

若いころから不整脈はあって、
24時間のホルター検査もしたことがある。
脈は飛んでいるが、仕方がない種類だったので、放置。
また、これも少女時代からだが、
ひどい頻脈である。
一分間で軽く100くらい。

人の一生は脈拍数で決まっているという説があるから、
わたしは早死にしてもおかしくない。
でもこの、QT延長、と書かれたのは初めてで、
要精密検査だった。

両親が、実は命にかかわる不整脈で、
二人とも同じ手術を受けている。
遺伝の要素が強い症状らしいと知った。

最後に、胃の中のポリープ。
これも、人生で初めて。

でも、なんだか、やっぱりね、って思った。
実際に具合が悪いのだから、何かあると思って受診したのだもの。

一気に食べないよう、
おなかいっぱいにしないよう、気をつけていたが、
食べたあとにどうにも座っていられず、
横たわって休む毎日。

それが、胃のせいか、心臓のせいかはわからない。

胃のポリープは、C判定で経過観察になっていたが、
両親ともがそれぞれ、胃と腸の癌の大手術をしているので、
わたしは一年も楽観視してはいられない。

今わたしがリウマチを診ていただいているのは、
外科のリウマチ外来ではなく、
内科の中の、リウマチ専門のドクターだ。
最初は外科のリウマチ外来に行ったが、
膠原病を疑われて、内科になったのだ。

なので、ドクターは内科医。
次の診察のときに、相談してみようと思う。

何年か前に、胃の具合が悪くて、胃カメラをやった。
それがこの病院なので、
ドクター経由だったら、予約も簡単にしてくれると思う。
実際、関係ない股関節の痛みのときも、
MRIの予約を取って、
専門医の所見までつけてくださったことがある。

リウマチの薬の副作用で唾液が減り、
その結果、口内炎がいつもあって、
歯も、この一年で一気に悪くなってしまった。
もはや薬害。

でも、リウマチは早い段階で治さないと、
時間が経過するにつれて症状が固まってしまうから、
やるしかない。

不具合だらけで、調子のいい日が、なかなか無い。

夫には、具合が悪いことを信じてもらえなくなった。
具合が悪いと言えば僕に会わなくて済むと思っているのだねと、
メールが来た。

これって、ひどくないかな。
普通の人は、こう言われても、聞き流せるのかな。

看病してほしいなんて頼んでない。
お弁当買ってきてと頼んでもいない。
ただ、具合が悪くて休んでいますっていうだけで、
もう、疎ましがられるのだ。

きっとそんな妻は不要なのだ。
役に立たないもんね。

大切な奥さんを、病気で亡くした人だから、
病気のわたしにも、優しくしてくれるって期待して結婚した。
でも、そうじゃなかった。
また失ってもいいのかな。
なんでそこまで、わたしの不具合に無関心なんだろう。


ちまが夜中3時に、ウンコちゃんをした。
注意深く見ると、色がちょっと白っぽいところがある。
匂いもいつもと違う。
念のため、捨てずに採取した。

今日起きてみると、またウンコちゃんがしてあった。
量は少量だが、軟便だった。
これはもう、おかしい。
下痢コースだ。

ちまは、普段、二日に一回しかしないのに、
一日に二回で、もうおかしい。

両方採取して、動物病院に持っていった。
説明して、見ていただくと、
確かに軟便ですねってことだった。
パネル検査という、外部検査に、また出してもらうことになった。

二週間、菌を殺す薬を飲んでいたけれど、
やっつけられなかったのか。
もしそうなら、もっと強い薬に変更する必要があるそうだ。

昨日はムギのことで舞い上がっていたけれど、
今日は一変。

ちまが無事でありますように。
下痢コースに突入しませんように。

今のところ、下痢にはなっておらず、
食欲もあり、機嫌もいい。
お水もちゃんと飲んでいる。

ムギに移さないよう、気をつけなくては。
でも、今日はもう、ムギちゃん、
近寄ってもくれなかったよ。
やっぱり小悪魔ちゃん。

                                          伽羅moon3


 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

小悪魔ムギちゃん。

夕べは眠れた。
まだまだですと言われたけれど、
マッサージはかなり有効だった。
もう、ここまで我慢しないで、
今後はちゃんと通ってケアしようと決めた。

出かける前に、母屋に行って、夕飯の人数を確認。
いるかな?と思い、勝手口から出てみると、
ムギがちょこんと小屋の中に居た。
「ムギちゃ~ん。」
まさしく、猫なで声になってしまう。

ムギ箱から素早くスープを取り出して、
「ムギ、スープ飲む?」と声をかけながらお皿に入れる。
小屋の中に入れてやったら、喜んで飲んだ。
一袋全部飲んだよ。

「夕方来たとき、おかかあげるから待っててね!」と約束して、
わたしは出掛けた。
美容院に行き、帰りに、歯医者に駆け込む。

昨日やってもらったうちの一箇所がすごいしみるんです、と
訴えてスタンバイしているのに、
先生、いろいろ雑談してきて、なかなか始まらない。
お喋りな先生だけど、優しいのでわたしは好き。

診てもらったら、昨日削った4箇所のうち、
一番奥の歯、先生が詰めるのを忘れたみたいだった。
もう~。
辛いんだから頼むよー。
せっかく来たからって、その隣の歯にも詰めてくれた。
びっくりするくらい、一気に虫歯が進行したのだ。
薬害だと言ってもいいくらい。

帰ってきて、急いで夕飯を作る。
今日は時間がないから、白菜の煮物。
作り終わって、鍋を抱えて母屋に行く。

めずらしくお姑さんがリビングにおらず、
自分の部屋にこもっていらした。
あとで夫から聞いたのだが、ビール3本も飲んでいたらしい。
それで隠れてたのね。

盛り付け終わって、ムギのところに行った。
ムギ、またちゃんと小屋の中にいてくれた。
雨だから、小屋に入ってくれてると嬉しい。

ムギちゃん、おかかあげようね~と言いながら、
小皿におかかを入れて差し出す。
でも、小屋から出てくる勇気はまだないみたいなので、
小屋の中にいれてあげた。

嬉しそうに、シャクシャクと食べる。
食べ終わると、小屋から出て、車の横に行ってしまった。

わたしは小屋の前に脚を投げ出して座り、
食べる人に、今夜のメニューをメールしていた。
すると、ムギが鳴きながら戻って来たのだ。

あれ?
ムギちゃん。

わたしの横で、コンクリの床にゴロンゴロンしたあと、
とことこ来て、わたしの脚に、ピトッと、くっついてくれた。

ムギちゃん!
なんてこと?
くっついてくれたの?

わたしは感激して、優しく優しくムギを撫でた。
こんなチャンス、もう次はいつあるかわからない。
慎重に、体は動かさないようにしつつ、いろいろお話をする。

ムギ、ママはね、会えなくても触れなくても、ムギのことが大好きだよ。
ずっと愛しているからね。
くっついてくれたの?
ママすごい嬉しいよ。

ブラッシングをしてやると、嬉しそうにゴロゴロ言いながら、
わたしを見上げる。

あああ。
なんてかわいいの?

ピッタリくっついて、わたしのスネに、アゴを乗せてるムギ。
そーっと写真を撮った。
するとムギが立ち上がって、わたしの脚に手をかけた。
登ろうとしているのだ。

わたしはムギを抱き上げて、そっと膝に乗せた。

抱っこできた!

ムギ、抱っこするの、何ヶ月ぶりだろうね。
ちょっと痩せたね。ムギ、軽くなったよ。
嬉しくて嬉しくて、涙が出そう。
ムギ、ママ幸せだよ。

しばらくしてムギは降りて、
わたしが出してやった、シーバというカリカリを少し食べた。
そのあと一周して、また戻ってきて、
脚にピトッとくっついた。

ムギはこうして愛情を確認しながらご飯を食べるのが好きなんだよね。
また登ろうとして来たので、
抱き上げて、膝に乗せた。
抱っこしてるところも写真に撮った。

ムギがもういいって言うまで、このまま一緒にいるよ。
だってムギちゃん、小悪魔ちゃんだから、
明日はもう、知らん振りになっちゃうかもしれないもの。

抱っこしてお話していたのに、
母屋に宅配が来てしまい、ムギは怖くて逃げてしまった。

ムギは、知らない人も怖いけれど、
お姑さんのことも怖いので、ダブルで逃げる。

待っていたけれど、ムギはもう戻って来なかったので、
あきらめてアパートに帰った。

こんな幸せが待ってるなんて、予想もしなかったよ。
小悪魔ムギちゃん。

わたしが触れないでいるうちに、首輪がひどく汚れていて、
連絡先の数字も読めなくなっていた。
新しいのを買って付け替えなくちゃ。

ムギの心境が、なぜ変ったのかはわからない。
でも、昨日も会えたし、逃げないで、ちゃんと目を見て話を聞き、
マバタキして了解してくれてた。
昨日から、ママにも愛されてるってこと、急に思い出したのかな。

ムギに触れなくても、ママはムギが大好きだよって、
繰り返し繰り返し、言って聞かせた。
怖くないよ。
嫌がること、何もしないよ。

ああ、幸せだったなあ。
またムギがピトッてくっついて来てくれたら嬉しいなあ。
我慢して生きていれば、こういう幸せもあるんだね。

ムギがこのまま、ママの愛を信じてくれますように。

                                        伽羅moon3

 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

溜め込みすぎ。

本当に具合が悪いのだ。
でも、もうそれも信じてもらえないらしいので、
いちいち夫には言わない。

昨日も疲れ果てて、早く眠りに入りたいのに、
体がヘトヘトでも目が爛々として、寝付けない。
どういう体勢で寝ても、体中が痛む。

悶々としているうちに、朝になってしまった。
すごく惨めな気持ちになる。
夫が起きて庭の花に水をやっている音がする。

安定剤をしこたま飲んで、朝6時過ぎにようやく寝付いた。
こんなことなら、毎晩安定剤をがぶ飲みしてやる。


先月、奥歯が折れてしまってから、
ずーっと歯医者に通い続けている。

リウマチの薬の副作用で、唾液が減り、
いつもかも口内炎がある。
唾液が少ないということは、菌を流してもらえないということなので、
虫歯にもなりやすいそうだ。

あちこち、一斉に虫歯になってしまったようだ。
もう一ヵ月半、歯医者に通っているが、
割れた奥歯に手間取ったので、
まだまだやる箇所があるそうだ。

その間、ちまが下痢になったりして、
わたしは丸一ヶ月間、マッサージに行けてなかった。

全身の血行不良で、自分がむくんでいるのがわかる。
体中が痛い。

月曜日、歯医者の前にマッサージに行きたかったが、
朝まで寝られなかったので、
もう、間に合う時間には起きられない…とあきらめていた。

そしたら、ラッキーなことに、
友達がくれたメールで、目が覚めた。
ひょっとしたら行けるかも、と思って電話してみると、
いつも指名しているマッサージ師さんが出て、
このあと空いていますよって言ってくれた。

あわててパンを食べて着替えて、
マッサージに行った。
余りにも来なかったので、心配していましたって言ってくれた。

90分やってもらうのだけれど、
いつも、お互いに、満足はしない。
3時間くらいやってもらいたいです~と言うと、
彼女も、やってみたいです~と言っていた。

一旦帰って、入念に歯磨きをして、歯医者へ。
今日は上の歯を4箇所。
小さい虫歯がいっぱい出来てしまっているのだそうだ。

まだまだかかりますか?と聞いたら、
まだあちこち悪いねえ、頑張ろうね、と言われた。
歯医者、昔ほど痛くないけど、
怖いから、体が硬直してしまって、
筋肉が緊張しているのかもしれない。

マッサージ師さんは、
「特別固いです。こんなに固い人は、一年に一人くらいしか来ない。」
と言ってた。

自分の体とこころ、
自分でしか守れないから、
悪くなる前にケアしてあげなくては。

歯医者の帰りにスーパーで買い物をし、
帰宅してシャワーして、夕飯を作り、
母屋に持って行った。

ムギが、車の横のプランターに、すっぽりはまっていた。
「ムギちゃん!」と呼ぶと、顔を見て、にゃ~って返事してくれた。
「おかかあげるから待っててね!」というと、
またにゃ~って返事してくれた。

夕飯を盛り付けて、勝手口からガレージに出ると、
ムギはまだプランターに居るようで、
「ムギおいで~。」と呼んだら、
鳴きながら、近くまで来てくれた。
来てくれて嬉しい。
でも、無理すると逃げちゃうので、慎重に。

おかか用の小さい器におかかを入れて、
近くに置いてやった。
ムギ、嬉しそうにしゃくしゃくと食べた。
カリカリも空っぽだったので、シーバを入れて置いたら、
それも少し食べた。

そのあとは、車の前に行ってしまったので、わたしも引き上げた。
車の前でリラックスしてだらっとしていた。
近くでしゃがんで、話しかけたら、
逃げずに、マバタキして、聞いてくれた。
ああやって、車の前で、
パパが帰って来るのを待ってるんだね。
けなげだね。


さっき歯磨きをしたら、今日いじったところにしみてしみて、
痛くて歯磨きが出来ない。
どういうことだろう?
でも、歯が悪いのに歯磨きできないなんて致命的なので、
明日、また行くことにする。

毎日忙しい。
自分が夕飯を食べ終わると、もうグッタリだ。
暗くしてしばらく布団で休む。

今週の水曜日は、一ヵ月半ぶりで休みだ。
それを楽しみにして、耐えよう。

                                          伽羅moon3

 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

タブレットもったいない。

昨日は、ブログ記事をタブレットから入力してみた。

キーボードを別に買ってもらったので、
文字の打ち込みには難はない。

しかし、漢字の変換能力が、
あまりにも低すぎる。

「はんすう」と打って、
「反芻」にしたいのに、
タブレット(アンドロイド)はワープロ能力が低くて、
「半数」というたった一つの変換しかしてくれない。

文字を打つことを主力にパソコンを使うわたしには、
残念だけど、全然合わない。

マウスがないからコピペの仕方もわからないし、
記事の行間をあけたくても、
改行がまったく反映されず、
昨日の記事は、だらだらと読みにくいものになってしまった。

夫に教わってメモした通りに立ち上げているのに、
お気に入りバーがサイドに出ないし、
メールに返信しようとしても、
もらった元のメールを、どうやって消せばいいかわからず、
おたおたしている内に、勝手に送信されてしまう。

触ってもいないのに反応して画面が変わってしまう。
もう、お手上げ。

数年使っているノートパソコンは、
キーボードが一部壊れていて、
文字も消えてしまっている。
わたしの手が悪いのだと夫に責められるが、
そんなこと言われたって、もう元には戻せない。

末っ子くんが、卒業祝いに夫から買ってもらったノートパソコンを、
初期化して置いて出て行った。
それに、ウィンドウズ7を入れて、
わたしにもらえないか、夫にお願いしてみた。

それが使えるなら、
こんないいタブレットは、夫に返す。
わたしが持つ価値をはるかに超えていて、
逆に重荷なのだ。

タブレットのことなんて何一つ知らずに、
夫に勧められるまま、買ってもらったのだが、
全く使いこなせない。
安ーいノートパソコンにしておけば良かったと、
毎日後悔する。

携帯もガラケーのわたしが、
タブレットなんて、使えるはずがないだろう。
持ち歩く可能性だって、ゼロに近い。
出張が多い夫が持っていたほうが、ずっと役に立つ。

仕方がないから、
古いパソコンで、消えた文字盤を打って書いている。


今週は、毎日ずっと出掛けたので、疲れてしまった。
昨日も、夕飯を作って持って行き、
戻って来て自分が食べると、もう座ってもいられずにダウン。

土曜日、一旦は起きたが、
とても座っていられなくて、布団に逆戻り。
眠いわけではない。
ひたすら、しんどいのだ。

タブレットを持って来て、ユーチューブを見た。
死んでしまったデヴィッド・ボウイのコンサートや、
テレビの特番を見た。
そういえば、彼が喋ったり笑ったりしている姿を、
見たことがなかった。

綺麗なブロンド。
左右で色が違う瞳。
静かな声、楽しげな笑い声。

今の時代は、こんなふうに、昔の映像がタダで見られて、
すごく便利だ。
他にも、昔聴いていた色んな曲を検索しては聴いた。

買ってもらったタブレットは、
スピーカーメーカーのスピーカー内臓なので、
音がすごくいい。
わたしが持っているコンポよりいい音。

カセットでしか持っていない曲も聴けて、
ユーチューブには、タブレット最高。
でも、そこに7万もかけるのは、やはり違うと思う。
もったいない。


末っ子くんのノートパソコンを、
どうにかしようと夫が試してくれたらしいが、
ウィンドウズ7は、もう売っていないそうだ。
ダメか…。

壊れたパソコンでしのげるけど、
ノートンがもう、期限切れになってしまう。
困ったなあ。

はっきり、タブレットは無理と、
断らなかったわたしが悪いのかな。
ここまで、パソコンと差があるなんて知らないし、
こんなに使えないとは、思ってもみなかったよ。
本当に大失敗。


具合が悪くて、夕飯も食べずに寝ていた。
夫にもそうメールしたのに、
具合が悪いと言えば僕に会わなくて済むと思ってるんですか、
というメールが来た。

わたしが具合が悪くてぐったりしていると、
夫は、機嫌が悪いのかと勘違いして、
夫の機嫌のほうが更に上回って悪くなるから、
嫌なだけだ。

夫はわたしの不具合に興味がない。

暗い部屋で丸まっていても、
隣に座って、スマホを見せて来て、喋る。
機嫌は悪くないよ、でもね、
こんなふうに、しょっちゅう具合は悪いんだよ?

股関節が痛くてまともに歩けなかった時も、
「俺は歩けるけどね!」といって、
考慮してくれなかった。
あまり、わたしの痛みに興味が無いんだなと思う。

夜中になって、ようやく起き出して、
そうめんを茹でて食べた。
ユーチューブ、良かった。
便利な時代。

たまらなく好きな曲とかがあって、何回も見ちゃう。
今日はまったのは、
「ジェロニモズ・キャディラック」
いわゆる第二次ディスコブームの、ユーロビートだ。
大好き。

初めて画像でみたら、
歌っている人が、どう見ても、男性なのだ。
髪は長くてお化粧もちょこっとしてるけど、
骨格や体のパーツは完全に男性。
でも、声は女性なのだ。

一回目は、何らかの意図があって、
このロン毛の男性に。口パクさせてるのかな?と思った。

でも、どの画像で見ても、
違う曲でも、
そのロン毛の男が歌っている。
完全にソプラノなのに!

カセットテープで、人からもらった音源だったので、
グループ名すら初めて知った。
調べてみたら、
ドイツ人の男性デュオで、
ファルセットで歌っているのだということを知った。

綺麗な英語だったし、綺麗なソプラノだったので、
驚くことばかりだった。

中古のCDを注文した。
アメリカから届くので、だいぶ日にちはかかるけれど、
300円台で買えたから、よしとする。


一日、ゆっくり休んだので、復活したいが、
どうだろう。
歯医者が忙しくて、マッサージに行けてないのだ。
体中が痛むよ。

                                         伽羅

 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

同じ苦しさを。

従姉とは、当然、子供の頃から知り合いである。

父の妹の娘にあたる。
隣県なので、そう頻繁に会えたわけではないが、
泊まって行ったこともあり、
それはワクワクする夜で、
いつまでも話していて、
双方の母親が、かわるがわるに怒りに来たものだ。
父方の従姉妹は、総勢でたった5人。
父は4人兄弟なのだが、
4人の内、叔父のところだけが女の子2人で、
あとは一人娘。
なので女の子ばかり5人となった。
今、都内に居て付き合いがある彼女のことが、
わたしはずっと最も好きだった。
というより、彼女しか好きじゃないと言ってもいいかな。
3歳彼女が年上だが、大人になってしまったら、
その差は感じなくなった。
転勤で東京に行くことが決まって、嬉しくて電話をすると、
彼女もすごく喜んでくれて、盛り上がった。
それまでは週に一通の手紙だけで繋がっていた。
東京に行けば会えるし、
電話代を気にせずに話せる。
引っ越し前に、住むマンションの下見に付き合ってもらい、
秋葉原に連れていってもらって、家電を買った。
引っ越して来てからは、
ほぼ毎日のように、電話をしていた。
いくらでも話すことがあったし、
手に入れた自由を、わたしは従姉と満喫した。
子供が小さい時期は、あまり会っていなかったが、
全部、報告してきた。
本心すべてを話せる、貴重な相手だった。
家族ぐるみで付き合うという思想はわたしにはなかったので、
時々会うようになったのは、
お互い、子供が大きくなってからだった。
わたしは男の子を一人産み、
彼女は2年後に女の子を一人産んだ。
一人っ子から一人っ子が産まれ、
それぞれの一人っ子が、同じく一人っ子と結婚した。
彼女の娘ちゃんが生まれた時に、
わたしたちには兄弟がいなくて、甥や姪がいないから、
お互いの子供が結婚する時には、
お互いに呼ぼうねって、約束したのだった。
今、特に東京では、なかなか若者が結婚しない時代になったけど、
幸いにして、二人ともがいい結婚をした。
娘ちゃんのドレス姿を見たとき、
わたしは感極まって、涙が出た。
無事に育って、パートナーを見つけて、
こんなに綺麗になって、と、感激したのだ。
約束を果たすことが出来たのは、夫のおかげだと思い、
帰って来てから丁寧にお礼をメールした。
従姉と会って、何やら相談事があるみたいだったのだが、
いざ聞いてみると、まだモヤッとしていて、
うまく表現できないようだった。
でも、話して行くうちに、
どうやら同じ箇所で躓いているらしいことがわかった。
わたしたちは、人の言葉を遮れない。
割り込んで話すことが出来ない。
相手の話を、聞き流す技術がない。
ちょっとひどいことを言われても、
即座に反論する反射神経を持っていない。
親に、抑圧されて育って来たからだ。
思いのまま自由に発言できる、権利がなかった。
彼女は、18で家を出たので、結婚するまでの数年は、
一人暮らしを体験出来た。
でも、わたしは、一人暮らしなんて絶対に許さないと言われ、
働いているのに、帰りが遅いと言って怒られ、
使えるお金も勝手に決められ、
ノック無しで部屋に入られ、
プライバシーが全然ないまま、結婚で家を出た。
その結婚生活は、ひどいものだったが、
息子を授かり、東京に来ることが出来たので、
結果はオーライ。
人に何か不愉快な事を言われた時、
すぐに言い返せれば楽なのにね、って言い合った。
わたしたちは、ひとまず、自分の胸に置いて、
考えてから、これはどういうことだろう?と反すうする。
その間に、相手はもう、違うところに意識を飛ばしている。
だから、あとあと考えてみて、
あの言い方はないんじゃない?、とか、
あんなこと言われる筋合いないよね?とか、
腹が立つのだ。
遅い。
そのモヤモヤを、ずっと抱えて生きているので、
常に、どことなく、辛いのだとわかった。
この性質を変えられたら、どんなにか楽だね。
でも、だからといって、反射で言葉を発して、
相手を不愉快にさせる人になりたいわけではない。
ちょうどよく、なりたいのだ。
正当に、不平等でなく、穏やかに、話したいだけなのだ。
感情で相手を傷つけて振り回したり、
自分の言い分だけを通そうとしたり、
相手を支配しようとしたり、
そういう相手が、本当に苦手で、しんどいのだ。
お互いに、相手を尊重しながら、話し合いたいだけなのだ。
そこを抑圧されて生きてきたせいで、
今も苦しい。
わたしは発病したし、彼女もかなり不安定な時期があった。
親が勝手に要求していることや、
勝手に思い込んでいることを、
わたしたちは冷静に知っている。
カッとなって、捨て台詞を吐いて帰るような関係性は嫌だ。
ゆっくり、穏やかに話したい。
またすぐ会おうねって、約束して別れた。
私たちの親たちも、幸い存命で、
たまに会っているらしい。
歳を取ると、兄弟っていいのよって、
お互いの母親は言うが、
わたしたちは、一人っ子しか経験がないから何もわからない。
一人っ子がワガママだなんて嘘だ。
わたしはそんなこと、思ったことはない。
偏見にさらされて生きてきたが、
自分の息子を見る限り、思いやりがあって優しいと思う。
兄弟って、いたほうが楽かもしれないが、
いないものはしょうがない。
わたしのせいじゃない。
責任なんて背負えないよ。
ただ、息子に面倒なことはやらせたくないので、
なるべくわたしの代で済ませるようにしたい。
無駄に長生きしなくていい。
子供は、幸せに生きてくれていれば、それで充分だと思う。

                                                                     
                                         伽羅moon3

 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

見えていない世界。

従姉と会う約束をしていたので、
いつもより早い時間に、アラームをかけていた。

夢を見ていて、それが何とももどかしい夢で、
難航している場面で、アラームが鳴って目覚めた。

幼なじみの、しーちゃんの夢だった。

夢の中で彼女は、少女時代と変わらず、
ピンク色の頬をした可愛い笑顔を見せていた。

でも、何だか変に気になって、
起き上がる前に、布団に横たわったまま、
しーちゃんにすぐメールを送った。
確か、木曜日は仕事が休みだったはず。

従姉とはいつも11時半集合だが、
彼女がちょっと早く着くと思う、と言っていたので、
わたしも早く行こうと思って早く起きた。

でも、しーちゃんにメールして、
床を見たら、ちまの健康的なウンコちゃんが点在しており、
それを片付けて、カリカリをやったら、
ちまが吐いてしまった。

それも片付けて、落ち着くのを待って、
お湯で伸ばしたウェットフードをやり、
そのあと大丈夫かも見ていてので、
結局、いつもより一本早く着いただけだった。

到着して、携帯を確認すると、
めずらしく、しーちゃんから返事が来ていた。
彼女はすごく忙しいので、当日返事も難しいのだ。

タイトルが、「びっくりしました」とあった。
内容を読んで、今度はわたしがびっくりしてしまった。

なんと、彼女は、大腸に出来たポリープを、
切除する手術を受けていて、
今、病室に戻って来たところです、って書いてあったのだ。

なんでわかっちゃうんですかね?って驚いてた。
わたしにもそれはわからない。
でも、夢から覚めた時に、
しーちゃんはとても可愛かったのに、
何か、胸にひっかかったのだ。
だからすぐ、メールをしたのだ。

まさしくその時間に、手術室に入っていたのだろうと思う。

日帰りにするか、泊まるかはまだわかりません、
またメールします、って結ばれてあったので、
待つしかない。

本心では、すごく心配だ。
詳しく経緯を聞きたいし、大丈夫か知りたい。

でも、しんどいはずなので、連絡を待つことにする。


彼女は、大変な人生を歩んで来ている。
実のお母さんが病弱で、
彼女は小学生の時から料理をしていた。

実家の家業も手伝い、家事もこなし、
確定申告をしてあげて、
結婚したあとは、まずは旦那さまのお母様を看取り、
自分のお父さんを亡くし、
近年になって、旦那さまのお父さまを看取り、
最後に、病弱だったお母さんが逝ってしまった。

子宮筋腫の酷いもので若い頃に手術して、
子供は帝王切開で産み、
実家と婚家の両方を切り盛りしながら子供たちを大学に行かせ、
やっと二人とも戻って来て就職したが、
今は、朝4時起きでお弁当を作っていると言っていた。

幸い、旦那さまがすごくいい方で、愛されて大事にされたが、
いつもかも、彼女は走っていた。
会えない期間も長かったが、
ここ数年は、帰省するたびに会っていた。

幼稚園の頃から知っていて、
小学一年で、同じクラスになったとき、
たまたま、苗字が同じだったこともあって、
わたしたちはすぐに惹かれあって、
一緒にくっついて少女時代を送った。

本当のことを語っても、
否定しない、大事な幼なじみである。
彼女は、わたしの孤独な人生の支えだ。

ポリープを切除して、日帰りかもしれないんだから、
深刻に考えてはいけないと思うけれど、
すごく心配だよ。


あくまでも一説だが、
人は、意識のうちの、たった10%しか使っていないと言う。
残り90%が、無意識層で、
その最も深い部分では、
人類は意識を共有しているという説がある。

それが真実かどうか、自分では確認できないが、
いわゆる、「予感」とか、
更には、「虫の知らせ」とかが、
その見えない無意識下の、意識ということになる。

わたしは時々、意味のある夢を見る。
それが、見えていない無意識層と繋がっている証拠かもしれない。

とても心配だけれど、
回復して、メールが来るのを待とう。
しーちゃん、どうか、無事でいてね。


夫が出張で二泊、留守だった。
その間、全く、ムギには会えなかった。
遠くまで行くはずがない、その辺にいるはずだと思って呼んでも、
小屋の前に座って待っていても、
全然出て来ない。
今日は、夕方行ったら、朝もらった餌に、全く手を付けていなかった。

パパに会えなくて、憔悴しているのだ。
ムギ、どこにひそんでいるの?

けれど、夫が出張から帰って来ると、
ムギ、ちゃんと待っていたそうだ。
抱っこされて甘えている写真が送られて来た。

ひたすら、パパを待っていたんだね。
けなげなムギ…。
良かったねムギ。
またパパにいっぱい甘えなね。


従姉との話も書きたいですが、
またこの次に。

                                           伽羅moon3

 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

正常ではいられない。

父が夫に電話してきて、
わたしの様子を知りたがっていたそうだ。

母のことは、父に免じて水に流してやってくれという、
父からの手紙に、
わたしは嘘の返事を出した。

全員のアドバイスを聞いた結果、
強く出れば強く攻撃されて、
更に傷付くから、
いやホントに具合が悪いんですよ、と、
嘘を書いて出した。

でも、それは嘘だから、
このままだと、わたしは苦しくて、父と話すことも出来ない。

辛い。
なんでずっとわたしだけが我慢なの?

今のわたしは、後ろから突き飛ばされて、
転んで怪我をして、
流血したままだ。

突き飛ばした人は、お咎めなしで、
怪我をして流血しているわたしに、
立ち上がれ、振り向いて笑え、と、言われてるかのようだ。

理不尽すぎて、正常でいられない。

わたしは、母に警告をはっきり出した。
わたしは一生あなたの子供ですから、
話す内容にちょっと気をつけてもらえませんか?と。

しかし、母の返事は、
「だって大変やったんやから、仕方ないやないの!」
というものだった。

そこで、見切りをつけてしまえば良かった。
夏には息子も帰らないし、
わたしも行かないことにすれば良かった。

でも、夫に、行ってきたらと勧められて、
一人で帰省した。
地獄が待っていた。
本当に本当に、あのとき行かなければよかった。

母はさらに増長し、
超えてはならないラインを超えた。
わたしは決壊した。


60年分の、愚痴と悪口と、自分の自慢話。
何時間も、何日も、何年も、
わたしはひたすら必死に聞いた。

聞き流す技術もないし、
話をさえぎるような習慣もなく、
わたしはまさに溺れて死にそうだった。


父は、母を愛している。
陰であんなに悪口言われてるなんて、全く知らない。
生まれ変わってもまた母と結婚するそうだ。

そんな父に、まさか、
あなた悪口言われてますよ、とは、
口が裂けても言えない。
そして多分、信じられないだろう。

母の、自分がいかにいい人かの自慢話には、
もはや吐き気がした。
臆面もなくこんなに自慢しているが、
よそさまのところでも言っているのじゃないかと、
心配なくらいだ。
恥ずかしすぎる。


わたしは、いつも、必死に頑張った。
手を抜いて生きたことなんてない。

辛くても学校を休ませてもらえず、
いじめられても親には打ち明けられず、
就職してからは、どの女の子よりも沢山残業をした。

そんなわたしに母はいつも当り散らし、
毎日帰りが遅いと怒鳴った。
働いて帰って来て、怒られるのだ。
愚痴ももちろん聞いてはもらえない。

誰一人、味方が居なかった。
それでもわたしは頑張った。
苦手なことも、無理なことについても、
可能な限り頑張ってきたのだ。


父が急死する夢を見た。
わたしは、「このままでは嫌だ!」と強く思った。
このまま、父と話せないのは嫌だ。

カウンセラーさんに、相談した。

母を非難したりしない。
母の話の内容ももちろん漏らさない。
ただ、わたしは必死に何年も頑張って、
頑張って頑張って、
壊れてしまったんだよって、
それだけ伝えたいんですって泣いた。

どういうことか、わかってもらえないかもしれない。
具体例を挙げずに、ただ頑張ったんですなんて言ったところで、
戦争を生き抜き、ガンを乗り越えた両親から見れば、
なんだよそれくらい、って思われる。

それでも、父が生きているうちに、
父が正気なうちに、
わたしはわたしなりに、必死に頑張りましたって言いたい!
認めてもらえなくても、
理解されなくても、
頑張ったけど、太刀打ちできなくて、崩壊しましたって、
それだけ、伝えたい。

そうじゃないと、苦しくてわたしは父に会えない。
おかしくなりそうだ。

拒絶される理由がいくらあっても、
誰もが、拒絶しているわたしを批判するだろう。
老い先短い母親に、何もそんな仕打ちをしなくてもと、
きっと思われる。

人を変えることはできない。
でも、自分の行動や心持ちは変えられる。
わたしが頑張れば、
母の態度も少しはよくなってくれるかと、
期待した。

そして玉砕した。

もう、戻れない。
このまま母とは話せなくても構わない。
でも、父とこれっきりになるのは嫌だ。

カウンセラーさんに、具体的に、
どういう言葉で書きたいかと説明して、
充分推敲すると話したら、
いいと思いますよって、後押ししてもらえた。

誰のことも責めない。
ただ、辛かったけど頑張ったんだよ、って知って欲しいだけだ。

今は感情的になっているので、
少しクールダウンして、
ちゃんと下書きして、言葉をよく選んで、
父に短い手紙を送る。

今はわたしには味方がいる。
夫も、従姉も、友達も、カウンセラーさんも、
精神科のドクターも、
わかってくれている。

強く生きて行くなんて出来ない。
もう鎧は壊れてしまった。
雨が降れば雨に負け、
風が吹けば風に負ける。
そんな自分だけど、これがわたしなのだ。

                                          伽羅moon3

 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

無口の定義?

夫はずっと、
自分は無口だからと言い続けて来た。

しかし、わたしはただの一度も、
夫を無口だと思ったことはない。
むしろ、非常にお喋りだと思っている。

わたしの話なんて平気でさえぎって、
違う話を始める。

そのことを指摘すると、
なんと、さえぎっている自覚さえないことがわかった。

聞いてないのだ。
喋ることが優先で、聞いてないってことだ。

だからわたしは、大切な話は、
大体メールで文章を送る。

ちゃんと考察してから返事をもらいたいからだ。

頭の回転が速く、反射的に言葉を発する人には、
文章で提出したほうが、
わたしが傷付く度合いが少ない。

しかし、さえぎっている実感がないということは驚きだった。
わたしはずっと不快に思っていたが、
耐えてきていたのだ。
耐える必要性なんて全くなかったということだ。

無理して損した。

夫が無口だと勘違いしたのは、
先妻さんを亡くして失意のどん底にあるときに、
上手に話せなかったことを指しているのだと思う。

脳が萎縮してしまったそうだ。
辛かっただろう。

でも、自分が大家族で育ち、
自分も大家族を持った人なので、
自分の声を通すには、人の話なんて聞いていられないのだろう。
さえぎってさえぎって、自分の話を通すことが、
習慣なんだろうと思う。

人が喋っている時に口を挟むな、
大人同士の会話に子供は割り込むな、と、
わたしは厳しく育てられたし、
息子にもそれは徹底した。

平気で話に割り込んでくるよその子供が、
わたしは嫌いだった。

夫は間違いなくよく喋る。
無口だったためしはない。
二人で飲みに行ってもひたすら喋っている。
割り込むには相当の力が必要だ。
じゃないと独演会になる。

再婚した当時、
週末の夕飯は、
苦痛だった。

テレビが大音量で流れていて、
5人が一斉に喋っている。
中でも、わたしの右にはお姑さんがいて、
左には夫がいて、
違う話題を、それぞれがわたしに聞かせる。

優先順位もわからず、混乱してものすごく疲労した。

今も、二人以上と話すことは難しい。
長く一緒にいて、大丈夫なのは息子夫婦だけだ。
それでも、元気なフリはするので、
疲れるけれど、
ただ、幸福感がずっと上回るだけ。


月曜日、お姉さんがいらして、
ちょこっとすれ違っただけだったので、
メールをした。
優しいお姉さん。
姉妹がいないので(弟二人)、仲良くしてくださいねって、
書いてくださってあった。

嬉しい。
お姉さん、長生きしてくださいますように。
お兄さんが倒れられてしまったので、
夫のよりどころは、お姉さんしかいない。

わたしも、もし居るはずだった兄がいれば、
こんなに責任が重たくないのに。
わたしのせいじゃないのに。

                                            伽羅moon3

 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

修復は不可能。

わたしは、今の夫と結婚するまで、
男を見る目がなかったのだと思うのだ。

現在も、暴言を吐かれてビックリすることが、
多々あるのは事実だけれど、
今まで知っている男性の中で、
最も責任感の強い、唯一まともな男だと思う。

再婚して数日で、
「オマエ」呼ばわりされたのには驚いたが、
トータルで考えたら、
前の夫とは比べ物にならない。

でも、前の夫も、
わたしと息子を失ってようやく改心したらしく、
再婚してからは、家庭を大事にしたようだ。
話を聞いて、同一人物とは思えない変わりようだった。

あの酷い親とは同居せず、
敷地内に別棟を建てたらしい。


逮捕された彼を見捨てる時、
ずっと支えてくれていた異性の友人が、
「原因はキミにあるよ。甘やかしすぎたね。」と言った。

そうなのだ。

わたしは世間知らずで、
男に尽くしてしまい、
男を勘違いさせてしまう女だったのだ。

逮捕された時に、別れることは考えなかった。
短い面会時間では打ち合わせも出来ず、
真相を何も知らず、
わたしは、自分が証人として出廷した裁判で、
検察官から、
初めて彼のひどい罪状を聞いたのだった。

バカじゃないのか?
今ならそう思える。

男を幸せにするのが女だと信じてた。
だから必死に頑張ったけど、
最初の夫はそれを当たり前と思い増長し、
嫁の代わりなんていくらでもいる、と言いやがった。

逮捕された人は、逮捕されて刑務所に入っているくせに、
少しも謙虚にならなかった。

あきらかにわたしの失敗だ。


男は、二段階で教育されないといけない。

母親からと、妻からだ。

わたしは離婚を通じて、最初の夫を教育した。
言葉の暴力が人間関係を破綻させることを、
厳しく教えた。

大事にしないと、大事にされなくなることも教えた。

あんな夫だったが、わたしも教わった事柄はある。
「普通こうだよね?」という、「普通」が
人によって違うのだということや、
怒りを抱えたまま友達でいる必要はないってことなど。


今の夫は、先妻さんを亡くしてからワンマン経営だったので、
自分の方式を押し付けがちである。
おそらく、誰も異論を唱えて来なかったのだろう。
わたしに追求されて、
返答に困っていたこともあった。

生活習慣について、すり合わせるのはもう難しい。
生理的に、耐えられないこともお互いにあると思う。
長年の習慣だから、仕方がないし、
もう、無理が出来ない年代になったと思う。

考えてみると、男性と接する機会がほとんどない。
月に一回の、精神科のドクターと、
リウマチ内科のドクターのみだ。
あとは動物病院のドクター。

ドクターばっかりだ(笑)。
優しく接してくれて、いい人ばかり。


夫に、父から電話があったそうだ。
父はわたしのことを気にしているようだ。
でも、わたしはもう、父とも話せない。
もう嘘をつけない。
苦しくてたまらない。

強く当たれば、強く返って来て、
わたしが更に傷付くから、
逃げるしかないと、誰もが言う。

わたしは誰にも真相を話せずに、
重たいヘドロを胸に抱えて生きて行く。

なんでかな。
子供の頃から、なんで我慢ばっかりかな。
でも、真実を話したって、父はわたしの味方にはならない。

もっと頑張ってくれと言われても、
頑張った結果が出てしまったのだ。
わたしは母に、ちゃんと警告した。

一生、わたしはあなたの子供なんだから、
話す内容について、ちょっと考えて欲しい、と申し入れた。
返って来た答えは、
「だって大変だったんやから、しょうがないやないの。」だった。

警告を無視した。
わたしは決壊した。

覆水、盆に帰らずだ。
もう修復は不可能。

今週のカウンセリングで、また相談してくる。
正解がないとわかっているので、
しんどい作業になる。

                                           伽羅moon3

 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

倹約疲れ。

ずっと貧乏だった。
ステーキを初めて食べたのだって、
二十歳を過ぎてからだ。

安い材料をいかにふくらませて料理するか、
そればかり考えて生きていた。

おかげで、息子は、
「貧乏役に立ってるよ。」と言うけれど、
本当に食材すら買えなくて、
ひどいお弁当を持たせたこともある。

よく耐えてくれた。

都立の高校だったので、
申請をして、学費免除を受けていた。
都営の交通がタダになる券もフルに使い、
遠回りだけれど、都営地下鉄で通わせた。

文句一つ言わなかった。
いい学校に入れて良かったと思う。


わたしは夫と再婚して、
貧乏からは開放された。

時々息子と会って、
豪華な食事をして、
帰りにデパ地下で、いい果物や和菓子を買ってやれた。
自分のお小遣いを、
ほぼ息子に使っていたくらいだ。

息子とのデート。
いい思い出になった。
幸せな時間だった。


夫が定年になり、
嘱託で残ることはできたが、
給料は激減と聞かされて、
わたしが我慢しなければと思い、
最低限の予算を提出して、
毎月口座に振り込んでもらった。
お小遣いも4千円程度にした。

でも、実際に生活してみると、
全然足りなかった。

本も、CDも、中古でしか買わなかったが、
マッサージにはやはり行きたかったし、
お菓子も食べたいしジュースも飲みたくて、
結局累積の赤字に耐え切れず、
年末に、夫に補填してもらった。

考えてみると、この家で、貧乏なのはわたしだけなのだ。
自分のお金がないのは、わたしだけなのだ。
カツカツと節約しているのは、わたしだけなのだ。

全員がお金持ち。
食材だって、頑張って安売りのを買うように努力してきたけど、
そんなこと誰も気にしてない。
気がついていないし感謝もされない。

なんだか急に気落ちした。

たった一万円のものが買えなくて、
夫にお願いして買ってもらう。
そのことが、とても惨めに思えた。

働いていないのだから、我慢すべき?
家事もやれてないのだから、我慢すべき?

多分、当然そうなんだろうと思うけれど、
節約に疲れているのも事実だ。

頼めば買ってもらえるかもしれないが、
頼まなくても使える自分のお金があったらいいのに、って、
ずっと思っている。
そのほうが、心が自由だ。

じゃあ、働けるか?
近所の飲食店で数時間とか、いけそう?

…きっと無理だと思う。
誰かと一緒に過ごすことができないのだから、
働きに行くなんて無理だ。
新しいことを覚えるなんて無理だし。

働いていないから、節約してきたけれど、
お姑さんが夕飯を作っていた頃は、
牛肉だって鯛だって出て来た。
今、わたし一人が、カツカツすることないんじゃないの?

貧乏に育っているから、カツカツ倹約できるけれど、
みんなは全員お金持ってるのに、って思ったら、
疲れちゃった。


母屋の夕飯に使う食材をわたしが買うので、
レシートを夫に全部渡す。
夫は全てに目を通して細かく入力している。              
当然、わたしが自分に買ったものの明細も筒抜けだ。

その目が怖いから、窮屈に倹約する。
必要なことかもしれないけど、
自分のお金がある人はいいなあ。
誰にも何にも言われないんだよね?

いいなあ。
うらやましいなあ。

                                          伽羅moon3

 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

眠れないという消耗。

何よりも「平穏」を望んで生きているのに、
自分の心をコントロールできないことが辛い。

傷付きやすく、しかもずっと根深く覚えていて、
わたしを傷付けた相手への嫌悪も消えず、
その瞬間に、バサッと言い返せなかった自分が悔しい。

後悔。
後悔。
もう一回生き直したい。

息子のことも、もう一回育てたい。
そしたら、もっといい母親になれたのに。

ぐるぐる考えて、
寝付けなくて、
新聞が配達されて鳥が鳴いて、
朝になる。

とても惨めだ。

眠れないこと、そのものも辛いが、
眠れないことの辛さを、理解されないことのほうが、
もっと辛い。

まんじりともせず、朝が来てしまった時の、
惨めな気分。
またきっと責められるとおもう罪悪感。

自分が経験しないことについて、
理解ができないことを、普通だと思う。
だから、理解してくれとは言わない。

でも、最低限、
責めないで欲しい。
そっとしておいてほしいのだ。


父はわたしに、頑張ってくれと言っている。
もう、限界まで頑張ったのだということを、
わかってもらえない。

父はわたしの味方にはなるはずがない。
だから、歯向かえばわたしが更に傷付くだけになる。

でも、このまま黙っているのも、
本当は悔しい。

状況を変えられなくていい。
ただ、もう充分に頑張った結果なのだと、
わかってもらうには、どうしたらいいのだろう。

子供なんて、きちんと自立さえしてくれたなら、
同じ世界で、元気に生きていてくれると思うだけで、
いいじゃないか。

わたしの意志で一人っ子になったわけじゃない。
わたしに責任はない。
なのに否定され、要求されるのはどうしてなの?

カウンセリングが必要だ。
自分を肯定できる何かが必要だ。

眠れない夜は、
それだけで消耗する。

                                             伽羅moon3

 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

どんどん深刻に。

本当は従姉と会う約束をしていたのだが、
彼女の旦那さまの具合が悪くなり、
約束を延期した。

ぽっかり予定が空いたので、
障害者手帳の更新手続きに行って来た。

写真が必要で、証明写真のブースで撮るのだが、
一枚しか要らないのに、800円は高すぎる。
しかも、醜形恐怖も持っているので、
自分を見るのがひどく苦痛だ。

写真って残酷だからね。

手続きは数分で済んで、帰りに食材を仕入れて帰宅。

今日は夫とお姑さんしか夕飯を食べないので、
夫が楽を出来るようにと思って、
二品、作った。
これでもう、夫が何もしなくても食べられる。

母屋に持って行って盛り付けて、
証拠写真を撮影して、
メールに添付する。
メニューと使った食材、味付けなどを文章で書いて、
毎日メールで知らせている。

キャベツの卵とじと、酢の物を作って、
写真を撮ったあと、酢の物は冷蔵庫に入れた。

今夜は夫と二人ですよ、とお姑さんには声をかけておいた。

ムギに餌をやり、部屋に戻って来ると、
しばらくして夫から電話があった。
急に飲み会に出ることになったそうだ。

酢の物を冷蔵庫に入れたこと、お姑さんに説明してない。

すると夫は、既にお姑さんには電話して説明したとのこと。

電話をしながらキッチンに行かせて、
キッチンにある丼と、冷蔵庫にある鉢が今日の夕飯だから、
一つずつ食べるよう、説明したそうだ。

しかし、お姑さんは、
「今日は私、出かけていて、夕飯作ってないのよ。」
と言ったそうだ。

目の前にある鉢を、見つけることも出来なかったようだ。

お姑さんの記憶は、
止まっている。
自分が家事をやっていた当時のままで、
わたしが今、料理を運んでいることを、理解していないらしい。

そうじゃなくて、冷蔵庫の中を見ろ!と夫は言ったらしいが、
目の前の一番目立つ場所に置いたけれど、
多分認識できなかったと思う。

でも、面倒を見に行ってくれとは言わないから、と、
夫は言ってくれた。
わたしが、お姑さんと接することが辛いのを、わかってくれているのだ。
空腹になれば、何かは食べるだろうから、
放置していいと言われた。

だから、その言葉に甘えて、行かなかった。

残念なのは、夫に楽をさせてあげたくて頑張ったけど、
無駄に終わっちゃったことかな。

でも、来週からも地道にコツコツ頑張るよ。
出来ることは、これしかないから、
無理をせず、自棄にもならず、
コツコツやるだけ。

お姑さんの認知症は、どんどん深刻になっていく。
体が丈夫なので、
多分そのうちに、徘徊をするかもしれない。

夫が、可愛いパスケースを買って、
名前と連絡先を書いた紙を入れて、
出掛けるときに首にかけるようにしたのだが、
いつのまにか、中味が入れ替わっていたらしい。

どうしてこんなことになるのか、
わからないことだらけで、
夫はかなり参っている。

長生きが、果たして幸せなのかどうか、
わからなくなってしまう。


アパートの工事期間、
お姑さんと同じ屋根の内に住むのだが、
今からわたしは不安でいっぱいだ。
逃げ場がなくなるから、部屋に入って来られたらどうしよう、とか、
心配でたまらない。

長い目で見て、ほんの一週間か十日間だろうけれど、
ふうぅ~と思ってしまう。
一日でも工事期間が短く済みますように。

                                            伽羅moon3

 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

期待しちゃいけない。

自分が、母と似ていると思うことが、
絶望的に嫌だ。

でも、自分の母しか知らないので、
わたしの口調とかは、母に似ていたのだと思う。

それを、長い期間かけて、
修正しながら生きて来た。

他人様が指摘してくれて、そうなのか!と気付いたこともあった。
恥ずかしかった。

あとは、息子に育てられた。

息子は、すごく優しくしてくれた。
人に優しくされるのって、こういうことなのか!と
わたしはビックリした。

息子は、人を許す心の広さも持っていた。
そこは、見習いたいところだ。


わたしが夫と再婚する少し前、
お姑さんのお誕生日会に招かれて、
親族に紹介された。

キッチンで夫と作業していたら、
夫のお姉さんが入っていらして、
まだ紹介も済んでなくてバタバタしている中、
「嬉しいわあ~。」と、言ってくださった。

あの一言は、一生忘れないだろう。

でもその時は、お姉さんの真意が読めなかった。

結婚しても、わたしは働けない。
家事も、少ししかできなくて、
お姑さんを楽にさせてあげられるかどうか、
全くわからない。

そんな状態だったので、
いったいどの部分を喜んでくださったのかが、
わからなかった。

もしかして、お姑さんのお世話を出来る人が来たと思い、
それが嬉しいのだろうか?と不安になった。

当時お姑さんは既に80歳を超えていて、
家事全般をこなしていたからだ。

だから、嬉しいと言われても、
わたしは困った。


でも、今ならわかる。
お姉さんは、弟に、またパートナーが出来たことを、
喜んでくださったのだ。
そういうお姉さんなのだ。

わたしが病気をおして料理していることも知っていて、
お姑さんに、
「料理くらいやらなきゃ、よけいダメになるわよ。」と、
言ってくださる方なのだ。

精神病に対して理解が深く、
いつも優しく接してくださる。
とても素敵なお姉さん。

長女にも、
「パパと結婚してくれてありがとう。」と言ってもらえた。
彼女だけが、パパの孤独に気付いていたのだ。

なのに結局、わたしは一切家事が出来ず、
大人数の生活にもなじめず、
アパートに越して引きこもり。

期待を大きく裏切り続けている。

今、夕飯のメニューも、4~5種類を回してるだけ。
昔はもっと色んなものを作れたのに。
今日も相変わらず、毎週登場する肉じゃが。

いつも同じメニューの繰り返してごめんなさい、と、
メールした。

始めたときから、挫折するまでの一年間は、
ずっと二品作ってきたのだが、
ムギの通院で疲れ果ててしまい、
一品にさせてもらった。

なので、夫の注文で、
野菜メインの煮物で、色んな具材を入れてボリュームを出す、
というメニュー。

だから、たとえば、カボチャの煮物、では足りないのだ。
大根、じゃがいも、白菜、牛蒡、キャベツ、茄子…。
これらのものをメインにすえて、
練り物やお肉やこんにゃくなどをプラスしている。

いつもお醤油味じゃ飽きるから、
もっと、中華味とかコンソメ味とか、
バリエーションを増やしてみよう。

この間まで、体調がすぐれなかったので、
こんな考えには及ばず、
ただ必死に一品作っていただけだった。
今後はもっと努力しよう。

誰かのためにやってあげてると思うと、
反応を期待してしまい、
押し付けがましくなるし、
反応がないと、がっかりしてしまうので、
あくまでも、自分がやりたいからやっていると思うこと。

これが持続の秘訣だよね。

相手に期待してはいけない。
自分が辛くなるから。


母の自慢話は、すごい。
聞いていて、よくまあこの人は、恥ずかしくないんだ?と
完全にドン引きする。

わたしを見て、わたしを褒めて!という、
自己承認欲求のカタマリなのだ。
醜いと思う。 

自分はそうならないように、謙虚に生きていこうね。

                                         伽羅moon3

 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

すぐ疲れちゃう。

年に一回の健診だった。

体重は、6キロ減ってたはずなのに、
去年からマイナス3キロ。
3キロも戻ってしまった。
がっくり…。

視力にも問題あり。
近視も老眼もすすんでいて、
ピントの合うポイントが少ない。

バリウムには、もう慣れた。
婦人科の検査が辛かった。
ちょっと手荒いなと感じたのだが、
出血していたよ。
やりすぎなんじゃない?

卵巣脳腫で左の卵巣は摘出してしまったが、
そろそろ、右の卵巣の検査もするように言われた。
今、ちょっと見てくれればいいのになー。

健診の前はしばらく緊張する。
便を二回分提出しなければならないからだ。
体重も増えたくなかったので、
好きなジュースを断ち、
カロリーオフのシリアルで空腹をしのいでいた。

健診が終わって、行ってみたかった店にランチに入った。
支那そばと欧風カレー、の二品しかメニューがない店。

テーブルが二つに、カウンター3席という、
激狭店だった。

どっちも食べてみたかったので、
支那そば(ラーメンとは呼ばせないらしい)と、
半カレーのセットを注文。

まず、支那そばが出て来た。
細めんだけど、固めに仕上がっていて、
おいしい。
けっこう量もある。
カレー、いらなかったかも。

タイミングが計られているらしく、
支那そばを食べ終わりそうなときにカレーが来た。
びっくり。
「これで半量ですか?」って聞いてしまったよ。
一人前くらい、あった。

ああ、多かったなあ。
胃の中にはまだバリウムがあるんだから、
無理しなければよかった、と後悔。

でも、どちらもとても美味しかった。

夕飯は軽くしようと思って、サンドイッチを買って帰って来た。

結局、具合が悪くなって、寝てしまった。
いろいろ、疲れた。
本当に踏ん張りが利かない。
すぐに疲れてしまう。

お腹がすいたちまが、何度も起こしに来たのだが、
起きてあげられず、
夜7時前まで寝込んだ。
ちま、ごめんね。

下剤がやっと効いて、
夜中にバリウム排出。
やっと楽になった。
来年は、もう食べ過ぎないよう気をつけよう。


気候が暑くなって、
ちまがいろんなところで寝るようになってきた。
冬場はほぼ自分のベッドにいるのだが、
今は、わたしの布団にいたり、
座椅子の下に敷いているラグにいたり、
たまにテーブルの上ででろんとしている時もある。

何をしていても可愛い。
テレビで猫特番があると必ず見るが、
もちろんどの猫も可愛いけど、
ちまは性格が可愛い。

猫って、いいなあ。
一緒に暮らせて、気持ちが安らぐよ。

でも、ムギは小悪魔ちゃん。
一緒にいると、心が乱れちゃう。

明日からまた平常運転、頑張ろう。

                                            伽羅moon3

 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

そういうこともある。

縁があるから出会うのだが、
その相手と、ずっと親しくしていけるとは限らない。

それがちょっと、残念。

性別関係なく、お互いに惹かれるものがあって、
関係性が進行するのだが、
相思相愛の関係がずっと続くわけではない。

努力だけで、解決しないこともある。

せっかく知り合って、親しくなって、
いい関係を続けていても、
お互いの環境の変化や、
もしくは、実は、相思相愛ではなかったと気付いて、
がっくりすることもある。

独りよがりでは、人間関係は続かない。

人生において、すごく沢山失敗してきたので、
今は、慎重になっている。
もっと親しくしたい、
もっと会いたい、と心の中で思っていても、
言葉にしないで秘めている。

踏み出してしまえば、もう戻れないからだ。
それが怖い。
大事に思っているからこそ、
その一歩を、踏み出すことが出来ない。


お姑さんが調子を崩した時に、
もう限界だろう、わたしがやらねば、と、自分で勝手に決めて、
夕飯作りを始めた。

働いているみんなの栄養状態を考えて、
一年、頑張った。

でも、意外に、感謝されてないことがわかった。
誰も、ありがたいと、思っていないのだ。

躍起になっていたのは完全に独りよがりだった。

だから、今は、夫が少しでも楽であるように、
ちょっと手伝っているって感覚だ。

子供たちは、してもらうことに慣れすぎていて、
感謝の気持ちが無いようだ。
お金にも苦労していないし、家は広いし、
何かが足りなくて苦しい思いは無いみたいだ。

わたしが夕飯を作ろうが作るまいが、
別にどっちでもいいですって感じ。

まあ、そういうこともあるよね。


夜、夫がやってきた。
愚痴を聞いてあげられた。
わたしもしんどい時があるので、いつもかも聞いてはあげられないが、
今夜はちょっと喋って、
夫は笑顔になって帰って行った。

こうして穏やかに暮らしていくのがわたしの望みだよ。

今日は昼間、ムギに会えた。
小屋にちょこーんと入っていて、
「ムギ、おかか食べる?」と聞いたら、
可愛い声で鳴いて出て来た。

ちまは、立派ないいウンコちゃんが出た。
引きずって走り出てきて、
全部トイレの外だったけど、
わたしは嬉々として拾う。
良かった、立派だよって思う。

水曜日は、年に一回の健診の日だ。
マンモグラフィーも、婦人科検査も、バリウムも、
頑張るよ。

去年より体重が減ってることだけが救いだ。
リバウンドには気をつけよう。

                                          伽羅moon3

 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

乗り越えないと進めない。

いっぱい問題を抱えている。
過去に負った傷も治せない。

その時点で、きちんと乗り越えていなくて、
うやむやになってしまったため、
繰り返し思い起こしては、モヤモヤするのだ。

母のことだっていつも考えている。
水に流してやってくれと、父の手紙にはあったが、
母の話の内容を知らないから、そんなことが言えるのだ。

言ったほうは、言いたいことを言ってスッキリして、
被害を受けたほうが、水に流さなくてはならないなんて、
余りにも理不尽で、
どうしても、できそうにない。


アパートの工事に向けて、
もう、山のように不安がある。

それらのことを、一個ずつ、解決していかないと、
迎えられないのだ。

夫に、一つ、どうしたらいいかね、と相談したら、
耐震だって、サッシの交換だって、
キミのためにやってあげるのに、
そんな後ろ向きなことを言うのか、と怒られた。

違うよ。
後ろ向きなんじゃないよ。
前に進むには、健常者とは違って、障害が多すぎるのだ。
それを、一個一個相談して解決していかないと、
無事に工事を迎えられない。

前に進むために相談しているのに、
怒られてしまう。

真夏の時期に、エアコンを外して壁を壊すので、
もちろんわたしとちまは、アパートには居られない。
母屋の、夫の和室に避難するしかない。

でも、その部屋に、
もしお姑さんが押しかけてきて、話が始まってしまったら、
どうすればいいの?
わたし、5分でも、おかしくなるよ。

わたしが出掛けている間に、
もしお姑さんが勝手に入って、もしちまが出てしまったら、
どうするの?

自分のキッチンじゃないから、夕飯作りはできないよ。

お姑さんが居るときに裸になってシャワーとか無理だよ。

洗濯とか、どうしたらいいんだろう。

もう、不安で心配で、
考えると具合が悪くなってしまうのだ。

そういう病気なんだよ。
だから、怒らないで、解決に力を貸して欲しいのに。


スペックの高い人だから、安心して結婚したけれど、
わたしは、そのスピードに付いて行けない。

工事が終わるのは、聞けば9月だと言うじゃないか。
ベッドを置くのは、9月ということだ。
それがわかっているのに、
ベッドの許可を出した翌日に、
「ベッド、どこに置く気?」と詰問してきた理由がわからない。

わたしが何もかも決めていて、
もしスラスラと答えたら、逆に不愉快になるのではないか?

何でも相談しなくてはと思っている。
もちろん、いろんな意味で、一人で何でもやれるなら、
いっそ、楽だと思うよ。

でもそうじゃないから、相談しているのに、
後ろ向きだと怒られて、
次の相談を、口にするのがもう怖い。

いちいち、口調がきつい。


守りたかったから結婚したと言ってくれたけれど、
不安に思うことを、一つずつ、取り除いて行けるよう、
力を借りたいのだ。

じゃないと、不安で押しつぶされそうなんだよ。

憂うつで、気分が沈む。

                                           伽羅

 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

尊重し合う。

金曜日は、自分の精神科の通院と、
ちまの病院にも行ったので、
めちゃ疲れて、パソコンも開かずに寝た。

一日に一つしか用事はこなせないのに、
無理をせざるを得ない日もある。

土曜日は、夕方夫と約束があった。
お昼前に目が覚めて、
しんどくて、布団でダラダラしていたら、
夫からメールが来た。

今度の土曜日に、夫の末っ子くんが、
一人暮らしのために、家を出て行く。
布団を買いに行くかも、と言っていたのだが、
やはりベッドが欲しいと言っているので、
一緒にニトリに行けないか?という内容だった。

わたしもベッドの許可を夫からもらっている。

来月から、わたしが住んでいるアパートの工事が始まる。
一階を貸すためにリフォームするのに合わせて、
建物全体の耐震工事をしてもらう。

わたしの古い窓を全部新しいサッシに交換して、
窓だらけの部屋に壁を増やす。
ガムテープで貼ってある玄関ドアも取替えてもらえる。

その時に、室内工事ももちろんあるので、
家具を大幅に動かすことになる。
その際に、ベッドを導入させてもらうのだ。

家具屋に下見に行ったり、
ネットでちょこっと見たりしているので、
末っ子くんが選ぶ時に、一緒に考えてあげられると思う。

わたしは飛び起きてちまの世話をして、
着替えて歯磨きして、菓子パンを握って車に乗った。
末っ子くんと3人でニトリに行った。

彼は、フローリングにせんべい布団を敷いて寝ているので、
分厚いマットレスは生まれて初めてだ。
ベッドフレームは、シンプルでお値打ちなのに決めて、
マットレスはちょっとランクがいいのを買った。

わたしは美容院の予約があったので近くまで送ってもらい、
夫と末っ子くんは帰った。

一時間後、また夫と待ち合わせて、
末っ子くんの実印を作りに、はんこ屋さんに行った。

わたしが以前、勤めたことがあるチェーン店だ。
しっかり研修を受けたので、知識は持っている。
一生に一本なので、象牙にしてあげようよとすすめた。
これは、夫が買ってあげるそうだ。

わたしも象牙で実印を持っているが、
柘植(木製)に比べて、はるかに捺しやすい。
よく使う銀行印を象牙にすれば良かったくらいだ。

注文して、駅ビルをちょっとだけ見て、
夕飯の店を予約した。
末っ子くんと、3人での食事。

以前夫と行って、すごくおいしかった居酒屋に行った。
開店直後に入ったのだが、すぐ満席になったよ。
地酒が充実している。

わたしは小さいグラスでビールを飲み、
あとはすだちサワーを一杯飲み、
その後はお水を飲んでいたが、
夫と末っ子くんは、中生ジョッキのあと、
地酒を8合も飲んだ。

5時間、話をしていた。

多分わたしにはこれが最後。
こういう機会はもう訪れない。

やっと、彼女さんがいることを話してくれた。

末っ子くんは、今年26歳になる。
25歳で結婚した夫は、俄然はりきって、
応援するからすぐ結婚しろ、
しかも結婚したからには子供を産め、と説教し始めた。

わたしは全力でそれを阻止する。

価値観を押し付けるのは、一種の暴力なのだ。

末っ子くんは、今回同棲も視野にいれていたらしいが、
それに乗ってこなかった彼女さんと、
結婚に至るのかどうか、今の段階ではまだわからない。
しかも、本人たちは、
子供が欲しいという気持ちを持っていない。

それは、彼らの価値観である。
親が意見してどうこうなるようなものではない。

価値観は、一致しなくても、
尊重しあえる関係がベストだ。

一緒に居たいと思えば結婚という形式を選択するだろうし、
子供は、いたらいたなりの、家族の幸せがあり、
いなければいないなりの、夫婦の幸せというものがあるのだ。

それを選ぶのは親ではなくて本人たちだ。

夫は、圧力が強い。
本人、それに気付いていないのかな。

自分の価値観がはっきりしているのはいいのだが、
どうしても相手にも、それを押し付けがちな人なのだ。

わたしと、時間軸がかみ合わない、と言う。
それは、わたしが朝起きられないことを非難している。
でも、本当にまずいのは、
かみ合わないことではなくて、
圧力が高すぎることなのだ。

集合体の円が、なるべく沢山重なることを、
夫は望んでいる。
結婚当初はその要求が本当にすごかった。

わたしは、重なりの面積が重要なのではなく、
重なっている部分でいかに楽しめるか、だと思う。

好きじゃないものを見せられたり、
好きじゃないものを勧められるのは、
相手に悪意がないだけに、
断るのがしんどい。


早く結婚して早く子供を、と夫は繰り返し言っていたので、
末っ子くんがトイレに入った隙に、
しつこいよ、圧がすごい、と耳打ちした。

男として独立するだけでも、頼もしいじゃないか。

もちろん、本音の一部はわかっている。
ボケてきてしまったおばあちゃん、
出掛けてばかりの長女、家事を一切しない次女。
つい、彼に頼る比重が大きかったはずだ。

そこから彼は、独立していったのだ。

夫は、家を出た経験もなく、子供を手放すのも初めてだ。
試練となることだろう。

わたしが息子の名を呼びながら泣いていた気持ちが、
少しわかるかもしれないと思う。


何時間も人と一緒にいたので、
ヘトヘトになった。
またブログを更新することも出来ずに眠った。

日曜日は、使い物にならず、夕方まで横たわっていた。
もう無理。
人と暮らすのは無理。

ちまと二人で、静かに休んだ。
ちまは、下痢便の外部検査の結果、
菌が繁殖して、中毒状態にあることがわかった。
飲み薬をもらってきて、金曜から飲んでいる。
治るといいな。

今週は予定がいっぱい。
年に一回の健診も入れている。
よく休むように心がけて、楽しみたい。

                                          伽羅moon3

 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

心が狭いの?

わたしは、言葉に過敏で、
正義感も多分強い。

だから生きにくい。

聞き流すという技術を持っていないのだ。
全部全部、ありったけ受け止めてしまうので、
苦しくてたまらない。

家族全員が話していると混乱する。
3人でももはや無理。

暴言を吐かれても、聞き流せる人や、
即座に言い返せる人が、心からうらやましい。
その技術は、どうしたら習得できるのだろう。


こういう自分を表現する、何か適切な言葉がないか、
今日もずっと考えていた。

ひょっとして、「心が狭い」のではないか?
と思い当たった。

過去のことでも解消できていないと、
わたしはずっと根に持っている。
これは、「心が広い」の、真逆ではないか?

もちろん、自分でそんなこと思うのは嫌だけれど、
わたしには、相手を許す度量が無いということだ。

小さい頃のことを思い出した。

毎年ではないけれど、夏休みに、
母の実家に行っていた。
全国からいとこたちが集まる。
子供たちは一緒に遊び、
海や川に行く。

おじ・おばからもらったお小遣いを握り締めて、
縁日のおもちゃ屋さんにむらがった。

ある年、わたしはもらったお小遣いで、
「モール」を買った。
ワイヤーにカラフルな糸がふわふわしていて、
ひねったりねじったりして、何かを作るものだ。

それを自分の使っている布団に置いて、
どこかに出掛けた。

帰って来ると、
年上のいとこと、年下のいとこが、
わたしのモールを勝手に使って遊んでいた。

それ、わたしのじゃないの?

わたしはそう聞いた。
すると、年上のいとこが、
「ちょっと貸して。」と言ったのだ。

わたしは、「嫌だ。」と答えた。
すると彼女は、「意地悪だね。」と言ったのだ。

こんな理不尽な話が通用するのか?
その時わたしはまだ幼かったので、
気持ちを説明することが出来なかった。

大事なお小遣いで買って、
まだ自分では開封もしていないのに、
留守中に、勝手に取られて使われた。

しかもモノがモールだから、新品にはもう戻せない。

わたしがもし、自分で使っている最中に、
ちょっとちょうだい、と言われたら、
わたしは惜しみなくあげた。

留守中に、新品を勝手に開封されて、
しかも悪びれることなく、使ってしまってから、
「ちょっと貸して。」は、通用しないだろう!

幼いわたしは、こういうふうに感じて、立腹したのだ。
貸して、じゃない。
勝手に盗んだのだと思った。


こんな風に、何十年も前のことを、
わたしは根に持っている。
きっと心が狭いんだろうな。

だけど、家に来て勝手に冷蔵庫を開ける子は、
絶対に嫌いだったし、
人のものを平気で使って戻さない人も嫌いだ。

心が狭いかもしれないが、
わたしは物に対しての愛着もすごく持っている。
プライバシーが侵害されることも許せない。

治せないよ…。

だから、相手が嫌がることを、極力しないように、生きてくしかない。
そしてわたしも、嫌がることは、されたくない。


感情的な母に振り回されて育って、
わたしは、感情的になることを必死に抑えて生きている。
感情的になって、人を傷つける人は軽蔑する。

誰にだって感情はある。
しかし、理性が必要だ。

火の無いところに、絶対に煙は立たないのだ。
怒りに任せて、まったく思ってもいないことが口から出るなんて、
そんな言い訳は信じない。
思ったことがあるから、出るのだ。

感情的な人との付き合いは、しんどい。
どんなに近しい間柄でも、
言ってはいけない言葉があるよ。
超えてはいけないラインがあるよ。

狭量で申し訳ないけれど、
わたしも心広くはなれないや…。

                                          伽羅moon3

 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

わたしの何がいけないのか。

カウンセリングだった。

二週間のうちに、いろんなことが起きて、
話はいろいろあるけれども、
ここ数日、考えてしまって寝付けない内容について、
話して来た。

なぜわたしは、暴言の被害に遭うのか、ということ。

何か、態度が悪いのか、
攻撃したくなるような雰囲気をかもし出しているのか、
それが知りたかった。

もしくは、誰もがみんな暴言の被害には遭っているが、
気にしないでスルーする達人なのだろうか。

母親から、
前の夫から、前の姑から、
今の夫から、言われて忘れられない言葉を、
羅列してみた。

これはわたしが過敏すぎるだけですか?
普通の人びとは、これを言われても平気なように出来てるんでしょうか。
わたしはカウンセラーさんに尋ねた。

確かに、わたしは、言葉を重視するタイプの人間で、
それを、過敏と捉える人はいるかもしれない。
しかし、言われた言葉の数々は、
れっきとした暴言です。
そう言ってもらえた。

言いたいほうは、言うだけ言ってせいせいして、
言われたほうの傷付いた気持ちは、
いったいどうしたらいいのでしょうか?

こう言われた。
暴言はあくまでも、吐いたほうが悪いのです。
人生において、そういう教育を受ける環境になかったのです。


カウンセラーさんに教えてもらった。
世の中には、
「まるで外国人」かのような、
言葉の文化が違う人が存在するらしい。

そうなの?
では、分かり合うことは不可能なの?

残念ながら、察してくれよ、というのは、無理とのことだった。
つまり、不愉快になって押し黙ったくらいでは、
相手には何も伝わらないということだ。

その都度、声を挙げなくてはならないらしい。

その言われ方は不愉快だ、とか、
そんなこと言われると傷付くとか、
伝えないといけないらしいのだ。

なんてしんどいのだろう。

だって、そうしたからといって、
相手の性格が変わるわけではないのだもの。

言葉を受け取って、考えてから返事する人と、
受け取った反射で考えもなく言葉を発する人とがいるらしい。


わたしさえ我慢すればと、自分を過信して壊れたわたしには、
いちいち、反論するという経験がとぼしい。
バンと言われて、ドンって返せるような機敏さもない。

怒って言い返せれば、どんなに楽だろう。

どうしてもあれは傷付いたとか、
納得がいかないと思ったら、
あまり時間が経たないうちに、
きちんと伝えることが必要だとのことだった。

できるだろうか…。

自分の態度や言葉遣い、気をつけていても、
相手に反映されるとは限らない。
母のように、ますます図に乗って酷くなった例もある。


カウンセリングは、とても有効だ。
必要としている。
でも、普段必死にフタをしている心の奥を見せ、
自分でもそれに向き合うので、
疲労する。

今日も帰って来たら体がガクガクした。

そんなところに、夫から、行ってもいい?とメールが来た。
断る権限はない。


部屋に入って来ていきなり、
「ベッドはどこに置くの。」と言われた。

それは質問ではなく、詰問に聞こえる。
だって、昨日、ベッドの許可が出たばかりなのだ。
今日、既に、モノが決まっていて置き場所も決まっているなんて、
ありえないだろう。

夫は頭の回転が速く、行動力もある人だ。
決めたらすぐに動く。

そこは尊敬に値する。

でも、誰もがそのペースで物事を考えられるわけがない。
昨日の今日で、ベッドが勝手に決まっているほうが、
きっとずっと不愉快だろうに。

布団はいい布団だから継続して使う、
なので、すのこベッドで、と説明してあったのに、
マットレスは階段から入れないよと言う。

わたしの引き出しからメジャーを出し、
カーテンをザッと開けて、寸法を計り、
窓の大きさどうする? もっと小さくする?と質問される。

決められるわけがない。
まだベッドを、見てもいないのだ。

出しっぱなしの開けっ放しで夫は帰った。


お姑さんの態度がちょっとひどくて、
夫のストレスはすごい。
わかるよ。
しんどいよね。
わたしだって、5分話してギブアップするもの。

愚痴ならいくらでも聞く。
わたしにしか言えないと思うから、それはいくらでも聞く。

でも、機嫌が悪いせいで、
わたしに八つ当たりしていることに、気付いていないよね。

まるで水が低いところに押し寄せるように、
わたしの人生、暴言浴びっぱなしだ。

何がいけないんだろう。
頼みごとは、敬語を使い丁寧にしている。
お礼も伝えてる。

夫婦が平等であるだなんていう奢りも持ってない。
感謝している。

ベッドを許可してもらって、ものすごく嬉しかった。
生活のクオリティがぐんと上がる。
感謝は、伝えた。

別に、のろまなわたしに合わせてくれと言わない。
今すぐ決めなくちゃいけないならそうする。
だけど、工事が始まるのは来月の中旬以降なのだ。
まず足場を組むのだろうから、
室内の家具を移動する時に合わせて買えばちょうどいいと思った。
それのどこがおかしいのか、
全くわからない。


母にもしょっちゅう八つ当たりされたっけ。
「八つ当たりしないでよ。」って言えるようになったのは、
もう二十歳を過ぎた頃だ。
「八つ当たりなんてしてないわよ!」と、
母の、理不尽な怒りは、さらに増幅したものだ。

わたしの何が悪いのか、
もっとカウンセラーさんに教えてもらえば良かった。
とても苦しい。

                                         伽羅moon3

 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

その失敗が許せない。

母屋のキッチンにホワイトボードがある。
連絡版だ。
そこに、各人の名前のついたマグネットがあって、
その日の夕飯を食べる・食べないがわかるしくみになっている。

なので、わたしは出かける前、もしくは料理の前に、
それをわざわざ見に行く。

今日は次女ちゃんが休みでリビングに居た。
彼女は時々有給をとって平日いることがある。
彼女は、いつも自分が買ったものを食べている。

わたしが夕飯を作り始めて、
しばらくは、食べなかった。
段々食べるようになり、
また段々食べなくなった。

ダイエットで置き換えをしているから、と言っていたが、
そればかりではないのは、
わたしには理解ができる。

でも今日は6人分、作った。

鍋を抱えて母屋に行き、
次女ちゃんに、「今夜食べるもの決まってるの?」と聞いたら、
ううん、と言う。
「肉じゃがなんだけど、もしよかったらどう?」と聞いてみた。
きっと断りづらいだろうから、
迷惑かと思ったのだが、意外にあっさりと、
「うん、いただきます。」と言ってくれた。

なので五人分、器に盛り付けて、
写真を撮って、
メニューをみんなにメールした。

写真を添付するのは、
お姑さんが、食べてないのに食べたと言い張るので、
証拠を残すためだ。
お姑さんにだけ、お寿司パックを渡す時も、
一旦持ち帰って、写真を撮ってから、手渡すようにしている。
写真は夫か長女に送っておく。

通常、メニューと、使用した食材を細かく記入して知らせる。
それを読んで、たんぱく質が足りないな、と思えば、
唐揚げなど買ってくればいいし、
写真を見て、この量あるならこれでいいやと思うときもあるだろう。

ところが、今日は、思いがけずムギに会えて、
嬉しかったので、
そのメニューメールを夫にしか送っていなかったらしい。

同送しているので、誰と誰に送られているか、
もらった人もわかる。
夫がそれに気付いたら、すぐ言ってくれればよかったのに、
知らされたのは、8時過ぎていた。

しまった!
やっちまった!
長女と末っ子くん、今日は夕飯ないのかと思ってしまったかもしれない。

頑張って作った肉じゃがなのに。
まあまあうまくできたのに。

すぐに、メールを送ったけれど、間に合わなかったかも。
ああ、失敗したよ…。
せっかく頑張ったのに、がっくりきてしまった。

その一点の失敗が、許せない。

わたしは、自分にも他人にも厳しい。
100%出来てないと、やらないほうがマシ、くらいに思うのだ。
せっかく頑張ったのに、
失敗してしまい、がっくり落ち込んだ。

末っ子くんは、もうあと数回しかわたしの料理を食べないのに。


ムギは、ホワイトボードを見に行った時も、
思いがけず小屋に居て、会えた。
おかかをやった。

煮物を運んだ時も、また小屋に居て会えた。
シーバという餌をやった。
食べたらプイッと出掛けてしまったが、
会えて良かった。

ちまの下痢は止まっている。
食欲もあり、機嫌もいい。
便の検査結果、明日の夜にでも電話して聞いてみる。


アパートの耐震工事と窓の作り替えが行われるのだが、
その時、窓は全部壊して作り直し。
ボロボロの玄関ドアも付け替えになる。

もう、ここしかチャンスがないと思って、
わたしは夫に、
ベッドを置きたいとお願いしてみた。

アパートに入居する時には、断固反対されたのだ。

でも、窓だらけのこの部屋に、壁が増えて、
窓の高さも変わるため、
家具の配置は全部変更だ。

足場も組まれるし、ベッドを入れるとしたら、
この機会しか、もうないと思った。

人より沢山寝るし、休息するし、
わたしはずっとベッドが欲しかった。

布団だと、敷きっぱなしといわれるが、
ベッドになるだけで、それを言われなくなる。
素晴らしいじゃないか。

そしたら、夫が、いいと思いますと、同意してくれたのだ。
嬉しかった!
すごくすごく嬉しかった!

布団は、ムアツ布団といういい物に寝ているので、
すのこベッドを買って、布団はこのまま使う。
ああ、ベッド嬉しいよ。

辛い工事期間を、何とか乗り切って、
新しい部屋でまたスタートしよう。

                                          伽羅moon3

 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

独立おめでとう。

ちまは、やはりお腹の状態が悪化してきた。
ゆるいウンコちゃんになって、
このままだと先週と同じで、
お尻から水が出てしまう。

そこまで悪化する前に、病院に連れて行くことにした。

しかし、用事はいっぱいある。
生協で品物が来たのでそれを片付け、
家族の食材を買いにスーパーに出掛ける。

時間が取れないので、調理時間が短い煮物をする。

ちまを背負って駅まで歩く。

バスを待っている時に、財布を忘れたことに気付いた。
徒歩でスーパーに行く時は、
小さいショルダーバッグで出かけている。
そこに財布を入れたままだったのだ。

仕方がないので、ちまを背負って取りに帰る。
また駅まで歩く。

バスに乗り、到着して診察を申し込むと、
担当の先生が、研修とのことでお休みだった。
申し訳なさそうに、若い女医さんが診てくださった。

注射と薬で、一旦下痢が止まったのに、
またすぐ再発したということは、
何か原因があるはずだ。

血液検査、レントゲン、
あとは持参した便のウィルスチェック。
どれにしますか?と聞かれたので、
とりあえず、前回と同じ治療はしてもらって、
でも、何か原因があると思うので、
持参した便を、外部機関に検査に出してもらうことにした。

何も変わったものは食べさせていないし、
何かを間違えて食べてしまった形跡もない。
異常は体内にある。

幸い、まだちまは元気で体重も減ってはおらず、
食欲もあるので、
量は減らしているけれど、餌を普通にあげている。
帰って来て、さらにゆるいウンコちゃんが出たので、
早めに対処しておいて良かった。


帰って来て、まずはシャワー。
それから、夕飯を母屋に持って行き、
お姑さんの相手をしながら、(毎日同じ話で同じ答え)
盛り付けて、写真を撮り、
みんなにメニューと写真をメールする。

洗濯機を回して、干しっぱなしだった洗濯物を片付け、
上がったのを干して、
自分も夕飯にする。

忙しい。
疲れた。
でも、働いていないわたしは、
誰にもねぎらわれることはない。



夫には3人の子がいる。
全員が社会人である。
末っ子の男の子が、もうすぐ一人暮らしのために出て行く。

頼りにしていたので、痛手だけれど、
独立するという考えはとても素晴らしいと思うので、
わたしは、おめでとう!とメールを送った。

思えば、わたしが再婚して家に入った時、
彼はまだ高校生だった。
彼がいつも居てくれたから、
わたしは救われていたのだ。

お姉ちゃん二人の帰りは遅く、
現役だった夫も、
帰宅は8時半とかだったので、
夕飯は、お姑さんと、末っ子くんと3人で食べていた。

お姑さんが作ってくれた料理を食べるのだ。
わたしは、何のために結婚したのかわからない。
でも、再婚した当時は、
買い物にすらまともに行けず、お金も数えられず、
料理を一日しただけで、二日寝込んでいた。

どうやって毎日を過ごしていたのか、記憶にない。

お姑さんとの食事は、正直辛かった。
常にわたしに対して話が振られており、
受け答えをしなくてはならない。
聞き流すという技術をわたしは持っていない。

大音量のテレビ、
行きかう会話、
わたしは汗でぐっしょりになった。

お姑さんに、箸先をじっと監視されている被害妄想に陥り、
だんだん、一緒に食べることが出来なくなってしまった。

末っ子くんは、いつも穏やかで、優しかった。
嫌いな人参を、いつももらってくれた。
油物を受け付けなくなった時には、
食べかけのものでも、いいよってもらってくれた。

あの子がいなかったら、わたしはやっていけなかった。

存在そのものが、救いだったのだ。

わたしはお礼を言葉にしてメールした。
感謝している。
どんなことを頼んでもいつも優しく聞き遂げてくれて、
どれほど助かったかわからない。

わたしの精神的な救いになっていたこと、
彼は意外だったようだ。
なんだか当たり前に思っていましたが、
夕飯ありがとうございました、と返事か来た。


この子も、天使のように素晴らしいお子だよ。

一人暮らしを、存分に楽しんで欲しい。
独立おめでとう!

                                          伽羅moon3

 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

気分が下降してゆく。

金曜日に歯医者に行ったのだが、
神経を殺す薬を詰めたので、
もし痛くなったら、お薬出すから、
土曜日の午前中に来てねと言われていた。

土曜日、痛くて目が覚めた。
まだ10時だったので、起きて歯磨きして、行った。
土曜日なのに全然患者さんもおらず、
いつもアシストしている先生の奥さんもいなかった。

歯だけではなくて、
舌を噛みまくって痛みがひどく、
うまく喋れないと訴えて診てもらった。

詰めている部分を少し削って丸くしてもらい、
口内炎に、何回か薬を塗ってくれた。

痛み止めを出してくれたが、
その塗り薬も是非出して欲しいとお願いした。

リウマチの薬の副作用で、口内炎はずっとある。
かれこれ一年、ずっとだ。

塗り薬を出してはくれているが、あまり効果がないままだった。

ドライマウスも辛かったし、
口のトラブルは、食べられなかったり、
おいしくなかったり、
喋るのに不自由だったりと、辛いことが多い。

薬を持ち帰って、食後に歯磨きをして、
軟膏を塗って、昼寝した。
すると、夕方、かなり痛みがひいていた。

最初から歯医者さんに、口内炎の薬を頼めばよかったよ!
何ヶ月もずっと苦しんで来たのに。

喋れないレベルまで来てしまっていたのだが、
少し回復して、食べ物の味もわかった。

食べることって、重要だとしみじみ思う。
夜は一人で、薬味をたっぷり乗せたぶっ掛けそうめんを食べた。

気力は落ちてきている。
片付けごとができない。
部屋干ししている、洗濯物が畳めない。
床にクイックルがかけられない。

食器洗いも憂うつ。
水に触れたくない。


ちまは、下痢が治って、土曜日に立派なウンチくんがあった。

一安心、と思ったのだが、
日曜日、二回、ウンチくんが出た。
ちょっとだけ軟便。

注意して見てあげないといけない。
回数が増えて、だんだんゆるくなっちゃったんだから、
繰り返す可能性がある。
ひどくならないうちに、病院に連れて行かないと。

下痢が治らなかったら、血液検査とか、
内視鏡も視野に入れるといわれていたのだ。
内視鏡は麻酔を使うから嫌だ。

普段、消化器サポートという餌なので、
お腹には優しいはずなんだけれど、
他に何か原因があるのかな。

ちまの気持ちが大事なので、
わたしは今は、夫が留守の時以外は、
ムギのところには行っていない。
行っても会えないし。

外でわたしがムギを呼べば、当然ちまにもそれが聞こえる。
部屋に戻って来ると、ちまが鳴きながら駈け寄って来る。
ごめん、ちま。
嫌だよね。

あと15年、ちまが生きてくれるよう、
精一杯お世話をするよ。
ずっと一緒だよ。

                                            伽羅

 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

たった二つの実行。

わたしは、自分の息子が好きだ。
よくぞ立派に育ってくれたと思っている。

わたしは母親として、息子に育ててもらったようなものだ。
こんなに愛おしい存在を、
与えられて幸せだ。

わたしは基本的に、
息子の選択は重要視した。

頭ごなしに押さえつけられて育って来たからだ。
それでは、子供は嘘を覚えるだけで、
安らぎを感じられなくなってしまう。

いつもかも、母親だけは、自分の味方だと、
信じていて欲しかった。
守ってくれると感じて欲しかった。

恥ずかしくなんかない、ママしかいないから泣いていいよ、と、
高校生まで、泣かせてやれた。


わたしが実行したのは、
とても簡単なことだ。
たった二つ。

自分がされて嫌だったことは、しない。
自分がされたかったことを、してやる。
それだけ。

もちろん、人として大事なことは厳しく教えた。
食事のマナー。
お金の扱い方。

特に、言葉の重要性については、繰り返し諭した。

相手が不愉快に感じることを言うとする。
わたしはそこにつっかかる。
息子は、「冗談だよ。」と言う。

それについては厳しくした。
冗談というものは、相手がクスッと笑えるようなものを指す。
相手が不愉快になることは、
冗談では通じない。


前夫は、こう言った。
「同居が嫌なら出て行け。」
「嫁は黙って言うことを聞け。」
「親の代わりはいないが、嫁の代わりなんていくらでもいる。」

離婚の話し合いの時、わたしはこれらの言葉を引き合いに出した。
すると、
「お前は言葉にこだわりすぎる。聞き流せ。」
そう言ったのだ。

言ったほうは、言いたい放題言ってスッキリして、
言われたほうは、聞き流して忘れなければいけないだなんて、
そんな馬鹿な話があるか。

嫁の代わりはいくらでもいるんでしょ、
だったらそうしなよ、とわたしは言った。

言葉は、口から出てしまったら、もう取り消せない。
相手を殺すことなんてたやすく出来る。

責任を持って発言すべきことなのだ。

そこだけは、息子に理解して大人になって欲しかった。

でも、実の父親を悪く言うわたしは、
息子から見たら醜いだろうと思ったので、
悪くは言わなかった。

離婚の話し合いでつい言い争いになったとき、
部屋の隅っこで、膝を抱えて、
汗びっしょりになっていた息子を可哀相に思う。
見えないところでやりたかったが、
全部を包み隠すことも無理だった。


子供だからどうせわからない、と思うのは間違いだ。
子供は子供なりの感性で受け止めている。

だから、何かを質問されたとき、
これはまだ話しても理解は難しいだろうなと思っても、
目線を合わせて、
一応、きちんと説明をした。

すると、内容については、理解はできなくても、
説明をしてくれた、ということに関して、
子供は納得をする。
内容は、大人になっていくにつれ、
おいおいわかるのだからいいのだ。

でもこれは、
わたしと息子が一対一だったから出来たことだ。
子供が複数いたら、
こんなふうにきちんとは向き合えなかったかもしれない。


容姿をけなし、不得手なことをののしり、
一度も好きだとも可愛いとも言ってくれなかった母。

わたしは、息子を褒め、
愛していると伝え続けて来た。

たった二つ。
でもその差は天と地ほどあると思う。

わたしは、息子を自慢できる。
大好きだと思う。
存在に感謝している。

そして、そうしてもらえない自分が、ずっと悲しい。

                                         伽羅moon3

 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

世界で一番嫌い。

今のわたしの毎日は、
恵まれていて幸せだ。

やがて親が死ぬと思うが、
これは仕方がない。
受け止められる。

そこで、後悔しないとは言わない。
絶対に後悔する。
でも、今の段階で、
またわたしだけが我慢して頑張る姿勢になれないのだ。

こんなふうに、グズグズしている間に、
父や母が、急死してしまったら、
後悔するだろう。
後悔する、という覚悟だけを持っている。

自分が再び耐えて演じて頑張るか、
このまま距離を置くか、
二択なのだから、仕方がない。


自分の母親を好きじゃないということは、残念な人生だ。
でも、好きでなくてはいけない、という呪縛に気付いただけでも、
まだ良かった。

母の日のたびにわたしが具合が悪くなるのは、
それだけ激しいストレスがかかっていたということなのだ。

産んでくれて育ててくれたのに、嫌いって、
酷い話だ。
もしも、息子がわたしを嫌いだったら、
生きて行く楽しさなんて、感じられない人生になってしまうと思う。

そんなにそんなに、大変だったんだからって言うなら、
子供なんて持たなきゃ良かったじゃないか。
わたしは、自分の存在すら、肯定できないよ。


でも、そんな実母よりも、もっと嫌いな人がいる。
それは、最初の結婚のときの、姑だ。

もう思い出すのも吐き気がするので、
あまり人にも話さないし、このブログでも、触れていない。

酷い前夫だったが、それと同等に、ひどい姑だった。

だから、東京に来られたことは、
天にも昇る気持ちで、嬉しかったのだ。

田舎では、嫁は、家政婦以下。
ただで使える奴隷。
実に頭の悪い、性格の悪い姑だった。

あの女から、孫を奪えて、わたしは満足だ。
まだ生きているらしいが、
再婚した前夫は、男の子には恵まれなかった。
自業自得だ。

どれほどひどいことを言われてきたか、
やはり、書くことも出来ない。
何十年経っても、怒りは消せない。
だから、息子の存在を奪えて良かったなんて、言えるのだ。

息子ももう、縁を切りたいと言っている。
前夫からの電話には出ず、かけなおすこともしていない。
察してくれよと思っていると、息子は言っていた。

その姑が、世界で一番嫌いな人間だ。

どんなにひどいことを言われても、
一旦スルーしてフタをする性格だったわたしは、
言い返すことさえ出来なかった。
今思っても悔しい。

大事にしなかったから、
失ったのだ。
何様のつもりだったか知らないが、
悪行の数々は地獄まで持って行ってもらおう。


まだ恨んでいるというほどではない。
ただ、世界で一番嫌いっていうだけ。

あんな田舎から逃げ出せて、幸運だ。
息子を授かり、東京に出て来れたことが、最大の幸運だ。

今の人生を大事に生きよう。

                                           伽羅moon3

 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

頑張ってくれてた。

ちまの下痢は止まった。
ジャーという水様便が出てからあとは、
まだしていない。
餌も普通に食べて、お薬も難なく一緒に食べてくれている。

このまま治まるといいな。

金曜日は、従姉と会う約束をしていたのだが、
長い時間の留守になるので、
延期にしようか、と彼女から言ってくれた。
会いたかったけれど、
ちまの容態も心配なので、約束を延期した。

昨日は夫が出張で留守だったので、
ムギのお世話もあったのだが、
昼間、階段の下で丸くなっている姿を見ただけで、
夕方も、夜も、会えなかった。

夜中、猫が戦っている声を聞いた。
明らかに取っ組み合って転がってる声。

見に行ってみたが、二匹とも姿が見えない。
夕べは風が強くて肌寒かったから、
また小屋を狙われたんだろう。

ムギ、勝ったかな。
怪我してないかな。
心配だけれど、わたしは近寄ることもできないので、
どうすることも出来ない。

部屋に戻って来ると、
ちまが不安そうな顔をして、たたずんでいた。

ごめん、ちま。
ごめんよ。


ちまは、去年ムギを部屋に入れてからずっと、
頑張ってくれていた。

ちまを、ムギの病院に連れて行って、
ムギを診てくれている先生に、
「この子がムギとうまくいかないちまです、初めまして。」と説明した。

でも、違う。これは間違いだ。
うまくやれなかったのは、ちまではない。
ムギがうまくやってくれなかったのだ。
ちまは、何にも悪くない。

ムギが部屋に入って来た時は、
ちまは、シャー!もしたし、パンチもした。
ちまが怒る姿を、初めて見て、辛かった。
ちまはいつも機嫌が良くて、
シッポをピンと立てているフレンドリーな子だからだ。

しばらくの間、シャー!とパンチをしていたが、
ムギは、そんなの平気だった。
とても図太くて、
ちまを優先していると、ちまの前に出て来た。

先住猫を優先するのは当然のことだ。

ちまは、そのうちに、シャー!を言わなくなり、
ムギに鼻チョンしてくれるまでになった。

ちまは、嫌だったのに、すごく頑張ってくれていたのだ。

ムギは、超がつく甘えっ子で、
自分が一番でないと気が済まない。
いつもちまが優先されることに怒って、
してはいけない場所にオシッコをして回った。

毎日毎日、やられた。

脚が一本なくて、不自由で、なら、仕方がない。
補助してやればトイレに入れるはずだ。

ムギは多分、飼い猫だった時期があるはずだ。
脚は綺麗に手術されてあるという。

浴室で保護しているあいだ、
小さめなトイレしか置けなかったが、
ムギは、確実に、トイレに排泄をしていた。
トイレを使うべきと、知っているのだ。
ちゃんと使える。

つまり、部屋にいるときに、
ラグの上や、テーブルの上や、
タンスの上でオシッコしたのは、
完全に、「気に入らない!」という、当てこすりなのだ。

ちまが頑張って鼻チョンして、受け入れてくれたのに、
ムギは当てこすりのオシッコをやめてくれなかった。

ある夜、眠りに入ろうとしていたわたしの体に登ってきて、
体の上で、毛布に、じょーっとされた時、
わたしの中で、何かが切れてしまった。

耐えられないところまで追い詰められてしまった。


毎日粗相されても明るく頑張っている飼い主さんを尊敬する。
でも、ムギを可愛いと思える気持ちすらわからなくなり、
わたしは崩壊した。

夫の部屋に移り、そこからまた外の猫になり、
ちゃんと小屋に居ついてくれたムギを、
今はとても愛おしい。
けなげで、とても可愛い。
大切に思っている。

でも、耐えてくれてたのは、ちまなのだ。

ムギが退院してから、一ヶ月強、
浴室で療養できたのも、
ちまが黙認してくれたからなのだ。

ちまが、頑張ってくれたのだということを、
忘れてはいけない。

たった一年で、ちまの背中には白髪が生えてしまった。
どんなにか我慢していただろう。

夜中、わたしが猫の声を聞いて出掛けてしまったこと、
どんなに不安だったろう。

いっぱい我慢させてしまった。
ごめんよちま。
でも、ちまのおかげで、ムギちゃん元気になれたよ。


ちまとはもう7年も一緒に生きている。
このあと、15年くらいは一緒にいたい。
ずっとずっと、一緒にいたい。

                                          伽羅moon3

 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

痛いって言ってよ。

水曜日はリウマチ内科の通院なので、
朝9時には起きていなくてはならない。

少しでも早く寝ようと思い、早めに睡眠薬一式を飲んだのだが、
ちまが、トイレに近寄ったり離れたりを繰り返していて、
気になって眠るどころではない。

初めての下痢なので、
ちまも、何が起こっているのかがわからないのだ。

便意を感じてトイレに入ってみるが、
まだ出なくて、出てきたり、
いつもと違う匂いになっているのか、
しきりにトイレを嗅ぐ。

夜中、3時過ぎに、もう一回排泄をした。
音がもう、ジャーっていう液体の音。

ちまはまた、トイレの中で立ち尽くして、
どういうことだろう?という顔をしている。

抱き上げて、そっとお尻を拭いてやり、
便を採取してチャック袋に入れ、
日付と時間を書く。

先週の土曜日からの一連の排便を表に書いた。

朝、目覚めておそるおそるちまのトイレを見ると、
何もなかった。
良かった。下痢、一応止まってる。

ウェットのフードをお湯で伸ばしたものを与えて、
わたしは自分の病院に行った。

血液検査があって、その結果を見てからの診察。

ここ数日なのだが、
ようやく、指の痛みが軽減した。
本当に、ようやくだ。

診察でそれを話すと、担当医は自分の小指を出して、
握ってみてください、と言う。
力いっぱい握ったら、嬉しそうに笑って、
だいぶ良くなりましたねえと喜んでくださった。

血液中の炎症反応も、少し数値が下がったそうだ。

最近のストレスはどうですか、
猫ちゃん大丈夫ですか?と聞いてくれた。
ムギの声が出なくなったり、
猫どうしで戦って怪我をしたり、
室内猫は下痢で、このあと病院なんです~と聞いてもらった。

このまま、飲み薬と注射をしばらく続けることになった。
多分こうして、良くなっていくと思えた。
初めて自分で、そういう感触を得た。

マックでランチにして、急いで帰宅した。
ちまは、下痢をしておらず、お腹が空いたと鳴くので、
また、ウェットをお湯でといて与えた。

そして一緒にお昼寝をした。

4時過ぎに、ちまを背負って、ムギが行っている病院に到着。
すごい混んでいた。
ムギの担当医がいるということだったので、
指名して、診ていただいた。

はじめまして。この子が家猫のちまです。

診察台の上で、ちまの毛がハラハラと抜ける。
体重は5.5キロ。
4月より、200グラム減っている。
あんなに下痢っちゃったもんね。

聴診器を当てて聞くと、腸がすごい音だそうだ。
かなりお腹が痛かったはずですよ、と言われた。

ちまちゃん…。
お腹、痛かったんだね。
何で痛いよって言わないの?
痛いなら、ママ、撫でてあげたのに。

色が白っぽくなったゆるい便を持参していたので、
検査してもらった。
すると、菌や虫や虫の卵はいなかったそうだ。

抗生物質の注射をして、
下痢止めと、整腸剤の二種類のお薬を飲むことになった。

下痢だけでなく、吐くようならすぐにまた来ること、
土曜日までに治まればもう大丈夫だとのこと。

注射してもらって、またちまを背負って帰った。

何か欲しいというので、スープをやった。

もう便が出ない。
夕べの夜中の3時以降、出てない。
水分はしっかり摂取していて、オシッコも一杯出ている。
機嫌も良く、リラックスしている。

夜になって、カリカリを与えた。
消化器サポートという餌なので、与えてよいと言われていたのだ。
二種類のお薬を一緒にお皿に入れて出した。

ムギは、絶対にお薬を残す。
ノラが生き抜く知恵だと思う。
でも、ノラ経験のないちまは、疑うことを知らないので、
お薬も一緒に食べちゃってくれる。
楽だし安心。

その後も、ゆっくりしていて、幸い、下痢も止まっている。
薬が効いてくれたら、このまま治まるかな。

お腹が壊れた原因はわからない。
でも、今までは若くて元気だったが、
シニアになるって、こういうふうに不具合が出てくるってことなのだ。

来年からは手帳を変えよう。
ちまの様子を書き込めるようなタイプにしよう。

普段、ちまのウンコちゃんの記録なんて書かない。
ただ、今わたしには、
毎日欠かさずメールをしている猫友だちがいて、
ウンコちゃんの話も書いている。
それが記録となって、詳細を先生に伝えることが出来た。

今、ちまは、お腹がすいた、何か食べたいと鳴いている。
慎重に進めたい。
カリカリより、またウェットをお湯で伸ばしたもののほうが、
負担が少ないかな?

いつもちまは元気でいてくれると思ってた。
でも、初めてこんな酷い下痢になって、
怖かった。

ちまには、もっとワガママ言って欲しい。
痛いとき、痛いようって鳴いて欲しい。

どんなことになっても、一生懸命お世話するよ。

                                          伽羅moon3

 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

茫然とする天使。

ちまは、便秘気味の猫だった。
かかり付け医のお勧めで、
「消化器サポート」という餌にしている。

それを何年もずっと食べている。
すると、二日に一回の割り合いで、
立派なウンちゃんをするのだ。

立派すぎてお尻から離れず、
トイレの外に引きずって来ちゃう時も多々ある。

そんなの全然平気。
あら~ちまちゃん、全部お外に落ちてるねえ~と言いながら、
拾って回る。

健康の証だもの。

3月に、7歳を迎えたちまは、シニアの入り口に立った。
これからは年に一回、検査してもらおうと、
血液検査と尿検査をしてもらい、
念入りに触診もしてもらった。

ちょっとその日だけ、オシッコが濃かったほかは、
どこも悪くなかった。
月に3回くらい、吐くだけ。
下痢も、生まれてこのかたしたことがありません、って答えた。


なのに。
昨日の夜、ちまが、ゆるめのウンちゃんをした。
大体二日に一回のペースで排泄しているのに、
土日続けて出したのも珍しいと思っていたのだ。

ゆるいウンちゃんが初めてなので、
今日は気をつけて様子を見ていた。

お昼近くに起きると、
トイレに、ゆるめのウンちゃんがもうしてあった。

そのあと、午後にも、同じくらいのウンちゃんをした。
色はまだ正常。

でも、夜になって3度目のウンちゃん、
色が白っぽくなってきてしまった。

これはもう駄目。
病院に行くレベル。
そう判断して、捨てずに、チャック袋に保存した。

明日、ちまを病院に連れて行こう。

さっきまた、ちまはトイレに入った。
じゃ~っと音がする下痢になってしまった。

ちまも、初めての経験で、何が起きているのかわからず、
トイレに立ち尽くして、茫然としている。
抱っこして出してやり、お尻を拭いてやった。

その水様便も、チャック袋に入れた。

昼12時には、通常どおりのカリカリ(消化器サポート)をやったが、
そのあとは、怖いので、
スープだけをやっている。

そんなにお腹もすかないらしく、それで満足している。
水分補給もできるから、スープがあって良かった。

明日はわたしのリウマチ内科の通院なので、
これは行かなくてはならない。
10時には病院に行っていなくてはならず、
終わるのがいつも12時半なので、
午前中は連れて行けない。

本当は、ちまのかかりつけ医に連れて行きたい。
いつもは車で一時間かけて行っている。
しかし、夫が明日は出張で、休めないのだ。

わたしが電車で行くとなると、
6キロのちまを背中に背負って、
電車を二回乗り換え、最寄駅からはタクシーだ。
具合が悪いちまを、
一時間以上、電車で連れまわすわけにはいかない。

帰りにはラッシュに遭遇してしまうし。

とにかく診てもらいたいので、
ムギが行っている病院に連れて行くことにした。
バスで7~8分で行けるからだ。


初めての下痢。
天使ちゃんはわけがわからず、茫然としている。
わたしも、不安で怖い。
お水をいっぱい飲んでくれるといいのだけれど。
ダメなら、またスープをあげよう。

この間、ホームセンターで、安売りになっていたのを買っておいて良かった。

どうか、容態が悪くなりませんように。
明日は早く起きよう。

わたしの天使ちゃん。
そばにいて撫でるとゴロゴロ言うから、元気はまだあるけれど、
どうして下痢になっちゃったのか、
まったくわからない。

いつもとまったく同じ食事内容だし、
もちろんお水も毎日取り替えている。
拾い食いするようなものも、何も置いていない。

どうか無事でいてね。
天使ちゃん。

                                         伽羅moon3

 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

« 2016年5月 | トップページ | 2016年7月 »