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2016年5月

ブームが来て去る。

わたしの中では、
食のブームが到来しては、去ってゆく。

3月ころから、白いご飯が食べられなくなり、
パンをメインにしていた。
その途中、卵かけご飯ブームが来て、
一週間くらい続いた。

一番太ったのは、シュークリーム・ブームだった。
去年のことだけど、70円くらいの安いシュークリームを、
毎日食べた。

このところ不調で、炭水化物の量が減り、
体重も減ったのだが、
だんだん調子がよくなり、
今度は食べ過ぎてしまう。

そして食べたあと、具合が悪くなる。
今夜も、ご飯をいっぱい食べて、
具合か悪くなり、食後、寝ていた。

しばらく白いご飯ブームが続きそうな予感。

でも、自分の好きなものが食べられるって自由でいいな。


今日はムギを撫でられた。

今朝、夫が呼んでも返事だけで、寄ってこなかったらしい。
なので具合が悪くないか見て欲しいとメールが来た。

行ってみると、雨なのに、ムギは小屋にいなくて、
アパートの階段下の草地に丸まっていた。

声をかけると、ちゃんと顔を見て聞いてくれる。
でも、呼んでも来るわけがないので、
仕方なく、階段の脇から一歩踏み込んだ。

するとムギは庭のほうに移動した。
そこでわたしがムギの小屋の前に座り、
「ムギ~、おかか持って来たよー。」と呼ぶ。

何度か呼んで待っていると、
きゅ~んと鳴いて、ムギが近くまで来た。
ささっとお皿におかかを入れて、
見える位置に置いた。

ムギ、鳴きながら寄って来て、おかかを食べた。
それがなくなる前に、シーバという大好きな餌を入れたら、
ついでにそれも食べた。

良かった、食欲があれば大丈夫。


夕飯を母屋に運び、そのあとガレージに行くと、
ムギがちゃんと小屋に入っていた。
雨なので、小屋にいてくれて嬉しい。
きゅ~んって鳴く。
さわってもいい?と聞いてから、ムギを撫でた。
久しぶりに触れた。

小皿にスープを入れてやった。
ムギ、出て来てスープ飲みな?と声をかける。
でも、出てくるのは嫌みたいで、
小屋の中で、体の向きを入れ替えたので、
小屋の中にスープの小皿を入れてやった。

一袋、全部飲んだよ。
良かった良かった。

夕べ、遅い時間に、夫がトイレに入って、
その時、ガレージからムギに呼ばれたのだが、
行かずに寝てしまったのだ。
ムギ、すねていた。

可愛いね。
人間とまったく変わらない心を持っているんだね。

また撫でられるといいな。

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捨てたくないもの。

断捨離をしたい。

でも、今持っているものたちは、
半世紀かけて集めてきたものたちなので、
思い出があって、
なかなか捨てられないのだ。

ガラス瓶一つにも、手に入れたときの思い出がある。
古い本も、大抵は一度読んだきりなので、
この歳になってからまた読めば、
違う感覚を持って読めるはずと思うので、
捨てられない。

そもそもが、わたしは「紙文化」なので、
本を捨てることは難しいのだ。
電子書籍がいくらはやっても、
本屋に行って本を眺め、
たまに買う喜びは失いたくない。


わたしは人生で、7回の引越しをしている。

一度目は、実家を建て替えた時。
建て増しの3畳間が自分の部屋だったが、
一気にベランダ付きの8畳間になった。
ステレオを置けたことが一番嬉しかった。

ただ、プライバシーはいつまでも尊重されず、
いくら、ノックをしてくれと頼んでも、
コン、ガチャ!で開けて来る母に、辟易していた。

二度目は最初の結婚。
三度目が、東京への転勤。
四度目が、離婚。
五度目が、樹脂粘土の教室を開設した時。
六度目が、今の夫との再婚。
七度目が、今住んでいるアパートへの入居だ。

こんなに沢山引っ越しているのに、
子供の頃から持っているものがまだある。

これは新潟の海岸で拾った石、とか、
文通相手にもらった星の砂、とか。

何十年も持ち続けているので、愛着がある。


東京に転勤で来た時、
わたしのいとこが、二人東京に住んでいた。

一人は母方のいとこで二つ年下。
もう一人が、今もずっと仲良くしている父方の従姉だ。

だから、全然寂しくなかった。
しょっちゅう電話したし、
時々会っていた。

引越しの日には、二人とも来てくれた。
荷物を開けるのを手伝ってくれたり、
わたしが何かの手配に行っているあいだ、
息子を見ていてくれたりした。

息子はその頃、高速ハイハイをしている時期で、
広くてフラットなリビングを、
「えいえいえい!」と声をあげながら進んでいた。
最も可愛かった時期だ。

環境の変化に全く動じず、
むしろ、その夜から、夜泣きをしなくなって驚いた。


そのいとこたちにもらったもので、
一つずつ、まだ持っているものがある。

母方のいとこが、余っているからと、
ステンレスの軽量カップをくれた。
その日から30年余り、わたしはずっとそれを愛用している。

父方のいとこには、色々買い物を甘えた。
玄関にかける、キーフックをねだった。
鍵を引っ掛けておくもの。
木製の、とても可愛いのを買って来てくれた。

それを、今は使っていないのだが、
とても大事に思っていて、ずっと取ってある。

東京に来られたあの時の幸福感を、
思い起こさせてくれる品なのだ。

家政婦よりも下の地位、奴隷だった田舎の嫁の生活から、
誰にも許可を得ずに出掛けていい、
自由な暮らしを手に入れた。
本当にあの時は、幸せだった。

毎日息子と抱き会って寝た。

あまりにも幸せで、わたしは、田舎に帰ることは止めた。
自分を守ってくれない夫とは生きて行きたくない。
離婚して、息子と東京を選んだ。

息子も、田舎で生まれた経歴は、抹消している。

自由にまさる幸福はないと思う。
食べたくないものを食べなくてもいい。
行きたくないところにいかなくていい、という選択を、
自分で出来るのは、幸せだ。

自分で選んだものたちに囲まれて暮らしていると、
とても落ち着く。

離婚して、本当に良かったなあ。
再婚できて、本当に良かった。
息子が結婚出来て、良かった。

                                           伽羅

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いとおしい牛肉。

牛肉が好きだ…。

貧しい家庭に育った。
父は車も持てず、母もずっと働いていた。

原因は、祖父の借金。
既に家を捨てて結婚していた両親だったが、
祖父は田んぼも山も売り飛ばし、
挙句に町中に借金をした。

父は跡取りではなく、家を捨てた身だったが、
長男だったので、返済をせざるを得なかった。
給料日が一番辛かったそうだ。
手に入った現金が、瞬く間になくなるからだそうだ。

だから、すき焼きなんて年に一回。
それ以外には絶対に牛肉は買ってもらえなかった。

よその家におよばれして、
牛肉が出ると、本当にうらやましかった。

ステーキというものをはじめて食べたのだって、
二十歳を過ぎてからだ。


最初の結婚をして、東京に転勤になり、
親子3人で暮らしていた当時、
前夫の給料が、手取りで11万だった。

営業マンだった前夫は、そこから4万取って行く。
タバコも吸うし、飲み会もある。
せめて弁当を作らせてくれと頼んだが、
営業職で、昼にどこにいるかわからないので、
外食するといって聞かなかった。

残り7万で、水道光熱費を払い、
新聞代を払い、夫のビール代を払い、
母の日・父の日に何か贈り、
どんどん大きくなる子供の服を買い、
病院代を払い、
食費にあてられるのは、3万くらいだった。

外食なんて無理。
公園で知り合ったママ友さんにランチに誘われても、
その800円が出せなくて断っていた。

紙オムツも買えない。
果物も無理。
当然、大好きなお寿司やお刺身も食べられなかった。

牛肉も、買えるはずがなかった。
憧れの牛肉。

本当に貧しかった。
安いくずイチゴを買って来てジャムを作り、
ドーナツを揚げ、
クッキーを焼いた。

先日息子に聞いたら、
わたしが作るクッキーを覚えているという。
一つでも覚えていてくれて、嬉しかった。


今の夫が定年になり、わたしは緊縮財政になった。
別に禁止されてはいないが、
家族6人で牛肉をメインに食べることは不可能だと判断している。
だから、一切買わない。

母屋の食材を立て替えているので、
レシートは全部夫が管理している。
わたしが何をいくらで購入したかをいつも見ている。

割高なものはとがめられる。
でも、牛肉を我慢していることもわかってくれている。

一緒にスーパーに行くと、
わたし一人のための牛肉を、買ってくれる。
一人で焼いて食べなさいと言って買ってくれる。

牛肉さま…。
すごく嬉しい。


思えば、お姑さんも、3人の子供たちもすごいお金持ちで、
夫だって、好きなだけ飲み会に行くし、
ライブに行くし、DVDだって買うし、
緊縮しているのはわたしだけだ。

別に派手な暮らしがしたいわけではない。
旅行にも、コンサートにも、美術館にも、行きたくない。
好きな音楽を聴いて、
たまに映画に行ければ充分。

そして牛肉さまを、たまに食べられたら、幸せだ。

夫に充分お小遣いをもらっていた時期、
一人暮らしだった息子に、
焼き肉やステーキを食べさせてやれた。
帰りにはデパ地下で、さらに牛肉やお刺身を買って持たせた。
あの頃、息子に時々会えて、とても幸せだった。

貧乏だったこと、取り返せた?と聞いたら、
うん、と言ってくれた。

夫と再婚できたおかげで、
息子にも、牛肉食べさせてやれた。
ありがたい食材の第一位なのだ。

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ふくらむ被害妄想。

わたしは躁鬱病で、
統合失調症ではない。

でも、監視されてる気分はずっとあり、
被害妄想もある。

ものごとを、良いふうに捉えられないのだ。

夫の質問が、「詰問」にしか聞こえない。

夫が飲み会だったので、
夜にムギのところに行ったのだが、
ムギは留守か、もしくは隠れていて居なかった。
お皿は空っぽだったので、餌をやり、
そのお皿の写真を撮影して、
夫にメールで送ってある。

昼間行った時は、ムギから近寄って来て会えたので、
夜、会えなくても仕方ないやと思っていた。

夫の代わりが、わたしには務まらないからね。
ムギが欲しいのはパパの愛だから。

飲み会を終えて帰って来る夫から、
「あのあとはムギのところに行ってないのかな?」とメールが来た。
それを、わたしは、詰問だと感じてしまう。
行ってないことを、非難されていると思ってしまう。

出張は終わって、夫が帰宅するのだから、
わたしが何度も行く必要はない。
むしろ、ウザイと思われたくないから、
いまはしつこく行かないように我慢している。

わたしだって、本心は、ムギに会いたいし触りたいよ。

帰って来たら、ガレージの勝手口の照明がつけっぱなしだったそうだ。
キミじゃないよね?とまた質問される。
これも、詰問に聞こえる。
わたしはほとんど照明はつけないし、
消し忘れた経験も一回もない。
お姑さんに決まっている。

単に質問しただけかもしれないが、
不愉快になってしまう。
これ、普通の人は、平気なのかな。
わたし、過敏すぎるのかな。

何だか、常にバカにされてる感じがするんだよね。
覚えていられないと、
「ばあさんと同じだな!」ってしょっちゅう言われる。
言われた側の気持ちを全く考えていない発言。

ストレスが多くて、当たりたくなるのかもしれないが、
優秀な自分を基準にされても困る。
立場が弱いわたしに当たるのは、人としてどうだろう。


自分で出来なくて、夫に頼まざるを得ないことがいっぱいある。
わたしだって、できることなら、自分でやりたい。
そのほうが気が楽だもの。

すみませんが、と敬語を使ってお願いしても、
嫌だって言ったらどうする気?と言われてしまったら、
どういう気分になるか、
まったく思い及ばないのだろう。

最初の夫は、常に頼みごとを断る男だった。
あっそう、じゃあいいよ、と
わたしが友達とかに頼むと、
なんで他人に頼むんだ!とキレる。
あなたがやってくれないからでしょう?と言うと、
一回頼んで断られたら、
もう一回、もっと丁寧にお願いしろ!と怒鳴られた。

もちろんわたしは、そんな男にも、
きちんと、すみませんがと敬語で頼んでいたのに、だ。

何様のつもりだ。

なんでだろう。
丁寧に頼んでも、ちゃんとお礼を伝えても、
わたしって、ずっと見下されている。

なにがいけないのかわからない。
何も、当たり前だとは思ってないのに、
どうしてわたしは、キレられてしまうのだろう?


うつ病であると診断が下されて、
それを受け入れて、ホッとしたとき、
夫には「急に病人みたいになった。」と責められた。

一年半もの間、
ありとあらゆる体の不調をかかえ、
病院ジプシーをしていたわたしに、
やっと治療の糸口が見えたと、安堵したのだ。
怠けてたんじゃなかった、病気だったんだ、と
まず自分が受け入れなくては、スタート出来なかった。

もちろん、今は、
全てを病気由来にはしない。
頑張れる箇所ってあるからだ。

夕飯作りだって、また、二品作れるようになったら、
わたしがやって、夫を解放してあげたいと思ってる。
ただ、安請け合いをしてはいけないので、
自分の調子を優先している。

甘えた生き方にイラつくのかもしれないが、
わたしは、ただ、
穏やかに生きたいだけだ。
失敗だってある。
覚えられないこともやれないこともある。

仕方がないじゃないか。

被害妄想が膨らむ。
どこまでが実害でどこからが妄想だか、わからない。

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偏見を持たない。

人には好き嫌いがある。
理由がわからないのにすごく惹かれるものや、
逆に、なぜだかわからないけど怖いこともある。

小さい頃からの経験で多くは決まるが、
前世での死に方にも関連があると言われている。

わたしが江戸を好きでたまらないのは、
前世で江戸時代の江戸に住んでいたからだ。

水が異常に怖いので、
溺死した経験もあるのだと思う。

そういう、好き・嫌いは、
変えられないので、これは仕方がない。

でも、世の中には、いわゆる「偏見」を持った人がいる。
偏見とは、よくその世界を知らないまま、
勝手に嫌ったり、見下したりすること。

わたしは、生理的に嫌いなタイプってもちろんいるけど、
偏見は持ちたくないなあと思う。

その世界を知った上で、なお嫌いと言うのなら、
それは個人の好き嫌いということになるので、
かまわない。

わたしの親は、偏見の強い人だった。
今のように情報源がないので、
調べることもなかっただろうし、
昔は、タブーがまあ多かった。

わたしの親は、例えば、
韓国の人や、九州の人を、ひどく嫌っていた。
たまたま、嫌いなタイプの人と当たっただけだったかもしれないが、
しょっちゅう悪く言っていた。

そんな両親のもとで育ったわりには、
わたしには偏見が少なくて楽だと思う。

個人的な得手・不得手はある。
例えば、子供と老人が苦手、とか、
背の高い男性が怖いとかね。

人生に対して展望もなく、仕事に誇りを持てない人も嫌だ。

あとは、性的な少数派であろうが、
出身地であろうが、
特に、気にならない。


若い頃は、色んな人と頑張って交流していたが、
今、近くにいるのは、
厳選したごく少数の人だけである。
それぞれ、素晴らしい人ばかりだ。

精神科の先生も好きだし、
リウマチ内科の先生も優しくて熱心だ。
歯医者さんも優しいし、カウンセラーさんとは、
いつか友達になりたいくらい好き。

いつもわたしを見つめてるちまがいる。
ちまは天使ちゃんだ。
今日は珍しく、わたしの手をカジカジして、
後ろ足で蹴り蹴りする遊びをやった。

夫が出張で留守なので、ムギの世話に行った。
ムギは昼間はずっと、
アパートの階段の下の草地にいた。
そこだけ、ムギの形に草がへこんでいる。
夕方呼んでも来なかったので、
夜、ガレージに行ってみた。

ムギ、留守だったので、なんだ、いないやと思い、
餌を取り替えていると、
鳴きながらムギが現れた。
来てくれた!
ムギちゃんおかえり~。

おかかをやったら喜んで食べた。
シーバをやったら、それも食べた。
一瞬だけ、頭を撫でられた。
嬉しい。外でムギに触れたよ。

そこでちょうど、長女が帰って来たので、
ムギは姿を消した。
会えて良かった。
触れて嬉しかった。


やっと体調が良くなった。
すんなり起きることが出来たし、
夕飯、二品作る気力があった。

自分もしっかり食事が出来た。
むしろ、空腹で今も耐えているくらい。
せっかく痩せたので、
このまま、来月の健診になだれ込みたいのだ。

手も不自由、目はかすみ、
口内炎に歯の不具合。
色々歳をとると、大変だね。
でも、もっと気持ちが豊かになるような生き方をしていきたい。

ささやかなことを、大事にしたいと思う。

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こんな日に限って。

先週、睡眠薬を変更してもらってから、
ちゃんと寝付けるようになった。

ただ、体調が悪いので、起きるのは大変。
気持ちがふさいでいるのではなくて、
シンプルに体調が悪い。

カウンセリングの日はいつも楽しみだ。
話を聞いてもらえることもだし、
都会に行くので、何か食べたり、
雑貨屋さんを巡ったりできる。


何度か目が覚めて、
そのたびに、ちまが乗って来て、膀胱を踏むのだが、
アラームが鳴ってから起きればいいやと思い、
眠りをむさぼっていた。

夢の中で、わたしは出かけていて、
仕事をこなしていた。

ふと起きて時計を見た。
うそっ!

いつも、カウンセリングに出掛ける時間を過ぎていたのだ!
どうしよう!
いや、考えてる暇はない。
とにかく脱いで着替えて、
ちまに餌をやり、鞄を持って飛び出した。

駅まで走った。
苦しい。
でもあと一歩で電車が行ってしまった。
あれに乗れたら間に合ったかもしれないのに。

駅のホームからカウンセリングルームに電話をした。
けれど、今日はわたしの後ろにも予約が入っているし、
他に変更できる時間はないとのこと。

じゃあ、走っていきます!と宣言した。
向こうの駅に着いてからも走った。

6~7分、遅刻した。
はあはあ、ぜいぜい。
ただでさえ短いカウンセリングなので、必死に話をした。

物足りなかったけど、自分の失敗だから仕方がない。

こんな日に限って、なんで失敗するかな。
いつも、念には念を入れて、
起きるべき時間と、その30分後にもアラームを設定して寝る。
しかも、5分ごとのスヌーズ付き、
ちまの膀胱攻撃付きなので、
気がつかないはずがないのだ。

何も食べずに出掛けたので、
駅ビルのファストフードで軽く食事をして、
文房具屋を見てから帰った。

膝がガクガクする。
もう走れない体なんだなと思う。

二度と寝過ごさないよう、気をつけよう。


夫が飲み会だったので、ムギに餌をやりに行ったら、
夫はもう帰宅していた。
ガレージにムギがいたので、会わせてもらった。
久しぶりにムギを見た。
かわいいビジュアル。かわいい鳴き声。

おかかをやって、食べたら居なくなっちゃった。
でも、可愛かった。


カウンセリングで話しをしたり聞いたりしたのだが、
男女では、脳の構造がそもそも違うので、
わかり合えることは難しいとのことだった。

雰囲気で察してくれよ、というのは、
男性には通用しないそうだ。

夫は、わたしが具合が悪かったり疲れているのを、
機嫌が悪いとごっちゃにしてしまう。

単に、体の具合が悪いだけなのに。
でも、察してもらえることはないのだそうで、
いちいち、具体的に言わないとダメらしい。

ひどいモラハラ発言もされるが、
わたしが押し黙って不機嫌になっても、
その雰囲気を、夫は察することが出来ない。
だから、その言われ方は嫌だと、
いちいち言わなければ伝わらないとのこと。

押し黙って我慢して来た事柄に対しては、
恨みが消えてないので、
今後は、その都度、きちんと伝えて行かなくてはと思う。

わかり合えないのは仕方がないが、
怒りを溜め込んでも、いい事は一つもない。

怒りに怒りを返すような幼稚な真似はしたくないので、
冷静に、言葉を選んで、対処するようにしよう。


夜、自分でリウマチの注射を打った。
なんとなく、物悲しくなる。
でもまだ、指の痛みは消えない。

                                        伽羅moon3

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歯と目は財産。

今日も具合は悪いままだ。
何とか起きて、パンを食べて、
歯医者に行った。

昔治療して詰めてある奥歯の中が、
腐っていたそうだ。

先月から、口の中に変な味がして、
きっと口臭もあるに違いないと思い、
歯肉炎などに効果のある歯磨き粉を買って使っていたが、
リウマチの薬により、副作用で口内炎があって、
その歯磨きがしみてしみて、辛いのだ。

センシティブのデンタルリンスも多用しているが、
これも口内炎にはしみる。

割れた奥歯の治療、とても難しいらしく、
治療してはレントゲンを撮り、
画像を見てはまた治療する、の繰り返し。

でもまだしばらくは通わなくてはならない。
抜いてしまえばおしまいなのだが、
できうる限り自分の歯を残そうというポリシーの先生で、
信頼しているので、お任せしている。

わたしが精神を病んでいることも知っているので、
不安がないよう、優しくしてくださる。

わたしは、口の中がすごく狭いらしい。
しかも、歯茎と口の内側の隙間がなさすぎて、
総入れ歯には出来ない形だと言われた。
治療もしにくくて、
お互いが必死。


子供の頃から歯が弱くて、
年中歯医者に行っていた。
口の隙間が狭く、歯並びも悪いので、
どうしても歯磨きが行き届かないのだ。

今は歯間ブラシも駆使しているが、
持って生まれた歯の質というものがある。
弱くて残念だ。

幸いなことに、息子は、歯の丈夫な子だった。
多分今も、虫歯はないんじゃないかな?
わたしの母が、とても歯が丈夫な人なので、
そこに似たかもしれない。
天然パーマは、母から譲られたものだからね。

歯が強くて、視力がいいことは、財産だ。
息子の歯は守ってやれたが、
目は、わたしのせいで、悪くさせてしまった。

小学4年のころ、
立っているとグラグラするんだよって息子が言って来た。
なにそれ?って思ったら、
原因が、目だったのだ。

眼科で調べたら、
片方が近視で、片方が遠視という目になってしまっていた。

原因はなんですか?と聞いた。
眼科医は、この子、斜めに寝て本を読む習慣がないですか?と
質問された。

心当たりがあった。
3年生までは学童に行っていて、
お互いに5時には帰宅していたのだが、
4年生になって学童がなくなり、
フロアソファでゴロンと横になって、
マンガを読みながら、わたしの帰宅を待っていた。

その悪い姿勢が、視力をこんなことにしてしまったのだという。

どうしたら回復しますか?と聞いたが、
もう改善はしないと言われた。

わたしのせいだ…。
一人にさせる時間が長くて、こんなことになってしまったのだ。
わたしは自分を責めた。
ちゃんと、姿勢よく腰掛けてマンガを読むように、
強く言えばよかったのに。

息子はそのときから、メガネなしでは生活できない人生になった。

成長期の姿勢が、
目にまで影響すると知っていれば、もっと気をつけられたのに。
わたしの責任だ。

わたし自身は、高校生の時に近眼になった。
その時、母は、
「親二人とも目はいいのに、近視になんかなって!」と怒った。

息子がメガネくんになったことを話したら、
「かわいそうに!」と同情した。


目がよく見えて、歯が丈夫で、
さらに、髪が黒かったらどんなにいいだろう。
それらはかけがえのない財産になるのに。

息子の目、本当に申し訳なかった。
わたしが無知だったからだ。
メガネ、似合ってはいるけれど、
苦労も多いよね。

                                           伽羅

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ちょうどよくはできないよ。

毎日具合が悪い。
起きる時が特に辛くて、
喜んでちまが乗って来てくれるのに、
かわいがってやる気力が出せない。

出掛ける用事があれば必死に出掛けて、
帰って来て、夕飯を作る。
たまに洗濯をする。
それだけで手一杯だ。

夫が持ち帰って来た野菜もあったので、
今日も二品、作った。

夫からは、
何ならキミが作る煮物一品でも済ませられるよう、
具材とかボリュームとかお願い、と言われているので、
沢山の材料を使って煮物をする。

例えば、大根・人参・こんにゃく・厚揚げ・さつま揚げ・エリンギ、
これが本日の材料。
大人5人分なので、寸胴鍋にいっぱい作る。

それを盛り付けていたとき、ちょっと多かったなと、
自分でも思った。
煮物のほかに、サラダも作ったし、
頑張りすぎた。

部屋に戻って来ると、
疲労で体がガクガクする。
甘いものを食べて、しばらく休んだ。

米が食べられず、おかずだけで自分は済ませた。
あとは座椅子でぐったりする。

どうしてこんなに調子が悪いままなのかな。

夜、夫がやって来て少し話をした。
お姑さんのこと、夫は毎日毎日、大変なようだ。
夫だけではなく、長女にも被害があるようなので、
夫が割って入るのだそうだ。
疲れていて気の毒だ。

その際に、わたしの煮物の量が多すぎると言われた。

多いなとは思ったが、クレームが来るとは考えていなかったので、
何の反論も出来ずに、黙り込んで聞いた。

5人前という分量、量っているわけもなく、
一品でも済ませられるよう、たんぱく質まで入れているので、
全体がふくれあがる。

多すぎるんだって。

再婚して6人で暮らしていたころ、
わたしはお姑さんとは一緒に台所には立てなかった。
お世話になりっぱなしだった。
おかずが一品だけで、それを6人で分けて食べる日もあり、
ひもじかった。

だから、そんな思いをさせたくないという気持ちもある。

この脳で、ちょうど良くなんて作れない。
料理そのもののハードルは、高いのだ。
献立を考えて買い物することからスタートで、
最後、鍋やまな板を洗うまでのトータルが料理というもの。

ムギが入院しているときは、
毎日面会に行きながらも、二品頑張っていた。
前の夜に煮物を仕込んだりしていた。

退院して通院していた頃にノイローゼになり、
一品だけにさせてもらったが、
夫が少しでも楽であるよう、ちょっとは頑張っているつもりなのだ。

あーあ。そうですか。
難しいですねえ。
どうしましょうねえ。


末っ子くんが、一人暮らしを決めたそうだ。
家にいれば何の不自由もないので、
独立を決めたことは、素晴らしいと思う。

彼が食べなくなると、料理も、少しで良くなるね。
作る気力が半減するねえと夫と話した。
夫は作ったものを食べさせるのが好きだし、
料理にも自信を持っているからだ。

家から男手がなくなってしまうのは痛手だけど、
独立しようと決めたのは偉いね。

イマドキは、女性が家事を担うべきという世ではないので、
頑張って欲しいな。
わたしの息子も、一人暮らしを始めてから料理をしたよ。
お弁当まで作っているから、偉いと思う。

夫は、初めて子供の独立を迎える。
これで少しはわたしの気持ちもわかるかな?

あと少しで家から出て行く末っ子くん。
美味しい煮物が食べられるよう、わたし、頑張るからね。

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恐怖について。

わたしの住んでいるのは二階で、
階下は、今、空き部屋になっている。
それをリフォームして、また貸すことになった。

お姑さんの名義なので、費用はお姑さんが出す。
でも、もう打ち合わせに出てもわからなくなっているので、
夫が全部、打ち合わせを進行している。
週末しか時間が取れないので、
進行はゆっくりだ。

リフォームの際に、
建物の耐震工事をしてもらえることになった。
調査したところ、わたしの部屋は、
大きい地震で倒壊する予測らしい。

窓がやたらと多くて、壁が少ないので、
窓の一部を壁に変更する予定。
壁に筋交いを入れたりもする。

それだけと思っていたら、
窓の高さを変え、サッシも全部取り替えるという。

窓回りの壁を壊して作り変えるという大工事。
壁紙も貼り直し、
エアコンの位置も変更することになるとのこと。

ものすごい工事になった。

耐震については最初から不安だったので、
してもらえることはとてもありがたい。

夫は、保障はしてくれていないのだが、
もしずっとここに住んでいていいのなら、
あと20年とか、住むことになる。
それを考えると、今しか工事のチャンスはない。


けれど、ここからが病気由来で、
その工事中の暮らしを思うと、
具合が悪くなるくらい、辛いのだ。

足場を組んで、外壁を壊す。
そのあともちろん、内壁の工事も入る。
家具を全部移動させなくてはならず、
わたしも、部屋で過ごすことは不可能だろう。

もちろん、ちまもだ。

ちまを連れて、毎朝、
母屋の夫の和室に避難させてもらうしかない。

そのことが、憂うつで辛くて、
ひどい悪夢を見る。

玄関の横の和室で、人通りが多い。
カギも付いていないから、
いつでも誰でも入って来られる。

お姑さんが、いつ入ってくるかわからない。
逃げ道はなく、入って来られたら、
餌食になるしかない。
ちまを置いて自分だけ逃げるわけには行かないからだ。

ちまが出てしまうと大変なことになるので、
ドアを開けて欲しくもない。
ちまだって、知らない部屋で過ごすことは、
ものすごいストレスになる。


わたしは、お姑さんにいじめられたことは一度もない。
今回の工事の費用は、お姑さんが出してくださる。
なのに、会いたくないって、ひどいよね?

だからまだ、気持ちを夫に言えてない。

会ってしまったら、話はエンドレス。
内容はいつもずっと同じ。
自慢話が終わると、亡くなった先妻さんの話になり、
わたしは、どう相づちを打てばいいのかいつも困る。

できれば、ドアに鍵をつけてもらいたいけれど、
それもどうなの?って思われるだろうし…。


それに、夕飯作りはどうしよう。
わたしは、自分のキッチンで作るからこそ、
やれるのだ。
母屋のキッチンを使うことは精神的に、無理だ。

そこは恐怖がしみついた場所なのである。

その「恐怖」について、
どう説明しても、多分夫には理解されないと思う。
とにかく、居られないのだ。
無理なのだ。

工事が終わってから急いで部屋に戻って、
作るしかない?

でもそんな気力、残ってるかな。
耐えられるかな。

工事の日程はまだ決まっていない。
もし梅雨の時期にあたれば、雨で中止もあるだろう。
5~6日の辛抱だとは思うが、
延びることもありえる。


わたしは、母屋が怖い。
夕飯を持って行って盛り付けるだけで、疲労するのだ。
どうにもなじめない、特有の圧力と匂いがある。

頑張れるかな。
いや、多分、潰れるだろうな。
でも、耐震をやってもらえることは本当にありがたいので、
我慢するしかない。

怖いよう…。

                                           伽羅

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具合が悪いよ。

ここしばらく、具合が悪い。
先週、睡眠薬を変更してもらって、
寝付けるようにはなった。

それで、かなり、うつ病の辛さからは救われている。
睡眠障害が最も辛いから。

しかし、胃腸の具合が良くないのだ。

週のはじめ、食欲がない日が続いた。
白いご飯が食べられず、
自分が作った煮物と、パンを少々食べていた。

途中、吐き気と下痢で起きた日もあった。

復調してきて、食欲は戻って来たが、
今度は、食べて満腹になると、
具合が悪くなるのだ。

今日も、起きて、空腹だったので、
チーズトーストを食べた。

その時は美味しく食べられたのに、
調子が悪くなって座っていられず、
横になっていて、少しウトウトした。

夫と一緒に、夕飯は居酒屋に行った。
海鮮が売りの居酒屋。

夫は、数ヶ月前から、お寺の行事に参加している。
退職したあとのコミュニティにと考えているようだ。
その飲み会に参加すると、
色々、地元の飲食店に連れて行ってくれるらしい。

長年住んでいても、通らない道はあるし、
こんなところにこんな店が、ということが沢山ある。

その通りを、わたしは今まで歩いたことがなくて、
ハンバーグの店やお蕎麦屋さんや、
椿屋珈琲店もあったよ。
ええ~。全然知らなかった!

お弁当の、ほっともっともあった。
これは嬉しい。利用しよう。

何だかお魚が食べたい気分だったので、
お刺身、焼き魚、煮魚を頼んだ。
生桜海老のかき揚げも頼んだ。

お酒は一杯だけ飲んで用心した。
腹6分目くらいでストップしておいた。

美味しかった。

帰宅したら、にわか雨がザザーッと降ってきた。
危ないところだった。

お腹も壊れて、4回、トイレに通った。

やがて落ち着いたら、ちょっと空腹になったので、
パンを食べた。

あああ、やっちゃった。
食べ過ぎて、また気持ち悪くなっちゃった。
胃薬を大量に飲む。
学習しない自分が残念。

日曜日は、夫は予定が一杯だそうだ。
わたしは一人でゆっくり過ごそう。
とりためた番組を見よう。

何でこんなに調子悪いのかな。
料理一品作るだけで、ヘトヘトになってしまう毎日。

食べすぎなのかな。
自制しないといけないね。

食欲があるのに、食べたあと具合が悪くなるなんて、
やだなあ。


ちまと同じだ。
ちまは、長いお留守番で、自分の調子が悪い時、
なぜか執拗に餌をねだる。
そして吐くのだ。

食べることで、寂しかったことを、埋めたいのかな。
吐くと苦しそうで辛いので、
留守にしたあとは、ちょっとずつ、あげることにしている。

わたしも自分にその手を使おう。

                                           伽羅moon3

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こうして生きて行く。

従姉の娘ちゃんの結婚式・披露宴は、
とても素敵で、とても楽しかった。

雨女だった娘ちゃん。
でも、晴天に恵まれ、
外でみんなで写真を撮ることも出来た。

わたしは親族控え室に入って、
いきなり、従姉に、写真係を頼まれた。

もちろん、プロのカメラマンさんがばっちり撮っているのだが、
データをもらえるのがしばらく先らしく、
従姉の両親(わたしのおじ・おば)に渡すために、
早く欲しいので、少しでいいから撮って欲しいとのこと。

わたしはもう数年カメラを触ってなかったので、不安だったが、
性能のいい新しいカメラで安心。
嬉しくて撮りまくった。

白いドレスはキラキラしていて、後ろの裾が綺麗なドレープ。
控え室に入って来たとき、
わたしは感激して泣きそうになった。

この娘ちゃんが生まれたときに、
従姉と約束していたのだ。
それぞれの子供の結婚式に、出るってことを。

30年近い年月が流れ、
それを実現できた。
子供が二人とも、幸せな結婚をしてくれた。

もちろん、夫の存在がなかったら、
わたしは約束を遂行することは出来なかった。
心から感謝する。

披露宴会場にはモニターがあって、
高砂席の二人が良く見えるようになっていた。
式の時にはヴェール、
披露宴ではティアラをつけて、娘ちゃんはとても素敵だった。
新郎さんは、人柄のよさがにじみ出ていて、
しかも超イケメン。

出されたお料理は、どれもこれもものすごく美味しくて、
全部残さずに食べた。
合間を縫って写真をいっぱい撮った。

お色直しで、娘ちゃんは、
淡いミントグリーンにお花が散らしてあるドレスになった。
髪を下ろして、花の冠を着けていた。
すごく可愛い。

従姉と、「可愛いね、可愛いね!」と言いまくった。


わたしも、従姉も、言うなれば親バカである。
自分の子供のことが大好きで、
すごく可愛くて仕方がない。
見た目もいけてると思っているし、性格もいいと思っている。

だから、わたしたちははばからず、
「可愛い!」と言い合えるのだ。
ずっとそうして育てて来た。


わたしは、親から褒められたことがない。
そればかりではない。
けなされて来たのだ。

チビ、色黒、ノロマ、グズ、根暗、不器用。
これらは全部、実の親が、実の娘に言ってきた言葉だ。

わたしは息子を産んで、
その、無条件の可愛さに、びっくりした。
わたしは子供が好きではなく、興味もなかった。
しかし、息子の可愛さは、天使級だったのだ。

ガラスのような繊細な心を守りながら生きた。
いいところをいっぱいいっぱい褒めた。
大好きだよ、愛しているよと伝え続けた。

わたしは、自分がしてもらえなかったことを息子に与え、
されて辛かったことをしなかった。
とてもシンプル。

なぜわたしは、あんなにけなされなくてはならなかったのだろう。
考えても考えても、答えが出ない。


今もそうだ。
わたしがいなくなって、困るのはちまだけ。
わたしは、誰の役にも立っていない。

いなくても、誰も困らない。
日々、していることを、認めてもらうこともなく、
たまに料理がうまくいっても、
褒めてもらうこともない。

仕事で成果を出すことでしか、生きる価値を見いだせなかったわたしが、
今、働かず、掃除機さえかけられず、
誰にも何も認められないでいる。

再婚当初は、働いている女性を見るのが辛く、
出歩くことが出来なかった。
お金の払い方がわからなくて、スーパーに行くのも怖く、
使った金額をパソコンに入力しなくてはならないのが、
とても苦痛だった。

料理することを期待されただけで、
プレッシャーで寝込んだ。

本当に酷い状態だった。

今はこれでもだいぶ回復したが、
褒めてもらえることは、まったく無い。
感謝されることもない。

していただくことばかりで、いつもかも劣勢だ。

過去の自分も大嫌い。
人間関係で失敗ばかりしていた。

それでも今、生きていられるのは、
過去に、仕事においては、充分頑張ったという思いがあるからだ。

同級生が全員大学に進学する中、就職して、
認められたくて、成果を出したくて、
必死に仕事を覚えた。
自分の課の次の工程の課に行っては、
自分の作業の意味を教えてもらった。
どの女性よりもいっぱい残業をした。

自分の長所もわからず、
仕事でしか、存在価値を見いだせなかったのだ。

今は、何もない。
褒められることもなく認められることもない。
では幸せではないかというと、
これが、充分幸せなのだ。

息子が無事に結婚して幸せに暮らしていて、
振り向けば、わたしを見つめるちまがいる。

わかりあえる従姉と、少ないが大切な友人もいる。

日々を、丁寧に生きていると思っている。
それで充分なのだ。
幸せって、自分の中にしか生まれないものだ。

社会に貢献はしていない。
特に誰の役にも立っていない。
いなくても誰も困らない。

それでも、ただ丁寧に生きて行く。

                                          伽羅moon3

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人は変えられない。

自分以外と暮らすのは、大変なことだ。
こだわりが強ければ強いほど、
相手にも圧力がかかる。

前にも書いたが、わたしは生まれてこのかた、
ああ、これがわたしの家庭なんだと思った経験がない。

実家に居るときは絶対王者の親に押さえつけられ、
何の自由もなかった。

最初の結婚では息子を授かれたが、
嫁の代わりなどいくらでもいる、というモラハラな夫で、
愛想を尽かして別れた。

自分を大事に思ってくれない相手と、
一緒に生きて行くことは無価値だ。


今の夫は、優れた人である。
わたしのことも大事にしてくれるし、
わたしの親にも、息子にも、よくしてくれている。

従姉の娘ちゃんの結婚式に出られたのだって、
夫がいればこそだ。
心からお礼を伝えた。


ありがたいと思うことについては、
なるべくその都度、お礼を伝えるようにしている。
当たり前になってはいけないと思う。

たとえ喧嘩して気分が悪くとも、
それはそれ。これはこれ。
いっしょくたに考えることなく、
切り離してものごとを捉えるように心がけている。

ずっと我慢しがちだったのだが、
されて嫌なことは、嫌だと伝えていかないと、
これもまた、理解してもらえない。
なるべく伝えて生きて行こうと最近は思っている。

夫がわたしに対して不満を抱え続けていることは当然だ。
夫の夢を叶えてあげていない。

わたしには、もっとこうして欲しいという望みはあまりなくて、
これは、やめて欲しいという要望がある。

それを、ためないで、その都度きちんと伝えることも、
大事なことだと思う。


わたしは頭の働きが悪く、覚えられなかったり、
すぐに忘れてしまうことが多々ある。
それを責められて、「ばあさんと同じだな!」とよく言われる。

先日、反論してみた。
「また、そういうことを言う。それを言われてわたしがどんな気持ちになるか、
考えて言ってる?」
そう聞いたが、夫は無言だった。

いつも夫に朝のゴミを出してもらっている。
毎日ちゃんと感謝の言葉を送るべきだった。
さっき、明日の朝に出すゴミをまとめていて、
「じゃあすみませんが、お願いします。」と夫に言ったら、
「嫌だって言ったらどうする気?」と言われた。

敬語を使い、きちんとお願いしている相手に、
そういうことを言うのか、とがっかりして、
「どうしてそういう言い方をするの?」と聞いてみたが、
夫は無言だった。

つまり、いちいち、相手の気持ちを考えてはいないということだ。
ただ、自分が常に優位であることを、確認しているのだ。


一生、夫は優位のままである。
生きて行く術を持たないわたしは、
夫の意向一つで、いくらでも捨てられてしまうもろい立場だ。

気に入らないこともあるだろう。
叶えてもらえない不満があるだろう。
でも、だからといって、
相手が嫌だと言っていることをするのは、どうかと思うよ。

言葉は、人を殺す力を持っている。
気安く使ってはいけないものだ。
優位に立つものが相手を言葉で貶めるのは、
立派にモラハラだ。

シラフの夫は、本当に優れたいい人だ。
気が効くし、労力もいとわないし、
頭の回転も速く、いろんなことを解決してくれる。
知識も豊富で、手先も器用だ。

光が強い人は、残念だが影も濃い。
どうしてそのひとことを言って、相手を傷つけるかな。
とても残念。

ゴミ出しをお願いしていて、感謝が足りなかったのなら謝る。
でも、子供たちが大量のゴミを出していても、
出すのはいつも夫で、
子供たちは、嫌味なんて全く言われてないはずだ。


わたしは夫がいなければ生きて行けない。
それを充分わかった上で、
わたしを常にバカにしているように感じてしまう。
何だって夫のほうが上手にできるから。

人を変えることは出来ないと言われている。
自分が変わって、その結果として相手の「態度」が少々変わる程度だ。

母に対しても、わたしさえ頑張れば、
母の態度だって変わると信じて数年頑張った。

長くない余生、もう悪口はやめて欲しいとお願いしたし、
息子が生まれたときに世話になったことについて、
きちんと正座して頭を下げ、お礼も述べた。

しかし、母は何も変わらなかった。
徒労に終わってしまった。

お礼を伝えられたことは良かったと思っている。
しかし、頑張っても頑張っても、
相手を変えることは無理なのだと思い知った。


夫とは、一番近くで生きて行く同士だと思う。
しかし、親しき仲にも礼儀ありで、
わたしはきちんと感謝を伝え続けなくてはならない。
同時に、されて嫌なことについても、
その都度、伝えて行かなくてはと思う。

                                          伽羅

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泣いてる場合じゃない。

夕べ、ムギが鳴いて鳴いてしかたがないので、
追い込まれて、
もう、お外に返そうと決めていた。

しかし、昼間は、ムギはとても静かで、
覗きに行くと、リラックスして、
お腹を上にして寝ている。

その姿を見ると、離れがたくなる。
もっと一緒にいたい。
お外に返してしまえば、たまにしか会えなくなり、
運よく姿を見られたとしても、寄って来てはくれない。

ぐずぐずと迷った。

でも、夜行性だから、夜遅くになれば、
また盛大に鳴くのだと思うと、
もう、放してやったほうがいいと判断した。

「お部屋じゃないならお外に出して」、というのが、
ムギの本心だから。


ムギを保護するたびに思う。
一緒に暮らすこと、本当に不可能だろうか。
やはり耐えられなくなり、
ムギを可愛いと思う気持ちまでわからなくなってしまうだろうか。

多分、そうなのだ。
ムギは、自分が一番でないと気が済まない。
ちまに嫉妬して、当て付けにあらゆるところでオシッコする。

浴室にいる間は、
ムギはちゃんとトイレが使える。
外猫なのに、毎回ちゃんとトイレにしていることが、
いじらしい。

でも、わたしの部屋に居た時も、
夫の部屋に行ってからも、
ムギの当て付けオシッコは止まらなかった。


決心してあきらめて、真っ暗になる前に、
ムギをお外に返した。
小屋のベッドのタオルも替え、
小屋の前の敷物も替え、
餌と水もセッティングしてから、ムギを連れて来た。

ムギに最後のお顔スリスリをして、
バイバイ、と言った。

キャリーから出て、ムギはあたりを見回し、
ガレージのコンクリでゴロンゴロンした。
そのあと、水と餌を嗅いでから、
パトロールに出掛けて行った。

もうこれで、ムギにはさわれない。

夫に報告メールをして、
浴室を掃除した。
ムギさえ元気なら、ここに来ることはもうないのだ。

夜、夫から、ねぎらうメールが届いた。
それを読んで、たまらなくなり、号泣した。

ムギが大好き。ムギが可愛い。
でももう、明日からはさわれない。

あんなにいっぱい甘えて、自分からわたしの膝に来て、
一時間も抱っこして、
ゴッツンコも、お顔スリスリもしてくれた。
指も舐めてくれた。

なのに、お外に行ったら、ママは不要なのだ。
悲しいよ。
寂しいよ。
切ないよ。

しばらく泣いた。

ちまは、ムギがいなくなったのはわかるらしく、
何も言わないが、寄って来て甘えてくれる。
わたしには天使のちまちゃんがいる。
大事にしよう。


しかし、夜中、猫が争う声がした。
ムギちゃん!
もうさっそく襲撃されたの?

出て行って見下ろすと、
車の前に猫が座っている。
懐中電灯で照らしても逃げない。
逃げないということは、ムギではないのだ。

降りて行って、近くで照らすと、
ムギと同じキジ猫だ。
ムギなら、首輪が反射するし、手には包帯を巻いている。
こいつ、マメだ。

4月に、ムギの舎弟になったと勘違いしたマメだ。
やっぱり、ムギはマメと闘って、噛まれたのだ。
小屋の封鎖を解いた途端、マメがまた襲撃に来たのだ。

ムギの気配はない。
どこに行ったのだろう。
マメは図々しくて、照らしながら追っても、
車の周りをくるくる回っていて、
去る様子がない。

長柄のホウキを持って追いかけた。
やっと居なくなったが、ムギ、またやられてないか心配だ。
泣いている場合じゃなかった。

夫が帰宅した時、餌は半分くらいあったのに、
空っぽになっている。
マメが食べたかもしれない。

ムギ、もちろんまだ手は痛いと思う。
歩けるしジャンプもできるようになったので、返したのだが、
こんなにすぐ襲撃されるなら、
もう少し、療養させるべきだった。
後悔する。


お外で生きて行くことは、こんなにも険しい。
ノラ猫から狙われ、カラスに狙われ、
ムギには果たして安らいで過ごせる時間はあるのだろうか。

わたしは、どうすればいいのだろう。
何をしてやればいいのだろう。

甘えっ子でビビリなムギ。
必死に頑張っている。
もっと頑張れとは言えないよ。

どうかムギが平穏に暮らせるように守ってください。
わたしたちも頑張るから。

                                         伽羅moon3

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育児ノイローゼ。

月曜日の夜から火曜日にかけて、
たっぷり眠れた。
いっぱい夢は見たが、疲れはかなり改善した。

ムギは、夜は盛大に鳴いていたが、
あきらめたのか、昼間はおとなしくベッドで寝ていた。

こんがり焼いたトーストを食べていたら、
また、歯が欠けてしまった。
もう、あちこちの歯がボロボロなのだ。
歯医者に電話したら、すぐに来てもいいとのことだったので、
歯磨きをして、すぐに向かった。

下の奥歯の根元がごっそり欠けていた。
治療して詰め物してある歯の根元だ。
あ~あ、こりゃ困ったねと言われた。

レントゲンを撮って、通うことになってしまった。
せっかくリウマチ内科の通院が減ったのに、
歯医者が増えた。
わたしは歯が弱くて、
子供の頃からしょっちゅう歯医者に通っている。
歯が強い人は、財産だと思う。

買い物をして帰宅。
ムギは傷の痛みがだいぶ軽減したらしい。
軟膏を塗りこんで包帯も巻いてあるので、
治りが早いのだと思う。
病院に行けて良かったよ。

夕飯を運んで盛り付けてから、
ムギのところに行った。
自分から膝に来て抱っこされる。
ゴロゴロ喜んで、一時間経っても動かない。

仕方なく、ベッドに返した。
ちまの心のケアも大切。

昨日もだが、わたしは食欲が無い。
白いご飯を食べる気になれず、
作ったおかずと、プチトマトで夕飯にする。

夜行性だからなのか、ムギが大騒ぎする。
ずっと鳴いて呼ぶ。
可愛い声で呼ばれる。
行くと、寂しかったらしく、抱っこされて、
またゴロゴロ言って、動かない。

小一時間抱っこしていると、帰宅した夫がムギに会いに来た。
交替したのだが、
ムギ、夫の手を噛もうとしたらしい。

完全に、ムギは二重人格だ。

お外に居るときは、
世話をして守ってくれるのがパパだとわかっている。
だから、ママは要らないし、何なら、ウザイのだ。
浴室に居るときは、ママに甘えるしかない。
見事に使い分けをしている。

夫は気分を害して帰った。

メールして、いつムギを外に返すか相談したが、
ムギの気分により、わたしに任せるとのこと。

もうしっかり歩けるようになった。
ジャンプもできる。
包帯は、わざわざほどいてやらなくても、
自然にほどけるまで、しておいていいだろう。

水・木曜日、夫が夜、遅くなるというので、
寂しい思いをさせるなら、
しばらく浴室にいさせてもいいと考えていたのだが、
ちょっと、無理かな。

夫が帰ってから、ムギはとにかく、ずーっと鳴いている。
ちまの気持ちも大切なので、我慢していたが、
ものすごく鳴くので、行くと、
抱っこをせがみ、そのあと餌を食べ、
また抱っこして、それからキッチンに出たいと言う。

浴室から出してやると、お部屋に入れて~と鳴く。
ごめん、ダメなんだよ、と言うと、
じゃあお外に出して~と玄関で鳴く。
それを何セットも繰り返して、
ついにわたしの精神も追い込まれて来た。

ムギだけ見ているのなら、もちろんいいのだが、
ちまを思うと、申し訳なくなる。
ちま、何も文句は言わないが、
ストレスで毛がハラハラと抜けている。

お外に返せば、わたしはもう、ムギには触れない。
ムギは近寄って来てくれない。
逃げてしまう。

こんなに甘えるのは浴室にいる間だけなので、
じっくり楽しみたいと思っていたが、
ここまで鳴かれると、
わたしは育児ノイローゼ状態だ。

子供を複数人育てる人って、すごいと思う。
尊敬する。
わたしは、鳴かせておいて無視することができなくて、
ちまももちろん大切だから、
どう行動したらいいか混乱してしまう。

夜、夫が居なくて寂しいのに可哀相だが、
もう、水曜日には、ムギをお外に返すことにしよう。
お部屋じゃないならお外がいいと、
ムギが鳴いているからだ。

また、離れ離れだね。
寂しくなるけど、仕方がない。
べったり一緒に過ごせて、楽しかったよ。

またお外で、パパにいっぱい甘えなね。
ムギ、元気で生きていてね。

                                          伽羅moon3

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今度は手の怪我。

土曜日、具合が悪かったので、
パソコンも開かず、12時過ぎに寝た。

日曜日は、従姉の娘ちゃんの結婚式。
10時前に目が覚めて、ウダウダしていると、
夫がやって来た。

どうした?と聞くと、ムギのキャリーバッグを出して言う。
ムギどうしたの?

どうやら、前足を痛めているらしく、まともに歩けないらしい。
ムギは、後ろ足が一本しかないので、
手を傷めると、歩けなくて当然なのだ。

大変…。
夫が、病院に電話したところ、休診日だが、
たまたま院長先生が居て、連れて来れば診てくれるとのこと。

捕まえられるかわからないと言っていたが、
ムギは遠くまで逃げることも出来ず、
夫に捕まって、病院に行った。

どうしたのだろう。
飛び降りる時に失敗でもしたのだろうか。

不安な気持ちで連絡を待つ。
浴室に、ムギの病室を作った。
わずか半月前、声が枯れて、通院・療養したばかり。
お外で暮らすということは、こういうことなんだとしみじみ思う。

やがて夫からメールが来た。
ムギは、猫に噛まれて、深い傷を負っているとのこと。

傷口に軟膏を塗り、包帯を巻き、
注射を2本打ったので、浴室で療養させると書いてあった。

ムギ、左手に包帯を巻かれて帰って来た。

右足が無いので、座るのもギリギリのバランス。
すぐにドームベッドに飛び込んだ。

かなり深い傷だそうだ。
夫が朝、会いに出ると、珍しく小屋に入っていた。
動きがいつもと違う、おかしいなと思いながら、
膝に来たので、撫でていると、
突然ムギが飛びのいたそうだ。

多分、痛いところに手が触れたのだろう。
すると、左手を地面につけることが出来ず、
びこたんと動いているのを見て、怪我があると気付いたとのこと。

よくぞ気付いてくれた。
そして、捕まえて病院に行けて本当に良かったよ。

ムギは食欲もなく、ちょっとグッタリしている。
おかかをやったら、それは食べたが、カリカリには顔を背ける。

注射のあと、ムギはいつも数時間、熱を出すので、
注意深く見ていた。
息が荒く、苦しそうで心配。

結婚式に出るのに、行く時は夫に車で送ってもらうことになっていたが、
ムギの具合によっては、電車で行こうと思った。

幸い、息が荒いのは治まって、
ウザイから出て行って、みたいな声を出したので、
ゆっくり眠りたいのだと判断。
夫に車で送ってもらった。

夕方、ちまとムギの様子を見てもらえるよう頼んだ。


7時頃、結婚式・披露宴を終えて帰って来た。
ムギはかなり傷が痛むようで、
抱っこされたいのに、ベッドから出てくることが出来ない。
両手を伸ばして、抱っこして~と要求するので、
そっと体を引いて、膝に乗せる。

ムギはゴロゴロ言って喜び、
めちゃくちゃ甘えてくる。

こんなに甘えるのに、
お外に返した途端、寄って来てくれないばかりか、
逃げてしまうだなんて、信じられないよ。

何度も何度も抱っこして撫でた。
お顔もスリスリしてくる。

声が治ったと思ったら、次は手の怪我。
試練が多いよね。
外で暮らすことのリスクはこんなに大きい。


テレビで、完全なノラ猫の寿命は、4~5年と言っていて驚いた。
余りにも短い。
でも、ムギだってもしノラだったら、
一月のあの夜に、たった4歳で、死んでしまっていたのだ。

夫と二人で注意深く見ているので、
どうにか助けられている。

今回の傷は、前足なので、
追われて噛み付かれたのではなく、
ムギから向かっていったのだと院長に教えられた。
その夜、わたしが早く寝てしまったので、
猫の争う声に、気がつけなかった。
ムギ、果敢に攻めたらしい。

ムギ、一人で頑張ったんだね。
えらかったね。

座ることもままならないので、餌も手から少し食べただけ。
水も飲まず、オシッコも出せないまま、月曜日になった。

わたしは12時前にやっと起きたが、
ムギはまだ、痛そうで、餌もそのまま残っていた。
この際、何でもいいからと思い、
スープをやる。
水分補給にもなるし、栄養もある。
器を口元に持っていくと、いっぱい飲んだ。

まだ出てこられないが、抱っこしてというので、
そっと抱き上げて膝に乗せた。

体がすっかり汚れているので、
ペット用のウエットシートで何回も拭く。
ムギは体を拭かれるのは好きで、ゴロゴロ言って喜ぶ。
何枚使ってもすぐに汚れる。

夕方頃から、ちょっと痛みが引いてきたようだった。
呼ぶので行くと、座っていたし、カリカリも完食してあった。
更には、床にも降りられるようになったので、
ベッドの隣に置いていたトイレを、
いつものように床に置きなおした。

何度も何度も呼ぶ。
行くと、そのたびに抱っこをせがむ。
超の付く甘えっ子さんだ。

ちまには、事前に説明しておいた。
ムギちゃん、怪我しちゃって痛いから、
少しの間だけ、お風呂場に居させてね、
でも、お部屋には絶対に来ないから安心してね、と頼んだ。

ちまは承知してくれて、
ムギがどんなに鳴いても、わたしがムギのところに行っても、
一切責めないでいてくれる。

ちまの心が大切だけど、
可愛いポーズをしたり、抱っこをせがむムギは小悪魔ちゃんで、
余りにも呼ぶので、行かざるを得ない。

夜遅くに、大量のオシッコをトイレでしてくれた。
やっと踏ん張れるようになったのだ。
良かった。ホッとしたよ。
床にも降りられるし、キッチンも歩いて散歩した。

明日は日中は雨だから、明日の夜か、明後日には、
お外に返してやれるかもしれない。
痛がりかたがすごかったので、
単なる傷だけでなく、もし、筋が寸断されてたら、と心配だった。

病院に連れて行けて、本当に良かった。
ありがとう、夫。


従姉の娘ちゃんの結婚式は素晴らしかった。
また、次の記事で書きます。

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バレてしまった。

夕べも、寝付くことが出来た。
でも、起きる時は地獄のように辛い。

眠いだけでなく、心が辛いのだ。
これはきっと健常な人には想像がつかないだろう。

精神科の通院の日なので、必死に起きる。
ムギが入院しているときに、
面会のため、診察を早い時間に変更してもらって、
そのままにしているので、
起きるのがちょっとしんどい。

通院だけでも疲労するのに、
ムギの面会やら通院やらこなしていた自分に、
あらためてビックリするよ。


調子が悪いままだ。
一月からずっと、落ち込んでいると言い続けており、
お薬は増加の一途。

まだ、起きた時の絶望感は消えていない。
良くなったのは、ワタワタしなくなったことだけ。

診察で、どう話そうか決めかねたまま、病院に着いてしまった。

もうお薬は増やしたくないから、
当たりさわりなく、しらっと診察を終えようか。
などど考えていたら呼ばれた。

診察室に入り、頭を下げて、こんにちは、と言った。
すると、激しくよろけて、倒れそうになった。
先生は黙って見ていらしたが、
きっと気付いてる…。

何を話したらいいかわからず、黙っていると、
先生から次々に質問された。

寝付ける日が少なくて、セロクエルを足して飲むと、
今度は起きられずに苦しい。
起きた時の絶望感で既に疲労する。

億劫感が強く、しばらくの間入浴できなかった。
料理は失敗続き。

一日頑張ると、二日寝込む。
食欲がないわけではないが、
自分が6キロ痩せてたことに最近気付いた…。

その他、お通じはどうか、
リウマチはどうか、といっぱい聞かれて、
どれも思わしくないことを話す羽目になった。

次々に不安材料が明るみに出て、
先生が、悩んでいる。
しまった、つい、喋りすぎた。
調子が悪いことが、思い切りバレたよ。

すると、寝付けないことが、一番辛いし悪影響なので、
睡眠薬を変更しましょう、と言われた。

わたしは睡眠薬を二種類飲んでいる。
ハルシオンとレンドルミン。
ハルシオンには絶対的に信頼を持っているので、変えられたくない。

言おうか迷っていると、
レンドルミンを、ベンザリンに変更すると言われた。
長く飲んでいると、耐性が出来て、効かなくなることがあるそうだ。

寝付くことさえできれば、
今の辛さの三分の二は減ると思っている。
変更が効果的に出ますように。


薬局で、だいぶ待った。
いつもの人がいなくて、新しい薬剤師さんだった。
なので、色々聞かれた。

セロクエルを250ミリも常用しているので、
太っているわたしに対して、
「食欲が抑えられない感じですか?」と聞かれた。
めんどくさいので、まあそうですね、と答えておいた。
太ってますねって言われた雰囲気。

6キロ痩せても、わたしはまだまだ太っている人なのだ。
あと10キロ痩せても平気だよ。

駅までの15分を歩いているうちに、
またエネルギーが切れて、足元がおぼつかなくなってきた。
アップダウンのある徒歩15分が地味に体に響く。

駅のマクドナルドに入って、
エネルギー充填。
よし、これで無事に帰れるだろう。

しかし、事故で電車が遅れていた。
ホームは人であふれ返っている。

二駅で乗り換えなので、我慢して乗った。
超満員で、つり革にもつかまれなかった。

疲れた…。
毎日、満員電車で通勤している皆さんを尊敬する。

帰りにお弁当を買って帰った。
シャワーして、洗濯して、と思いながら帰ると、
ガレージにムギがいた。

夫のトイレの窓の下にある棚にちょこんと座って、
夫の帰りを待っていた。
けなげな姿。

ムギ、後で行くね!と声を掛けておいた。

シャワーできたし、洗濯も出来た。
夕方は、お姑さんと遭遇する確率があるので、
あたりが暗くなるまで待って、ムギのところに行った。

ムギ、車の横にいた。
呼んだら、可愛い声で返事してくれた。
おかかをやったら、喜んで食べたが、すぐに、プイッといなくなった。

夫が飲み会で遅くなるので、
お皿にカリカリを入れた。
それを写真を撮って、夫に送っておく。

ムギは寄って来てくれないが、
元気になって本当に良かった。
このところ、あまり小屋には入っていないらしく、
夫が勝手口から出ると、
どこかから、ムギは走って寄ってくるそうだ。
可愛いね。待ってるんだね。

土日だから、いっぱいパパに甘えられるといいね。


わたしは、日曜日、
従姉の娘ちゃんの結婚式に出る。
知らない人と会うの、緊張する。

土曜日は美容院。
夕飯は夫と食べて、愚痴を聞いてあげよう。

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距離感が大切。

夕べはまだ暗いうちに寝付けた。
すんなり寝付けることが滅多にないので、一日でもありがたい。

用事も無かったので、好きなだけ寝た。
なのに、目が覚めてみると、鬱状態で、
何もかもが嫌なのだ。

充分薬も増やしたのに、
なぜこんなに気持ちがふさぐのか、
わたしは自分に問いたい。

必死に起きて、ちまの世話をする。
夕飯、何人食べるかを見に行く。

母屋に行くことのハードルが高い。
なじめない空気感に圧迫される。

気力だけで料理するので、ちょっと簡単なものにしよう。

と、思っても、なかなか取り掛かれない。
現実逃避している。

そんな気分で作ったら、失敗してしまった。
一品しか作ってないのに、その一品を失敗するなんて、
夫に申し訳がない。

ゴールデンウィーク、カレンダーどおりと思って、
食材を買っていたのだが、
ずっと休みにしてもらえたので、
野菜が古くなっていた。
わたしの勘もすっかり鈍って、
美味しくない料理になってしまった。

疲れているであろう夫のために、
もっと頑張れたらいいのだが、
バテバテで、これ以上は今は無理。

夫は早くても帰宅は7時半。
長い通勤で疲れており、
自分だって空腹なのに、
夕飯支度をしている。
気の毒だ。

明日は飲み会らしい。
わたしが精神科通院なので、
帰りにお姑さんにお弁当買って渡そうか?と聞いたら、
いい! ほっとく!と、なにやら怒っていた。

毎日毎日、すごいストレスなんだろうと思う。
お姑さん、とうとう、
誰かが持って行ってしまうと言いはじめたらしい。

夫は末っ子だが、
お姉さんは体が丈夫ではなくて、お孫さんの世話とかもあるし、
お兄さんは倒れられて、リハビリ中なので、
誰にも頼れないのだ。


ムギだって、ママではダメで、
パパの愛情だけが欲しい。

最近は草むらで過ごしていることが多いらしいが、
朝、夫が勝手口から出ると、
駆け寄って来るのだという。
可愛いねムギ。

わたしは夕方ムギに会えたが、
おかかを食べて、シーバを少し食べたら、プイッと行ってしまう。
もう、寄って来てくれない。
だから、あきらめて部屋に戻る。

ムギには距離感が必要なんだよね。


わたしは、女性らしくない。
女の人って、すぐ群れるし打ち解けて仲良くなるけれど、
わたしの垣根は高いほうだと思う。

人間関係でいっぱい失敗した。
だから今は、距離を大事にしている。

近づき過ぎて、接点が多くなりすぎると、
人は勘違いを起こすので、注意が必要。

共有は気持ちがいいのかもしれないが、
わたしは、無理して合わせてしまう傾向が強かった。
そこを、今は意識して、合わせ過ぎて苦しくならないようにしている。

近づくのはいいとしても、
垣根を越えられることは、嫌なのだ。
わたしは誰にも強要しないし、
逆に、これすごくいいから、と押し付けられることがとても嫌だ。

お互いの趣味嗜好をながめて、
そうか、そういうのが好きなんだねって理解して、
否定せず、相手にも強要しない。
この「距離」がとても大切。

ここが夫には、難しいのかな?
自分が好きなものをガンガン勧めて来る。
好きじゃないものまで見ている時間のゆとりは、
わたしには、ないのだ。

心のゆとりもない。
苦しんでいる姿、見せないようにしているだけで、
毎日、うつ状態に耐えている。

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全身ガクガク。

寝付けない日々が続いている。
やむなく、セロクエルという薬を足して飲むのだが、
そうすると、起きる時がめちゃしんどい。

今日は、明け方やっと寝付いて、
午前中に目が覚めてしまった。
こんな短い睡眠時間では、カウンセリングに出掛けることは無理。

もう少し眠ろうと思うが、
汗がドバッと出て気持ちが悪い。
ちまも、ママが起きたと思って乗ってくる。

ちまをどかしながら、必死に寝る。
少しウトウトしたら、今度はアラームの嵐。
眠くて眠くて起きられない。

ちまに膀胱を踏まれ、必死に起きる。
地獄のように辛い。
もう何もかもが嫌になる。

ユンケルを飲んで、どうにか出掛けることが出来た。

GWを挟んだので、カウンセリングは3週間ぶり。
色んなことがいっぱい起きたので、
何から話せばいいか迷いながら行く。

わたしは、あえて気がつかないフリをしているが、
カウンセラーさんは、わたしの後の時間に、
ほとんど予約を入れない。
そうして、ちょっとだけ長く、話させてくれるのだ。

40分で8400円もするので、
長く話させてもらえることは、本当にありがたい。
でも、そこには触れないようにしている。

父に手紙の返事を出したことから話し始め、
GWの始め、ムギの声が出なくなったことも話した。

笠間に陶芸を見に行って買ったり買ってもらったりしたこと。
寝込んだこと。
息子たちが来て楽しかったこと。
息子たちも笠間に行っていてビックリしたこと。
また寝込んだこと。

半分以上、寝込んでたかな。
でも、笠間に行ったのも、息子たちに会えたのも、
とても楽しかった。


小悪魔なムギちゃんの話もした。
浴室にいる時は、お顔をスリスリするぐらいわたしに甘えるのに、
外に帰ったら、会ってもくれない小悪魔ちゃん。

ムギちゃんが浴室にいるとき、
ちまちゃんはどんな反応なんですか?と聞かれた。

事前にちまには言葉で理由を説明し、
お部屋には絶対にムギちゃんは来ないから、許してね、と、
頼んでいることを話した。
すると、ちまは、
ムギの声が聞こえても、わたしがムギのところに行っても、
見て見ぬフリをしてくれる。

その代わり、ムギに触ったら、石鹸で手を洗い、
服も着替えてから部屋に戻るようにしていた。

ちまちゃんとは、言葉で通じていると言うより、
心で通じてる感じがしますね、と言ってもらえた。

カウンセラーさんは、子供がいなくて、
動物も飼っていない。
だから、そう言われたことが客観的で、ことさら嬉しかった。

久しぶりにカウンセリングで沢山話して、
ちょっと気分転換に、雑貨でも見て帰ろうとしたら、
急に、エネルギー切れを感じた。
膝がガクガクする。

なので、急遽、早めの夕飯を食べることにした。
駅ビルの洋食屋さんに入った。
アメリケーヌソースのオムライスを食べた。
でも、ガクガクが治まらない。

仕方なく、店を替えて、ケーキも食べた。
ようやく沈静化した。

お金を使っちゃったし、消化で体力を奪われるので、
帰ることにした。
夕飯作らなくていい日は、気が楽。

地元のスーパーで、帰宅途中の夫とばったり会った。
「お帰りなさい、お疲れさま。」と声をかけると、
夫はちらっとわたしを見て、小さく頷いて、
サッと帰って行った。
すごい不機嫌だった。

片道一時間半の通勤で疲れて、
自分もお腹がすいているだろうに、
わたしがやらない分、夫が大変なのだ。
申し訳ない気分になる。

でも、今のわたしには、これ以上は無理と思う。
ムギが入院していたころは、
毎日用事をこなし、夕飯に二品作り、
ムギの面会にも行っていた。

よくこなせたなと、自分でもビックリする。

セロクエルを250ミリも飲んでいて、
この薬は太ることで有名なのに、
わたしは6キロも痩せていて、
そのことに先日気がついて驚いた。

無理を重ねていたと思う。

ムギが退院してからはノイローゼになり毎日通院。
外に返してからも執着がひどく、
ムギが心配で朝になることもあった。

もちろん今もムギには会いたいし、
またいつか、寄って来てくれないかと願うけれど、
執着を手放せて、楽になれた。

夏場になり、
ムギのところには、蚊がブンブンいるし、お皿にはハエやナメクジが。
去年は室内にいたので、わからなかったが、
ある意味、冬場より、厳しいかもしれない。

夜遅くに、ハッと思い出して、
自分でリウマチの注射を打った。
痛かった。
思い出して良かった。
早く治りたい。

木曜日は一日ヒキコモリする。
夕飯頑張る。
ちまといっぱいラブラブする。

                                          伽羅

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承認欲求。

わたしの母に限らず、
お姑さんも同じなのだが、
自分の過去の自慢話を延々とする人は、
自分を承認して欲しい欲求が強いのだと思われる。

兄弟が多くて、褒めてもらえなかったせいかもしれない。
沢山苦労をしても、ねぎらってもらえなかったからかもしれない。

同じ話を何十年も聞かされて、
もう、お腹がいっぱいだ。

けれど、わたしにも、
強い承認願望はあった。
親から褒めてもらえず、それどころか、けなされて育ったので、
仕事で頑張るしか生きていける心の糧はなく、
必死に働いた。

どの女性よりも多く残業をした。


わたしは文章を書くことが好きで、
イラストを描くことも好きで、写真もちょっとやっていた。

印刷会社という、紙媒体の仕事をしていたので、
いつか自分のエッセイ集が出せたらいいなと夢見ていた。

今の時代なら、パソコンを使って、
けっこう簡単に実現できるよね。

やがてわたしは、デザイン事務所に勤めながら、
樹脂粘土の仕事を始めた。
趣味のつもりは最初からなかった。

それは、承認欲求が強いからだと思う。

とある有名デパートに持ち込んで、
バイヤーの人に見てもらったこともあるが、
量産体勢にないので扱えないが、
この色とセンスであれば、文具売り場にコーナーを設けてもいいと、
褒めてもらったことがあった。

それは、後までずいぶんと励みになった。

作ったものを売るだけでなく、
作り方を教えることも仕事とし、
オリジナルグッズのプロデュースや、
手作りキットのデザインなど、仕事は増えていった。

わたしの、最後の仕事は、
本を出したことだった。
いわゆる、手芸会社が出版する、ハウツー本。

大手出版社と組んで、
たった数ヶ月というタイトなスケジュールのなか、
睡眠時間を削って取り組んだ。

アイテムの提案、デザイン、試作、
制作、撮影立会い、写真選び。
そして、全て手描きで作った、作り方ページの原稿描き。

イラストも、文字も、わたしが描いた。
ページデザインも、文章も、わたしがした。

意地悪な編集と戦いながら、成し遂げて、
本が出た頃には、
もう、余力は残っていなかった。

燃え尽きて、
制作の現場に、戻れなくなってしまっていた。


今思えば、うつ病は始まっていたのだ。

ただ、自分の人生における夢であった、出版を成し遂げたことで、
どうにか生きてはいた。

その数ヶ月後に、
付き合っていた人が逮捕され、
全て終わった。

ただ、その人が支えてくれていたからこそ、
本を出せたのは、事実である。
収入なしで、数ヶ月間、付きっ切りで打ち込めたのは、
その人の援助があったからだ。

そこは、感謝をしている。
わたしの夢はかなえられた。


わたしは、母にもその本は渡した。
しかし、ロクに見てもくれなかった。
多分、認めたくなかったのだと思う。

喜んでくれるかと思ったわたしがバカだった。

ずっとけなし続け、馬鹿にしていたのに、
その娘が、絵を描き字を書き、
本を出したのだ。
認めたくなかったのだと思う。

気の毒な人。

わたしは、息子が始めて関わった仕事の、
製品を後生大事に持っている。
自分が作ったものが、世の中で売られているという喜び、
わたしにはすごくよくわかるから、
一緒に喜んだし、今も大事に持っている。


今、毎日起きるたびに鬱状態で、
煮物一品作るだけでいっぱいいっぱいのわたし。

数ヶ月でアイテムをデザインし、制作し、
撮影に立会い、イラストを描き、文字を書き、
本に仕上げたそのときの膨大なエネルギーを、
懐かしく思う。

もう二度と、戻れない。

でも、やりきった満足感は実在する。
出せて良かった。

今はなんの取り得もないが、
わたしには、確かに、独自の才能があったのだ。
過去のことだけれど、それを認めてやると、
少し、満たされる。

自分の子供に、過去の自慢話ばかりする親にはならない。
自分で認めてあげよう。

                                        伽羅

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その手には乗らない。

長く休んだが、月曜日から夕飯再開。
休んだせいで、億劫感がハンパ無い。

夕べは寝付けずに朝になってしまい、
セロクエルを足して5時過ぎに寝付いた。

起きた時の絶望感がなくならない。
胸に乗って来たちまを撫でるのがやっと。
これで夕飯を作れるのか、自分でもわからない。

小一時間経ってようやく動き出せる。
母屋に、何人夕飯を食べるかを見に行く。
お姑さんはリビングのテーブルで突っ伏して寝ていらした。

帰りに勝手口から出てムギのところに行った。
GW中は行かなかったので、すごい久しぶり。
ムギは、ちゃんと小屋に居た。
雨なので、居てくれてホッとする。

おかかをやったら、すぐに食べて、
すぐに小屋から出て行ってしまった。

わたしが居ては、小屋でくつろげないと思い、
居座らずに立ち去った。

夕飯の煮物を作る。
料理も久しぶり。
煮込みながらちまとダラダラする。

夕方、煮物を運んで盛り付けて来た。
また、ムギのところに行ってみた。
ムギは爪とぎの座面に座っていた。
何やら、文句を言っている。
何だろう?
しつこく来るなよって言ってるのかな。

でも、すっかり声が治っていて、
可愛い、高い声が聞けた。
治って良かったよ。

スープをお皿にやったら、一袋全部飲み干した。
そのあとまた、出掛けて行ったので、
ムギに悪いと思って、わたしがすぐ帰った。

もう、蚊がむらがって来るようになった。
去年の今頃は、ムギは室内に居たので、
蚊は初体験。
蚊取り器を置いてあるが、屋外なので、効果がないらしい。

夫は、今朝は蚊をパチンとして、
ムギが音に驚いて、小屋に篭城してしまったとのこと。

夜は、体に虫除けスプレーをしたところ、
匂いが嫌なのだろう、
ムギが鳴くばかりで寄って来ないとメールが来た。

二人とも、かわいそうに。
ムギはパパが帰って来るのを楽しみに待っていただろうに。
甘えたいのに、甘えられないでいる。

すると夫が、
朝も夜も抱っこできなかったから、
キミにとってチャンス到来かもよ、とメールして来た。

はいはい、来ましたね、すり替え。
もうその手には乗りませんよ。
騙されません。

パパがダメならママに甘えたい、なんて気持ちは、
ムギには全然ないのだ。
そんなことはもう経験済み。
わたしが行ったら、またムギが居られなくなって出て行くだけ。
雨なのに、
そんな可哀相な仕打ちは絶対にしません。

今日はたまたま二回、会えたけれど、
目の前からすいっといなくなってしまうのだ。
このこと、平気ではないよ?

必要以上に、傷付きたくない。
だから、その手には乗りません。

わたしは、ちま担当だもの。
ちまがいかに日々穏やかに幸せに暮らせるかを考える。
それがわたしの幸せでもあるからね。


料理、しんどいけれど、
何もしないことのほうが、心理的にはしんどいので、
一品だけ、続ける。
頑張れわたし。

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味方のいない家庭。

わたしは、一度も、
これで家族だ、これが家庭だと思ったことがない。

育った家は、親が絶対王者に君臨し、
意見など聞いてはもらえなかった。

泣くことも許されなかった。

どんなに辛くても、味方についてくれる人がいない。
そんなのは、家庭でもなんでもない。

外で失敗したり、外で辛かったことを持ち帰り、
なぐさめてくれたり、励ましてくれるのが、
家庭の役割ではないだろうか。

何か事を持ち入れれば、
上乗せして怒られることを知っていたので、
わたしは、本当のことは話せなかった。
甘えることも、相談することも、
認めてもらえなかった。

最初の結婚でも、
夫には、味方についてはもらえなかった。
愚痴をこぼすと、
「お前は嫁だろうが。」とか、
「同居が嫌なら出て行け。」とか、
「親の代わりはいないが、嫁の代わりはいくらでもいる。」とか、
本当に酷いことを言われ続けた。

だから、離婚したのだ。
嫁の代わりはいくらでもいるのだから、いいだろうよ、と言ってやった。

自分の味方をしてくれない夫なんて要らなかった。
夫婦って、親子より、兄弟より、
最も近い位置関係にあるはずと思う。
そこで否定されてしまうなら、
もう居場所はそこにはない。


友達だってそうだ。
他の人にからかわれたり、文句を言われた時に、
それをとがめてくれたり、もしくは、
必要に応じて一緒に謝ってくれる人じゃなきゃ、
本当の友達とは言えない。

わたしは、味方が欲しかった。
ずっとずっと、自分を肯定してくれる相手が欲しかった。

わたしの両親は、傍から見たら、立派かもしれないが、
たった一人の娘の心を、守ってくれなかったのだ。
自分たちがいかに大変だったかばかり主張して譲らない。

そんなに大変で、ケアが出来ないのなら、
なぜ子供を持ったの?

おかしいじゃない。
望んで産んだのではないの?


泣いて帰れる場所が欲しいと思う。
また、泣いて帰れる場所でありたいと心から思う。
わたしは絶対に息子を見放さない。
何歳になっても、抱きしめてやれる。
わたしの宝物だもの!


今日は、胸に乗って来たちまを撫でられた。
起きて、衣替えをすることが出来た。
一日、一歩も出ず、ちまと一緒にいる。
暖かくなって、ちまはわたしの横でゴロゴロしたりする。

一心にわたしを見つめる目。
裏切れない愛おしい目だ。

ちまは、何があっても、きっとわたしの味方だと思う。
その気持ちにちゃんと応えたい。

生きて行く中で、味方がいない人生は、とても辛い。
わたしは、必ず、味方になる。

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言葉で殺される。

何度も書いてきているが、
うつ病の辛さは、気持ちがふさいでしまうことではない。

見た目ではわからず、
それを理解されないことこそが、
最も辛いのだ。

ガンになったと発表すれば、すごく心配され同情もされるだろう。
骨折すれば、見た目ではっきりわかるし、
治療で確実に治っていく。

うつ病では、様々な症状が出ていて辛いのに、
見えないから、絶対に理解してもらえない。

寝付けないことが苦しくても、
いつかは人間寝るんだから、眠くなるまで起きてれば、とか言われる。

そういうことじゃない。
いつでも寝られる人にそう言われて、
いい気分になるはずがない。

体もこっていて首や肩や背中がいつも痛い。
胸に大きな黒い塊がある。
喉には何かつっかえている。
ぶわっと汗をかいたり、
急にドキドキしたり、
お腹も壊すし、目まいもする。

でも、内科で調べたって、異常は確認できないのだ。
全部、うつ病由来だから。

目が覚めて、目を開けても、この世に絶望していて動けない、なんて、
言っても信じてはもらえない。
動けないのに。

寝るのだって、朝になってしまったときの罪悪感が、
どれほどのものか、
不眠を経験しない人は、考えようともしない。

いつかは寝るんでしょって、
そんな心無い言葉で殺される。


父は、水に流して母を許してくれと書いてきた。
何故だろう。
なぜ、母を直させず、わたしに我慢を強いるのだろう。

張本人が変化しないのに、わたしだけが変化を求められ、
では、傷付いたこの心は、
いったい誰が直してくれるというのか。

なぜいつも、こちらから合わせなくてはいけないのだろう。
夫も、「ボクは○○だけどね!」とよく言う。
それはつまり、だから自分に合わせろと言っているということだ。
そのことに気付いていない。

なぜ、弱いほうに合わせる気持ちが根付かないのか、理解できない。

ガンでもないし、骨折でもない。
でも、うつ病は、はっきりと、「死」に近い病気だ。
わたしにたまたま、希死念慮がないだけの話で、
健康な人に合わせて生きろと言われたら、
生きて行くことが出来ないひとだって存在する。


土曜日も、起きた時、激しく鬱状態だった。
ちまが、胸に乗ってくれたのに、撫でてやることすら出来なかった。
呆然とその鬱に対面する。

這いずるように、餌だけ出してやったが、
その後何もできない。

夫から、夕飯を一緒に食べられるかメールが来たが、
そんなこと、考えることも不能だ。

力なく横たわっているだけ。
何の方策も持っていない。

ただ、そうであることを、認めてほしいと思う。

理解されないことは、わかっている。
目を覚ましてるのに、動けないってどういうことだ、と不審がられるだろう。
理解されなくていい。

そういうどうしょうもない状態が存在するのだということを、
知識でいいから、知って欲しい。
同情は要らないし、援護してもらえなくても仕方がない。


病気そのものが辛いというより、
理解されないことが辛い。

なるべく迷惑をかけないように、そこは頑張るから、
合わせることを、期待しないで欲しい。

ちまは、いつも、我慢強く待ってくれている。
無理に起こしたりしないし、ご飯が遅れても、怒らない。

わたしの全部を受け止めてくれている。
わたしももちろん、ちまの全てが好き。
一緒にいてくれて、救われる。

そのままのわたしでいられる。

                                           伽羅

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悲しいままでいい。

息子たちと楽しく過ごして、
翌日は、うつ状態になった。
座ってもいられなかった。

別に、そんなことは、辛くない。

うつ状態の時に、
暗い部屋で、一人静かに過ごせるということは、
とても幸福なことだからだ。

人に見せる顔色を作らなくていいのは、
本当に楽。
わたしが、カーテンを閉めているのには、
ちゃんと理由があるのだ。

夫が部屋に来ると、
勝手にカーテンだけでなく、窓まで開けてしまうが、
そういうとき、わたしは嫌な気分になる。
自分のトーンで過ごしたい。
墜ちていることを、後ろめたくも感じてしまう。

いいのだ。
悲しい時は、悲しいままで。

無理して作り笑顔をしたくない。
明るいフリももちろんしたくない。

悲しい時は、その悲しい気持ちを、
深く味わう。
一人で、静かに向き合う。
否定しない。


どんな親切でも、
受け手側の気分を考えずに押し付けるのは、
いけないことだと思う。

わたしには、曲がっていても沈んでいても、
それなりのペースがある。
そこに踏み込まれることはされたくない。
正しいか正しくないかは別。

明るいことが正義ではない。
前向きなのが正義ではない。

そのままの状態を受け止めることが、大切。

だから、ちまは、ちょうどいい。
甘えすぎず、拒みすぎず、
程よい距離感で、一緒に過ごせる。

犬のように忠実で、
期待を込めた目で見つめられたら、
きっとしんどいと思うのだ。


昨日に続いて、わたしは今日も沈んでいる。
それを、後ろめたく感じたくない。

悲しい気分の時は、悲しいままでいい。
寂しいときも、別に、寂しいままでかまわない。

必死で抑え続けてきた自分を、否定しないことが、
今のわたしには、最善だと思う。

誰とも会わない。
何も頑張らない。
意にそぐわないことをしない。

こんな風に生きていられることが、
例え鬱でも、幸福なのだ。


久しぶりに、ムギのところに行った。
ムギは小屋から逃げる体勢をしていたが、
呼びかけると、高い可愛い声で鳴いてくれた。
ムギ、声が治った。

気が付けて、病院に行けて、本当に良かった。

おかかをやったら食べたけど、
出て行ってしまった。
雨なのに、わたしがいるせいで小屋に居られないのは可哀相だから、
すぐに帰ってきた。

相手の気持ちを尊重しなくちゃね。
もちろん、寂しいよ。
浴室にいる時は、あんなにスリスリ甘えてくれるのに、なんで、って思う。
でも、それを受け入れないと、
自分がしんどいだけなんだよね。

押し付けてはいけない。
相手が猫であっても、それは同じことだ。

無理に朗らかにしなくていいのは、
とても楽だ。
落ち込んだままでいい。
悲しいままでいい。

ひっそり生きている。
それが幸せ。

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最高に愛おしい。

笠間に行った翌日は、鬱で寝込んでしまった。
全然無理がきかない。

4日、息子とお嫁ちゃんが来る日。
前夜から、ちまに、
明日は息子とお嫁ちゃんが来るからよろしくね、と頼んでおいた。

午後2時半に二人はやってきた。
ちま、玄関まで、お出迎えしてくれたよ。
すごいちまちゃん。
覚えていたの?
それとも、ちゃんと頼んだことを理解してくれたの?

ちまは、お嫁ちゃんに、
ものすごく可愛がられた。
お嫁ちゃん、壊れちゃった?と思うくらい、
「かわいい、かわいい!」と繰り返してめちゃ撫でる。

ちまはフレンドリーな猫なので、
可愛がるほうも、楽しい気分になる。

息子たちは、いっぱいお土産を持って来てくれた。
日本酒2本、地ビール2本、梅酒1本、
草津温泉のお饅頭、草津に行った時の写真をいっぱい、
それに、クリームを挟んだワッフルを持って来てくれた。

この日のために買ったものを、
総動員した。
フランフランで買った、低反発のクッションは、
息子がビックリして二度見するくらい気持ちが良かった。

南部鉄器の急須ではじめて、緑茶を入れた。
二人用に買った波佐見焼きのマグカップも登場。
みんなでワッフルをいただいた。

草津温泉に行ったそうで、
いろんなお風呂に入るのがすごく忙しかったらしい。
写真をいっぱい撮っている。
二人はいつも、顔をくっつけあって、
仲良く写真におさまっている。
そっくりな二人。

一枚、写真をもらった。
大切に持ち歩く。

そのあと、ちまの餌やり体験をさせてあげた。
かつおバーを細かくほぐしてお皿に入れ、
お箸でちまにあげる体験。

ちまが必死に立ってテーブルにつかまっている脚や、
テンポが遅いと手が出ちゃう様子を、
お嫁ちゃんはきゃあきゃあ言いながら楽しんでくれた。
息子にも途中交替して、
ちまにかつおをやったよ。

みんなが、すごく楽しかった。
ちま、ナイス!

そのあと、おもむろに、
ぐい飲みが入っている袋を持って来た。
「おとといね、笠間に行って来たんだけどね、」と口を開くと、
息子もお嫁ちゃんも、無言で固まった。

あれ?
これは、「笠間」から説明しないといけないパターン?

しかし、そうではなかった。

「わたしたち、きのう、笠間に行ったんです…。」
お嫁ちゃんがそう言った。

ええ?
昨日?

にわかには信じがたかったが、
わたしたちが一昨日、笠間に行き、
息子たちが昨日、同じく笠間の陶炎祭に、行ったのだ!

びっくり!
そんなことって、ある?

小鉢やお皿やぐい飲みを買ったという。
わあ、なんて偶然。

もしかして、かぶっちゃったりして~と言いながら、
買っておいたぐい飲み3個を渡した。

一つずつ、開封していって、
店の名刺を見て、
お嫁ちゃんが、
「このお店で、うちも買った!」と言った。

えええ?
あんなに沢山出展者がいる中で、同じ作家さんから買ったの?
タブレットで検索して見てみた。

息子たちがそこで買ったのは、小鉢だった。
ぐい飲みは、かぶらなかった。
3つとも、気に入ってもらえた。
特に、ターコイズブルーのは、息子の好きな色らしく、
嬉しそうにかざして見ていた。

こんなことって、あるんだねえ。
息子たちは、それまで笠間って知らなくて、
陶器を見に行きたいねと検索したところ、
陶炎祭を見つけたのだそうだ。

わたしが、結婚前に夫と行って作ったお皿を見せた。
ちまが、そのお皿の音を聞いて駆け寄ってきた。
ごめん、ちま、違うの、
お皿見てもらっただけなの。
昨日までちまが使っていたお皿だから、
音だけで、飛んできちゃうよね。

大いに話が盛り上がって楽しかった。

夕飯は、秋葉原の万世の予約をしていたので、
5時にみんなで出掛けた。

出かける時、ちょうどムギが、車の横にいた。
初めて、ナマのムギを見せてあげられた。
ムギの声は、だいぶ治ってきたとのこと。
良かった。

わたしたちの結婚記念日も兼ねていたので、
ぜいたくに、しゃぶしゃぶを食べた。
サイドメニューがつかないコースを選んで、
お肉のおかわりもして、
お腹いっぱい食べた。

夫が働いてくれてるから、こんな贅沢させてもらえる。
わたしが独り身だったら、
息子たちに、ご馳走してやることもできない。
そもそもまず、ちまがいない。

わたしの、現在の全ての幸せは、
夫があってこそ成り立っているのだと実感する。

貧乏時代を、今は笑い話に出来ている。
本当に、当時は笑えないくらい貧乏だった。
それを、いやあ体が貧乏腹だからねえ、なんて笑えて、
すごく幸せだ。

2月に息子たちのマンションに行った時は、
お嫁ちゃんがナイーブになっていて、ちょっと心配だった。

長いローンを抱えて、この先、ずっとそういう気持ちでは、
しんどいと思ったのだ。
でも、今回はちまの名ホステスもあって、
お嫁ちゃんもすごく楽しそうだった。

ふたりは、いつもくっついている。
お嫁ちゃんがしょっちゅう息子に触っている。

お嫁ちゃんと話をして、
息子が、ガハハと大声で笑う。

なんて素晴らしい光景なの?
こんな幸せ、あの頃、想像できた?

引っ込み思案で泣き虫だった息子が、
お酒をくみかわして、ガハガハ笑っているのだ。
その笑顔は、紛れもなく、
お嫁ちゃんがいてくれるからなのだ。

結婚してもらえて、本当に良かった。
息子が幸せであることは、
自分が幸せであること以上に、ずっとずっと幸福だ。

どうか息子が、お嫁ちゃんを失うことがありませんようにと、
心から願う。
ずっと二人で居てくれますように。

別れる時、寂しかった。
後ろから手を伸ばして、
息子の後ろ頭をわしゃわしゃと撫でた。

今日になって、お嫁ちゃんからメールが来た。
結婚してみるまで、結婚が、こんなに楽しいとは思っていなかった、と
書いてあった。
ずっと二人で仲良くします、と結んであった。

二人ともが、わたしの宝物だ。
ずっと二人でいてくれますようにと心から願う。

素晴らしい一日だった。
ありがとう、夫。
ありがとう、ちま。

                                          伽羅

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久しぶりに楽しかった。

笠間に行く日、
奇跡的に早く起きられた。
セロクエルを増量して早めに寝たのが良かった。

朝ごはんを作って食べ、
お姑さんの用事で郵便局に行っていた夫を待った。

10時半くらいに出発。
車に乗っても寝なかった。
途中のパーキングで安いお昼ご飯を済ませて、
笠間に入った。

公園内に、沢山のテントが張られて、
作家さんたちが出展している。
陶器を見るのは大好きなのでワクワクする。

全部回りたいので、夫がマップをチェックしながら歩く。
興味が湧かない箇所はなるべく時間をかけないように。

いくら好きでも、全く買えないと思うと楽しくならない。
何かは買おうと話し合って回った。

わたしは、息子にあげるぐい飲みと、
自分には蕎麦猪口が欲しかった。

結婚前に夫とろくろ体験をして作ったお皿、
今もちまとムギが使っているのだが、
ムギのお皿はちょっと欠けていて、
ちまのお皿には、ヒビが入ってしまった。
記念の品なので、残したい。

なので、ちまにももしちょうどいいお皿があったら買うことにした。

ぐい飲みは、妥協せず、夫の視点でも見てもらい、
厳選3個を買った。
すごくいいと思う。

夫も、気に入ったぐい飲みが見つかり、一つ購入。

わたしは、とある作家さんのブースで、身動きが取れなくなってしまった。

世の中には、
共鳴してしまって、ツボにはまりまくって、
どうしようもない感性というものが存在する。

わたしはかつて、作るほうの作者であったので、
ツボにはまってくれるお客様をたくさん見た。

うまく言葉では説明できないが、
色、形、大きさ、絵柄、
すべてにおいて、惹かれてどうしようもない感性が存在する。

わたしが、あまりにもそこから動けないので、
夫が、買ってくれると言い出した。

わたしの持っていたお金は、全てぐい飲みに使ってしまったのだ。

欲しいものが多すぎて、
買ってもらえるとわかってからも、悩みぬいた。

四角い絵皿と、大き目のマグカップを、買ってもらった。

芳名帳に、住所氏名を書いてきた。
DMをもらって、行ける時があったら行って買い足したい。

ちまにもいいお皿があった。
猫なんだから、100円均ショップのお皿でも充分なのだが、
気持ち。
700円もしたよ。

思ったよりも早く回れた。
もう一回回りたいくらい良かった。

でも、もう疲れているから駄目と、ストップをかけられて、
帰路についた。

帰りにスーパーに寄って、お寿司やお惣菜を買って帰った。


長くお留守番をさせた日、ちまは吐きやすい。
わかっているけれど、
ちまは、あったらあっただけ食べてしまう子なので、
餌を多目には置いて行けない。

吐かないよう、まずスープをやってお腹を起こし、
ちょっとずつ、食べ物を与える。
慎重に。


夫が酔って帰って、
わたしも睡眠不足でさすがに疲れたので、
パソコンを開かずに、11時過ぎには睡眠薬を飲んで、
寝ることにした。

疲れているけれど、脳が興奮しているので、
やはりセロクエルを足して飲んだ。
ちょっと、じっくり眠ろう。
くしゃみが止まらないので、
念のため、風邪薬も投入。

寝る前に、ちまが欲しがったので、
少しだけ、カリカリをやった。

それがいけなかった。

そうだ、立て続けに欲しがる時は、
吐くんだ。
一瞬気を抜いてしまった。

ベッドに入ったちまが、盛大に吐いた。

受けるお盆が間に合わずに、ゴミ箱をあてがった。

そのあと、合計で5回も吐いてしまった。
ああ、最後に、与えずに寝ればよかったのに。

ちまを見守っていて、薬が効いてきて、フラフラになった。
でも、このまま寝るわけにはいかない。
ちまがもし、ぐったりしたら大変だ。

落ち着くのを待って、
スープにお湯を入れて、
温かい、薄いスープにして、飲ませた。
幸いそれはもう吐かなかったので、
わたしも眠った。

12時間くらい眠った。
ちまは無事で、隣で寝ていた。
久しぶりに沢山寝た。

明日、息子たちが来てくれるので、
部屋の片付けと掃除をしたい。

でも、どうしてだか、すごい鬱状態で、
気持ちがふさぐ。
掃除ができない。

何とか、出しっぱなしのものとかを片付けて、
格好をつけて、
トイレだけ、念入りに掃除できた。

音楽をかけてみたり、録画した番組をちょっと見たりしてみたが、
心が晴れず、座っているのもしんどい。

夕方、布団に入って、
ちまのシッポを握りながら、しばらく休んだ。
少しウトウトもした。

雨が降り出したようで、
ちょっと楽になった。
雨の前は、ダメなのだ。
いっそ降ってしまえば、持ち直すことがある。

8時過ぎに起きて、パスタを茹でて食べた。
掃除、明日起きたらクイックルやるだけでいいや。

全くのヒキコモリをして、ずっとちまと一緒に過ごした。
ちまは新しいお皿でご飯を食べた。


片付けごとをしていて、
息子がお腹に居る時に書いていた日記を見つけた。
名前を考えている最中のメモも挟んであった。

男の子の名前はすぐに決めて、
その読みで、字画がいい漢字を選んだのだが、
女の子の名前は、結局決めかねたまま、出産していた。

出産から、一歳半くらいまで、
日記は書いてあった。
イラストも入っていて、当時のわたしがほほえましい。

名前の紙を、明日息子たちに見せてやろうと思う。
最初の贈り物が、名前だからね。

息子は自分の名前を好きだと言ってくれていた。
良かった。

                                          伽羅moon3

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泣いてお別れ。

ムギは、心を乱す小悪魔ちゃんだ。

外に戻したら、また会ってもらえなくなる。
ただ、会いたいだけなのに、拒否される。

浴室では、こんなに甘えて来て、
スリスリ愛情表現してくれるのに、
お外に行ったら、どうして逃げて隠れてしまうの?

落差が大きすぎて、わたしの心は着いて行けない。

朝、会いに来ると夫が約束していたのだが、
お姑さんと一波乱あったらしく、来たのが11時だったそうだ。
ムギはもう完全にすねていた。

じっとりとした目つきになり、
抱っこされに来てくれないという。

浴室は、盛大に甘えられるし、完全に安全なので、
ムギも一晩くらいは、
嬉しいし、甘えるし、お腹を出してズビズビ眠れる。

でも、何にも見えない狭い空間に、
嫌気がさすのもわかるよ。
拘置所みたいだよね。

わたしが起きて行って、撫でたら、
くるっと仰向けになって悩殺ポーズをしてくれた。
可愛い。
離れたくない。

でも、部屋で一緒に暮らせない限り、
お外に返さなくてはならない。

心が乱れる。
また、会えない日々になってしまう。

でもムギ、昨日のキラキラした目ではなくなってしまった。

夫に、返していいと伝えた。
寂しくて、ムギが愛おしくて、
わたしは部屋で泣いていた。

夫がムギをキャリーに入れた。
ムギが嫌だと言って鳴いている。
わたしも泣いた。

夫が、また必要なときがあったら、
自分が捕まえて、連れて来るからとなぐさめてくれた。
ムギ。
嵐の時には、お泊りしにおいでね。
その時はまた、いっぱいラブラブしよう。


夫と車で買い物に出掛けた。
戻って来ると、ムギがガレージの奥にいた。
車を降りて、距離を保ったまま、ムギちゃん!と呼んだ。
ムギが、頑張って返事をしてくれた。
一昨日よりも、声が出ている。
良かったムギ。
声、出るといいね。

ムギは男の子なのに、声が高くてすごく可愛い。
きゅ~んって鳴く。
もうあの可愛いきゅ~んは聞けないかもしれない。

夜遅く、ゴミを置きがてら、ガレージに行ったが、
ムギは小屋に居なかった。
しばらく座って呼んでいたが、
出て来てくれなかった。

寂しいよ。
昨日の夜とは、天国と地獄の差がある。

ムギと触れ合うたびに、
オシッコのストレスに耐えて一緒に暮らせないのかと、
自分を責めてしまう。

でも、ストレスが大きすぎて、
可愛いと思う気持ちさえ見失った経験を思い出す。
誰も幸せじゃなかった。
だから、仕方ないのだ、と言い聞かせる。

せめてお外でも会えれば、ここまで辛くないのに。
落差が大きすぎる。


月曜日、夫が休みを申請したそうだ。
ふいに、笠間に行こうと言われた。
笠間は陶芸の町で、結婚前に行って、二人でろくろ体験をした。
その時に作ったお皿を、
ちまとムギがずっと使っている。

あのとき、わたしは夫のプロポーズを受けることにしたのだ。

陶器を見るのは今も大好きなので、心が動いた。
行こう、と返事をした。

車でレジャーに出掛けるなんて、
いったい何ヶ月ぶりだろう?
ひょっとして、何年ぶりかもしれない。
わたしが起きられなくて、
毎年行っていた土浦の蓮の花と鰻にも、
行かなくなっていたから。

ちまを長くお留守番させると、よく吐くのが気がかりだが、
楽しんで来よう。

新婚旅行で、萩に行き、
飾り皿やご飯茶碗を買った。
茶碗はずっと使っている。

結婚してから、益子にも行った。
細かい絵付けのお重や、飾り皿や、香炉を買った。
まだ母屋に住んでいるときだから、
7年以上前のことだ。

今夜は、ムギを思って泣くけど、
明日は楽しもうと思う。

                                         伽羅

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心が乱れまくる。

早朝、夫はムギを捕獲して、
浴室に連れて来た。
わたしは眠っていたが、気配がわかったので、
ああ、良かった、ムギが来た、と思い、
また眠った。

午後になって夫が来て、
ムギをあやしていた。
起きて見に行くと、ムギが夫に甘えていた。

夫が戻り、わたしが撫でると、
ベッドの中で、ムギは悩殺ポーズをしてお腹を触らせてくれた。
もふもふすると、喜んで、ゴロゴロ言ってくれる。
可愛すぎる…。

ムギの前でパンを食べコーヒーを飲んだ。
ムギの姿をこんな明るいところでしっかり見るのは、
すごく久しぶり。

一生懸命、腹筋に力を入れて、口を開いて、
声を出そうとしてくれている。
けなげなムギ。

どうしてこんなことになっちゃったんだろうね。

午後4時からの診察に、夫が行ってくれる。
わたしは予定があったので遂行した。

帰りの電車に乗った頃、
夫から、帰宅したメールをもらった。
ムギ、2本、注射を打ったという。

急いで帰った。
夫がそのまま居てくれた。

ムギのレントゲンを夫がスマホで撮影していたので、
見せてもらった。
ムギの骨。骨まで可愛い。

幸い、肺炎とかにはなっていなかった。
良かった。
声帯が写っていたが、ちょっと腫れてるようだとのこと。

詳しく調べるとなると、
全身麻酔で内視鏡、ということになるので、
それは望まない。

鼻水もなく、目もただれてはいない。
ケフケフと咳をするぐらい。
それも、外から浴室に入れたら、おさまった。

風邪なのか、何らかの心理的ストレスによるものか、
判断がつかないそうだ。
担当医が、ムギの生活状況を考えて、
お薬ではなく、注射にしましょうと言ってくれたそうだ。

炎症止めと、抗生物質とを、注射したとのこと。


今日も夫と夕飯を食べるので、
ちまにはホタテを解凍してある。
二個あったので、ムギと一個ずつにした。

ムギの前に座って、ホタテをやったら、
ムギ、喜んで、よく噛んで味わっていたよ。

ちまは、ガツガツ食べちゃう。

夫とテレビを見ていたら、しわがれた声で、
ムギが呼んでいるのが聞こえた。

慌てて浴室に行った。
お腹空いたー。
寂しいー。
と、ムギは必死に鳴いていた。

本来のムギの声は、高くてすごく響く声なので、
気がつくのが遅れてしまった。
カリカリをお皿に入れたら、食べて、
それから、振り向いて、
わたしの膝に乗って来た。

ムギから来てくれたのだ!
最高に嬉しい。
そのあと、またカリカリを食べて、膝に来て、
またカリカリを食べて、
ごっつんこして、お顔スリスリもしてくれたよ!

ムギ、ここではこんなにラブラブなのに、
お外では素っ気なくて逃げてしまうのは、どうしてなの?
こんなになついていて、くっついてくれるのに、
どうして?

ムギが可愛すぎて、わたしは心が乱れる。
離したくなくなるのだ。

お外に出してしまったら、もう触れ合うことができなくなる。
悲しい。
会ってさえもらえなくなる。

ムギにはムギの事情があるのだから、
しょうがないけれど、
こんなに甘えてくれるのに、と、頭が混乱するよ。

でも、夫はすぐに返すべきだと言う。

わたしの勝手な感情に振り回されてはならない。
でも、お外に返したら、
もうムギは寄って来てくれないのだ。

とりあえず、注射のあとだから、様子を見るけれど、
回復の兆しが見えたら、ちゃんと返す。


ムギのストレスに、カラスが関係しているかもしれない。
カラスは、今、巣作りの時期だそうで、
母屋の庭にある柿の木の枝を取りに来る。

プランターの花を食べる。
物置小屋の上でバサバサしている。

ガレージを、低空飛行で抜けてゆく。
恐ろしい。

先日、出しっぱなしだった餌を食いちぎって食べたのは、
ムギではなくカラスなのでは?という疑惑もわいている。

ムギは、カリカリに小さなお薬を混ぜ込んでも、
綺麗にお薬だけ残す。
口に放り込んで、しばらく押さえて、飲んだと思っても、
あとでペッと吐き出す技術を持っている。

そういう子が、ビニールを飲み込むとは、考えにくい。
餌の袋も、離れた場所で見つかったそうだ。

猫は、小さければカラスに食べられてしまう。
ノラ経験ありのムギだから、
多分怖さをよく知っていて、
このところ、毎日来るカラスに、怯えているのでは?と、
夫と話し合った。

鳥というのは、恐竜の末裔なので、
どの動物にも、(人間も)
鳥が怖いという潜在意識があるらしいのだ。

毎日、音に怯えながら暮らしているムギ。
ストレスが多いことだろう。

浴室がものすごく安全であることを、ムギはよく知っているので、
お腹を出して、ズビズビと寝ている。


さっきまた呼ばれたので行ってみた。
寂しいから呼んだみたい。
スープを小皿に入れたら、すごい勢いで飲んだ。
一袋飲んでしまったよ。
お外では、警戒心が強くて、こうはいかないよね。

ムギ、ちょっと耳が熱いので、少しの発熱があるようだ。
食欲はあるし、
見ている前で、トイレにちゃんとオシッコしてくれたので、
大事には至らないと思うけれど、
声が出なくて、威嚇できないのは、心配。

どうか早く回復しますように。
ムギとラブラブできて、幸せだったよ。
大事だよ。

                                        伽羅moon3

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