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2016年1月

目まいが襲ってくる。

頑張っている。
ムギもだけれど、わたしも夫もちまも、
みんなそれぞれが頑張っている。

何も事が起きない時は、けっこう大丈夫そうに思えるのだが、
今回わかった。
やはり自分は、無理はできないのだ。

ムギに対する不安が常に心にあって、
何かを楽しむ気分になんてなれない。

どこかに行きたいとか、
豪華な食事をしたいとか、
気晴らししたいとか、
それは、ちまとムギが健康であればこそ、
考えることだ。

予断を許さない今の状況で、
何かを楽しむなんて考える余裕がない。


土曜日、夫が午前中ムギの面会に行った。
わたしは、また寝付けなくてしんどくて、
体に異変が起きている。
手足に力が入らず、階段も辛い。

ちょっと頭の高さを変えただけで、
ぐらーっと目まいがする。
気分が悪い。
うつ病の初期みたいな感じだ。

だから、ぎりぎりまで寝ているつもりだったのだが、
夫からのメールで起きた。
面会行って来たよ、
おかあさんにパンを買ってきたけど、留守なので、
一緒に食べるかい?という内容だった。

夫が来て、テレビをつけた。
その時は黙っていたけれど、今思うと、不愉快。
そんな気分じゃない。

ムギの心配をして、もちろんちまの心のケアもして、
テレビなんて見ていられる気分じゃない。

わたしはもともと、見たい番組だけをセレクトして見るので、
ただテレビがつきっぱなしという状況には、耐えられない。
これは、うつ病になってから余計そうなった。

テレビをつけたまま夫が大事な話をしようとするので、
音を絞ったら、消してよいと言われた。


一週間前の記憶とかが、すっぽり抜け落ちている。
先週の日曜日、何時にムギに面会に行ったとか、
全く、覚えていない。

毎日、一日一日を必死にこなしている。
うつ病の脳では、記憶にとどめておくことができない。

夫は頭の回転の速い人で、しかも自覚がなく、
それで普通と思っているので、
ついて行けないわたしに苛立っている。


午後4時からの面会には、夫と二人で行った。
夫、本日二回目。
ムギは夫を見ると、すぐにゴロゴロ言った。
そしてパパに一直線。
ムギは完全なパパっ子なのだ。

お願いをして、重たいカラーをはずしてもらった。
ムギの首を触ると、昨日より固い。
猫だけど、こっているのかもと思い、
指先でマッサージしてやり、カキカキもしてやった。

カラーをつけたまま、ウェットの餌を強制的に口に入れられているので、
お口回りが汚れていてカピカピ。
ウェットシートで綺麗に拭いてやった。

あとはムギは、疲れてるのか、ほとんど動かずに、
ウトウトと眠っていた。

夫も眠いようで、こっくりこっくりしている。
起きたと思ったら、スマホをいじっているので、
せっかく来てるんだからムギを見てやってよと言った。

平日会えなくて嫉妬するなら、
土日にちゃんと見てやって欲しい。

ムギ、白血球の数値が下がったそうで、
今日は検査はしなかったらしい。

またお腹にお守りをあてて、お祈りをした。


帰ると、ちまがにゃあにゃあ鳴いて待っている。
玄関で、服を一式脱いで、手を石鹸で洗って、
なるべくムギの雰囲気を消すようにはしているが、
きっとちまは、わかっているし寂しいと思う。

ちまの心は大切だ。
ちまは、健康で、病気にならず20年生きて欲しい。

いっぱい抱っこして、いっぱい撫でて、
ちまを大事に扱った。
ちまも、今夜はいっぱい舐めてくれた。
愛を感じるよ。


ムギは、綺麗に爪を切られてしまっていた。

お腹も毛を剃られてはげているし、牙は片方欠けているし、
色々とっても不利だ。
退院してすぐに、お外に返すことははばかられる。
ノラ猫たちが、襲ってくると思われるからだ。

でも、ちまの心も大切だし、
とても悩ましい。


とにかく、いまわたしが寝込んでしまったら、
大変なので、体を休めながら、
頑張るしかない。

目まい、困った。
視野にも、網膜がはがれたカケラがいっぱい写っていて見にくい。
かなりな、うつ状態である。

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何が起こっているの?

(うつ病ブログなのに毎日猫の話ですみません。)

昨日はてっきり手術したと思っていたので、
面会に行く時間が遅く、ちょっとしか一緒に過ごせなかった。

今日は早く行ってゆっくり過ごそう。
でも、しんどくてしんどくて、なかなか起き上がれない。

手と足に力が入らず、ゆっくりとしか歩けないし、
鞄もすごく重たく感じる。
ドリンク剤を毎日飲んでいる。


受付けをすると、ムギ、すぐに連れてきてもらえた。
思い切って、お願いをしてみた。
必ず見張っていますので、面会の間だけ、
カラーをはずしてはもらえないでしょうか。

ムギは二箇所に管が入っていて包帯をしている。
器用に包帯をほどいてしまうそうで、
長くて重たいカラーを首につけられているのだ。

これでは顔も撫でられないし、密着することもできない。
お互いに欲求不満になる。

看護師さんは、理解してくれて、
ガムテープでびっしり固定されていたカラーを、
はずしてくださった。

その途端、まだ撫でてないのに、ムギがゴロゴロ言った。
楽になれたって、言ってるんだね。

苦しかったね、ムギ。
いっぱい首をマッサージして、カキカキしてやった。

ムギは身軽になって喜んで、すぐお腹を見せた。


お友だちから届いたお守りを持って行っていた。
剃られてはげてるムギのお腹に、
お守りを当てた。
お祈りをする。

どうかどうかムギが治りますように。

はげたお腹はしっとりとやわらかいが、
寒そうなので、
お守りを当てたまま、ハンカチをかけた。

今日のムギは、ひたすら眠っていた。
重たいカラーで、疲れているのだろう。
寝顔をずっと眺めていた。


先生が入っていらして、
「おや、すごいリラックスしてますねえ。」と言われた。
ムギ、ほぼ仰向けで、バンザイしていた。

血液と尿の検査表をまた見せてもらった。
昨日に比べて、白血球の数がグンと増えている。

なので、どういう白血球かを調べたら、
炎症由来のものだとわかったらしい。

膀胱か尿道に、炎症はあるだろうとは思えるけれど、
念のため、他の臓器で、炎症が起きていないかを、
明日以降、超音波で調べてくれるそうだ。

ムギ、全然安心できる状況にはない。

こんな小さな体のなかで、
いったい、何が起きているの?
こんなに養生しているのに、
回復しないのは何故なの?

眠っているムギを抱きかかえながら、
暗い気持ちになる。
不安だよ。

でも、入院しているうちに、
悪いところを全部やっつけてもらって、
元気に退院しようね、ムギ。

そう、前向きに考えるほかはないよね。


ひたすらムギの寝顔を見つめていたが、
ムギちゃんご飯の時間です、と連れに来た。
看護師さんに抱きあげられて、
ムギは「うう~ん」と嫌がった。

ムギ、明日はパパが来るからね!
待っててね!

土曜日午前中、夫は自分の通院もあるのだが、
終わったら面会に行くという。

わたしはしんどくて朝は起きられないので、
いつも通り、夕方行く。
夫が行ければもちろん一緒に行く。

ムギはパパが大好きなのだ。


冷たい雨で、バスを待ちながら震えた。
ちま、毎日毎日お留守番で、きっと寂しいだろう。
帰ったらちまとラブラブしよう。

ちまは、明るくて、いつも機嫌の良い、
天使の猫ちゃんだ。
だから、わたしはいつもいつも、ちまに甘えてしまっている。

ちまだって寂しいし、ちまだって不安だよね。

洗濯機を回して、布団に横になると、
ちまは走って飛び乗って来た。
そのまま撫でながら、小一時間、くっついて過ごす。

洗濯を干して、スリッパを洗って、と
ちょっとバタバタしてたら、
またちまが鳴く。

また横になって、お腹にちまが乗る。
それで一時間ほど過ごす。

ちま、寂しい思いさせててごめんね。
いっぱい可愛がるよ。


ムギに、会いに行かないことは、怖い。
たった一日を、後悔したくない。
ゴンを死なせてしまったあの後悔が、強くて恐ろしい。

ムギを守りたい。
ムギに生きてて欲しい。
願いはそれだけ。


どうかムギが治りますように。
ムギ、お願い頑張って。

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こんな大事な時だからこそ。

(うつブログなのに、毎日猫の話ですみません。)

前日にしっかり予定を組んで行動する。
昨夜のうちに、夕飯の煮物を作っておいた。

そうすれば出かけやすいし、煮物も味がしみるだろう。

寝る前に、
正座して、手を組んで、
本格的にゴンにお願いをした。

頭の中で、ひとことひとこと、言葉をつぶやいて、
ムギを救って欲しいとお願いした。

知らぬ間に涙がこぼれていた。
ムギが助かって欲しい。
ムギに生きてて欲しい。
ゴンちゃん助けて。


ムギの手術は12時過ぎからということだった。
何度も時計を見た。
もう、始まったかな。
もう、終わったかな。
何も連絡ないから、無事なんだな。

麻酔が夕方まで効いていると思われるので、
18時ころに来てくださいと言われていた。
ちょっと早めに到着。

ちょうど担当の先生が受付けにいらしたので、
「ムギ大丈夫でしょうか。」と聞いた。
にっこり笑って、
「はい、今すぐ。」
と言ってくださった。

良かった、ムギ無事なんだね。

首に大きなエリザベスカラーをつけられて、
ムギ、ちょっとシケた表情で入室。

先生が説明をしてくださった。

ムギ、今日のところは、お腹を切らなかったそうだ。

軽く麻酔をして、ためしにと、カテーテルを外から入れてみたら、
ナンバー3のカテーテルが通ったそうだ。
本当はもっと太いナンバー4を入れたかったらしいのだが、
それは無理で、とりあえず3を入れてそのまま留置し、
カテーテルで尿を出して、
尿道は使わずに養生する。

それを、一週間続ける予定だそうだ。
その間に、もし尿道が治れば使える。

わたしは慌ててメモを出して、
「すみません、夫に説明しなくてはいけないので、もう一度お願いします。」
と言って、箇条書きにした。

最悪は、カテーテルを膀胱から通すための手術で一回、
尿道がダメになってた場合は膀胱からお腹に尿道を作るために、
二回目、手術することになる、と言われていた。

今日の時点では、
開腹手術を一回で済ませることができるよう、
措置が取られたということだ。

その後、どうなるかは、一週間後の容態による。
思ったとおり、長期戦になる。

ムギは、お腹を半分、剃られていた。
ムギのちいちゃい乳首と、
ちいちゃいちんちんを初めて見た。
カテーテルが通っていて、痛々しい。

二人になっても、今日のムギは、機嫌が良くならない。
首にがっちりと、大きなカラーをされているからだ。
重たくてしんどいし、
顔を撫でてもらうこともできないので、
ムギは不機嫌に黙っていた。

写真を撮って、とりあえず今日は手術しなかったよ、と
夫に送る。
詳しくは帰ってからメールしよう。

ムギの体を拭いて、背中を撫でるしか出来ない。
しかも、来た時間がいつもより遅いから、ちょっとしか居られない。

電話して聞いて、早く来ればよかったね。

しばーらく撫でていたら、ムギやっとゴロゴロ言ってくれた。
入院した時に付けられていたカラーは、スナップではずせたのだが、
今日はガムテープでしっかり貼られているので、
勝手に取り外せない。

仕方なく、寄り添って体を撫でた。
ムギは痩せて、背骨がはっきりと見える。
前足のムキムキだった筋肉も、すこし落ちてしまった。

一時間ぐらいしか居られなかった。
時間になり、ムギを預けたら、看護師さんが、
「ムギちゃん、ゴロゴロ言ってくれるんですよ~。」
と、教えてくれた。

そうか。
それは、ムギの戦略だ。
そうしたほうが可愛がられることを、これまでの経験で知っているはず。
ムギ、頑張って自分で居心地よくしてるんだね。

「お隣の猫ちゃんと話すって聞いたんですが、」と聞いてみたら、
「そうなんですよ、お互いに鳴きあって、話してるみたいなんです。」
とのこと。
なんてほほえましい。

ムギは環境に順応するために、
本当にけなげに頑張っている。


翌日の買い物をして、帰宅。
玄関先で服を脱いでから、手を石鹸で洗う。
ちまが、ガラス戸の向こうで、にゃあにゃあ鳴いている。

ちま、毎日お留守番でごめんね。
毎日ムギの匂いさせて帰って来てごめんね。

ちまにご飯をやり、わたしもシャワーして、
お腹がペコペコなので、ご飯を温めて速攻食べる。
一気食い。

それから、ちまちゃんの心のケアをする。
お腹に乗せて、寂しさを埋め合わせてやる。

夫に報告メールをしなければ、と携帯を手にしたとき、
夫がやって来た。

ムギの話を聞きに来たのだと思った。

だから、書いたメモを持って、たどたどしく説明を始めたのだが、
夫はスマホをいじっており、
わたしの言葉をさえぎってさえぎって、話を持って行ってしまう。

不愉快になりわたしは黙った。

夫はお金の話をし始めた。

今ここで、もめている場合じゃない。
でも、先週の金曜日からずっと、わたしも我慢の限界だ。

回らない脳で、必死に聞いてメモして来て、
それを説明しようとしているのに、
何故聞かないのかと、怒りを表明した。

ずっと不機嫌で、説明を聞かずにさえぎってばかり。

すると、夫は、
「オレはいつでも不機嫌なんだよ!」と開き直った。

今、そんな状況?
ムギの命がかかっているのに、
なぜ、情報を共有し、気持ちを同じくしようと考えないのか。


夫のお兄さんが、脳内出血で倒れて、
ずっと入院している。
先日、リハビリ専用の病院に、転院されたそうだ。

日曜日にはお兄さんに会いに行きたいし、
ムギに会えなくなるのは嫌だし、と
夫は夫で、大変だと思う。

でも、わたしも、夕飯作って、
ムギに会いに行って、
帰ってきたらちまの心のケアもしなくちゃだし、
うまく歩けなくなるほど、実は疲弊しているのだ。

足元がおぼつかなくて、片足引きずって歩いている。
うつ病の初期のころみたいだ。

ただ、ムギに生きてて欲しい一心で、頑張れている。

ムギに毎日会えなくて、嫉妬するのは仕方ないけど、
それを怒りにしてぶつけてくるってどうなの。
ちゃんとお互いに、話をしなくちゃダメなんじゃないの。


ムギの尿道は、最初の救急病院で、
カテーテルを入れた際に、付いた傷が原因かもしれない。
もちろん、そうじゃないかもしれない。
最初に腫れていて詰まっていたかもしれないから。

夫は、もし救急でやられたことが原因だったらどうすんだよ、と言う。

もしそうでも、それは、仕方がないんじゃないの?
だって、あの時、あの大量のドロドロの血尿を抜かなければ、
ムギは死んでいたんだよ?

それに、承諾書にサインしたしね?
助かっただけでも良かったじゃないか。

あとは、ムギが元気で生きててくれることを願って、
できうる限りの治療を、受けさせてやるしかないでしょう?
それ以外に、どんな選択肢があるというの。

命の重さを知ってるはずの人なのに、
こんな風になって、悲しい。
ムギの様子を笑顔で報告したいのに、
聞いてもらえない。

そもそもが、なんで手術が二回になるの?
と聞きなおされた。

えええ。
それについては、詳細にわたり、メールで報告したよね。
あれ読んでもわからないとなったら、
いったいどこまで遡って説明すればいいの。


わたしは一度結婚に失敗してるけど、
夫婦って、支えあえるものじゃないのかな。
それは夢なの?

今、何が大切なのか、考えたいと思う。
もちろん、夫は毎日仕事に行っていて、
おかあさんのお世話や、お兄さんの心配やら、
すごく大変だと思う。
一人で何役やっている。
わたしも、もっともっと察してあげないといけない。

今は、寄り添い合うことが必要だと思う。
きっと、こんな大事なときだからこそだ。
わたしも更に努力しなくては。

ムギだってきっと平和を望んでいる。

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奇跡の生き物。

時間は充分足りるほど眠ったのに、
起き上がるのがすごくしんどい。

ちまが毛布の中にもぐっていた。
暖かくて、ふわふわしている。
いつのまに、どうやってもぐったんだろう。

体が、うつ状態である。
必死に起きて、ユンケルを飲んだ。
足元もヨロヨロする。

ちまの手触りにずいぶん救われる。

今は緊張の糸がピンと張り詰めているので、
頑張っていられるが、
この糸が切れたら、
わたしは長く寝込むだろう。

ユンケルなのに、効いている気がしない。
気力だけで立っている。


カウンセリングに行く日なので、
ムギの面会に使うものを持って、出かける。
ムギのクッション、自分の座布団、途中で買ったムギの拭き取りシート。
夫が仕事をすこし早退して、先に面会に行く予定。

だけど、夫の乗った電車がトラブルに巻き込まれ、
ずいぶん予定が狂ってしまった。

わたしはカウンセリングで、
一週間前のあの夜のムギについて話した。

思い出すだけで、恐怖で手も声も震える。
あの夜、わたしはムギを失っていたかもしれないのだ。

話しながら、ちょっと過呼吸になった。
わたしの発作は、治ってたわけじゃない。
出るような事件に遭遇してなかっただけなのだ。

死の淵に立っていたムギ。

絶対に、助かって欲しい。


夫が、電車トラブルで遅くなったので、
駅でピックアップしてもらい、一緒に面会に行った。

ムギは、パパが大好き。
すぐにくっついて、ゴロゴロ言い始めた。
ムギ良かったねえ、パパに会えて嬉しいねえ。

ムギがちょっと臭いので、ペット用のシートで拭いた。
夫に抱っこされて、ムギはリラックスして目を閉じていた。

そのあと、気を遣ったのか、降りて、わたしのところにも来てくれた。
ムギ、猫なんだから気を遣わなくてもいいんだよ。

ムギが今日は、鼻の頭を舐めてくれた。
嬉しい。


担当の先生がいらして、説明してくださった。

ムギ、血尿はだいぶ改善したのだが、
膀胱の中に、結石がいっぱいあるとのこと。
なので、それを綺麗にして、尿道にカテーテルを留置するための手術を、
木曜日に受けることになった。

全身麻酔。開腹手術。
しかも、根治のためではなく、治療の一環。

すごくすごく心配だ。
でも、避けては通れない手術。
ムギの強運と、生命力にかけるしかない。

先生が、色んなことを教えてくれた。

ムギ、昨日書いたように、現在の状況を受け入れたらしいのだ。
朝・夕、お腹に直接針を刺して、
尿を抜くのだが、
ムギ、仰向けにされてももうまったく抵抗せず、
おとなしーく、処置されているのだそうだ。

カラーもはめず、誰かに抑えてもらう必要もなくて、
すっごくいい子なんだって。

最初の頃だけ、シャーって威嚇はしたけど、
手や口は出さなかったという。

尿を抜いている間、ウトウトしてしまうそうだ。
ムギの順応力、すごいよ!
さすがに、たくさんのことを乗り越えてきた猫だね。

病院の記憶というのも、もしかしたらあるのかもしれない。
ムギの脚は、大手術だったと思うから。

そして、なんとムギ、
お友達が出来た。
隣のゲージに入っている猫さんと、話をしていたというのだ!

すごいよムギ、すごい。
本当に頑張っているんだねえ。

パパとママ、ムギにパワーを与えるつもりで来たけど、
それは逆だったよ。
ムギの姿勢に、いっぱいパワーもらったよ。

ムギ、家族だからね、一人じゃないよ。
一緒に頑張ろうね。
絶対に絶対に、死んじゃダメだからね。
約束だよ。


終了時間になってしまったので、ムギを看護師さんに返した。
ムギ、うう~んと鳴く。
嫌だよね、一緒にいたいよね。
同じ気持ちだよ。

今夜はゴンちゃんに、
いっぱいお願いをするね。

40年前、ゴンが死んでしまったこと、無駄にはしないし、
きっとムギを応援してくれると思う。

手術がうまく行きますように。
今夜はひたすら祈る。

ちまの心も大切なので、気をつけてケアをしている。
猫って、すごい生き物なんだなって思う。
心の隅々にまで、ゆきわたるようだよ。

生きて出会えることは全部奇跡。
それを大事にする日々でありたい。


うつ病ブログなのに、猫の話ばかりですみません。
もし、可能でしたら、皆さまの祈りをひとかけらください。
ムギと明日、また元気で会えますように。

ありがとうございます。

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受難の子。

ムギが病に倒れてから、
わたしもずっと、緊張状態にある。

今は入院しているので、急死することはないとは思うが、
携帯の着信は最大の音量。

緊張状態で、便通もなく、体も凝っていて苦しい。
早く起きて、マッサージに行った。
すると、血流が良くなったのだろう、後半になって、
急な便意を感じて、中断してトイレに行った。

帰ってから夕飯を作る。
早く始めたら早く出来たので、
ムギに会いに行く時に着ていたスカートやカーディガンを洗濯。

干し終わってから、バスで病院に行った。

面会を申し込み、すぐ立ち上がれる体勢で、待つ。
しかし、準備万端なこんな日に限って、呼ばれない。

イライラする。時間が減ってしまう。
奥から、ムギの鳴き声がする。
近くにいるのに。

とうとうわたしは、「もう30分も待ってるんですけど!」って言っちゃった。

担当の先生が忙しくて、ムギを出せなかったらしい。
そうか、医者しか患者を出せないのか。

今日も面会室で会えた。
ムギには、蹴り蹴りクッションを持ってきて、
抱かせてやった。
小屋に入れてたやつ。

わたしは、固い丸椅子に長時間掛けていると、
お尻が痛くて辛いので、
わざわざ、丸い座布団を持参した。

ムギ、呼んで撫でたらすぐに落ち着いた。
というか、どうやら、この状況をムギは受け入れたらしいのだ。

昨日までは、とても不安がっていて、
面会の間中、ひたすらぺったりとくっついていた。
密着しないと安心できないようだった。

それが今日は、しばらくゴロゴロ言ったあと、
ちょっと離れて、毛づくろいをしたり、
首を伸ばして部屋の隅々を眺めたりしてた。


ムギと出会ってまだ一年。
そのとき、既に脚は一本なかった。
どんな人生を生きて来たのだろう。

多分交通事故で体を損傷して、
とても親切な人が、手術をしてくれたのだ。

なのになぜ、ノラ猫集団と一緒に、我が家に現れたのか、
わからない。
あの時、一斉にノラ猫が出現したのだ。

そこからのムギの人生も、アップダウンの連続だ。

わたしがワガママ言って、ムギを部屋に入れたのに、
天使のちまちゃんが毎日毎日怒りまくっていることや、
あてつけにムギがあちこちにオシッコすることに耐えられなかった。

誰も幸せになれなかった。
あのまま、お外で可愛がっているだけにすれば良かった。

ムギが外に帰ってから、
東の窓を開けると、隣の家の庇に、
ムギが居て、声で呼ばれることがよくあった。

ムギは、ここにわたしとちまが居ることを知って、
隣に来ているのだ。

とても切ない。


ちまは、まだ目が見えるかどうかの子猫の時に、
スーパーの袋に入れられて、
捨てられていた。

命のバトンを繋ぐ人に恵まれ、
ちまは、人の悪意に二度と遭遇することなく、
二度と外に行くこともなく、
平穏に暮らしている。

フレンドリーで、いつも機嫌のいい子だ。
こんないい子を捨てた人はバカだ。

そして、それと比べて、ムギの人生は、
なんと受難に満ちたものだろう。

交通事故に遭って、脚を一本失い、
どいういういきさつかわからないが、
必死に夫に近寄って、住み着いた。

それまで世話をしてくれてた人が居なくなったのか。

そしてうちの子になったけれど、申し訳ないことに、
また外の生活になって、
小屋のある暮らしを妬まれて襲撃されるようになり、
今回、病気を発症してしまった。

襲撃されてたことと、無関係ではない気がする。

ちまと比べると、ムギが不憫で、けなげだ。
ちまは生来の天使ちゃん。
屈託がなくて、明るい猫だ。


今日は、初めての経験をした。
ムギが、わたしの顔を舐めてくれたのだ。

部屋で暮らしてた時にも、経験がない。
そんな近距離に、顔を置いてたことがないから。

奇しくも、入院というこの事態が、
ムギと密着の日々を生んでくれた。

体の隅々まで触って、ごっつんこをして、頬ずりをする。
そしたらムギが頬を舐めてくれたのだ。

感激。ムギありがとう。
ムギを愛しているよ。
少しやせたね。
まあるいお顔が、ちょっと骨ばって来ちゃった。


担当の先生が、終了間際にやっと来てくださって、
説明を受けた。
ムギは自力でオシッコ出せないので、
お腹に、針を刺して、朝夕二回、
尿を吸いだしているとのこと。

あああ、痛いだろう。可哀相に。

そうして、尿道を使わずに養生している状態。
薬も投与しているので、これで治ってくれたらバンザイだが、
ダメなら、手術は免れないとのこと。

生きるためには仕方がない。

でも先生、こんな小さな体で、
全身麻酔、二回も耐えられますか?

手術の技術よりも、麻酔のリスクが恐ろしい。

この子はまだ若くて、体の状態もいいので、
頑張ってくれると思いますとのこと。

でも、麻酔が効いてくる瞬間と、
覚める瞬間が、やはりリスクは高いという。

尿管がいったいどうなっているのか、
画像では確認できないのですか?とも聞いた。
細すぎて、写らないと言われた。

じゃあ、腫れてるのか、ささくれてるのかは、
目では確認できないってことだ…。

毎日お腹に針を刺されているムギが不憫だ。
なのにムギ、頑張ってこの状況を受け入れようとしている。
環境の変化に着いていくのは、猫にとっては大変なことなのに。


ムギが倒れてから、一週間になる。

あの夜のムギを思うと、
怖くて、今も体が震える。
涙が溢れるよ。

もう動けなくなって、
頑張って、シッポの先だけ、ちょっと動かしてくれてた。
ムギ、早く連れていかなくて、苦しい思いをさせてごめんよ。

これからは、もっともっと、いっぱいムギを見る。
しっかりと観察する。


もちろん、ちまちゃんのケアも大事。
お留守番が増えたから、お腹に乗せてラブラブ過ごす時間を作っている。

水曜日は、夫が仕事の都合をつけて、
ムギに会いに行くそうだ。
ムギはパパっ子だから、きっとすごい、ゴロゴロ言うよ。

もちろん、わたしも、カウンセリングが終わりしだい行く。

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簡単じゃないと思ってた。

ムギの具合が悪くなった時、
これは数日で回復するようなことじゃないと感じた。

でもそれは口にしなかった。

ムギは自力でオシッコが出せない。
それがどんなに大変な事態か、わかる。

月曜日、久しぶりに熟睡できた気がした。
ちまが一緒に寝てくれたからだ。
原因はともあれ、わたしの具合が悪いと、
ちまは寄り添ってくれる。

起きて、パンを食べて、
早いけれどすぐ夕飯を作った。
今夜は夫がお仕事の飲み会なので4人分。

母屋に運んで、盛り付けて、
それから着替えて面会に出かけた。


駅からバスがガンガン出るので、すぐに病院に到着。

面会室で、ムギに会えた。
良かった。
面会室は、テーブルと椅子だけの狭い部屋。
丸椅子に腰掛けると、
ちょうど胸の位置にテーブルがあって、
ムギの顔を間近で見られる。

だからムギはすぐに落ち着く。

抱き寄せて撫でていると、
院長がやってきて、
辛い申告をされた。

ムギ、自力でオシッコを出すことが出来ない。

カテーテルを挿入しようとしたのだが、
尿管の、深い位置に、
炎症で腫れたか、もしくは、結石で傷付くなどしてささくれた箇所があり、
そこで、詰まってしまうのだそうだ。

非常にかんばしくない、と院長先生は言った。

炎症ならばいいなと思い、今日から2~3日、薬を投与してみるが、
それで治まらない場合は、
カテーテルを入れるための手術が必要だという。

これが、根治のための手術ではなくて、
治療の一環としての、手術なのだ。

開腹をして、膀胱を少し切り、
膀胱内から尿管に向けて、太いカテーテルを通す。
これは、狭い箇所が、ささくれている場合を想定している。
ささくれは、尿道に最初にカテーテルを入れたときに出来た可能性がある。
つまり、尿とは逆向きなので、
膀胱からカテーテルを入れなければ、通らないのだ。

そのあと、今度はちんちんのほうから、細いカテーテルを通し、
先に入れてある太いカテーテルの中に通す。

そして、太いカテーテルは抜いて、膀胱を縫い、
細いカテーテルを留置する。

つまり、ただ、導尿のための、手術になるのだ。

細いカテーテルで随時尿を抜きながら、
尿道が治るのを待つ。

しかし、治る保障はない。

もしそれでもダメだったら、
尿道は諦めるしかない。

その場合は、また開腹手術をして、
膀胱からお腹につながる、新しい尿道を作るのだ。


わたしは、繰り返し質問しながら話を聞いた。
やっぱり、少しも楽観できる部分は無い。
ムギ、本当に重体なのだ。

この小さな体に、
全身麻酔を二度もして、
手術をするのかと思うと、心臓がきゅうっと痛む。
死なないだろうか。
耐えられるだろうか。

でも、尿が出せない、イコール、死、なわけで、
目の前でけなげに生きているムギを、
殺すことは絶対にできない。


こんなとき、自分に財産があれば、いいのに。
そうじゃなければ、働ける精神力があればいいのに。

とても辛い。

ムギは、辛い処置を毎日頑張って受けている。
夜中もきっとうるさいし、気が休まらない日々だろう。

抱き寄せてくっついていたら、
ムギが寝息を立て始めた。

疲れてるんだね、ムギ。
腕の中で眠るなんて。

じっと見つめてた。

息子が生まれた時のことを思い出す。

わたしには、おいやめいが居ないので、
初めて触る赤ちゃんが、息子だった。

もう、どこをどう持っていいかわからず、
おっかなびっくりだった。

ずっとお腹の中に居て、
どこに行くのも一緒だった子が、外に出て来た。
わたしの小指を、きゅーっと握っている。
反射にすぎないとわかっていても、感動的だった。

授乳が終わって、息子が寝たら、わたしも寝ればいいのに、
とにかく初めて見る生き物なので、
抱っこしたまま、しげしげと眺めた。


ムギをお外で抱っこしてるときは、
こんな間近で見られないので、
ずっとムギを見つめてる。

寝ながら、ムギはなにやら寝言を言ったよ。

わたしがちょっと動いたら起きちゃった。
そしたら、座って、
今度は愚痴を言い始めた。
小声でふんふん言っている。

そうね、ムギ、毎日辛いよね。
でも、一緒に頑張ろうね。

処置があると思ったので、診察終了まではいなくて、
30分前に切り上げた。

看護師さんに抱っこされて、ムギは「うう~ん」と文句を言った。
ムギ、また明日必ず来るからね!


スーパーに寄って、帰宅したら玄関で一式脱いで、
手を石鹸で洗って、
それからちまに餌をやる。
ムギの匂いがいっぱい付いてるだろうからね。

シャワーして、洗濯して、
それからやっと夫に詳細をメールで知らせた。

一字一句もらさずに書いた。


疲れちゃった。

ちまも、心が満たされていなくて、しきりに鳴く。
布団に横たわると、ちまが飛んできてお腹に乗った。

そのまま二時間、ちまを重しにして、休んだ。
ちまも黙って乗っていた。


ムギの入院は長引くことになった。
うまく時間を調整して、頑張らないと。
わたしが倒れたら、大変なので、
休憩しながら、頑張る。

命を預かることは、とても重圧だ。
息子を抱いた時にも、そう感じた。

大切な預かり物だと感じた。
ちまも、ムギもそう。
大切な命。大切な魂。

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ムギ何か喋ってよ。

日曜日は、
ムギのいる病院は休診日なのだが、
ありがたいことに、面会を受け付けてくれる。

頑張って午前中に起きて、
病院に電話をしてから、
夫と二人で、面会に行った。

今日は面会室ではなくて、診察室での面会となった。
本当は面会室で会いたい。
診察室には、色んな器具があって、
その恐怖を知っているムギが、
怯えてて落ち着かないからだ。

大丈夫、大丈夫、と言い聞かせて、
二人でムギを撫でる。
だんだんムギがくっついてくる。

新品だった首輪の上に、
エリザベスカラーをはめられてしまったので、
もう首輪が痛んでしまった。

ムギがちょっとお腹を出してリラックスしたので、
二人でお腹をさぐる。
なかなか、明るいところでじっくりムギを見るチャンスがないからだ。

傷があって気になっていた箇所を、じっくり観察。
カサブタになっていたので、引っ張ると、
毛が抜けて、ハゲが出来た。

ノラ猫と争った時に、噛まれたのだと思う。


ムギは今日も、自力でオシッコが出せない。
ムギが語ってくれないので、理由がわからない。

尿管が細くなってしまって出ないのか、
何らかの理由で、我慢してしまっているのか。

今日も、仕方なく導尿されることになった。
かわいそうなムギ。
処置があるので、と迎えに来られたので、
わたしたちは面会を終了した。

夫に抱っこされていたのだが、
ムギ、引渡しの時に、ちょっとちびったみたい。
夫のジーンズの太もものところが濡れていた。

ムギがちょっとでいいから、
言葉を話せたらいいのに!
なんでオシッコできないのか、それだけ知りたい。

もし話せないなら、夢に出て来て、そこで言葉にしてよ。


緊張の日々が続いていて、
わたしはひどい便秘をしていた。
5日ぶりにお通じがあった。

夕飯を作ったのだが、
食べ終わったら、急激に脱力して、眠くなってしまった。
夫が、寝ればいいと言ってくれたので、
布団に入った。

眠れたのか眠れてないのかわからない。

ちまが夢に登場して、外に猫がいるよと教えてくれた。
見てみると、アパートの階段にびっしりノラ猫がいて、
全員、ムギを狙っていた。

恐ろしい光景だった。
けれど、こんな厳しい寒さになると、
ノラの身は、辛いだろう。

ムギだって、小屋があって、暖房してあるとはいえ、
やはり外であることに変わりはない。
こんな厳しい環境に離すのは、ためらわれる。

だけど、ちまの心も大切だし、
部屋は一つしかないし、
どうしたらいいのか、苦しいよ。


ムギがもし、尿道が原因でオシッコが出せなくなってるなら、
尿道を広げる手術を考えると、最初に言われた。

何十万かかるのだろう。

でも、ムギはまだ4歳の、若い猫だ。
これからの人生を考えたら、
できうる限りの手当てをしてやらねばならない。

ムギの後ろ足は、大きく欠損している。
多分、事故に遭ったのだと思われる。
ちゃんと手術してあるそうだ。

かなりな欠損なので、
排泄に問題があってもおかしくない。

ゴンは、脚の途中までは、あった。
生まれながらだった。
それでも排泄に関してはちょっと弱くて、
ちびってばっかりだった。

ゴンがなんであんなに突然死んでしまったのか、
今もわからない。
病院に連れて行って、最大限の手当てをしてやれなかったことが、
一生の悔いである。

ムギには、生きててもらわないと、困るのだ。
ムギが居ないガレージは、すごく辛いのだ。

ちまも、ムギも、大切な大切な命。
他に代わりはいない。
埋められない。

何とかして守りたい。
だからムギ、夢に出て来て喋ってよ。

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代わりのいない命。

ムギは、いろんなことを考えさせてくれる。

同じく3本脚だった、柴犬のゴンのこと。
たった3年で、ある朝突然死んでしまったゴン。

そして、
病弱で、ひ弱だった、わたしの息子。

4歳の時に、肺炎で入院した。
大学病院の小児科。

面会が、毎日は許されていなかった。
4歳の子に、毎日会えないのはすごく苦しかった。
会えた日も切なくて、川の土手を自転車で走りながら、
声を出して泣いた。

息子が死ぬかもしれないその入院に、
頼んでも、前夫は付き添ってくれなかった。
それが、離婚の最も大きな引き金だ。


金曜日、わたしがムギと二時間一緒に過ごしたことについて、
夫は喜んでくれなかった。
機嫌が悪く、わたしの説明をさえぎって口を挟み、
ちゃんと聞いてくれなかった。

じゃあ、あなたが行って、話を聞いてくれば、と言うしかなかった。

わたしが必死にメモしたことを伝えても、
不機嫌に口を挟むばかりだからだ。


夫は、土曜日の朝、おかあさんの認知症外来の日で、
早く終わったので、一人でムギに会いに行った。

先生とも話せて、ムギとは一時間、一緒に過ごせたそうだ。

夕方は、予約していたちまの検診。
行きつけの動物病院に車で行く。
一時間ほどかかる。

看護師さんが一人休んだらしくて、
先生と看護師さん一人で、完全にテンパっていた。
待たされて、予想よりもずいぶん遅くなってしまった。

幸い、ちまはとても健康で、
ダイエットにも成功していた。
前回、6キロを越えていたので、
13グラム与えていた餌を、11グラムに減らして、
頑張ってきたのだ。
よかったね、ちま。

ちまを家に置いて、餌をやって、
そのまますぐムギの病院に向かった。
家から7~8分で着く。

朝、尿道のカテーテルを外して、
自力でオシッコできるかを試したので、
その説明も受けた。

ムギ、自力ではオシッコ出せなかった。
原因はまだ不明。
膀胱がパンパンになっていたので、
導尿された。
その直後の面会だったので、
ムギはシャーって怒ってた。

でももう、カラーは付けてなかった。

面会室のテーブルの隅っこにいて怯えていたので、
二人で撫でて、少し落ち着かせてから、
抱き上げて、夫の近くに寄せた。

ムギは夫にくっついて、撫でられて、
しばらくしたら、ゴロゴロ言い始めた。
良かった。嬉しいんだね。

しばらくすると、今度はわたしにくっついてくれる。
ムギ、ちゃんと代わりばんこに、くっついてくれたよ。

ムギは孤独と闘っていると思うが、
こうして毎日会いに来るんだということ、
理解してくれたらいいなと思う。


4歳の息子が入院していた時は、
本当に辛かった。
わたしも咳が酷くて、お母さんも肺炎かもしれないから、
検査を受けるようにと言われていた。
けれど、そんなことより、
息子が辛がっていることが、辛かった。

手当ての間中ずーっと泣いていて、
入院したら、手が足りなくて、オムツをされていた。

面会に行ったら、息子が涙ながらに訴える。
オムツにオシッコしなさいって言われるけど、
ボクできないんだよ…と、
息子は泣いていた。

一緒に泣いた。

毎日面会できるわけではなかったので、
「来る・来ない・来る・来ない・来る来る・来ない、だね?」と、
息子は指折り数えて待っていた。

あんなに切ない入院は無かった。

だから、ムギが入院して、
まるでその時みたいに、今とても切ない。


夫に聞いたら、夫の子供たちは、
入院したことがないのだそうだ。

自分が飼っていたペットの死というものも、
夫は経験していないだろう。

けれど、奥さんを亡くしているのだから、
命の重さ、よくよくわかっているはずなんだけど。


正確には、命が最も大切で、
それはお金では買えない。

手を尽くしても、救えない病気はある。

ムギを外に戻した時点で、
わたしも夫も、それは覚悟した。

病気を発見できないかもしれず、
事故に遭うかもしれないのだ。

だから、いつも小屋に居てくれることを、当たり前と思ってはいけないと、
自分に言い聞かせてきた。

今日もいてくれてありがとう、
ムギはただ、生きてここに居てくれるだけで、尊いんだよ、と、
わたしは毎日ムギに言い聞かせて来た。

ただ、生きてここに居てくれたらそれでいい。
ムギの命は、代えようがないほど尊い。


だから、数時間前より明らかに悪化している姿を見て、
見なかったフリは出来なかった。

あの時、ムギはもう、声も出せず、
呼びかけに、やっとシッポをすこし振った。
苦しかっただろうに!
ムギ、ごめんよ…。


もし、命をお金で買えるのなら、
買えばいいじゃん!
わたしはそう思う。

夫はお金のことを言う。
確かに、最初の一晩で、7万円が飛び、
今入院しているところでは、
少なくとも一日2万円がかかる。
保険はない。
莫大な金額がかかる。

でも、お金で、ムギの命を救えるのなら、
それでいいじゃん!
食うに困るわけじゃないし、
救えなかった奥さんのことを思い出せば、
お金で命を買えるのなら、
買えばいい!とわたしは思う。

しかし、わたしは一銭も稼がず消費している身だ。
夫の承諾なしでは、行動できない。

お金のことを言われると、
わたしは自分が責められているように感じて、苦しい。


ゴンを救えなかった後悔は、
40年経ったいまでも、少しも消えていない。
悔しくて、悲しくて、やりきれない。
ずっと救われないまま生きて来た。

でもその経験があったからこそ、
今回、ムギを、夜間救急に連れて行けたのだ。
これは危ない、という、本能の叫びだ。

命の重たさを、
わたしはゴンに学び、息子に学び、
それをムギに生かせた。

買えばいい。
買えるなら、買えばいいのだ。


夫にしがみついているムギと別れて、
明日また来るからと約束した。

夕飯を食べに行った。
お酒を飲みながら、夫がわたしに、
「今回、本当にありがとう。」
と言ってくれた。

わかってもらえた。

ムギの命は、代わりがない。
ムギを失ったら、ムギの代わりはいないのだ。
たかが猫一匹だけれど、
命は、とても重い。

必死に守らねばならないときがあるよ。
一緒に頑張ろう?

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どうしても助けたい。

午前中に起きて、
ムギが入院している病院に電話をして、
容態を尋ねた。

しばらく待たされて、ちゃんとお医者さんが出てくれた。
詳しく説明してくださったので、必死にメモを取る。

峠を越えたことは、確かなようだ。
恐ろしかったカリウムの値も正常値に入った。

少なくとも、急死することは無くなった。

夜間救急に、連れて行って本当に良かった。
あのまま、朝まで様子をみよう、と思ったら、
翌朝、冷たくなったムギを見ることになったのだ。

わたしは、きっと狂うだろう。


夫に昼休みに入ったタイミングで、電話してもらい、
先生に聞いた内容をそのまま伝えた。
夫も、安堵したようだった。

午後からの診察が16時からなので、
それに合わせて、16時ちょっと過ぎたくらいに病院に到着。
バス停のすぐ前なので、とても行きやすい。

受付けで、面会の旨書いて、待合室で待つ。

すると、診察室に呼ばれた。
午前中、電話で説明してくれた先生が、
丁寧に、もう一度同じ事を説明してくださり、
さらに、ムギの膀胱のエコー写真を見せてくださって、
それについても説明してくださった。

なぜ、オシッコを出せなくなったか、明確な答えはまだだけど、
血栓が尿管に詰まったか、
何らかの条件で尿管が極度に細くなって詰まったかが、
考えられるらしい。

ひどい膀胱炎のせいで、膀胱の内膜が剥がれ落ちており、
まだ今日も、血尿だった。
尿からは細菌も発見された。

細菌には薬を使う。
腎臓の数値が劇的に正常に戻ったので、
明日、尿管に入れているカテーテルを抜いてみて、
自力でオシッコが出せるかどうかを、見るそうだ。

まずは自力でオシッコを出せるかどうか。
そこをクリアしないと、退院は出来ない。

明日の夕方来てくれれば状態を説明できます、と言われた。
明日、ちまの通院の日だから、
帰りに寄ろう。

説明が終わって、しばらく待っていると、診察室3番に呼ばれた。
面会室では、どなたかが犬と会っている。

ムギ、バスタオルでくるまれていたが、
すごく怒っていて、シャーシャー言って、
逃げようとしていた。

そうだ、昼の電話で、
怒る元気が出たので、エリザベスカラーを着けましたと聞いたんだ。

看護師さんが捕まえて、診察台に乗せた。
「ムギ! ママだよ!」
そう声をかけたら、ムギがハッとして、
シャーをやめた。

わたしの顔を見た。
ムギ、ママだよ、ムギに会いに来たよ!
ムギはストンと、おとなしくなった。

撫でながら、ムギに説明した。
ムギ、捨てたんじゃないよ。
ムギ、病気になっちゃったの。
病気を治すために、ここに入院してるんだよ。

いっぱい辛いことされると思うけど、
治るためだから、我慢してね。
ムギ頑張ってね。

ムギは、診察室の器具を見回して怯えていた。
窓の外で看護師さんが動くと、いちいち怯える。

しばらくすると、
「面会室が空きましたのでこちらにどうぞ。」と、隣に案内された。
面会専用の狭い部屋。
器具は何もなくて、
ただちょうどいい高さのベッドと、シンプルな椅子が数脚あるだけ。

何分くらい居てもいいですか?と尋ねたら、
お好きなだけどうぞ、と言われた。
じゃあ、次に面会する人が来るまで、居ようと思った。

二人きりになると、ムギはだんだん落ち着いて来た。
静かに、伏せしており、時々目を閉じてリラックスしている。

やがて、少しずつ体をずらして、わたしのほうに、にじり寄って来る。

ムギ、不安なんだ。
くっつきたいんだ。

抱きかかえるようにしてただくっついていたけれど、
首の大きなカラーが邪魔でしょうがない。

ムギおとなしいから、取っちゃえ。
わたしは内緒でカラーをはずした。

具合が悪い時に、いっぱいヨダレが出ていたし、
今は強制的に餌を口に入れられてるらしく、
アゴがベタベタで臭い。
カラーも汚れたままで、可哀相だ。

持っていた除菌シートで、ムギのアゴをくるくる拭いて、
カラーも拭いて綺麗にした。
首も痒いだろうから、カキカキしてやった。

そしたら、ムギ、さらに寄って来て、
わたしの脇の下に、顔を突っ込んだ。

もちろん、こんなことは、初めて。
部屋に居た時は、ときどきごっつんこをしに来たが、
こんなに自分から突っ込んできたのは初めて。

顔と顔ですりすりして、ムギをきゅーっと抱きしめた。
もう、言葉はいらなかった。
ただただ、密着して過ごした。
ムギは暖かかった。

途中、試しにと、餌をもらって、手から与えてみたが、
ムギ、ぷいっと横を向いて全然食べない。
そんな気分じゃないよ、と言ってるようだ。

だから諦めて、ただただ、
密着して、抱き合っていた。

やがて看護師さんたちが、掃除機をかけ始めた。
診察は19時まで。
時計を見たら、もう18時半になっていた。
二時間ちかく、ムギとくっついてた。

もう帰らなくちゃね…。

ムギにカラーをはめた。
看護師さんに声をかけて、迎えに来てもらった。

タオルにくるまれて、抱き上げられると、
ムギは、いや~ん、と鳴いた。
ムギ、ママも名残り惜しいよ。
でも、明日また来るからね。

ムギ、バイバイ。
すると、ムギはまた、うう~ん、と鳴いて嫌がった。

後ろ髪を引かれながら、病院を後にした。


ムギが自分でオシッコを出せないと、退院はできない。
でも、お外に返してしまうと、オシッコの確認は出来ない。

去年、保護したときみたいに、
わたしの浴室で、数日、様子を見ようか…。

でも、浴室も寒いし、ちまの心だって大切だ。
今、別々に暮らしてるけど、
ちまは絶えずムギのことを警戒している。

どうしたらいいか…。

とにかく、カテーテルを抜いてみて、
ムギが自力でオシッコできるかどうかだ。
まずはそこから。


脇に顔を突っ込んで来たムギ。
本当に愛おしい。
なにがなんでも、助けたい。
ゴンの二の舞は絶対に嫌だ。

ムギ、頑張って…。

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お願い死なないで。

わたしが40年前に飼っていた柴犬、ゴンは、
生まれながらに後ろ足が一本なかった。
だから、もらいうけた。

走るのはとっても早かったよ。
ぐいぐいリードを引っ張って、
早く早く、って楽しそうにお散歩してた。

わたしに初めて出来た、同士。
ゴンにだけ、わたしは本音で接した。
ゴンがわたしの救いだったのだ。

飼って3年目の春、
食い意地の張ったゴンの食欲が落ちた。
道に落ちてるガムまで拾おうとする子なのに、
食べなくなった。

ぐいぐい前に進んでいたお散歩も、
わたしの後ろをとぼとぼと着いて来る。

おかしい。
これは病院に連れて行かなくては。

そう、話し合ってたけど、
次の日の朝、
ゴンは小屋の中で冷たくなっていた。

たった3歳で、ゴンはあっけなく死んでしまった。


わたしの実家は、事情があって貧乏だった。
父は車の免許を持っておらず、
バイクで通勤していた。

動物病院なんて今みたいには無くて、
車でないと、連れて行けないような場所だった。

父も交替勤務で、時間がまちまちで、
ゴンを病院に連れて行く初動が遅れたことが、
死の原因だ。

どんなに悔やんでも、どんなに悲しんでも、
ゴンは戻って来ない。
あんな悲しみは、
生まれて初めてだった。

しかも、母には当り散らされて、
わたしは泣くことすら許されず、
3畳間の自室で、
毎日、声を殺して泣いた。


去年、ムギに出会ったとき、
三本脚だったのは、もちろん、心引かれた。

人生において、そうそう無いめぐり合わせだと思った。

夫と一緒に餌付けして、
触れるようになって、
ムギと名前を付けて、呼んだら出て来てくれるようになった。

そのとき、他にもノラ猫がいっせいに出た時期だったので、
ムギは、必死だった。

怖いのを克服して、アパートの二階まで上がって来てくれるようになった。

ムギは自分で、
自分の居場所を勝ち取ったのだ。


けれど、お外で飼うことにしてしまった。

もし、部屋で飼っていたら、
オシッコしてない、とか、
オシッコが赤いとか、ぐったりしているとか、
もっともっと早くに判断できたのに、
夜中まで様子を見てしまった。

小屋の中で、ぐったりとして、よだれを垂らしているムギを、
わたしは放置できなかった。

朝になって、小屋の中で冷たくなっていたら?

それじゃあ、ゴンと同じじゃないか。

それはできない、
絶対に嫌だ。

ゴンがなんのために死んだのかと考えた。

40年後に、ムギを救うために、早死にしたのではないのか?

救急病院に電話して説明し始めたら、
ムギの容態の重篤さが、
自分でもわかって、ガクガクと震えだした。

ゆすっても反応せず、
手足は弛緩しており、
肉球は冷たい。
何より、餌を食べられず、大量のヨダレをたらしている。

危ない。
ムギ、危ないよ。

救急病院の人が、それは緊急ですよ、と言ってくれて、
決断した。

行こう。
この容態で、大丈夫なんてあり得ない。


木曜日の朝になって、
ムギは峠を越えた。

近いところの病院に転院して、入院している。

まだ、全然安心はできない。
けれど、ゴンの二の舞にはしなかったつもりだ。

夜間救急病院があって、
そこのパンフレットを大事に持っていて、
車で行けるという条件が揃ったので、
ムギは死ななかった。

ゴンが死んだ意味は、そこにあると思う。

動物は、
特に外で暮らしている子は、
弱い姿を見せるわけにはいかないので、
ぎりぎりまで、我慢する。

弱さを見られたら、一気に攻められてしまう。
毎晩、地域のノラ猫に襲われているムギだから、
強がっていたのだろう。

だから、見た目で、あ、これは大変だ、とわかった時には、
すでにかなり病状が進行してしまっている場合が多い。

ムギは、瀬戸際だったと思う。

朝を迎えていたら、助からなかったと思います、と言われた。

なんで、ムギのオシッコが出なくなってしまったのか、
詳しくはまだわかってない。
結石が出来て、尿管に詰まってしまったのかもしれない。

救急病院で、大量の血尿を吸い取られたムギの体は、
ぺしゃんこになった。
すごい量の血尿だった。

ドライヤーで温められて、
いろんな処置を受けながら、ムギは鳴いていた。

鳴いてる間はきっと大丈夫、
そう思うしかなかった。

今はまだ、点滴をしながらの入院中で、
これで安心という状態にはない。
今日、起きたら電話して容態を確認し、
午後の診察時間に、面会に行くつもりだ。

ムギ。
きっとゴンが守ってくれる。
だから頑張って。
お願い、お願いだから、死なないで。

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ムギ、重体に。

水曜日、ムギは朝、
夫が行っても小屋から出て来なかった。

すねているのかも、と思い、
夫は出勤した。

わたしがリウマチ内科を追えて帰宅したとき、
ムギがちょうど庭にいたので、
声をかけると、鳴きながら、小屋に戻ってしまった。

見に行くと、餌をまったく食べていない。
抱っこしよう、と言っても、出てこない。

ちょっと具合が悪そうだなと感じる。

夫が帰宅して、9時ごろ、
ムギに会いに行くが、
朝の餌がそのまま残っており、
小屋からも出てこないとのメール。

わたしもすぐに行って、様子をみたが、
あきらかに元気がないような感じがする。
前夜、ノラ猫たちに襲われたんだろうか。

10時半、餌を、好きな種類に変えて、
おかかをかけてやろうと、また見に行く。

ムギは出て来ない。
新しく餌を用意しても、反応がない。
手を差し入れて、おかかを鼻先に持って行っても、
一切食べない。

触ってみると、
口の周りが濡れている。

おかしい。
水を飲んだ後だって、ここまで濡れてることはなかった。
タオルで拭いて綺麗にする。

機嫌が悪い時でも、鼻先におかかが来たら、
食べてくれたのに、まったく受け付けない。

どうしちゃったんだろう…。

夫に再び報告し、
わたしが寝る前に、もう一回様子を見に来ることとした。


夜中にブログをアップして、
寝る前にと思い、ムギのところに行った。

すると、
ムギのシッポが、だらりと小屋の外に出ている。
え? 
この寒いのに、なんでシッポを外に出してるの?
いつも、丸くなって寝てるのに、
この体勢は、おかしいよね?

懐中電灯で照らしてみると、
ムギは、3本の脚も、だらんと弛緩させており、
クッションを枕にして、
動かない。

声をかけても返事がない。

大好きなシーバという餌をやったのに、
まったく食べていない。

呼吸は、深くてちょっと早い。

顔を触ったら、また濡れている。
あっ、これ、ヨダレだ!

ベッドのマットも、ヨダレでしっとり濡れている。
このヨダレの量は、あきらかにおかしい。

肉球を握ってみると、冷たい。
いつもはほんのり暖かいのに。

体を大きくゆすって呼んでも、
声がもうほとんど出てない。
反応がほとんど無いのだ。

どうしよう。

朝まで様子見ても大丈夫?
でも、行きつけの動物病院は、木曜日休診だ。

わたしは、夫をたたき起こした。
ムギがあきらかにおかしい、どうしよう、と。

夫は3時間弱眠っただけだったので、
すぐには決断しかねていた。

ムギを外に出した以上、手をかけすぎるのはどうか、
という考えもあるらしい。

決めかねているけれど、
わたしは、
「夜間救急外来の病院に聞いてみる!」
と言って、部屋に戻り、
大事に壁に貼ってあった、
夜間救急専門の動物病院に電話をした。

女性の方がすぐに電話に出た。
わたしは、ムギの通常の生活と、
今の容態を詳しく話し始めた。

そしたら、急に、
体がブルブルと震えだした。

あれ、これ、ムギ、危ないんじゃないの?
ムギ、死んじゃうんじゃないの?

過呼吸の発作が出て、ぜいぜいしながら、
説明を続けた。

これ、ぜったいに危ない、
ムギ死んじゃうの?
涙がどんどん溢れる。

電話の向こうでは、
「体がグッタリしていて、反応が無くて、体も冷たいということは、緊急を要します。
どうされますか? いらっしゃいますか?」と聞かれた。

わたしは電話しながら夫の部屋に行き、
ムギ、危ないって、これから病院に行く!
と告げた。

夫は飛び起きて着替えを始めた。

今から向かいます、と電話を切って、
わたしは泣きながら支度をした。

半分くらい着替えてコートをはおり、
ムギを入れるネットとキャリーを持って、
降りて行った。

わたしが小屋に手をいれてムギをつかみ、
引きずりだしたが、
ムギにはもう、抵抗する力もなかった。

少し鳴いたが、
ネットに入れられ、すんなりキャリーに入った。

世田谷まで、車を飛ばす。

信号が全部赤で止まってばかりのような気がする。
ムギ、ムギ、と声をかけるが、
かすかな声でしか返事もない。


救急病院に到着した。
インターホンで知らせて開けてもらう。
受付けは二階。

すると、二階から看護師さんが駆け下りてきて、
ムギを背負って走ってくれた。

ムギが、鳴き始めた。
しっかりした声に、ちょっと勇気をもらう。

そのまま診察室に入る。
夜中なのに、医師や看護師さんが、5人くらい居た。

ムギの容態を説明する。
即座に体温が計られた。
ムギ、35度しかない!

いつもは38度くらいあるものなのに、
完全に低体温だ。
ドライヤーが当てられた。

血液検査を行い、
何が原因かを探ってもらう。
ずっと撫でていたいけど、
邪魔になるので、一旦待合室で待機。

しばらくして、医師が出て来て、
ムギのオシッコがパンパンだと言う。
何らかの原因でオシッコが出せなくなり、
腎臓が危ないことになっているらしい。

血液検査の途中結果では、
カリウムの量が、もうあり得ないくらい突出していて、
これは、命にかかわります、と言われた。

ムギの命…。
あぶないの?
助かるの?
ムギ、そんなに重篤だったの?

とにかく、すぐに管を入れて尿を抜き取り、
点滴を打つことになった。
ムギは鳴いている。
心臓の鼓動が時々不正に飛んでいる。


またしばらく待った。
診察室に呼ばれると、
ベッドの上に、豆型のトレイになみなみと入れられた、
真っ赤でドロドロした液体があった。

それが、ムギのオシッコだった。

すごい量。
そして悲惨な色。
こんなに体の中に入ってて、
それを出せなくて、具合が悪くて、気持ち悪かったんだ。

連れて来ていなければ、
ダメだったかもしれません、と言われた。


点滴をしてどんどん水分を入れて、
膀胱からは、どんどん尿を抜いて、
膀胱をきれいにする処置をしていた。

これで、あらゆる、悪い数値がすこしずつ下がるよう努力します、
ですが、ここはあくまでも救急病院なので、
このあと、入院して点滴を24時間続けられる病院を探してください、
と言われた。

ちまが通っているクリニックは、家から車で一時間かかるし、
とにかく今日は休診日だ。
しかも、24時間対応ではないと思われる。

その場では答えが出ないまま、
ムギを置いて、いったん帰宅することになった。
その時点で朝5時。

9時までに、受け入れてくれる病院を探して、
決まったらムギを迎えに行って、
また入院させなければならない。

ムギは診察台の上で、ちょっと楽になったような感じだった。
看護師さんに撫でてもらい、
ひっきりなしに尿を抜かれている。

ムギ、後でちゃんと来るから頑張って!
夫と交替でムギを撫でた。


帰宅して、夫の部屋で、
どこの病院に頼むか、会議した。

そして、バスで10分程度のところにある、
大きめで、医者もたくさん居て、
設備の整ったところに、電話して聞いてみるということになった。

その電話は夫に任せて、
わたしはちょっとだけ休憩するために、部屋に戻った。

ちまが不安そうにしている。
いつもと違うこと、ちゃんと感じてる。

疲れ果てたので、
睡眠薬は飲まずに、ちょっと横になった。

ムギ、大丈夫だろうか。
死なないだろうか。
ムギ、死にそうだったんだ。
もっと早く決断してれば良かった。

ぐるぐる考えているあいだに、ちょっとウトウトした。

8時に、救急病院から電話があった。
飛び起きると、
担当してくれた医師からで、
ムギ、峠は越えたそうだ!
カリウムの数値もグンと下がったという。

良かった!
ほんとうに良かった!

受け入れ先の病院が決まったら、すぐに電話します、と言って、
切った。
そのまま倒れてまた眠った。

9時、夫がやってきて、
受け入れ先の病院が決まったという。
今から救急病院にムギを迎えに行く。
電話をして、転院先を知らせて、
着替えて向かった。

もう、体はヨロヨロだ。

ムギを受け取って、そのまま転院先の病院に行った。
丁寧な指示書付きだし、
その病院は、救急病院と提携しているところだったので、
話が早かった。

ムギは診察台に乗せられた。
もう疲れてしまったのか、鳴かないし抵抗しない。

説明を聞きながら、ムギの頭を撫でたら、
ムギが、力を振り絞って、ずり這いしてきて、
わたしの体に、ぴとっとくっついた。

いとおしいムギ!

血液の数値は、いずれも順調に推移しており、
まだ若くて体力もあるので、
回復も早いでしょう、と言ってもらえた。

そう、
ムギは今、推定4歳の若い猫なのだ。

今、死なれるわけにはいかない。

老齢になったら、自然に任せるという選択もあるとは思うが、
まだ4歳で、
出会ってからまだ一年しか経ってなくて、
具合が悪いことを発見してしまったのだから、
絶対に、ほうってはおけない。

もちろん、
びっくりするほど、治療費はかかっている。

でも、ムギの命は、代えがたい。
ムギの命は、重い。
失いたくない!

夜中に、気付いて良かった。
救急に連れて行って良かった。

ムギ、頑張って!

ムギ、ただいま入院しております。

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辛い症状いろいろ。

リウマチ内科の診察日だった。

検尿と血液検査。
もう、採血のために針を刺されることにも慣れた。

注射を始めて、指の関節の痛みはかなり治まり、
パーは難しいが、グーはかなりできるようになった。

先生に見せたら、喜んでくれた。

そしてまた、お腹に注射してもらう。
薬液が多いので、痛みも長いが、
腕にされた時のような激しい痛みではない。

次くらいから、自分で注射する練習をするみたいだ。
できるかな。

リウマチ内科の病院は、駅前にある。
近くてとても便利。
何も食べずに行かなくてはならないので、
診察が終わると、
いつもマクドナルドに行く。

月に2回のお楽しみ。

いろんな場所にマクドナルドはあって、
利用したことはあるが、
店によって、出来栄えに大きく差がある。

うちの駅前のマックは、おいしい。

帰宅して、少し仮眠を取ってから、
歯医者に行った。

12月から、口内炎がひどくて、辛い。
リウマチ内科で、塗り薬を出してもらって、
寝る前に塗っているが、
毎日痛くて辛い。

それに、よく舌を噛む。

舌先でさぐると、上の奥歯がちょっと欠けていて、
そのとんがったところが、舌の付け根に刺さって、
口内炎を引き起こしているように思った。

なので、歯医者を予約していてのだ。

歯医者さんは、わたしのことを知っている。
最初、一人で来ることが出来なくて、
土曜日に夫に連れてきてもらい、
見えるところに、居てもらった。

だから、あの人の奥さん、
ちょっと変な人ってわかってる。

リウマチの治療中で、口内炎が、と言うと、
見てくれて、
助手をしている奥さんに、
「ほら見て、ここ、すごい口内炎。」と言う。
とてもお喋りな歯医者さん。
奥さんは逆に、物静かで優しい。

確かに、歯が当たっていて、そこが潰瘍みたいになってるから、
これは痛いね、とわかってくれた。

下の奥歯の内側と、
上の奥歯の尖ったところを、
ちょっとだけ削って、丸くしてもらった。

歯を削ると歯が弱るから嫌なんだけど、
仕方がないよね、
でもリウマチが治って薬をやめたら良くなるからね、
リウマチのお薬は、ドライマウスや口内炎を起こすんだよ、
と、いろいろ喋りながら削っている。

食べ物にも気をつけないとダメだよ、
毎日マクドナルドとか行ってるとダメだよ、と言われて、
あれ、なんで知ってるの?とドキッ。

バランスのいい食事をしないと、
リウマチのために良くないそうだ。

そうか。
母屋の夕飯を作り出す前までは、
食生活、酷かったもんな。
自分のためには料理なんてしないし、
かえって良かったな。

歯が当たってまだ削り足りないようならまたおいで、
と言ってもらったが、
最低限ですませたいので、
あとは塗り薬を塗って、様子を見よう。

あちこち、辛い症状があって、なかなか落ち着かない。
今はとにかく、リウマチを早く治さないといけないね。

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最大の望み。

わたしの夫は、とても秀でた人である。

仕事に熱心だし、認められているし、
社会事情にも詳しいので頼りになる。

手先も器用で、
綺麗好きで、
家事全般を難なくこなせる。

お姑さんの面倒を見て、
わたしの面倒を見て、
子供たちを大いに甘えさせている。

わたしの息子や親にも、よくしてくれている。
夫と結婚できて、とても幸福だと思う。

自分の人生のほとんどを、
わたしは恥じているが、
人生の終わりに、こんな穏やかな暮らしがあって、
これが逆じゃなくて本当に良かった。


夫に、世話をしてもらうばかりなのは、
心苦しいのだが、
夫はなんでも出来るスーパーな人なので、
比べてはならない。

わたしはわたしで、一生懸命取り組んでいるけれど、
夫のスピードにはまったく着いて行けてないし、
イライラさせてしまう。

夫はちょっと、語尾がキツい。
わたしがノロマなのでイラつくのだろう。
これでも必死なんだけど。


また、夫はわたしのうつ状態に対して、
大量の言葉でもって説明をしてくる。

こちらは、脳内が怪しい状態なので、
情報を処理しきれない。

話している方って、つい、自分の言葉に酔うものだが、
聞いている相手がどんな表情をしているか、
見てみて欲しいと思う。

欲しいのは情報じゃなくて、
容認と、受け入れなのだ。

世間一般にはどうでも、
僕はそれでいいよ、と認めて許して欲しいのだ。

それしか、やすらかに暮らせる方法がない。

誰が何と言おうと、
わたしの命は夫が握っている。
夫の一存で、どうにでもできる。

だから夫の不機嫌が怖い。
一生懸命、合わせようとして、疲れる。

いつも、お世話になりっぱなしだから、
夕飯を作っているくらいで調度いい。
わたしはそういう平日が好き。


わたしは、人との関係を構築するのが苦手で、
そうとわかる最近まで、
失敗ばかり繰り返してきた。

思い出すたびにぞーっとする失敗の数々。

今は、苦手だとわかっているので、
自分を制限することができる。
それは、なるべく新規の関わりを持たないということだ。

心を許して話せるのは、2人3人いれば充分。
だから、今、わたしを取り巻いている人たちを、
心から大事に思う。

小さい世界で、穏やかに暮らしていくのが、
わたしの最大の望みだ。


わたしは、明らかに「愛着障害」である。
でも、このタイプの人で、
自分は全然うまく生きていけないけれど、
子供や、後輩を育てることで、
症状が改善される場合があると書いてあった。

わたしは、息子を育てさせてもらって、
それを実践したのかもしれない。

当時はもちろん、自分がおかしいことも知らず、
愛着障害なんて言葉すら存在しなかったが、
息子には、
「絶対に渡してはならないものがある」、という信念で、
育てた。

めちゃ褒めた。

愛着障害という、負のループを、
断ち切ることが必要だったのだと思う。

ちゃんと、断ち切れたかどうかは、
息子が、子育てをしてみないとわからない。

その姿を見ることが出来たら幸せだ。

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アイツ、許さん!

月曜日の夜中から、雨が雪になった。
ムギの小屋には大きめのカイロを仕込んでおいたが、
パトロールに出かけて、濡れはしないかと心配。

夫は結局、会社に着くまで3時間余りかかったという。
わあ、大変。 そんなことならもう、休んじゃえば良かったね。

ムギの小屋は、ガレージのコンクリートの上に床を作り、
その上に、高床式のベッドが設置してあるので、
小屋にさえいれば、濡れない。

でも、ガレージは吹き抜けの構造なので、
敷物も座布団も濡れていると思い、
夕飯を母屋に持って行ったあと、
急いでムギのところに行った。

敷物などを入れた袋をガサガサいわせて近寄ったので、
ムギの返事がなく、
え、ムギ留守なの?と思って、小屋に手を差し込んだら、
ムギはちゃんと居て、手が体に強く当たってしまった。

でもそれで、ママだとわかったらしく、
いつもの、きゅ~んという可愛らしい声で何度も鳴く。

ムギちょっと待って、敷物替えるね。
慌てて、濡れた敷物を回収して新たにひざ掛けを敷き、
座布団は交換して、 わたしも座った。

するとムギが鳴きながら出て来た。
抱き上げて、膝に乗せる。
しっとりとムギは治まる。

ムギ、寒かったでしょう、雪、積もっちゃったねえ。

しばらく撫でてから、今日のミッション。
ムギの首輪を交換する。

今までしていたものは、かなり汚れたし、
色がベージュなので、見つけにくい。
あの憎らしいキジ猫と取っ組み合っている時、
ムギが首輪をしていたからこそ、見分けがついたのだ。

それに、首輪の裏に書いたわたしの電話番号も、
すれて読みにくくなっている。

通販で、超小形犬用の、ブルーと白のストライプの首輪を見つけ出して、
買って用意してあった。

まずは新しい首輪をはめて、 それから、そーっと古いほうを引き抜く。

慎重に、慎重に。

それから、首輪のサイズを調整した。
新しい首輪はとっても似合っている。
良かった、うまくいった。


夕飯に、鶏肉の焼いたものを用意したのだが、
4人分盛り付けしていて、一個足りなかった。
しまった、数えてこなかった。
自分の分を無しにして、持ってくれば良かった。

でももう、一刻も早くこの場を去りたいので、
一皿だけ、2切れの皿が出来た。

お姑さんはいつも、
「わたしはちょっとでいいのよ、食べられないから。なんなら食べなくてもいいのよ。」
と言っているので、
わたしは間に受けて、
その2切れの皿を、一番手前に置いて、
他の3皿とは、離して並べた。

お姑さんは夫の帰宅を待たずに一人で先に食べるので、
そうしておけばいいだろう、と思った。

ところが、帰宅した夫といろいろ話してたら、
お姑さんは、ちゃんと見て選んで、
3切れの皿を取って食べてあったという。

あああ。
真に受けたわたしがバカだった。
わたしは、人が言うことを、聞き流せない。
全部真に受けてしまうのだ。
だから騙される。

今日からは、食べようが残そうが、
全部のお皿に均等に盛り付けしようと決意した。


夜中、また猫が争う声を聞いて、
わたしは上着をはおって飛び出した。
また襲撃されてる!

ムギ!と声をかけながら近づくが、
敵は、もう、ムギのリビングにまで入っているらしくて、
庭にも玄関先にも車の前にも姿が見えない。

ムギ!
わたしが叫んで近づくと、
あの、キジ猫が、さーっと逃げて行った。

そう、ムギとそっくりなアイツ。
ニンゲンにまではむかって来て、わたしに蹴りを入れられたヤツだ。

アイツが一番しつこい。
ムギとは兄弟かもしれないのに。

こう寒くなって、雪が積もって、
地面がぐちゃぐちゃに濡れると、
小屋を持っているムギを、みんなうらやましく思うのだろう。

だけど、この場所は、
ムギが必死に頑張って頑張って、
手に入れてくれた場所なのだ。
ここは、お外とはいえ、ムギの家なのだ。

絶対にあいつら、許さねえ。

毎日、蹴散らしに行ってやる。
ムギと一緒に闘うんだ。



ハルシオンのおかげで、すんなり寝付けるようになった。
とても幸福で、ストレスが少ない。

一昨日、息子を思って泣いたせいか、
息子の夢を見た。

小さい男の子の息子ではなくて、
もう、高校生くらいの息子。
それはそれで可愛い時期であった。

夢のなかで息子に触れることができて、
ちょっと落ち着いた。

目覚めも最近は良くて、
自然に目が覚める。
ちまがスネの上で丸くなって寝ている。

今日もムギと一緒に闘うぞ。

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きっと忘れちゃったよね。

今から30年前に、
わたしは息子を産んだのだけれど、
30年って、すごい。
もう遥か昔のことのように感じる。

昔、というよりも、
完全に別次元で、
人生のステージが進んでしまったので、
思い出してみても、
それが実際に起きていてたことなのか、
不思議に思う。


結婚をして、
知らない異国に新婚旅行に行って、
さらにマンションを買って引っ越して、
息子は、手の届かない、彼方に行ってしまった。

わたしの知っている、
泣きべそな男の子は、
もうどこにもいない。

マザコンに育てようって思ったのに、
さらっと親離れして、
きちんと自立した。


こんなに早く、離れてしまうのなら、
もっと、もっともっと、
甘やかせば良かった。

どうせ離れて行ってしまうのなら、
もっとスキンシップしておけば良かった。
しっとりとした手を握って、
天然パーマの、ふかふかの髪に、
いっぱい触れておけば良かった。

今はもう、会うことさえままならない。

毎日気配を感じられて、
子供たちを甘やかしている夫がうらやましい。


息子を煩わせることだけはしたくないけれど、
死ぬ前、数ヶ月でいいから、
一緒に暮らせないかな。

それは、無理だよね。

自分がしていないことは、
自分には、してもらえないよね。

いつか離れてくって、わかってたはずなのに、
感情で怒ってしまったこと、
どう後悔しても辛すぎるよ。

いつもいつも、わたしを見ていてくれたのに、
なんでわたしは、時に邪険にしてしまったのだろう。


約束、忘れちゃったよね。
今はまだ、ママが大きいから、ママがキミを抱っこするけど、
キミがママより大きくなったら、
ママのことを、抱っこしてね。
そう言ったら、「うん、いいよ。」って、
あどけなく答えてた。

でも、きっと嫌がると思って、
ハグさえできない。

もう一生、触れないの?


結婚式の日、
花束を受け取って、
わたしの手が息子の手と重なった。

わたしはそのまま、ずっと触れていた。

よかったねえって、
頭を撫でてやりたかった。
きっと幸せになるって、わかってたから。
運命の相手って、いるんだ、とわたしも感じたもの。


幸せに、生きててくれたら、充分。
わたしより先に死ななければ、充分。
それはその通り。

でも、会って話したい。
触れたい。
どんなに愛してるか、伝えたいけど、
きっと気持ち悪いだろうから、
言わない。

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お猫さまたちとの生活。

わたしは掛け布団を使わず、
毛布を重ねて掛けている。
隙間が寒いので、布団は好きじゃない。

時期によって枚数を加減できるから便利。
ちまがもし吐いても、
一番上だけ洗えばいいので簡単。

でも、ムギを家に入れてたころは、
何回もオシッコされて、
捨てたり、洗ったり、買ったり、クリーニングに出したり
忙しかった。

ちまは、たまに一緒に寝てくれる。
寒いなら、毛布にもぐってくればいいのに、と思うけど、
もぐってくっついて寝てくれるのはまれで、
一番上に乗っかって、丸く寝ている。

部屋の暖房は切っているし、
ちまのベッド下にもホットカーペットを敷いてあるので、
そっちのほうが暖かいのでは?と思うのだが、
心の問題なのか、
わたしの脚の上で寝ていることが時々ある。

わたしが目をさまして、もごもご動くと、
ちまは察して、胸の上まで上がってくる。
時々、膀胱をふみふみされて、
慌てて起きることもある。


今日は、昼間も、夜中も、
ムギを抱っこすることができた。
パパが居て、すっかり甘えっ子モード。
明るいところで見ると、
ムギは頭がコロンと丸くて、フォルムがとても愛らしい。

脚が一本なので、歩く時は特徴的だ。
でも、走るとめちゃ早い。
なので、前足は筋肉でムキムキだ!

ちまは、ほっそりとした女の子らしい前足で、
顔も逆三角の小さい顔で、
尻尾も、ひゅるんと細い。

小さい顔なのに、体は洋梨のようで、
お腹が、とってもぽっちゃりしている。

その、ぽっちゃりしたお腹は、
毛が生えなくて、ピンク色をしている。
無防備にお腹を見せて寝ているとき、
たまに、そこに吸い付いてみる。


今夜は夫に頼んで、お好み焼き屋さんに連れて行ってもらった。
もんじゃ焼きと、お好み焼きと、焼きそばを食べた。

もんじゃ焼きがとても美味しかった。
また食べたい。
お好み焼きは、関西のぼてぢゅうを好きなわたしには、
ちょっと物足りない味だった。
ソースのコクがね…。

自分で焼く方式なので、夫が全部やってくれた。
わたしがやろうかと思ったのだが、
多分上手にできないし、それを見ると夫はイラつくので、
夫に任せた。


夫がお寺の会に出席するようになったことは先日書いたが、
久しぶりの、若めの人の参加ということで、
いろいろ期待されているらしい。
よいではないかー。

しかし夫は、わたしにも参加を望んできた。

無理無理。
なんで無理だってわからないのかが、わからない。
わたしは、人と接するのが苦痛なのだ。

だから、今の暮らしを幸福だと感じているのに。

街の中で、知り合いは、たった二人。
歯医者さんと、床屋さんだけ。
他は誰もわたしを知らないので、誰とも会わずに済んでいる。

人間関係を構築する活動なんて、全く無理なのだ。

わたしは必ず取り繕って頑張ってしまう。
そしてあっけなく潰れる。
家族ともうまくやれないのに、人さまとうまくやれるわけがない。

夫は、わたしがいろいろ劣っていると指摘するくせに、
なんでそこを理解してないのか不思議だ。

夫に言わせれば、
認知症のお姑さんと、わたしは、同じだそうだ。

あっそう。

そんなふうに思ってるんだね。
だったら尚更、行事になんて参加できない。

わたしは、お猫さまたちと、ひっそり暮らすのが気に入っているんだよ。
新しいお友達も要らないし、
この部屋で、ちまと居られたら、すごく幸せだ。

たぶん、
今まで生きて来た中で、最も幸せな生活だと思う。

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当たり前じゃない。

昼間、ムギのところに行った。

最近、居場所を脅かされているせいか、
ムギはほとんど小屋にいる。

「ムギ!」と呼ぶと、
きゅ~んと小さく可愛い声で鳴く。

ムギはキジ猫で、色が暗いので、
小屋の中の、そのまたドームベッドの奥にいると、
居るのか居ないのか見えない。

だから、きゅ~んと声が聞こえると、
嬉しくてついこちらも声が高く優しくなる。

夫が出張で一晩留守だったので、
寂しかったのだろう、
ムギは出て来てくれた。

抱き上げて、膝の上に乗せる。
ムギは、しっとりとまとわりつくように、治まる。

右手で支えると、ムギはわたしの手首あたりにアゴを乗せる。
左手でムギの背を撫でる。

少し前までは、
こうしてムギを抱っこできることが普通に思っていたけれど、
今は、そうじゃない。
毎日、危機感を持って暮らしている。

ノラ猫軍団は、まだ、ムギへの襲撃を諦めたわけではないからだ。

だからムギも緊張している。
抱っこさせてもらえるってことは、
かなり機嫌がいいってことだ。

久しぶりにゆっくり抱っこできた。
決してこの状態は、当たり前じゃないんだ、と強く思う。


夕方行ったら、もう出てきてはくれなかった。
ムギ、パパが大好きなのだ。
パパ、今夜は帰って来るからね、と言っておいた。

夫が出張から帰って、夕飯を済ませて、
ガレージに通じるドアを開けたら、
もうムギは出てきてたそうだ。

ムギ、パパを待ちわびてたんだね。
可愛いなあ。


週明けから、すごく寒くなるそうだ。
ベッドの中に、毎晩カイロをしのばせてやろう。

ムギの小屋には、電気を引いてあって、
ベッドの下に、ホットカーペットを仕込んである。
小屋自体も、コンクリートにじかに置いてあるのではなく、
床を作って、その上に、
高床式の、板厚3センチの小屋が設置されている。

だから、一年前の冬より、格段に環境はいいはずだ。

でも、お部屋じゃなくてごめんね…と、毎回謝る。

ムギの首輪が、かなり汚れてきた。
ベージュのフェイクスエードで、キラキラ光るビーズが入っている。
裏側には、わたしの携帯の番号を記入してある。
裏返して確認したが、
数字が、ちょっと読みにくくなっていた。

この間、ペットショップで探したのだが、
いい首輪は売ってなかった。

猫用の首輪は、引っかかると外れる仕組みのものばかりなので、
ムギには、小形犬用の、ベルトタイプのものを巻いてある。

ちょっとしたことで、外れてしまっては困るからだ。

まったく同じルックスのキジ猫が襲いに来るので、
見分けるために、首輪は必須だ。
もっとピカピカ光って目立つものに替えたい。

今日は久しぶりに明るい時間にムギを見られて、
良かった。
とても可愛い。


夜、テレビを見ることや、音楽をかけることが、不安だ。
ムギが襲われたら、すぐ駆けつけたいからだ。
なので、見たい番組は録画しているが、
それらをゆっくり見るようなゆとりも無い。

ムギに平穏な日が戻ってくるよう、願うばかりだ。
抱っこできるのが当たり前な毎日を送りたい。

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眠いという贅沢。

先日の精神科通院で、
睡眠導入剤を、マイスリーから、ハルシオン2錠に変えてもらった。

それが功を奏して、
ここ数日、眠いという感覚を、布団の中で味わうことができている。

眠くなって、眠りに入る時、
ああなんて幸せなんだと思う。

もともとわたしは、睡眠に対して貪欲だ。

だから、息子が赤ちゃんの時は、眠かった。
最初の結婚で、前夫の家族と同居していたため、
わたしは毎朝6時前には起きなくてはならなかった。

妊娠していてだるい体には辛かった。
息子が赤ちゃんのころは、夜中の授乳があり、
その時期も眠くて辛かった。

夜中の授乳がなくなっても、
夜泣きが待っていて起こされた。


息子がお昼にまた寝るので、
その時に、一緒に寝ようとするのだが、
車での営業職だった前夫が、お昼に帰ってくるのだ。
すごく迷惑だった。

彼は本当に仕事に対して熱意も使命感もなく、
まったく仕事の出来ない社員だった。

そんな風にやり過ごしているうちに、
お得意先が一軒もなくなり、
出来たばかりで、東京では求人ができなかった東京支店に、
飛ばされたのだ。

わたしの人生において、
最もラッキーなことだった。

東京に来たその夜から、なぜか息子は、夜泣きしなくなった。


夫を送り出してしまうと、
あとは夜遅くまで、
息子と二人きりの自由な時間!

すぐそばに大きな公園もあったし、
ベビーカーに乗せて買い物に行ったり、
一緒にお昼寝したりした。
いっぱい、絵本も読んだし、
歌も唄った。

やっと睡眠欲求が満たされる暮らしになった。


うつ病になって、辛いことは沢山ある。
体の症状も、酷かった。
心の落ち込みも、もちろんハンパじゃなかった。

でも、最も辛いのは、
不眠である。

寝付けない恐怖を、健康な人は知らない。
いつでも寝られる人からは、
眠くなきゃ起きてればいいじゃん、と言われる。

いやいや、そういうことじゃない。

寝付けずに、朝を迎えてしまって、
罪悪感にさいなまれている自分が、どうしようもなく苦しいのだ。
起きてることが、楽なわけではない。
体も、脳も、しんどいのだ。

ただ安らかに、眠りにつきたいのに。

そして、その辛さが理解されないことが最も辛い。
最大の苦しさが、そこにある。

世間さまが、怖い。

ただでさえ、あらゆる後悔に苦しんでいるのに、
そこに加わる、朝なのに寝ていない罪悪感。

発病してからずっと苦しい。
今も、理解されているとは思っていない。

だから、ただ、眠りに入れることが、
とても贅沢に、幸福に思える。


自分の人生、褒められるような生き方はしていない。
後悔でぐるぐるになり、
何かに逃避することは、今でも多い。
ただ、それを言わないだけ。

今は、ちまとムギが心の支えになっている。
ちまは猫型天使ちゃんだし、
猫界では、ムギが最強にけなげでかわいい。

ここまで猫にどっぷりはまるとは、思っていなかった。
爆睡しているちまを見ると、幸福に思う。

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デヴィッド・ボウイ。

先日、イギリス出身のミュージシャン、
デヴィッド・ボウイが、69歳という若さで亡くなってしまった。

ボウイは、
わたしの音楽人生の中心にいる人だ。

初めてのレコードというものが、
小学6年生の時に買った、
デヴィッド・ ボウイだったのだ。

その年頃で、わたしはグラムロックを聴いていた。

卵巣脳腫で入院してた頃には、
中学生・高校生で聴いていたデヴィッド・ボウイを、
夫に頼んでいっぱいプレイヤーに入れてもらって、
繰り返し聴いた。

人は、生きてるなかでいろんな音楽に出会うが、
一生聴き続ける芯となる音源は、
16~20歳頃に聴いたものとなる。

わたしは今は、
JUJUや、ゲスの極み乙女。も聴くけれど、
いつでもボウイに戻れる。

ボウイの、あまり上手とは言えない歌声も、
その時々で変化する作風も、
左右で色が違って片方は瞳孔が開いた目も、
かなり日本カブレなところも、
とてもとても好きだった。

11年前に来日したときに、武道館にボウイを観に行った。
最初の曲で、どーっと涙が溢れてステージが見えなくなって困った。
見ておいて本当に良かった。


ボウイのほかには、
T-Rexの、マーク・ボランが、早くに亡くなった。
自身、30歳までは生きないだろうと言っていたが、
ドラッグの末の、28歳の交通事故だった。

Queenの、フレディ・マーキュリーの死も、痛手だった。
彼の声は素晴らしかった。
4オクターブという声域を持っていた。
声を失ったQueenは再び頂上に立つことはなかった。

自分が歳を取っていくわけだから、
当時年上だったミュージシャンが死んでしまう場面には出くわすと思っていたが、
ボウイの死は、ことさら惜しまれる。
彼は正真正銘、わたしのスターだったのだ。


わたしがカセットテープで繰り返し聴いていたので、
息子も古いロックを聴くようになり、
彼が就職したときに、
Queenの、レコード風CDを、全枚数、大人買いした。
それを、一番広い引き出しに平積みにしていて、
ときどきわたしに見せたものだ。

息子が、同じものを聴いてくれたことは、すごく嬉しいことだ。


わたしは今は、音楽を聴くことができるようになって、
うつの酷いときに比べたら、
格段に生活は豊かになった。

でも今は、
夜、ムギがノラ猫に襲撃される恐れがあるので、
静かに過ごすことにしている。
猫たちの争う声が聞こえたら、
直ちに駆けつけるためだ。

今夜もまた、ムギは襲われた。
録画した番組を見ていたのだが、すぐに出て降りて行った。
わたしが蹴った、あのキジ猫がまた来ていて、
ムギと玄関前でにらみ合って鳴いていた。

幸い、すぐに逃げたから良かったけれど、
わたしは寝る時は心配でたまらない。
きっとムギ、強いから大丈夫と思うけど、
いっそ、夫が起きる朝5時まで起きてて、
ムギを守ろうかと思うくらい。

でも、朝まで起きてる罪悪感が辛すぎるので、
仕方なく寝る。

昨日は東京もすごく冷えた。
ちまが、毛布にもぐりこんで来て、
ぴったりくっついて寝た。
幸せだった。

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何も褒められない。

すっかり落ち込んでいる。

わたしが何をしても、絶対に褒められることはないのだ。
これでは、母と同じではないか。
やれていることは当たり前で、
出来てない部分を拾って責められる。

気持ちが安らがなくて苦しい。


夫が、地元のお寺での活動に参加し始めた。
男性は、どうしても会社中心に生きていかざるを得ないから、
退職後、どう過ごしたらいいか、わからなくなる人も多いらしい。

そのことも踏まえて、
地元の人と交流を持とうと、
夫はお寺に行くことにしたのだ。

日曜日が初参加で、
人見知りな夫は、誰かとうまく話せるか、ちょっと心配そうだった。

ところが実際は、いきなり二次会にまで参加して、
楽しげに帰って来た。

行ってみたら、だいぶ年上だが従兄が参加しており、
お隣の家の人や、
昔お世話になった工務店の人とかが居て、
けっこう話せたようなのだ。

お寺で、太鼓も叩かせてもらえたと言っていた。
久しぶりに若い人が入ってきたと、
歓迎されたそうだ。

夫が楽しげだと、わたしは心から嬉しく思う。
良かったねえ、と相槌を打った。

いつも夫は不機嫌なので、
嬉しそうにしていると、わたしも嬉しいのだ。


夫も、以前は、
「キミが幸せなら僕も幸せ」、と言ってくれたのだが、
今はもう、そんなはずもない。

どっちに転んでも、否定するのだ。

例えば、
「今日はちまが、赤ちゃんの時みたいにトイレに来て膝に乗って、しばらく抱っこしてたんだ~♪」
とわたしが喜んで報告すると、
「普段ちゃんとちまに向き合ってないってことだよ。」
と責める。

一緒に喜んでくれることなんて、もうない。

前に、ちまが今日吐いちゃったんだ~、と報告した時も、
「ちまに寂しい思いさせてませんか。」とメールが来て、
わたしは怒った。

ちまは、満ち足りた子である。
常に愛情を受けているし、
外猫だった経験もなく、
物理的に、守られている。

胃カメラをしてまで検査したが、
吐くのは、この子の特性なのだ。
仕方がない。
わたしもそういう子供だったし、
夫だって、バスに乗ると吐く子供だったのに。

ちまは、赤ちゃん猫のときは、よくトイレに来ては、
抱っこして歌をうたってやったが、
大人になってからは、
抱っこをせがむことがない。

逆に、ムギは、愛情に飢えてる猫だ。
餌よりも、スキンシップを重要視している。
しばらく抱っこして、気が済んだら、
降りて、にゃあ~と、餌を要求するのだ。

ちまは、愛情は不足していないので、
要求はゴハン。
抱っこしても、すぐにするりと逃げてしまう。


夕方は夕飯を作って、母屋に持って行き、
終わるとムギのところに行って、たっぷり愛情を示し、
餌をやって、また抱っこして、と時間をかける。

その間、ちまは部屋でぬくぬくしている。
普段はいつも一緒にいるのだ。
もちろん、料理しているときは危ないし、
書類書いてる時は集中したいから、
待たせることはあるけれど、
愛情が不足してるなんてことはあり得ない。

わたしが嬉しくて話したことを、
一緒には喜んでもらえない。
ちまが吐けば、わたしの責任ということになる。

じゃあもう、嬉しかったことも話さないでおくよ。


わたしには兄弟がいないから、
親しい家族という関係が、理解できない。
でも夫婦って、親子より、兄弟より、
誰よりも一番身近で一番本当のことを話せる相手だと思っていた。

相手が楽しそうにしていたら、わたしは嬉しい。
でも夫はそうじゃないみたい。

喜んでももらえないし、
褒めてもらえるようなことも、何もしていないし、
なんだかもう、
疲れた。

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気持ちがふさぐ。

先週の通院で、
お正月の気分の落ち込みのせいで、
寝付くことが出来なくて辛いことを話した。

前回、睡眠薬をマイスリーに変えてもらったのだが、
マイスリーでは寝付けなかった。

ひっそりと溜めていた、ハルシオンを一錠ずつ飲んで、
朝になってようやく寝付いていたのだ。

なので、マイスリーをハルシオンに変えてもらった。
ハルシオンは、二錠出せるとのこと。
すごく助かる。

夕べは、久しぶりにすんなり入眠できた。
アラームが鳴るまで、ゆっくり眠れた。
このまま、ウダウダしていたい…と思ったが、
ちまの世話もあるし、ムギも気になるので、
起きた。

夫にメールして聞くと、ムギは朝、小屋から出て来て、
30分くらい夫に抱っこされたという。
良かった!
嬉しくて、わたしも会いに行った。
ムギが出て来てくれたので、抱っこした。

昨日は、精神状態が悪かったに違いない。
夕べは、幸い襲われなかった。
あのキックが効いてくれてたらいいのにって思う。


夫が車でスーパーに行くと言うので、
久しぶりに一緒に行った。

靴を見て、ペットコーナーを見たので、
時間がかかってしまった。

母屋の夕飯は、末っ子くんがマーボー豆腐を作るという。
使う豆腐を夫が買うのだが、
挽き肉とか少し入れないの?と夫が彼に聞いたところ、
入れなくてもいい、と答えたそうだ。

夫が食べるわけではないのに、その考えが不満なようで、
夫は、
「挽き肉を少し入れれば美味しいのに、インスタントの味でいいと言っている。」
と言う。

「わたしが作った時はちゃんと入れたよ?」
と、言ってみたが、夫は聞こえないフリ。

そして、
「まあ仕方ないか、ちゃんと美味しいもの食わせてないから。」と言ったのだ。

カッチーン。

何それ。
どういう意味?

いつもならわたしは、夫の言葉を脳内で反すうして黙ってしまうのだが、
こんな失礼な発言には、
ちゃんと反論しなくちゃと思った。
わたしが作っているものが、まずいってこと?

「それどういうこと? おかあさんが作るものだって、ちゃんとしてたでしょ?」

しかし夫は聞こえないフリをした。
わたしやおかあさんに失礼なことを言った自覚がないのか。


確かに、夫が料理に目覚めて、
夫が作るものは、美味しい。
わたしはちゃんと褒めている。

しかし反面、夫は自分が作るもの以外を認めなくなっていて、
わたしの料理に対して、
まったく、美味しいと言わなくなった。

嘘が言えない人だから、
本当に美味しくないのかもしれない。
だけど、親しき仲にも礼儀ありだ。
失礼な発言に対して、わたしは反論した。

スルーされたけどね。


わたしが自分の存在価値を見いだせなくなってたお正月、
夫は、健常者と比べることはない、と言った。

夫は、とても優秀な人だ。
思考回路は明晰で、
行動もすごく早い。

だから、それについて行こうとすると、
大変なのだ。

それがわかってもらえない。
自分のペースを普通だと思っているので、
ついつい、他者への言葉尻がきつくなっている。

自分を基準にされてしまうと、
わたしは辛い。

役に立っておらず、一円も稼がないどころか消費だけをしている身では、
なかなか、まっとうに反論するのは難しい。
気が引けるし、言われても仕方ないかと思わざるを得ない。

一円も稼がず、消費だけしているわたしに、
老後の生活費が足りない、と言われると、
じゃあなんで結婚したのよと、
そもそも論になってしまう。

だから、障害年金がもらえたらいいな、と思ったのだ。
呵責から少しは救われるかと思ったのだ。


夫に、
自分より愚鈍な人に対して、イライラせず、
少し優しく接してもらえたら、とメールした。

本当に、
自分に何か、存在している意義を見いだせたらと思う。
夫と一緒に行動すると、
できないことが多いのがわかるし、
それをとがめられると、
気持ちが塞ぐ。

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黙っていられない!

夕べ、3時頃に、
また猫二匹が争う声を聞いた。

わたしは急いで上着を着て飛び出した。
車の前で、猫が二匹、にらみ合って大声で鳴いている。

センサーで点灯する照明を付けるため、
わたしがガレージの内側に入った。
ノラ猫は、わたしに怯えてすぐに逃げると思っていた。

そしたら、逃げるどころか、
二匹はがっしり組み合って、ゴロゴロと転げまわった。
二匹の毛がぶわーっと抜けて風に舞った。

ムギ!
声をかけたら、二匹の塊が止まった。
ムギが、噛まれている!
ムギ、劣勢だ、これは黙って見てはいられない。

わたしが近づくと、ようやくノラ猫が顔をこちらに向けた。
ムギより一回り小さいが、ムギとまったく同じ、キジ猫だった。
首輪をしているから、どっちがムギかわかるけど、
暗闇だったら、見分けがつかない。

組んだまま、二匹が唸って離れないので、
わたしはノラ猫を狙って蹴りを入れた。
かすった。

二匹が離れて、ムギはガレージのほうに行き、
ノラはアパートの階段下に逃げた。

逃げるなら、見逃すつもりだった。
夫に、人間が手出ししてはいけないと言われたし、
ムギが頑張らないと意味がないので、
威嚇だけして、逃がすつもりだった。

ところがそのキジ猫、
逃げるどころか、唸って、わたしに向かって来たのだ!

飛び掛って来たものは、しょうがない。
本意ではないが、
わたしは狙って、ノラ猫のアゴを蹴り上げた。

ヤツは後ろに転がって、そのままピューンと逃げて行った。

なんて図々しいヤツなの?
逃げもしないで、人間に歯向かって来るなんて!

運動神経のないわたしだが、
ムギのために必死だった。
人生で一発しか出せない、見事なキックだった。

もちろん、猫を蹴るなんてしたくない。
あいつら、全然痩せてないし、どこかでちゃんと餌をもらってるに違いない。
それなのに、集団で、寄ってたかってムギを襲うなんて、
余りにも卑怯だ。

夫にたしなめられても、こればかりは黙って見過ごすわけにはいかない。

日曜日、ムギは朝、小屋から出て来なかったそうだ。
午後、わたしが行っても、出て来なかった。

どこか怪我をしているのではないか、
どこか痛むのではないか心配だが、
出てこないものを無理矢理引っ張りだすわけにもいかず、
引っ張りだしてみたところで、
手立てがあるわけでもなく、
ただ、手を差し入れて、ムギを撫でた。

夫が夕方、出先から帰って来たが、
ムギが出てこない、おかしいと電話して来た。
わたしはすぐ降りて行った。

事の顛末は、夫のパソコンにメールしておいたのだが、
今日に限って見ずに出かけて知らなかったらしい。

ゆうべ、キジ猫が来て取っ組み合いになって、
ムギが不利で噛み付かれて、
毛が舞い散って、
わたしが蹴りを入れて離し、
さらにノラが飛び掛って来たので、
アゴに蹴りを食らわせたと説明した。

これで、4匹のノラ猫に、ムギは襲撃された。

確か、ノラ集団は、5匹ぐらいだったように思う。
まだ、油断は出来ない。

ムギはやはり、小屋から出て来なかった。
どこか痛いのだろうか。
それとも、心理的に参ってるのだろうか。
出ずに小屋を守る作戦なのだろうか。

何も話してくれないから、わからない。
手を差し入れて、そーっと撫でることを続けると、
ムギはゴロゴロ言って、ベッドの中でお腹を撫でさせてくれた。

朝、夫がやった餌も減っていない。
わたしはかつお節の厚削りをムギのために買ってあったので、
それを持ってきて、
カケラを次々に口に運んだ。

ムギは黙って、それらを小屋の中で食べた。


襲撃は、夜中に行われることが多い。
夜中は、テレビも音楽もつけないで、静かにして、
もしまた、争う声が聞こえたら、すぐ出て行こう。

いいじゃないか。
ここで争うとニンゲンが出てくるっていう恐怖でも。

ムギの体と心が心配だ。
ムギは走る早さは、三本足でも、決して劣っていないが、
組み合って、蹴り合うとなると、
足が一本しかないので、圧倒的に不利だ。
爪も切ってしまっていると、夫が後悔していた。


猫の集会、あると信じてはいたけれど、
こんなことになってしまうなんて。

ムギと一緒に、全員、ぶっとばす。
非常事態だもの、
ここはムギを守ることが大前提だ。

                                         伽羅

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恐怖のボーダーライン。

金曜日の夜遅くに、夫がやってきた。
普段だったらもう夫は寝ている時間なので、
油断していた。

11時半に来て、
3時まで、ずーっと、話をしていた。

ムギのことを話して泣いて、
夫の役に立ってなくて心苦しいと言って泣いた。


わたしのような人間にとって、
夫は、出来すぎた人なのだ。
素晴らしい人だと自慢すればいいと言ってくれる友人もいるが、
釣り合っていないことは明白なので、
わたしはずっとずっと苦しい。

夫からも、お姑さんからも、
先妻さんがどんなに素晴らしい人であるかを懇々と聞かされて、
じゃあなんでわたしなんかと結婚したの、と思う。

夫と結婚すると告げた時、
わたしの母は反対した。
あんなちゃんとした人のところで、アンタがやっていけるはずがない、
そう言ったのだ。

その時は、
じゃあわたしがこのまま一人で生きるほうがいいと思ってるのか、と
母を問い詰めたが、
母親の勘は、当たっていた。

出来すぎた夫のもとで、
病気も治らず、
家事や人付き合いはおろか、家族とさえうまくやれないわたしは、
大きなお荷物でしかない。

夫には、結婚に際して、
こうなりたい、という夢が山のようにあった。

もちろんわたしだって、頑張るつもりだった。
実際、不得手なことも、トライしてみた。
一生懸命、合わせようとしてみた。

でも、無理を重ねてうつ病を発症してしまったわたしには、
昔みたいに、頑張りを続けることができなくなっていたのだ。

次々と夫の夢を壊した。
そのことで、どんなに責められたかわからない。


今はもう、諦めてくれているようなのだが、
最初に刷り込まれた切迫感が、今も消えていない。

夫は、頑として不眠を認めない。

正確に言えば、わたしは不眠ではなく、入眠困難である。
一旦寝付いたら、ある程度は眠れるのだ。

そんなわたしに、夫は結婚前からずっと、
「寝る時間を早めればいいことだ。」と言い続ける。
眠れないのではなくて、
寝る努力をしていないことが悪いと責められる。

夫は、夜11時までには寝て、朝5時に起きる人だ。
それを、正統派と感じている。

だから、レジャーに行く時は、朝6時に出発するものなんだと言い張って、
わたしが大泣きしたまま、診察室になだれ込んだ時もあった。

今はもちろん、そんな無茶は言わないが、
本心がそう簡単に変わるはずがないと思う。
自分の時間に合わせてくれないわたしに、不満を持っているのは確かだ。

どんなベッドでも、どんな明るさでも、
すぐに寝付ける夫は、
入眠できない辛さを、理解できないと言った。

いっそ、眠くなるまで、ずっと起きていればいいじゃないか。
仕事に行く僕を見送ってから寝るのでも、構わないじゃないかと。

いやいや、それは違う。

わたしには、「朝5時」という、
恐怖のボーダーラインがあるのだ。

それは10年前、うつ病と診断されてからずっとあるボーダーだ。

早く寝たいと思って、薬を飲んで、布団に入っても、
頭の中を、あらゆる後悔が渦巻いて、
苦しくて、心臓が飛び出しそうになる。

体はもうヘトヘトなのに、
目だけはぱっちりと冴えわたっていて、眠たさが訪れないのだ。

やがて4時になり、5時になると、
ああ、もう夫が起きてしまう、
彼は起きてくるのに、わたしはまだ寝付いていない、と
恐怖を感じるのだ。

一貫して入眠困難を認めてもらえず、
毎日責められたことが刷り込まれていて、
今、アパートで自由に暮らしていていいと言われても、
朝5時を迎えてしまう罪悪感からは、
一生逃れられない。


思うようにならず、何の要求も飲んでくれないわたしを、
なぜ今でも大事にしてくれるのか、
わたしにはわからなかった。

何のメリットもないだろう。
一円も稼がず、リウマチにまでなって、
すごいお金がかかっている。

お金が足りないと言われると、
それはわたしと結婚したせいだと感じて辛い。

けれど夫はわたしに対して、
妻を亡くして、希望を失っていた自分を、
前向きにさせてくれた恩義がある、
と言った。
そしてそれは、活力を生んでいるとも言った。

猫たちだって、なんにもしてくれないけど、
居てくれるだけで幸せでしょ? と。

そりゃ、猫だもの。
人間に対しては、適用できないんじゃない?と思ったが、
夫はストレートにそう思っていてくれるようだった。

こうであらねばならない、とガチガチに凝り固まっているのはわたしで、
夫はもっと柔軟に考えているらしい。

夫にばかり家事負担が行っているのも申し訳ないと言うと、
夫は、料理に目覚めて、
作って食べさせるのが楽しくなったので、構わないと答えた。

本当に、夫は何でも出来る。
字まで上手だ。

不得手なことがほとんどを占めているわたしを、
苦々しく思っているのではないかと思い、
わたしは夫の機嫌に左右される。

いい人と結婚できて良かったな~と、
ほんわか幸せに思っていればいいのだろうが、
いろんなことを背負って頑張っている夫に対して、
わたしは余りにも、力不足だ。


夫は常に、「自分は無口だ。」と言っているが、
わたしに対しては、彼は非常に饒舌である。

思ったことをそのまま言葉にして、
余りにも沢山の言葉を羅列するので、
病んだわたしの脳では、処理しきれない。

いっぱい話したことを、
このあと少しずつ、噛み砕いて理解せねば。

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集団暴行事件。

実は夕べ、ブログを書いたあとで、
ムギがまた、狙われたのだ。

猫二匹の争う声を聞いて、
あっ、また来た!と思い、わたしはすぐムギのところに行った。

母屋の玄関先で、ムギが、ノラ猫とにらみ合って鳴いていた。

それが、朝の白い猫ではなかったのだ。
白地に茶トラ模様の猫だった。

二匹とも泣きわめきながら、毛を逆立てていて、
しっぽがボワーッと太くなってた。

「ムギ!」と声をかけたら、ノラ猫が走り去っていって、
ムギは小屋に戻った。

なんてこと!
ムギは、集団で狙われているのだ!

きっと猫の集会で決まったんだ。
寒くなって、風も冷たくなって、
同じ外猫なのに、小屋を持っているムギに、
集中攻撃しようという作戦だろう。

小屋に戻ったムギをしばらく撫でて、
わたしも戻った。

すると、一時間ほどして、また猫二匹の争う声が聞こえた。
また来た!

わたしは慌てて降りて行った。
声をかけながら降りて行ったせいか、
ノラ猫は先に逃げて、
ムギが小屋に戻って行った。
だから、何色の猫だったのかはわからない。

よってたかって、
ムギの居場所を奪う作戦らしい。
ひどい。

小屋に手を入れてムギを撫でると、
ムギは興奮していて、
わたしの手を何回か軽く噛んだ。

ムギ、またノラが来たら、また追い払ってあげるね。


しかし、夫が今夜やってきて、
人間が手出しするのもいかがなものかと諭された。

ムギが、ムギの力で、
この場所を守れる強さを持っていないと、
生き抜けない、と言うのだ。

ムギを外に出してしまった以上、
ムギは、ムギの力で生きて行ってもらうしかない。
ムギのことが大切で、ずっと居て欲しいから、
加勢する気持ちはわかるけれど、
ムギ自身が強くなければ、守ってやることもできない。

だから、諍いが起きたら、見に行くことはいいけれど、
ムギ頑張って!と思いながら、
見守るだけにしよう、と言われた。

夫の言うとおりだ。

外に出してしまった以上、
四六時中守ってやることは不可能だ。

風の入らない小屋を用意して、
電気を引っ張って暖房を完備し、
小屋の周りには床を張って、
綺麗な水があって、餌も与えられて、
あたかも部屋のようにはなってるけれど、
外であることに、変わりはないのだ。

責任を感じて心苦しいけれど、
ムギに頑張ってもらうしかない。

夫の言葉を聞きながら、
わたしは泣いた。

ムギに申し訳なくて、
頑張ってるムギがけなげで、
切なくて、泣けて仕方なかった。


ムギは、けっこう強い子だ。
普段は甘えて、きゅ~んって鳴いているけれど、
ちゃんと猫らしい声で、相手を威嚇している。

足が一本ないけれど、
走るのはすごく早くて、
他の猫を追いかけられる脚力がある。

だから、きっと頑張ってくれると信じる。
また狙われたら、
見に行くだけ行って、
ムギの健闘を見守る。


夫がわたしのパソコンにムギの写真を入れてくれた。
わたしは、ムギの写真を撮ったことがないのだ。
かわいいムギがいっぱい見られた。

そして、冷静に考えたが、
やはり、外で飼うしかないと思う。

その上で、出来る限りのことをしていく。

ムギは、餌よりも愛情を欲しがる。
まずしばらく抱っこしてからじゃないと、
餌は食べない。

ムギの心が少しでも和むように、
毎日スキンシップをしよう。

ムギ。
頑張ってね。
お願いだよ。

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闘うムギちゃん!

夕飯を作って母屋に持って行き、
器に盛り付けてラップをし、
お姑さんに説明して、
急いでムギのところに行く。

ところが、もう夜なのに、
ムギがいなかった。
小屋は空っぽで、
ムギー! と呼んで座って待っていても、
帰って来ない。

急に不安になる。

ムギ、もう暗いのに、
風があって寒いのに、
どうして小屋にいないの?

どこに行っちゃったの?
誰かに捕まっちゃったの?
どこかで怪我でもしちゃったの?

家の中で飼ってない事実に、自分が苦しい。

夫に、ムギが居ないとメールしたら、
ムギ、今朝大変だったんだよ、と返事が来た。

庭に、白いノラ猫が現れて、ムギのテリトリーを脅かしたようだ。
ムギは怒ってその猫を追い詰め、
白い猫は、庭の柿の木に登って、
降りられなくなり、
ムギが柿の木の根元のところで、
大声で鳴いて威嚇していたという。

その話を聞いて、更に心配になって、
もう一回会いに行ってみた。

ムギが小屋に帰って来ていた。
良かった!
ムギ、無事だった!

抱っこして、フリースをかけて、
いっぱい撫でた。

ムギ、闘ったんだってね。
大変だったね。
よく頑張ったね。
偉いよムギ。

頑張ってここを守ってね。
家に入れられなくてごめん。
ムギ、ごめんね…。

けなげに頑張っているムギを抱いて、
涙が出た。

ムギは、ここで生きててくれるだけで、とても尊い。

寒くなって、冷たい風が吹いて、
暖かい小屋を持っているムギが狙われて、
脅かされたのだろう。

ムギは、このあたりにいる猫の中では、
序列は高いほうだが、
一、二匹、ちょっと強いらしい猫がいる。
狙ってくるヤツがいてもおかしくない。

夫が帰宅してから、
今朝の騒動の様子を撮影した動画を見せてもらった。

朝、小屋にムギがいなくて、
探したら、わたしのアパートの階段の下に見つけた。
パパよりママのほうが良くなったのか?と一瞬思ったら、
ムギが柿の木を見上げて鳴いたので、
白い猫に気付いたようだ。

白に、黒いぶちが少し入ってる猫で、
確かに、ムギとともにノラ軍団だった猫だ。

ムギがガレージ猫になったあと、一度来たのを見たことがある。

どうやら、ムギが怒って追いかけて、白い猫が木に登ったらしい。
ムギが根元にいて威嚇するので、
降りられずにいる様子が撮影されていた。

ムギはいつも、きゅーん、と甘い声で鳴くのだが、
このときばかりは、
にゃう~にゃう~と、猫らしい声で威嚇していた。

やがて白い猫がずるずると木を下りてきて、
途中から飛び降りてダッシュした。
ムギも、撮影できないスピードで追いかけて行って見えなくなった。

ムギは三本しか足がないのだが、
びっくりするくらい早く走れる。
無いのは後ろ足で、
二本の腕は、筋肉がムキムキについていてたくましい。

夕方も、きっとパトロールを強化していて留守だったんだろう。

けなげだよムギ…。

ムギ、頑張ってね。
負けちゃ嫌だよ。
出かけても、絶対に夜には帰って来てね、
と、ムギにいっぱい話しかけた。

憎たらしい白い猫。

闘わなくていいような環境にしてあげられないことが申し訳ない。
今日は北風が冷たくて、
どの猫も、辛かったんだろう。


ムギに出会ってから、一年が経過した。
一年前、必死に夫になつこうとしていたムギ。
ちょっと離れた場所で、ゴロンとしてお腹を見せて、
敵意がないことを、必死にアピールしていた。

仲良くなるために、いっぱい餌をやった。
ムギも、頑張っていっぱい食べてた。

実際に飼ってみたら、ムギはちまほど食い意地が張ってない。
あれは、仲良くなるための必死の演技だったのだと思う。

雨の中、
アパートの階段を、不自由な脚で、
怖い気持ちを抑えて、
必死に駆け上がってきた姿、
一生忘れられないよ。

ムギ、お外でごめん。
でも、一生可愛がるから、
必ずここに居てね。

どうか、意地の悪い猫が、もう来ませんように…。

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副作用、出ないかも。

夕べは、ちまが一緒に寝てくれた。
ちまが触れていると、とても幸せな気持ちになって、
寝つきが良くなる。

天然の睡眠導入剤だ。

午前中に、リウマチ内科の診察に行った。
血液検査と、尿検査を受けて、
意味がわからない哲学の本を読みながら待つ。

診察室に入って、
先月、注射を受けた日に起こった副作用の色々を説明した。

今も、口内炎には苦しんでいることを訴えると、
塗り薬を処方してくれた。

注射は、はっきりと効果が現れたようで、
血液中の炎症反応が減ったそうだ。

なので、3月末を目処に、
二週間に一回の注射を予定しているとのこと。

しばらくは、平日の休みがなくなってしまうことになるが、
早く治さないと。

処置室に呼ばれて、注射を受ける。
前回、二の腕に打たれて、すごく痛かったことを話したら、
今日はお腹に打ちましょうとのこと。

ショック症状が出るといけないので、
リクライニングの椅子に座らされて、
お腹を出して、注射された。

びっくり!
先月、あんなに痛くて辛かったのに、
お腹だと、ちょっと痛いだけだ!

そう伝えると、
次回は反対側のお腹に打つので、
覚えておいてくださいね、と言われた。

30分、様子を見て、帰宅が許された。
お会計は、検査も含んでるから、2万3千円…。
本当に早く治さないと。

マックで昼食をとり、
買い物をして帰宅した。
暖かい日が続いている。

前回みたいに、ロレツが回らなくなったり、
喉が苦しくなるかもしれないので、
大人しく、横になっていることにした。

布団に入ろうとしたら、ちまがやってきて、
先に毛布にもぐった。

ちまとくっついて、すこしウトウトとした。

夕方、幼なじみのしーちゃんと電話で話した。
いつもなら、帰省した時に、会ってランチするのだが、
このお正月は会えてない。
話がはずんで、一時間以上、話してしまった。

また会いたいなあ。
友達がすごく少ないわたし。
今、繋がっている人のことは、一生大事にしたい。

幸い、前回のような、副作用が出なかった。
リウマチの、内服薬を初めて飲んだ時も、
すごい目まいがして動けなかったが、
最初だけで、次の週は大丈夫だった。
多分、注射も、もう大丈夫かな。

指が痛むので、食器洗いが怖い。
大き目の器など、落としてしまいそうなのだ。
昨日は、レンジの中のターンテーブルに食器をぶつけて、
ターンテーブルのほうが、欠けてしまった。


今夜、夫が飲み会なのを知らずにいたので、
ムギのところに行ってなかった。
夫が酔ってアパートに来て、そのことがわかった。
わたしが夕飯を作らない日だと忘れていたらしい。
みんな、ご飯どうしたのかな。

夜中になってムギのところに行った。
きゅーんと鳴いて、可愛い。
抱っこしてから、餌をやった。
食べたあと、ムギはパトロールに出かけた。

猫がいる暮らしは幸せだ。

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ありがたし平常運転。

夫が5日から出勤して、
わたしも平常運転に戻った。

長らく夕飯作りを休ませてもらった。
また頑張ろう。
でも今週は、水曜日はリウマチ内科の診察で、
注射のあと、具合が悪くなるのでお休み。
金曜日は精神科の通院なので、お休み。

ぼちぼち、体を慣らして行こう。

昨日書いたとおり、
夫が何でもこなせる人なので、
わたしは、みんなの夕飯を作っているぐらいが、ちょうどいいのだ。
そう考えて、ありがたく、やらせてもらおう。

スーパーに買い物に行き、
夕飯を作った。

洗濯機の汚れ取りをやったあとで、
洗濯もした。

ちゃんと家事をやっていたほうが、
精神的呵責は少なくて済むとわかった。


夕方、鍋を抱えて母屋の門を開けると、
ムギがきゅーんきゅーんと鳴いて歓迎してくれた。

照明がついておらず、
ムギは白い部分のない猫なので、
どこに居るのか目では見えないが、
声は、車の前から聞こえていた。

夫が朝早く出かけてしまって、
一人だったので、
寂しいし、お腹も空いたのだろう。

料理を盛り付けて、
ラップして、
炊飯ジャーを見たら、空っぽだった。

いつもなら、お姑さんに、
「ご飯炊いてもらえますか?」と頼むのだが、
お姑さんは、昼間も今も、
ただテレビを見てぼーっとしてらして、
これは無理かもしれないと思った。

米びつを見てみると、
残りのお米は1合強しかなく、
新しくお米をいれなくてはならない状態だった。

本当は、お姑さんに頼んでやってもらうほうがいいのだが、
今日はハードルが高いと思って、
わたしがお米を研いで、タイマーをセットした。

そしてやっとムギのもとへ。
ムギは小屋の前で待ち構えていて、
すぐに甘えて来た。

夕べ寝る前に会いに行った時は、出て来てくれなかったので、
久しぶりに、抱っこが出来た。
風が無くて寒くないので、
しばらく抱っこして、餌もあげた。

すると、お姑さんが外に出て来た。
物置に、ゴミでも入れる用事があるのかと思ったが、
手ぶらだった。

わたしは車の陰に隠れていたのだが、
見つかってしまい、話しかけられた。
ムギは当然逃げてしまった。

お姑さんが何故出て来たのかは不明だが、
ムギの居場所にある照明をつけたので、
多分、ムギを見に来たものと思われる。

ムギが居なくなってしまったので、
わたしが帰ろうとすると、
お姑さんも家に入った。


水曜日は、リウマチ内科の診察日だ。
また、高くて痛い注射を受ける。

前回、初めて注射を受けた日、
ロレツが回らなくなり、喉が苦しくなり、
体が重たくて階段が辛くなった。
重い荷物もしんどい。
口内炎がひどい。

そのことを話して、
せめて口内炎のお薬だけでも出してもらえないか聞いてみる。

指は、けっこう痛む。
曲げるのも、伸ばすのも痛い。
ぶつけると、びっくりするくらい痛みが走る。

早く治したい。

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できすぎる夫。

4日まで、夫がお正月休みだった。
わたしは母屋の夕飯作りを休ませてもらっていた。
その間、ずーっと夫が料理と家事をやっていたのだ。

夫が作ったおせち料理は、とても美味しかった。
お煮しめは、それぞれの素材が生きていて、
蓮根なんて、しゃきしゃきしていた。
きんとんも、黒豆の味も、
とても良かった。

元日に、夫のお姉さんの家族が来て、
何でもできて、何でもこなす夫に、
義兄さんが、やりすぎだと言ったそうだ。
自分と比較されてはかなわない、といったところだ。

その気持ち、よくわかる。
夫は、とても優秀な人なのだ。
なんでも上手にこなす。

パソコンの調子が悪くても、
扉の建てつけが悪くても、
わたしの具合が悪くても、
夫さえいてくれたら、何とでもなる。

掃除は細かく、
料理も上手だ。

朝早く起きて、早寝をする。
仕事も真面目で、
一旦収入が下げられた過去、実績を認められて、
再び収入が上がった経験を、今日初めて知った。

わたしの親にも、息子にも、とても良くしてくれている。
こんなわたしのことも、
尊重してくれている。


そんな完璧な夫だから、
何を言われても、言い返せない。

だってその通りだと思うもの。

何でも完璧にこなす夫から見たら、
わたしは、ダメダメな人間だ。
何にも頑張れていない。

長所なんて、見つけてもらえないだろう。

お正月に、こんなに落ちてしまうなんて、
考えていなかった。


わたしは、家族の夕飯を作っているくらいで、
多分ちょうどいいのだろう。

それくらい、やって当然なのだ。
他に何にもできることが無いのだから。

失敗をとがめられても、
ぐうたらな日々について、ちょっと嫌味を言われても、
反論できない。
あんなに毎日頑張っていろんなことをこなしている夫から見れば、
わたしが情けなく感じるのだ。


なんだかお正月は、
ダメな自分をしっかり見てしまった。

夫の出来が良すぎる。
わたしが居なくても全然困らないから、
存在価値もわからない。

すごく落ち込んでいる。

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誰も責めない。

美容院に行った。
シャンプーしてもらって、スッキリとした。
彼女は旦那さまの実家に帰省したそうで、
明らかに疲れ切っていた。

いつもはわたしが話を聞いてもらうのだが、
あまりの憔悴ぶりに、わたしが話を聞いてあげた。

そのあと、夫からもらったお年玉で、本を買った。
夕飯のおかずをちょこっと買って帰ったら、
夫がいろいろ料理をしてくれていた。

休みに入ってから、夫がずーっと料理をしてくれている。
毎日、家族の面倒をみてくれている。
せっかくの休みなのに、ゆっくりさせてあげられなくて、
申し訳ない気分だ。

わたしが帰省しないで居るのだから、
わたしが頑張ればいいのに、
夫一人で頑張ってくれている。


わたしのことを、誰も責めない。

こうなると、悪者は完全にわたしのほうになるのに、
誰も責めてこない。

自分で自分を責めて、
おかしくなりそう。

夕べは、ちまがお腹の上に乗って、
一緒に寝てくれたので、
久しぶりに朝になる前に寝付けた。

ちま、6.3キロもあるから、重たいのだけれど、
一緒に寝てくれると安心感がある。


大晦日に息子にメールしたのだが、
返事をもらえなかったので、
またメールしてみた。

夕方6時過ぎに、今、帰りの新幹線の中です、と返事が来た。
4日からもう仕事だそうだ。
特に何にも触れてない。
わたしを責めてない。

やはり、息子に見せる姿として、
今のわたしは、正しいとは言えない。
多少我慢してでも、
親として、こうあるべきという姿を見せなくてはいけないのでは?と思う。

こんなに精神的に不安定になってしまうのなら、
我慢して帰省すれば良かったのだ。

誰にも責められてないのに、
自分が責めてくる。
辛い。


数日前、夜中に、
猫が大声で鳴いているのを聞いた。

さかりがついた時の猫みたいな声だったので、
去勢をしてあるムギとは関係ないと思っていた。

でも、ムギがガレージに居ついてから、
他の猫は近くでは見なくなっていたので、
どこの猫だろうなあ、と思っていた。

そしたら、夫が、
鳴いていたのはムギだったと言う。
どうやら、他の猫がやって来たらしいのだ。
ムギは居場所を確保するために、
その猫を威嚇したのだろう。

ムギは声がすごく可愛くて、
いつも、「きゅーん。」と鳴くので、
まさかあんな雄たけびを上げるとは思っていなかった。


ムギを外に出した当時、
ガレージには、コゲと名付けた、小さい不細工な猫が居た。

そいつを、ムギが蹴散らして、
ガレージを奪ってくれて、
ムギが居ついてくれたのだ。

ムギは全キジ猫だが、
ムギと同じキジ猫が、他にも数匹いた。

ムギよりも、序列の高そうな猫が一匹いたから、
そいつが攻めて来たのかもしれない。

寒くなったから、暖かい小屋のあるムギに、
嫉妬しているのだろう。

ある日もし、小屋のなかに、
他の猫がいたらどうしよう?と夫と困ってしまった。

ムギが頑張ってくれることを、祈るしかない。


さて、今夜もちまが乗ってくれたらいいな。
寝付けないことは、本当に苦しい。

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悪者は自分。

色々考えてしまって、
罪悪感が生まれて、
どうしても寝付けない。

朝になってようやく眠りに入る。
午後、アラームが鳴って起きたのだが、
まだ寝足りなくて、布団の中で悶々としていた。

ちまが居るから、起きられたけれど、
世話をする相手がいなかったら、
急激に堕落しただろう。

夫に、起きたことをメールして、
それでもまだ、悶々としていたら、
初詣に行こうかと誘ってくれたので、
慌てて起きて、パンを食べて着替えた。

神社ではなくて、お寺である。
元日は相当な混み方で、家族はお参りを諦めたらしい。
二日の午後になったので、空いていた。

毎年帰省していたので、
初詣は、何年ぶりだろうか。
石段を登るのが大変だ。

毎日、自分の部屋への階段を登っているからわかるのだが、
リウマチの治療によって、
体の重たさがグンと上がっている。

足を上げるのも、
荷物を持つのも、しんどいのだ。

注射は、半年くらい続けると聞いた。
あと半年、こんな体調で過ごすということだ。

帰りにスーパーに寄って、
夫にハーゲンダッツのアイスを買ってもらった。
帰宅してからシャワーして洗濯をした。

夫とちまが居てくれるから、寂しくはないけれど、
こうして、こんな気分で過ごすことになるのなら、
我慢して帰省すべきだったかと考えてしまう。

夏は、息子が行かないので無理だが、
一年後には帰省しようかと思う。

年老いた両親が、やっぱり可哀相だ。

でも、これも、帰省しないという経験を積んだから、
わかった心持ちだ。

なんだか、
自分がすごく悪者に思えて、
ズタボロな気分。

夫は偉いなあ。
ちゃんと自分の親の面倒を見て、
子供たちが居るのに、自分が夕飯の支度をして、
わたしにも気を配ってくれて、
ムギのことも可愛がっている。

夜中になって、ムギに会いに行ったのだが、
今夜もムギは小屋から出てきてくれなかった。
夫が居て、満たされていると、ムギはわたしには素っ気無いのだ。

でも、小屋に手を差し込んだら、
ムギは中で、仰向けになってお腹を撫でさせてくれて、
さらに、わたしの手を両手でぎゅっと持ってくれた。

そこまでしてくれるなら、
ちょっと出て来て顔を見せてよーと思うのだが、
ムギにはムギの気分がある。


今夜もまた、寝付けないのだろうなと思うと、
気持ちが塞ぐ。

再来週まで、カウンセリングはない。
待ち遠しい。

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罪悪感に潰される。

気持ちのいい年越しだなんて書いたが、
その後、気持ちは乱れに乱れて、
全然、寝付けないで、元日の朝を迎えてしまった。

帰省しなかったことの罪悪感から、
逃れられなかった。

こんな風に感じてしまうのなら、
潰れるのを覚悟で、帰ればよかった。

母に対しては、これでいいと思えるのだが、
父には申し訳ないと思うし、
何より、
息子に見せるこの姿勢がどうなのか、と思ったら、
たまらない気分になってしまったのだ。

去年のお正月に、
意を決してゴンの話をしたのに、理解されなかったことや、
夏に一人で帰省して、
母の毒に当てられて、崩壊してしまったことを考える。

息子に対して、どんな文章でメールしたかを探し、
息子がどんな返事をしてきたかを探して読み、
ああ、仕方がないんだと思いながらも、
脳は覚醒したままで、目は冴えきって、
まったく眠くなってくれない。

動悸がひどくて、胸が苦しい。
心臓が体の表面に来ちゃってるみたいだ。
脈拍も速くて、音がうるさい。

薬の引き出しから、「救心」を出して、
しこたま飲んだ。

多分、朝の7時か8時くらいに、寝たと思われる。

アラームをかけていたのだが、
鳴る前に目が覚めて、
罪悪感を反すうしていたら、
夫が来たので起きた。

夫と話せることが救いだった。
夕飯一緒に食べたいと頼んだ。

一人が寂しいのではなくて、
罪悪感に潰されそうで苦しすぎるのだ。

夫は承諾して、お刺身を切って、夜来てくれた。

わたしは、毎年帰省していて、
夫とロクにメールもしないでいたので、
夫が毎年どんな風に過ごしているのか、知らなかった。

去年までは、お姑さんも台所に立っていたのだが、
今年は、夫と長女で全部作ったそうだ。

お姑さんから、料理を取り上げてしまったわたしのせいだ。

でも、夫の作った料理は、
どれもすごく美味しくできていた。
びっくり。

夫の父は板前さんだったが、
やはり血を引いているせいもあるだろう。
料理には、知識だけでは備わらない、
センスと勘が必要だからだ。


元日の昼間、一階の和室の窓を開けていたら、
ムギがやってきて、入りたそうにしていたそうだ。
夫が、ダメだよと言ったら、
ムギはすねてしまい、
小屋から出てこなくて、
鯛のお刺身をやっても、食べなかったと言っていた。

夜中になって、ムギに会いに行った。
ムギ、と呼んだら、小屋の中で、
「きゅーん。」と可愛い声で鳴いていたが、
やっぱり、出てきてくれない。

かつおバーを持って行ったのに、出てきてくれない。
仕方なく、小屋に手を差し入れて、
半分くらい食べさせた。
わたしの手も舐めてくれた。

ムギ。
ごめんね。
いくら小屋を整備して暖かくしても、
お部屋の中のほうがいいんだよね。
ごめんムギ…。


もう、いろいろ思うことがありすぎて、
きっと今夜も寝付けないだろう。

寝付けない罪悪感は、辛い。

もう、全然理想どおりに生きていけない。
ダメダメなわたし。
きれいごとでは、生きていけないのだ。

どうしたらいいのかわからないよ。

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気持ちのいい年越し。

夫が、放置してくれた。
わたしが、お正月、母屋に行く気がないことを伝えたら、
夫も、アパートには来ないと言った。

その上で、
ローストビーフを買って来てくれて、
お刺身を切って差し入れてくれた。

大晦日、わたしは昼間は掃除や片づけをした。
マット類にブラシをかけてホコリを取り、
フローリングを拭いて、
トイレと玄関を掃除した。
指が痛いので、拭き掃除はちょっとこたえたが、
新年を迎えるのに、
少しは綺麗にしなくちゃと思って、
自分のペースで進めた。

夜は、毎年、息子と一緒に見ていた番組を、
一人で見た。
帰省していない罪悪感から逃れるのに必死。

ちまが、お腹を出して眠りこけており、
そのお腹に顔をうずめて、
毛がはげてる部分をちょっと吸ってみた。

ちまが居るから、寂しくはない。

夫の気遣いのおかげで、
気分良く年越しをすることができた。

みなさま、
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

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