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2015年4月

まだ持っていた母性。

夫には申し訳ないが、
わたしが料理をしよう、と決心したのは、
子供たちの心と体を守りたかったからだ。

人間60歳も過ぎたら、
栄養もそんなに要らないし、
添加物なんて気にしてもしょうがない。

だけど、毎日遅くまで働いている若い子たちには、
まずは、心の安定が必要だと思った。

子供たちは、パパに愛されていることは充分知っている。
でも、
それまでずっと手作りの食事を与えられてきたのに、
いきなり「今日からコンビニで買いなさい。」とは、
とても思えなかった。

わたしがやらなくては、と思った。

カウンセリングでそんな話をしてきた。

息子が幸せな結婚をして、
完全に離れて行き、
次に会えるのはいつ?と聞いたら、
6月だって言うし。

もう本当に、育て上げたのだなと思った。

そんなときにお姑さんがだめになって、
わたしの中に、再び母性が湧き出した。


正直、お姑さんの話し相手をしてくれと言われたら、
それは無理だ。
精神がもたない。

料理ならできる。
それによって、私自身が、
「ただ家にいて消費するだけの人」から脱却できるのだ。

卑屈な気持ちから抜け出せる。


今日はカウンセリングなので料理はお休み。
デパートを見て回って、雑貨と文具を買ってきた。
楽しかった。

先月からお小遣いが減ったので、
贅沢できないけど、
本も買いたいし、映画にも行きたい。

ちまを抱いているとムギが足に絡んでくるし、
わたしはとっても忙しい。

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時間の捻出。

わたしは働いていないので、
時間の都合はつけやすい。

ただ、明け方にしか寝付けないので、
わたしには午前中の時間帯というものは存在しない。

寝つきが悪く、強い睡眠薬を飲んでいるので、
一旦寝たら、9時間くらいは寝たいところだ。

そうすると、活動時間は短くなる。

そんななかで、料理する時間をどう捻出しているかと言うと、
夕方のニュースを見ることをやめたのだ。

そうして、6時過ぎくらいまでに夕飯を作り終えて、
母屋に運び、
あとは倒れるか、
元気があればテレビなどを視聴する。


今日は二品作って持って行ったら、
みんな外食で、
食べるのはお姑さん一人だった。

明日が休みで、
わたしはカウンセリングなので料理を休む。
明日食べてくれればいいやと思い、
みんなにメールしておいた。


夫と知り合った頃、
お姑さんはもう老人ではあったが、
まだバリバリお元気で、
家事一切をやっていらした。

夫から、
「うちは日曜日の朝も揃って食事をする。」と聞いて、
わあ気持ち悪い、と思った。

ちなみに、夫の家族は全員もれなくA型だ。

B型親子のわたしと息子は、
朝揃ってごはんを食べた経験なんてなかった。

お互いマイペースで、
お互いのペースを乱されることを嫌った。
プライバシーもしっかり守った。

だから結婚して夫がわたしの携帯やPCや、
引き出しの中まで全部知っていることが、
本当に嫌だった。

今のこのアパート暮らしがなかったら、
わたしはどんどん悪化していただろう。

こんなふうに料理を提供できるようになれて、
嬉しく思っている。


だけど、みんな飲み会で、いいなー。
自分で料理するようになって、ヘルシーなものばかり作っているので、
ステーキでも食べたいな。

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自分の満足感のためにも。

なかなか寝付けない。
疲れているのに、
睡眠薬一式を飲んでも寝付けない。

このごろは大体4時ぐらいにならないと眠れない。
悪くすると朝になってしまう。


そんな昼夜逆転の生活をしていて、
朝のゴミ出しは夫にしてもらっている日々。

わたしは、「何もしていない」ということで、
卑屈になっていた。

お嫁ちゃんのお母さんにも、
山形に旅行に行ったときにお食事したご婦人にも、
働いていなくて家事もしていなくて、
何をしているんですか?と不思議がられた。

躁状態の時は、アクセサリーを作っていて忙しく、
そんなときは、オークションに出品したり、
フォトブックを作ったりとさらに忙しくしていた。
しかしその後にやってきた鬱期は深く長く苦しかった。


アクセサリー作りを辞めてからも、
わたしは少しも暇じゃなかった。
簡単な言葉で表せば、勉強で忙しかった。

ムギとの出会いもあった。


今回、お姑さんが本当にダメになって、
わたしは自分で、
「子供たちの体と心のために料理をしよう!」と決めた。

もちろんしんどい日もある。
長女が嫌いな食材は使わないようにし、
次女ちゃんが食べてくれるあっさりしたものをと毎日考えている。

今日は買い物に出て食材を買い、
茄子やピーマンの揚げ浸しを作った。

大根おろしも添えて、薬味も入れた。
自分で食べてみて、美味しいと思った。

ちゃんと時間をかけて心をこめた料理は、
癒されるなあと自分でも思った。

頑張って働いて帰って来る夫と子供たちに、
安らぎを与えられているのなら本望だ。

そのことによって、
わたしも家事をしている感が生まれ、
卑屈にならなくても済む。

カウンセラーさんには、一日置きとか、週に何回かとかにしなさいと言われたのだが、
水曜日だけ休むことにした。

そうすれば、映画にも行ける。


結婚して、やっとわたし役に立っているなあと思う。

今日は長女の誕生日だった。
チョコレートの専門店で、
選んだチョコを詰め合わせしてもらったのをプレゼントした。

長女は30歳になった。
息子と同い年なのだ。

あどけない顔立ちなので、まさか30歳には見えないけどね。

とにかく、続かなくては意味がないので、
細く長く、夕飯作りをしていきたいと思う。
それは自分のためでもある。

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二重の苦しみ。

わたしが母を好きではなくて、
育った家庭が安全基地ではなかったことについては、
再三書いている。

父が、一年中の三交替勤務だったのだ。
盆も正月もない。
貧乏で免許もなく車もなく、父は吹雪の日でもバイク通勤。

母もずっと働いていて、
三交替の父に合わせて食事の用意をしておかなければならない。

わたしが高校生の時はお弁当を作ってくれ、
祖母と同居になったときは、
祖母の食事支度もあった。

必死だったのだろう。

だから母は、
わたしが問題を起こすことを極度に憎んだ。

心が弱くて週末必ず熱を出すわたしを、
母は忌々しいという態度で怒った。

ぜんぜん優しくない母だった。
優しさとは対極に居る母だった。


学校では、マイノリティのわたしには、
理不尽で辛いことがたびたび起こる。

そのたびに学校では怒られる。
家に帰って母に話せば、
慰めてくれるどころか、二重に怒られる。

わたしの気持ちの行き場はなかった。
苦しい苦しい子供時代だった。


その母は、いまや誰からも優しいと言われ、
慕われている存在らしい。
本人がそう自慢するのだから、あきれたものだ。

娘の心を一番傷つけた犯人のくせに、
自分はいい母親だったとでも思ってるらしい。


自分の人生を振り返って、
大変だったけれどいい人生だったと思っている人は好きじゃない。

どうにも替え難い傷を負って、
わたしはまるで牛のようにそれらの出来事を反すうしながら、
後ろ向きに生きている。

なんだかバリバリに前向きで頑張っている人が
わたしには気持ち悪い。


わたしの人生、全然褒められるようなことはない。
ただ一つだけ、
「負」の連鎖を断ち切り、
息子に渡さずに育てられたことだけだ。

息子は余りにも清らかだった。
宝物だ。

息子が、辛いことがあって帰って来てから泣いているとき、
わたしは抱きしめて泣かせてやった。
それは高校生になったときまで続いた。

わたしがしてもらえなかったことを、
息子にしたのだ。

親だけは必ず味方であると信じていなければ、
精神は安定しない。


その息子も家庭を持って幸せになった。
今度は、夫の子供たちのことをやってあげなくちゃね。

辛いときには話しにおいでね、と言ってある。
話さなくてもいい。
そう言ってくれる存在の有無が大切と思うからだ。

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返事は来ないけど。

母屋の次女ちゃん。
次女ちゃんだけが高校卒で働いた。
いい会社に入れて、
毎日頑張っている。

次女ちゃんとは、あまり話したことがない。
彼女は、ものすごくシャイで人見知りで臆病なのだ。
そしてそれを隠しながら生きている。

夫が、わたしと再婚すると言ったとき、
泣いたという。
他人が、家に入ってくることが、嫌だったんだと思う。

一緒に暮らしている期間も、
素っ気無かった。


でも、私自身、高校を出て働いた身だし、
息子も高校を出て働かせたので、
次女ちゃんの想いは、理解ができた。

素っ気無いけれど、特にわたしを嫌悪している様子もなかった。


わたしがアパートに越してからは、
ほとんど喋ったことがない。

次女ちゃんの様子は、夫から伝え聞くだけだ。

今回、お姑さんが崩れて、
わたしが食事を作るようになった。

お姑さんには悪いけれど、
それまで家で一切夕飯を食べなかった彼女が、
わたしが作るものなら食べてくれるのでは?という予想をした。

夫の還暦祝いの時に、
わたしが前夜から煮込んだ大根を、
最後は末っ子くんと分け合うようにしていっぱい食べてくれたからだ。


母屋のキッチンのホワイトボードには、
本日ご飯を食べる人・食べない人を知らせるコーナーがある。
名前のついたマグネットを、
要・不要の欄に移動するのだ。

その人数を見て、料理を考えられるようにという夫のアイディアだったが、
すでにそれは余り用をなしていなかった。
お姑さんは、それを見てもちゃんと理解できないのだ。

わたしは昼間、ホワイトボードを見に行き、
人数を踏まえて作る。

次女ちゃんは、いつも「不要」のほうに名前があった。

でも、わたしは次女ちゃんの分も作った。
おせっかいかもしれない。
煩わせてるかもしれない。
メニューを、夕方みんなにメールで送信する。

伝え聞くと、次女ちゃんは毎日食べてくれているらしかった。

本心はわからない。
しぶしぶ食べているのか、
実はちょっとありがたいのか、
わからない。


けれど、
次女ちゃんの名前のマグネットが、
ある日、移動した。

要と不要の、
真ん中に、貼ってあったのだ。

何も会話はない。

でも、これは、
白いご飯は食べないけれど、
おかずは食べるよ、という意味だとわたしは信じた。

受け止めてくれたのだ。


今夜はみんな留守で、
食べるのはお姑さんと次女ちゃんのみ。
だからメールは次女ちゃんだけにした。

返事は来ない。
食べたか食べてないかもわからない。
美味しいのかどうかもわからない。

でも、
マグネットが移動したことを、
わたしは画期的だと思っている。

だからこれからも、作り続ける。

いくら素っ気無くても、
会話がなくても、
それでもわたしは次女ちゃんのことを好きだからだ。

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会いたいのに…。

息子に、「また会いたい。」とメールしたら、
「旅行から帰ってからかなあ~。」と返事が来た。

彼らが新婚旅行に行くのは、5月の末なのだ!
だから6月まで会えないってこと。

寂しいなー。
あの二人に会うと幸せな気分になれるから、
会いたかったのに。

親が思うほど、子供は親のことなんて考えてないものだ。
自分もそうだからよくわかる。

別に会わないまま死んだって、
会ってから死んだって、
特に変わりは無い。

苦しまずに死んでくれたらいいと思う程度だ。


子供たちと一緒に暮らせてる夫がうらやましい。
気配を感じるだけでも、いいと思う。


夕べは、というか、今日の朝まで寝付けなかった。
朝6時ごろやっと寝付いた。

それで午後もだらだらと寝ていたら、
お姉さんがいらした。

わたしは寝起きでボロボロの服を着て、
髪の毛もボサボサで、
声が枯れていた。

お姑さんの顔を見にいらした後に、
わたしにお礼を言いに寄ってくださったのだ。

優しいお姉さんだ。
わたしは恵まれている。
お姑さんにも、お姉さんにも、
嫌味ひとつ言われたことがない。

お礼にと焼き菓子をいただいてしまった。
料理を届けていることも知っていらして、
感謝してくださった。

来ると知っていたら起きてちゃんと応対したのに。
まったく恥ずかしい。


起きてからスーパーに食材を買いに行き、
帰宅してすぐに煮物を始めた。
キュウリがもうぎりぎりだったので、
浅漬けにして、今夜は二品。


明日は、お姑さんと次女ちゃんだけの夕食みたいだ。
ちょこっと何かを作ればいいな。


ムギは毎日ちまに振られ続けている。
ちまを好きみたいで、果敢にアタックするのだが、
怒られたり逃げられたりと、
全然一緒に遊んでもらえない。

ハゲは痒いようで、一本しかない脚でバリバリかいている。
これは病院に行ったほうがいいなあ。

ちまに振られて可哀想なので、
赤ちゃん抱っこをしてあげる。
ムギはいつまででも抱っこさせてくれる。

今日もトイレ失敗して、床がオシッコの池だったけど、
赤ちゃんだものしょうがないよね。

あ~あ、でも、お嫁ちゃんに会いたかったなー。

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危険信号点滅。

先週、器以上に頑張りすぎたので、
今週は癒しのフルコース。

月曜美容院に行き、
火曜はマッサージに行き、
水曜はカウンセリング。

先々週のカウンセリングがあった日に、
お姑さんがおかしくなって、
子供たちのご飯を用意し始めたので、
二週間分の大変だった話を一気にした。

無理はしないでねと、夫にも長女にも言われている。
でも、確かに夫は喜んでくれている。
わたしは結婚して初めて役に立っている。

それに、毎日夜遅くまで働いている、
子供たちの体を大事に思う。
その愛情が、
わたしのブレーキを壊している。

カウンセラーさんには、当然止められた。
一週間のあいだ、二品ずつ料理を作ったと言ったら、
とんでもありません!とたしなめられた。

毎日は絶対ダメです!と強く言われた。
わたしは唸った。

わかる。それはわかっている。
自分が潰れることはわかる。

でも先週は、お姑さんのお世話やお見舞いがあったから、
どちらかと言うとそれで潰れたのだ。

夫や、子供たちのことを思えば、
料理はできそうな気がする。

喜んでもらっているのではないか?と
勝手に思ってしまう。

だって、絶対に家で夕飯を食べなかった次女ちゃんが、
わたしが作ったものはちゃんと食べてくれるんだもの!

カウンセラーさんとしばらく押し問答になった。

とにかくもう危険だから、
じゃあせめて、カウンセリングがあるからという理由にして、
水曜日は休んだほうがいい、とアドバイスされた。

わたしはその案を飲んだ。

確かに、カウンセリングの帰りは、
デパ地下でお弁当を買いたいし、
雑貨なんかも眺めてから帰りたい。

帰ったらシャワーしたいし洗濯もしたい。
もっと言えば映画にも行きたい。

だから、水曜日を休みにして、
あとはほどほどに頑張ることとした。


カウンセリングが終わって、デパートに立ち寄り、
長女の誕生日プレゼントを選んだ。

お弁当を買い、
初めて駅ビルに入って、
雑貨ショップを見て回った。

なんだか、久しぶりにゆっくりした。

ねこたちがお腹を空かせて待っていた。

ムギのハゲは、シャンプーで優しく洗って清潔にして、
様子を見るようにお医者さまからアドバイスをもらった。

ストレスでハゲたのかなあ。

様子を見ていると、
ムギはちまを大好きなのに、
じゃれに行ってはパンチされて、しょんぼりしている。

だからテレビを見ているときは、
いつもムギを膝に乗せて、
寝るときはちまと寝るようにしている。


カウンセリングがあって本当に良かった。
少し楽になった。
明日から少しまた頑張ろう。

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奇跡のこどもたち。

わたしの息子は、
今はとてもしっかりしており、
お嫁ちゃんから頼られる存在になっているが、
小さい頃はすごく弱くて泣き虫だった。

些細なことに傷つき、涙を溢れさせた。
だからガラスを扱うように育てなければならなかった。

時々自分が感情的になって、
怒りに任せて息子に当たってしまったことを、
今でも深く悔いている。

息子もわたしに似て、言葉に敏感だった。
言い方一つで事柄が変わってしまうことを、
お互いに学んだ子育てだった。

思いつきで物を言う前夫は、
わたしに対して、
「言葉にとらわれすぎや、聞き流せ!」と言いやがったが、
そんなことは絶対に許さない。

言葉には人を殺してしまうほどの負の力だって宿るんだ。


さて、夫の3人の子供たち。
長女は、息子と同い年で、もうすぐ30歳になる。
色んな意味でとても豊かな子で、
いつもいつもわたしを気遣いかばってくれた子だ。
パパと結婚してくれてありがとう、と言ってくれた子だ。

次女ちゃんは、
すごく繊細で、シャイで、人見知りだ。
それを外では必死に隠して仕事を頑張っているんだと思う。
あまり話をしたことがないし、
メールをしても返事は来ないけど、
わたしはこの娘も好きだ。

そして末っ子の男の子は、
大学院を出て、今月就職した。
この子が、もう、奇跡のようにいい子なのだ。

この子の使う言葉が、わたしは大好きだ。
「これ食べる?」と聞くと、
「うん、食べる。」ではなく、
「うん、食べたい。」と答える。

何かプレゼントを渡すと、
「ありがとう。」だけではなく、
「ありがとう、嬉しい。」と言ってくれるのだ。


わたしは、何度も言うように博愛主義ではない。
自分も人見知りで、
なるべく仲良くしようとか今は努力はしていない。

けれど、奇跡のようなこの子たちが、
いま全員社会人となって、
働く人となったことを考えると、
安心して家に帰って来られるよう、
なにかしてあげたいと思う。

元気で働けるよう、
何か手伝いたいと思う。

わたしは決していい人でもないし、
愛に満ちた人でもないのに、
なぜこんな気持ちが生まれるのか、
不思議でたまらない。


もちろん自分の息子は可愛くて、とても自慢なのだけれど、
母屋にいる3人の子供たちのことも、
わたしはすごく好きなのだ。


わたしは若い頃、
自分が子供を持つだなんてイメージしたことはなかった。

ましてや、自分の子ではない子を愛せるだなんて、
ありえないことだと思っていた。

自分に何が起きたのか、今をもってしてもわからない。


わたしは自分の母を好きになることは出来ず、
したがって、恩を返すことは出来ない。

その分、子供たちに愛を注いでいこう。

また、息子とお嫁ちゃんに会いたくなったな~。

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本当の本当の自分。

いわゆる「いい人」とは、
絶対に絶対に、
自分の深層を見ようとしない人だという。

もし見てしまったら、
そこには、社会に対する不満や侮蔑や、
人に対する嫌悪や嫉妬が、
どす黒く渦巻いているのを確認してしまうからだ。

人はその行為を行わず、
自分を守るためにその他大勢のなかに溶け込み、
義理を守り、
場を和やかにすることに気を配る。

そうすることが生きる知恵だとわたしも感じて、
子供の頃から必死に演じて来た。

本当は、
みんなが喜ぶであろう、給食や、プールや、
ドッジボールや、社会科見学なんて、
わたしは大嫌いだった。

なまじ成績がよかったせいで、
いつも学級委員をやらされて、
器でもないのに人前で話をし、
みんなをまとめなくてはならなかった。

でも、にじみ出る性格の悪さで、
わたしは圧倒的に人気がなかった。


精神が崩壊して、
自分を偽ることが難しくなり、
母を憎むようになり、
自己嫌悪で苦しんだ。

でも、そういう人がわたしだけではないということを知った。

わたしは自分の心の奥底を知っている。
それは醜くて、外に出すことは出来ない。

幸いわたしには、カウンセリングがあり、
すごく気の合う美容師さんがおり、
子供時代からをずっと知っている従姉がいる。

そこで本音を話すことが可能だ。

そうして醜い自分を知った上で、
家庭人としての役割を果たそう。


でも、お姑さんが入院してから、
母屋のみんなの食事を作り続けたけれど、
一週間で潰れた。

寝込んでしまった。

そうか…。
真実を知っても尚、
体は思うようには動いてはくれないんだ。

欺瞞と割り切ったつもりでも、
もう、お姑さんの話し相手は勤められない。

今日は一品だけ作って持って行き、
お姑さんに短く声をかけて逃げるように帰って来た。

長女からメールがあり、
料理、無理しないでね、と書いてあった。

夫と話し合って、一品だけ、と決めたので、
大丈夫だよと返事した。

子供たちを愛しているので、
料理は苦ではない。



夜になってテレビを見ながらムギを抱いていて、
ふと気がついた。
ムギのアゴが、大きくハゲている。
夕べまではふさふさだったのに、
ごっそり毛が抜けて、
500円玉くらいのハゲになっている。

しかも、周辺の毛は、軽く引っ張っただけでするっと抜けてしまう。

あわわ。
ムギちゃん、どうしたんだろう!
ストレスかな。
自分で舐められる箇所ではないので、
急にごっそり抜けたのに違いない。

また病院に連れて行かなくちゃいけないな。
飼われるというのも、ストレスあるんだろうね。                  
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ねばならない思考再燃。

昨日はムギを病院に連れて行った。
もうすっかりなついておとなしいので、
洗濯ネットにいれずに直接キャリーバッグに入れて行った。

二回目のワクチンを打ってもらい、
診察してもらい、
終わったので夫がキャリーに入れようとして失敗した。

ムギは逃げ惑い、オシッコを撒き散らしてしまった。
先生がバスタオルで捕まえて、
ネットに入れてくださった。

ご迷惑をかけてしまった。

ムギのオシッコの検査は、すべてOKになっていた。
食事療法だけだけれど、良くなって本当に良かった。


帰って来て、ひどく疲れを感じて、
久しぶりにドリンク剤を飲んだ。

夕飯は夫が手巻き寿司を用意してくれたのだが、
とても具合が悪くて、
夫にちょっとマッサージをやってもらった。

早めに寝たのだが、
ヘトヘトに疲れているのに寝付けない。

朝5時になってしまったので、
夫にメールをして、お昼ご飯をパスさせてもらった。

午後3時ごろまで寝て、
ようやく起き上がれた。

夕飯を作る。
今夜は長女が母屋の夕飯を担当してくれたので、
わたしは夫の分だけ。

食後、ふと気がつくと、
布団の上にオシッコがしてあった。
犯人はもちろんムギだ。

もう~やだー。

わたしは寝るときはちまと一緒に寝ている。
きっとムギはそれがうらやましいのだろう。
マーキング二回目だ。

毛布を重ねて寝ていたのだが、
厚手の毛布はもう買い換えよう。

20年以上使っているし、
毛玉だらけで、縁も破れているから。


今週は夫は出張がある。
末っ子くんも泊まりで研修があるという。

なばならない思考にまた縛られてしまって、
子供たちのために、
頑張って夕食を作らなければと思い詰めている。

けれど、一週間で潰れてしまった。

病気だということを忘れちゃダメだよ!と、従姉には叱られた。
そうだね。
わたし、健常じゃないんだよね。

今週はカウンセリングがあるので、話して来よう。
ねばならない思考をなんとかしなきゃ。

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これは逃げるしかない。

今日はゆっくり眠れた。

わたしが起きる気配を察すると、
足元に寝ていたちまがお腹の上に乗って来て、
ベッドで寝ていたムギが降りてきて、
隣に来るのだ。

夫にメールして聞いたら、
お姑さんは無事に退院したという。

ぐずぐず布団にいたら、夫がやってきた。
色々話を聞いたが、
お姑さんのことは、本当に、どうしたらいいかわからない。

とにかく、わたしはもう、話し相手をすることは無理だ。
自分の母でさえ無理なので、
そこはもう、
逃げるしか方策がない。

ストレス源からは、猛ダッシュで逃げなくてはいけない。

母屋に野菜をもらいに行って、
自分の部屋で寝ているお姑さんに、
「おかあさん、お帰りなさい。」とだけ声をかけて、
逃げるように立ち去った。

食材が足りないので買い物に行こうとしたら、
夫が車を出してくれるというので、
重たいものやかさばるものも買った。

夫は夜、観劇に出かけて行った。

わたしは急いで料理に取り掛かる。
毎日しょうゆ味の和食なので(それしか作れない)、
今夜はササミとキュウリの中華味和え物と、
肉団子が入った中華味の野菜スープにした。

今日は次女ちゃんが休みで家に居たので、
おばあちゃんに食べさせてあげてねと頼んでおいてもらった。

二品を持って行って次女ちゃんに説明したら、
「ありがとう。」と言ってくれた。

帰って来た夫に尋ねたら、
次女ちゃんも食べたようだと返事が来た。
嬉しい。


明日はムギの病院の日。
さっき、膝に乗せていたムギの口の中を無理やり見たら、
上下の歯が欠けていた。

ムギ、お外で頑張って生きて来たんだね。
今はすっかり家ねこになって、
だらだらの姿だね。

自由に、幸せに暮らしてね。
ちゃんと看取ってあげるから。

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ダメだ、潰れそう。

夕べは疲れ果てた夫の体をマッサージしに行った。
体を揉みながら、お姑さんのことを色々話す。

「私はボケてない、バカじゃない。もう認知症外来には行かない。薬も飲まない!」
お姑さんはそう言って怒っていらした。

認知症の薬の副作用で胃が悪くなったと思い込んでいるのだ。

もう、どう返事をしたらいいかわからない。
扱い方もわからない。

わたしは苦しくなってきた。
夫に話をして、ああ、かなり疲弊してるな、と認識した。


今日はゆっくり眠るつもりだったが、
嫌な夢を見て悪い目覚めだった。

正直、お姑さんにもう会いたくなかった。

同じ話が、微妙に食い違いながら繰り返され、
それを、さも初めて聞いたかのように装い、
笑顔で聞き続ける作業が、
出来そうに無かった。

だめだ、これではわたしが壊れてしまう…。

仕事中とわかっていたけれど、夫にメールをした。
今日、病院の面会、行かなくていい?と聞いた。
いいよと返事が来て、
わたしは勇気を出して行かないことにした。


料理をするのは嫌ではない。
今日も二品作った。
早めに作ってしまい、午後はDVDを見て過ごした。

夕方母屋に夕飯を運び、
自分も食事をした。

気分がすぐれない。
だめだ、潰れそうだ。

テレビを消して、ちまの傍に行き、布団に突っ伏した。

一瞬エネルギーが湧いて、
わたしが頑張らなきゃと思って数日完璧に頑張ったけど、
やっぱりわたしは、
自分を偽り続けることが苦しくてたまらない。

欺瞞を毎日続けることが苦しい。


夜、夫が来た。
夫も疲れている。

お互いに辛い。
わたしは夫に抱きついた。

「ありがとうね。壊れないでね。」と言われたら、
涙がざあざあ出た。

「ご飯つくるのは出来る。でも、おかあさんのお相手はもうできない。」
そう訴えて泣いた。


正義感が強すぎて、言葉に特別の拘りを持つわたしには、
同じ話ばかり繰り返す人も苦手だし、
その話がどんどん変化していってしまう人も苦痛なのだ。

それに毎日付き合っていたら、
やっと保っている自分の精神の均衡が崩れてしまう。


夫と色々話した。
仕事の話、猫の話、子供たちの話、お姑さんの認知症の話…。

明日、夫がお姑さんの外来診察に立ち会う。
夫は休みを取っている。
診察の結果、問題なければ退院になる。

なんだか、ひと悶着ありそうな予感。

あああ、わたしは本当に弱いな。
一度崩壊してしまった精神は、
もう仮面をかぶれないのだろうか。

社会人として、家庭人として、生きて行きにくい。
料理のレパートリーも少ないし。

でも、夫の胸で泣けて少し安定した。

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初めて役に立っている。

わたしはうつ病を持って再婚したのだが、
結婚しての環境の変化になじめず、
うつ病は悪化した。

薬は2倍になって、
ほとんど寝た切りの生活を過ごしていた。

家事はすべてお姑さんがやってくださり、
お姑さんが作ってくれた夕飯を食べさせてもらっていた。

嫌味を一回も言われたことなく、
気まずいときは、長女がいつもわたしをかばって、
とりなしてきてくれた。


今日お姑さんが退院すると言うので、
夫の話と食い違うから、
多分思い込みでストーリーが出来ちゃってるんだろうなあと思いつつ、
眠いのを頑張って早めに病院に行って来た。

ナースステーションで事情を説明する。
やはり退院の事実はなかった。

看護師さんが師長さんを呼んでくださった。
また同じ事を説明すると、
やはり金曜日の担当医の診察に、
夫が立ち会って話し合う手はずになっていて、
いつでも退院できるなんて事実はなかった。

師長さんが、お姑さんに説明してくださることになった。
助かった。

病院が退屈なのはわかるけれど、
自分から入院したいと言ったのに、
そのことも忘れて、
どんどん話はそれていってしまう。

老いの悲しさを見て、
わたしはすっかり疲れてしまった。


早々に帰って来て、
肉じゃがと、ほうれん草のお浸しを作った。

それからちまと一緒に夕方まで寝ていた。


無理は続かないから、
煮物を一品だけ、と思って始めたのだけれど、
子供たちへのわたしの愛は本物らしく、
せめて二品、と思って頑張ってしまう。

考えるとお姑さんはレパートリーが豊富だった。
餃子もグラタンも全部手作りだった。

わたしは和食しか作れない。
だからスーパーに行って悩みに悩むのだが、
クックパッドに頼ってみるのも嫌だし、
少ないレパートリーで我慢してもらうしかない。

毎晩長女が、「これから夕飯いただきます。ありがとう。」とメールをくれる。
次女ちゃんもどうやら食べてくれているらしい。

どこまで頑張れるかわからないけれど、
行けるとこまで走ってみようか。

結婚して、初めてわたしは今、役に立っている。

ここまで良くなれたのは、この部屋があるおかげだ。
この部屋はお姑さんが提供してくれた場所だ。

だから、がんばろう。

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ああ、困ったなあ…。

今日は忙しかった。

都内に住んでいる従姉と会う約束をしていたので、
午前中に出かけた。

楽しくランチをして、デザートも食べて、
帰りにお姑さんの病院に行った。

いきなり、
「退院が決まったのよ!」と言われて面食らった。
昨日、看護師さんに、
金曜日に診察をしてそれで大丈夫だったら退院、と聞いたのに。
「今日ですか?」
と聞くと、
「ええ、いつでもいいのよ。」
と言う。

でも退院の準備をして来ていない。
するとお姑さんは、
「じゃあやっぱり金曜日まで我慢するわ。担当の先生に会わなきゃ失礼よね。」
と言う。

じゃあ予定通り金曜日に、と決めて、
あとは何回も聞いた話を延々聞いた。

帰って来て、ねこたちの世話をして、
シャワーして、洗濯を始めたら、
お姑さんから電話がかかってきた。

「どうされましたか?」と出ると、
「私やっぱり明日退院するわ。いつでも退院していいって言われたから。」
「明日ですか?」
「そう、担当の先生には、金曜日に外来で行って会うわ。もう帰りたいから退院する。」

そうか、じゃあ明日迎えに行かなければならないなと思い、
午後イチで来て欲しいと言うので、
一時に迎えに行くことを約束して切った。

その件を夫にメールをしたら、
夫から慌てて電話がかかってきた。

今朝、病院の看護師さんから夫に電話があって、
金曜日に担当医の診察を受けて、
それでよければ退院が決まるというのだ。
しかも、夫と話がしたいということで、呼ばれているという。
夫は金曜日に休みを取っていた。

ええ?

混乱する。

聞けば、胆のうの手術をして入院していたときにも、
同じことがあったらしく、
どうやらお姑さんの頭の中では、
勝手にストーリーが作られていってしまうことがあるらしいのだ。

今日も、
「私はボケてなんかいない。馬鹿じゃない。」と言い張っていらしたけれど…。

困ったなあ…。

夫には、仕方ないから明日行って、
ナースセンターで事情を確認してきてくれと頼まれた。

うーん。

うーん。

仕方ない、頑張ろう。


それから大根の煮物と、野菜のサラダを作って母屋に運んだ。
子供たちに今夜のメニューをメールしておく。

夜、夫が来て、
いつもは家で夕飯を食べない次女ちゃんが食べてくれてたと聞いて、
わたしは嬉しくなった。

お風呂の準備も次女ちゃんが自発的にやっているらしい。
夫はすごく嬉しそうにしていた。

なんにも家事をやらなかった次女ちゃんが、
みんなのためにお風呂の準備をしている。
良かったなあ。



ムギとちまは、毎日鼻チョンの挨拶をして、
適度な距離で暮らしている。

ムギはおもちゃのネズミちゃんでダイナミックに遊ぶ。
三本脚なので、足音がドスンドスンと響くし、
勢いあまってちまに接近しすぎたりする。

するとちまはシャーッと怒る。

ムギを抱いて撫でて、
次にちまを抱いて愛を語って、
気持ちを収める。

子育てしてるみたい。

可愛いこどもたちが、わたしにはいっぱい居る。

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躁状態になったかも!

忘れていた~。

わたしは躁鬱病なのだ。

長く躁状態が来ていなかったので、
その感覚を忘れてしまっていた。


今日は美容院にシャンプーに行って、
帰りに買い物をし、
帰宅してねこの世話をして、
それからお姑さんの病院に向かった。

お姑さんは、わたしの顔を見るなり、
「帰りたい!」と発した。

先週金曜日の診察で、自ら入院を希望していたのに、
土日が過ぎて、誰も来なくなると、
途端に退屈で仕方なくなったらしい。

気が変になりそうよと言うので、
しばらく話を聞いていた。

まあ、いつもの話だけれども。

みんなのご飯を作らなくてはいけないので、
30分ほどで帰って来た。

またねこの世話をして、
夕飯を作る。
キュウリとミョウガの浅漬けと、
肉豆腐。

メニューはみんなにメールして知らせた。

夫が、感謝してくれながらも、
「躁状態じゃないの?」と心配してくれた。

おお。
この高揚感とパワーは、確かにそうかもしれない。
これはマズイ。

でも、スイッチが入ってしまうと、
止められないのだ。
困ったな。

無理が全然利かないから、一品だけ、と決めたのに、
せめて二品あれば…と思う自分がいるのは確かだ。

いつもは家で夕飯を食べない次女ちゃんも、
すこし食べてたみたいだと聞かされて、
すごく嬉しくなってしまった。

次女ちゃんが今日は早く帰って来て、
お風呂をわかしていたらしい。
画期的。

こうやって、おばあちゃんの力ばかり当てにしないで、
みんなで協力して暮らしていけたらいいな。

明日からも頑張るぞ。
潰れませんように…。

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愛がパワーなのか。

正直、わたしはずっと目を背けてきた。

お姑さんの認知症状が始まって、
料理がおぼつかなくなっても、
わたしに代わりは勤まらないと思った。

わたしは普段、自分ひとりで食事をするが、
自分のために料理は一切しない。

買ってきたものや、冷凍品や、
コンビニのレトルトで充分だ。


お姑さんも、昔と違って、
子供たちが家で夕飯を食べる回数が減ると、
料理をだんだんしなくなった。

張り合いがないよね。

でも今回、もう本当に、無理なんだなと悟った。
もう、自分が出て行くしかない。

先回も書いたように、
今は何でも外で買えて、食べるに困ることはないのだが、
帰りが9時10時になる子供たちに、
「コンビニ弁当でも買いなさいよ。」とは、
やっぱり言いたくなかった。

添加物だらけのものを食べさせたくない。
大事な子供たちなのだ。


思い起こしてみた。

息子が高校を出て18歳で働き出して、
すごく辛そうにしていた。

一緒に入社した同僚2人もすぐに辞めてしまって、
一人になってしまった。

5月病というものに罹って、
「もう年金で暮らしたい。」と呟いた。

話を聞くよ、と言っても、
「思い出して話すのも辛い。」と話してくれなかった。

その会社に3年半居て、
夜勤ばかりになって体を壊し、
転職した。

その会社が潰れてまた転職した。

その会社の社風になじめず、今の会社に入った。

息子はびっくりするほど逞しくなった。
泣きべその弱虫ではなくなっていた。


夫の末っ子くんも、4月に就職したばかりだ。
大学院を出ているから、わたしの息子とは違い、
もう少し精神的には熟しているかもしれないが、
バイトをしたことがなく、いきなり社会に出て行く部分では同じだ。

最初に、
お金をもらうことの厳しさを思い知る。
付き合いたくないタイプの人と関係を築かなければいけないことを思い知る。

それはわたしもぶつかった壁だし、
息子も味わった辛さだし、
末っ子くんも、研修が終われば徐々に味わうことだろう。

何歳になったら、何々ができる、という目安は無い。
長女はもう30歳になるが、
あまり料理もできない。
彼氏もいない。

次女については、最近やっと、
包丁を持つことが出来るようになったくらいだ。

末っ子くんは24歳で社会に出たが、
一年生であることに変わりは無い。


とても不思議なことだけれど、
わたしは夫の子供たちのことが好きだ。
とても可愛い。

仕事で疲れて、夜遅くに帰って来て、
そこにもし誰もいなくても、
煮物が一品あれば、
なにか、こう…

多分、全然違うと感じたのだ。


家事のできないわたしを、
かつて子供たちは受け入れてくれた。
いまからそのお礼をしよう。

お姑さんが、お嫁さんを亡くして、
二度子育てをしたように、
わたしは自分の息子を育て終えたから、
今度はこっちで頑張ろう。

こういう精神状態になれて、嬉しい。
自分がこうなれて嬉しい。

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お姑さんが入院。

今日はお姑さんを病院にお連れする日。
10時にお迎えに上がりますと言っておいたら、
お互いにきっかり10時に玄関を出たところで顔が合った。

徒歩15分くらいの地域病院。
腕を支えてゆっくりゆっくり歩いた。

診察室に呼ばれ、胃が重苦しくて気分が悪く、
ほとんど何も食べられないこと、
そのせいかヨロヨロすることを話した。

栄養が足りてないのは明白なので、
本人の希望もあって、入院することになった。

そのほうが、一人で家にいるより、安心だったのだろう。

お姑さんは入院の準備に入られ、
わたしは書類をいくつか書いた。

お姑さんがベッドに入り、昼食をほんの少しだけど食べたのを見届けて、
下着や洗面具などを取りに帰って来た。

胆のうを摘出されるときの入院に立ち会っているので、
今度は一人でも準備ができる。

下着やら洗面具は難なく揃ったが、
常用のお薬が余りにも雑然としていて、理解が不能だった。
ストックを見てみると山のようにあり、
これは下手に手をつけてはいけないなと思い、
明日夫に任せることにした。

お茶やポカリを買って、また病院に戻った。
受付けで保証金3万円を払い、
入院手続きを終えてからまた病室に。

向かいのベッドの患者さんが、
さっそく椅子を占領してお姑さんと話していらした。

うーん、女性ってすごいな。
わたしには出来ない芸当だ。

持って来たものを一つ一つ見せて説明しながら、
引き出しにしまったり、
台の上に置いたりした。

さすがにわたしも疲れたので、
夕方帰って来た。

夫と長女と、横浜のお姉さんに連絡をして、
わたしは泥のように眠った。

今夜は子供たちが誰も夕飯がいらない日だったので、
夫が、お惣菜を買ってきてくれた。

夫が帰って来るまで、ねこたちに囲まれて眠っていた。


末っ子くんが4月から社会人となり、
全員が働く家庭になった。
みんなが一生懸命働いている中で、
わたしが、役割を果たせて、本当に良かった。

再婚してから、
初めて役に立った日ではないだろうか。


今後、平日の夕飯に煮物を一品作ることで夫と合意した。

わたしは創作も辞めてしまったので、
時間の調整はつく。

みんなで協力してやっていこう。
わたしを、ねこたちが癒してくれる。

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突発的一念発起。

昨日はカウンセリングだった。

中島義道先生の、「私の嫌いな10の人びと」が、
まさしくわたしのバイブルとなっていて、
自分を理解できたことでかなり楽になれた話しをした。

本当の自分と、
社会人としての渋々の自分を、
きっちり分けて考えることができたら、
その「渋々」の苦痛が軽減されるのだ。

これまで、境界線が曖昧で、
自分も頑張って変わろうとし、
その結果他人を変えようとして、
玉砕した。


人は変えられない。
でも、表現方法や、言葉遣いや、
仕事内容は変えることができる。


夕べ、帰ってからねこたちとまったりしていたら、
夫から電話があった。

お姑さんから電話があったので折り返しかけたら、
かけてないと言うらしい。
知らない人から電話があったとか色々言ってるから、
見に行ってやってくれないか、とのことだった。

電話を切って、すぐに母屋に行くと、
真っ暗なリビングで、
お姑さんがテーブルに突っ伏していた。

「おかあさん! どうなさったんですか!」と声をかけたら、
応答があってホッとした。

一日中寝ていて、チャイムが鳴ったり、
携帯が鳴ったりしたように思って起きたけれど
誰も来ていないし電話も知らない番号だと言う。

それで起き上がって窓のシャッターを閉めようとしたら、
めまいがして、動けなくなったそうだ。

切れ切れにそう話してくださったので、
わたしは背中をさすりながら聞いていた。

小さな、痩せた背中である。

「もうどうしちゃったのかしら、今までこんなじゃなかったのに。」と、
嘆くお姑さんを見ていて、
本当に、もうそろそろ限界なんだなと感じた。

わたしが嫁に来た頃は、
まだチャキチャキだったのに。
悲しくなる。

しばらく傍にいて背中をさすり、
それからゆっくりベッドにお連れして、
寝ていただいた。

血圧を計ると、
上が147あってちょっと高めだ。

眠りますからもういいわ、と言われて帰って来たけれど、
子供たちの夕飯がない。

夫は飲み会でいないので、
長女と末っ子くんにメールをして、
帰りにアパートに寄ってくれるよう頼んだ。

買い物をしていなくて食材がないので、作ってあげられない。
なので、冷凍のハンバーグと、ご飯パックと、
味付け海苔と、枝豆を茹でたものを準備して、
先に帰ってきた末っ子くんに渡した。


お姑さんは88歳。
お嫁さんを亡くし、小さい子供が残ったので、
二度、子育てをされた方だ。
とてもきっちりした人だ。

でも、もう限界だよね。
わたしが、手を出すときが来た。

自然にそう思った。

実はそれまでは、
お姑さんと話すのも苦手で、
母屋に行くのも苦手だった。

もう30歳になる大人の子供たちがいるので、
わたしが家事全般を引き受ける必要はないと思う。

そもそもわたしにはこなせない。

けれど、今時なんでも外で買えるとは言っても、
まだ若い子供たちにコンビニ弁当をすすめて、
添加物漬けにするのは、
すごく嫌だと思った。

ならば、一日に夕飯の一品だけ、
作ることにしようかな。
しかも、入手しにくい「煮物」限定で。


夫の還暦祝いをしたとき、
わたしは前の夜から煮込んだ大根の煮物を持っていったのだが、
主役の夫が一切れ食べただけで、
あとは子供たちのお腹に入っていった。

だから、9時10時に帰って来て、煮物があれば、
ちょっと家庭的な気分を味わえるのではと思ったのだ。


買い物に行って、食材を買い、
今日は白菜と豚バラとあといろいろ入った煮物を作った。

母屋のキッチンに入るのは精神的にきついので、
アパートで作って持ち込んだ。

夫に説明メールをすると、
心から喜んでくれた。


そう、昨日までは考えていなかったことを、
わたしは今日突然始めたのだ。

自分が潰れてしまわないように、
最初から、夕飯の煮物だけ、と決めておく。

それでやってみよう。


明日はお姑さんが病院に行きたいと言うので、
ご一緒することにした。
これも画期的。


「素」の自分を理解した上で行動するのは、
なんて楽なことだろう。

あの本にめぐり合えて本当に良かった。
ゆうべ3回目を読んだ。
覚えるくらいに読みたい。

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「嫁」という奴隷。

最初に書いておくが、
今現在のわたしは、「家の嫁」ではない。

夫の後妻である。


最初の結婚は、
その当時の適齢期に付き合っている人がいれば、
自然に結婚という流れになったのと、
わたしが母を嫌いで、
早く家を出たかったからだった。

しかしその結婚が幸せでないことについては、
すぐに感づいた。

田舎の兼業農家。
広い田んぼと畑、家の敷地。

田舎の因習に首まで浸かった人びと。
見下される毎日。

前夫の両親は働きながら農業を営んでいたので、
家事一切はわたしに任された。


すぐ妊娠したわたしは、つわりもひどく、
一度は流産しかけて入院したりして、
家事も大変だった。

姑の助けは無かった。


田舎には意味のわからない風習がたくさんある。
姑はそれらをわたしに引き継がせようと躍起になっていた。

けれども、
日本民族のマイノリティーであるわたしは、
「意味がわからないこと」を、受け入れ難かった。

それで姑に「それはどういうことですか?」と質問をする。
すると、
「あんたは親に口答えするんかね!」と泣き叫ばれた。

どうやら、「嫁」には、発言権どころか、
質問する権利さえ無いらしかった。

家族たちはみんな散らかし放題だった。
自分が出すゴミを捨てようとせず、
自分が使った食器一個を洗う気もなく、
見当たらなければ平気でわたしの食器を使われた。

前夫に訴えると、
「オマエは嫁なんだから。」
と言われた。

はは~ん、それは、
「嫁は家政婦以下」ってことなんだな、と感づく。

家政婦ならまだマシだ。
お給料がもらえるのだから。

けれど嫁は「奴隷」なのだ。
黙って従い、家事をすべてこなし、
跡継ぎを産めばいいだけの存在だった。

その大切な跡継ぎを授かったと報告したとき、
姑は、「お金がかかるね。」と言い放った。

産まれたときには、病院に来たとたん、
「早く達者になってね。」と言った。


たくさんたくさん、嫌なことがあった。
思い出して書くのも腹立たしいぐらい嫌だ。
人道的に外れても、
早く死ねばいい!と思っている。

前夫はもちろん、わたしをかばってはくれなかった。
だから別れたのだ。


わたしに、「言葉にとらわれすぎている。聞き流せ!」と言ったのは奴だ。

なら、ひどいことを言われた側は、我慢するしかないと言うのか。
そんな理不尽な話があってたまるか。

田舎の変な風習にしても、
わたしはその全容がわかり、由来がわかり、
行う意味について理解できれば、率先してやったはずだ。

ただ質問をしただけで、口答えとみなされ、
ひどい言葉でののしられても、聞き流せと言われた。


もちろん、世の中、言葉だけが全てではない。
人が人と会うのは、それが言葉の交換だけにあらず、
表情や情感の共有だからわざわざ会うのだ。

けれど、言葉を軽んじる人をわたしは許せない。

その言葉に、自分自身の確固たる裏づけなしに発するべきではないと思う。

発した言葉は、決して取り返すことができないからだ。
普段、言葉について充分に考慮している人であるかどうかが、
わたしにとっては最も重要な信頼関係となる。


愚痴を吐くのもいい。
人の悪口だってもはや構わない。
それが風評ではなく、
自分の受けた経験のうえに成り立っている言葉であれば、
真摯に聞く耳を持とう。


離婚して、この東京で息子を育てられて、
本当に良かったと思っている。
息子もそれは言っていた。
実の父親には、お嫁ちゃんを会わせないと言っていた。


わたしは今は、かつての「奴隷」から、「妻」に昇格して幸せである。
この後は、自分が出来ることを粛々と進める。

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「欺瞞」をする自分。

わたしは40年以上も、
自分のことを誤解してきた。

もっと言えば、買いかぶっていた。

真の自分を知るチャンスに恵まれず、
ずっと偽りの自分で生きてきてしまった。

だから決壊して発病した。


今日、わたしは「欺瞞」をした。
いや、先週もした。

本心を隠して、
役割をいやいや演じた。

先週は夫に頼まれてお姑さんの様子を見に行き、
じっくり話を聞かされた。

今日は、母に電話をして、33分話を聞いた。


今までは、とても苦しかった。
なぜこんなに苦しくて、自分が寝込むほどになってしまうのかが、
わかっていなかった。

でも、今はわかる。

わたしは、日本人の美徳を持ち合わせていない少数派だ。

にこやかに、もしくは同情的に、
愚痴を聞いてあげるなんて、本当は大嫌いだ。

そういう真の自分をわかったから、
覚悟を決めて、「欺瞞」を行う。


お姑さんは、子供たちには先妻さんの話をしないそうだ。
わたしにだけ話して聞かせる。

わたしは相槌に困り、言葉を失う。

どんなに素晴らしいお嫁さんだったかを繰り返し話される。
わたしを、後妻だとわかっていてするのだろうか?
その意図は何なのだろうか。

「本当に残念でしたねえ。」
わたしは決まってこう言って腰を上げる。
逃げ出さないと潰れてしまう。


少女の頃から自分の存在が不明だった。
太宰治を読んで傾倒したのは、
太宰治の世界観が、余りにもしっくり来たからだろう。

本屋に行っては、哲学の本を開いて見ていた。
でも、高校生にとってわかりやすい哲学書はなかった。


輪廻転生というのを知ったのが21歳のとき。
それを実感したのが息子を産んだとき。

それからわたしは遮二無二働いてきた。
ずっと違和感を抱え込んだまま、
自分を疑うことをせずに、
鎧を着込んだ自分を自分だと思い込んで、
生きてきた。


うつ病を発症して、
鎧がガラガラと外れて、
いかに自分が弱くてもろい生き物だったかを初めて知ったのだ。


いま、わたしは何もしていない。
でも、すごく忙しい。
退屈している暇なんて無い。

やっと訪れた、自分を知る人生。

何にも知らずに生きてきてしまったので、
知らなければいけないことがいっぱいある。

今生での課題をこなさなくてはならない。

でも、今日の電話を母は喜んでくれた。
良かったとしよう。

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もう濡れなくて済む。

もう体が痛くて痛くて、
苦しくてたまらない。

起きてすぐ電話をして、マッサージの予約を取った。

予約時間までちょっと時間があいたので、
母の携帯にメールしてみた。

そしたら、父から電話がかかってきた。

手術後初めて声を聞いた。
すごく元気そうだった。
前よりも体が楽になったとゴキゲンだった。

退院したと聞いてから10日も経って、
やっと電話できた。
母は留守との事だった。

20分くらい喋って、
母にはまたあらためて連絡するからと言って切った。

それからマッサージに行って来た。
極楽…。
この時間が永遠に続いて欲しいと思うよ。

帰りにミニストップでソフトクリームを食べた。


ムギは、ケージの中のペットシーツにオシッコをして、
ウンコはねこトイレにしてあった。
上出来上出来。

このパターンでしてくれるなら、掃除も簡単で済む。

ちまは、ムギの存在は認めてくれたが、
積極的に仲良くなろうという気はない。

逆にムギは、ちまと遊びたくて、
近寄って行ってしっぽを触ったりして怒られている。

うんうん、いいよ。
仲良くならなくても、
争わずにいてくれたら充分幸せだよ。

昨日の夕飯では、ちまにもムギにもホタテをあげた。
ムギはこんないいものきっと食べたことないだろうな。

今、外はかなりの雨だ。
ムギがもう濡れなくてもいいと思うと、
本当に心が安らぐ。

外で呼んで、
階段を駆け上がってきてくれたあの姿も、
かけがえなく愛おしかったけど、
いま、一緒に暮らしてしあわせだ。

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永遠の赤ちゃん。

ムギはお部屋ライフをエンジョイしている。
ちまのことも好きなようだ。

ただ、ムギはトイレでオシッコができない。
トイレに入っても前足だけだったり、
まったくトイレに入らず平地にしてしまうこともある。

毎日、起きたらムギのオシッコ掃除でスタートだ。

後ろ足が一本ないから、
感覚がわかりづらいのかな。

今日はムギの通院だったので、
主治医に相談してみると、
平地型の子かもしれないので、
ペットシーツを使ってはどうかと勧められた。

帰って来てわたしはすぐに寝てしまったが、
夫がペットショップに行って、
ペットシーツやおもちゃなんかを買ってきてくれた。


ねこって、永遠の赤ちゃんみたいなものかもしれない。

だから可愛いんだ。


早くに避妊手術をすると、
あどけなさの残るねこになると読んで、
ちまは6ヶ月になってすぐに手術を受けた。

ムギはノラだけれど、
後ろ足の怪我の処理も、去勢手術も、
ちゃんとやってあった。


ちまはよ吐くし、
ムギはオシッコちびるし、
なんだか可愛い赤ちゃんをふたりかかえているみたい。

新しいキャットタワーはちまが使い、
ムギは買ってもらったネズミのおもちゃで一人遊びをしている。

ふたりとも、
息子の小さかったときみたいに可愛い。

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良くなったと思ったのに。

年が明けてから、3月終わりまで、
精神的にいろいろ大変だった。

頑張ってきたことが無駄だったとわかったときの空虚。

外からの威圧。

親が電話を待っているだろうなと思うプレッシャー。

夫の定年。

父の手術。

夫の還暦祝い。

お姑さんの不調。



映画も観られるようになったし、テレビも見るし、
さらに本を読めるようになって、
わたしはかなり心豊かになったつもりだった。

でも、お姑さんの一言で、簡単に落ちてしまう。

いつもニコニコしてるから、
元気そうにふるまっているから、
良くなったんだろうと思われているかもしれないけど、
わたしは大量の薬に支えられて暮らしている。


父が退院してから一度も話していない。
電話しなくちゃな…。

考えるだけでしんどい。

疲れたよ。

今日は精神科の通院日で、主治医にこれらのプレッシャーを聞いてもらった。


夜、注文していたキャットタワーが届いた。
夫が組み立ててくれた。

…でかい…。
ねこが4匹くらいで遊べそうだ。

ちまはお外を知らないねこだが、
ムギは外ねこのときにけっこう走り回っていたはずなので、
キャットタワーに登って遊ぶといいな。

キャットタワー、見せたけど、
しどけなく床に寝ころんでるわ…。

わたしももう寝よう。
なんだか、疲れた。

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棘が刺さる。

父の手術が先月25日に終わって、
28日にはもう退院しているのに、
わたしはまだ電話もしていない。

夫からは、お姑さんの様子を見に行ってくれと頼まれているので、
今日も行って来た。

手ぶらでは何なので、桃缶(パウチ)を買って持って行った。

今日は調子が良くて、
お姉さんがいらして、
一緒にお花見に出かけたとのこと。
ご飯も食べられたとおっしゃっていた。

わたしの母の愚痴もひどいが、
お姑さんの話もいつも同じ。

機嫌が良ければ卓球の話。
機嫌が悪ければ、孫たちへの不満。

どっちにしても、最後は亡くなった先妻さんの話になる。
そうなるとわたしは相槌にも困る。

夫から聞いても、素晴らしく優しいいい方だったようなので、
お姑さんの話の内容も、
決して誇張ではないのだ。

わかっているけれど、
後妻のわたしは、いったい何と返事をすればいいのだろう?
何を望まれているのだろう?

ただ、「残念でしたねえ。」と答えて、
今日は逃げるように帰って来た。


夜夫がねこたちに会いに来る。
お姑さんに桃を渡したよ、と言ったら、
今日はまだテーブルの上にあったけど、
すぐにわたしからもらったことなど忘れて、
食べないのだと言う。

前にお好きなお菓子を買っていったのも、食べてないと言われた。


そりゃ仕方ないよね。
一緒に暮らした期間は短かったし、
アパートに越してからはほとんど母屋には行かないし、
わたしが誰なのか、わからなくなっても仕方ない。

夫の還暦のお祝いの時、
「この子ね、末っ子なのよ。60になったの。」と言われた。

知ってます、妻ですから。
とは当然言えず、
「はい、良かったですねえ。」と答えた。


お姑さんの具合が悪いと、夫も機嫌が悪くなるし、
わたしはどうしたらいいのかわからない。

自分の母とさえ喋れないのに、
お姑さんの愚痴を聞くのは苦しい。


でも夫が望んでいるので、様子を見にいかなくてはならない。
お姑さんには、
「あなたも引きこもってないで、こっちで料理して。」と言われてしまった。

痛い棘が刺さった。

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携帯が壊れた。

月曜日、知人と待ち合わせしている時に限って、
携帯が派手に壊れた。

それまでも時々調子が悪くて、
替えなきゃダメかなあと思っていたのだが、
だましだまし使ってきた。

あ、ガラケーです。

とうとう何の操作も出来なくなってしまったので、
今日はauショップに行って来た。

事前に夫に教えてもらって下調べしてあったので、
欲しい機種はすぐに決まった。
欲しい色の在庫もあったので、
即決。

その時点では5席あるカウンターには、
誰もお客さんがいなかった。

わたしが座って、手続きを始めると、
次々とお客さんが入ってきて、満員になった。


障害者手帳を出して、割引をお願いした。
月々の通話料が200円安くなるそうだ。

すぐに使えるようにしてくださいと頼んだので、
セッティングしてもらい、
帰って来てすぐに夫にメールをした。

夫に、またお姑さんの様子を見に行ってくれと頼まれていたので、
ちょこっと行って来た。

正直、お姑さん、すこし危ない…。

夫が定年になったことはわかっているのだけれど、
「定年になったのに、あの子毎日出かけるのよね。どこに行ってるのかしら。」と言う。
わたしは慌てて、嘱託になってそのまま働いていると説明した。

夫が、やってはいけないと言ってある、印鑑の整理なんかもしちゃったようだし…。

夫は辛いだろう。


ところで、今日はちまが一度もムギにシャーッと言わなかった!
ちまはムギを認めてくれたのだ。
嬉しい!
さすが天使のちまちゃんだ。

ことさら仲良くなれなくても、
一緒に暮らすことが苦痛でなくなってくれたのは本当に嬉しい。

しかし問題が一つ。

ムギは、オシッコを上手にトイレで出来ないのだ。
体がトイレに入っていても、お尻が外に出ていて、
オシッコが後ろに飛ぶので、
床にこぼしてしまう。

後ろ足を一本失っているから、
自分の体の感覚がよく把握できてないのかもしれない。
だからムギがトイレに入ったら、
すかさず介助する。

でも今夜は、ラグの上でジョーッとされてしまった。

このラグ、気に入っているんだけど、
そろそろサヨナラかなー。

でもでも、ねこ二匹の暮らしは幸せだ。

夕べは寝る前にムギを撫でていたら、
うしろからちまが、背中をトントンした。

それでちまを抱き上げたら、
ムギは足に絡み付いてきた。
幸せだー。

ムギのオシッコのことは、日曜日病院なので、
また先生に相談してこよう。

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残酷な母親たち。

このブログを始めて、
多分もう8年ぐらいにはなると思うんだけれど、
最初はコメント欄を開放していた。

でも、彼氏が逮捕された暗い話を読んでくれてる人がいるのかわからなかった。
その後、ブログ村のうつ病カテゴリに入ったら、
順位が上がって、コメントをくれる人も増えた。

初期のころからずっとコメントをくれていて、
わたしが絶望的になっているときにはメールをくれた読者さんがいる。
パソコンのことに詳しくないわたしに色々教えてくれた。
夜中に電話で喋ったこともある。

その彼女が、妹さんの結婚式で東京に来た。

予定が見えなかったので確約はしなかったが、
会えれば会おうか~ぐらいのノリでいた。

そしたら、月曜日に「予定あります~?」とメールが来た。
それで、夜会って飲むことになった。

わたしにとっては画期的なこと。

でも、彼女がわたしと同じ傷を負って生きてることを知っていたので、
会いたくなった。

新宿で待ち合わせたのだが、
着いたところでわたしの携帯が故障してしまい、
着いたことを知らせられずにいたら、
彼女がわたしを見つけてくれた。

初対面の気がしなかった。
とても似た雰囲気の人が現れた。

安い居酒屋でいいと言うので、
チェーン店の居酒屋に入った。

お互いの生い立ちを話す。
母親に、どんな言葉の虐待を受けてきたかを話し合う。

お互い驚いて、
「それはひどすぎる!」とか、
「それはあまりにも残酷だ!」と、声をあげてしまった。

でも、自分の母を嫌いだなんて誰にも言えないし、
世間的にも正しくないと思うから、
近づいて、すこし扉を開くと、
その隙間に、すかさず刃を突き刺して来る。
その繰り返しだ。

わたしも彼女も、もう母親には心を開かない。
本音で話すこともしない。
逃げることしかしない。


集団行動や、
日本人の美徳とされる様々なことを苦手とする少数派。
それゆえの苦しさと、
そこを攻撃される痛み。

家庭が安全でないという事態が、
わたしや彼女のような、
心に塊をいだいた人間を作り出した。

本当に悔しい。
残念だ。


けれど彼女らは、
自分の娘に愛されないという罰を受けるのだ。
知らないで死ぬのだろうけれど。


いっぱい話したが、
もっと話したかった。
遠いところに住んでいるので、
今度いつ会えるかわからないけれど、
多分これからも会う人だと思った。


ねこたちは、だんだん距離が縮まって来た。
今日は引きこもってずっとねこずと一緒に過ごしたけれど、
ちまの「シャーッ」はたった2回に減った。
一緒に猫じゃらしでも遊べた。

幸い、ムギはちまを好きになったみたいなので、
いい方向に向かっていっていると思う。
ねこたちが居て幸せだ。

                                            伽羅moon3

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