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2015年3月

じょうずに棲み分け。

動物の世界で言えばテリトリー。
人間ならパーソナルスペース。

わたしは多分、猫並みに広い。
普通は男性より女性のほうが狭く、
知らないおばさんどうしがすぐ打ち解けて話せるのはそのわけだ。

わたしは脳が男っぽいので、
知らない人と打ち解けるのは難しい。
知ってる人ともなかなか親密にはならない。

親密になって失敗した例をいくつも体験してきたので、
友達は最少人数でいいのだ。


さて我が家のにゃんず。

ゆうべはちまが一緒に寝てくれた。
ちまちゃん一緒に寝ようね~と布団に入ったら、
ムギが、「ぼくも~。」と布団に近づいてきた。
ちまに「ガーッ」と脅されて、しぶしぶ退散。

でもだんだん、少しずつだけれど、ちまの「シャーッ」が減ってきた。

広い部屋じゃないけれど、
上手に住み分けて楽しく暮らせたらいいな。

ちょっと立派なキャットタワーも注文した。

ムギが後ろ足が一本なので、
あまりジャンプができない。
なので、階段が付いていて、天井近くまで登れるタワーだ。

猫との暮らしは楽しいな。
ムギはちまが気に入ったらしく、どんどん寄って来る。

無邪気で可愛い。


昨日の還暦祝いの会を、夫は楽しかったと言ってくれた。
良かった。
頑張った甲斐があった。

年明けから辛いことが続いたけれど、
ようやく一段落かな。

                                            伽羅moon3

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大事なものを見逃さないよう。

わたしは息子の写真を飾っている。
息子とお嫁ちゃんの写真も飾っている。

二人の写真を見ていると、
「ツインソウル」という言葉が浮かんでくる。
ほんとうに引き合って出会った二つの魂なんだと思う。


しかし、わたしは写真を撮られるのが大嫌いだ。
笑えと言われるのも大嫌いだ。

写真は残酷で、自分の醜い姿を客観的に突きつけられる。

だから、夫にも撮らないでと懇々と言ってある。


息子が子供の頃、
一生懸命にビデオを撮っている親たちがいたが、
わたしはビデオなんていらないと思っていた。

それよりも、心の目にしっかりと焼き付けておけばいい。
そっちのほうが大切だ。

子供が子供である時期はとても短い。
一日も無駄に過ごさないよう、じっくり見てあげたいものだ。

でもそれは、わたしが一人しか育てていないから言えるのかな。


ムギが部屋に入ってきて、
ちまがまだ「シャーッ」と言うので、
両方に気を使うので忙しい。

ムギは無邪気で、ちまにもどんどん近づいて行く。
今日はすれ違いざまに、「鼻チョン」をしたので、
やった!と思ったら、
ちまがハッとして、「シャーッ」と言った。

もう少しで距離が縮まるかな~。


今夜は、母屋で、
夫の還暦祝いがとり行われた。

わたしと長女が相談して、進行したのだが、
作った料理を持って母屋に行くと、
夫も忙しく立ち働いていたのがおかしかった。

子供たちからは、錫のタンブラーと、ワインと、焼酎がプレゼントされた。
わたしからは腕時計。

夫は嬉しかったかな?

わたしが作った大根の煮物も好評で、
大鉢に盛ったものが空っぽになった。

長女が作ってくれた料理も美味しかった。
次女ちゃんも特別スープを作ってくれた。

わたしは、家族って苦手だけれど、
いい子供たちを持って夫はしあわせだと思う。

一緒に暮らせててうらやましいな。


ちまは今、箱に毛布をひいた中に隠れていて、
ムギはテーブルの下でイビキをかいて眠っている。
ふたりが仲良くなってくれたらいいな。
仲良くならなくても、
ちまの「シャーッ!」がなくなってくれたら幸せ。

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ねこたちの顔合わせ。

起きて、ちまの世話をしてから、
ムギを見に行った。

トイレを盛大に使ってあって、
猫砂が派手にこぼれていた。
匂いも充満していた。

窓を少しだけ開けて、換気扇を回し、
トイレの清掃をしていると、
ムギが浴室から出てきた。

数日前は、出てきてもすぐに引っ込んでしまったのだが、
今日はキッチンを探検し、トイレを探検し、
ついにリビングに入ってきた。

好奇心で満々の目をしている。

まだ早いかと思っていたのだが、
ムギが堂々と入ってきてしまったので、
ここはもう、流れに任せることとした。

ちまは布団の上に居た。
ムギは部屋に入って、反時計回りに探検していく。

丁寧に匂いを嗅いで、鳴きながらゆっくり回ってくる。
わたしは黙って様子を見ていた。

ムギが近づいてくる。
それを見つめているちまの瞳孔が開く。

ちまが、ウ~ッと唸って、
「シャーッ」をやった。

繰り返し、シャーッをお見舞いだ。

でもムギは全然平気でちまの傍にもやってきた。
ムギは外社会で、散々シャーシャー言ったり言われたりしてきてるから、
そんなの平気みたいだった。


これも何かのきっかけだから、
このまま同居させよう。

浴室からムギちゃんグッズを持ってきて、
ケージに配置した。
ムギをケージに入れたが、
すぐ出てきてしまう。

部屋を気に入ったようだった。

しばらくはちゃぶ台の下にいた。
でもわたしは買い物に出たかったので、
ムギをケージに入れて、
出かけた。


帰って来てちまにおかかをやっていると、
ムギも欲しいという。
ケージの中でおかかを少しやった。

そしたら食べ終えてまた出てきて、
今度は食卓の椅子の下でゴロゴロしている。
時々ちまが思い出したようにシャーッと言っているが、
適度な距離を保ちながら、なんとなく、居る。

寝るときはムギをケージに入れよう。

ちまがムギを受け入れてくれるといいな。
それだけを願うのみだ。

とりあえずは、何でもちま優先。
しかし、ムギちゃん、意外に図太いにゃんこだったわ。

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盛り上がるカウンセリング。

わたしはこの数年、
間違った方法を実践していた。
それはもう、努力に努力を重ねて、
母の愚痴を全身で聞いてあげていた。

わたしが理解を示せば、
母もわたしへの愛情を表現してくれると願っていたのだ。

まず自分が変わらないと相手を変えられない。
そのために吐いたり下したりしながら、
わたしは努力を重ねて来た。

すべては、わたしを受け入れてもらいたいがために。


けれど、お正月に、
犬のゴンの話を、40年の月日を経て切り出して、
わたしは理解を求めた。

そして見事に玉砕した。

牙城はガラガラと崩れ落ち、
心が悲しみで満たされ、
愛のコップは空っぽになった。

わたしは母を遮断した。
そして内にこもって内省をし始めた。

映画を観て、テレビを見て、本をたくさん読んだ。
ムギとの出会いもあった。


あんなに必死に努力したのに、
それが無駄に終わったことで、
わたしは相当に疲弊し、悲しみの底に沈んでいた。


そして昨日の記事に書いた本にとうとう出合った。

そうか。
自分を変えることなんてできないし、
増してや人を変えることなんて出来るはずがないじゃないか。

自分だって、一歳半の記憶が始まった頃から、
ちっとも変わってないじゃないか。

わたしは、日本社会における、「不適合者」だ。
協調性もなければ指導力もなく、義理堅くもなく、
団体行動なんて出来もしない。

だから家庭も学校も嫌いだったのだ。

けれど、どうしてそんなことが言えよう?
言った途端、どうなるかは子供のわたしにもわかっていたらしい。

だから精神のバランスを崩しながら、
学校に行っていたのだ。
そして、家庭は安全基地ではなく、
そこもまた戦場だった。


三交替勤務の父を中心に回っていた家庭は、
いつもピリピリとしていた。
甘えも和みも相談もそこには存在しなかった。

問題を起こされたくないがゆえに、
わたしを押さえつけ縛り付けるだけの痛ましい家庭だったのだ。

母は、人に親切で義理堅く、
常識もあり社交的で、
いわゆる日本人のいい人だ。

わたしは異端児だ。

母はそれを一切認めなかった。
わたしの体は週末ごとに熱を出し、
めまいをおこし、
蕁麻疹を出し、
パニック発作をおこして、
全身ですべてに抵抗していたのに。

体が弱かったのではない。
心が弱かったのでもない。

わたしは、不適合者だっただけなのだ。

だから、これからは偽善はしない。
ごく少ない理解者とともに生きてゆく。


カウンセリングで話をすると、
驚いたことに、カウンセラーさんも同じだったと言う。
びっくりした。

彼女は、最初の仕事が、
中学校の不登校の人と話す仕事だったそうだ。

そこで聞いているうちに、
ああ、わたしも実は学校が大嫌いだったと気づいて、
そこで、本格的にカウンセラーになろうと勉強したそうなのだ。

わたしたちは水を得て盛り上がってしまった。

お互いに喋り倒して、
最後は脳内の酸素が足りなくなっていた。


自分を知るのに、何と言う長い年月をかけてしまったのだろうか。

ずいぶん無理な生き方をしてしまった。
迎合して必死にくらいついて生きたけれど、
糸は切れて病気となって現れた。


わたしの「バイブル」は夫に手渡した。
夫なら、読んで理解し共感してくれる部分があると思う。
そこでわたしたちは確実に繋がっている。

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人生後ろ向きに生きる。

テレビでちょこっと紹介された、
ある哲学者さんの言葉が気になって、
その人の本を中古で買って読んだ。

うわあ、なんて素晴らしい内容なんだろう!

わたしが子供のころから感じていた、
家庭や学校生活や社会や人間関係についての、
もやもやする気持ちについて、
そこに正解が書かれていたのだ!


もちろん、それは日本人のなかの、
ごくごく少数派の意見だ。
そんなことをおおっぴらに発表してしまったら、
たちまち迫害され排除されてしまうようなパーソナリティの話だ。

でもわたしは、その少数派の一員だったのだ。

だから、子供の頃から生きにくくて苦しかったのだ。

それがわかって、そして肯定されて、
わたしはその本をバイブルにしたいと思った。

それは、
哲学者で大学教授の、中島義道さんが書かれた、
「私の嫌いな10の人びと」
という本だ。

その中から、たった一つ例をあげてみよう。

以下抜粋。

「嫌いな人…いつも前向きに生きている人」
・いつも前向きに生きている人は、自分だけそっとその信念に従って生きてくれれば害は少ないのですが、まわりに後ろ向きに生きている人を見かけるや否や、全身でその人を「調教」しようとします。それは、そばにめそめそ・くよくよしている人がいると、自分が不愉快だからです。(以下略)


そう、「いい人」というのは、自分が自分を信じてその道を歩む分には、
なんの害もないのだが、
得てして回りにそうではない人を見つけると、
不用意に励ましたり、笑えと言ったり、
自分に付き合わせたり、挙句は調教しようとまでするのだ。

わたしはそういう人が大嫌いだ!

実は子供の頃からきっとそうだったのだ。
だから、母親も嫌い、学校も嫌い、
無能な前夫も嫌いだったのだ。

わたしは日本人の中の少数派である。
義理堅くもないし、
曲がったことが嫌いでもないし、
綺麗に忘れて前進することもできない。

だからこそ、カウンセリングに行き、
こうしてぐじぐじとしつこくブログに書いているのだ。


いい。
わたしはこのまま後ろ向きに生きてく。
傷つけられた経験を忘れていい人になろうなんてもう考えない。

母の言う、父の愚痴ももう一切聞かない。
年賀状もいずれ出さなくなる。
偽善はしない。


ああ、わたしのような道に外れた人には、
とても納得のいく素晴らしい本だ。

それが、なんという偶然か、
その著者は、
長女と末っ子くんの母校の教授だった。
えええ?

夫に話したら、長女ならその人の講義を受けたかもしれないと言っていた。

わたしはもう一回この本を読んで、
それから夫にも読んでもらおうと思う。

ああ、すっきりする本に出合えていい気分。

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ねこはずるいなあ。

今日は朝一番で、
ムギをクリニックに連れて行った。

ムギをここまでにするのに二ヵ月半かかったが、
家に入れてからほんの数日で、
ここは安全だと認識したようで、
すごくおとなしくリラックスして過ごしている。

洗濯ネットに入れてから、キャリーバッグに入れたのだが、
うんともすんとも言わず、
おとなしく入った。

前夜、ふと見に行ったら、
ムギは上半身はトイレの中にあるのに、
肝心な下半身がトイレの外にあって、
敷いてあったタオルの上で排便していた。

ウンチはチャック袋に入れ、
オシッコはコットンに吸わせて持って行った。

それと血液検査。
ワクチン接種。
毛玉を切り取ってもらったり、爪を切ってもらったりした。


ムギは推定3歳の、去勢された男の子だった。
歯は、下の前歯が欠けていたが、
歯そのものは綺麗だった。

猫エイズも、白血病も無かった。
良かった。


ただ、尿検査で、少し血尿が見られ、
顕微鏡で見ると、「ストルバイト」という四角い結晶がいっぱい見られた。

これが固まると結石になってしまうらしい。

正直言うと、
ムギの気を引きたくて、
安いフードを大量に与えてしまっていた。
そのせいもある。

薬による治療と、療養食を勧められた。

オシッコの検査をしてもらってよかった。

帰って来て浴室に放して、
餌をやったらガツガツ食べていた。

ワクチンのせいか、少しだけ熱っぽかったが、
夜中には熱は引いた。


ところで、25日に父が心臓の手術をする。
明日全身の検査があって、火曜日に入院する。
なので、久しぶりに「電話いい?」とメールした。

そしたら父が電話をかけてきた。
元気そうだった。
色々話して、途中母が帰って来たので、母にも代わった。
お父さんは大丈夫だから、と励まして電話を切った。


ムギのことに夢中になっていて、
ゴンのことの辛さは薄らいでいる。

ムギとも運命的に出会ったんだなあ。
ムギは甘えっこで浴室に会いに行くと、
すりすりゴロゴロで甘えてくる。

あとはちまとの相性。

ちまは優しい子だから、ムギに対してシャーッとは言わないと思う。
でもムギが言っちゃうかな。

どっとにしても、
ねこってずるい。
可愛すぎる。

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与える愛、求める愛。

ムギは、保護室となった浴室で、
結構快適に暮らしてくれている。

ただ、ちまと違って、甘え方がハンパない。

ちょっとでも気配を察すると、
甘え鳴きをして呼び続けるのだ。

ノラ生活がどれくらいだったのかわからないが、
愛情に飢えていたのだろう。

撫でてもらうだけでは満足せず、
腰掛けている膝の上に乗って丸まったり、
床に座って伸ばした脚に挟まるのがお気に入り。

今日は昼間の暖かいうちに、ムギをシャンプーした。

たらいが無いので、ねこトイレをたらい代わりにお湯を張って、
そっと座らせて、ゆるやかにお湯をかける。

鳴いてはいたが、両手をクロスさせて押さえていたら、
案外おとなしく洗わせてくれた。

充分ゆすいで、タオルとペーパータオルで水分を取り、
あとはしばらく放置しておいた。


ちまは、ムギと違って、要求の少ない猫だ。

小さい頃はよく背中に飛びついてきたり、
トイレで腰掛けているとやってきて、
何十分も抱っこしていたものだけど。

いまのちまは、居るだけで充分。
いっぱい愛を与えてくれる存在だ。
一緒に寝てくれるとすごく幸せ。


自分が一人っ子で、子供も一人しか育てていないわたしに、
ねこ二匹を上手に愛せるかと、
夫は信用していない。

けれど、息子が結婚して、
お嫁ちゃんへの愛がわたしに増えたように、
愛が増えることをわたしは経験した。

ムギが乾いてから、赤い首輪をつけた。
毛はふわっふわになっていて、
新品に取り替えたベッドでリラックスしていた。

明日の朝、ちまが行っている病院に連れて行く。
どうか病気がありませんように…。

                                          
夫は、会社での送別会を終えると、
深夜、わたしの部屋にやってきた。

悲しいことをいっぱい思い出したと言っていた。

わたしとの結婚が思っていなかった方向にいってしまったとも言っていた。

少し喋って、眠ってしまった。

子供たちや、わたしの息子やお嫁ちゃんからもメールが来たと、
ちょっと嬉しそうにしていた。

お誕生日会は今度の土曜日。
喜んでもらえるようみんなで頑張ろう。

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感謝と感激の嵐。

昨晩もちまが一緒に寝てくれた。
すごくしあわせ。

一日引きこもる。
昨日買ってきた本を読みながら過ごす。

夕方、夫が注文してくれた、猫のノミ取り薬(フロントライン)が届いた。
来た!
やっと来た!

すぐに開封して、説明書きを何度も読んだ。
いたって簡単なやり方だ。
これで本当にノミやダニが死滅するのだろうか?

でも、外は雨模様だし、
わたしはすぐにムギを保護したかった。

外に出て、「ムギー。」と呼ぶと、
母屋の庭にいて、すぐにやってきた。

餌の袋を振ってみせると、
勢いよく階段を駆け登って来た。

わたしはムギを抱きとめた。

ムギ、ムギ、とうとう来たよ。

ムギを抱いて、浴室に入った。
ムギは少し鳴いたが、
餌をやるとあっという間に食べて、
おとなしくなった。

以前に大雨の日に保護しているから、
知っている空間なのだ。

外で使っていたドームベッドを持ってきて置いた。
タオルも敷いてある。
もちろんトイレも水も完璧。

そして、ムギの肩甲骨の間に、
フロントラインをたらした。
ムギは膝の上でおとなしくしていた。

そしてベッドに入ると、リラックスして、ゴロゴロ言い始めた。


やった!
わたしは感激して泣いた。

ムギと家族になった!
これでもう、怖い思いをさせることはない。

雨からも、風からも、雪からも、夏の酷い暑さからも守ってやれる。

飢えからも、虫からも、事故からも、意地悪な猫たちからも守ってやれる。

家猫としての、おだやかでゆったりとした暮らしをさせてあげられる。

嬉しくてしばらく泣いた。


ムギがいったい何歳なのかまだわからない。
ちまは先日無事に6歳になった。
ムギも同じくらいだろうか?

でもとにかく、今度はちゃんと看取ってあげられる。
何年生きてくれるかわからないけれど、
見送るときには花いっぱいにして送ってあげられる。


夫に心から感謝する。

4人で幸せに暮らそう。
ちまはすごく優しいねこだから、
きっとムギとうまくやってくれると思う。

ちまの気持ちを大事にして、ゆっくり近づける。


今日、夫は還暦を迎えた。
そしてちょうど定年になる。

長い間、悲しみも苦しみも乗り越えて、
よく働いてくれたと思う。
子供たちも全員が社会人となった。

夫の愛情がいきわたり、
素晴らしい子供たちだ。
誇りに思う。


感謝と感激の一日だった。

またちまと一緒に眠ろう。

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感動的な一日!

夫からメールが入っていた。

ムギを飼うことを許可するという内容だった。

嬉しくて嬉しくて何度も読んだ。
感激した。

嬉しくて、今まで張り詰めていたものが緩んで、
ヘナヘナになってしまった。

栄養剤を飲み、ちまにくっついて少し眠った。



三本脚の犬、ゴンの死んだ日のことで、
親と対峙して、
拒絶され、
打ちひしがれて帰って来た日、
突然ムギは現れた。

アパートの階段の下に座って、
わたしと夫を見つめて小さく枯れた声で鳴いていた。

三本脚のキジ猫。

夫が毎日餌をやり始めた。
ムギは毎日来て食べた。

3食をうちで食べて、ガレージや庭で寝ているようだった。

やがてわたしにも少しずつなついて、
お腹を見せてゴロゴロしてくれるようになった。

その頃に、「ムギ」と名づけて、
そう呼ぶようになった。


玄関前で夫の帰りを待っていたり、
「ムギー!」と呼ぶと、
鳴きながらどこかから現れたりするようになった。

わたしはアパートの玄関前に猫ベッドを置き、
自分の座る場所も作って、
そこでムギと過ごすようになった。

不自由な脚で、
ピョコピョコと階段を登ってくる姿に胸がキュンキュンした。

夫もわたしもムギのけなげさにのめり込んだ。

事故に遭わないか、雨で濡れていないか、
いつも心配だった。


夫は慎重に慎重に考えていた。
わたしは、「お願いします。」と三度頼んだ。

夫の意見はいつも正しい。
けれどわたしはムギと暮らしたかった。

ムギの命を看取りたかった。


今夜、雨が降り出して、
ムギをひざに乗せながら、
わたしは40年前に死んだゴンのことを思い出した。

外縁側があって、そこでゴンを抱きながら、
よく星を眺めていたっけなあ。

親に弱みを見せられない自分にとって、
ゴンはたった一人の同士だったのだ。

ムギ。
家族になろうね。
ちまは天使ちゃんだから、きっと優しくしてくれるよ。

泣きながら空を見ていると、
ムギがわたしの顔を見上げた。


夫は、やはりわたしの白馬の王子様なのだ。
一番辛いところで救ってくれる。

こころから感謝し尊敬する。


ノミ取りの薬が届いたら、
ムギにそれを使って、
24時間経ったらシャンプーして、
それからクリニックに連れて行く。

ちまとの顔合わせは慎重に。
ちまの気持ちを大切に。

ご縁をありがとう。
わたしは、ゴンを失った悲しみから、40年ぶりに解放されるのかもしれない。


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同じ失敗を二度しない。

世の中には、
自分が正しくて一点の曇りも無くて、
公明正大だと自慢する人がいる。

だから恥じないと言う。

どんな人生の選択をしたら、
そんな風になれるんだか知りたいが、
たいていは自慢話や人への愚痴なので、
聞いていて嫌になる。


わたしなんて、ホントひどい人生だ。
道に外れたことばっかり。

離婚だって、何も前夫だけが悪者であったわけじゃない。
わたしだってそうとう酷い妻だった。

人間関係でも失敗ばっかり。
人に語って自慢できる人生じゃない。


誰でも失敗するんじゃないかな。
失敗しない人っているのかな。

わたしの母は、わたしの夫は、
失敗してないのかな。
だからわたしを責めるのだろうか。


大切なことがある。

それは、
『同じ過ちを二度しない。』
ということである。

最初は、わからなくて、失敗する。
知らなくて失敗する。
うっかり、失敗する。

そこで歩みを止めたら、もう綺麗な魂にはなれない。


大事なのは、
一回目失敗したことに関して、
充分考察して、反省して、
そして、
二度目、同じ過ちを犯さないということではないか。

失敗を成功の糧にしなくてどうする。


わたしだって、精神的に成長しているのだ。
何年も無駄にカウンセリングを受けてきたわけじゃない。
無駄に心理学の本を読んでいるんじゃない。

自分を高めて、
周りを幸せにしたいから、
誰にも見えない努力を重ねているのだ。

見えない努力は、信じてもらえないのだろうか?


わたしは、自慢できる人生を送ってきたわけではない。
だから、もう母自身に怒りをぶつけたり、
理解を求めるのはあきらめる。

母は、ゴンの事で苦しんできたわたしを、
二度拒否した。
もうチャンスはない。
おしまいだ。


だからわたしは、息子の世代に絶対に毒を渡さない。

受け継いでしまったら終わりだ。

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ホコリの出ない人間がいるのか。

悪いことをしたことがない人間がいるのか。

誘惑に負けない人間がいるのか。

人のことを責められるほど、自分は公明正大なのか。

公明正大であれば、人を否定してもよいのか。



世の中、正しいことだけでできてるんじゃない。

自分が正しいからって、人を否定ばかりするのはどうなのか。



叩いてホコリの出ない人間なんていない。
みんな何らか苦しい。
みんな何らかやましい。

答えは一つじゃない。

正解を選ぶとは限らない。


大事なのは、愛に満ちているかどうか。

わたしは、息子が結婚してくれて、
お嫁ちゃんのことを愛し、
愛が「増えるもの」だということを経験した。


なのに責められるのはいつもわたし。
正しくないと。
歪んでいると。
馬鹿だと。

悲しい。

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びっくりの腕前。

土曜日、夫と一緒に息子たちの家に行った。
ご招待してくれたのだ。

彼らが5月に新婚旅行に行くので、
夫が買って大きすぎて使わなかったスーツケースを、
あげることになっていた。

中にお土産をいろいろ入れて、電車で1時間。
ケーキは地元の古い洋菓子屋さんのを6個買って持って行った。


彼らの部屋はこざっぱりとしており、センスもよく、
素敵な住まいだった。

二人きりの新婚生活の経験がないわたしには、
うらやましい感じ。

息子がエプロンをして、料理を作ってくれていた。

野菜の和え物とサラダ、油揚げの中に具が入ったのをカリッと焼いたもの、
そしてそして、唐揚げが出てきた。

これがあの、お嫁ちゃんの大好きな息子の唐揚げかあ~!

食べてみたら、
ものすごく美味しい!
びっくりした!

今まで食べてきた中で、いちばん美味しいと思った。
息子、すごい!

そして寄せ鍋が出てきた。
タラやエビが入っていておいしい。

息子はガンガン飲んでいる。

食器も素敵なのをいっぱい揃えてもっていて、
グラスもその都度替えてくれて、
素敵な暮らしぶりが伺える。

息子はかなり酔って、
声が大きくなりガハガハと笑う。
こんな息子を見たのは初めてだ。
びっくりした。

お嫁ちゃんは、酔って陽気な息子も、
普段のおっとりと物静かな息子も両方好きだと言ってくれた。

ふたりが本当に愛し合って、
支えあって生きているのがわかる。

ケーキを食べる時には、ウエッジウッドの紅茶を入れてくれて、
楽しく食べた。

あっという間に5時間が経過してしまった。

名残惜しかったけれど、
帰ることにした。

次はうちに来てね、と約束したけれど、
わたしは料理ができないから、
デリバリーかな。

楽しかった。幸せだった。
息子は、いい人と結婚できて本当に幸せだ。

お嫁ちゃんも、
「料理の出来る旦那さんうらやましい~。」と言われているそうだ。

良かった。本当に良かった。
幸せいっぱいで帰って来た。

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娘の涙。

夕べは心が乱れてなかなか寝付けなかった。

カウンセリングで話して泣いてくると、もちろんスッキリしたり、
落ち着いたりはするのだけれど、
自分の傷とまともに向き合うことになるので、
しばらくは辛い気持ちを引きずる。

なので今日はどこにも出かけなかった。

ちまの要求をいっぱい聞いてやり、
ムギには餌を与えるだけにして過ごした。
ちまは猫なのにまっすぐわたしの目を見つめる。

抱っこしたりお話したりして過ごした。


夫が出張で留守なので、
今夜がいいと思い、長女にアパートに来てもらった。
夫の誕生日祝いの打ち合わせだ。

二人きりで喋るのは久しぶりだ。
打ち合わせだけのつもりが色々話をすることになった。

話し始めて、彼女は突如声を詰まらせ、涙を流した。

彼女は彼女で、三人兄弟の長女として、
いろいろ考えたり張り詰めていたものがあるのだろう。

しばらく泣いていた。
わたしも一緒に泣いた。


1時間ぐらい喋って、最後は笑顔で帰って行った。
話せて良かったと言ってくれた。

夫と再婚して、母屋に住んでいた頃、
長女はいつもいつもわたしをかばってくれた。
責任感が強く、優しさに満ちた子なのだ。

その子が泣いている。
わたしも胸がいっぱいになって一緒に泣いた。

本当の娘じゃないけれど、
わたしは夫の子供たちを心から愛している。
素晴らしい子たちなのだ。

そしてそれは、亡くなった先妻さんのDNAがしっかりと受け継がれているということであり、
先妻さんが亡くなったあと、夫が必死に支えてきた証なのだ。

きちんと愛情を受けているから、
心優しく育っている。


わたしの母親が、
わたしが泣いている時に、
背中をさすって一緒に泣いてくれる母だったら…。

わたしはこんなに病まなかっただろう。

泣いていると怒られるので、
わたしは必死に我慢するか、
家の隅っこで声を押し殺して泣くしか手段がなかった。

本当に大事なことを、親に相談できるような関係ではなかった。
離婚も黙って実行した。
傷口に塩を塗られることがわかりきっていたからだ。


自分の産んだ息子は結婚して幸せになっている。
夫の子供たちも全員が社会人だ。

幸せはそこにある。
それぞれが心も体もすこやかであるよう、
わたしは願いながら生きて行く。


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続きを読む "娘の涙。"

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カウンセリングの深層部。

『毒になる親』という本を最後まで読んだ。

毒親は、許さなくてもいいと書いてあった。
これは本当に意外な結末だった。

わたしはただひたすら、
自分が変われば相手も変わる、
そうすれば相手を許せて、
自分は癒されると信じ込んで、
この数年努力を重ねて来たのだ。

それが無駄だっただなんて。

わたしは、書かれている内容のうち、
理解できた部分までを抜粋して書いて、
カウンセリングに持って行った。

カウンセラーさんは読みながら、
よくここまで理解しましたね、と褒めてくださった。

もちろん最終段階の、許しと独立には至っていない。
心はズタズタなままだ。

でも、わたしが本を読みきって、努力していること、
今までずっと耐えてきたことを、
カウンセラーさんは心から褒めてくださった。

わたしは静かに泣いた。

わたしは通常は褒められない。
夫はとても大事にしてくれているが、
褒めてくれることはない。
どちらかと言えばけなすほうだ。

だからしみじみ褒めてもらうと泣けてしまう。

昨日の、母の誕生日をやり過ごすことも辛かった。

あと、夫の定年と、父の手術が待っている。


父も、母も、夫も、
わたしの心がこんなに乱れていることなどまったく気が付かないだろう。
わたしは無言でいるからだ。

けれども、
本当は傷ついていて、
その傷を見られないようにガードしながら、
平穏を装っている。

もうそれだけでいっぱいいっぱいなのだ。


母を嫌いだ、と断言することは、罪悪感が強すぎる。

もし、息子に嫌いだと言われたら、
わたしは生きて行けないだろうと思うから。

けれど、試しに、
「大嫌い!」と小さくつぶやいてみると、
ぶわっと涙が出る。

わたしのカウンセリングは、今、一番の深層部分に達している。

わたしの真ん中にある真っ黒い穴に渦巻いているのは、
悲しみではない。
「怒り」だ。

それを、カウンセリングで吐き出していかなくてはならない。
母にぶつけてもより一層自分が傷つくだけだから、
それはしない。

少し長い作業になりますよ、とカウンセラーさんには言われた。

苦しい作業である。

そのあいだ、母との関係は遮断するしかない。
自分の罪悪感との戦いが始まる。

いよいよ自分と対決するときが来た。

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遮断の一日。

自分が苦しくて、
人の感情を受け止めている余裕がない。

母の誕生日だったが、
メールだけにした。

メールして、電話が来てしまうと嫌なので、
「電話できなくてごめんなさい。」と付け加えておいた。

母からは、
「お父さんの手術のことで不安と心配でいっぱいです。」
と返事が来た。

わたしはシャッターを下ろして遮断する。

いまここで情け心を出して、
罪悪感に負けて、
電話してしまうと、
自分がさらに大きく傷つく。

それに、父は大丈夫だ。
今度の手術に耐えて、元気に90歳まで生きる人なのだ。
心配ない。


夫も相変わらず不機嫌だ。
当たり所がないからわたしを攻撃しようとするのが垣間見える。
そこでもわたしは遮断する。

そうしないと自分がもたない。
人の幸せを願えない。
心を愛で満たせない。

親の毒からは逃げるしかないのだ。
じゃないと、最悪、その毒を次の世代に渡してしまうことになる。

息子を授かったとき、
そのあまりの可愛さと愛の深さに、
わたしは愕然とした。
わたしは母に愛されていない、と。

だからそれを息子にしてはいけないと強く強く封印し、
息子を社会に送り出した。


そして引き金は引かれ、発病した。

別に人のせいにしようとは思わない。
わたしの性質だったのだろう。

一歳半のころから、親は信じられない、と感じていたのだから。
その記憶がある。


「母親を嫌いと思っていい。」というサブタイトルが付いた本を買った。
なぜ母と娘とはこんなに厄介なんだろうか。

すごく久しぶりに本屋に行って、
本を4冊も購入した。

わたしの、病は回復傾向にある。
でもまだ心はズタズタだ。

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毒に犯される。

土曜日は、夫と二人で駅近くのステーキハウスに行った。

夫は定年をひかえてやっぱり機嫌が良くない。
わかってはあげられないけれど、良かったら愚痴話してね、と伝えたが、
首を横に振り、わたしの短所をあげつらった。

帰って来てテレビを見る気にもなれず、
本を読み始めた。

書棚を部屋に運び入れてもらって、
わたしはたくさんの本に囲まれた。

病気になる前に買って、読めないでいた本とか、
途中まで読んで苦しくて挫折した本がいっぱいある。

「愛着障害」という本を読み終えた後、
「毒になる親」という本を読み始めていた。
同時にスピリチュアルな本も読んでいる。

「毒になる親」は、かつてブログの読者さんに教えていただいた本で、
すぐに買ったのだけれど、
余りにも内容がハードで、
苦しくなって、
途中までしか読んでない本だ。

それを読み進めて行った。

すると、とんでもない言葉にぶちあたった。

『毒になる親を、許す必要はない。』
というものだ。

ええ?
そんな馬鹿な!

わたしは癒しを求めて、必死に努力してきたのだ。
許しこそが癒しを産むものだと信じて、
何年も母に電話して愚痴を聞き、
世話になったことに対して、
正座してきちんとお礼を述べたのだ。

そうして磐石の態勢を整えて、
わたしは親と対峙した。

40年間恨んできたと言った。
少女の頃のわたしに寄り添ってくれと必死に伝えた。

そして拒否されたのだ。

親はお互いをかばい言い訳を繰り返すばかりで、
わたしを抱きしめて撫でることもせず、
自分に否があったことを認めようとしなかった。


足元がガラガラと崩れた。
年明けに実家から帰って来てから、
わたしは電話をしていない。


それでも許せないことを罪だと感じ、
どうしたらいいかともがく毎日を過ごしている。

『許す必要はない。』
どうして?
対決は無駄だったのではないの?

以下引用

「では、こんなことなら対決などしないほうが良かったのだろうか? そうではない。対決は成功だったのである。なぜなら、相手(親)が聞こうが聞くまいが、生まれて初めてこの異常な親たちに自分の本当の気持ちを語り、そうしたことによって両親が「毒のある行動パターン」から抜け出すことは永久にないであろうという事実を、ようやく心の底から受け入れることができたからである。」


わたしは、もう悩んではいけないのだ。
毒になる親は一生その行動パターンを崩すことがないのだ。

わたしの、親に対する理想が高すぎるのだ。

親なのになんで褒めてくれないの?
親なのになんでけなすの?
親なのになんで心配しないで怒ってばかりいるの?

夫に間に入ってもらい、母と一切の連絡を絶った時期もあった。
それを経て、わたしは自分が変わらないと相手を変えられないと理解し、
必死に電話をして愚痴や悪口や自慢話を聞き続けてきた。

あああ。
すべて無駄だったのだ。


わたしは急に具合が悪くなって本を閉じると、
布団の上に倒れこんだ。

いつか、親がわかってくれる日が来ることを期待していた。
いつか謝って撫でてくれると信じていた。

でも、そんなことは、起こりえないのだ。


わたしに出来たのは、
天使のような息子を授かり、
『毒』の連鎖を断ち切ったこと。

大丈夫だろうか。
わたしは息子に恨まれてないだろうか。

そうして数時間ウトウトと、寝てるか起きてるかわからない時間が過ぎた。

夢かうつつかわからないけれど、
わたしは様々な映像を見せられ、
そして強い波動で、
『ちまを遣わす。』
と言われた。

ハッとして起きると、ちまがわたしの上に乗っていた。

やさしい肌触り、
かすかないい匂い…。


そうか、ちまはわたしのために天から遣わされた天使なのだ。

よく「天使ちゃん」と呼んでいたけれど、
それは本当のことだったのだ。


起きたら夜中の2時だった。
ちまは一緒に寝てくれていた。


毒に犯されないよう、ちまが護ってくれる。
だけど、本の内容を自分のものにするには、
まだまだ時間が必要そうだ。

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壮大なテーマですね。

一ヶ月ぶりの病院だった。

起きて、ちまに餌をやり、
外に出て、「ムギー!」と大声で呼ぶと、
遠くから鳴き声が聞こえて、
やがてぴょこぴょこ走ってきた。

撫でて、餌をやってから出かけた。

病院に着いたら、待っている患者さんが一人もいなかった。
なので、診察室に入って、
つい悩んでいることを主治医に話してしまった。

先生はゆっくり聞いてくださった。

わたしが、前向きに取り組みながらも、
いま挫折していることを理解してくれて、
「人生の壮大なテーマですね。」と言ってくださった。

何年も頑張って、電話をして母の愚痴や自慢を聞いてきたが、
それが出来なくなってしまった。

もし、わたしが息子に無視されたらどんなにか辛いと思うので、
嘘でもいいから電話しようかと毎日考えるのだけれど、
どうしてもできない。


三本足のムギがなついて居ついてくれて、
ゴンの代わりのように可愛がって、
心の傷は少しは癒えて来ている。

だから、このまま流れに任せるしかない。

罪悪感でいっぱいだ。


帰って来て、ちまに餌をやり、
またムギを呼んだが、
遠くに行っていたのか現れなかった。

餌をすこしお皿に入れておき、
自分が夕飯を食べてから見に行くと、
ムギが来ていた。

しばらく外で一緒に過ごしていると、
冷たい雨が降ってきた。

アパートの玄関前は一応屋根があるけれど、隙間から雨が吹き込む。
ムギが濡れてしまうのが嫌だ。

ドーム型ベッドを出してきて、
古いカシミヤのマフラーを敷いて、
ベッドの奥に餌を置いた。

そしたら入ってくれた。
良かった、これで濡れずに済む。
風も防げる。
すごくホッとした。
大事な命。

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理屈はわかるが感情が。

「子は親を選べない。」とか、
「産んでくれと頼んだ覚えはない。」とか、
そういうのは、間違いだ。

残念なことに、人は自分で親を選んでいる。
そして出産はとても壮絶。

そう、知っているから、
母親を嫌いだなんてことが、苦しいのだ。

多分そこを乗り越えるために転生してきたのに。
わかっていても、感情が付いて来ない。


そう、わかっている。
母は、わたしの嫌な部分をクローズアップさせる人間なのだ。
ある意味、鏡なのだ。

嫌な部分を見せられて幻滅し、
それが自分にもあることを感じると、
自分の人生を恨む。


一生で、どれだけのことを成し遂げられるだろう?

わたしは今、働いていないし家事もやっていないけれど、
自分の大切なひとの健康と幸せを願いながら生きている。

30年前には、考えられなかったことだ。


真の愛と優しさを、息子から教わって、
わたしは変わった。

うつ病を発症して、
わたしは変わった。

以前より、何もできなくなっている。

けれど、心は綺麗になった。

だったらもう許そうよ。
毎日毎日わたしは思う。

そしてそれができないことに苦しくて泣く。


今夜はムギと外にいて、満月を見ていたら、
泣けてきた。

ムギ、ゴンちゃんのこと知ってる?
キミと同じ三本足の柴犬だよ。
たった3年しか生きてくれなかった。

ムギは長生きしてね。
毎日来てね。


部屋に戻ると、わたしの天使ちゃんのちまがいる。
ちまを抱き上げてふわふわに顔をうずめてまた泣く。                     

しあわせは、いい匂いがする。
いい匂いに満たされても、人はしあわせになる。

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後光の話。

二人でひな祭りしよう、と、
都内に住む従妹と会ってランチした。

ファミレスで4時間、ノンストップで喋った。

身内なので当然わたしの母を良く知っている。

わたしは、母に言葉で虐待されたのはまあ置いといたとしても、
許せないのが、
母が自分のことを、「優しいねえ。」と言われると、自慢することだ。

他人には優しくて、
ハグしてあげて背中を撫でてあげるそうだ。

わたしは泣いているといつも怒られたので、
部屋にこもって、声を押し殺して泣いている子供だったのに。

わたしの父は、非常に激しい人である。
わたしには優しい父だったが、
烈火のごとく怒り、マシンガンのように言葉を発するらしい。

そう聞いても、
わたしは父を好きである。

なぜなら、父は間違っていないからだ。
正論をまっしぐらにぶつけすぎる人ではあるけれど、
決して間違っているわけではない。

母は自分が煩わされるのが面倒で、
わたしが熱を出すと怒り、
わたしが泣くと怒り、
わたしが怪我をすると怒ったのだ。

全部自分が中心なのだ。

それがたまらなく嫌い。

恋愛の傷なんて簡単に癒えるのに、
親との確執がなぜこんなに深い闇を伴うのか、
わたしには理解できない。


話は変わるが、
人にはだれでもオーラがあるらしい。
人によって色や強さも違うらしい。

わたしはオーラを見てもらったことはないが、
確かにあったんだなという体験がある。


昔付き合っていた人が逮捕される、という話から、
この「銀の靴」というブログはスタートしているのだが、
その男性が、まだ刑務所に行く前、
東京拘置所に収監されているときのことだ。

わたしは当時、朝一番に面会に行って、
たった10分の面会を済ませると、
その足で仕事に行っていた。

わたしは、誰に何を言われても、
彼を救うのは自分しかいないと信じきっていた。
毎日毎日ただ彼のために生きていた。

ある日、
いつものように、面会室で座って待っていると、
アクリル板の向こう側のドアから入ってきた彼が、
「うわっ!」と言って一歩後ろに飛び跳ねた。

「なに、どうしたの?」
と聞くと、
「いや、ちょっとまぶしかった。」と言っていた。

おかしい。
拘置所の面会室は窓がない。
グレー一色で、蛍光灯がついているだけだ。
まぶしいわけがない。

その時は特に掘り下げず普通に会話して仕事に行ったが、
そのあと彼から届いた手紙で、
本当のことを知った。

びっくりして飛びのいたのは、
わたしの後ろがまぶしく光り輝いていたからだというのだ。

もちろん、わたしの後ろに窓はなく、
グレーの壁とグレーのドアがあるだけだ。

後光がさしているようでした、と書いてあった。


わたしは、馬鹿だったけれど、
その時は必死に生きていた。

結局わたしは途中で壊れてしまって、
彼を救えなかった。

でも、
馬鹿でも、
愚かでも、
必死で生きていた瞬間に、
オーラが燃えたときがあったのだなあと今は思う。


空っぽになってしまって病気になって、
夫の傍で、
今空洞を埋める作業をしている。

それが満ち満ちたとき、
わたしはまた強いオーラを持てるかもしれない。

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言葉の重み。

土曜日の夜、夫と近所の焼き鳥屋に行った。

たくさん色んな話をした。

夫は、3月20日で定年退職になり、
一年間の嘱託勤務が決まった。
その給与額がやっと知らされたとのことだった。

今までの半分になってしまう。
それでも働かないわけにもいかず、
夫は苦しんでいた。

長女にも話したと言っていた。


わたしのことも色々話した。
ゴンが死んだ時の話をちゃんと聞いてくれた。

わたしが、「まあいいや~。」ができない性格であることも言われた。


わたしは、言葉に敏感すぎる。
その自覚はある。

けれど、思ってもいないことを人は口にしないと信じているので、
言葉を発したら、それには責任があると思っている。

前の夫がひどかった。
思いつきで暴言を吐き、
わたしがそれを根に持っていると、
「おまえは言葉にとらわれすぎや。聞き流せ!」
と言いやがった。

そんな馬鹿な!

じゃあ世の中、どんな言葉でも言った者勝ちで、
言われたほうは我慢したりスルーしたりすべきだというのか。

そんな理論はとうてい認められない。

夫として、本当に何の実績もない奴だった。


今の夫がわたしと同じ言葉の重みの人かというと、
それは違うけれど、
今の夫はものすごい実行力がある。
男として尊敬できる。

言わなくてもちゃんとやってくれる人だ。
比べ物にならない。


今日は一日中大雨で、
アパートの玄関前に置いた猫ベットが濡れてしまい、
ムギが居なかった。

夜になってからぴょこぴょこ階段を登ってきて、
濡れた体で甘えてきた。

乾かしておいたベッドを再度置いたら、
早速入って寝ていた。

ちまはぬくぬくとしたお部屋で「寝子」に徹している。

ねこって、本当に可愛い生き物だなあ。
癒される。

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