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2015年2月

三本足のねこ。

お正月に実家から帰って来たとき、
そのねこは現れた。

ものすごい人懐っこいキジ柄の子猫と、
庭の奥の方からこっちを向いて、
ただ鳴いている同じくキジ柄の成猫。

子猫のほうは与えた餌をひとしきり食べて、
ごろごろ懐いていたので、
保護して飼おうと思ったが、
するりと逃げ出して、二度と来なかった。

余りにも人懐っこくて可愛いから、
誰かが保護しちゃったかな。


遠くから鳴いている成猫は、時々現れたり、
庭にいたりした。

夫がガレージで餌を与えて、
だんだんに慣れさせて行った。

そのねこは、
足が一本なかった。

わたしの前に、また三本足の生き物が現れたのだ。

一ヶ月ぐらいで触らせてくれるようになり、
家の中の夫の気配で、
呼びかけて来るようになった。

わたしにもやがて懐いて、
いっぱい撫でさせてくれるようになった。

最初は、どこからともなく現れるという感じだったが、
夜中も雨の日も、物置の下にもぐっていて、
完全に住み着いたようだった。

ムギと名前をつけて、呼ぶと返事をする。

でも夫は、ちまが可哀想だから、
部屋では飼わないという。

ガレージは風の通り道になっていて、
すごく寒い。
寒さから守ってやりたいとずっと思っていた。

今日、夕方、ガレージで撫でていて、
少しだけ餌をやって、帰ろうとしたら、
ムギがアパートの階段の下まで鳴きながら付いてきた。

そこで、階段の下で手から餌をやり、
今度は階段を登って、
餌を見せながら呼んでみた。

素早く餌の皿と、水を用意して、また呼んだ。

そしたら、不自由な足で、ピョコピョコと階段を自分で登って、
わたしの部屋の玄関前まで来てくれた。

ここは、洗濯機を置いた踊り場で、
ガレージよりは風が少ない。
餌を食べた後、長い時間、そこで一緒に座っていた。

ここは余り寒くない、危険じゃないということが、
ムギにもわかったようだった。

それで、猫ベッドを置いて、
アクリルのストールを敷いてやった。

ベッドに入ってくれるかな…。

もう一回餌をやって、見ていたら、
食べ終わって、ベッドに入った!

やった!
これで少しは暖かい。
良かった。

階段を登って来た勇気、すごいよムギ。
偉いよ、不自由な足で頑張ったね。


ムギを撫でながら、ゴンの話をして聞かせた。
ムギはゴンちゃんの生まれ変わりなの?

出来れば洗ってやりたいし、病院にも連れて行ってあげたいけれど…。

夫と相談しながら大事にしよう。

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心労で寝込んだ。

久しぶりに寝込んでしまった。

いつもの時間に起きたのだけれど、
なんだか、座っているのも辛い。


母屋のガレージに住み着いた猫がいる。
3本足で、ぴょこぴょことしか歩けない。
キジ猫である。

少し前までは、どこからともなく現れたのだが、
今日見に行ってみたら、
大雨なので、
物置の下に隠れていた。
完全に住み着いたようだ。

声をかけたら出てきたので、
30分ぐらい撫でて、
餌をやって水を替えて、
戻ってきた。

もう体がグタグタだ。
起きていられない。

布団に戻った。
ちまが来て一緒に寝てくれた。


カウンセリングで、閉めていたフタをはずしたので、
心がまだ辛い。

いつの間にか眠ってしまって、
起きたら夜の7時だった。

まだ体が痛くてだるくて重たい。
うつ病の初期みたい。

夫に頼んで夕飯を買ってきてもらった。
豪華に買ってきてくれた。

それを食べてからドリンク剤を飲み、
また布団に戻った。
ちまも一緒にいてくれる。

夜遅くなって、やっと具合が良くなってきた。
外猫にはムギという名前をつけた。

夜中に見に行って呼んでみると、
また物置の下に隠れていた。

少し撫でて、
また明日ね、バイバイ、と言って離れると、
アパートの階段の下までお見送りしてくれた。

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いまものすごく辛いんだ。

今月は祝日が入ってしまったために、
一ヶ月ぶりのカウンセリングだった。

心の中はもういっぱいいっぱい。
早く吐き出さないと潰れてしまう。

夕べ、「愛着障害」の本から、
自分に当てはまる部分を抜粋して書いた紙を、
カウンセラーさんに渡して読んでもらった。

「まさしくこれです。このとおりです。」
カウンセラーさんはさすが「愛着障害」をご存知だった。


わたしは、障害者というか、
「欠損者」であるように思える。

何かが、ものすごく足りてないのだ。
とてもバランスが悪くて立っていられないのだ。

一回は、「許す!」と決めたくせに、
やっぱりできない。

「子育ては一生続くんだから、辛い出来事には寄り添って欲しい。」と
母に訴えたのに、
「こっちはしっちゃかめっちゃか大変だったんだから。」
と、一蹴された。

傷口から血が噴き出た。

そうなるともう、可愛がってもらったであろうことは、
一切思い出せなくなる。

一歳半のときからの母親への不信感がよみがえって来る。


わたしがここまでしつこいのは、
あくまで、「許したい」からだ。

許すという行為が最も気高いからだ。
そういう自分になりたいのに、
親は謝ってくれない。


それと平行して、
夫からのハラスメント。

夫は、定年退職を来月に控え、ものすごくナイーブになっている。
同じ立場にないので、同じ気持ちにはなってあげられないが、
何十年も勤め上げた職場を定年になるのだから、
いろんな複雑な思いがぐるぐるしていることだろう。

奥さんを亡くして辛いときも、
ずっと勤めてきた会社。
子供たちを育てあげた。

定年への不安が裏返って、
弱い立場のわたしに当たってくるのだろうと思いはする。

けれども、受けた言葉を100%まともに取り込んでしまうわたしには、
「生活費どうする気?」
の言葉はあんまりだ。

言うことを聞かねば捨てるぞという脅しにしか聞こえない。


カウンセラーさんが、慰めてくださった。
わたしは、しみじみと泣いた。
本当に悲しい心境だった。


帰り道、母からメールが来た。
「なにかかわったことないですか。」

「今日はカウンセリングで、泣いてきました。すごく辛いです。」
そう返事を送った。

どうしよう。
どうしよう。

どうしたらここから抜け出せる?

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人生の空転。

最近本も読めるまでになって、
精神論みたいなものを読んでいる。

わたしは、子供時代をいつまでも引きずる、
「愛着障害」だということがわかった。

家庭が安全地帯ではなかったため、
親に対していい子であることを続け、
泣いて訴えることも出来ず、
傷だらけのまま大人になってしまったのだ。

傷口が閉じておらず、クレバスのようにむき出しになったまま生きていて、
人の言葉に過剰に反応する。

人が嫌いで引きこもりたいという思いと、
仲良くなりたいけど密着するとストレスを感じるという両面を持つため、
常に人間関係は錯綜している。


過去の傷。
恋愛の傷は癒えるのに、
親から受けた傷は何故何十年も癒えないのだろう?

それを思い返して親を恨んだり、
恨んでる自分を嫌悪している期間、
大切な人生の時間は空転し続けている。

もったいない。
せっかく「気づく」人生を与えられたのに、
親は決してわたしに謝罪せず、
わたしは満たされない。


子育ては一生終わらない。
あなたが、今、誰かの親なら、
何かを間違えたとき、
子供に対してきちんと謝れる勇気を持とう。

それだけが、子育てをやり直せる唯一の手段なのだ。


わたしは、数年間、
母に近寄ることをトライしてきた。

でも決して心を許したわけではない。

母はいまだにわたしを呪縛している。
もうたくさんだ。
このまま空転しているのは嫌だ。

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愛おしい命。

わたしは夫のおかげで生きていられる。
脅されて、一種のハラスメントじゃない?と思ってみても、
夫に生かされているのは事実なので、
反抗もできない。

どうしたら気分よく居てくれるか、
そればかり考えてる。

心から毎日感謝しているのだけれど、
夫は、それでは足りないと言うのだ。


今日は美容院に髪を染めに行って来た。
仲良しの美容師さんと、いっぱい話してきた。

彼女と話すのはとても楽しい。
とても気が合うのだ。

カウンセリングの時のように、
順序だててきちんと話すことも必要だけれど、
思いつくまま気楽に無駄話をするのも、
楽しいものだ。


夫と話すのも好きだけど、
日本酒で酔っ払うと必ずわたしをいびることに、
本人は気が付いていない。

それさえなければ、夫は120点の夫なのだ。


わたしは、夫の子供たちのこともみんな好きだ。
いい子たちだと心から思っている。
優しい子たちだ。

夫がいなくなっても、
わたしを追い出すようなことはしないだろうと思う。

夫が、妻亡きあと、必死に守って育てて来た子たちだ。

わたしがアパートに越してから、
ほとんど喋る機会はないけれど、
愛おしく思っている。

これは不思議なことだ。
わたしは博愛主義者ではない。

でも縁として必然で出会った子たちだもの、
これからも、話す機会がなくても、
大事に思っていく。


息子たちとは来月また会えることになった。
今度は息子の家に行く。

わたしは一人産んだだけだけれど、
愛おしい命がたくさんある。

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また脅された。

確かに、わたしはきっとすぐに治ると信じていて、
治ったら仕事に復帰して、
夫の定年後も働くつもりだった。

そう言った。


けれどわたしは治らないし、
それは薬で治せるものではなかったんだと気づいた。

だからアパートで暮らしているのだ。
カウンセリングも辞められないのだ。

働くはずだった店も潰れて更地になっていた。



夫は、わたしの両親が死んだら、
その、田舎の家に住んで畑をやりたいと言う。

キミは着いて来ないだろう?
生活費どうする気?

そう聞かれた。

また脅しだ。

わたしには何の策もない。
薬は多分一生飲むし、
カウンセリングだって、親が死んだ時までは必要だ。

働けない。



手元に置きたいと、夫は言っていたのだ。
そういう結婚でいいと言っていたのだ。

だけど、わたしから欲しいものを受け取っていないと言う。
だから脅すのだ。



わたしは田舎は嫌だ。
誰もわたしを知らないこの土地で、死ぬまで暮らしたい。

わたしは江戸に生きていたから、
東京が好きなのだ。

わたしを知っている人がいる場所には行きたくない。


夫は全部知っているようなことを言って、
わたしを脅す。
悲しくなる。

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覚えてないよねー。

わたしは息子の言葉を、
よく覚えていると思う。

ずっと二人で向き合ってきたからだろう。
子供が複数いたら、覚え切れなかったかもしれない。


息子はガラスのハートだった。
本当に繊細で、
気をつけないとすぐに傷つく。

駄々をこねることはなかったが、
「涙ポロリ戦法」に時々やられた。


息子が18歳で働き出してしばらくして、
ある夜テレビを見ながら、
「あ~、親孝行したい。」
と言った。

「なにそれ、なにしてくれるの?」
わたしが聞くと、
「30歳ぐらいになったら、温泉とかに連れて行きたい。」
と言うのだ。

「今でもいいよ?」と言うと、
息子は、
「う~ん、今はちょっとなんか違うんだよな~。」
と言っていた。

覚えてないだろうなー。

息子が働き出してから、
お金も入れてもらってたし、
焼肉やピザをご馳走してもらっていた。

それも気前よく。

幸せだったな。
あどけない顔のまま、
わたしが買ってきたネクタイを締めて、
通勤していたっけ。


親孝行は、充分してもらっている。
いいお嫁ちゃんと結婚してくれたのだって、
ものすごい親孝行だ。

だから、覚えてなくてもいいんだ。
温泉、行けなくてもいいんだ。

幸せでいてくれて、時々会えれば充分しあわせ。

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夕暮れは気がせく。

今は寝付くのが遅いので、
午後まで寝ている。

自然に目が覚めるまで寝ていられるのは、
最高の贅沢だ。
ありがたい。


用事や遊びで出かけても、
なんとなく気がせいて、
5時くらいには帰り着きたい。

これは長年の習性だろう。

子供の頃は親がすごく厳しくて、
部活で遅くなっても毎日怒られた。

大人になってからも勝手に門限を決められて、
楽しい人付き合いが出来なかった。


結婚して、息子が生まれて、
東京に来てからは、
午前中のすいた時間に買い物を済ませて、
午後は息子とお昼寝をした。

息子が幼稚園に入ってから働き始めて、
小学生になってからは、学童保育に入れた。

5時になると、すぐ帰って来る。
わたしより早いこともあるので、
いつも鍵は持たせてあった。

だけど息子が待っていると思うと、
夕暮れ時は気がせいて、
今みたいに携帯もないし、
走って帰った。

息子はだいたい漫画を読んでおとなしく待っていた。


息子が小学一年生のとき、
わたしが帰って来ると、
干してあった洗濯物が取り込まれていた。

どうしたの!?
と驚いて聞くと、
雨が降ってきたから、
エアコンの室外機に登って、
洗濯物を取り込んだと言う。

わたしは息子を抱きしめた。

ありがとう、でも、もしキミが落ちちゃったらママは生きていけないから、
もう二度としなくていいからね!

当時、高層マンションの13階に住んでいたのだ。


いまでも、夕方になると、
ちまが待っていると思って気がせく。

日が短くなる11月ごろが一番切ない。


今、息子は、帰って来るとお嫁ちゃんが居て嬉しいと言う。
良かったな。
幸せになれて良かったな。

ずっと一緒に居てくれますように。

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無理やり伝えてみた。

昨日のブログに書いた内容を、
どうしても母に伝えたくなって、
夕方
「いま電話いい?」とメールをしたら、
「あとでね。」と返事が来た。

夜になってから電話がかかってきた。
父の親戚でお葬式があったそうで、
やっと今帰ってきたとのこと。

疲れてるのに悪いなとは思ったけれど、
わたしにもいつも言えるチャンスがあるわけではないので、
畳み込むように言ってしまった。


子育ては、一生続くのだということ。
何歳になっても、母は母だしわたしはその子供であるということ。

認めてもらいたいし、
悲しいときには寄り添ってもらいたい。
それが何十年前の話であっても、
子育ては続いているのだと。

おかあさんはよその人に優しくして、
ハグしたり撫でたりしてあげるって言ってたけど、
わたしだってそうされたいんだからね。


そう一気に言うと、
母は「わかった。」と言ったものの、
受け止める気力がなかったらしく、
電話を切った。


わたしは、許すと決めたので、もう責めることはしない。
だけど、その背景だけは知っておいて欲しかった。


わたしは、辛いときに泣いてすがる親を持たなかった。

家庭が、正常な安全基地として機能していなかったからだ。

ひどい貧乏と、父の一年中3交代勤務・共働きという事情が、
その理由だと思う。

わたしは常に「いい子でおってよ。」と言われ続けた。
熱をだしては叱られ、
怪我をしては殴られ、
甘えることを拒まれてきた。

100点取って当たり前。
苦手なことはことごとくけなされ、
認めてもらえなかった。


でももういい。
親もあと5~6年しか生きないだろう。
わたしが許しを学ばなければ、
安らかに送り出してやれない。

うつ病になったのも別に誰のせいでもないし。
夫が救ってくれたおかげで、
こんなに良くなれたし。

人生の後半はいい事尽くめだと信じよう。

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親子は逆転してはいけない。

子育ては、一生続くのだ。

だから、失敗をしても、取り返しはできる。
もう遅いなんてことはない。

子供が大人になってからも、
親は一生親である。

それが逆転してしまうのは良くない。


わたしは今でも親に認められたいと願い、
親に優しくされたいと望み、
ひどいことされたことを、詫びて欲しいと願っている。

何十年も前のことだって、
今から取り返して、
歴史を塗り替えることは可能なのだ。


そのことを、わたしも実行していきたいし、
親にも理解して欲しいのだが…。

どう話せばこの事実を理解してくれるものか。

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平等というものは難しい。

愛のもとには、
誰もが平等であって然りだと思う。

でも、それが意外と難しいのだ。

親は子供を育ててやったとか言うし、
兄弟で比べられたり、
取り合ったり、
叩き合ったり。

夫婦でも、平等は難しい。
愛の誓いのもとに結婚したんだから、
どっちが偉いとか、ないはずなんだけれど、
別れた夫は、「お前らのために働いてやったのに。」と言いやがった。

「じゃあわたしたちと別れたら、あなたは仕事を辞めるのね?」
そう言い返したら黙ってしまった。

一つしか受からなかった大学に行って、
これまた一つしか受からなかった会社に入って、
何の夢も信念もなく生きている前夫を恥じた。

もちろんわたしもいい嫁ではなかったので、
離婚して当然。

やり直したいと何度か言われたが、
その神経がもうありえないと感じた。

その頃はわたしは家事も育児も仕事もしていたから、
強く出られたんだ。


でも今は、家事も仕事もしていない。
夫と対等ではいられない。

平等でしょ、なんて言えない。


わたしは、自分が子供を育てるなんて、考えたこともなかった。
子供が嫌いだったし、
結婚を決めても尚、その実感がなかった。

でもすぐに息子を授かった。

最初は眠くて眠くて辛かったが、
笑うようになり、手を伸ばしてくるようになり、
さらにハイハイしだすと、
もうめちゃくちゃに可愛くって、
信じられないくらい愛情があふれ出た。

息子がわたしを母親に育ててくれたのだ。

だから、育ててやっただなんて思ったことはない。


今のわたしの幸せは、
夫に与えてもらっている幸せ。

わたしが幸せなら僕も幸せ、と言ってくれるときもあったけど、
今は見返りがないことに虚無感を持っているらしい。

家出したときの気持ちがよみがえってくる。
思い出したくないのにな。

平等なんて、ほんとはあり得ないのかな…。
愛する存在が、生きててくれるだけで幸せって、嘘かな。

お姑さんも、夫も必ず言う。
亡くなった奥さんはすごく優しい人だったと。

そんな人を失って、夫が可哀想だ。
次の人生では、やっぱり彼女と結婚することが幸せなんじゃないかと思う。
強い絆で繋がった人だったんだと思う。

辛かっただろう。
まさか死ぬなんて思いもよらなかったと言っていた。
長く長く泣いて暮らして、
失語症みたいになったと言っていた。


そんな夫がなぜわたしなんかと結婚したのか、
今はちょっとわからない。

わたしはすごく幸せになれたけど、
夫は日々不満を持っている。

本当に平等って難しい。

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確実に愛は増えるんだよ。

夫は、ねっとりとした愛情を求めている。

母屋で一緒に住んでいたころは、
布団をぴったりくっつけて敷かれた。
わたしがそーっと離して距離を置くと、
またぴったりにされてあった。

細胞同士が絡み合うような愛情関係を、
彼は望んでいるのだろう。

それが重たくて怖くて、
家出したこともあった。

わたしは、精神が歪んでいる。

そのカーブにぴったりと寄り添うことは多分不可能。

わたしは夫を愛しているし、
頼りにしているし、
夫あってこその今の生活なので、
とても感謝している。

でもどうやらそれでは足りないようだ。

人との距離感がわからないわたしには、難しい問題。



今日は息子とお嫁ちゃんに会った。
恵比寿で食事をして、
ゆっくりお茶をしていっぱいお嫁ちゃんと話した。

息子の子供の頃の話を、喜んで聞いてくれる。
すごく嬉しい。

隣で息子はあくびをしていた。

また来月に、夫と一緒に息子たちの家に行くことを約束して、
いつものように握手して別れた。



うつ病で底まで落ちて…
働けなくなって…
息子はいつの日も宝物で、
夫は王子様だった。

ちまという宝物が増えて、
今度はお嫁ちゃんという宝物も増えた。

まだまだ愛は増えていくと思う。
愛は減らないものだ。

愛が増えるってことを、わたしはお嫁ちゃんに教わった。

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なぜ今夜なの?

自立支援の更新のために、
役所に行って来た。

帰って来て、バレンタインのチョコを渡しに、
夫の部屋に行った。

夫はインフルエンザだったのだが、もうすっかり良くなったようで、
パソコンの前で仕事をしていた。

いつもより豪華なチョコを渡した。
京都のフレンチ料亭が出している、
特別な生チョコ。
とてもおいしいのだ。

末っ子くんには動物の形をした詰め合わせ。
居るというので、三階の部屋に行って渡してきた。


土曜日は息子たちと会える。
とても嬉しい日の前なのに、
夜、夫から、
「こんな関係、もう終わりにしたい。」
とメールが来た。


何のことかわからない。

もちろん、
夫がわたしに満足していないことはわかっている。
なにも出来ていないもの。

だけど、何で今夜なの?

わたしは夫が居なければ生きていけない。
そんなことわかりきっているはずなのに、
脅しをかけているのだ。

フェアじゃない。
話があるならちゃんと話さなくてはいけない。

何が目的なのか。

わたしの感謝が足りないのか。
なにか言葉遣いを間違えたのか。
気分を悪くさせたのか。


どっちにしても、
今夜を選んで切り裂く言葉を告げたことは間違いない。

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境界線が難しい。

わたしは、人付き合いがとても下手だ。
もう、どれだけ失敗してきたかわからない。

だから、いま、自分の部屋でちまと暮らす生活を、
寂しいと感じたことがない。

退屈に感じたこともない。

だから、働いてなくて家事もしていないと言うと、
「じゃあ何をやってるんですか?」と不審に思われてしまう。
答えに困る。


最初の結婚で、
田舎の、濃い付き合いや、
意味がわからない風習や、
世間体だけのお付き合いが、
わたしはどうしても理解できずに、
とても苦しんだ。

理解ができないので姑に質問すると、
「あんたは親にたて突くんかね!」と怒鳴られた。

いやいや、わたしは理解をしないと行動できないだけなのだ。

楽しいことのない結婚生活だった。
わたしは家政婦以下だった。
嫁は、家政婦以下なのだ。

ハイハイをし始めた息子と追いかけっこをするのだけが、
喜びだった。

姑は本当に酷い奴だった。

だから東京に転勤が決まって、
わたしは天にも昇る気分だった。
嬉しかった。


大きな交通公園が近くにあって、
遊ばせていると次々知り合いができた。

でもその付き合いにも二年くらいで挫折して、
息子を公園に連れていけなくなってしまった。

幼稚園に入れてからも、
ママ友問題をこじらせて、
わたしは一時誰とも付き合わずに引きこもった。


仲良くなるって楽しい。
お互いのことを知っていくのは楽しい。

だけどある境界線を越えて介入してこられると、
わたしは猛スピードで心を閉ざしてしまうのだ。

パートで働いた先でも憎まれたし、
デザイン事務所で働いていたときには、
個人的に親しくなりすぎて失敗した。


とにかく健康的な人間関係を築けないでいたのだ。


今は、美容師さんと話すのが一番楽しい。
いつも帰るときに、もっと話したいと思う。

そしてもっともっと楽しいのが、
お嫁ちゃんと話すこと。

お嫁ちゃんはのんびりしていて、
ほがらかで、
野に咲く花のような子だ。


でも、わたしの立場は『姑』であるから、
あまり立ち入ってはいけない。
境界線を作っておかないといけない。

失敗しないよう、いい距離で親しく付き合いたい。
お正月に会った時には、
「気楽にいこうね、飾らずに。」と伝えた。

土曜日会ってもらえる。
とても嬉しい。
楽しみ。

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息子の名前。

わたしの名前は、すごく平凡で、
一学年に必ず3~4人は居た。

自分の名前を好きじゃない。
ずっとずっと嫌いだ。

何故親はこんな名前をつけたのかと恨めしい。

だから自分に子供が出来たとき、
その子が一生誇れるようないい名前にしようとした。

前もって色々考えて、前夫とも相談したのだが、
結局わたしが決めて、
出産を迎えた。

男の子か女の子か、生まれないとわからなかったのに、
男の子の名前しか決められず、
女の子の名前は決めかねていた。

前夫とわたしはイニシアルが同じだったので、
息子も同じイニシアルに決めた。

さらっと呼びやすい名前に決めてから、
買った本で、字画を調べて漢字を決めた。


そしたら生まれてきたのは男の子だった。
わたしは、異性が自分から生まれることが不思議な気がした。
血液型はわたしと同じだった。

すぐに前夫が出生届を出して、
すぐに赤ちゃんは名前で呼ばれるようになった。


大きくなってから、息子に、
「自分の名前、好き?」と聞いた。
「うん、好きだよ。」と言われてすごく嬉しかった。

一生を共にする名前は重要だ。
人生だって変えてしまう。



わたしが再婚して苗字が変わり、
息子だけが前夫の苗字のまま、一人暮らしで世帯主となった。

わたしは、今の苗字は気に入っている。

息子が結婚する相手が一人っ子だと知ったとき、
息子が彼女の姓になってもいいんじゃないかと思い、
字画を数えてみた。

そしたら、息子の苗字と彼女の苗字は、
同画数だった。

それを伝えたが、息子は自分の苗字を選んだ。

結婚式に、前夫は出席しなかったので、
息子と同じ姓の人は一人もおらず、
ちょっと変わった結婚式だった。

写真を眺めながら文字を打っているけれど、
笑顔の息子夫婦が晴れやかで愛おしい。


きっと数年後に、お孫ちゃんに会えるだろう。
そのとき、二人がどんな名前をつけるのか、
今からすごく楽しみだ。

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決めた。許す。

10日は父の誕生日だった。

わたしは出かける電車の中で、
おめでとうのメールを送り、
携帯の電源を切った。

帰り道、電源を入れると、
「おとうさんのことで話があるので電話ください。」
とメールが入っていた。

帰り道、あれこれ考えるが、
どう考えても体の調子が悪いに決まっている。

けれど父は頻繁に病院にも行き、
検査もしている人なので、
今すぐどうこうということではないだろう。

帰って着替えて、ちまに餌をやってから、
メールをした。

すぐに電話がかかってきて、
出たら父だった。

具合が悪いのか?と聞かれたので、
そうだと答えておいた。

お父さんはどうしたの?と聞くと、
数ヶ月前から調子が悪い不整脈が、
また悪くなったという話だった。

行きつけの病院で出されている薬が、
諸刃の剣で、
不整脈を改善するが、
心臓そのものに悪影響を与えてしまうという。

それで紹介されて、
隣の市の市民病院に検査に行ったらしい。

そうしたら、このままだと心臓が弱ってしまうので、
手術をしましょうかと言われたと言うのだ。

父は昨日、85歳になった。
普通、こんな高齢者に手術は勧めない。
だから行きつけの病院はただ薬を出していたのだ。

診察の結果、
父の心臓も体力も、今なら大丈夫だし、
全くボケもないので、
手術をしましょうということになった。

それは、数年前に、
母が受けたのと、全く同じ手術である。

病院も同じで、
担当する先生も同じ。

わたしは驚くというより、あきれてしまった。

「なんでそんなに仲がいいのよ。」
思わずそう言った。


父と母は間違いなくソウルメイトだが、
59歳のときにそれぞれ大きな癌の手術をしている。

ただ、心臓は、母の場合は救急で、
一瞬心臓が止まったときもあるくらい急を要したが、
父は、そこまでの急を要さないので、
来月手術の予約をとったとのことだった。

わたしが「具合が悪い。」とメールしたので、
父はわたしに知らせるなと言ったらしいが、
母がわたしにだけはどうしても、と言って、
今日の電話になった。



わたしは今日、『愛着生涯』という本を読み終えて、
自分がそれに当てはまることを突き止めた。

家庭が、正常な「安全地帯」として機能しておらず、
言葉による虐待で、
不安定を引きずったまま生きてきてしまったのだ。

でも、わたしは今日決めた。

されたこと、言われた言葉は忘れることはできない。
でも、相手はもう80を超えた老人じゃないか。
あと多分5年は生きないと思う。

その間を恨んで暮らすのは、
余りにも不毛だ。

許すことにしよう。

自分が選んだ両親だ。
特に父とは前世からの親子だ。

怒りを持ったままわたしは死にたくない。
もうこれからは愛に満ちて生きていきたい。

だから許す努力をする。
それが困難な道でも、
わたしは努力する。


わたしは、働いていない。
家事もしていない。
夫の面倒もみていない。
お姑さんの手伝いもしていない。

ただ、ここに存在しているだけの塊だ。

でも、今日は外の猫が、
ひざに乗ってきて抱っこさせてくれた。
お花のような可憐で可愛いお嫁ちゃんにも恵まれた。

みんなの幸せを祈ろう。
美しい心になろう。
そのために努力をする。

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我が家の外猫。

お正月、実家から帰ってきたら、
夫がノラ猫に餌をやっていた。

ものすごい人懐っこい小さい猫と、
それとそっくりで、
近くには寄って来ない3本足の猫だった。

擦り寄ってくる小さい猫が可愛くて、
飼いたくなって、
洗濯ネットを持ってきて捕まえようとしたが、

するりと逃げていなくなってしまった。
それきり、来なくなった。

でも、餌をお皿に入れておくと、
必ずなくなっている。

3本足の猫が食べているのだ。

夫が毎日餌をやって声をかけ続けて、
一ヶ月かけてようやく触れるようになった。

今夜は夫が出張でいないので、
わたしが餌を持って外に出ると、
庭の中にいて、
にゃ~と声をかけられた。

わたしには夫ほどなじみがないので、
シャーッと言いながらも、ピョコピョコついてきた。

お皿に餌を出すと、むさぼるように食べる。

ちまと違って噛まずに丸呑みだ。

食べ終わると鳴きながらわたしの周りを回り始めた。
声をかけながら撫でてみたら、
撫でさせてくれた。

わたしは段差に腰掛けて、
じっくり付き合った。
ずっとずっと回って、撫でさせてくれた。

夫がいなくて寂しかったようだ。
二回、甘噛みされた。
本気じゃない。
じゃれているのだ。

30分撫で回した。
体が冷えたので、じゃあね、と行こうとすると、
アパートの階段の下まで追いかけてきた。

かわいい。

3本足なのにも、縁を感じる。
ゴンが3本足だったから。

今夜は特に寒い。
どうしているだろう。

わたしが飼いたいけれど、
夫がウンと言わない。

寝る前にもう一回見に行って来よう。

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信頼している。

夫が今日から大阪に出張だ。
水曜日が祝日なので、
わたしの実家に寄ろうと思えば不可能ではない。

けれど迷ってると言っていた。

祝日明けもまた出張なので、体力のこともあるだろうけれど、
行けば必ずわたしの話になるだろう。

それについても夫は思うところがあるのだと思う。

お正月に帰って来てから母に一切電話をしていない。
何ならもうずっとしなくてもこっちは平気だ。

どうせわかってもらえないし、
表面だけでいい子ぶるのにも疲れ果てた。

夫の前で、
わたしは普通にしているが、
心は病んでいるのだ。

また『毒になる親』という本を出してきて、
読んでいる。

心を病んで閉ざしていることを、
夫は感じていると思う。
もし実家に行ったら、
なんらか言ってきてくれると思う。

わたしは夫を信頼している。


今週末は、息子たちの家に遊びに行く。
楽しみだな。
嬉しいな。

楽しいことを重ねて、
辛い思いを少しでも遠ざけたい。

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東京が好き。

最初の結婚はひどかった。

そもそも、夫がひどかったのだが、
夫の母は一言で言うと、無知で馬鹿だった。
思い出しても汚らわしい。

結婚後、一年半で、東京に来た。
理由は、夫が余りにも仕事ができなくて飛ばされたのだ。

東京に飛ばされたので、給料体系は田舎のまま、
東京の物価で生活するのは苦しかった。

夫はやっぱり仕事ができなくて、
一日中山手線で寝ていたり、
上司の愚痴を延々聞かされたりした。


東京に行くことが決まって、
嬉しくてわたしはすぐ、従姉に電話をした。
彼女は東京の大学を出て結婚をし、
東京の西のほうに住んでいた。

すごく喜んでくれた。

引っ越してきてからは、
毎日のように電話をしたし、行き来もよくした。
だから、全然寂しくなかった。

朝、夫が会社に行ってしまえば、
夜までずっと息子と二人で自由にしていられることが、
本当に幸せだった。


その従姉は、小さい頃から仲がよくて、
わたしをずっと見てくれている。
いつも支えてくれている。

今、苦しんでいるわたしに、
許さなくていいんだよ、と長いメールをくれた。

一緒に考えてくれたことが嬉しかった。
一生付き合う大事な身内だ。
お互い一人っ子なので、助け合っていく約束だ。

東京に出て来れて、
本当に良かった。


今週、父の誕生日がある。
メールはするつもりがあるけど、
電話はしたくない。
それぐらい傷ついてる。

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何かが変わるの?

精神科の通院の日だった。

最近よく飲み忘れて、平気でいるので、
一日3錠だったデパケンを、
2錠に減らしてもらった。

その上で、犬が死んだ日のことを、
いまだに引きずっていて、
苦しんでいることを話した。

いい方法があるのはわかっている。
わたしが、もういいや、と諦めればいいのだ。

さらにいいのは、
許すことだ。
それが出来たらわたしはランクアップできる。
苦しくなくなる。

でも、わかっていてもできないんです、と訴えた。

主治医は、
あなたは悪くないと言ってくれた。
今回、結果がどうあれ、言えたということを評価しましょうとのことだった。


でも、言ったところで、
何も変わったりしない。
過去は書き換えられない。

けれど取り戻すこと、やり直すことができると信じて、
意を決して話したのに。


変わったのは、
わたしが内にこもるようになったこと。
母にまったく電話しなくなったこと。


誰もわたしのことを知らないこの街は、
居心地がすごくいい。

お気に入りの、居心地のいい部屋で、
猫の寝息を聞いていられる幸せ。

繭のなかにいるみたいに気持ちがいい。
争うのは嫌だ。
考えすぎてもう疲れた。

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理解はするができない苦しさ。

やはりわたしは、
何と言ったらいいか…
精神に障害があるのか、
もしくは魂が歪んでいるのか、
とにかく、自分が未熟であることがもどかしい。

今生は、スピリチュアルなものに覚醒するために生まれたのだと思うが、
中途半端に覚醒していて、
出来てない部分がもどかしくてたまらないのだ。

それはすごく苦しい。


カウンセラーさんが言ってくれたように、
わたしが自分の世代で断ち切って、
悪い連鎖を連れ込まなかったことは、
自分でも評価できる。

わたしは、何か大いなるものから授かった大切な命を、
その子が自分で守れるようになるまで、
必死に抱きしめて育てた。
過剰にほめた。
スキンシップもいっぱいした。


わたしの親は、
またはわたしたちの親世代は、
子供を自分の所有物みたいに思っている。

激動の?昭和を生きてきた人たちだ。
耐えることも頑張ることも多かったことだろう。

多分わたしの両親も、
他人から見たら、それなりの「人格者」だ。
本人がそう言ってはばからないんだから、
そうなんだろう。

なのに何故、わたしの悲しみに寄り添ってくれないのか?

その答えが欲しい。

死んでしまったら諦めがつくのかとも思ったが、
死者を悪く言うなんて許される風潮ではないから、
親が死んでしまったら、
もう気持ちは持って行きようがなくなる。

残された時間はあと数年だ。


もちろん、どうすることが最も良いのかはわかっている。

わたしが「許す」心を持つことだ。
そんなことはわかっている。
許して、あとは前進すればいいだけなのだ。

そのことを理解しているのに、
自分がそれをできない。
それが苦しい。


「愛着障害」という言葉を知った。
自分の子供の頃のことを、
いつまでも引きずって忘れられない障害らしい。
その本を注文した。

楽になりたい。
高いところに行きたい。

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ソウルメイト。

ソウルメイト。

これも今生で知った言葉だけれど、
誰にだってそういう相手がいるらしい。

詳しくは学んでないのであまり語れないけれど。

男女を問わず、一瞬で何かを感じる。
あ、この人他人じゃない、と思う。

知ってる感じがするのだ。

それもそのはずで、
前世でも、そのまた前世でも、仲間だったから、
会った瞬間に、わかるのだ。

男女間だったら、
それを一目惚れと感じるかもしれないし、
同性なら、付き合いの長い短いに関係なく、
瞬時に惹き合う。

夫婦になってうまく行く相手、
仕事のパートナーとしてうまく行く相手、
親友となって一生付き合う相手など、
その関係は色々だ。


わたしにももちろん居る。
わかりやすい例で言うと、
親友Zがそうだ。

初めて会った時、
彼女は敏腕の弁護士で、
わたしは失意に打ちひしがれた相談者の一人に過ぎなかったのだ。

わたしは彼女を見て、
ああ、まずい、これは知ってる人だ、と感じた。
彼女も、数多い客の一人に過ぎないのに、
わたしを一人に出来なくて、
自己破産以外のことで、ものすごくケアしてくれた。

彼女が居なかったら、わたしは今ここに居ないと思う。

そんな衝撃的な出会いだった。


息子が、「彼女ができた。」と教えてくれたとき、
わたしは、あ、ソウルメイトに出会ったんだとわかった。
これが親の持つ独特の勘というものだ。

名前を聞いて、
誕生日を聞いた。
二人は結婚するのだと確信した。

二人は、
たとえば「ユウコちゃんとユウタくん」みたいに名前が似ている。
顔もそっくりだ。
そう、ソウルメイトは顔が似ていることがよくある。


わたしは離婚を経験したけれど、
運命的には息子を産んで出会うための結婚だったので、
何もかも忘れていいとヒーラーさんには言われた。

でも、息子とお嫁ちゃんは、絶対に添い遂げて欲しい。
二人のことをとても愛している。
可愛くてたまらない。

今夜お嫁ちゃんから、遅いメールの返信が来た。
嬉しい。可愛い。
これ以上の幸せはない。
感謝して生きていこう。

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素敵な写真立て。

久しぶりに買い物をした。

玄関の靴箱の上に、
何かちょこっと飾りたいなあと思って、
フランフランに寄ってみた。

そしたら、シンプルで素敵な写真立てを見つけた。
何の飾りもなく、色の違う木で、
縦型と横型の写真が入れられるようにつながったもの。

そうだ、息子たちの和装と洋装の姿を飾ろう!と思って、
それを購入した。

靴箱の上にはドライの穀物をラフィアで束ねたものを買った。

帰って来て、すぐにアルバムから写真を選んで、
新しいパソコンデスクの上に飾った。

なんだかすごく幸せな気分。
二人の笑顔がかわいい。


部屋の片づけをしていて、
数年前に、インド人ヒーラーさんに見てもらったときのメモが出てきた。

息子が、28歳か29歳で結婚し、
あなたは孫を見ることができる、と書いてあった。

そのとおり、28歳で息子は結婚した。

いま、息子の小さい頃に録音したテープを聴いている。
ケタケタと笑う声につられて、笑ってしまう。

わたしはビデオを買う気はなかった。
撮影していることで、
本当に大事なことを見逃すような気がしていたからだ。

でも息子は可愛い声の持ち主だったので、
テープは何本かある。

お嫁ちゃんに聞かせてあげたい。
愛を繋いでくれる大事な子だ。

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生まれる日だって選んでる。

息子は、12月10日生まれだ。

予定日は、12月1日だった。
もう充分に大きくなっているし、
あまり大きくなっても…という判断で、
陣痛促進剤を使うことになって、
12月9日に入院した。

このことを後悔している。

息子は、最初から12月10日に生まれる子だったのだ。
その日を彼はチョイスしたいたのだ。
だから自然に待っていれば良かったのに、
無駄に点滴などしてしまった。

陣痛促進剤を使っても一向に陣痛は起きなかった。

結局10日の朝6時くらいから痛くなって、
午後4時に、息子は生まれた。

わたしの父は2月10日生まれで、
母は3月10日生まれである。

息子は、10日に生まれるつもりだったのだ。
そういう考え方を当時知らなくて、
そればかりか、
子供は親を選べない、くらいのことを思っていて、
損をした。


わたしは12月の6日生まれである。
お嫁ちゃんは、6月6日生まれだ。

お正月に五人が集まったとき、
そこには10日生まれが3人と、6日生まれが2人いた。

不思議なことだ。

でも、これは偶然に見せかけた必然。


わたしは今の人生で、
輪廻転生を学んだ。

前世は江戸時代なので、
今度生まれ変わるのは何百年か先になってしまうかもしれない。

でも、次の人生では、わたしは生まれながらに転生を知っているはずだ。
生まれ行く先も自分で選ぶ。


息子の小さい頃の声をテープで聞いている。
笑い声を聞くと、思わず笑ってしまう。
かわいい声で「だっこちて。」と言っている。

また息子を産みたい。
優しく優しく、大事に育てたい。

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家族を再生したかった。

わたしがいつまでもゴンの話にこだわるのは、
わたしの育った家庭が、
良い家族として機能していなかったからだ。

それを、今更ながら、
親が生きているうちに再生させたいと願っていた。

小さい頃から、なぜかわたしは、
自分の家を自分の家庭とは思っていなかった。

父と母の家庭であり、
そこにわたしがくっついているだけで、
3人家族という意識はなかった。

いつもどこか置き去りにされているような気がしていた。

家族のなかで、孤独を抱えているわたしに、
初めてできた同士が、犬のゴンだったのだ。

それを亡くして、最も悲しいのはわたしなのに、
そのことを考えようともせずに行動し、
40年経ってようやく話せたのに、
夫婦はお互いをかばいあい、
わたしの心に寄り添ってくれることはなかった。

これでもう、再生のチャンスは来ない。


わたしは再婚してから息子と時々会い、
豪華な食事をして、
欲しいものを買ってやって、
別れる時には手のひらを合わせてから帰った。

息子に、
「これって小さい頃の償いになってる?」と聞いたら、
うん、と答えてくれた。

家族関係は、取り戻せる、
遅すぎるなんてない、とそれで思ったのだ。

けれどそうじゃなかった。

息子は、魂のレベルが高い子だから、
許すという気高い行為ができるのだ。

残念ながら、わたしの両親とは違う。


美しい魂の息子に、
母として育ててもらって、
わたしは愛を学んだ。

わたしの親は、いったいわたしをどうしたかったのだろう。
このまま、わかりあえないまま別れてしまっていいのだろうか。

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大きく模様替え。

今年に入って、工房を閉めて、
書棚を部屋に運んでもらった。

夫はパソコンデスクを買ってくれて、
今まで兼用だったテーブルを部屋の中央に置き、
食卓専用にした。

テレビも真ん中に置き、
夫はやっとテレビが普通に見られるようになったと喜んでいた。

目標は、息子たちに遊びに来てもらえる部屋にすること。
来てくれるかなあ。
お嫁ちゃんに、息子の作品をいっぱい見せてあげよう。


14日に、息子の家に遊びに行くことになった。
嬉しい。
楽しみだな。

子供に会えることがこんなに嬉しいと、
自分でもわかっているのに、
母に電話すらできないわたし。

悲しいだろうな。
でも、その理由について、少しは考えてくれているだろうか?

自分を正しいと信じている母。
母を擁護する父。


もういいや。
新しくなった部屋で、前を向いて生きていこう。

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※アクセサリーショップ『ストーンパルフェ』は、1月いっぱいで閉店いたしました。
長らくのご愛顧本当にありがとうございました。

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