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2015年1月

潰してはいけない。

わたしはここのところ、
粛々と部屋の片づけを進行している。

越してきてから6年間手付かずだったので、
要らない書類もたくさん捨てた。

今日は作り付けの棚を整理していて、
息子の成績表を発見した。

全部読み返してみた。
一貫して、協調性があり、真面目で優しいと書かれてあった。

意外だったのは、
美術の評価が良くなかったことだ。

わたしは息子が描く絵や作る造形物を見て、
この子にはデザイン的なセンスがあると確信した。
それで、大学には行かせてやれないので、
美術系の高校に行かせたのだ。

息子はそこの、グラフィックアートを学ぶ科に入った。
パソコン必須なのに、
家にはパソコンを買ってやれず、
不自由な思いをさせたと思う。

それでも息子の撮る写真は上手かったし、
成績も良かったし、
何より本人が学校生活を愛していた。

今、デザイン系の仕事をしているが、
わたしの目は間違っていなかったと思う。


親のエゴで、子供の芽を摘んではいけない。

わたしは、大学にも専門学校にも行かせてもらえず就職した。
一年働いて貯めたお金で教習所に通い、
中古だったけれど車も自分で買った。

デザイン事務所で働いている頃に離婚をした。
その後クラフトの世界に進み、
本を一冊出版した。

なりたいものに、なることができた。
うつ病を発症して出来なくなったけれど、
悔いはない。


息子も自分の仕事には誇りを持っている。
あの高校を勧めて良かったと思う。
何にも替えがたい時間だったと思う。

どんな風に仕事してるのか、
見てみたいな。

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望むものは自由と平和。

わたしは、
自由がないと狂ってしまう。
だから自由が最も大切。

次に大切なのは平穏であること。
人と争わないこと。
いがみ合わないこと。
恨まないこと。
感謝すること。

つまり平和。


わたしが育ってきた環境には、
この二つが足りてなかった。

過干渉で引き出しは全部開けて見られていたし、
ノックもなしに部屋には入ってこられるし、
怒られてばかりで、
褒められたことがなく、
やさしく抱きしめられたこともない。


だから息子には何事も話し合って決めることにしていた。
幼稚園も、回って見学して、
自分で選ばせた。

素敵な作品を作ったとき、
泳げるようになったとき、
手伝ってくれたとき、
わたしは大げさなほど褒めた。

「ママ、いつもほめてくれるね…。」と、
息子にはバレバレだったが、
恥ずかしそうに微笑んでいた、
息子の可愛い顔が忘れられない。


ああ、もう一回息子を育てたいなあ。
前夫に愛されていなかったわたしにとって、
息子が与えてくれる愛と求めは、
強烈でクラクラした。

愛されている、必要とされていると、
生きてきてはじめて感じさせてくれた。


どうかずっと息子とお嫁ちゃんが幸せでありますように。

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悪き連鎖を断ち切ったと。

ゆうべ、寝る前に、
息子の小さい頃の声が入ったカセットテープを二本聴いた。

一本は生後3ヶ月ぐらいで、
うっくんとかあ~とか言っている。
くしゃみやオナラやしゃっくりも録音されていた。

もう一本は2歳半ぐらいの時のもの。
わたしがキッチンに居て野菜を切る音が入っていて、
そばで息子が喋りながら遊んでいるらしい。

録音しているのを意識していたのか、
ずーっと一緒に歌を唄っている。

幸せそうな雰囲気が伝わってきて、
泣くことはなかった。

このあと数年でわたしは離婚を決意して、
働きに出るのだ。



カウンセリングに行って来た。
母に電話できないことを話して来た。
ゴンのことにどうしても納得がいかないことも。

書棚を部屋に上げてもらって、
居心地のいい部屋になったことも話した。


わたしは恵まれていて、
こんなに幸せなのに、
なぜ親を恨んだりするんだろうと疑問に思う。

母に愛されているという実感を抱いたこともなく、
最初の結婚では姑にひどい仕打ちを受けた。

カウンセラーさんが、
あなたは、自分の代で、悪の連鎖を断ち切ったんですよ、と
褒めてくださった。

ピュアな心で息子さんを褒めて育てて、
その結果、素晴らしいお嫁ちゃんが来て、
そのお嫁ちゃんにまで愛情を持っていらっしゃる。

それは、自分にされた嫌なことを伝えないよう、
連鎖を断ち切る努力をしたからこそですよ。

そう言っていただいて嬉しかった。

わたしの人生にもきちんと意味があるのだと感じた。


まだ、母に電話をする気になれない。
勇気がでない。
話したいことも無い。
愚痴を聞くのも嫌だ。

なかなか高尚な人間にはなれない。

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自分がどうなるかわからない。

息子が家に招待してくれると言う。
なんて嬉しいことだろう。
会いたいなと思っていたところだったので、
とても嬉しい。
夫が出張から帰ってきたら、
日程を相談しよう。


わたしの部屋も、息子たちが来てもいいように、
模様替えがなされる模様。
お嫁ちゃんに、
息子の小さい頃の作品とかを見せてあげたい。


息子が赤ちゃんの時から、
2歳くらいまでの声を、カセットテープに録音して持っている。
それを聴けるように、
夫がCDカセットプレイヤーを買ってくれたのだ。

でもわたしは古いテープを数本聴いただけで、
まだ、息子の声は聴けていない。

怖いのだ。

息子は、ものすごく可愛い声の持ち主だった。
ささやくように優しく喋る子だった。

声変わりしてとても低い声になったのには驚いた。


ささやく声を聴きたい。
でもわたし、泣いてしまうんじゃないかと思って、
なかなか実行できない。

天使だった息子。

明日カウンセリングだから、
今夜、思い切って聴いてみようかな…。

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リカちゃんを…。

再婚することを、その当時の主治医には反対された。
絶対に悪化すると言われた。

そのとおり悪化して、
わたしは実家に帰るように言われた。

薬が二倍になって、それらをチャック袋に分けようとして、
うまくいかず泣き喚きながら夫に当たっている姿を、
父は呆然と見ていた。


その期間中に、
わたしは母に「リカちゃん」を買ってもらった。

子供の頃、欲しかったけれど買ってもらえなかったものだ。
正しく言えば、
欲しかったけど買ってもらえなかったものたちの象徴。

「リカちゃん買ったらウツが治るんか。」と聞かれ、
わたしはそうだと答えて、
白いドレスを着たリカちゃんを買ってもらった。


それで、ポッカリと空いた心の穴を、
少しでも埋めたいと考えたのだ。

書棚の真ん中に座らせて飾った。


でも、アパートに引っ越すときに書棚を持って行かなかったので、
リカちゃんとも会わなくなった。


先日、書棚を部屋に上げてもらい、
リカちゃんも持ってきて、
同じように一番いい場所に飾った。


だけど、なんだか苦しい。
なんと表現したらいいのかわからないけれど、
白いドレスを着て微笑んでいるリカちゃんが、
重いのだ。

どうしよう…。

せっかく買ってもらったのに、
母を思い出すものが視界に入っているのが苦しくなって来た。

お着替えのピンクのドレスもあるのに。


なんだか、思っているより心が疲れているみたい。

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まだ悩んでいる。

土日はとにかく料理を頑張った。
もちろんお昼寝は必須。

最近気持ちのいい夢を見る。
自分がほんの少し浮いて移動できる夢。

水面上もすーっとすべるように進める。
気持ちがいい。


母が、電話したいとメールしてきたことが、
とても気になっている。
今週はカウンセリングがあるから、
その前日になら話してもいいかな…
いやいや、話したくないのを無理に頑張ることはない、
と、まだ悩んでいる。


きっと死んだら後悔するだろうに。
後悔を覚悟して、
冷たい娘になろうかとも思う。

でも、もしわたしが息子に同じことをされたら…と思うと、
かわいそうかなとも考える。

だけど…。

こんな自分に少し苛立つ。

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気力が続かない。

平日は一人で過ごして、
土日は夫のために料理をして一緒に食べるという生活だ。

料理、好きだったのに、
うつ病になってからできなくなった。
何を作ったらいいのかわからないし、
手の込んだことも出来ないし、
同時進行も出来ない。

母屋のお姑さんが、もう煮物を作ってくれなくなったというので、
煮物はするようにしている。

土曜のランチの後、夫がスマホで地図を見ていたので、
「何やってるの?」と聞いたら、
「どこを歩かせようかと思って。」
と答えた。

無理無理、夕飯作るならお昼寝しないと、
料理する気力なんて出ない。

「行かない。夕飯は作るから寝る。」と言って、
ちまと一緒に寝た。

寝ないと気力が続かないのだ。

昼寝していてほっこりする夢を見た。
わたしのそばにやってきた新しい命が、
(それは猫だったか赤ちゃんだったか不明)
自分の前世を語り始めたのだ。

そんな不思議な夢を見つつチャージして、
夕飯を作った。

このごろは洗い物も夫にお願いしなくて自分で出来るようになった。
部屋の整頓も少しずつ実行している。


何でも、少しずつしか出来ないのだ。
そのことを理解してもらえたらいいなと願う。

日曜日も料理頑張る。

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期待に応えられない。

夫はいつもわたしのことを考えてくれている。

工房をたたんで、書棚を部屋に入れてもらって、
それから部屋を模様替えしようという話になった。

夫はわたしにパソコン用のデスクと椅子を買ってくれた。
いま兼用で使っているテーブルは、
食卓専用になる予定。

息子の赤ちゃんの頃の声を聞きたいとつぶやいたら、
カセットプレイヤーを買ってくれたし、
母の電話から逃げちゃったと言ったら、
いいんじゃない?と言ってくれる。

わたしは冬でも冷たいお茶を飲むが、
ペットボトルのお茶が無くなるまえに、
ちゃんと買い足してくれる。

好きなお酒を買ってきてくれる。

至れり尽くせりで、
わたしは夫がいないと生きていけないのだ。


夫がわたしに求めているものは、わかっている。

過大なる愛情の表現と実現。


でも、こんなに良くしてもらって、
大事にしてもらっているのに、
わたしはその期待に添えない。

もちろん愛している。
感謝している。

でも、期待されると固くなってしまうのだ。
申し訳ないと思う。
スキンシップももうできない。


わたしの周りには幸せが溢れている。
夫の存在。
両親の健在。
息子とお嫁ちゃんという宝物。
ちまという天使。
理解してくれるお姑さんや子供たち。
従姉と友達。

こんなに満ち溢れているのに、
わたしはゴンが死んだときのことを「許す」作業ができない。
何と歪んだ認知だろう。


美しい言葉で、
愛に満ちた笑顔で、
感謝を常に持って、
生きて行きたい。

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もう頑張れないよ。

「死」とは、
二度と会えなくなってしまうことなんだ。


来世も過去世も知らなかった少女のわたしは、
身内の死に立ち会ったこともなく、
ただ一人の同士だった犬のゴンを失って、
生まれて初めて「死」の意味を知った。

もう会えない。
呼んでも出てこない。
笑顔を見られない。
一緒に走れない。

埋める儀式に参加させてももらえなかったわたしは、
泣いても怒られ、
自室にこもって声を殺して泣き続けた。


どんなに傷ついたか、
今回、満を持して40年の思いをやっと口にしたのに、
両親はかばい合い、
わたしを受け止めてはくれなかった。


わたしは、両親に伝えたかったことはもう言い終えた。
お礼もきちんと伝えた。

これ以上感情的な面で関わりたくない。

今まで苦しんできたのは何のためだったのか。
何十回もカウンセリングを重ね、
何十回も泣いて、
それでもわたしは親の呪縛から逃れられない。


苦しい。
悲しい。

自分が変わらなければ相手を変えられないと思い、
わたしは必死に手法を叩き込んだ。

母の愚痴や自慢や呪縛が平気になったわけじゃない。

聞く振りをする術を駆使していただけだ。
冷たい娘だ。


もう、気力がわかない。
何のために努力して母に繰り返し電話してきたんだろう。

すべては、ゴンが死んだときのわたしの悲しみと恨みを、
理解してもらうために尽力してきたのに。

もう頑張れないよ…。

こんな終わり方嫌だ。
でももう頑張れないよ。

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思い出とともに生きていく。

お正月にお嫁ちゃんに話したことだが、
みんなが平均年齢くらいまで生きられると仮定しても、
その長い人生のなかで、
子供と一緒に生きられるのは、
三分の一くらいなんだよね、ということ。


わたしは23で結婚して実家から離れ、
息子も23歳で独立した。

その後も時々会えたけど、
一緒に生きてこられたのは、
お腹に居る時をふくめて、
たった24年なのだ。


書棚を部屋に据えてもらって、
思い出の品々を棚に飾った。

息子が作ったつたない陶芸の作品。
息子が買ってきてくれたおみやげ。
息子が集めていたミニチュア。


今日は都内に住んでいる従姉と会った。
お互いに一人っ子なので、一番近しい身内だ。
心が通じ合っている。

今はわたしも彼女も働いてはいない。
いまは、心を癒している時期だけれど、
もし平均年齢まで生きられるとしたら、
あと30年とかあるわけだ。

その間をどう生きてく?
という話になった。

わたしは工房を閉めたので全くの無職だ。
主婦業もしていない。
最近やっと映像が見られるように回復したが、
まだ本は読めない。


たった24年しか一緒に居られないんだったら、
もっともっと、息子と一緒に過ごせば良かった。

一緒に居たかったから貧乏でも働きに出ずに、
保育園には入れなかったのだが、
もっともっと抱き合えばよかった。


抱っこをせがんで飛びついてくるちまを抱きしめて、
息子の作品を見ていたら、
涙が出てきた。

可愛かった。
本当に可愛かった。


息子は声が可愛い男の子だった。
息子の声を録音したカセットテープを持っている。
自分も聞きたいし、
お嫁ちゃんにも聞かせてあげたいなとつぶやいていたら、
夫がカセットデッキを買ってくれた。

部屋も模様替えして、
息子たちが遊びに来られるようになる予定。

来てくれたら、お嫁ちゃんに見せてあげたいものがいっぱいある。

お嫁ちゃんは、愛を繋いでくれる大事な人なのだ。

夫は、わたしにとても良くしてくれる。
大事にされていると実感する。

この先、親が死んだり、孫が生まれたりするだろうけれど、
わたしはこの部屋で、思い出とともに生きてるだけでも幸せだ。


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お願いほっておいて。

このところ寝つけなくて朝になってしまう日が多かったが、
夕べは久しぶりに寝付けた。

美容院に行くのに身支度をしていると、
メールが来た。

母からだった。

わたしたちは、電話をする前にメールを入れるのを常としている。

お正月4日に帰宅して以来、
一回も電話していない。

ゴンのことがわだかまりになっているわたしは、
傷ついているし、
恨んでいるし、
話なんてしたくないのだ。


けれど母から電話したいと言って来るってことは、
なにか用事があったのだろう。

でも、わたしは無視した。
そのまま美容院に行った。


仲良し美容師さんと色々話して少し気が晴れて、
帰りの電車で母にメールを返した。

いま精神的に調子が悪いので、
急用以外はまたにしてください。と。


きっと母は心配するだろう。
でも、元気に対応できる気力がない。

断っても罪悪感で苦しい。
出来ればほっておいてほしい。

何の話があったのだろう。
気になるけれど、電話はしたくない。

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ヘトヘトなのに寝付けない。

金曜日までに工房を完全に解体し、
土曜、夫と末っ子くんが、母屋の書斎から、
わたしの書棚を運び上げてくれた。

わたしも大量の本を運んだ。

わたしは大量の本を持っている。
インテリア雑貨もたくさんある。

夫が本を並べるのを手伝ってくれて、
わたしが雑貨を並べたり、
薬を分けたり、
文具を入れなおしたり色々やった。

6年ぶりの大幅なお引越し。
夫はテーブルやテレビの位置も変えるつもりのようだ。


夕べはヘトヘトに疲れて、
夕飯ができなかった。
近所の焼き鳥屋に行った。

帰って来てからもヘトヘトで、
もう何も出来なくて、
早く寝た。

ところが、こんなに疲れているのに、
寝付けない。
朝5時になってしまい、わたしは睡眠薬を追加して、
ようやく寝付いた。

起きたら当然午後。
夫は出かけていて留守。
書斎へ行って、まだ残っている本を持って来た。


いまは映像は見られるようになったが、
まだ本が読めない。
いつかまた読めるようになったらいいなあ。
読み返したい本がいっぱいある。

部屋を綺麗にして、
息子とお嫁ちゃんを呼べるようにするのが願い。
コツコツと断捨離していこう。


ああ体が痛い。
今週中にまたマッサージ行ってこよう。

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※今月いっぱいでショップ「ストーンパルフェ」を閉じます。
長らくのご愛顧ありがとうございました。

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みずいろのカーテン。

大雨の予報だったので、
ヒキコモリを決めていた。

起きてからもカーテンを開けなかった。
というか、わたしはほとんどカーテンを開けない。

この部屋には3方向に窓があり、
遮光遮熱のカーテンを付けてある。
それが薄い水色で、
とても気に入っているのだ。

そう、わたしはこの部屋をとても気に入っている。
一人で暮らすには収納もたっぷりあって、
壁紙や建具もお気に入り。


石でアクセサリーを作る仕事を辞めて、
材料も道具も全部箱に片付けた。

今日は押入れを整理して、
その箱を詰め込んでいった。

夫の書斎に、わたしの書棚がある。
書棚といっても、本当は食器棚だ。

20年前に、家具屋で一目惚れして、
贅沢だとは思ったが、
一生使うんだと決めて、20万で買った。

北海道のミズナラの木を使っていて、
ガラスの引き戸の食器棚だ。

わたしは再婚したとき、
6人がけのテーブルと椅子、
それとこの食器棚を持って来た。


アパートに越すときは、持って上がらなかった。
でも仕事を辞めてしまった今、
お気に入りの本や、飾り物が入っている書棚が、
欲しくて仕方なくなった。

夫にお願いして、この部屋に上げてもらうことにした。

お気に入りのものと暮らせるのはやはり嬉しい。
心がなごむ。
大きい家具なので、引き受けてくれた夫に感謝する。


しばらく引きこもって傷を舐めよう。

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最大の難関だった。

ゆうべのブログも泣きながら書いた。
なぜこんなに涙が出るのだろう。
なぜこんなに生きづらいんだろう。

今日は待ちに待ったカウンセリングの日。
大晦日に息子と一緒の新幹線に乗ったところから、
順を追って話した。

正座して親にきちんとお礼を述べ、
楽しく団欒し、
お嫁ちゃんにも気を配り、
準備万端で、
わたしは最後の夜にゴンの話をしたのだ。

わかってもらうにはもう今しかないと思った。

けれど、両親はかばい合い、
その結束を崩すことが出来なかった。

客観的に物事をみられるはずの父に理解されなかったことが、
大きなショックになった。

翌朝母が、
「お父さんは、アンタがお母ちゃんを責めたって言うとったで。」
ど、不必要な情報を耳にいれたのもショックだった。


わたしにとって、初めて出来た「同士」だったゴン。
兄弟のいないわたしには弟だった。
大事な大事な犬だった。

なのになんでわたしが仲間はずれにされるの?


話して、理解を得られなかったことで、
恨みは増幅した。

でも話さないでいることも出来なかった。


わたしはカウンセラーさんに、金魚の話もした。
息子が覚えているかどうかはわからないけれど、
金魚が死ぬたびに、一緒に埋めに行ったことを話した。


カウンセラーさんは、
もう、いいでしょう、と言った。

あなたの精神は、ご両親よりも高い位置にある。
だから素晴らしい息子さんに育って、
素晴らしいお嫁さんにめぐり合えたのだ。

これからは、そちらを大事にしましょう。


わたしは静かに泣いた。
息子を育てて来た過程を思った。
親にされた嫌なことを、一切しないように心がけた。

それよりも、
息子が気高い魂の持ち主だったから、
わたしが導かれたのだ。


わたしの心はポッキリ折れた。
もう親に電話したくない。
行きたくもない。

ゴンのことは、数ある恨みの中で、
最も象徴的で、最大の難関だったのだ。

突破出来なかった。
ごめんねと撫でてもらえなかった。
絶望した。


夫に理解があることが救いだ。
夫はわたしを大事にしてくれる。
ちまも可愛くまるまって寝ている。

あきらめる努力をしよう。
わたしは正直すぎる。

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気高くなりたい!

若い頃のわたしは、
努力もしたが、傲慢だった。

そんなわたしを見かねて、
神が天使をつかわせてくれたのだ。

結婚してすぐに授かった息子。

最初の結婚は息子を授かるためのものだったと、
インド人ヒーラーさんに言われた。
だから何の縁もないしすべて忘れていいと。


息子は、よく笑いよく泣く子だった。
とても賢い子だった。

そして天使のように優しかった。
「ママきれいー。」と髪を撫でてくれた。


息子は高貴な魂の持ち主だ。

わたしが至らなくて過ちを犯しても、
決して責めたり怒ったりしなかった。

間違えて息子を疑ったことについても、
謝ったら許してくれた。

貧乏して辛い思いさせたことも、償えたと言ってくれた。


「許す。」

これが人の感情のなかで最も難しい。
怒りはやがて収まる。
でも、その上を越えてそれを許すという行為は、
とても難しいことなのだ。

息子は、「許す。」ということができた。

そのことにわたしは何度も救われ、
教えられ、助けられ、
そして息子を敬っている。


そんな魂にわたしもなりたい。
高貴な魂になりたい。
それが今回生きていることのテーマではないか。

どうしたらいいんだろう。
どうしたら許せるんだろう。

わたしは苦しい。
自分の存在が苦しいのだ。


なぜこんなに苦しいんだろう。
なぜここまでしてるのに結果を出せないんだろう。



息子を授かって、その息子が幸せな結婚をしただけで、
充分幸せだけれど、
わたしはまだ泣いている。

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良かったの?悪かったの?

今日夫に、
キミのうつ病はどこが悪いの?と聞かれた。

腸?それとも脳?

わたしは、「性格」と答えた。

わたしの周りには優しい人で溢れているのに、
わたしは恨みを捨てきれない。

ちまが声を出しながら抱きついてきてくれるのに、
その愛おしさにくらくらしながらも、
ゴンのことを考える。


両親に話したとき、父が、ゴンを埋めた時の詳細を話した。
母が泣きながら穴を掘って、首輪も鎖もはずして、
埋めて、そのへんの石を置いて墓にしたという。

違う!
違うよ、違うでしょ!
穴を掘るのはわたしでしょ!
抱きしめてサヨナラいうのもわたしのはずでしょ!
なんでその大切な儀式をわたしから奪ったの。

なんで40年苦しんできたことに寄り添おうという気持ちがないの!


わたしは息子が結婚して、幸せに暮らし始めたのを期に、
これからは、言葉を愛で満たし、
微笑んで人と会い、
いつ死んでも悔いのないよう、
伝えながら生きていこうと決めた。

だけど、ゴンのことを理解されずに言い訳ばかりされて、
わたしは憎しみを増幅させてしまった。

言わなかったほうが良かったのか。
こういう結果になっても、言って良かったのか。
わからない。

泣きながら訴えたのに、
あんたはそうやって親を恨んどったんやな?と言われた。


そうだよ。
恨んでるよ。

だけどそんな自分が嫌い!
性格が悪いと答えたのは、こういうことだ。

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矛盾だらけだったじゃないか。

母の話を仕方なくうんうんと聞くようになんて数年。
聞きたくない生臭い話もある。
我慢して聞く。

母はわたしを命がけで産んだといい、
優秀だったから将来が楽しみだったという。

何を言うか!

褒めてくれないばかりか、けなしてばかりで、
わたしの才能を潰すようなことばかりしたくせに。


わたしは英語が得意だった。
通訳になりたかった。

わたしは文章が得意だった。
作家になりたかった。

わたしはデザイン画が好きだった。
グラフィックデザイナーか、
テキスタイルデザイナーになりたかった。

けれど大学には行かせてもらえず、
バイトしながら専門学校に行くという夢も潰され、
わたしは17歳で就職を決めなければならなかった。

世の中に、どんな仕事が存在しているのか、
まったく知らない田舎の少女が、
手伝ってくれる先生もなく、
自分で求人票を見て、
応募した。


仕事は楽しかった。
自分を認めてもらうために、めちゃくちゃ頑張った。
昼休みも、メモを片手に、先輩方のところを回って仕事を覚えた。

同期の女の子よりもボーナスは多かった。

社内恋愛をして、そぐわない家に嫁いで、
息子が産まれて、ハイハイをしている頃に、転勤で東京に来た。


息子を幼稚園に入れてからわたしはまた働き始めた。
デザイン関係の職に就けた。
ここでもよく頑張った。

離婚をしたが、息子は立派に育ってくれた。
素晴らしい子と結婚をしてくれた。

お嫁ちゃんの持っているパワーがすごい。
息子だけでなく、わたしまで幸せにしてくれたのだから。

大事にしよう。
息子を愛してくれてる人なんだから、いっぱい大事にしよう。

母と関わるのは正直しんどい。

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ひたすら眠い。

とにかくすぐ疲れる。
調子が悪い。
ランチを作って、夫と一緒に食べて、
食器を洗って、
寝た。

夕方起きて、夫が用意してくれた手巻き寿司を食べて、
そしたらまたたまらなく眠くなってしまった。

夫が、寝たらと言ってくれたので、
布団にもぐった。
夜中まで寝てしまった。


録画してあった映画を一本観た。
面白かった。

元気なのは夜中だけ。
ひどく疲れている。

でも一昨日、主治医が、
わたしの気持ちを肯定してくれたことで、
かなり軽くはなった。

話して良かった。

また寝よう。
おやすみなさい。

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正常な情緒。

一ヶ月ぶりに病院に行く日だった。

カウンセリングが週明けなので、
我慢できずに、
わたしは主治医にゴンが死んだときの話をした。

そのことを40年恨み続けていて、
やっと親に話したが、
理解されず、
良かれと思ってそうしたと言われてしまったと話した。

主治医は、まずはわたしの少女時代を受け止めてくれた。
空っぽの犬小屋を見て立ちすくんでいたわたしを察してくれた。

何年間にもわたって、
何回もカウンセリングで話しているんです、
なのにどうしても解決できません。

そう言うと、主治医は、
「これはね、解決できないと思いますよ。」と言う。

わたしは、金魚が死ぬたびに、
息子と埋めに行った話しもした。
そのことを息子はもう覚えていないかもしれないが、
わたしがそうせずにはいられなかったからだ。


40年もの時を経て、勇気を出して話したわたしに、
両親はおたがいをかばい合い、
少女のわたしの悲しみを思いやってくれることがなかった。

後味の悪い帰省になった。

主治医は言った。
いくら親子でも、兄弟でも、わかり合えることなんてないんです。
ただ、感性とか、情緒という面で言えば、
あなたが正しいです。

そう言われて、わたしは少し楽になれた。

わたしはやっぱり許せない。
死ぬ前に話せたことは、評価をするけれども、
ちっともスッキリしない。
許せない。

できれば、誰のことも恨まず、もう穏やかに生きて行きたい。
でもゴンのことは駄目。
どうしても許せない。

そういう情緒が間違っていないことを肯定してもらえてよかった。

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不思議なお嫁ちゃん。

大晦日に帰省したら、少し雪が積もっていた。
予報ではその後も雪が降るとのことなので、
父はお嫁ちゃんがちゃんと来られるか心配していた。

すると息子が、
「雪も楽しみにしてる。」と言う。
東京育ちの子だから、大雪を見たことがないのだ。

元旦に雪が降って、
お嫁ちゃんが来る二日の日には、30センチくらいになった。
午後、父と息子が駅に迎えに行った。

車が戻ってきたので玄関で待っていたが、
外でキャッキャと笑う声ばかりして、
お嫁ちゃんはなかなか家に入ってこない。

しばらくしてやっと入ってきた。
雪が嬉しいようだった。

とりあえずお茶を飲んで、みんなで披露宴の写真を見た。
お嫁ちゃんが「雪遊びしたいー。」と息子に言うので、
寒くならないうちに遊んでらっしゃいと送り出した。

二人は空き地で雪投げをしあったり、
玄関の脇に雪だるまを作ったり、
帰ってきたかと思ったら二階に上がって、
ツララを持って大騒ぎしていた。

可愛いなあ~。

ツララを持ったのが初めてだと顔を紅潮させていた。


夕飯は父の手作り餃子。
具は父が作り、皮で包む作業を、お嫁ちゃんも加わって4人でやった。

お嫁ちゃんが作ったのは、
餃子というよりラビオリみたいにペラペラしていて笑った。

父が焼いて、みんなで食べた。
父はお嫁ちゃんを相手に色んな話をして上機嫌だった。

いっぱいお酒を飲んで、
最後には父は泣き出した。
わたしと息子が、ちゃんとお礼を言ったことが嬉しかったのだそうだ。


お嫁ちゃんは不思議な子だ。
お喋りでもなくすごく明るいわけでもないのに、
和やかで素直ですごく可愛い。

わたしは一緒に食器洗いをしながら言った。
これから長い付き合いになるから、気楽にいこうね。

それとわたし、プレゼントは要らないの。
その代わり、会いたいな。

そう言うと、お嫁ちゃんは、「わかりました。」と言ってくれた。

本当にいいお嫁ちゃんで幸せだ。
大事に付き合って行こう。

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体中が痛いよ。

昨日は調子が悪くてほぼ寝て過ごした。

今日は起きてすぐにマッサージに行って来た。
慣れない日常のおかげで体がコリにコッっている。

思い切って90分コースで頼んだ。

90分終わって、「本当にすごいコリですね。」と言われた。
お正月は楽しかったが、自分のペースではないので、
疲れたのだと思う。

帰宅してまた眠った。
寒気がするので、早めにと、風邪薬も飲んでおいた。



大晦日の日に息子と一緒に帰省した。
久しぶりに会えて嬉しかった。
息子に東京駅でお弁当を買ってもらっておいた。
すごくおいしそうな懐石弁当を二種類買ってくれて、
どちらでもどうぞ、と言ってくれた。

富士山がすごく綺麗に見えて、
車内アナウンスが入った。


実家に帰って、息子と二人で正座をして、
父と母に、あらためてお礼を述べた。

遠いところを結婚式に来てくださってありがとうございます。
また、たくさんのお祝いをありがとうございます。

わたしは、今まで一緒に育ててくださってありがとうございます、と言った。
おかげさまでこんな立派な青年になりました、と。

生きているうちにちゃんと言葉で伝えておきたかったのだ。

二人は喜んでくれた。

大晦日の夜はすき焼き。
お腹いっぱいいただいて、
あとは息子と二人で過ごした。
幸せだった。

実家があるって素晴らしい。
ありがたいことだ。

また息子と二人で一緒の部屋で寝られるなんて、
思ってもみなかった。
先に寝た息子は、
くー、くー、とかわいい寝息を立てていた。

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わかり合えない親子感情。

話が長くなってしまうので、
お正月の出来事を一つずつ書いていく。


大晦日に息子と一緒に帰省した。
息子と一緒に年を越し、
一緒の部屋で眠った。

二日の日にお嫁ちゃんが来て、
とても楽しかった。

三日には幼なじみとランチをして、
夕方、帰って来てから、
わたしは両親にとうとうあの話をした。


何度カウンセリングを受けても解決しない、
犬が死んでしまった日のこと。

わたしは13歳だった。

ある朝母に「いつまで寝とるの! ゴン死んどるよ!」と怒鳴られた。

飛び起きて庭に行くと、
足が三本しかない小さい柴犬のゴンが、
冷たくなって横たわっていた。

嘘だ…。
死んじゃうなんて嘘だ…。
まだ3年しか生きてないのに。

泣きながら撫でていると、
「早く学校に行きなさい!」とまた怒鳴られた。

夕方ゴンを埋めに行くと言うので、
「早く帰って来るから絶対待っててよ!」と約束し、
わたしは泣きながら登校した。

そして走って学校から帰ってきた。

犬小屋は、空っぽだった。

わたしは庭で立ち尽くした。

すると、やがて父と母が帰って来た。
ゴンを山に埋めてきたと言う。

「待っててって言ったじゃない!」
わたしが叫ぶと、母が、
「あんた遅かったからや!」とまた怒鳴ってきた。

わたしは部屋に飛び込んで、声を殺して泣いた。


わたしはゴンにお別れを言ってない。
抱きしめて、ありがとうねって言いたかった。
わたしがこの手でゴンを埋めたかった。

わたしは何回もカウンセリングでこの話をしてきた。
けれどどうしても恨みが解決できないでいた。

そして、意を決して、両親にわたしのいまだ持つ悲しみを訴えた。

「そうか、そうやってアンタは親を恨んどったんや?」
母がそう聞くので、
そうだと答えた。

父が、ゴンを埋めた時のことを詳細に話した。
「なんでわたしだけ仲間はずれなの? 一緒に行きたかったのに!」
わたしは年甲斐もなく泣いて訴えた。

母は言った。
帰って来て死んだゴンを見たらまたアンタが泣く。
子供が泣くのを見るのは親は辛いもんや。
その姿を見たくなくて、先に埋めに行った、と。


なんで?
なんで?
わたしは納得がいかない。

わたしの弟だったのに。
わたしが散歩させてたのに。
たった一人の理解者だったのに。

なんでわたし抜きで勝手に知らないところに埋めて来ちゃったの?


よかれと思ってしたことが通じんかったんやね、
そりゃ悪かったね、と母は言った。

わたしは納得がいかない。
気持ちは晴れない。
ゴンに会いたい。


東京に来てから、金魚を飼い始めた。
朝、時々金魚が浮いて死んでいることがある。

息子に言うと泣く。
網ですくって、ラップに包んで、
幼稚園から帰って来たら一緒に埋めようね、と諭す。

息子はラップにくるまれた金魚に触れながら、
「死んじゃっても可愛いね。」と言う。

そして金魚が死ぬたびに、わたしと息子はマンションの庭に、
穴を掘って埋めて手を合わせることを繰り返した。
知らない間に捨ててしまうことなんて、
絶対に出来なかった。


ゴンを思うと今も悲しい。
もう一度抱きしめたかった。
ちゃんとお別れしたかった。

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