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長く苦しい夜を経て。

手術の翌朝。

今は何と夜が長いんだろう。
わたしは何度も回ってくる看護師さんのライトに照らされながら、
とうとう時間を聞いた。

5時だった。

6時になれば部屋の照明がつく。
9時になれば水分が許されるから薬が飲める。

わたしはただひたすら待った。

夜中に3度吐いた。

朝7時半には、同室4人のうち軽症だった二人には朝ごはんが出た。
カーテンで仕切られただけの隣でわたしは吐き気に耐えている。

8時過ぎに回診があって、担当医が回って来た。
わたしは、一睡もしていないこと、吐き気がひどく3回吐いたことを伝え、
とにかく精神科の薬を飲ませて欲しいと訴えた。

担当医は、吐き気止めの点滴か座薬を考えるといい、
精神科の薬も手配すると言ってくれた。


今日の担当です、とがっしりした看護師さんが挨拶に来てくれた。
「立ってみましょうか?」と乱暴なことを言う。

わたしは担当医とのやり取りを伝え、精神科のお薬をまず飲みたいこと、
それから吐き気止めの点滴をして欲しいこと、
立ち上がるのはそれからだということを伝えた。


やっと薬が来た。
わたしはむさぼるようにそれらを吸い飲みの水で飲み下した。
吐き気止めの点滴も入れてもらった。

それでも嗚咽が上がってくる。

同室の人たちは次々に立って歩いて、管が抜けて自由になっていく。
わたしは12時になってもまだ起き上がれないでいた。

「今日3時になっても起き上がれなかったら、今日はナシね。明日になります。」
看護師さんにそう言われた。
夕方から手薄になって行くので、日中に起き上がれなかったら、明日に持ち越しだというのだ。

わたしは焦った。
けれど吐き気が去らないことにはどうしようもない。

12時半になって、なんとこんなわたしにも昼食が配膳されてきた。
わたしはビックリして配膳の人に、
「わたし吐き気がして起き上がれないんです。」と言うと、
「じゃあ看護師さん呼んで来ますね。」と言ってくれた。

看護師さんがやって来て
「ちょっとだけ起きてみて、食べれそうなものだけ食べてみれば?」と、
わたしの電動ベッドを起こし始めた。

「ああそこまでで限界です。」と斜めの姿勢で、
テーブルがセッティングされて、料理のお盆が運ばれた。

赤い紙パックの牛乳が乗っていた。
おなかがぐうぐうと鳴った。
「牛乳飲みたいです。」

看護師さんはストローを挿して手渡してくれた。
わたしは、吐く覚悟で、牛乳を少しずつ飲んでいった。
空っぽの胃に、甘い牛乳が染み渡った。

杏仁豆腐があった。
舌で潰してよく噛んでから食べた。
五分粥の上澄みをスプーンですすって飲み込んだ。


それでわたしは人間らしさを取り戻した。

ずっと点滴は入っている。
けれど、口からものを食べるということは、これほど人間らしいことなのかと、
わたしは感動した。

やがて吐き気が治まっていって、3時ごろ、わたしはベッドに腰掛けることができた。

そして何と、立ち上がって、支えてもらいながら、トイレまで歩けたのだ。

同室の人たちに遅れること半日余り。
ようやく立って歩けたのだった。

          ++++++++++++++++++


ゆうべも、引き続き12時前には寝た。
ちまが一緒に寝てくれた。

朝9時に一旦起きたのだけれど、どうにも調子が悪くて、
また布団に逆戻りしてしまった。

それから夕方まで延々寝ていた。

体ではなく、精神的に疲れている気がした。
心の疲れはすぐには出ないのだ。

傷の痛みは、本当に軽くなって、咳をしても痛まなくなった。
一日一日、良くなっていく。

今日のちまはすごい甘えっ子さんだ。
狭い部屋なのにいちいち着いて来る。
抱っこの催促も多く、あんあん鳴いて、「アタシを見て!」とアピール。

横になっているとお腹にも乗ってくる。
今日はもう痛くない。

今もPCの隣であんあん鳴いている。
わかったよちま、今夜も一緒に寝ようね。

                                           伽羅moon3

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