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2011年4月

よく遊べよく眠れ

開催中の展示会に出勤するのに電車に座ってぼんやりしていたら、いつのまにか満員になっていて、そしてものすごい人の量が関内駅で消えていった。
なに? この大移動。
そうか、世間はゴールデンウィークというやつに突入したのだな。
それにしても一斉に降りたし駅のホームには係員さんがメガホンを持っていっぱい立って声を張り上げている。

ああ、スタジアムがあるからだ。野球かあ。
テレビを見ないから、今野球が相撲がいったいどうなったのかを知らない。

いいねえ、ゴールデンウィークに野球観戦。素晴らしいじゃない。
そう、するように心がけたいのは「節約」。
なにも自粛することはない。
消費する人が居てくれなくては、経済は、強いては国は成り立たないのだもの。

わたしだって一種の製造業。購入者がいなければ作ってもしょうがない。
ゲイジュツカではないから。

遊んでいる人を掻き分けて働くことは好き。
みんな、よく遊んでよく寝てね!
わたしにはできないことだから、かわりに楽しんでね!


パンを食べて出かけたきり夕方までなにも食べられなかったから、おうどんを食べて帰ってきた。
ユニクロで790円のTシャツを買った。
帰ってきていろいろ取り外したり脱いだりしたらどおーっと疲れが出た。

個展が辛くなかったのは、知っているお客さまだけが来てくださるからだ。
今日の展示会は二十数組の作家の発表会である。
お店番に行ったからには通りすがりに立ち寄ってくださった方にお声をおかけしてお話をしなければならない。
販売のない、数点のみの展示会なので、フォトブックで作品集を作って置いておいたのだが、これがなかなか好評でよかった。
それでも知らないお客さまにお声をおかけしたり、興味を持っていただくのは気を使って精神的にかなり消耗する。
展示会は人が見てくださる方も大勢いて、人がわいわいになったときにちょっとヤバクなって、頓服を飲んだ。
そのあと知っているお得意様が来てくださって楽しい時間を過ごせたのでよかったけれど、結果的にはかなり疲れた。

しどけない有様で畳まれたふとんに変な格好で寝転んでいたら夫がやってきて、マッサージをしてくれた。わたしが帰宅したとき夫は車を洗っていて、彼は今日は家事疲れをしていた。ありがたいことだ。
今日とか明日とか一緒に夕飯は?と聞かれたけれど、ちゃんと仕事に行って役割を果たせるかどうかで手一杯なわたしは、すげなくそれを断ってしまった。
反省。断るにしたってもうすこし婉曲表現があるだろうに。
んんんー、でも婉曲表現だと夫には伝わらなくて寄り切られてしまうことがしょっちゅうあった。びしっとすげなく断るしかないな。ごめん。

さて明日も頑張って行って参ります。
皆さまがたは、どうかよく遊びよく眠って楽しんでくださいね。
わたしの願いです。
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視力 0・1

展示会の搬入に行くのに、メガネをかけるのを忘れて出てしまった。
時間的にゆとりはあったけれど、まあいいや、なんとかなるでしょ、と思ってそのまま駅に向かった。
わたしの裸眼視力は0.1 である。
でもメガネをかけることが好きじゃなくて、ふだん家に居るときはしていない。
PCに向かうときだけかける。
出かけるときもかける。これは0.4に矯正するメガネだ。
もう一つメガネを持っていて、それは1.2に矯正する。映画・観劇用のメガネである。
普段使うメガネを0.4と弱くしてあるのは、見えすぎてしまうと疲れるし、年齢柄度が強いと近くのものが見えないからである。
幸いまだ老眼鏡の必要はないが、若いときみたいに近視のメガネをかけたままなんでもこなすことは無理になった。

ふだんかけていないのは、ブラジャーやストッキングが嫌いなのと同じ理由。
とにかく体に纏わりつかれるのが嫌いでしょうがない。
それで、実はアクセサリーも好きではない。
宝石も半貴石も鉱石も貴金属も好きなのに、自分の体に装着することが苦手なのだ。
だから帰宅するとわたしはまず脱いだり外したりに大忙しなのである。


視力0.1 で出かけてみた。
行き先は知っている土地だし、建物への道のりはサイトで確認してきたから迷うことはないだろう。
ぼんやりする視界のまま電車に乗って乗り換えて、降りて、坂を上って階段を上って、ちゃんと到着した。

フィルターがかかっているみたいでほわんとしていた。
わたしにはこれくらいの情報量でちょうどいいのかもしれない。
見えすぎたり聞こえすぎたりするのは、わたしにとっては良くないんだ。
過敏すぎるから傷ついたり眠れなくなったりしてしまう。
ちょっとぼんやりしているくらいでちょうどいいのに、そうするための強めの頓服にも、もう脳は慣れてしまった。
もうワンランク強くしてもらおうかなあ。


自分の認知が歪んでいるのだと、客観的に知ることがいいことだと思っていた。
けれども決してそうではなかったことに、カウンセリングで気が付いた。
・歪んでいる、らしい。
→けれど違う風にしか思えない。
→ →感情を捻じ曲げることが出来なくて苦しい。

そう、客観的に自分を知ることは、自覚という意味で大切なことに違いないのだが、じゃあ楽になるのかというとそうではなかった。
苦しいのだ。感情がついてこない限り…。

かなり手強いぞあたし。
どうしたら視力0.1 みたいにほんわかのんびりできるんだろう。

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カクテルパーティーに出られない。

カウンセリングに行ってきた。
非常に有意義な話ができた。
最初は睡眠障害に苦しんだ話をしていたのだが、そこから派生して、わたしの認知の歪みについてかなり詳しく話し合えた。

認知が歪んでいるという表現で正しいのかどうかわからないけれど、とにかくわたしにはゼロか120%しかない。その間のちょうどいい感じの部分がないのだ。

主治医が「ハルシオンを抜いてみてもいいわよ。」と言った。
それをわたしは「ハルシオンは抜きなさい。」だと捉えてしまうのだ。
抜けそうだったら抜いてもいいし、飲んでてもいいし、そのときどきに応じて適宜…
ということが考えられず実行できない。
毎日ちゃんと飲むか、まったく飲まないようにするかのどちらかの選択しかできないのだ。

真剣に話を聞きすぎて、途中経過も全部インプットしてしまうために、最終結論が逆にわからなくなってしまう。
たとえば、わたしの母や夫は、考えながら同時に口が動くタイプの人で、何かを質問したとき、もしくは何かを決定するとき、母や夫は、考え付くことを全部言葉にして発する。
「こうしようか。それともこうがいいか。こういう手もあるし、逆にこうとも言える。だけどあの時こうだったから今回はこれがこうなるかもしれない。次回はまあこうするとして、今回はこうする?」

  ………ぴー。  ぐわしゃ。

わたしの脳はクラッシュする。
いったい結論がどれなんだかわからない。質問されたのか決定を伝えられたのかもわからない。
そもそも何について話していたんだかさえわからなくなると言う混乱の極みに達する。

溢れる情報の中で、さらさら聞き流して必要な結論だけをチョイスするなんて高度な技が、今のわたしにはできないのだ。
わたしはスナックをクビになった話をしてカウンセラーを笑わせた。
酔っ払い相手にド真剣に話を聞いてツッコミを入れるという、使えないオネーチャン。
するとカウンセラーは「カクテルパーティー効果」ということを教えてくれた。
人の脳の優れたところの話。
ザワザワといっせいに人々が話しているカクテルパーティのような会場でも、今自分が向き合っている相手の話だけがきちんと聞けるという力だ。
ほかの人たちの話は、見えないフィルターで遮断されていて、必要な情報だけをチョイス出来るという高度な技だ。

わたしのフィルターはボロボロの穴あきだらけ。その隙間から色んな人のいろんな話が入ってきてしまう。
だから一つに集中したりチョイスすることができなくなっている、というのだ。

昔、耳が遠くなった祖母が与えられた補聴器を投げ捨てたことがあった。
「うるそてかなん!」(うるさくてかなわない、の意。)
補聴器は全ての音と声を拾って強制的に脳内へ送りつける。それを聞かされた日にゃ、それはうるさいことだろう。補聴器をつけてカクテルパーティには行けないということだ。

わたしが夜中に好んで起きていて仕事がはかどるのもそれが理由の一つである。
昼間は様々な音や人の声が耳について落ち着かない。気が休まらない。
夜中、自然の風や雨の音以外は静かになって、ねこの寝息がかわいくて、そんな状態だとわたしはとても安らぐし落ち着くし作業もはかどるのだ。

テレビも見れず、ラジオはことのほか駄目。音楽も聴けず、今は本も辛い。
制作をしているときだけが楽しみなのである。
他に何の趣味もない。

母屋で暮らしているとき、みんなでの食事がとても辛かったのは、5人がいっせいに喋っていてテレビは大音量で、夫はさらにわたしに話しかけて…という莫大な情報量をわたしの脳が処理できなかったからなのだとわかった。

人と会うのも一対一でないと無理、と思うのも、そういうわけだ。
一方的に喋られても、処理仕切れなくて壊れてしまう。

フィルターが壊れていて、情報のピックアップも処理もできない。
それがわたしの状態だ。
これは統合失調の人以外にも、発達障害を持つ人に多く見られる症状だという。

薬の力でフィルターの破れが治るまでは、今のままだろう。
大勢で暮らすことは不可能なのだ。テレビを見ながら食事をしながら会話もするなんて無理なのだ。
わたしは、カクテルパーティーに出られない。
ボロボロのフィルター。
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ハルシオンも必要。

とにかく夕べはあらゆるトライアルをした。
薬を飲んでから甘いものを少し食べて牛乳を飲んだ。
ぼんやりPCを眺めてみたりした。
決してオークションで興奮したりしてはいけない。
大好きな白檀のお香を焚いた。
そしたらかすかに「眠い…。ような気がする。」というムードになってきたので、布団に座って柔軟体操をゆっくりとした。
そして目隠しをして、寝てみた。

寝付けた。
泣かないで眠れた。
一体どれが効果があったのかわからないけれど、今日も甘いもの以外全部やってみる。
日曜日までわたしは毎日出かけなくてはいけないのだ。
寝なきゃ、起きられない。

もう減薬もしんどいからちょっと休もう。
ハルシオンも抜かずに飲もう。
…って、結局ハルシオンを抜いてたのが睡眠障害の原因だったりして!!

主治医が、ハルシオンのような短期型の入眠剤は眠りを浅くする副作用があるので、抜けたら抜いてみて、と言われたのだ。だからもうずっと抜いていた。
青い楕円の錠剤がだいぶたまった。
夕べは何も抜かず、パキシルも15ミリ、ハルシオンも入ったまま飲んだのだ。

わたしにとっては、ハルシオンもきっと必要なんだ。きっとそうだ。
そして、ハルシオンも飲んだから大丈夫、と考えるようにしよう。

今日は起きたらカウンセリングに行く。
明日から4日間は展示会の仕事。
展示だけの展示会だからそんなにきつくないけれど元町まで通う。

頑張れる自分でいるためには、まず寝ないと。
今日はこれでおしまいにして寝ます。ハルシオンも飲んで。

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激しい睡眠障害

あの大雨の日の前から睡眠障害に苦しんでいる。
出かけなくてはいけない日の前夜はもう緊張してしまう。
今日は起きたら美容院に行く予定になっているのだが、起きたら、の前にまず寝られるかどうかが不安で仕方なくて眠れない、という、超矛盾したわたしの世界。

制作をする気力もなくなってしまった。
しなくても多分困らないけれど、精神的に良くない。
頑張れない自分に用はない。そんな自分は嫌いだからだ。
眠りがうまく行かないと何もかも嫌になる。
うつ病になった当初と同じだ。
辛くて辛くて、なんでわたしはこんなに辛いんだろうと思っていたらうつ病を発症していたのだけれど、そうと知らずに一年半も無理を重ねて悪化させてしまった。
最後の決め手は、天地がわからなくなるぐにゃりさんというひどい眩暈と、不眠だった。

昨日の朝方も眠れなくて眠れなくて、泣けて泣けて、通勤中の夫にメールして慰めてもらった。
結局泣いているうちは眠れない。
起き上がってPCを眺めていたらようよう眠くなり、寝たのだけれど、それまで3時間ぐらい泣いていた。

寝付けないことが苦しい。
とても辛くて悲しい。
またそんな思いをするのかと思うと寝るのが怖い。
かといってずっと起きているとぼんやりするし体も疲れて何も生み出せず何も進歩しない。
出かける気力もなく、制作する気力もなく、家事なんてまして出来ず、ただ、眠れないと泣いているだけだ。

今夜ももうこんな時間になってしまって…。
睡眠薬を飲んだって強い頓服を飲んだって体はがちがちに緊張していて寝付けない。
それを毎晩味わうことが辛い。

今日は薬を飲んだら柔軟体操をしてみよう。

子供の頃から寝つきが悪かった。
不安感が強く、自分なりの儀式をしないと眠れなかった。
眠れないと翌日が辛いので悲しくなってよく泣いていた。
全部障害だったのに…。

眠りは本当に大切。この病気だと更に大切。
眠りを確保するための薬を処方されているのに、それに打ち勝ってしまうわたしの脳。

もうすこし、柔らかくなってくれよ。
お願いだよ。
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切なさはセットになっていて。

土曜日の朝、わたしは壊れて、眠ることもできず何かをすることもできず、硬直して泣いていた。
強い頓服を2服飲んだのにわたしの精神は引っ張られてコントロールを外れる。
誰か、誰か…
夫しか頼る人はいない。
偉そうなことを言っていても夫に頼らないと生きて行けないんだ。
もうメールも打てなくなっており、ワンタッチボタンで夫に電話をした。
6時だからもう起きているだろう。
しばらく鳴って優しい声で夫が出た。
「…こっち来てくれない?」
涙声で言うと夫は
「うん、行くよ。待ってて。」と答えて、嵐の大雨の中を母屋からやってきてくれた。

わたしは布団に横たわって硬直しており目隠しもしたまま腕を伸ばして、夫に抱きついた。
夫はわたしを横抱きにして背中と頭を強く撫でてくれた。
わたしはしゃくりあげて泣いた。
目隠しに使っているタオルがずっしり重くなった。
何も説明できなかった。辛い、の一言も言えなかった。
ただ夫にしがみついて小一時間泣いた。

辛い。辛い。眠れない。今日息子に会うのにこんなでどうしよう。

発作がおさまって、まだ眠れないから夫に新しい携帯を注文してもらった。
そしたら眠くなったので目隠しなしで眠った。

夕方5時に出かけると言ってあったのに夫が起こしてくれたのは4時20分だった。
なんで4時に起こしてくれないのよとわたしは毒づいたが、自分のアラームは止めて寝たんだからしようがない。
慌てて顔を洗って鏡を見ると、目が腫れて醜かった。
化粧をしている時間は無いから眉毛だけ描いて口紅をして出かけた。
ちょうど雨が小降りになっている隙に駅まで行けた。

いつものところで息子は待っていた。
髪を切ったらしく小さい顔がさらに小さく見えてカッコよかった。
「地下から行く?」
雨に濡れないよう地下道に誘導して店に連れて行ってくれた。
夜のデートは本当に久しぶり。
生ビールを飲みながら二人でガツガツ食べた。
美味しい。どれもすごく美味しい。
ひっきりなしに喋る。飲んで陽気になった息子は色んな話をしてくれた。

息子って一時期喋らなくなるけれど、大人になるといいな、色々喋れて。
今の彼女と結婚を考えていると言う。わたしはもちろん大賛成だ。
向こうの親がどう言うか…。
「必要だったら向こうの親に挨拶に行くからね。普通の人のフリできるから大丈夫だよ。」と言うと息子はハハハと笑って、「でも最近調子よさそうじゃない?」と聞いた。
数時間前発作を起こしていたなんて言えないけれど、新しい病院で沢山心理検査をやって障害がわかり、それに合うお薬が出たから心配はないよ、と説明をしておいた。
息子は彼女に、わたしの病気のことは話していない。
だから必要に応じて普通の人のフリができるようなっていなくちゃ。

わたしは生ビール一杯とチューハイ2杯で酔っ払ったのでウーロン茶に替えた。
息子は焼酎をロックで飲んでご機嫌である。
お腹一杯にしないで切り上げて、「ちゃんとした喫茶店」に移動した。
ここのコーヒーが二人はお気に入り。
ケーキセットをそれぞれ頼んで、まだいろいろ喋る。
今回は息子がよく喋ってわたしは聞き役だった。初めてかもしれない。
息子っていいな。
かわいいな。

別れるとき、必ず姿が見えなくなるまでお互いに見送って手を振る。
姿が見えなくなったとたん、切なさがやってくる。
愛おし過ぎるのだ。
一生、報われない恋をしているようなものだ。
またすぐ会いたい。
触りたい。手に、ほほに、髪に…。

結婚してしまったら、もうこんなデートできないのかな。
そう思ったら涙が出た。
でも結婚して子供を持って欲しい。自分の家族というものを持って欲しい。
今ヤツは一人暮らしで世帯主。親は両方とも再婚してしまっている。
だからぜひ自分の家族を持ってほしいのだ。

愛おしさと楽しさに、切なさがセットになってついて来る。
切なさはいつかなくなるんだろうか。

帰ってきたらちまが出迎えてくれた。
ちまが居るから泣かずに済む。ちまが居るから寂しくない。
でも息子と会うと、別れるときは切ない。
2~3日一緒に過ごしたいなっていつも思う。

お腹の中から肋骨を蹴っていた息子。
一緒にハイハイをしながら遊んだ赤ちゃん。
病気ばかりして泣き虫だった幼稚園児。
ずっとずっと一緒に生きてきた。
話すことなんていくらでもある。

熱を出すと自分のベッドじゃなくわたしの布団で寝ていた高校生…。
かわいい。愛おしい。そして切ない。
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壊れそう。

やばい。ラインを踏み越えそうな気がする。
まとわりつく天使のちまちゃんにほんの少しでもイラッとしたらわたしは頓服を飲む。
けれどいまは壊れそうだ。
この低気圧のせい?
冷凍庫で冷凍食品がパンパンに膨れているよ。
なにも形にできない苛立ち。
もう消えてしまいたい!
死にたいと消えたいは違う。
別に死にたくない。
ただ強く消えたいと思う。
マグカップに一杯ワインを飲んでやった。
わたしの肝臓の数値を見て、主治医はわたしの飲酒を疑った。
わたしには飲酒の習性はないし家にお酒なんで置いてないです、当然飲まないです、と言ったのに、彼女は「うん、まあ…ね。」と言葉を濁した。
信じてもらえないならもういい。
飲みたくなかったわけじゃないんだ、飲んでやる。
でっがいマグカップになみなみワインを入れて飲んだ。
消えたい。切りたい。
吐きたい。この熱いカタマリ。黒いカタマリ吐きたい。
今日は息子に会うのに!
泣けてくる。こんなわたしじゃだめだよ。
あんないい息子にこんな母親じゃだめだよ。
なにも生み出せなかった不毛な一日。
いっそ動けないくらい具合が悪かったらよかったのに。諦めがつくのに。
わたしがこんなに重症だってこと息子には言ってない。
言わないほうがいいよね。それとも知ってもらいたい?

   だれかひとりくらいほんきでしんぱいしてくれるひとがほしい。

切ったって逃げたって心配なんかされたことない。

やさしくされたい。
もう減薬しんどい。これ以上はパキシル減らせないよ、しんどいよ。
肝臓守っても精神が壊れるよ…。
なにが一番大切なのか誰か教えて。
この黒いカタマリ、どかして。重いよ。痛いよ。
だれか優しくして。もうしんどい。

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切れたら切れっぱなし。

どこに隠れているのかわからないので自分ではどうしようもないわたしのスイッチ。

ずーっとスイッチを切ることが出来なくて薬で強制終了して無理矢理眠る。
それが昨日、スイッチが切れてしまい、切れてしまったらONにならず、やる気のない時間を持て余している。
昨日は、あまり寝ていなかったため夜眠くなって12時前に寝た。
今朝は8時半に起きた。
ああ、これなら誰にも責められない。世間さまに後ろめたくない、と勇んで起きて、洗濯をした。どうよ、これならいいでしょう。

昨日作りかけで寝てしまったのでそれらを仕上げ、撮影してブログにUPした。
でも、それしかできなかった。
どうにもだるくてやる気が出ない。
夜たっぷり寝たのに、体がすっきりしてないし心はうつうつなのだ。

こんなの嫌だ…
そう思いながらもまた布団を敷いて、午後眠りに入った。
寝ても寝てもだるい。
やる気も出ない。
洗濯をして、発送をして、ブログもUPしたんだから充分だろうに、わたしは納得していない。
まだ足りないと思う。
そしてだるくてやる気の無い自分を嫌だと思う。

スイッチがONのままの自分も苦しいけれど、切れたら切れっぱなしでONに戻れないことももどかしい。
ほどほど、っていうのがなんで無いんだろう。
ホント変わった病人だよ。

テレビも見れず音楽も聴けず、本も読めない。
そんなわたしがスイッチオフになったとき、どうしていればいいんだろう?
不器用なわたしには趣味もない。

ミシン、やろうかな。
下手でも、やらないと上達しないもんな。
下手でも、なにか作ってみようかな。

そうしよう。
作ること、書くことでしか自分を発散できないわたし。
ぼんやりしているなんて自分を許せない。
オフを楽しめるようにならないとこれもまた苦しい。

書いて、少し落ち着いた。
今夜はミシンをやってみる。

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藁にすがって小船に乗る。

何度も書くように、カウンセリングはわたしにとっては命綱、人工透析のようなものだ。
今日は何を話そうかなあ…と思うような日でも、わたしの心理状態は決して安定しているわけではなく、雑談のなかでひょいっと触れるものがあり、あふれ出して泣いてしまうこともあるのだ。
わたしはこのカウンセラーさんに出会えて本当に幸運だと思う。
転院のお膳立てもお願いしようと最初の面談のときから転院したい旨を伝えたのだが、そんなケースは無かったと言いながらも、研究所の所長とカウンセラーさんとで相談して、いまの病院を紹介してもらえた。
わたしが要望したのではあるが、沢山の心理検査を行って、やっと、こんどこそやっと本当に、自分の病気(障害)が明確になった。

あのまま…あの心療内科に通院していたら…わたしの体はどうなっていただろう。
カウンセリングなんかじゃあなたは治らない、と言い切った老医師。
限界までパキシルを飲み続け、壊れた肝臓。無くならないうつ症状。それに対して怒る医師…。

料理を作ることさえままならなくなり、食べ終えると椅子に腰掛けていることもできず崩れ落ちる。睡眠がうまくとれずに夕方寝てしまってマトモな夕飯が作れず、生活ぶりを夫に責められ…。

わたしは文字通り藁をも掴む思いでその心理研究所にすがったのだ。
病院から紹介されてやってくるクライアントさんがほとんどという研究所で、「病院を紹介してください。」と飛び込んできたわたしは非常に異色だった。
のちに所長さんに言われたが、見た目もひどいありさまだったという。
カウンセラーさんと雑談して笑顔を見せたわたしに「数ヶ月で変わるものなんだねえ」と所長さんは驚いていた。

本当に本当にいいカウンセラーさんに出会えてよかった。人柄はもちろんだけれど、プロのカウンセラーさんとして非常に優秀な方だと思う。
毎週通わせてもらえるのは、カウンセラーが女性の方だからだ。
もし男性だったらとっくに夫から、「いつまで毎週行くつもり。」とか「費用対効果。」とか、挙句には「嫉妬。」とかで資金を打ち切られ、わたしは泣く泣くあきらめるしかなかっただろう。そして心の澱がまた底にたまってフタをされるということを繰り返されただろう。

今日は「誘われてしまうこと、しかも苦手な電話で、即答要求で。」と言うことについて話して来た。
それがどんなに結果楽しいイベントだとしても、わたしは行きたくないのだ。億劫なのだ。そういう病気なんだものこれはしょうがない。
ちまと二人でアパートに居て、自由に寝たり起きたりして療養しながら、制作をしているのが最も幸せで平和。わたしはここに居たい。
そりゃあ、一緒に行きたいなと思うところとか、観たい映画とかあるけれど、我慢する。時間を合わせられないもの。


今回夫の誘いを断ってしまったから、もうきっとお願い事は聞いてもらえないだろう。
携帯は電池を新しくしたのに毎日充電しなければいけなくなった。丸4年使ってそろそろお疲れかもしれない。大事な大事なデジカメもピントが合わないことが増えた。これも4年使っている。息子が買ってくれた大事なカメラだ。
仕事、しよう。自分でなんとかすれば悲しくならない。
頼るから、断られて悲しくなるんだ。

仕事、しなくちゃ。
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擬人化はなはだしい。

深夜に一人ノリツッコミをしてしまった。
関西人ではないが、関西との県境で育ち、花月劇場をこよなく愛する小学生だったので、ボケ・ツッコミにはけっこう厳しい。
だいたい東京の人は、ひとがボケているのに突っこんでくれず、「いや、そうじゃなくて、」とか言われてこっちがドン引きになる。
気持ちのいいツッコミをしていただくと弾むのになあ。

でも基本一人+ねこ一匹なので、ひとりノリツッコミをしているわけである。
ねこがボケをやってくれたらすかさず突っこむけどね!

制作室のデスク上のベッドでちまは寝ていることが多い。
作業をしているわたしの気配を感じながら眠るのが至福らしい。
作業をしながらふと傍らのちまの寝姿を見て、さっきわたしが思ったこと。
「おわっ! ちまちゃん裸やん!」


「…って、ねこやがなー!!」とすぐさま自分にツッコミいれましたけれど!

マジで、ちま、なんで裸で寝てるの!?と実は思ったであります。
そもそもねこだし。
しかもええ毛皮着てはるし。

ちまにはお腹にモモがあります。産毛しか生えていないピンクの桃があるんです。
そこを見て「おわっ! 裸や!」と思ったわけですね。
で、ねこやん!って自分でツッコミ入れたわけですね、深夜に一人で。Dscf0683

←おまた全開ですが、これがちまの「桃」です。
やわらかくてあったかくて、ぷにぷにしています。
そこを執拗に触ると蹴り蹴りされます。




ちまと二人の生活は、息子と二人だった生活になぜかシンクロしまして、ちまに向かって息子の名を呼ぶことはしょっちゅう。
さすがに息子に向かって「ちまちゃん、」とは言いませんけど。
そうなったらおしまいですねある意味。

どうもちまをねこだと思っていないフシがあるのです。普通に話しかけて会話が成立しているつもりでいますから。

今日ちまちゃんは、ママの寝てる時間がずれ込んで、おやつのスープをもらえませんでした。わたしはそのことに気が付いていたんですが、タイミング的にやる時間もなかったし、何より本人が要求してこなければやらないのです。

しかし、深夜、夕飯カリカリを食べた後、なにかの用事?でキッチンのシンクに来ていたちまは、何かを見て…多分スープをもらうときのお皿か何かを見て、思い出したんです。
「今日あたくちスープを頂いていないわ!」
で、ママに要求するも、知らん振りをされ、「抱っこなの?」と抱っこなんかされちゃう人のいいちまなのでありました。

何度も要求していましたが、もらえないので夕飯カリカリをやけ食い!
ねこも思い出したりするんだなあ。
あなどれないなあ。ねこってわたしが想像していたよりももっとずっと頭がいい。
可愛らしさといい知能といい、1歳半くらいの赤ちゃんぐらいの感じがします。

Dscf1997 あっそ。スープもらえなかったもんね。
明日は忘れずに要求しますからね! とややふてくされのちまちゃんでした。

わたしはゆうべ何年ぶりかで「眠い」という感覚が訪れ、喜び勇んで薬をのんで、11時間も寝ました。
ずっと睡眠がうまくいっていなかったから嬉しかったです。

さて今日は強制終了して寝なくちゃ。

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誘われてしまうと。

自分の弱さというか、今後の課題である部分が見えてしまった。

誘われるのが苦手である。
もともとそうだけれども、今は特に苦手である。

今、療養中のわたしは、自分がそれをしたいかどうかで判断すればいいのに、誘われてしまうと、断ったときの相手の不機嫌が怖くて、つい、うんいいよと言ってしまう。

あとで考えたら、それに行きたいかどうかなんて考えていない。
これを断ったらマズイんだろうな…手のひら返すみたいに不機嫌になってぷつっと電話を切られてしまうんだろうな…そしていずれは嫌味を言われるんだろうな…。

夫に、長女と3人でミュージカルを観に行こうと誘われたのだ。
どんな内容? 明るいの暗いの? それにあなたはなぜ行こうと思ったの? と質問しながらも、わたしは違うことを考えている。
誘われたくないとハッキリ伝えてあるのに尚誘ってくるのだから、前に3人で出かけたことが嬉しかったからまたそうしたいんだろうな、とか、GWだもの一日くらい一緒に出かけたいのだろうなとかわたしは考えていた。

誘われてしまったら、断ることは非常に苦痛でエネルギーを費やす。不機嫌になられてしまうことも怖い。あとでねっとり嫌味を言われることも嫌だ。
だから誘わないで欲しいのだけれど…

誘われてしまったら…しかも苦手な電話で、直接誘われてしまったから…わたしは夫の機嫌を損ねたくない、ただそれだけで、うんじゃあ行く。と返事してしまった。
そして暗くなる。
それがどんなに楽しいミュージカルであっても、3人でのお出かけがどんなに楽しいものであるとしても、わたしは億劫なのだ。そういう病気なのだ。
でも機嫌が悪くなられるのが嫌で、いつも断りきれない。

今夜は、一時間ほど経ってからよくよくカレンダーを見て、その日わたしは所属工房会のプレス向け展示会に行かなければならない日だったことに気が付いた。
しまった、仕事だった! 書いてあるのに!
すぐさま夫にメールをしたが、寝てしまっていた。
そこでチケットを取ってくれる長女にメールして謝った。

誘われてしまったことで、しかもすぐさま返事をしなければならない電話という状況で、わたしはただ夫の機嫌を損ねたくなくてよく考えることもできないまま、うんいいよと答えてしまったのだ。
あーあ。
失敗した。
どっちにどう転んでもわたしにとっては失敗でしかない。
いや、行きたくないから、とびしっと断る勇気はないし、不機嫌になられたくなくて、いいよと言ってしまうけれど、そのあと自分で暗くなる。
今回は仕事だったことを忘れていて、チケットを浮かせてしまった。
手放す方法があるから大丈夫だよ、と長女からは優しい返事が来て一安心。
申し訳ないことをした。


わたしだって、ごくたまに、行きたいなと思うところや観たい映画もある。
でも相手のタイムペースに合わせることが出来ないから、我慢している。
誘っておいてやっぱり行けない、というのではあまりにひどいからだ。
だから言わずに行かずに我慢する。わたしは自分のペースで暮らして家に居る。
それが何よりも安全で平和なのだ。
断れないし、断るのには尊大なパワーを消費してしまいさらに不機嫌になられて嫌味も言われて辛いから、できれば誘わないでもらいたい…。
特に電話は恐怖症なのでことさら考えられなくなって、今夜みたいに仕事があることまで失念してしまうからやめて欲しい…。

申し訳ないけれど、いまのわたしはこういう状況なのだ。
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スイッチ欲しい。

昨日の夜めっずらしく息子からメールがあった。
今度の土曜日空いたから会えるよというものだった。
嬉しい! 久しぶりにデートできる! しかも夜のデートなんて何ヶ月ぶりだろう。
一応心配して「彼女は用事で?」と聞いてみたらそうだと言う。
よかった、では心置きなくデートいたしませう。

その、何ヶ月か前に一緒に行った店にまた行きたくて、「土曜で空いている日があったら教えてね。」と頼んであったのだ。
花見やらいろんな付き合いが多いらしく、基本的に土曜日は彼女とデートだし、GWならなんとかなるかなあ、というちょっと渋い返事が返って来ていたので、「やっぱりいいよ、会えなくても我慢できるよ。」とメールしたのだ。

でもちゃんと誘ってくれた。嬉しい。わたしはいそいそと店を予約した。

息子は永遠に恋人。大人になってもオッサンになってもずっと一番愛おしい存在。

先週のカウンセリングで、わたしはまだ父に甘えたいのだという話をして泣いて、カウンセラーさんは、「父親にとって娘とは、しかも一人娘さんならましてや、恋人のように愛おしい存在なのでは?」と聞かれた。
けれど、わたしの父はとにかく母が一番なのである。
母が心配するからグチを言うなと言われたこともあった。
今年のお正月にヨロヨロの体で帰省したときも、「しんどいと思うけど頑張っておかあちゃんのグチ聞いたってや。」と言われた。
残念なことにわたしの体調や病気よりも、母の気持ちを優先する父だ。

それだけ夫婦仲がいいということで、それはとてもありがたい。
仲がよくていつも一緒にいて喋っているからこそ、二人ともボケることなく元気で長生きしてくれているのだから。
こんなありがたいことはない。
わたしの病状(もしくは障害)では親の介護なんて難しいからだ。

だから父に甘えたいのにとか、母のほうを絶対に大事にするんだとか、思わない。
甘えたい気持ちはあるが、母のまえでは出来ないことだし、何よりも二人が仲が良くて一日でも長く一緒に生きていてくれることが大切なことだから。

わたしがいま仕事をさせてもらえるのは、親が元気で居てくれるからだ。
夫が元気で仕事に行ってくれているからだ。
そのことに感謝しなくてはと思う。

          ++++++++++++++++++

今朝方も眠れなくて眠れなくて悶々とした。
しかも解除し忘れたアラームに起こされていい眠りが得られなかった。
珍しく今日は夕飯を作って食べたのだけれど、グラスに半分のワインを飲んだせいか眠くなって食後に寝てしまった。
眠くなって寝るって、ほんとうに久しぶりに経験した。
薬とお酒は良くないってわかっているけれど、眠れるなら…と誘惑されるのもわかるなあ。
変な時間に寝てしまったので、これでまた眠れないのは決定。
ずっと起きていようかなとたびたび思うのだけれど、体も脳もそれなりに疲れているので作業ははかどらずいいものは出来ない。だから寝たいのだ。
うまくスイッチがオフにならないのだ。
欲しいなあ、性能のいい…いや、普通ので充分なんだけれど、
スイッチ。
欲しい。
                                        伽羅moon3

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眠くない寝たくない眠れない。

眠くならない。そもそも寝たくない。ずっと起きていて作業していたい。
(じゃあそうすれば?ってツッコミは無しね♪)
ずっと起きているわけにも行かず、薬で強制終了して寝ようと試みたけれど、脳が興奮状態で(いやらしいこと考えてるの?ってツッコミは無しね♪)スイッチがオフにならない。

抜いていいよといわれたハルシオンも飲んで、パキシルも15ミリ飲んで、それでも一向に眠くなってくれないから、リスバタールを二包目飲んだ。
これでどうだ!
愛用のフェイスタオルで目隠しをして、それでも眠れなくて悶々としていた。
脳の力とはなんと強いんだろう。睡眠薬2種類に頓服二包の力に勝ってしまうんだ。
もうちょっと素直に、楽になりなよわたしの前頭葉。

おかげでパキシルの減薬はも一回やり直しだよ。
次の診察が一ヵ月後だから自分のペースで考えてやらないと。

寝るのが嫌だ。なかなか寝付けないから。気持ちよく眠れないから。変な夢を見るから。
起きたときご機嫌じゃないから。

今夜も同じように薬漬けで眠ろう。

ああ~眠くなったー。寝よー。…なーんてこと、いったい最後はいつだった?
セロクエルを投入されたときは、眠いと思うまもなく気を失っていたから、それは違うし。
具合が悪くて昏々とと寝ている時も違うし。
もう、記憶にないよ。
波動療法を受けていたときも、最も障害がひどいのは睡眠野だったっけ。
波動が通らなくて通らなくって先生が苦労していたのを思い出した。

わたしのひどい睡眠障害は、過度の緊張から来ている。
その緊張をほぐす薬をたんまりと、睡眠を導入する薬をたんまり飲んでいるのに尚、抵抗を見せるわたしの脳。
なぜそんなに拒む? 
眠くなって、寝て、寝たいだけ寝てから起きる恵まれた生活が用意されてあるのに。

寝てはいけない呪縛をかけているのかな…
思い当たらない。

            +++++++++++++++++

今日は石と向き合う気力がなくて、注文して買った本を読もうとしたけれど無理だった。
無理、っていうのは、脳が拒んでいる感じ。読めないのだ。

そうだ、ミシンやろう。
ぼんやり過ごしたりだらだら寝ていられないわたしは、ミシンを買った一つの理由である「お直し」をやることにした。
頒布で揃えたワンピースを全部チュニックにしてしまうのだ。
でも、挫折が怖くて半分だけ手を付けた。
持っているチュニックに合わせてジョキジョキ切って、アイロンをかける。
アイロンでしつけ代わりにするのだ。裾を三つ折にしてアイロンを丁寧にかけた。
こうしておけばあとはジャーっと縫うだけ。
いくら不器用なわたしにでもできる。

学校の勉強の中で最も役に立つのは家庭科だな。
子供にはもっといろんなことを生活科の中で教えたほうがいい。
わたしは器用ではないけれど根っからモノづくりが好きだから、鋸で板なんかをジャクジャク切ってみたいな。トントン釘打ちなんかもやってみたいな。
きっとへたくそだけれど…。

チュニックは出来上がった。いびつな縫い目はご愛嬌。
さてと…

また、寝たくないけれど寝なくちゃいけない。
ああ、苦手。
                                         伽羅moon3

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会えなくってもあいしてる。

今日、郵便受けに、あんずからの手書きのハガキが入っていた。

もちろんあんずはねこなので字は書けないし、住所知らないし、ポストにハガキを入れに行けない。
ちまにそっくりなねこの切手を貼るなんてしゃれたことも出来ない。

そのハガキにはこう書いてあった。
だいすきなきゃらママへ。

わたしは号泣した。

           ++++++++++++++++

消印と宛名の文字で、書いてくれた友だちが誰だか特定できる。
わたしはその子に詳しい事情は話していない。
けれども察してくれているのだ。
事情はどうあれわたしがあんずを泣く泣く手放したこと。
そのあと罪の意識とあんず恋しさでしょっちゅう苦しんだり泣いたりしていること。
わかってるんだ。

もう何十回も言ってもらってる。あんずのことは全てOK! と。
あんずは新しい生活に慣れたどころか天下を取って和室の真ん中でお腹を出してごろごろ寝そべっているのだと。
広いおうちのトイレやらお風呂やら探検し、昼間はベッドを占領し、ゲージの上で窓から外を眺めて過ごす。
西の窓は「あんずの窓」と名づけられたと。
もうわたしのことなんか忘れて今の生活を満喫していると。

わたしのところに来るまでに2人の手を経て守られてきたあんずの命。
わたしが3人目。そして死ぬまで一緒にいることは叶わず、4人目の方に引渡しをした。
そしてあんずはとても幸せになった。

あんずが居たからこそ、わたしたちはちまを欲しくなり、あんずがいたからこそちまを譲り受けることが出来た。
あんずは、わたしにちまという天使を与えて行ってくれた。

4面を窓に囲まれながらも波ガラスなので外が見えないこのアパート。
気候がいいときはお風呂場の窓を開けてドアを開けておくと、出窓に座って外をながめていたちまのまねをして、あんずもそっとお風呂場に入り、体を伸ばして柿の木に来ている小鳥たちを見るのが好きだった。
そして小鳥たちのさえずりよりももっと可愛い声であんずは小鳥に話しかけていた。

あんず
あんず。
ママはもうあんずには会えないよ。切な過ぎるから。
あんずを見れば抱きしめたくなっちゃうから、会わないよ。

でもねあんず

会わなくても、会えなくても、ずっとあいしてる。
わたしが初めてくらしたにゃんこ。
一生懸命なついてくれた愛おしいにゃんこ。

会えなくても一生あいしているよ。

元気でいてね。のびのびしててね。長生きしてね。

もしも、あんずがわたしより先に死んでしまったら
そのとき抱きしめに行くよ。
初めて一緒にくらしたにゃんこ。
あんず。一生あいしているよ。
かわいい声。ピンクのお鼻。柄のある肉球。かぎしっぽ。
 
                                          伽羅

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188かわいいあんず姫。

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大迷子

二週間のうち後ろ一週間は、パキシルを10で頑張ったけれど、どうにも眠りが浅いし、起きたときにひどく具合が悪いし、今日なんか最悪な気分と体調でどうにかこうにか家を出た。
ホームで電車を待っているときにZから「ちゃんと出かけられた?」と心配してくれるメールがあって、それに返事をかえしたのは覚えているが、そのあとの記憶はない。
もう予約時間は無視で、診療時間内にたどり着けばいいやと思って乗り継いで乗り継いで(記憶にないけれど多分そうしたはず…。)ようやく病院にたどり着いた。

ソファにすわるともうぐったりだった。
減薬が終了して処方が定まったら、近所の街医者に替わって良いと主治医には言われているが、ほんとうにそうさせてもらおう。って、それも何ヶ月・何年先だかわからないけれど。

さんざん待って診察に呼ばれて、減薬を敢行した結果、こんなにどろどろになってしまい、寝付けず、眠りは浅く、寝ている途中にやったことはまったく記憶になく、期限が悪くイラッとしたち泣いたりと落ち込みが激しいことを伝えた。

まだ10ミリは無理ってことねー。と主治医は言った。15に戻してもよかったのだけれど、ちょっと頑張ってみたかったのだ。

でも5ミリの壁を乗り越えることはできなかった。
完全敗北宣言をしよう。
15ミリと10ミリを一日おきに、というパターンで一ヶ月様子を見ることになった。
せっかく安定しかけていた睡眠の質が悪くなって泣きながら起きるようになったので(夢見が悪い)、わたしにとって有効に効いているリスバタール液を毎晩就寝前に飲むことになった。
そしてハルシオンを抜くのだ。
ハルシオンは短期タイプのいわば睡眠導入剤で、逆に眠りは浅くなってしまうそうだ。
徘徊する老人には出さないタイプの睡眠薬よと言われた。
最近途中でおきてメールなど読んでまた寝て、そのメールのことなどまったく記憶にないことが多いと話すと、ことさらハルシオンは抜くことになった。
毎晩苦いお薬を飲むことになり頓服としても出ているので、もう苦いものが怖くなくなった。

もしパキシルをこれ以上減らせなかったら、アモキサンでもいいから抜いて、レバラミンもやめて、処方をすっきりさせたいわねと主治医は言っている。

とにかく質のいい眠りをとること、それがいま一番大事なことらしい。


帰りの電車で友だちにメールをしていたら、車内アナウンスが「次は渋谷に停まります。」とか言ったので、「渋谷!?」とびっくりしてわたしは飛び降りた。
三軒茶屋の駅だった。
ええ?
なんでわたし三茶にいるの? どうして?
わたしはホームで呆然とした。
なぜ、どこで間違って三茶に来てしまったのかまったくわからない。
渋谷になんて行かされてはたまらない。けど、三茶からどうすればいいのか??

わたしはおのぼりさんのように呆然としていた。
とにかく、戻ろう。
反対側のホームにどう行ったらいいかもわからずさんざんウロウロして、ようやく行くことができ、来た電車に乗ったらそれは病院のほうへはるばる行く電車だった。
おかしいな、わたしたしかに溝の口で乗り換えたのに、なんで三茶に…??
迷子だ。いい年をして25年も住んでいる東京で迷子だ! なんてこった…。

知っている駅名が出た。二子玉川だ。ここで降りれば帰れるんだ、と降りたはいいが、次にどうしたらいいかがどうしても思い浮かばない。
完全に舞い上がってしまっている。
ホームでしばし茫漠としていたが、駅員さんを見つけたので帰り方を聞いた。
教えてもらって、ようやく、そうか、こうすれば帰れるんだなというのがわかった。

どうしちゃったんだろう。まるでうつ病の初期のようだ。やっぱりパキシルが不足しちゃったんだな…。

そうして帰り着いたときはもう暗くなってしまっていた。
そしてアパートには電気ひとつついておらず真っ暗だった。
ああ、ちまちゃんごめんよ。真っ暗ななかで一人にさせちゃって…。
玄関を入ってちまーと呼ぶと、ガラスのところがほわっとしろくなってそこにちまが来たとわかった。ちまー。もう一度よぶとなーうとちまが鳴いた。

ああ、ここまで書くのに2時間経過。ふだんのわたしにはありえない。
かなり脳がいかれちゃったご様子。
キレのない文章ですみませんでした。
                                         伽羅moon3

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制御困難につき

パキシルの、たった5ミリの減薬がしんどい。
二週間の間に、15・10・15と、一日おきに減らす日を作る一週間を経て、10ミリに減らす一週間を試してみて、通院診察ということになっていた。
明日が診察だ。遠足だ。

しんどい。一日おきの週はまだ良かった。
でも10ミリに減らしたら色々きつい。
駄目だったら15ミリ飲んでいいと言われてはいたけれども、せっかく頑張った一日おきの週を無駄にしたくなくて、1日、もう1日と頑張ってしまった。
ようやく明日診察だけれども、睡眠の質は落ちたし寝付けないし、寝起きは悪いし機嫌悪いしイラつくし、制御不能でめちゃくちゃ仕事してるし、泣いてるし。

今日もカウンセリングで思いがけず泣いてきた。
泣くつもりでは行ってないのに、何かしらがコトッとラインに触れると、ズンと胸が痛くなって涙がボワーッとこみ上げてきてしまう。

満たされないまま生きてきてしまった部分。
それを満たしてくれる代わりの人はいない事実。
カウンセリングは生き直しとも言うけれども、掘っても掘っても根が深くて、悲しみや怒りにいっぱい蓋がされていて、先が見えない現実…。

心にゆとりがまったくない。
やろうと決めたことをやらずにはいられない。
焦ってて、いつも焦ってて、なににそんなに焦っているのかわからないけれど、煙が出そうなくらいくるくるしていて、脳天からプシュー!っと水蒸気が出てるのに、自分を止めることが出来ない。
スイッチは壊れていてブレーキは無い。

眠れない。寝たくない。眠たくならない。
でもずっと何かしら作業をしているので体は疲れてもううまく作れない。
仕方なく頓服を飲んで、睡眠薬を飲んで、目隠しをして強制終了にしている。

今日は天使のちまちゃんにイラッとしてしまい、慌てて頓服を飲んだ。

嫌だこんな自分…好きじゃない。

5ミリの壁が厚い。どうしよう明日から。このまま減らしますから頓服もっと出してくださいって言うか、セロクエルを増やしてもらうか…。

しんどい。このしんどさはこれもまたわかってはもらえないだろう。
一人で頑張るしかないんだもの。でも一人じゃない。プロジェクトチームがある。
こんなに診察を待ち遠しく思ったのは初めてだ。

甘えたい。でも甘えさせてあげられない自分は甘える先がない。
父に甘えたい。でもそんなこともういまさら許されない。
ああ、でも生きてくれているうちに甘えたい。
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わかり合えない共有できない。

一般の方々と比べたらわたしの脳=思考回路や感受性は特殊なので、理解されにくいことが多い。
理屈にも道理にも外れていて、そんなことありえないのに!みたいなことを真剣に思い込んでいたりする。
その認知を修正するには、何度も何度もその考えや疑問をぶつけて、何度も何度も聞いてもらい、時には否定してもらうことも必要になる。
けれど、そんなことを求めては。相手は大概うんざりしてしまうので、わたしは黙っている。

あんずを手放してしまい、責任を全うできなかったことでずっと自分を責め続けている。
ふとした拍子にあんずの声や目を思い出してワッと泣けることもある。
もらってくれた友人は、あんずをとても好きになってくれ、当のあんずは見違えるほどのびのびと楽しげに暮らしているという。お腹を見せて横になり、お腹を撫でさせるのだという。
わたしはあんずのお腹なんて撫でたことがない。
だからあんずは本当に幸せになっただけでなく、あんずの新しい家族をとても幸せにしているのだ。
最もいいと思われる選択をして結果素晴らしいのだから、それでいいのだよ。
あなたは責任を放棄していない・責任を持ってあんずを次に引き継いだのだよ。と、もう何十回も言ってもらっている。
いいかげんウンザリするだろうに、わたしが切なさや罪の意識で泣いてメールをすると、根気良くあんずの幸せそうな様子をレポートし、新しい飼い主とどんなに仲がいいかを説明し、わたしが罪に思う必要はないのだと、懇々と説いてくれる。
ありがたいことだ。もういいでしょうよ、と言いたい時だってあるだろうに。

わたしの障害を分かってもらうことは難しい。それはわたしも望まない。
ただ、理解できないにしても、そうなのか・そんなふうにしか物事を捉えられないのか、という受け止めをしてもらえるとありがたい。同調してもらう必要はないし同情ももちろん不要。
友だちのように、根気良く付き合ってくれるとありがたい。そうすると一般の人の10倍ぐらいかかってしまうけれど、わたしはいつか納得する。

でもそんな根気のある人はなかなかいないよね。
わたしは見た目普通だし、誰だって自分の話を聞いてもらいたいもの。繰り返される疑問符に付き合ってもらえることはまずないだろう。

だからわたしは黙っている。迷惑になるといけないから人とも会わない。
もともと一人が好きだったのは、人と一緒にいて人に合わせることが辛いからなんだろう。
それを言えば「一人っ子はやっぱりワガママで」とか言われるから、頑張ってきたけれど、もう疲れた。

再婚のとき、わたしは一人の部屋がないと駄目になると思う、お願いをしたけれど、「部屋の用意は出来ないからじゃあ結婚は無理ですね。」と脅されて、そのまま結婚した。
わたしにもそのときは自分でよくわかっていなかった。どうしても一人の部屋が必要な理由を理解していなかった。
それどころか、頑張ればなんとかなると、まだ自分を過信しているところがあって、大家族のなかで頑張った。
夫から見れば足りない、まだ足りない、と不満だっただろうが、わたしにはもういっぱいいっぱいだったのだ。
家族に溶け込み家族とうまくやり歯車のひとつになることを求められ、更には夫婦として「過大な愛情表現」をと求められ、わたしはおかしくなって家出した。

家出したわたしに最初に届いた夫からのメッセージは「明後日の子供たちとの約束は守るように帰って来ること」だった。

そこにわたしの気持ちは介在しなかったのだった。

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誉められぬ個性

思い込みであろうと考えられるうちは、大丈夫。
思い込みかも知れないんだけれど、でもそうとしか考えられない、というのが線の上。
思い込みじゃなくて、そうなんです、それが事実なんです、となったら線の向こう側。
夫が医者に呼ばれるのか夫が医者に会いに行くのか、どっちが発見するかはわからない。


「こうしなきゃ!」
「こうじゃなきゃ!」
そういう思い込みが激しくて困る。
冷静に自分を見られないまま突っ走ってしまう。
いまはまだ理性が働いて、「この場合それってこうなんちゃう?」と突っこむ自分がいる時は食い止められることもある。

なんでも必死になってしまう。
そんなにしなくてもいいのにと周りからは見えるのだろう。
でも思いついてそうしたいと思ったらもう思いつめていて、行動せずにはいられない。
ぐわーっと熱くなって突進する。
そうなったら聞く耳なんて持たない。意見する人は邪魔をするだけの障害物になる。
思うとおりにコトを運ばないと気が済まない。そのための努力は決して惜しまない。



震災から一ヶ月経ったんだ…。
わたしは今日は歯医者に行く日で、そして半年間ほぼ毎週通っていた歯医者がとうとう終了したのだ。
最初は歯がぼろぼろであちこち不具合で痛みもあるのに行けなくて行けなくて、夫に連れて行ってもらっていた。
3~4回連れて行ってもらって、少しだけ慣れて、歯医者さんご夫婦にも、わたしが精神的におかしいということを理解してもらえて、大変お気遣いいただき、やさしくしていただいて、半年間通うことができた。
今日、終了してなんだか感無量だった。費用を全額負担してくれた夫にも感謝の気持ちでいっぱいだ。

6年前から歯はすでにガタガタだったのだ。
とんでもない事件に巻き込まれ、耐えしのぐ日々を過ごしているうちにぼろぼろになったのは精神だけではなく、歯もそうだった。
途中ちょこっと行った歯医者では、一年ぶりに来たわたしの口腔内が余りにも悪く変化しているのを見て、女医さんが「どうしたの、何があったの、こんなになるなんて。毎日すごい力で噛み締めていない限りこうはならないわよ?」と言った。

辛い毎日、わたしは固く歯を噛み締める癖が付いてしまっていたのだった。
でもそのときはほんの少しいじっただけでまた行かなくなり、去年、どうしようもなくなって高い高い敷居をまたいだのだった。

なので、震災から一ヶ月、ってことは今日考えていなかった。
初個展の初日をぶち壊し、何人ものお客様を帰宅難民にしてしまった憎い震災。
なんの被害もこうむってはいないかもしれない。確かにわたしは被災者ではない。
でも心には傷があるのだ。
お客さまを帰宅難民にしてしまったという思いはとても辛くて消えない。
「行かなきゃ良かったとは思っていません」と言われ、慰めていただいたが、その辛さは今も持続している。

もちろん地震はわたしが起こしたのではない。けれど、
大地震が起きるような日を選んで個展を開催したわたしが悪いのだ、と悔やむ。
ではどういう選択肢があったかというと、やはりああするしかなかったと思う。
他の選択はどの時点でもなかった。だから仕方がない。
初個展が華やかなものにならなかったのは、自分の選択だ。
夫は数ヶ月という単位で延期したらと言った。
夫とはわたしにとっての「世間さま」だ。つまり世間の意見はそうだったのだろう。
でもわたしにはそんなつもりは無かった。そんな柔軟な考え方はできない。
思い込んだら一筋、つんのめりながら走っていくしかない。

それがわたしの褒められる事のない悲しい個性。
どうしようもなく思い込んでしまう自分。
                                         伽羅
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ねこ型天使

ちまは天使だと思う。
本気でそう思う。
ねこの形をしてわたしのところに来てくれたんだと思う。
そう問うとちまはしっぽをひょいっと振って応える。否定はしない。

Dscf1046ちまはきちんと要求をするねこだけれど、無茶は言わない。
わたしが作業をしていて(というか、起きている間はたいがい何かしらやっているのだが)手が離せないときは、こんなふうにちょっと離れて正座をして、じっと待っている。
キリがついて目が合って、ちまちゃんなあに?と聞くと、「ごはん~。」だの「トイレ使いたい~。」だの「ブラッシングしてー。」という要求を伝える。
毎日二人でいるので、ちまはわたしの言葉をよく理解する。ちまの要求もだいたいわかる。
「おやつ欲しいです~。」というので、「まだ朝ごはんのカリカリ残ってるでしょ。あれ食べなさい。」と言うと、しばらくは「おやつがいいの~。」と甘えているが、こちらが言う事を変えないので「んんん~っ。」と鳴いて、カリカリをやけ食いしている。大変おもしろい。

Dscf1770お気に入りの場所はわたしの制作室デスクの上のベッド。デスクがガラス製なので冷えると思い、ベッドの下にホットマットを敷いている。
わたしが制作室に、つまりすぐ手の届くところにいて作業をしていると、ちまはご満悦でぐるぐる言いながら寝たり薄目を開けてわたしを見たり、こんなふうにリラックスして毛づくろいを丹念にして過ごす。
わたしがテーブルのほうで1日PC作業をしている日にはちまは何度も呼びに来る。それでも行かないと怒っている。怒っているときはそっぽを向いて呼んでもふり向かない。
Dscf1886 おやつはモンプチのスープタイプがお気に入り。夕方5時前後に、なぜわかるのかちゃんと要求してくる。
あんずがいた頃は二人でかつおのおやつを分け合って食べていたのだが、一人になったら食べなくなってしまった。
キャンペーンでもらったスープをやってみたら大喜びしたので、以来ちまのおやつはこれになった。
←ご機嫌で食べている様子。
ふうちゃんが来た時食べている様子を見て、「こぼさずに上手に食べるね。」と言ってくれた。でもお水を飲むときはめちゃこぼしながら飲むんだよ。ちゃんといつもお水を置いてあるのに、蛇口から飲むのも好きだし、わたしのピンクの歯みがきコップがお気に入りで、シンクの脇にお水を入れておくと、飛び乗ってうっくんうっくん飲んでいる。

ブラッシングも今の時期は欠かせない。
ラグの上で背中から始めると、体がずれないようにころんと横になって、ぐーんと伸びをしてぐるぐる言う。
Dscf1893デスクの上やテーブルの上にある小物をチョイチョイとやっては落とすのが大好き。わたしが眠りから醒めると、消しゴムやらメジャーやらボールペンなどがいっぱい床に落ちている。
いまは、いただいたおもちゃに夢中。カバーつきのレールの中をボールが転がるようになっている。カバーはところどころ穴があいていて、手を入れてボールに触ることができる。その反動でボールが勢いを増してレールの中を走り、先端部のクッションにあたってまた戻ってくるのを待ち構えてパンチしている。時々イラつくのかレールの周りをぴょんぴょん跳ねていることもある。


わたしがトイレに行って座っていると、休憩していると思うらしく、わざわざやってきてひざに飛び乗ってくる。
縦抱きよりも赤ちゃん抱っこが好きで、10分でも20分でも抱かれている。ぐるぐる言いながらウトウトしたり毛づくろいしたりして過ごす。6キロ超えなので腕が痛くなる。
Dscf1761ちまちゃんだーい好きだよ、愛しているよ、と言うと目を細めていっそうぐるぐる言う。言葉というか、気持ちを完全に理解しているのだ。
ちまは本当に性格がいい。
嫌がること…たとえば、爪切りとか目薬とかのためにちょっと押さえたりすることがあっても、「やだよ、やめて、ね、やめてね」というように短くニャ!ニャ!と鳴きながら、わたしの手を一生懸命に舐めるのだ。噛み付くのではなく、なめて、止めてもらおうとするのだ。
なんという愛らしさだろう。
と思いながら容赦なく目薬はするけどね。
ちまは、わたしが布団に横になると、毛布の上でわたしのオマタの間で寝る。
なのでわたしはオマタ開いて寝なくてはいけない。
起こすときは、容赦なくデスクの上からストンピングをされることもたまにあるけれど、大概はわたしの胸の上に乗って顎を舐めたりしながらぐるぐる言う。
なにせ6キロあるからそれだけで充分起きるに値する。
撫でながらウトウトしていると、今朝はくるっと向きを変えて、目の前にお尻を突き出された。ハイハイ、起きますよ…。

ちまと毎日一緒にいる。毎日優しくしてくれる。癒されている。慰められている。
喜びを与えてくれている。
ちまは天使だ。そうとしか考えられない。
                                            伽羅moon3

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悲しいくらい忘れない

人さまの脳内は見えないから想像することもたやすくない。自分の思考回路しか知らず、自分の記憶力をラインに物事を考えてしまう。

どうやら多くの人は多くのことを忘れながら生きているようだ。
だからマンホールのフタがぶっ飛ばないんだ。
子供の頃に感じた怒りでいまも苦しんだりなんてしないんだ。

「忘れられないんですねえ。そのときの情景も言葉も全部覚えていて思い出せるんですね。」
カウンセラーは悲しげにそう言った。
「はい、覚えています。まだ自分が歩けない頃の記憶からあります。」
「そう…。忘れられないから苦しいのね…。」

そうだ…。
わたしは怒りを忘れられない。
だから苦しい。
怒りをぶつけたり発散したりしてきていない。だからいつまでも怒っている。
記憶力がいいのは決していいことだとは限らない。
人生、適度に忘れていかないと下水道が膨れ上がってマンホールのフタが飛ぶのだ。

たとえば。
最初の結婚生活のとき短い間だけれど喫茶店でバイトしていたことがある。
ランチタイムにホールでウェイトレスとして働いていた。
毎日来る人もあれば週の決まった日に来る人、たまに来る人とお客さまはいろいろだ。
あるときたまに来るオッサンがドカドカと入ってきて、わたしの顔を見るとこう言った。
「えーと、こないだ来た時オレ何食べたっけ? あれ、ちょうだい。」
このあいだ、と言うのは前の週かその前の週のことだ。
けれどもわたしはそのオッサンが食べたものを覚えていた。
「はい、山菜ピラフですね、かしこまりました。」
オッサンは出てきた山菜ピラフを食べて、おおこれこれ、と喜んだ。

そのレベルだけれど、わたしには一歳半のときの記憶から累々と積み上げられた怒りの塔がある。
そんなのぶっ壊れてしまえばいいのに、ずっとある。
怒りを発散できなかったのは、すごく気が小さいからだ。
そしてその事を人に知られてはいけないと思っていた。
自分は優等生のままでいなくてはいけないと思い込んでいた。

貧乏時代掛け持ちで働いていたスナックをクビになった。
「きゃらちゃんは、駄目ね。馬鹿になれないから。お客さんとも付き合ってくれないし。」
ママにそう言われてクビになった。

確かにわたしはスナックには向いていなかった。
相手の話をきちんと聞いて、同調したり盛り立てたりすることは得意だったが、2件目の店として来る地位にある小さいスナックで、客は100%酔っ払いだ。
病的に(病気もしくは障害なのだと今ならわかるが)生真面目なわたしが、酔っ払いの相手なんかできるわけがなかった。
同じ話を100回言う。同じ歌を10回歌う。言う事がコロコロ変わって、大風呂敷の嘘ばっかりだ。
「え? でも昨日はこう言ってましたよね?」
わたしは酔っ払い相手にそんなツッコミを入れては、ママに怒られた。

わたしは、忘れられない。悲しいくらい忘れられない。
もっとどんどん忘れたら。もっとすぺっと忘れられたら。
どんなにどんなに楽だろう。
酔っ払って正体不明になってみたいもんだ。
同じ自慢話を100回してみたもんだ。
そしたら人生楽になれる。きっとそうだ。

わたしは、発散の仕方を知らない。
ヤケ酒も飲んだ事がない。
相手に直接怒りをドッカンぶつけるなんてことは本当に数えられるくらいしかしていない。

相手とぶつかるのが怖くて、機嫌を損ねるのが怖くて、怒られるのが怖くて、責められることが何より嫌いで…
全部全部押し込めて来てしまった。

過去の怒りを、わたしはどこへ流せばいいのだろう。
どうしたら流せるのだろう。
カウンセリングで透析をしていくしかない。
悲しいくらい忘れられない。
                                          伽羅moon3

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切なさのハーゲンダッツ

ゆうべ郵便物を出しにポストに行って、コンビニに寄った。
なにかアイスを買おうとして、ハーゲンダッツが目に付いて仕方がなかった。
カップで250円。大好きなクリスピーサンドだと300円近い。
ものすごい贅沢品だ。

一周して、やっぱりわたしはハーゲンダッツをカゴに入れた。
収入があったお祝い。
その収入は夫への返済で終わってしまうけれど、返せることもありがたい。
そのお祝い、と理由をつけて贅沢品を買った。


高いからではなくてハーゲンダッツの味が好きなのである。
初めて食べたとき、世の中にこんなおいしいアイスがあるんだとビックリした。
息子も大好きだった。
でも貧しかったわたしたちには買えないものだった。
誕生日のときだったか、憧れのキャラメル味のをパイントで買った。
息子と二人で何日にも分けて大事に大事に食べた。

クリスピーサンドが出て、キャラメル味が大好きなわたしは、食べてみたくて仕方がなかった。けれど価格が280円。
280円あれば二人の夕食が作れる。アイス一個に使える値段ではなかった。

当時樹脂粘土の仕事をしていて、スタッフの女の子がいてハーゲンダッツの話になった。
彼女とは食べ物の好みが同じで盛り上がるのだけれど、クリスピーサンドって美味しいですよね!と言われて返す言葉に詰まった。好みが同じだからわたしが好きなのはわかっている。そして貧しくて買えないでいるんだなということを察したようだった。

次の週、彼女はさりげなくクリスピーサンドを人数分買ってきた。
わたしが恐縮すると、「あたし食べたかったんで買っちゃいました~!」と明るく笑った。
息子の分もあった。
ありがたく、美味しくいただいた。
優しくて気の利く子だった。


わたしは今、幸せで、食べるに困っていない。質素にしているけれども、困ってはいない。
支払いに怯えることもなく、督促状が送られてくる事も無く、バイトを二つ掛け持ちすることもしなくていい。
貧乏は本当に辛かった。心を蝕まれてしまった。何もかも自分で選択してきたことだけれど、貧乏は本当に辛かった。

何が辛いって、息子にしてやれない・買ってやれないことが最も辛かった。
甘やかしでも、子供にしてやることができる親は幸せである。
子供の喜ぶ顔ほど幸せなものはないからだ。

古い歌をよく思い出す。
「瓜食めば(はめば)こどもおもほゆ、栗食めばましてしのばゆ、いづくより来たりしものぞまなかひに、もとなかかりてやすいしならむ。」
〔瓜を食べれば子供のことを思う。栗を食べればもっともっと子供を思う(食べさせてやりたいと)。一体どこから来たのかわからないが目の中に幻が見えて眠らせてもらえない。〕
うろ覚えだがこんなような感じだったと思う。
この子供は、もはや生きてはいないのだろう。
わたしの息子は生きていてくれる。生きて自分のやりたい仕事を誇りを持ってやっている。
きちんと一人暮らしをしている。
だからもういいのだ。
いいのだ。

だけど…

買ってやりたかった。食べたいというときに食べさせてやりたかった。
してやれない事は本当に辛かった。
わたしは、してもらえない辛さも知っている。
何もいわないで耐えている子供だったからだ。
そしてしてやれない親になってしまった。
辛かった。

今、息子は大人になってしまったけれど、会ったときに少しの贅沢をさせてやれる。
「まだ間に合う? 取り戻せる?」と聞くと、息子はウンと言った。
頑張って仕事をして、いっぱいいっぱいしてやろう。
子供の頃してやれなかった分いっぱいしてやろう。


          ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

午後まで眠っていたわたしは、Zからのメールで、この銀靴がランキングで一位になったことを知った。
丸4年、書き続けている。記事数は一千話を超えている。
…初めての一位。
みなさま、本当にありがとうございます。心からお礼申し上げます。

さっき、昨日買ったハーゲンダッツをお祝いに食べました。
切なくて幸せに美味しかったです。
作品を買ってくださった皆さまも、ありがとうございます。
銀靴をクリックしてくださっているみなさま、ありがとうございます。
皆さまのお力です。自分ではどうしようもないので…。
コメント返しができないためコメント欄も閉じております。すみません。
なのに応援してくださって感謝の気持ちでいっぱいです。

ありがとうございます。とても幸せです。
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Nekokusa_2ちまちゃんにもお祝いを買ってあげました。
  でもあんまり喜ばなかった…shock

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苦しみの十日

好きな季節は秋だけれど、春になろうかなるまいかという時期は好きだ。
木の芽が膨らんで芽吹く前が好きだ。
梅の香りがしている頃が好きだ。

桜が好きじゃない。
その事にいったいいつ気が付いたのだろう。そもそもいつから嫌いなんだろう。
咲き誇っている姿に怖さを感じる。夜桜はもっと恐ろしい。
花見なんてイベントは大嫌いだ。花見宴会する人々は花なんか見やしないし。



さっきも大きな地震があった。
余震で震度6で津波警報って…。
あんまりひどい話だ。
テレビをつけてニュースを見てて泣きたいような気持ちになってしまった。
もう、いいじゃないか。これ以上痛めつけないでくれ。


わたしの仕事は、それで生計を立てていないから趣味だと言われても仕方がない。
でもわたしにとっては以前も今も過程であって、いつかちゃんと仕事として成立するようになりたい。だから頑張っている。
多分とてもまじめに頑張っていると思う。

いつか花開いたらいいなと思う。そのための努力は惜しまずやろう。
わたしは仕事をしていないと駄目になる。
自分を見失って生きてる価値さえわからなくなる。

好きな言葉。
『忍耐とは、希望を持ち続けることができる技術である。』

誰の言葉か知らない。
19歳のときに行った高野山のトイレの壁に張ってあった。
その言葉はこう続く。

『そして喜びの一日は苦しみの十日に勝る。』

苦しかった19のわたしは、トイレで声を殺して泣いた。
我慢と忍耐は違う事なんだと知った。
希望を持ち続けられる技術…。それをそのときのわたしはとても欲しくて泣いた。
か細くて青黒い顔をしてしょっちゅう貧血を起こしている19歳だった。

過去のどこへも戻りたくない。
今が一番幸せ。
ちまはいろいろ要求するが、わたしの仕事を手が空くのをきちんと正座して待っている。
愛おしい命。

喜びの一日のために苦しみの十日間を、「希望を持って」耐える。
そんな風に生きていこう。
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具合の悪い少女

小学生の頃は週末になると熱を出し、中学生では起立性低血圧症に苦しみ、高校生でパニック発作を発症した。生理もいつも不順で出血がおさまらないことがよくあった。
18で働きに出たが、パニック発作はおさまらず良く工場の二階の和室に寝かされていた。

体が弱いのだと思っていた。
誰にも、何の知識も無かった。
まさか精神を病んでいるなんて、だれが疑ってみただろう!

でもそんな少女期にもし未来からの使者が来て、あなたは精神病院に行きなさいと告げられても、わたしは行かなかっただろう。

頑張れば、頑張りさえすればなんとかなると思っていた。
できないのは自分の努力が足りないからだと思っていた。
体が弱いのは管理がなってないからだといわれ続けていた。
はたちの献血というキャンペーンがあったが、体重が38キロしかなかったわたしは献血を断られた。
青黒い顔をして年相応に見られたことなどなく、高校生のときに「お子さん何人?」と聞かれたくらい老けていた。



今わたしは、最も欲しかったものを手に入れて、体調はいつもだいたいいい。
風邪もあまりひかない。
体を壊すのは心が壊れた時だけで、太っているけれど高血圧も糖尿もない。
貧血も改善されてきた。
ここ数ヶ月、止まらない出血に見舞われていないからだろう。

全ての不調の原因は精神だったのだ。
そこが弱いのだと知らずにこんな年になってしまった。
抗鬱剤の飲みすぎで肝臓を壊している以外は持病はない。
ひどいアレルギーも、精神的なものだろう。

いつかわたしは良くなる。
この自由の中にいれば良くなる。
貧血もアレルギーも過食も、きっと改善されるだろう。

全てがストレス由来だから。

外界はストレスに満ちている。
そしてストレスから開放される場所であるべき家庭が、わたしにはむしろ外界よりもストレスフルだった。
絶えず親の機嫌に怯え顔色を見、二十歳を過ぎても早すぎる門限を勝手に決められ、自分で働いた給料から使っていい金額は二万円と勝手に決められ、友達の家に泊まりに行くことすら勝手に禁止にされた。
反論しても反抗しても二人がかりで押さえつけられ、わたしは逃げるように結婚をして、そして失敗をした。

離婚をしても、実家に戻るという考えなどカケラもなかった。
わたしは、欲しかったのだ。
自分の暮らしが。
ただそれが欲しかったのだ。

けれど子を抱えて生きていくのはきつかった。
やりたくない仕事をいっぱいした、したくないことをいっぱいした。
必死で社会に出した。

息子が社会人になって、わたしが次の人生を考えたときに事件に巻き込まれ、愛する人の手に触れることもかなわなくなり、無理な無理な無理をして
そうしてわたしは壊れた。

もう悲しい事はいやだ。
やりたくない事をやるのも嫌だ。
疲れ果てた。
楽しい人生にしたい。やりたい事も得意なこともあるんだもの。
呪縛から解き放たれたい。
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天は三物は与えない!

天は二物ぐらいは与えてくれることはある。
けれどもなかなか三物は与えてくれないと今日知った。

だめだあたし。やっぱできない。
夕べはフォトブックを自分で発注できて、お、あたしってば色々やれるんじゃん?なーんていい気になっていた。

…起きられなかった。
歯医者の日だったのに。
すぐさま起きて顔洗って着替えて走って行けば間に合う…
と思いながら体が重くてぼんやりしてて、結局行かないことを選んでしまった。

でも電話をかけることができた。来週に予約。

だんだん目がさめて、今日は石と向き合いたくないなあ、多彩なことやってみたいなあなんて思い上がり、買いためてた小布でくるみぼたんを作ってみた。
Dscf1794←これがまた、どういうわけか可愛くさくさくとできてしまった。試しに、と買っておいたのがたった6個だったからすぐに作ってしまった。

おお。これは楽しいぞ。

この勢いで布小物をつくっちゃってみよう!と、わたしはアイロンを出し、ミシンで下糸の準備もし、洗ってあった着物地や襦袢の生地にアイロンをかけて、いろいろ下準備をした。
型紙を作って、接着芯を貼って…
縫い物って下準備が膨大なんだなあ。縫うのは最後の仕上げだけなんだ…。
ちょっとうんざりしながらも額にアオスジたてて躍起になってのめり込んでいた。

そして夜中。
出た結論。
だめだあたし、向いてない。ぜんぜんできない。脳が平面構造だから裏布とか考えるとパニクる。ぷしゅーぷしゅーいいながら頑張って袋物を一つ作ったけれど…。
撃沈。何じゃこれは。
やめよう。ニンゲン諦めが肝心だ。
天は二物は与えうるが、三物は与えてはくれないんだ。

わたしは石を繋いで文章を書くだけでもう充分すぎるほど与えられてる。
もうそれ以上を望むのはやめる。
でもミシンは無駄ではないよ。着る服をちょっと直すのに使いたかったんだもの。平面のものなら縫えるしね。

ああ、立体で物を作っている人を尊敬します。すごい脳の構造なんだろうなあ。
わたしは心理テストでIQ高く出たかもしれないけれど、それは人格には関係ないし、袋物も縫えないんじゃしょうがないよ。あんまり意味無いねえ。

ちまが怒ってる。今日はぜんぜん制作室デスクに行かなかったから、デスクのベッドで待っているちまは怒っていて、呼ぶとわざと顔をそむけるのだ。
ごめんよちまー。明日からは石に戻りますからー。

まったくわたしはバカだ。脳が沸騰してぷしゅーぷしゅーいってるんだから止めればいいのに、頓服飲んで尚もやってるバカ。
明日から心を入れ替えます。

でもくるみぼたんは、やるよ。楽しいんだもん。
残りの人生楽しまなくっちゃ。前半ちょっと苦しかったからね。

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つんのめってる。

夕食後の薬、飲んだっけかなあ。まだだったかなあ。
そう思いながらも熱中してやっているので、どんどんそのまま時間が過ぎてゆく。

今日やっていたのは初めてのフォトブック。
自分の作品集をフォトブックにしたのだ。
編集して発注したので、10日後くらいには手元に送られて来る。
すごく楽しみだ。

いろんな会社がフォトブックをやっているけれど、縁あってある大手印刷会社のにした。
おそらく、「本」という形としては抜きん出て仕上がりがいいと思う。
誰にも教わらず、一人で二日かけて作った。
もちろんわたしができるくらいなのだから簡単なんだけれども、最初はわからなくて長女に教えてもらうつもりをして一旦寝たのだ。
けれども今日思い直してデータをクリアし、一からやり直してみたら、要領がわかって来てできそうだった。
だから長女には「できそうだから一人で頑張ってみるね!」とメールをしたのだが、彼女は帰りにアパートに寄ってくれた。
ちまが寄ってきてさんざんおねえちゃんを嗅いだ。

写真をレイアウトし終えてキャプションを考え考え打ち込んでいると、今度は飲み会を終えた夫がやって来た。
画面を見せると、文章のレイアウトについてアイディアをくれた。
彼のセンスにはびっくりする。
長く印刷・デザイン業界にいたわたしには思いもつかないような柔軟な考えを持っている。
すごいわ、それ頂きやわ、とアイディアをもらって、推敲して発注を終えた。

月末の展示会に必要なので作ったのだが、何かにつけて「本を出す」ことが夢のわたしにとっては、作品が本になるのはすごく嬉しい。それも、うまい下手は置いといて自分が撮った写真なのだ。
便利な世の中になったなあ。パソコン使えて嬉しいなあ。

そのあと作品の撮影をして。写真をいじって、ブログに上げて、…はて。
妙にザワザワとするがそういえば薬はどうしたんだっけ…と数を数えてみたら飲んでない。
あ~あ、やっぱりな。もうアタマしゅわしゅわだよ。
今わたしの薬は全て分包されてあるので、一週間分のケースに入れ替えていない。
ケースに入れ替えていれば、残っているかどうかで飲んだか飲まないかが一目瞭然だ。
面倒だけれど、もう記憶も怪しいしそうしようかなあ。

急ぎの仕事が終わってフォトブックに手をつけたのだが、良く考えたら月末の展示会の作品締め切りまであと10日しかない。
そのあとは5月のイベントに向けて色々作品を作らなくては…。
「忙しい病人」とZによく言われる。
そういう彼女もいつもかも忙しくしている。
ぼんやり過ごす事ができないのだ。モリモリに予定を詰め込んでおかないと不安なのだ。
つんのめって生きてるねえとお互いに笑う。

何もしなくていい日なんて、具合の悪い日だけでいい。
そういう時は身動き取れないくらいの深い眠りで24時間を過ごしていい。
それ以外は仕事していたい。

今日は混んでて怖いスーパーに行けた。そして夕飯をちゃんと作って食べた。
フォトブックも仕上げた。
いいかな、これくらい頑張れば。
そう考えつつも、次は何をしようかなと見回す深夜である。
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真の平等があるとしたら。

失敗した。夕べはパキシルを5ミリ減らして寝たんだった。夜遅くになったら禁断症状が出るとわかっているのに仕事に夢中になっていて、ふと気が付いたらぐるぐる回っていた。
しまった、ぐるぐる病が出ちゃったよ、と慌ててリスバタールを飲む。
あらためて部屋の中を見回すと、やりかけの作業だらけだ。

あっちこっち手をつけてどれも完成せずにあらゆる引き出し(脳内引き出しを含む)が開けっ放しになって収拾がつかない中で、たとえばはさみなどを持ってぐるぐる回っている状態を、禁断症状ぐるぐる病と呼ぶ。

これにだれか人間がいたらうまくない。きっとなにかを咎められて立腹して衝突する。
けれど穏やかで優しい可愛いちまとの二人暮らしなので、ぐるぐるになっている事にすぐには気が付かない。そして気が付いたときにはぐるぐるが進行してはあはあしている。

仕事の手を止めて薬を飲んで、ちまと少し遊ぶ。ちまは、カバーつきのレールの中をボールが転がるおもちゃで毎日遊んでいる。
頂き物なのだが、夫が組み立てて部屋においてしばらくは怖がって腰が引けていた。
今はメーカーの思惑通り、カバーの隙間から手を入れてボールを転がして、その様子に自ら興奮してぴょんぴょん跳ねたりしていて、見ているだけで可愛い。

ふうちゃんに教わった。
犬には役割がある。狩猟だったり番犬だったり。でも猫には役割が無い。
ただひたすら可愛がるだけでいいのだ。愛玩動物というのがねこなのだと。


大きくいえばそれぞれが持っている天命を果たすこと。
それが『平等』というものではないかと思う。
なにもみな同じ仕事をして同じ給料をもらうことが平等なのでは決してない。
それぞれ、得意分野があるはずだ。
それを活かせる職に就き、全うすることができたら本当に幸せで、社会はうまく回るに違いない。

日本の古い言葉にある。
『駕籠に乗る人・担ぐ人。そのまた草履を作る人。』
これこそが「平等」なのだとわたしは思う。
おかごに乗るお殿さまばかりでは社会は動かない。駕籠を担ぐのが得意な人は担ぎ、その人たちが履く草履を編むのが得意な人は編む。
そしてそれに見合う糧を得る。お互いが支えあい頼りあう。なにも殿さまが草履を編む必要はないのだ。

今自分にできること、という言葉を震災後よく見かける。
被災地にむやみに乗り込む事は返って迷惑になると、阪神大震災での学びがあった。
支援物資を分別せずやたら送り付ける事も迷惑であると。
そして阪神大震災をも超えてしまった今回の震災。
遠くに居てもできることを、それぞれが少しずつやる。
少しずつ、「我慢」じゃなくて、分かち合うんだと思って、長く続ける。
駕籠を担ぐ人は担ぎ、草履を編む人は編む。
自粛じゃなくて節約をする。それを癖にする。
お金は持っている人が出せばいい。誰もが同じに出す事が平等ではない。

適材適所。
それが『平等』ということだとわたしは思う。

だからねこは何もしなくていい。愛を一心に受けてくれればそれでいいのだ。

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Dscf1770←れろ~り。
制作室デスクの上のベッドでくつろぐちまちゃん。

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意地の悪い検索

昨日はシュワシュワに負けて頓服も飲んで、就寝前のパキシルは15ミリに戻した。
今日はどうしよう…。出かける予定がないから、もう一度10ミリに挑戦してみようか。

朝まで急ぎの仕事をしていて、夫に発送をお願いして眠った。
午後目覚めると夫がいて何か食べていた。
食器も洗ってくれてあり、干してあった洗濯物は畳んでしまってくれてあり、掃除機をかけてくれてあり、残り少ないティッシュとゴミ袋を買ってきてくれてあった。

至れり尽くせりで本当にありがたい。おかげさまで気分良く、まだある急ぎの仕事にすぐ取り掛かることができた。

今夜はシュワシュワ来ていないところをみると、パキシルのたった5ミリの差が大きいということがよくわかる。ちゃんと効いているんだ…。パキシルの完全断薬を目標としてスタートしてはいるけれど、何ヶ月かかかるだろうなあ。肝臓に負担が大きいから急いで抜いているのだけれど、その肝臓のための薬レバラミン(もっともらしいネーミング)も止めたいと主治医は言った。


話は変わって、昨日すごく意地悪な検索ワードをサイドバーで見かけた。
それをしたのは誰だかわかっている。
わたしが石の仕事をし始めたとき、こんなコメントが来たのだ。相手は女性。
「うつの人が作ったパワーストーンなんて鬱がうつりそうで気持ち悪いので、あなたが完全に治ったら買おうと思います(爆)」
なんという意地の悪い人もいるものだと思った。その人がまた検索をかけてきたのだろう。

もの作る人に精神を病んでいる人は多い。
その意地悪な人はきっと、うつ病だった太宰治や芥川龍之介や夏目漱石の小説は気持ち悪くて読めないのだろうな。
ミケランジェロの彫刻も見たら鬱がうつりそうで見ないようにしているのかな。

ちなみにわたしはパワーストーン作家ではない。石を使ったアクセサリーを制作しているだけだ。このブログから来てくれているお客さまがとても多い。ありがたいことだと感謝する。

人のトラブルの9割はその原因が『嫉妬・ねたみ』であるという。
そして当人は嫉妬しているのだ・ねたんでうらやんで悔しいのだということに気が付いていない。あくまでも相手が悪く、その隙を狙って攻撃してくる。
寂しいのだろうなきっと…。

わたしは天職としてやっていくつもりがある。
何人もの占い師さんに「天職」と言っていただけたのだ。信じてまっすぐにやっていく。
障害のある脳だけれど、特殊に才能を発揮する人は沢山いる。
わたしもその底辺に加わりたい。
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パキシル減薬の厚い壁。

甘く見ていたら、来た。
パキシルの減薬のしゅわしゅわとそわそわとカリカリ。
たった5ミリ、一晩減らしただけなのに。
さっきまで調子良かったから今夜も減らして10ミリだけで行っちゃおうかと思っていたけれど、こりゃー無理。
だれも居ないから喋らないけれど、今わたし、確実にカタコトだ。
昔みたいに「何人? 中国人?」と聞かれてしまう。
ねこと二人で良かったー。気楽だー。
この顎のだるさ、覚えがある。浅草橋で働いていた頃、大学病院にかかっていたのだが、パキシルを減らしてみたことがあって、そのときに出た症状だ。
顎ががくんと重たくなって、言葉がカタコトになる。アタマの中にはいっぱい言葉があるのに、口から出てこない。
そして怒りっぽくなる。
慌てていまリスバタールを飲んだ。水で流し込んだらにっがーい!! うげげ。
いつものように野菜ジュースで流し込めばよかったです。
リスバタールもだけれど、パキシルの断薬はおろか、減薬あまくない!
忙しいのに。何かをあきらめなくちゃ予定している作業は終えられない。

          ++++++++++++++++++

実家に電話をしなくちゃと思うんだけれど…
地震の時だって本当はすべきだったんだけれど…わたしは個展のこととちまのことで精一杯だった。
夫が詳しく説明するメールを送ってくれて、それで安心しましたと母からメールが来ていたような気がするが、静かにしていても実はわたしは異常に混乱し緊張していたので、その当たりの記憶が定かでない。
安否を問うメールに、返信したりしてなかったりする。不義理してしまった方、すみません。

今も何も不自由してなくて元気だよ、って伝えたいんだけれど…できれば声を聞かせて安心させてやりたいんだけれど…。

わたしは実はまだ、地震に遭った辛さを昇華できてないのだ。
何の被害も受けていない。ギャラリーの床で一晩寝ただけ。
だけれど、パンチを食らったあとみたいにズキズキ痛むし青あざもある。
ごくごく些細かもしれないけれど、わたしなりに辛かったのだ。
お客様を帰宅難民にしてしまったこと。
地震をおこしたのはわたしじゃないけれど、地震が起きるような日を選んで個展なんかやったこと。

悲しいのだ。
人生に一回しかない『初個展』の『初日』にあんなことが起きてしまったこと…。
何にも被害がなくったって、怪我もしていなくったって、悲しいのだ。
それをわたしは慰められたい。
でもそれくらいのこと何よ、って母に言われるのはわかっているから言わない。
夫は(夫という人は、わたしにとっての「世間さま」である。)何ヶ月か先に延期をしたほうがいいと言った。だから慰めてはもらえない。
息子はわたしの辛さを察した。だから彼女を連れて二度目の時に来てくれた。でも実はお金がなかったのだ。
そりゃそうだ、一人暮らしで給料日前だもの厳しいよ。それでも来てくれて、彼女のものを一緒に選んだりしてくれた。(当然お代はいただかない。)
わたしのために、来てくれたのだ。


父に甘えたい。
わたしは立派なオバサンで、父は立派なおじいさんだけれども、辛かったんよーって泣ける相手は今も父しかいない。
きっと父は「そうかあ、そりゃ可哀相になあ…」と言ってくれるはずだ。
それを聞いて初めてわたしは癒される。
だけど個展は二度目開催したんだしもう終わったんだし良かったんだし、なにも悲しむ事なんてないじゃないか。そう世間さまから思われるのはわかっている。
わかっているからこらえている。
電話、できない。辛いもの。
辛かったって泣くのもだし、ましてや元気だよ・困ってないよなんていうカラ元気もない。

もう、したくないことを我慢してするのはいやだ。
人生折り返して残りのほうが短い。
今までやりたくないこと・したくないことをいっぱい我慢してやってきた。
もう嫌だ。それに耐えうる力は残されていない。

夫は「誰だって嫌な事我慢しながらやっているんだから」とわたしに言う。
その通り。本当にその通り。
でもわたしにはもう、耐える力も乗り越えて築く力もないよ。

たった5ミリの減薬でこのザマなんだから。
父を失いたくない。わたしの心の柱なのだ。息子の大好きなおじいちゃんなのだ。
失いたくない。
ああこれは強迫性障害の症状。
だめだ挫折しそう。どうしよう。
月曜日主治医に電話して聞いてみよう。

10ミリへの壁は厚い。足元がグラグラだ。
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