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2011年2月

わたしはわたしを知らなかった。

わたしが心理検査を楽しみにしていたことや、楽しんでやった理由には、『自分を客観的に知りたい』という思いがあったからでもある。

わたしは、あまりにも自分を知らなさ過ぎた。
そして買いかぶっていた。過信していた。
それが自らが作り出した虚像であるのに、物心ついたときから演じることを続けていたわたしは、自分ですらだますことが出来たようである。

実物のわたしは実にちっぽけで弱くてストレスに弱く頼りないイキモノだった。

いま、わたしの親友である弁護士Z。
彼女には人を見抜く力がある。
職業柄そうなったのか、もともとそういう力を持っていて職業に反映しているのかどちらかはわからないが、初めて会った破産の客であるわたしを、一目で見抜いていた。

『ひどく生真面目で、世間知らずで、気弱で、大きな荷物をしょって世間の荒波に立ち向かうなんて絶対に無理な女。』

これが彼女の言う、第一印象のわたしだった。

ただ、破産をさせてやればいいだけのことなのに、それ以外の相談にZはこころよく乗ってくれた。そしていつもいつも心が洗われるような優しさと愛に満ちたアドバイスやコメントをくれてわたしを支え続けてくれた。

いったいなぜ?

そう尋ねると、彼女は、「わたしだって商売だから誰にでもあんなふうにしてるわけじゃないのよ?」と前置きしてこう答えた。
バカだとわかっていてもそうせざるを得ないひたむきさに、シンパシィを感じたから。

できっこないことをやろうとして必死にもがいているバカな女。
うまく立ち回れないし要領良く生きていけない。あ、そーなの、じゃ!という潔さも持たず、みすぼらしい身なりで働きながら、自分を連帯保証人にした罪人を支えて待つと言う。
余りのバカさかげんに見てはおれず手を差し伸べたのだろうと思う。

もちろん、人と人としての相性はあるけれども。

わたしたちは用を作って会うたびに離れがたくなり、彼女の時間が許す限りお茶をしては話をした。
やがて用事がなくても会ってだべるようになり、彼女の辛い時期にはわたしはとても近い位置にいる友達となった。

彼女がいてくれたから、いままでのこと全部乗り越えてこられた。
なんでも彼女に話せて、いつも寄り添ってくれたからいまこうして正気でいられる。

かつての恋人の判決公判のときに白いスーツを着て表れた彼女を、わたしは女神だと思った。
彼女はこの裁判に関係ないのだ。わたしを心配して時間を作ってわざわざ裁判所に来てくれたのだ。

それからもずっとずーっと、彼女はわたしの女神のままである。

彼女が見抜いていたわたしは、鎧をまとわない真実のわたしの姿だった。
どうしてそれを初対面で見抜けたのだろう。
そしてどうしてわたしたちは親友になれたんだろう。

弁護士という仕事も、かなり重い鎧を着て闘う仕事だ。
命の危険が伴う場合だってある。
そしてその鎧を着ていない、優しくて可愛い彼女の本質を知っている。
彼女もわたしがちっぽけで弱いことを知っている。

安全基地として正常に機能していない家庭で育ったのは同じなのに、彼女はうつ病にもならず社会で立派に戦っている。
気質の差、と言ってしまえばそれまでだけれど、陰と陽のようにわたしたちはもたれかかり合う。

銀の靴は、わたしに女神をもたらしてくれた魔法の靴でもある。

                                          伽羅moon3

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忘れられた子供

土曜日はつぼみちゃんの命日だから一緒に食事をして献杯をしようね。

そう、夫に伝えるのを忘れて、土曜日は過ぎ去ってしまった。

きっと夫は覚えていない。
生まれなかった子のことなんて覚えていやしない。
わたしだって肝心の当日、副作用で寝倒してどうにもこうにもならず、どのみち食事になんて行けなかったし、第一夫はふうちゃんとデートだと言っていた。

わたしはもうドロドロで、いったいいつ起きたのかまたいつ寝たのかその間どうしていたのか、薬はちゃんと飲んでいるのかちまの餌はやっているのか、まるでわからない。
何度も起きようとしたり起きていた形跡がある。

テーブルの上を片してある。
洗濯がしてある。おお、そういえばしたした。
着替えてもいるし布団も畳んだけれど、その畳んだ布団にむりやり足を突っ込んで寝ていたのが何度目の睡眠かわからない。

正気にかえったのは夕方だったか…いや、もうすっかり夜になっていたっけか…。

眠って眠って寝倒して、霧が晴れたように頭がすっきりしてきたのは夜の9時ごろだったように思う。わたしは仕事で原稿を作ってメールに添付して送っている。
それから作り物を始めて、夜中の12時過ぎてから今日何も食べていないことに気が付き、ハガキも出したかったのでコンビニに出かけた。

そこで、しまった、土曜日だったのに、とつぼみちゃんのことを思い出したのだ。

過ぎてしまったらもう夫にメールしたって仕方がない。
生まれなかった子供の命日なんて覚えてやしないだろう。

つぼみちゃんの写真をもらっておけば良かった。
お供えしたくても対象が何もない。
夢もいっぱい見すぎてつぼみちゃんが出てきてくれたのかさえ覚えていない。
泥のようなわたし。

ああ、早く副作用が消えないかなあ。
そしたらさっさとパキシルを減らすんだ。
単なるうつ病じゃないから薬では治らないしすごく時間が掛かるようだけど、確実に前進したい。もっと自由な脳になりたい。妄想から逃れたい。

夫が出かける前に掃除機をかけて行ってくれたようだ。
綺麗になったラグにちまがのびのびと横たわり、あくびをして伸びている。

ちまは「ちま。」と呼ぶと目を細めて返事をする。
尻尾で返事をするときもある。
つぼみちゃんも呼んであげよう。
忘れていないよ。ママ覚えているよ。つぼみちゃん。つぼみちゃん。
忘れないよ。
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安全基地を持たない。

『良い家庭』とはなんだろうか。
人によりその定義は実に様々だろうと思う。
経済的・物理的に不自由しない家庭のほうがいいように思えるし、両親は仲がいいほうがいいだろうし、兄弟もいないよりはいたほうがいいのかもしれないし…。

実はわたしの中には『良い家庭』の定義はない。
経験がないから思い描くことができないのだ。

今回沢山の心理検査をして、その結果を見せてもらって、わかったことがある。
家庭とは(もしくは親とは)、子供が逃げ帰れる【安全基地】でなければならないということだ。

安全基地を持つ子供は情緒が安定し、素直に甘えたり自分を表現したりすることができる。
いくら経済的に恵まれた家庭であり不自由がなかったとしても、親は絶対に自分の味方であり自分を守ってくれる存在だという確信と安心感がなければ、 子供は『自由な子供』でいることができない。

自由な子供とは、親に甘え、親を頼り、辛いことがあったときに泣き言が言える自然な子供のことである。
そこで発散できたり癒された子供は、リセットされてまた翌日元気に学校に行ける。

わたしは、学校での失敗を親になんて絶対に言えなかった。
先生以上に母親から怒られることがわかりきっていたからだ。
理不尽な理由で迫害された事件も多々あったが、そのたびわたしは親には言えず、学級委員という立場上友達にもすがることができず、ただひたすら内面に秘めて耐えてきていた。
親に話せば「何やっとんの! 恥ずかしい! 」となじられるだけだ。
慰めてくれるどころか、傷口をわざわざ開いて塩を塗りこむような母だ。

わたしには甘えられる場所がなかった。泣いてすがれる親がいなかった。
駄々をこねたりわがままを言ったりする自由はなかった。
「いい子でおってよ。嘘つかないでよ。悪いことせんとってよ。恥ずかしいことせんとってよ…。」
繰り返される呪文。小さな心にのしかかる抑圧。
わたしはいつも親の機嫌にビクビクしていた。
怒られないために、責められないために、いつもかも言い訳を考えてばかりいる大人になってしまった。

中学生ころには、「この家は自分の家ではない。父と母の家であってわたしは居候だ」と思うようになっていた。
その頃から体はおかしくなっていった。貧血や起立性低血圧症などが起きはじめていた。

それでも14歳のわたしは、絵を描くことが好きでそれなりに評価も受け、歌うことが好きでコーラスに力を入れ、英語も得意で発音もとて上手だったし、文章を書くことが大好きでよく物語を書いては友達に読んでもらったりしていた。
自分は何になろうかと困ったくらい、夢がいっぱいあった。

やがて17歳になり、95%が大学へ行く進学校にいて就職を余儀なくされたわたしは、人生の挫折を味わった。得意なぐらいではそれを仕事にすることなんてできないし、だいいち親がわたしを認めてはくれなかった。
公務員になるよう強く言われ、試験を受けて惨敗し、わたしは一人で就職先を決めて手配をした。

甘えたかった。ほめられたかった。
辛いときに逃げ帰って泣かせてほしかった。
優しくされたかった。慰めたりしてほしかった。

安全基地を持たないわたしは責められないために偽りの自分を演じるようになった。
本音を見せず、空気を読んで演じ分けるわたしは、しばしば人気ものになることもあった。

そして我慢をして我慢をして人と付き合い、その我慢が臨界点に達したとき、わたしは逃亡する。足元までシャッターを下ろして理由なんて言わず、ただ逃げ出す。
それを繰り返してきた。喧嘩しながら関係を築くなんてことは経験がない。

いまさら親には「安全基地」は望めないし…。
それでもうつ病になって、わたしが母を苦手としていることを父が理解してくれてからは、少しはましになったけれども…。
夫は泣き言を聞いて慰めてくれるタイプではないしわたしも自分をさらけ出せない。
わたしには、安全基地はないままだ。

生き直すためにカウンセリングを安全基地だと思ってさらけ出してください、とカウンセラーは言う。
そうするしかないと思う。
でも本当は父のあぐらのなかにすっぽり入っていた幼女だったころのように安心して甘える存在が欲しい。

無条件で愛されたい。見返りを求められない愛が欲しい。
そう思っている。
                                          伽羅moon3

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副作用でドロドロ。

新しく入ってきているセロクエルは、精神を安定に保ってくれている。
取り乱したり泣いたりすることが少なくなった。
けれども今はまだ副作用のほうが辛くてたまらない。
一日に最大でも6時間しか稼動できないのだ。
それまでは、やや足りないと思いつつも6時間睡眠で残りを稼働時間に当てていたため、もっといろんな仕事ができたのに。

やっと起きても、3時間動くと事切れて寝落ちしてしまう。
次に起きて、やっとのことで仕事をするが3時間しかできないでまた寝落ちしてしまう。

起きていても晴れ晴れとしているわけではない。
心の抑揚を失って悲しくもなく嬉しくもなくといったところだ。

         ++++++++++++++++

ちまが右目から涙を流すので今日は病院に連れて行った。
右耳もすこし汚れていてかゆがっている。
夫が末っ子(大学生・春休み中)に頼んでくれて一緒に行ってくれることになった。
キャリーバッグを用意するとちまは急いで中をのぞきに来て、一生懸命匂いを嗅いでいた。
あんずの匂いがするはずだ。
匂いをかいでほぼ全身がキャリーバッグに入ったところでジッパーを閉めようとしたら、ちまに感づかれて逃げられてしまった。
以前は難なく入れることができたのに、やはり、これに入れられたあんずが戻ってこなかったことを理解しているので、次は自分かと思い必死にちまは抵抗する。
ようやく入れるまでに15分を費やし全身抜け毛だらけになってしまった。

重いちまを末っ子がしょってくれて、徒歩20分の動物病院へ。
目も耳も軽い症状だそうで、一応炎症止めの注射をしてもらったが、おそらくもらった目薬だけで改善するだろう。耳はダニがいるようではないので様子見になった。
ちまは6キロあった。重いはずだ。小さい顔をしているが大きなねこになってしまった。

        ++++++++++++++++

水曜日のカウンセリングで、心理検査の結果を聞かせてもらった。
報告書を見せてもらいながら説明を受け、メモも取ったのだけれど、なにせカウンセリングにいくのだって容易ではなく朦朧としたまま行っているので、結果に対する考察はまた明日にでも書こうと思う。
ただ、沢山の検査をしたとはいえ、出された結果はわたしが想像したよりもシャープであった。問題点もはっきりしていた。

一見何の問題もない貧しいながらも幸せそうな家庭・ちゃんとした立派な両親のもとで育てられたにもかかわらず、わたしにとって家庭は安全基地ではなかったのだ。
機能不全の家庭で育ったために「自由な子供」(子供らしい子供)でいることが出来ず抑圧され続けてきた結果、役割を演ずる人間になり、常に仮面をかぶって生きてきていることが明らかになった。

子供の頃から一生懸命自分を抑えて一人で泣き、役割を演じてきたのかと思うと、わたしはその子供を可愛そうに思う。
息子に対してわたしはどうだっただろうか。
親の前で泣けない子供は不幸だという意識があったのは確かで、辛いと言っている息子の肩を抱いて、「泣きなさい。泣いていいよ。ママしか居ないんだから泣いていいよ。誰にも言わないよ」といって泣かせてやるようにしてきた。
そう出来ていただけでもわたしは救われる。
母のような母親にはなりたくないというのがわたしの望みだったからだ。

母親との関係がその子供の精神的な一生を左右するだなんて、恐ろしいことだ。
ACに育てられた子供はやはりかなり高い確率でACになってしまうのではないだろうか。
家庭とは逃げ込める場所であるべきだとつくづく思う。
それがないとわたしのような人間ができてしまうとわかった。

続きはまた明日に。
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ねこの寝息を聞く深夜

わたしが夜型であることを責める人は多いが、わたしにとって深夜は本当に心がやすらぐのである。
何の邪魔もはいらない。もちろん同じように夜型の人としか繋がれないけれども。
晴れた昼間に感じざるを得ない罪悪感から開放され、となりで安心しきって眠っているねこの寝息を聞きながら、ああ幸せだと思う。

息子が独り立ちするまでの間、わたしは息子のロフトベッドの下に布団を敷いて同じ部屋で寝ていた。
僕もう高校生だよ?と言われたことがあるが、台所で寝るのは嫌だし、廊下は寒いし、工房は布団を敷くスペースなどなくて、結局息子が出て行くまで一緒の部屋で寝ていた。

わたしの人生において、最も幸せな事柄だったと思う。
息子は、マンガみたいに「くー。くー。」という寝息を立てる子だった。
時々寝言を言ったり笑ったりする。
完全に不眠で明け方まで悶々としていたわたしは、その寝息にどれほど癒されたかわからない。

いまその役割をちまがやってくれている。
わたしが作業を始めると、どこにいても飛んできて制作室のデスクの上のベッドに陣取る。
そして幸せそうに微笑みながら、すぅー、すぅーと眠るのだ。
大きくスペースをとられて不便といえば不便だが、ちまがそばに居てくれる安心感と幸福感のほうが大事なのでデスクの三分の一をあけわたした。

その寝息を聞き、満足そうな寝顔を見ながら作り物をしているときが、わたしの最も幸せな時間である。

わたしは人とうまくやれない。
人付き合いがもう怖くてできない。
誰かに、会いたいなと思っても、しり込みする気持ちのほうが大きい。
でも作品展のときはちゃんとそれなりにモード切替ができるから大丈夫。
仕事はできるのだ。
あとで寝込むとしても。

今日はもう寝よう。
夕べは作り物をして、朝になって、朝日の中で撮影をした。このパターンが一番いいな。
でも今日はもう寝よう。
明日は命の綱のカウンセリングだ。
                                          伽羅moon3

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大丈夫、まだラインは見えてる。

大丈夫、大丈夫、と自分に暗示をかけている。
つまり、ちょっと思考がやばいのだ。
被害妄想がね…。
なんの実害もないのに。

起きて歯医者に行って、買い物をして郵便局にも行けて、帰宅して食事をしたらもう眠い。
さっき起きたばっかりなのに。
でも昨日頑張ったから今日は寝ようと夕方から寝て、夫からのメールに気が付かなかった。

数時間経っているが返信すると、出張の支度を終えたら見に行こうかと思ってたとのこと。
うん、見に来て、と返事したのは甘えがあったから。

しばらくして来た夫は、ずっとちまをみてちまをかまっていて、わたしとは目を合わせることもなくベラベラと喋り捲って帰って行った。

そのあと、軽く墜ちる。
なんだか責められたような気がしてしょうがない。
いやきっとそれは被害妄想でわたしは責められてなんかいない、と思おうとしているのだけれど、これが苦しい。


精神科系の薬は、効果が表れるより先に副作用が表れる。いま、わたしはまさにその最中で苦しい。気絶という言葉を使いたくなるくらいの容赦ない急激な睡魔。
眠るという意識なく、あれ?と気が付いたらわたし寝てた、なんて毎日。
だらだらと寝ていることを責められたように思えて仕方がない。
いつ起きていつ寝てるんだかわからないと言われた。
そうだよわたしだって、いつ寝たんだか自分だって意識失ってるんだからわからないんだよ。起きて数時間後にはまた寝てしまうことだってあるんだよ。
薬の副作用で苦しいんだよ。
それを慰めてほしかったのに、やっぱり責められたという意識しかわたしには残らない。

異常なんだきっと…。
線の上に居るのかまだ十分内側にいるのかはわからないけれど、わたしは危ないところに立っている。

早く副作用が消えて効果が表れてくれないだろうか。
夫は何をしに来たんだろう。わたしを心配して見に来てくれたのではなかったのだろうか。
そのはずだと思うんだけれど優しくはしてもらえなかった。
寝ていることを責められたように思えて仕方がない。

本当にだれもわたしを責めずただからだの要求にまかせてだらだらと寝ていていいのなら、誰か、そうであると言って欲しい…。

カウンセリングで相談してこよう。
今日一日の辛抱だ。

ちまはやさしいな。わたしが起きるとちまも起きていろいろ要求をするけれど、要求のしかたも可愛いのだ。おなかが空いていてもじっと待っていてくれて怒ったりしないし。
ねこっていいな。
ねこと暮らすって、いいな。
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すべては責められないために。

雨の日が好きになったのは、うつ病を発症してからだと思っていたけれど、よくよく考えてみると、東京に越してきて前夫と息子との三人暮らしになった当時も、わたしは雨が好きだった。
(もちろんその後、魔の自転車傘カッパ通園なんて時期も経験するので、ずっと好きだったわけでは決してない。)

住んでいたマンションの近くに大きな公園があった。
公園デビューなんて言葉が出る前の時代のことである。
田舎には児童公園なんてない。
大自然のなかに住んでいるので公園なんてないのだ。
田舎にいるときは庭で一人で息子を遊ばせていた。でもハイハイしていたころまでしか居なかったから、不自由は感じなかった。
東京にきたらあちこちに公園があって、お母さんたちが交流しながら赤ちゃんを遊ばせていると知り、これは公園に行って遊ばなくてはいけないんだと思った。

この公園通いが、実はわたしにはひどく苦痛だったと今になって思う。
本当は行きたくなかった。行っても楽しくなかった。
でも息子にお友達を作ったり社会性をはぐくんだりするには公園に行って遊ばせるべきだという観念で、必死に行っていた。

そのうちに「何ヶ月ですか~?」から始まってママ友ができ、グループができ、そのグループで違う公園に遠征に行ったり、お家を訪問しあったりするようになる。

ああ、辛い。思い出すだけでも辛い。
当時のわたしも実は辛かったのだが、こうするべきなんだという強迫観念に駆られて日々をそのように過ごしていた。

たまに行かなかったりすると、「○○くん昨日来なかったねえ、どうしてたのー?」となる。
どーでもこーでもえーやないか。
太古からメスという生き物は、オスが狩りに行っているあいだ、コロニーを作って作業をしたり子育てをしたりしていたのでこれが当然なのだが、ママ同士はさらにねっとりと絡まりあっていく。

そのうちに陰口が聞こえてきたり、生活に格差があってうまく行かなかったり、乱暴な子が来るとその親を悪く言ったり、いろいろややこしくなる。
わたしは女の集団がすごく苦手だった。
好きじゃなかった。
余りにも貧しすぎて対等なお付き合いもできなかった。

雨が降るとホッとしたのは、これで誰にも責められない、と思うからだった。
公園に行かなくても、洗濯物が干してなくても、掃除機をかけてなくても、夕飯のおかずが質素でも、雨だものしょうがない、と逃げられる。

わたしは、自分の苦手なすべてのことを強迫観念で無理無理やってきた。
そういう生き方をしてきた。
晴れた日に、布団を干せば気持ちがいい。そう、そのとおり。
だけどわたしは、400世帯入っていた大きなマンションのほとんどの家が晴れた日に布団を干してパンパンし、赤ちゃんをベビーカーに乗せて公園に行くと、それをしたくないけれどもしていない自分を責められる気がして、必死に布団を干して公園に通った。

だけれどもやっぱりほとほと人付き合いに疲れてしまって、幼稚園に入る前の年にはもう公園に行かなくなってしまった。
わたしは部屋でいろんな作り物をして息子と楽しんだり、午前中の空いたスーパーで買い物をして、午後は息子と抱き合って昼寝をして過ごした。

雨は優しい。誰もわたしを責めない。

この「責められる」ことを異常に気にするのがわたしの人格障害ではないかと思う。
怒られたり説教されたりすることが、異常に嫌いでいやなのだ。
なぜなら、『聞き流す』、という技能を持っていないから。

その技能を持っていないと、どんな小さな怒りもお小言もすべて正面からマトモに受け止めて、反芻し増幅し、消えない傷となって沈殿していく。
そりゃあ誰だってお説教されたくはないかもしれないが、平気な人もいる。
聞き流せるからだ。
説教したがる人もなぜか多い。
なぜだろう? 気持ちいいのかな。
わたしはあまり、人がどうであろうと気にならないけれど、人をとやかく言う人があとを絶たないのはどういうわけだろう。

それほどわたしは駄目な人間なんだろうか…。
そうだろうな…。ほめられたことなんてないから。
説教はよくされるけれど、ほめられるに値する部分なんないんだ。だからみんなわたしを責めるんだ。

苦手なことを必死にこなしながら生きてきた、不器用な、そして対人関係に対する障害を持っているわたし。

ちまはやさしい。慰めてくれる。舐めてくれる。
雨は不器用なわたしに優しい。
責めないでいてくれるのは雨だけだ。

人付き合いがもう怖くなった。また責められて、責められたわたしをまた責める人が居て…。
そしてこれには多分被害妄想が入っている。
あっ…。
わたしは「境界線」に立っていると精神科医が言っていたっけ。
そんな大事な言葉を今思い出した。
被害妄想だと思う、と言っている今はまだギリギリ大丈夫。妄想があるけれどもそれがおそらく妄想であるのだろうな、と判断する自分がいるから。

その自分を見失ったとき、被害妄想は妄想ではなく実害だとしか思えなくなる。
それを、食い止めたいと医師は言っていた。
すごく大事なことだ、これ…。
食い止めるのは何だろう。
薬? 環境? カウンセリング?

あああたしちょっとやばい。
苦い頓服を飲んでみよう…。
                                          伽羅moon3

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気絶、時々稼動中。

睡眠薬をどちらか一種類抜いて飲もうと思っていたのに、うっかり全部飲んでしまった。
あああ、もう~。これでまた稼働率が下がるよ~。

やっぱり起きられなくて起きられなくて、夕方になってしまった。
どうするんだこんな調子で。個展前なのに。
制作はまだ半分までしか来ていないしさまざまな準備もあるのに。

ちまは根気良くわたしの目覚めを待っている。おきるとあらゆる要求が目白押しだけれども。

個展の命綱であるDMを書いた。
どれだけネットで告知しても、手書きの文章が入ったDMにはかなわないとわたしは思う。
個展のときは、どれだけお客様が来てくださるかをDMが決める。
だから「命」なのだ。
一般のDMだと、出した1%が来れば(もしくは購入などのなんらかのアクション)いいほうだと言う。
かつて樹脂粘土の工房をやっているときは、多いときで350枚を手書きした。
生徒さんに出してもらったり置かせてもらったりもするが、とにかく可能な限り自分で手書きをして文章を添えた。
結果25%のお客さまが来てくださる工房だった。
今のようにネットで宣伝することもなく、ある日突然一枚の写真が載ったDMが来て、それで人の心を動かすのは大変なことだったと思う。

それに比べたらとても少ない枚数のDMだけれど、一人一人に心を込めて書いた。
切手もわざわざ取り寄せたものをていねいに貼った。

…そして気絶した。
毛布の上でうつ伏せになっていた。
起きたら夜中だった。
んもう、気絶してるほど暇じゃないんだよっ!と突っ込みを入れながらコートを着て、わたしはポストにDMを出しに行った。
コンビニに寄ってご褒美を買って、帰宅して気絶しないよう急いで仕事を始めた。

制作して、計算して値段をつけて、撮影して、PCに画像取り込んで画像をちょっときれいにして、ブログに載せられるよう縮小をかける。
ブログに掲載すれば終了、あ、ちゃうちゃう、売らなくちゃだめじゃん(笑)。

このあと制作室ブログをやったら寝るけれど、睡眠薬抜いて7時間半でアラームかけて起きるぞー。ちょっと日にちが迫って来たなあ。ほかの仕事もあるし。
2月は28日までしかないし(泣)。

よしがんばろう。
はやく薬に体が馴染んでくれるといいなあ。
                                          伽羅moon3

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まるで海底にいるようだ。

一日損した。
まったく動けなかった。
個展前の貴重な一日をすっ飛ばしてしまった。
新しく入ってきたのはセロクエルという薬。就寝前に50ミリが加えられた。
これで効果が出さえすればパキシルを減らして行ける。
肝臓さんを守ってやらなきゃ。毎日黙って、ひたすら解毒してくれているのだから。
様子を知るために飲んでからアラームをかけずに寝てみた。

寝付くまでの感じはいいかもしれない。大体寝る前はいつもぐるぐるになって「だれかスイッチを切って~っ!」になっているか、もしくは泣いているかのどちらかだ。
夕べは泣いていた。けれどやがて悲しみは静かになって、比較的素直に眠りに入れたように思う。

雰囲気から察して午前中にドアをノックされて呼ばれた。
宅急便が来る予定はなかったので無視することにした。
そのあと、ちまが起こしに来た。
わたしの胸の上に伏せて、ぐるぐるー、ぐるぐるーと言っている。
乗せたままちまを抱いて撫でて、ああ、おなかが空いたんだな、起きてやらなくちゃと思うが、体が動かない。まるで大きな水圧の中で手だけがどうにか動かせる、といった感じ。
やがてちまはあきらめて胸から降りたようだった。

それからまたしばらく経ってまたちまが胸に乗ってきた。
抱いて撫でてやるが声が出せない。目も開かない。
ごめん、ちま。おなか空いたよね、起きなくちゃね…。

でも起きられない。深く深く沈んでいるようで動けない。

ようやく目が開いたのはもう3時をすぎてからだった。
11時間も寝てしまった。
わたしはちまのえさをやり、自分も薬を飲んでパンを食べてメールチェックをしていたが、座っていられなくなった。どうしようもなくだるくて眠いのだ。
ずるずるとまた布団で撃沈。
浅い眠りだが体は動かない。
夫からメールが来て早めの帰宅途中らしい。薬が増えたことを知っているので体調はどうかと聞いてくれた。
ひらがなだけでようやくメールを返す。次に返事がくるまで意識を失う。またひらがなでメールを返す。また気を失う、を繰り返し、夫がお弁当とパンを買って来てくれたのだが、ほとんど目を開けることすら不可能だった。
それが7時過ぎ。

起きようとしていったん上体を起こしたのだが、そのまま毛布に倒れこんでうつ伏せで気絶。
次に起きたら8時半だった。
ちまがまたおなかを空かせている。可愛そうに。フードをやろうかとしたらおやつが欲しいと言う。
あんずがいなくなってからちまのおやつはスープ状のものに変わった。それをやると満足して、まだ寝ている。
あんずがいなくなってわかったのだが、ちまは小食だ。カリカリをいっぱい食べていたのはあんずのほうだったことが判明。

ようやく起きて、お弁当を食べた。
もう寝てはいられない。こりゃだめだ。こんなことでは作品が作れない。
ドリンク剤を飲んで、メールの返事を書いたりブログをUPしたりした。

セロクエルでよく眠れるようなら睡眠薬をどちらか減らしていいですよ、と言われているので、もう今夜から減らすことにする。

起きてからの精神状態は今のところ安定。
いやあ、参った。麻酔から醒めないかのように体が動かず目も開けられないんだもの。
個展を楽しみに待っているお客様がいてくださる。
だから頑張れアタシ。自分のために。生きてる証のために。

ほとんど気絶状態だったため、もうひとつ追加で処方されたリスパダールは不要だった。
苦い薬らしいのでできれば出番が来ないことを祈る。

さて、今夜はDMを書こう。
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単なるうつ病じゃなかった。

病院から帰ってきて、まだ、驚いたままでいる。
わたしが見つけた心理研究所も、紹介してもらったカウンセラーも、研究所から紹介してもらった精神科医も、すべて『当たり』だった。
素晴らしい出会いである。こんなラッキーなことはなかなか無い。
感謝する。一人一人に。夫に。チョイスした自分に。

沢山の心理検査をして、だんだんとその結果が出揃ってきた。
細かい分析をするロールシャッハ以外は結論がでたようだ。
その結果は臨床心理士とカウンセラーから主治医に伝えられ、主治医の見立てと薬の効き方を併せ診て、どうも単なるうつ病ではないらしい、ということがわかったのだ。

まったくうつ病ではないということではない。
抑うつを伴った適応障害、といったら一番わかりやすい気がする。
あらゆることに対しての抑圧があり、うまく適応できない。そしてそれに伴ってうつ状態や身体的不調を呈するのだ。
だからメインの病名は適応障害であって、うつ病は二次的症状であるらしいことが今やっと明らかになってきた。

もらった診断書に書かれた正式な病名は『混合性不安抑うつ障害』とあった。

そして薬を入れ替える必要性がより具体的になった。
肝機能障害を悪化させないためのパキシル断薬ではなく(それももちろんのことだが)、主となる病名が変わるとなれば、主となる薬も変えなくては改善されないからだ。

わあ、もう、なんってこった。
わたしは肝臓を壊してまで、パキシルを40ミリも飲み続けていたのだ…。
我慢しないでもっと早く転院すればよかった。
いや、でも、いまの心理研究所に出会え、信頼をしたからこそそれまでくすぶっていた転院の希望を言えた。そして、はっきり言って重症者しかいない精神科単科の病院を紹介してもらえたからこそ、ここまで詳しい心理検査を受けることが出来たのだ。

もし、そうじゃなかったら…

わたしはぞっとする。
前に通っていた心療内科は、決して評判が悪いところではなかった。全国から患者さんが来ていた。
でもそれは、うつ病のひとだったからだ。
うつ病の人はあの病院の投薬方法で寛解していたのだ。
わたしは単なるうつ病だけではなかった。それを医者は調べもしなかったし見抜く目もなかった。
心理検査は定期的にやっていたが、それは「うつ病用の検査」であったのだ。
またわたしも、大きな声で怒ってばかりいる医師に対して心を開くことは出来ず、自分の狂気や繰り返すODについては話さないできた。

カウンセリングを半年。転院して3ヶ月。
そしてようやく病名はこれではないだろうか、というところまで辿り着けた。

薬の入れ替えは容易ではないので、カウンセリングを休まず続けながら長い治療になりますよ、と担当医は言った。

この病院で心理検査を受けて、最終問題まで辿り着けた人はわたしぐらいだと聞かされた。答えがわからなくて「わかりません」と答えたのが最終問題だったのだ。
多くのうつ病患者さんは、問題を聞いている途中で問題の内容がわからなくなり、3問続けて「わかりません」が聞かれると、検査はそこで終了になるのだそうだ。

「あなたはIQが高いしパワーもある。治してぜひ社会復帰させてあげたい。じゃないともったいない。」
主治医はそう言ってくれた。
そして新しい薬が二種類、まずは追加となった。
その薬の効果が認められたら病名は確定。
パキシルや安定剤を抜いていくという順を経ていくそうだ。
何ヶ月かかかるらしい。
けれど、わたしを社会に送り出したいと言ってくれた主治医の言葉には感謝をした。
わたしは、表現する者であり続けたいのだ。
発信者でありつづけたいのだ。
薬で、適応障害の症状を抑えることができるのなら、それはさらに現実味を帯びてくる。

これからが本当の治療開始になる。
カウンセリングの効果は出始めているし、カウンセラーとの信頼関係も築くことができた。
亡くなったカウンセラーさんのお導きかもしれない。

わたしには極度に偏ったものの捕らえ方があり、被害妄想もある。薬で脳内のバランスを取り、カウンセリングで吐き出して、不要な不安や恐怖や混乱や緊張を取り除いていく、という作業を地道に行うという治療方針が固まった。
一歩、踏み出せたのだ。

今夜から薬が足される。寝付くまでのわたしの『逢う魔が時』が無くなるかもしれないと期待する。
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お風呂で墜ちてしまう。

本当にお風呂が辛い。
入るまでのモヤモヤも辛いし、入っているときもいいことは考えられなくて墜ちるし。
入ったあとの爽快感はなくぐったりとして、また続きを泣く。

あんずが居なくなって一ヶ月。
あんずが最後にわたしを噛んだ傷がまだ治らない。
けれどあんずは新しい家庭にぐんぐん馴染み、大事に大事にされてとても幸せでリラックスして生き直している。
だから、この選択は間違ってはいないのだ。
一番大事なことは、あんずが幸せに暮らすことだから。

それでも、ふとした拍子にあんずがもうここには居ないんだと思うと、悲しくて悲しくて泣けてしまう。
あんず…あんず…と名を呼んで泣く。

水はわたしを苦しめる。
水が怖くて濡れることに嫌悪がある。
泳げないことへのプレッシャー。
顔を洗うのも嫌。
食器洗いも嫌。
水に触れている間中わたしはうつ状態になる。

だからソラナックスを飲んでからお風呂に入る。
それでも泣いてしまう。
あんずがしあわせになったことはすごく嬉しい。
もちろん戻ってきて欲しいなんて考えない。
ただ、悲しいのだ。
幸せにしてやれなかったこと、もうここにはいないことが、ただ悲しいのだ。

理由を説明せずに泣けることはありがたい。
追求されたり説教されたりせずにただ心のままに泣ける。

今日もなんにも出来なかった。もういつ寝ていつ起きたかわからないけれど、一日のうちのほとんどを寝て過ごしてしまった。
起きたら12時だったが、一瞬昼なのか夜中なのかわからなかった。

睡眠薬無しで寝ていたので沢山の夢をみる。
今夜の夢では味も感じた。リアルすぎる夢の感触がまだ消えない。

今日は心のよりどころであるカウンセリング。
明日は久しぶりの精神科受診だ。
あんずがいなくなってちまがひとりでお留守番をするようになってからは、急いで帰ってくる。ひとりにしておくのが不憫でしょうがないからである。
ちまはわたしがいないとただ寝てすごしているようだ。
出かけるときに与えていったカリカリも食べていない。
ちまが待ってる・ちまが待ってると家路を急ぐとき、ひとりで留守番が多かった小さい息子を思い出す。
携帯電話なんてまだ無かったあのころ。夕暮れが切なかった。

息子とふたり寄り添って必死に生きていた日々。
いじらしかった可愛い声の息子…。

お風呂に入るとそんなことばかり考えてわたしは泣く。
辛い時間だ。
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ダメダメな日。

なんとまあ、まったく駄目な一日だっただろう。
起きて歯医者に行けたことが奇跡に近い。
終わって買い物にあちこち行こうとしたら冷たい雨が降ってきた。
傘を持たずに出たので急いでスーパーで少しだけ買って帰宅した。
パンを食べるともうどうしようもなくだるくて、自分が重くて(いや重いけど)、布団に倒れこんで寝てしまった。
あれやらなきゃ、これやらなきゃと思いつつ…。

起きたら夜だった。

でもなにもできない。
必要なメールを何件か送って、夕飯を作って食べたら、もう座っているのも辛い。

ねえちま、なんにもしない日があってもいいよねえ?
ママなんだか具合が悪いよ…と言い訳しながら横になってごろごろしてみる。

テレビを見ないわたしは、ごろごろしながらくつろぐという習性がない。
ソファももちろんない。
家に居るときは眠っているか、起きて仕事しているかのどちらかでしかない。
しばらくごろごろしているうちに、また眠ってしまった。

起きたら日付が変わっていた。
外は雪が積もっている。

ああ、だめだ。寝ても寝てもすっきりしないしやる気が出ない。
力がはいらないのだ。
キーを打つ作業だからできるけれども、これが鉛筆書きなら出来ないくらいの脱力感。

こころのうつうつ感はないけれど、完全に低気圧にやられちゃった感じ…。
雪国育ちなのに。


…わたしは、障害者になったのだろうか。
それとも障害児だったのだろうか。
だとしたらずいぶん無理をして頑張ってた子供だったなあ。
可愛そうに。
カウンセラーが検査結果の一部を解析して、ものすごく知能が高いけれど抑圧が激しいと言っていた。クラス委員をやっていて何か行事を終えるたびに泣いていたのは、その頃はなぜだかわからなかったが、相当に負担で辛かったのだろうなと思う。

何かを期待される
期待に応えるよう、それ以上の成果を得て認められるよう頑張る
けれど本来はそんな力は持っていない
そして潰れる…。
その繰り返しをしてきた。
小学生の頃毎週土曜日になると熱を出していたのは、もう無理というサインだったのだ。

だけど、頑張れる自分しか好きになれない。
こんなふうに、脱力してしまっている日があって当然なんだけれど…。

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先回りする不安。

強迫性障害にもいろいろあって、よく耳にするのが、何度も確認しないと気が済まない(戸締りやガスの元栓など)タイプや、不潔恐怖症とも言われるけれど異常に手を洗うといったものや、何かを不必要に恐れるといったものなど多岐にわたる。

わたしは、手はしょっちゅう洗うし、消毒ジェルを持ち歩いているけれど、確認不安みたいなものは軽い。
それよりも、起こるか起こらないかわからない不幸を勝手に想像してパニックを起こすことがある。
ひどければパニック発作を起こして苦しむし、大泣きしたり、動悸や胸の痛みにさいなまれることもある。
軽ければソラナックスを飲んで、不安感を抑える。
ワイパックスという抗不安薬(安定剤)は一日3回飲んでいる。

最も大きな不安は、息子が死んだらどうしようというものだ。
親はもちろんのこと、夫もかなり年上なので、事故や急病や自死がない限りわたしが見送ることになるだろう。これは悲しくても仕方が無いと諦めがつく。
誰だって死ぬのだもの。

でも息子に死なれたらわたしは生きてはいけないだろう。
それを想像しないよう気をつけているが、わたしの精神は絶対に耐えられないと思う。
それが最も恐れることである。
どこにお参りしても願うのは息子の命を守ってもらうことだけ。
自分の健康や病気のことなど願ったことはない。

ちまが先に死ぬのも辛い。
ちまにはかなり依存している。
こうしてひとりで居て寂しいと感じないのは、ちまが居てくれるからに他ならない。
でも猫の寿命はわたしの残り人生よりも多分だけれど短いだろう。
後悔しないよう、毎日抱っこして「長生きしてね。20年は生きててね。」とつぶやいてちまに刷り込んでいる。
愛読しているブログに、昭和生まれのねこちゃんを書いてらっしゃるブログがあるのだが、そこのねこちゃんが元気でいてくれると、わたしは安心する。
ちまが同じように長生きしてくれるよう、ストレスを減らして和やかに平和に暮らしていたいと思う。

ちまは涙を舐めてくれる。
寝る前に脚をふみふみマッサージしてくれる。
抱きついてきて甘えてくれる。
抱っこしていると顔を舐めてくれる。
トイレに行くとトイレに、洗面所に行くと洗面所に、ちまはついてくる。
ちまのいない暮らしは考えられない。失いたくない。

夫の機嫌も怖い。
昨日の朝は、はわたしが寝付いた頃に部屋に来て、洗濯と掃除をしてくれた。
本当にありがたい。助かる。嬉しかった。
でも、代償を求められてわたしは暗くなり、ソラナックスを飲んだ。
幸い夫は言っただけで求めて来なかったので助かった。
でもまた部屋に来るんじゃないかと夜中になるまでビクビクしていた。

わたしの祖母という人は、評判のものすごーく「お気楽」な人で、96歳まで長生きした。
そんなに生きては息子に申し訳ないのでそこまでは不要だけれど、おばあちゃんの大らかさが少し欲しいなあと思う。
そしたら楽だろうなあ~。

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怖くて開けられない。

ずっとコメント欄を閉じたままです。
やっぱり、怖くて開けられません。
一昨年めちゃくちゃにされたときの恐怖とストレスが消えないのです。
突っ込みどころ満載のブログだし。

ここ数日はいつ寝ていつが起きてるんだかわからないと夫にも言われるとおり、規則正しくなく暮らしている。眠くなったら寝て、頑張れるだけ頑張って。
早く寝て早起きする習慣を、と言われるだけでわたしにはストレス…。
二人展をキャンセルしてきた彼女は「わたしはいつも10時寝るようにしてうつを脱しました、お勧めです」と最後に書き添えてあった。
10時に寝られる人はいいですねえと思った。
実家に暮らしていて近所の会社に自転車で通っていて定時で帰れて家事は母親任せなら、10時に寝られるでしょうね。

早寝する人は必ず相手にもそれを求める。言うか言わないかの差はあれども、必ず自分が正しいという信念があり、それを押し付けたくてウズウズしている。
だからわたしのような暮らしをしていたら、たちまちバッシングの嵐に遭ってしまう。
わかっているからコメント欄を開けられない。

今わたしを診てくれている精神科医もカウンセラーもその部分に言及したことは一度もない。
そんなことよりもさし急いで取り組まなくてはいけないことが山積みなのだ。
わたしの呪縛を解き、感情を上手に放出できるようにならないと抑圧でつぶれてしまう。
そのためにせっせとカウンセリングに通う。そうしないと精神は安定せず、減薬に踏み切れない。
肝臓がこれ以上悪くなったら抗精神薬が使えなくなると主治医は心配している。
頑張ってカウンセリングで吐き出してくださいと言う。もちろん主治医も話をちゃんと聞いてくれる。

カウンセラーとの信頼関係はしっかりと築くことが出来た。本当にいい研究所に出会い、いいカウンセラーを紹介していただけたと思う。
ただ、高いのでそれが家計を圧迫しているのが申し訳ないけれども、レジャーにも旅行にも行かないし、夫に感謝しつつ毎週通っている。

歯医者にもひとりで行けるようになって何度も「工事」に通って、終わりが見えて来たよと先生から励まされた。障害者の治療に力を入れていた歯科医なので、優しくしてくれてなんとか通い続けている。

夫が個展のDMを作ってくれた。わたしはそばに座って、「そこはもう少し」とか「あ、その書体がいい。」とか言っているだけだ。
とても素敵なDMが出来た。今週はDMを書く週にしよう。

さて、今夜は早く仮眠から起きられたので(わざと布団に寝なかったのだ。)これからまた制作です。
頑張れる自分しか好きになれないから、がんばります。

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こんな幻想的な石があるんですよ。
Dscf0932←「ガーデンクォーツ」といいます。水晶が泥岩などを取り込んだまま結晶化したものです。
透明な水晶の中に庭園があるようだということで通称がガーデンクォーツ。ものすごく透明な湖の中を見ているような…上空から森を眺めているような、なんともいえない癒しの世界があります


もし良かったら制作室ブログにお越しください。
毎日新作を掲載しています。

こちらから→ 制作室ブログ「ストーンパルフェ・ワークス」

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繰り返す夢

ちょっと仮眠をするだけのつもりで横になったのだが、睡眠薬無しで眠ったので浅い眠りがだらだらと続き、起きよう、起きようと何度も動きながら明け方近くになってしまった。
こんなことなら眠剤を飲んでしっかり早寝をすればよかったと後悔…。

ううとうとと眠っているだけだからずっと夢が続いている。わたしの見る夢はとてもリアルで、色はもちろんフルカラーで、味も感触もしっかりとある。

先週のカウンセリングで話したことだが、わたしには大恩人がいる。
ご夫婦で本当によくしてくださった。
けれどわたしは、そのご夫婦を好きではない。
そのことを今もずっと苦しんでいる。

それをカウンセリングで話す予定だったが、大どんでん返しに遭ってしまったため話は先送りになっている。

どれほど苦しいかと言うと、結婚して住む土地が変わってもう二度とお会いすることはないだろうに、いまだにその方たちの夢を繰り返し繰り返し見るのだ。
これほどの登場頻度は息子に次いで2位かもしれない。

夢の中でも良くして下さることもあれば、ああまただという目に合うこともあり、内容はいろいろだけれども、非常に後味が悪い。
暗い気持ちになる。
恩人なのに、恩返しをすることもできず、わたしはひっそりと結婚してあの土地をあとにした。

そう、「後ろめたい」のだ。
恩返しもできず、お礼すら言えず、再婚することなど更に知られたくなく、逃げるようにして引っ越してきた。
恩知らずな自分が恥ずかしく後ろめたいのだ。

こういうことに対して平気な人もいる。そういうタイプの人をいいなあと思う反面、恥ずかしくないのだろうか?とも思う。

たとえば、親から受けた恩を親に返すことはできない。その分子供に愛情を注ぎいつくしむことで恩返しの代わりをする。
親が子供を思うほど、子供は親を思わない。
けれどもわたしは、息子が生きていてくれるだけで最高に幸せだ。息子に対して恩があるなんて考えたこともない。切なくて苦しいくらいいとおしい存在が生きていてくれて、たまに会うことが出来るなんて至上の幸せだ。

わたしの恩人は誰にでも(一見)親切なので、わたし一人を恩知らずと思ってはいないかもしれない。もう思い出すこともないかもしれない。
けれどもわたしは今でもその呵責に苦しみ、繰り返し繰り返しその人の夢を見る。

もちろん、わたしも出来うる限り尽くした。たかが知れているけれど。
お世話になりすぎて、お返しができなくて、敷居が高くなり足が遠のいて、やがて避けるようになり、わたしは挨拶にも伺わずに引っ越してきてしまった。

繰り返し見る夢の中で責められているわけではない。
夢に登場されるたびに、自分の中の呵責を思い出して自分で苦しくなるだけのこと。

早く話して楽になりたい。
楽しい夢を見たい。
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もっと飲みたい。

制作室のデスクの上が途中の作品でいっぱいになり、デスクも頭の中も整理がつかなくなってしまうようなところまで、やってしまう。

くれぐれも根を詰めないように・無理をしないようにといろんな人から言ってもらっているのに、わたしは内面にある湧き上がるエネルギーを持て余して次々に手がけて、そしてふいに嫌になってしまう。
簡単に言えばエネルギー切れ。
作りたい気持ちはあって、でも急にやれない自分になる。
そしてそんな自分がもどかしくてもがきまくる。

病人なんだからね!
Zにいつも言われる言葉。そう、わたしは療養をしなければいけない。
けれど、作業をしているときが至福なんだもの。
ねこが隣で安心した笑みを浮かべて眠っていて、お香を焚いて、インスタントコーヒーを飲んで…。
これがやれないならわたしは寝たきりの廃人になる。

混乱して、手につかなくなって、ザワザワとして、何もかもが面倒になっていやになる。
そうなったとき、そんな自分が本当なのに、認めたくなくて何か、何かないかといつも探し回る。

これをしたらやる気がまた出るかな。それとも寝たほうがいいのかな。でも目は爛々で眠くないし。
休むったって眺める景色も無ければ、石や金具以外をネットショッピングできる余裕もない。
どう気分転換したらいいかわからずに身悶える。

ソラナックスを飲む。頓服だけれど毎日必ずどの場面かで飲んでいる。
めきめきと無くなって行く。
ザワザワを沈めるだけではなくて、やる気を出させてほしい!
そんな薬があるならもっと飲みたい!

結局気分転換は自分ではやり方をしらず、薬に頼ってしまう。

個展開催まであと三週間。
個展だから設営から自分で考えなくてはならない。
壁面も埋めなければならない。
布は持っているもので足りるのか。ああ、ほかにサテンが二色あるはずだけれど、そもそも買ってからどこにしまったっけ??
まったく思い出せない。
値札をおしゃれなものにしたいけれど、作品を作るよりもたいへんだ…。
そこをあきらめて壁を埋めないと…。
ぐるぐるぐるぐる…。

やりたいことからやっていこう。搬入まであと3週間ある。
やれないことは仕方が無い。完璧に理想どおりになんて無理だよね。
わたしは結局、どうしたって自分でやらないと気が済まないんだから、できることだけやろう。でも、精一杯やりたい。やってよかったあああ~って泣きながら寝込みたい。

さて、制作を中断しているけど、作品が溜まったから撮影をするか。
ああ。洗濯してないよ…。ふぅう。雪の日にわざわざ洗濯するのかぁ…sweat02

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男らしいわたし。

昨日のカウンセリングも待ち遠しかった。
なにせ先週、目からウロコで帰宅したわたしには、もっと仰天する大どんでん返しが待ち構えていたのだから。

その話と、それについてのわたしの対処と、今の気持ち・これからの気持ちを洗いざらい話して来られた。
帰りはシートを剥がしてむき出しになった心が痛くて沈んだ。

なぜ、わたしは人とうまく付き合えないんだろう。
なぜいつも駄目にしてしまうんだろう。
頑張って演じたら心と体が壊れる。
演じないようナチュラルでいれば人間関係が壊れる。
その真ん中あたりのグレーゾーンでうまく立ち回ればいいものを、どっち方向にも120%で振舞ってしまうからいけないんだ。

どうしたらいいんですか?
どうしたら上手に人と付き合えますか?

わたしの質問に、カウンセラーは
「それはね、経験を積んでいくしかないのよ。」と苦しそうに答えた。
「経験…。ならわたしはもう、経験をして行くことが辛いです…。」

若い頃からいったいどれだけの失敗を重ね続けてきただろう。
気が合って盛り上がると嬉しくて舞い上がってしまうわたし。
そして相手がわたしを管理しようとしたり踏み込みすぎてきたり、それが冗談だったとしてもけなされることを繰り返しているとわたしはシャッターを下ろして相手を遮断しひきこもってしまう。
雨の日にしか出かけられなくなる。
傘で顔を隠せるから。

そんな経験を何度も何度もしてきているのに、まだ失敗をする。
なぜ成長できないんだろう。なぜオトナになれないんだろう。
いまうまく行ってる人間関係だって、相手が非常に優れていて心が広いから成り立っているだけのことだ。わたしが大バカでもそれでも好きといってくれる親友はいるだろうか。

何かと引き換えでしか何かを手に入れられないと思っている自分。
人に喜んでもらうことを何より幸せにかんじながらも、相手がずうずうしかったりしてもらって当たり前という態度だと心がさめる自分。
望んでいる自分はこうじゃない。
でも理想とする自分になれなくて、そのギャップが苦しい。

「辛いけど、経験して学習していくしかないんですよ。でもわたしから見たら、今回のことには前の失敗が十分に活かされていると感じますよ。」
そうだろうか。いや、もっとうまくやる方法があったはずだ。
ただ、相手の図々しさがわたしの想像の域をはるかに超えていて声もだせなかったのだ。

          ++++++++++++++++++

いくつかやった心理検査の中で、一番最初にやったごくごく簡単な検査で、顕著に、とても顕著に表れていることがあるとカウンセラーは言った。
両極を併せ持った人間であるということだ。
感情的で情感が豊かで気配りの利く女性らしさと、社会的にこうあるべきだ・感情でモノを言ってはいけない・常に論理的に話し冷静に対処しなければならないという男らしさ。
感情的になることを嫌悪するあまり、論理的・客観的でなければならないという強い抑圧が顕著に見られるということだった。

あんな簡単なテストでそれがわかっちゃうんだ…。
わたしは苦笑いをした。
男みたいなんだなわたし。
書く文章も男らしいといわれたことがあるもんな。

感情をあらわにすることを抑圧しているわたしが、せせらぎのようにその情感を上手にすこしずづ流しだしていける様になったとき、わたしは楽になり、人間としての魅力が出てくるだろうとのことだった。
せき止めたダムが決壊することを繰り返す経験ばかり。
薬無しでは生きてはいけないが、カウンセリング無しでは直せない生き辛いわたし。

帰宅して掘り起こされた荒れた心を抱えていると夫からメール。
辛いんだと答えると、「努力」が必要だという。
努力?
この状態で、『努力』?

わたしはメールを放置して布団に倒れこんだ。
なぜ男は女に説教したがるのだろう。
なぜ寄り添って、そうか辛いんだねといたわることができないんだろう。
年を重ねるとどんどん女友達が大事になるのはそこに原因があるのだとわかった。

さて、これから仕事をしよう。
外は木枯らしの真夜中である。
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お風呂いやだいやだ。

なんで鬱の波は、予告無しに急に訪れるんだろう。
さっきまで調子よく作業していたじゃない?
なんで急にこんなに憂鬱になるの?
雨とか雪とかでうつ状態になるんだったら、わたしなんて雪国育ちだから冬中うつだったはずだよ。

何が原因かわからないし、うつの波に沈むと、それまで持ちこたえていられたことが無理になっちゃう。ぐじぐじ考えちゃう。
カラ元気も元気のうち、とか言うけれど、そんなフリもできない。

あ…。
今夜はお風呂に入らなきゃと思ってからかも…。
寒いし…髪洗うの疲れるし…。体が濡れるの大嫌い。気持ち悪い。

でも明日はカウンセリングだから…今夜入らないとまた必要性がなくなってずるずると…。
お風呂いやだ。大嫌いだ。

毎日入ることを当たり前としていたことが今となってはすごいと思う。
まだうつ病と診断されてばかりのとき、お風呂の準備は息子が担当だったからお湯を入れたり沸かしたりしてヤツは入っていた。そしてちゃんと「お先に。」なんて言うもんだから、わたしは仕方なく入って、そしてお風呂でいつも泣いていた。
なんでお風呂に入ることがこんなに辛いんだろうと思いながら…。

結婚してからは大家族だったからお風呂は恐怖。
声が掛かるまでは入ることが出来ず準備をしてじっと待ち、声がかかったらすかさず入ってさっさと洗って流して、すぐさま次の人に声をかけなくてはならない。

アパートに越して自由になったけれど、追い炊きがなくて夫のあとはいつもぬるいお湯。
夫と別居になって、汗をかけば自然にシャワーするけれど、冬のお風呂場からは縁遠くなってしまった。

なんてグチグチ書いてないで、決心して入ってこよう。
ソラナックス飲んで髪を洗うぞー。

…髪を洗うのに頓服を飲むという、情けないあたし…(泣)。
では、行ってまいるbearing                                 伽羅moon3 
                                                                               にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へいつも応援clearclearありがとうございますcherryblossom頑張ってお風呂入りますsign01

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*ちょこっと告知させてください。

カテ違いの話ですみません。

天然石を使ったアクセサリーや小物を作っています。
ひとりでやっています。
作ったら終わりではなくて、撮影したりブログに掲載したり販売したり発送したりします。

今、所属している工房会『工房暖簾』さんのWEB上の企画展で、【スィート&ハート展というのを開催しておりまして、そこに出品しております。
【スィート】
Dscf0666_2甘い恋の石たちを使ったピンクのバッグチャームと、キャンディーをイメージしたカラフルなバッグチャームです。
ペンダントやストラップにも変更できます。




Dscf0672バッグに付けるとこんな感じです。 Dscf0673シンプルなバッグも楽しくなりますnote











【ハート】
Dscf06654種類のハート&ドロップのストラップです。
奥から、・グリーン&ブルー( アップルグリーンカルセドニー+ブルーカルセドニー+アマゾナイト)
・ローズクォーツ
・レッドアゲート
・オニキス
それぞれ色を合わせたストラップが付いています。キーチェーンにも変更できます。

興味を持ってくださった方は、『工房暖簾ギャラリー』ストーンパルフェのページ までぜひ見に行ってください。
どうぞよろしくお願いいたします。
プチプラですのでちょこっとしたギフトにもいいと思います~。

ところで、来月わたしは初めての個展を開くことになりました。
場所は横浜石川町駅徒歩1分のギャラリーです。
制作室ブログでは詳しく告知いたします。来週にはDMの発送も始めます。
3日間だけの個展ですがドキドキしております。
その節はどうぞよろしくお願いいたします。

           ++++++++++++++++++

今日は告知ですみません。
新作作りはまだ始まったばかりですが、春らしい優しい作品をいっぱい作りたいと思っています。と言いつつ、睡眠薬がどうしても6時間しか効いてくれず、ちょっと睡眠の足りない状態が続いていたせいか、宵の口から夜中まで寝てしまったわたくしです。
ちまはわたしが寝るとそばで寝て、起きると一緒に起きて、トイレに行くとついてきてひざに飛び乗ってきてゴロゴロいい、仕事を始めると制作室のデスク上のベッドで幸せそうに寝たり薄目を開けて眺めたり、ちょっかいを出してきたりします。
かわいいです。
2010_135いつも応援clearclearをありがとうございますclover
感謝の気持ちでいっぱいです。
よろしくお願いいたします。
                      伽羅

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大切なデート!

夕べは余りにも不穏だったので、ODしてすぐ寝ようと思ったのだけれど、納得がいかなくて少し仕事をしていた。
睡眠薬がないと質のいい睡眠が取れないのだけれど、明け方5時くらいになれば疲れてもくるし眠い感じがしてくる。
そのタイミングで眠るのが一番無理がない。

仕事にメドがついて寝ることにして、でも寝付くまでに気持ちが騒ぐのが嫌でまた頓服を足し、しかもコップに半分のワインを流し込んで寝た。

11時に起きて息子とデートの予定だったのに、目が覚めたら12時だった。
もう家を出なくちゃいけない時間に起きててどうする! おバカっ。
最近化粧をするようになったので、バリバリお化粧をして行くつもりだったのだけれど、顔だけ洗って着替えてすっぴんで夫に送ってもらった。
地下鉄の駅までと思っていたけれど、遅れるのが嫌なので、お金を出すから首都高にのって浅草まで送って!と頼んだ。

息子は待ち合わせに遅れない子だ。
時間には厳しく育てた成果かもしれないが、わたしが5分前に到着するともう来ていることのほうが多い。
そんな息子を20分も外で待たせたくなかったのだ。

夫のおかげで待ち合わせ場所に時間のちょっと前に到着できた。
息子は珍しく5分遅れますとメールが来ていて、小走りでやってきた。
新しいコートを着ていた。
かわいい…。
なんて可愛いんだろう。
25歳の青年だけれど可愛くてたまらない。
息子リクエストのお目当ての回転寿司の店に向いながら、並んで待ちながら、いろいろ話をした。

ちゃんと聞いてくれて会話の成立する相手。
いつもと同じコースでの浅草デート。
今日の浅草は観光客でごった返していた。
転びそうになって腕を掴むと今日は拒まなかった。
人ごみの中を息子の肘につかまって歩いた。

浅草寺でお参り。あ、わたし初詣じゃん。
張り込んで100円入れて、息子の健康と幸せを願った。

雑貨屋さんを何軒か見てから甘味処へ。田舎ぜんざいとお汁粉をそれぞれ頼んだ。
そこはお茶が有料だった。
ひとつの湯飲みで仲良く飲む。
途中でお椀を取り替えて味見をしあう。

デパ地下で、いつも何か買って持たせる。
いろんな食材だったり、夜に食べるお弁当だったり。
でも果物は必ず買ってやる。
息子は今日はみかんといちごをセレクト。

よちよち歩きのちいちゃいころ、いくら指さされても、いくら泣かれても大好きなブドウやいちごを買ってやれなかった。果物に使えるお金がなかったのだ。
買ってやれなくて辛かった。ちいちゃい息子はいっぱい涙を流して欲しがっていた。
いまその埋め合わせをしている。
自分の売り上げは仕入れのほかは全部息子につぎ込む。

別れるとき、エスカレーターをあがって行く息子を見上げていたら、見えなくなるまでずっと小さく手を振っていてくれた。
わたしはしばらく動けなかった。
いとおしすぎて切なくなるのだ。

あと何年こんなデートができるだろう。
たぶん今の彼女と結婚する気がわたしにはしている。
結婚したらこんなデート無理だろうな。

頑張って仕事して、また来月おいしいものを食べて果物を買ってやろう。
いとおしいちいちゃい息子は、もう立派な大人なんだけれど。
いっぱい我慢させたから、少しでも埋め合わせよう。
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薬じゃだめだ。

たぶんPMSだとは思う。
今夜は夫と夫の長女と3人で観劇に出かけた。
わたしはこの長女が好きだ。
3人で楽しかった。ミュージカルも楽しくて本当に良かった。

夜の分の薬を飲むのが少し遅れたけれど、ちゃんと飲んだ。
けれどもわたしは落ち着きを失い、ひとりで留守番をしているちまを思いいたたまれない気持ちになって挨拶もそこそこにアパートの階段をかけ上った。

ちまはいつもひとりのときはそうであるように、ケージの上にしつらえたふかふかの場所にいて玄関を見やっていた。

ちま、ごめん! 遅くなってごめん! ひとりにしてごめんね!

ちまを抱いて撫でて、約束したとおりにおやつをやると、わたしの中にどうしようもなくふつふつと湧いてくるものがあった。
苦しい。心が震える。
頓服を2錠飲む。
やがてあたまがほわっとする。効いているはずだ。効いているのだ。
けれどわたしは、何とは言えない、説明のつかない衝動をこらえるためにこうして書いている。

電車に飛び込んだり、ビルから飛び降りたり、放火したり人を刺したりするときの異常な精神状態ってこんななんじゃないかとおもってしまうほどだ。
そういう統計はないのだろうか。
うつ病はいろんなちいさな病気や症状を増幅させてしまう。
わたしの月経前困難症はこんなひどくなかったはずだ。

楽しいミュージカルを見て笑って、そんなにおいしいところじゃなかったけど居酒屋で食べて、3人で楽しかったのに。
しかも明日は最愛の息子に会えるという嬉しい日なのに。

頓服を大サービスでもう一盛り飲んで寝てしまおう。
明日、元気なハハで会えるように…。

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泥の中の宝石

うつ病の人は、なにか事態が生じたり理不尽な仕打ちをされたりすると、自分のどこが悪かったのだろう…とまずは思い悩む。
あれかな、これかな、いやあれもだしこれもだし、ついては自分の性質が悪いんじゃないかと思い自らを責める。

『怒り』という感情は持っていいのだし出していいのだと先日カウンセラーから教わったばかりだったので、わたしは自分の内面に向かう前に、弁護士Zと電話をして話を聞いてもらった。
健常者であり、わたしが悪いときは悪いと言ってくれる貴重な友達だ。

3月に、12月からその告知や準備を始めていたギャラリーを借りての二人展があるのだが、今になって相手が豹変し、キャンセルすると言ってきたのだ。
もう来月のことなのに。
先日一緒にギャラリーに行ってディスプレーなどを楽しく相談していたのに。

わたしは唖然とした。そして悲しみや落ち込みや自責が湧いてくる前にまずZに話を聞いてもらったのだ。
事実関係を話し、今までの状況を説明すると、「あんた、とんでもない人とやろうとしてたわね。」と言われた。「恐ろしい人よ、近寄っちゃ駄目よ。」
そうなの…?
そうは見えないし、わたしのあの言動が気に食わないって言ってるけど?
「いーえ。相手は社会人としての最低限のモラルも持ち合わせていない○○なんだから、一切かかわってはいけません。ったくあんたって、なんでそんな人とつるんじゃうかねえ。」
「でもすごく気が合ってお互いに盛り上がっていて楽しみで、なのにいきなり豹変してこんなことに…」
「いい? あんたはこの件で一切落ち込む必要はなし。大人として社会人としてのモラルをもっていない相手に当たっちゃっただけよ。あんたは自分のことだけ考えていればいいんだよ。悪くないよ。いいね?」

そうなのかな…。わたしじゃなくて相手がいけない場合もあるのかな…。
落ち込むんじゃなくて怒ってもいいことだってあるんだね…?

わたしはキャンセルもそれにまつわるあらゆることも、相手の意向をすべて飲んだ。
どうこう言っても仕方がないもの。
けれど、頼んであったことがあって、それは展示会とは別の話なので、改めてそれを仕事として依頼するのでお願いします、とメールをすると、なんとそれすら彼女は強硬に拒んできた。

何のために12月から準備をしてきたのだろう…。
什器やら布やら買い揃えてきていたのに…。

落ち込む必要はない!と言われているので、底まで墜ちずにはいる。
夫も励ましてくれた。力になってくれている。
心配してメールをくれた人もいっぱいいる。
わたしはそういう人たちに守られて仕事をしているのだ。

報告しておかなければならない人にメールをすると、暖かい返事が返ってきてわたしはうるうるとした。
「わかりました。こちらも出来る限りのことをしますから。」といってくれたひと。
そして、希望を与えてくれた人もいた。
「アクシデントから宝が見つかることもあります。」

そうだね、そうだよね。
わたしはその言葉を信じる。
恨まない。苦手分野だけれど忘れるよう努力する。
支えてくれる人がいっぱいいる。
そういう人たちを大事に大事にしよう。
怒りを抑えるのではなく、持たないことにしよう。

そのために今夜概要を書きました。
わたし、がんばる。
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モラル欠如に暁天。

わたしには人とうまくやる能力が欠落している。
たぶん生まれつき欠落している。
人のことは余り気にならないし、自分のペースを崩すこともしない。
同調したり、気乗りしないことに付き合うということが出来ない。
B型気質の顕著たる部分でもあるが、度を越えると社会的に(家庭も最小単位の社会である)困ることもあるし、相手を不愉快にしてしまう。

でもどうしても、興味のないことに参加することはできないのだ。
精神的に幼稚だから、人とうまく折り合いをつけて程よく付き合うことができない。

だからゼロか、120%しかないのだ。

まったくできないか、過剰にやってしまうかのどちらかという意味。

どうしてなんだろう。
なんでうまくやれないんだろう。今度はうまくやろうといつも思うのに失敗。
やっぱりこれは精神的欠陥だなあ…。病気がさらにそれを増幅している気がする。

失敗ばっかり。わたしはいつも120%で接して、だめにしてしまう。
何度も何度も繰り返し失敗をする。
いい加減に塩梅を覚えろよ!と言いたいが、だめなわたし…。

だけど今回は余りのことに仰天した。
ナニソレ。何ナノいったい…。
ぶち書きたい気持ちはガマンガマン。人を誹謗してはいけませんから。



でも血がめぐったのか、ようやく仕事ができそうになってきた。
息子にも会えることになった。
息子ののろけ話でも聞いて元気出さなくちゃ。

ひとりでできることはひとりで頑張ろう。
もちろん出来ないことのほうがはるかに多い。
だから出来ることはちょっと頑張ってやってみよう。
辛い気持ちでも釈然としなくても。

応援してくれているすべての方々のために・自分のために、やってみる。
きっと無意味じゃない。
努力をしてみる。

しっかし、自分も病気だし障害者だから大きな声では言えないけれど、ビックリしちゃうような人が世の中には居るもんですね。いやーオドロイタ。
モラルに欠ける人間にはならないよう気をつけようっと。

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うわビックリした。

今日も洗濯をした。
乾いたものは畳まれることなく山積みだけれど。

あれこれ手をつけて何も終了しないのがもどかしい。
そうこうしている間に時間がなくなってしまい、めっちゃすっぴんでカウンセリングに慌てて出かけた。

昨日夫にお風呂に入れてもらったから気持ちがいい…。
体を清浄に保つことは病気の回復にとても有効だと思う。
お風呂に入るたびにそう思う。繰り返しそう思うんだけれど…。

まだあんずのことで泣いていて、仕事が手につかず家事もほとんど出来ず、介助してもらって入浴したことなどを口切にしていろいろなことを話した。

わたしがもっとも恐れるのは、自分を含めての『怒り』の感情だ。
他人の怒りが過剰に怖い。
だから怒られないよう・怒らせないよう迎合する。けれどもそれは「フリ」にしかすぎず、怒りの感情とは消えないのだという。

自分が持つ怒りも怖い。
自分が感情的になることも怖い。
常に冷静で論理的で客観的でいるのがわたしの理想とするところだ。
感情的で、怒りに任せて思ってもいないことを言ったり、わざと相手を傷つけるように言葉を使う人をわたしは軽蔑する。そんな人間にはなりたくない。

けれどわたしにも怒りの感情は当然ある。
ないわけがない。
ただ、恩のある相手に対して・世話になっている相手に対して、怒りや恨みをもつことは恥ずかしく、あってはならないことだと思っていた。

怒りの感情を押し殺して最も重い蓋をする。
そしてわたしは繰り返しその相手の夢を見る。
何年にもわたって、繰り返し見る。
夢の中ですらわたしは怒りを抑え続ける。

わたしのその話を聞いてカウンセラーは深くため息をついた。

子供時代からの怒りがわたしには蓄積されてある。
言ってもきいてもらえない。抑え付けられるだけ。
泣きながら甘えたこともない。泣くことすら罪悪だった。
大人になってからは社会人として生きていくために膨大な怒り押さえ込む。
離婚して母子家庭になってからは世間から身を守るために押さえ込む。

衣装を着て、鎧を着て、走ってきた結果のボロのわたしがいる。
これが本来の自分だ。

カウンセラーは言った。
いいじゃないですか。恩は恩。それはそれとして、怒りを別に持っていたとしても。
人間だれだってそんなまっさらな美しい心じゃないんですよ。
怒りは、あっていいんです。その相手がたとえ恩のある相手だとしても。

わたしはしばらくポカーンとしていた。

「あ…。ビックリしました…。」
「ええ? そう? いいのよ、持っていて。」
「いいんですか?」
わたしは本当にびっくりして体から力が抜けたくらいだった。
「あなたが何年もにわたって繰り返し見るという夢が気になるわ。それだけ強い抑圧があるということですもの。どう、次からそこを話してみない?」

わたしはその部分はこのブログにも書いたことがない。
考えないように日々すごして来ていることだからだ。
それを話すことができたら…そして、恩は恩。怒りは怒り、と自分が割り切ることができるようになれたのなら、後味の悪い夢を繰り返し見ては苦い思いをすることから抜け出せるのだろうか。
そうなれたらどんなに楽だろうか…。
もう15年も前の話なのだ。

わたしは決して穏やかな人格ではない。
過敏で感情的な内面を持っている。そしてそんな自分を恥ずかしいと思う。
だからこそ見せまいとして必死になる。感情的な人になりたくないと思う。
ねばならない思考で自分を縛り上げる。
苦しい。

15年封印してきた怒りをカウンセリングで吐き出してもいいんだ…。
恩のある人とはいえ、対して怒りを覚えてもそれはそれでいいんだ…。

わたしは目をまんまるにしたまま急いで帰宅した。
深いところにある真の怒りを吐き出した後に残るもの。
それが今後のわたしを左右するものになると思うとカウンセラーは言った。

何が残るんだろう。
わたしの芯は何で出来ているんだろう。
それとも空洞になるのかな。

楽しみだわとカウンセラーは笑ってわたしを送り出した。
でも、来週それを話せるとは限らない。
帰宅したわたしにはまた別の暁天事項が待ち構えていたからだ。
                                         伽羅moon3      

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うつ病になると

いまさら、の話だけれども、うつ病になるとあらゆることが出来なくなる。

やれていたことが出来なくなる。
苦手だったことは更に更に出来なくなる。

家事で言えば、料理ができなくなった。
アパートに越してきて、夫の夕食を作ることができるのが嬉しかったし、自分も食べたいものを食べられるようになったので頑張って作っていた。
それが去年の夏くらいからとても億劫になり、夕方になると具合がわるくなってしまう。
長い通勤距離を経て9時頃に帰宅する夫なので、帰るよメールが来てからようやく何かつくって取り繕うような状態になった。
料理は決して嫌いではなかったのに…。

掃除はまったく出来ない。

食器洗いもひどく辛い。

洗濯は好きだけれど、乾いたものを畳んで収納する作業がとても辛い。

お風呂には、相当の覚悟と気合がないと入れない。
このところかなり深いうつ状態で、仕事も手につかずなにもできずにいて、でも我慢できなくなって夕べは夫に甘えてお風呂に入れてもらった。
介護まではいかないが、介助してもらわないと入れないほどうつ状態なのだ。
会社のお付き合いで飲んで帰ってきてわたしを風呂に入れるのは大変だっただろう。
泣いていいよ、泣きなさいといわれて髪を、洗ってもらいながら、あんずを呼びながら大泣きした。

人に会うことが辛い。今はカウンセリングと歯医者に行くだけで精一杯だ。
この街にはわたしを知っているひとがいない。挨拶をしたり立ち話をしなくていい。
それがとても助かっている。


布団に入ってから寝付くまでの時間が耐え切れないくらい辛いので、睡眠薬と一緒に頓服も2錠乗せて飲む。
そうすると寝つきが良くなる。
睡眠薬が効かないことを今度診察のときに相談してこよう。

海の中を歩くように、抵抗だらけでゆっくりとしか進めない。
苦しい。重たい。
胸が痛い。やれない自分が辛い。
これが治るときがくるのだろうか。
そのための努力をしているけれど、これがもし一生治らないんだったら、辛いな…。
                                               伽羅moon3

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