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2011年1月

忘れていいよ。

精神状態がめためただ。
自分が支離滅裂だ。
理屈も正論も人道もあったもんじゃない。
感情むき出しの今夜のわたしは皮膚を剥がされたようにすべてが傷みとなって突き刺さる。

こんなときに誰かと一緒に居るなんて絶対にできない。
誰かと話すなんてできない。
わたしは巨大な爆弾。

あんずに会いたい。本当はすごく会いたい。
でももちろん会わない。
あんずがすっかりわたしを忘れてしまうまでは会わない。

いま、広いおうちの中を探索し始めたというあんず。
もうすぐ先住猫さんと仲良くなれるだろう。
ちまとは出来なかったけれどくっついて眠ることもできるようになるかもしれない。
あのねこさんはとっても優しいんだって。

あんず。
早くわたしを忘れて。会いたいから早く忘れて幸せになって。
でも…
でも本当は覚えていて欲しい!
勝手なのはわかってる。
忘れられたくない…。
抱っこしてお刺身分け合って食べたよね。
呼ぶと返事をしてくれたあんず。
小さい脳で頑張ってくれたのに、幸せにできなくてごめんね…。
一緒に遊んだこと、一緒に食べたこと、忘れないで欲しい…。
それも本音。

わたしは、人格的欠陥者だ。
精神的不具者だ。
何にも適応できなくて無理して生きてきてうつ病になった。
わたしは欠陥品だ。故障じゃない。

引きこもっていて正しいんだ。
それが一番わたしには合った生活なんだと思う。

夫の手助けがないと歯医者にもいけないし。
10月に行ったっきりの美容院を予約できたけれど、行けるかどうかわからないし。
もう料理もできなくなったし。

14歳の頃。
わたしはなりたいものいっぱいあった。
それらは全部職業だった。
いったいどれになれるんだろうという希望に満ちていた短い時期。
夢は一つ一つ潰されていった。


あんず…可愛がられて大事にされて幸せだね。
こんなママがいたこと、忘れちゃうかな…。
忘れていいよ。
でもママは一生忘れないからね。
いつか会いに行くよ。
そしたら、シャーッって怒って、飼い主さんの後ろに隠れていいよ。
忘れていいよ。

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うつモード全開。

眠ると言うよりも気を失うみたいに布団にうつ伏せで寝ていた。
何にもできてない。何もかも途中。
抗鬱剤も飲んでないし歯磨きもしてないし、ちまのごはんもやってない。
起きなきゃ、動かなきゃ…と思っているうちに明け方になってしまった。

どうしちゃったんだろうわたし。
うつモード全開だよ…。
まるっきり病人だよ…。
やらなきゃいけないこと、お待たせしていることが山積みなのに。

病人なんだからこんなに詰め込んじゃいけないんだ。
わかってる。
でもこうしていないとわたしはわたしを保てない。認められない。

薬を飲んで歯磨きをして食器を洗って部屋に戻ると、寝ていたちまがわたしを見つめた。
「ちま~。」
「にゃうん。」
ちまが返事をしてくれた。
かわいい…。
「ごめんねちま、ママ寝ちゃって…」
撫でながらそう言うと顔をなめてくれた。

このまま朝まで起きていてゴミを出したらまた寝よう。
ごめんなさい、ちょっと病人になります…。

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ざわざわと震える。

寒いのか、寒気がするのか、うつ状態が重くてざわざわしているのか、
わからない。
全部かもしれないし、うつ状態だけかもしれない。

土曜日はほぼ一日中寝ていた。
夕方まで寝ていて起きて、これは夜通し起きていて仕事が出来るか?と期待したのだけれど、何一つ手につかず何も完成せず終了せず、12時を過ぎたら起きているのがしんどくなって、横になって通販カタログなどを眺めてから寝てしまった。

しばらく、あんずのことが辛くてあまり眠れなかったのだった。
展示会に仕入れに行って疲れもあって、糸が切れたようにわたしは眠り続けた。

今日は買ってきた石の整理をし始めた。
午後夫が、頼んであったイベントの提出資料のたたき台が出来たというので、母屋の夫の部屋に行って一緒に作った。
夫はセンスが良くてPC腕もいいので、とても助かっている。
頼むとすぐにやってくれるのも7ありがたいところだ。

出来上がる頃にわたしはざわざわと落ち着かなくなり、お礼を言ってそそくさとアパートに戻ってきた。

母屋にいられないのだ。
階上の足音にびくびくしてしまう。
戻ってきて落ち着くかと思ったが、うつ状態が重く家事もできない。
洗濯も…ごみをまとめることも…食器洗いも…
なにもできない。

ソラナックスを飲んで寒気のようなザワザワ感を押さえ込む。
また眠くなる。

頑張らないで寝ようか…。
いろいろ待たせてあるのに、うつ病は厄介だ…。

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寂しさのあまりに

木・金と、年に一回の大きな展示会での仕入れに入った。
ちまが膀胱直撃で起こしてくれたので早起き出来て、オープン時間に入場し、木曜はほぼ終わりまでいて、一緒に言った友人とお茶をして休憩してから帰ってきた。

ちまをこんなに長い時間ひとりにしたことがないので気になっていたが、年に一回しかない展示会だし、ここで仕入れをするために12月に仕事を頑張ったので、へとへとになるまで見て回った。
そして厳選して必要なものだけを仕入れた。満足な仕入れが出来た。

一日では見切れないので、パールゾーンは翌日に残し、暗くなってから帰宅した。
めずらしくちまが部屋との仕切りの戸のところまで出迎えにきてくれた。
ちまちゃーん、ごめんねえ、遅くなってー。

けれど次の瞬間わたしは泣いた。

カリカリを食べて、二度にわたって吐いたあとがあったのだ。

ちまはストレスで吐く。
わたしが留守をしていて帰宅して急いでフードを与えたりするとよく吐いた。
だから留守をしたときには十分撫でたり抱っこしたりして気持ちを癒してから与えるようにしたら、吐くことはすごく減った。

一人ぼっちで長い時間のお留守番をはじめてして、寂しさのあまり吐いたんだ…。
わたしは泣きながら後始末をした。明日、どうしよう…と悩んだ。
「ちま、ごめんね。ごめんね。寂しかったね。ごめんよ…。」
ちまは両手をのばしてわたしに抱きついてきた。
抱き上げて抱きしめるとすんすんと鼻をならしてまるで泣いているかのようだった。
しばらくの間抱いて撫でて声を掛け続けて、ようやくちまはするりと降りた。

大好きなスープのおやつを上げると喜んで食べた。
ねこはひとりでも大丈夫なんて嘘だ。
ねこは人にではなく家に付くなんて嘘だ。
ちまはうちに来たときからあんずがいて、一人ぼっちで長い時間すごしたことがなかった。
寂しかったんだ。
ごめんよちま。

でも一年に一回しか出会えない業者さんもあるので、やはり金曜も行くことにした。
その代わり早く切り上げて早く帰宅することにした。
パールゾーンを見てじっくり考えて数本のパールを買い、前日買わなかったけれどやはりお買い得だったと思われたものを買い足して、早い解散にして帰った。
明るいうちに帰った。
ちまはケージの上で寝ていた。

…朝与えたフードに、口をつけていなかった。

ちま…
今日はごはん食べなかったんだね…。
もう、月曜までママ出かけないでずっとちまと居るよ。
お留守番ありがとうね。えらいね、よく頑張ったね。ありがとうね…。
ひとしきりいちゃいちゃとして、スープのおやつをやってから、わたしが疲れで寝てしまうと、ちまもまた寝た。
3時間ほど寝て起きてみると、朝のカリカリもきれいに食べてあった。
わたしが帰ってきて安心して、寝ている間に食べたのだ。

起きてトイレに座っていると、ちまがやってきて両手を伸ばして抱きついてきた。
抱き上げて抱きしめてずっと見詰め合った。
ちま、と呼ぶと目を細める。
顔をなめてくれる。
ほんの少しだけ爪を出してわたしの服にしがみつくようにして抱きついている。

ちまは天使だ。わたしを救ってくれる。
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ただ泣かせてくれた。

今日のカウンセリングは待ち遠しかった。
毎週言っているのに待ち遠しいとは、わたしのよどみはいったいどこまで続いているのだろうか。

月曜に受けた心理検査の話を少しした。
「すごいですよ!」と言われた。
彼女の知る中ではかなりな高レベルだそうだ。
時速の問題ぜんぜんわからなかったけどね。アンリ・デュナンも知らなくて帰ってきてから調べたけどね。
「でも先生、知能検査じゃないですから正解率とか関係ないんじゃないんですか?」
そう尋ねると、脳の機能のバランスを見ることが重要だそうで、それで多岐にわたる種類の問題や検査があったそうだ。
それらは具体的な数値となるので、すべてを総合してのち、知らせてもらえるという。
ロールシャッハテストのほうは、被験者(私)が説明をした一言一句を書き留めていたので、解析にずいぶん日数もかかるらしい。
楽しみに待つことにした。

それで…わたし、いまとても辛くて…
口火を切った途端にぶわっと涙があふれ出てきた。
あんずのことがまだ辛いのだ。
精神科医もカウンセラーも、最適な選択をしたのだと認めてくれている。
そして何よりもあんずは新しい環境を気に入ってすっかりリラックスしており、飼い主さんとお喋りするまでになっている。大事にされてとても幸せなのだ。
何も憂うことなどないのだ。

それでもわたしは辛くて夕べも大泣きした。
泣き腫らした目で今日は出かけたのだ。

辛い、切ないと訴えたときに、理屈で対応されるのは傷口に塩を塗られるようなものである。なんで、なにが、だってこうじゃない、と反論されることも辛い。
ただ、心を受け止めて心を抱きしめてほしいのに。
抱き寄せて頭をなでてもらいたいだけなのに。

カウンセラーは頭をなでてくれるわけではないけれど、ただただ泣かせてくれた。
次の予約が入っていなかったらしく、少し延長して泣かせてくれた。
正しいとか正しくないとか、誰が悪いとか悪くないとか、そういうことすら問題ではなくて、切なく悲しい感情を噴出させてくれた。
理屈じゃない。そんなことはもういい。あんずが気に入られて幸せに暮らし始めたのだからそれでいい。
それとは別に切なくて苦しくて悲しくて、わたしは這い上がれない。

これがうつ病なのだろう。
小さかった息子に対してしてしまったことを思い出しても後悔と申し訳なさでいくらでも泣けるのだから。
子供の頃に母からされた仕打ちを思い出して今でも悲しく悔しいのだから。

過ぎたことをいくら悔やんでも仕方がない?
そんなことわかりきってる。どんなお金持ちだって過ぎてしまった過去は買い戻せない。

それでもいつまでも苦しいのがこの病気。
わたしは、紛れも無く「病人」である。

泣ける胸を身近に持っている人は幸せだな…。
夫婦ではそんな仲にはなれないのかもしれない。
無償の愛なんてあるのか。
わたしは息子に対しては持っているけれど、もしグレてわたしをババア呼ばわりするような息子だったとしたら果たしてどうだろうか?
無償の愛を受けずに抑圧されて育ったわたしには、全くわからない。

提供する、という考えを捨てなさいと珍しくカウンセラーの口調は厳しかった。
あなたの精神を守りたいんだと言ってくれた。
本当に素晴らしいカウンセラーに出会えた。

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泣いてあげよう。

「泣いてばかりいたって、幸せは来ないから~♪」という歌があるけれど、(←年バレル)そうかな。
泣きたいときにちゃんと泣かないと、幸せは来ないんじゃないかなと、思う。

          ++++++++++++++++++

やっと、水面上に顔が出せた感じがする。
今日は久しぶりに人間らしい生活ができた。
仕事もしたし、郵便局に行けたし、スーパーにも久しぶりに行ったし。
そして「今からお風呂に入って頭も洗うからねえ~!」とZに宣言して(誰かに言わないと、できないのだ…ずるずる…。)、そしてごっしごしに洗いまくり。

脱いだものと溜まっていたものを洗濯して、今日はまな板と包丁を使って料理をした。
洗濯物を干してから、ちっこい缶ビール(ビール風味ドリンク?)でお食事。

ああ、ちゃんとした生活って素晴らしいけれど、すごく疲れる…。
まだわたしは全然チャージが出来ていない。

仕事も10日ぶりくらいにやれた。
ちまが制作デスクの上のベッドで、仕事をするわたしを見ながらいたくご機嫌である。
ずっとしょんぼりしていたのに、ちまちゃん今日は機嫌がいいし元気だなあ。
手を伸ばしてわたしに触り、「なあに?ちまちゃん。」と言うと、わたしを見つめて目を細めてぐるぐる言う。
「ちまちゃん今日ご機嫌さんやねえ~。」

そういって、ハッとした。
ちまの元気・ちまの機嫌は、わたしを映しているのではないかと。

おとといまでわたしは泣いてばかりいた。
苦しくて切なくて泣いてばかりいた。
昨日、カウンセリングではないけれど心理検査でカウンセラーさんに会えて、ちょっぴりリッチなランチをして、ちまと一緒に眠って、それでようやく顔が海面から上に出たような気分になれたのだ。

毎日送られてくるあんずちゃん情報はすごく嬉しい報告ばかりだ。
あんずはとても大事にされ、ぐんぐん馴染んで、今日などは飼い主さんとねずみちゃんのおもちゃで一緒に遊んだという。(ねずみちゃんはお嫁入り道具。ボロボロ。)
すごいよあんず。もうケージじゃなくてタンスの上に据えてもらったベッド(これもお嫁入り道具。ボロ。)に鎮座しているという。
新しい飼い主さんはすごい人だ。尊敬する。
あんずちゃんはすごく幸せそうで穏やかにしているとのこと。

ちまがしょんぼりしていたのは、あんずが居なくなったからというよりも、わたしが泣いてばかりいたからかもしれない。
ちまと遊んでも、おやつをやっても、あんずを思って泣いていた。
そのわたしの心が伝わって、ちまも元気がなかったのかもしれない。
ちま、ごめんね。ママ、ちまと二人で仲良く幸せに暮らすよ。


泣くことは罪悪だと教えられた小さいわたし。
親に甘えてすがって泣くなんてしたことがない。
泣きたくなったら、泣きたいだけ泣こう。自分のために泣いてあげよう。
いっぱいいっぱい泣いて、泣き尽くしたら、顔を上げられる日がくるかもしれない。

泣いていいんだよ。
悲しいときは悲しいんだもの。それがたとえ、理屈に反していてもいいの。
悲しいときは泣いてあげようね。
自分のために…。

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心理検査終了。

昨日は朝起きて、午前中から病院で心理検査でした。
数種類の検査をまるっと二時間。
今回のは、心理、と言うよりも知能検査のような感じの問題が多かったです。
質問に答える。(スペインの首都はどこですか?とか。)
言葉の説明をする。(西高東低とはなんですか?とか。)
計算問題。(もう問題すらあやふや。○○キロの道を○○分で走る電車は、○時間で何キロ進めますか、みたいな。知らんわー!)
組み立てパズル。
漫画のコマを順序どおりに並べ替える。
積み木パズル。
などなど。

楽しかったけれど、わからなかった問題の答えを教えてはもらえない。
試験ではないから。
もやもやするので調べたいのに、問題すらもう覚えていない。情けない…。
…というところがうつ病??

お昼に終わったのでちょっとリッチなランチをして、ちまにお土産を買って帰宅しました。
普段使わない脳の部分を使ったので疲労しています。
宵の口の変な時間に寝てしまいました。
わたしが寝るとちまもわたしの脚の間で寝ます。
わたしが起きると、夜中でも朝のつもりで、朝ごはんを要求してあきらめないので、出してやりました。
ちまが一緒に寝てくれるのは幸せ…。


あんずちゃんは、ぐんぐん新しいお宅に馴染んでいっています。
先住猫のほかに犬もいるのですが、ねこよりも先に犬と『鼻チョン』をしたそうです!
すごいよ~。あんず、やるぅ~。
あのワンちゃんは優しそうだったもんね。ママにも寄って来てママなでなでしたんだよ。

それから、飼い主さんにおしゃべりを始めたそうです。
きっと今までのにゃん生を語っているのでしょうね。
飼い主さんが「そうなの~。ふんふん。」と相槌をうつと、むにゃむにゃと話し続けたそうです。
そう、あんずはおしゃべりなにゃんこです。
飼い主さんを信用してお話しできるようになったんだね。よかったねえあんず。
幸せに暮らしているようすを聞くとママはうれしいよ。
あんずが頑張っているから、ママもお仕事と治療頑張るからね。

Dscf0684ちまはひとりでちょっと寂しいよ。
いっぱい抱っこして、いっぱい遊びます。
でも、追いかけごっこをする相手を失ったのが寂しいみたい。お留守番も嫌いみたいで、出かけるわたしを悲しそうに見つめます。

今日はずっと一緒に居られるからね。
ママそろそろ仕事しなくちゃ!
浮上できるかな…。
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増えゆく喪失感

まだ浮上できないでいる。
あんずを養女に出してから一週間余り。
そろそろ上がっておいでよ、とZは優しい言葉をくれる。

あんずは生きていて、元気でいて、幸せにしている。
リラックスもしているし、お気に入りの居場所もあるし、ほかの部屋の探検にも行くようになったという。
何ひとつ憂うことはない。

けれどもうここに居ないという喪失感は日に日に消えるどころか増えていっている。
会いたい。さわりたい。
でもそれをしてはいけない。貰ってもらったんだから。


辛いとき、誰にすがればいいんだろう。
どうしたらいいんだろう。
少ないとは言えない量と種類の薬を飲んでやっと生きているわたし。
悲しいとき一体どうしたらいいんだろう。

もっと、なにか、劇的に効く薬が欲しい。

カウンセリングが待ち遠しい。
胸が痛い。息が苦しい。涙が止まらない。
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なんにもできないよ…。

何も手に付かない。
なにもやりたくない。

選択を後悔しているわけではない。
とても良かったと思っている。

それでも、あんずが恋しい。
よくおしゃべりをしたあんず。言葉を理解していたあんず。
帰りが遅いと文句を言ったあんず。

ごめんね。
ごめんね。
ごめんねあんず。

昨日は違うお部屋に探検に行ったんだってね。すごいよあんず。
広いおうちだからいっぱい探検するところがあるんだよ。
お外を眺めるのがだいすきなあんず。
この部屋は四方に窓がありながら建物に囲まれていてあまり何も見るものがなかったけれど、今度のおうちは眺めがいいよね。
障子がしまっていたら隙間からお外を見られるよう外したんだってね。
鳥が来ていると鳥に可愛い声で話しかけていたあんず。

あんずがすっかりそっちに慣れて、もうママのことを忘れた頃、会いに行くよ。
知らないお客さんとして会いに行くよ。
かわいいお顔を見に行くよ。

ちまはあんずが使っていた汚れたベッドでお留守番をしているよ。
あんずと一緒にいるような気がするのかもしれないね。
つまらなそうにしているよ。走り出しても盛り上がらないからすぐやめちゃうよ。

あんず。
幸せになって長生きしてね。
死んだわけじゃないんだからこんなに泣かなくていいのに、ママはだめだめになっちゃいました。
仕事ができません。
どうしたらいいのかな。
わからないんだよ。
これじゃお薬もまだまだ減らせないね。

カウンセリングに頑張って通って立ち直るね。あんずはどんどん幸せになっていっていいんだからね。誰もがそれを望んでるんだから。

あんず。
ママ、どうしたらいいんだろうね。わからないんだよ。
辛くて仕事にならないんだ。
後悔してはいないよ。
なのに泣けちゃう…。
困ったよあんず。なにもできなくなっちゃったよ…。
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『ペンギンの開き』??

今日はわたしにしては早起きして遠い遠い病院へ。
ちまが出かけようとするわたしを寂しそうに見つめる。
いつもは「あんず行ってくるねえー。」と言うとあんずが「にゃー」と返事をし、「ちまいって来るねー。」と声を掛けても知らん振りだったのに、わたしを悲しげな瞳で見つめるので辛くなってしまった。
ひとりのお留守番はこれで2回目。きっと寂しいのだ。
「なるべく早く帰って来るからね。」と後ろ髪を引かれながら出かけた。

順調に急行を乗り継いで最後に各駅停車に乗り換える。
なんとか予約時間に間に合うと思って外の風景に目を凝らしていた。
すると、なんということか、自分が降りる駅を乗り過ごしてしまったのだ。
発車してから視界に入ってきた駅名が降りる駅名だと気が付いたがどうしようもない。
時間に遅れることが大嫌いなわたしはイラついた。
なんでこんなことが起きるんだろう。前の駅では次だと思って降りる心づもりができていたのに。目を開いたまま寝ていたのかっ?
悔やみながら次の駅で折り返す。
今日は午後からロールシャッハテストを受けるので、昼食を買ってから行かなくてはならない。急ぎ足で買い物して、一ヶ月ぶりの精神病院に到着。

ところが、担当医の診察は午後のみで、しかも予約が入っていないと看護士さんに言われた。
えええ?
年末に体調を崩して行けなくて、電話して予約したんですが、と答えたきりわたしは真っ白になって立ち尽くしてしまった。
ど、どうしたらいいの??
するとさすが専科の看護士さんだ、「ちょっと待ってね、先生に聞いてみますから。」と駆け出して行ってくれた。
すぐに戻ってくると、「先生は病棟を回ってらっしゃるんですけれど、早めに切り上げて特別に診てくださるそうですよ。だから少しだけ待っててね。」と手配してくれた。
「あの、あの、わたし午後1時からロールシャッハなんですけど、」と焦って言うと、「大丈夫、間に合うように診てくださるから。」と優しく言ってもらえた。

やがて主治医が病棟から走って戻ってきて特別に診てくださった。
わたしはいつも迷う。カウンセリングではないから、どの部分をどれくらい話せばいいのかわからないのだ。けれど、年末年始に激しく体調を崩したことを説明し、その前後関係からカウンセラーは精神的負荷によるものだと言ったことを話すと、主治医もまったく同意見だった。そのことにわたしはひどく安堵した。
それでねこを養女に出した話をした。泣きながら話した。
それに対する見解も、カウンセラーと一致していた。

涙をぬぐって「それで先生、減薬をどうしましょうか。」と尋ねた。
「う~ん、ストレスでそこまで体が壊れるようだと、まだ無理ねえ。もう一ヶ月ぐらい薬は変えないでカウンセリングで対応力をつけてみましょうか。」
主治医は意外なことを言った。
減薬を焦って進行させた経緯があるので、今度こそ減らされると覚悟していたのだ。
「でも、減らさないとまずいんですよね? 減らす気満々で来たんですけれど。」
そう言うと医者は少し笑った。
「そうでしょうね。でも、カウンセリングでストレスへの対処法をもう少し身につけてもらって、その場で反応できたり、回避したりできるようになってから減らしましょう。今はまだちょっと危険かな。」
「…でも…。」

わたしは納得できないでいた。
「自分の思いと違うと切り換えられないんでしょう。」
見透かしたように言われてわたしは頷いた。
「じゃあ先生、‘まだ薬は減らさなくていい’って、言っていただけますか?」
わたしがお願いすると主治医はゆっくりと言ってくれた。
「まだ、お薬は減らさなくて大丈夫です。もうしばらく様子を見ましょうね。」

          ++++++++++++++++++

薬局で薬をもらい、また病院に戻り、買っておいたおにぎりを待合室で食べ終わったら、心理士さんが迎えにきてくれた。
楽しみにしていたロールシャッハ・テストだ。
スイスのロールシャッハ先生が開発した深層心理を解明するテストだそうで、インクのしみをつけて半分に折って開いたときにできた図を見て、それが何に見えるか(何に思えるか)を答えるものだ。
自分の答えがすごく異常かどうか聞いてみたが、答えはまさに千差万別なのだそうで、変わっているとは言えないことだった。

ただ、紙を半分に折ってインクの染みをつけたものなので、左右対称に近いもの・中心部に縦線が入っているものが多く、それがわたしにはどうしても「開き」に見えてしまうのだ。
そう、「アジの開き」の、開き。
「これは?」
「…トラの開きです。」
「これは?」
「竜の開き…です。」
「これは?」
「…ぺ…ペンギンの開き…」

自分でも笑ってしまった。
もうやだー。ペンギンの開きだなんてー。

すべてに回答し終わった後、なぜそう見えたのか、どこが何に見えたのかを詳しく説明していく。困ってしまう。ペンギンの開きにしか見えないからそう言ったまでであるので…。
持ち合わせる語彙をフル稼働して説明し、終わった。
そのあと「家と木と人」を入れた自由絵を描いて、今日のテストは終わり。

…。
楽しかった!
結果も楽しみだけれど、テストそのものが楽しかった!
描いた絵は、「心理的にどうこうは別として、上手ですね。構図がすごいんですけれど、デザインとかやられてます?」と聞かれた。
ほめられて嬉しかった。
一枚の絵からどんなにかたくさんのことがわかるんだろうな。

月曜日も心理テストでまた病院にいきます。
またまた楽しみです。

終わってちまが待つ部屋に速攻帰って来ました。

          ++++++++++++++++++

今日のあんずちゃんはケージから出てたんすの上の座布団で過ごしていたとのこと。
日に日に馴染んでいく様子がいとおしいです。がんばれあんず。

いつもclearありがとうございます。感謝です。   

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離れてこその愛。

水曜はカウンセリングの日。
ちまがひとりでお留守番なので可愛そうで、デパートに寄らずに帰ってきた。
ちまはあんずがいつも使っていたわたしのお古のストールをかけたクッションの上で寝ていた。
お出迎えしてくれたあんずはもういない。

ちまはあんずを探さなくなったが、二人ともあんずが居ないことにまだ慣れない。
夜、制作室で仕事をしているわたしの横でウトウトするのがちまの至福の時間なのだが、後ろでコトッととかカサッとか物音がすると、わたしたちはハッとする。
そしてすぐにがっかりする。
そう、あんずはもうここにはいないんだと…。

養女に行った先からは毎日あんずの様子を知らせるメールが来る。
それをわたしも夫もとても楽しみにしている。
火曜日にはケージの中で移動している様子が確認されたので、水曜はケージの扉を開けて、部屋のふすまを閉めていたそうだ。
するとあんずは部屋に出て探検していたらしい。飼い主がふすまを開けるとあわててケージに戻ったという。

あんず、頑張ってるね。
すごくいいおうちだから、慣れてリラックスできるといいね。
黒いねこちゃんと仲良くなれるといいね。

あんずが頑張っているから、ママは治療とお仕事頑張るよ。
ちまもひとりでお留守番頑張るよ。

177報告を聞くたびにあんずがいとおしい。
あんずの声。あんずの匂い。あんずの足音。
忘れないよ。
ママはさっき制作室のデスクにあんずの写真を飾ったよ。
わたしが初めて一緒にくらしたねこ。
離れていてもいつも思っているよ。
あんずは今度こそ幸せになれるんだよ。


相手が人間でも、猫でも、距離の取り方がわからないわたしという人間。
これは病気でしょうか、それとも異常な人間性でしょうかとカウンセラーに尋ねた。
答えはまだ出ないと言われた。

木曜は病院。午前中診察のあと、午後ロールシャッハテストを受ける。
これはかなり時間を使うテストで、自分ではまったく知らない深層の自分が出てくる。
怖いけれど、わたしはわたしを知らなくてはならない。

離れてこそわかる愛がある。
離れないとわからない愛しかわたしにはないのかもしれない。
あんず。一生愛しているよ。
もしもう会えないんだとしても、愛しているよ…。                                                                                      

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ちまとふたりきり。

辛かった。
きっとあんずもまだ慣れなくて辛い思いをしているだろうと思う。
家人が留守のときにケージ内で動き、フードも食べて水も飲んでトイレも使ったというので、日に日に慣れていくのがわかる。
毎日様子を知らせてもらえることがとてもとてもありがたい。

夕べは辛くて辛くて、死にたい気持ちになってしまった。
なので頓服を4倍飲んで寝逃げしてしまった。

今日も夕方になったら辛くなってきた。
自分が決めたことなのに…。
自分がいけないのに…。

あんずは小さい脳で小さい体でよく頑張ってくれたのに。
わたしが起きると「おあおう、おあおう」と鳴いて寄って来てくれたのに。

わたしが悪い。いつだって誰に対してだってわたしが悪い。
ごめんよあんず。ごめんねちま。
二人は仲が良かったのに引き離してごめんね…。
わたしがいけないんだ。いつだって…。

こんなことで今週から始まる減薬に耐えられるのだろうか。
仕事もしていない。
明日のカウンセリングから始まって、24日までわたしのカレンダーは余白なしだ。

でもそうしていないと辛さが消えない。
あんずもきっと頑張っている。
あんず、ママも頑張るよ。
ちまと二人で頑張るよ。

2010_136ちまは今日はもうあんずを探さなかった。
わたしにいっぱい甘えてきた。
いっぱい抱っこした。
いっぱい舐めてくれた。


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サヨナラあんず。

わけあって、ねこのあんずを手放しました。
知人のところに養女に行きました。
素晴らしく環境のいいおうちで、広くて、床暖房があって、お外を眺めることも出来て、優しい家族のいる家に、あんずは行きました。

わたしは今ふぬけになっています。
何をする気力も湧かず、時々ワッと泣き、ときどき動きます。
何ヶ月も悩んで自分で決めたことだし、あんずはずっと幸せになれるし、知人のところなので毎日様子を教えてもらえるし、お互いのためにこれで良かったんだと思っています。でも…。
貰い受けた責任を全うできなかったことへの自責が強いです。

一番辛いのは、淋しそうなちまを見ること…。

あんずを届けに行って、空っぽになったキャリーバッグを持って帰ってきて床に置くと、初めて一人ぼっちで長いお留守番をしていたちまが飛んできてキャリーバッグを覗き込みました。
匂いを嗅いで、手で触れて、メッシュの窓から中を見て…。

「ちま、あんずもう居ないんだよ。」
そう言ってドッと涙が溢れました。

ちまはあんずを探し続けています。
ゆうべも、今朝も。
玄関に行きドアの角から匂いを嗅ぎ、布団にもぐり、トイレやお風呂まで。
あん、あん、と鳴きながらあんずを探しています。

時々わたしの所に来て見上げて、あん、と鳴きます。

ちま。
ごめんね。
ずっと一緒にいたのに引き離して。
あんずはもう居ないんだよ…。

ちまを抱いてわたしが泣いていると、ちまは涙を舐めてくれました。

しょんぼりと一人で寝ています。
今日はお昼に出したご飯に、夜まで口をつけずにしょんぼりと寝ていました。

あんずの様子は一日に何度もメールで知らせてもらっています。
真新しいケージの中に、持参したぼろぼろのかまくらベッドを設置すると、あんずはその中に篭城しました。
でも、やさしい家族にやがて慣れて甘えることをするでしょう。
先住猫遊ぶこともするでしょう。
きっといっぱい幸せになるでしょう。

呼ぶと必ず返事をしてくれたあんず。
おしゃべりだったあんず。
わたしがキッチンでなにかを作っているとおねだりに来たあんず。
帰宅すると出迎えてくれたあんず…。
もうここにはいません。

ほとんど鳴かないちまとの生活は静寂に満ちています。
10.5畳の部屋がとても広く感じます。
寂しい。あんずが居ないことは寂しい。
でもわたしのせいです。だから寂しいなんて言ってはいけない。

Anzuchima_2009_10gatu_013あんずが幸せになっていく様子を聞きながら、わたしはちまと二人で静かに暮らします。
ごめんねあんず。ごめん…。
いつもちまに優しくしてくれてありがとうね。
いっぱい我慢してくれてありがとうね。
器量のいいあんず。
可愛い声のあんず。
カギしっぽのあんず。

きっと今度は本当にしあわせになれるよ。
サヨナラあんず…。

                                                伽羅moon3
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コメントありがとうございます。

9月に精神状態が悪化してから、怖くてコメント欄を閉じていました。
第1000話に向けてコメントを下さったみなさま、ありがとうございます。
お一人お一人にお返事をさせていただきたいのですが、それができませんことをお許しくださいませ。
じっくり読ませていただき、初期のころから読んでくださっている方・さかのぼって読んでくださった方・毎記事読んでくださっている方、皆さまに感謝の気持ちでいっぱいです。

返事が書けないならコメント欄は閉じておくべきかなと思います。
コメントは嬉しい、でも返事を書く気力までは残っていない…。そんなの勝手ですから。

だからまたコメント欄は閉じると思います。
これから減薬が始まり、その段階でかなり不安定になると思われます。
わたしは書くことでしか整理ができないので、それをブログにぶつけるつもりでいますが、余りにもエゴイスティックな記事に反論や非難が来ることがやはり怖いからです。


わたしはノートパソコンを使っています。
まだ恋人でもなかった現在の夫が、「いろいろ不愉快な思いをさせたお詫びに。」と贈ってくれたものです。それを息子に立ち上げてもらったすぐ後に、かの人が逮捕されるという事件が起きて、このPCは、仕事ではなく、東京拘置所について調べることにまず使われたのでした。

あれから丸6年が経ちます。
大事に使ってきましたが、先日夫が使っていて、あまりの動作の遅さにイラッと来たらしく、シンプルで何もソフトの入っていないノーパソを買ってくれることになりました。
実際見られない画像なども多く、フリーズも多く、電源が落ちないことも多く、世話の焼ける子になっていました。

いまのこのPCには最初からあらゆるソフトが入っていましたが、プリンターを持っていないので使うこともなく、開いたことのないソフトばかりです。
今度は黒いかっこいいPCです。もう夫の手元に来ていて、夫の手でカスタマイズされているところです。
明日は新しいPCからのたどたどしい更新になるかもしれません。


銀の靴・第1000話記念として、またプレゼント企画を考えています。ちょっと遅れていますがやりますので楽しみに待っていてくださいね。

今日はお知らせだけで失礼します。
また、書きます。
いつも読んでくださってありがとうございます。
                                           伽羅moon3

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生き直し疑似体験

朝まで起きていることが好きで、そのくせ明るくなってしまうと罪悪感で焦るので、夜明けが遅い時期が好きだ。
夏は嫌い。4時にはしっかり朝なんだもの。

朝までいろいろやりつつ起きていて、寝て、起きてすぐ支度をしてカウンセリングに行って来た。遅れそうだったが間に合った。

わたしは、すごくいいカウンセラーに出会ったのではないかと思い始めている。
前のカウンセラーさんに死なれて、彼以上のカウンセラーになんて出会えるわけがないと思い、探すこともつてをたどることもしないで一年間頑張ったけれど、どうにも辛くて苦しくて、そんなときにふと目に付いた研究所に電話をしてみた。
そして今のわたしがある。
もちろんすごくお金がかかっているのでまずは夫に感謝。
でも、わたしはとてもラッキーだとしか思えない。

精神病院との連携がある心理研究所の、優れた臨床心理士にカウンセリングしてもらっているのだ。幸せなことだ。

8月から始めたのだが、最初は行って話してもとにかく辛かった。
発作を起こしたこともあれば全身トリハダが立って引かず、カウンセラーにまで伝播したことさえあった。

それが、やっと、笑えるようになってきた。
眉間に皺を寄せているかうつむいているか泣いているかだったのが、冗談を交えて話しながら一緒に笑ったりできるようになったのだ。
半年近く通って、ようやくだ。

自分で思っていたよりも根は深く、フタをした穴だらけで、スイッチは見えないところに隠れており、わたしはずっと手探り状態で来た。
自分ではわからないが、毎週会っているカウンセラーはわたしの変化を感じ取っている。
どうですか?と問われてわからないとき、「先生から見てどう思われますか?」と質問をして話し合うことができるようにもなった。
吐き出すだけのカウンセリングから、相互に会話し探っていき気付いていくカウンセリングに変化してきた。
半年かかるとは思わなかったけれど。

ようやく取り組むべき問題点がわかり始めてきた。そういう段階になった。

今日は話をしてすっきりした感じがあった。気分がよくなった。
話せば話すほど苦しくて、すぐに電車に乗ることができず、買えもしないのにデパ地下をうろついてから帰っていた時期から見ればすごい進歩だ。

これから治療に入る。
減薬が本格的に始まる。
心理テストも来週から始まる。
わたしは嬉しい。そうできる環境にいさせてもらえることが嬉しい。


赤ちゃんが最初に体験する社会は「家庭」である。
家庭を構成する最低人数の3人暮らしだった。父が交替勤務だったので土日は休みではなかったし、単身赴任させられていた時期もあったので、わたしは母の思うようにしつけられた。夜勤の父を起こさないようひっそりとしていなければならない日も多かった。
子供がわたししか居ないから家事手伝いはわたし一人で、一つでもやってないと全否定された。
欲しくて欲しくてやっと飼った犬はたった3年で死んでしまった。
自分の家だとは思えなかった。ここは父と母の家で、わたしは置いてもらっているのだとしか考えられなかった。そう思わせる何かをおそらくは植え込まれて育ったのだろう。

わたしはずっといい子でいなくてはならず、大人しくしていなくてはならず、優等生でなくてはならず、欲しがってはいけなかった。
親二人の顔色を見て育って、相手の機嫌が悪くなれば圧倒的な権力で抑圧され、叩きのめされた。二人がかりで責められたこともあった。逃げ場がどこにもなかった。分かち合う相手もいなかった。過干渉と抑圧から逃げ出すことばかり考えていた。
そんな生育が作り上げたわたしという存在。

カウンセリングは、続けることによって生き直しを体験できるのだと言う。
なんて素晴らしいことだろう。
後悔ばかりで過去の自分が嫌いでしょうがないわたしが、疑似体験とはいえ、生き直すことができるのだ。
本当にありがたい。巡り会わせにも感謝である。
わたしは、記憶のある1歳3ヶ月からをもう一度辿り、生き直しの体験をして認知を変える。
それが、楽になれる唯一の方法であり、薬だけで治せないわたしの大切な治療方法なんだと今日わかった。
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取り乱しスイッチ

昨夜わたしは久しぶりに大泣きした。
自分のことではない。友だちのことだ。
詳しく銀靴を読んでくださっている方にはその相手が誰だかわかるだろうけれど、あえて伏せて書く。

彼女は深刻な身体の病気を抱えている。
それは進行し、命に別状はないとはいえ、いずれ深刻な事態になる。
一年前、それがわかったとき、彼女は泣きも喚きもせず静かに受け止めた。
わたしも、それを尊重して何も進言しなかったし、調べたりして力になろうともしなかった。
彼女がそうしたようにただ静かに受け止めた。

彼女がどんな風になってもわたしが親友であることに変わりはない。
多分、彼女もそう思ってくれているだろうと思う。
周りの人たちは大騒ぎで、いろいろ調べたり、どうにかならないのかと苛立ったり、もっとこうしたらと進言したり質問したり、過剰に親切だったようだった。

それはとても辛かったにちがいない。
受け止めるということは大変な作業なのだ。受け入れて、そしてその上で生き方を考えなくてはならない。
すがる胸を持たない彼女はわたしにですら弱みを見せず、本当に静かに受け止めており、わたしもただ黙っていた。

最近になって、そのことがとてもありがたかったと言われた。
なぜ何も聞かずに黙っていたの?と質問されたが、わたしが同じ立場であったら、やはりあれこれ言われたくないからだ。
最善の策がないかなんて当然自分でも調べられるのだから、それよりも事実を受け入れる心の負荷のほうを案じた。
ずっとそばにいるよ。一緒に生きていくよ、と恋人になら言われて嬉しいだろう言葉を伝えて、わたしは何の質問もせず、調べ物もしなかった。


うつ病になったとき、もちろん自分でもあれこれ調べた。
今の夫もずいぶんいろいろ調べたはずだ。そしてわたしの手を引いて立ち上がらせようとし、背中を押して歩かせようとした。
わたしは、うつ病であると診断されたことで、身体的にはそれまでの不具合の理由付けがなされて納得し、精神的には「そりゃうつ病にもなるわ。」と腑に落ちていた。
やっとこれから患者として治療を受けられるということで、全ての病状を受け入れることに手一杯だった。
そんなときにこうしたらとかああしたらとか言われても、何もできない・やれないのがうつ病だったし、自分がやりたいことですらできない状態だったのだ。
それを、「診断されてからキミはすっかりうつ病っぽくなった。」と言われた。

もちろんそうじゃない。わたしは、本当の自分を受け入れようとしていたのだ。
本当の自分がうつ病のこの自分なのだと、受け入れなければ生きていけないような状態だったのだ。
それでも薬が効くか効かないかのうちに仕事に出て働いた。生きていくために。
一日8時間、週一回の休みだけで。
休み方もまだわからなかった。わからないことだらけのまま働いた。


彼女は不安を抱え、それでも明るくそのことを受け止め日々本当に頑張ってきた。
一年が経ち、検診に行くと症状は悪化しており希望は持てない状況だったが、紹介されて大きな病院で再検査をする機会に恵まれた。
その報告が来て、メールを読んだわたしはひどく取り乱して大泣きしたのだ。

それは悪い報告ではなかった。現状はもちろん芳しくないが、患部に直接に特殊な治療をすることによって、これ以上の悪化を食い止められる可能性があるというものだったのだ。
それは飛び上がって喜んでもいい報告だ。
それは理屈としてわかる。理解できる。
けれどもわたしはその治療の壮絶さに取り乱して泣き出してしまったのだ。

どこかにスイッチが隠れていたらしい。
ここにきてわたしは彼女のこの一年間の苦しさや将来への不安を思い、そしてわたしだったら失神しそうなその治療法を聞いて一気に崩れた。
なんという過酷な…。
可哀相だった。そんなことをしなければならない彼女がかわいそうだった。
もちろんその治療が効を相すれば、そんなめでたいことはない。
すでにずいぶん進行しているので不自由はあれど、これ以上の進行を食い止められるのなら万々歳ではないか。
なのにわたしは表面的にその治療方法に取り乱し、泣きながら立て続けにメールを送って、逆に彼女になだめられた始末である。

今も、想像するだけでわたしは失神しそうだ。
メールのやり取りのあとソラナックスを2錠飲んだくらい取り乱した。
治療の日、着いて行きたいが多分患者を尻目にわたしが失神して大迷惑だろう。
幸いその日は水曜日でわたしはカウンセリングの曜日だから着いて行けない。
よかった。迷惑をかけずに済む。

思えばカウンセリングの日は毎週彼女が「終わった? 大丈夫?」とメールをくれていた。
初期に発作を起こしたことがあって以来心配してくれているのだ。
壊れたところのわたしを見たことがない彼女はわたしの発作をことさら心配してくれている。

幸い別居生活になってからはステーキ肉事件いらい発作は起こしていない。
代わりに我慢すると吐くようになってしまったけれど…。

スイッチってどこにあるかわからない。
わたしは来週から様々な心理テストを受けつつ、診察とカウンセリングで少しでも生きやすくなり、肝臓を守るためにパキシルを減らさなくてはならない。その過程でスイッチの在り処も種類も明らかになってくるかもしれない。
わたしも治療頑張るよ。諦めていないよ。
もう一花、咲かせたいもの。
せっかく生きているんだから、楽しく少しでも健康になりたいもの。
頑張ろうね…。

                                           伽羅moon3
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【第1000話】銀の靴

おかげさまでこのブログ『銀の靴』は、第1000話を迎えました。
始めてから3年半余り。うつ病と診断がついてから4年余が経過しています。

うつ病ブログに移行するまでは、どのカテゴリーに所属したらいいかわからない内容のブログでした。訪れる人も少なく、コメントを下さる人もなく、ただ自分の記録と、書くことによってしか感情を整理できない自分のために書き続けて来ました。

本当に実話?といぶかしんだ読者の方も多かったようです。
一緒に暮らす部屋のカギを不動産屋さんにもらいに行く日に、結婚を約束していたその彼が消えたのですから…。

毎日メールが何往復もし、電話をし、週に一度は会っていた彼。
部屋を探し、とある駅から程近い2階建てアパートの角部屋を借り、いよいよ彼はそこで暮らし、わたしは息子と暮らしている部屋から通う予定でした。
部屋のカギをもらったら一緒に掃除機を買いに行って、わたしは掃除をし、彼は取引先に仕事に行き、週末の記念日にはそのぼろっちい部屋でワインを飲もうねと約束していました。
付き合って丸二年の記念日を迎える幸せな部屋になるはずでした。

ところが、その朝から彼とぷっつり連絡が取れなくなったのです。
メールをしても電話をしても反応がない。
そんな日は…そう、どんな困難な状況のときも何とか彼はメールはくれたのに…そんな日は一日としてありませんでした。
やがて、携帯の電源が落ち、連絡する術を失いました。

何かがあった…。
とてつもない何か大事〔おおごと〕が彼の身に起きている。
潰れそうな心を抱えて、起き上がっていることもできず、わたしは丸くなって一日を過ごしました。
幸せなスタートになるはずだった弥生のつひたち。

翌朝、真っ暗な心を抱えて広げた新聞の社会欄に、わたしは彼の名を見つけたのです。

そこからわたしの戦いの日々が始まりました。

彼は、逮捕されていたのです。
それも、警察にではなく、東京地検特捜部に。
全国紙の社会面に掲載されるような事件でした。

その記事の内容が頭に入るまで何度も読み返しました。
なにか間違っていないか。巻き込まれただけなのではないか。誤解されているだけではないか。
しかし事件はわたしが彼と出会う以前の時期に犯した罪でした。
知らない彼がいる…。

わたしは立ち上がり、着替えて化粧もして、まだ真冬のような3月の街に出かけて行きました。
彼の足跡を探しに。手がかりを求めて。
手には緋色の鞄を持ち、グレーのコートを着て、足には彼が買ってくれた〔銀の靴〕を履いていました。

緋色の鞄・銀の靴。

貧しかったわたしは他に代わりも持たず、その二つを身につけて、彼をこの手に取り戻そうと必死に戦いました。
やがてわたしは精神を病み、体はボロボロになっていきました。

その実話の記録がこの『銀の靴』なのです。

          ++++++++++++++++++++

夕べ仕事の手を置いて、PCを少し眺めているときに、どういうわけかわたしは東京拘置所の航空写真を見ていました。
その写真は少し古くて、拘置所がまだ工事中のものでした。
まさにわたしが面会に通っていた頃の容貌なのです。
緑が全くない荒涼とした広大な敷地に、人を阻むような灰色の冷たい建物がその容積を増しているとき、わたしはまだ雪のちらつく春の初めから梅雨の時期まで、欠かさず東京拘置所に通いました。
航空写真を拡大して見てみると、テレビの中継などがよく行われるあの門から駐車場を抜けて仮の歩道橋を渡り、建物の玄関に至るまで、人影がパラパラと写っていました。

そこに自分が写っているのではないかと、わたしは必死に目をこらしました。
もちろん真上から撮った写真ですから人物の確定は不可能です。
けれど、歩道橋を渡っている髪の長い人物が自分かもしれないという妄想に取り付かれ、わたしは拘置所の金網が張られた屋上をくまなく画面で探し続けました。
彼が写っていやしないかと…。


わたしは、愚かな女でした。誰の目から見ても明らかにバカな女でした。
人を救うなんてそんな大それたこと、できる器でなどありはしないのに、わたしが彼を救う!と信じて聞く耳を持たず、ただひたすらに無理を重ねていたのです。
走り続けた銀の靴はかかとがなくなり銀色もはげてボロボロになりました。

でも、唯一救いがあります。
その時期の自分を、わたしは嫌いではありません。
過去の自分を全て嫌いだと思っているわたしが、その愚かしい馬鹿げた自分を、愛おしく思うのです。
よく頑張ったね。必死だったね。心から信じて頑張ったんだよね…。

小菅の駅から拘置所の門までの遠い道のりを、ボロボロになった銀の靴を履いて走っているわたしを見つけたら、抱きしめてやりたい。
どんなにバカでも愚かでも身の程知らずでも、信じて頑張っていた自分を、唯一わたしは好きだと思えるのです。

           ++++++++++++++++++++

うつ病は思っていたよりも重く根が深く、強迫性障害と適応障害とパニック発作を伴っています。診断から4年余り。発症はいつからかはもうわかりません。典型的な仮面うつだったからです。
今わたしは二度の転院をし、最初のカウンセラーを亡くしたため二人目のカウンセラーにかかっています。
少しでも生きやすくなるために、再婚した夫の庇護のもとで療養をしています。
靴も今はたくさん持っています。
幸せにしています。

刑期を終えたかの人は出所して一人で暮らしているらしいと聞きました。
わたしは発病して逃げたのです。
そして今は生きてきた中で一番幸せに暮らしています。

いまもこのブログには、「拘置所」、「面会」、「刑務所」などのキーワードでたどり着いてくる人がいます。大切な人が逮捕されて苦しんでいる人がたくさんいるのです。
監獄法は改正され、それ以前の話であるこのブログは役には立っていないかもしれません。
犯罪は当人だけでなく、家族や周りの人たちの人生を変えてしまいます。
どうかどなたの上にも希望が灯っていますようにと願うばかりです。

今『銀の靴』はうつ病のブログです。いろんな日常を取り混ぜながらこれからも続きます。
今までありがとうございました。
そして、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

                                            伽羅moon3にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へでっかいバナーで失礼します。よろしくお願いいたします。
本日特別に、コメント欄を開放させていただきます。記念の記事なので、どうか誹謗中傷はご遠慮くださいますようお願いいたします。
昨日は制作室ブログへの応援ありがとうございました。

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それはわたしじゃない。

実家の母は、わたしが年末に仕事をしすぎて体調を崩し、予定通りに帰省できなかったのだと思ったらしかった。
たしかに、武蔵小金井までの1時間半の道のりを通うことや、その合間の制作、カウンセリング、病院、歯医者などいろいろ忙しすぎた。
でもそれだけであんなにひどい壊れ方はしない。
仕事は大好きだし、成果も出せたし、お金もすごくたくさんではないけれど手に入ったから、わたしはとても満たされていたのだから。

「あんたが仕事できるのは嬉しいけど、あんまり無理しんとおき。」
母に言われてわたしはチャンスと思い、少しは話をしてみた。
「わたしな、仕事をして、認められて、結果を出して、褒められたり必要とされたりすることでしか、自分の価値がわからへんのよ。褒められたことなく育ってきたから、自分の長所って全然わからないし、輪郭も見えないの。仕事で褒められるしかないのよ。」
母はちょっと笑って
「時代やなあ。わたしかて親から褒められたことなんかあらへんもん。子供を褒めるなんてしたらあかんことやったからなあ。」
と答えた。もうそんな言葉は聞き飽きた。

「そんなら聞くけど、おかあさんな、わたしを褒められる? おかあさんとって褒めるところがない娘やったんやろ? けなされてばっかりやったもん。」
「そんなことないで。自慢の娘やったよ。」
「嘘や。どこがやの。」
「だーって、勉強はできたし…」
「そんなん違う!」
わたしはさえぎって言った。
「勉強ができるとかは、性格とか人格には何の関係もない! そんなの褒めてることにならへん! わたしが知りたいのは、人として性格的に褒めるところがなかった娘なのか、人としてこういうところが好きという部分がなかったのか、ということなの!」

わたしは息子のことを最愛の魂と思い、彼の性格のよしあしを知った上で、こういうところが好き、というのがある。
母にはわたしに対してそいうことを全く感じないのだろうか。今まで生きてきて一度も。
「そうやなあ、あんたは人のことを悪く言わん子やったなあ。悪口言うてるの聞いた覚えがないな。それと、人が嫌がることをわざわざ言うたりせん子やったわ。何かを欲しがって無理をいうこともなかったし。そこがいいところやなあと思ってたで。」

わたしは人生で初めて、母から、母の思うわたしの長所というものを聞きだすことに成功した。それは画期的なことだった。

残念ながら半分は当たっていて半分は当たっていない。
母もやはり、ごく表面的なわたししか知らないということがわかった。
つまり、わたしは子供の頃からすでに、母の前でも鎧を着ていたということになる。
それが主観だけでなく実証されたのだ。

わたしだって人を悪く言う。別れた夫やその親のことなんか今だってボロクソに言ってみせる。一日中言ってやる。
ただ、母に言わなかっただけなのだ。
同情してくれるわけがなし、相談にのってくれる母じゃなし。
人を悪く言っているときの人が、最も醜い。
それを知ってからわたしはあまり言わないようにした。

それらは深く深く沈められている。
本人を前にしてののしり、相手がそれを認めない限り治まりのつかないとてつもない怒りが、わたしの奥底に横たわっている。
だからわたしは過去の自分を全て嫌いなのだ。
親しくしていたり、お世話になった人のことを嫌いだと思う自分が恥ずかしくて口にできない。そしてそれはそのまま自分への嫌悪にすり替わる。

人が嫌がることをわざわざ言うのは母だった。
生きてきた中で、わたしをもっとも傷つけてきたのは母である。
傷が血を流してズキズキ傷むのに、その傷口を開いて広げて塩どころか唐辛子を塗りこむのがわたしにとっての母という人だ。
だからわたしは黙って内緒で離婚をした。

外面が良くてとてもいい人。父には従順な母。はけ口はわたし一人。罵り、蔑み、抑え付け、けなし続けた。わたしは一人で泣いていた。
そんな母を見ていて、わたしが覚えたのは本心を隠して相手に合わせるという技だった。
嫌われないために、嫌なことを言わない。
それは接客業で業績をあげたが、同時にわたしの精神を蝕んだ。
わたしは、言わなかっただけ。人を傷つける言葉なんていくらでも持っている。

けれど自分が過剰に傷つきやすいから、言葉が暴力であり凶器になることを良く知っている。だから使わない。自分が去るか逃げるかをして、感情は溜め込んでおく。
それを長い間してきてうつ病になった。

欲しい物なんていくらでもあった。リカちゃんだけでなくいずみちゃんもワタルくんも持っていたひろみちゃんのことが羨ましかった。お雛さまだって欲しかった。
でも言って撥ね付けられることの辛さは、持っていない辛さのはるか上を行く。
それを知っていたからねだらなかった。我慢していただけなのだ。
高校に入ったときだって本当は新しい鞄やコートが欲しかった。いとこからのお下がりで我慢したのは、「金食い虫!」と罵られることを避けたかったから。いい子のフリをしたかったから。

母が褒めたわたしは、本物のわたしじゃない。
それはわたしじゃない。
母はわたしを見ていない。何も知らない。
母がボケて徘徊でもしない限りわたしは本性を母に見せることはないだろう。

わたしは物心ついたころから適応障害だったに違いない。
今、そう気がついた。
                                            伽羅moon3にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へいつも応援clearありがとうございます。感謝ですbud

あのう…制作室ブログのほうがですね、下がりすぎて行方不明なんですbearingすみませんが、お嫌でなければ行って読んで、クリックお願いできると助かりますです…heart04 よろしくお願いします。
こちらです→http://stoneparfait.blog41.fc2.com/

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激しい排他反応。

親孝行も終えて夜の新幹線に乗り込み、夜中日付が変わる頃に部屋に帰って来た。
ねこたちが愛おしい。
この部屋が愛おしい。
わたしはこの日常を何よりも愛おしいと思う。

早速新年もフル回転で始動。
5日はカウンセリングだった。

カウンセラーはわたしが年末年始に吐き下した理由を診断した。
カウンセラーは医者ではない。
けれども、医者には決してわかり得ない理由を彼女は確信的に言い当てた。
胃腸風邪?と一瞬思っていたのだけれど、わたしは彼女の診断に納得した。
なんという激しい排他反応なんだろう。

もはや演じることが不可能な自分になっているのに、頑張って演じたり、そうしようとしたりすると、心の中に溜まって腐敗し容積を増した醜い感情はその行き場を失い、実在の体に排出することを強要する。
わたしは自分が一本の管になったのかと思うくらいに激しく吐き下した。
そしてほとんど何も食べたくなかった。

それは、欲しくないのに詰め込まれてしまった物への嫌悪。
そうと言えずに苦しんでいる間に感情は腐敗し発酵し容積を増して膨大な量となり排出された。
体が苦しい間は感情の苦しさを忘れていられる。具合が悪ければ眠って現実から逃避していられる。

実に、本音を伝えた日にわたしは回復をした。何もかもがぴたりと止まって、食べていない身体が少しふらつく程度でしかなくなった。

精神と体の強力な密着。
鎧もクッションも無くしたわたしは、自らの正直な感情に気がついてしまうとそれを隠したくて必死になる。それは醜いから。
けれど脳は指令をくだす。排出させろと。
言葉を口にしないわたしは体で排出させられた。

言ってしまってすっきりするわけでは決してない。
そこまで行ってしまうまえにどうしてもっとやんわりと制したり逃げたりできないのだろうか。
わたしは相手の話を必死に聞く。そして脳内がいっぱいになる。自分の役割を演じることで自分を縛り付ける。その実帰ってきてねこを抱いて号泣するほど理不尽に苦しい。
わたしはもう、演ずることができないのだ。

このカウンセラーはプロ中のプロだ。わたしはそう思った。
わたしの排出を、心理的なものであると自信を持って診断した。
これからやる、数々の心理テストをまとめ上げてわたしという人物を暴いてくれるのも心理療法士である彼女の仕事だ。

新年最初のカウンセリングでわたしはかなりすっきりした。
帰りにデパートのセールで、帽子と手袋を買って嬉しかった。
親にも息子にもお年玉をあげられたから、これはわたしのお年玉。

さて、今日は起きたら運転免許証の更新に行かなくちゃ。
明日は歯医者だし、仕事は待ち構えているし、年賀状まだ半分しか出していないし…。
忙しすぎる…。

でも息子と一晩一緒に過ごせてパワーはチャージできた。部屋はものすごい散らかっているけれど、頑張るよ。

今年もよろしくお願いいたします。
                                            伽羅moon3にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ稼動し始めたわたしに応援clearをお願いいたしますtulip

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いたく反省

元日の夜にほぼ復調したわたしは、2日の日に帰省できないかと考えて夫に呟いた。
明日行けたら、3日には帰京してしまう息子と一晩だけど一緒に過ごせるなあ…と。
帰省の目的は親に顔を見せるだけでなく、息子と日常を共有して同じ部屋で眠れることに楽しみがある。
いくらお互い都内に住み、時間の都合が付けば会えるとはいえ、こたつで一緒にテレビを見たり一緒に眠ったりすることは同時期に帰省していないともう叶わないことで、正直わたしは親に会うことは義務であり役割であるのに対し、息子に会うことは喜びだからである。

2日の朝夫が「どうする?行くの?」と起こしに来てくれた。前夜にぎり寿司3貫を食べてわたしのお腹は賑やかな音を立てていたが、吐き下しは止まっていた。
「…行く。」とわたしは答えた。用事も仕事も詰まっている。この時期に行ってしまうのが一番いいのだ。一晩だけでも息子と過ごせるという喜びはわたしを起動させるに充分だった。
夫はすぐさまPCで新幹線の時間を調べて切符を手配してくれた。わたしは鞄を引っ張り出して支度をし始めた。
用意が出来ると夫はわたしの手を引いて品川まで連れて行ってくれた。病み上がりの体ではあはあしながらわたしは新幹線に滑り込みで乗り込んだ。

少し遠いがこだまが停車する駅まで父に車で迎えに来てもらった。降りていくと、立派に青年になった息子と立派なおじいさんになっている父が待っていてくれた。

わたしが来れないと知って母は泣き出し、息子のいる部屋でさめざめと泣いたそうだ。父も息子も励ましようがなく困ったという。なんの気力も無くした母が、わたしが来るとわかり生気を取り戻し、家で待っている。わたしは息子に会えた嬉しさで手に触れ髪に触れ、幸せを味わった。

幸いに新幹線の中でも気分が悪くなることはなく、帰省しても普通食で大丈夫だった。歓迎され大事にされ母は一年ぶりに会う娘に涙ぐんでいた。

行くからとメールした時に息子はわたしの体と精神を気遣って、無理しないほうがいいよと返事をしてきたが、来て良かった。母は素直に喜んでくれて色々話した。息子とも一晩だけだが一緒の部屋に布団を敷き、愛おしい寝息を聞きながら泣いているうちにわたしは眠った。

今日は和箪笥を開けて着物の整理をした。母は長年の気掛かりがなくなったと喜んだ。

わたしはいたく反省した。今年はちゃんと夏にも帰省しよう。母を泣かせてはいけない。そうしみじみ反省した。
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『愛の握り寿司』

元日の夜になって、ようやく起き上がれるようになった。
吐き気がなくなったので、ちょっと何かを食べたい気持ちが湧いてパンをかじっていると夫が来て、母屋からなにか運ぼうか?と言ってくれる。
お米が食べたいけれど、また吐いたり下したりが怖いし…。
別になにも要らない、と言うと、夫はまたりんごをすりおろしてジュースを作っていってくれた。100%で目の前で絞りたてのおいしいりんごジュース。

しばらくして駆け上がってくる足音がしてなんだろうと思ったら、夫が皿を一枚持っていた。
「はいこれ。差し入れ。」
見ると、わたしの好きなネタが乗ったお寿司が三貫…。
ネタによって大きさもバラバラでころころのお寿司だ。
「出ちゃってもいいから少し食べなよ。」
「これ…握ってくれたの?」
「うん、オレが握った。じゃあな。」
そういってまたドンドンと階段を下りていった。

不恰好な握り寿司…。
でも、やられた。ツボにハマってわたしは涙ぐんだ。
嬉しい。お寿司食べたかった。握ってきてくれたんだ、わざわざ…。

お醤油を持ってきて食べようとすると、お刺身大好き!のあんずはめざとい。
足元にやってきてみゃうみゃう言う。
マグロと、ブリと、ホタテ。わたしの大好きなネタ。
あんずちゃんも大好きなネタ。
ブリは血合いのところを、マグロとホタテは端っこを少しずつあんずにおすそ分け。
久しぶりのナマモノにあんずは大興奮。

そこで写真を撮ったので端っこがちぎられたネタのお寿司ですが、愛情で握られたこれがそのお寿司です。
110101_19170001夫、料理人の息子でございます。

幸い、おなかは大騒ぎしてすごい音を立てていましたが、今のところ吐き下しはしておりません。
このまま治まってくれるといいなあ。
仕事をして、それを発送したら実家に行ってこよう。
母を泣かせたことが引っかかっていてそれをクリアしないと進めないのだ。

帰省しなかったおかげで、ずっと毎日留守ばかりしていたわたしが、寝ている(か、トイレにこもっている)とはいえ部屋にずっといて、猫たちは甘えっこになり安定している。凶暴なあんずも超甘えっこのワガママにゃんこに変身。要求の多いこと。
久しぶりにちまをゆっくり抱いてみると、ふわふわの度合いがすごくなっていて、もふもふちまちゃんになっている。ちゃんと冬支度が進行していたんだね。

今夜はすこしだけ年賀状が書けた。夫が作ってくれてあったのに宛名を書いてひとこと添えるだけだけれども。

今夜のこのお寿司はとても美味しかった。歴史に残るお寿司です。
さて、新年になってようやく上半身も着替えて顔を洗うこともできました。やっとです。
寝て寝て、排出排出したせいか、お肌がつるつるになっていました。
デトックスできちゃった?
ではもう寝ましょう。おやすみなさい。
                                            伽羅moon3にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へおかげさまで回復してきました。よろしくお願いいたしますfuji

うちの天使ちゃんたち。 くりくりお目目のちまちゃんと、寝たふりのカメラ嫌いあんずちゃん。
110102_01330001 110101_21300001

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ひとりと二匹の年越し

ねこたちと、静かな何もない年越しをした。

本当だったら実家のコタツで息子とテレビを観ていただろうに。
わたしはひどく体調を崩してトイレへの往復に暇(いとま)がない。

体は水分ばかり欲しがる。
夫がホットポカリやりんごのすりおろしジュースを作ってくれた。
洗濯もしてくれた。
早めの時間に年越し蕎麦を作って食べさせてくれた。
なんとか吐くことなく治まってくれたようだ。
トイレ通いは続くけれど。

わたしが寝ているとはいえ、ずっと部屋にいることなどここしばらくなかったので、ねこたちはくつろぎ安心し、あまえたりワガママを言ったりしてくる。
わたしも、布団に座ってねこたちが追いかけごっこをして遊んでいるすがたをじっくりながめて笑ったりした。こんなこと本当に久しぶり。

具合が悪くならない限り止まれないわたし。
突っ走ってきた一年だったけれども、12月はハードすぎた。
もう少し、病気を治療することに心を注がなくては。
新年から減薬とともにたくさんの心理テストが待っている。

睡眠薬をはずしているので眠りが浅く断続的で、夢ばかり見る。
年越しの瞬間は起きていたがそのあと眠って、気持ち悪くて起きた。
なのでこんな時間。吐かずに済んだので良かった。

母を泣かせてしまったのは辛く、自分も息子に会うことをとても楽しみにしていたのが叶わなくなり泣いたけれど、この体調では行けなかった。
行けたとしても雪の降る夜、零下のトイレも辛いだろうし。

すぐさま行けるようトイレの電気は点けたまま、引き戸もあけたまま暖房している。
アパートでの一人と二匹の暮らしに感謝する。
下すのは仕方がないけれど、吐くことは逆行でありわたしは嫌悪感を持っている。
体もだけれど精神的にもぐったりしてしまう。

今はなにもインプットできない。
何にも考えられない。
結婚して最初の年末年始もわたしは精神的プレッシャーから寝込んでいた。
そのときの夫は冷たかった。
家の行事が優先だし、戦力になるどころか足を引っ張る妻を疎ましく思ったのだ。
なんで実家に帰らなかったのと言われ、次の年末には帰省した。
今年もそうするはずだったがまた夫に世話をかけてしまった。
よく世話をしてくれて感謝する。

ねこたちは幸せそうにしている。
その姿を見ると幸せな気持ちになる。
そんな新年のスタートです。
                                            伽羅moon3

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