« 2010年8月 | トップページ | 2010年10月 »

2010年9月

侵入者

わたしは自分の心や自分の場所に侵入されることを嫌う。
時に激しく拒絶し攻撃をすることもある。
ものの貸し借りも嫌いである。
(あげたりもらったりすることは好きなのに。)
自分の持ち物を勝手に触られることに怒りを感じる。
やり方を押し付けられることも我慢ならない。(働いている場合はもちろん別。)
監視され管理されることに耐えられない。


夫と言う人は平気で土足で踏み込んで来る人だった。
結婚前はどれだけわたしを怒らせたか枚挙に暇がない。
あなたに言われる筋合いはない!とわたしは激しく怒り、攻撃した。
けれど夫は拒絶しても拒否しても次々と新しいアドレスを取得してメールをしてまた踏み込んできた。
要らないと断っても職場にまで持ってくるしつこさを持っていた。

そういう人と結婚して…
道具は勝手に使われ携帯を何度も盗み見られ生活の仕方を管理しようとされた。

わたしは…
結婚前みたいに怒らないで我慢するようになった。
言いたいことをバンバン言わなくなった。
衝突しても逃げ場がないからだ。毎日顔を合わせるからだ。
本来平和主義のわたしは衝突は好まない。
結婚前に強く反発できたのは、結婚する気などなかった時代のことだ。
この結婚はわたしの最後の居場所なんだと思って言わなくなった。

結婚してわたしはお荷物になった。
働いて稼ぐこともせず、かといって姑に成り代わって家事を担当することもせず、ひっそりと部屋にいた。
居る価値なんてなかった。
だからしたくないセックスにいつも応じた。それしか役割を果たせることがないと思っていたからだ。

断りたいことだって多々あった。
けれど断っても無駄だった。
わたしは断ることをしなくなった。
本心はどうでも、とにかく日々平穏に過ごしていければいい。それが願いだったし、立場的に断ってはいけないのだと思い込んでいた。

今日、カウンセリングだった。
断ったときの夫の言葉をカウンセラーに一つ紹介し、それは世間的にどうなのかをたずねてみた。
彼女はかなり躊躇していたが、こう応えた。
それは、暴力です。と。

わたしにはわからなかったのだ。夫に言われたことが世の中の標準なのか、わたしが我慢して然りのことなのか。
それとも怒っていいことなのか。
もうそういう判断すらできないくらい感覚が麻痺していた。

人格を踏みにじることです。カウンセラーはそう言った。
そうか…そうなのか…。
そのときのわたしは自分の人格を主張する手立てすら持たなかった。
養っていただいている・家事をちゃんと出来ていないという引け目と卑屈感が、正常な判断力を奪い、平穏を望む余り、すべてにフタをしてやりすごして来てしまった。

喧嘩なんて出来なかった。
喧嘩できる対等な位置にわたしは立っていない。
わたしは稼いでおらず家事もできておらず、役立たずのお荷物なのに、反論はおろか対等に喧嘩なんて出来るわけがなかった。

自分の価値がわからない。
特に夫にとっての妻としての価値があるとは思えない。
少しでも妻として役に立てるよう我慢を重ねて来たけれど、もうそれもできなくなった。
夫が望む妻の理想に当てはまる箇所なんてひとつもない。

カウンセリングを終えてわたしはすぐに帰って来た。
ひどく具合が悪かった。
脱ぎ捨てて着替えて眠った。

睡眠薬を使わない眠りは悪夢ばかりである。
わたしの住むところに次々と侵入者が来る夢を繰り返し繰り返し見た。
人間には殺虫剤を、その缶が空になるまで吹きかけた。
野良犬には水圧を高くしたホースで溺れるほど水を浴びせて撃退した。
野良犬は次から次へと侵入してくる。
「いやあ~っ!」
そう叫んで目が覚めた。

夫から「カウンセリングお疲れさま。」という優しいメールが来ていた。

わたしは苦しい。苦しい。
今のこの生活を幸せだと思うと、次の瞬間、「それは誰のおかげなの?」という声がする。
「それは誰の我慢の上に成り立っている幸せなの?」
「一人で幸せでいいと思ってるの?」

苦しいカウンセリングはまだ始まったばかりです。
楽になるのは何ヶ月先でしょうか。
                                             伽羅moon3

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へみなさまいつも応援clearclearありがとうございます。感謝ですapple

|

さんにんぐらし

障害者手帳をもらいに役所に行って来れた。
本当は都営の無料パスの申請にも行きたかったのだけれど、一日に二つの用事を入れないよう気をつけているので、またにすることにして、駅ビルで本屋や文房具屋などを久しぶりに見た。

帰ってきたら疲れて疲れて寝てしまった。
そのまま何度か起きるものの断続的に寝て、夜中になってしまった。

目が覚めるたびにトイレに行くのだけれど、そのたびにいちいちねこたちが着いて来る。(トイレはオープン。)
最近はあんずが先にやってきて撫でて欲しいという顔をするし、頭を撫でさせてくれるようになった。それからちまがやって来て、ふたりは鼻チョン挨拶を交わし、ちまを大好きなあんずはちまを愛おしそうに舐めてやる。
ちまは知らん振りをしてすりぬけてわたしの足元にやってきて撫でろという。
その一連が終わらないと立ち上がれない。
わたしが立ち上がるとふたりはもつれあって部屋に戻り、しばし追いかけっこをして遊ぶ。

さんにんぐらしになってわたしがするようになったこと。
ただぼーーっと座っていたり寝転んでいたりすること。
そうしているとふたりはわたしのそばに寄ってきて思い思いの行動をする。
自分から寄ってくるなんてことがなかったあんずも、ふとんの上まで来て、わたしを嗅いだりちょっと舐めたりするようになった。
ちまは相変わらずぴったりくっついて寝てくれる。

ふたりきりだとお互いのことが気になりすぎてしまう暮らしも、さんにんというのはバランスがいい。
しどけなく寝転んで無言でぼんやりしている。
ねこと同じように暮らして、ああ、わたし休んでいる、と思う。

患者であることを忘れ忘れられ、普通の暮らしをすべきと求め求められ、無理がたたって故障した。ポンコツがさらに故障したのだからメンテナンスは大変だ。
だけど、うつ病だと診断されてハイそうですかでは休みましょう、となれる人なんていない。
だいたい休み方を知らないような人がうつ病になるのだもの。
気ばかり焦って心を休ませることなんてできない。

4年たって、悪化したり病名が増えたりしてようやく、わたしは休まざるを得ない状況になった。なんとか頑張れると思っていたのだが、頑張ってはいけないことになかなか自分も回りも納得しなかった。
こうしていろんな関わりを絶って、罪悪感は苦しいけれども、そうしないと休めないということがやっとわかった。
夫や母は納得できないまま不満を抱え込んでいるだろうが、わたしは今度こそもう頑張れない。

ぜんぜんきちんと暮らしていない。泣きながらゴミ出しをしている。
散らかっていて美しい暮らしには程遠い。
けれど最低限やれることをやれる日にやって、快適に暮らせている。
ねばならない・べき思考から解放されつつあるのだ。

なーんにもしない時間を持つ。
自分を甘やかす。
誰とも関わらない。役割を放棄する。
ねこと同じリズムで暮らす。
それが今精神の療養になっている。
褒められた生き方ではないことはわかるが、頑張ったってどのみち褒められないんだから同じこと。

さんにんぐらしでだらだらとわたしは休む。
ねこたちが愛おしそうに自分のからだを毛づくろいするかのように、わたしも心を繭のなかで休ませる。

                                             伽羅moon3にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へいつも応援clearclearありがとうございます。よろしくお願いしますconfident

|

ノックアウト…。

起きたら、障害者手帳をもらいに役所に行くつもりをしていたけれど、激うつで断念。
アモキサンとユーパンを飲むが、効かずに激しく辛い。

思いあまってもう一回分飲んだら撃沈してしまった。

用法容量は守りましょう。
と言いたいところだけれど、うつの苦しさから逃れるには薬と寝逃げしかない。

次に起きたら夜だし。
ああ、なにかまともな食事がしたいなあ。
炊きたてごはんに具沢山のお味噌汁に西京焼き、みたいな食事がしたい。
でも今日はカップうどん。

食べたら速攻お腹が壊れた。

ああもう、完全ノックアウトな気分。

一人でいることを寂しく感じることはないけれども、今日はわびしいなあ。
ちゃんとした食事をとらないと、人はやさぐれるんですね。
でも自分で作るしかないし、作れるくらいなら苦労はないし。
あらためて食事の重要性を知りました。

明日は役所に行きたい。都営の無料パスを早く手に入れないと病院に行くときの交通費がかなり高いから痛いもの。生活直撃だから。
行けるかなあ役所…。すごく苦手なんだよね…。
またバスに乗り間違えないよう今度は気をつけよう。

力が出ない…。ううう(泣)。洗濯しなきゃー。
                                             伽羅moon3

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ皆さんの応援が心の支えです。いつもclearclearありがとうございますclover

|

つらい…。

夜が明けるのが遅くなった。
明るくなるのを待って大雨の中ゴミ捨てに行った。

できた。
捨てられた。
おっけー。

戻ってきて泣いてしまった。
つらい。
健常な人にはわからないだろう。
ゴミ捨てつらい。
ソラナックスを飲みました。

ゴミがなるべく出ない生活がんばろう。

どっちにしても強迫観念に襲われてしまうけど…。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ

|

寝ながら笑っていた。

昨日はふうちゃんと一緒にアートフリマに出展した。
ふうちゃんが笑顔でいてうれしかった。
本当は一緒に飲んで帰りたかったけれど、前の夜少ししか寝てなくて失神しそうに眠かったので、駅で別れて帰った。

どうやって寝たか記憶があいまい。
いったんうつ伏せでそこらに寝てしまい、途中起きてちゃんと着替えて薬も飲んで寝なおしたらしい。
その時間がまだ10時台だったように思う。
今朝は5時くらいから断続的に目が覚めて、ちまやあんずがそばにいたり二匹で遊んでいたりするのをうっすら見たりしながらとろとろ眠って、9時に起きた。

気持ちがいい目覚めだった。
だいたい起きたときは鬱なので、気持ちがいい目覚めなんて年に何回あるだろうか。
ねこたちの世話をして、ホットコーヒーを飲んで、パンを食べて、メールチェックなどして、そのあとごろごろした。
本当にゴロゴロと回ってみたりした。
窓を開けて風を通し、心地よい空気にひたりながらわたしはまた眠った。
次は自分の笑い声で目が覚めた。
気持ちが良かった。
何の夢を見ていたんだろう、すごくおかしかったのだ。
子供のころ吉本新喜劇を観て笑っていたような、明るい無邪気な笑いだった。
起きてフルーツグラノーラを食べて、またゴロゴロとした。
体と脳が休息を欲しがっている。

昨日は疲れて眠くて、お客さまへの声かけとかにも疲れて、キャパをオーバーしてて、泣きながら帰って来たのだ。
息子に会いたい。会いたい。会いたいよう…。
そして帰宅してちまを撫でながら寝てしまったのだっけ…。

思えば少女の頃からわたしは大役を果たしたあと、必ず泣いていた。
みんななんでわたしが泣くのかわからないでいた。
わたしにもわからなかった。
あれは自分の容量を遥かに超える大役をやり終えて、疲弊した脳が泣いていたのかもしれない。悲しいとか、嬉しいとか、そういう感情ではなくただ泣けたっけ。

ちっちゃな器なのに頑張って無理してた。
嫌・無理が言えなかった。

これからは言わないと自分が壊れる。
でも嫌って言っても無理って言ってもまた聞き届けてもらえなかったら…?

…今は考えないでおこう。脳と心を休ませてあげなくては…。

午後、ゴロゴロしながらさらにまたわたしは眠った。
溶けそうなくらい眠り続けた。

おかげで気力は回復し、自分の夕飯を2品も作って食べた。
また今夜から頑張ろう。

二度目の障害者手帳が交付されました。苦手な役所に取りに行かなくちゃ…。

                                           伽羅moon3

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へみなさまいつも応援clearclearありがとうございます。嬉しいですtulip

|

ゴミ出し恐怖症

わたしの強迫性障害は軽いほうで、ユーパンという薬で抑えてある。
でも生理前や低気圧前は抑えくれなくて怖くて泣く。
夢にまで出てきて叫んだ自分の声でビックリして起きる。
もうそういう恐怖からは解放されたんだよと言い聞かせても怖い。

今一番強いのはゴミ出し恐怖症だ。

洗濯は、できる。洗い物も時々料理もできる。掃除もやれば出来るということがわかったし、押入れから掃除機を出して部屋の隅の見えるところに出しただけで、「いつか掃除できる。」と思えるようになった。
アイロンかけはなくなった。
でも自分でやらなくてはならないゴミ出しが苦痛で怖くて仕方がない。

燃えるゴミは生ゴミが臭くなるので捨てなければならない。溜めてはいけないと夫に言われた。週に2回。もちろんたいした量は出ないけれど、捨てなくてはいけないという強迫観念が押し寄せて来て、まあいいか、とは思えなくて苦しい。

再生ゴミはビンと缶とアルミ缶とペットボトルと食品トレーと紙パックとをこまかく分けて、出せた。これも量が少ないから月に2回で大丈夫だと思う。
古いカタログを縛って出したい。紙類も出したいけれど、恥ずかしいことにわたしは縛れない。でもそんなこと言ってられないからどうにかして出さなきゃ…。

ゴミ出しするときは絶対に人に会いたくない。特に家人には会うわけにはいかない。
だから夜が明けると同時に出さないといけない。
つまり、朝まで寝れない。
ただ早朝にゴミを出すそのためだけに、頑張って起きている。

夕べはカウンセリングで精神的にも疲れていたし暑かったせいで体も疲れたから早寝するつもりだった。
木曜が燃えるゴミの日だったけれど、一回パスしても平気かな…と考えようとして、寝る支度をした。

ダメだった。
ゴミ出さなきゃ、ゴミ出さなきゃ、とぐるぐるし出してわたしはとうとう泣き出した。
声を上げてわんわん泣いた。
バカみたいだ、わたしはおかしい、たかがゴミ出しに縛られてなんで泣いてるの!って思いながら泣いた。
情けない…自分で自分を縛り付けてしまう障害。
なんでわたしこんなにおかしくなってしまったんだろう。なんでなのよ、と泣いた。

結局朝まで頑張って起きていた。
空が明るくなってきたのを確認してから速攻捨てに行き、入念にネットをかぶせて、めちゃくちゃ手を洗って、疲れ果てて寝た。

今日は一日起きられなかった。
外はすごい雨。肌寒い。制作日和なのにひたすら寝ていた。
そして迫られる夢や逃げる夢や人を埋める夢まで見てそのたびに泣いたり叫んだりして目が覚める。でも起きていられなくてまた眠る。

月曜日までゴミ出しがない。ほっと一息。
ああ、自分で自分に疲れるよ…。
どれか一つでもいいから治らないかなあ…。

                                           伽羅moon3にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へいつも応援clearclearありがとうございます。うれしいですtulip

|

感情は太い針

わたしの中で、今もっとも優先順位の高いのがカウンセリング。
通えば通った分だけ楽になれるはず。
けれど、狭い産道を産まれ出るかのように苦しみを伴う。
自分の最も汚い部分と向き合わざるを得なくなる。
それを無くすことが目的ではない。
そういう部分を持っていることを自覚し、受け入れ、認めてやるのだ。


今日はカウンセリングの終わり頃に発作になってしまった。
吐き出している事柄や言葉は自分のものなのにまるで太い針のようで、胸の真ん中から喉元にかけてひどく痛みを伴った。
本当に痛むのだ。
痛みの余り、声が出なくなりひゅうっと音がしていつもの発作になってしまった。

吐き出すことはとても痛い。埋めた感情が土に返って養分になってくれればいいのに、醜い感情はいつまでも消えずにそこにある。
ただフタをしただけだから。自分の中で何も解決がなされてないから消えてくれない。
フタを押し上げて出て来てしまった感情を吐き出すと、激しく痛い。
なぜなら、そんな自分が嫌いだから。
恥ずかしいから。
感情的な自分をみっともないと思うから。


感情的で攻撃的な母を見て育って、その感情に振り回され、押さえつけられ、殴られ斬られ、ズタズタになったわたしは、母のような感情的な人間にはなるまいと強く思うようになった。大人になってからである。
だからいくらカウンセリングとはいえ、一方的な自分の感情を吐いていると、そんな自分が醜くて嫌いで恥ずかしい。
人のことをどうこう言えるほど出来のいいタマかよ!と思う。
所詮許せない自分は、自分を傷つけた相手と同じレベルでしかないのだ。
足りない足りないと思っているのは夫ではなく、わたしも同レベルなのだ。

息子に会って…愛おしくて可愛くて、頑張ってて偉いって思うと同時に、どうしても夫の子供たちと比較してしまう。
わたしの息子は18歳で就職し、月々5万をわたしに渡してくれていた。
わたしの結婚をいいチャンスと言い、22歳で自立した。戸籍上も一人。世帯主である。
自分の給料だけで生活をしている。家賃を払い光熱費を払い人付き合いをし、自炊をしている。もちろん洗濯も掃除も自分でやる。涼しくなったら節約のために弁当を作って持っていくそうだ。
金銭的に頼ってきたことは一度もなく、ものをねだることもない。むしろわたしが息子に借金をしたままだ。いつか返してくれればそれでいいよと言ってくれている。

それが普通といえば普通なのか…。

けれどつい夫の子供たち(もちろん全員大人。)と比べてしまう。
生活を背負っているわけでなく光熱費や食費を節約しているでもなく。
母親を失った不憫な子供たちなんだよと夫も姑も言うけれど。

苦労をかけた、いっぱい我慢をさせた、どこにも連れて行ってやれなかった。
だから今、少しでも埋め合わせたい。それはもちろん息子のためにではない。わたしが思い詰めているほど息子は覚えていないから。
何よりもあの子の魂のレベルが高いと感じるのは、人を許す心を持っているところだ。わたしは、息子に許されている。恨まれていない。
なんとありがたいことだろう。なんと尊いことだろう。
美味しいものを食べさせてやりたい。一緒にそれを楽しみたい。
それくらいいいよね? 月に一回しか会わないんだもの。いつまでこうして会えるかわからないんだもの。それくらいいいでしょ?

寄り添って生きてきたたった一人の息子なんです、苦労かけたりいっぱい我慢させたんです。不自由させたんです。だから出来るだけのことを今してやりたい…。
わたしはそう言って泣いた。


夫は息子の引越しをやってくれました。
3回食事に連れて行ってくれました。
失業中には一度お小遣いをくれました。

それなのに尚恨みに思っている自分の感情は太い針となって胸や喉を突き刺しながら吐かれて行き、その醜さと痛みで発作を起こした。

醜い自分!


余り引っ張り出しすぎると大変なことになるので、フタを押し上げて出てきてしまった分を毎回こまめに処理して行きましょう。でもそんなにフタだらけで苦しいですね、とカウンセラーは言ってくれた。

それでもわたしは一週間の内に掃除機もかけられたしゴミ出しも出来た。
今まで夫が、働いているのにやってきてくれたことだ。
ありがたいことだったなあと素直に思えたことも話した。
下がってばかりでもない。少しは前進もする。

半歩すすんで5歩下がる、ぐらいで今はとても苦しい。
でもいまこれをやらないと駄目になる。
カウンセリングはまた、来週です。
                                            伽羅moon3

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へいつも応援clearclearありがとうございます。感謝ですconfident

|

そうだよわたしのせいだよ

うつ病になってもう何年目だっけ…。
…丸4年になろうとしている。
このブログは3年半続いている。

うつ病になって初めて自分と向き合って、本当の自分がいかに弱く小さいかを知った。
カウンセリングとは自分をまず知ることだった。
なのに、様々な思考の癖は抜けようとしない。
それが、病気が治っていないということでいいのか、それともカウンセリングを中断することを何度もしていたから効果が出ていないのかわからない。

感情にフタをして、その上に重石をして、気が付かないフリをする----。
これがなんとかならないものだろうかと思う。

フタをしようが重石をしようが、感情が無くなるわけはない。
そこにあり続けるのだ。
マンホールだらけの狭い裏路地みたいなわたしの精神は、地雷だらけでもある。
フタを踏み抜かれる場合もあるし、押し込めていた感情がなにかの拍子にもっこり出てきてしまうこともある。

夕べは仕事をしていて、作った原稿を朝送ってホッと一息ついた。
これでしばらくは締め切りから解放される。
シャワーを浴びて、睡眠薬を飲んだ。

睡眠薬を飲むと、いわゆる「タガがゆるむ」状態になる。
その時間がわたしにとっては『逢う魔が時』である。
素の自分になるのだろう。嫌がるあんずを抱きしめて酷く引っかかれたりするのもこの時が多い。

昨日の朝は、仕事をするために乗せておいた重石がひょいっと外れ、中を見てしまったのだ。
血まみれの感情が噴出してきた。
ああ、やばい、どうしよう、発作になりたくない!

とりあえずお腹が壊れた。
ちょうどZから朝のメールが来て、わたしはまた彼女にすがってしまった。


息子とデートの夜。
ねこたちに会いたいでしょうから留守中よかったらどうぞ、と夫に入室を勧めた。
わたしが出かけたあと夫はアパートに来てねこたちに会った。
悲しくて涙が出て遊んでやれなかったとメールが来た。

ここでは簡素に書くが、短いながら夫の感情そのままのメールだった。
それをわたしは穴に入れてフタをして重石を置いてあったのだ。

その感情に改めて触れた途端、わたしはおかしくなった。
夫が悲しいのはわたしのせいだ!
わたしが苦しめている!
わたしをきっと恨みに思っている!
わたしだって申しわけないと思っているけれど、感情のやり取りが今は不可能だから全部Zに頼んだのだ。核心を避けて用件のみごく簡単にメールするだけにしているのは、精神が耐えきれないとわかっているからだ。
申し訳ないと思っている良心を針で突かれて血が噴き出した。
わたしのせいだ!

  そうだよわたしのせいだよ
  あのひとはいいひとなのにくるしめているのはこのわたし

Zにまたお願い事をしてしまった。
メールは、用件のみにしてもらえるよう夫に頼んでもらった。

自分でできなかった。

頓服も飲んでアルコールを少しだけ流し込んで泣きながら寝た。
泣きたいのは夫のほうなのに。
悲しいのは夫のほうなのに。

でも

わたしは
ずっと苦しかったのです…
いつからだかわからないくらい…

今度のカウンセリングは中断しないで続けたい。
苦しい自分を脱ぎ捨てたい。
                                           伽羅moon3にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へいつもclearclearありがとうございます。よろしくお願いしますcherry

|

ねこに誘われる

やっぱり一日寝ていたような…。

息子からエネルギーのチャージを受けて、昨日の夜は制作をして、朝になるのを待ってゴミ出しもして、明るくなってから作品を撮影して、寝た。

何度かは起きて数時間は起きているのだけれど、PCに向かっているとちまちゃんが背中をトントンと(かすかーに爪も出てる。)して呼びに来る。

制作をしているときは制作室デスクのちまちゃんスペースで眠り時々薄目をあけてわたしを見てご満悦なのだが、PCは食卓に置いてあり、食卓には(一応)乗ってはいけないので、後ろから伸び上がってわたしの肩をトントンして「にゃ。」という。

なあに~?と応えるとトコトコふとんのほうへと誘う。
ちまちゃんなによぅ~、と言いつつ誘われるままにそばに行くと、ごろごろーごろごろーとヨロコブ。
かわいいちまちゃん…。
2010_081そばに来て欲しくて呼びに来るのだ。
そうして撫でているといつのまにかふわふわの上に手を置いたままうつ伏せで寝てしまうわたし…。

うーん、いま、たった今やらなきゃならない仕事、実はあんまりやりたくないんだよ~。だからついシャッターが降りて寝てしまうのー。日付が変わって締め切り過ぎちゃったじゃないかー。んむむむ。
朝までに原稿送ってセーフということにさせてもらおう。

そうでなくても息子に会った翌日は抜け殻のようになってしまうのに…。
楽しかったな。幸せだったな。息子も楽しそうだったな。かわいいな。愛おしいな…。

デート代稼ぐのに仕事がんばらなくっちゃ!
ああ、なにかしゃきっとする飲み物ってないかしら。
やる気がでるやつ。

少し前に撮ったあんず。しっぽをおまたに挟んでおります。
2010_1032010_091時々大また開きしております。

2010ちまちゃん得意の「ゆーれいのおてて」。

今日も寝子3匹は寝て過ごしてしまいましたとさ…。
ああ、これから原稿作って朝までに送っておかなくちゃ。
ちまちゃん、もうトントンしないでね、ママ断れない性格なんだからさ。

                           伽羅moon3
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へいつも応援clearclearありがとうございます。よろしくお願いいたしますclover

|

ちっちゃい天使の羽

息子とディナーデートをした。
とてもいい店で美味しくて楽しくて、息子も気に入って「また来よう。」と言う位だった。
デザートは別にカフェに行って食べた。
そこもおしゃれで美味しくて、息子は彼女と来ようと言っていた。

いっぱい話して、もう無理!っていうくらい食べて、すごくすごく楽しかった。
駅の改札に入って、いつもなら見送るわたしを息子は何度も振り返るのだが、ちょうど発車ベルが鳴っていて彼は階段を駆け上って行った。

その背中にちいちゃいちいちゃい、羽が見えたような気がした。


息子が2歳くらいで、歩けるけれどまだオムツをしていた頃、わたしは通販でかわいいリュックを見つけて買い、出かけるときはそこにオムツをいれて息子に背負わせた。
リュックは平たいキルティング素材で黒だったが、外側に天使の羽がついていて、息子がそれを背負うと黒いリュック本体は見えなくなり、天使の羽だけが生えているように見えた。
すれ違うお姉さんたちに「かーわいいー。羽生えてる~。」と言われるたびにわたしはにんまりとした。

息子はわたしを救うために派遣されてきた天使だ。
もう立派な青年だけれども、わたしには2歳のときと同じように可愛くて愛おしい。
駆け上がった息子の足が見えなくなるとたちまち涙があふれてきた。
可愛い。愛おしい。これを超える最上の言葉があるなら使いたい。
切なくてわたしはハンカチを目にあてて電車に乗った。

こどもを手放したことがない人にはわからないだろう。
一人で頑張っているけなげな息子。
時間さえ取れればいいよと言って機嫌よく会ってくれる愛おしい息子。
じゃあまたね、って手に触れる。柔らかくてあたたかい。
また、会えるのに。そんなに遠くにいるわけじゃないのに。
切なくて切なくてわたしはやっぱり泣く。

わたしと息子は、兄弟がいない。
だから兄弟のような役割も果たしあっている。
お盆に息子は少ない休みなのに実家に行って、母の愚痴を聞いてきてくれた。
わたしに今その力がないことを理解してくれているから代わりに行ってくれたのだ。
おじいちゃんおばあちゃんが死んじゃったらあの家どうする~?と相談する。
相続するのはわたしだが、二人にとっての「実家」なのだ。実際息子は「うちのお墓」とか「うちの家紋って」というとき、必ずわたしの実家のそれを差している。
お墓、どうしようねえ。世話や手入れに行くには遠いけれど、動かせるものでもないしねえ…なんていう話までした。

おとうちゃんのことどう思ってる?と前夫のことを聞いてみると、「別に何とも。嫌いじゃないけれど親しみも感じない」ということだった。
わたしは、一番貧乏で辛かったときの話をした。
貧しいお弁当の話(過去記事「エビのしっぽ」)や、希望したバスケ部に入れてあげることが出来なかったことを改めて詫びた。
すると本人は全然気にしていなかった。ああ、そういうことってあったかもしれないけれど、そういう弁当好きだったし別に~。と言った。

そうか、やっぱりわたしのこの根強い自責の念は病気が生み出しているのだ。
本人は気にもしていないし覚えてもいない。
やはり、してやれなかった親のほうが辛いのだ。

でもそれを息子は軽くしてくれた。そんなにみじめな思いしたこともなかったし不幸じゃなかったよ、と言って。
それより、今両方の親がそれぞれ再婚してくれてることがありがたいと言った。
そうだよね、ハハが一人でいたら重荷だもんね。重荷にはならないから大丈夫だよ。
キミは思うままに行きなさい。
彼女を充分に大事にしなさい。

はじめて、「プリクラしかないけど」と一緒に写っている写真を見せてくれた。
とても清楚でナチュラルな感じの女の子だった。素敵な子だね、というと「そお?」と言ってすぐしまってしまったけれど。
この間わたしが作って彼女にあげたネックレスは「ツボ」だったみたいですごく気に入って喜んでいたよとも言ってくれた。
嬉しい! また作っちゃう!
喜んでくれる人がいるから作れるのだ。趣味じゃなく仕事としたいのはそこの違いでもある。

今日は息子はとっても喜んでくれた。
嬉しい。愛おしい人が喜ぶことってこんなに嬉しいんだな。
節約して来月また一緒に美味しいものを食べよう。
いっぱい話をしよう。

別れたばかりなのにもう会いたい。
大きい息子を抱きしめたかった。
愛しているよと言いたかった。
何よりも誰よりも、そう、このハハ自身の命よりも大切だよと言いたかった。

いつも、わたしが作ったブレスレットをしていてくれる。大事にしていてくれる。
息子は大人になっても、おっさんになっても、天使だ。

                                             伽羅moon3にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へみなさま、いつもclearclearありがとうございます。嬉しいですcherry

|

遠慮なく不具合。

このところ昼間はずっと眠っている。
朝と昼には一旦起きてねこの世話をして自分も薬を飲むのだが、起きていることが出来ずに残念だけれど寝てしまう。
じゃあ夜は起きているのかというとそうでもなくて、2時とか3時とかには寝てしまう。
起きている気力が持続しないのだ。
けれど、時間を自由に使えるってなんて贅沢なことなんだろう。
遠慮なく気兼ねなく、怯えることなく、調子が悪ければ寝ていられる。
これが本当の療養になるのかもしれない。
でもきっと、そんなふうに自由に療養できている患者さんは少ないだろう。
家族が居れば家族の時間があり、それに合わせなくてはならない。
世話をしてくれる家族がいるのはありがたいが、それ以上に気兼ねで辛いものである。

熱があるとか。骨が折れてるとか。誰が見てもわかりやすい病気や怪我なら、その期間遠慮なく甘えたらいい。けれど目には見えずいつ治るともしれないうつ病患者さんたちは、もはや『患者』という肩書きまで剥奪されている。
紛れもなく「病人」であるのに、周りはそのことを忘れてゆく。


考えてみるとわたしはこの夏、思うように料理もできなくなっていた。
朝起きていれば朝ごはんの支度をしたが、夕飯を作ることが苦痛で、いつもやっつけ仕事のようなメニューだった。
食べ終わると倦怠感で座っていることも辛かった。
それはもう無理だというサインだったのかもしれない。

病人であると笠に着るつもりではないが、病人であることを忘れられて自分ですら忘れたつもりになって、少ない力を振り絞って料理をし洗濯をしアイロンをかけていたのは、働いて疲れている夫にそれ以上負担をかけてはいけないという思いと、「ほんとに家事やらないよね。」という嫌味を何度も聞きたくなかったからだ。
アパートに引っ越してきてから1年と7ヶ月。つたないながらも足りないながらもやって来た。
そのことは別段認めてももらっていなかったし、足りない足りないと言われ続けていた。

わたしは肝臓を守るために一年前にパキシルとアモキサンとレスリン(いずれも抗鬱薬)は減薬をしたが、それ以来は決して良くなっておらず、安定剤のユーパンと頓服ソラナックスにいたっては2倍量に増えている。
その状態で暮らして来た。


そして9月の最初の日曜日に風船は弾け飛んだ。
一生懸命夫に合わせようとした。億劫でも、楽しげに一緒にスーパーに行った。
肩を揉んで首も揉んで足も揉んで…。働いて疲れている夫に少しでも喜んでもらいたかったし、そうすべきだと思っていた。
けれど夫の要求はさらにエスカレートした。
わたしは押し黙った。それだけがわたしに出来る唯一の『拒絶』の手段だった。

夫が部屋を出て行ってわたしは崩れ落ちた。
夕飯の準備が無理かもしれない、とメールをすると、夫からの返事は「はいはい、また僕が原因なんでしょ。」という意味のものだった。
それを見てわたしは壊れて発作をおこし、ふうちゃんとZにめちゃくちゃなメールをして、電話口で激しく泣きわめいた。

その姿を夫は見ていない。
それ以来会っていない。
会えば発作を起こすだろうと思う。わたしは夫が怖い。
別居の話し合いはすべてZが代行してくれた。そのやり取りの詳細はわたしには知らされていない。Zがバリアとなってわたしをストレスから守ってくれているのだ。


今は遠慮なく不具合な自分でいられる。
洗濯物がたまったら洗濯をする。作る気力があれば自分の夕飯を作る。
疲れたら横になり、眠くなったら眠る。
週に一回カウンセリングに行く。月に一回心療内科に行く。
締め切りや要請に合わせて少量の制作をし、ブログやmixiにUPする。

誰とも会わない。ねこたちとしか話さない。
不具合なままのわたしは、おかげさまで充分幸せにしている。
                                            伽羅moon3
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へみなさま、たくさんのclearclearをありがとうございますtulip感謝しております。

◇今日ショップにUPしたものです。(スミマセンsweat01) →ショップ
2010_9gatu_autumn_collection_0132010_9gatu_autumn_collection_020 2010_9gatu_autumn_collection_001 2010_9gatu_autumn_collection_033

|

*すみませんお知らせです。

恐縮なんですが、お知らせをさせてください。

明日18日(土)~20日(祝)の三日間、横浜元町にてセールが開催されます。
わたしの作品も出品されます。
ほぼ30%OFFで出しました。
ゴムブレスやイヤリング・ピアスなどがたくさん出ます。
中には700円台のものも!
商品としては問題がなく、委託先から引き上げたものや以前のイベントのために作ったものなどです。

もし横浜に行くついでのある方。もしくは近隣にお住まいの方。
もちろん、わざわざ行ってくださるなんて方がいらしたら大感激です。

横浜元町・ポンパドゥール裏の『Cabin Pontoon』までお越しくださいませ!
詳細はこちらから→工房暖簾セール『秋市』

どうぞよろしくお願いいたします。

2010_6gatu_summer_0162010_otogiza_ningyohimeten_005 2010_4_055 2010_4_223

|

全部嫌いだ。

わたしは過去の自分が全部嫌いだ。
どの時代の自分も嫌で仕方がない。
あの頃は頑張っていたな、と思うことももうなくなった。
何もかもすべて間違えていたようにしか思えない。

もし戻れるのだとしたら、この精神状態のままでいいから子供にして欲しい。
そしてわたしを理不尽に傷つけてきた母に、冷静にしれっとして言い返してやりたい。
あなたは、本心でそう思っているの?
怒りの感情に踊らされて思いついたまま言葉を発しているのではない?
その言葉があなたの娘を一生苦しめるとわかっていてもそう言う?
あなたは娘が心配なんじゃないでしょう。心配をする自分を心配なんでしょう。
大事なのはいつも自分だけなんでしょう、と。

悲しさに涙があふれて喉がつまって、言い返すことも出来なかった非力な自分。
勝ち誇る母親という存在。

こどもは、かわいいのに。愛おしいのに。宝物なのに。
そして決して自分の持ち物ではないのに。


夫婦だってそう。
妻は夫の持ち物じゃない。精神的に自立した大人同士が寄り添って生きることが結婚なのに。なぜ何もかも合わせなくてはならなかったの?
なぜレジャーは朝6時出発と決まっているの?
なぜトイレットペーパーはミシン目2つ分が一回量なの?
なぜ同じ時間に寝て布団はくっつけて敷かなくてはいけなかったの?
わたしにはまったく理解できない。

夫は弱っているわたしを好きだったのだ。
手元に置いて言いなりにさせたかったのだ。
壊れているくせに自我の強いわたしなんて好きじゃないはずだ。


わたしには母と夫が重なる。
支配しようとするところ。言うことがコロコロ変わるところ。
反論されると苦し紛れにあり得ない言い訳をするところ。
感情的で怒りに任せて一生の傷になるような暴言を吐くところ。
すごくいい人であるところ。
とても親切で世話好きであるところ。
フレンドリーでおしゃべりなところ。
優しくないところ。自分が基準でありそれを人にも求めるところ。

そして逃れたくても自立も出来ず生きてるわたしは何の価値があるのか。


どうしたら自分を好きになれるのだろう。
一生懸命生きていれば好きになれるのかと思ったけれど、間違った方向に一生懸命であれば好きになれるはずがない。
頑張る自分しか認められなかった。それを回りも認めてくれてこその自分だと思っていた。
でも今は頑張れない。
やっぱり頑張れない自分は好きじゃない。
どうしたらいいの…。
                                     伽羅moon3

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へいつもclearclearありがとうございます。感謝しておりますbud

|

できたよ……(TヘT)

夕べは作品(商品ではなく)作りができた。
疲れてはいたがカウンセリングの威力はすごい。
完成して、疲れて遅くに寝た。
ゴミ出しはあきらめた。

目覚めると雨の音…。
涼しい。
雨降り。
わたしの好きな条件だ。

起き上がって、腹が減ったとまとわりつくねこたちを除けながら歩くとなにやらニホフ。


……
なんでこんなとこにウ○コしてんのーっ!?

ケージの前にころころと黒いものが…。

しかもティッシュは二箱とも中身をこそげ出され食いちぎられて雪が降り山ができている。
制作室の筆記具がボトボトと床に散乱している。

…ちまちゃん…暴れたねえ…。

とりあえずウ○コたんを片付けて餌を与えると、こんどは勢いあまってちまが吐いた。
ううぅ…。いいよ、だいじょうぶかい? お水でも飲みな…。ぐすっ。


もーだめだ。いくらわたしでも限界。
たまっていた洗濯物を洗濯機に放り込むと、とうとうわたしは押入れから掃除機なるものを引っ張り出した。

やるぞ! 今日は天候には不足なしだ! 掃除日和だ!
布団をたたみ、散乱しているものをひとまとめにして、掃除機スイッチオン!

ああ、グレーになっていたラグが黒さを取り戻していくよ…。
わたし、とうとう掃除しているよ…。

ラグだけはしっかり縦横にかけて、あとは四角い部屋を限りなく丸く吸い込んで、完了!

やったよ…crying
掃除機かけられたよcrying
すごいよわたし…

ちょうど洗濯も終わって、洗濯物を干し(いつも部屋干し)、玄関に積んであったねこ砂を押入れにしまって、掃除機は部屋の隅っこに出したままにすることにした!

ああー。しあわせだー。
家事ができるってなんて幸せなことなんだろう。
わたしは晴れた日には活動できないけれど、晴れて湿度の低い日に、布団を干したりラグを干したりシーツを洗ったり玄関や階段を洗い流せたりできる人は幸せだと思う…。

うつ病患者は、なにか一つことをやるのにものすごい気力と勇気を使い果たさねばならないのだ。お風呂に入るエネルギーだってどこから搾り出せばいいのかわからないのだから…。

ああ、きもちいい。うれしい。掃除機かけられた。
今夜の夕飯はサボりモードにしよう。調子に乗って作ったりするとまた潰れるから。

わたし…
こんな程度がやっとなのに…
無理してたんだなあ。
健康な主婦の人から比べれば3割か4割の仕事量しかできてなかったけれど、わたしの能力からしたら100%超えてたんだな…多分。
それでも足りない足りないと言われて辛かった。

病人らしい生活をしてみよう。
今度こそがんばらずに生きてみよう。
だれも追い立てない。誰にも責められない。怒られない。
ささやかで静かな暮らしを今度こそして、心をいたわり傷を治そう。

涼しい雨の日が、わたしの活動日。

                                           伽羅moon3にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ掃除機をかけられたわたしにclearclear一票お願いいたしますclover
※都合によりコメント欄を閉じさせていただいております。ごめんなさいsweat02

|

真実なんてあるのか。

今日のうつ状態はことさらひどかった。
けれど、唯一の救いとなるはずのカウンセリングである。
ゴミ出しも洗濯もすべて諦めてわたしはお昼まで横になっていた。

明け方肌寒くて出した薄い毛布をねこ二匹が奪い合ってわたしの周りで暴れたり毛布を掘ったりする。仲良く使えばいいのだがそれも難しいらしい。

お昼に起き上がるとガクガクした。
それでも朝起きたときよりはマシになっている。
心が、なのか体がなのかわからないがガクガクなのだ。辛い。本当に辛い。
なんとか着替えて出かけた。外は秋の気配。

今日は被害妄想がひどい。自分がすごく変なのではないかと思い、みんなが自分を見ている気がする。手がぶるぶると震える。頓服を飲んでいるけれどその効果を上回るひどい状態だ。

先週は時間ギリギリだったので今日は早めに出たら、一時間も前に着いてしまった。エキナカのカフェで休んでから行く。見ているほうの人が気の毒なくらいに手が震える。
少し、本が読めた。以前読んだページだとわかっていたけれどそこしか読めなかった。

おしゃれな街に、泣きそうな顔をしたおばさんの一人歩き。似合わない。
辛い。苦しい。
こんなときに助けてと言える相手が居ないことが悲しくなる。けれど、救いを求めた手を振り払われるのも無視される辛さももう充分すぎるほど味わっているから、ZのPCにメールして気を紛らわせた。

カウンセラーは女性だが、前の男性カウンセラーと顔立ちが似ている。
慈愛に満ちた表情をしている。
わたしは夫が別居を承諾してくれて、一人暮らしが始まったことを伝えた。

そして、ロープが切れてしまったように動けないでいること。要望を叶えてもらったのだからこうあらねばと思う余り、たかがゴミ出しで緊張のあまりおかしくなっていること、解放感なんて味わえず、ネバならない思考にぐるぐる巻きになっていて苦しくてたまらないことなどをポツポツと説明した。

こうあらねばという呪縛。掃除機をかけていない部屋。母屋のドアが開く音がするたびにギクっとして身が縮むこと。
感謝して穏やかに暮らすべき自分であるのに、嫌だったことばかり・言われて傷ついたことばかりが心を支配し、一歩も前進できないこと。
さあ立ち上がれ、歩き出せ!と思うのに、立ち上がるどころか起き上がれるのも一日に数時間という生活…。

カウンセラーはほんに沈痛な表情をして、わたしの精神の抑圧がいかに強いかを指摘した。だんなさんの言葉や態度の一つ一つに怯え、傷ついても、それを押し殺して蓋をして来たために、物理的に別居になっても、真に解放されるには至らないのだと言った。
強い圧力で押しつぶし、蓋をして、なんでもないフリをするという習性があるため自分の本心すらもう見えなくなっているのでしょう、と…。

わたしは納得した。
まあいいか~でへへ~。となれない自分。
恵まれているのだからちゃんと生活しなくちゃ。甘えることをしないで全部全部一人でこなさなくちゃ。
部屋をきれいに保って洗濯もして自炊してお風呂にも入ってゴミも溜めないで規則正しく…。

そんなことは無理なんですよと毎回言いますからね、とカウンセラーは言った。
最低食べることとねこの世話だけ出来てたらそれでいいんですよ、掃除も洗濯もしなくても大丈夫ですよ、と毎週言いますから。
だから、今は「こうでなくちゃ。」、「こうしなくちゃ。」と考えず、せっかく時間の自由が手に入ったのだから休んでてください。
多分結婚してからずっと、抑圧し続けてきてその量はかなりのものです。

それを掘り返して排出する作業を、しますか? 苦しいですよ?
カウンセラーは確認した。

はい、してください。そのための一年間です。
もう根太は腐っています。腐った土台の上に何をどう建てようと崩れるだけですから…。
わたしはそう答えた。
そしてそう自分が思っていることに初めて気づいた。

今は真実がなにも見えない。全く見えない。
そもそも真実があるとも信じられない。
錯覚の積み重ねでしか人は生きていけないのではないのだろうか。
一生錯覚していられるなら、それはそれで幸せなことなのではないだろうか。

甘えられる人を持っている人は幸せだ。辛いの、と言ったときに「何が辛いの。そんな恵まれた暮らしをしてて羨ましいよ。」と言われるのが必須のわたし。
そうか、辛いんだね。病気だから仕方ないね、泣いていいよ、と泣かせてくれる胸があったらと思う。
そしてそれは贅沢すぎる望みであるとも思う。
そんな男が世の中に居るわけがない。

頑張って節約して毎週カウンセリングに通おう。それがこの一年のわたしの仕事。

わたしは…頑張った部類には入れてもらえないのだろうか。
病気であることを逃げ道にせず、洗濯をしてアイロンをかけて夕飯を作った。作れない日もあったが朝ごはんを作れた日もあった。
健常な主婦の人の40%くらいの仕事量はしたと思う。
でもこれではダメなんだよね。許されないんだよね。

結婚前、「娘たちの下着も洗って末っ子には6時半までに弁当を持たせて、家は年に2回ワックスをかけて、梅干を漬けて…」と言われ、「そんなこと出来ない!」と言ったわたしに「じゃあそのうち何%なら出来るの!」と夫は言った。

そんなことばかり思い出される。
「きみの幸せが僕の幸せだよ」なんて言ったのに、そんな男性がいるんだ!ってびっくりしたのに、「理想とした結婚生活じゃないから不幸せだ。」と言われる。

わたしは混乱に蓋をし、重石をして日々をやり過ごしてきた。
もう土台が腐ってる。
自分がこう思っていることに今日気がついた

これから、腐った土台を掘り起こします。
撤去して、新しい土を入れます。
まずはそこまでを目標にします。

わたしは結婚して幸せです。そして力不足で疲れました。

                                             伽羅moon3

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へいつも応援clearclearありがとうございます。感謝していますbud
※精神的不安定のためコメント欄を閉じております。ごめんなさいねweep

|

止まらないし。

血液検査の結果を教えてもらうために病院に電話をした。
すると意外なことに、血中の鉄は低いけれども治療が必要なところまでは行っていないのでお薬はやめましょう、ということだった。

良かった。フェロミアもシナールもでっかい錠剤なんだもの。
フルーツグラノーラで鉄分を採りましょう。(ハマりっぱなし。)

けれど、止血剤をもらって毎日飲んでいるのに、また少しづつ出血がはじまっている…。
んんん、どうしよう。二錠ずつに増やして短期で飲みきってしまうか…。
それとも覚悟して川向こうの婦人科に行くか。
もう少し様子を見よう。ああ、ゆううつ…。

どんな病院も9月が最も混むらしい。体調を崩す人が多いのだ。
あんな酷暑だったが確実に季節は秋に向かっている。
梅雨時や季節の変わり目は健常な人でも体調を崩しやすい。

と、前フリしておいて。
起きていられる時間が短いんです。
起きなきゃ、やらなきゃ、とドリンク剤など飲んでみるんだけれど、どうにも体が辛くてちまとっくっついて寝てしまう…。

今日はどうにか一つ締め切りクリア。発送はできた。
でもあと数日で次の締め切り…。
がんばれ、頑張ってくれー。

一人暮らしになって、食事を自分で作ると、材料ってちょっとで済むんだね。
野菜の買い方とか考えなくちゃ。お肉ももっと小分けにして冷凍しなくちゃ。

明日はカウンセリングです。カウンセリングに行くのは楽しみです。
強制的に出かけるというのも、いいみたいです。引きこもってばかりではやっぱりね…。

とりあえず今夜は早寝します。
                                          伽羅moon3にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へみなさま、いつもclearclearありがとうございます。おかげさまですapple
※荒らし予防のためしばらくコメント欄を閉じさせていただきます。ごめんなさいねsweat02

|

のた打ち回る

この感じ、覚えがある…。


一年半の大学病院各科放浪のあと、ようやく『うつ病』であると診断され、自分がそれを受け入れたあと、たった3週間の休暇を取った。
働かないわけにはいかなかった母子家庭のわたしは、それしか休めなかったのだ。
思えば無謀である。3週間といえば、薬の副作用がようやく消え、効果が現れてくるかどうかという時期だ。
合う睡眠薬もいくつか試して探さなくてはならない。
復職3日前にわたしはハルシオンにめぐり合い、どうにか眠りを確保するに至ったのだ。

その3週間のあいだ、わたしはのた打ち回っていた。
押し寄せる不安。絶え間ない苦しさ。そして辛かったのは焦燥感だった。
身の置き所もなく焦燥感にさいなまれ、なにも手に付かずどこにも行けず、わたしは布団のうえでのた打ち回っていた。
大学病院の担当医は、デパスを勧めた。
デパスを飲むとすうっと棘が格納されて穏やかになれた。
わたしはデパスを常用し、頓服でコンスタンを使って復職した。


いま、一年間という人生で最も長い療養を保証してもらい、わたしは幸せであることこの上ない。こんなありがたいことはない。
けどその内実は、焦燥感とネバならない思考にのた打ち回っているのだ。

結局朝起きてゴミ出しをする勇気が出ず(遅めの時間になってしまって家人と鉢合わせするのだけは避けたかったし)、眠いのを我慢して空が白んでくるのを待っていた。
夜明けがずいぶん遅くなった。
5時まで待ってわたしはそそくさとゴミを出すと、どっと疲れて眠りに落ちた。

6時間できれいに目が覚めた。
ちょうど宅急便もうまく受け取れた。よし。セールの準備を…

したくない。でも明日発送なんだ、やらなきゃ!
いやだ、できない! きーっ!
わたしは布団でのた打ち回る。
ああ、自分がうつ病であると知っていて幸せだ。知らずにこの精神状態であったなら死に至る病になっていただろう。

誰か…誰か助けて…

でもみんな働いていたり、そうじゃない人はうつ病仲間だから相手の状態も心配だ。
気軽にメールしたりできない。

この耐え難い焦燥感にも効くのかどうかわからないけれど、ソラナックスの0.8を飲んでみた。

…効いた。
ありがたい。起き上がれる。
薬がないと生きていられない。
今週からはじまるカウンセリングと両輪でどうにか楽になりたい。

一年間、と聞いたとき、夫は多分果てしなく長いと感じただろう。
けれどわたしには譲れない期間だった。
まず、噴出させて排出しないといけない。それにゆうに半年はかかると思われる。
その後「再構築」をするのに半年。その間、夫から頂く生活費を大事に切り詰めて、週一回カウンセリングに通うようにしたい。一回が8,000円。エステ並みの高額だ。

それをしないとわたしはダメになり、夫婦としてダメになる。
それをわたしは望まない。
承諾してくれた夫には感謝でいっぱいである。

          ++++++++++++++++++

薬局で薬を受け取るとき。
その薬局で一番大きいポリ袋には入りきらないので、わたしはエコバックを持参してそこに入れてもらっている。待っている人たちの視線がそこに注がれる。エコバックがそれで膨れ上がるような薬の量。

今週から多分ここに、造血剤とそれの効果を増すためのビタミンC剤(いずれも大粒)が加わる。
その薬たちででどうにか持ちこたえているわたしの精神とそれに付随する体。

一年で少しでも薬が減らせたらそれでいい。
治ると思っているわけではない。減らせたらラッキーだ。

まだ、療養生活はスタートしたばかり。じっくり、いきたい。
                                             伽羅moon3

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へみなさまのclearclearのおかげさまです。ありがとうございますbud

| | コメント (4)

緊張のロープ

別居になれば、自分がどれだけ夫に依存していたかがわかるのは覚悟の上だった。
いまわたしをぐるぐるにしているのは「ゴミ出し」。
まさかゴミを出すために自分が早寝早起きになるとは思ってはいなかったが、強迫観念に縛られ、今朝も7時半に起きた。
ゴミ出さなきゃ!
まず薬を飲んでふとケースを見ると『日曜日』のシール。
…に、日曜日…。
がっくりと力が抜けた。ゴミは月曜日だもの…。

それでもせっかく早く起きたのだからと、洗濯を開始。
布団もたたんでクイックルでお掃除。
洗濯物を干して。

そして?
立ち上がったんだから、歩き出さなくちゃ。
やることいっぱいあるよね。いくらでもあるよね?

わたしは立っていられなかった。
なんだかがくがくする。うつうつする。

布団をひろげるとちまがすぐにやってきた。
横になると泣けてきた。
なんでうつうつなの…。動き出したいのに…。
ちまとくっついてまた眠る。
次に起きたらお昼だった。

うつうつは治ってない。どうして?
空気が抜けたようにわたしはぼんやりぐったりしている。
友だちからメールが来ていた。
ブログを読んで「気持ち悪いの大丈夫?」と心配してくれたのだ。

夫の出張中に別居の話を進めてもらったので、その一週間わたしは緊張していた。
いま、ロープがほどかれたみたいにその緊張がとけて、力が入らなくて寝ているの…。

すると彼女はこう言って来た。
いまはゆっくりしてて。

え…?
ゆっくりする…?

そうだよ。もう誰もきゃらさんを責めないんだから、ゆっくり休んでていいんだよ。

…ゆっくりしてていいの?…。
気がつかなかった。
立ち上がれ、それ歩き出せ!と思っていて、そうできない自分が情けなかった。
そもそも、責められたり要求されるのが辛くて別居をお願いしたのだった…。

承諾してもらえて安心したと同時に罪悪感がうつうつとなってわたしを縛る。

でも、もう

家事ができてなくても、だれも責めないんだよね?
寝てばかりいても怒られないんだよね?
お風呂入れなくても嫌味言われないんだよね?

そうだよ、ゆっくり休んでていいんだよ。

彼女の言葉に救われた。
そして安心してまた眠りに落ちていった。
ちまがわたしの足をまくらにして寝た。あんずは布団のそばに来て体を横たえた。
寝子が3匹だ。

緊張のロープが解かれてわたしはぐだぐだと眠り続ける。
5時の音楽が町に流れるとあんずが「おやつ~。」と甘えてくる。
寝子の3人暮らし。

明日こそゴミ出しだから頑張らないと…。

うつ病患者はゴミ出し一つとっても大変だ。
いけないけれど、すんなり眠って早く起きるために睡眠薬を少量のアルコールで飲む。
ゴミを出したらホッとしてまた寝てしまうかもしれない。
それくらいの大仕事。
わからないだろうな、こんな強迫観念。おかしいでしょ。

さて、動けるかな…。
                                          伽羅moon3にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ皆さま、いつもclearclearありがとうございます。感謝ですbud

| | コメント (1)

立ち上がれ

昨日の記事は省略してありましたが、意味は通じていますでしょうか。
貧血になっているのは明らかで、いまは歩くのもしんどいのですが、検査なしでは造血剤は出せないとのことで、血を2本も提出いたしましたwobbly
今は鉄サプリをかじっています。

昨日は何かにのしかかられたかのように具合が悪く、吐き気もして、太田胃酸を飲んで早寝してしまいました。
明け方目が覚めましたがまた眠り、朝になって一旦起きてねこたちの世話をしました。
ゆうべ夕飯食べないで寝たので、さすがにおなかが空いていました。
フルーツグラノーラを食べて薬を飲むと、また気持ち悪くなってしまいました。
太田胃酸を飲んでまた寝ました。

そうして夕方まで起き上がれずにいました。

久しぶりにいっぱい眠りました。

夫とすこしメールでやり取りをしました。
核心には触れず用件のみで。
それでもずいぶん楽になれました。

夫は一年間の別居を受諾してくれました。

          ++++++++++++++++++

わたしはこの歳ではじめて限定一年の一人暮らしをします。
夫が一週間出張でいなかったのですが、その間わたしは怯えて茫然としていただけでした。何かはしていたのでしょうが、記憶にありません。

今日の夕方。
わたしはやっと立ち上がれました。

冷蔵庫の中の整理をしました。
夕飯を用意して食べました。

薬のおかげで出血が止まり、気分的にすごく楽になりました。

今日がスタートです。
カウンセリングに可能な限り行って、少しでも認知の歪みを直したい。
自分の価値を認めたい。
許せる自分になりたい。

ねこたちと静かにひっそり暮らしながら、わたしは今一度、治療をしてみます。
石のお仕事もじっくり頑張ります。
自分ルールを作って、……あ…。
あまり作らないほうがいいかな…。その通りにできないと潰れるから。

せっかく好きで結婚したのだから、この先の長い老後のために今、良くなっておきたいです。もう発作が出ないような自分になりたい。

感謝の気持ちを忘れずに暮らします。

…早寝早起きしてゴミ出しをします(^^)
                                           伽羅moon3にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へみなさま、clearをいつもありがとうございます。感謝いたしますbud

コメントありがとうございます。レス着けられなくてごめんなさい。来て下さってありがとう。

| | コメント (3)

ごめんなさい。。。

今日は朝5時半に目覚めました。
もっと寝たかったのですが睡眠薬が6時間しか効かないので目が覚めてしまうのです。
トイレに行って、もう少し寝よ…と思って戻ってくると、ねこたちも起きてまとわり付いてきます。朝ごはん♪と思うのでしょう。トイレも汚れてるし放置できずに起きました。

病院に午前中の早い時間に行くなんて初診以来かもしれません。もっと早く行けたのですが、ラッシュを外して9時に家を出ました。

ダメもとで、「先生、婦人科のお薬を出していただくことは可能ですか?」と聞き、~省略~

出してもらえたのですぐ飲みました。一錠でもう効果が出始めます。
けれど貧血がひどいので造血剤を、と言うと、~省略~
逆に血を採られましたbearing

コメントありがとうございます。わたしの出血はうつ病の症状の一つらしいです。
ものすごく検査もしました。一時は子宮も卵巣も摘出、というところまで行きましたが、いい医師にめぐり合えたおかげで切らずに済みました。もう5年前のことです。
その記事がどういうタイトルだったか自分でも覚えていませんが…
「失うのは嫌だ!」だったかな…ああ、もう調べる気力がありません、すみません。

とても具合が悪いので今夜はもう休みます。
ごめんなさい、レス書けなくて。

なんだか墜ちそうです。
悲しいです。

わたし、壊れるつもりじゃなかったんです。
頑張って夫に合わせようと努力して…そんな素振りは見せないようにして…。

壊れるつもりなんかなかったんです。
ごめんなさい…。

                                           伽羅moon3にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へみなさまのclearclearのおかげさまです。ありがとうございますweepshine

| | コメント (2)

べき・ねばのぐるぐる。

やり取りの詳細はわたしには知らされない。
Zが申し入れをしてくれて、夫と何度かのメールのやり取りのあと、夫が別居を受諾してくれたそうだ。

まだ、信じきっていない。
この部屋の鍵は5個も6個もあって、夫が持っているのはもちろんのこと、母屋にカギがざくざくある。

別居=出入り禁止ではないけれど、わたしはいま完全にヘロヘロになっている。
「べき・ねば」に支配されて、そしてそれが出来そうになくて、心臓が口から飛び出しそうなのだ。
立て続けに、忙しいZにパニックメールを送りつける。

「なんでそんなに怖いのよ。なんでそんな考え方になっちゃうの。ああ、これが病気なわけね?」
Zは不必要に精神疾患に詳しくなってゆく。

もし本当に夫が受諾してくれて、生活費をわたしの口座に入金してくれたら、わたしは足元にひれ伏してお礼を言うべきなのだろうか。

その前に謝らねばならないだろうか。

その「べき・ねば」がぐるぐるにわたしを縛り付けてわたしはハムになりそうに苦しい。
無理、今は無理…。

ありがとう、ごめんなさい。
そう伝えなくてはと思うけれども声は出ないし、夫に会うことが恐ろしい。
出張を終えて明日夫は帰京してくる。
アパートの前を通って母屋の門扉を開ける。
その音をわたしは聞くだろう。

どうしよう…どうしよう…。
もう、スタートでいいのかな。
多分そうだよね。
昨日も今日も自分のお財布からお金を使った。家計の財布には触れていない。
これでいいんだよね…。

自分で掃除をして買出しにも行って、仕事の催事にも一人で行く。
朝起きてゴミ出しをする。
この一週間はちゃんとできた。

そうしてねこたちと静かに穏やかに暮らしながら、カウンセリングに通う。
自分の歪みを治し、たまったヘドロを排出し、I'm ok. You are ok.の精神を学ぶ。
節約しながら可能な限りカウンセリングに通って、前のカウンセラーさんとは途中になってしまったことを身につけたい。
そしてこんなふうにパニクって、脳が泡だって、ぐるぐる回ってハアハアしてる自分とサヨナラしたい。

明日が怖い。わたしはどうしていればいいの?
夫の足音がもし階段を登って来たらどうしたらいいの?
引け目だらけで卑屈になっているわたしを、わたしはどう扱ったらいいの。
わからないわからない。

薬が…
余分に何度か飲んでしまったので、大事な大事な安定剤がない。
明日病院に行かなくちゃ…。
出血を止める薬をもし出してもらえるならお願いしてみよう。

貧血がかなり進行している。もう12日目だ。郵便局に行くべく歩き始めたら、たった20メートルで足が上がらなくなってしまった。造血剤も欲しい。

病院に行かなくちゃ…薬を買ってこなくちゃ…。
もう座ってもいられない…
夕べ何時に起きたんだっけ。夜中に起きてからずっと仕事をして夕方発送したんだ。
疲れてるし、脳内会議も解散。
ぷしゅーっ。

薬飲みたい。いっぱい飲みたい。明日はゴミ出しないからゆっくりでもいい。
睡眠薬と頓服をアルコール少々で流し込んで、気を失うことにしよう。
このぐるぐるパニックに耐えていられない。苦しい。

                                            伽羅moon3 にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ皆さま、いっぱいclearclearをありがとうございます。感謝いたしますcherry

diamondコメントをいただきありがとうございます。精神的に非常に不安定でレスできないことをお詫びいたします。ありがたく読ませていただいています。本当にありがとう…。

| | コメント (4)

闇を掘り返す

カウンセリングに行ってきました。

初めて担当カウンセラーさんとお会いしました。
同年代くらいの、柔らかい雰囲気を持った女性でした。
この方にお願いしようと思います。

          ++++++++++++++++++

台風の影響で傘の中にも降るような大雨の中出かけて行きました。
駅に着いたらびしょ濡れ。でも憂鬱感はありませんでした。
だって、誰もが同じようにびしょ濡れ。わたしだけではありません。

ほぼ時間通りに到着し、程なくカウンセリングルームに通されました。
慈愛に満ちた表情のカウンセラーさんでした。

今日は改めてインテーク。
現在抱えている問題を先に話します。
今直面している自分の歪み・恐怖・耐えてきて決壊したこと、その日の行動などについて具体的に話しました。
支えてくれた友人たちのことも。

そのあと、結婚してから現在の住居環境に至るまでの経緯の説明。結婚したあと夫がどうであったか、夫の家族との関係性はどうだったか、何が苦しくてどこが辛かったかを話しました。
子供たちはみな素直で可愛く、わたしは好感をもっていること、かわいいと思っていること。
結婚して一ヶ月で病状が悪化し薬が2倍になり、実家での療養を勧められたこと。
戻ってきてお姑さんが家事一切を引き受けてくださったこと。
そのことにもちろん感謝はしていても、何もしていない自分が後ろめたくてたまらず、お姑さんの足音に怯えるようになってしまい、被害妄想が増大して監視されていると思い込んでしまい苦しかったこと。
わたしを家族の歯車に加えることに必死で、優しくなかった夫のこと。夫婦生活が苦痛でたまらず何度もお願いしたがやめてもらえないこと。夫がほぼいつも不機嫌でその機嫌に怯え続けていること…。

やがてアパートに空きが出てそこに移らせてもらったが、狭い空間で夫と過ごすことに耐え切れなくなり半別居にしてもらった経緯。
夫がひたすら我慢をしていて、理想としていた結婚生活と余りにも違うため「不幸せだ。」と言ったこと、そしてそれがインプットされてしまった自分の脳。

何も生産せず消費するだけで役に立たない自分が後ろめたく、自分の価値がまるでわからなかった辛さ。性格的・人柄的な自分の長所が全くわからず、仕事をして認められ感謝され給料をいただくということでしか自分の価値をみとめられないこと。

そして子供のころに話は移行し、どんな子供だったか、親との関係性はどうだったかを話しました。
息子が生まれて、もう可愛くてたまらず、こんな無条件な愛で親子は結ばれるのに、なぜ自分は母から条件付でしか愛されなかったのだろうという疑問。優しくしてもらえなかった恨み。褒められたことがないため自分の価値が未だにわからないという後遺症。

「抱えているものがとても多くて大きいですね…。」
カウンセラーさんは言いました。
「いえ、まだ、うつ病の引き金部分をお話していないのでもっとあるんです。」
わたしがそう答えて、今後のカウンセリングをどこまで受けたいか、どういうふうな進行がいいかを尋ねられました。
今まさに直面している夫婦の問題部分を楽にするだけでいいのか、それとも…、と聞かれ、わたしはカウンセリングが初めてではないことを告げました。
前のカウンセラーさんに出会い、カウンセリングを受けることにしたきっかけ。夫の嫉妬で長く中断してしまったこと。結婚して病状が悪化し、また受けるようになって2年通ったこと。

そして心から頼りにしていたカウンセラーさんの突然の死。
その悲しみ。苦しさ。

でもわたしが泣いたのはその後の自分の言葉にでした。
カウンセラーさんの死が悲しくてたまらず泣いていると、夫にそのことを咎められ、夫の前では泣くことが出来なくなってしまったこと…。
そうか、辛いねと同調してくれることがなく、冷たくあしらわれて傷つくので、辛くても苦しくても夫の前では泣かないこと…。

わたしはそこの部分を話しながら泣きました。

そうか…わたしはそれが辛かったんだ…。

順を追って話すことによって明らかになる自分の苦悩。思いがけず流れてくる涙で、わたしは自らの闇を垣間見ました。

          ++++++++++++++++++

掘り起こし作業は表面を荒らすので精神的にかなり不安定になります。
「抱えているものも大きいし、根も深いし、何より今直面している問題でかなり不安定でいらっしゃるから、しばらくは毎週来てください。じゃないと危ないです。辛いでしょう」
そしてカウンセラーさんは、夫が金銭的に渋るようであれば、その必要性をご主人に直接説明したしますがいかがでしょう、と言ってくれました。
「はい、もしそのようであればお願いするかもしれません。」とわたしは答えました。
一ヶ月は毎週通わせて欲しいと夫にはお願いしましたが、よく考えたら先週と今回はインテークであって、まだカウンセリングには入っていないのです。だから来週からがカウントになります。それを夫が理解して費用を出してくれるかどうかわからないので、Zに相談してみようと思いつつ、来週の予約をして時間はあっという間に終わってしまいました。

          ++++++++++++++++++

カウンセリングの後は脳が疲弊します。おなかも空きます。
わたしはデパートに入って食事をし、甘いものも食べました。
なんだか後ろめたいので自分のお小遣いで支払いました。

帰宅してねこたちを撫で、おやつを与えてPCに向かっていましたが、強烈な疲労に襲われ、倒れるように寝てしまいました。
ずっと両親とおじ叔母の夢をみていました。夢の中で母は若くて痩せていてきれいでした。
真っ黒な長い髪を束ねていました。
実際のわたしの母は小さくて太っていて天然パーマです。間逆の姿のひとなのにそれが母であると夢の中でわたしは認識していました。
なぜでしょうね。とても優しい人でした。

夜中に目覚めてねこたちに遅い夕飯を与え、しばらく撫でて癒してからこうして書いています。眠ったことで掘り起こされた表面はすこし滑らかになりましたが、まだまだ不安定で頓服を飲んでいます。
金曜に帰ってくる夫と対峙することはやはりわたしには無理です。

ゆうべZが、わたしの友人としてのスタンスで、別居を要望していることを伝える文書を夫にメールしてくれました。
出張中に悪いとおもいますが、帰って来る金曜日までには伝えて欲しいとわたしが切望したのでZは忙しい中夜遅くまでかかって書いてくれたのです。
ありがたいことです。

このあと朝まで起きていてゴミ出しをしたらまた休もうと思います。
自分の闇を確認する作業は、思いのほか疲労します。
生理も相変わらず止まらなくて消耗してきてしまいました。

           ++++++++++++++++++

みなさま。コメント本当にありがとうざいます。親身に考えてくださって感謝です。
レスを着けられないことお許しください。ありがとうございます。

                                            伽羅moon3
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ皆さまのclearclearのおかげさまです。ありがとうございますclover

| | コメント (4)

歪んだ恐怖

自分で自分にかけている(と、思われる)圧力。
それに潰されそうになる。

自分で思い込んでいる(と、思われる)恐怖。
怯えて物音にギクッとする。

そうかな。
本当は圧力かけられてるのかな。
実はわたしはそう感じるのだけれど。
被害妄想かな。

こうであってほしいという望みがわかりすぎて、少しでもそれに近づいて文句を言われないようにしなくちゃと頑張る。
しかも頑張ってることがばれないようにがんばる。

耐えていることを悟られないように耐える。
我慢していることを言わずに飲み込む。

一緒にスーパーに行っても、「これカゴに入れたら怒られないかな…贅沢だ、高いって嫌味言われないかな…」とビクビクしている。けれど平気なフリをして入れる。
怯えてることを見抜かれないように明るく振舞う。

一人でスーパーにいって買い物するほうが気楽だ。でも家計を管理しているのは夫なので、一品ずつ、これは何、これはどういうもの?とレシートの内容を尋ねられる。
わたしは後ろめたい。悪いことをしていなくても後ろめたい。
でもそれを悟られないように平気なフリをして答える。



もう
つかれた・・・・
がんばれない・・・・

嫌味言われたくない。やれないことを責められたくない。
夫の不機嫌が怖い。
怖い怖い怖い。

しばらく、ねこたちと暮らしてカウンセリングしっかり受けて、石の仕事をゆっくりしながら、治療に専念してみたい。
「すみません、ごめんね、」って毎日言うことなく…

圧力がかかっていること、誰にも見えない。かけている本人にも。かけられている(と、思っている)自分にも。
けれどもわたしは押しつぶされそうに苦しくて怖い。恐怖が胸の真ん中に居座っていて動かない。
それが歪んだ認知だとしても、恐怖は消えない。

                                           伽羅moon3
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へみなさまのclearおかげでポイントがぐんぐんUPしております。ありがとうございます。
   

| | コメント (1)

血をながしてる

例えて言うなら、ひどい発作のあとはインフルエンザの39度の熱が37度に下がったような感じ…。

全身に針が刺さっていて心はねじ切れんばかりにぎゆうぎゅうだ。
わたしの幸せ、わたしの癒し…
制作室のデスクをちまが占拠して寝ている。無防備にかわいい寝顔をさらしている。
それを間近で見ながら石たちを並べ、繋いでいく。
約束した納品日はとっくに過ぎている。早くやらなきゃ…と思うけれど、もうゆっくりとしか体も脳も動いてはくれない。

昨日はいっぱいメールをもらいました。心配かけててごめんなさい。ありがとう。
コメントくださった方も、ありがとう。

夫は学会で一週間不在です。
けれど、まだ月曜日なのに金曜日には帰ってきてしまう…と怯えるわたし。
向き合うのが怖い。
話し合うなんてできない。

一生懸命がんばってた。そしてそのことがわからないように一生懸命普通を装っていた。
平気なふりをしてやりすごす。
うつ病が発覚するまえからの習性は直らない。
見た目ではわからないこの病。こなしている姿をみれば、ああこれくらいはできるんだ、と人は思うだろう。
そしてその次に待っているのは、「じゃあこれもやっといて。」 「その次はこうしといて。」

わたしは、消費するだけで稼がない。それどころか、息子とのデートの費用に必要なので夫からお小遣いを頂く身だ。
嫌味を言いながら夫はくれた。自由に使える分として結婚時の約束でいまももらっているのだが、その自由すら今は崖っぷちで、夫はわたしを管理しようとする。

夫婦は対等。
Nさんを自分より偉い人だと思わないように。と、ふうちゃんがアドバイスをくれる。
働かないで消費するだけ、しかも家事は最低しか出来ず、家の行事には参加できない…
そんなわたしがいったいどの踏み台を使えば夫と対等になれるのだろうか。
無論夫も対等だと思っているはずがない。
彼はわたしを管理して躾けたいのだ。寝る時間も起きる時間も薬を飲むタイミングもトイレットペーパーの一回に使用する量までも、彼はわたしを言いなりにしたいのだ。

愛しているなんて錯覚。
本当の愛を知っている?
無条件にその人のすべてを認めることだよ。理解できなくても、自分と余りにも違っていたとしても、ああ、そうか、そうなんだねと受け入れて尊重する。それが愛。
夫が欲しいのは、○○してくれる妻という存在。………であるきゃらという存在。
こんなわけのわからない壊れたオバサンなんて何の役にも立たない。
せめて働いて家計を助けてでもいればまだその価値を認めようがあるものを、わたしは働くことは叶わず消費するだけでの大荷物だ。
年老いてもう市場には出せない家畜を飼っているのと変わりない。

自分の価値がわからないって、苦しい。
夫はふうちゃんやしーちゃんには、「きゃらが居てくれるだけでいい。愛している。」とか「僕がきゃらの世話をすることを当たり前と感じてくれるようになったら楽になれるだろうにと思う。」と言っているとのことだ。
だれ?その人。紹介して?
わたしの夫は不機嫌で、「ったく本当に家事しないよね。」と嫌味を言うひとです。
いろんなことにすべてわたしは「ありがとう。」って言うけれど、「フン」と返事すらまともにしてくれないときも多いです。「掃除しないの? 洗濯しないの?僕がここまでやってあげてることわかってる?」と言われます。
気に食わなくてものに当り散らしながら洗い物をしてくれています。

わたしは身を縮めて、平気なフリを繰り返します。やりすごす・やりすごす、と唱えながら…

もうがんばれません。
がんばったらがんばっただけハードルは高くなり遥かかなたまで並べられていきます。
少しでも頑張ろうと思って努力していることを、「なんだ、できるんじゃん。じゃあこれもやってよ。」と言われます。
わたしは潰れます。

家に居るのにいっぱい頓服を飲んで、発作の後遺症で体がガクガクで、疲れて早く寝ました。そしてまだ暗いうちに目が覚めました。
火曜日になってしまった…。
恐怖の金曜日が近づいてきます…。
怖い。逃げたい。でも行くところなんてない。わたしはここにいたい!

全身に刺さっている針がうごめきわたしの心は血を流しています。

                                           伽羅moon3
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へみなさま、応援のclearclear本当にありがとうございますweepheart04感謝です。

cute
いまちょっと辛くて、個別にレスができません。ごめんなさいね。コメント本当にありがとうございます。ありがとう…weep

| | コメント (6)

切りたい衝動

全身に針が刺さっている。
鏡をみたら土偶がいた。
ぼんやり座っていると涙がぼとぼとと落ちてゆく。
ちまがひざに手を置いてくれて、わたしを見上げていた。


だめだ。もうだめだ。
無理。無理無理無理。
切りたい。切りたい。痛みで心の苦しみから目をそらしたい。


聞いてくださいわたしは病気です。
うつ病と強迫性障害と適応障害とパニック発作を持っています。
そのことどうして無視ですか。
わたしは嫁としては0点どころか、マイナスのお荷物でしかないので、せめて妻として可能なことは頑張ろうと思って、ささやかかもしれないけれど頑張った。

夕飯は簡単なものしか作れないし掃除はできないけれど、洗濯してアイロンかけもした。
先週はスーパーにも一人で行った。
肩を、首を、脚を…言われるままに一生懸命マッサージもした。
カウンセリングの件では感謝していると床に座ってお礼を伝えた。
100点の夫だと思い記事にも書いた。

夫は満足という言葉を知らない。
いつも足りなくて不満ばかり。
幸せだと思ったことなんてないのだ。
わたしが頑張って一つハードルを越えると、次に待っているのは賛辞でも癒しでもなく、もっと高いハードルだ。

わたしは自分の存在が後ろめたいからまた頑張ってそれを跳ぶ。
跳んでゼイゼイしていると、跳び方が悪いと言われる。時間がかかりすぎると言われる。
わたしは消費するだけで稼がず、嫁としてはマイナスのお荷物だから、また必死に跳ぶ。

でも永久に褒めてもらえることはなく、はるか見えなくなるまでそのハードルは並べられていく。

もう無理だよ。本当にもう無理だよ。決壊するよ。人格が崩壊するよ。
夫としては本当に100点だと思って感謝してる。
だけどわたしは優しくされたい。厳しくしつけられたくて嫁に来たんじゃない。
わたしにはわたしがあるのよ!


全身に針が刺さっているように痛む。泣き腫らした目は土偶。
カッターを見つめて手を握り締めて、Zとふうちゃんにヘルプを出した。
もう無理。無理無理無理。苦しい。助けて! 切りたい!

めちゃくちゃなメールのやり取りの後、事の重大さを理解して、Zは電話をくれた。
わたしはわあわあ泣いた。
ふうちゃんは夫にメールしてくれた。

そして何かが変わるの?
苦しい苦しい苦しい。
もう一週間以上出血が止まっていない。でも夫にそれを言ったところで「いつものことでしょ。平均して考えれば最後は辻褄合うんじゃないの?」と言われる。
心配なんてされない。優しくなんてされない。同情なんてされない。
だから何も言わない。言えば自分が傷つくだけだから。
だからお相手なんてできないの。そんな気にもならないしそんな状態でもないの。
いつも耐えてるだけなの!

もう無理。
切るならどこにしよう。でもZと約束したんだ、切らないって。
睡眠薬も2倍までしか飲まないって。
約束したんだ…。

浅い眠りの中でわたしはずっと息子の夢を見ていた。高校生の息子の夢だった。
会いたいよう。会いたいよう。

でもこんな姿見せられない。心配かけちゃだめだ。
息子の命と心は、自分のそれよりずっと大切だもの。

ふうちゃんは言う、Nさんはきゃらちゃんを愛しているよ?

そう?
だとしてもそれは必ず条件付の愛。
きゃらが○○してくれれば。きゃらが……であってくれれば。
愛される自分を求めているんじゃないの?

無条件でこの存在を愛してくれるのは父息子だけだ。
その二人を悲しませないために生きていくけれど、夫は果たしてわたしが死んだらどうなのか。
そこでようやく、わたしの言う「ハードル」の意味を考えるだろう。

ねえ聞いて。自慢じゃないし同情ひくわけじゃないよ。
わたしには病気があります。なぜそれを無視ですか。わたしはなんなのですか。

                                             伽羅moon3
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へみなさま本当にclearclearをありがとうございます。感謝でいっぱいですweep

| | コメント (8)

東京カルチャーショック。

わたしが東京に越してきて20余年が経つ。
東京に来ることになったとき、それはそれは嬉しかった。
当時仲のいいいとこが2人東京に住んでいたし不安はなかった。
逃げ出したいくらい苦痛だった田舎での大家族の理不尽な暮らしから抜け出せるのだ。
わたしはいそいそと荷造りをし、トラックが出発したあと赤ちゃんだった息子を抱いて、前夫と新幹線で出発した。

東京に来て、ビックリしたことが山のようにある。
わたしは、東京の人はみんなドラマのようにおしゃれなのだと思い込んでいた。
ところが電車に乗ってみると、11月だというのにもう厚手のコートを着ていたり、よれよれのTシャツの人がいたりする。
これにまずびっくりした。

家と家が隙間なく建っている。自分の窓を開けたらとなりの人と目が合ってしまうだろう。
バスがどこまで乗っても200円だった。これも驚いた。田舎では乗るときに整理券を取り、乗った距離に応じてその整理券とともに代金を支払う。
そんなことを知らないわたしは、初めて子供を抱いてバスに乗り、前払いということを知らずに座って、運転手にこっぴどく怒られて傷ついた。

子供たちがドラマの口調で喋っている!
わたしは必死に標準語で喋ってるつもりが、「大阪のひと?」と聞かれる。
衣類をクリーニング屋に持っていって頼むことを「洗濯に出す」と言う。
スーパーに食材を買いに行くことを「お使いに行く」と言う。
「お世話さま」なんて言葉が存在し、「おもちゃをかたす」と言う。えええ??

果物屋で、ざくろやイチジクが売っていた!
それは隣の家の木から失敬して食べるものだろ? 買うの??
っていうか果物屋さんそのものが初めて見るよ…。
ちくわぶ。ってなんなの? ちくわなの?麩なの?なにこのにっちょりしたへんな感じ!
スジ、ってなんなん? 全然スジじゃないし!
納豆にタレが付いて売ってる!(これは気に入った。)
油揚げが大きいよ! おいなりさん作ったらソフトボールみたいになっちゃったよ!

「やぐい」
「もさこい」
「やにこい」
「なまかわする」
「おっちゃくい」
に相当する標準語がないよぅ。どう説明したらええのん?

時間を調べずに駅に行っても電車に乗れる…。すごい。(田舎は1時間に1本。)
地下鉄の路線図が絡まっているように見えるよ…。
東西線スピード早い! 発車したとたん次の電車が来た!
常磐線、いろんな色の車両が繋がってる!(当時。)

コーヒーにモーニングセットが付いてない! 付けると高い! 
コーヒーにおつまみ付いてない! どゆこと??

水…まずい…。おええ。(当時マンション暮らしで貯水槽からの配水。)

        ++++++++++++++++

いまではすっかり慣れましたが、東京って不思議なところでした。。。
でも東京が大好きです。出て来れて良かったし、離婚できて再婚できて良かった。
何が好きって…人間関係が希薄で生きて行けるところかな…。
 
                                             伽羅moon3
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ皆さま、clearclearいつもありがとうございますshine感謝したしますribbon

          ++++++++++++++++
お問い合わせを頂いたので、恐縮ですがショップと制作室ブログのURLを紹介させていただきます。
◇blog: 「ストーンパルフェ・ワークス」 http://stoneparfait.blog41.fc2.com/
◇shop: 「ストーンパルフェ」 http://stoneparfait.cart.fc2.com/
2010_8gatu_autmn_collection_098よかったら覗きにいらしてくださいませ。
こちらはストーンパルフェのシンボル、ムーンストーンのブレスレットです。ムーンストーンとその仲間の石で作られています。静かで品のいい光を持っています。

| | コメント (2)

愛も輪廻する。

わたしは人付き合いが苦手だ。
それは嫌いだという意味ではない。
人と本当に心が触れ合ったときの幸福感を知っている。
人は人に癒され、人の中で成長する。

けれども裏切りもあるし嫌われることもあるし衝突もある。
人を傷つけるのは人に他ならない。
それが怖くてうまく付き合えない。
傷つけることも怖いし、今は傷を治す再生力がないから。

過去の傷にもいつまでも拘っている。そこから抜け出せない。そのときの気持ちをリアルに再体験できてしまう。思い出さなければいいのに繰り返し思い出しては煮えくり返ったり消えたくなったりあらためて恨みに思ったりしてしまう。

そんな気持ちを吐き出す場所がなくて心が汚れて、わたしはさらに人に会えない。
実家に帰って母親の自慢話を聞かされると脳がシャッターを下ろそうとする。
みんなからええ人やって言われて、優しいなぁって言われてるんよ。母はそう自慢する。
じゃあどうしてわたしに優しくしてくれなかったの?
コンクリートの階段の一番上から下まで落ちたときにどうして頭を殴ったりしたの?
殴って、そして怒りながらまたすぐマージャンをしに戻ってしまった。
わたしは背中一面ズル剥けだった。お風呂に入ると痛くて泣けた。

病院に連れて行ってくれなくてもいい。
薬を塗ってくれなくてもいい。
優しくされたかった。大丈夫?って心配して欲しかった。
それが他人には優しく出来て悲しい人を抱きしめて泣かせてあげてるんですって?

前夫の母親も酷い人だった。が、この人は悪い言い方をすれば馬鹿な人だったから仕方がない。悪気はないのだろうが考えなくひょいっとものを言うその内容があんまりでわたしは反論さえその場では思いつかなかった。
たとえば、わたしは一人っ子で前夫に嫁いだが、前夫の弟もまた一人っ子と結婚することになった。おっとりしたいいお嬢さんだった。
それを姑はこう言い放ったのだ。
「二人ともが一人っ子と結婚するやなんて、わたしバチがあたったわ。」
わたしはあんぐりとして言葉もなかった。
おかあさま、それじゃあ何ですか、わたしも彼女も、バチ、ですか。

この手のエピソードには事欠かない。銀靴はネタ切れはない(苦笑)。

でもまあ、二度と関わることのない他人だしバカなんだからしょうがないやと毒舌を吐くことができるけど、自分の母親となるとそう割り切れないのが苦しい。
母なのに優しくなかった。母なのにわたしを傷つけて更に塩を塗りこんだ。
その恨みがましい気持ちを持ってわたしは母が年老いたら面倒を見なければならないのだ。正直ユウウツだ…(スミマセン。)

わたしも、息子が小さいときは感情的になって必要以上に怒ってしまったことがある。
かわいそうなことをした。悪かった。
高校生になってからはもう一切叱ったりしないようにした。
ただ、命を守るために守って欲しいことだけを言い続けた。
冬山登山禁止。台風前の海水浴禁止。バイク禁止。霊スポットや廃屋の探検禁止…。
飲んだら吐くな・吐くまで飲むな…etc
生きていて欲しいからこそ口うるさく言ったが、それは守ってくれている。

生きていてくれればそれでいいじゃないか。
子供は自分のものではない。一人で生きていけるようになるまでお預かりさせていただいた大切な命なのだ。役割が済んだらもうとやかく言わなくていい。
一緒に生きて行く存在ではないから。

でも息子は何度生まれ変わってもわたしにとって最愛の魂だ。
何千年もつづく輪廻のなかでずっと愛し続ける。ずっとずっと永遠に。

                                            伽羅moon3にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へみなさま応援clearclearありがとうございますsign01感謝しておりますtulip

|

灼熱の外界 〔第900話〕

今夜こそは、と夕べは夜中に起きてからドリンク剤を飲んで仕事をした。
作品作りは、一回躓くと何度でもつまづく。
結局何度直しても納得がいかず、新しく作り直してみてようやくできるということがある。
そして逆に、何の苦もなくするするっと手から生まれるように出来上がってくる作品もある。
不思議だ。なにがそんなにちがうんだろう。
どちらも良かれと思って作り始めるのに。

日付が変わって本日締め切りの作品は出来て、撮影も終えた。
あとは取り込んだ写真をすこし修整してリサイズして、説明文を書く。
朝までの間にそれをこれからやる予定。

昨日の朝は、発送があったので出かけることにした。
どうしても出かけられない気分のときは集荷に来てもらうんだけれど、今日は行けそう。
そうだ、おなかも空いているし、マクドナルドに行きたいなあ。もう何ヶ月も行ってない。
じゃああの安売りのスーパーにも寄って、帰ってきてから寝よう。

昨日はそう計画しても潰れなかった。
だいたい自分で自分の行動を計画してそれに潰れて寝込むなんて、本当に適応障害は厄介だ。
日傘をさして、灼熱の外界に出てみた。

うわあ、暑い…。なんという日差し。各家のエアコンの室外機が熱風を吐いている。
こんな暑い中で外仕事をしている人たちがいっぱいいる…。
ありがとう。ご苦労様です、と頭が下がる思いだ。
結婚してすぐの頃は昼間歩いていると働いている女性にいっぱい出会うわけで、働いていない自分が後ろめたく、求人誌を持ち帰っては切り抜いていたものだった。

こんなに重病者になってしまうともう働きに行くことは無理なので、せめて家事と石の仕事を頑張ろうと思いながら歩いた。

荷物を発送し銀行に寄ってからマクドナルドへ。わあ、ひさしぶり。
ファーストフードやファミレスの大好きなわたし。つまり外食がすきなんだけど。
お一人さまランチは大好き。
窓に向かっているカウンター席に座って、駅前を歩く人や車を眺めた。
それから安いスーパーへ。ここに来るのも何か月ぶりだろう。
そもそも一人でスーパーに来たのが久しぶり。
簡単な煮物をするつもりできのことネギと牛肉を買った。
最近ハマってるのがフルーツグラノーラ。パンじゃなくてあれをもりもり食べるとお通じがいいような気がする。カルビーのがやっぱり美味しくて大袋ゲット。

帰宅するときのほうが暑さが堪えた。ちょうど12時くらい、日も高いし荷物が重い。
帰るとねこたちがわらわらと出迎えてくれて嬉しい。
シャワーをしてさっぱりしてから寝た。

夜はどうにか夕飯を作って提供。昼間の睡眠では足りてないのですぐに就寝。
で、起きてこれから仕事です。

夫をはじめ灼熱の中を通勤してくださっているみなさま、本当にお疲れさまです。
ありがとうございます。
水分をしっかり補給して体調気をつけてくださいね。
                                            伽羅moon3にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へみなさま、clearclearをありがとうございます。感謝していますheart

043

←わたしの中の秋の色はこんな感じです。
工房暖簾さんの「秋モード展」に出品する作品の一つ。
みなさんの秋は、どんな色ですか?

| | コメント (6)

真っ白だった手帳に。

うつを発症する寸前まで、わたしは自分の手帳やカレンダーが予定で埋め尽くされていることが好きだった。
仕事、病院、美容院、友だちと食事、飲み会、研究会、会合、締め切り…。
そうやって隙間なく自分をがんじがらめにしていたかった。

止まったら倒れる、と、わかっていたのかもしれない。

おとといは体調がわるくて一日もうろうと寝てしまい、夜中に起きたのでお昼までにいろいろ用事をやって午後寝よう!と思って張り切っていた。

ところが、朝ごはんを食べて満足したとたん、急激なうつの大波がザッブーンと来て、あっけなくわたしは飲み込まれてしまった。
注文品の発送に行ってこなくちゃ…
たまった洗濯を今日こそしなくちゃ…
3日が締め切りの作品を作って、撮影して写真を取り込んでちょっといじって、文章書いてデータ送らなくちゃ…
スーパーに行って食材買わなくちゃ…


何にもできない。できないよう。
洗濯機に洗濯物と洗剤を入れるまでならできる。
でも、干すのは無理…なら中途半端にやってはいけない…。
辛い。なんでいつも予定はこなせないんだろう。
泣きながら横たわっているとたまたま夫からメールが来たので、
「ごめんなさい、今日もだめです」と謝った。

住んでもいないこの部屋のゴミまできちんと整理して出勤のときに捨てて行ってくれる夫。
今日は遠くまで日帰り出張で疲れているのに、夕飯を買ってきて準備してくれた。
軽く食べてまた眠りに落ちるわたし。
さっき起きてみたら、食器は洗ってあり、洗濯もして干してくれてあった。
ありがたい…
こんな嫁なら居ないほうが楽だろうに…。
ごめんよ夫…。


心理研究所の所長さんが言っていた。
カウンセリングのために、着替えて、電車に乗って、出かけてきてもらうことが重要なリハビリになるんですと。
たしかに引きこもりのわたしは人にはみせられないような、あられもない格好で一歩も外に出ずに暮らしている。
けれどこれからは週に一回、着替えて鞄を持って電車に乗って乗り換えて、カウンセリングに行くんだ。
いまや病院に行くことが苦痛でしかなくなっているわたしには、カウンセリングはエステと同じくらい楽しみなことだ。(エステには行ったことがないけれど。)

それで出かけることが苦痛でなくなればいいな…。
せめて安売りのスーパーに行けたらいいな…(でも人がいっぱいいて怖い…。)

まっしろだった手帳に、ぽつんと予定が書き込まれた。
来週水曜日、担当カウンセラーさんとの初対面です。

                                            伽羅moon3

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へみなさまのclearclearのおかげで上のほうに居させていただいてます。感謝ですclover

| | コメント (4)

父のあぐら

わたしはもうオバサンなのに、気持ち悪いだろうが精神が子供のままなのである。
どうして成長できなかったのだろう。
人はどうしたら精神も成熟できるんだろう。
健常な人はどうして同じストレスを受けてもかわしたり流したりできるんだろう。

わたしは、父のあぐらの中に戻りたい。
小さい頃、晩酌をする父のあぐらのなかにすっぽりはまっていたそうだ。
わたし自身の記憶は曖昧だが、大きくなるにつれ、頭が父のあごに当たりるようになり、
「大きなって邪魔んなってきたなあ~。」と父は笑っていたそうだ。

父は3交替勤務で、夜勤から朝帰ってきてお酒を飲みながら食事をして、それから寝るという週がある。母は日中勤務なので、学校が休みのときなどは父が寝るまで食事の相手をした。
酔って寝るとき、父は時々わたしにチュッとして「可愛い」「大好き」と言ってくれた。
そのときはそうされることが嫌だったけれど、今思うと本当に可愛がられて愛されていたのだと思う。

母がわたしに対して暴走するのを時々止めてもくれた。
「そんな言い方するな。この子が悪いんやない。」
けれど父は母を愛しているので、どうしてもわたしは孤立した。
3人で電車に乗っても夫婦は並んで座り、わたしは違う席に「ここに座り。」と置いていかれた。

少女のころから「ここは父と母の家であってわたしの家ではない。」と思っていた。
自分の家という感覚に欠けていたのだ。
暴言を吐いてわたしを傷つけ、傷ついて帰って来たわたしの傷口に塩を塗りこむ母と離れたくて、早く結婚して家を出たかった。
けれどわたしは若気の至りでとんでもない家に嫁いでしまい、夫を含めその理不尽さに耐えかねて離婚した。

父は前夫の親を憎んでいる。わたしも憎んでいる。わたしのみならず父に対してひどいことをしてのけた人たちだからだ。
わたしが離婚したことを母は恥ずかしいと言ったが、父は言わなかった。
わたしも恥ずかしくはない。息子を得るために通るべき茨の道だったのだ。

女、三界に家なし。という言葉があるが、わたしは今、ようやく自分の住処を与えてもらった。心が安らぐ居場所を生まれて初めて得たのだ。

父はもうすぐ80歳。あと何年生きていてくれるかわからない。
わたしはオバサンになり、父はおじいさんになった。
それでも、あぐらの中に帰りたい。
大人になれなかったわたしの精神。
条件なく甘えられる場所が、父のあぐらなのだ。

                                            伽羅moon3にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ皆さまいつもclearclearありがとうございます。うれしいですheart01

| | コメント (4)

« 2010年8月 | トップページ | 2010年10月 »