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2010年8月

出会いは訪れた!

朝です。
まだ起きている朝、ではなく、早くに起きてしまった朝だというのがすごく珍しい伽羅です。

申し込んであった心理研究所に行ってきました。
結果を先に言います。
とうとう出逢えました。

        ++++++++++++++++++

ネットでまさかカウンセラーを見つけるつもりはありませんでした。というより、大切なカウンセラーさんを亡くして以来、もうカウンセリングは受けない・彼以上の人に出会えるわけがない、と思ったからです。
それでも当初は、悲しくて苦しくてネットでいろいろ探してみましたが、うつ病を患いそれを克服してカウンセラーになった人なんてみつかりません。
どこを見ても怪しげにしか思えず、もういい、と諦めたのです。

けれど限界を感じるくらい心が満杯になって苦しくて、放流のしかたもわからなくて、ああわたしには何よりもカウンセリングという手法が、場所が、適していたのにな…と思ったその目の先に、その研究所の広告があったのです。
初めて見るその名前になにかふっと惹かれてクリックをしました。
怪しくなさそう…。
わたしはそのページを夫のPCに送り、ここへ行ってみたいので許可と費用をお願いしたいと頼みました。
翌日夫からOKが出て申し込むと、ビックリされました。
その研究所は医療機関からの紹介者のみ受け付けているそうで、ネットで見て、という申し込みが初めてだったらしいのです。
とにもかくにも申し込みはできて、昨日の夕方出かけて行きました。

前の夜は期待に胸膨らんでしまっていて自制するのが大変だったのですが、いざ行くとなるとはじめての土地にはじめての乗り換えに…と緊張して、電車の中でソラナックスを飲むはめに。
夫が丁寧なビューのついた地図をつくっておいてくれたので、迷わずに行くことができました。

受付のおばさまは、すごく明るくて優しい感じの方で、ますはホッとしました。
時間ちょうど位に行ったのですぐカウンセリングルームに通されました。
今日は初回のインテークです。インテークとは生い立ちや現在の住まい環境家族状況などを聞かれる、カウンセリングのための土台になる部分です。
このインテークは所長さんが必ずやってくださるそうです。そして話を聞いて、どのカウンセラーがわたしに合うかを考えてくれます。
カウンセラーは全員、精神医療の現場を経験した人ばかりということでした。
所長と相談の結果、わたしより歳の若い女性カウンセラーに決まりました。でも、合わないと思ったらすぐに変更できますから我慢しないでおっしゃってくださいとのこと。
クライアントを大事にしてくれる印象を持ちました。

そこでわたしはかかっている病院のことを話し、転院したい考えがあることを伝えました。
最初の主治医だった大学病院の精神科の若い医師には、「なにが辛いんですか! 休んでて辛いなら働けばいい!」と言われ、カウンセリングをうけるようになったこと。
その後転院したが、今の主治医は怒ってばかりで怖く、通院が苦痛になっていることを話すと、所長は気の毒がってくれて、数回カウンセリングをしたあと、いくつかある提携病院の中から選んで紹介してあげましょうと言ってくれました。

なんと、転院にも関わってもらえることになったんです。
転院は、したいけれどもエネルギーが要ることです。
あの怖い先生に「病院をかわりたいので紹介してください。」なんて言えるだろうか…。
それとも黙って探してそーっと替えるか…でも、それこそどの病院がいいかを調べなくてはならない…と、いまひとつ踏み切れずにいたのです。

インテークを終え、受付で次回の予約をしながらそのKさんという人とお話してみると、ネット広告を見て申し込んできたのはわたしが始めてだったそうです。
一日のうち4回しか画面に張り付かず、4人がクリックをするとその日の広告は終わり、というコースで申し込んだ広告だったそうで、初めて間もないとのこと。
だからわたしがお電話したときに、いぶかしんでおられたのですね?と聞くと、怪しい広告ばかりのなかで、まさか選んで申し込みがあるとは期待してなかったということでした。

ご縁ですね。お互いにそう言いました。

探そうとしていたわけではなかったのです。ふっと目に付いて軽い気持ちでクリックしてみたところ、怪しくなかったというめぐり合わせだったのです。

来週はいよいよカウンセラーとの対面で、あらためてインテークです。
本当に話を始められるのはその次の週からになるでしょう。

安くはないです。そして続けないと効果は期待できません。
それを許可してくれた夫には感謝の気持ちでいっぱいです。
昨日は待ち合わせて外食をしてから一緒に帰りました。

こんなに落ち着いた嬉しい気持ちは久しぶりです。
この幸せは、みなさまにおすそ分けしたしますね。待っててください。

亡くなったカウンセラーさんが、力を貸してくださったかもしれません。導かれるような気持ちがしてそこに訪れましたから。

主治医もカウンセラーさんも男性しか知らないので、女性カウンセラーさんは初めてで緊張すると思います。来週また報告いたします。

長々読んでくださってありがとうございます。

                                            伽羅moon3

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憑き物

いいとも悪いとも言えるけれど、お盆に寝込んでからというものの憑き物が落ちてしまったかのようにスローペースになってしまった。

自分を追い詰めるのが好き?なわたしとしては物足りない。
もっとガンガン活動したいのに、じっくり考えてばかりいる。
挙句に果てには人に相談したりもしている。
大事なことほど人には相談せず自分で決める性分だったのに。

でも…
これでいいのかな…。
仕事は基本的には一人だけれど、委託先の人や所属団体の代表の人と作風を相談して出したりしている。
うん…いいのかもしれない…。わたしは芸術家ではなくデザイナーでクラフトマンだ。
デザイナーとはある条件や要望のなかで最大限いいものを提供するために努力をする仕事だ。わたしはそういう仕事が好きだった。
ショップの要望にあわせて納品し、イベントの趣旨について相談しながら作品を作る。
ともすればわたしは前のめりになって一人で突っ走ってしまう。確かに春からこの夏までフルスピードで駆け抜けてきてしまった。

一箇所、委託先を引き上げてしまったが、今思えば言われたことはわかる。ただ、向こうは言葉の使い方を心得ていない無礼な人だった。それだけのことだ。
言われた内容についてはわたしは一考の価値がある。
というかすでに改善したのだけれど。
失礼な言われ方だったが、おかげで立ち止まって足元を見ることが出来たように思う。


サービス業・販売業においては、クレーマーこそ真の客であるという。
それは、改善してもらいたいからこそクレームをいうのであって、それが改善されたときには人を連れてくるようなお得意様になるのだ。二度と来ない人はクレームなんてつけないですーっと消えるように帰ってしまって終わり。
クレームは、アイディアと改善の宝庫なのである。言い訳ばかり考えて逃れようとしてはいけない。その人が真に何を求めているかを聞き分けることができるよう、しっかり話を聞いて、受け止める力が必要と思う。

ちなみにわたしはクレーマーだ。飲食店などで、「これはアカンやろ。」という、目に余ることについてはしっかりクレームをつける。謝罪があって改善されればにこやかにお礼を言って次もまた行くだろう。そして逆も多いんですよ。美味しかったときは、どう美味しかったかを具体的に伝えて御礼を言って帰る。接客がとても良かったひとのことは名札の名前を見て、名指しで褒めて帰ります。

どんどん話が遠くなっていくけれどクレームの話をもうひとつ。
去年夫と行った居酒屋で、最初の話と会計時の話が180度違ったのでクレームをつけた。実際に接客してくれた本人も呼んでもらって確認したのでこちらに落ち度はなかった。
けれどレジに立ったその若い男は頑として「うちはこういうシステムですから。あれは間違いです。」といい続けた。
わたしは許さなかった。店長を呼んでくださいと言うと、自分が店長だという。では社長に繋いでくださいと言うとそれは出来ないという。
わたしは黙ってレジの前に立っていた。
店長は根負けして悔しそうにレジの両替ボタンを押すと、中から500円玉を取り出してしぶしぶわたしに渡した。

わたしはそれを受け取って、そしてここがいま後悔しているんだけれど、受け取ったあとレジ前の募金箱に入れてしまえばよかった!! カッカしていてそこまで頭が回らなかった。
欲しかったのは500円玉ではなかったのだ。
「間違えました。申し訳ございません。」 …そういう丁寧な謝罪の言葉だったのだ。
店長は最初から最後までとうとう謝らなかった。完全に従業員との連絡ミスなのに、ひと言も謝らなかった。
地方の店なのでもちろんもう行くことはないけれど、近所にあってうまくて安かったとしても二度と行かないだろう。

けどまあ、500円もらっちゃったわたしもわたしだわ~。

憑き物の話に戻れそうにないので、終わります(笑)。
このあと話はどこへ行くんでしょか??
                                          伽羅moon3

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悲しいわけじゃない。

薬によって生かされていると感じる。
わたしがなぜ飲み忘れに気がつくかというと、薬効が切れると必ず症状が現れるからだ。
自室にいるときだと比較的素直に現れるので気がつきやすい。
心がざわつく。わけもなく悲しくなる。息子のことが気になり失うことを恐れる気持ちが出る。過去のことを急に思い出して消えたくなる。
それと、頭皮が泡立つような感じ…脳に鳥肌が立つ、のほうが近いかな…。
そういうことで、あ、キレた…、と気がついて慌てて飲む。

飲みながら、まこと薬無しではまともに生きていかれないんだなと感じる。
そして、たまにだけれど、わたしは治らないタイプであって一生こういう症状と付き合って、一生薬を飲み続けるんだ、と暗澹たる思いになることがある。

だから悲しいとか、ましてや不幸だとか思ってはいないけれど。

貧乏も辛い。病弱も辛い。でも、息子がわたしより先に夭折したりすることがなければ、基本的にわたしは幸福だ。
子供を亡くす以上に悲しく不幸なことはこの世には存在しないと思っているから。

けれど、常に息子を思い、まるで異常な恋煩いのように思い詰め、病気になりはしないか・事故に遭遇しやしないかと心配ばかりしている。
彼女に振られやしないか、会社でパワハラに遭わないか、食中毒にならないか、財布を落としたりしないか…と、そんなことまで心配している。
おかしい。

ちまが吐かないか、いい排泄をしているか、機嫌よく寝ているかも心配だけれども、目の届くところにちまは必ず居て、ケアしてやれるからまだいい。
息子にはそんなあれこれでメールなんかしたらウザイに決まっている。だから元気なハハを装ってたまにメールする。

月曜日、カウンセリングを受けるところに初めて行く。
最初に少し話してからカウンセラーを決めるシステムらしい。
いい出会いがありますようにと祈る気持ちで行く。
期待しちゃいけないと思っても、期待してしまう。
心の泥を洗い落としたい。
ちっぽけでいいからきれいな素直な心になりたい。
                                            伽羅moon3

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最後の卵

具合が悪くて夜になるまで寝ていた。
途中泣きながら目が覚めた。
見ていた夢を思い出してまた泣く。

貧乏の記憶とはどうしてこんなに根深いのか。
自分ひとり暮らしで貧乏だったのならそんなに辛くなかったかもしれない。
たった一人の愛おしい息子に充分にしてやれなかった・我慢をさせた、ということが今もまだ辛くて泣ける。
行きたいというところに連れて行ってやりたかった。そんな時期はごく短いのに。
入りたい部活動に入らせてやればよかった。桃も葡萄ももっと食べさせてやればよかった。
可哀相なことをした。決して取り戻せないあどけない日々。
どうせ壊れる運命なら、もっともっとわたしが頑張ればよかった。

夢の中で…
息子は小学2年生くらいだった。離婚した時の年頃だ。
その卵が最後の1個だった。それしかなかった。
わたしはそれを小さな卵焼きにした。
半分に切って、一つは朝ごはんに息子に出してやり、もう一つは息子が持っていくお弁当に入れるつもりでいた。
ふり返ると、その半分の卵焼きを父が(父だったように思っただけで違うかもしれないが)ひょいっと口に放り込んだところだった。

わたしはその男に突進した。口を開けさせ出させようとした。
卵焼きはもう端っこが三角に残っているだけだったがわたしはそれを引き抜いた。
男の顔を殴り、わたしは泣きわめいた。
これしかないのよっ! 最後の1個だったのよっ! 
何すんのよ…、返してよ…。

わたしはわあわあ泣いた。
自分がひもじいのは我慢が出来る。けれど息子のお弁当に入れるものが何もなくなったのだ。こんなに苦しい思いをしてるのを知らないでひょいっとつまみ食いするなんて許さない! 返せ! 返せ!

息子を見るとただ黙って下を向いていた。怒ることもなく、泣くこともなく、じっと座っていた。
その姿を見てわたしは更に泣いた。
この子にこんな思いをさせるなんて… 貧乏とはなんと残酷なんだろう…。


そこで目が覚めた。起きてからもしばらくわたしは泣いた。
貧乏の記憶は、息子を我慢させた記憶である。
それがわたしを今も苦しめる。
今の夫と結婚できたおかげで貧乏ではなくなった。
息子自身も貯金を持っているし、正社員で働いてちゃんと収入を得て、一人できちんと暮らしている。わたしが借りてまだ返せない借金があるけれどそれがなくても大丈夫なくらいきちんとしている。

もう心配ないんだ。もう過去のことだから。
けれども辛い記憶は時に夢になってよみがえり胸をかき乱す。
これもうつ病の症状なんだろう。そして逆に、そういう辛さが重なりに重なってわたしはとうとう発症したのだろう。

また来月息子に会おう。おいしいものを食べさせてやって、葡萄を買ってやろう。
そうだ、卵焼きを作っていって渡そう。
母の味といえば卵焼きだと言っていたから。

辛かったねえ、と抱きしめてもらいたい。頭を撫でてもらいたい。
傷が痛い。治らない。わたしは辛かったのだ。本当に辛かったのだ。
忘れられる脳の形態をしていないのだ。
もっともっと、息子にしてやりたい。償いたい。あまるほどしてやりたい。

さりげないメールを送ってみた。息子は元気だった。
明日デートだそうだ。
来月また会おうね~と明るく締めくくって、わたしはまた泣いた。
                                           伽羅moon3
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限界…

もう、決壊しそうだ。
ふくらんだ水風船は限界まで薄くなっている。
発散のしようもなく、うまく放水もかなわない。
限界だ…。


去年の夏、カウンセラーさんを亡くしたのは本当に痛い。彼にだけ心の汚さも恐ろしい過去も話せたのに。お金を払って客として聞いてもらうということがどんなにわたしにとって重要で有効だったかを1年経ったいまでも噛みしめる。

そのカウンセラーさんとはわたしが働いていた店で知り合った。売り子と客として一瞬のふれあいだったのに、何かを感じてわたしはタブーを冒し職業を聞いた。
財布から「今日はプライベートなのでこれしか。」といいながら少し汚れた名刺をくれた。
心理カウンセラーだった。

大学病院の医師に心無いことを言われ、それを訴えて夫(当時婚約者)にはスルーされ、わたしはその日のうちにその人に連絡を取った。
それから、中断を何度もしたが2年の間、隅々までわたしの訴えを、汚れを、ゆがみを、聞いてくれていた。

うつ病を経験し克服したカウンセラーだった。
学校でお勉強してカウンセラーになった人とは重みが違う。
もう二度と彼のようなカウンセラーには出会えるわけがない。そう思ってわたしは次のカウンセラーを探すことをしなかった。
今でも悲しい。今でも泣ける。けれど泣くことを夫に咎められてからは決して夫には本心を明かさず、夫が母屋に帰ってからいつもこっそり泣くということを繰り返してきた。

そののちちまがやってきてわたしは癒され、石の仕事を始めて生きがいも見つけた。喜びも充分感じている。自分はなんて幸せで恵まれているのだろう。これは本心でそう思う。
夫は夫として100点の人だ。本当に良くやってくれる。そしてわたしにこの暮らしをさせてくれていることを、心から感謝する。働いて養ってもらえることにこの上なく感謝している。

だから、わたしは不平不満を言うべきではない。
そもそもそんな感情を持つべきではない。
家の行事に参加できず、家事は僅かしかできず、出かけることもできない役立たずのわたしが、こうして何の苦労もなく恵まれた生活をさせていただいているのだ。
こんなに幸福なのは生まれて初めてだ。それくらい幸せなのだ。
だからうつ病くらいどうってことない。死なないもの!
適応障害で行事に参加できないのを夫は咎めない。そればかりかわたしの分の食事を別に用意してくれたりする。ありがたいことだ。
パニック発作を起こしたときも見ない振りをしてくれる。
掃除をして日曜には洗濯をして、買出しに行ってくれる。毎日会社に行って働いてくれている。こんなに幸せだったことは人生で一度もない。本当に幸せだ。


なのに…

わたしの認知のゆがみは増大し被害妄想は拡大し爆発寸前の水風船を胸に抱えている。
夫はわたしの不調よりも自分のゴハンのほうが大事なのだ、とか。
わたしの苦しみなんかどうでもよくて、自分を拒否されたとすねているとか。
前に不幸せだと言った、それがやっぱり本心で、消費するだけで稼がず家事も少ししかしないわたしに不満が満載で疎ましいんだとか。
一緒に出かけたいのに、誘うと気が遠くなってしまう妻に嫌気がさしているんだとか。
望んでいた結婚生活ではないし子供ら(全員大人だが)の世話はしてくれない年老いた母を楽にもしてくれない嫁では役に立たないと思っているとか。
そんな認知でしか物事をとらえられずわたしはどんどん深みに嵌ってゆく。

そうすると、夫と居ても気が休まらない。緊張する。弛緩できない。
夫の顔色ばかり伺う。そして大概夫は不機嫌なので、それに気がついていない演技をわたしは続ける。
やられたら嫌なことを嫌だというとたちまち不機嫌になる。でも言わないと繰り返しやる。
不機嫌がこわいので本当に嫌なことだけをチョイスして言う。
夫はもちろん不機嫌になりものに当たる。
聞こえるようにおおきなため息をつく。
「本当に家事やらないよね。」という。
煮込みを大量につくったら手抜きだという。

「Nさんはきゃらちゃんがうつ病だとわかってて結婚したんだから大丈夫だよ。」と、共通の友人であるふうちゃんが言ってくれる。
ううん、夫はわかっていなかったよ。
「ことさらうつ病患者として扱う気はないです。」ってZに返事をした人だよ。
彼は必死にいろんなことを我慢しているんだ。
ひたすら我慢している自分が可哀相だとおもっている人だ。

もちろん、健常者にうつ病を理解しろということはどだい無理なので、我慢してくれてるだけで充分ありがたい。


ネットで目に付いた機関にカウンセリングの予約を入れた。
期待はしない。あのカウンセラーより素晴らしいカウンセラーに出会うわけがない。
悪くなければよしとして、お金を払って聞いてもらおう。
わたしのゆがみを。わたしの妄想を。わたしの悲しみを…。

                                           伽羅

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結婚の意味って

わたしは結婚して幸せだが、夫は結婚したメリットなんてないのではないか。
どう考えてもでっかいお荷物を背負っただけで、良くなったことなんてない。
お荷物だ。重たくてかさばるお荷物だ。

一緒に夕日を見て、いいねえって言える相手が欲しかったと夫は言っていたけれど、実生活で夕日なんて役に立たない。
本当は年老いた自分の母に家事をさせておくのがいたたまれなくて、そのやり方をそっくり継承したうえでわたしにバトンタッチさせたかったのだ。うつ病のわたしを、自分が結婚することで治せると高をくくっていた。

わたしはそのとき結婚を諦めようとした。彼と会うこともやめた。
彼がほしいのは家政婦ではないか。彼の母親の代わりにわたしに、20歳も過ぎた娘の下着を洗わせ、当時高校生で朝6時半に家を出る息子の弁当を作らせようとしていたのだ。

うつ病をわかっていて結婚したなんて嘘だ。
わかってなんかいなかった。一生懸命わたしのうつ病を否定していた。
そうでなくとも自分がそばに居て治せる程度の風邪と思い込んでいたのだ。

彼の母親は反対だった。一緒に住んでもいいけれど籍は入れるなと言ったそうだ。
親には特殊なカンがある。息子が幸せになれないことを瞬時に感じ取ったに違いない。
結婚して、大家族での生活。プライバシーのない暮らし。家族にわたしを溶け込ませようと躍起になるあまり、わたしをオマエ呼ばわりして常に常に不機嫌な夫。家計簿をパソコンで一円の狂いもなく毎日つけろという夫。

わたしはたった一ヶ月で大きく壊れて薬は倍増し、実家に療養に帰った。
電話でわたしは泣き喚いた。できない!わたしにはできない!あなたがやればいい!

スーパーに行くことすらままならずレジで会計をするのにお金の払い方がわからず立ち尽くすようなうつ病のわたしが、パソコンで全家計の管理ができるわけがないではないか。

生まれる前からずっと一緒に居て、この結婚で独り立ちをした愛しい息子を思って泣いた。息子の小学生のときの工作の土鈴を夜通し降り続けて息子の名を呼んで泣いた。

夫は生まれてこの方実家を出たことがない。親と離れたこともなく子供と離れたこともない。わたしの苦しさがわからないのは仕方がない。
息子はたった一人の宝物なのだ。命に代えても守るべきたった一つの命なのだ。離れて暮らしたことのない人にはわかるまい。いくら元気にしていてくれても、親は切ないのだ。


わたしは夫が望むことをなにも出来ない。夫として彼は100点だ。よくここまでやってくれるものだと感謝している。
けれどわたしは夫と出かけたくない。夕日なんて見にいけない。
社会人になった娘たちの下着を洗うことだってごめんだ。それは娘たちを嫌いなのでは決してない。いい子たちでわたしは好きだ。でもそれとコレとは違う。
だからお姑さまが留守と聞いてもわたしは母屋に行くことはない。大人になった彼女たちが相談して、夕飯を作るなり買ってきて食べるなりすればいい。


このところ酷い鬱が襲ってくる。夜中2時3時までほとんど何もできない。
月曜日、うつが酷いことを夫にメールすると、帰って来た答えは「夕食つくれるの?」であったし、母屋でいただいてくれませんか?という願いに対して帰って来た答えは、「僕を拒否するのですね。」であった。

わたしのうつ病は最早持病と化しており、希死念慮はなく、放置しても首を吊ったりしない。ねこたちがいるから家出もしない。なんの心配もない。いくら苦しんでいても死にはいたらない病気だ。
病気でなくなった先妻さんとはわけがちがうのだ。
だから夫はわたしの鬱をスルーする。聞こえないフリをする。そんなことは別にいいけどさあ、ボクのごはんはどうなるの?というわけだ。

わたしはゴハンどころではない。動けないくらい悪いのだ。切るだけで食べられるものもあるけれど、それすら出来ないのだ。かといって夫にしていただいて、ごめんね、ありがとうね、と萎縮して、夫の顔色を伺いながら機嫌に怯え、ビクビクしながら作り笑顔をする気力は出ない。

おねがい。心配してくれなくていい、やさしくしてくれなくていい。もういいよ。
嫌気がさしてるんでしょ? 外出もできず家事もろくにできない女と結婚して後悔してるんでしょ。わかってるから、やさしくしてくれなくてももういいよ。
でも、責めないで…。お願いだよ。


あれきり夫はアパートに来ずメールも一切してこない。
今度の妻は死なないから、心配する必要がない。
思い切り機嫌を損ねているのだ。
わたしは夫に会うことが怖い。

夕べはパニックを起こしてしまい、2錠飲んでる睡眠薬を4錠飲んで、頓服まで飲んで、それでもはあはあして眠れずに、ZのPCにアタマのおかしな滅裂なメールを送って、ふわふわタオルを顔にかけて、墜ちた。

薬の飲みすぎの反動で今日もわたしは異常だ。
ふっ。でももし夫に言っても「異常が普通なんでしょ。」と言われて終わりだ。

先妻さんを病気で亡くしているから、大事に思ってくれると思ったわたしは大馬鹿だった。
死ぬ恐れのない今度の妻は心配の必要もないわけだ。
そのとおり、こうしてのうのうと生きている。
夫にとって必要なものは何一つ持たず、お情けで生かしてもらっている。

わたしが仕事をして仕事である程度成功したいと思うのは、自分が自分でありたいからだ。なにもそれで生計が立てられるだなんて思っていやしない。
自分の存在価値が欲しいからだ。


やはり、カウンセリングが必要かもしれない。わたしは澱んでいる。

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うつ病に効果がある石

今日はひとつだけ…。

ラピス・ラズリという石が、うつ病に効果があるそうです。
最近知りました。
勉強不足です。

先日仕入れに行ったときに、好きではなかったはずなのにどうしても惹かれて惹かれて、ラピスを3種類も買って来ました。

…自分に必要な石だったのかな…。
困ったな。アクセサリーしないし(苦笑)。
どうしよう。

ちなみにこのブルーの石です。『瑠璃』(るり)というのはラピスのことです。
2010_8gatu_autmn_collection_129

2010_8gatu_autmn_collection_116



12月の誕生石の一つでもあります。
詳しくは制作室ブログへぜひどうぞ。
ブログ「ストーンパルフェ・ワークス」
もしくはショップへも良かったらどうぞ。
ショップ「ストーンパルフェ」

みなさんが持ちやすいものを考えて作ってみますね。
ああ、知らなかった。ラピス・ラズリ。

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                                            伽羅moon3

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ウザイわたし。

今日はなかなか起きられなかった上に、起きても酷いうつ状態だった。
まったく何にもできない。

この「何にもできない」ということを、理解されないものだとしみじみ思う。
うつ病なんだからウツウツとしていて普通、と夫は言う。
その通り。反論なし。

でもあまりにうつ状態が酷いのでメールをした。
「聞き飽きてウザイと思いますが、今日はひどくうつうつです、すみません。」と。
戻ってきた返事は
「夕食の支度できるの?」

わざわざうつ病のわたしが鬱がひどいとメールしているのだから、そうとうひどいのだ。
夕飯どころか起きているのもしんどいのだ。
こんな暑い中、働いてくれている夫には本当に申しわけないが、駄目なときは駄目なのだ。
母屋で夕食を頂いてくれませんか、とお願いしたら、「僕を拒否するということですか」と…。

泣きたい位にしんどいのです。
しゃべりたくもないんです。
食欲だってなくてゼリーいっこ食べただけです。
申しわけないけれど、喋ったり、会社の愚痴を聞いたり、愛想笑いしたりできません。
食事の支度をしてくれるような出来た夫ですが、ありがとう、ごめんなさいも辛い。
ましてや不機嫌な夫の顔を見ながら食事する気力を絞り出せないです。

やらなければならないことがいっぱいあって、それをやりたいと思うけれど、やれない苦しさ。ここの部分を健常者に理解してもらうことは無理だとわかっている。
理解して欲しい、同調してほしいと思ってなんかいない。
わざわざ、うつが酷くて辛い、と連絡したときは尊重してくれたら助かる。
わたし一人の食事なんてどうにでもなる。
働いてきてくれただんな様の食事はどうでもよくないし、鬱だからといってしかめっ面をしているわけにもいかない。

メールをやりとりしたあと、頓服を飲んで寝逃げした。

ちまが吐いた。
ごめんちま。わたしのせいだね…。

世の中誰だってやりたくないことを我慢してやってるんだから、と夫に言われたことがある。
やりたくない。そう言い切ってしまえるならいっそふてぶてしくも楽だろう。
やらなくちゃ、やりたいんだよ、と思っているのに、やれない…。
そしてそのことが辛い。

わかってくれなくていいけど、あたまの隅に置いて欲しい…。
…でもきっとそれでも腹が立つよね。ウザイよね、うつ病のわたし。

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侵略するマザコンねこ。

ちまは、わたしが自分の視界にいると安心する。そして自分がママの視界に入っていることも好む。なにかしているわたしを、ちまはじーっと見つめているそうだ。

新しく部屋のなかに作られた「制作室」は、北窓に面しており、そこで作業をしていると部屋全体に背を向けていることになる。
そーっと振り向くと、あんずはわたしの背後、視界の入らないラグの上でのびのびとしている。
ちまはいろんなところにいるが、頻繁に肩口をトントンしにくる。
どうやら「アタシを見て!」らしい。

一昨日、久しぶりに夜通し制作室で作り物をしたのだが、ケージの上で寝ていたちまがトントンしにきた。
「なあに~?」と聞くと、デスクを見上げて「アタシそこに乗りたいの。」という顔をした。
道具や材料の上に乗られては困るので、ちょっと端っこのスペースを空けて、「ここならいいよ。」というと、ちまは正確にその場所にジャンプしてきて正座すると、嬉しいとゴロゴロ言った。
しばらくわたしの作業を眺めながらゴロゴロ言っていたが、そこで寝ようとする。
ガラスのデスクなので冷えたらかわいそうだと思い、バスタオルを敷いてやった。
するとごく素直にちまはそこに寝た。
100819_00590001こんな風にデスクの3分の1を占領。
それでもリビングテーブルでやっていたときよりもスペースは広いので、ちまを眺めながら黙々と作業を進行。




100819_01030001←ちょっとはみ出てるよ?
100819_01030002安心しきったやすらかな寝顔に癒されます。
そーっと、なるべく音を立てないように…
ねこに気を遣いながら仕事するわたし。



100819_01140002かわいいなあ。
かわいいなあ。
ねこの寝姿ってかわいいなあ。いるだけでいいなあ。何にもしてないけれど、いっぱい幸せをくれてるんだよね。







100819_03310001←「えへ。照れるであります。」

今夜はPC作業だったので、ケージの上に寝てお互い視界に入っていたので侵略はなし。
でも今起きてきて、構って構って~の嵐。
あんずに見えないところでの抱っこを所望します。
プライドがあるのかしらねえ?

可愛くて可愛くてたまらないちまちゃん。
ねこって赤ちゃんと同じようなところが多々あるんですね。犬しか飼ったことがなくてねこの可愛さを知らずに来たけれど、今はすっかりねこバカです。

あんずはなつかないけれど会話ができます。頭のいいねこだなあと思います。
美しい三毛猫です。

ねこと一緒に暮らす幸せをありがとう。

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成長するマザコンねこ 。

ちまが吐くのはストレスからなのかもしれないと思い始めた。
週に二回も吐くとわたしは心配で、けれどもちま本人はけろっとしている。だからそう病的なものではないだろうと思ってはみるものの、吐くということに軽くトラウマのあるわたしは、気になって涙ぐむ。
かといって病院に連れていって検査をするのも体に負担がかかることを考えると気が進まない。すると夫がネットで詳しく調べてくれた。
ちまの場合は食べてすぐに吐く。もし胃まで行っていたら、ねこの胃酸は協力なのであんなきれいな?状態でぼこっと出てこないはずだという。
つまり、何らかの理由で、胃に入る前に戻してしまうのだ。
急いで食べたときとかがもちろん多いのだけれど。
それ以外に、繊細なねこはストレスで吐くことがある、とあったそうだ。

繊細なねこ…。
わたしは、ちまはフレンドリーでおおらかで大物だと思っていたが、案外繊細なのだとしたら…?と見方を変えてみた。
どういうときにストレスを感じているだろうか。

わたしは引きこもりなのでめったに出かけないが、出かけるとなると時間が長い。
わたしが出かける支度をしていると、あんずは嬉しそうにしており、「行ってくるよ。」と声をかけると、「みゃーお。」と鳴いてお見送りをしてくれる。
そのとき、あんずはしっぽがぴーんと立つのだ。普段垂れ下がっているしっぽがピーン。
わたしがいないと自由でのびのびできるのが嬉しいのだ。追いかけられたり抱っこされたりしなくて済むから。
ちまは、寝たふりをして知らん振りしている。
帰ってくるとちまは出迎えにきて、すりすりの嵐だ。
わたしは長時間留守にしていたので気が急いて、いそいでおやつかフードをやり、トイレを掃除して水を替えて…とバタバタしている。
そんな日に、ちまが吐くことが多いような気がしたのだ。

あんずはもとノラなので、あまりなついていない。
ちまはもともとがお墨付きのフレンドリーな性格だったが、仔猫のときから一緒にいるのでやはりなつき方が違う。特に去年避妊手術をしたとき、エリザベスを着けられて不自由なのに泣き言一つ言わないちまが不憫で可愛くて、わたしは手でフードを与え、スポイトで水を与え、自分の枕に寝かせて世話をした。
そのときからちまはマザコンねこになった。

いつも一緒に寝てる。仕事に没頭していたり、夫と話し込んだりしていると、後ろから伸び上がって肩口をトントンする。
「あそぼ。」だったり
「ごはんー。」だったり、
「一緒に寝よ。」
「アタシを見て!」のときもある。
蛇口から水が飲みたくて洗面所の前で「ナーォ。ナーォ。」と行くまで呼び続けるし、トイレが汚れていると「んんんん~っ!」と文句を言いに来るお猫さまだ。

要求を聞いて一緒に遊んだり、一緒に寝たりしている日には吐かないような気がする。
ちまはマザコンなのだ。

…つづく…

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後ろめたい。

どうにもうつうつとして、何もはかどらない。
せっかく立派な制作室ができたのに、仕事はさっぱり進行しない。
ゆうべはしっかりと入浴して体もがしがし洗ったし、夜中かなり泣いたので、明け方疲れて寝た。

何を泣いたかというと、何があったわけではなく、あのときあれでよかったのかとか、もっとこうしていたらこうだったんじゃないかとか、思い返すにあまりに辛いとか、考えなくてもいいことを考えて一人で泣きじゃくっていた。

過去の自分が全部嫌いだ。おぞましい。これからはごく限られた人としか関わらないでいよう、恥ずかしいから。

わたしはいつからうつ病だったのだろうと時々書くけれど、うつ病はやはり5年前くらいの発症かもしれない。
ただ、子供のころから「適応障害」であったのだろうと思う。つまりころれは気質であって、治しようがないのだ。うまくやれないのだ。
それでも大人になるにつれ、うまくやる技術を身に付け、頑張ってやってきた。就職してからも頑張った。結婚してからも頑張った。離婚してさらに頑張った。そしてそれが出来なくなってしまったのは、壊れていっていることに気がつかずに頑張り続け、そこに甘えていたかの人が引き金を引いたからだ。

血を流し続ける体で働きながら、月に2回地方の刑務所に面会に通うことがどんなに過酷か、塀の中のかの人は気が付く訳もなかった。彼はいとも簡単にわたしを打ち抜いたのだ…。

言葉は人を救う。そして人を殺す。
頑張り屋だったわたしは、殺された。プチっと音がしてマリオネットの糸が切れたように、わたしは動けなくなった。

なんのために頑張っていたのだろう。
相手のためではない、自分がそうしたいからしていたまでだ。そして相手のためになることなく、傷つけ傷つきボロボロになって逃げるしかないことが悲しかった。


先月まで仕事も驚くくらい頑張って来たけれども、ちょっと糸が切れて、今はすこしづつしか進行できなくなってしまった。

今日は遅くに起きて、うつが酷くて何もできず、かろうじて洗濯をすることができた。
作り物を1個して撮影した。それでもうつうつは去らない。
うつうつしてしまうことは、少し辛い。そしてそれが治らないことも少しだけ辛い。
ちまが背中をとんとんして誘いに来る。
ちま、おまえは罪作りだねえ。それとも「休みなさいよ~。」と言ってくれてるのか…。

横になるとちまがぴったりくっついて毛づくろいを始めた。
わたしはうつうつから逃れられなくて寝逃げした。
そして何も進行しないまま夜が来る。

頑張れない自分を認めてあげられることは至難である。
後ろめたい。
意義がわからない。

                                             伽羅moon3
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あの夏。

なんという酷い暑さだろう。
アパートの南西向きのキッチンは温室というよりもサウナである。
野菜やパンはリビングに避難させている。そうしないとあっという間に腐ってしまう。
小さな冷蔵庫は頑張っているが、サウナの中では息切れもするのだろう、あまり冷えない。

ねこたちはわたしが起きてもゴハンの要求をせず、ただだらんと二匹で寝そべっている。
除湿の28度設定では動けないらしい。
冷房の27度に変えたら、ちまがようやく動き出してゴハンくれと言った。

この酷暑のなか、働いてくれている夫をはじめみなさま、ありがとうございます。



あの夏…。
鬱を発症しながらもそうと気づかずに働きに行っていた夏。
あれほど辛い職場をわたしは知らない。
クラフトの仕事をしながら、それでは食べていけずいろんな職種を経験したけれども、あの店ほど酷い職場はなかった。

この店はおかしい、と気がついたとき。耐えられそうにないと涙が止まらなかったとき。辞めていたらうつ病はここまで悪化しなかっただろう。

機械の輻射熱で40度にもなる窓すらない小部屋で作業をし、汗だくで接客をした。
お客さまに「かわいそうにね…」と同情されることもあった。
こんな酷暑の中、汚い印刷のチラシを汚い紙袋に入れて、薄汚れたエプロンに帽子をかぶって、わたしは銀座の裏通りをポスティングして回った。
目立たぬよう・見つからぬよう、こそこそと人を避けてチラシを集合ポストに毎日投げ入れ続けた。

店主がアレルギー持ちでエアコンをなかなか入れてくれず、つけても古い天井付けのエアコンはすぐに赤いランプが点滅した。
そのたびにわたしは、椅子にのり、机に乗り、棚に登ってフィルターの掃除をさせられる。
男二人はしたからそれを見上げている。

水分の摂取もままならず、接客カウンターの真横にあるトイレにはなかなか入りづらく、わたしはひどい膀胱炎をおこした。
ストレスのせいか出血も止まることがなかった。
動悸はゆうに100を超え、拍動は時々飛んでへんなリズムを刻んだ。
帰りはどこにも寄らず、塩を噴いて奇妙なモアレ模様になってしまった服も恥ずかしく、逃げるように地下鉄に乗って帰った。
毎日毎日涙が出た。

あんなに辛かった夏は経験がない。

うつを発症していなかったとしても、あの職場は辛すぎた。勇気を振り絞って逃走すべきだった。
わたしはだんだん出勤できる日がすくなくなり、家で臥せっていることが増えた。
やがて眠れなくなった。朝が来てしまうことが恐ろしかった。
そして吐き気がするほどのぐにゃりというめまいに襲われるようになり、ようやくわたしは精神科に回された。
婦人科、内科、循環器科、耳鼻科を経て、ようやく。

うつ病であることは明らかだった。テストに記入しながらわたしはぼとぼとと泣いた。
壊れてたんだわたし。壊れてたのにわたし…。

診断され、抗鬱剤を処方されてもまだ、彼氏(今の夫)は辞めたらとは言ってくれなかった。
数日後わたしは通勤の電車に乗って銀座に向かっていた。数ヶ月前から立っていることが出来なくなっていたため、となりの駅までまず行って、そこで始発の電車に乗って座るようにしていた。
浅草あたりで気分が悪くなり吐き気がしてきた。
動悸も苦しく座っているのに肩がぜいぜいと揺れた。
鞄にいれてあるエチケット袋を握り締めながら耐えたが、おえっと声が漏れてしまい、わたしは慌てて地下鉄を降りた。
人形町だった。
トイレに駆け込んで少し吐いた。
休憩所があったのでそこの机に伏して泣いていた。

わたしはもう、行けない。

ここでやっと気がついた。もう無理なんだ。努力と我慢だけではどうにもならないことが世の中にはあるんだ。わたしは何でも頑張ったし、どの職場でもそれなりに重宝されてきたけれど、もう頑張れないってことがあるんだ。

彼氏にメールをして、辞めさせてもらいたいとお願いをした。許可をもらった。
生活の面倒を見てもらわなくてはならない。息子にもその頃は生活費を多めに出してもらっていた。
でも、もう、だめだ…。休憩所にはサラリーマンの人が入れ替わり立ち代りやってきては重い鞄をさげてまた出て行く。わたしは多分青黒い顔をしていただろう。涙が止まらなかった。生きていることを辛いと初めて思った。


二度とその店に行く気にはなれず、Zに頼んで私物と給料をもらってきてもらった。
あの夏から4年が経った。
わたしはまだ、東銀座で降りることができない。

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理由は不明

寝込んでしまった。
昨日Zと久しぶりのデートで楽しすぎたのかもしれない。
帰ってきてからはちまがまとわり付いて離れず、抱きしめてやると顔をこすり付けてひっくひっくとべそをかいた。寂しかったよぅと甘えまくってきた。
幸福だった。とても幸福な一日だった。

そして今日は起きられない。
一旦起きて薬を飲んでパンを食べてドリンク剤まで飲んでみたけれど、どうにも起きていられない。
どういうことだ、なにがいけないんだ。わたしには理由がわからない。

ただ、昨日あまりにも幸福で、脳内のピンクのお姉さんが出尽くしてしまったのかもしれない。
息子と会った翌日わたしは墜ちるけれど、それはいとおしさの余り切なくなってしまうからだ。
今日は意識朦朧で理由もわからず、ただ寝続けていた。

夫が放置してくれるのが本当にありがたい。
自分でも理由がわからず手のほどこしようがないこんな日は、見て見ぬフリをして放置しておいてくれることが何よりもありがたい。

昨日はZとデパートで過ごした。アクセサリーをじっくり見て、お茶をして、文具を買って、食料品を買って、それから夕飯を一緒にした。
その間絶え間なく喋り続けている。他に話しがもれない信頼感を持っているから、何でも話す。わたしは時々泣く。

楽しかった。彼女は明らかにわたしの財産だ。
大変な事件に巻き込まれて彼女と出会ったのだが、今はその自分の人生に感謝をする。
無知でバカだったわたしを守ってくれた女神だ。
わたしは一生彼女の心をケアして生きていく。お互いによりかかる互助会だと彼女は言う。うつ病になって余分なものをそぎ落とした結果残ってくれている友だちは、一緒に生きていくたいせつな友だちばかりだ。もちろん片手にも足りない人数だけれども。

ああ
なんだか銀色の星がキラキラする…。
薬飲んでまた寝よう。
いったいどうなっちゃったんだろうわたし。

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夫の思いやり

ゆうべ遅くにわたしの脳内会議から伝達が来て、会食には欠席させてもらうことにしました。謝るメールを夫のPCに入れてから寝ました。

今朝はまたちまがやらかして、一面ティッシュの海だったらしく、夫が片付けて掃除機をかけている気配を感じながらまだ起きられずに寝ていました。

ゆうべ夫と寿司屋のお持ち帰りメニューを見ながら、どれをどのくらい注文しようかという相談をしました。でもわたしは欠席。
けれど夫はちゃんとわたしのぶんをたっぷり運んできてくれました。
きっと何かは持ってきてくれる人だなと思っていたけれど、思いやりに感謝して一人でいただきました。

夫のシャツやズボンのアイロンかけをずいぶん溜めてしまっていたので、半日かけて、休み休みいっぱいアイロンかけをしました。
嫌いじゃないけれど体が疲れます。

明日Zと数ヶ月ぶりでデートするのだけれど、朝もメールが入っていなかったし、日中も夕方もメールがなく、あれっ、もう彼女が寝る時間なのにまだメールがない、と思ったら、急に心配になって心臓がドキドキし始めました。どうしよう、何かあったのかな…とドキドキしているところに、Zからのメールが来ました。

よくありませんか? 誰かのことを考えたその次の瞬間に、その相手からメールや電話が来るっていうようなこと。
これは予知能力ではなくて、相手が自分のことを考えたその思念を察知するのだそうです。だれにでもその能力はあるそうです。

大事な友だちなので、何かあったら普通ではいられません。具合が悪いと聞くだけで心配で心がいたくなります。心配しすぎなほどですが、頼りにしている友だちばかりなので心配になってしまうのです。

半月ほど制作を休んでしまいました。そんなつもりはなかったのだけれど、さすがに春からの疲れが出たのか意欲が出ませんでした。
制作専用のデスクもできたことだし、またコツコツ頑張ります。
2009_scape_070これが新しい制作室。まだ散らかす前の状態です。このデスクを据えるのも夫がやってくれました。嬉しいです。
北窓に面しています。昼間はカーテンを開けるとちょうどいい光が入り込んできて快適です。ねこたちは新しいこの空間が気になって仕方ありません。こっそり探検しているようです。
いい作品を生み出して行きたいと思います。

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脳内会議決定待ち

存在が認められないのは嫌だけれど、見た目が半透明くらいで、人が気にしない・うっかりすると見過ごすくらいだったらいいなあ。

自分の見え方を気にする人に、わたしは『人は思ってるほど見てないよ。』と繰り返し言ったそうだ。
そのわたしが、誰もわたしなんて見ないだろうに、それでも恥ずかしくて半透明を希望している。おかしな話だ。

いわゆるお盆休みに帰省しないことを選んだ。去年までは息子と一緒に実家で過ごして、お互いにオトナを夏休みにした。
二人でオセロをして遊んだ。
でも彼女が出来た息子は、急ぎ足で実家に2泊して戻ってくるという。
それでも行ってくれるだけありがたい。息子にとっても帰れる場所はわたしの実家だけだ。
わたしの両親が亡くなったら、わたしだけでなく息子も、「実家」を失う。

だから行けるだけ行って会えるだけ会えばいいのに、後悔することを覚悟の上でわたしは行かない。今はちょっと無理だ。
土曜日にZと会うことになった。二人展のときにギャラリーに来てくれたので会ったが、それが10ヶ月ぶりとかだったのだ。二人でわざわざ会うのは去年の9月以来だ。
毎日何度もメールが行き交う仲なので会ってない感じはあまりしないのだけれど。

予定を夫に伝えたら含みのある表情をした。
夫の姉一家が、集まって一緒に食事をしようと言ってきているのだそうだ。
わたしの中にさあーっとカーテンが下りた。シャッターではなかっただけ幸いだけれど。
こうしようか、もしくはこうしようかと考えている、という夫の説明に、わたしは涙ぐんで頭を垂れていた。
お姉さんはすごくいい人だ。旦那さんも気さくで、娘さんも息子さんも(夫の甥姪)いい子たちだ。

でも…。
わたしは…。

夫は「きみのことは考えないでやってくれって言ってあるから。」と言った。
「キミは参加しなくていいからね。」ではなかった。
そこに夫の本心があるのだろう。
去年はお姑さまの誕生日会に料理も作れて食事にも参加できた。
今年だって参加くらいできるだろう、と思われて当然だ。

半透明になりたい。
ここに居て何か料理を作ることくらいなら出来そうだけれど…
談笑は、辛い。
夫の気持ちや立場を思うとすまなくて、自分が情けなくてこっそり涙を拭いた。
今のところ最有力なのは13日のようだ。
せめて寝込まずに居られるだろうか。
脳内会議の決定に従うしかないわたしの体。

100811_19560001

←キッチンの窓にやって来たうちのペット3号。先日見かけた時より大きくなっていました。
お手手がかわいいヤモリちゃんです。
かわいいなあ~。ぱあ~っpaperってしてるんですよ。
柔らかそうなおなか…。
ヤモリは『家守り』と書きます。
蛾などを好んで食べてくれますが、
粉っぽいだろうなあ、蛾。

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自覚ある挙動不審。

今日はすごいよ。出かけられたもの。
制作して、包装して、発送のためにヤマトさんと郵便局に行けたもの。
帰りにホームセンターに寄って買い物もしたし、夕飯も作れた。(ただしやや奇怪な料理になった。)
勢いで洗い物をして、さらにすごくすごく思いきって髪も洗った。
カカトなんかもごしごししてみた。
疲れた。ご褒美にアイスを食べたところです。

何がイヤって、まず顔を洗うのが嫌。
着替えるのが嫌。
特に嫌いなのがブラジャー。
ささやかな胸だから、しないと困るということはなく、あの締め付け感がとてつもなく嫌。
サンダルを履くのが面倒。

で、ブラジャーをすべきかしないで出かけるかで悶々とする。
そんなこともうどうでもいいやん!って開き直れない。
本心は、したくない。けど、夏場はノーブラはバレバレ。みなさまに迷惑だ。
じゃあすりゃーいーじゃん、って思うあなたは健常です。
わかってますよ。悶々してるまにぱぱっと装着すればいい。
でもしたくない。かといってしてないことはみっともない。
もんもん…ずるずる…。

…今日は装着しないで、手提げを胸に抱えて出かけました。
ものっそ挙動不審。

電車に乗ればドキドキはあはあしてるか、そうでないなら鞄のなかをひっかきまわしている。
歩道で人とすれ違うときどっちに寄ればいいかわからないから立ち止まって通り過ぎてくれるのを待つ。
混んだスーパーに行かれない。当然特売のものは買えない。

汗をかくことが恥ずかしい。
自分が恥ずかしい。
精神年齢が低くて実年齢に全然追いつかない。
歳相応のことが全くできない。
ああもう、いやだ。

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ココニイタイ。

通院の日でした。

先月は真剣に転院を考えていたけれども、いざどうするかとなると、そんな大それたことは億劫で怖くてたまらず、地下鉄に延々乗りながら、転院は諦めようかと思いながら向かった。
カウンセラーさんが亡くならなければ…。
わたしは心のドロドロを吐き出す場所が無くて苦しい。
自分の持っている恐怖を誰にも理解されず苦しい。
何度でも何度でも同じ話しをして心の固まっている部分を溶かしたかった。
柔軟な自分になりたかった。
自分を認められる自分になりたかった。
カウンセラーさんを紹介してもらおうか…。
あの人みたいなカウンセラーには二度とめぐり合えないのはわかっているけれど。


病院は空いていて、主治医はたっぷり時間を取ってくれた。
事件の前にさかのぼって、最初の結婚や離婚やそのあとの苦しい暮らしについて聞いてカルテに書き込んでいた。
器以上に無理を重ねすぎたこと。盾になり守ってくれる人がいなかったこと。
温泉に行きたいという息子の願いを叶えてやれなかったこと…バスケ部に入りたいといわれたけれど、ユニフォームやシューズだけで5万もかかるとわかって諦めさせたこと…。
貧乏が染み付いて、今でも楽しく仕入れをしたあと罪悪感で発作を起こしてしまうこと…。
人の機嫌にいつも怯えていることも…。

もう10年以上前から身体症状は出ていたという話もした。
いつからうつ病だったのかはわからない。子供のころからだったかもしれないし、一番貧乏で仕事を3つ掛け持ちしていた頃からかもしれない。
いずれにしても、「事件」は引き金に過ぎず、わたしの中には鬱の餌が累々と積み重ねられていたと思うと話した。

カウンセリングをまた受けてみたいのです。そういうと主治医は否定した。
「あなたは自分がどういうわけで鬱になったかを既に充分理解している。だからいまさらカウンセリングを受けてもそれで治すことはできないよ。」

治らなくてもいいんです。この苦しさを、このドロドロを吐き出して泣かせてくれる相手が欲しい。お金を払って話しを聞いてもらって泣いて、成長できていない子供の自分を抱きしめてやりたいんです。
わたしはぼとぼとと泣いた。

「外に出る訓練をしなさい。このまま引きこもっていてはいけない。一歩玄関を出るだけでもいいから訓練をしなさい。それがもし苦痛だったら、勧められるのは〔入院〕ですよ。」

入院…。今になって入院?
「自分で訓練できないのなら、そういうプログラムのある病院に入院したらいい。そこでは誰もあなたを責めないし、やさしくゆっくりと指導してくれるから。あなたにその気があるのなら、どの病院がいいか考えておきます。」


わたしは、外に出たくない。
この部屋にいることが天国なのだ。
それでも出かけなくてはならないのだろうか。酷暑の中、人ごみに。

暑いのも嫌いだし体が濡れることがひどく嫌いなので自分の汗にも嫌悪感を感じる。だから出かけたくない。

そしてわたしは醜い。ぞっとする。
Zに誘われてもヤスコさんに誘われても出かけられないのは、彼女たちが綺麗すぎるからだ。わたしは自分の醜さがみじめになる。


飲んで帰宅した夫と話した。
夫とは意見は一致しない。物事のとらえ方が真逆だ。
わたしは脳を病んでいるからゆがんだもののとらえ方しか出来ない。
それを正そうとされてもできない!
理解してくれって思わない!
感じ方考え方が違ったっていいじゃないか!
いいんだよ、理解なんかできっこないんだから。
でも否定しないで! 責めるのをやめて!
ゆがんだ認知に最も苦しんでいるのはわたし自身なんだから。
見た目は関係ない・心が大事?
そんなわかりきったことを説かないで! 当たり前じゃないそんなこと。
いま付き合いがある友だちは、魂の触れ合う人だけだよ。
だれもわたしが醜くなったことを責めたりしないよわかってる。

でも地下鉄の窓ガラスに映った自分を見てぞっとするの。
それを誰にも見せたくない。
どこにも行きたくない。
ねこたちとこの部屋にいるのが天国なの。

それすら「先はどうなるかわからないからね?」と脅すの?

入院…
なにもなければしてみたい。それは転院ということになるそうだし。
でもしたくない。
ねこたちと離れたくない。ちまをグルーミングしてやらなきゃ。遊んでいっぱいジャンプさせてやらなきゃ。離れたくない。毎晩くっついて寝たい。
制作が出来なくなるのもいや。
その二つを奪われたら、わたしはもう、存在の意味を失う。
だからやっぱり入院なんてしたくない。

わたしはここにいたい。ここにいたい。ここにいたい。
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吐くトラウマ

ちまは時々吐く。吐いたあとケロッとしているので心配ないとは思うけれど、今夜はわたしは泣いてしまった。
心配だから内容物を調べてみると、一番奥に大きな毛玉があった。それが原因だ。
だから異常ではない。

けれど、吐くということはとてもとても苦しい。
体ではなく、心が手痛いダメージを受ける。
ちまが精神的にダメージを受けたかどうかわからないけれど、ねこにも感情はあるのだから、ショックなのではないだろうかと心配する。

毛玉だったということは、世話をしているわたしの責任だ。
毎日きちんとブラッシングをしてあげていればこんなことにならないのに、わたしは世話を怠っている。家事もマトモにやっていない。仕事も停滞していて些細な作業で済むことなのにお待たせしている。
昨日の朝、寝ているわたしを横目に洗濯物を干していた夫が、「見事に家事やらないねえ。」と言った。最近は煮炊きもしていないからガス料金がとても安いらしい。
夫は自分は数時間しか過ごさない部屋なのに、見かねていつも綺麗に掃除機をかけてくれる。洗濯は基本的にはわたしがするけれども、金曜日に出かけて洗濯をしなかったばかりか、自分がどっさり脱いだので、土曜の朝に夫が洗ってくれたのだ。

なにもやっていないのだから、ちまのグルーミングぐらいやればいいのにわたしはいったい何をしているのだろう。
ごめん、ごめんねちま…。
泣きながら撫でると、なだめるかのようにちまは手を舐めてくれていたが、そのうち付き合い切れなくなって行ってしまった。

わたしはしゃくりあげて泣いた。
なぜ、わたしは吐くことにこんなに過剰に反応してしまうのだろう。
酒を飲み始めた頃の息子に、「飲んだら吐くな。吐くなら飲むな!」としつこく言い続けてきた。自分はどれほどひどい失敗をしているかしれないのに。


そう…わたしは乗り物酔いが激しく、すぐに吐く子供だった。
自動車だけでなく、バスはもちろんのこと、新幹線も特急電車もダメだった。
自分が車の免許を取って、酔うことはなくなったけれど、いまでもゆりかもめは気持ちがわるくなるので苦手だ。

吐いて叱られた。
辛かった。親ならわかって欲しいと切に思った。親は酔わない人たちなので、その気持ちを理解できないらしかった。
なのに、自分と同じように乗り物酔いをして吐く息子を、わたしは叱ってしまった。
なぜ、気持ち悪いって言わないで黙って吐くの!
でも、思い出してみれば自分が子供のころは、余りにも気分が悪くて言葉も出せなかったのだ。ねえねえおかあさん、気持ち悪いのあたし吐きそう。だなんて伝えられる力はなかった。必死にこらえて、事態が好転することを願って耐えて耐えて、でもダメになってしまう。

ほかのいとこたちはそういうことはなかった。なぜなら家に車があったからだ。
わたしの親は免許を持たず車も当然なかった。
祖父(父の父)の借金を背負わされて夫婦で返済していたため、限りなく 貧乏だったからだ。
その間に父のほかの兄弟たちは免許を取り車を持った。その子供たちは誰一人車酔いをしなかった。わたしだけが酔って吐く。母はそれを嘆いた。

苦しくてみじめで、人に迷惑をかける。車を汚してしまい親は恐縮のあまりわたしを叱る。
トラウマになっていて当然だ。

ごめんね息子。ごめんねちま…。
苦しいのにね。ごめんね…。

ちま、ブラッシングしようね。きみはあんずと違ってふわふわの毛で覆われているから、こまめにしないといけないね。
ママいま頓服飲んだからね。もう泣かないからブラッシングしよう。

息子にはなんでもないメールをしよう。
心の中で謝りながら。
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のびのびにゃんこ~。

捨てられない性質のわたしが、きっぱりと捨てるには相当の勇気と気合が要る。
なんでこんなにうじうじしてて、なんでこんなに執着する性格なのかなあ。
射手座B型なのに。
見た目はサバサバ系と言われるのに。

でも、未練があっても執着があっても捨てたほうがいいものはある。
そのときに、埋もれて見えなかったものが、急に見えたりするのかもしれない。
スリムに生きることはいいことなんだろうな。なかなかそうはいかないけれど。

          ++++++++++++++++++

今日はうちのにゃんずのリラックス写真をご紹介heart04
というのは、カメラ大嫌いなあんずのリラックス写真の撮影に成功したからなんです。
2010_092めったに見ることが出来ない、あんずのおなかです。
うちに来たばかりのころはベルトのようだった黒い模様が、腹巻きになってしまいました。
大また開きで超リラックスモードです。




2010_089カメラに気がついても逃げませんでした。珍しい!あんずはカメラ大嫌いなんです。
というかあまりなついていません(苦笑)。抱っこも嫌いだし、たまに撫でるのがやっと。おなかを触ったのなんてもういつのことだか思い出せません。爆睡して仰向けになんてこともありません。
2010_096あんずのチャームポイントはピンクのお鼻。肉球はピンクで、右手にだけ斑があります。
それとわたしが好きなのはカギしっぽ。先端がクランク型に曲がっています。大好き。
声も高い可愛い声で、鳴き声はマ行です。そう、にゃあ、ではなく、みゃあ、です。


2010_097とってもおしゃべりなねこで、「おはよう。」が言えるんです。
正確に再現すれば「おあおう。」ですが、これはゴハンの催促です。わたしが起きると「おはよう。」と声を掛けてフードをやるので、「おはよう。」=ゴハンと思っているらしく、おなかペコペコのときは「おあおう、おあおう」の連呼(笑)。うるさいったら。
気が小さくてへっぴり腰ですぐにシャーシャー言っちゃうあんずです。



2010_066こちらは「大物」ちまちゃんです。
いつでもどこでもリラックス。びびるなんて言葉知らないです。あ、掃除機が大っ嫌いで怖いですが。
あんずを抜いて5キロ超えのオンナノコです。おなかの下のほうに『桃』があるのがたまりません! 手触りも本当に桃みたいなんです。かわいいピンク色。

2010_069「桃」の他にチャームポイントは、まだらのお鼻と アズキ色の肉球。
小さい頃はまさにアズキ色で、名前もあずきちゃんにしたかったのですが、あんずと音(おん)が似すぎているのであきらめました。今はアズキというよりは黒豆かな。
シッポは根元がしっかり太くて長くてすらっとしています。

2010_087「やるかコイツ!」 ではなく、肉球を舐め舐めカジカジしております。
鳴き声はめったに聞けません。静かなにゃんこです。発音はナ行で、「ナーオ。」と鳴きます。今お返事の練習中。「ちまー。」「んにゃ。」(笑)
用事があるときだけ鳴き、おしゃべりはしません。シャーって言ったこともありません。変な物音がすると、ウ~ッと唸りながらパトロールに行ってくれる、頼もしい「番猫」です。
2010_075とってもフレンドリーで一緒に寝てくれます。でも抱っこをせがむことはほとんどなくなってしまいました。代わりに「背中トントン」を覚えましたよ。わたしが腰掛けて仕事してたりPCしてたりすると、後ろから伸び上がって肩口をトントンするのです。「なあに?」と振り返ると、「んにゃ。」…たいていは、「ごはん」・「おやつ」・「あそぼ」、です。
トイレが汚れていると「んんん~。」と文句をいうお姫さまです。


というわけで、伽羅さんと暮らしているにゃんずでした。
猫好きのみなさま、楽しんでいただけましたでしょうか。

あのう…それでですね、ちょっとお願いが…。

今、所属している「工房暖簾」さんの企画展で【となりの猫展】というのを開催しておりまして…出品いたしております。
いろんなねこグッズが出されています。
…見に行っていただけませんでしょうか。すみません、ながーい前フリで(笑)。

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どうぞよろしくお願いいたします。
制作室ブログはこちらですブログ:『ストーンパルフェ・ワークス』

最後まで読んでくださってありがとうございました。
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うつと不機嫌は違うのです。

ひどくウツ状態で沈んでいた。
どうにか石の整理をしてオーダー品をつくったりしていたけれど、そうしていないと辛すぎるからであって、ハートが回復したというわけでもない。

ショックをひきずるタイプです。言葉に傷つくタイプです。
過敏に反応し過剰に気にします。
そういう性格、または病状です。

うつ状態は辛いです。
辛い、って言えない事がまたさらに辛い。
もし辛いだなんて言おうものなら、なんでと聞かれるから。
そしてそんなことくらい、とか。それはしょうがないよとか、それならやめればと、男の人の反応は決まりきっている。
そうかあ、辛いねえ。よしよし。なんてしてくれる男が居る訳がない。だってそうしてほしいのは男のほうだもの。

ウツ状態で沈んでいるのは、不機嫌なのではありません。混同しないで欲しいです。
悲しくて辛くて沈んでいるのです。
反応が鈍いのも無口なのも、不機嫌だからではないのです。
辛いのを我慢しているからです。

辛いって言えたらいいのに。
苦しいって言えたらいいのに。
理由も聞かれず励まされたりましてや叱咤されたり説教されたりせず、
そうか、辛いねえ、うんうん。とよしよししてくれる人がいたらいいのに。

悲しみの淵にいるときに、引っ張り上げてもらえなくていい。
ずぶずぶと沈みこんでいかないようにやさしく接してくれるだけでいい。
薬の力を借りたり、制御反応で寝逃げしたり、もどかしい生き方しかできないけれど、
むき出しの神経で生きているわたしたちは、優しさに飢えています。

理屈ではないのです。そんなことわかっていても悲しいものは悲しく、切なくなってしまうのも仕方ない。自分でもコントロールできません。
責められることを最も恐れ、不機嫌になられることに怯えるあまり、一生懸命役割を果たそうとしています。
足りないと思う。満足に値しないと思う。
でも見えないところで目立たぬように頑張っているのです。

眉間にシワがより、伏し目がちになり、声が低くなっても、それは不機嫌だからではありません。
やはり、病んでいるのです。気にしなーいとか、切り替え~とか、できません。
そういう病気です。

理解されなくていいのです。
責めないでいてくれたら充分です。それだけでいいんです。

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泣きながら帰って来た

日曜日は息子との楽しい浅草デート。
二人展での売上金が石に変わってしまう前に会おうよと言ったら、寿司がいいという。
もちろん回るところだけれど。
お気に入りの浅草の回転寿司に行き、お腹いっぱい二人で食べました。

その後いつものように浅草寺にお参り。
Keisuke_030改修をようやく終えた浅草寺の美しい瓦屋根。向かって右側にはまだ足場が残っていましたが、ぴかぴかに美しくなっていました。
彼女が出来ますように、就職がうまく行きますように…と願をかけ続けてきたお馴染みの浅草寺。きちんとお礼参りもします。

暑さでうだる浅草は観光客でにぎわっており、カキ氷が飛ぶように売れていました。

Keisuke_033Keisuke_034お腹いっぱいで苦しい苦しい。
でも前回行った喫茶店が気に入っていたので、そこへ行って休憩しようとまた歩きました。
昭和のムードを上手に残した(もしくは再現した)喫茶店で、前回はたまたま入ったのですが、そこのプリンが絶品だったのです。本格的にちゃんと蒸したプリン。それが食べたくてまた行ったのです。

Keisuke_035これがそのプリン。ホールから切り分けて来るのでこの形です。ほろ苦さを感じるくらいのカラメルと、あっさりとした生クリームとのコラボも抜群。
Keisuke_041お腹がはちきれそうな息子が頼んだのはソーダフロート。この懐かしい色!デパートの食堂で頼んでもらってワクワクした子供時代を思い出させる色です。息子いわく「アイスがおいしすぎる。もっと安っぽい味でいいのに。」だそうで。

苦しいお腹を抱えて松屋に移動。夕飯のお弁当とデザートと果物を買ってやって、解散しました。

違う地下鉄で帰るので松屋の地下でバイバイです。別れて歩いていく息子を見送っていたら、遠ざかってからヤツは2度振り向いて、ちいさく手を振りました。

ちいちゃかった男の子。泣き虫で体も弱くてささやくような可愛い声だった男の子。
抱きしめて抱きしめて育ててきた大事な最愛の息子。

いつまでこうして二人で会えるだろう。
わたしは地下鉄に乗って泣きました。
いくつになってもいとおし過ぎる。可愛すぎる。そして今はもうなにも心配することがない幸せな親であるのに、切なくてわたしは泣く。
二人で寄り添って生きてきた歳月。わたしが泣いていたら一緒に泣いてくれた小さな男の子。
もう立派な社会人で新しい会社にもなじみ、彼女も出来てラブラブの様子。しっかり自立して、おそらくはわたしよりはるかにちゃんと料理もしている。
元気で生きていてくれる。
こんな幸せなことは世の中にない。
なのに切なくてわたしは泣く。いっぱい我慢させたことを償いたい。埋めたい。
地下鉄に乗っている間中、わたしは泣いていました。


そして帰宅してPCをあけると、ある委託先からのメール。
先にメールを送ったのはわたしで、それがどうやらカンに触ったらしく、激しい言葉が連ねられてありました。
クォリティの低さの割りに価格が高い、こんな値段を出せば専門店でもっといいものがいくらでもゴロゴロしている、と。
チープ(安い、ではなく、安っぽいの意味)であるとも…。

苦言を呈してくれる人は余りいないものなので、ありがたく真摯に受け止めなければならない言葉です。
でもね、もう少し言葉は選べたのではないのかな…。
言葉にこだわり言葉に傷つくわたしは、激しく傷つき墜ちました。
内容にではなく、使われた言葉に傷つくのです。
わたしはちまとくっついて寝落ちしてしまいました。

やはり立ち止まって考える時期に来たようです。
苦言はありがたく頂戴し、既に数日間眠って眠って休んだから、そろそろ仕事を始めよう。
作り続けること。それしか進歩の方法はありません。
泣いていないで作らなければ…。

また今日から始めます。
                                          伽羅moon3

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