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エンドレス

今月は診察に行かなくっちゃ…。

先月は委託店舗に送る作品作りで脳はいっぱいいっぱいで、GWは夫が家事を全部やってくれた。すごく助かった。
でも引きこもりも悪化(進行?)して、もう薬がなくなる!という日にもやはりわたしはどうにも出かけられなくて、泣きながら病院に電話をして電話診察を受け、薬を代引きで送ってもらったのだ。

今月は行かなくちゃ…。
早めに寝たのに、起きられず布団で苦しんでいると調度Zからメールが来て、やさしく起きるのをうながしてくれた。
彼女は優しい人だ。言葉の使い方を実によく心得ている。
わたしはおかげで起きられて、ドリンク剤を飲んで病院に向かった。

うつ病の診断をされたのは大学病院だったが、担当医に不信感を持ち転院したのが今もずっと通っている心療内科。
小さな駅のそばの、小さな医院である。
先生は本も出しているし、業界では医者に教える側に立っている。
うつ病は治せるものだと思ったので転院したのだ。

事実、うつ病が治って社会に復帰した人を何人も知っている。うつ病は治るんだ。

シンプルなうつ病だったらわたしも治ったかもしれない。
でも…
わたしはいったいいつまでこのちいさな医院に通うのだろう?
帰り道、ふとそう思う。
バスに乗って地下鉄に乗って、行き先の適合した電車が来れば乗り換え無しで行ける。
けれどその距離はかなりのものだ。
ただ、わたしの大好きな浅草橋に途中下車できるので、最近はずっと、病院の帰りには浅草橋に寄るというのを抱き合わせにしている。だから元気を振り絞って行ける。

「出かけられないんです。出かけたくないんです。出たくないんです。」
そう訴えると主治医はこともなげにこう答えた。
「出かけなきゃよろしい。生きていくのに最低限の用事をこなすだけ何とか頑張って、あとは誰とも約束しなきゃいいし、遊びにもいかなきゃいいし、行きたい気持ちになるまで、行かなきゃよろしい。」

せんせい、そりゃ身も蓋もありませんね。
けれどわたしは重要な「診察」をすっ飛ばすほど、出かけたくないのだ。
いや…わたしの中では「診察」はもう重要ではなくなってしまったのかもしれない。

薬さえもらえれば、いいや…。
そんな気持ちがあるのかもしれない。
治ることがないなら、わたしはずうっとこうしてこの医者にかかるのだろうか。
いまさら転院してまた一からというのは億劫すぎるもの。

医院には張り紙がしてあって、来週から院長の不在が多くなることが告げられてあった。
今は若先生もいらしてそれで支障がなく、講演や出演で留守ができるのかもしれない。
わたしの主治医は院長で、来始めたころは若先生はまだいらっしゃらなかった。
院長が現場を離れるようなことがあっても、若先生が引き継がれるから医院はなくならないだろう。


その駅に電車が到着する寸前、車窓から遠く東京拘置所が見える。
あれから5年ちょっとが経過して、その間新監獄法が施行され、ずっと工事中だった東京拘置所もその全容ができあがったことだろう。
もう二度と行くことがあってはならない場所。けれど、わたしは行ってみたい衝動に時々駆られる。

赤い鞄を持ち、銀の靴を履いて通いつめたあの道を歩いて、あの要塞に行ってみたいと、時々思う。
なぜであるかはわからない。

                                           伽羅
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