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2010年6月

お願いです。

治らなくていい。
対処療法でいい。
なにか、このうつうつとした苦しい気持ちを押し上げてくれる薬が欲しい。
半日でいい。ううん、3時間でもいい。
取れない胸の中の黒い重い塊を砕いて、陽が差し込むような薬が欲しい。

治らなくていい、錯覚で構わないから。


自分の大切な人が苦しんでいるのは、自分が苦しいよりも苦しい。
親が先に死ぬのはこれは順番なので、いくら悲しくても諦めがつく。夫もわたしが看取る約束でそれを望まれて結婚したのだからこれも仕方ない。
でもそれ以外、自分の大切な人が苦しんだり死んでしまうような場面にわたしは出会いたくない。そんなのいやだ。
自分がこんなだから、頼りに思っているのに、勝手だけれど。


息子は新しい会社のことをまだ語らない。苦しい最中なのだろう。
「大丈夫だよhappy01」と返信してきたけれど、わたしがおかしくならないように無理をして笑顔マークをつけてくれてるように感じる。
もう立派な大人の男性だ。
けれど、彼の弱さをわたしは誰よりも知っている。死にそうな子供だったのだ。
精神的に脆くてはかなくて傷つきやすい繊細すぎる子なのだ。
今は社会に出て7年揉まれて、筋肉が付いたのだろうけれど、その骨がいかにか細いかを知っている。だから心配する。
でも心配だとは絶対に言わない。
体調大丈夫? 辛いかも知れないけれど段々慣れるから頑張って、と、言われるまでもないありきたりのメールをする。
鍛えられた筋肉の中に細い細い骨が隠れていること知っているから、ハハはいつも心配でたまらないのです。

          ++++++++++++++++++

頑張る人って、どうしてそこまで?と見ている傍目がハラハラするくらいに猛スピードで飛ばしている。
本人は、頑張っていることはわかっている。
すごく頑張れていることを理解している。
けれど大事なことを知らないのだ。

自分の許容量。
限界をとうに超えてしまっていることを。

頑張って頑張って走り続けて、ある日ふっと、ぷすんがたん、と止まってしまう。
おかしいな。なんでかな。
そこで、「壊れた」ことに気がつく人はまだいい。おそらくは軽く済む。
でも自分が壊れると思っていない人は、またそのポンコツで走り始める。

ガソリンタンクには穴があき、ブレーキは磨耗してその役割を果たさず、クラッチはすべってギアダウンももう出来ない。

そしてついに、舞台の仕掛けのようにすべてがバラバラと崩壊する。
組み立てようとあせるが、組み立て方もわからなくなっている自分に驚愕する。
なんで? なんで? なんでできないの? なんで走れないの?


わたしは、そのポンコツのガラクタを引きずって嫁いだ。
そしてそのガラクタが元の形を失うまでに壊れて変貌した。
「釣った魚に餌をやらないというのは、キミのことだね。」と、いつだったか夫が言ったけれど、その通りだ。
夫が望んでいた妻という存在はここにはいない。


ぷすんがたん。って止まったときに、気がついて!
また走ろうとしないで!
その段階で修理工場に行くか適切な薬を飲めば、きっと軽く済む。そしてきっと治る。

もう走ってはいけない。そういうサインを受け止めてほしい。
「あなた」より優先される家事も仕事もお付き合いもありません。
大切なのは「あなた」が居てくれることです。

歯医者や婦人科に行くことにくらべれば精神科なんて敷居は全然高くないです。
行ってください。
わたしみたいに重症にならないうちに、どうぞ行ってください。
お願いします。

                                            伽羅moon3

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2009_5_anzuchima_117←去年、来たばかりの頃バスマットの上で眠るちまちゃん。
はかなげなちいちゃな命でした。









2010_055_2それが今は堂々たる5キロ選手。
可愛さはかわりません。
毎日一緒に寝てくれて、幸せです。 

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連続16時間、休憩なし。

またやってしまった。起きてから16時間制作をした。
ゴハンは食べたけれど食べてる間もPCチェック。
ちまの誘惑に負けて横になって休憩したりすると、和んでしまうからガマンガマン。
作品展の作品に没頭したいところだけれど、委託先2店舗から納品依頼があり、それぞれ数点ずつ新作を作った。
売れるかどうかはわからないけれど、納品を求められるのはありがたいことだ。
だからつい、頑張ってしまう。
ワークスブログでも紹介したいから、作っては撮り作ったら撮り…。

会社の送別会?で酔って帰宅した夫の止まらないおしゃべりにも付き合いながら延々作り続けて、16時間が経過。

これからシャワーをして寝るんだけれど、起きたらどうなってるかなワタシ。
まだ仕事できるかな。

3つの展示会のうち、一つについては作り終わった。後は発送するだけ。
あと2つについては、作りたいものを書いた用紙がブラックボードに貼ってあって、作り終えたら消してゆくんだけれど、まだ3割くらいしか出来てない。
どこまでやれるか、あと数日が勝負になる。

がんばれ。がんばってくれ。来月末には休みをあげるから、それまでもってくれ。

そんなエールを自分に飛ばして頑張っております。

2010_6gatu_summer_343こんな作品も出します。
キラキラのスターカットの水晶とローズアメジスト。

問題は、まいにちギャラリーにちゃんと通えるかどうかです。
不安だな…。


                伽羅

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人魚姫

人魚姫は魔女に声を差し出し、人間の脚をもらった。
そして恋しい王子さまのそばにいられるようになった。


わたしは精神の安定を得るために薬をいっぱい飲んでいる。
薬が切れるとすぐわかる。
薬がないとおかしくなってしまう。

でもその薬のせいで失ったものがある。
諸刃の剣。薬は毒にもなりうるものだから。

失ったものを思うと悲しい。
悲しくて泣いているうちに軽い発作を起こした。
ちょうど夫がいて、そばにいてくれた。

いつもは、苦しんでいたり泣いていたりする姿を見られたくなくて一人にしてもらうけれど。
ちょっとさすってもらったりして、少し嬉しかった。

薬によって保たれている精神。
それは解放を拒み続ける。
発散できないわたしは、石のサイトに行っては、本気で悩んで考えてお買い物カートをいっぱいにして、

ざっくり削除して、PCを閉める。
そんなゆがんだ、発散。

発作のあとは、高熱のあとのような倦怠感がまとわりつく。
今日は、今日のうちに寝よう…。

                                          伽羅moon3

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ぼーんやり脱力。

数年前に母に厄除けの意味で買って送った、ルチルクォーツと水晶のブレスレットが切れたと、青ざめて母がメールをしてきたのは先週だった。

ブレスだって切れることはある。数年前だからゴムも劣化するだろう。
石だって疲れる。
けれど母は自分の癌が発覚する年のお盆に、お墓の前でいきなり数珠が弾けたようにバラバラになったのをおそらく克明に覚えているのだろう。
だから短いメールでも向こうで青ざめているのが見て取れるのだ。

『身代わりになってくれたか、マイナスエネルギーを吸いすぎて石が疲れたんだと思うよ。すぐ作り直せるから送って。』とわたしはメールをして母を安心させた。
良かった、ゴムブレスも作れるようになっておいて。

翌々日すぐに切れたブレスが届いたが、石が足りないし、わたしは最初から新しく作るつもりだった。
とっておきのブロンズルチルを使って、新しいブレスを作った。

そして思いついた。そうだ、こんな機会じゃないと手紙なんて書けない。
わたしが適応障害であったこと、もう治る心配をしてくれなくてもいいことなどを父に宛てて書いた。母には父から伝えてくれるようにと結んだ。

今日、ブレスが届いたと母からメールが来た。
元気かとかサイズは良かったかなどを数回やり取りして、わたしは母からとうとうこの言葉をもらえた。
『おとうさんからききました いきていればよしですからね』

生きていてくれさえすればいい。
欲しかったその言葉をようやくもらえてわたしは脱力した。

こうあってほしい・こうでなきゃいけない・普通こうでしょう、とわたしをがんじがらめにしてきた母がようやく言ってくれた。

そうでしょ?
わたしはいつも息子に思うよ。ただ生きていてほしいって。その次に、できれば幸せで居て欲しいって思うよ。
親子の無償の愛って極めればそこでしょ?
生きてさえいればいいじゃない。しかもわたしはいますごく幸せなんだもの!

今後不義理が増えると思う。親戚の葬儀に行けないことが多いかもしれない。帰省だってごくたまにしか無理かもしれない。
何がどうであれ、生きていることが大事だもの。
わたしは自分が行き倒れになっても孤独死しても、息子が生きてそして幸せでいてくれれば充分に自分も幸せだ。望みはそれだけだから。


仕事の手を止めて、ふぁさーっと横になってみた。
ちまが珍しそうにわたしを見た。

そうだね。わたしは、眠っているか、具合が悪くて寝込んでいるか、起きて家事か仕事をしているか、しかないもんね。
ぼーんやりしたり、のーんびりしたり、したことが全然ない。

ぼーんやりしてみた。
ちまの隣に寝転んでのーんびりぼーっとしてみた。

あらら、体から力が抜けてしまった。これから夕飯の支度なのにな。

30分ぼーんやりしていると、ちまが遊ぼうというので、おもちゃ(プラスチックの棒に赤いリボンを結びつけただけのもの)で30分遊んだ。
ちまはいっぱいジャンプして遊んだ。

忙しいからこのまま突っ走るけれど、8月のネットイベントが終わったら、ちょっとぼーんやり、してみよう。
今まで、しなさいと言われても出来ずにいた、ぼーんやりを。

                                            伽羅moon3

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最強の睡眠薬

土曜はわたしはどうしていたっけ?

脳のシワがずいぶん減ってしまったのではないかと思うくらい、記憶がひどい。
リズムがめちゃくちゃなので、昨日とおとといの区別もつかない。
人と話さないせいもあるかもしれない。
自分がどうしていたのかを思い出せない。

さっきも作品の箱を整理していて、二人展用に最近作ったネックレスを見つけた。
へええ。いつこんなの作ったっけ。
もちろん今月に入ってから作ったのだが、ふーん、おもしろいデザイン…。と、まるで他の人格が作ったかのような気分でしげしげと眺めた。

ウツウツがひどいときにあえて制作をして無理やり気分をUPさせることがあるけれど、そういうときに作ったものはたいてい間違っているか、デザインが不安定で落ち着かない。
結局作り直したりしている。

そう、土曜は夫が出かけたあと、眠くなって寝てしまったのだ。つまり土曜は明け方すでに起きて活動していたんだろう。エネルギーが持たずに夕方4時ころに寝てしまったのだ。
途中、帰宅した夫に起こされたが、それが夜の9時だったか11時だったかもわからない。

ただうつらうつらと眠り続けた。
仮眠のつもりだったので睡眠薬は飲んでいない。
睡眠薬を飲まない眠りは浅くて悪夢をみて、「もういや!」と無理に起きるか、目が覚めると泣いたあとがあったりする。

最終的に起きたのは明け方4時だった。
12時間もウトウト眠っていたことになる。
ちょっとすっきりしていた。気分も良かった。

睡眠薬での眠りは強制的で深く眠ることができる。けれど6時間で薬は切れて起きてしまう。ウトウトしている時間がない。
人間にとって必要な「うとうと」を取り戻した12時間だったのかもしれない。

日曜、夫に「12時間も寝ちゃった。」と言うと、「睡眠薬で?」と聞かれた。
「ううん、ちまで。」

12時間の間、何度目を覚ましてもちまがぴったり寄り添っていてくれたのだ。
ずっと一緒にいてくれたのだ。
時々手探りで確認する。ちまのふわふわした毛並みに触れると安心する。
触ったのが顔だったりすると手のひらを舐めてくれる。
ちま…ちま…呼びかけるとシッポをパタンパタンと振って返事がわり。
また安心してウトウトする。

ちまはウトウトのための最適な睡眠薬だ。
そこにちまが居て、寝てばかりいる生き物だけれど、あったかくってふわふわしていて可愛くって。
ちまに心を支えられて日々暮らしている。


12時間寝たあと、14時間ぶっ通しで制作をしました。
ゆうべはバッテリーが切れて10時に寝ました。
でも平日は夫の帰宅がほとんど9時くらいなので、10時はおろか11時に寝るのもむずかしいな。
今朝は4時に起きて仕事をして、夫の朝食に卵焼きも作りました。

さてまた頑張って制作します。
平日は平和だなー。
                                         伽羅moon3

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責めないで、ごめん期待もしないで。

水曜の夜は体調がすぐれずに仕事を放り出して早めに寝た。
木曜は、仕事が決まった息子とお祝いディナーの約束。
けれど起きてみるとすごいウツウツで、苦しくてたまらない。
夫は出張で留守。石たちを広げたまま作業をすきなだけ出来る。夜は息子に会える。
ちゃんとお風呂にも入って髪も洗って、早寝早起きをした。(←わたしにしては、だけれど。)
なのにウツウツってどういうこと?
なんで?

薬が効くのをじっと待つ。ドリンク剤を飲んでみる。しかたないから頓服も飲む。
上がって来い。頼むから上がってきてくれ。

少し作業をしてみる。いくつか作ってみて気に入ったのが一個できた。
少し浮上。その勢いで着替えて準備をする。

出かけられた。やっとの思いだ。最愛の息子に会うのにも一苦労なんだ。
息子は仕事が決まった安堵感で明るかったが、また少し痩せていた。
二次面接を受けてから採用の返事が来るまでの数日間、何も手につかず、ストレスで持病の腸炎を起こし、保険証がないから自費で病院に行ったとのことだった。
かわいそうに、思いつめていたんだね…。
わたしは彼の心境を察してメールもせずに我慢したのだが、痛いときに力になって上げられないのは親としてもどかしい。

本当の愛ってこういうことじゃない?
もし相手を愛していたら相手を思い、力になってあげたいと思い、それができないとちょっと悲しかったりするものじゃないの?


息子と楽しくディナーをして、帰宅してわたしはお風呂に入って寝てしまった。
いくらでも作業が出来る環境の夜だったのに、引きこもりが出かけるということは、とてつもないエネルギーを消費するのだ。最愛の息子に会うことですら、こうなのだ。

早朝目覚めてみる。うつには早寝早起きがいいって誰もが言うけれど、うつ病だけではないわたしにはそうではないようだった。
ひどくウツウツとして苦しい。
頑張って仕事をする。けれど、苦しい。苦しい。
今日は夫が出張から帰って来る。疲れて帰って来るのだから夕飯は作らなくちゃ…。

幸運にも雨が降り出して激しくなってきた。わたしには、ラッキーだ。傘で隠れながら出かけられる。
知っている人が誰もいないこの町で隠れる必要なんてないのだけれど、晴れていい天気の日に出かけるのはとても苦手。

ようやくのことで着替えてスーパーに出かける。
数十メートル歩いただけで足の動きが遅くなる。
好きなデザートでも買うことを想像しながら雨の中をノロノロと歩く。

何を作ろう…このウツウツの中、何ならできるだろう…。

大雨になってガラすきのスーパーを空っぽのカートを押してぐるぐする。
何も作りたくない。出来そうにない。無理無理無理…。

美味しくなさそうなマグロの柵とコーンの缶詰とトマトと、チルドのシュウマイを買って逃げるように帰って来た。後ろめたくて好きなデザートも買わなかった。

帰宅して横になると涙があふれて来た。
夫にメールで今晩の手抜きのメニューを伝えて「これでいいって言って?」と頼んだ。
もちろんいいよ、と優しい返事が来てわたしは泣いた。
ちまがいっぱい吐いた。
わたしは更に泣いた。
ソラナックスを飲んで泣いているうちに寝てしまった。

気がつくと帰宅した夫が枕元に立っていた。怒っている。
「作るから買ってこないでって言うから買ってこなかったのに。」

わたしは飛び起きて、切るだけ・温めるだけの夕食の用意をした。

「無理して僕と一緒にいる?」
夫に聞かれた。
「出張から帰って来る日はいつもキミ鬱だよ。そういうことでしょ?」

わたしは答えられない。
自分ではそういう意識は全くない。
こんな嵐の日に元気なうつ病患者もいないだろうし、息子に会った翌日はたいてい反動で墜ちるのだ。夫が帰って来ることを憂鬱だと思っていない。
でも、わたしは否定も肯定もできない。ただ悲しさをこらえるのに手一杯。

こらえて平気なフリをしているうちにシャッターが降りてきてしまった。
わたしはまた寝逃げした。
睡眠薬を飲まない眠りは浅くて悪夢ばかり見る。

責めないで欲しい。期待しないで、ごめん。
病気に逃げ込むように見えているだろうけれど、こういう理不尽な病気なんだよ。
わかってくれなくていいから責めないで。
お願いだよ…。

頑張ってスーパーに行ったんだよ。でも泣けて泣けて知らない間に寝ちゃったんだよ。
こんな嵐の夜だもの、うつ状態がひどくなることだってあるよ。
最愛の息子にあった翌日は愛しさのあまり切なくて墜ちるんだよ…。
責めないで…。
もう愛してるなんて言ってもらえなくてもいいから、ただ、責めないで生かしておいて欲しい…。お願いだよ…。

                                       伽羅rain

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石とねことの暮らし

息子の就職決定を喜んでくださったみなさま、本当にありがとうございます。
嬉しかったです。
メールで「仕事決まったscissors」と来たので電話をして話しました。
息子も心底ホッとしたのでしょう、明るい声でわたしの話にけらけらと笑いました。

今年25歳、社会人として7年目になります。
わたしの見えないところでいっぱい世間を学んだことでしょう。
ひ弱で死にそうな子供だったのに、今は大人の男としてたくましささえ感じるようになりました。

骨が弱ければ筋肉を鍛えるしかありません。
息子は決して精神的にタフなほうではありません。生真面目にストイックに生きることで筋肉を鍛えているのです。
よくぞこんな人間をハハに選んで生まれてきてくれたと感謝の気持ちでいっぱいです。
明日、二人でお祝いをしてきます。
嬉しいです。息子がホッとしていて喜んでいて希望に満ちていることが嬉しいのです。
わたしは、夜泣く材料が一つ減りました。でもそんなことはナイショ。


引きこもりはますます進行し、今、ポストに郵便物を投函に行き、宅急便のセンターに寄り、コンビニに行っただけなのに、帰りたい・早く帰りたい、と思いながら歩いていました。
帰れば石たちが待っている。ちまがいつも出迎えてくれる。

ねこは本当に「寝子」なんですねえ。よく眠ること。
そして伸びやかに無警戒で寝ている姿をみると、赤ちゃんのようで幸せになります。
ねこは別になんにもしてくれない。でも帰ってくるとお出迎えしてくれるし、お風呂にはいっていると足拭きマットを占領して出待ちしていてくれる。
いつもそばにいてくれる。
それだけで本当になごみます。

ちょっと休憩、と思って、しどけなく寝ているちまを撫でていると、眠くなって寝てしまいます。
そういえば息子と二人きりになると、わたしはいつも安心して眠くなってしまうんだったなあ。実家に行っても、息子が携帯ゲームをやっているそのすぐそばで、だらしなく寝るわたし…。

でも今度の会社は外資系だそうで、今までみたいに夏休みや年末年始にしっかり休みがあるかどうかわからないそうです。
彼女もできたことだし、あんな風に過ごすことはもう無いのかもしれないな…。

息子が、幸せな思い出をいっぱい作ってくれたように、いまはちまを抱きながら歌を歌い(ちまちゃん・あんずちゃんそれぞれのテーマソングがあります。)、その重さと温かさをしっかり感じています。息子を抱っこして抱っこして育てていた頃のように。

2010_044赤ちゃん抱っこが大好きなちまちゃん。(あんずちゃんは抱っこも写真も大嫌い。)


        伽羅moon3

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嬉しいぃ。

息子の仕事が決まりました。
今メールがあって、電話でも話しました。本人もとてもホッとして嬉しそうでした。
嬉しい。本当に嬉しい。初めて就職した時よりはるかに嬉しい。
それは息子が自分で探し、何社も受けて勝ち取った就職だからだ。
ゲームも封印し、アルコールも経って、わたしが念と願いを込めて作ったブレスを身に付け、規則正しく暮らしながら勝ち取った就職だ。

泣き虫で甘えんぼさんだったひ弱な息子。世間に揉まれてドンドン大人の男になって行きます。

最愛の息子。大切な命。
生きていてくれさえすればそれで充分だけれども、幸せで充実してくれてたら100倍幸せだ。

ありがたい。
ありがとう。
本当に嬉しくてたまりません。
お祝いをしなくちゃね。

感謝の気持ちでいっぱいです。よく頑張ったよ息子。
ビール飲んでゲーム解禁しなよね。
おめでとう。
ありがとう。
幸せです。


伽羅moon3(携帯より)

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『億劫』では到底足りない。

夕べはちょっと気分も良くて、わたしにしては非常にめずらしく制作をせずに、お客さまのアドレス帳などを作り、その後ネット徘徊をして穏やかに過ごして朝になってしまった。

早い時間に夫が朝食を食べに来たので一緒に食べて、一緒に家事をしてわたしは楽しかった。

けれど、それが夫も楽しかったのかどうか、今日このままどこかへ出かけようと誘われた。車の中で寝ていればいい、着いたら起こすから。すごくいい天気だから。と。

そしてわたしの心には真っ黒な暗雲が立ち込めた。

出かけたくない。出かけられない。出たくないのだと、昨日のブログに書いたのを夫が読んでいないはずはない。
なのになぜ、誘うのだろう?
わたしを苦しめることだとわかっているのに。

夫はわたしと出かけたい。
それがわたしを苦しめることだとしても、一緒に出かけたい。
なぜなら、そうすることが目的で結婚したのだから。
それを叶えられないなんて結婚した意味が無いと思っているから。

わたしは苦しい。
出かけられない。
かといってピシャッと断りにくいではないか。

わたしは苦しい。暗い顔つきで黙り込む。

「じゃあ一人で行ってどっかから車ごとダイブしようかな。」
そんな当てこすりを言ってもう一段私を落とす。

交通情報を見ろと夫が言う。
わたしはPC前で固まっていてそんなことは出来ない。
出かけたくないのだ。どこへも行きたくないのだ。出かけることが苦痛で仕方ないのだから。

わたしが立つと夫がわたしのPCを使って交通情報を見る。
世間の人たちはいったいこの時期みなさんどこへ行かれるのか知らないが、高速道路はどこも真っ赤に渋滞していたようだ。
夫は諦めてくれた。

平静を必死で装っていたわたしは、睡眠薬と、安定剤を2倍と、頓服を飲んで寝逃げした。
苦しい。苦しい。苦しい苦しい苦しい。
きっと理解できないだろう。誘われて降りてくるシャッターのその重さを。
内側に逃げ込んではいるもののわたしですらその重さに耐え切れずODせずにはいられないのだ。

この苦痛。どう説明しても理解はされないだろう。
わたしだってたまに道端やよそさまのお庭の花を見れば、花はいいなあと思うのだもの。
出かければなんらか楽しいことはあるかもしれない。

けれど、『億劫』などという生易しいことばでは到底足りないくらい、苦痛なのだ。
出かけたくないのだ。
そしてそれをどうしても理解してくれない夫のことが苦しいのだ。

眠って逃避していると、夕方近くに夫が起こしに来た。
「なんで?」
わたしはそう答えた。
今、ODして寝逃げすることでなんとか精神が崩壊するのを食い止めているのに、それすら責められるの?

夫は怒って出て行った。
わたしは再び眠りに落ち、悪夢ばかり見てうなされた。
ねこたちがおなかをすかせている。フードをやらなくちゃ。
でも動けない。地球の中心から縄で引っ張られているかのように重くて重くて身動きできない。シャッターが重い。内側は空気が薄くて息苦しい。

なぜ夫は繰り返し誘うのだろう。
わたしには理解できない。
苦痛であると訴えているのになぜなんだろう。
病気に逃げるなと言われるけれども、そして逃げたくもないけれども、重くシャッターはおりてしまうのだ。どうしようもないんだ、自分でも。
苦しいんだよ誘われると…。

今、夫にお願いメールをした。

一つ目のお願いは、誘わないで欲しいということ。

二つ目は、
来世ではやっぱり前妻さんと結婚してくださいということ…。
わたしなんかとかかわらずに、聡明で優しかった前妻さんとまた結婚して、幸せになってほしいと思う。
今生では再婚してくれてありがとう。おかげさまで生きながらえています。

                                           伽羅moon3

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エンドレス

今月は診察に行かなくっちゃ…。

先月は委託店舗に送る作品作りで脳はいっぱいいっぱいで、GWは夫が家事を全部やってくれた。すごく助かった。
でも引きこもりも悪化(進行?)して、もう薬がなくなる!という日にもやはりわたしはどうにも出かけられなくて、泣きながら病院に電話をして電話診察を受け、薬を代引きで送ってもらったのだ。

今月は行かなくちゃ…。
早めに寝たのに、起きられず布団で苦しんでいると調度Zからメールが来て、やさしく起きるのをうながしてくれた。
彼女は優しい人だ。言葉の使い方を実によく心得ている。
わたしはおかげで起きられて、ドリンク剤を飲んで病院に向かった。

うつ病の診断をされたのは大学病院だったが、担当医に不信感を持ち転院したのが今もずっと通っている心療内科。
小さな駅のそばの、小さな医院である。
先生は本も出しているし、業界では医者に教える側に立っている。
うつ病は治せるものだと思ったので転院したのだ。

事実、うつ病が治って社会に復帰した人を何人も知っている。うつ病は治るんだ。

シンプルなうつ病だったらわたしも治ったかもしれない。
でも…
わたしはいったいいつまでこのちいさな医院に通うのだろう?
帰り道、ふとそう思う。
バスに乗って地下鉄に乗って、行き先の適合した電車が来れば乗り換え無しで行ける。
けれどその距離はかなりのものだ。
ただ、わたしの大好きな浅草橋に途中下車できるので、最近はずっと、病院の帰りには浅草橋に寄るというのを抱き合わせにしている。だから元気を振り絞って行ける。

「出かけられないんです。出かけたくないんです。出たくないんです。」
そう訴えると主治医はこともなげにこう答えた。
「出かけなきゃよろしい。生きていくのに最低限の用事をこなすだけ何とか頑張って、あとは誰とも約束しなきゃいいし、遊びにもいかなきゃいいし、行きたい気持ちになるまで、行かなきゃよろしい。」

せんせい、そりゃ身も蓋もありませんね。
けれどわたしは重要な「診察」をすっ飛ばすほど、出かけたくないのだ。
いや…わたしの中では「診察」はもう重要ではなくなってしまったのかもしれない。

薬さえもらえれば、いいや…。
そんな気持ちがあるのかもしれない。
治ることがないなら、わたしはずうっとこうしてこの医者にかかるのだろうか。
いまさら転院してまた一からというのは億劫すぎるもの。

医院には張り紙がしてあって、来週から院長の不在が多くなることが告げられてあった。
今は若先生もいらしてそれで支障がなく、講演や出演で留守ができるのかもしれない。
わたしの主治医は院長で、来始めたころは若先生はまだいらっしゃらなかった。
院長が現場を離れるようなことがあっても、若先生が引き継がれるから医院はなくならないだろう。


その駅に電車が到着する寸前、車窓から遠く東京拘置所が見える。
あれから5年ちょっとが経過して、その間新監獄法が施行され、ずっと工事中だった東京拘置所もその全容ができあがったことだろう。
もう二度と行くことがあってはならない場所。けれど、わたしは行ってみたい衝動に時々駆られる。

赤い鞄を持ち、銀の靴を履いて通いつめたあの道を歩いて、あの要塞に行ってみたいと、時々思う。
なぜであるかはわからない。

                                           伽羅moon3
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おっちゃんの話。

薬が切れるとすぐにわかる。あ、飲み忘れてた、しまった…と思う。
体調が悪くて睡眠薬を飲まずに寝てしまうことがたまにある。
なんだ、寝れるんじゃん、とは思えない。なぜなら悪夢ばかり見て起きる頃には泣いているかぐったり疲れているから。

つまり薬は有効に効いており、薬によってわたしは維持されているということだ。

適応障害であったことを診断されたとき、主治医は心なしか優しく、気の毒がっているかのように感じられた。
適応障害専用の薬というものは無く、うつ病用の薬を飲んで抑えるしかないからだ。

わたしにはうつ病のほかにパニック発作があるがそれはうつ病の主薬パキシルで抑えている。頓服にソラナックス8ミリをもらっている。
強迫性障害については、ユーパン10ミリが有効に効いてくれている。これにもソラナックスは有効だ。
抗鬱薬はパキシルとレスリンと日中のアモキサンの3種類。
適応障害にどれが効くのかはわからない。

治った症例がないから。

でもわたしは全然悲観しておらず、いつ治るの・治るはずなのに治らない、という焦りから解放されて楽になった。
でもそう言えるのは、夫の存在があるからだ。
結婚できて本当に良かったと思う。

          ++++++++++++++++++

思えばわたしは小さい頃から、頑張るときは120%頑張ってきた。もちろん、頑張らなくても出来る得意な分野もあったし、どんなに頑張っても出来ないことはあったけど。
わたしがどんなに劣っていたかというと、まず水が怖くて泳げなかった。異常に水が怖いのだ。濡れることも大嫌いだし顔を水につける想像をするだけで怖い。
バタ足が出来るようになったのは、ようやく小学校6年生のときだった。

自転車に乗れなかった。なぜ乗れなかったのか、どうして乗れるようになったのか、今もわからない。親は短気で(大概の親は自分の子供に対してより短気になるものである)、とっくにわたしの自転車練習など諦めていた。わたしはテレビで自転車メーカーのコマーシャルが流れるたびに、いつ叱られるかと怯え続けていた。
中学生になるとき、学校までが遠くて自転車通学が許されている地区にいた。
けれども乗れないわたしは歩いて行くしかないと思っていた。

春休み、家に一人でいると、家族同士で親しくしていた家のおっちゃんが「おーい伽羅子ー。おるかー?」と誘いに来た。
出て行くと赤いママチャリに乗っている。後ろに乗れ、とうながされてどこへ行くとも聞かずわたしはおっちゃんの胴体に腕を巻いて乗った。

着いたのは卒業したばかりの小学校のグランドだった。(昔なので出入り自由。)
おっちゃんはわたしを自転車に乗せ、後ろを支えてただひたすらグランドを回って走った。
「こげ、伽羅子、こげ!」
おっちゃんが言った言葉はたったそれだけだった。理屈も無く、叱ることも無く、ため息もつかず、ひたすら自転車を押して走りながら、「こげ!」とだけ言い続けた。

何十周しただろう。ふっと自転車が軽くなって、おっちゃんの「こげ!伽羅子、こげ!」という声が遠くなった。振り返るとおっちゃんは立ってゼイゼイしながら笑っていた。笑って、手を振っていた。

わたしはその一瞬で、何年も練習して乗れなかった自転車に乗れた。
そして、自転車通学が出来るようになった。
それよりもおっちゃんに感謝したのは、東京に来てからだ。車のない、小さい子供を抱えた生活では自転車がどれほどありがたかったか…。
おっちゃん、ありがとうな。自転車乗れるようにしてくれてありがとうな。乗ってるで。
時々思い出して、わたしは繰り返し泣いた。

おっちゃんは、わたしが19になったときに死んでしまったのだ。
たった50歳だった。

わたしはそのころ働きながら車の免許を取りに行っていて、合格して免許書が来たらおっちゃんを乗せて走るつもりだった。
病床でそういうと、「いやや。」と弱弱しく断っていたが、おっちゃんを乗せてショッピングセンターに行くつもりだった。車も中古車を早めに見つけて買い、免許証の交付前には納車もされていた。


わたしの免許証が交付される前の夜に、おっちゃんは死んでしまった。

毎週日曜日には自転車で病院にお見舞いに行っていたが、日に日にやつれて言葉も出なくなり、髪は真っ白になりおじいさんのようになって死んでしまった。


おっちゃんのことが大好きだった。
見栄っ張りでええかっこしいで、優しくてダンディでとても可愛がってくれた。大好きだった。

翌日、会社の半休を取って警察署に寄り、免許書をもらって、わたしはおっちゃんに見せに行った。
おっちゃんは鼻に綿を詰められていて、触ったら冷たかった。
間に合わへんかった。
わたしはその家の息子よりも号泣した。
自転車に乗れなかったあのわたしが、一回も試験に落ちずに頑張って免許とったのに。
仕事を定時で上がらせてもらって夜間教習所に通い、セクハラやらパワハラやらストーカーに泣きながらも試験は落とさず、見事に免許をとったのに。
間に合わなかったのだ。

          ++++++++++++++++++

頑張りすぎた結果、こんなことがあって、という話しをいくつか書くつもりだったのにおっちゃんの話しになりました。
書きたかったことはまた、いずれ…。

                                            伽羅moon3

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指輪事情

独身の女性が読んでらしたらぜひお尋ねしてみたいのだけれど、男性に指輪を買ってもらうって、すごーく特別なことではないですか?
それとも最近の指輪事情はそうでもないのかな。

アクセサリーの中で、指輪って特別な位置にあるとわたしは思っています。
その考えが古いのか普通なのか変わっているのかはさっぱりわかりませんが。
気軽に買ってもらっちゃいけないものという認識がありました。

だから、わたしが初めて指輪を買ってもらった相手は、前の夫です。
安い店で安い指輪でしたが、結婚する相手だという意識があったからこそ買ってもらったのでした。

サイズが合わないとはめられないし、一旦着けたらそう簡単にはずしたりつけたりするものではなく、ずっと、買ってくれた相手を感じたいからこそねだるものだと思っていました。

わたしは今は結婚指輪しかしていませんが、これは結婚できた証としてとても嬉しいものなので外さずにずっとつけています。

前ぶりが長くなりましたが、何が言いたいかと言いますと、息子が彼女の誕生日に「何が欲しい?」と聞いて、「指輪が欲しい。」と言われて買ってあげたそうなんです!

すごい!!
ハハは一人で舞い上がってしまいました。
それって…
それっていつもあなたを感じていたいわんheart01
ってことじゃないですかーーーー?


はあはあ。

ち、ちがうかな。

付き合って最初の誕生日だから、ケチらずに欲しいというものをバッチリ買ってあげなよ、一生の思い出だからね、と、おせっかいなメールをして無視されたハハですが。

指輪かあ~。うふふふふ。そう来たかあ~。ふふふ。
いいなあ。嬉しいなあ。そんなに息子を好きでいてくれてるってことならいいなあ。
可愛いなあ、まだ見知らぬその彼女。
ブランドの財布!とか言わないところが可愛いなあ。
本気で好きでいてくれるなら本当に嬉しいなあ。

いっぱい苦労をかけた子なんです。いっぱい我慢してきた子です。
幸せでいてほしい。笑っていてほしい。
どうか、お願いしますね…。
心の中で彼女に語りかけます。
わたしが作ったブレスも喜んでくれたとのこと。誕生石を使って祈りを込めて作ったからね。息子をよろしくね…。

息子の就職活動は幸い二次面接にこぎつけた会社もあって、「6月中には決めたい」と言っていた息子の願いが叶うかもしれません。
どうか今度こそ、息子にとっていい会社とめぐり合えますように…。

指輪かあ~。いいねえ。よかったねえ、指輪って言ってくれて。
とても嬉しいハハでした。

                                          伽羅moon3にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ久々の明るい記事にポチお願いいたしますshine

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泣きはらした目で。

夕べは委託店舗に送る夏物のネックレスを作っていて、パーツを繋ぎながらつらつらと考え事をしていたら、脳の表面がざわわ~っとあわ立って、うーっと嗚咽がこみ上げて来た。
唐突な発作だった。

うつ病だから、泣く材料はいくらでもある。泣き専門の女優にだってなれそう。
ナニソレという材料で泣ける。同じネタで何度でも泣ける。

息が苦しいくらいに引きつけて、おええぇと吐き気がするまで泣いて泣いて、それでも足りなくておーいおいと泣いた。

小説や漫画で「おいおいと泣く」という表現が昔からあるが、実際にそういう泣き方があるのだと、自分でなってみて初めて知った。

一人で良かった。こんなひどい泣き方をすれば誰だって何かがあったと詮索するもの。
どうしたんだ何で泣いてるんだって聞かれるもの。
病気だから…ただ切なくて切なくて、おいおい泣いてるの。ってったって、こんな夜中に同居人にはいい迷惑になってしまう。抱きしめてただ泣かせてくれる胸はない。

最初はちまが心配して寄ってきていたけれど、あまりにもひどいので恐れをなして部屋の隅からじっとわたしを見ていた。
過呼吸にならないようタオルを口に当てながらおいおいと泣いている様はとても人には見せられない。

こんなに恵まれていてなんの苦労もなくてなんで泣くことがあるんだよ!ってきっと思われる。だけど、病気なんだもんしょうがない。自分だって泣くつもりはなかったのに…。

今日起きてみると目が半分くらいしか開かない。泣き腫らしてひどいブサイク顔だ。
浅草橋に金具を買いに行きたかったのだが即刻取りやめた。
今日もいい天気。そしてかなり強度のうつうつ。

目が覚めたときにちまが寄り添って寝ているとほんとうに嬉しい。今日もくっついて寝ていてくれた。
そうそうシーツを、と思って振り返ると、たまたまちまが布団の上に居なかった。
よし!とシーツとカバーをはがして洗濯機に放り込み、布団を畳んで立てかけて風をとおしていた。
するとちまが、未練がましそうに布団のまわりをぐるぐる歩いている。
椅子の座面に寝てみたり、キッチンマットで寝てみたりしていたが、また戻ってきてふとんを見上げている。

んんん…そんなに布団が恋しいのが、しょうがないなあ~。
新しいシーツをかけてまた布団を敷いてやった。
そして2分後。
2010_052











2010_053_2

2010うっとりじゃ。ムアツふとんはええのう…。
にんまりしながら午睡をむさぼるちまちゃんでした。









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夕方ちょっと仕事をして、腫れた目でメール便を出しに出かけた。
明らかにうつ状態で挙動不審なわたし。
でももう、「良くならないなあ。いつ治るんだろう。治るんだろうか。」とやきもきする必要がなくなったのは自分にとってはとても楽になれた。
挙動不審のまま生きていけばいいだけだもの。人に迷惑をかけないように。

さて、仕事をしましょう。頑張れる日は頑張らなくちゃ。

                                             伽羅moon3

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ねこはやっぱり罪作り。

おなかの調子も治り、出血も完全に止まりました。
みなさまありがとうございました。

コツコツと仕事をしています。
日中はたいていうつうつとしているのではかどりが悪いのですが、それでもコツコツやっています。
もうすぐ、刷り上った7月の二人展のDMが来ます。1,000枚刷って相棒が800枚、わたしは200枚。相棒はお客さまに郵送するほか、横浜のいろんなギャラリーさんに置いてもらうよう駆け回ってくれるそうです。
わたしはお客様たちは遠い方がおおく、クラフトから身をひいて5年以上が経っているので、以前の知り合いも引っ越したり結婚したり移動になったりしてしまっているだろうな…。
委託している店舗もはるか遠方ばかりだし。
でもだめモトで郵送してみよう。

遅く起きても今日はいいお天気。カラッとしていて気温も高い。
ああ、こんな日こそシーツとカバーを洗おう!

トイレから戻ると…


ちまちゃんが…


ちまちゃんが……


ちまちゃんがあぁ~!



2010_051気持ちよさそうに布団を占拠。

これをどかしてシーツを引っ剥がす気にはなれないです…sweat02

どうしたって真ん中で大きくのびのびと寝るんですよねえ…。
気持ちよさそうだなあ~。
罪作りだぞ~。







2010_050どかないよん。













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今日はダメかもしれない。

夕べはどうしても作り物ができなかった。
発送のための梱包をして、夜中にポストに入れに行って、それから作業をしようとしたけれど、なんだか眠くなって薬を飲んで寝てしまった。

眠くなって寝るなんていいなあ。

深く深く眠って、朝の夫の気配にも気がつかず、お昼にくれたメールにも気づかず、目が覚めたのは2時近かった。
ちまが胸元にピッタリ寄り添って寝ている。
撫でると、伸ばしていたわたしの腕を枕にしてまた眠っている。
可愛すぎる…。ねこは罪作りだ。
そのまま、ちまとくっついてだらだらとしていた。
ちまはわたしを嗅いだり舐めたりしながらくっついている。
起きられないようちま。ちまとずっとこうしていたいよう…。


みなさまに心配していただきありがとうございます。
昨日はまだダメでした。
吐き気はおさまりましたが、食べると下る、食べては下す、の繰り返しで、さぞ痩せたかと思い体重を量ってみましたが、全然。全く。いったいどういうことでしょう?

体の疲れでいっぱい眠ったのでしょうが、起きて薬を飲んでねこたちにごはんを与えなければ…。
起きるともったいないくらいのいい天気。
心は特に意味無くうつうつです。

下ってもいいやと思いつつ、ヨーグルトやらバナナやら食べて…
あまりにも後ろめたいので洗濯をする…。
洗濯機は洗濯して脱水してくれるけれど、いままだ干しっぱなしになっている洗濯物を畳んであらたに干すのは人間がやるしかない。
ねこの手は借りられない。

うつうつしていたら洗濯が終わってしまった。これを干さなくてはならない。
ああ、辛い。洗濯ごときが辛いなんて昔の人に言ったら殴られそう。たらいで洗うわけでもないのに…。

洗濯物、きちんと畳まないとイヤなんだけれど、もう今日はダメ。
とにかく四角くして重ねて、脱水しあがったものをよろよろと干す。

わたしがやっている家事は本当に少ない。洗濯とアイロンかけと夕飯つくり、洗い物。たったこれだけだ。それも、土日のどちらかには夫が洗濯をしてくれるし、たまに近所に外食にも連れて行ってくれる。
そう考えるとろくに何もやっていない。
だからこんないい天気の日に寝込むなんて後ろめたすぎる。近所ではお布団をパンパンする音が響いているというのに。そういうわけで無理やり洗濯をしたけれど、もうなにもしたくない。畳んだ布団が「戻っておいで~。」と誘惑する。

仕事はある。際限なくある。来月の作品展のためにどれほどの作品を作ればいいかまだ解らないけれど、そのほかにも展示会を2つ入れてある。
ドリンク剤を飲んで、貧血に効くサプリをかじって、力が湧いてこやしないかと、今待っているところです。

なんとか夕飯は作らなくちゃ。らくちん出来る食材を昨日買い込んできたんだから。茹でるだけとか、焼くだけとか。それでいいから頑張ろう。

みなさま、いつもコメント本当にありがとうございます。ありがたく、しっかり読ませていただいております。
                                           伽羅moon3

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2010_047ひざの上で甘えるちま。
5キロ超えのぽっちゃりちゃんです。
お顔が小さいのでアンバランスな感じ…。

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