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2010年5月

リバース

夕べは作業が途中だったので、もろもろ疲れていたけれど仕事をした。
夜半過ぎ、疲れて止めて、薬を飲んで寝ようとしたら、ちまが布団に入ってきた。
いつもはすぐ出て行ってしまうのだけれど、一緒に寝てくれるらしく、しばらくうごうごしていたがやがてわたしの太ももに体をぴったり付けて寝入ったようだった。

小さくて大きいぬくもり。
息子が赤ちゃんの頃、わたしの首に両手をまわして抱きつくようにしないと眠らなかったっけ。そのときはちょっと困ったけれど(寝ている隙にやりたいことが山のようにあるから)、ああなんて幸せな時間だったのだろうと思う。

わたしは息子を産んで、愛され必要とされる喜びを知った。それは恋愛など足元にも及ばない強いものだと感じた。人生において、こんなにも必要とされたのは初めてだと、若いハハは思って息子を抱きしめて抱きしめて育てた。

そんなことを思ったり、ちまが一緒に寝てくれたことがうれしくて出て行かないようにしたかったりで、わたしは寝つけなくて朝方ようやく寝入った。

遠く意識のかなたで時々夫の気配を感じる。具合が悪い。動けない。
掃除機をかけ洗濯もしてくれてあった。
わたしは自分の薬をのんでねこにごはんをやるだけが精一杯で、すぐさままた眠りに引きずり込まれた。
多分夕方…また夫の気配がしたので目を開け、「具合が悪いの。」と伝えた。
「どっち。」
精神的にか、身体的にか、という意味の質問をされた。
「体…。」
「ふーん。だから?」

わたしは目を閉じてまた眠りに引きずり込まれた。
夫はわたしにサンドイッチを買ってきてくれてあった。

夜遅くになってようやく起きて、薬を飲んで(一日に4回飲む)、そのサンドイッチをありがたくいただいた。おいしかった。今日はじめての食事。

なのに、そのあとお腹をくだした。
わたしがトイレで苦しんでいるとちまがやってきてひざに飛び乗ってきて甘えた。
ちまはわたしがトイレに居るときを「休憩している」と認識しているらしく、小さい頃からトイレにいるとやってきては甘えるのだ。

ちまを抱いていると、体が熱くなって変な汗が出てきた。
急激な吐き気に襲われてわたしはちまを床に置いて体勢を変えた。
せっかく食べたサンドイッチ、吐きたくない!
でも無理だった。

わたしの異常に気がついてちまが寄り添っていてくれた。
ひとしきり吐いて泣いていると(吐いたあとはなぜか泣ける)背中に乗ってきてくれた。(親切??)
あんずは扉の影から心配そうに覗いていた。

夫は大丈夫だろうか。もし食あたりだとしたら同じことになっているかもしれない。
メールをいれてみたが、返事がないのでもう眠ったらしい。夜中に苦しまないといいけれど…と思いつつこれを書いていたら、目覚めてメールを読んだらしく夫が様子を見に来てくれた。夫は大丈夫だった。
よかった、つまり食あたりではないということだ。きのうはお昼から同じものを食べているから。

薬も吐いてしまっただろうことは残念だけど、体はちょっと楽になった。まだがくがくしてるけれど。お腹もシクシクしているからまだ寝られないけどね。

25日間続いて、ようやく出血が止まった。と思ったらこれ。
この5月はずいぶんと自分の体を痛めつけてしまった。
7月にはギャラリーでの二人展をはじめとして他にも展示を2件抱えている。6月は制作まみれのひと月になる。
痛めつけないよう、やすみやすみやろう。

と、思うのだけれど、倒れるまでやってしまう馬鹿なわたし。

吐いた後ってなぜか泣けてしまう。
お腹が下るのはあまり異常とは思わないんだけれど(出るべき場所から出るべきものが出るだけなので…)、吐くのは通常の流れと逆行するのでなんだか人間として悲しくなってしまうのだ。

先日プレゼントでもらったふわふわのタオルが実に泣くのに調度良くて癒してくれる。
アロマオイルを少し染ませていつも枕元に置いてある。

今夜もちまはもぐってきてくれるかな…。

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2010_027

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距離感がわからない。

人と接することに恐怖を感じているくせに、人と心が触れ合うとたとえようも無く幸せに感じたりする。
どちらもわたしで、どちらも本当のことだ。まさに裏腹なものだ。
恐怖が強いからこそ、そこをさらりんと乗り越えて優しく接してくれる人とめぐり合うと、ことさら嬉しいのだろう。

けれどわたしは今までの人生ですべて失敗してきてるなと思うのは、人への甘え方だ。
へたくそだしタイミングも悪いのかもしれない。
嬉しすぎて度を越して、疎まれてまた人間不信に陥り…
その繰り返しの人生。

心置きなく甘えられる存在がある人は羨ましい。
わたしはACなので、まだ父のひざの中に居たいような気持ちを抱えている。
だから好きになる人はうんと年上の人が多かった。
しかし年齢と魂の成熟度は全く関係ないことをある時期学んだ。

親はとても厳しかった。甘えられる対象ではなかった。
いい子にしていて怒られないようにするのが精一杯だった。

最初の夫には全く何一つ甘えられなかった。甘えどころか頼みごとひとつ出来ない人だった。わたしは矢面に立って、家のことは一人で対処するしかなかった。

比べれば、今の夫は素晴らしい夫である。夫として非の打ち所が無いと思う。
ありがたくて幸せだ。
それを、本人に直接伝えると、これがなぜか残念な結果になる。これも結婚して2年、ずーっと繰り返していることで、いい加減学習すればいいものを、わたしは素直なのでつい夫に直接感謝を述べたり愛を伝えたりしてしまう。

すると、〔言葉が悪くて恐縮ながら〕夫は図に乗る。それを当然としてハードルをあげてくる。
わたしはもちろんクリアできない。
じゃあいい。自分でする。もう甘えない。となる。
今日は頼みごとをしたら「ごほうびは?」と聞かれて、わたしはその頼みごとを取り下げた。
甘えすぎたのか?
わたしはどうしても人との距離がわからない。
もう愛を伝えることもしない。ハードル上げられてしまいわたしは潰れるから。

でも基本そんなことはおくびにも出さず、わたしはそ知らぬ顔をして料理をし洗濯をし日常をやり過ごそうとしている。
でも我慢ならないことだって時にはある。
そのポイントをわたしは怒る。そして夫は言い逃れるために話をあちこちに広げて過去まで持ち出して収拾がつかなくする。
いま、「あなたの中性脂肪が増えたのをなぜわたしのせいにするのか」、ということについて怒っているのに、夫は過去の恨みつらみまで持ち出してくる。

同じレベルで話し合えない。わたしは諦めて面倒になって黙る。夫はぷいっと出て行く。
いいんじゃないの? ぷいっと出て行ける環境で。
これがべったり一緒に住んでいたらわたしの精神は壊れる。

わたしは言っていた。自分の部屋がないと精神の均衡を保てないと。朝5時にまだ寝付けず悶々としているわたしが、朝5時に起きて子供たちのお弁当や朝食をつくることなんてできないと。
けれどお互い結婚したかった。だからした。そしてわたしは適応障害を発症した。

今のこの暮らしは、生きてきたなかでもっとも幸せ。
とてもとても幸せ。
大事にしたい。
薬で生かされている感は否めないが、薬さえ飲んでいれば生きていける。
何の支障も無くとは言わない。支障だらけだけれど。
この暮らしであれば生きていける。
でもそんなわたしを夫は望んだのではない。わたしという存在が欲しかったのではなくて、理想の夫婦をやれる相手が欲しかったんだ。


甘えたいくせに甘えるのがヘタで、いざ甘えだすと際限がなくなり疎まれる。
わたしとあんずは、そっくりだ。
2009_9_anzuchima_008
                    伽羅moon3


   

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引き受けとくよ。

調子よく歩き始めたと思ったのも束の間、ほんの30メートルでもう息が上がってしまった。

今日はもうねこたちのフードを買ってこなくてはと近所のホームセンターに向かったのだけれど、まるでよく見る夢の中のように、歩こうとしても強い向かい風にでも吹かれてるかのごとく、体が前に進まない。

造血剤を3回飲んだくらいでは解決しない貧血状態のようだ。
そりゃそうだ、出血は止まらないしわたしは病院に行きたくない。
改善のしようが無い。

ねこフードを2種類買って、持ったら重い重い。こんなに重かったっけ??
それを持ってスーパーにも久しぶりに寄った。
めんつゆも料理酒も欲しいけれど持って歩けなさそう。牛乳も夫に買ってきてもらおう。
野菜と乾物とパンを買ってよろよろと帰宅。
まるで病人というか…きっとお年寄りってこんな感じ?

アパートの階段の傾斜がきつく見える。ゼイゼイと帰宅するとねこたちはおやつ待ち顔をしている。
ねこのおやつ優先、わたしのおやつはその次。
久しぶりに煮物をしよう。

でも、台所に立って作業しているのもしんどい。
床にしゃがみこみたくなる。そうだ、この一ヶ月くらい、食後などは椅子に座っているのも辛くて、なるべく地面に体が近いほうが楽なので床に座って椅子にもたれたりしていたっけ。
それって血圧のせいかな。もちろんガタイに似合わずわたしは貧血で低血圧。
残念ながら色白ではなく、か細くもない。

しまったなあ。早めに造血剤飲み始めれば良かった。忙しさにかまけて自分のことを何にもかまってやらなかった。(夫のことはもっとかまってあげられなかった。)


でも、わたしの大事な人たちが具合が悪いと聞くと、強迫性障害が顔を出して、心配で恐怖さえ感じてしまう。
Zの体調が芳しくない。どうしよう。いや、どうしようもないのだけれど。彼女はちゃんと病院にも行って薬も飲んでいるし。
朝に夕にメールを交わしているのだけれど、「どうにも具合が悪いのでもう寝ます。」なんてメールが宵の口に来たりすると、心配でドキドキしてしまう。
友だちでさえこうなのに、親や夫やましてやねこや息子の具合が悪いと聞いたら、わたしも一緒に具合が悪くなることだろう。

自分の具合が悪いほうがマシ。まわりの大事な人たちが元気でいてくれればそのほうがいい。
わたしは自分の具合が悪くなるとそれを隠して息子にメールをする。
元気? 大丈夫?
うん元気。と返事が来ると涙があふれる。良かった、大事な子は元気でいてくれた。
ねこが走り回っている様子も好き。ああ元気だなって思って安心する。

自分の具合が悪いのは、別にいい。死にはしないし幸せだから。
そうか、わたしが「具合が悪い」ということがらを引き受けていればいいんだ。
そして大事な人たちが元気で居てくれるならそれがいい。そうしよう。

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これも「うつ病」

年に何回かこの状態になるけれども、今月もまた、出血が21日目を数えた。
だんだん少なくなるなら希望もあるけれど、どんどんひどくなって来ると自分のこの症状が呪わしい。
病院に行けばいいのだが、言われることはもう解りきっている。着替えて歩いて電車に乗って歩いて病院に着いて受付して、2時間待って1分診察で「これはもうすぐ終わるんじゃないかなあ~。様子見ましょう」と言われるのだ。

生理不順の出血ならそれでいいけれども、わたしのこれは「うつ病」の大きな症状の一つである。病名が確定する前はこれに振り回されて、増え続ける子宮内膜に耐え切れず肥大した子宮と、鶏卵大にまで腫れ上がった卵巣を両方摘出する算段までしたのだ。

それを、落合先生という名医に出逢えたおかげで、「これは精神的なものであり、摘出の必要は無い。」と診断されて、わたしの卵巣も子宮も残すことができた。

だから生理不順や更年期や、大事に持っている子宮筋腫のせいではない。
わたしの精神が発しているサインなのだ。つまり、血の壁が薄くなっていたとしても終わることはなく血液はどんどん消費されてゆく。


昨日、渡したいものがあってまた息子に会った。
久しぶりに一人で出かけたが、足がうまく動かないことに気がついた。ひざ上や足の付け根が痛いくらいにだるくて本当にゆっくりとしか歩けない。
半月ばかし引きこもっていたから足が衰えたのかな…と思ってもみたが、階段を上るだんになって「あ、これは貧血だ。」と気がついた。
足が上がらないのだ。そしてすぐにハアハアする。
そうか、しまったなあ、早めに薬かサプリを飲み始めればよかったのに。

息子との逢瀬は楽しく幸せに過ぎた。かわいい。可愛くてたまらない。
彼女の話も色々教えてもらった。
息子を好きでいてくれる女の子がいるなんてなんて嬉しいんだろう。
わたしは心をこめて作ったブレスレットを誕生日に会ったときに渡してくれるよう頼んで息子に託した。

階段がきつい。早く歩けない。
よろよろと帰宅して夕飯を支度していたらゼイゼイハアハアしてきた。
大事に取ってあった増血剤フェロミアを飲んだ。
病院になんて行けない。そんな気力なんてない。

うつ病患者が困ることは、病院に行くべき本人が病院に行くことが非常に苦痛であり、ストレスであり、それがさらなるうつ状態を増幅させるということだ。

こんな体調、こんな精神状態ではとてもじゃないけれど病院になんて行けない。

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キライキライ!

日曜日の記憶がほとんど無い。
ただひたすら眠り続けていたから記憶がなくて当然なんだけれども。
夜から今日にかけてもどうしていていつ寝たのかもわからない。
今日、夫の朝ごはんを作れなかった。ゴミ出しの準備もしていなかった。
起き上がれなかった。
現実から逃げたかった。

うつ病で一番イヤなのは「やる気が出ない」・「何も楽しくない」という症状だ。
石を仕事としてはじめてからあまりそういう症状になっていなかったけれど、期待はことごとくはずれ結果は出せない、嫌なことが続いて、やる気が出なくなってしまった。
うつ病なんだからそれで普通なんだけれど、詰め込み主義のわたしはそんな自分が大嫌いだ。
どうしたら、どうしたらやる気が出るだろう。どうしたら気が晴れるだろう。

なにかぐいいぃっとやる気になれる薬があるなら欲しい。
こんな自分嫌だ。
なにも建設的でなく創造的でない自分なんて嫌いだ。

のんびり少しずつやりなよ、って夫はいうけれど、120%でフル稼働しているか、ゼロもしくはマイナスになって寝込んでいるかのどちらかしかないわたし。
のんびりとかほどほどにとかがわからない。

だめだ…。起きてもいられない。
充電というと聞こえがいいが、倒れよう。
やる気が欲しい。めげない心が欲しい。折れない気持ちが欲しい。

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もう一つのブレスレット

本当に大切な人は、生きてこの世に存在していてくれるだけでありがたい。
何をどう説かれても、生きているのと死んでしまっているのでは比べ物にはならない。

死なれてしまったら、現世では『もう会えない』のだから。

縁が深い人とは来世でも必ず出逢う。
そう信じていても今生で『もう会えない』ことはたとえようも無く苦しく悲しい。
何をもってしても埋めることはできず、代わりになるものなく、悲しみは消えない。

だからわたしは幸せだ。
まだ両親が生きていてくれている。
会いに行けなくても、生きてると死んでしまっているとでは大きすぎる差がある。

わたしは幸せだ。
誰よりも何よりもいとおしくて大切な息子が、元気で生きていて頑張っている。
生きていてくれればそれで充分だよ。
でもハハは欲張りで、どうせ生きているのなら、どうか健康でそして幸せであってほしいと願う。
どうかどうか元気でいて。幸せでいて。
それを必死に願っているけれども、具体的にどうしてやればいいかわからない。

この不況時に退社を余儀なくされ、貯金を切り崩して暮らしながら就職活動をしている息子。
見えないけれど、きっとすごく頑張っているんだと思う。
誰に似てあんなにストイックなのか知らないけれども、就職が決まるまではゲームを一切封印しているそうだ。
夜更かしもせず規則正しく暮らし、毎朝7時に起きていると言っていた。

毎朝7時過ぎてもまだ起きていたわたしは恥ずかしかった。

彼女ができてうれしくてたまらない反面、ちゃんと働いている女性を彼女に持って、息子はいま必死に職を見極めているだろう。
焦らずにじっくり探す、と言っていたが、来週も面接がいくつか入っているようで、すごく頑張っているのがわかる。

何でも投げ打って助けたいと思っているけれど、投げ打つものもないし、心配しているのがわかると重荷になるので、ハハは「キミならきっと大丈夫!体調に気をつけてがんばって~。」と明るくメールをする。

そして力になってやれないふがいなさに泣き崩れる。

何かをたくさんしてやることが子供にとってプラスだとは限らない。
むしろ黙って見ていてやることが必要なのだと頭は思う。
いつも願っている。いつも泣きながら祈っている。
お守りください。過分にではなくていいのでお与えください。
彼は禊を受けるかのように短く髪を刈って頑張っています。

してやりたい。何かを、何でもしてやりたい。
大人になった息子や娘と一緒に暮らしていて、食事の世話をし洗濯をしてやっている母親はこんなに苦しくないだろう。
わたしはただ、息子にとって重荷にならないように必死に明るく振舞う。

小さいころのように、抱きしめて、背中をさすってやりたい。
抱きしめて頭を撫でてやりたい。
もうそんなことはできないし、心配してハハが泣いているなんて絶対に知られちゃいけない。この過剰な愛ですら重荷になってはいけない。

愛してる。愛してる。世界で一番愛してる。自分の命より大切で、命を捨てても守るべきたった一つの大事な命。

そんなことはおくびにも出さずにわたしは能天気を演じたメールを送り、来週もう一度息子に会う。なにかおいしいものを食べさせてあげよう。
そして、心と願いをこめて作ったもう一つのブレスレットを渡す。
息子の彼女に。
6月生まれだそうだ。
まだ若いその見も知らぬ女の子にわたしはこっそり願いを託す。
どうか、息子をお願いします。支えてやってください。そばにいてやってください。

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今日は記念日…。

2回目の結婚記念日を迎えました。
でも、記念日ディナーは流れました。

その日、N家は非常に大切な人を亡くしました。
正確に言うと、亡くなっていたことを知ったのです。
あまりにも突然のことでまだみんな悲しみの実感が湧いてないような感じがします。
一緒に住んでいたわけではないのですが、いつも来るその人は明らかに「家族」でした。

亡くなった奥さまのお兄さんです。夫からみれば義兄。子供たちからは伯父さん。
お義母さまもその人を好きでした。
夫が再婚すると母親に告げたとき、その彼が来れなくなる、とわたしとの再婚を渋ったほどです。

夫と交替で奥さまの最期を看取り、その後子供たちを大事に大事にしてきてくれました。
それぞれの子供たちの誕生会には、お祝い金とケーキとたくさんの食べ物を持って来てくれていました。そして泊まって朝戻っていく。
年末年始もN家で普通に家族として過ごしていました。

幸いわたしが嫁いで来てからも、わたしが主婦になったわけではなかったので、ああ、一人増えたな、ぐらいの感覚で変わらずに来てくれていました。

もう、来ないんだ…。

わたしはその人が好きでした。初めてお会いしたときから好感を持ちました。
子供たちも伯父さんが大好きです。お義母さまもやさしい彼を大好きです。
夫はもちろん…。

戦友を亡くしたような…いや、やっぱり肉親を亡くした気分でしょう。
ただ今回夫は葬儀以降の後始末をやらなければならないので、悲しみを封印して昨日も今日も涙を見せずに頑張っています。

本当に大切な人でした。
いつか、この人は先に一人で逝ってしまう、そのことは夫もわたしもわかっていました。
でもそれがこんなに早く訪れてしまうとは思っていなかったのです。
まだ60に手も届かないのに…。

人は死ぬときは一人です。生きているときは一緒に生きている人がいるけれど、死んでいくときはそれぞれ一人です。孤独死という言葉が取り沙汰されていて、どう死んでも一人なのになあと思ったことがありました。

でも、思いを改めました。亡くなった後、何日も発見されないのはやっぱり悲しい。
魂となって上から見下ろしていても悲しいと思います。
そして、助けられないにしてももっと早く見つけてあげられたら…という後悔が周りには残ります。

わたしのカウンセラーさんが亡くなったときは、お友達と一緒に大好きなカラオケの最中だったそうです。それは早すぎた死にかわりはありませんが、お友だちに囲まれた死であったことに救いを感じました。

わたしにもっと鋭い勘があったら…
なにかをキャッチできたかもしれないのに…。
わたしってばZが転んで足を痛めることぐらいしか見えないんですもの。

記念日なのにごめん、と夫は言ってくれました。
誕生日よりも結婚記念日を大事に思ってくれる夫なので出た言葉ですが、ごめんだなんて…。
今はなくなったその人をただ思いましょう。

記念日は、これからもずーっと毎年やってくるから…。

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2008_033亡くなったその人が、一昨年のわたしの誕生日に持ってきてくれたケーキです。
子供たちと同じように扱ってくれました。
ローストビーフが好きだというと、次に買ってきてくれるような人でした。

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やり遂げた。

みなさま、コメントのお返事もできていないのに読んでいてくださってありがとうございます。
また、コメントをくださって心配したり応援したりしていただいたことありがとうございます。
おかげさまで頑張れました。
無茶をしたと思いますが、どうしても「自分締め切り」を守りたかったし、かといって手抜きは絶対にいやだったので、ガンバレ、ガンバレ、と自分に声をかけながらやり遂げました。

新しい委託店舗への発送を終えました。
無事に届きますように。そしてお店の方が気に入ってくださいますように…。
そして欲を言えば売れますように…(笑)。

お昼前に発送を終えて、発送した旨をメールして、すぐに寝ればいいものを撮影した写真を取り込んで整理したりしてから寝たので、帰って来た夫に起こされるまで寝てしまっていました。
たった32点の作品ですが、撮影にとっぷり一晩かかってしまいました。
結婚記念日に夫が買ってくれた撮影ライトが大活躍です。
ちゃぶ台を撮影台にして、自分は座って撮影できるので腰が辛くありません。
トルソーで着用イメージを撮るときはトルソーをちゃぶ台に載せます。ちょうどいい高さになり撮りやすいです。

明日、箱を開けてショップの人が「この作家さんを選んで良かった」と思っていただけるよう頑張りました。
すごく勉強になりました。いい経験をしました。
これからはずっと委託で置かせていただけるよう、季節感や客層を考えつつ補充していきたいと思います。

夫に起こされて慌てて夕飯を作って一緒に食べました。
出張帰りにわたしの実家に行って来てくれたのですが、適応障害については話してこなかったそうです。そういう話題にもならなかったみたいで、まあいいですよね。
知ったところでどうしようもないですもんね。

夕飯のあと、寝足りなかった分をまた眠って、夜中に起きてひさしぶりにみなさまのブログめぐりをしました。
あんずは「撫でて~」と催促し、ちまは何度も抱っこをせがみにきます。それでもう外が明るくなってきちゃったんですけれど。
このところわたしは仕事しかしていなくて、ゆっくりちまを抱いたりあんずを撫でたりしていなかったんです。ねこにはよくわかっているので、わたしがホッとするまで待っててくれたようです。
まだまだ月末まで忙しいままですが、ねこたちを放置しないようケアしてあげなくちゃ。

結婚記念日は月曜ですが、今日の夜二人で食事に行きます。まだやっと、2年の新米夫婦です。(年だけは充分とってますが。)
夫のおかげで幸せです。夫は自分が不幸であることをわたしの両親に訴えてきたようですが。

さて、夫が起きてくるまでに家事をしましょう。

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写真嫌いのあんずちゃん
2010_033あんまりいい表情が撮れません。
でもねこベッドで寝ているときに撫でると、身悶えるんです(笑)。

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がんばれ自分

Zから、去年うつ病で苦しんでいた知り合いが寛解して、仕事もバリバリこなしているという話しを聞いた。
要職にあった人だが、思い切って有給を全部使い果たして、親元で療養に専念したことがかなり効果的だったようだ。
親との関係性や親の暮らしぶりももちろん関係があると思うけれど。
ああ、治って社会復帰できる人って本当にいるんだなあと思った。
きっとこの人は普通のうつ病だったんだろうな。

わたしを適応障害だと診断した主治医は、わたしが仕事だけはできることと、過眠がないことを挙げていた。これはどちらかというとプラスの部分で、マイナス部分だと、行かなきゃいけないところに行けない(役所とか歯医者とか、最近は美容院も辛くてたまらない)ことや、人と約束するとダメになるとか、とにかく出かけられないとか人に会えないとか、急に恐怖感に襲われてパニックになるとか、いろいろあるけれど。

出張に行った夫が、帰りにわざわざわたしの実家に寄ってくれている。
両親にわたしが、うつ病のなかの適応障害であることを、話してくれただろうか。
それとも話さなかっただろうか。
それについてわたしは、話しておいて欲しいとも否とも夫には告げていない。
話しの流れもあるだろうし、夫の判断に任せたつもりだ。
年老いた両親にとって、娘は治らないと告げられるのは、悲しいことなのかどうなのか…。
治るはずなのに治らないと気に病むよりはマシな気がするが、正直どちらなのかわからない。

          ++++++++++++++++++

『自分締め切り』
これもある人から教わった言葉だ。
オーダーをいただいたりしたとき、「今月中にはお送りできます。」などいうように自分で締め切りを作り、それを遵守すべく自分を追い詰めてしまうことを言うらしい。
確かに、一人で、フリーで仕事をしているから、予定をきっちりパズルのように組んでおかないと、いつまでも取り掛かれない作業が出てしまう。
だからわたしは短期のスケジュールを綿密に書いて、それが終わったら色鉛筆でザッとラインを引いて消す。そしてまた次の作業、と繰り返している。
それでも一ヶ月以上お待たせしてしまうお客様もある。
ゆっくりでいいですよ、という言葉に甘えてしまっているのだ。

遠方のショップへの委託は、顔が見えず信頼の築き方が難しい。
今回新潟のセレクトショップに初納品するが、わたしは時々作業の進行状況と発送時期の見通しをメールで知らせた。
やっと作品群が出来て、今夜これから撮影をして、値札をつけて納品書を書いて、梱包したら出来上がりだ。明日の午前中には発送できるだろう。

今朝方は本当に辛かった。
励ましてくれる人もいないし手伝ってくれる人もない中で、からだは限界を知らせてきているからともすれば気分が萎えてしまう。
頭がガンガンして、背中がゾクゾクして首や肩が固まって、これは風邪を引くんだなというサインまででてしまった。
でも、ここまで今日の午前中にやっておかないと!
もちろん、朝起きて仕事をしているわけではない。寝てないのだ。

頑張って。お願い頑張って。

ガンバレガンバレ伽羅しゃーん。

一人でつぶやきながら必死にいろんな作業をした。
自分と自分の体を騙さないとやれないのだ。

そしてこのエネルギーはどこから来るのだろう?と思う。
普通の「大鬱病」なら、頑張るなんて絶対にできないはずなのだ。
仕事だけ、頑張れる。

わたしは、「成果」が欲しいのだ。そのために必死に頑張っているのだ。
何らかの結果を出して、成果が認められ、出来れば褒められたりアテにされたり必要とされたいのだ。
それだけがわたしの存在意義である。
生きている証でもある。
それがないとわたしは腐ってしまうんだ…。

今夜も、頑張って!とつぶやきながら作業をする。

夜通し起きていると、3時から4時くらいまでが本当に寒いのがわかる。
夜明け前はもっとも寒く、夜明け前がもっとも暗いという。

わたしの夜も明けて、光に満ちた朝が欲しい。
病気はこのままでいい。薬があれば生きていけるから。
病気(障害)があっても仕事ができて、成果をあげられて、認めてもらって必要とされて、できれば褒めてもらいたい!という貪欲さが、わたしのエネルギーに他ならない。

倒れて寝込むのは来月まで待ってくれ~と思いながら、ではまた作業に戻ります。

                                              伽羅moon3

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ある日のちまちゃん。
2010_036 おなかもふもふです。

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引きこもりは進行する

とうとう病院にも行けなくなった。
泣きながら電話をして行けないと訴えると、特別に薬を送ってくれることになった。

わたしはここから出られない。出たくない。

久しぶりに調子良く仕事をして、寝ようとして睡眠薬一式を飲んだのはまだ朝という時間帯。
でももうお昼過ぎちゃった。
途中、心臓が苦しくて吐き気もして、泣きたいのに泣けなくて苦しくて苦しくてのたうちまわった。
頓服も飲んで、古い睡眠薬を探してきてそれも足した。

いかがでしょう、睡眠薬3種にソラナックス8ミリを飲んでも一向に眠れないわたしのこの脳。

わかってもらえるわけがない。この苦しさ。

だけどもうどうしようもなくて

起きていると体は辛いし。
横になっていると苦しいし。
「本でも読めば」と夫は返事を寄越したが、そんな気力があるはずもなく、苦しさに悶え苦しむ。

なにか、ぱっと効く薬はないのでしょうか。
どうせ治らないこの病。もう減薬なんて考える必要もないし、いつ治るのっているプレッシャーからも解放された。
薬がないと生きていけないけれども、クスリさえあれば生きていける。
充分幸せなじんせいだもの。

病院は一日仕事だから、一日助かった。薬も効いてきたjみたい。
もういちど、ねてみます

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ツケ

買ったり消費したら支払うのが当たり前であるように、自分の行動にツケが回ってきたとしても、それは自分で何とかするしかない。

病気であってもなくっても。そんなことは関係なく。

でも、楽しかったり高揚したり嬉しかったり、そういうことにもツケが回ってきてしまうのはうつ病の特徴かもしれない。
必ず、遅れてでも、ツケが回ってくる。
塞ぐ。墜ちる。泣く。苦しむ。

もちろんいいことがいっぱいあるから、そう、日差しが強くて陰が濃いだけのことだから、均してしまえばなんということは無いのかもしれないけれども。

自分をどうにも出来ないときがある。
苦しいと言って泣くと、抱かれていたちまが落ちてきた涙にびっくりし、そして舐めて舐めてくれた。


放置状態だった制作室ブログをウトウトしながら更新して…
作り物もしたい。しなくちゃ、と思っているわけではなくて、したいと思っていてそれは最上の喜びであるのに、墜ちてしまった自分をどうにもできない。
ツケを払う、ツケを払わなきゃ…と頭の中でぐるぐるしている。


あ…
雨だ…

そうか、雨の前だったのか。しかも生理中。
これでは、自分を救えない。

すこし貯めた睡眠薬をプラスして寝逃げよう。
 じゃあね。

                                             伽羅rain

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意外に嬉しいことだった。

ダウンした。
夫が家事をやってくれることに甘えてフルスロットルで仕事をしていた。
宝塚の委託先に追加納品をし、滞っていたオーダー品を全部作って発送し、さて新潟の委託店、と思ったころにアップアップになって溺れかけた。

気かついたら体はバンバンに硬く張り、腕は上がらず首も回らず、目も良く見えず顔は青黒くむくんでいた。

4日に寝込んでみたが回復しない。
それでも5日は仕事をしていた。
すると本当に珍しいことに息子からメールが来た。
GWに会おうねと約束していたのに、わたしはその後何の連絡もしないで最終日を迎えていたのだ。ほかの友だちとの約束もぜんぶ反古にしていて、息子とも会う気はなかった。
「体調でも崩した?」と息子が心配してくれていた。
仕事に没頭していて連絡を怠ったことを知ると息子はちょっと怒って、「それならそうと連絡さえくれれば心配しないのに。」と返してきた。

心配してくれるんだ?わたしのこと…。

ちょっと意外だったのと、嬉しかったのとで、謝りながらも、急に息子に会いたくてたまらなくなった。
金曜に約束して会うことにした。
連休明け木曜はまた寝込んだ。メール便を出し、スーパーにちょこっと寄っただけで、帰って来てまた寝込んでしまった。
夫が夕飯を買ってきてくれて、食べて洗い物はしたけれど、またそのまま寝込んでしまった。

夜中に腹が減ったちまに起こされて一旦起きて、フードをやり、トイレや水の世話をして、仕事をしようかと思ったが、からだがどうにもならないくらい辛くて辛くて、まるでうつ病と診断される寸前のような最悪の体調だった。耳周りにはアトピーも出て、手やあしには汗胞も出始めている。
ストップサインの総出演だ。
息子には辛い顔をみせたくなかったので、結局貴重な二日間仕事が出来ずに寝て、金曜になった。

息子は事情があって退職を余儀なくされ、今精神的に辛い状況にいる。
わたしは何をしてやれるだろう。
心配しすぎて発作を起こすくらい心配でたまらないのだが、心配していると知れば重荷になってしまう。

わたしはネットを徘徊して息子のために石をすこしづづ買い集めてあった。
ハハの念がこもった「最強のブレスレット」を作ってやろうと思ったのだ。
そして思ったとおりのものが生まれてきた。
Keisuke_019←これは作っている途中。この後サイズを変えたのでデザインも少々変更した。

Keisuke_020中央の黒い石(オニキス)には龍の彫り物がしてある。もう一方には鳳凰の彫り物。誕生石のターコイズは強力な守護と成功を表し、レッドアゲートを魔除けに入れた。

      


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当日は夜ちゃんと寝たので起きられたけれども、久しぶりに鏡を見て愕然とした。
目の下は真っ黒。顔は青黒くむくんでたれており、目には生気が宿っていない。
よろよろと着替えて出かけたが、足がうまく運ばない。急ごうと思っても急ぐことができない。
ようやくバスに乗り、地下鉄の駅に着いて愕然とした。
階段が困難なのだ。
まさしくうつ病と診断される前の仮面うつの時期と同じ。
ぜいぜい、ハアハアと手すりにつかまりながらホームにたどり着き、座席に座ると息も絶え絶えだった。

病人であること。障害であることを、忘れられるのはいいことだけれど、あそこまで根をつめてはいけなかった。
24時間起きて仕事していたのだ。そんな無茶をしてはいけない。

待ち合わせの駅の階段をよろよろと上って行くと、わたしよりはるかに年配の方が追い抜いて行く。足が上がらない。背中はまな板のようだし首が回らず振り向くことできない。

息子は髪を刈り上げていた。小さい顔が余計に小さく見えた。
可愛い可愛いわたしの命。
回転寿司に行き、食べながら色々話した。わたしは駅の売店でドリンク剤を買って飲んだので元気なフリができた。
「へえ、鎌倉行ったんだ。誰と?」
息子はちょっとだまって、もごもごと口ごもると、すーっと小指を出して見せた。

彼女が出来たんだ!
すごい、やったね!よかったね!

わたしは嬉しかった。そう、意外なことにとてもとても嬉しかった。
わたし以外にこの子の良さを解ってくれて、好きだと思ってくれる存在が現れた!
きっと可愛い子に違いない(勝手に妄想)。
きっと優しい子に違いない。
趣味が同じで話しが合うのだそうだ。いいねえ、いいねええええ。

寿司屋を出て、いつもお参りに行っていた寺にお礼参りに行く。
ここにくるたびに「しじゅうご縁がありますように」と45円の賽銭をしてきたのだけれど、張り込んで二人とも105円投げ入れてお礼を伝えた。
そして今不安な状態にある息子に、いい仕事が見つかりますように…。

昭和の色を打ち出した喫茶店を見つけて入り、息子に「最強のブレス」を渡して説明した。
Keisuke_022細い腕によく似合った。水晶は全部スターカットの高い玉を使いターコイズもグレードの高いものを仕入れて作った。息子は気に入ってくれた。

デパ地下で欲しいものを買ってやり(資金難につき夫の家族カードを使わせてもらった)、別れるときに手を握って、「大丈夫。これがあるからきっといい仕事にめぐり合える。だから元気出してね!」
そういうと、一瞬幼いころの心細い目を見せて、うんと頷き、手を振りながら地下鉄の階段に消えていった。

わたしはその足で目に付いたマッサージ屋に飛び込んだ。
もう限界だった。
女性スタッフしかいないというので、わたしが常人ではく硬いことを説明すると、その女の子は「頑張りますから!」と案内してくれた。
そして1時間みっちりと、おそらくはこん身の力でこの亀の甲羅のような体を揉んでくれた。

気持ちよかった。
うつ伏せでもまれながらわたしはひっそりと涙を流していた。
見ず知らずの女の子が、いくら仕事とはいえ汗だくになってこの硬い体を何とかしようと揉んでくれている。
人の手に触れてもらうということがこんなに気持ちのいいいことなんだ…。
ありがたい。これで夜ぐっすり眠れば、明日からまた仕事を頑張れる。

息子に彼女が出来た。
嬉しい。
末永く仲良くしていってもらいたい。振られたらかわいそうだ。
小さいころから教えてきた女性心理や言ってはいけないことやマナーなどが役に立つといいな。彼女が心から息子を愛してくれるようになるといいな。

もし息子に彼女が出来たら寂しいかな…と思っていたけれど、意外なことに嬉しかった。
日々幸せでいてほしい。
生きててくれるだけでいいと思っていたけれど、幸せでいてほしい。

わたしは夜寝て、朝起きて洗濯などもして、さてお仕事再開です。
ブレーキ壊れてるからまた倒れるまでやっちゃうと思うけれど、がんばります。

みなさま、コメントありがとうございます。とってもありがたく読ませていただいております。

                                            伽羅moon3

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シアワセウィーク

寝食を忘れて、とは言いませんが、寝食を後回しにして仕事に没頭させてもらっています。
とてもシアワセです。

          ++++++++++++++++++

どんなに「あなたの存在そのものが必要なの」と言ってもらえたとしても、褒められることなく育ってしまったわたしは、成果を上げること・それを認めてもらって初めて、自分の価値を認めることができる。

儲かるかどうかわからないのに突っ走っている今の状況よりも、同じ引きこもりなら手の込んだ料理をし、シャツには完璧にアイロンがかかり、花は水を毎日もらえてイキイキとしているという生活のほうが尊いのだとしても、わたしは仕事をしていないと、自分を認められない。

それしかできない。

このゴールデンウィーク、出かけることを拒んだわたしを責めもせず、夫は家事を完璧にこなし、わたしのサポートを快くやってくれている。
台所は磨き上げられ、メルアドが変わったので名刺もショップカードも綺麗にプリントしてくれた。

結婚記念日に買ってもらった撮影ライトを組み立て、ホリゾントになるものを買いに行ってくれて、撮影もやってみてくれて、「ほかに出来ることは?」と一生懸命サポートしてくれている。
成功したいと心から思う。
何をもって成功かわからないけれど、今はちょうど、蒔いた種がいっせいに芽吹いて来たような感じ。
今、やらなければ。
今の頑張りがきっと今後のわたしの一生を左右する、そんな気がする。

あたらしく委託店舗が増えた。たくさんの応募者の中から選んでいただけたのだ。
ブランドイメージを打ち出してくださいと言われた。
第一の山が来た。登らなければ。

夫の強力なくしては何もできない。ありがたいと思う。なかなか出来ることではないと感謝している。
今日は夫は息抜きにふうちゃんと飲みに出かけた。
ありがたいお友だち。

ドリンク剤を飲んだし、さて今夜もがんばろう。
みなさまには不義理ばかりしててすみません。

                                            伽羅moon3
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