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長い長い診察

お客さん、終点ですよ、と肩を叩かれた。
一瞬何のことかわからなかった。
乗務員さんはわたしが立ち上がるのを待っている。
カバンを持ってとりあえずホームに出た。

終点って…。

そうか、病院に行くのに地下鉄に乗っていたんだ。
深く寝入ってしまったらしくどこから記憶がないのかさえわからない。
降りた駅は幸いなことに知っている駅だった。
よかった、千葉県まで行かなくて。

反対側のホームで戻る電車を待ちながら、今日の診察で何をどう話そうかといろいろ考えたけれどまとまらなかった。

わたしが「落ち着いています」とか「調子のいい日が多いです」と言えば先生は嬉しそうに微笑む。けれど、精神科医を喜ばせるために遠くまで通院しているわけではない。
本当のことを話さなくちゃ…。

このところわたしは金曜日に受診している。金・土は若先生の診察もあるので、院長先生の診察にゆとりを感じられるからだ。
待っている間に、ようやく考えはまとまった。
思う自分と、実際の自分があまりにも違って、自分で自分がわからないことから話そうと思った。

ところが診察室に入ると、先生はわたしの分厚いカルテを繰りながら、何かを既に考えていらしたような雰囲気であった。
「どうですか?」
「はい…ここのところ、気候のせいか季節のせいか、ちょっと安定しないのです。」
うーん、と言いながら先生はゆっくりと、そしてたくさんの質問をし始めた。

鬱を発症したきっかけと思うことからはじまった。5年をさかのぼって話をした。
いい友人といい弁護士に恵まれたおかげで破産などは辛くなかったが、3ヶ月の間毎朝欠かさずに拘置所に面会に行き、そのあと仕事に行くと言うハードな生活はかなり堪えたこと。移送になってからは刑務所に月に2回面会に行っていたが、体力的にも経済的にも破綻していたこと。うつ病だと気がつかずに大学病院のあらゆる科を放浪したこと。
最初の処方が足りてなくてしかもそのまま働き続けて悪化させたこと…。

先生は、今のわたしの生活についても詳しく尋ねた。
母屋とアパートの配置図までカルテに記入して、家族構成や年齢を書き込んだ。
夫婦間のセックスの話も長かった。
そのほか、法事の前に潰れてしまい参加できなかったこと、自分の母親が苦手で電話に恐怖を感じ、それだけで寝込んでしまうことなどを話した。
なにか興味を持ったり楽しいことはあるかと聞かれ、仕事を始めて、売れる売れないはおいといて、仕事がとても楽しくて幸せであることも説明した。それ以外は音楽もテレビも駄目なことも。

早いときは30秒で終わる診察なのに、30分くらいゆっくりかけて聞いてくださった。
最後の質問は、「過眠はありますか?」だった。
「いえ、普段は7時間前後で目が覚めます。」
そう答えると、先生はわかった、というように大きく頷いた。
そして病暦4年余のわたしに、診断を下した。

「あなたは、うつ病の中の、『適応障害』というものですね。」

適応障害。
雅子さまと同じだ。(おそれ多いことですが)
「10年前には区別されていなくて、ただ「治らないタイプのうつ病」としか言われてなかった。あなたはそれですね。いわゆる「大うつ病」とは違う種類のうつ病です。大うつ病の人は何にも興味を持てず楽しくもない。けれど幸いなことにお薬が効いて、大概のひとが回復する。治る病気です。「適応障害」はね、わたしも何人も診ているけれど…。」
そこでめずらしく先生は言葉を濁した。

「治らないんですね?」
わたしが聞くと先生はカルテに目をそらして、困った顔をなさった。
「…治りにくい。」
「それ専用のお薬はないんですか?」
「ないんだよね。うつ病と同じ薬を使っていくしか方法はない。」
「では、治ったかたは、どういうきっかけや環境で治られたのですか?」

精神科医として40年余り、今も現場でこうして患者に接しながら、精神科医を育てる役目のほうの先生だ。たくさん症例をお持ちにちがいない。

「それが…いまだ治った方というのにめぐり合っていないんだよ。」


そうか。
そうだったのか。
わたしは、病気ではなく、治らない障害なんだ。
静かにわたしはそれを受け止めた。
予感していたのかもしれない。減薬に躍起になるのをやめたと書いたころに。
一生の付き合いでかまわない。そのなかでもわたしにやれることはある。
やれる範囲で精一杯やっていけばいいんだ。時々倒れたり壊れたりするけれど、それは障害だから仕方ないんだ。

それならそれで、生き方というのがある。
辛かったのは、
「治るはずなのに治っていかない。」と思われることなのだ。
治る努力をしていないと思われることが辛いわけだ。
法事には出る気満々だったのに、なぜか潰れて動けなくなってしまった。
怠けているんじゃない。わざとじゃない。本当に動けなくなってしまうことが自分で情けなかったし恥ずかしかった。申し訳なかった。
雅子さまのことを思った。なんておかわいそうなんだろう…。
わたしはたかが家の法事だけれども、雅子さまにおかれては毎日が国の行事なのだ。常に人目にさらされ、その言動が国民に・海外に報道されるお立場である。
どんなに苦しんでおられることだろう。

静かに診察室を出た。
お薬は、これまでと一緒。そして肝臓が大丈夫であれば、これからもずっと一緒。

薬局ではわたしのお薬は分包されて嵩を増し、備え付けのポリ袋には入らないのでいつもエコバッグを持っていってそこに入れてもらう。
薬をしょって、浅草橋に寄り、なくなりそうな金具だけ買い足して帰宅した。

夫が出張から帰り、久しぶりに一緒に夕食をとった。
楽しかった。

治らないとは口にできなかった。
夫に申し訳なかった。

でも料理も出来るし洗濯もできるし仕事もできる。
人との関わりが少ない今のこの暮らしならわたしは過分に幸せである。
夫は不幸せかもしれないが、治らないことを受け止めたわたしは幸せなのである。
もう、どこかへ働きにいくことは出来ない。
今のこの仕事を天職として、頑張れる自分になろうと思う。

【あるがままの自分を認めて、受け止めてあげること。】

カウンセリングの最終目標がこれであったことを思い出した。
できるかな、わたし。

                                           伽羅
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コメント

みっちょんさん。
みっちょんさん、毎日苦しそうで切ないです。お金の苦労は本当にストレスが大きいので、だんな様から言っていただいたほうがいいですよね。みっちょん一人で抱え込まないで欲しいです。健常なひとに理解してもらうのは至難の技です。でも、こうなんだ、と訴え続けることをやめないで根気よく伝えてみてはいかがでしょうか。それが辛いことなのもわたしには充分わかるのですけれど…。
いつでもまた来てくえださいね。お仕事、焦る気持ちはわかるけれど、すこし休んでいて欲しいな…。

投稿: 伽羅 | 2010年3月16日 (火) 18時37分

こんばんは!アドバイスありがとうございました。
すっごく助かりました。
先生としっかり話をしてすべてを受け止めてすごいと思いました。
天職があって良かったですね
私も天職がはやく見つかればいいんだけど

投稿: みっちょん | 2010年3月14日 (日) 23時48分

みきさん。
うつ病のなかにもいろいろ分類があるのだなと知りました。でもこれで、なぜ肝心なときに寝込んでしまうのかがわかりました。
夫が受け止めてくれ、守ってくれることがありがたいです。否定されてしまうともう生きていく価値を見失いますものね。お薬でどうにか日常の生活は送れるので、特に変わりはないと思いました。
コメントありがとうございます。

円頓房さま。
読んでいただきありがとうございます。わたしは雅子さまが心配です。ゆるやかに回復しておられると発表されますが、そうでも言わないとしょうがないからではないかと思うからです。ストレス元から逃げ出すことはできないわけですものね。ほんとうにお気の毒でたまりません。わたしは一般人なので、そして夫に守られているので、何がどうでも一人で頑張らなくてはいけない部分ってないですから救われます。お薬を飲んで、日々ゆったりと静かに暮らしていければ幸せです。
円頓房さま、希望に満ちたお言葉ありがとうございます。

ふくちゃん。
はい。その通りです。治るはずなのに治せないと思われることが辛かったのですが、かえって開き直りというか…覚悟ができて楽になりました。
ふくちゃんはお薬なしで頑張ってるんですものね。自分と向き合うことが辛いときがいっぱいあるでしょう。わたしはわたしの出来る範囲で、一生懸命頑張りたいと思います。
自分を客観的にみること、まだわたしにはできていませんが、努力したいと思います。
ありがとう。

オモダカさん。
オモダカさん、ありがとう。治らなくても「持病」と思っていればいいので「治さなきゃ!」と思うよりは逆に楽になりました。でも雅子さまはお立場上そんな呑気なことは言っていられない。その軋轢でお苦しいと思います。わたしは皇室に嫁がなくてよかったです(笑)。適応障害がうつ病のなかの分類であるとわたしも始めて教わりました。なんにしても自分の病気が解明されたのは良かったです。
駄目な日もあるけど調子のいい日もあるので、ゆったりと生きたいと思います。
ありがとうございます。

投稿: 伽羅 | 2010年3月14日 (日) 15時36分

そうなんですか。私は勘違いをしていました。
雅子さま、「適応障害」なんだからうつ病より軽い病気なんだと。
違っていたんですね。
そして、伽羅さんも「適応障害」と診断された訳ですね。
何といっていいかわかりませんが、雅子さまも以前よりはだいぶよくなられている
様子。絶対、よくならないというわけではないでしょう。
明日を信じていきましょう。
今はこの言葉しか思いつきません。

投稿: オモダカ | 2010年3月13日 (土) 23時10分

治らない病気って言われましたか。


じゃ、もう治そうなんて焦らないでいいわけですね。
ありのまま、泣いて笑ってどよ~んと落ち込んで、それでいいと思います。
私も勝手に病院やめちゃって薬もやめちゃってますけど
そして月に一回くらいのペースで激しく墜ちてますけど、なんとか生きてます。
「ああ、自分、こうなんだもん仕方ない」元気な時に何度も自分に暗示かけてます。
駄目な時は暗示すらかけられないですからね。ひたすらどよ~んとしてますよ。
また数日したらきっと元に戻るから・・・・と心の隅っこで思いながら。

今は特に不安感が大きくなって動けなくなる状態が出ます。
将来に悲観的になって自信無くなって自分が嫌で仕方ない。
泣きながら布団にもぐりこんでます。

元気な時は異常に元気なので多分躁鬱傾向なんでしょうね。
ちょっと気をつけなきゃならない状態なのかもしれません。
とにかく自分をなるべく客観的に見れるよう努力してます。
ブログを書いて読み返すことも自分には効果的です。

投稿: ふく | 2010年3月13日 (土) 18時41分

こんにちは。
記事を読ませていただきました。

雅子さまと同じ適応障害だったのですね。伽羅さんの主治医の先生がおっしゃるように(現時点では)治りにくい病気なのかもしれませんね。でも、雅子さまも徐々に回復しておられるように、伽羅さんも、ゆっくりと、徐々に生活に支障が出なくなっていくことはあり得ると思います。焦りは禁物ですネ。それに、医学の進歩は目覚しいです。5年、10年後には、確実に治るようになっているかもしれませんよ。希望はありますよ。

今は、お互いに、ゆっくりと、自分に正直に、1日1日を過ごしていきましょうね。

投稿: 円頓房 | 2010年3月13日 (土) 16時00分

おはようです。ヽ(´▽`)/
うつ病のなかの「適応障害」という言い方なのですね。
病気について、私も勉強になりました。
30分も聞いてもらえて、よかったですね。
ご主人に守られて暮らせる伽羅さんは、幸せだとも思います。

投稿: みき | 2010年3月13日 (土) 10時03分

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