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2010年3月

稚拙なコドモ

この年にもなれば毎月のものも毎月じゃなくなったりいろいろあるけれど、先日「PMSだった。」と言い捨てたのに、ちょっと出血してストップし、今日は夕方から怒りが収まらず自分を持て余した。いまも怒っている。何に対してという対象はないのだけれど、怒りが渦巻いて吐きそうだ。おかしいと思いトイレに行ったらまたちょっとだけ出血している。

もうどっちかにしてくれよ。ずっとPMSかい。いよいよ更年期かなあ。
意味のない怒りの感情の矛先に困るから、やめて欲しいんだよそういうの。

子供のころのことを色々思い出して、腹が立つじゃないか。

親は本当には子供のことを知らない。
なぜなら、「こういう子であってほしい」という念が強すぎて、その子の本来の姿を見つめて受け止めようなんて親はめったにいないからだ。

そういうわたしは親に対して、「親なんだからもっとこうであって欲しかった。」という思いが強すぎる。自分がこんな年になっても尚、親に優しくされたかったと思うのは、病気のせいか、性格が異常なのかわからないけど。
優しくしてほしかった。弱いわたしをぐいぐい押しやるのではなく、あたたかく包んで欲しかった。人として認めてほしかった。人として好きでいて欲しかった。

求めても求めても、母はわたしを褒めてはくれず、たった一人の子供だから大事に決まっていると言うだけで、決してわたしを好きだとは言わない。
そして子供は親の分身だと言う。

違う違う! 子供は親の持ち物じゃない! たまたま、その夫婦の家庭を「教室」に選んで生まれて来ただけで、縁が深かったからというわけではないことだってある。
「血」よりも強い絆なんていっぱいあるよ。
親だから子供より偉いなんてこともない。魂のレベルはそうじゃない。
他人にどんなに優しくたって、どんなに人々に慕われていい人だと言われたって、たった一人の娘に優しくできない母なんて望んでいなかった!

弱さを見せると叱られた。心も体も。だから必死に隠して生きてきた。
黙ってこっそり離婚して連絡を絶ったのは、傷口に塩を塗りこむ人だとわかっていたから!
傷ついたわたしは、更に自分の母に傷つけられるのを避けるために、こっそり離婚をし、事後手紙でそれを知らせ、電話には一切出なかった。自分を守るにはそれしかなかった。

でも、再婚すると決めてそう伝えたとき、やっぱり母は言った。
「アンタなんかうまくいくはずがあらへん。
離婚したとき恥ずかしかった。肩身が狭かった。そんな親の思いも知らんといてからに。
離婚してすぐ就職してちゃんとしたところで働いてほしかった。恥ずかしかった。法事にも金婚式のお祝いにも来んかってどんだけ肩身が狭かったか。」


離婚に至ったわたしの苦しみは? その後の、世間の風をマトモに一人で受けながら子供を抱きしめ生きていく苦しさは? 偏見と嫉妬と好奇の目で見られながら生きてきたその辛さは?
親なんて子供のことなんにも知らないし、知ろうともしない。
こういう子であってほしいっていう念だけがあって、なにも見えてない。見ようとしない。
大事だと思ってるだろう。けど、人としてわたしを好きではないだろう。
わたしがそうであるように。

母はわたしの幸せを願いはしなかった。自分の不幸だけを遠ざけたかった。
「あんなちゃんとした人と結婚してあんたがやっていけるはずがない。」
「そんなら、だらしない人のほうがいいの?」
「そうやないけど、結婚したって難しいわ!」
「じゃあおかあさん、わたしが一生ひとりでおったほうがええの?」

わたしはぼろぼろ泣いた。
「結婚したらええがな。おとうさんはあの人、いい人やと思うで。な。」
父が割って入ってそう言った。母は言葉を飲み込んで、こう言った。
「そのかわり、ゴタゴタいっさいこっちに持ち込まんといてや。まっぴらや。愚痴もこぼさんといてな。こっちの具合が悪くなるから。」


おかあさん…。
あなたが言ったとおり、わたしは結婚してうつ病が悪化して薬は3倍になりましたよ。
夫の望んでいた結婚生活でもなく夫の理想の夫婦像にもなれず、夫は不満を我慢して病気のわたしを養ってくれてますよ。いいひとですよ…。


先日息子に会ったとき、わたしの病気の説明をした。
一瞬彼の顔が曇ったが、わたしが「治らなくちゃいけない、治るはずなのに治せてない、と思ったり思われることがすごく辛かったから、単に治らない慢性病だと思うことで、とても楽になったんだよ。」と話すと、ほころぶように笑った。
「僕の腰と一緒だね。」

でさあ、実は治らないってことをさ、親に話すべきがどうか、迷ってるのよ。
がっくりきちゃうと気の毒だし、治らない治らないと気に病み続けるのも気の毒だしさ。
どうようねえ?
わたしがそう相談すると息子はこう答えた。
「実は治らないんだって~。テヘ!…って、明るく言えば?」
「テヘ!って?」
「そう、テヘ!って。」
二人で笑った。
息子は可愛いなあ。大好きだよこの子が。いい子だなあ。
でもわたしは親にはこんな風には思われていないんだよね。厄介な存在なんだろうな…。

どうして?
わたしにはこんなに息子はいとおしくてかわいいよ。大好きだよ。綺麗な魂を持った子だよ。わたしよりかなりレベルの高い魂だよ。
わたしはただ、優しくされたかった。それだけなのに。
他人様の愚痴を聞いてあげて一緒に泣いてあげて、抱きしめてあげて撫でてあげるのだそうだ。そして「優しいなあ、いい人やなあって言われるんよ」という母。
それをわたしがどんな思いで聞いているかわからないでしょう。

わたしは成長していない稚拙なコドモ。
永遠に満たされないまま死んで行くんだ。
息子にはいっぱい愛を伝えよう。きもちわるって思われてもいい。愛しているよって伝え続けていこう。
わたしはACの鎖でぐるぐる巻きのまま海で溺れるように死ぬんだろう。

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2010_359もうすぐ予定している「ピアス祭り」(仮題)。インカローズの透明な所ってほんとに綺麗だね。
でもその前に委託販売の商品を作らなくっちゃ!
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きっと無力ではない

ずっと貧乏だったので、いつもわたしは空想していた。
お金があったらこうしたい。お金があったらこうできる。
架空の家の間取り図を描き、買いたいレコードをリストアップして順位をつけ、妄想ばかりしていた。

結婚しても貧乏だった。東京へ越してきても貧乏だった。離婚してもやっぱり貧乏だった。
息子と二人でポストに入っていたお寿司屋さんのチラシを眺めて、どれにする?ママはこれだよ。そっか、キミはこれとこれね。という空想オーダーをよくやった。さんざんお寿司やピザ屋のメニューを見て決めたあと、キャベツやちくわの夕飯を食べる。
変な母子だったと思うが、息子とはそういうことを一緒にできた。

いつか、「豚コマ」じゃなく「豚バラ」を買えるようになりたいといつも思っていた。
値引きシールの食品ばかり買うので息子は「恥ずかしいよ…。」とレジのときに離れたところで待っていたものだ。

今は豚バラを買ってもいいんだけれど、買えるんだけれど、やっぱりわたしは値引きシールのついた豚コマを買っている。それでいいと思うからだ。
染み付いた貧乏癖とは深いものだね(笑)。

という話をしたかったんじゃないんだけど。


基本、親と子は一緒に生きていくものではないと思う。
一緒に生きていくのはやはり配偶者やパートナーなのだ。
けれど、この年になって知った。
一緒に生きていく友達っていうのもあるんだなあと。

自分の大切な友達がピンチにある。
わたしはひっそりと泣いて祈る。
今はなにもしてあげられることがない。
けれど、わたしは彼女にとって無力では決してないと思う。
会えなくても、物理的に近所に居なくても、わたしたちは毎日おたがいのことを思っている。そしてこころから相手のために祈ることができる。

水晶玉を握って瞑想するつもりが、誰にとはわからずわたしは祈っている。
守ってください。どうか守ってください。
彼女はいままであんなに人を救ってきました。どうしてそんなに?っていうくらい、救って来ました。だから今度は守ってください…。
泣きながらわたしは祈る。
わたしは一生彼女と一緒に生きていく。

世の中にはそういう友達ができることがあるんだと、初めて知った。
お金では買えないもの。
確かに、お金で愛が壊れてしまうこともある。それほど貧乏というものは激しいストレスを伴う。

わたしはきっと無力ではないはずだ。そう信じて今夜も祈る。

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2010_328うちの撮影モデルの「ハンドちゃん」は少々ミニチュア。手首周りが10cmしかありませんsweat01それでもイメージ映像としてはあったほうがいいとのことで、ハンドちゃん活躍します。
お嫁入りが決まったブレス「ターコイズ・オランジュ」
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ショップも模様替えして少し見やすくなりました→
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いとしすぎて苦しい。

息子に会った。

翌日わたしはいつもダメになってしまう。
会えて嬉しかった。喜ばせてあげられた。
自分も幸せだった。

もちろん、帰宅しても尚幸せである。
ねこたちが「お帰り~」と擦り寄ってくる。あんずをなでたりちまを抱っこしたり忙しい。

それでもわたしは墜ちてしまう。
PCに向かっていたが、シャッターが降りようとしたので、夕食後の薬にソラナックス8ミリも足して、布団にもぐってしまった。

4時間半くらいで目覚めて…
寝ていたねこたちも起きて寄ってきて。

それなのにわたしは切ない。
もう「かわいい」年齢ではない息子。24歳、社会人も6年目だ。
料理に凝ってしっかり一人暮らしを楽しんでいる。
部屋はいつもきれいで、洗濯物も左右対称にきちんと干してある。
トイレが汚れていたこともない。
腸と腰が弱いけれど、それ以外は元気で、友達も大事にしていて、何にも心配がない。
わたしは幸せで恵まれている。いい大人になってくれた。

けれどもわたしは息子をいとおしすぎて、会った翌日は潰れる。
わかってる。自分がいかに恵まれているか。そしてこれで良かったんだということもわかっている。
なのにわたしは苦しくなる。


一緒に寄り添って生きてきた15年間。
後悔はいっぱいある。寂しい思いもさせたしお金の負担もかけたし、貯金は借りっ放しだ。
中学に入ったとき、お金がかかるという理由で入りたかったバスケ部に入れてあげられなかった。高校生のときなんて月に4000円しかお小遣いをあげられなかった。
母子家庭の都営無料パスを使わせるために遠回りで高校に通わせた。
働くようになってからは月に5万入れてもらい、しょっちゅう焼肉やピザをおごってもらった。自立するとき、わたしが買ってやったのはお祝いの焼酎サーバーだけ。
すべて自分でまかなって独り立ちしていった。

子供を甘やかすのはいいことではない。
けれど、子供にしてやることが出来た親は、その親自身は幸せであると思う。
してやれなかった後悔はわたしに一生ついてまわる。
たとえ息子がそれを恨みに思っていないとしてもだ。
これはもちろん病気のせいであるけれども、もっとしてやりたかった・苦労をかけたという苦しさと、過度のいとおしさでわたしは墜ちる。

だから早々に寝逃げしたのだけれど、やっぱりだめだった。
じゃあね、と言うとき息子はちゃんと目を合わせて、じゃあねと言う。
またね、と言うと頷いて小さく手を振る。

背中を向けて歩いてゆく息子をわたしはしばらく見ている。
24歳の息子も、8歳の息子も、いとおしさは変わらない。

あの子が生まれてくれて幸せだった。
一緒に暮らせてしあわせだった。
りっぱな社会人になってくれて幸せだ。

元気で生きていてくれて幸せだ。

なのにわたしは切ない。いとおしすぎて苦しい。

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20103_017『工房暖簾ギャラリー』で開催中の「サクラ展」。苦戦いたしております。良かったら見に行っていただけますか?
こちらから→
工房暖簾・特設ギャラリー「サクラ展」
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お待ちいたしております。

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光を受ける

とても安定して、段取り良く作業もこなせて、作品が次々に作れる日があると思えば、気ばかり焦って何も完結せず、そのことにまたイラつき何もできない日がある。
夜12時過ぎたあたりがわたしの一番調子のいい時間帯だけれど、今夜はなぜかダメ。
心がざわついて泣きたいような気持ち。
とても幸せなのにこんなことって、納得がいかないけれど、それが病気なのかな。

とにかくソラミミがうるさくってたまらない。
エンドレスでいろんな歌や音楽がキンキンと遠くから聞こえている。
紛らわしたいけれど、テレビも嫌いだし音楽も聴けないし、機嫌でも良ければ自分で歌うところなんだけど、泣きたい気持ちを抱えて歌うこともままならない。
うるさいよ。
ああそっか、雨が降っている日は雨の音がきっと好きなんだ。落ち着くのは雨の音。

なんだろう、とソラミミに聞き耳をたててみると、異国のお経のように聞こえる。
いや…盆踊りか…。
お経のほうがマシだな。

夕べはいっぱい作り物をして幸せだった。今日はまだ何にもしていない。
発送を一件しただけだ。

あ、そうそう、起きたら久しぶりに晴れていたので、サンキャッチャーを作って初めて陽の光にかざしてみることが出来た。
2010_311 こんなに綺麗なキラキラとスペクトラムが見えた。なんだか嬉しかった。陽のあたる窓辺にこれが揺れていてキラキラ光を放っていたら、きっとなんだか嬉しくなるだろうなって思えた。2010_315_2

2010_310全部カット水晶。
もちろんガラスのほうが品質もカットも均一で反射する光も多いかもしれないけれど、地球が何万年もかけて作り出した贈り物である水晶を窓に飾ることに意味があると思う。

これを作る機会を与えてくれたお客さまに感謝する。
オーダーされなければ勉強しなかったと思うから。








明日は久しぶりに息子に会える。嬉しい。なのに心はざわついていて不穏なのは何故なんだろう。わたしの日々は幸せに満ちているのに、悲しかったり苦しかったりするのはちょっと残念だな。

でもこの幸せのありがたみは身にしみる。屋根があって、盾になってくれる夫がいるということをとても幸せに思う。

夫は今日わたしがもっとも苦手とする『電話をして断る』ということを代わりにやってくれた。出張帰りで土曜も出勤になって疲れているのに、掃除機をかけてお風呂も洗って食器も洗ってくれた。
とてもありがたい。ほんとだったら養ってもらってるだけでもありがたいことなのに。

病気なら病気なりに、障害でもそれなりに、いいわたしでいたいと思う。

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2010_309いつも、自分が買いたいと思えるものを作っているけれど、たまに手放し難くなる作品もあります。
ムーンストーンと蛍石のネックレス。
『月の石』と『蛍石』
響きもすてき。
制作室ぜひに遊びにいらしてください。

ブログ:『ストーンパルフェ・ワークス』
お待ちしております。

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PMSだった。

お腹が痛くなって、出血しました。
どうやらここ数日のひどい不調はPMS(月経前症候群)のもようです…。
先月、なかなか出血が止まらず長かったので、まだまだと思っていたのですが、来てもおかしくないです。
どうもお騒がせしました。すみません。

でもうつ病になってからこの症候群、きつくなりました。抑制する力(気力?)がなくなったせいなのかも知れませんが…。
あと何年のお付き合いかな。れれれ、更年期障害とかも来ちゃうのかな。
障害オンパレードになっちゃうよ。


雨が降る前日は不穏で、降り出してしまうとわたしは落ち着き、雨音を楽しみながら作業ができます。PMSも、始まってしまえばケロッとしますが、おなかイタイとか腰が抜けそうとかアタマイタイとか、身体症状はいろいろ出ます。
んー。どっちが辛いかなあ。


でも久しぶりに心がすっとしたし、夫がねこを遊ばせているのを眺めて笑い声をあげました。ねこたち、おもしろいんですもん。かわいいなあ。しあわせだな。

今日はちょっとお仕事で嬉しいこともあったし。
頑張るぞ。週末は息子に会えます。嬉しい。ちょっと間が開いてしまって久しぶりです。
今回こそ美味しいものを食べさせてあげましょう。

ではまだ家事が残ってるので短いですが今日はUPします。
また明日です~soon
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2010_242水晶のサンキャッチャーを製作中です。雨の日でも石自身に光りが溢れているよう。
スワロフスキーのパーツで作られたサンキャッチャーは売っていますが、水晶のはなかなか見かけませんね。どんな虹が見えるのかなあ。
制作室ブログはオカシナことになっています。
ブログ:『ストーンパルフェ・ワークス』に行ってみてください。くすっと笑えるかもです。

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それでも仕事はする。

夕べは夜中を過ぎるまで苦しかった。
今日も辛かったけれど、ようやく穏やかになってみると、ああ、昨日はひどかったなと思う。
いたたまれない気分。何かをすることも、なにもしないでいることも、どちらもできないのだ。

そんなときも仕事ならできる。もちろんかっ飛ばす元気は出ないけれど。
突っ伏したり座ったりしながら、来月スタートする企画展への出品内容をまとめたりした。
奈良の、大仏裏のショップでの『奈良展』に参加することになった。
和風にまとめて観光客の人でも気軽に買えるような設定を考えた。

夜中を過ぎてすこし楽になったので、水晶を出して並べた。
オーダーしてもらっているサンキャッチャーのデザインをあれこれ試作。

出来上がったら朝になっていた。
買い物に入ってないから夫の朝のパンがない。
明太子を入れたおにぎりを2個作った。
しまった、アイロンかけ!
シャツ一枚だけアイロンをかけて、薬を飲んで寝た。
意識が薄れていくときに夫が朝ごはんを食べに来た気配がした。


今日は支払いがあるからどうでも郵便局に行って帰りにスーパーに行かないと。
ねこと喋るのもかったるいくらい、発作後のような体。
歩いていてもかなり挙動不審。

スーパーで大好きなパイナップルジュースを買った。
でも本当は石が買いたい石が欲しい山盛り欲しい。
仮想ネットショッピングを繰り返してはしばしまぎらわす。

今夜は夕飯作るぞ。と思っていると夫から早い帰るメールが来た。直帰らしい。
3品作れた。頑張った。
でも食べ終わったら椅子に腰掛けてもいられず、床に座って椅子の座面に伏していたら寝てしまった。
夫が後片付けをしてくれて起きたら台所は綺麗になっていた。働いて帰ってきたのに申し訳ない。

わたしは仕事が頑張れるとパワーが湧く。そうすると家事もできるし機嫌もいい。
支えなのだ。やっていないと自分がダメで価値がない人間に感じてしまう。
だから頑張る。面倒で苦手ななPC作業をやっているときは「伽羅しゃん頑張れー。」と自分を励ましながらやっている。

今はランキングのバナーとホームページが欲しい。
あ、石も欲しい。際限なく欲しいんだこれが…。

だいじょぶ。何か結果を出したい。頑張れる。

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2010_222工房暖簾さまの特設ギャラリーにて『サクラ展』がスタートしました。
6作品で参加しております。詳しくは制作室ブログへぜひどうぞ。

ブログ:『ストーンパルフェ・ワークス』心からお待ちいたしております。

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今日はどれなの。

起きた時からかなりのウツウツ感で、ちゃんと座っていることもままならない。
夫は遅くまでわたしを待ってランチに誘いに来てくれたようだったが、わたしの様子を見てあきらめてインスタントラーメンを作って食べていた。

辛い。何がかはわからないけれど、身の置き所がない。布団につっぷしていても辛い。
かといって何もできない。
夫はわたしを一人にしてくれるので助かる。喋ることもできないし息苦しいのを察してくれるのだ。
気分を上げてくれる一粒はないだろうか。なにか、ないものだろうか。
ソラナックスを飲むけれど、それで上がれる気分ではない。わかっているけどそれしかないから飲む。

寝ても起きても居られないこのくるしさ。
どこから来たの。何しに来たの。あんただれなの。
うつ病なの強迫性障害なの適応障害なの。名を名乗れよ。理由を言え。

ここで何かトリガーがあれば、確実に発作を起こす。
黒い塊を胸に抱えたまま、起きたり座ったり突っ伏したりして夕方になってしまった。

ごはん…。
ごはん作らなくちゃ…。
夫とスーパーに行くこともできなかった。でも一日くらいはなんとかなる。
冷蔵庫にある食材をだして並べてみる。
もやし。エリンギ一本。ネギ一本。大根少々。カニカマ。
乾物は…ワカメ。マカロニ。缶詰はツナ。
これで2品は作れるだろう。

米を研いでセットする。
そこで短い充電は切れてわたしはまたふとんに突っ伏した。
炒め物とか和え物が出来そうに思えるんだけれど、どれとどれを組み合わせたらいいのか考えられない…。

そこへ夫からメールが来た。ごはんの催促だと思ったら違った。
「母屋で食事したほうがいいのかな?」
わたしは脱力した。すまない気持ちでいっぱいになった。
けれどありがたくて、そうしてもらうことをお願いした。
明日のシャツのアイロンはかけておきます。ごめん夫。


治っていく段階途中で、こんな風に調子が悪い日があるのなら仕方ない。
でも治らない病気のなかで調子が悪いと申し訳なさで身がすくむ。こんな日が月に何度かあるのだ。これからもずっと。そして役所に行くのに一苦労して、行事には参加できなくて後ろめたい思いをずっとしていくんだ。
夫は貧乏くじを引いた。治るはずのうつ病だと思い身請けしたのに、次々と病名は細分化されていって4つになる。

その不名誉と申し訳なさを挽回させてくれるつもりがあるのだろう。仕事にとても協力的でいてくれる。確かに仕事として成立するようになればわたしはもっと回復すると思う。

9時を過ぎてちまにごはんの催促をされ、ようやく動けるようになった。
セットして炊けていたご飯でレトルトカレーを食べた。
まるで泣きたいのをこらえているときみたいにのどを輪っかで絞められているようだ。
発作を起こしたわけではないのに、発作後みたいに体が痛む。
今日はなぜ、こんななんだろう。単なるうつ病なのか、何か適応できないことがあるのか、自分でわからない。

別に死なないし…。
そう、わたしが死んだら息子は一人ぼっちになってしまうから生きていなくちゃ。
生きてるだけで息子にとっては価値があると思うから頑張る。

頑張るよ。大丈夫。息子が辛い思いをしないように、けれど重荷にも思わないように、元気出して頑張るよ。

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2010193_convert_20100320041502わたしも自分用にこんな強力なヒーリング効果のあるブレスを作ろうかな…。
いよいよ明日から『サクラ展』がオープンです。制作室ブログで明日ご紹介いたします。こちらへぜひどうぞ。
ブログ:『ストーンパルフェ・ワークス』 お待ちしています。

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種は蒔いた。芽は出るか。

出展したかった屋内のしゃれたアートフリマにまた落選して、昨日のわたしは落ち込んで焦って、自分の体が耐えられるかも考えずに屋外でのイベントに申し込んでしまった。
一つはまだ空きがあってすぐに受け付けてもらえた。5月の下旬。
もう一つはGW。ブースは全部埋まっていてキャンセル待ちだそうだけど、そのキャンセル待ちに申し込んだ。
夫が一緒に行ってくれるからだいじょぶ、と勝手に。

夫はもちろん一緒にでることをいとわないでくれるが、彼はひどい花粉症なのだった。
しかも杉より桧のほうに反応が強く出るので、5月末くらいまでは外仕事は辛いという。

どうしよう。でも、GWに働かないなんて考えられないよ…。
もしキャンセルが出て繰り上がったら、一人で行ってみようか…。場所は駅前だから、迷わずに行けると思う…。
でも屋外の出展は「風」との戦いだ。一人が辛いのはそういうときだな…。トイレに行くときも困るけど…。
キャンセルが出るかどうかまだわからないし、とにかく作品を地道に作り続けよう。

そして焦っていたわたしは、作品の委託販売にも手を出した。
経験があるからわかる。どこでもいいわけではないし、レンタルボックスでは多分売れない。だからいわゆるBOX貸しのところじゃなくて、委託で売ってくれるところで、ショップの雰囲気が良くて経済的条件がきつくないところを探しまくった。

3つのショップをピックアップして申し込みをした。

一つ、決まりました。気に入っていただけて。場所は宝塚市。
納品にはいけないので、郵送してオーナーさんにお任せ。でも希望の場所を取らせてもらえたし、オーナーさん自信が個人的に石好きだそうで、わたしの作品を気に入ってくださった。
嬉しい。初の委託先が決まりました。
まだオープン前のショップなので、決まったら制作室ブログでご案内します。

もう一軒は、奈良。こちらは短期間の催事出展。今擦りあわせをしているところなので、よければ決まると思います。
最後の一軒、札幌は返事なし。だめでもお返事は欲しいです…。

さあ種は蒔きました。水もやりました。どこかで芽が出るでしょか。

まずは連休明け23日からとあるネットショップで『サクラ展』が始まります。
売れるかな…。買ってくださる方いるかな…。ドキドキです。
こちらもスタートの日に制作室でご案内いたしますね。

いつもいろんな意味で皆さんに支えていただいています。
どうか見守ってください。

外は嵐。雷が鳴りました。あんずが怖がっています。

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2010_206ムーンストーンのブレスレット。
こういう輝きが欲しいです。
キラキラじゃなくていい。ひっそり強い輝きを内に持ちたいです。
制作室にぜひどうぞ。

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おぼしめし?

また、アートマーケットに落選してしまった。
GWに出展できないなんて、痛すぎる!
作りたい意欲は満々で、作っているのも楽しくて、順調に作品は増殖していっているけれど、倉庫にしまっておくばかりではいかんせん悲しい。お嫁入りさせたいし、もう働きには出られないとわかった以上、仕事として成立するようにしたい。

石を買うばっかりで作品を売りに出るチャンスがめぐって来ないのだ。
焦る。焦る焦る。
夫のおかげで生活には困っていないけれど、わたしは仕事をしていないとダメなんだ。
腐ってしまうんだ。
いくら脳がちょっと壊れ気味でも、壊れてるのは一部だし!(と、思おう。)
だから自分の仕事が成り立つようにしたい。

昨日は、仕入れた石たちが届くので、ちゃんとお昼前に起きて待ってた。
12時~14時の指定。それが来たら、しばしうっとりしたあと、安いスーパーまで頑張って行って、夕飯をまたしっかり作るつもりでいた。

ところがPCを開いたとたんの落選の通知。
落ち込む。なぜ出られないんだろう? カミサマのおぼしめしなの?
わたしにとってはまだ時期尚早なの?

樹脂粘土をやっていたときは毎月どこかしらに出展するか講座に行っていたので、脳が少々痛んでしまっていても、なんとかやれると自分では思っている。でもまだ出展には早いの??


しかも荷物は来なーい。
3時まで待ってセンターに電話をした。○川さん、まただよ。クロ○コさんならこんなことはないのになあもう~。
ドライバーに連絡してすぐに折り返します、と言われたが、わたしは電話をもらいたくない。だって恐怖症だもんさ。
だから、電話はいいからすぐに持ってきてもらってください、と伝言。
その間、いつもの石の問屋さんとクレームについてのやりとり。いやさ、クレームつけるのは信頼していて、今後もずっと仕入れるつもりだから敢えて言うのさ。言い訳はいらないんです、実態を知ってください。現物を送りますから。というやりとり。
で、4時半になってもまだ荷物は来ない。
14時までの指定が16時半過ぎても来ないって、どうなのよ!
ふたたび○川さんのセンターに電話。

それから10分ほどで兄ちゃんはあはあしながら持ってきた。
笑顔のかわいい兄ちゃんでしてねえ。怒れない。
電話ではイヂワルなおばちゃんみたいに怒ってみせたけど、兄ちゃんには優~しく、「これ、14時までの指定なのよねー? 出かけられなくて困ってたんだよね~?」と言って帰してあげました。

そして事はもう一つ、お客様にお送りしたお品物が行方不明だということが判明…。
今度はクロ○コさんに捜索願い。
封筒の特徴まで詳しく説明。メール便は配達員さんの記憶が頼りだそうだ。
今度からはめっちゃ目立つ封筒で発送しよう。

お客様のほうの担当センターから連絡が来て、たしかにその封筒はドアの新聞受けから室内に投函したとのこと。
えええ?じゃあ盗難のしようもないのに、どこいっちゃったのー?
一点ものなんだよ、同じものはもう作れないんだよう~(泣)。

どんどんうつモードに突入して来た。ソラナックス8ミリ投入。
夕飯は作れないと判断して、どうにか出かけてお惣菜購入。

つまづきっぱなしの一日。
帰ってくるときにふと外から部屋を見上げると、夫のワイシャツがひらひらしている。
え? 今日は洗濯してないよね?

昨日干して、なぜかそれだけ取り込み忘れて、夕べの雨に打たれて、今日再び乾いたもよう…。
洗い直しか…。


でも、お客様に送ったメール便は、お客様が探してくださって、別の棟の同じ部屋番号(空き部屋)に投函されていたことが判明!
よかったよ~。せっかくお買い上げいただいたものが無駄にならなくて良かったよ~。

気を取り直して、避けていた屋外のアートマーケットにトライしてみることにした。
一個空きがあって受かった。まだまだ先だけれど。
雨天で中止にならないかぎり出られます。
腐らずにがんばろう。

そんな一日でした。どちらさまもお疲れさまです。

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2010_180ターコイズ・ターコイズ!
自分の誕生石だけど、可愛くないって思って余り好きではなかったんです。でも自分でアクセサリーを作るようになって、いとおしい石となりました。守護と成功の石です。
制作室ブログへぜひどうぞ。

ブログ:『ストーンパルフェ・ワークス』見るだけでも石たちに癒されます。(ほんとだよ)

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すっ飛ばした!

ちょっとずついい子になろうと思って、徐々に早く寝る作戦を立てていたのに、たった一日ですっ飛ばした。
フルスロットルで爆走してしまった。
雨の前なのに墜ちなかったし(昨日はメタメタだったが、それは薬の飲み忘れ)、雨が降り出してからもまだまだフルパワー!

ん~。三日分のエネルギーを使っちゃった感じでしょうか。
ダメです、やっぱり『ほどほどに』が出来ないしわからな~い。
すごく作りたくてドカドカ出来上がるのに、それを途中でやめるなんて出来ない。

洗濯をして、ねこたちの世話をして、夕飯のメニューを考えたら、買い物に出なくてもいいことが判明。発送業務も昨日全部終わってるし。
しかも新しい石がやってきた!
作るぞ~~。

作っているときが一番楽しい。そのあとの撮影は腰が痛いしライトがまぶしいしへたくそだし余り好きじゃない。
PCに取り込んで大きい画面で見てがっかりすること多々あり。

ブログにUPするのは好き。
ショップにUPするのは作業がめんどくさいから好きじゃない。でもUPしないと売れていかないし。ただいま猛スピードで在庫が増殖中。誰かお嫁に行きなさいっ。

サンキャッチャーを作るつもりで水晶を触っていたら猛烈にブレスレットが作りたくなった。
しかもそれ用に注文したアメトリンという石が来ちゃった。
ごめん、ブレス先に作る!

3本作って、一旦片付けて、夕飯の支度。こんな日は料理もはかどる。3品きちんと作りました。Nさまご満足のご様子。
その後脚のマッサージをしてさしあげる。
寝てしまったので食器洗い。
N氏が母屋に帰ってから、さあ続きを作るぞー、っと、さらに3本制作。

そうだ、今日はオークションの出品無料サービスデーだった。
オークションに少々出品。売れて石代になってくれ。

そして、出来上がったブレスレットたちを撮影。
ああ、専属カメラマンが欲しい。
ホームページ作ってくれる人も欲しい。
ついでに作品を売ってきてくれる人も欲しい(笑)。

ちゃんと7時間半眠って、お薬をきちんと飲んでいればこんなに調子のいい日がある。
そしてそんな日は自分を止めることが出来ずに全力で疾走してしまう。
翌日抜け殻になってしまうかもしれないけれど、ほどほどに、ができないもの仕方ないや…。

夜が明けてしまう。急がなくっちゃ!(吸血鬼か!)

                                          伽羅moon3

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2010_177先ほど出来上がったブレスレットたちの一部。繊細な華奢なエレガントなものを作っている人を、すごいなあって羨ましく思うけれど、わたしは「石」を感じる作品が好き。
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見るだけでもちょっと楽しいよ。お待ちしています。

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ねことわたしの不安定。

最近わたしは悪い子なので、朝まで起きている。
夜通し仕事をして、朝になって慌てて洗い物をしたりアイロンをかけたりし、朝日を浴びて、瞑想してから寝る。
実は水晶玉を握って行う瞑想をサボってた。でも心を入れ替えてまたやるようにしたら寝つきは良くなった。


でも夕べは心の留め金が外れてヒステリックになってしまった。
一人で発作を起こし、ソラナックスの8ミリを飲んで泣きながらPC作業をし、寝る前にまたソラナックスを足して飲んで瞑想をサボって寝た。
心が痛くて薬に頼らなければどうしようもなかったのだ。

だからお昼に夫からメールがあったときも意識は朦朧としていた。
そしたら夫がアパートにやってきた。具合が悪くて休んだらしい。
お弁当を買ってきたから一緒に食べようと言う。
ありがたいことなんだけれど、寝起きに食べるのはちょっと無理…。

会話を交わして、ねこたちにフードをやって、また寝た。悪い子だから。
自分ではそのときにトイレにも行って朝の分の薬を飲んだつもりだった。
なかなか起き上がれなかった。2時過ぎてしまった。
今日はオークションの発送をしなくちゃ。先週は母の誕生日のゴタゴタで(わたし一人が勝手にゴタゴタしたに過ぎないのだが)発送を忘れてしまっていたのがあった。
今週はちゃんとやらなきゃ、とすぐに取り掛かる。オークションもわたしの石代になる貴重な財源なのだ。(でももう売れるものがない。)

梱包していると夫がやってきて銀行に行くと言うので、メール便の発送をお願いした。
わたしは郵便局での発送。反対方向なので助かった。

郵便局に歩きながら、なんでこんなに気分が冴えないんだろう。物悲しくて切なくてちょっと苦しい。郵便を出した帰りにホームセンターに寄り、花の苗をひとしきり眺めてから帰った。花は不思議。何であんなに綺麗な色を出せるんだろう。蝶や蜂を呼び寄せるには匂いがあれば充分で、相手は色が見えないだろうに。
花もいいけど、自然の恵みとして、石はやっぱりいいなあ。合成石や着色石を使わないようにしているのは、石に対するわたしの敬意だ。
でもばらつきがあって困るものには、加熱して色を濃くしたものは使用する。

帰宅してねこたちにおやつ。ところがちまがいつまでもぐずる。まとわり着くので抱っこを所望かと思い抱き上げようとすると、そうじゃないと言う。いったい何を求めて鳴いたり寄ってきたりするのか。あんずは言葉数が多いのでおおよそ見当がつくが(しかも絶対に抱っこをねだっては来ないのでわかりやすい)、ちまは「んんん~っ!」というだけだし、質問しても返事が来ない。
いつもちまに「ごはん? ごはん食べたいの?」と聞くと、「きゅ~。」と鳴いて返事をするのは遠くにいるあんずなのだ。

わからないのでPC作業をしようとすると、ちまがテーブルに飛び乗って、そこからわたしのひざに降りてきた。ひざの上で抱かれたいらしい。
抱いてやるとしがみついてくる。かわいい。徐々に安心して赤ちゃん抱っこの体制になり、お腹を見せてくーくー眠ってしまった。かわいい…。
しかい重い…支えている手がしびれる。

そこへ「夕飯まだですか?」と夫からメールが来た。なんだか不安定なぐずるちまを床に置けない。わずかに動かせる右手でどうにかメールを打って夫を呼んだ。夫にちまをわたして、そう、薬を飲まなくちゃね、わたしもちま同様すごく不安定だし頭も痛いからね、お薬お薬…

れ?
水曜日のケースに一日分が全部入ってる。
ええ?
わたし今日薬全然飲んでなかったの??
あああ。それじゃあ物悲しいわけだわ。調子悪いわけだ。その不安定がちまに伝わっちゃったのかな。
全身が凝って痛い。頭も痛い。
慌てて飲んでも、飲み忘れてた日は、もう追いつけない。
すっかり調子が落ちてしまうので、飲んだからと言って戻るわけではないのだ。
失敗したなあ。
簡素な夕食を作って食べたが、まだ洗い物をする気にはなれない。
洗濯物も畳めない。かといって何も進行せずに寝るのはいやだ。

ちょっとだけ石たちに触れてから寝ようかな。
どころでご無沙汰。最近のにゃんず↓
100317_22240001携帯でさっと撮ったのでボケボケですみません。
ケージの屋上で仲良くお昼寝です。寝る位置は決まっているようです。
あんずがときどきちまを舐めてやっていますがちまは???という顔をします。ちま。推定一歳になりました。あんずより大きいねこになってしまいました。あんずはちまが来てからほっそりしました。ちまは下腹部に大きなやわやわの桃が垂れており、座るとその桃は床についてしまっております。
ねこっていいなあ。居るだけで、ほんとに可愛いなあ。

伽羅moon3

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20103_009来週から始まる「サクラ展」の作品です。スタートしましたら制作室ブログでご案内いたしますね。
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飛ぶ飛ぶ不整脈

このところずっと不整脈がひどい。飛ぶ飛ぶ。
座っていても苦しい。
でもわたしの心臓には何の問題もなく、不整脈は確かにあるけれど命に関わるタイプのものではないと診断されている。
それはうつを発症する何年も前の話。
昼間クラフトの仕事をして夜スナックでバイトしていた当時。
24時間のホルター心電図をつけて仕事に行った。

今は椅子に腰掛けている。それでも脈が飛んで苦しい。
うつ病由来のものだろうから気にしても仕方がないけれど、そういえばホルター検査をしたのも3月だったような気がする。

一年の中で、体の症状がだいたい毎年似かよっているように思う。
ひどい風邪を引くのは12月。
喘息が出たり不整脈が出るのが3月。
4月は倦怠感が激しく6月は生理が止まらない。
こういうのを個人のバイオリズムというのかな。

ストレスは本当に様々な症状を体に出して、精神の危険を知らせてくる。
32歳で離婚をしたが、その数ヶ月あとの不調はうつ病のごとしだった。
何でだかわからないけれど起き上がれないという日が続いた。微熱が引かず、背中は蕁麻疹ではれあがり、かき壊して血まみれだった。
離婚したくて、してもらって、息子と暮らし始めて、必死に働かなくてはいけないのに、その6月を約ひと月、わたしは寝たり起きたりの生活をしたっけ。

精神的なダメージは3ヶ月くらいしてから体に表れることが多いそうだ。
わたしは2月に離婚して2月末に引っ越した。(引越しの都合で離婚した夫と二週間くらい同居していた。おもしろい時期だった。)
引っ越した翌日からすぐに働きに出ている。
しばらくは気が張っていたのか、5月の末くらいから体がガタガタになっていった。
あまりにも背中が痛いので内科を受診してみたが、異常はなく、ためしにマッサージに行ってみたら、「あなた背中にまな板しょってる?」と聞かれた。
(しょっていません。)
高いマッサージには行けないので保険でちょびっとやってくれる鍼灸マッサージ院に行っていたが、わたしが行くと指が壊れそうになるらしく、裏で技師たちが「どうする伽羅さん来たけど誰がやる?」と譲り合いをしていた。
熱もあって、寝たり起きたりしながら仕事を一ヶ月休んでしまった。

離婚のストレスは、家族の死に次いで2位だという。
自分がしたくてしたのだが、様々な手続きを一人でやったし引っ越したし子供の心のケアにも気を使った。そういう疲れが3ヶ月して出たのだろう。若かったけれど、多分しんどかったのだろうと思う。


5年前、子宮も卵巣も摘出かというところまで悪くなったのは、付き合っていた彼が逮捕されてから4ヶ月経っていた。
3ヶ月間毎日、拘置所経由で仕事に行き、自己破産の手続きをし、彼に毎日手紙を書き、人と会い…。
125%くらいの力で毎日生きていた。

壊れ始めたときもやっぱり働いていた。生きていくためには仕方なかった。壊れたまま一年半が経過し、わたしは大学病院の様々な科を巡り倒し、天地がわからなくなるめまいで、ようやく精神科に送り込まれた。

そんなめまいはもう訪れないけれど、この不整脈やふらつきやこわばりや口渇やソラミミや、その他モロモロの症状と付き合っている。
それでもごはんは美味しいし、ねこたちはかわいいし、仕事は楽しい。幸せにしている。
もう一人じゃないのだ。夫がいるのだ。前夫とは違う、頼れる夫がいる。
結婚してよかった。(わたしはね。)

                                            伽羅moon3
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2010_132ビアクォーツとシトリンクォーツの三粒ペンダント。k14gf使用。
シトリン系の石は大好き。
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病気と障害の違い

病気と障害の違いが、わたしにおいてはまだはっきりと区別がつかない。
カルテに書かれた病名は4つ。
・うつ病。
・パニック発作。(←パニック障害ではないと医師には言われた。)
・強迫性障害。
・適応障害。

うつ病と言っても症状も経緯も人それぞれなのでそもそもが区別しにくいものだと思うが、4年もやっていると症状や特性のなかで、これはいわゆるうつ病ではなく、なんらかの障害なのではないかと思うことがいろいろある。

そしてそれは思えば子供のころからそういった性質を持っていたように思う。
大人になるにつれ社会性や協調性の必要に気がつき、それらをうわべ身につけて生きるようになった。そうでないと生きづらいと気がついたからだ。
それで隠されてきていたけれど、きっとしんどかったんだと思う。

わたしは、お勉強のできる子供だった。
けれど、通知表においても、もちろん親からも、性格的なことで褒められたことは一度もない。
小学生の低学年のころ通知表に書かれたり、親が面談で言われた言葉が今思い返すと面白い。

「協調性がない。」
「正義感が強すぎる。」
「一人だけみんなのはるか上にいるような感じである。」

そのときはそう言われても全然わからなかったし、友達もちゃんといたし、あまり気に留めなかったのだが、人に合わせることが非常に苦痛だった。
約束を破ったり、言うことがコロコロ変わったり、時間を守れない人が許せなかった。
とても人に対して厳しい子供だった。(今思うとものすごく申し訳ない。)

それは、性格がきついとか優しくないと思われていたし言われていたけれど、見方を変えれば、わたしは柔軟性を持たず、臨機応変に対応することができなかったのではないだろうか。

うつ病になってから、それまで抑えてきたこういった部分がオモテ面に出てきた。
衣装や鎧がなくなってしまったからである。
言うことがコロコロ変わる人に対して怒りを抑えられなくなった。そして混乱して結果どうであるのかが理解できなくなり、シャッターが下りてしまう。

最初に言われたことがインプットされてしまうと、「やっぱりこうしようか。それともこれがいいか。」などと言われるとムッとしつつ混乱する。柔軟に対応ができないから。
だからそういう人と長い時間一緒には居られない。疲れてしまうのだ。

最初に「こうしようね。」と言われて、納得して了解する。
けれどしばらくして説明なしに変更されると、「なんで!? こうしようって言ったじゃない!」と怒りも感じるし、変更を受諾できなくて脳は混乱する。

これは障害だな。うつ病とはまた別の。

だから実家に行っても母と一緒の部屋では過ごせない。
母は思いつきで物を言い、それをコロコロ変えていき、とにかく自分のペースでしか物事を進行しない。
父はよく平気だなあ思う。「で? 結局どうするんや?」と聞いている。
偉いなあ。わたしなら我慢できないしプシューッとなってしまう。

けれどきっとわたしも違う意味で、言うことがコロコロ変わる厄介なやつなのだ。
夫に「この映画観たいの連れてってね。」と頼んでおきながら、夫に行こうかと言われると億劫で億劫でどうしようもなくて、行けない。
腹立たしいヤツだな。
夫は責めないでいてくれる。「キミが行きたいって言ったんだろうが!だから毎週時間や混み具合を調べてるんだろうが!」と、きっと言いたいだろうが言わずにいてくれる。

ああ、厄介でめんどくさいイキモノだ。
それでも大事にしてもらっている。ありがたい。
たまったシャツに心をこめてアイロンかけをしよう。

結婚して、家族で食事をすることがひどく苦痛だったのも、うつ病のほうではなく適応障害だからかもしれない。とにかく人と一緒にいられないのだ。
よくこれで子供を育てられたと思うが、息子はわたしにとても似たタイプだったから、二人で居ることは楽だったしリラックスした。
波長が同じでこだわりも同じで、楽な相性だった。

そういうわけで、まだよくわからないのだけれど、わたしは自分を知ることを今すこし楽しんでいる。

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Hitohira003桜イメージのピアス。

制作室は春爛漫です。

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ロレツ回らな~い。

土曜日は表参道のギャラリーの搬出でした。
たいした荷物ではありませんが、夫が車で連れて行ってくれて一緒に搬出してくれました。
甘えっぱなしです。
(結果は…惨敗デシタ!)

夫に甘えて、自分を甘やかして。
あああ、これではいけない。自分がやれることはしっかりやらなくては。
凹んでいないで仕事しなくては。

でもこんな夜は石をみてもトキメカナイし、PCで文字を打っていても脳が5ミリくらいずれてしまっているらしく、打ち間違いばっかり。思ったキーのうえに指が乗らないのです。

それでも次の仕事の文字原稿と掲載用の写真を送りました。
自己嫌悪になりたくないからどうにか仕事をしました。
よし、今夜はこれで勘弁してやろう!(自分を!)

治らないであろうことについて、わたしはまったく悲観的ではありません。
治るはずなのに治らないと思われることがずっと辛かったから。
これが単に、いわば「持病」のようなものだととらえれば、高血圧でずっと薬を飲んでますのよオホホホホと同じだもの。

家長であるN氏と結婚したのはN氏が気の毒だけれど…(Nさんは次男ですが。)
たぶん家の行事をまともにはこなせないと思われるので…。
お姑さまもいつまでも隠居できないままで、こんな嫁ならいっそ要らなかったとお思いでしょう。すみませんです。
治るものだと思ってました。

自分の親にはどうしよう。
治らないんだってさーって言ってしまったほうが親も諦めがつくかしら。
いつまでも「治らない、おかしい。辛い」と思っているより楽にならないかしら。
そしたら帰省するたびに誰かに会わせようとするのを一切やめてくれるかもしれないし。
でも、治らないっていう通告、年老いた両親には酷なのかな。
わからないから夫に任せよう。

もうアタマが回らない。きっと今しゃべったらロレツが回らないと思う。
ではまたあしたー。

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Sakurakashi003桜もちをイメージしたシリーズの、ブレスレットです。どうでしょう。
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長い長い診察

お客さん、終点ですよ、と肩を叩かれた。
一瞬何のことかわからなかった。
乗務員さんはわたしが立ち上がるのを待っている。
カバンを持ってとりあえずホームに出た。

終点って…。

そうか、病院に行くのに地下鉄に乗っていたんだ。
深く寝入ってしまったらしくどこから記憶がないのかさえわからない。
降りた駅は幸いなことに知っている駅だった。
よかった、千葉県まで行かなくて。

反対側のホームで戻る電車を待ちながら、今日の診察で何をどう話そうかといろいろ考えたけれどまとまらなかった。

わたしが「落ち着いています」とか「調子のいい日が多いです」と言えば先生は嬉しそうに微笑む。けれど、精神科医を喜ばせるために遠くまで通院しているわけではない。
本当のことを話さなくちゃ…。

このところわたしは金曜日に受診している。金・土は若先生の診察もあるので、院長先生の診察にゆとりを感じられるからだ。
待っている間に、ようやく考えはまとまった。
思う自分と、実際の自分があまりにも違って、自分で自分がわからないことから話そうと思った。

ところが診察室に入ると、先生はわたしの分厚いカルテを繰りながら、何かを既に考えていらしたような雰囲気であった。
「どうですか?」
「はい…ここのところ、気候のせいか季節のせいか、ちょっと安定しないのです。」
うーん、と言いながら先生はゆっくりと、そしてたくさんの質問をし始めた。

鬱を発症したきっかけと思うことからはじまった。5年をさかのぼって話をした。
いい友人といい弁護士に恵まれたおかげで破産などは辛くなかったが、3ヶ月の間毎朝欠かさずに拘置所に面会に行き、そのあと仕事に行くと言うハードな生活はかなり堪えたこと。移送になってからは刑務所に月に2回面会に行っていたが、体力的にも経済的にも破綻していたこと。うつ病だと気がつかずに大学病院のあらゆる科を放浪したこと。
最初の処方が足りてなくてしかもそのまま働き続けて悪化させたこと…。

先生は、今のわたしの生活についても詳しく尋ねた。
母屋とアパートの配置図までカルテに記入して、家族構成や年齢を書き込んだ。
夫婦間のセックスの話も長かった。
そのほか、法事の前に潰れてしまい参加できなかったこと、自分の母親が苦手で電話に恐怖を感じ、それだけで寝込んでしまうことなどを話した。
なにか興味を持ったり楽しいことはあるかと聞かれ、仕事を始めて、売れる売れないはおいといて、仕事がとても楽しくて幸せであることも説明した。それ以外は音楽もテレビも駄目なことも。

早いときは30秒で終わる診察なのに、30分くらいゆっくりかけて聞いてくださった。
最後の質問は、「過眠はありますか?」だった。
「いえ、普段は7時間前後で目が覚めます。」
そう答えると、先生はわかった、というように大きく頷いた。
そして病暦4年余のわたしに、診断を下した。

「あなたは、うつ病の中の、『適応障害』というものですね。」

適応障害。
雅子さまと同じだ。(おそれ多いことですが)
「10年前には区別されていなくて、ただ「治らないタイプのうつ病」としか言われてなかった。あなたはそれですね。いわゆる「大うつ病」とは違う種類のうつ病です。大うつ病の人は何にも興味を持てず楽しくもない。けれど幸いなことにお薬が効いて、大概のひとが回復する。治る病気です。「適応障害」はね、わたしも何人も診ているけれど…。」
そこでめずらしく先生は言葉を濁した。

「治らないんですね?」
わたしが聞くと先生はカルテに目をそらして、困った顔をなさった。
「…治りにくい。」
「それ専用のお薬はないんですか?」
「ないんだよね。うつ病と同じ薬を使っていくしか方法はない。」
「では、治ったかたは、どういうきっかけや環境で治られたのですか?」

精神科医として40年余り、今も現場でこうして患者に接しながら、精神科医を育てる役目のほうの先生だ。たくさん症例をお持ちにちがいない。

「それが…いまだ治った方というのにめぐり合っていないんだよ。」


そうか。
そうだったのか。
わたしは、病気ではなく、治らない障害なんだ。
静かにわたしはそれを受け止めた。
予感していたのかもしれない。減薬に躍起になるのをやめたと書いたころに。
一生の付き合いでかまわない。そのなかでもわたしにやれることはある。
やれる範囲で精一杯やっていけばいいんだ。時々倒れたり壊れたりするけれど、それは障害だから仕方ないんだ。

それならそれで、生き方というのがある。
辛かったのは、
「治るはずなのに治っていかない。」と思われることなのだ。
治る努力をしていないと思われることが辛いわけだ。
法事には出る気満々だったのに、なぜか潰れて動けなくなってしまった。
怠けているんじゃない。わざとじゃない。本当に動けなくなってしまうことが自分で情けなかったし恥ずかしかった。申し訳なかった。
雅子さまのことを思った。なんておかわいそうなんだろう…。
わたしはたかが家の法事だけれども、雅子さまにおかれては毎日が国の行事なのだ。常に人目にさらされ、その言動が国民に・海外に報道されるお立場である。
どんなに苦しんでおられることだろう。

静かに診察室を出た。
お薬は、これまでと一緒。そして肝臓が大丈夫であれば、これからもずっと一緒。

薬局ではわたしのお薬は分包されて嵩を増し、備え付けのポリ袋には入らないのでいつもエコバッグを持っていってそこに入れてもらう。
薬をしょって、浅草橋に寄り、なくなりそうな金具だけ買い足して帰宅した。

夫が出張から帰り、久しぶりに一緒に夕食をとった。
楽しかった。

治らないとは口にできなかった。
夫に申し訳なかった。

でも料理も出来るし洗濯もできるし仕事もできる。
人との関わりが少ない今のこの暮らしならわたしは過分に幸せである。
夫は不幸せかもしれないが、治らないことを受け止めたわたしは幸せなのである。
もう、どこかへ働きにいくことは出来ない。
今のこの仕事を天職として、頑張れる自分になろうと思う。

【あるがままの自分を認めて、受け止めてあげること。】

カウンセリングの最終目標がこれであったことを思い出した。
できるかな、わたし。

                                           伽羅moon3
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今日の一枚
2010_047特注品
ロンドンブルートパーズとオニキス・ブラックスピネルのネックレス。
このブルーを手に入れるまで妥協しないで待ちました。注文者のかたは充分に満足してくださいました。ぶっちぎりで気に入りました、というお言葉。
詳しくは制作室ブログへどうぞ。
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まだ続きがあった

これの前の記事をUPしたあと脳が『強制終了』されてしまった。
わたしはPCはつけたままフタも開けっ放し、もろもろ途中なのに、服のまま倒れこんで眠ったらしい。もちろん布団もかけていない。
らしい、というのは、眠るときの記憶がないから。
失神したのと同じ。

夫が出張でいないからエンドレスで仕事をしようと思っていた。
急ぐ制作は夕べ終了したけれど、計画はズタズタだ。
一人でおいしいお弁当でも買って食べてやるう~、と思っていたのに、一歩も外に出られず、夫が前夜なぜか買ってきてくれたパンやバナナを食べて過ごした。

オークションで売れたものを発送する予定だったのに、起きたら夜だったから明日に持ち越しだ…。
PCに向かっていると携帯がいきなり聞き覚えのないサンバをけたたましく鳴らし始めた。

なっ…何?

見ると光る部分は着信を示す紫色が点滅している。
電話だ、誰から…?
画面を見ると、母の携帯からだった。

なぜ!?
電話できないって、夫もわたしも伝えたのに、なぜ電話をしてくるの!!

わたしはパニックになった。
サンバが鳴り止んでから、そーっと携帯を開けて、夫にメールをした。
助けて! 母から電話がかかってきた! 出来ないって伝えたのにどうして!

「出なきゃいいよ。」夫からの返信が来た。
出ないよ、もちろん出れないよ。
「恐いよ!」

わたしはパニクって息子にまで意味不明のメールをしてしまった。
息子は「いまおばあちゃんにおめでとうの電話したよ。」という返信。
「ハハね、電話が怖くて寝込んでたの、電話できないの!」とまたメールした。
ごめん息子。精神異常のハハでごめん。

程なくして夫からわたしの母に宛てて送ってくれたメールが同送されてきた。
お昼のメールとは打って変わって厳しい口調で、伽羅は今電話が出来ない状況にあるので、ほっといてやってくれませんか? それだけでいいんです。ほっといてくれればそれで心配ありません、と。

夫、メールしてたしなめてくれたんだ…。
ありがたい。辛いときに盾になり庇となってくれる夫の存在は本当にありがたい。
わたしは発作の後のように体が痛み、恐くて自分が情けなくて、また母を不機嫌にさせたことが恐ろしくて、ひとりでぼとぼと泣いていた。

出張先でホテルに戻った夫から電話がかかってきた。
出るなりわたしはしゃくりあげて泣いた。
なぜ母は察してくれないのだろう。なぜ自分が優先なんだろう。わたしはもう、演じることができないのだ。電話口でへらへらしたり優しいふりなんてできないんだ。責められたらひとたまりもなく崩壊してしまう砂の像なんだ…。
夫は泣かせてくれた。
ありがたかった。
母から夫には「わかりました。」と返事があったそうだ。


わかってる。異常なのはわたしです。おかしいのはわたしです。すこし狂っているのはわたしです。それをお薬で抑えて、どうにか人の半分くらいのことをしながら生きています。
お薬いっぱい飲んでます。わたしは病人ではなく異常な人格です。


ソラミミがうるさいっ。歌わないでほしい。エンドレスでだれか隣のマンションで歌ってますけどっ。
ソラミミだとわかっているうちはだいじょうぶです。

明後日、診察日です。
なにをどう、主治医に説明したらいいですか?

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2010_109ターコイズとカーネリアンのちょこっとネックレス。
ちょっとしたプレゼントやお礼にリーズナブルにお作りできます。
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望まれる娘じゃない

失敗しました。
また頓服です。
何か、なにか現実逃避する手段ってないんだろうか。
部分的に忘れられるクスリってないんだろうか。
わたしは母の望む娘じゃない。そんなものになれない。
母は何も喜ばない。
わたしは底に墜ちた。


わたしが苦しんでいるのを見て、夫がお昼に母にメールをいれてくれた。
誕生日のお祝いと、伽羅が、回復はしているけれども心の病は奥が深く少しのストレスでも落ち込んでしまうこと。
電話をかけられずにいるが暖かく見守っていただけたら嬉しいということ。

なんていい夫だろう。
苦しむわたしの盾になり、守ってくれたのだ。
嬉しかった。軽くなった。

それで、その勢いで母にメールをした。
ケーキやらクス玉やらを散りばめたお誕生日メールだ。
そして、電話できなくてごめんなさい、と結んだ。

ふぅう…。
これで夜息子が電話してくれたら、それでよし、と。


母から返信が来た。
それを読んでわたしは玉砕した。
『またでんわください。』

でんわください。

なんででんわくれないの。

でんわくらいしてきなさいよ。

話したい愚痴や悪口がいっぱいあって不満なのよ。

誕生日くらい電話してきて当然でしょう。

なんででんわしてこないのよ。


憤懣している。→わたしへの不満でいっぱいなんだ。→役立たずの娘だと思われている。→わたしは愛されていないし少なくとも好かれてはいない。


部屋のなかをぐるぐる歩き回り、夫にメールをする。
あの人はなんでわかってくれないの! なんで察してくれないの!

わたしは激しく墜ちた。

数時間でいいから、忘れられるクスリはないだろうか。
気分を引き上げてくれる薬はないだろうか。
問題を解決したいんじゃない。一瞬忘れたいのだ。
やっと晴れたこんないい日に寝逃げはいやだ。

紛らわす手段はなに?
気分転換ってどうやってするの?
どうすれば底から上がって来れるの?

もう、いやだ…。 
                                           伽羅moon3     

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既に駄目になっている。

もうすぐ日付は変わるけれど。
明日はわたしの母の誕生日である。
電話をしなくてはいけない。
でもとてもじゃないけれど電話できない。
というメールをしなくてはいけない。
母を苦しめがっかりさせるメールを明日送信しなくてはいけない。


何年前だろう。お誕生日の電話をするのが辛くて辛くて、しなかったことがある。
なぜ辛いかと言うと、日ごろ電話していないことを必ず責められるからだ。
なぜ電話をしないかというと、人の悪口と愚痴と自分の自慢ばかりを大げさに言い立てる話を聞くことが苦痛だからだ。
しかしそのバックレ作戦も不成功に終わった。
翌日留守電に「何で電話くらいくれへんの!情けない!」という怒りの伝言が入っていたからだ。
わたしはお腹を壊しながら電話をして、怒られた。
手は振るえ、お腹はきりきり痛むのに、電話口でわたしはへらへらと薄情な娘を演じきった。


親は子供を産んだ日を忘れはしないが、子供は親がいつ生まれたかなんて覚えてやしないものだ。知らない昔のことだもの。

一昨年、離れて暮らすようになってはじめての誕生日に、息子が「誕生日おめでとう~。」というメールをくれた。
嬉しくて嬉しくて泣いた。
でももう去年は来なかった。そんなものだ。それで普通だ。

けれどわたしは息子が生まれてくれた日を何があっても忘れない。
初雪の降ったあの冬の日を忘れることは一生涯ない。
生まれてくれたんだもの。無事に、頑張って、生まれてくれたのだもの。
そんな嬉しい日を忘れることはない。


先月の父の誕生日にメールで済ませてしまって以来、電話はおろかメールさえ出来ていない。
疎遠を叱られるのが嫌でどんどん遠のく。
今、もう心臓はバクバクしている。既に駄目になっている。

「明日、おばあちゃんの誕生日だから電話してね、ところでキミは元気かい?」と息子にメールをした。
『うん元気!明日忘れないよう頑張る。』と返信が来た。
わたしは嬉しくて泣いた。
息子が元気で生きていてくれてる。ひとりで頑張って生きていてくれてる。
嬉しい。嬉しい。ありがたい。

母もきっとこんな気持ちを味わいたいのだろう。心配をする自分の身が心配なのだろう。
けどわたしにはもう演じることは出来ない。
かといって「電話をしてね」と言われたことがプレッシャーで駄目になっているだなんて、何もわざわざ誕生日に伝えることも出来ない。
何かプレゼントを、と思ったがお金がなかった。
石ならいっぱいあるのでネックレスでも作って送ろうかとも思ったが、何度イメージしてみても喜んでくれるとは思えなくて手につかなかった。


【母の誕生日に「おめでとう!わたし?わたしは元気だよ!」と電話できない。】という、
たったそれだけで、昨日からわたしはもがいて苦しんで、頓服をザラザラと飲む。
バカみたいだあたし…。

                                             伽羅moon3

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悲しい子供

何にも出来ない一日だった。
起きて、洗濯をして干して、寝てしまった。
暗くなってから慌てて起きて夕飯の支度を始めたら、夫から「飲んできます。」とメールが入った。なのでおかずは一品。大根とにんじんと油揚げのきんぴら。
ご飯は炊いたので、海苔とゴマをいっぱいまぶして一人で食べた。

一人ごはんは嫌いじゃない。というか好きである。
人と食事をするというのは緊張するし、嫌なところが目に付きやすいシーンでもある。
夫は品のいい食事をする人で嫌だと思うことがない。これは結婚生活において非常に重要なことである。

前夫の卑しさをわたしは憎んでいた。卑しい食べ方をする人だった。
だから息子には厳しくしつけた。
食べるときくらい好きにさせてやれ!と言われたがわたしは頑として引かなかった。
食事マナーや食べ方で、女の子に嫌われたり振られたりすることがあるのだ。
それは親のしつけの責任だ。
食べ方で振られることはないように、息子に厳しくした。
その甲斐はあったけれど、肝心の彼女ができない。

          ++++++++++++++++++++

わたしは、悲しいとき、なぜ泣き喚く子供ではなかったのだろう。
親の論外な理不尽さに憤然と立ち向かう正義を持っていなかったのはなぜだろう。
なぜいつも、涙をこらえて言いなりになることしかできなかったのだろう。
一人っ子は弱い。抗う術を持たない。かといって抱きついて甘えたり泣き喚くことも許されない。
なぜ泣くことを禁じられていたのか。
すべては母の気分を害すからである。

また母に電話をすることができなくなっている。メールさえもできない。
もうすぐ母の誕生日なのに…。

「いい子でおってや。いい子になってよ?」
呪文のように繰り返された「いい子」。
それは
親に反発せず感情を荒立てることなく、物静かに言うことをきく子のことである。
そしてわたしは必死にそれを演じ続けた。どんなに不安定でも演じた。

具合が悪いということも、怪我をすることも禁じられた。
学校から帰ってきて、調子が悪くて寝ていると起こされて怒られた。
なぜ、「どうしたの? だいじょうぶ?」と聞いてもらえなかったのだろう。

自律神経がめちゃくちゃな少女だった。
脈拍はいつも90を超えていた。
血圧の変動が激しく、立っていろと教室の後ろに立たされても立っていられない少女だった。
二日間の精密検査を受けたが、ついた病名は「自律神経失調症」。

こんな病気は実はない。
わたしはきっとうつ病だったんだ、子供の頃から。
ストレスで吐いたり血圧が下がって脈拍が100を超えたり、過呼吸で倒れたり。
それは体の病気なんかじゃなかった。ぜんぶうつ病だったに違いない。

          ++++++++++++++++++++

傷つきやすくて脆くて、そのくせ時に砕けた自分の破片を握って、その手から血を流しながら相手を攻撃した。致命傷を負わせるほど攻撃した。
それは自分が壊れるときの最後の手段だった。

そうやって友達を失ってきた。
我慢に我慢を重ねて、自分が壊されると、相手を一撃して自分も倒れる。
人が怖くなり出かけられなくなる。

雨が好きなのは

傘で顔を隠せるから。

東京が好きなのは

頑張って近所づきあいとかしなくていいから。

泣きながら歩いていても、見て見ぬフリをしてもらえるから。


息子が小さいときから幼稚園までの、いわゆる「ママ友」は辛かった。
耐えられなくて人を遠ざけ、遠足で一緒にお弁当を食べる親子がいなくなり、息子に「ママと二人きりでもいい?」と聞いたこともあった。

息子が高校生になってようやく、子供の親たちとの交流が楽しめるようになったのは、家もそれぞれ遠いし、行き来するような関係にはなりえなかったからだ。
息子が小学校の間は頑張って付き合い、中学に入ってからは一切誰とも付き合わず、高校では子供に関係なく親だけで交流をするようになり、そこでわたしは生まれてはじめて学校を楽しいと感じた。

そこからあらゆることが引き起こって…今のわたしが居る。

          ++++++++++++++++++++

わたしの母は、「いい人」らしい。みんなにいい人やなあ・優しいなあって言われるんよ、と本人が言うので間違いないだろう。
悲しい人を抱きしめて泣かせてあげるのだそうだ。
背中を撫でてあげるのだそうだ。

わたしは
わたしは母にそんなことをしてもらったことは一度もない。

泣いてはいけない子供だったのだ。
具合が悪くてはいけない子供だったのだ。


今わたしは、夫のおかげで一人で気が済むまで泣くことができる。
子供のころの分まで泣こう。
犬が死んだときの分を今泣こう。
石段から転げ落ちて怪我をして、さらに母に「なにやっとんの!」と殴られたあの夜の分を、今泣こう。

わたしは、悲しかったのです。とても悲しかったのです。

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2010_098空のしずく。
スカイブルートパーズのひと粒ペンダント。

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よく働いた。

久しぶりにいっぱい制作をした。
二日間で15点の完成。
するするっと生まれるように出来てくるものもあるし、大事なことをおそらく自分が見落としていて、何度も何度も作り直すものもある。

考える。石を並べてみる。作る。作り直したりする。
撮影する。PCに写真を撮りこんでブログで紹介する。ショップにUPする。
ご注文いただいたらお作りしてラッピングして梱包してお手紙をつけて発送する。

その合間に石を磨いたり仕入れをしたり、企画展のものやらフルオーダーのお品物を順番にお作りしたりしていく。
遊んでいる暇はないし遊びたいとも思わない。


もう減薬減薬とこだわり過ぎないことにする。
薬を飲み忘れると途端にいろんな症状が出て後が辛くなる。
つまり薬によって支えられている体と心なのだ。
薬を飲みながら仕事が出来るならそれでいい。出来る範囲で一生懸命に、心をこめてやっていく。

出来る範囲以上に抱え込み、背負い込んでしまっていたから発症したのだ。
壊れて然りという生き方をしてきたのだから仕方がない。
子供のころから陰鬱な部分があり常にアンバランスで自分が自分をまったく理解できていなかった。

雨音を聞きながら、時々ねこを抱いたりなでたり話したりしながら仕事をして、わたしは幸福に満ちる。
ありがとうございます。支えてくれているすべての人たち。

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プチ嘆き…すごく勇気を振り絞って、展示中のギャラリーに電話をして売れたのもがあったか聞いてみました。電話、ものすごおおく苦手なんですが、万が一補充してほうが良ければ…と、念のため。
「まだ売りは上がっておりませんねー。」と明るくお返事いただきましたcrying
ぐじゅsweat02。でもめげずに次に向けて活動中です。


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2010_071『ひとつぶ・みつぶプロジェクト』が発進いたします。
ゴールドフィルドと呼ばれる14金圧着のパーツと、いい石をひとつぶかみつぶ使用したペンダントでスタートです。ただいま準備中。
制作室ブログへどうぞ。

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お待ちいたしております。

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逃れたい。

ひどい夢を見た。
内容もひどいがリアルすぎて恐ろしい。
色も、水のぬるい感触までもまだこの胸に残っている。
今吐き出さなければまた新しい強迫観念を増やしてしまう。

          ++++++++++++++++++++

大きなラブホの裏口のドアを開けようとした。
グレーに塗られた思い鉄のドア。真鍮の丸いドアノブ。
思い切り回して思い切り引くが少し開いたドアは拒むようにすぐに閉じてしまう。
早く中に入らなくちゃ。この姿を誰にも見られちゃいけない。

隙間から滑り込むようにもぐりこむと、すぐ右に小さな引き戸の窓があり、化粧をした老婆がじろりとわたしを見た。
「あの、一人、なんですけど…。」
それで意味は通じるはずだった。ただ、果たして仕事はあるのか。それはわからない。
ああ、という表情をして老婆は頷くと、
「ちょうど人数揃ったわよ。」と小部屋の外の誰かに声をかけた。

背もたれのない長いソファの一番端に座って待つように指示された。
わたしは15年ほど若返っているようで、ソファに座って談笑している3~40代の女性がみな年上だと感じた。慣れているようで、客のうわさをしきりにしている。
男性側の常連客は既に顔が揃い、待ちわびて居る様子でそれぞれが待合の仕切りのある小部屋にスタンバイしていた。
ほとんどが年配の、つまりオジサマを通り越したオジイサマたちだった。

女性側にみな同じキャミソールとショートパンツが配られ、それに着替えてまず風呂に入り、それから顔合わせをして今日の買い手が決まるようだった。
不感症のわたしを買う人がいるのだろうか。
ぬるいシャワーを浴びると足元にピンク色のお湯が流れてきた。
なんてことだ、また出血してる。
でももう後には引けない。なんとかこのままごまかして買ってもらおう。

面談は裸で行われるようだった。わたしは最後で、わたしの前の女性は小部屋の硝子仕切りの前で、老けているだの胸が垂れているだのと酷評されていた。40代の綺麗な女性だった。

既にお相手の決まったオバサマがわたしに声をかける。
「あんた、このままだと相手はアイツになるよ。一昼夜攻め抜かれて廃人になった娘もいるよ。」
その老人は頑強な体をしており、背後には様々な器具や工具が吊り下げられていた。
性具なんてものじゃない。わたしは慌てて壁の字を読んだ。その老人とともに過ごすためのマニュアルが掲げられていたからだ。

その中の一行を呼んでわたしは逃げ出すことを考えた。
『必ず翌夕まで一緒に過ごすこと。』
できない、それはできない。
子供が待っている。少年はフロアソファで漫画を読みながら、ただわたしの帰宅を待っている。あの子を置いて家を開けることなんてできない!

けれど服は取り上げられ、キャミソールとショートパンツ姿で真冬の街に脱走できない。
順番に男女がペアになって部屋へと消えてゆく。
逃げたい。逃げ出したい。売りに来たのは自分だけれど、誰か、助けて…。


わたしはここで目を覚ました。

そうだ、もうわたしはおばさんで、息子は大人になっていて、夫がいて住処があってねこたちがいるんだ…。
もう、苦しむ必要はないんだ。怖い思いをすることもない。恐れることはない。
だいじょうぶ、だいじょうぶ…。

心の森の奥にある血の滝は、まだごうごうと音を立てて流れ落ちている。
そこへ近づいてはいけない。
戻してくれるカウンセラーをわたしは亡くした。
解決はできない。抱えたまま生きていく。

けれど、もしも可能ならわたしはその景色から逃げ出したい。逃れたい。

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2009_130ビアカラークォーツのピアス。
こんな感じのピアスが似合う季節になりました。
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新プロジェクトがもうすぐスタートします。

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脳は飢えている

セロトニンが不足している。
生成されていないか、再取り込みされてしまっているのか、その両方なのか見えないけれど、わたしの脳内ではピンクのお姉さんは踊ってくれないしサンバのリズムも流れない。

快楽物質がまったく欠乏している。

人の快楽はいろいろあるし、どこに重きを置くかは人それぞれだけれど、比重はなぜかそれぞれが勝手に決まっている。自分で割り振りするわけではない。

うつ病で不感症だと快楽を得ることは食べることと買うことになる。
なんらかの依存症になる人は、その行為が脳に「快楽」をもたらすからである。アルコール・ギャンブル・セックス・買い物依存症…。

幸いわたしには今「仕事」という快楽ができた。石を整理したりチェックしたりケアしたりするだけでもやすらぐ。
それ以上に歓びを感じるのは、制作。そして買ってもらえたりオーダーをもらったりしたとき。
それと、石を買うとき。

この3種類はわたしの脳に多大な快楽をもたらしピンクのお姉さんたちがサンバのリズムで踊りまくっている。気持ちがいい。嬉しい。楽しい。幸せ。

そしてその快楽を繰り返しこの脳は求めて飢えている。

寝るのも好きだし食べるのも大好きだけれど、寝食を忘れても制作に没頭したい。
けれど作るだけで売れて行かないのは悲しいのでときどき売れても欲しい。
それ以上に、石を買いたい。
買いたくてたまらない。
そのことに飢えていて押さえが利かない。

ここ数日調子が悪くて作っていない。
今夜はこれから制作をしてピンクのお姉さんにご登場願う。


胸から背中に貫通している太いトルマリンの塊みたいなものを取り去る術はない。
わたしのうつ病の根は深すぎる。
今日、寝込んでしまっていたけれど、たぶん理由はあるのだ。
気がついていないだけ。誰かは知っている。
そしてわたしを動けなくする。
心が破壊しないようにブレーカーを落とされる。

今日だけで何回ソラナックスを飲んだだろう。
脳は飢えている。
わたしはまた石のサイトを見つめている。

                                            伽羅moon3

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2010_037ピンクに人を癒す力があることは証明されています。こちらはホワイトデーのプレゼントにと制作したもの。ピンクをもらって嫌な女性はそういないと思います。
制作室ブログにぜひどうぞ。

ブログ:「ストーンパルフェ・ワークス」お待ちしております。

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引きこもっているとわからない。

無事にギャラリーに出展してきました。
この「無事に」は、夫の協力なしには成し得なかったという意味があります。
荷物さげて表参道になんて、きっと一人では行けませんでした。

前の夜からテンパっていて、ソラナックスを投入して眠り、寝すぎてしまったくらいだけれど、緊張しても「夫がいるから連れてってもらえる。」という心強さはありがたかったです。

ドリンク剤を飲んで、ソラナックスも飲んで、夫につかまりながら表参道に到着。
駅はすっかり変貌して、わたしが知っている当時の面影はありません。
綺麗なひとが多い~~。

目指すビルはまさに表参道の交差点にあるので、すぐにわかりましたが、やっぱり一人では来られない…と痛感。
障害者手帳を持ってるだけのことはあります。わたしはうつ病なんだ。

ギャラリーは、こじんまりとした素敵なスペースで気に入りました。
いい場所も貸していただけて展示開始。
ここでも夫が「見るお客さん」の目線でいろいろとアドバイスをくれました。
これは重要なことですね。

2010_004こんな仕上がりになりました。
うーん、も一回やりなおしたい(笑)。
ブルーの看板が効いてるでしょ?
作品が足りなくて、お花で埋め埋めしてきました。
このギャラリー、立地はいいし雰囲気も気に入ったので、年に何回か出させてもらおうと思います。

終わって、安堵感と疲れでわたしはがくがくになりました。不整脈ばくばく。けっつまづくやら一人ひざカックンやら…。
元気なようでも弱いです。これは毎日引きこもっているとわからないことです。
自分で販売をするイベントにも申し込んであるので(抽選なのでまだわかりません)、ちょっとずつ慣れていかなくては…。

帰りに夫と食事をして、喫茶店にも行ってから帰って来ました。
夜はもう眠くて眠くて…。
ストーンパルフェ・ワークスのほうをこっくりこっくりしながら記事をUPして、12時前には寝てしまいました。でも眠いのに眠れない!
ソラナックス8ミリを追加で飲んで眠りにつきました。

で、月曜はまだ「朝」と呼ばれる時間帯に起きたのでお洗濯をして、ヤフオクに出品していたものたちがこの日で終了なので落札者さんに連絡をし、次の企画展のために仕入れた石が届いたのでそれらを分類し整理し…。
体調がすぐれず、暗くなってからようやくスーパーに行って食材を買い、またまた簡単な料理で夕食。

さて、ヤフオク発送が終わったら、またお仕事に取り掛かりましょう。
頑張るよ。
                                            伽羅moon3

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2010_spring_stoneparfait_145オーダーをいただいてお作りした『海を感じるブレス』。ターコイズを使ってというご希望でした。

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みなさまのオーダー・リメイク、喜んで承ります。よろしくお願いいたします。

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