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行けない場所。

わたしには今でも行けない場所があります。
うつ病と診断される前に働いていた店がある東銀座です。
そこは恐ろしい店でした。

          ++++++++++++++++++

経験者ということで即日採用になり、翌々日から働き始めたのですが、自分が既にうつ病を発症しているとは知らず、わたしは地下鉄に乗って通い始めました。

一日目を終了して、当時所属していた研究会の会合に行くのに階段を下りながら、わたしは自分がとても臭いと思いました。
それまでかいたことのない嫌な汗をいっぱいかいたからです。
そして涙がこぼれ落ちそうに辛かったことを覚えています。

わたし、どうしてこんなに辛いんだろう…?

研究会は楽しみにしていましたし、そのあと飲み会もセットであったので、いつもわたしはムードメーカーを買ってでていたのです。それが自分の役割と思っていました。
こんな辛い、そして気のすすまない研究会は初めてでした。


その店の何がそんなに辛かったかと言うと、「お客様に親切にしてはいけない。」という店だったからです。
店内に客が入って来てもすぐに対応してはいけないのです。
すみませーんと呼ばれても、ちょっとお待ちください、と待たせろと言うのです。

店内の労働環境も劣悪でした。
あまりの暑さにわたしは汗をだらだら流しながら接客し、お客さんに「かわいそうに…」と同情されるくらいでした。
濃い色の服を着て行った日は、帰りに汗の塩でモアレ模様が出来ていて恥ずかしい思いをしました。

炎天下でのチラシ配りもあり、思うように水分も取れず、トイレが接客のカウンターの真横だったため行くに行けず、わたしはまず膀胱炎をおこしました。

それで3日ほど休みました。

清掃はもちろんわたしの仕事でしたが、なぜか天井についているエアコンのフィルターもしょっちゅう洗わされました。
天井ですが、脚立がないので、わたしは指示されたとおりにまず椅子に登り、机に登り、それから棚に登ってフィルターを外さなければなりませんでした。

その姿を社長と店長は下から眺めていました。(どちらも男性)


外注に出しているものを引き取りに行くときは、必ず値切るように言われました。
社長命令です。
わたしは逆らうことができずに店主に値切りました。
そんなこと毎回言うなら来てくれなくていいと言われました。
当たり前です。
板ばさみになったわたしは泣きながら帰りました。


出来上がっている注文品は、約束した時間より早くお客様が取りに来ても渡してはいけないことになっていました。たとえそれが10分前でも。
配ったチラシには値下げした値段が印刷してあるのに、お客さえ気がつかなければ高いままで売るように指示されました。

道を聞きに寄ったひとに教えてはいけない。(金にならない)
掛かってきた電話はいくら待たせてもいい。(電話代あっち持ち)
途中で切れても掛けなおしてはいけない。(必要ならかけてくるだろ)
間違い電話はすかさず切る。(業務の邪魔)
お客様と天気の話をしてもいけない。(時間の無駄)
収入印紙がもったいないから領収書は2枚にでも3枚でも分けて書く。
書けないボールペンも捨ててはいけない。(いつか書けるかもしれない)
セロテープは一回に2センチ以上使ってはいけない…。


わたしはどんどん精神と体を病んで行きました。
5月から働き始め、9月の末にはもう動けない体になっていました。

それでもわたしは、何ら逆らうことなく、店には役立っていました。
なので週に2日でもいいからと言われ、休みの合間に行っては寝込むという繰り返しをし、10月にはほとんど行けなくなり、11月には恐ろしい目まいに襲われ、一睡もできずに朝を迎える不眠になり、精神神経科にようやくカルテが回されたのです。

うつ病でした。
いえ、もうずっと前からそうだったんでしょう。
ようやく病名がつき腑に落ちたわたしは、それでもまだ働きに行こうとして翌々日電車に乗りました。

わざわざ乗り換えて始発に座っていたのに、二つ前の駅でわたしは強烈な吐き気に襲われて、慌てて地下鉄を降りました。

トイレに駆け込みましたが吐くものはありませんでした。
トイレの前に休憩所があり、わたしはそこで伏していました。
体がぶるぶる震えました。意識が遠のきそうでした。

「大丈夫?」
ふいに大きな声がして、ゆっくり顔を上げると、真っ赤な帽子をかぶったおばさまがわたしを見下ろしていました。
何人ものサラリーマンが隣に座り、立ち上がることを繰り返していたのに、声をかけてきてくれたのは強面のおばさまでした。

わたしはゆっくり頷きました。
「大丈夫ね? 誰か呼ばなくても。」
わたしはまた頷きました。
その人が去った後、ザーッと涙が溢れました。
わたしはNさん(当時はまだ婚約もしておらず生活費の面倒を見てくれている彼氏)にメールをしました。

『Nさん。わたしもう行けないことがわかりました。このまま辞めちゃだめですか?』
本社にいてメールしにくい状況だったけれどもNさんはすぐに返信をくれました。
『わかりました。もう行かなくていいですよ。』

          ++++++++++++++++++

わたしは私物も置いたままでした。
ほんの少しの給料も出ているはずでした。
けれどももうその店に二度と行くことはできませんでした。
心が壊れると感じたのです。

わたしは弁護士Zに頼んで、私物と給料を取りに行ってもらいました。

それからわたしは、歌舞伎座の前のあの階段を登ったことはありません。
東銀座という場所に踏み入れたこともまだありません。
これからも多分無理でしょう。

                                          伽羅

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おまけ
Edotokyo_tatemonoen_2008104_036
最近なんだかカラフルなものに惹かれます。
大阪のおばちゃんみたいになってみようかなあ~?


そういう意味じゃないな

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コメント

nonさん。
ありがとう。そんな接客でも成り立つことが悔しかったですね。放火したかったです、マジで。
わたしが働いていたたった7ヶ月の間に5人が採用されてはすぐに辞めて行きました。
うん、東銀座には用事はないのでもう行きません。もっと気持ちがUPするところに行きますね!

小鉄さん。
小鉄さんもずいぶんと苦労され、いっぱい嫌な思いをされたんですね。
行けない場所がたくさんある気持ち、とてもよくわかります。
わたしね、逆にもう用がないのに行きたい場所はあるんですよ。
東京拘置所。…自分が精一杯頑張って通った場所だったからでしょうね。
ありがとう。

オモダカさん。
ありがとう。もう怖くて「どこかでバイトしたい。」っていう気持ちになれなくなりました。封印していたんですが、やっと書くことができました。
在宅で出来ることを考えます。

らっこさん。
でしょ?でしょ? わたしもその店に行くまでは真逆の「できうる限り親切にする」という店で働いていたので、凄く苦しかったです。
でも採用になってしまったし、辞める勇気も持てなくて壊れるまで行ってしまいました。辛かったです。
ありがとう。

Lさん。
ありがとう。もう怖い思いしたり苦しんだりしなくていいんですよね?
思い出すと気持ちが悪くなるんです。
いままで人にはうまく説明できなかったけれどやっと書けました。
ふざけて体に触られたこともありました。
にゃんずと幸せに毎日寝ている今が天国のようです。

ふくちゃん。
「会いたくない人」も実はいっぱいいるんですよ…。だから引きこもっています。
でもふくちゃんは役割多すぎて引きこもることができないから辛いですね。
お察しいたします。
ありがとう。

投稿: 伽羅 | 2009年7月20日 (月) 02時46分

私には「もう会えない人会いたくない人」はたくさんいますけど・・・・・
行けない場所なら行かなくていい。行く必要無いしね。

会いたくない人には偶然に会っちゃう ことあるからそこらへんが恐怖ですわ。

全部自分がまいた種なんだろうけど・・・・・私の苦しい部分の一部です。

投稿: ふく | 2009年7月19日 (日) 19時50分

伽羅さんとても辛い体験ですね。
俺の今の会社よりひどいですよ。
もう、近くに行かなくていいですよ。
今はにゃんず達と楽しく過ごす事だけ考えましょうね。

投稿: | 2009年7月19日 (日) 19時17分

私も小売にいたのですが信じられないですね。
「客の要望には出来る限り答える」
というのが心情でしたから。

投稿: らっこ | 2009年7月19日 (日) 13時16分

世の中、信じられないことってあるんですね。
よくそんな店が潰れずにやっていましたよね。
つらい体験でしたよね。
もう2度とそういう目にあうこともないと思います。
忘れられないけど、忘れましょう。

投稿: オモダカ | 2009年7月19日 (日) 09時31分

こんにちは。
わたしはうつで何回となく転職していますが、
そのすべての会社のある場所が行けない場所です。
伽羅さんも苦労なされましたね。
良くない上司に泣かされるのは
いつも弱い部下です。
東銀座・・・・もう行かれなくてもよろしいんじゃないんですか?

投稿: 小鉄 | 2009年7月19日 (日) 08時15分

それはかなり辛い経験でしたね。
「行けない場所」っていうのも、納得できます。
でもそんな接客をしていて成り立っているところがあるんですね。
正直驚きました。
普通の神経の人なら、誰でも壊れてしまいますね。
伽羅さん、行く必要がないなら、一生行かなくたっていいじゃないですか。
もっと気持ちがUPできる所に行って下さい。

投稿: non | 2009年7月19日 (日) 05時53分

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