« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »

2009年7月

売られたケンカを買えない。

夫は盗み見の件で謝るつもりはないようです。
逆に、心を塞いだわたしに向かって『離婚』という言葉をチラつかせて脅しにかかっています。

離婚されて困るのはわたしですから。

アパートに引っ越すときに一人にして欲しいと申し入れましたが、その時には経済制裁をチラつかせました。

夫の稼ぎで養っていただいているわけですから。

          ++++++++++++++++++

今日は全く起き上がれませんでした。
最初に起き上がれたのは15時。
トイレで腰掛けているとねこたちが擦り寄ってきました。
ねこトイレはふたつともウ○コだらけ、15時にもなればお腹もすいています。
薬を飲み、トイレをきれいにし、フードをやって、また布団に倒れこみました。

もう二日も干したままの洗濯物をはずして畳まなきゃ。
畳んだら引き出しにしまわなきゃ。
今日の夕飯はなに作ろう。
ああ、もう動けない…。

すると夫から「今日は飲み会になりました。」というラッキーなメールが…。
助かった…。
夫は移動中だったのか、しばらくメールのやり取りをしました。
それが終わったあと疲れてまた21時過ぎまで寝ていました。

          ++++++++++++++++++

夫が理想とする夫婦関係というのはこんな感じだそうです。

【喧嘩しながらでもお互いを必要として、気持ちが繋がっている関係。】

          ++++++++++++++++++

残念ですが、わたしは喧嘩ができません。
怖いのです、人と争うということが。
怒りの余り思ってもいないことをいわれてしまうことが嫌なのです。
冷静に論理的に話し合うことしかダメなんですわたし。
嫌いなんです、喧嘩。
売られたってタダでくれたって、わたしは要りません。

喧嘩しないと分かり合えないものですか?
絶対に必要なものなんですか?
そうしないと心は繋がらないんですか?

夫が望む理想の夫婦関係にはなれません。
夫のメールにはこうありました。
「性格の不一致ですね。たしか離婚原因の一位ですよね。」

わたしはこれを『脅し』だと思いました。恐ろしいです。

性格の不一致という項目はあります。
これ、おかしいですよね…。
世の中に“一致する性格”なんてありえないのに。
考え方が相容れないために離婚するとき、この項目を選ぶしかないので一位なんです。

そして
『性格の不一致』は、そのまま『性の不一致』でもあります。

わたしはちょうど堕胎したころから不感症になりました。
病気のせいと薬のせいと、脳に何らかのストッパーが掛かったからだと自分は思っています。
性生活が苦痛です。
夫の希望を叶えてあげたい、喜んでもらいたいという気持ちもあります。
そして断ると夫は全人格を否定されたとばかりにいじけるので、それを避けたいということもあります。
だから苦痛でも受け入れてきました。

それをしていると病気は治らないと精神科医にはきつく言われています。
夫も呼び出されて30分もかけて医者は話をしてくれました。

…徒労でした。

穏やかに暮らすために、病気を治すためにわたしはどうあればいいのか分からなくなりました。
夫を傷つけてもガンとして断るべきなのか。
穏やかな日々のために今までどおりに受け入れるべきなのか。

精神科医には「年単位での完全別居!」と通告されていて、そうしていることにしているのでもう相談はできません。
聞いてくれたカウンセラーはもういません。

苦しい苦しい苦しい。
どちらも苦しいのです。
喧嘩する気力なんてわたしにはありません。

そっとしておいてほしい。
でもそんな関係は夫にとって理想ではないのです。
喧嘩しながら濃密に絡み合う夫婦関係を彼は望んでいるのですから…。


                                       pencil伽羅moon3

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ←いつもありがとうございます。ここをぽちっとclearしてくださいませ。

bud

| | コメント (13)

家庭内モラル。

コメントをたくさんありがとうございます。
読んでいますと、人により夫婦により、プライバシーやマナー、モラルの捉え方はさまざまなのだろうなあと察します。
察する、という言葉を使うのは、わたしに対して『なによそれくらいのことで!』と感じる人は、コメントを遠慮してくださっているのだろうと思うからです。

たくさんのコメントに心から感謝いたします。
この記事によりましてレスに代えさせていただきますこと、ご了承くださいませ。

          ++++++++++++++++++

ハリセンボンのように、尖ったアンテナが密集して立っているわたしは、確かに些細なことを気にしすぎるきらいはあります。
けれど、病気である・ないにかかわらず、人として譲れないモラルもそれぞれあると思うんですね。

結婚はそれらのせめぎ合いのようなものです。
夫婦として『それが普通』になるまで、20年30年かかるものだと思います。
結婚して仰天するような習慣ってありますよね。
結婚して初めて知るお互いのモラルってありますね。

最初の結婚の時は若かったからか、お互いに嫌だと思うことを言い合って、直せたり我慢したり歩み寄ったりした事柄はありました。
ああ、確かにな、と思ったからです。
でもそういう日常のささやかな事柄ではなく、根本的な愛情と信念の部分で食い違い、離婚に至りました。
離婚して、良かったと思っています。
わたしはもちろんのこと、前夫もいい方と再婚できて幸せだと思います。
わたしにはあの家の『嫁』は務まりませんでした。

          ++++++++++++++++++

夫と前妻さんは顔も似ていたそうです。
一つの引き出しにお互いのパンツが入り乱れてはいっていることを気にしない(もしくは気にしているヒマもない)結婚生活だったようです。

わたしは、引き出しを共有だなんて考えられません。
自分の道具を人に勝手に使われるのも嫌いです。
お弁当から「これちょうだーい」とこちらが返事をする前に食べてしまう子とは友達になれませんでした。

わたしは、とてもかたくなで融通が利かなくて、神経質です。
でも、残念なことにそれがわたしなのです。

夫を、生理的に嫌なのでは決してありません。
一つのスプーンでアイスをかわるがわる食べることができます。
旅館に歯ブラシが無かったとき、わたしは夫の歯ブラシを借りました。

我慢できないのは、あくまでもプライバシーを侵害されることなのです。

それは、やましいことがなくてもです。
秘密があるの無いのの話ではありません。
見られて困る困らないという問題ではないんです。

人のものに勝手に触らない。もちろん勝手に使わない。
個人宛に来た郵便物を勝手に開けない。

PCや携帯を盗み見るなんて、わたしにとっては最悪の行為です。
我慢できないくらい嫌なんです。

最初からセキュリティロックをかけていたわけではありませんでした。
たとえ床に転がっていようがふたが開いていようが、人の携帯や財布は勝手に見ない、という暗黙のルールの中で暮らしてきたわたしには、わたしの携帯を夫が密かに見るだなんて、考えもよらなかったからです。

けれど夫はそれをする人でした。
嫌がっても怒っても、一度も謝ったことはありません。
だからわたしは仕方なくロックをかけるようにしたんです。
自分だって使い勝手が悪くなるのを我慢して。

Anyus_favorites_items_009←長く留守にするときはPCを縛って出かけました。
もちろん、ほどこうと思えばたやすくほどけます。
元通りにしておけば、見たこともばれません。

わたしは、『勝手に見ないでね』という意思表示のために縛って行ったのです。

引き出しにも鍵をかけていました。
でもいつのまにか夫はわたしの引き出しの中身を知っていました。
そういう人です。

3人兄弟で育ち、3人の子供を育てた人です、
一人っ子で、一人だけ子供を育てたわたしと、考えたり感じたりするモラルやプライバシーと言うものがかけ離れて違うことは、当たり前のことかもしれません。

けれど、これだけはみなさまわかってください。

わたしは、もう何度も何度も『嫌です。やめてください。』と夫に伝えて来ているのです。
それを押しても尚、夫はやるのです。
わたしが怒り、悲しみ、そして信用しなくなる理由を、どうかご理解ください。

         ++++++++++++++++++

夫がわたしとの結婚に求めたのは、自分を頼り愛してくれる存在を確保したかったからでしょう。
弱りきって倒れる寸前のわたしは、夫には魅力的に見えたかもしれません。
欲しかったのは、『愛される自分』だったのかもしれませんね。
でも、それは悪くないです。決して。
わたしも、安定が欲しかったです。
雨を凌ぐ庇と、風を防ぐ塀が欲しかったです。

今夜、夫がリクエストした辛い麻婆豆腐を作りました。
おだやかに和やかに食事をしました。
ねこたちは可愛くなごませてくれました。

                                           pencil伽羅moon3


にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ←いつも応援clear本当にありがとうございます。感謝したします。

shadow

| | コメント (8)

これは無罪ですか。

しーちゃんとのことを続けて書くつもりでしたが、緊急に書かなくてはならないことが起きたのでそれを優先します。

          ++++++++++++++++++

また、夫がわたしの携帯を盗み見していました。

【また】というところに着目していただきたいと思います。
今夜は現場に遭遇しました。これも二度目。
夫が帰宅し、わたしがキッチンで夕飯の最後の仕上げにスパートしている時でした。

少しでも早く食卓を整えようと火に掛けたフライパンを気にしながら取り皿を部屋のテーブルに、と引き戸を開けると、そこにはわたしのピンクの携帯を開いてキー操作をしている夫がいました。


「見れないよ?」
恐らくはパニクった夫の第一声がこれでした。
「当たり前でしょう?」
わたしは答えました。
前科△犯の人と暮らしているのです。
わたしは携帯に二重にロックをかけてあります。
そのパスワードを知らない限り誰もわたしの携帯の中身を見ることはできません。

「だってさ、伽羅の携帯、色んな音でメールが来るじゃんか!」
夫は声を張り上げました。
わたしは、メールの着信音を人ごと・またはグループごとに設定しています。
毎日やり取りをする夫やZには個々の音、それ以外はグループごとの設定です。
「色んな音って…。あなたの携帯だってブーッって鳴るじゃない?」
「僕のはその音だけだ。キミのは色んな音で鳴ってる。」

…コイツ…大丈夫か?
マジでわたしは心配しました。
わたしだってマナーモードに設定しておけば、ブーッとしか鳴りませんよ?
あなたがいつもマナーモードにしているだけの話じゃありませんか??

「それで? 読もうとしたの?」
「いや、読めないようになってる。」
「読もうとしたのかと聞いてるの。」
「ちがう、見ただけだ!」

…わたしと眼が合いながらも指はパスワードを探ってせわしなく動いていただろうが。

わたしはそんなことは口にしませんでした。
なぜなら見られた彼自身が一番よくわかっている。
これ以上の追及は不要です。

「最低。」
「あ~あ~最低だな!」
夫は逆ギレしました。

わたしは引き戸を閉めて料理を仕上げ、食卓に並べて、何にもなかった・なにも起きなかった、という態度で話しかけ食事をスタートさせました。
おだやかに。なごやかに。

それが可能なのは何故なのかを夫には考えてもらいたいと思います。

          ++++++++++++++++++

わたくしの弁護士は、今夜は体調不良で宵の口に寝たのがわかっているので(なにせおはようからおやすみまできちんとメールしているのだ)、このあと報告のメールをPCに送ります。

夫が母屋に戻ったあと、わたしはしーちゃんにメールをしました。
そしてあんずの前に突っ伏して泣きました。
泣くときは一人で、と決めているので…。
あんずは慈愛の眼差しで見つめてくれました。

今日、心療内科に行って来たんです。
カウンセラーを亡くし、調子がおかしくなったことを話して、中止になっていたソラナックスをまた出してもらいました。
肝炎の様子を見るために血液も採取してくれました。

ソラナックスを出してもらって良かったです。

          ++++++++++++++++++

夫は、わたしを信用していません。
カウンセラーに対しても凄い嫉妬をしていました。
カウンセラー亡き後、次ののターゲットは気功の先生です。わかっています。
気功の先生は、遠くなったのはもちろん理由のひとつながら、夫の嫉妬でわたしがもう医院に行けないことを知っています。
なので気の毒がって、わたしの写真にむけて毎日【氣】を送ってくださっているのです。
前世のことなども含めて、週に何度かはメールのやりとりはあります。

ヒキコモリのわたしになんの行動ができると思うのでしょうか。
誰かに心を奪われるようなことが起きるとでも思っているのでしょうか。

          ++++++++++++++++++

以前現場を押さえた時には、その日のうちにわたしは携帯に鈴を付け、長い紐を付けてその先に目玉クリップを結び、そのクリップを枕カバーに挟んで寝たものです。
こちらは睡眠薬を飲んでいます。
圧倒的に不利です。

アパートで半別居状態になってからあとも、わたしの携帯を見たらしい証拠があったので、わたしはロック番号を変えました。

でも、本当は疑いたくなんてなかった。
だからこそ携帯だって財布だって手帳だって、そこらへんにポイと置いてあるんです。
それを盗み見されるなんて。

これは、普通のことですか?
これは無罪ですか?

わたしはもう二度と夫を信用できません。
本当に悲しいことです。


こういうことに耐えて、わたしは病気を抱え、結婚生活を送って行きます。
カウンセラーを亡くしたことが今更ながら痛いです。
聞いてもらいたかった…。


                                         pencil伽羅moon3

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ←みなさま、応援clearよろしくお願いいたしますweep

pouch

| | コメント (15)

しーちゃん。

カウンセラーを目指していま勉強中の幼なじみが、講習会のために上京してきました。
「一緒にいたいなあ~。」と言ってくれるわたしの「片割れ」です。

小学生になったときに同じクラスになり、苗字が同じだったこともあってわたしたちは磁石のように惹かれあい、ピッタリ寄り添って、少女時代を過ごしました。

仕事や恋愛で忙しかった20歳過ぎの頃や、子供が小さかったころなど、おたがい連絡をとらない数年間はありましたが、心が離れると感じたことはなく、わたしがうつ病になってからは常に心のなかに彼女の存在と思いを感じていました。

田舎の大きな家の長男の嫁として、家事・行事・親戚づきあい・障害者である叔母(舅の妹)の世話・自営の実家の事務雑務・心臓の悪い自分の母親の世話と実家の家事・二人の子供の育児…こう羅列しただけでわたしは気が遠くなるのに、それらを彼女は見事にこなし、やせぎすになってしまった体に鞭打って、全速力で駆け抜けていました。


彼女の子供が少し大きくなってからは、わたしが帰省するたびに食事くらいは出来るようになり、うつ病と診断される直前、夫からの度重なる求婚に迷っていたわたしは、彼女と夫を会わせました。

彼女は夫に頭を下げて「この子をよろしくお願いします。もう辛くて見ていられません。守ってください。」と頼んでくれました。

しーちゃんがそう言うなら、結婚することは間違いではないらしい…。わたしはそう思い始めました。

           ++++++++++++++++++

彼女は縁あって精神科病院で働くこととなり、どういうわけか心理カウンセラーへの道を選び取りました。

結婚してうつ病が極度に悪化し、実家で療養することを精神科医に勧告され帰省したとき、彼女は飛んで来てくれました。

大雨で寝込んでいる二階の部屋にどたどたと登って来てわたしの手を取り、「あなたはあなたのままでいいの。嫌なことは嫌だと言っていいの!」と言ってくれたとき、辛かった少女期をも含めて泣き崩れる自分を見ました。

わたしがとてつもなく弱いことを、しーちゃんは知っている。
それに気がつかず架せられる役割を必死に演じて来てたわたしをしーちゃんはわかっている。
そしてこんなわたしを、わたしが存在していることを、必要だと言ってくれる。
親も夫も言ってはくれなかったことを、彼女は言ってくれました。


 嫌です。無理です。できません。
それが言えないで壊れてしまったわたし。
そのわたしをいとおしいと言ってくれる。必要だと言ってくれる。

夫との仲には決して介在しない、「無償の愛」 「相手の存在をただ喜ぶ愛」がありました。

          ++++++++++++++++++

新宿のホテルを取り、わたしは彼女を講習会の会場まで迎えに行きました。
うつ状態だったので、地図を持ち、なんとかその会場に辿り着いてしーちゃんの笑顔を見たとき、わたしは膝が抜けそうに安心してガクガクしました。

彼女を連れて駅に戻り、電車に乗って新宿に行き、そこから歩いてホテルに向かいました。地下道がわからないので甲州街道を歩きました。

うつ病でヨレヨレしていて頼りないわたしを、しーちゃんは無邪気に信頼してくれて嬉しそうについて来ました。

一緒にホテルに一泊する…。
20年この日を待っていました。


                                         pencil伽羅moon3


にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ←皆さまのclearぽち。に支えられています。ありがとうございます。

notes

| | コメント (6)

遺品

わたしはクライアントだったから、2年にわたって自分のすべての事を話してきたけれど、
カウンセラーはほとんど自分の話はしなかった。

たまに調子がいい時にふざけて「最近どうですか?」なんて聞いても答えず、セッションが終わってわたしが帰り支度をしている時だけ、そう、ほんの30秒くらい、話してくれるだけだった。

だからお通夜のお清めの席で、他の人たちが故人のことを色々話しているのを聞いて、
ああわたしは何も知らないんだなあと実感した。

とても大切に思っている相手なのに何も知らないという特異なケースだと思った。


遺言は心の中に一杯あるはず。手帳にもメモがあるはず。
でもそれらを思い起こしたり読み返したりする気にもまだぜんぜんなれない。

わたしは過去の手帳を引っ張り出して、そのポケットやカバーの裏を探った。
みつけた…。
カウンセラーさんの名刺。
古いほうの名刺。

わたしが販売員をしていたとある店でお客様として出会い、彼はわたしの病を見抜き、
「今日はプライベートなのでこれしかなくて。」と薄汚れた名刺をどこかから一枚探してわたしにくれた。
それが出てきた。

彼は資格を増やして名刺も新しくなったがそちらは見つからず、うす汚れたほうの名刺が出てきてくれた。


遺品は、これしかない。


雨の音に紛れて、一人でひっそり泣こう。
泣くこと、ゆるしてください。


                                         pencil伽羅moon3

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ←ランキングに参加しています。

weep

| | コメント (6)

悲しみの度合い

もちろん人によりけりだとは思いますが…。

うつ病でも、嬉しいと感じる心はあります。些細なことをとても嬉しく感じたりしますよ。
でも、楽しいことをしよう!と考えられないような気がしますし、楽しかったときの自分の記憶が曖昧です。

確かにあの時楽しかったはずなのに…
その気持ちをまったく思い出せません。

それと、健常な人よりも悲しみを感じる力は強いかもしれません。
健常な人が、身近な人の死を10日で乗り越えられるとしたら、例えばわたしは数ヶ月かかるでしょう。

今日は頑張って出かけたのですが、駅で喪服姿の人を見かけただけでダメになりました。

わたしのうつ病はこんな感じです。


                                             pencil伽羅moon3

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ←何とか10位に引っ掛かっています。clearありがとうございますshine


info02ちょっと調子が悪いのでレス遅れます。ごめんなさいね。

sign04

| | コメント (5)

やっぱり泣いちゃいけなかった。

毎日泣いているわけではないけれど、今日もウツがひどかった。
でも食材がない。
夫にお惣菜を買って来てもらうのは心苦しくて、家計も圧迫させてしまうし、辛い。

ねこたちはわたしが寝ている日中は大人しく寝ているが、目覚めた気配を察すると寄ってくる。
おなかが空いたよと控えめにあんずに催促されてどうにか起き上がった。

食材が無い。
果物が食べたい。
薬を飲んで効いて来るのを待ってよたよたとスーパーに出かけた。
マーガリンは覚えていたが、砂糖を買うのを忘れた。

安いサラダと衣の厚いコロッケと、値引きシールの貼られたおにぎりを買って、震える手で会計をして、ガクガクしながら帰ってきた。


もう心が満杯だ。
自分が辛い。
整理できない。

気功の先生にメールしてどうしたらいいかを聞いてもらった。
新しいカウンセラーさんを見つけなさいとのことだったそうだ。
どうやって?
どうやって自分に合うカウンセラーさんに巡り会ったらいいの?


なぜ死んでしまったんですか…。
頼りにしてました。支えでした。
わたしは泣きながらまた眠ってしまった。

帰宅した夫が食卓を準備してくれて夕飯を食べた。

そしてまた悲しくなって、泣くハンカチを当てて泣いていた。
夫が寄って来て背中を撫でてくれた。
「なんで泣いてるの?」
「…どうして死んじゃったのかと思って…。」

夫は答えた。
「どうしてかなんてわからないよ。」
そしてこう続けた。
「カウンセラーさんの死を悼んで泣くのはいいけどさ、居なくなって自分が困るからって泣くのは間違ってるよ。」


…これは、最愛の妻を亡くした経験を持つ人の言うセリフだろうか??


「なんで? 悲しいって気持ちに正しいとか間違いとかあるの?」
わたしがそう反論すると夫はわたしの体からサッと手を引いた。
「居なくなられてわたしは悲しいし困ってるの。苦しいの。それで泣くのがたとえ間違いだとしても、悲しいものはしょうがないじゃない!」
「だけど、」
「間違っていたって悲しいのよ!。 じゃああなたは奥さんを亡くしたときに、奥さんのためにじゃなくて、亡くした自分が悲しくて泣いたことないの!?」
わたしは聞いた。

「…あるよ。だけどすぐには泣けないんだよ。いろいろやることもあって。だいぶ経ってから一人でよく泣いたよ。他がみんな幸せに見えて、自分だけが不幸に感じて泣いたよ。」
「でしょ? 悲しいし苦しいでしょ?」
「キミは自分を不幸だと思ってるってことだね。」

夫はまた更に違う方向へ話を持って行ってしまった。
「そんなこと思ってもいないし今言ってない!」
「いや、キミは不幸だと思ってるってことだよ。」


そうじゃない。わたしは恵まれている。充分幸せな環境にある。
自分を委ねていたカウンセラーを亡くしたことを悲しいと言ってるだけなんだ。
なぜ夫はいつもかも話を大きくしてその全体を否定するのだろう?
いつもかもわたしたちは噛み合わない。

夫は立ち上がって母屋に戻って行った。


やっぱり嫉妬しているんだ。わたしがカウンセラーさんを思って泣くことに。
夫の前ではもう泣くわけには行かない。
あらゆる風当たりが強くなってしまう。

わたしは優しくないが、夫も優しい人ではない。


                                           pencil伽羅moon3

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ←かろうじて10位に引っ掛かっております。
応援clearいつもありがとうございますconfident



flairおまけ
Anyus_favorites_items_032 昨日に引き続き「赤の雑貨」です。





notes

| | コメント (9)

金のアンテナ全滅

わたしの金色の感性のアンテナは全滅していて、何かを見て美しいだとか感動的だとかを感じなくなってしまっています。

なので何かを創作することができません。
ある意味「あらぁ、いいじゃなーい?」と自画自賛する気分がないと、創作は無理です。

それだけならいいのですが、物事や人の言葉を悪いほうに捉えてしまう黒い悪意のアンテナだけはがっちり根を張っています。

今はほとんど人に接していないのでそのどちらのアンテナも稼働率は最小です。
が、例えば母屋に住んでいたころは、家族で食事をしているとき姑に監視されているという被害妄想に苦しみ、とにかく早く食べなくちゃと焦り、食べ終わると冷汗でぐっしょりでした。

         ++++++++++++++++++

子供のころから『退屈』というのを知りませんでした。
本を読み絵を描き物語を書き、少女になると音楽を聴きロックにハマり歌を歌い詩を訳し恋をし、大人になると手芸をし写真を撮りイラストを描きました。

寝る時間を惜しんでそういうことをやっていたのは、あり余る、溢れ出す感性を表現しないではいられなかったからなのです。

どんなにたくさんあったのでしょう。わたしの金のアンテナ。
黒いアンテナも元からたくさん持っていたのだろうけれど、金のアンテナに隠れてて見えなかったのかもしれません。

          ++++++++++++++++++

生かせておいてもらえるだけでも、ありがたいと思わなくてはいけないでしょう。
肩書きは、専業主婦ではありません。家事できてないので…。
働きもせず、主婦としても役に立たず、こうして不満ばかりのわたしの上には、見える人には黒いアンテナが林立していることでしょう。

そんな自分は嫌だけど…
いまはこうして一日一日を生きているしかないみたいです。
それは傍からみたら充分に幸せなことでしょう。

わたしも、支払いに怯えなくて済み、ねこと毎日一緒にいられるこの生活は天国です。
そう、思ってはいます。


                                           pencil伽羅moon3

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ←ベストテンに入っていられるのはやはり嬉しいものですheart04
みなさまのclearshineのおかげです。ありがとうございます
clover


flairおまけ。
Anyus_favorites_items_074わたしの好きな「深い赤」色の小物たちです。
つい、赤いものには惹かれてしまいます。



notes

| | コメント (9)

忘れる病

6月に入ってからずっと体調が優れなかったところに、カウンセラーに死なれて、わたしは撃沈したままです。

一日のほとんどを寝て過ごし、夕方起きてスーパーに行って夕飯が作れればよし。それ以外の家事はおおかた夫がやってくれています。

するべきことや、やれそうなことはいくらでもあるのに、なんにもしたくありません。
これなら!ということが何も浮かばないのです。
こんなに恵まれた環境に居ながら、幸福感に満ち満ちたり、楽しくてたまらないことがあったり、前途に希望を感じたりということが全くできません。

『それを“うつ病”というのですよ。』
そう言って優しく微笑んでくれたカウンセラーが忘れられません。

普段はフタをしています。
猫の仕草に笑うこともあります。
何かを食べておいしいなって感じることもあります。
でも本当はわたしの心は悲しみで満杯なのです。
そして汚い醜い自分をこれからどこにさらけ出せばいいのかわかりません。

          ++++++++++++++++++

『材料』だけを一杯買い込んでいる今の状況は、わたしの心理状態そのものです。
人間性そのものかもしれません。
粘土も、紙も、布も、マステも、色鉛筆も、金具も、額縁も、紐も、包材も、カードもシールもいっぱい買い込んで、どんな趣味もどんな作業も出来るよう準備されているのに、わたしの中に「希望」がありません。そしてなにもできないでいるのです。

わたしはどこへ向かえばいいのでしょうか。

今は、休んでいなくてはいけないのだとわかっています。
休んでいられる環境にあることを幸せに思っています。
でも何を目指せばいいのか、生きる目標はなんなのか、なりたい自分にどうしたら近づけるのか、もうさっぱりなんにもわからないのです。

『それが“うつ病”という病気ですよ。』とカウンセラーに言われたら涙目で頷くことができるかもしれません。
でも自分でもこの病を忘れていて「病気なんだから仕方がない。」という思考になれません。

材料はいっぱいあるのに、何も作り出せない自分。
そんなわたしを、望んでなかった。
こんな自分になるとは思っていませんでした。
苦しいです。

                                         pencil伽羅moon3

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ←皆さまいつもclearありがとうございます。おかげさまでいい感じですshine


flairおまけ
Anyus_favorites_items_142アクセサリーはアンティークっぽいものが好きです。

…でも出かけることのものすごく少ないわたし…despair

ring

| | コメント (9)

家庭という教室

これはあくまでも一つの考え方ですので予めご了承の上お読みくださいませ。

          ++++++++++++++++++

『子供は親を選べないんだよっ!』というセリフがありますが、それは違うんです。
子供が親を選んでこの世に来るのです。
なのでむしろ『親こそ子供を選べない。』のですよね。

輪廻転生を繰り返す中で、次の人生を始めるとき、自分でその青焼き(設計図)のようなものを作ります。
例えば、「前回はこういう罪を犯してしまったから、今回はそれを償う側に回ろう。」とか。

そして自分が生まれていく両親(家庭)を決めます。
前世の記憶や生まれる前の記憶を持っている幼児には、自分で選んだことを覚えている子がいます。
(残念ながら情報量の増える3歳ころになると前世の記憶は消えてしまうことがほとんどだそうです。)

不幸な家庭に生まれたと思っている人は少なくないでしょうが、それは何らかの意味を持ってその家庭を選んだので、得るものがきっとあるのだろうと思います。

また自分の子供が自分を選んで生まれてきてくれたとなると、その愛おしさも倍増するのではないでしょうか。


ただし、『家庭』というものは、学校の『教室』のようなものだと考えられるという説があります。
縁が深いからその親のところに生まれたのではなく、修行の場所として選んだ、という考え方です。
わたしはそれを信じています。
そう信じることによって呵責から逃れられるからかもしれません。

自分を生んで育ててくれた恩のある親のことを愛おしく思えなかったり、好きじゃなかったりすることに、わたしは長い間苦しんでいました。
親から「あんた一人しかおらへんのやから頼むな。」と言われることもとても重荷でした。


「自分の親を好きじゃない」ということが『罪』であるとずっと苦しんできたのです。


わたしは自分の息子のことを大好きで可愛くて命に代えても守ろうと思うのに、親に対する愛情が完全に欠如しています。
そのことを『罪』だと思い、夫にも話したしカウンセリングでも何回もの回数を重ねました。

カウンセリングと夫のおかげで、わたしの尖って凍った心は解け、母への憎しみはもうありません。
年末に緊急入院したときには、本気で「わたしの寿命を10年あげますから助けてください!」と祈りました。
(ちなみにその願いは叶えられたようです。)

わたしはあの母を選んだことによって、同じことを息子に対してせずに済みました。
誉められたことなく抑えつけられて育ったわたしは、息子を誉め倒して育てました。
「ママいっつもほめてくれる…。」と息子が照れるくらいに。
でもそうするわたしの愛情を、息子はきっと受け止めてくれていたと思います。

前世でもそのまた前の前世でも、わたしと両親は関わりがなかったそうです。
それを聞いて、ああ、そうか、なるほど、と納得し楽になりました。
わたしは『教室』としてあの両親を選んだのでしょう。

けれどわたしの息子への執着がすごいので見てもらったところ、前世でも母と息子で、しかも息子は夭折していました。
それも「やはりそうか。」と納得することでした。

わたしが母に自分の寿命を10年譲ったのは、母がいなくなってしまったら、息子にとっての「田舎」・「故郷」・「実家」を失うことになってしまうと思ったからです。
息子はわたしの両親のことをとても好きです。
お盆と年末年始には必ず帰省しています。
それを奪いたくなかったからなのです。すべて息子のためです。

自分の寿命を知らないので祈れたことですけれどね。

夫もまた、前世で今の母と縁がなかったそうです。夫が母親を好きじゃないと言うのは、彼もまた家庭を『教室』に選んだ人だったからでしょう。

          ++++++++++++++++++

縁が深くて親子に生まれた人たちもあれば、前世の因縁で親子になった人もあります。
そのどちらでもなく、『教室』としてその親を選んだ場合もあるので、「こどもなんだからこうであるべき。」という考え方はしなくてもいいと思います。
そう思うことでわたしは大きな鎖から解き放たれた一人です。

そして息子とは縁が深かったことを知り、再びわたしの元へ生まれて来てくれた彼を溺愛するのは当然だろうなと、これも納得しました。

また会いたいな。
今夜は息子と一回だけメールをやり取りしました。


                                           pencil伽羅moon3

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ←皆さまの応援clearのお陰さまで、好位置キープですleftrightshine
ありがとうございます。感謝いたしますclover



flairおまけ
2008_036わたしの最愛の魂。

健康で長生きして欲しい。
いつも、いつまでも母は君を想っているよ。

| | コメント (4)

行けない場所。

わたしには今でも行けない場所があります。
うつ病と診断される前に働いていた店がある東銀座です。
そこは恐ろしい店でした。

          ++++++++++++++++++

経験者ということで即日採用になり、翌々日から働き始めたのですが、自分が既にうつ病を発症しているとは知らず、わたしは地下鉄に乗って通い始めました。

一日目を終了して、当時所属していた研究会の会合に行くのに階段を下りながら、わたしは自分がとても臭いと思いました。
それまでかいたことのない嫌な汗をいっぱいかいたからです。
そして涙がこぼれ落ちそうに辛かったことを覚えています。

わたし、どうしてこんなに辛いんだろう…?

研究会は楽しみにしていましたし、そのあと飲み会もセットであったので、いつもわたしはムードメーカーを買ってでていたのです。それが自分の役割と思っていました。
こんな辛い、そして気のすすまない研究会は初めてでした。


その店の何がそんなに辛かったかと言うと、「お客様に親切にしてはいけない。」という店だったからです。
店内に客が入って来てもすぐに対応してはいけないのです。
すみませーんと呼ばれても、ちょっとお待ちください、と待たせろと言うのです。

店内の労働環境も劣悪でした。
あまりの暑さにわたしは汗をだらだら流しながら接客し、お客さんに「かわいそうに…」と同情されるくらいでした。
濃い色の服を着て行った日は、帰りに汗の塩でモアレ模様が出来ていて恥ずかしい思いをしました。

炎天下でのチラシ配りもあり、思うように水分も取れず、トイレが接客のカウンターの真横だったため行くに行けず、わたしはまず膀胱炎をおこしました。

それで3日ほど休みました。

清掃はもちろんわたしの仕事でしたが、なぜか天井についているエアコンのフィルターもしょっちゅう洗わされました。
天井ですが、脚立がないので、わたしは指示されたとおりにまず椅子に登り、机に登り、それから棚に登ってフィルターを外さなければなりませんでした。

その姿を社長と店長は下から眺めていました。(どちらも男性)


外注に出しているものを引き取りに行くときは、必ず値切るように言われました。
社長命令です。
わたしは逆らうことができずに店主に値切りました。
そんなこと毎回言うなら来てくれなくていいと言われました。
当たり前です。
板ばさみになったわたしは泣きながら帰りました。


出来上がっている注文品は、約束した時間より早くお客様が取りに来ても渡してはいけないことになっていました。たとえそれが10分前でも。
配ったチラシには値下げした値段が印刷してあるのに、お客さえ気がつかなければ高いままで売るように指示されました。

道を聞きに寄ったひとに教えてはいけない。(金にならない)
掛かってきた電話はいくら待たせてもいい。(電話代あっち持ち)
途中で切れても掛けなおしてはいけない。(必要ならかけてくるだろ)
間違い電話はすかさず切る。(業務の邪魔)
お客様と天気の話をしてもいけない。(時間の無駄)
収入印紙がもったいないから領収書は2枚にでも3枚でも分けて書く。
書けないボールペンも捨ててはいけない。(いつか書けるかもしれない)
セロテープは一回に2センチ以上使ってはいけない…。


わたしはどんどん精神と体を病んで行きました。
5月から働き始め、9月の末にはもう動けない体になっていました。

それでもわたしは、何ら逆らうことなく、店には役立っていました。
なので週に2日でもいいからと言われ、休みの合間に行っては寝込むという繰り返しをし、10月にはほとんど行けなくなり、11月には恐ろしい目まいに襲われ、一睡もできずに朝を迎える不眠になり、精神神経科にようやくカルテが回されたのです。

うつ病でした。
いえ、もうずっと前からそうだったんでしょう。
ようやく病名がつき腑に落ちたわたしは、それでもまだ働きに行こうとして翌々日電車に乗りました。

わざわざ乗り換えて始発に座っていたのに、二つ前の駅でわたしは強烈な吐き気に襲われて、慌てて地下鉄を降りました。

トイレに駆け込みましたが吐くものはありませんでした。
トイレの前に休憩所があり、わたしはそこで伏していました。
体がぶるぶる震えました。意識が遠のきそうでした。

「大丈夫?」
ふいに大きな声がして、ゆっくり顔を上げると、真っ赤な帽子をかぶったおばさまがわたしを見下ろしていました。
何人ものサラリーマンが隣に座り、立ち上がることを繰り返していたのに、声をかけてきてくれたのは強面のおばさまでした。

わたしはゆっくり頷きました。
「大丈夫ね? 誰か呼ばなくても。」
わたしはまた頷きました。
その人が去った後、ザーッと涙が溢れました。
わたしはNさん(当時はまだ婚約もしておらず生活費の面倒を見てくれている彼氏)にメールをしました。

『Nさん。わたしもう行けないことがわかりました。このまま辞めちゃだめですか?』
本社にいてメールしにくい状況だったけれどもNさんはすぐに返信をくれました。
『わかりました。もう行かなくていいですよ。』

          ++++++++++++++++++

わたしは私物も置いたままでした。
ほんの少しの給料も出ているはずでした。
けれどももうその店に二度と行くことはできませんでした。
心が壊れると感じたのです。

わたしは弁護士Zに頼んで、私物と給料を取りに行ってもらいました。

それからわたしは、歌舞伎座の前のあの階段を登ったことはありません。
東銀座という場所に踏み入れたこともまだありません。
これからも多分無理でしょう。

                                          pencil伽羅moon3

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ←皆さまの応援clearのお陰さまでいい位置をキープしていますup
とってもありがとうございますfuji



flairおまけ
Edotokyo_tatemonoen_2008104_036
最近なんだかカラフルなものに惹かれます。
大阪のおばちゃんみたいになってみようかなあ~?


そういう意味じゃないなcoldsweats01

| | コメント (7)

ねことわたしの暮らし

昨日はあんなに暑くても出かけられたのに、今日はまったくダメでした。
トイレットペーパーを買いに行きたかったのですが…。
本当の意味で起き上がれたのは夜7時でした。


眼が覚めて…
薬を飲む→トイレに行く→ねこたちにおはようと声をかけてそれぞれ撫でてやる→ゴハンをあげる→ねこトイレ2個の掃除をする→ねこトイレの回り掃除する。
元気なときなら20分で済むことに、2時間もかかってしまいます。

一つやっては横になって休み、えい!それっ!と心のなかで号令をかけて次の動作を始める。そしてまた休む。夫との昼休みメールのやりとり。また次の作業をする…といった感じです。
自分の食事はそのあとになります。

体は鉛のように重く布団に根が生えたかのごとしです。
そして眠くて横になっているわけでもないのにとろとろと眠りつづけていました。

ねこたちはわたしが寝ている日中はたいがい寝て過ごしていますが、起き上がると寄って来ます。
ちまはわたしの上に乗り、撫でなくても一人でゴロゴロいっています。
顔をむけたりお尻を向けたりしながら、ひとしきりわたしの上にいます。
眼がつり上がっちゃうほど耳ごと頭をなでられるのが大好きです。

あんずは近くまでは来ますが、すぐそばには来ません。
でも、
「あんずー。」
「みゃうー。」
「おはようー。」
「おあおう~。」
って、返事してくれるんですよ!
これ、毎日確認してます。
「おはよう!」って声をかけると、「おあおう~。」って返事するんです。
あんずは言葉のわかる賢いねこです。


わたしがシャワーを浴びていると、二人は足拭きマットの上で押し合いへし合いしながら「出待ち」をしています。
何なんでしょうね? この『出待ち』。
すりガラスのドアに、あずき色のちまの肉球がぺーったり見えたり、あんずのピンクのお鼻が見えたりすると本当に可愛くて、わたしは二人の名を交互に呼びながら忙しくシャワーを終えます。

で、わたしが出てくると、顔を見てあんずは部屋に戻り、ちまはお風呂場に入ろうとするのです。(止めますが。)
何で待ってるのかなあ~。でも嬉しいし可愛いなあ~。

090717_20520001二人で寄り添って寝ているところです。
冬になったらきっとくっついて寝る「ねこだんご」が見られそうですね。楽しみです。

ちまはまだお返事ができません。
「ちーまー。ちーまちゃーん。」とわたしが呼んでいると、見かねてあんずが「みゃう~。」と代返します(笑)

「こらっ! ちまっ!」とちまを怒ると、あんずが物陰に隠れて「んにゃう~。」と言い訳し、嫌がって鳴いているちまの爪切をしていると、あんずが『やめてあげてー』とばかりににゃうにゃう鳴きます。

090717_20530002 090717_20530001二匹に見守られてわたしは暮らしています。
ねこたちのおかげでわたしに笑顔が出ます。
話をしたり声掛けもしょっちゅうしているので、「あれ、声が出ない…。」なんていう夕方もなくて済んでいます。

この暮らしに感謝しています。


                                            pencilcamera伽羅moon3

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ←皆さまのclearのおかげさまでいい感じですup
ありがとうございますshine


flairおまけ。

2008_tsutiura_kotosino_hasu_031今年は蓮を見に行きませんでした。
大好きな花です。

| | コメント (5)

〔君は誰?〕

〔行ってきます。誰かのメールには対応しても僕にはおはようでも行ってらっしゃいでもない伽羅は誰?〕

朝、出勤途中の夫から届いたメールです。
わたしが読んだのは11時過ぎです。

          ++++++++++++++++++

多分…朝、夫がこの部屋に居る時に、わたしの携帯が鳴って、わたしがそれを開けて見たのでしょう。
そして部屋にいるご主人様には「おはよう。」でもなく「いってらっしゃいませ。」でもなく、またコトッと寝てしまったのではないかと思います。

覚えていないので、これは推測です。

7時台にメールをくれるのはZなので、受信BOXを開けてみると、来ていました。
既読になっていたのでわたしはメールを開いたのでしょう。
けれど内容には覚えがなく初めて読んだような感じがしました。

朦朧としているときの行動を責められても記憶にないので困ります。
でも夫には「メールは読むくせに挨拶もしやがらねえ。」と見えても仕方ありません。

なのでこのメールはスルーすることにしました。

          ++++++++++++++++++

しました…けど…。

〔伽羅は誰?〕って…
『おまえ何様のつもりだ?』に読めてしまうのは、わたしだけ?
『メール読む気力があんなら起き上がって旦那様に「いってらっしゃいませ。」ぐらい言えやおらあ!』
って読めるのはわたしだけ??

先週も“寝ているわたしに声をかけて反応がなかったから悲しかった”、というメールをもらったばかりです。
朦朧としてるんです理解してください、と返したら、「わかっているから無理に起こさないし家事もこなしているつもりですが。」と返ってきたのでした。

わたしは今、深い悲しみとちょっとした絶望の中にいます。
目まいがして動けなくなったり過眠になってしまうのも、そのせいだと思えます。
これが逆に不眠でやせ衰えて青黒くなっていくのだったら、わかってもらえて同情もしてもらえるのでしょうけど、過眠っていけませんね。
特に夫はショートスリーパーですから、12時間寝るわたしをぐうたら以外に見えなくてもしかたありません。

悲しいんですよわたし。
辛いんですよわたし。
灯台が無くなった暗い海にいるんです。

わかってくれなくていいんです。
責めないでさえくれれば…。


〔伽羅は誰?〕
この質問に、わたしどう答えるべきですか?


                                           pencil伽羅moon3

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ←みなさまがココをclearしてくださったおかげで、ランキングが上がりupました。ありがとうございますshine


flair惹かれる…heart02
090715_02220001
←三菱鉛筆から発売される『uni』240色色鉛筆。
クロス張りの木製ケース入り、日本製。
52500円!

これは買えないな。
500色が来るんだもんな。

うう
crying

| | コメント (11)

できないことを認めなきゃ

明け方、薬が効いてくるのを待ちながら『公募ガイド』をめくりました。
マークするための蛍光ピンクの色鉛筆を手に。

丸を付けられたのは、たった2個でした。
とても自分に出来るとは思えないし、やる気も出せない、ということを知り、その事実に打ちのめされて寝ました。

Zその旨メールしておくと、「それでいいのよ。今はできないってことを理解できればいいの。」
どうやら彼女にはわかっていたようです。
わたしのエネルギーが枯渇してしまっていることを。
そしてそれを認めようとせず、わたしが常に「何かになりたい、なにかをやりたい。」と思う余り自分の首を絞めてることも、わかっていたようです。

絵を描き、写真を撮り、詩を書き小説を書き、工作をし、デザインをし、クラフトをやり色彩を学び販売を経験し…。
そんなエネルギッシュだった、なんでもそこそこできるわたしは、なんにも出来ないわたしになり下がってしまいました。

そしてそれを認めていないから、苦しいのです。

カウンセラーを失ったことは大打撃です。
でもその悲しみを繰り返し書くと、ふと気が向いて夫が読んだりしたときにきっと疑われてしまう…。

だからひっそり泣き、ひっそりあらゆることを後悔しています。

途中休んだりせず、ずっとカウンセリングに通い続けていれば良かった!!
それは蜘蛛の糸だったのに!

そうしてもっと早く回復していたら、わたしはカウンセラーになる夢を諦めないで良かったかもしれない。
ここまで悪くなってしまうと、もう人の苦しみを聞いて心に寄り添って一緒に歩んでいくなんてことがわたしには出来ません。

もっと早く回復していたら…意志を継いでカウンセラーになろうと考えられたかもしれません。
減薬だってできて、肝臓も壊さずに済んだかもしれません。
いえ…カウンセラーの器はないから…せめてもう少し良くなっていたかもしれません。

いつもいてくれると思っていました。
困ったら救ってくれると思っていました。
じゃあなにも予感はなかったのかと問われたら…


事務局から電話があったとき…その女性の声を聞いたとき、わたしは彼が死んだと感じたのでした。
どこかでわかっていたのかもしれません。

防ぐことはできなかったと思うけれど…。

          ++++++++++++++++++

夫の帰るメールがあるまで今日は寝たきりでした。
それでも自分のできる数少ないことをやりたくて、そこから起きて夫の好きなポテトサラダなどをつくりました。
アイロンかけもしました。
それでどうにか自分を保っています。

                                           pencil伽羅moon3


にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ←ランキングに参加しています。皆様のバナークリックclearにより順位があがりましたup。ありがとうございますconfident


flair癒しコーナー
090715_02180001_2090715_02180002_2
500色の色鉛筆、第二便が届きました。
今回はさわやかなグリーン系。
さっそく見本帳に色塗りをしてみました。

好きな色がありました!


色名は
『クリームソーダの弾ける泡』

水色と淡緑色の中間の色です。

shine

| | コメント (6)

ほどいてくれる人

わたしはどうしてこんなに過去の自分が嫌いなのかわかりません。
Zは、『自分だけにしかバレていない汚い自分が誰にだっているのよ!!』と言ってくれるけれど、わたしはその時期に関わっていた回りの人たちもすべて、嫌いだと感じてしまっているのです。
恐ろしいことです。恥ずべきことです。

これはきっと、何らか『認知の歪み』が起きているのでは…と思います。
だって過去わたしはたくさんの人たちに親しくしてもらったり優しくされたり助けてもらっているのに、その人たちを思い出すのも嫌だなんて、そんな自分がすごく嫌いで恥ずかしいです。
なんとか解消したいことの一つです。


さっきふと思ったのですが、それはいつもかも『本当の自分』で接していなかったからではないか?? と…。

自分を偽って偽って我慢して、でも結局我慢しきれなくて自分から離れていくケースがほとんどでしたから、もし『素』の自分で接していたら?

きっといま付き合っているごく少ない友人は、100%とは言わなくてもわたしが『素』の自分を見せることができ、そしてそれを受け止めてくれている人かもしれません。


いろんな仕事を経験しましたが、わたしにとって仕事は『自分の存在価値』を計るものだったので…それしかなかったので…どこでも一生懸命にやりました。
そしてそれなりに成果を上げてきたと思います。
でも、人間関係がだめでした。
うまくやっていけないのです。
一種のコミュニケーション障害かもしれません。
いや、単に性格が悪いのか…。

過去の自分を否定することもいつも辛いけれど、その時に付き合いのあった人たちについてもいい思い出を持てないのは、かなり問題があると思います。

カウンセリングで、そんな話に少し触れた日がありました。
すごくお世話になった方がいて、でももうその人に接することも苦しくて、わたしは携帯を変えて転居届けも出さずに結婚して引っ越してしまいました。
なんて恩知らずなんだろう…という話をしたときです。
「あなたがもし、逆の立場だったらどう思いますか? お礼にも挨拶にも来ないことを恨んだりしますか?」
カウンセラーはそう質問しました。

わたしはあまり人のお世話をしたり助けたりしたことがないので、少し考えて、
「…いえ…。その時のことはその時のことで…今、どこかで、幸せであってくれたらそれでいいと考えると思います。」と答えました。

「それでいいのです。」
カウンセラーはそう答えました。
わたしは泣きました。

恩知らずな自分。でもその人にご恩を返すことはもうできません。
心理的に会うことすら無理です。

「だから、違う誰かが困っていたら、できることをしてあげる。それでいいんですよ。」


…こういって心の鎖をいつもほどいてくれたカウンセラーにはもう会えません。
思い出したセッションを、自分のためにこうして書いていこうと思います。


                                          pencil伽羅moon3

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ←皆さまの応援のお陰さまでupできました。ありがとうございますshine

flair買ったもの
090715_02190002わたしも「なにか」になりたいです。
何かになれなくても、何かやりたいです。
Zのススメで買ってみました。


なりたい「わたし」がまだわからないけれど、すこし探りながら引きこもっていることにします。








shine

| | コメント (6)

このコたちのおかげ。

090708_23420001 久しぶりにねこたちの写真です。
携帯で撮ったものなのでちとゆるいですが、二匹の仲の良さが見て取れるでしょうか。

あんず一人だったら性格なんてわからなかったと思うんですけれど、あんずはよく鳴く猫です。
泣き声や表情が豊かで、感じていることがわかりやすい子です。
ビビリで小心で怖がりで、そのくせプライドが高いです。(あれ、わたしに似てるかな??)
でもあんずはおっとりしていてちょっとダサいです。
そしてとても優しいねこです。


090708_23440001 ちまは天真爛漫、好奇心のカタマリで耳ざといです。
そーっとお菓子を食べようとするともう足元にいて見上げています。

邪魔しっ子で甘えっ子で、フレンドリーです。
新聞に乗り、洗濯物を占領します。
ちまはほとんど鳴きません。
甘えたくなるといきなり膝に飛び乗ってよじ登って来ます。
最近は爪を立てずに上手に飛び乗ってくれるようになりました。


あんずは呼ぶと返事をします。
ちまは呼ぶと寄って来ます。
どちらも可愛いです。

800gでやって来たちまは、2.35㌔になり、あんずは4.6㌔あります。
お互いにお互いのフードを食べあうので、あんずはちょっとぽっちゃりしちゃったかな?
あんまり動かないねこですし。

090617_17470001 2009_5_2_chima_009 ちまは、赤ちゃんのときは『ピンクのお鼻にぶち。』だったのですが、ぶちが成長してお鼻をほぼ埋め尽くしてしまったことがわかります。

左が最近の写真で、右が始めて会ったときのものです。
いずれ黒いお鼻になっちゃうのかな??
体のしま模様もくっきりしてきました。

最近の変化は、ちまが寝ているときなどに、あんずがしっぽをピーンとまっすぐ立ててすこし背を丸めて、「にゃお~ん」と言いながらわたしにすりすりしてくるようになったことです。
「撫でて~。」のサインなんですが、撫でようとするといちいちケージに入って寝転び、わたしがケージ前に出張するというパターンでした。
それが、ケージの中じゃなくてもそこらへん(ラグの上)でコローンと横になって撫でさせていただけるようになったことです。

ビビリのあんずに取っては大進歩です!

ちまのほうは、「待て」が出来るようになりました。
食器にフードを入れようとしている先から頭を突っ込んできて後頭部にザザザーっと浴びていたちまでしたが、用意をしてやっているあいだ、顔を突っ込もうとするのを鼻先をちょっと押さえて「待て」と繰り返していたら、待てるようになりました。
(あんずはガツガツ食べにこないのでこっちが待つくらいです)

          ++++++++++++++++++

あんずは話のわかる『同志』
ちまは可愛くってしかたない『子供』です。
この子達がいなければ、こんな悲しみを抱えてわたしは廃人になってしまったでしょう。

泣いていても寝込んでいても、この子達の世話をしなくてはならない、ということにわたしはニンゲンとして支えられます。

泣いているとしっぽで撫でて慰めてくれるあんず。
わたしがどうであってもお構いなしに甘えてきてくれるちま。

正気を保っていられるのは、この子達のおかげなのです。

                                           pencilcamera伽羅moon3 
 
2009_6_anzuchima_044_2 2009_6_anzuchima_034 
2009_6_anzuchima_024 2009_6_anzuchima_035








にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ←いつも応援clearありがとうございます。お陰さまでランクUPupですshine

| | コメント (5)

案内人を失って

みなさま、たくさんのコメント本当にありがとうございます。心から嬉しく思っています。
でも今、なんてお答えしたらいいのかわからないでいます。ごめんなさい。
レス、もう少し待ってくださいね…。

          +++++++++++++++++

カウンセリングではよく夫のことを話しました。
でももう話す場所がなくなったので、夫が読むかもという危険性を冒して、ここに吐き出します。


夫はわたしが弱っていて従順だと機嫌がいいです。
世話をしてくれ、支えてくれ、優しいです。
でも、弱っていても彼の思うようにならないと、途端に機嫌を悪くし、同じ人?と思うくらいの態度になります。

昨日優しかったのも、わたしが夫の要求に応じたからです。

今日はお昼に「もうお昼だよ。」と起こしに来たので起きようと思ったのですが、夫の手が胸をまさぐって来たので、わたしはそれを払いのけたのです。
昨日OKだったからと言って今日もOKだと思ってもらっては困ります。

途端、夫は不機嫌になりました。

それを感じ、わたしは起きる意味も感じなくなり意欲もなくし、眠りの淵にまた逃げ込みました。
どろどろと眠り続けました。

何度か夫は部屋に来て、洗濯をしたり食事をしたりしていました。
都度何か質問をしていきましたが、棘のあるその声にわたしは返事だけをして、また眠ることを繰り返しました。
そうしないと自分の心を守れないからなのでしょう。
自分でバリヤを作るしかないのです。

夕方、6時ころ…
「風呂は?」と聞かれました。
入る、と答えれば夕飯のあと夫がやって来ます。
入らない、と答えれば(実際わたしは一人でシャワーしたりするのですが。)来ません。
夫の不機嫌に耐える気力のないわたしは、「入らない。」と答えました。
「ふん。今日迎え火だけど来ないの?」
「うん。」
お盆の迎え火に参加することも拒みました。
「ねこにエサやってないからね?」
わかっています。ねこはエサをもらえない日はひたすら寝て体力を温存しています。
おねだりにも来ず、健気なにゃんずです。

夫は遮光カーテンを全部閉めて出て行きました。

それでもわずかな隙間から夕方の光が差し込んでいたのですが、やがて空も暗くなったようで部屋も真っ暗になってしまいました。
照明…点けていってくれてもいいのに…。

暗闇のなかでちまがわたしの体に乗って来て、ゴロゴロと喉を鳴らしました。
場所をかえ体位を変えつつ、甘えてきます。かわいい、愛おしい。
ゴハン、やらなきゃ…。
7時半を過ぎてようやくわたしは起き上がりました。
ねこたちがいなかったらわたしは廃人でしょう。
自分も飲まず食わずでした。

灯りをつけると二匹は眩しそうにしながらもしっぽを立ててわたしに寄って来ました。
トッピングつきの豪華?なゴハンを用意してやり、わたしはドーナツを食べて牛乳を飲みました。本日の初食事。薬を飲むのに空腹ばかりではなあと思い流し込みました。

          ++++++++++++++++++
 
鬱の森に迷い込んでいます。
いつもなら、カウンセリングでカウンセラーが誘導して出してくれるのに、もうわたしにはその案内人がいなくなりました。

自分でなんとかしなくてはなりません。

でも夫の態度の急変もさながら、この「案内人を失った」ということが、森を深くしてしまいました。

どうやって出ればいいんでしょう。

でも、このままこの鬱の森に潜んでいたい気分でもあります。
なにも予定のない10日余りを、わたしはただ、自分のなかで過ごすことにします。


                                       pencil伽羅moon3

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ←みなさんのおかげで10位以内に入れました。応援clearありがとうございます。
にほんブログ村
sign04
sign04

| | コメント (5)

困るんですわたし。

今朝は7時になっても眠れなくて…
悲しくなって夫にメールをするとすぐ来てくれて、体をさすってくれました。

そうしたらけっこうすぐに寝られたみたいです。

起きて、グダグダのままトーストを食べて、夫と隣の市に映画を観に行きました。
『剱岳 点の記』という映画です。
わたしが見たくて夫に頼んで一緒に行ってもらいました。
観客の平均年齢がめちゃ高かったです。

夜は名古屋メシを食せる居酒屋に行き、生ビールbeerを一杯だけ飲みました。
『ドテ煮』に感激しました。


映画を観て居酒屋に行って…と。
楽しめる心はわたしにあります。

でもね。

喪失を埋める力はないの。

まだ夢に出て来てくれない。言葉が欲しいのにカウンセラーはまだ夢にも出てきてくれません。
言葉が欲しい。
すべて受容しつつ聞いてくれる笑顔に会いたい。

悲しみは、薄れるのではなく深まることもあると知りました。

飼っていた犬を亡くしたとき、死とはそういうものだと理解したはずなのに。
悲しみは実は消えないんだと知っていたはずなのに。

早急に立ち直らなければと思い焦る自分がいました。
なぜなら?
他の男性の事を思って悲しんでいると夫が妬くかもしれないから。
わたしは単にクライアントにすぎないのだから…そう、身内でも友人でもないんだから…
いつまでも悲しんでいるのは変だから。


でもこの喪失は他の事柄では埋められないように感じます。
もちろん、他のカウンセラーさんでも埋められません。
かといっていつまでも悲しんでいるのは変だと思われる。

だからここに吐き出すけれど

悲しいのです、困るんですわたし。
困るんです。

困るんです…weep
苦しい。

                                        pencil伽羅moon3

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ←皆さまの応援が頼りです。clearよろしくお願いします。
にほんブログ村
sign04
sign04

| | コメント (10)

悲しいときは悲しいままに

金曜日も起きられたのは夕方5時でした。
今日は起立性低血圧症の目まい。だから天地が引っくり返るようなタイプのものではないのですが…

よう寝るなあワタシ。

5時に起きて、「ごめんなさい洗濯できませんでした。夕飯は作れます。」と夫にメールを入れて、はたと思う。

やれるんじゃね?
タオルだけでもやっておけば明日夫が楽じゃない?

というわけで夕方少しだけお洗濯。
大根と厚揚げを煮ながら、アイロンかけもできました。

うん。すこし回復した。

悲しみは心のみずうみに満々とたたえられているけれど。
カウンセラーさんの笑顔を思い出して切ないけれど。
わたしは21日の欄に書かれてあったカウンセリングの予約を斜線で消しました。

もうカウンセリングには行かない。
先生の死とともに終了です。それで満足です。

夜中に電話したこと、後悔しています。
寝てらしたのに起こしてしまった…。お体に負荷をかけました。

北の窓のカーテンレールに、最後のカウンセリングに着て行った服がかかっています。
黄味の入ったオリーブグリーンのカットソーに、いつものオリーブグリーンのバッグを持って部屋に入ると、「揃えていますねえ。」とカウンセラーは言ってくれました。
大好きな色です。

これを着た姿を見せたのが最後になりました。

もう、しまおうと思いながら、葬儀に使った黒のバッグも靴も出しっぱなしです。
知らないうちに7月も三分の一が過ぎてしまっていました。


前世でもカウンセラーとは関わりがありました。
葬儀が済んだ後、わたしの頭の中に『深川』 『深川』と文字が浮かんでうるさくて仕方なかったので、気功の先生に見ていただいたら、前世でカウンセラーさんが住んでいた場所でした。
わたしがいた洲崎弁天町とは目と鼻の先です。

だから来世でも必ず出会うのはわかっています。
だから今は悲しいけれど、悲しいままでいいんです。


あすは多分起き上がれると思います。
うん…多分、大丈夫。
今夜もこんな時間になってしまいましたが、薬を飲んで寝ることにします。


                                         pencil伽羅moon3

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ←いつも応援clearありがとうございます。みなさんのおかげですshine
にほんブログ村
sign04
sign04

| | コメント (8)

動いてはいけない。

夫がいつもお昼休みにメールをくれます。
「具合はどうですか?」というメールです。

6月・7月と、「今日は元気です。」というメールはほんの数えるほどしか返していません。
布団を畳むヒマもないくらい寝ている日が多いです。

今日はまたひどく朦朧で、まちがった文章を送っているので、調子の悪さを夫は目でも確認できたことでしょう。

2時過ぎだったか、トイレに行きたいし薬も飲んでない…と思い、混濁したまま上体を起こしてから、「ぐにゃりさん」が来ていることに気がつきました。
わたしはつんのめってスッ転び、引き戸に頭をぶつけて転がりました。

あああ。
今日は動いてはいけないという指令かあ…。

ハイハイをしながらトイレに行って、ぐらぐらしながら用を済ませ、立ち上がるのは出来ないので立てひざでコップに水を汲んで薬を飲みました。

ねこたちは静かにそれぞれ寝ています。
わたしも再び眠りました。

他の症状ならなんとか動くくらいは動けますが、めまいだけはいけません。
『今日は動いてはいけない。』という、脳からの最終警告です。

次に目覚めたのが夕方5時。
まだグラグラですが、ねこたちがかわいそうで、這いながらフードをやり、トイレの掃除をしました。
そしてまた薬を飲んで撃沈。

夫が帰って来て、夕飯を用意してくれた8時半まで眠り続けました。
起き上がるときはグラグラだけど、椅子に座ってこの日初めての食事。

 …やせられるかな。

お葬式のあとは必ず寝込むわたしです。
でも先月からずっと調子が悪くて、夕飯もごくたまにしか作れていません。

今日は動けますように。


                                         pencil伽羅moon3

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ←ランキングに参加しています。なかなか10位に入れませんsweat01
にほんブログ村

sign04
sign04

| | コメント (7)

今生の別れを。

カウンセラーさんの葬儀告別式に参列してきました。
通夜に引き続きお顔も見られたし、棺にお花を入れることもできました。
棺の蓋を閉める儀式にも参加させてもらえました。

棺が炉に入るまで、お見送りをさせていただけました。

          +++++++++++++++++++

お通夜が余りにも辛くて、お葬式に行くのをやめたいと内心思ったんです。
でも、わざわざ休みを取ってまでわたしの『お見送りしたい』という気持ちを大切にしてくれた夫に、そうは言えませんでした。

「明日は朝が早いから、寝る前のお薬を早めに飲んで、眠れなくてもいいから横になっていてね。」と言ってくれる夫に頷き、後悔するに決まってるから辛くても行こう、と決めたのでした。

通夜の夜はまた泣いてしまいました。
本当に死んでしまわれたんだ…。
わたしはこの人だけと決めていたたった一人のカウンセラーを失ったんだ…。

飲みに行きたかった。本当に。
治って恋愛相談にのる約束もしていたのに。
こんなに若くして亡くなってしまうなんて。
こんな形で頼りにしていたカウンセリングが終了してしまうなんて。

早く寝るなんてことは出来ず、いつもと余り変わらない時間になって眠りにつきました。
でも翌朝はちゃんと起きることができました。

斎場は、距離としては近いのですが不便なところにあり、夫に車で連れて行ってもらえてとても楽でした。

通夜に比較すると参列者は少なく、どういうわけか親族も減っており、わたしと夫は焼香のあとも椅子に座って最後のお別れをしていくことができそうでした。


葬儀が終わり、お別れの儀式が始まるまでの間ロビーに出されたとき、カウンセリングルームの大先生と受付の人がわたしを見つけてくれました。
「火曜日にお会いしたんです。それで次回のお約束もして、そのとき『倒れたら連絡します』っておっしゃったんです。でも電話来ませんでした。死んじゃったんですもの!」
わたしは大先生に口早にそう告げるとワッと泣きました。
夫が常にわたしを抱きかかえてくれており、大先生はわたしの背中や肩を撫でて、
「彼、あなたのこと、心残りだと思うわよ。」と言ってくれてわたしは一層泣きました。

やがて扉が開き、お別れの儀が始まりました。
親族の方に長い綿棒が手渡され、ワインを含んだ綿花が彼の唇に押し当てられてゆきました。

親族の方々がいろんなものを棺に入れ、お花も添えると、ドアの外の私たちにも声がかかりました。
わたしは夫に支えられたまま歩み寄って、白いバラとカーネーションを手に取り、お顔のそばに行きました。
やすらかで、うっすらと微笑んでいるようにさえ見えるお顔でした。

左頬の脇に花を入れ、わたしはその頬に触れました。
びっくりするくらい冷たくて、でも柔らかな頬でした。
夫はそっと彼の額に触れました。

ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう…

呪文のようにお礼をささやいてわたしは棺から離れました。
みなさんがヒクくらい泣いてしまい、誰かが椅子を用意して座らせてくれました。
夫がいてくれなかったら怪しまれるくらい泣きました。

夫とは違う手がわたしの肩をずっと撫でてくれていました。

花入れが終わり、棺に蓋をするとき、いる人みんなで持ちました。
静かに蓋は閉められ、そして男性の手で棺がストレッチャーに運ばれました。


わたしたちは、棺が炉に入るまでを見送りました。
今生の別れです。
来世でも必ず出会う。
それまでの長いお別れです。

ありがとう。忘れない。そしてまた、来世で必ず…。

          ++++++++++++++++++

いっぱい泣きました。怪しいくらい泣きました。
彼に触れたのは最初で最後でした。握手さえしたことがなかったのです。
充分、お見送りができました。
わたしはその夜、夫にお礼のメールをしました。

お通夜お葬式に連れて行ってくれたことのお礼。
そして、2年にわたってカウンセリングを受けさせてもらえたことのお礼。
わたしは心から夫に感謝をしました。

運命的に出会った人だったから、こんな風にカウンセリングが終わってしまったのもまた運命として受け入れましょう。

命を持って教えてくださいました。
人はこんな風に急に死んでしまうことがあるということを。
だからわたしは誓います。
二度と「死にたい」なんて思わない。
「消えたい」なんて口にしない。

揺れるつり橋を、よろよろと、じっくり渡っていきます。
大事に生きて行きます。

          ++++++++++++++++++

コメント・メールで共に悼み、慰めをくださったみなさま、本当に嬉しかったです。
ありがとうございました。

                                        pencil伽羅moon3


にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ←ランキングに参加しております。いつもclearありがとうございます。
にほんブログ村
sign04
sign04

| | コメント (8)

*ご報告

7月7日、無事にカウンセラーさんの葬儀告別式に参列することができました。

お通夜では辛くて辛くて、お葬式に行くのをやめたい!とまで実は思ったのですが、行って本当に良かったです。

さっきまで寝込んでおりました。
今日はエネルギーがないので、記事は明日UPしますね。

また、コメントにレスをつけることも今夜は控えます。
みなさん、ありがとうweep


弱い人間は悪い人間でしょうか?
甘い人間は間違っている人間でしょうか。
なぜ今いきなりそれを問われるのかわたしにはわかりません。

ではまた明日、記事を書きます。
来てくださるのをお待ちしていますね。
皆さまのお心遣いに感謝いたします。

                                           pencil伽羅moon3

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ←ランキングに参加いたしております。いつもclearありがとうございます。
にほんブログ村
sign04
sign04

| | コメント (5)

三つ目のグラス

春に叔父が亡くなったとき、喪服が窮屈でボタンが止まらなかったわたしは、夫に頼んで通販で安いアンサンブルを買っておきました。

結婚記念日に、豪華な真珠のネックレスも買ってもらいました。

それはきっとそのうちやってくる叔父や叔母の葬儀に使うのだろうと思っていました。
こんなに早く、こんなに悲しい別れに使う時が来るとは、もちろん思ってもみませんでした。

人の死はどんな死もある意味突然ではあります。
自殺以外はすべて寿命ですと、気功の先生には言われました。
けれど早すぎる。突然すぎる。奪われてしまったという悲しみは一層つのります。

          ++++++++++++++++++

お通夜の会場の前で、遠く祭壇の上の彼の顔写真を見ながら、わたしは震えていました。
とうとう顔を見て認める時が来てしまった。

係りの人に「お顔を見せていただくことはできますか?」と聞いてみると、「はい、いいですよ!」と元気な返事が戻って来ました。

わたしは夫に支えられ、係りの人について祭壇に辿り着きました。

綺麗なお顔でした。
わたしの涙がボトボトと音を立てて棺に落ちました。
涙に遮られてだんだんお顔が見えなくなりました。
何度も、何度も呼びかけました。何度も何度も。

この人を失ったことが悲しい!
わたしは吊り橋の手すりを外されてしまったようなものです。
このぐらぐらの橋をどう渡っていくのか、わたしにはまだ想像もつきません。

          ++++++++++++++++++

焼香を済ませて部屋の外に出ると、弔問客の列は斎場の玄関まで延々と続いていました。
お顔を拝見したくて早くに行ったわたしたちは部屋の中の椅子に座れたのですが、その弔問客の数には驚きました。

お清めの席で、同じテーブルだった人たちはカウンセラー仲間のようでした。
 よく笑う人だったわよね。
 そうね笑顔が印象的よね。
 しかしよく飲むヤツだったよな。
 ワインがお好きでね、氷を入れて飲むのが好きだったわよね。
 でも、早すぎる…。

わたしたち夫婦は黙ってその会話を聞いてお清めを軽く済ませ、お先にと挨拶して辞しました。


わたしは、すべての事をカウンセラーに話して来ました。
でも、彼のことを何も知らないんだという事を知りました。
いっぱいお仲間がいらして、お付き合いもなさっていて、楽しい時間を過ごされていたんだ…。
わたしは彼を何も知らないということが寂しく感じました。

帰るときにもまだ弔問の列は続いていました。
家に帰って喪服を脱いで、床にへたり込んで泣きました。
夫が布団を敷いて寝かせてくれました。
わたしはしばらく泣きました。

通夜から帰宅したとZにメールすると、彼女が電話をくれました。
女神の声を聞いてわたしは一層泣きました。
日曜日に会おうと言ってくれました。

夕飯は夫がスーパーに行って色々買って来てくれました。
ワインの小さいボトルも買って来てありました。
わたしでもきっと同じことをしたでしょう。

グラスを三つ用意しました。


わたしが治ってクライアントじゃなくなったら、3人で飲みに行く約束でした。
それが叶わずに逝ってしまわれました。
三つ目のグラスにもワインを注ぎ、私たちは献杯をしました。

          ++++++++++++++++++

お葬式にも行きたいと思っているのは、可能なら棺を見送りたいと思ったからです。
出来れば棺に花を入れたい。
親族でも友人でもないわたしがそんなこと出来ないかもしれません。普通、出来ません。
出来なかったらもちろん諦めます。
でも棺を見送るために、行って来ます。


わたしの、生涯にたった一人のカウンセラー。
心から、お慕いし、頼りにしておりました。

                                           pencil伽羅moon3

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ←ランキングに参加しております。いつもclearありがとうございます。
にほんブログ村

sign04
sign04

| | コメント (15)

追悼〔珠玉の言葉〕

自分の大切な記録として、カウンセラーの言葉を記した記事をピックアップしてみました。
わたしのカウンセラーは、こんなにすばらしい宝石のような言葉の数々を残してくれています。

興味のある方は読んでみてください。
あくまでわたしが自分のために集めたものであって、押し付けるつもりは毛頭ありませんのでご理解くださいね。

          ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

〔惜しみなく。〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_b646.html

〔「もう無理」が言えなかった。〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/post_b272.html

〔墜落〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/post_eccf.html

〔インナーチャイルドは泣き叫ぶ〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/post_d449.html

〔眼の力〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/post_82dc.html

〔「行かないでくれ。」〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_c1c6.html

〔ベッドの真ん中に〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_a0bb.html

〔治れなくていい。〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_21ec.html

〔氷河〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_5159.html

〔蜘蛛の糸〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_767e.html

〔‘No problem’まいっか。〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_6b63.html

〔殺される心〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_6b8d.html

〔【退行】〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_3146.html

〔発見!〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_6667.html

〔カウンセリングに…。〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-38a1.html

〔「かくまわれる」〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-3aef.html

〔「歪み」(ひずみ)の正体〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-f863.html

〔こわれそう。〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-98ff.html

〔押し付けない人々〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-ea26.html

〔リスタート〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-9ee1.html

〔墜ちている理由〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-aefc.html

〔裂傷〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-d29c.html

〔繰り返す質問〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-bd0b.html

〔恥ずかしい。〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-e078.html

〔底を見たのち〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/post-ba92.html

〔超合金になれない〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/post-6bd3.html

〔女々しいぞ。〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/post-8dc3.html

〔売れ残った『商品』〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-4758.html

〔甘えます。〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-c6fb.html


                                           伽羅weep

typhoon
typhoon

| | コメント (1)

長い別れ

わたしの7月のカレンダーに書かれている決定していた予定は一つだけです。

  21日 カウンセリング 16:00~

でもそれは無くなりました。
なにも予定のない7月となりました。

          ++++++++++++++++++

日曜日の記憶がほとんど残っていません。
朝まで泣いていて、泣き疲れて眠って、いつ目覚めたのかどうやって薬を飲んだのかわかりません。

ただ、ピルを飲みきって、抑えていた生理が始まって、それが思いのほかひどくて重い腹痛がありました。

痛みは、悲しみをそらすためにやってくることがあります。
そう思って耐えながら寝ていたのだけど、余りにも痛くて、ロキソニンという痛み止めを探し出して飲んでしまいました。

やがて薬が効いて痛みが治まって来たと思ったら、全身の力が抜けて気が遠くなり、そのまままた眠ってしまいました。

まるで廃人です。

意識が戻ったのは夕方5時ころでした。
夫が買って来てくれたパンを食べ、お昼の薬を飲み、わたしはまた布団に倒れこんでただ意識なく横たわっていました。目覚めたのは夜10時でした。

ロキソニン、たまに飲んでいた薬なのですが、今飲んでいる薬と飲みあわせが悪かったのか、それとも悲しみから遠ざけるための脳の配慮か、完全に廃人化してしまい怖かったです。

ねこたちもおなかを空かせていて悪かったです。

          ++++++++++++++++++

カウンセラーが居なくなった世界を受け入れなくてはなりません。
その世界で生きていかなくてはなりません。
でもそういうこと、今は考えられないのです。その段階にないのです。

自分が心から頼りにして、自分を委ねていた唯一の人を亡くすという衝撃に打ちのめされています。

幸い両親が健在なわたしは、大事な人を亡くす経験をしていなません。
親が死んでしまったら、それはとてつもなく悲しくて寂しくて心もとないものでしょう。
でも、最近親を亡くした友人に聞いてみたら、もちろん悲しいし寂しいし悔やまれることがいっぱいあるけれど、親が先に死ぬということってある意味覚悟できていることでもあるので、自分を委ねていた人を突然失ったあなたとはまた違うかもしれないよ、と教えてくれました。

出会ったのが運命なら、こんな風に失うのもまた運命でしょうか。
だとしてもわたしはなんて鈍感なんでしょう。
なんでカウンセラーの命の危機に対してもっとナニカ感じることができなかったのでしょうか。

でもわたしには救う力なんてどうせ無かった。

失ったから気付いたのではなく、充分に認識していました、このカウンセラーが自分にとってどれほど大切かを。

カウンセラーはいつも
「チーム伽羅のトップは精神科医です。その下にご主人や私や弁護士さんや気功の先生がいるわけです。」と言っていました。

でも、わたしは内心、チームのトップはカウンセラーだと思っていたのです。
精神科医とカウンセラーが両の前輪。

メインの車輪を失って、チームの車両はどこに向かうかわからなくなりました。

わたしはどこにいくのでしょう。

          ++++++++++++++++++

月曜日がお通夜です。
わたしは事実を認めに行かなくてはなりません。

優しい笑顔しか浮かばないんです。
いつも優しくわたしを見ていてくれました。

もうその笑顔を見ることができません。
今生での、長い長いお別れです。

                            
                                         pencil伽羅moon3 

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ←ランキングに参加しております。clearありがとうございます。
にほんブログ村

sign04
sign04

| | コメント (5)

こんな終わりかた?

悲しくて苦しくておかしくなりそうなのに、脳が部分的にフリーズしてしまい、わたしは台所に立って牛蒡の煮物を作ったりしていました。

急いで返って来てくれた夫が抱きしめてくれましたが、少し泣いただけでした。

夕飯のときもずっとカウンセラーのことと、葬儀の会場にどうやって行くのがいいかなどと話していたのですが、ちょっと泣いただけでした。
夫もカウンセリングを受けたことがあります。
夫も少し泣きました。同い年なんです。

泣きたくて、でも認めたくなくて信じるのが嫌で、苦しい夜を過ごしていましたが、夜中に繋がれる友達がいることを思い出し、彼女にメールしました。
ちょうどブログを読んで言葉に詰まっていたところだったとのことですぐ返信が来ました。

彼女とやり取りをしていて、ようやくわたしは泣き出しました。

カウンセラーを失ったわたし自身のために泣いてもいいのかわからなかったのです。
でも彼女が楽にしてくれてわたしは泣き始めました。

土曜の朝まで泣いていました。

なんで?どうして?
どうしてわたしから彼を奪ってしまうの?

唯一無比の人なんです。
たったひとりのカウンセラーなんです、代わりはいないんです…。
彼だからカウンセリングを受けたいと思ったんです。
だからほかに代わりはいないんです。

いやだいやだ、予約したのに。
笑顔でではまた次回に、って別れてその翌々日に倒れてしまって…。

ご無理なさらないでくださいねって、やつれてた彼に言ったけれど、もっと強く言えば良かったの?
ううん、きっと聞く人じゃなかった。

失うなんて。
いろんな理由で何度もカウンセリングを中断してきたけれど、今度だけはずっと続けて、治るんだって決めてたのに!

こんな終わりかた?
こんな強制終了?
そんな残酷なことってあり?

          ++++++++++++++++++

わたしはわたしのカウンセラーとは、働いていた店で運命的に出会いました。

〔わたしのカウンセラー〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/post_c58c.html

紹介されたわけでもなく、ネットとかで探して見つけたわけでもなく、必然としてわたしと彼は出会ったのです。


カウンセリングは二人三脚です。
カウンセラーが指導したり引っ張って行くわけではありません。
二年間、方向性をさぐりつつも一緒に歩んで来たのです。
むしろ精神科医なら、かわりは見つけられるかもしれません。
でももう、他にカウンセラーを、なんて無理です。
インナーチャイルドを探し当て、母との確執を解き、あらゆる呪縛をほどいてゆき、認知の仕方を少しづつ変えてゆくという作業を、二人で一緒に確認しながら進んできたのです。


わたしは、たった一人の人を失いました。
わたしの全てを否定せず、わたしを誉めてくれるたった一人のカウンセラーを。

もう、誉めてくれる人はいません。
わたしは役立たずだもの…。
生きているだけだもの。


…嫌だ。やっぱり信じたくない。


お通夜にも告別式にも行きます。
お願いしてお顔を見せていただくつもりです。

夫が一緒に来てくれることになりました。
わたしは多分、わたしを支えられないから…。


                                          pencil伽羅moon3

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ←ランキングに参加しております。clearありがとうございます。
にほんブログ村

sign04
sign04

appleたくさんのコメントありがとうございますweepお返事遅れますこと、お許しください。

sign04

| | コメント (6)

カウンセラーを亡くしました。

悲しすぎて脳にシャッターがおりてしまったので、わたしは買って来てあった材料で夕飯を作ったりしました。

信じていません。
信じられません。
わたしのカウンセラーが亡くなっただなんて。


カウンセリングルームの女性からの電話だったので、「あ、倒れられたのかな!?」という思いがよぎりました。
前回高熱を出されたということでカウンセリングが延期になって火曜日になり、お会いしたらひどくやつれていらしたからです。


でも
そうじゃなかった。

わたしのカウンセラーは、亡くなってしまったというのです。

えっ?
ええっ!

ゆうべ倒れて病院に運ばれましたが、今日の午後亡くなってしまったというんです。
脳内出血ということでした。
54歳です。


電話を切って…。

嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だーとわたしは喚いて、まず夫に電話をしました。

それから数人にメールしました。
うつ病ともだちが電話してきてくれて、わたしは大泣きしました。
彼女も一緒にわあわあ泣いてくれました。

わたしにとってどんなに大切な人なのかを、そしてそれを失うことがどんなに衝撃なのかを、彼女はわかってくれて一緒に泣いてくれました。


何でも話していました。
全部受け止めてくださいました。
火曜日にカウンセリングしていただいたとき、最後に泣き出したわたしを見ながら涙ぐんで、「いいんですよ、それで。当然のことです。」と言ってくれました。

次の予約をして、カウンセラーはこう言いました。
「もし倒れたら電話します。」


うそつき…
電話来なかったじゃない。
倒れたってわたし聞いてない!
亡くなったって、どういうこと?
どうしてそんなことが起きるの?
どうしてそんな残酷なことを神様はなさるの?


治ってわたしがクライアントじゃなくなったらお食事に行きましょうって約束しましたよね?


わたしは、椅子の背を失ってしまいました。
これから先、誰に救いを求めたらいいのかわかりません。
何を目標に頑張って我慢すればいいのかわかりません。


悲しすぎて、その部分脳がフリーズしました。
涙が出ません。
大事な大事なひとなんです! 泣きなさい伽羅!


お通夜と告別式、両方行きます。
お顔を見るまでは信じない。
信じられないのです。


                                           pencil伽羅moon3

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ←ランキングに参加いたしております。
にほんブログ村

sign04

info02コメントたくさんいただいておりありがとうございます。またメールくださっている方もありがとうございます。
しばらく返信が遅れますことをお許しください。ごめんなさい
weep

sign04

| | コメント (9)

嘘だ! 信じない!

カウンセリングルームからさっき電話がありました。



わたしのカウンセラーが今日亡くなったというお知らせでした。


…嘘。
嘘でしょ?
嘘だよね?

火曜日にお会いしてわたしが泣くのを涙ぐんで聞いてくださって

次の予約もしたもの。


嘘! そんなの嘘だ。
運命的に出会ったひとなのに。
ここまでわたしを引き上げてくれたひとなのに。

信じない。信じたくない。

そんな急な、そんな馬鹿な話ってある?
わたしを救ってくれる人がさきに死んでしまうなんてだめだよね?


やだよそんなの

やだ…先生、やだよ…

| | コメント (4)

寝てるんじゃないんです!

水曜日、創立記念日で会社が休みだった夫と「精神」という映画を観に渋谷まで行って来ました。

朝10時に一日分の整理券を発行するというシステムだったので早起きして出かけて朝の回で観ることができました。

そのあと、一人では絶対に来れない渋谷に来たためわたしは欲を出し、東急ハンズに一緒に行ってもらいました。
そして8階から地下までほぼくまなく見ました。
自分では制作に使う材料や道具などを買い、夫がいいよと言うので夏の柄の手拭いを4本も買ってもらいました。

4時間睡眠で行ったので、フラフラになって帰宅し、お風呂に入ってから10時に寝てしまいました。
脳も沸騰していました。


そして木曜の朝。
6時ころ。
目が覚めて頭を動かしたら、来たんです。
『ぐにゃり』さんが。
世界が歪み、天地がわからなくなり、目を閉じても襲い掛かってくる激しいめまい。
途端吐き気ももよおして、わたしはオエオエーっとなりました。

吐きはしませんでしたが、オエオエ言っているわたしを、ねこたちは心配そうに見ていました。

7時過ぎに夫が朝食にやってきたので、「ぐにゃりさんが来ててオエオエなの」と言うと、「じゃあトイレまだだろ、連れていくよ。」と、ゆっくり抱き起こしてトイレに連れて行ってくれました。

夫が出勤してからは、ちょっと動く→オエオエの繰り返し。
10時ころやっと這いずって朝の薬を飲み、そのまままた眠ってしまいました。

お昼のメールに返信がないのを心配して、夫が電話をかけてきました。
オエオエは軽くなっていましたが、寝返りをうつとぐにゃ~り、です。

夜になってようやく動けるようになりました。


このひどい目まいはわたしのうつ病の症状の一つです。
動けなくするための強制手段です。
昨日ちょっと無理したからなあ…。

動けるようになって良かったです。

          ++++++++++++++++++

4時くらいのことだったか、母屋にガス屋さんが来て、点検がどうのという話を玄関先でしているのが聞こえました。
なんせ庭の中に住んでいますから、母屋の音はまるっと聞こえてくるのです。
「それならその2階だから行ってみて。」という姑の声が聞こえました。
えっ!
ここ?
ほどなく階段を登ってくる音がしてドアが荒々しくノックされました。
わたしとねこたちは息をひそめました。

ガス屋さんが降りていくと、まもなく姑から電話がかかって来ました。
「…はい。」
「いるんでしょ? ガスの点検だって。」
「あの、今日わたしひどい目まいで動けないんです。」
わたしはかすれた声で答えました。
「なに、寝てんの?」
「いえ、動けないんです。」
「ええ? じゃあカギ開けて入っていい?」

…いやだ!
それは絶対にいやだ!

「あの、わたし具合が悪いんです。今日じゃないとダメなんでしょうか?」
そういうと姑は、フンと息を吐いて、
「寝てんだってさー!」と言いながら電話は切れました。

わたしはぐにゃぐにゃのまま玄関に這って言って、ドアチェーンを必死の思いでかけました。


動けないんです! 立てないんです!
だから横になってじっとしているんです!
だらだら寝ているわけじゃありません。
立てないから横になっているしかないんです。



わたしは会話を含めて顛末を夫にメールしました。
この部屋に入って来られることが、精神を病んでいるわたしにとってどんなに過酷なことかを伝えました。
もし留守だったら入って来ていたに違いありません。
すごく辛かったです。

「それは辛かったね。帰ったら話しておきます。」
夫はそう優しい言葉をくれました。
それでわたしはすうっとしました。

悪気があるとかないとか家族だからだとか、普段から言葉使いがゾンザイだとか、そういう問題ではなくて、侵入されることをわたしがどれほど恐れているか、夫がわかってくれて良かったです。

わたしがちょっとおかしいのはわかっているけれど、これから寝込む日にはドアチェーンをかけようかと思います。
自分の安心のために。
とても怖かったです。

                                         pencil伽羅moon3

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ←ランキングに参加しています。いつもclearありがとうございます。
にほんブログ村

sign04
sign04

| | コメント (10)

甘えます。

わたしは自分のカウンセラーと、大げさに言えば運命的な出会い方をしました。
けれど、カウンセリングとはお金を払ってカウンセラーの時間を買うことだとわたしは割り切っています。

時間を買って、思いつくまま、そして自分の身勝手さや汚い考え方までわたしは話します。
カウンセラーは否定はしません。非難もしません。
逆に応援もしません。
ひたすら話を聞き、「前回とここの部分の考え方が変わりましたねえ。」とか、「おお、その言葉は始めて出ましたね。」などとうまい相槌をくれます。

その時、自分はハッとするわけです。

そうだ、先月も同じような出来事を話していてひたすら泣いていたのに、今日は泣かないで話せてるぞ、とか、そうか本当はわたしこう感じてたんだ、などと気がつくのです。

そしてそれについて自分で考えます。

例えば、わたしは働いてないことに引け目を感じていて、週に数日・一日数時間でもなんとか働けないだろうかと求人広告を見ることを楽しみにしていたのですが、ここ一月ぐらい求人広告を見るのが怖くなったのです。
「とてもじゃないけどこの状態では無理。怖い。って思って見られなくなったんです。」
わたしが言うとカウンセラーはこう言いました。
「そうですか。いいんじゃないですか? 今はまだ、働ける状態にないんですから。」

そしてふとわたしは気がつきます。
休み方がやっとわかってきた気がすると。

『ゆっくり休む。』 『のんびりする。』
これがよくわからなかったのです。
どうしたらゆっくりできるのか、どうしていればのんびりなのか、知らなかったのです。
けれど最近、ねこを眺めながらぼんやり(うっすら笑って)していることが心地よかったり、具合が悪いときに寝ていられるということを心からありがたいと思えるようになった自分に気がつきました。

休んでいる、ということはこういうことなのか。
卑屈にならず、引け目も感じず、やれることは一生懸命にやり、具合が悪い時は寝ている。
やりたいことが浮かんだときにはちょっとの勇気を出してやってみる。
これが『療養』なのかもしれないと、3年経ってようやくわかりかけて来ました。

          ++++++++++++++++++

前世を肯定したことは、わたしの生き方や人との縁を大いに納得させてくれるものでありました。

夫とは前世で夫婦だった。遊女だったわたしを身請けしてくれた人だった。
息子とは母と息子であったし9歳の時に亡くした悲しみをまだ引きずっている。

そうなのではないかと思っていたことを肯定する機会に恵まれ、わたしは『腑に落ちて』います。

今はきっと療養する時期なのです。そうしないとエネルギーチャージができないわけです。
そして夫によりその時間と場所と環境と安心を与えてもらえました。
感謝して受け止めていればいいのです。多分…。


カウンセラーも夫も決してスーパーマンではありません。
わたしが再構築されることに手を貸してくれるひとなのです。
そして『銀靴』のメイトさんたちもそうです。

わたしは甘えます。この環境と、わたしを取り巻くみなさまに。
ありがとうございます。


                                          pencil伽羅moon3

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ←ランキングに参加しています。いつもclearありがとうございます。
にほんブログ村
sign04
sign04

| | コメント (13)

« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »