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2009年1月

感情の圧殺

家にいる時に頓服を飲むことに、やや抵抗があることは前に書きましたが、そう言いつつも今夜は飲みました。

階段下の洗面所にいる時に、二階のリビングから長女とお母さまの声を荒げた会話が洩れ聞こえてきて、思わず固まってしまったのです。

夏場と違って、閉められた引き戸から洩れる声なので、はっきりとはしませんが、お母さまがわたしのことを長女に愚痴り、長女が私を庇う発言をしてくれているようでした。

長女と次女は、二人でいる時は衝突することもありますが、おばあちゃんが居ないほうの娘の愚痴をこぼすと、かならず猛烈に庇います。

広いリビングなのに、3人兄弟が一箇所にかたまって過ごしているのを見ると、支えあって生きてきたんだなと胸が熱くなります。

わたしはと言えば、年末に寝込んで以来不調が長く続いており、夫とも口を利かなかった時期があるくらいで、年が明けてからはリビングに行くことなど数えるほどです。誰ともほとんど話しをしていません。

家事の手伝い一つしないばかりか、食事をしに上がってもこないわたしの存在は、疎ましく思われるのが当然です。
庇ってくれた長女には申し訳なくて、わたしは一体なんのためにここに来たのだろうと申し訳なくなり、泣けてしまいました。

誰にとっても有益ではなく、誰のことも楽にできず、幸せにできず、わがままなことばかり言って、なんという価値の無い存在なんだろうと思って、夫の胸の中で泣いてしまいました。

無力感にひしがれて動悸も激しくなって、ソラナックスを飲みました。
15分ほどで、尖った神経はなだめられ、動悸や首の緊張が和らぎます。

けれど

これって、感情を圧殺していることにはなりませんか?
心はすっきりせず、熱いカタマリが詰まっているんですもの。
薬で表面抑えただけで、本来の感情の乱れを解決してくれるんではないですもんね。

おもむくままに泣き喚く日があってもいいのかもしれません。

でも、こんなになってもまだ、感情を爆発させることが出来ず、眠ることもできず、こうしてブログに逃げ込んでくるだけのわたしです。


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処分保留

昨日心療内科に行って来ました。

だいぶ疲れているようで、バスに乗って地下鉄の駅まで行くという行路なのに、気が付いたら私鉄の駅に来て電車に乗ろうとしていました。
改札の前で気が付き、はて、わたしはどこに行くのだったっけ…? としばらく立ち尽くしました。

バス停まで戻るのは家に戻るよりも遠いので、駅からなんとか行けないかと考えながら見回したところ、いつも乗る地下鉄の駅の、一つ先の駅に寄る循環バスがありました。
ああ、これで行ってみよう。
わたしは始めての路線に乗りました。

山の手の裾を行き、坂をいくつも登ったり下ったりする面白い道程でした。

地下鉄に乗り、わたしはウトウトと眠りながら、病院のある駅に着きました。
隣県に来たような距離感です。

心療内科は、混んでいました。
長い診療の人も多く、ずいぶん待ってわたしは呼ばれました。

年末に寝込み、今月も調子が悪く寝こみがちだということを説明してのち、本題に入りました。
「先生に相談したいことがあります。」
医者は、ペンを置いて、わたしのほうに向き直ってくれました。

庭先にアパートがあり、そこに住まわせてもらうこと。
精神状態が悪く、気が休まらないので、引っ越してしばらくは一人になりたいと思っていること。
それを夫は受け入れず、別居するくらいならねこを連れて実家に帰れと言われたこと。
そしてここには書けない夫の「本音」。

医者はほお、ふうん、と相槌を打つだけで、ただ聞いていました。
「先生、この考えはわたしのわがままに過ぎないでしょうか。わたしは、少しでも良くなりたいと思っているのですが…。」
わたしが尋ねると、カルテにメモをしながら医者はこう言いました。

「それは、ご主人の言い分を聞かないとなんとも言えないね。来てもらえそうですか?」
「あ、はい、来てくれると思います。」
「それじゃあなるべく早く一度こちらに来てもらってください。」


この人はプロだ…。
わたしは感嘆しました。
まったく表情を変えることなく話を聞き、どちらかに寄った相槌は一つもなく、両方の言い分を聞いて判断するという。
もろ手を挙げて賛成しないその態度に、わたしは逆に信頼を感じました。

自立支援のための診断書を書いていただくのにひとしきり待ち、薬局では多くなってしまった昼間の薬を一包化してもらうのにまたずいぶん待って、帰りついたのは5時半でした。

実家から帰宅して翌日カウンセリング(これも道程が遠い)、夜は夫とけなしあいの口論。ブログをUPして、翌日病院でしたから、疲れるはずです。
本日は13時まで起き上がれず、いまやっとPCに向かった次第です。


夫には土曜日の午後に病院に話をしに行ってもらえるよう頼みました。
そこで医師が下した判断には、絶対的効力があります。
その結果を携えて、月が替わった一日(日曜)、カウンセリングにまた行きます。

それからアパートにお引越しです。


ではまた報告いたします。
みなさん、たくさんのコメントありがとうございます。
今日は調子が悪いので、レス遅くなりますが待っていてくださいね。

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リスタート

カウンセリングに行って来ました。


久しぶりに降り立ったその駅は、一部の改装を終えて新しい店が立ち並んでおり、違う箇所が改装に入って、見慣れぬ風景になっていました。

電車に長く乗るのにソラナックスが不可欠なのは相変わらず。
でも、ソラナックスを飲めば遠くまで行けるし、新幹線にも一人で乗れるくらい慣れました。


4階までの階段をゆっくりと上る。
何も予定せず何も考えず、わたしはカウンセリングルームのドアをノックしました。

カウンセラーが慈愛に満ちた眼差しでわたしを迎え入れてくれました。
胸にこみ上げるものがありました。


時間のうちの三分の二を、わたしは12月の自分の説明に費やしました。
こんなに色んなことが起きて色んなことを感じて、そしてそれを決壊しないように抱え込んで過ごしていたのだと、話しながらわたしも驚いたし、カウンセラーは嘆息して、
「これは潰れて当然ですよ。逆に安心しました。」と変な感想をくれました。

何年ぶりかの講座の仕事、肝臓が壊れかかってきていること、止まらない出血と消耗、母の緊急入院、命まで危ぶまれたことのショックと心配。
ねこが来たことの歓びと緊張、ねこの結膜炎、ねこの回虫事件、自分の婦人科の通院、そしてすぐに年末…。

すでにもう頑張れないくらい満杯だったところにやって来た、結婚して初めての年末・年始。
倒れて寝込んで当然です、とカウンセラーは言いました。


そしてアパートのリフォームはほぼ完成し、もう少しで入居ができます。

疲れてしまって、信頼も失ってしまって、夫にすら疎んじられていると思い込み、気力とエネルギーが枯渇してしまったわたしは、夫としばらくの間、離れることを希望しています。
そう、ほんの1~2ヶ月…新しい部屋でねこと二人にして欲しいというのが要望です。

けれど、離れたいと言うならアパートにわたしが居るというだけでも嫌だと夫は言いました。
だから、ねこを連れていっそ実家に帰ってくれという言葉が出たそうです。
そのほうが生活費用か嵩まないと考えて言ったそうです。

別に暮らして療養したいと言うなら、入院してくれとも言われました。

わたしの二次希望は、ではせめて、土日は夫に母屋で過ごしてもらって休みたい、と言うことです。

これは、わたしが正常な健常な人であれば、誰もが眉をひそめる大ワガママでしょう。
でも、わたしは今とても苦しいのです。
決壊しそうなんです。
そして決壊したくないのです。
だから少しでも良くなりたい。
それを最優先と考えた場合の、ワガママです。


カウンセラーに尋ねました。
わたしは、少しでも病気を良くするために、肝臓のために薬を減らすためにも、今しばらく夫と離れたいと考えています。長い目で見て、今現在、最優先されるべきと思われることを最優先したいのです。
それはわたしのわがままですか。と…。

カウンセラーはこう答えました。

「わたしは医者ではありません。なのでわたしの言うことは絶対ではありません。
何が正しくて何が間違いかを指摘するものでもありません。
絶対的効力を持つのは、精神科医の判断です。
それは命令の効力を持ちます。
なので、あす病院に行かれるということですから、是非先生に相談なさってください。
その答えが、最優先されるべき答えです。」

「わたしは、正しい正しくないの判断はしません。なぜなら、わたしはあなたのカウンセラーだからです。あなたが自分を見つめ、受け入れ、そして何よりも`楽になる´お手伝いをするのが仕事です。あなたの思いを聞いて、わたしも同様に胸が痛みます。
わたしのあなたへの意見は、【あなたが嫌だと思うことをしない。】、精神科医が以前言ったように、【自由にする。】、そして【何かに縛られるということから解放される。】という3点です。あなたのカウンセラーとしてのわたしの見解は、ご主人と少しの間離れてアパートでねこと暮らすことで、あなたの心は休まると思います。」


わたしは、この意見は医者には話しません。
明日は心を更地にして、精神科医の見解を聞いてみるつもりです。

そして、その診断に夫がうんと言うかどうかも、また全く別の話になります。


最優先されるべきと思っているものが異なる限り、どぢらかが我慢をする生活となります。

明日また報告いたします。


【追記】
『辻褄が合わない』の記事で述べたねこを夜中静かにさせる件について、今日夫から真相を聞きました。
うるさかったのはねこではなかったそうです。
ねこに声をかけたりじゃらしたりするわたしがうるさかったのだそうです。
でも、そう言うとわたしが落ち込むので、ねこをケージに閉じ込めて遊ばせないように、と言ったのだそうです。
今、ねこはおもちゃも解禁されて、夜中から午前中にかけて飛び回って遊んでいます。
夫はそれは全くうるさくなく眠れるそうです。


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19歳の感性

実家での短い滞在を終えて帰宅しました。
携帯からの記事にたくさんのコメントをありがとうございます。


人は15歳の時に、最も多くのことを考え、次第にそれらを忘れていくそうです。
そして、人の感性のピークは19歳。
体力のピークは26歳だということです。


わたしはうつ病になったおかげで、15歳の時と同じぐらい物事を考え、19歳の時と同じ感度で色々なことを感じています。

残念ながら、マイナス方向に…。

これがプラスに働けば、きっといい作品を生み出せたと思うんですが。


立ち止まったお陰で、振り向いて人の痛みに気が付くこともできたし、不要なものは取り除かれて、素のわたしになり(それが良いにしても悪いにしても)、その上で触れ合っている人たちは、わたしの大切な人たちです。



帰宅して真っ先にねこを箱から出しました。
お布団にもぐらず、たんすの上の箱に入っていたのがなんだか寂しそうでした。
毛布の上に降ろして、体に頬ずりをすると、撫でてもいないのにねこはグルグルと言いました。
帰って来たことを、喜んでくれた…。
わたしはそう解釈しました。


これから眠って、明日カウンセリングに行きます。
何も考えず、ぼんやりしながら行こうと思います。
「どうですか。」
その一声で、わたしの中でなにが起きるのか…。

涙に暮れる2時間であるとしても、それを楽しみに行って来ます。

おやすみなさい。

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高速移動

東京に向かう新幹線の中です。


高速で行き過ぎる歪みを含んだ景色を見ていられず、新しいメガネを外して背もたれを倒しました。


帰る気分は残念ながら憂鬱。
つわりのような悪心の小さいのが胸の真ん中にあります。


ねこに会えることと、明日のカウンセリングを楽しみに、頑張って帰宅します。


ダムは満杯のままです。
実家で甘えたおかけで決壊をしなくて済みそうです。
このままそおっと明日を迎え、カウンセリングでうまく放水できますようにと祈ります。


結婚したことに後悔はないけれど、大家族での結婚生活はわたしにはやはり無理でした。

結婚する前、夫が家事全般をわたしにやらせようとしていたことを思うと背筋が寒くなります。


わたしのうつ病を、何と軽々しく見ていたことでしょう。


医者が大反対し、そして予告したように、わたしは悪化しました。


今、静かに思います。
夫にわたしを治すことなんか出来ません。
それに気がつくのが遅かったかもしれません。


最早専門家の手を目一杯借りなければ、快癒の道はありません。
カウンセリングか、入院です。
吐き出す場所を持つか、全てから隔絶され嫁でも妻でもないただのわたしになって入院しなければ、快癒への道はないように思います。


薬を減らし、食事療法をし、陽に当たって、少しでも肝臓を守ることをしなくてはなりません。


新幹線は高速でわたしを元の環境に運んで行きます。


みなさまにはまたPCからお返事させていただきます。
ありがとうございます。


pencil伽羅moon3

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インセイン

実家にて、こたつに入って、雪が降ったり晴れて雲が流れ行く空をぼんやり見ています。


メイトさん、そして初めての方々。
コメントありがとうございます。
とても嬉しいです。
携帯からの投稿ですときちんとしたレスがつけられませんので、帰宅したら書かせていただきますね。遅くなりますことお許しください。


実家で両親に甘えているわけですが、思えば子供の頃はこんなふうにゆったりと甘えることは出来ませんでした。


親もキリキリと働き全く余裕のない日々で、甘えさせてはもらえず、いつも要求されてばかりの子供時代でした。


いい子でいてね、家事をここまでやっておいてね、勉強してね、出かけちゃダメよ、早く寝なさい…。


わたしは胸の中で寂しさをいつも抱え、反発もできず、声を潜めて泣くだけの子供でした。


でも遅すぎるということは、人生には無いのだとも思います。
いまやっとわたしは、甘えたかった少女時代のやり直しをさせてもらっています。
感謝です。


正気と狂気の狭間に揺れながらわたしはいます。


どうしたら正気で居られるのか…。


一つの方法は、自分がやれることを、最低限でよいので続けて、そのことで自分に点数をあげること。
もう一つは、自分の役割のないところで空を見上げて過ごすこと。
閉鎖ではない入院がこれに当てはまりそうです。


ストレスを受け流せる強い心を作ること。
これは難しいです。性格でもありますから。

もしくはストレスを可能な限り受けなくて済む状況に身を置くこと。


これらが正気を保つためにいずれか必要な項目です。


入院に意味があるのは想像がつきますが、やはり費用がかかることを考えると容易ではありません。


ストレスの少ない状態で、可能な限りで良いので何かをコツコツやり、やれた自分を認め、評価し、自信をつけて行くことが大切なのかなと思います。


少しでも良くなって薬を減らさないと、溶け出している肝細胞を止めることはできません。


長い目で見て、今なにが大切か、何が優先されるかを、カウンセラーと精神科医に相談したいと思っています。


皆さま、これからも支えてください。
お願いします。


pencil伽羅moon3

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押し付けない人々

精神のバランスを完全に崩し、夕べはさめざめと泣きました。


泣きながら薬を飲み、また泣いて薬が回り、カウンセラーに「カウンセリングの日まで死なずにいます。」なんてメールをしたせいで、朝、カウンセラーから電話がありました。


「はい。」と出たわたしの第一声を聞いて、電話の向こうから安堵のため息が漏れたのがわかり、申し訳なく感じました。


わたしはのうのうと生きています。


心配してくれたカウンセラー、弁護士Z、気功の先生、友人二人と昨日はいっぱいメールをかわし、それでわたしは泣きながらも何とか決壊しないで済みました。


ありがたい友人知人。
決して押し付けることなく、わたしを大事に思ったり心配したりしてくれていることが本当に嬉しい。


わたしにはともだちがいます。
掛け替えのない友達がいます。


可愛い息子も、幸いなことに両親も健在です。


ありがとうございます。


カウンセリングを27日に受けます。
また今後定期的に受けたいです。


薬だけでは治れないわたしの病を少しでも良くするために。


少しでも良くなる。
それが最優先される日々を迎えられることを願っています。


ワガママかもしれませんが…。


pencil伽羅moon3

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独りであること。

ひとりでいると、わたしに必要なのは、独りで自らを省みることだとわかる。


わたしは…
少しも優しくなんてなくて、ただ嫌われたくなくて、微笑んでいただけだった。


わたしは
恩知らずで、過去の自分の恩知らずさも大嫌いなくせに、やっぱりどうしても恩知らずだ。


わたしは
過去にひどく人を苦しめ、今その応報を受けているのだから、苦しくても仕方がない。


自分のために存在をするということが理解できない。


社会から、他人から評価を受け対価を得ない限り、自己肯定できない。


声をあげて泣こうと思ったけれど、どこにもそんな場所はなく、泣ける胸も失っていた。


だけどね
夫の子供たちを愛おしく思い、それぞれに額は違うけど、働いて得た収入を分けた。
靴を買ってあげられた時、本当に本当に嬉しかった。


これだけはわかって欲しい。


嬉しかった…本当に…。


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逃避

みなさん、沢山のコメントありがとうございます。


今わたしは実家にいます。
母の心臓の手術が済んでから初めての帰省です。
名目は母の顔を見に、だったのですが、気分的には「逃避」してきたような今回の帰省です。


夫に、実家に長く居て療養したらと言われました。

何ならねこを連れて行けばいいと。


犬じゃないんだからとんでもない話ですが(笑)


夫もわたしを疎ましく感じていたところなんでしょう。


逃避して来られる実家があるのは幸せなことです。
母が死ななくて本当に良かったと思います。


でも、一時的な逃避の場所となり得ても、問題は先延ばしにされ、解決はされません。
療養も同じように、元の境遇に戻ればまた同じこと…。


おかしくなったと自覚したわたしに実家が有効だと夫は考えたのかもしれません。


わたしの望みは、満杯になったダムを決壊させずにうまく放水させることです。

そのために必要なのはやはりカウンセリングです。


定期的に予約を取って受けていれば良かったと今更悔やんでも遅いけど、今からでも、すぐにでも受けたい。


そう…
お小遣いを貯めてでも行くべきです。


そうすることにしましょう。これからは。そのほうが気楽ですよね。


明日カウンセラーが連絡をくれます。
なぜわたしは良くならないのか。
うつ病とは名ばかりで、この卑屈なわたしが、わたしの性格なのか…。


皆さんのコメントにはそれぞれ感じ入ります。


男と女の考え方の差もあるし、高卒のわたしと大学院を出た夫とでは論理の構造がすごく違うのでしょう。


言葉に過敏すぎるわたしと、無頓着な夫。


表面しか見ないで結婚したのは事実です。
作り上げていけばいいと思っていました。


でもこんな病気のような性格では難しい…。


もう、グルグルのガタガタの思考回路でめちゃくちゃな記事、すみません。


今朝、わたしは品川駅でガクガク震えていました。

人波がわたしを避けて行きました。


pencil伽羅moon3

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こわれそう。

まっとうな文章書いているように思うし、そう見えるかもしれないけど。

もうそろそろ認めなきゃ。
おかしいよ、わたし。
ダムが満杯だよ。

何かあったら決壊するよ。

もうそこまで、新しい暮らしはやって来てるのに。
精神がおかしいよ?


カウンセリングの予約をしようとしてカウンセラーにメールをして…

そしたら居ても立ってもいられなくなって、カウンセラーに電話をした。
留守電だった。

名乗って
カウンセリングを受けたいので、日にちを…
そこまで吹き込んで泣けて来てしまった。


おかしいと気が付いてからじゃ遅いんだ。
カウンセリングは、おかしくなってからじゃダメなんだ。
受けていないと、保てないんだと今わかった。

だけど、
アパートのことで色々出費が重なり、ねこにだってお金はかかるし、そのうえカウンセリングだなんて、どんだけ金を食うんだ!

夫一人の給料で6人が暮らして、毎月赤字だと言われてるのに、どんだけ消費ばっかするんだ!

何もしないでいて消費ばっかり、そして文句ばっかり。

わたしなんて嫌いだ。
デキるわたしはどこに行っちゃったの?


一人になりたい。
一人にして欲しい。

カウンセラーから折り返し電話がありました。
わたしが電話なんてしたのが初めてだったので、彼は慌てたようです。
わたしは泣いてしまいました。
「今地方なんです! 土曜日に東京に帰りますから、すぐ調整して連絡しますから! 大丈夫ですか? 家の中にいますか?」

カウンセラーは叫んでいました。
ありがとう。必死になってくださって。
わたし、おかしいんです。

必死で踏ん張っているけど、ヒビが入ってきちゃいました。
たすけてください。

                                          pencil伽羅moon3

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メガネをめぐるひとコマ

12月に受けた検診で、視力が以前より落ちてしまっていることが判明しました。

メガネは二つ持っていて、ひとつが1.0くらいに矯正するもの、もうひとつが0.5くらいに矯正するものなんですが、0.5用のをかけても、さっぱり見えなくなっていて用をなさなかったし、1.0用をかけて年末にコンサートに行ったのだけど、いい席だったのにアーティストの顔がさっぱり見えず、もどかしい思いをしました。

なので、メガネを一つ新調して、もう一つは度数を上げよう!と意気込んでいると、夫は「否定してるわけじゃないけどさ、」と、あらゆる言い回しで反対やら否定やらをしました。
2回にわたって。

じゃあ結構よ、自分で買うから。どうせZoffだから高くないし。と思って黙りました。
グダグダ言われて不愉快でしたから。


夫は自己主張の激しい人です。
どんな内容についても知りたがり、自分の意見をいい、そしてわたし(のみならず子供たちに対してもそう。)を自分の意見どおりに動かすべく長々と弁をふるいます。

わたしは、自分の中で考えて、これはこうしようと決めてから夫に話すので、夫が「それよりもこうしたら。」とか「こういう手段もあるよ。」などと言って自分の思うように動かそうとするのを、わたしは「自分を否定され、行動に反対された。」と受け止めます。

そうとしか受け止められないのです。
逆に、どっちでもどれでもいい時は本当にどっちでもいいので、「任せます。」と夫に任せています。

なので、わたしが「こうしようと思う。」と口に出したときには、もう実行することを決めているときなのです

夫は、こうしようか、それともこうだろうか、いやこれもあるな…とあれこれ方策を考え、それを表面に出していく人なので、わたしが既にその段階を自分の中で終了して「こうする。」と口に出しているとは気が付かず、「こういう手もある。」「もっとこうしたら。」と口出しをすることになるのです。


付き合っている時からもちろんそうで、その強引さとしつこさに「あなたは傲慢よ!」と何度も何度も抗議しましたが、物事を考え実行するスタンスというものはお互いに変えられないので、今も衝突します。

けれど今、大抵の場合わたしは黙ります。

自己表現が何もなく、自分の存在を肯定し・誇りに思えることが何一つ無い今、自分の考えを押し通すために論議をする気力を持ち合わせていないのです。

散々に否定されたり反対されてもケロッとしていられるような図太さは、わたしにはありません。


不要・必要だけで、人生は回っているのではありません。
最小限ならこうだけど、心が潤う生活のためにはこうしたい、ってこと、たくさんあるじゃないですか。

でも、わたしはその場では黙ります。
稼いでないのは本当に切ない。
「タウンワーク」をもらってきて、倉庫作業のページに付箋を貼っていたのですが、電話する勇気が出ず、夫も「専業主婦でお願いします。」という意見でした。


いつも眠りにつく時、「もし明日調子が良かったら○○しよう!」と考えながら寝ます。
昨日は起きてここのところでは珍しく調子が良かったので、メガネを作りに出かけました。
もちろん、夫には言わずにです。

一つはレンズ交換を頼み、一つはあたらしく作って、それがブルーががったマットシルバーのフレームで、柄にも意匠があり、とても気に入って満足しています。

よく見えます。
もう掃除していない言い訳を「見えてないからぁー。」とは言えなくなっちゃいました。


物事に対する価値観や、考えていく回路は、人それぞれ違って当たり前です。
違うことが当たり前なのだ、ということを、なんとか夫に認識してもらえないものだろうかと、気に病んでいます。

言葉一つ一つに異常に過敏なわたし。
思いついたままを口にするタイプの夫。

これ、どうしたらいいんでしょうか。


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居ながらにして頓服

耐え切れず今ソラナックスを飲んだところです。
どうして何もしていなくて家にいるのに、こんなに落ち込みざわつくのでしょう?


昨日顔を洗えたことをあんなにお褒めいただいたのに、今日は顔も洗えず着替えることも夫の布団を畳むこともできませんでした。

どう一日を過ごしたのか記憶にすら残っていないようなおぼろげな日。
0点です。
なので頑張ってお風呂に入りました。
自分に20点つけたくて。

そして墜ちました。

お風呂はもともと好きではないのですが、結婚してから特に億劫になっています。
6人家族ですから、順番が来るまで待っていなくてはいけないし、逆に順番が来たらすぐさま入らなくてはなりません。
そしてお風呂でのんびりなんてしてはいけません。

ただ、早く洗ってささっと出る。

必死の思いで入りましたが、無理がたたってこの始末です。
って書くと、どんな大病やねん!とノリツッコミしたくなりますが…。


でも、最初の結婚に比べたら恵まれてます。
最初の結婚は、嫁は家畜扱い(家政婦以下)でしたから、お風呂は一番最後にしか入らせてもらえませんでした。
妊娠中の身で、砂の沈んだお湯に入って、掃除までしなければいけなかったことは、本当に惨めでした。

その時の夫の転勤で東京に来て、オンボロマンションでしたが、好きな時間にお風呂に入ることができ、汗をかいたらシャワーを浴びることもできるようになって、天国だと思ったものです。

そしてその天国がまた手に入ります。
アパートのリフォームは順調に進んでおり、小さなユニットバスも入っていました。
とても嬉しいです。


ねこはとても可愛くて、日に日になついており、辛い日も胸に抱いて寝ることができて幸せです。

こんなに恵まれていて、なんでうつが治らないんだろうと情けなく、うつを抱えて働いている人や、うつ病の配偶者の世話をしている人に対して申し訳ない気分です。


お風呂に入れたし、ねこの爪切りもできたので、墜ちちゃったけれど20点もらっていいですか?

頓服が効いてきて胸の苦しさが楽になってきました。
皆さまのブログめぐりができそうです。

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逆カウントダウン

ここのところのうつ状態から抜けられません。

絞り出そうにも、気力のストックがないので起き上がることすら億劫でしかたありません。

自分と闘います。
…いいよ、このまま布団にいれば。
一食や二食、抜いたって平気だよ、体はたっぷり蓄えてあるよ(無駄な脂肪を)。

でも、また今日もダメダメ人間で終わってしまう後味は嫌だ。
起きよう。まず靴下をはいて、髪を縛って、夫のパジャマを畳んで布団を畳んで……

…挫折。

そしてお昼になってしまい、布団にいながら夫とメールを交わす。
理解しあえないということを理解してほしいわたし。
無茶である。

1時になりメール終了。
ふたたびダメダメ人間と闘う。

何にもしてなくても、申し訳ないことに空腹になっている。
カップ麺を食べてそれで終わりにしちゃうか。
でも、ゴミ箱を見られて食べたことがわかるとまた夫に言われるし…。


起き上がって、髪をしばって、靴下をはいた。
よし、ここまでできたら立ち上がろう。

萎える気持ちに鞭打って立ち上がり、夫のパジャマを畳み、布団をたたみ、タンスのうえにある箱に入って寝ているねこをおろして抱っこした。
眠そうな目をして、でも嫌がるでもなくねこは抱っこされていてくれた。

さて、そしたら、洗面所に行って顔をあらえるか。
この「顔を洗う」は、大事業なのだ。
顔を洗うことと着替えることができたら万々歳なのである。

涙の筋がついた顔をあらい、うがいもした。

…できた。できたようcrying
これでプラス20点くらいのわたしになれた気分。


こんなふうに、必死の思いで逆カウントダウンをするように自分を奮い立たせて起き上がらせるわたし。
今日は20点止まりでいい。これ以上は無理。

ねこが散らかしたところをミニほうき&ちりとりで掃除をした。
…気力終了。


わからないでしょうね。
顔を洗うだけのことでこんなに振り絞っているってこと。

誰のためにもならず、誰も気がつかないことくらいのことしかやれない、やる気の無い、ちっぽけなわたし。

そんな自分を責められやしないかといつもビクビクしています。
理解されなくていい。怒らないでいてくれたらわたしは生きて行けます。


どうか、こんなふうに生きていることを、誰にも責められずに済みますように…。
迷惑がられることなく、生きていけますように…。

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理屈で泣いてるんじゃない

ゆうべ、久しぶりに、声をあげて吐きそうになるまで泣きました。
すこしワメキました。

今朝は疲労で具合が悪く、すっごいブサイクでした。

雨が降ってきました。
今もまだ、泣きたい気持ちは持続しています。



親戚に大きな不幸が起きた時、悲しみながらもわたしは息子に、会いたいとメールをしました。
いいですよ、という丁寧語の返事が来て、土曜日、わたしたちは待ち合わせました。

息子に会えるって、なんて嬉しいことなんでしょう!
わたしはドキドキしながら出かけます。
約束の、ミルクスタンドの前に、息子は立って待っていました。
かわいい。
23歳だしヒゲも生えてるし低い声だし足は28センチだけど、かわいい。

わたしにとってはいつまでたっても、8歳の息子のままなのです。

いいよ、僕はママが居ればいいよ。と離婚に同意してくれた8歳児。
きっとそうなると思ってたから。でもママ、ぼく転校だけはしたくない。
わたしは泣きながら息子を抱きしめて、転校しなくていいように住む所をさがすことと、苗字を変えない事を約束したのでした。

そして15年。
頑張って自炊しながら一人暮らしをしている息子に、聞いてみました。
独り立ちする時期、早すぎなかった?
ううん、ちょうど良かったよ。
息子は事も無げにそう答えました。

そう…。
そうだね。9歳の時には「高校出たら一人で暮らす」って宣言してた子だったものね。
でもママは、もっといっぱい美味しいものや好きなものを作って食べさせたかったよ。
もっと一緒にお笑いやクイズ番組見て笑いあっていたかったよ。
心のなかでそう言いました。


お昼ごはんを外で食べて、デザートを買って、息子の部屋に行きました。
きちんと洗濯もしてあり、トイレも台所も綺麗でした。
二人でDVDを観ました。
息子は自分の座椅子をわたしに貸してくれました。
夜はピザを取って食べました。

もっと居たいけど…帰るね。
そう言うと息子は「駅まで送る。」と言って観ていたテレビを消し、コートを着ました。

息子の腕に絡まりながら、二人で星を探しました。
目の悪い二人には、オリオン座と金星しか見えませんでした。


家に帰って来て、布団にもぐっていたねこを撫でていたら泣けてきました。

悲しいわけじゃない。
辛いわけじゃない。
不満もないし苦しくない。

ただ、息子が愛おしくて切なかった。
子供の頃にしてやれなかったこと、子供の彼にしてもらったことを考えるとたまりませんでした。

今頑張っている息子に、もっと何かしてやりたい。
今からでは遅いかもしれないけど、いっぱい我慢させた分、何かしてやりたい。
夫の力を借りてではなく、自分の手で…。

夫からわたしは、お小遣いをいただいています。
一人での外食や、趣味の小物や、本や、子供たちへのプレゼントや、お友達とのお付き合いに使っています。
でも実際はいつも、その半分以上を息子のために使っています。

もっとしてやりたい。
生活費がなくて貯金を借りて返せなかったときも怒らなかった息子に、償いとしていま何かしてやりたい。

しゃくりあげて泣いていると、新年会から夫が帰宅しました。
「どうしたの。なんで泣いてるの?」


なんで?と言われてもこれと言って理由がなく、答えられずに泣いていました。
ただ息子が愛おしくて切なくて泣いているのです。
健気に耐えていた8歳の男の子を思って泣いているんです。
などと言ってもわかってもらえるはずがありません。

できればただ、抱きしめて泣かせて欲しかった。
うつ病なんですもの、大した理由無く泣くことがありますよ。

けれど夫は何度も「どうしたの。何で泣いているの?」と聞いて来ました。
「…息子が可愛くて…何かもっとしてやりたい…。」
途切れ途切れに、そう答えました。

「それって、僕への不満ってこと?」
思いがけない言葉が返って来ました。


商品券で息子に北京ダックを食べさせて、その一週間後のまだ寝ているときにそれを夫に責められて以来、息子には自分のお小遣いから食べさせたり買ってやったりしています。
でも、それはまったく不満ではありません。
夫にお金を出してもらっていたら、レシートを提出してチェックを受けねばならず、そのストレスを思えば極楽です。

「そうじゃない。不満なんかじゃない。」
泣きながらわたしは答えました。夫はたたみかけてきました。
「じゃあ、キミが働くうんぬんって話? 僕はもともと、キミが働くことを望んでいたでしょ? ただそれが今は無理じゃないかって言っているだけで、働きたいのなら僕は別に…」
「今はそんなことで泣いてるんじゃないの! こんなときに理屈こねまわすの止めてよ!」

喚くようにわたしはさえぎりました。
夫は立ち上がると、無言で荒っぽくドアを閉めて書斎に行ってしまいました。


ちゃんと聞いてよ! 理屈で泣いてるんじゃないのよ、感情が泣いてるのよ!
なんでこんなときに仕事の話なのよ!
うつ病だから大した意味無く泣くことだってあるわよ! 
なんで理解しようとしてくれないの!
問題を解決なんかしてほしくないの! 気持ちをただ理解しようとして欲しいだけなの!

わたしは隣室に行ってしまった夫に向かって喚きました。
そして声を上げて泣きました。
夫は来ませんでした。
吐きそうになるくらいわたしは泣きました。

書きながら今も泣いています。


理解されなくてもいい。
でも、泣いている時に受け止めてもらえず、理屈こねられるのは悲しい。
どんな理由にせよ、そして理由のあるなしにかかわらず、泣いている人は悲しいのです。
  悲しいんだね、切ないんだね。
そう受け止めてもらえたらどんなにか楽になれるでしょう。

でも、イコール夫に不満を持っている、とは違います。


日曜も、夫はわたしの布団を畳み、部屋の掃除をしてくれました。
邪魔にならないよう場所を移動しているわたしに、夫は聞きました。
「キミはなぜ、掃除をしないの?」

「…嫌いだから…。」
わたしは正直に答えました。
時間は毎日たっぷりあるし、動けないくらい具合が悪いのは多くても週に2日くらいだし、部屋の掃除くらいやって当然だから言い逃れはできません。
「嫌いだったらやらなくてもいいわけ? 僕だって別に好きじゃないよ。」
夫はそういい残して出て行きました。

わたしは、何にも出来ないんじゃない。
なんにも、やってないんだ。
役に立たない嫁じゃなくて、役に立とうとしてない嫁なんだ。

夫はわたしにラーメンを作ってくれ、その洗い物もしてくれました。
うつ病に関係なく、わたしは努力と我慢の嫌いなぐうたら女です。


心は生きているよ。
棘があるけど、時々は花も咲くんだよ。
見えていない部分で…。

                                        pencil伽羅moon3


flairおかげさまでこの記事が【第400話】 でございます。ありがとうございます。

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喫茶店が好き。

今日もうつうつとしてなかなか起きられなかったので、無理やり出かける気力を絞り出しました。

久しぶりにひとりでコメダに行って来ました。

空が高く碧くて、そんなに寒くない、いいお天気でした。
空腹で歩いていると、自分がマトモなような気がしてきます。
まるで、朝起きて働きに行っていたころのように錯覚します。

人が働くのは当然のこと。
いまその「当然」が出来なくて、どこに自分があるのかがわからなくて苦しいけれど、平等に青空はありました。



喫茶店やファミレスに、ひとりで行くことが大好きです。

人口比にして喫茶店の数が全国一位という地方に生まれ育ちました。
また、祖母が喫茶店の賄い婦をやっていたこともあって、喫茶店が大好きでした。
社会人になってからは、定時で終われる日があったりすると(定時で帰れることは稀でしたが)、そのまま帰るのがもったいなくて、ひとりで喫茶店に寄ってから帰ったりしたものです。

今は街の喫茶店はドトールやスタバなどに変わり、それも空いているのを見たことがなく、喫茶人口の多さを感じますが、昔ながらのいわゆる「喫茶店」をとても懐かしく思います。

祖母が勤めていた喫茶店は、お城の門を出たところにありました。
半地下一階、地上四階という、立派な喫茶店でした。
半地下はお城のお堀に面し、鯉が泳ぐ姿を間近で見られ、角フロアごとにソファだったり木の椅子だったりと趣が変えられ、最上階にはパイプオルガンが置かれていました。

コーヒーの種類も多く、関西圏なのでミックスジュースもウリで、プリンももちろん店で蒸しており、サンデー・パフェ・アラモードと、子供心がワクワクするような多彩なメニューでした。

生クリームはほろ苦さを感じるほどに濃厚でした。
スパゲティというものを初めて食べたのもその店でした。


祖母がその店を辞めてからも、友達とよく行きました。
店内は上の階に行くほどほの暗くて、大人になった気分がしたものでした。

今はもう、潰れてありません。

濃厚な生クリーム。
とろけないプリン。
ナポリタン。
濃いコーヒー。

そんな喫茶店が無いものかと思います。
だって、いまどきは生クリームはふはふはで、プリンはとろとろで、スパゲティはパスタなんて高級品に変わってしまったんですもの。


コメダは散歩に調度いい距離で、メニューも楽しく、居座ってても平気な雰囲気なので好きです。
今めずらしく翻訳のアメリカンホラーを読んでいまして、家ではさっぱり読む気になれないのですが、今日はコメダでじっくり読んで来ました。


一人を楽しむことができるのは幸せだと思います。
それは多分、孤独じゃないからだと思うからです。


久しぶりに穏やかな半日でした。

                                         pencil伽羅moon3 
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わたしがいない。

コメント読んで、泣けました。

長くわたしを見てくださっているメイトさんたち。
わたしよりわたしを見抜いてくれています。

その通りです。
売り上げを上げて、感謝されて、給料をもらう。そうして自分は社会に存在し店に貢献し、自分で使えるお金が手に入る。
そういうことしか考えていないんですわたし。

売りを立てられなかった日の風当たりの強さとか、クレーム処理を回されてしまう苦痛とか、下品な腹立たしいお客様ににこやかに接するストレスとか、考えられません。思い出せません。

こうして療養していても治らず、焦燥感でおかしくなるのであれば、働いておかしくなっても同じことではないかと思って…。


だって
わたし
なんのために居るんだかときどきこんな風にわからなくなるんですよ。

居ないほうがいいとは考えてないけど。
親より先に死んではいけないし、まだ若い息子のために早く死んではいけないと思うし、妻に先立たれる思いを二度させては夫が可哀相だと思うから生きてるけれど、働かなくて、職業なしで、家事もしてなくて、なにもイベントもなくて、日がな一日ねこを撫でて生きているだけで、それはとても恵まれていて幸福なことなのに、

「デキルわたし」がどこにもいない。

わたしがいてもいなくても世界は回ってゆく。


そんなことないよ、って言ってもらいたくて書いてるんじゃないです。
もう今日は激しくうつ状態で、なにも楽しくなくて何もやりたくなくて、ネットで買い物してみたら楽しいかと思って注文したけど、夫が稼いでくれたお金を使ったことでまた落ち込んで…。


自分がいない。居る感じがしない。その感じが苦しくて辛くてたまらないんです。

あんなに働いてきたのに。
無理をしすぎて壊れたのだけれど、いつも「誇り」を持って働いてきたのに。

今は自分の「誇り」が何一つありません。
存在の意義がわからないのです。


自分を肯定できるものが欲しい。
その思いが、苦しいのです。

                                       pencil伽羅moon3

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クルシイ。

今日ははげしくうつ状態です。

昨日からやる気は失せていましたが、まだ動けていました。
でもゆうべから、わたしは焦燥感に飲み込まれ、今日は体を動かすことさえ億劫です。

     …働きに行きたい。

わたしのようなうつ病は、ただ休んでいても治らないんじゃないか?

好きな仕事なら、働きながら治すという手段はナシではないのでは?

今が店のハイシーズン。行けば少しでも役に立って、感謝されて、存在を認めてもらえるのではないか?


けれど、「腫れ物」であるわたしが復帰して、気を遣わせてしまうことは迷惑だ。
フルに働けなくて、一日数時間・週数日なんてやりかたでは、お客さま管理や在庫管理ができない。
いっそ居ないほうが店は楽だろうか…。

でも絶対に売り上げは伸ばしてあげられる。売る自信はある。
仕事と割り切ってストレスにも耐えられると思う。


でもこんな程度の気持ちで働くなんて、迷惑?
社会人として、無責任?


うつ状態の真っ最中で、冷静な判断ができなくなっているでしょう。
このままだとわたしは明日には病院に行って診断書を書いてもらい、それを持って、店に「また働かせてください。」とお願いに行ってしまいそうな勢いです。


苦しい。
同じ苦しいなら、仕事して疲れて苦しいほうがマシではないの?
シーズンが終わって、また倒れこむように療養するという繰り返しでもいいのではないの?
どうせ薬で治らないのなら…
療養だけで治らないなら…

自分を表現し、役に立ち、認めてもらえる場所を持ちたい。
それは仕事でしかありえない。

にぎやかに人と会うことも望まない。
豪華な食事も望まない。
趣味もない。
わたしはただただ、働いて自分を認められたい。
持っている力を役立てたい。
それによって収入を得られるのなら、それで親孝行したり、子供たちになにかしてあげたりしたい。


わたしという存在がグラグラなんです!
こんな風じゃいけない、この時期にここでぼんやりしてちゃいけない、という焦燥感で体は焦げ付きそうです。

こんなに苦しいのなら、いっそ働いて苦しいほうが、マシなんじゃないの…?
この思いからどうしても抜け出せなくてぐるぐるの今日です。

                                          pencil伽羅moon3

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二つの棺

この三連休は、実家に母の顔を見に行く予定でしたが、親戚に不幸があったため、両親はそちらに行くこととなり、帰省は延期しました。


不幸。
不幸と言うよりは最早凄惨な出来事でした。
聞いたわたしも取り乱したくらいです。

同じ日に、まったく違う事由で、家族のうち二人が亡くなってしまったのです。
一人は明け方に。
一人は夕方…。

座敷に、二つの棺が並ぶことになってしまいました。
二人は、お互いにお互いの死を知ることなく…。


死んでしまった人の無念は言うまでもないにしろ、残された家族の驚愕と嘆きはいかばかりだろうと想像するだけで、わたしは頓服が必要になります。

一人亡くすだけでも悲しく辛く苦しいのに、同じ日に違う理由で違う場所で、二人が亡くなってしまうなんて。

「ドラマじゃないよね? これ、現実?」
知らせを聞いた家族が発した言葉だそうです。


事実は小説より奇なりと言うように、世の中にはとんでもない不幸なことが起きます。
なぜその人たちがそんな苦しみを味わい、足枷を受けなくてはいけないのかと疑問に思うような…。

それが身内に起こったとき、にわかには信じがたく、そして棺を見ていないわたしには、今も信じられません。
信じたくないし信じられないのです。

葬儀には行かなくていいと父に言われました。
わたしに耐えられる葬礼ではないでしょう。


大切な人は、生きていてくれるだけでいい。

わたしは息子にメールをして、週末会う約束を取り付けました。
生きていて、さらに、会うことが出来るのであれば、それが最上の喜びです。

愛する人が生きてくれていることに、感謝をしましょう。
そして、愛してくれているひとのためにも、生きて行きましょう。
どんなわたしでも。

                                         pencil伽羅moon3

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flairたくさんのコメント、本当にありがとうございますweep 
 今回レスすることができませんこと、どうかお許しください。

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騒動の内容

この『銀の靴』というブログは、奇跡と言ってもいいぐらいの気持ちの優しいメイトさんや読者の皆さまによって守っていただいて参りました。

うつ病の真実を書き連ねたブログとして、もっと危険な目にさらされても不思議はなかったわけです。

暖かく見守り、守って来てくださったみなさま、改めてお礼を申し上げます。
ありがとうございます。

わたしはメイトさんたちと共に作り上げてきたこの場所を大切に思っています。
そしてこれからも続けていきたいと思います。
心無い人に荒らされてしまうのは嫌です。

これは反対意見を封じたいということとは違います。

わたしは今まで、わたしを責める意見も削除などすることなく、そのままコメントを公開して来ました。
わたしが自由に書き続ける限り、読む人も、コメントする人もまた、自由であるべきだと考えていたからです。
意見は人それぞれで、違うことが当たり前でもあります。


けれど
今回のこの騒動は、調べた結果、たった一人の人によって起こされたのだということが判明いたしました。
Tさんが「そっちこそ自作自演?」と書いてくださいましたが、調べてみたら本当にそうだったのです。
『義理母がうつ病の娘』さんのコメントは、お名前のないコメントをした方が書かれたものでした。
ほかにも、違う名前で投稿をなさり、【「銀の靴」の批判】という検索もなさっています。


異なる意見は今後も受けさせていただきます。
甘えているわたしを叱るコメントもいただきます。
でも、こんなふうに明らかな「悪意」を持って荒らしをされたことを、わたしは「どうぞ」と言いたくはありません。
わたしの大切な場所を悪意で荒らされたくないからです。


「同じうつ病」という言葉がありますが、どんな病でもその進行や状態、快癒の道は様々で、特にうつ病の症状は十人十色で「こういうものだ」と断定はできないものだと思います。
「同じうつ病」という言葉を、わたしは今後使うことをやめようと思っています。

「違ううつ病」なのです。みんなそれぞれ。

それでいいじゃありませんか。

わたしは、他人を攻撃することで寂しさを紛らわすようにはならないでおきます。
こういう記事も二度と書かないで済むといいなと思っています。


コメントをくださったメイトさん。
心配してくださった読者のみなさま。
コメレスできなくてごめんなさい。本当にありがとうございます。

わたしは弱いままに、ワガママなままに、ここに正直に記事を積み重ねて行こうと思っています。
どうかこれからも、よろしくお願いいたします。

                                        pencil伽羅moon3

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心安らかに…。

なんだかコメント欄がすごいことになっております。


これだけ「忌々しい!」と思いながらもキチンと読んで下さっている方がいらっしゃるのですね。
驚きです。
不愉快でしたら読まずにいる選択もあるでしょうにね。


わたしのブログなので書きたいことを書きます。
不愉快な方はどうぞスルーなさってください。


かといって、特に攻撃されたいわけでもありませんので、少しの間、記事はお休みします。


どちらさまも心安らかに、おやすみなさいませ。

|

「何」でもないわたし。

そもそも、夫婦としての役目を果たせていないことで、わたしは自分の立場を脆くしています。
夫は「我慢している人」であり、わたしは「我慢をさせている、または我慢してもらっている人」であるので、文字で見れば当然我慢をしている人のほうが偉くて、我慢させている人は悪人でしょう。

夫は稼いで来る人で、わたしは消費するだけの人。
夫はわたしの世話をしてくれ、わたしは夫の世話が出来ない。
子供たちにとって母親代わりにもなれないし、お母さまにとっては嫁でもなんでもない。

わたしは、書類上夫の妻として存在させてもらっているだけで、消費するだけの、何にもなれない人間です。

この家には、わたしが居なくて『困る』という人はいません。
情を別にしてしまえば、わたしなんかお荷物です。


同情されたくて書いているのではありません。
おそらく、うつ病で働けなかったり家事が満足に出来ない人であれば、同意することは無いとしても、こういう心情は理解が出来ると思います。

わたしは、非生産な自分が恥ずかしい。
だからいつも、無理をしてでも働いたほうがマシだろうかと悩んでしまうんです。

悩んでるなら働けよ!
そういう声も心のなかにあります。
たとえ治らなくても、この卑屈な自分から少しは抜け出せるんではないか。
娘に靴を買ってやれたときに、あんな幸せだったじゃないか。


躊躇しているのは、肝臓を悪くしていることです。
年末にやった検診でもやはり肝臓は『要治療』でした。

食事のバランスはもちろん、軽度の運動も必要。
そして何よりも、薬の量を減らすことが一番必要なのです。

うつ病の薬を減らすには?

うつ状態が軽くなること。



わたしはテストで証明されたとおり、ストレスに対する『耐性』が飛びぬけて低い人間です。
気が小さくて、すぐに傷つき落ち込み、殻に篭もってしまいます。
非常に情けないタイプの人間なのです。

夫には、結婚前は割と言いたいことが言える相手だと思っていました。
だから結婚に踏み切ったのです。
けれど、当初の思惑と違って、環境の変化によりわたしの薬の量は倍以上に増えることとなり、家事すらやらなくなり、ますます卑屈になって、わたしは夫に言いたいことをそのままぶつけることが出来なくなりました。

どうしても我慢できないことだけ、それも何回か重なってから言うようにしています。

言える立場ではないからです。

家事もしないで消費だけして療養させてもらい、希望通りねこも飼えるようになり、アパートのリフォームは進行中。
ね。言える立場ではないです。


とてもじゃないけどここに書けないような苦しい母子家庭生活を15年送って、息子を独り立ちさせました。
社会人として一人で頑張って生きています。
だから、夫のいない立場がどんなに苦しいか、わかっています。
この環境と境遇は天国です。
だって、食べるに困らないんですもの。

食べるに困るって、わかります?


だから今、文句言ったらバチが当たるんですよね。
感謝だけして生きて行くべき立場なんですよね。
どんな暴言がもしあったとしても、我慢して耐えてやり過ごすべきなんですよね。
だってこんなに恵まれてるんですもの。



…そう割り切れなくて苦しいんです。
されて嫌なことを、嫌だと言ってはいけないですか?
言われて嫌なことを、嫌だと言ってはいけないですか?
かげろうのように、存在を薄くして生きてなくちゃいけないですか?


嫌なことを嫌だと言う、
出来ないことを出来ないと言う、
それが感謝を忘れたことになるのでしょうか。
ならばわたしは一体何のために存在しているのでしょう?
それこそ居てもいなくても何も変わりないじゃないでしょうか。



ねこを羨ましいと思うのは、働かずに寝てばかりいられるからではありません。
媚びることなく、拗ねることなく、自由に気ままに居るのに、いるだけで、見る人の心を安らがせることが可能だからです。

寝ていても可愛い。
遊んでいると、可愛い。
ゴハン食べてる姿も、お水飲んでる姿もかわいい。
口が裂けるくらいにアクビしても、フーッって怒っていても、かわいい。

人は、ねこのようにはなれませんね。
「何か」でないと、意義がないようです。

わたしは
「何」でもありません。

                                        pencil伽羅moon3

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殻にこもって…。

今更何を、なんですが、うつ状態にはどうやら2種類あるようです。
今までは主に、『心に青または黒の尖ったカタマリがあって、それが重くて苦しくてズキズキ痛んで辛い』という症状でした。

今は、『ヘドロの溜まった心に殻が出来て、感情が動かない』という状態です。

辛いのは前者ですが、マズイのは今の状態のほうだと思います。
感情が動かないというのは、恐ろしいことです。

とにかく、人と接したくない。
メールがあって本当にいい世の中です。
何も説明したくないし、そもそも説明すべき何かが見つけられない。
常に脱力し常に怯えている。
何をして欲しいかと問われれば、「何もして欲しくない。」が答え。
別に怒っていないし悲しみもない。
ただし希望も喜びも感じない。

そんな殻に篭もっています。

感情があって、それを小出しながらでも出せているならうつ病でも心配要らないと思います。
でも、今なにも感じなくなって、とはいえ傷つくのは嫌だから回りに殻を作ってあるこの状態は、決壊が起きた時にマズイような気がします。

薬はまだあるけど、病院に行こうかと考えています。
入院をすすめてくれる友人もいます。



年末に、重圧に耐えかねて寝込んだ時、夫に「どうして欲しい?」と質問されました。

理解不能だったことでしょう。
どうせ何もできやしないのに、お母さまや夫がバタバタと年越しとお正月の準備をして下さっている、その空気に寝込んでしまうなんて。

わたしは、こう答えました。

「怒らないでほしい。」


そう…望みは、それ一つだったのです。

こんな時に(こんな時だからこその病なのですが)寝込んでしまい、手伝えないどころか厄介をかけてしまうわたしを、ただ怒らないで欲しい。
それが望みでした。

食事を運んでくれた夫に、「お世話をかけます。」と言ったら、「お世話してます。そう言ってもいいんだよね?」という返事でした。


もう本当に、なんのために嫁に来たんだかわかりません。

わたしが甘かった。全てに対して。
惚れぬいて結婚した奥さんに先立たれた過去を持つ人だから、わたしが病気でも、ただ一緒に居ることが出来るだけで、そう、もっと言えば、妻として存在しているだけで、幸せに思ってくれるはずに違いない…。
わたしはそんなふうに思い上がっていました。
間違っていたことに、いま薄々感づいている気がします。

夫は、要求の多い人でした。
そして、自分を頼り、言う事を聞く弱い女が欲しかったのです。
自分が愛されたい人なのです。

そう言われても、きっと認めることはしないでしょう。
愛しているのではなく、愛されたいだけなのだよ、と…。


ねこに対して、愛情を求め愛情表現を求めている夫を見て、気がついたのです。
ああ、そうだったではないか。
好きになって欲しい・愛して欲しい・手元に来れば守ってあげる、と、わたしも言われていたではないか…。
「愛しているよ。」と同じ分量だけ…。


なんだかもう、疲れてしまって、ご機嫌を取るのも頼み事をするのにも言動に怯えることにも疲れてしまいました。

何にもしてくれなくていい。
こうして生かしておいてくれるだけで充分です。
そして、何にも要求しないで欲しい。応えられないから。


わたしは、例えば、最愛の息子は、この世に生きていてくれたらそれだけで充分です。
それが最も大切なことで、そしてたった一つ望むことなのです。


なんだかもう、疲れてしまいました。
                                            pencil伽羅moon3  

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たまごがたべたい。

やり過ごしたつもりでいたけれど、溜まりに溜まった澱がヘドロのようになって、胸の中に渦巻いています。

たった二駅、4分で大きな駅に着き、そこにはどんなお店もあるのに、体が動かなくてねこと一緒に一日布団で過ごしました。

ときどき抱き寄せて撫でてグルグル言わせたり、あっちが脚の間に移動してきたり、べったりな一日でした。


空腹のまま横になっていると、浅ましいことに食べるもののことばかり考えてしまいます。
焼き豚の端っこの味が濃いところが食べたいとか、たっぷり時間をかけて煮込んだ大根が食べたいとか。
あついほうじ茶が飲みたいとか。

究極食べたいものって、売っているものや外食で賄えるものではないみたいです。


たまごが食べたい。

甘く味付けた卵焼きの、焦げたところが食べたい。


この家は、卵は朝食べるものと決まっているようで、朝ごはんをいただかないわたしは、半年ほとんど卵を食べていません。


なんでしょうね、たまご。
大好物ってわけじゃなかったのに、切ない気持ちです。


ねこは夜中に布団から出て行って、自分でケージに入りました。
けなげで可愛いです。

うつ状態のこんな日も、このコと接していると笑みがこぼれます。
だいぶ、心を開いてくれたようで嬉しいです。


だらだらで失礼しました。

                                        pencil伽羅moon3

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涙の匂い

食事が済んだあと、ケージの中を整え、ごはんやお水も新しくして、ねこをケージに入れました。

夫にやられたらシャクだからです。

ねこは布団から出たくないと、つめを立てて毛布にしがみついていましたが、それを剥がしてケージに入れました。


お風呂から上がってくると、ねこはベッドで丸くなって、上目遣いにわたしを見上げて、
クククッと鳴きました。

ごめんねあんず。出してあげられないよ。
おもちゃもないけど我慢してね。

ねこを撫でているとたまらなく悲しくなってきて、気持ちがぐるぐるになって、わたしはソラナックスを飲みました。

家に居て尚、頓服を飲まなくてはならない悲しさ。
わたしの病気は、治るのでしょうか?


泣きながら撫でていると、目から水を溢れさせているわたしをあんずは不思議そうな顔で見つめました。
指で涙を拭うと、あんずがぐうっと首を伸ばしてきて、その指の匂いをくんくん嗅ぎました。

涙をぬぐうたびに、あんずは匂いを嗅ぐことをくりかえし、不思議そうにわたしを見つめていました。


いいほど撫でて、それからおやつを少しやりました。
無言で向き合い、二人の時間を過ごしました。


あんず。
人は悲しいときや苦しいとき、辛い時、嬉しい時にも、涙っていうお水が溢れるんだよ。

ママはね、お水がちょっと多いの。
どんな匂いだった?あんず。


そろそろ電気暗くするからね。
安心してゴハン食べて、トイレしなさいね。
ママそれを片付けてから、お薬飲むからね。

                                       pencil伽羅moon3

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辻褄が合わない。

残念なことに本日は楽しくない記事です。

どうにもやり過ごすことが出来そうにないので、やはり書きます。

          ******************

わたしは小さいときから、『正義感の強すぎる』子供でした。
もちろん自分だって正しいことばかりしているわけではないのに、『辻褄の合わないこと』が許せないのです。

うつ病になってその傾向はより強くなったかもしれません。

夕べは久しぶりに悔し涙を流しながら寝ました。
そして小さい頃からたくさんこういう気分を味わって来ていて、しかもそれをぶつける相手も居なければ支持してくれる味方もなく、こうして泣き寝入りをして大人になって来たのです。

          ******************

ねこのあんずは、完全に夜行性です。
預かり主さんが連れて来てくれた時にもそう言われました。
わたしのよく知っているねこも、明け方寝て、夕方起きてくるというパターンがほとんどだったので、そんなものだろうと思っていました。

あんずが来た頃、わたしは夜12時までには寝て、7時台には目覚めるという生活パターンが出来ていました。
ところが、ビビリな性格のねこで、わたしたちが寝てからゴハンを食べ、トイレもし、そのあと「しましたけど~。」とミャオミャオ鳴くので、夫が音を上げて、「伽羅さんあんずと夜中まで付き合って。」と言いました。

それで、夫が寝た後、あんずと遊び、トイレも済ませるのを待って掃除して、それから寝るというパターンに変えたのです。


お正月休みが終わり、という昨夜、夫が「あんずの夜行性を直してほしい。」と言い始めました。
ねこは、昼間はわたしの布団にもぐってぬくぬくのびのびと眠り、わたしが掘り起こすまでいつまでもそこにいます。
そして夜、一人で飽くことなくおもちゃで遊び楽しそうに走ったり跳んだりしています。
それがうるさくて、今夜からは仕事に差し障るから躾け直せと言うのです。

夫の案は、『夜はおもちゃを取り上げて、ケージに閉じ込める。』というものでした。
黙って聞いていると夫は、
「キミは別にいいやと思ってるかもしれないけど、キミだっていつまでも働かないで暮らしてるつもりじゃないだろうし、働きに行くようになったらキミが困るんだからね?」
と、まずおかしな説教をしました。

働きたいというわたしを止めて、もうずっと働かなくていいんだよ、と言った人がです。

わたしは病気が良くなれば、復帰したいという考えは持っていますが、それだって、いったいいつのことやら見当もつかない話しです。

わたしはまずここでカチンと来ました。

けれども、夫一人の稼ぎで家族6人が暮らしているこの家庭で、夫の仕事に支障が出てはいけません。
何もしていないわたしが、唯一出来る可能性のある役割は、「夫の仕事に支障を出さないよう努力する。」ことだけなのです。

なので、
「わかりました。あなたのおっしゃるとおりにします。おもちゃ無しで、ケージ閉じ込めでいいですね?」
と承諾しました。


お風呂から上がってくるとねこはまだわたしの布団にもぐっていましたが、わたしはおもちゃを片付け、トイレを掃除し、夜中動き回れなくても寒くないようベッドを整えなおし、食器を洗ってお水とごはんを用意しました。

夫は自分が寝るときに、ねこをわたしの布団から引っ張り出して、自分の布団に入れて眠っていました。


夜中になり、いごごちが良かったのか夫にくっついて寝ていたねこを、そおっと引っ張りだそうとしていると、目を覚ました夫が「何?」と言うので、
「そろそろケージに入れようと思って。」
と答えました。

すると夫はこう言ったのです。

「このままでもいいんじゃない?」


…なんですって?

あんなに偉そうに「キミのためでもある。」と説教しておいて、いざその通りに行動しようとしたわたしに、
「このままでいい」、ですって!?


「そんなの話が違うじゃない!」
わたしはカッとしました。
言われたとおりにしますと承諾して、準備万端整えて迎えに行ったら、入れなくてもいいですと???

あんずはケージに入れると、さんざん毛づくろいをしてからごはんを食べ、水を飲み、それからトイレなのです。
それを掃除してから寝るという時間を計算して連れに行ったのに、わたしのしたことは何だったというのでしょう?
あの偉そうな説教は何だったのでしょう?


夫は酔っ払っている時と眠いときはてんで話にならない人です。
このタイミングでわたしが爆発してもものすごい空振りで終わり怒りは増幅されるだけです。
わたしは、就寝前の薬をガバッと飲んで布団に入りました。
悔し涙があとからあとから流れ出て来ます。

好きにしたらいい。
舌の根も乾かぬうちに、正当な理由もなくもちろん説明もなく、簡単に覆す方針なら、無いほうがいい。
偉そうに説教されてしおらしく従ったわたしがバカだった!


こういう辻褄の合わない人が嫌いです。
しかもそれを正当化すべく「もうすこし深く考えていただければと思います。」などと、慇懃無礼に嫌味ったらしいメールを今朝送って来ました。

夫とは、いつも論点がずれていて話にならない。
こだわる部分が違うのだ。

違いはそれで構わない。
けれど、勝手に方針決めてそれを公言して、守ろうと動いたわたしに対して、それはしなくていいと言い、重ねて、もっと深く考えろとのたまう。

なんなんだ?この人。


わたしにはさっぱり理解できないし、付いても行けない。
コロコロ言うことが変わるのであれば一人でやってくれ。巻き込むのはやめてくれ。
真面目に言う事を聞いて行動したわたしがバカを見ました。

          ******************

悔し涙にくれながら耳だけでねこの様子を感じていました。
夫の布団を出て、自分でケージに入ったらしい。
カリカリとゴハンを食べ、オシッコをして、毛づくろいをして、お水を飲んで、ウンチもした。
片付けて欲しかっただろうに、ミャーオと鳴かなかった。
おもちゃのないケージで、静かに夜が明けるまで過ごし、朝、夫がケージを開けたので、わたしは隠してあったおもちゃをいっぱい出して並べてやりました。

ねこは喜んでドタバタと遊び始めました。

わたしはストレスで出血し(ホルモン剤で止めているにもかかわらず)、お昼過ぎまで起き上がることもできませんでした。


今日からようやく、日常。
ねこは遊び終わると、わたしの布団にもぐりこんできました。

わたしの怒りは収まりません。

                                       pencil伽羅moon3

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女の子のお買い物

今日は長女と買い物に出かけました。
12月に開催した講座に付き合ってくれたお礼にランチでもと、前夜家庭内メールで誘うと、「行きたーい!!」という返事が返って来ました。

この家の子供たちは、「○○食べる?」というように質問すると、「食べたい!」という返事をくれます。
わたしはその返事の仕方がとても好きです。
息子からは、うんとかおおとかいう答えしか聞いたことがなかったわたしには、その能動的な返事がとても新鮮でした。
声のかけ甲斐のある子たちなのです。

次女にも声を掛けたのですが、家に居ることが好きな次女は行かないということで、二人で出かけました。


まずはランチ。
女二人のランチ選びはワクワクです。
飲食店フロアを一通り見て、意見は一致して、洋食のお店に入りました。

喋りながら、ゆっくり食べました。
わたしの食べ残しを、彼女は少し食べてくれました。

そして、エスカレーターを下って、まずリーガルショップに入りました。

一緒に靴を選ぶ…。
これが、結婚したときからのわたしの夢でした。


わたしがこの家に来る直前だったか、来て間もない頃だったかは忘れましたが、就職したての長女が、一足の黒い革靴を大事に履いていて、もう一足欲しいと思っているんだけれど、どういうのがいいかわからないし…と玄関でつぶやいたのです。

いつか、この子と靴を買いに行きたい。
それがささやかな夢の一つだったのです。
母にはなれないしそうと望まれないだろう。けれど、母親と出来なかったことを、一つでもいいから叶えてあげたいと、願っていました。


今履いているのと同じリーガルのもので、違う雰囲気のものをとわたしは思っていました。
幸い、同じ黒の革靴でもガラッと雰囲気の違うものがあって、履いてみるととても似合いました。
「これにしない? すごく似合ってるし、パンツにもスーツにもいけるよ。」
わたしが勧めると彼女はその気になりました。
「買ってあげる。」
言いたかった一言を、とうとうわたしは口にすることが出来ました。

講座でもらった報酬は、自分のためにではなく、家族のために使いたいと思っていました。
息子に誕生会をしてやったように、長女にも何かしてあげたかったのです。

遠慮しながら、はにかみながら、彼女は受け入れ、喜んでくれました。


それから、文具や本を見て、和小物を見て食器を見て、もう一つの目的である彼女のコート選びに取りかかりました。
思い切ってちょっといいものを買おう!と意気込んでいましたが、見て回るうちにどうしても欲しいジャケットに出会ってしまい、それがとても着まわしの利くいいものだったので、それを買った結果、コートは若干ランクダウンすることにしました。

カジュアルなお店に移動して何店舗目かで、わたしの目から見て、これをぜひ着て欲しい!と思うような少し変わったコートを見つけました。
無地がいい、と試着していた彼女に、「ねえ、これ試しに着てみて。」と羽織らせてみると、似合う似合う。

ちょっとレトロな雰囲気と、細かい織り柄がすごく似合っていて、後ろにギャザーがちょっぴり入ってとてもキュートだったのです。
「可愛い~っ!」と思わず叫んでしまいました。
お値段もお手ごろ(しかも30%OFF)だったし、真紅のストールを合わせると、ものすごく垢抜けた印象の女の子になりました。

彼女も気に入って、か、わたしの勢いに圧されてか(笑)、そのコートとストールをお買い上げ。

わたしは、大満足でした。

娘との買い物って、楽しいんだ!!


わたしは、社会人になって車の免許を取ってから、母とときどきショッピングに出かけ、働いていたのだけれどちょこっと何かを買ってもらえると嬉しかった昔を思い出しました。

わたしには母がいます。幸いなことに今回命が助かりました。
けれど、この子は13歳で母を亡くしています。
初めてスーツを買うときも、母親とではなく父親と買い物をしているのです。


わたしはこの子の母ではありません。
食事を作ってあげているのも洗濯をしてあげているのもおばあちゃんであって、わたしは彼女の世話をしていません。

おいしいとこ取りでお母さまには申し訳ないと思うのですが、擬似親子でもいい、わたしはこれからも、娘との甘美な時間を、過ごしていきたいと切に願います。


「楽しかったね。」 
お茶をしながらわたしが言うと、ほほえみながら
「うん、すごく充実したいい休日だった。」
と娘は答えました。


『娘』との時間をありがとう。
わたしは夫に、娘本人に、そして亡くなった先妻さんに心の中でお礼を言いました。
彼女にとって、わたしは母親ではないとしても、
彼女はわたしの娘です。


                                        pencil伽羅moon3
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飲み忘れサイン

うつ病の皆さん、お薬を飲み忘れることってよくありますか?

わたしは飲み忘れは少ないほうだと思いますが、飲み忘れるということは、調子が良かったということなんです。

で、それで話が終わってくれたらいいのですが、残念なことにそうはいかない。

急に様子がおかしくなったり具合が悪くなって、必ず気が付くのです。
そして、あああ、まだ減薬は難しいなと思い、自分が病気であることを、良くも悪くも認めるわけです。

          ******************

大晦日と元旦をほぼ寝たきりで過ごし、正月二日になってようやく動けるようになり、今日は夫と初詣とお墓参りに行きました。

そうすると、調子が良くなったばかりに飲み忘れてしまうのです。
お昼の分を飲み忘れたことに気が付いたのは日が陰る頃で、脳の中で軽く目まいがし始めて気が付いて飲みました。

いつもは8時くらいになる夕飯が、6時くらいだったためタイミングがズレて夕食後の薬も飲み忘れました。
10時を過ぎてからPCや携帯の画面が良く見えなくなってきて、頭痛もしてきてはじめて、あっ飲んでないと気付いたのです。

体の調子を落としてしまってから慌てて飲んでも、容易に回復はしてくれません。
わたしは、今はテレビもほとんどダメで、音楽もダメで、しばらく前から本も読めなくなっているので、PCや携帯の画面が見えなくなるとはてどうしよう、と途方に暮れてしまいます。
つまり『書くこと』を奪われると致命的なんです。

さっきまで仕方なくねこを遊びに誘ってみましたが、彼女まだスイッチが入らない模様で、今やっと毛づくろいが始まったばかりです。

少し薬が効いて来たところで記事を書き始めたというわけです。

          ******************

みなさんは、飲み忘れのサイン、どんなのが来ますか?

わたしはそのときどきによって実に様々なんですが、目まい・耳鳴り・体の痛みなどの身体症状以外に、感情的になるとか、話をされてもさっぱり聞き取れないとか、選ぶことができなくなるとかいう症状で気が付くこともあります。

良かったら教えてください。


さて、にゃんこはそろそろ遊んでくれるかな?

                                        pencil伽羅moon3

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適応障害

あけましておめでとうございますtaurus


30日から調子を悪くしたわたしは、大晦日はほとんど起き上がっていた時間がないくらいに重く寝込み、夕食も夫に運んでもらって一人でいただきました。

そしてわたしにも年は明け、元旦となりました。

何とか起き上がることができ、顔を洗って着替えることができました。
ここまでできれば、あともう一歩。


テーブルが彩られ、客人も到着してから、夫に手を引かれてリビングに上がって行きました。

ほんのひと時、みなさんと食事を共にするだけ。

夫はわたしに精神的負担がかからないような、考えに考え抜かれた席次にしてくれてありました。
わたしは夫と子供たちに囲まれ、おせちをいただくことができました。

新たな客人が増え、小さい子供たちがやって来たのを見て、わたしはそおっと退席し、寝室に戻ってねこを抱き寄せて眠りに堕ちました。


睡眠が足りないわけではありません。
脳の防御本能です。
シャッターをおろして損傷や疲労を防ぐために意識を落とすのです。


うつ病患者にとって、年末年始がこんなに辛いものだとわたしは知らずに来ました。
先だって書いたように、今まで多くの人とは違う過ごし方をしてきたため、気が付かずにいたのです。

これが『適応障害』というものなのではないかと感じました。

どんなにいい人ばかりで、どんなに好意的にしてもらっていても、残念なことに『行事』や『慣習』に適応できないのです。
自分がこれ以上おかしくならないように保つだけが精一杯で、人と接することや一緒に行動することができないのです。
家族としてまたは嫁として、大人として、『こうすべき』 『こうあるべき』という自分になれません。

「ほんのしばらく、演じるだけでいいんだよ。」

夫がそう言いました。
悲しいけれど、演じすぎて生きてきたために精神を壊してしまったわたしには、もう不可能な方針です。
それを理解されていないと辛いことになります。


でも、なにもできないわたしを、お母さまは見ない振りをしてくださり、夫も長女も優しく接してくれました。
何もできないだけならまだしも、面倒や世話を掛けてしまうことがまた苦しいものではありますが…。


元旦という日も、わたしはほとんどの時間、夢と現実が混濁した目まいのような眠りで過ごしました。
夢のなかでもわたしは目まいと耳鳴りに襲われ、階段を逆さまに滑り落ちてゆくシーンで必死にもがきながら目覚めました。

足元にいるねこを抱き寄せて、撫でる…。
暖かくてふわふわした感触に、わたしは自分を取り戻します。


他の方のブログで、年末年始に悪化するうつ病患者さんが多いということも初めて知りました。
きっと『適応』できないことによるものでしょう。
浮かれた正月番組を見る習慣のない夫であることが本当に救いです。

早く、通常の日々になることを望みつつ、苦しかった4年間を思えばきっと今年は良くなるはずだとも思いつつ、初記事をUPします。


みなさま。今年もよろしくお願いいたします。

                                        pencil伽羅moon3

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