« 2008年5月 | トップページ | 2008年7月 »

2008年6月

行って参ります。

flairメイトの皆さん。コメントありがとうございます。レスを返す気力のないわたしを許してくださいね。でも、それぞれのお言葉大事に頂戴して、療養に行って参ります。

月曜の午後、夫が半休を取って実家まで同行してくれます。
一人でも行けそうに思うのですが、薬が変わって体調も不安定だし、精神も揺らぎがちなので、とりあえずは送ってもらうほうが安心ですよね。

さっきもおかしくなりそうだったので、処方からは外されたソラナックスを飲んで、温かいものをお腹に入れました。
薬が効いてダルダルの状態でポツポツ文字を打っています。

携帯からみなさんのブログが読めるように夫に設定してもらったので、実家で読みますね。
何かお言葉を下さる方は、このページへのコメント以外なら、プロフィールページのアドレスにくださいね。


アモキさんとユーパンさんの効果はもう現れています。
朝起きた時にちょっと気持ち悪くて朝食が摂れませんが、副作用には早く慣れるほうみたいな気がするので、大丈夫だと思います。

心配なのは、自分の暴走です。


正気を失うことが怖い、という言葉は何度も使ったことがありますが、今は、意識はありながら自分がとんでもないことをしそうで、怖いです。


夫の苦しみよう・悲しみようは、気の毒なほどで、彼が駄目になってしまいやしないかと、それもとても心配です。
僕が守ります、僕が治しますといい続けて結婚に漕ぎつけたのに、ひと月余りでわたしが崩壊の崖っぷちに立とうとは…。



でも、病気なんだから、ここが病気なんだから仕方ない。誰も悪くないんです。

だけど…いい子ぶって微笑み続けることにはもう、疲れ果てました。


では、また、携帯から更新すると思います。
時々覗いてくださいね。
いつも本当にありがとう。
みんなのことが
だいすきです。

2008.6.30    キャラ姫
moon3

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ 参加いたしております。久しぶりの
          ベストテン入り、嬉しかったです。
          ありがとうございます。
          

| | コメント (7)

『誰も悪くない。』

一ヶ月ぶりに心療内科の診察日です。
電車とバスを乗り継いで、以前住んでいたところからは近かった病院に降り立ちました。


今日は(金曜)天気も良くて、お洗濯もしたし、日傘をさして、しっかりとした足取りで出かけること出来ました。
バッグの中に本を入れたのも、久しぶりのことです。

運よく直通電車が止まっていて(始発駅なので)ゆったり座って本を読みながらの道のりでした。
今日読み始めた本は
『閉鎖病棟』/帚木蓬生
まだイントロ部分で、話が見えません。


病院の階段を登り始めたとき、足元からザワザワが登ってきて全身に鳥肌が立ち、胸のなかにモヤついている物が集合して形を成しました。
真っ黒な塊でした。


ただでは済まないな…。
そう思いながら自動ドアに受け入れられました。


待っている患者さんは誰もいませんでした。
ゆっくり話を聞いてもらえるかもしれない。

でもわたしは、既に
「オカシイ人」になってました。
いつもソファやスツールに座るのに、座れないのです。なぜかはわかりません。
受付に背を向けて、
棒立ちになっていました。

やがて呼ばれて診察室に入り、いつものように先生が
「どうですか。」と聞くと、わたしはどーっと涙を流しました。
「苦しいです…。」
「ほう。どんな感じ。」
「ここんところに黒い塊があって苦しいです。毎日緊張して苦しいです。出かけるのが怖くて悲しいです。」

先生はカルテをめくり、結婚や同居の日付けを確認しつつ、今日は充分に時間を割いて、カルテに
家系図を書き始めました。
他界している夫の父のこと。今も元気な母のこと。夫の兄弟とその仕事や住まいのこと。
夫のこと。他界した先妻さんとの子供3人のこと。それぞれの子供について。
家事をどれくらいやっているか、住んでいる家の様子はどんなかまで、聞いてはカルテに書き込んで行きました。
その間、わたしはずっと泣き続けていました。


「じゃあ、心理テストをやってみよう。今日は2種類あるから外でやってきて。」

わたしはフロアの隅にある、パーティションで仕切られたデスクに座って、テストを2種類やりました。何度かやったテストです。チェックを付けていくたびに、自分の状態が思ったより悪いのだと
自覚しました。

ウソをついてた。自分を騙して来てた。本当は辛かったのに、必死で微笑んでいた…。


呼ばれて診察室に戻ると、先生は少し怒っていました。
「うつ病は、悪化してる。急速に。」
わたしは泣きながらその事実を受け入れました。もう、腑に落ちたからです。
自分で自分を必死に騙していたことを、今素直に認めることが出来たからです。


「結婚して引っ越すだけでも大ごとなのに、こんな大家族で住んでいたとはね。あなたね、このままだと壊れるよ。」
わたしは頷きました。

「手伝う程度とか、お母さんが居ない時には作るけど、って、あなたこれ、家事なんてできるレベルじゃないよ。先生の反対を押し切って結婚したけど、無理なんだよ、あの時の状態では。それだから、こうなった。」

「でも本当にほとんど何もしていなくて、お母さまはとても優しくしてくださって…。」
「してくださって申し訳ないって、あなた思うでしょう! それも駄目なんだよ。」
わたしは声を殺して泣きました。


「あなた、実家はどこ。誰が住んでるの。」
田舎で両親が健在だと答えると、先生はきっぱりと言いました。

「実家に帰りなさい。そして二週間に1回、上京して先生のところに来なさい。薬は変えます。二週間ごとに様子を確認するから。」

わたしは固まりました。
新婚なのに実家に帰る…。
夫がそれをよしとしてくれるだろうか。彼のほうがうつ病になってしまわないだろうか…。

わたしが戸惑っていると、先生はくるりとわたしに向き合って言いました。

「いいかね、これは、医者の命令! ご主人が納得しないなら一人で話を聞きにきたらいい。」
「…はい…。」
「あなたはね、壊れかかっているんだよ。でも先生は、今なら間に合うと思う。だから今回は先生の言う事を聞いて、実家に帰って二週間ごとにここに来なさい。」

「それが出来ないというなら、わたしはあなたの治療は受け付けられない。」
先生は真剣な顔でそう言うと、カルテをまた開いて薬の処方を記入し始めました。

わたしがぐずぐず泣いていると、先生はカルテを閉じて、こう言いました。


「誰も悪くない。あなたは今、病気なんです。病気だから、仕方がないんだよ。」

     ******************

月曜に、わたしは帰省することになりました。
二週間ごとに上京する計算になります。
お母さまには、夕飯のあとお話をして、心から感謝しているのに申し訳ありませんと泣きました。


今、一番苦しんでいるのはです。
わたしのウツは自分が原因だと決めて、苦しんでいます。

医者は
「2ヶ月間、帰省して療養しなさい。」と命令を下してくれました。
大学病院に通っていたら、こんなに真剣に患者と向き合ってくれることなく、ただ薬を増やされただけだったでしょう。
2ヶ月は、長く感じます。でも、これから何十年かの結婚生活・二人の余生のために、今
しなければならないのが、これなのだとわたしは納得しました。
けれど夫がどんな思いでわたしを送り出すかと思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになります。


田舎なのでPCを使える環境にはありませんが、携帯から投稿し、コメントも読んだりレスしたりさせてもらいます。


誰も悪くない。病気だから仕方ないんだ。
わたしは壊れかかっている。今ならそれを止められる。

先生の言葉を胸に、療養に専念したいと思います。


皆さんのブログでよくその名を聞いた、「マイスリー」や「アモキさん」や「ユーパン」がドドーンと追加されました。

本日はとりあえず報告だけ…。
レス出来なくて本当にごめんなさい。いつも励まされ、楽しみにし、笑ったり納得したり、おしえてもらったことは実行してみたりしています。
どうかメイトさんたち、弱いヒメを見捨てないでくださいね…
weepheart04

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ 参加いたしております。

| | コメント (9)

足るを知る。

横着なことに、わたしは朝食にまつわることはすべて義母と夫に任せ、夫が着替えに来た物音で一旦起き、二言三言会話を交わして、行ってらっしゃい、と見送ると、夫の布団を畳んで押入れにしまい、おもむろに二度寝に入ります。

そしてアラームをかけなければ、大体11時くらいに目覚め、障子から洩れる薄明かりや、ムアツふとんのボコボコ感をじっくり味わい、しみじみ幸せに感じます。
恐らく、そうして寝たいだけ寝たあとの目覚めのときが、わたしにはいま最高にしあわせな時間でしょう。

ほとんど出かけることはないので別にいいのですが、着替えて顔を洗うと、「着替えて顔を洗えた」ことを嬉しく思います。

起きぬけは何も食べられないので、充分に水分を取り、洗濯をするときはして、その後は書斎で過ごしています。

昨夜はかなり精神的にキツかったので、お菓子の一気食いなどしてしまい、寝るときも泣きながら寝て、目が覚めた時には体中が痛くて、一日動けないかと思っていたのですが、お昼のメールで夫が「体の痛みは心の痛みなんだよね。起きてみて、雨に濡れた緑でも眺めながら、音楽聴いたりPCやったりすれば?」と提案してくれて、ああ、そうしてみようと起きて、顔を洗って着替えて、古いCDを聴きながらPCでゲームして過ごしているうちに、いつのまにか、インフルエンザ前のような体の痛みが消えていたのです。

好きな音楽を聴いて、ところどころ唄いながらゲームをして、楽しい午後でした。

わたしの好きな音楽は、どう分類したらいいのかわからないけれど…グラムロックとブギーなのかな。幅広いジャンルのCDやレコードを持っていますけど。洋楽邦楽いろいろあります。
でも、心に刻まれているリズム、というのが、誰にでもあるのではないでしょうか。
なぜだかわからないけど、ココントコを聴くと鳥肌が立つとか、一緒に歌わないと気がすまないとか、自分が生まれる前に流行った曲なのに、好きでたまらないとか…

綿々と続く魂の旅の途中で、刻み込まれていくリズムがあるのかもしれません。

うつ病になってから、テレビが耳障りになり、音楽がきけなくなりました。
雨の音が一番好きになりました。
でも、今、音楽を聴く気分になれて、夫がその環境を整えてくれたので、わたしのノートPCでも、いい音でCDが聴けるようになりました。
まだ、キンキンした声の人のは聴けませんが、ここまで回復したんだなあと思います。

ちなみに今日聴いていたのは、アースウィンド&ファイヤーと、芳野藤丸(←この人を知っている人がいたらコメください。)

宵の口は、ちょっと緊張するひと時です。
夕飯の支度を手伝って、たまーに1品作って、みんながバラバラと帰って来ます。

夫が帰って来ることに、わたしは緊張していました。
1時間半の通勤もあっていつも疲れていて、笑顔が全く見られないからです。
夫の機嫌を損ねないようにと、わたしは緊張していたし、夫は結婚しても楽しくないんだ、と思ってしまっていました。

そんな話も昨夜はしたので、今日夫は、頑張って元気良く帰って来て、出迎えたわたしを抱きしめてくれました。
が出ました。

でも、夫のリズムに合わせようとすると、11時には寝なくてはいけません。
わたしは健全ではなくて
イケナイ子なので、夫が寝たあと、ひとりでもう少し、過ごしたいのです。ふう、と肩の力を抜いて、本音を吐けるこのブログに来たいのです。

はて、うつ病は、治りますか?

治るタイプの人と、一生共存していくタイプの人が居るように思えます。
わたしは、共存していくしかないのかもしれません。闘って打ち勝つタイプじゃないので…。

そうして生きて行くなかで、大切なのは「足りるを知る」ことだと思います。
不満や納得がいかないこと、たくさんあっても、それでも生きていける環境にあるのであれば、やはり足りていると満足することをしないと、自分を不幸にしそうです。

憎いなんて言ってごめんね、「Kの脳」。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ 参加しております。

| | コメント (4)

この脳が憎い。

久しぶりにこんな時間まで起きています。
とても寝られる心境ではなかったので、ソラナックスを飲んで、チョコやクッキーをむさぼるように食べて、みんなのブログめぐりをして、やっと
HOMEです。

みんな、わたしの怒りの叫びをよしとして喜んでくれてありがとう。
いま、レスできる心の余裕が無くてごめんなさい。


うつ病のみなさん。
辛い病気ですが、その中でも何が一番辛いと感じますか?


死にたくなってしまうこと・自分の価値が無いとしか考えられなくなってしまうこと。これは、辛いを通り越して恐ろしいことですよね。

働かなければ生きて行けないのに、うつ病のために働くことができず、極貧であったり、または家族に依存するしかない。
これもまた、辛すぎることですよね。


怖くて外に出られない。人に会うことができない。お風呂に入れない。家事がどうしてもできない。大きな声や物音や、光が怖い。
テレビが見られない。新聞が読めない。音楽すら聴けない。
これも、困ったことです。

言われていることが理解できない。道に迷う。咄嗟の判断が出来ずにただうろたえる。
これも、大人として、悲しくなってしまいます。


わたしは…
パニック発作も付いているので、自転車にすら乗れないし歩いていて正面から人が来るとどうしたらいいかわからず、とりあえず止まって固まってますけど(笑)

幸いなことにこんな病状の私をもらってくれた奇特な人がいたので、
現在昼間一人で部屋に居る時は、大変に平和です。シェルターにいる安心感です。
窓から土手の緑を眺め、心地よい風を感じながら、今日は転居ハガキを書いて出しました。
お母さまと一緒に夕飯支度もできました。



夫が帰って来ると、玄関まで出迎えますが、夫はいつも疲れています。
結婚してから彼はずいぶん痩せました。

夕食後話し掛けられて、12時くらいまでいろいろ話していたのですが、そのあとこうして一人にしてもらって…

受け入れましょう・遠回りいたしましょう、なんて書いていた数日前とは、すっかり気分が変わってしまいました。


うつ病って、やっぱり辛いです。
糖尿病や高血圧と同じだと思いなさいと、医者を含めて何人かの人に言われましたが、それは、「薬を飲み続ける」ということに於いて、そう思ったらありふれたことでしょ、という意味なのではないかと思います。

幸い、死にたいと思ったのは1回だけですが、日々の中で、厄介だな・困ったな・嫌だな、と感じるのは、【自分かいかにも卑屈である】と感じる時なんです。



夫は、ただ聞いて欲しくて、気持ちを理解して欲しくて話をしているだけなのに、すべてが----そう、何の話でもその全てが、わたしを批判しているように聞こえてしかたないのです。否定され疎まれている聞こえて仕方ないのです。
そうじゃない、違う、全然違うよ、と夫が否定を繰り返しても、いや、きっと夫はわたしと結婚したことでをしているんだ、わたしが○○していることが気に入らないんだ、きっと彼は全然幸せじゃないんだ…

そんなふうにしか聞こえない、この脳が憎いです。

わたしはほとんど激昂した経験は無く、怒りのあまり思っても居ないことを口に出した経験はありません。冷静に、聞いています。
そして、冷静に【これはわたしが責められているのだ。批判されているのだ。】と、おバカな脳は
反応してしまい、絶対に道を譲ってくれないんです。


どうしてわたしはうつ病を与えられたのだろう?

傲慢だったから?
手帳が約束やスケジュールでいっぱいじゃないと気がすまないタチだったから?
息子を守りながら生き抜いてきた疲れが出たから?

でも、わたしはもともと
卑屈だったのかもしれない。
うつ病は、人格を変えたのではなく、本来のわたしを
むき出にしたのかもしれない。

怒りを感じても、その怒りを爆発させる先がなく、声を殺して泣くだけだった少女時代。



わたしの中にいるもう一人のインナーチャイルドのやよいちゃんは、いつも両手を握っています。握りこぶしをして、その手をだらんと下げています。前髪に隠れて表情は見えたことがありません。

それが多分、本来のわたし…。


素のままのわたしをだして受け止めてもらえばいいと、メイトさんたちにも言ってもらっていますが…。


そんな恐ろしいことは、出来ません。
素のわたしを愛おしいと思う人なんて居るわけがない。
少女時代から、今もずっと、そう思っています。


やよいちゃんは、
出られない。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ 参加いたしております。

| | コメント (2)

もーやだ!

沢山のコメント、喜びの言葉、ありがとうございます。
レスしたいんですが、今日はちょっと叫んでいいですかーっupwardright


もう、いい子ぶるの、疲れたーっsign03

やれるときがあり、頑張ればやれなくはないが、それを当たり前にするなーっimpact
ママでもなければ家政婦でもないっpout

もーうやだ。もういい子ぶらないっimpact

いい子ぶってしまう自分も大嫌いだーっpunch
どうしたらいいのか誰か教えてくれーっsweat02


もうやだ。もう無理sign01 
一番大切なのは、【療養】なんだとわかった。


でも…あんまり愚痴言うと夫が悲しむから…weepheart04

黙ったまま今日は引きこもっているけれど…。
夫。早く帰って来て…
crying


12時間も充分に眠って、でも悪夢にうなされ続けて、ソラナックスのんでも治まらない心の怒りとイライラannoy

どうしたらいいのsign02
誰か教えて
weep

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ 参加しております。

| | コメント (7)

足踏みに遠回り

昨日はカレーを作りました。作れました! 野菜のサラダも作れました!
頑張って早く帰って来てくれた長女と、末っ子と3人の食卓でしたが、美味しいと言ってくれ、末っ子はお代わりして皿2杯食べてくれました。

そして今朝も(多分)全員カレー。

作ったものを食べてもらえる。
それは、精神的に
『受け入れてもらえた』ということだと、わたしは考えています。
だから嬉しいのです。
お代わりしてくれた末っ子が愛おしいのです。

昨日の成功の秘訣は、
【他には何にもしない】

その前日は、洗濯も掃除も買い物も家計簿付けも全部やったので、疲れたのと、「これからも…」というプレッシャーに負けてしまったと思うんです。

だから、昨日はただ、【カレーを作る】だけにしました。
買い物に行かなかったので、残っていた肉3種類(豚ロース薄切り、牛バラ、鶏モモ)がごったと入った変なカレーでしたが、自分でもうまくできたと思いました。
…って、小学生でも作れるがなっpunch

今日は、朝から胸の真ん中に黒いカタマリがいます。
スーパーに行ってきて、ザワザワも連れて帰ってきてしまいましたが、今夜は末っ子と二人の食卓なので、気楽に気楽に…。



わたしの息子は、食事どうしているだろう。
考えると、涙ぐんでしまいます。

そのぶん、この家族においしいもの食べさせてあげよう。
無理してるかもしれないけど、お母さまが遅いときはわたしがなるべくご飯作ろう。



保冷庫が来ました。とってもうれしいです。ありがとう夫heart01
今、中には2種類の味のスポーツドリンクと、自分で作ったお茶が入っています。
とっても便利で気分が楽です。
チョコも入れて、満足満足。


うつ病って、ずいぶんな回り道であり、ペースダウンであり、足踏みでもあるけれど、道は外れて眺めてみないと、どんな道だったのかどんな橋を渡ってきたのかが、見えないんですよね。
それぞれ、立ち止まったり方向転換する
→「再生する」必要がどうしてもあって、この病気になったのではないかと思います。
苦しいけど…わけわかんないけど…とりあえず、選ばれてしまったので、遠回りしながら行くことにします。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ 参加いたしております。

| | コメント (9)

黒い槍

昨日、夕飯支度できました。
味付けも、大丈夫だったようですし、お義母さまも「楽ができたわ。」と喜んでくださいました。

でも…潰れました。

寝る前にドレッサーの前で薬を飲む準備をしていたとき、急に足元から這い上がってきて、それは黒い槍のようになってからだの中央を突き刺して行きました。
頑張れた充足感に浸っていたはずなのにどうして?
夫も充分ねぎらってくれてお土産まで買って来て感謝してくれたのにどうして?

慌てて薬と、ソラナックスも飲んで、布団に入りました。
先に寝付いていた夫が気配に気がついて、手を伸ばしてきたので、わたしはその手を握り、腕を手繰って夫の布団にもぐりこみました。

「どうした?」
「…発作が出そう。」
夫は抱きしめてくれました。
「原因は? 自分でわかる? それともわからない?」
「…多分…今日は頑張りすぎた…。」
「うん、よくやってくれたね、ありがとう。」
「うん…。それと…次からもまた、って期待が、すごく苦しいの…。」
わたしは話しながら自分の弱さ気がついていきました。

昨日は少し早めに起きたので、洗濯をし、掃除をし、洗濯物を干してから、スーパーに出かけました。
スーパーに行くのは初めてです。夫が作ってくれた周辺
お店マップを持って徒歩で行きます。自転車さえ覚束ないわたしには唯一の手段です。

10分ほどの道のりですが、途中角にあるパン屋さんに寄ったときに道を間違えました。
歩いても歩いてもスーパーに辿り着きません。
仕方なくパン屋さんまで戻って仕切りなおすと、スーパーはすぐに見つかりました。

ほんの少しの野菜と加工品を買って、レジに行くと、一個しか買ってないものを二個打たれて合計を出されました。
そう指摘すると、レジのお姉さんは「ええ?」と言ってカゴのなかを見て、レシートを丸め捨てると、「じゃも1回やっていいっすか。」と不機嫌に打ち直し始めました。
わたしはレジを信用していないので、いつも目を皿のようにして見ています。

来た道をまたトボトボと歩いて帰宅して、買ったパンを食べ、洗濯物を畳んで居る時、急にどうしようもない脱力感に襲われました。
わたしは畳のうえに突っ伏しました。

こらこら、ここで倒れてどうする、メインイベントは今からなんだぞ…。

15分ほど休んでみましたが、回復しません。
ドリンク剤を飲んで、わたしは台所に上がってゆきました。

お米を研いでセットして、開始。
メニューはごく簡単なものにしました。
けれど、如何せん6人分というのが、想像できない。
鍋いっぱいに煮物を作って、これで多いのだろうか、それとも足りないのだろうかがわからないのです。

やがて母が帰宅し、用意してあったお風呂に入って、「ああ、今日は楽させてもらってるわ」とご機嫌でした。
大したことをしていないのに、わたしはいろんな汗でダクダクです。
長女が帰り、末っ子が帰り、夫が帰宅して、5人での食卓となることになりました。

その前に、「家計簿つけた?」と母に聞かれ、まだだというと、PCでの家計簿の付け方を教えてくれ、ついでにスーパーのポイントカードも渡されました。

今週はほとんど留守だし、これからも週一回くらい、こんな日があるといいわねえ。
お母さまはにこやかにそうおっしゃいました。

食事は好評で、末っ子などはおかずをバクバク先に食べてしまい、ふと気がついたら山盛りのごはんを手に持ったままでした。

そうか、あの量でも足りないのか…。

夫は、初めて食べたわたしの手料理にとても嬉しそうにしてくれました。
薄味好きの長女に対しても、問題なかったようでした。

洗い物は長女がしてくれました。
わたしは夫に髪を洗ってもらい、さて、明日の献立はどうしたらいいのだろう、と考えたりしながら髪を乾かして、寝ようとしたときの「黒い槍」でした。

夫の胸のなかでひとしきり泣きました。
やれるかどうか、その日にならないとわからない。
スーパーに行って、家計簿もつけて(品目まで詳しく書いてお金もきっちり合っているかを毎日合わせます)、料理つくって…。
今日は出来たけど、明日のことはもうわからない。
週に1回くらいって、期待されても、約束した日にやれるかどうかわからない。
ソラナックス飲んで、ドリンク剤飲んで頑張れば
、きっとやれるとは思うけど…。

でも、ごめん、弱くてごめん。期待が重いと潰れちゃう気がするの…。

夫は、いい提案をしてくれました。
「じゃあ、あすはカレーにしたら。カレーだけでいいよ。何にも凝らなくていいし、サイドメニューもいらない。そして、それも難しかったら、ご飯だけ炊いて、レトルトのカレーにしたらいい。それで充分だから。母には朝そう話しておくから。」

なんて役立たずな面倒な嫁でしょう。
だから今日は、洗濯も掃除もしないで、ただカレーを作ります。

さっき、リビングに上がっていくと、こんな置手紙がありました。
〔昨日はご苦労様でした。今日も大変ですのでお米はもうタイマーで仕掛けてあります。帰る前にメール入れます。間に合えば私が支度しますから、気持ちを楽に持ってください。〕

わたしは今日、どうしたってカレーをつくります。お母さまに喜んでいただくためにも。

黒い槍の傷痕は、まだズキズキします。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ 参加いたしております。

| | コメント (4)

まだ怖いけど。

土曜日はほとんど寝たきりだったのですが、夫と距離が縮まった日曜は、外出してイタリアンの店に行ったり、注文しておいたお祝い返し用の品物が届いたのを包装したりしながら、穏やかに過ぎていきました。

月曜日はまたダウン。横着なことに夫を送り出したあとまた眠るのですが、数々の悪夢にうなされて、昼過ぎにぐったりと起床。

少々用事や作業をこなし、ああそうだとふと思い立って、実家に電話。
母と父に、自分がいかに良くして貰っており幸せな状態であるかをそれぞれおもしろおかしく説明。

電話を切ったあと、どういうわけか、突然の脱力感に襲われ、起きていられなくなって、さっき畳んだばかりの布団を引っ張り出して、わたしは毛布にくるまりました。
外は真夏の暑さだというのに…。

それから眠りに堕ちて、夫からのメールにも気がつかず、夜まで眠り続けていました。

夫はメールに返信が無いことを心配しながら急いで帰宅して、眠り込んでいるわたしを発見したわけですが、「どうした? どこが辛い? 心だろ? 体じゃないんだろ?」と聞かれても、すぐにはわかりませんでした。
六星占術の
「停止」という日にわたしはよく寝込むので、おそらく今日はその日なのではないかと思って調べると、やはりそうでしたが、それ以外にも何か心にもやもやと居つく疲労感がありました。

どうして寝込みたくなったの?と、聞かれて、ふとわたしは思い当たりました。
「…もう、いいこちゃんぶることに、疲れた。ボロが出そうだよ…。」

いい家族です、本当に。みんな可愛い。そして素晴らしいお母さまです。
でも、引っ越して来てから一ヶ月、そろそろ微笑んでいることにも疲れが出てきたし、特に実家の両親に、とても恵まれているとアピールしたせいか、がっくりそこで力が抜けてしまったようなんです。

「夕飯の手伝いに、今日も上がって行けなかった…。」
いいんだよ、出来る時だけで、と夫は言ってくれますが、わたしが曲がりなりにも手伝った日はお義母さまの機嫌は明らかにいい。大して手伝えず、側に居るだけなのだけれど…。

でも、今日は誰とも喋りたくない、脱力感で立っているのもきつく、もちろん食に対しての意欲は全く無い…。
息子と二人の時、わたしのウツ状態がひどく、何日も買い物に出られない時があり、缶詰も乾物も麺も粉も、全部使い果たした時期がありました。
それでも相手は息子だから、無口な相手に喋る必要もなく、何とか一食こしらえればやりすごせる生活を送っていました。

もう、微笑んで立っていることすら苦痛。そんなうつ病の本体が、徐々に現れだしたような気がします。

今日は夫に頼まれていた用事をこなしに銀行へ。
大丈夫、この間よりずっと簡単な作業だから。

…そう言い聞かせても、ザワザワが足元から這い上がってきて、心臓がバクバクします。
このあと電車に乗って、ちょっぴり豪華にお一人さまランチをしようと企んでいたので、仕方なくソラナックスを飲みました。

外出は、やっぱりまだ怖い。

帰りにおじいちゃん先生の泌尿器科に寄り、3日で症状が軽くなったと報告したら、薬の効きが悪いのでもう4日分飲みましょうとのこと。

わたしに今、一番必要なことって何でしょう?
充分ゆっくりさせてもらっているし、夫との仲も修復されたし、保冷庫も買ってもらったし…(入荷待ち)

どうしたら、元気な日のほうが増やせるのかなあ。
今はカウンセリングも気功にも行けてないのだけれど、必要かなあ…。

お一人さまランチは、とってもおいしかったですhappy01
夫が読んでいるので内容・お値段等は書けません(笑)

明日からお義母さまの帰りが遅い日が続くので、いよいよわたしがご飯つくり…。
緊張しています
coldsweats01

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ 参加いたしております。

| | コメント (7)

怒りすら判らない。

金曜の夕方、泌尿器科から帰宅して夫にメールを打ちながら、大泣きしたわたし。
せっかく楽しみにしてたライブに行ったのに、そんなののしるようなメールを受けて、きっと楽しめずに帰って来るだろうな…と思いつつ、もう感情は止めようがありませんでした。

「食事、できますか? 大丈夫?」とお義母さまから声がかかり、わたしは泣きながらリビングに上がってゆきました。
しゃくりあげながら、それでもご飯は頂いて、横になろうとすぐ階下に下りてきました。

ブログを読んでくれた弁護士友からメールがあり、慰めてくれると同時に、「びくびくしながら暮らす必要ないよ。望まれて結婚したんだし、アンタは病気なんだし、しかも怒ってるんだからね!」という言葉が届きました。

…怒ってる…?
わたし、怒っているの?
悲しくて泣いているのではなくて、怒っているのか…。

そうかもしれない。
そして、ただ微笑みながら、そしてため息をつきながら暮らしてきたこの一ヶ月、わたしは実は怒っていて、それにいつものようにフタをして、単に
「悲しい」としか表現できずに、自分も苛立っていたのかもしれない。

自分が寂しいのかしんどいのか、悲しいのか怒っているのかすら、分からなくなっているようです。

夫は夫で、仕事に行きながら、新しい生活のために家庭内で必死に動いており、わたしは家の習慣や家族に慣れることで精一杯の気力を使い果たしており、夫が帰宅する頃にはもう、夫の要求に応えられなくなっていました。
楽しみに帰って来ても、わたしはきっと疲れた顔をしていて、夫よりも母の話を多く聞くようにしてもおり、要求を満たされない夫もイラ
ついていたのかもしれません。

けれど、わたしの膀胱炎は、たまたま菌が侵入してなったわけではないと思うのです。
ストレスが免疫を弱らせ、そこに菌は付け入るわけですが、やはり仮面うつの症状で、
悲鳴をあげているのだとしか考えられませんでした。
それに対して、心配しているふうでもなかった夫に、わたしは怒
っていたのかもしれません。


夫が帰宅する前に、寝てしまおう。お腹も痛いし熱っぽいし、話し合いをする気力は残っていない。
汗拭きシートで体を拭いて、着替えて、パキシルも睡眠薬も膀胱炎の薬も、ついでに痛み止めのロキソニンまで探してきて飲んで、わたしは二人分の布団を敷いて、横になりました。

ウトウトしかかったころ、夫が帰宅して部屋に入ってきた気配がし、目を開けようとすれば開けられましたが、そのまま寝ていました。
ただいま。と呟いて、わたしの枕元になにやらガサっと袋を置いて、お風呂に行ったようでした。


数時間して、夫が隣りに横たわり寝息を立て始めたとき、急激な腹痛と吐き気に襲われました。
唸って体を丸めていると夫が気付いて抱き起こしてくれ
「どうした。どうしてあげればいい?」と聞いたので、「お腹痛い。吐きそう。」と言うと、両脇を抱えてトイレに連れて行ってくれました。

吐き気と腹痛は数分間で治まり、また夫に支えられて布団に戻り、わたしは眠りに落ちました。



早朝。夫の目覚めた気配で眼を覚まし、わたしは手を伸ばしました。
「どうしてほしい?」
夫は優しい声で聞いて来ました。本当に久しぶりに聞く、優しい声でした。

「…抱っこ…。」

夫はすぐにわたしの隣に来て、腕を首の下に差し入れて、しっかりと抱きしめてくれました。
「痛くない? 吐き気は?」
「ない。」
「……ごめんね。」
「何について?」
「いろいろ。いろんなこと。ごめんね。」
夫はわたしを抱きしめながら謝りました。
「キミが家族からどう見られるのか、どう評価されるのか、そればっかりが心配で、肝心のキミを見ていなかった気がする。」
「…うん。」
「ごめんね…。」

しばらく抱きしめられたままわたしはまた眠って、夫は起きたようでした。

わたしは時々トイレに行く以外は、ウトウトと眠り続け、末っ子の保護者会に行った夫からの「終わって帰ります。」というメールを受け取った時には、血尿は止まっていました。
夫は、
ヨドバシカメラに寄って帰ります、と追ってメールを寄越しました。


うつ病になってからもそうでしたし、うつ病であると診断されて抗鬱薬を飲むようになってからは特に、わたしは
異常に水分を欲しがります。手元にないと怖くて出かけられないくらい水分にこだわります。
気兼ねなく自由に冷えた飲料を口に出来るよう、保冷庫を階下に置いて欲しいと結婚する前に頼んだのですが、それは敢え無く却下されました。


お茶もペットボトルのものを買うことは許されず、やがてアクエリアスもペットボトルではなく、PVの安い粉状のものでその都度作ることになりました。
わたしは料理に立ち入っていないので、
2階台所の冷蔵庫に勝手に物を入れたりすることはどうしてもはばかられます。管理をしているのはお義母さんなのですから。

なので、水筒に氷と水を入れて飲んだり、気持ちにゆとりのあるときは熱いお茶をいれて、氷で冷やして飲んだりしていました。

わたしの膀胱は、じわじわと締め付けられていく飲料事情に怒ったのかもしれません。水分が足りていれば、膀胱炎はおきにくいわけですから。

夫が
ヨドバシに寄るとメールしてきた時、わたしはその真意にすでに気がついていました。


夫は
保冷庫を買ってくれました。


夫は駄々っ子です。でもわたしの脳も完璧におこちゃまです。
甘えたいどうしが結婚したのです。
これから一緒に成長していくしかないのでしょう。
20年後にはいい夫婦になっていることを期待して…
gemini

(ちなみに、わたしの枕元にガサッと置かれたのは、お土産の「わらびもち」でした。)

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ 参加いたしております。

| | コメント (5)

泣きたいだけ泣こう。

発作が出そうになったり、出てしまったりすると、頓服としてソラナックスを飲みます。
頓服なので、毎日飲む量は処方されません。
けれど、いつからか…やっぱり引っ越して来てからかな。

飲まない日のほうが少ないです。


ところで、膀胱炎になってしまいました。

仮面うつ時代、なったことがあります。
いいえ、18歳で働き出してから、何度もなったことがあります。
残業ばかりで、ひどくストレスが溜まっていたときでした。
病院に行く時間すらなく、閉まりかけた薬局に飛び込んで、症状を話すと、薬局のおばちゃんが
「まあ、かわいそうに…疲れてるのね。」と言って薬を売ってくれました。

わたしは泣きながら帰りました。
そういえば、働いていることをねぎらってもらったことなど一度も無かった。

お疲れさま言ってもらったことなんか無かった。
残業続きで帰ると、母がふくれっつらをして夕飯を待っており、遅いと怒られました。
仕事がキツイと漏らそうものなら
「わたしのほうがよっぽどキツイわ!」と言われ、愚痴をこぼす相手も居なかったのです。
当時、友達は全員、大学生でした。



体の痛みは、心の悲鳴なんだ…。
今朝の血尿を見て、わたしは夫にメールを入れました。
膀胱炎みたい、と。
夫からは
「医者行ってみたら? 僕はこれからみんなと食事に出ます。」と返事が来ました。

区の医療冊子を頼りに、歩いて行けるところで探しました。
一軒目は、泌尿器科は閉じたとのこと。
もう一軒見つけて電話すると、おじいさんが出て、午後もやってるからいらっしゃい、と言ってくれました。それが先生でした。

昼過ぎに帰って来たお義母さまは、わたしの分もパンを買って来てくれていました。
一緒に食べながら、いきさつを話して後で病院に行くと告げると、こう言いました。

「どんな病気でもね、環境が良くて気を遣わなくて、のんびりしないと治らないのよね。あなた、そんなに気を遣って暮らさなくていいのに。」
「いえ、全然気なんて遣ってません。全部お義母さまに頼っててすみません。」
「いいえ、わかってますよ。気を遣っていることぐらい。何にも考えないで、のんびりしなさいな。そうしたらきっと、少しづつ良くなるから。」

本当にこの母には頭があがりません。ありがたくて幸せです。


夕方近くに歩いて調べた医院に向かいました。直線でしたが、少し距離がありました。
子供の頃、風邪をひくと行っていたような、古い、小さい医院でした。

誰もいない医院は、受付と薬をおばあさんが、そして診療は80歳のおじいさん先生がしてくださいました。
紙コップに採った尿は
赤褐色になっていました。

「何か、我慢してないかな。ストレスはないですか?」
聞かれて、思わず
が込み上げました。わたしは、おそらく、まだ自分でわかっていないストレスを抱えてすごく苦しいようなのです。でもその正体がわからず、うつうつとした日々を送っていました。
「たかが膀胱炎だって、安易に見ちゃいけないよ。ストレスで免疫力が落ちているところに、ひょいっと菌は入り込むんだ。膀胱で済めばいいけれど、腎臓の病気が隠れていたらいけないし、血尿だから検査に出しますよ。」
おじいさん先生は、色んな話をしてくれました。

「薬は菌をやっつけるのに必要だからね、処方するけれど、どんな病気でも、薬は治してくれない。自分が治すんだよ。そのためには、充分に養生することと。それとこの病気の場合は水分をいっぱい摂ってね。そして、最低4日間は安静にしていなさい。薬で一時的に症状が軽くなっても、体は弱っていて菌はまだ居るのだから、薬を飲んでおとなしくしているんだよ。できるかな?」
家事のほとんどを義母にやってもらっているわたしには、毎日が療養ですから、それはありがたいことに可能です。

ただ、明日、息子と二人でランチをする約束をしていたのをキャンセルするのが辛いです。愛しいかわいい息子…。

歩いて岐路につきながら、わたしは泣きました。

悲しい。
ゆうべ夫に、
「土曜日息子とランチする。」と話したら、「僕がお祝い返しを見に行こうって誘ったのは断ったのに、息子くんとは会うんだ?」と言われたのです。
「土曜日の混んだデパートに行くのが嫌だからと断ったのよ。平日にわたし一人で行けるし。息子とは、いつものところでね、で済むような慣れたところでランチするだけだもの。あなたが居ない土日じゃないと出かけ辛いから決めたのよ。」
夫は、渋々納得したようですが、快く思っていないことはありありとわかっていました。

悲しい。息子に会えない。もうずっと、二人では会っていない。

悲しい。自分の中で何を我慢して何がストレスなんだかを把握できず、毎日ため息をついて暮らしているわたし。


帰宅してお義母さまに報告し、洗濯物を取り込んで、夫に報告メールを打っているうちに、また泣けてきました。

声を上げてわたしは泣きました。
ソラナックスを飲まずに、泣きたいだけ泣きました。
薬で感情を抑えないで、こうして
心のままに泣くことが、時には必要なのだと感じました。

そして泣きながら夫に、理解されておらず寄り沿う心の優しさを感じないと思っていること・責められているように感じてしまい辛いこと・口調を優しくして欲しいことなどをメールしてしまいました。

今夜夫は楽しみにしていたライブに行っているのに、その前に最悪なメールをしました。


でも…泣きたいときは、泣いていいよね。
わたしは今、泣き疲れてぐったりしています。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ 参加しております。

| | コメント (7)

行けたよ。

うじうじ悩んでいたのだが、電車に乗って美容院に行くことにした!

医療費は家計から出してもらっているが、美容院代は出してもらいにくい。
なぜなら「生活において絶対に必要」ではないからだ。
伸びっぱなしだろうが白髪が目立とうが、生きて行くにも暮らして行くにも支障はないからだ。

髪は夫が洗ってくれる。
そうでなければわたしは我慢できないほど酷い状態になるまで洗わないし、髪が汚いせいで、誰かに会うことはおろか、外出さえしなくなる。

女性にとって、髪を綺麗に整えることは、心に潤いと安定をもたらすものだ。
だから、自分のお小遣いで行くことにした。

地図とクーポンをプリントしてもらったのを持って、初めて一人で最寄り駅まで行き、電車に間違えずにのって、大きな駅に到着。
ベッカーズに入って、久しぶりに一人での外食をした。

一人ランチが大好きだったわたし。

やっぱり、ささやかに楽しい時間だった。

時間を見て、初めての美容院へ…。
地図を見ながら一人で行けた。うれしい。

そして本日担当してくださったのは、理想的な美容師さんだった!

男性であること。世間話をしないこと。自分の好みを押し付けないこと。プライベートなことを質問しないこと。声が低くて静かなこと。そして、仕事が丁寧なこと。

初めて行ってこの人に当たってラッキー。
「無職家事ちょっと手伝い」の身分のわたしには贅沢かもしれないが、心の平和のためには必要な出費と考えて、また来ようと決めた。

「手入れしなさ過ぎて、余りにもひどいですよ…。」と、遠慮がちに言われたので(確かにわたしには髪を梳かすという習慣すら無い)帰りにヘアクリームを買って、お母さまにお土産を買って、帰宅しました。

あしたは(日付け変わって今日だ)イトコとファミレスランチです。
おやすみなさい
moon3

| | コメント (7)

吐き出す相手

cloverまきのすけさん、appleHitomi*さん。ありがとう。
信頼できる人に吐き出すのが一番いいのだと、わたしも思うんです。
そしてそれが夫であれば最高に幸せなんだと、思っています。


昨夜は、ほかの些細なことで悲しんで泣いている最中に、「そんなの傷つくほどのことじゃない。」と言われ、それは本当にそうなんだけど、その通りなんだけど、悲しくなってしまうのはコントロール出来ないじゃないですか。
その次に、
「キミのシャワーの使い方が気に入らない。それだからキミのところの水道代は高かったんだ。」と言われ、以前お義母さまと夫が、「水道代が上がった」と話しているのが聞こえたのを思い出し、全部自分がここに来たせいでお金がかかると言われたような被害妄想に陥りました。

「あなたが言うことはいつも正しいと思うよ。でも、なにも今悲しくて泣いているときに、わざわざ言わなくてもいいじゃない? タイミングとか言葉って、いつでも選べるんじゃない?」
そうやっとのことで反論しました。

「そうかな。別にそんなことないよ。いつ言ったって同じだよ。」


わたしは、水が怖いです。顔が濡れるということがとても怖いです。
だから、顔を洗わなくていいものなら、ずっと洗いたくないです。髪を洗うのだって決死の覚悟です。

なので、食器を洗う時・歯磨きをする時は、きちんと節水ができます。
でも、顔が泡だらけの時にシャワー出ていないと、怖くてたまらないのです。
苦しくなったらすぐに洗い流せるように、と、顔を洗う時に限って、わたしがシャワーを出しっぱなしにします。


それが水道代が上がったという事実に、恐らくは直結なのでしょう。
洗濯だって、お義母さまは「一緒にやってあげるわよ」と言ってくださいますが、そんな恐れ多いことはお願いできません。なので、夫とわたしのものや、1階の自分たちの使うタオルやマット類は、わたしが洗います。

それも水道代が上がる理由でしょう。

一日中家にいればトイレにだって何回も入ります。
それも一つの要因でしょう。

夫は洗い物のときには水を出しっぱなしにして洗い、浴槽のお湯は、激減が目に見えるほど汲んで体にかけまくります。
それはどうやら、いいみたいなんです。

夫婦って、何年ぐらいたったら、諦めあえるのでしょうね。
二人暮らしならば話し合って譲歩したり歩み寄ったりしながらルールを作り上げていくのでしょうが、既存の家庭に入ったわたしは、やはり郷に入りては郷に従え、が一番問題がないです。
たしかにこちらの家庭はとても合理的で、見習うことや素直に従うことがいっぱいあります。


本当なら夫に言うのが一番なんですが、わたしが墜ちてしまうのは、大抵が夫の言葉によってなのです。
それくらい頼りにしているので、言われたことがコタエテしまうんですよね…。

昨夜はご飯前に二人でお風呂に入ったときにそのやり取りだったので、上がった後わたしは墜ちてしまい、ソラナックスを飲んで効いて来るまで食事に上がって行けませんでした。
夫とは一言も喋らずにお互いの時間に寝ました。


今日も気分は上がってきません。
不満があるわけでもなく、守ってもらい、生かしてもらっていることは、感謝すべきことであり、その気持ちは常にあります。
でも、悲しい日は健常な人よりはるかに多く、そのアンテナは、ハリセンボンのようにいっぱい立っているのです。
「なにようっ!」って口とんがらせて反論することもできないし、論理的に説き伏せることも不可能。ただ悲しさを、内側に閉じ込めて沈殿させてゆくだけ。

壊れそうになったら、わたしは壊れた姿を見せる前に、逃亡するのでは…などと考えてみたり。


2008_65_my_room_012 この時期、みなさん調子悪いですか?2008_65_my_room_013 

→優しい夫が、ハゲハゲだったマウスを買い換えてくれましたconfident
動きも滑らかで反応も早く、とっても嬉しいです
shine
会社の帰りによく珍しいチョコなどを買って来てくれますtulip
楽しみに帰って来てくれるのに、充分にコミュニケーションがとれず、吐き出すのも他の人のことではないので、やはり躊躇します。
なのでいつもブログに書いては、読んだ夫に嫌な思いをさせてしまいます。

でも…吐き出せる場所は、今はここです。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ

| | コメント (8)

軽くもないし簡単でもない。

金曜日、口座を開設するために駅近くの銀行に一人で行きました。
郵便局でパニックを起こしそうになったけど、今日はきっと大丈夫。
夫に教えてもらって、あらかじめ申込用紙に記入してきてあるもーん。
それと、免許書と印鑑出せば、ババッと通帳が手元にやってくるはずなのだ。

ところが、しばらく順番待ちのあと窓口で用紙を提出すると、
「これはメールオーダー用なので、窓口では使えません。用紙を書き直していただきます。」


がび~ん。
書き直せないsweat01 まるで理解できないから教わって書いて持ってきたのだ!
「内容はこれと全く同じでいいので、書き換えてもらえませんか?」
「はい、でも○○○クラブにご入会はどうされますか? あ、その間に免許書お預かりしますね。コピー撮らせていただいていいですか? それでですね、このクラブにご入会いただかないと、これがアレにならないですし、発行手数料として1050円出していただくことになるんですね、ですからみなさま大体クラブにはお入りになって、あ、お先に免許書お返しいたしますね、それで、クレジットカードのほうは4種類から選べまして、左から、マスター、」
「あの、だから、用紙が違うだけなんだったら、書いてきた用紙のとおりでいいんで、内容をそのまま移し替えてください。」
「それがですね、○○○クラブにご入会が前提となった用紙でしたのでね、クレジットカードはどれをお選びになるかお決めいただいて、」

「…ちょっと電話します。」


わたしは脳が
沸騰した。言われていることの一つ一つは頭には入った。
けれどそれを理解することができないし、なんとかクラブに入らなければいけないという話は夫からはされなかったし、ましてやクレジットをどの会社にするかなんて話し合って来なかった。

理解して判断して決定することなんて無理になった。

ソファの一番前に座って、夫に電話をした。今日は研究所で一人だと言っていたから、出てくれるだろう。

「もしもし、いま銀行に来たのね、それで用紙を出したら、これはメール用だから使えないって言われて、○○○クラブに入らなきゃ駄目で、でも入るとクレジット機能がついちゃって、入らないと1050円取るし、キティちゃんの柄は選べないって…」
わたしは泣き出してしまった。

情けない。
本当に情けない。
聡明だったわたしは、どこに行ってしまったの?
一人でどこだって行っていたわたしは、どうなっちゃったの。
拘置所だって地検だって刑務所だって、全部一人で行ったじゃない。
報道陣のなかをかいくぐって走り抜けてきたじゃない。

そのわたしが、この街に越してきてもう3週間も経つのに、行ける場所は、コンビニ一軒・100円ショップ・ドラッグストア一軒。これに郵便局とバス停と今来た銀行にしか、一人で来れない。
駅まで一人で行ったこともない。
しかもわたしはいい年をして、銀行で泣きながら電話をしている。

なんて情けないんだろう…。

夫は、○○○クラブには入って、クレジット機能もつけていい。もう少しだから頑張って、と答えてくれた。
窓口で再度聞いてみると、クレジット機能なしというのもあるそうだ。
じゃあそれでお願いします、とまた書類を書き換えぐちゃぐちゃになり、通帳が出来るのを待つ間、わたしはシクシク泣いていた。


うつ病って、自分のことが情けなくて、悲しい。
人に迷惑をかけて、悲しい。
出来ていたことが出来なくなって、悲しい。
自分のことが惨めになって、存在意義
アヤシクなってしまうのだ。
お荷物だ、居候だ。一銭も稼ぐことなく、メシを食い、水を使い、電気を使い、そして何の役にも立っていない。


わたしがいなくたって、夫は寂しいだろうけれど、でも実は誰も困ることは無いんだ。


数日前、ガス代や水道代が高くなったと話し合う声が階上から聞こえた。
…それ、全部わたしですか。
一日中家にいて、出血が止まらない体抱えて、トイレで水流して紙もいっぱい使って、シャワー浴びて、だからそれ全部わたしなんですね?

人間一人増えたら出費増えて普通じゃないですか。
それを細かく規制するならなぜ他の家族には規制しないんですか。
ぜんぶわたしのせいですか。

だったら何故、嫁にもらったりしました?

     
******************

泣きながら銀行を出て、帰宅して、ヘタクソに干したせいでクシャクシャになったボックスシーツにアイロンかけながら、
ああ、わたしのウツは軽くはないし、簡単には治らなくて、あの聡明だったわたしはもう居ないんだ…と納得しました。

でも、家に一人でいるととても安らぐ。
「暮らしを楽しむ」という気分がする。
幸せだなあと思う。

少しばかり、がっかりした程度でもわたしは泣くけれど、それは大人から見たら
「それが泣くようなことかアホッ!」ってなことだけど、悲しんでいるその最中に、なぜ他のことでわたしを責めるの?

正しいことだけが、正しいことなんじゃないって、知って欲しい。

わたしたちは、いつも自分を否定して、いまだに「自分さえ我慢すればなんとかなるんじゃないか。」っていう怖れを捨てられないまま、日々暮らしているのです。

自分なんか、ふっといなくなったって、誰ももう困らないんじゃないかという怖れを、捨てられずにいるのです。

理解できなくても、知ってくれたらと切に願います。
うつ病患者を支えてくださっている、
心優しき家族のみなさんに…。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ 参加いたしております。

| | コメント (5)

In the Rooms

郵便物の転送届けも出さず、ごく限られた知人友人にしか結婚を知らせていないわたしは、まるで失踪者です。

そしてこの家はわたしのシェルターであり、使っている二つの部屋(和室と洋室)は、さながらわたしの隠れ家です。

帰宅して部屋に入ると、心底ホッとします。

昨日はすごく調子が良くて、良すぎて、家事を
バンバンこなし、用事を済ませるためにまだほとんど知らない駅前に出かけ、家族と喋りまくり、一番最後に帰宅した夫の疲れた顔を見たときには、わたしはもう事切れる寸前でした。

しまった…。
オーバーヒートだ…。
知らぬ間に予備バッテリーまで使い果たしてしまっていたわたしは、ソラナックスを追加して飲み、泣きながら寝たのでした。


今朝、夫を送り出す時間には起きて、
「何とかなりそうだから起きちゃおうかな。」とも考えたのですが、洗濯は昨日2回もしたし、掃除もしたし洗面所も磨いたし、まあいいか、ちょっとだらけよう。と思って、改めて寝なおしました。

ちゃんと起きたのが13時。
また14時間も寝てしまいましたshock

でも心は
ザワザワで、皮膚のすぐ下に神経が来てしまっていて、胸の真ん中には黒いカタマリが…。

お母さまが声を掛けてくださったのですが、とてもお話できる状態ではなく、「家庭内メール」で、
スミマセンの言葉を送りました。
ゆっくりお休みなさい。そう返事をくださいました。

この
ザワザワは、どこから来るのでしょうね。
実は昨日だって、初めての郵便局に行ったとたんに襲われて、慌ててソラナックスを飲んだからこそ、夕方から夜まで
ハイだっただけで…。

そこで飛ばしすぎてしまうと、翌日こうなるってわかっているんだけど、家族が6人もいると、われもわれもと話をして、
「聞き流す」という技術を持っていないわたしは全部に反応をしてしまい、脳が沸騰しちゃうんです。
健常だったら、楽しいのだろうに…。


今日はお部屋に引きこもりhouse

2008_65_my_room_005_2 
和室の箪笥の上。
お気に入りスペースです。

2008_65_my_room_003 香炉と、萩焼の飾り皿。








2008_65_my_room_002 隣りのクローゼットは175センチの高さ。
その差をコーナーとして利用してもいます。
レトロ風な時計もお気に入り。




2008_65_my_room_001_2 和洋折衷な感じですが、
ガラス瓶が好きでコレクションしていました。
小さなトルソーと一緒に。
赤いのはボディソープなんですが、

余りに深い赤に魅了され…。

2008_65_my_room_006_2トイレ前の一角。
勝手に場所を拝借して飾っちゃいました。








2008_65_my_room_007_3わたしのデスク。
自分だけのスペースがあると、

とても安心感があります。


2008_65_my_room_010

デスクからはこんな風景。
緑に心癒されます。

わたしは幸せなヒキコモリです。
片付けはまだまだだけど、
じっくり部屋を作って行きたいと思います。





いつも読んでくれてありがとう
heart

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ 参加いたしております。

| | コメント (3)

ただ「感謝」を。

薬で止めていたに過ぎなかった生理が始まり、体調の悪いのを押して、月曜はアパートの鍵を返しに出かけたわたし。

11年住んだ部屋を見回してから、ブレーカーを落とし、鍵を閉めて不動産屋さんに向かいました。

東京に来てから22年。つまりその半分を暮らした部屋でした。
夢は破れて去るわけですが、悲しさはありませんでした。

今の暮らしが、すごく落ち着いていて幸せだからです。

帰りの電車で深く寝入ってしまったわたしは終点に到着しており、そこからは「早く帰りたい、休みたい。」とバスに乗ってまっすぐ帰りました。
もとが出不精なので、出掛けた時には一気に寄り道をしまくってしまう自分だったのに。

家に帰り着いて、お義母さまに休ませていただく旨を告げ、痛み止めを飲み、着替えて布団を敷いて、深く眠りに入りました。

夫からメールがあり、具合を心配して、アイスクリームとベーグルを買って帰宅すると言ってくれました。

ハーゲンダッズのアイスを大人3人で食べていると、末っ子の男の子が帰って来ました。
今日ね、具合が悪くて寝ていたの。そしたらアイスが食べたくなって、パパに頼んだの。
うんうんと頷いて彼は残ったアイスを食べていました。

夕飯は、お義母さまの手作りハンバーグ。
とっても美味しいのに、半分でギブdespair

「もし嫌じゃなかったら、食べて…」
言い終わらないうちに、末っ子は
「うん、食べる。」と言ってわたしの皿を引き寄せました。

階下に下りて横になっていると、しばらくして夫が降りてきて、末っ子が、自分のだけじゃなく、わたしの食器まで洗ってくれたことを聞きました。

     
*******************

そして本日火曜日は、朝から全く動けない状態。
台風と、大出血で、わたしは布団に体がのめり込むかと思うくらいの激しい倦怠感で、昏々と眠り続けました。

11時半頃、お義母さまがコンコンとノックして顔を出し、「大丈夫? あなた何にも食べないで…。私お昼にうどん煮るから、食べられるなら持って来ましょうか?」
食欲は無かったのですが、空腹は感じたので、お言葉に甘えることにしました。

しばらくして、お盆におうどんと刻んだ葱の小皿を載せて、運んできて下さいました。
「器はここに置いたままでいいからね、具も何にも入ってないけど、食べられるだけ食べて。」

お丼の中には、稲庭うどんが湯気を立てていました。
おいしそう…。
わたしは、涙が込み上げました。

何の役にも立たない居候のような嫁のために、おうどんを作ってくださるその気持ちに心から感謝をして、全部おいしく頂きました。

こんなおいしいおうどんは、はじめてでした。

息子と二人暮らしのときは、寝込んでも、夕方何とか起き上がれるときはごく簡単な食事を作りましたが、どうしても駄目なときは、「お弁当買って来て食べて。」とメールすれば済みます。そして自分はカップ麺をすすります。
ただ、空腹を満たすために。

食事とは、空腹を満たすだけのものではないんだ…。

何から何まで手作りなさるお義母さまの、子供たちへの愛情を感じました。
そして、厄介者のわたしにまで、それをしてくださるお心の深さと、それを常にバックアップしてくれている夫の愛を、しみじみと感じました。

今は何も、お返しが出来ません。
何か料理を作れたとしても、お義母さまのようにおいしくないです。

2008_521_hagisinaihikoukikara_018
ただ
「感謝。」
心ではもちろん、言葉に出して、感謝を毎日伝えたいと思います。

わたしにできることは、
今はそれだけです。


で、16時間眠りましたshock (トイレ以外。)

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ 参加しております。

| | コメント (9)

「日常」の尊さ。

久しぶりにたっぷり眠って起きると、11時でした。
今からお洗濯をしてもまだ乾きそう。

3階の、お陽さまがいっぱい当たるルーフバルコニーに干します。

片付けごとをしていると、夫が『ちょっと出かけられない?』と言うので、いいけど何でしょう?と答えたら、お墓参りに行きたいとのこと。

先週行こうかと言いつつも、悪天候と体調不良で結局行かなかったのでした。

うん、いいよ、行こう。

お墓には、歩いて行けます。
街を説明してもらいながら(ただしさっぱり飲み込めないわたし…)、お花を買って、お墓に行きました。
夫の父親と、先妻さんが眠っていらっしゃるお墓です。

ついでにお寺にもお参りし、そのあと甘味処に寄りたいとおねだりしました。
080601_15200001

頼んだのは『冷やしぜんざい』
 downwardleft白玉入りでおいしそうです。                                  

    

 

080601_15180001_3そして出てきたのが…
 downwardleftこんなカラフルな白玉入りshine栗も乗ってるnote
 嬉しくなっちゃいました。
 とっても美味しかったです。


帰宅して、洗濯物を取り込んで畳んで、書類の整理をしたりしてから、夕飯のお手伝い。
お手伝いです、あくまでも。
ごはんを食べて、夫が洗い物をして、お風呂に入って、という、何でもない、なんということの無い
『日常』

それがこんなに尊いものであると、わたしは初めて実感しています。

発作のときは、『もういい、一生治んなくていいっ!』と自暴自棄になりますが、穏やかな日には、『治ったらいいな。』と思います。

ではもう寝ますね。
今日もレス出来なくて本当にごめんなさい
weep

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ 参加しております。

| | コメント (11)

« 2008年5月 | トップページ | 2008年7月 »