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2008年5月

と、思ったけれど…。

実際はわたしの心はザワザワ・トゲトゲだったようで、帰宅した夫に指摘されて、そのことにようやく気がつくという愚かさ。

今日はいっぱい無理をした。
23区の端から端までバスと電車で行って、心療内科に行って、そのほかにも用事をこなし、引き払う部屋の掃除もした。

帰りは、お義母さんに教わった違う帰り方をしてみた。
帰宅した時はクタクタだったけど、明るく明るくお義母さまには接して、たくさんお義母さまの話を聞いた。
夫が居る時と違って、「引き上げ時」を掴めない。


わたしは今、ビックリするくらい家事をしていない。
片付けも一日に一箱やれればいいほう。
この家で、何にも役に立っていない。
パジャマのままで夫に「いってらっしゃい。」をしている。

いごごちはとてもいいけれど、引け目は少し感じる。
じゃあ家事をすればと思われそうだけど、「ほどほどに」を知らないわたしは、どこまで手伝ったらいいかわからないままに、台所でくるくる回っているだけ…。

では、せめてせめて、わたしができること。

笑顔で「お帰りなさい。」と、一人一人に言うこと。
働いている子には「お疲れさま。」もつけて。
目が合うように微笑みながら「お帰りなさい。」ということ…。
たった、それだけ…。

食卓での会話さえ辛い日もある。
でも「今日は調子悪いから喋りたくない!」って言えない。

また、昔のように、場を盛り上げようと、愛想笑いを重ね始めているわたし…。


そうしたくないわけじゃない。
場がなごむことは大好きだから。
嫌々やっているわけじゃない。自分の実家でも、同じことをする。

でも、したくないときもある。2008_518_izumo_sinnjiko_076
いっぱい色んなことをした日、遠くまで出かけて疲れた日、人に会って気分がハイになったあと落ち込んでいる時…。
微笑むのもキツイことだってある。

だけど、言えない。
それは自分の実家であっても多分言えない。

疲れちゃった。
そんな日もあるよね…。

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夫の居ない夜。

今夜は夫が研究所の飲み会でまだ帰宅していません。
わたしたちの結婚を祝ってくださる飲み会で、良かったら奥様も、とお誘い頂いたのですが、わたしに話が来る間でもなく、夫が丁重に断って来てくれました。

以前あんなに仲良く飲んでいた仲間とも、今はメールをたまにやり取りするだけで、会って飲みたい気持ちや騒ぎたい気持ちはありません。
なので、知らない方々(特に夫の同僚や上司の方だなんて…)とお会いするのは、全然無理です。

こんなふうに低気圧に居座られると、うつ病さんたちにはちょっとキツイですよね…。

今日は、朝7時に起きて(す、すごい…。)、出かける支度をしながら、お見送りをちゃんとされた機嫌のいい夫からのメールに付き合いながら、トイレの整頓をして、バスと電車を乗り継いで、まずは一ヶ月ぶりの心療内科。
新しい姓で呼ばれて、ちょっぴり不思議なきもち…。

「結婚したんですよね、で、どうですか? 気分や体調は。」
先生はいつもの調子で尋ねて来ました。
「息子の独立、自分の引越しから、挙式・旅行・実家の法事と続いたので、その間はさすがにキツかったですけど…日常生活になってからは、穏やかに暮らしています。」
「そうですか、それは良かった。じゃあお薬は今までと同じで大丈夫だね?」
「はい、お願いします。」

先生はカルテに記入し終わるとこちらを向きました。
「今はきっと、新しい生活に緊張があって、しゃんとしているかもしれないけれどね、ストレスって言うのが体に出るのはね、その時とは限らないんだよ。例えば、一ヶ月とか二ヶ月とかして、どうにも具合が悪くなる時が来るかもしれない。でも、その時は落ち込まないで、ああ、先生が言ってたのがこれだな、と受け止めて、そしてその場合はとにかく休養しなさい。ダラダラしなさい。それしかないからね。旦那さんに甘えて、充分な睡眠とダラダラをすることです。」

はい、わかりました、と笑顔で答えて立ち上がったわたしに、先生はこう言いました。

「おめでとう。」

     *******************

それから銀行に行き、郵便局に行き、アパートに着いて間もなく廃棄業者さんが来て、瞬く間に重たい婚礼箪笥や冷蔵庫、洗濯機などをドスンガタンと運び出して行きました。

フェルトのような埃を残して、引っ越してきた時の広かった部屋の面影が現れました。

夢に満ちて、クラフトの仕事をするために借りた部屋。
ここで息子は小学生から社会人となりました。
夢には破れたのかもしれないけれど、わたしは、今始まった静かな日常を気に入っています。

生活って、こういうものなんだなあと、発見が多いです。
2008_517_kekkonsikinohi_009_2


あ、夫からのメールです。もうすぐ帰ってくるみたいです。

一人の静かな夜も、終了…。

またレスも出来なくてごめんなさい。
読んでくれてありがとう。

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その子の名前。

実家への法事に向かう車中、わたしはぼんやり考え事をしていました。
最近毎月実家に行き、母と話すことが出来ています。
「今までよく頑張って息子を育て上げた、偉いよ。」と誉めてくれるようになった母。
でも、それしか言われないので、そこしか誉めるトコの無い娘なんでしょうねwink

そんなことをつらつらと思っているとき、ふと、わたしの中にいるインナーチャイルドのうちの、小さい子が居ないことに気がついたのです。
あれっ…。
心の中で名前を呼ぼうとしましたが、何と言うことか、名前が出てこないのです。

その子は自分で名乗ったのに…
いつも後ろ向きに座ってうなだれていたのに…

名前を忘れてしまうなんてどういうこと?



2008_5gatu_no_013 思い出せないままに探っていると、その子は、居ました。
…右手に、白いドレスの「リカちゃん」を持っていました


相変わらず後ろ向きに座って、けれどリカちゃんの細い体をしっかり右手でつかんでいました。

そして振り向いたその子は、「笑顔」でした。
リカちゃんを母に買ってもらって、その子は満足しているようなのです。
おかっぱで、吊りスカートをはいたその子は、ただリカちゃんを握り締めて、はにかみながら笑っていました。



一人、満たしてあげられた…。母が、リカちゃんを買ってくれたことによってちいさいわたしは認められ、満たしてもらえたのです。


『…いずみちゃん…。』
数時間後、わたしはふいにその子の名前を思い出しました。
その子を見つけたとき、彼女は自分でそう名乗ったのでした。

いずみちゃん。
それは、リカちゃんのお友達の金髪の可愛い女の子の名前でもありました。

わたしの中のインナーチャイルド。
いずみちゃんを満たしてあげることができたことを、わたしは母に話しました。
母はその話を気持ち悪がることもせず、こう言いました。
『本当に貧乏やったからなあ。アンタにおもちゃやら人形やら買ってやりたくても、おとうさんの「必要ない!」の一言で、何にも買ってやれんかった。ゴメンな』


買ってやれない親の辛さは、わたしも充分に味わうことになったので、よく理解できます。
ただ、わたしは知らなかったのです。


母の気持ちの中に、『買ってやりたい』という気持ちが、当時あったのだということを。

     ********************


barJさん。cherryマハロちゃん。carouselponyニカさん。chickかんちゃん。ribbonななさん。rougeあやさん。xmasかなこさん。cloverまきのすけさん。
本当に心のこもったコメントをありがとう。
わたしは、今とても狭い世界で生きています。
皆さんの、色んな意見を沢山聞きたいし知りたいのです。
反論も何も、皆さんのご意見や思いを読ませていただくことによって、わたしは満
たされたり学んだりしています。これからも、レスする時間が取れるかどうかわかりませんが、どうかよろしくお願いしますheart

お気遣い本当にありがとうございます。
なんだか、しあわせです
noteshine

キャラ姫moon3

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ありがとう。

xmasかなこさん。carouselponyニカさん。ribbonななさん。barJさん。
そして読んでくださった沢山のメイトさんたち。

本文よりも濃い、そして温かいコメントありがとうございます。

きのうブログに吐き出したことで、今日は少し安定しました。

みなさんの色んな意見が聞けて本当にありがたいです。
お一人ずつにお返事書けない事、許してください。
明日から、こんどは実家の法事に行かなくてはいけないのです。
結婚のお披露目も兼ねています。
なのでそろそろ寝なくては…。

今日はパニックを起こさずに支度ができました。
実家に行くのですから、最低限の支度で大丈夫だし、車で行くので気が楽です。

風邪をひきつつも新婚旅行に連れて行ってくれ、表情の乏しいわたしに色んなものを見せてくれ、重い荷物を持ってくれた夫には心から感謝です。


今日は、3週間止まらない出血の診察と、こちらに近い病院を紹介していただくために、通っていた大学病院に夫が車で連れて行ってくれました。


3年間お世話になった、優しいお声の、大好きな落合先生とお別れです。
信頼できる先生ですから、と紹介状を書きながら、この3年間の話をぽつりぽつりしました。

来月からは、婦人科も新しい病院です。

そして疲れて眠ってしまったわたし。
お義母さまの美味しい食事をいただき、明日の支度をして、お風呂に入り、薬の用意も出来て、ちょっぴり自分のリラックスタイムです。


みなさんのコメント、どれもまさにその通りだと思います。
相当おかしくなってましたね、ワタシcoldsweats01

治りたくて結婚したのですから、今は慣れなくて当たり前、きっとだんだんよくなりますよね。
良くならなくても…不幸とは限りませんよね。

ありがとうございます。行ってきます。

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誰になら。

17日に、神社で二人だけで挙式しました。
普通にお参りに来る方ももちろんいて、式の最中後ろからお賽銭を投げ、拍手を打つ音が…gawk

お参りされてしまいました(笑)


今夜は新婚旅行から帰宅してこれを書いています。
心身の状態はというと…
感情の起伏が余り無くなってしまっています。

今までにも発作の数は数え切れず、「大発作」なんてタイトルの記事もありますが、いやあ、なんのその。

今期最大の発作を起こしてしまい、そのあと悲しい嬉しいの感情を余り感じなくなっています。


…体のほうは…仮面ウツのときと同じ症状を呈しています。
つまり…恐らくは…危険信号
bomb

          ********************

結婚式を終えた夕方、早めに支度をしてしまいなさいという夫の意見に従い(夜始めると、「新種アレアレ病」やら「止まらない病」を発症して寝付けなくなることを知っているため)、3泊4日の旅支度をしていました。

わたしは、出張の多い夫と違い、旅慣れないせいももちろんありますが、まだほとんど自分の荷物が片付いていない中での旅支度は困難を極めました。
和室に色々広げて、包んでは解き、何かを探しに行っては忘れ、あっちの引き出しを開け、こっちの引き出しも開け、「はてさて病」にかかっていました。

その間食事が入り、お義母さまが用意してくださったというワインをみんなで飲み、また支度をするのに降りてきたところで、家計を管理している夫から、今後の家計の分類の仕方について考えなくてはならない、という話を持ち出されました。

分かりやすく言えば、わたしが飲むためのものとして買った2リットル入りのアクエリアスは、家計費から出すのか、それとも以前に決めた「わたしのお小遣い」から出すのか、どっちにするつもりなのか、という話です。


感情と現実は、切り離して考えなければいけないと思い、「今はまだ決められない。もうすこし経ってからにしてくれない?」と言いました。
というのは、わたしには、日常の飲食(友人とのランチなどを除く)は、家計から出してもらっていいものだと勝手に思っていたようだからです。
「いや別に、今決めようとは言ってないよ。ただ、例えばこういう家計から出してくれというなら、ペットボトルのお茶は飲まないで、普通にお茶を入れて飲みなさい、という僕の意見を言ってもいいわけだよね? お小遣いで買うというならもちろん問わないけれど。」


…結婚とは、こういった些細なことのズレを認め合い妥協しあい調整しあうという、地道な作業の繰り返しが恐らくは数年続くものです。
理屈ではそれは知っています。

でもわたしは今、慣れない旅支度の最中で、しかも早くやりなさいとはっぱを掛けられて焦っており、二つを一緒に進行することはできません。

なので、また違う機会にしてくれと言いました。

だけど、不安定な心は、泣こう泣こうとしているのがわかりました。

そして、わかっているのに、やってはいけないことをしました。
家族が多いから、順番にお風呂に入らなくてはなりません。
水に触れるとわたしはおかしくなると、わかっていたけど夫とお風呂に入りました。
無言で。
時々涙を拭いながら。


そしてお風呂を上がって、旅支度を9割がた整え、あとは薬を、と思った途端、そいつはやってきました。

ひうぅ~っと息を吸ったかと思うと、激しい発作が襲ってきたのです。
隣の部屋でPCに向かっていた夫が、飛んできました。


結婚式を挙げて、お揃いの指輪を嵌めたその夜に…。


自分一人のときの発作では、余りしてこなかったものが次々に出ました。
叫ぶ、泣き喚く、怒鳴る…
そして吐き気。目まい。脱力。痺れ…。

どれくらいの時間だったのか、わたしにはわかりません。
言葉では「消えたい。」と言いましたが、初めて、「死にたい。」と思いました。
それだけは思ったことが無かったのが、3年目になるわたしの鬱ライフでの自慢だったのに…。

わたしは夫にソラナックスを飲ませてもらい、そのあと、可笑しくなって笑いさえしました。

声をあげて泣きたかったのを、ずーっと我慢していました。
それをいざやったら、じぶんが滑稽で、可笑しくて、はははは…と、乾いた笑い声がでました。

わたしは、昔で言うなら「狂人」です。
家事もほとんどお義母さまがやってくださっていて、わたしは洗濯くらいしかまだやれていません。

夫に布団の中から「行ってらっしゃい。」をし、夫が帰宅すると寝込んでいたりするのです。
まだ手料理の一つも食べさせてあげたことがありません。



何のためにわたしはここに来たの…。
笑いながらそう思いました。

お義母さまは優しくしてくださる。わたしの病を、わからないなりに解ろうとしてくださっている。子供たちも、意地悪なこと何にも言わない。いい子たちばかり。

なのに、わたしは誰にも何にもしてあげられていないし、これじゃ居候のごくつぶしでしかないじゃないか。
本当に消えてしまいたい。


わたしの中から、リラックスと、笑いと、怒りが、遠のきました。


ホルモン剤を飲んでも止まらない出血。抑揚を失った精神。
これは、うつ状態の悪化だとわたし本人は思います。
「夫を連れて来なさい。」と言った精神科医の言葉に従いたいと思います。

とりあえず明日は、婦人科に行って、3週間止まらない出血を何とかしないと。



メイトさん。
教えてください。
わたしは、うつ病と言う病に罹っています。
理由があれば尚のこと、無くてもただ低気圧が来たというだけで、落ち込んでしまう病気です。
心が苦しくて辛くて、悲しい状態になる病気です。


わたしは一体、誰に「辛い。」と言ってもいいのでしょうか。
誰になら、「苦しい、悲しい。」と言っていいのでしょうか。


わたしを愛し、疲れた体でわたしの分まで家事を手伝い、寝ているわたしに文句を言わない夫に、言えますか?

嫌な顔を見せず、家事をやってくださっているお義母さまに、言えますか?

結婚を祝ってくれて、安心したと胸を撫で下ろしている実家の両親に、言えますか?


おめでとう、今度こそ幸せになってねringと喜んでくれている友人に、言えますか?


どうか教えてください。
わたしはこの、「環境の変化によるやや悪化したと思われる鬱病によって、理由無く苦しいと感じ、悲しくて辛いという、どうすることのできない気持ち」を、一体誰になら、訴えてもいいのでしょうか。

教えてください。
おねがいです。


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頑張れないワタシ。

嫁いで来て二日目。
初日は夕方に来て、荷物を車から降ろしてとりあえず何とか暮らせるよう、着るものを仕分けして仕舞って、ダウン。
不安感・孤独感は、夫の存在があってもこみ上げて来るものであり、夕食後と、そして寝るときにも頓服のお世話になりました。

昨日は図々しいことに布団の中から夫に「いってらっしゃい」をし、10時過ぎに起床。
洗濯をしながらせっせと片付けて、足りないものがいっぱいあるので、駅のそばの100円ショップとドラッグストアに出かけてみました。

知らない土地。たくさん店のある賑わった駅前。

コンビニに寄り、銀行に行き、100円ショップで買い物をし、ドラッグストアに入ったとき、ザワつき襲って来ました。
しまった、薬を持っていない…。
怖い…。どうしよう…。
店の中で立ち尽くしていると、携帯が震えました。
日帰り出張に行っている夫からでした。

「どうしてる? 仕事終わったからこれから帰ります。大丈夫?」
天の助けでした。
今ドラッグストアに来ていて、発作が起きそうだと伝えると、夫は、
「大丈夫、安全な場所だから、ゆっくり呼吸して。なるべく早く帰るから。」と励ましてくれました。

もう、何がどこに売っているかわからず、店員さんに聞きまわりながら買い物をし、よろよろと道を確認しながら帰って来ました。

そして、「お義母さん、すみません。休みます。」と言ってダウン。
結局夕飯のしたくも手伝えず、洗濯物も畳めず、夫が帰って来るまでソラナックスで眠っておりました…。

そして本日。
頑張って9時前に起きました!
主婦みたいなことしてみました!
…そして、やっぱり
ダウン…weep

ダンボールが詰まれたままの状態で書いています。

ぐうたらと一年間過ごしてしまったわたしには、まだ頑張る力も人に対する耐性すらもありません。
ソラナックスに頼らなければ、暮らしていけないです。
夫が帰ってくればホッとはしますが、夫のペースに合わせるということは長年経験してないことであり、夫の機嫌に怯えてしまうことも、病気として、これは仕方ないと思います。

何にもしていないようで、わたしの脳は毎日許容量いっぱいだし、「…しなくちゃ。」と思うと、ザワつきが襲ってきて泣きたくなります。

明日は結婚式。
でも車で行って、帰りはスーパーに寄るんですって(笑)

日曜からが旅行で、帰ってきて一日置いて、すぐに実家の法事に出かけます。

だいじょうぶかなあ。
今は自分を奮い立たせることだけで精一杯で、旅行の楽しみとか喜びとかを想像することも不可能です。

慣れるまで、馴染むまで、どれくらいの時が必要なんでしょうか。
無理しないで、って言われても、「そうはいかない」場面ってありますよね…。
いい人ぶるつもりではないけれど…。

では、ソラナックスを飲んで、夕飯支度の手伝いに向かいます。
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みんな、いつもありがとう。まだ棚も組まれていない書棚で、
一人座っているリカちゃんです
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五月のリカちゃん

結婚式は、都内の神社で二人きりで挙げます。
スーツ程度でやってくれるので、気が楽です。
その代わり、リカちゃんの写真を撮ってみました。
新しいドレスを作ってあげたいんですが、またいずれ…ということでwink


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ring幸せになりますねheart04

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カウントダウン

shine銀靴メイトのみなさま。心温まるお祝いのコメントを本当にありがとうございます。
とっても嬉しいです。

うつ病の快癒が見られないこの状況で、息子を独立させ、自分が結婚して引越しをするという、精神医学的にはタブーとされていることを、わたしはまさに今、決行しています。

体は二週間のあいだ血を流し続け、時々脳はフリーズをおこし、発作もたびたび出現し、それでもゴミと埃と荷物、そして手続きと戦い続けております


幸せになるために進んでいて、それは確実に進行しているのだけど、心身ともに疲労はピークを迎えており、12時間動きとおしに動いて片付けて、粗大ゴミを出したあと、12時間昏々と眠りました。

「離婚も結婚も、ストレスの度合いは同じ…」
精神科医の言葉に納得しつつも、「そんなはずはない、守ってくれる人が出来て、綺麗な整頓した部屋に住めるんだ、悪化するとは限らない」とわたしたちは信じて、今必死に頑張っています。


結婚はもちろん、幸せなことです。
社会的に夫婦になったということ、現実化は難しいと思われていたこの結婚が実際に実現したということに、わたしたち自身も驚きを感じ、夫となったNさんは、涙して喜んでくれました。
会社でもどうやらデレデレらしいです(笑)

幸せな結婚にも、舞台裏があり、それが現実の9割を占めており、そこではわたしは今ボロボロのガタガタになっています
bearing

ゆっくりと幸せを噛み締めるようになるまでには、まだしばらくかかりそうです。

心身に加圧がかかって許容量オーバーになっているのは、日毎ひどくなった出血に現れています。その暗澹たる気分は、男性には理解不能でしょう。
出血が止まらない症状は、わたしの「仮面ウツ病」の時に、最初から現れていたものであり、今もそれが出てきたということで、心身にどれだけ無理がかかっているのかを想像できます。


水曜日。
休みを取った夫がわたしを迎えに来ます。

わたしは、ごく限られた友人にしか結婚を知らせず、郵便物の転送手続きもせず、ひっそりかくまわれるように、夫とその家族と暮らします。

わたしはもう、一人で頑張らなくてもよくなりました。
何もかも、一人で受け止めて一人で頑張るしかなかった今までの人生。
頼ったり、相談したり、お願いしたりしてもいい人ができたのです。

一人ではなくなりました。


うつ病のみなさん。夫のいらっしゃる方、大事にされているかた、とても幸せなことです。
でも、いつ治るともしれないこの病を抱えて、愛想をつかされるのではないかと、いつも不安を持っていて、なにも妻らしい・もしくは主婦らしいことが出来ないと、自分を責めて辛くなることばかりだと思います。
やはりどうしても、理解されにくい病気だと実感します。
それでも、盾になってくれる人がいる、守ってくれる人がいるということは、やはり幸せなことだと思います。
これからのわたしの不安や辛さに、どうかアドバイスをくださいね。

結婚していらっしゃらない方。一人で頑張ること・耐えることの辛さ、よくわかります。
わたしは幸いにして、うつ病をともに背負おうという殊勝な伴侶と巡り会えました。
縁は、きっとあります。あるはずだと思うんです。だから待っていてください。
そしてこれからもここに来て、わたしに色んな言葉をください。
お待ちしています。

では、また、お片づけを少しします。

あ、リカちゃんの写真を次の記事とアルバムでUPしますね。洋服を作ってあげたいのですがまだ時間が取れないので、アクセサリーをつけたりしただけですけど。

リカちゃんは一足先にお嫁に行って、あちらでまっています。
次に記事をUPする時は、夫との書斎のデスク上からになります。

みなさん、ほんとうにコメントありがとうございます
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結婚してしまった!

式は10日後だけど、事務手続き上、本日結婚してしまいました!

23区の端と端に住んでいるために、区役所に到着するまで徒歩・乗り換えを含めて1時間半。区役所に10時半着。

まずは婚姻届を出して、それからなのかと思ったら、順序としては転入届を出してからだそうで…
それが1時間待ち。

それからやっと婚姻届を提出。
承りました、と職員の方が言ってくださったのが12時03分。

本日本社勤務のNさんが、昼休み中に書類を出して上司に報告したい、というのに、何とか間に合いました。

そのあと印鑑登録をして、住民票を取って、年金課にも行って、自立支援のことを総合案内で聞いたら、この区は窓口が保健所ではないそうで、行くにはちょっと遠い…。

挫折して、駅ビルで遅いランチをいただきました。
ちょっぴり贅沢しちゃいました。

本日より
【夫】となったNさん、夜会いたいというのを振り払うように断り(気持ちとしてはもちろんわたしも会いたい)、既にバッテリーは切れかかっていると判断して、帰って来ました。

3時間弱ダウンして、雑穀ごはんを食べて、PCを開いたあたりで、上司と飲みに行って帰宅した
【夫】から、デレデレのヨレヨレな電話が入りました。

そこではじめて、夫婦になったんだという現実を感じました。
夫は酔っ払っていて、「ありがとね。嬉しいよ。一人で行かせてごめんね。あいしてるよ。」というフレーズを何十回か言って、ダウンしたようでした。




【銀の靴】を書き始めた頃、Nさんと結婚することは決まっていました。
本当にできるかどうかの危機が何回かありました。


結婚…してしまいました。

フルオーダーの結婚指輪も、本日出来上がったと写真が送られて来ました。
オーダーならではの素晴らしさです。
今度お披露目いたしますね。


お祝いのコメントをいただきましたメイトさん、そして静かに読んでくださっているメイトさん。
レス出来なくてホントにごめんなさい。
お言葉、ありがたく胸に染みております。076

みなさまの日々にも、ささやかな幸せが降り積もっていきますよう、いつも願っております。
ありがとうございます。


2008.5.7記pencil    キャラmoon3

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三種の夢見

うつ病になってから、人の気持ちに過敏になったように思います。
被害者意識も強く、逆に人の悲しみにも過剰に反応してしまいます。

いやなことがありそうに察すると、先回りしてブロックを築いてしまい、閉じこもってしまう日々です。

いつまでも引きずり、いつになっても抜け出せず、淀み、濁りきった自分から抜け出そうという一大決心を持って今回の結婚に臨むのは、今はまだ実感が無いのだけれど、わたしに取っては画期的なことになるはずです。

何にも解決せず、放り出して逃げてきた人生だから…。


最近、頻繁に繰り返して見る夢があります。
それは3種類あって、毎日一つずつ見ているような感じがします。



一つ目は、親の夢。
先月療養に行って以来、ほとんど電話をしていません。
急にNさんとお母さまが訪問したこともあり、わたしの精神状態を心配しているのだろうなと思うのですが、親の声を聞いてしまったら、泣いて事実を言ってしまいそうで、それは親を悲しませることになるので、したくない。
わたしのそういう淀んだ気持ちが呼び寄せるのか、あちらの心配が伝わってくるのか、親の夢を良く見ます。

電話して安心させなきゃ、と思うのですが…自分が不安定すぎて、できません。



二つ目は、クビになった職場の夢です。
内容は色々ですが、ふとその街に行ったら、店が違うものを扱う店になっていて、ビックリして悲しくなるとか、またどうしてもと乞われて出勤してみると、違う店になっているとか、大体がもうあの店では無くなってるという設定がほとんどです。

昨夜、店のために作っていた
ブログのプリントをファイルしなおして読み返してみて、ああこれも、わたしの「作品」なのだなあと、切なくなりました。
ブログの効果で売り上げは上がったのですが、それすら本心では社長には煩わしかったようで…。

店が今、どうなっているのか気になってしかたありません。でも、「お久しぶりです~。」と言って行けるのは、何年も先になることでしょう。

三つ目は、刑務所に行ったGさんの夢です。
もう出所しているのではないかという怖れが、いま常にあります。
わたしはひっそりと、引っ越します。
不動産屋さんにも聞かれましたが「実家に帰ります。」と答えました。
ごく限られた人にしか、移動も結婚も知らせないつもりです。
夢に出てくるGさんは、拘置所や刑務所にいた頃の彼ではなく、知り合った当時のパワーに溢れた姿で、わたしの行く先々で偶然遭遇します。
わたしは立ちすくみ、うろたえ、逃げたくても逃げられず、Gさんもわたしを見つめるでもなく、恨むでもなく、謝るでもなく、ただそこに存在するのが当然といった雰囲気で談笑していたりするのです。



寝汗をかいて起き上がり、わたしは逃げてきた自分の人生を肯定もできず、あごの先端まで水に浸かっているかのような息苦しさ覚え、なんとも落ち着かない、いたたまれない気分で一日が始まります。

息子が隣で寝ている頃。
ヤツは時々笑っていました。
どんな楽しい夢を見ているのやら、寝ながらくぐもった笑い声を発していました。

息子も自分の部屋を作り上げ、一人の戸籍を持ち、筆頭者・世帯主です。


わたしとNさんは、今日7日に、
届け提出します。
騎士とシェルターが待ってくれています。
逃げなくてもいい人生が、やっとスタートするのです。

その慣れない緊張に、わたしは恐らくソラナックスを飲んでから区役所に行くでしょう。



証人欄には、Nさんの長女と、わたしの息子がサインをしてくれました。

家族が、できます。少し…うれしいです。

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Kの脳内事情。

2008_4145_satonoharu_046_2  皆さんに沢山真剣なコメント頂いて、ありがとうございます。本当に嬉しいです。
レスしなくてごめんなさい。何度も読ませていただいています。



今日、本当に久しぶりに
【気功・波動療法】に行って来ました。
2ヶ月ぶりです。

カウンセリングの時と同様、Nさんがわたしを信用してくれないので行きづらかったのもありますし、出かける気力も無かったのも事実です。
でも、本当にいま体はキツイし(わたしはかなり骨格が歪んでいます)、息子の引越しを終えて、気力も
を尽きました。
気功に行きたいなあと、ふとメールで洩らしたら、Nさんからは
「NO」の返事が来ました。

カウンセラーも精神科医も気功の先生も、全部男性です。
Nさんは心配で仕方ないようです。


…僕に言わないことを、カウンセラーさんには話すんだよね、泣いてきたりするんだよね。
気功の先生、親切すぎるよね、度を越えてないかな…


わたしを愛するあまり、何もかもが心配のようで、それはそれでありがたいですが、夫が思うほどこんなオバチャンは危険な目には遭わないし、モテるわけないのですが…
(第一基本
ヒキコモリなんだしね)

それで少々揉めまして、前々回の記事となったわけです
sweat01

じゃあもうカウンセリングにも気功にも行かなくていいや。夫が嫌がることをわざわざしなくてもいい。信じてもらえないのは悲しいけど、信じられないでいる夫のほうが、もっと苦しんでいるのだろう。わたしは治らなくても困らないけど、夫は大変だろう…。気の毒だな…think

そんなふうに考えて、
「もういい。」と言ったワタシ。「一番大事なことは何か、考えてないみたいね。」そんなふうにひどい言葉を使ってしまいました。

翌朝、クールダウンしたNさんからメールが来て、
「気功に行ってください。」とありました。

で、早速予約して今日行ってきました、というわけです。


自分でもわかっていましたが、わたしの首と肩に触れた院長は
「おおぅ。」と声をあげました。これはひどい、という意味です。
背骨もまた歪む方向に戻っていたし、股関節も固まってしまっていました。
疲れの溜まっていたわたしは、波動療法のときにはほぐされた体で爆睡…gawksleepy
波動を通すために握る金属棒は両手に手ぬぐいで縛り付けられて(笑)

終わったよと起こされて聞いてみると、脳内はかなり悪い時の状態に戻ってしまっていたようです。

「間を空けすぎると治るものも治らないよ、気功はともかく、波動だけでも受けに来なさい。」と院長に言われました

「それと、いま全然やる気出ないでしょ。」
「ええ、息子の引越しを終えたら、もうなんにも出来なくて…。」
「でしょう。やる気と集中力のところ、全然侵入出来なくてだいぶ波動やったよ。」
「そうですかぁ。やっぱりねえ。」
「あと、パーキンソンのところも戻っちゃってたからまた通しといたけど。最近階段下りるの怖かったでしょ。」
「ああ、そうです。すごい怖くなってました。」
「間空けちゃうと駄目だからね、時々来なさいね。」

わたしは母方のおば二人がパーキンソン病です。
伯母は、うつ状態のまま十数年寝たきりののち、数年前に亡くなり、叔母のほうは現在老人ホームで車椅子状態です。

パーキンソン病は、治療法の確立されていない、難病指定されている病です。
波動を今から通しておいて、正常な状態に保っておけば、わたしは発病しなくて済むでしょう。

愛する夫に看取られるのは
幸せな死に方だと思うのですが、Nさんは愛してやまなかった前妻さんを亡くしたあの悲しみを、二度と味わいたくないと言っています。

じゃあどんな体でも、家事がうまく出来なくても、ほんの数日でもいいから夫のあとで死ななくちゃねwink


ということで、キャラ姉さんの「脳内事情」でした。
記事書くだけのバッテリーしかなくてごめんなさいbearingsweat02
いつもありがとう
heart

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精神科医の見解

ほぼ一ヶ月ぶりに心療内科に行って来ました。
降りるのを忘れてしまうくらいの、ひっそりとした駅です。
結婚するとかなり遠くなりますが、この先生のところに通うつもりでいます。
なので、次に来る時には、わたしの姓と住所は変わっているだろうと思います。


「どうですか。少しは落ち着いていますか?」
いつも先生はこんな風に声をかけて、ぎょろっと顔を見ます。


「そうですね、起伏が少なくなったような感じもするんですけど…。」
わたしは少し考えました。
「もうすぐ結婚で、その前に息子が独り立ちして引越しして、わたしの引越し準備はまだこれからで、でも細かく発作は起こしてるし、悪夢も見て、それと…」
考えた挙句ズタボロになったセリフを遮って、質問をされました。

「頓服は飲んでるの? どんな頻度で? どんな状況の時に?」
「はい、ええと、飲む日のほうが多いです。乗り換えのある電車に乗るとき、人に会うとき、人混みに行く時、彼に辛いことを言われた時、眠れなくて苦しい時、不安な時、悲しいとき…」
先生はそれをカルテに書きました。

「あの…もうすぐ結婚なんですけど…湧き上がる喜びとかが来なくて、不安で、荷物の引越しも億劫で、気分が上がってこないんです。なので、」
そこで先生はカルテを閉じてしまいました。

「当然です。うつ病患者にとって、結婚が幸せな作業のはずがない。」

「これはね、社会的通念とか、あなた方の経済状態とか心理状態とか、そういうものを置いといて、精神科的観念だけで言いますよ。」

「はい…」
「今のあなたの病状で、結婚は間違っている。わたしだけの意見で言えば、止めたい。」
「…。」
「あなたにはね、いま目いっぱい薬を出してしまっている。これ以上増やすことはできないよ。」
「だめですか…。」
「うつ病患者にはね、良いことも悪いことも、全部ストレスとなって症状を悪化させるんですよ。例えばね、夫を亡くしましたとか、離婚しましたとかなら、ストレスが相当あるんだろうなと想像してももらえるし、いたわってもらえるよね。だけどうつ病患者にとって一番いけないことは、環境が‘変化’すること。だから、結婚もね、離婚と同じぐらいのストレスがある。昇進も降格も、同じ量のストレス。だけど結婚のストレスは周囲に理解されにくい。おめでたいことだから、幸せで当然だろうと回りはみんな考えるわけ。だから大抵の場合、余計に苦しむ。」

「あなたは、息子さんを独立させて、その上結婚と引越しをしようとしている。どれか一個だって大変なストレスだ。どうして今結婚しないといけないの?」
「もうこれ以上は、心理的にも経済的にも別々に暮らすのは無理だと言われてます。早く来て欲しいと…。わたしも、今の状態では働いて自活することは不可能なので、もう…。」
「それはね、これも精神科的通念だけでいうけれども、あなたの旦那さんは、間違っている。引越しも結婚も、非常にストレスが強い。それを決行して、わたしの意見を無視して悪化したって、わたしは責任を持てないよ。一番いいのはね、変化をさせないことなんだから。」

わたしは黙りました。
やはり
パキシル40ミリは、わたしにはMAXなのだ。それだけ飲んでいて尚ウツ状態があり、パニック発作も出るのだから、良くなっているわけではない。その病状で、結婚も引越しも無謀であることは、わかりきっています。
けれども、Nさんはこれ以上待ってはくれないし、囲ってはくれない…。
彼が望んでいることは、一緒に暮らして、わたしのウツ病を良くすることだからです。

「あなたより少し若い女性でね、結婚を控えているというウツ病患者さんがいましたよ。」
先生はわたしから目をそらして話し始めました。

「結婚が近づくにつれて、彼女のウツ病は悪くなってね、薬ではどうにもならなくなった。」

「そのカップルは、ええとどうしたんだったかな。やめたんだったか…。あ、いや、延期したんだ。半年か一年延期したんだったなあ。」

「…。」
「あなたはね、結婚で多分悪化すると思う。でも薬はこれ以上増やせない。結婚や引越しをやめられないのであれば、それは医者が口出ししても仕方がない。責任は旦那さんにある。」

「だから、悪化したら、旦那さんと一緒に来なさい。わかったね。」


わたしは頷きながら、眠れなくなって苦しいので何とか睡眠薬だけ出して欲しいと
懇願しました。
先生は、カルテを開いて、睡眠薬を処方してくれました。


わたしのウツ病は、程度としては
中くらいという話でした。大学病院でもそう言われたし、今の先生にも最初のテストでそう言われました。
治して上げようと言ってくださったのに、治らないどころか、パキシルを40ミリにまでUPしてやっとこの症状を維持している…
一体原因はどこにあるんだ…と先生も頭を抱えていました。

わたしの
「無意識」
つまり普段意識していない意識の中には、どれほどのものが混在しているのでしょう。

でも、Nさんと結婚できるおかげで、取りあえず
門も庇も手に入ります。
そのことを、とても
幸せな安心楽しみに思っています。

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