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2008年4月

【疑う】という不幸

「好きな人が来るのを待つ。」
これを、幸せなことだと感じる人と、苦しいと感じる人がいると思います。

その差は、恋愛の形態の差ももちろんあるでしょうし、状況にもよりますが、一番大切なことは、


相手を信じて待つか。信じられないままで待つか。

この違いが、幸せ・不幸せの差に直結しているのだと思います。



わたしは昔、不倫をしていたことがあります。
その相手を待つことは、苦しい以外の何物でもありませんでした。
仕事が終わらない、子供が熱を出した、奥さんにとやかく言われた、出かけづらい状況だった…などどいう理由で、わたしはいつも必ず、待たされました。
まだ、携帯電話が今みたいに普及していない時代のことです。
待たされたというのも、分単位ではありません。
外での待ち合わせには最大3時間。
自分の部屋では、数日という単位で待ちました。

狂ったように電話をかけ、ポケットベルを数分単位でならし、部屋にじっとしていられず、マンションの開放廊下でショールを羽織って、何時間も国道を見つめていたこともありました。

彼の車がビルとビルとの隙間からチラッと見え、ウィンカーを出したのを確認すると、心はおどり、車から彼が降りてくるのをしみじみ眺めてから部屋の中に戻り、何気ないふりで家事をしているフリをしたりしていました。


けれども待っていることは、いつももどかしく、いつも彼を疑い、信じず、それが自分自身を苦しめていたということ、つまり、相手を信じ、許容する心が自分に無かったがために、自らが生み出していた不幸だったのだということに、わたしはのちのち気がつくことになりました。

自分に会うために、必死で時間をやりくりしてくれていたのに、
「約束した時間に来てくれたためしがない。」 「決めていてもしょちゅうキャンセルされる。」 「ぜんぜん電話をかけてきてくれない。」などど、自分の思い通りに動いてくれなかった彼に怒り、信用できず、いつもかも【疑いながら】彼を待っていました。
待っているわたしは、常に不幸でした。
それは彼がいい加減だったからではなく、彼を信じ、許容するだけの度量が、自分になかったからです。
だから不幸だったのです。

不安があっても、彼を信じていることができたなら、愛する人を待つこということは、幸せなことです。そのはずなのです。
けれども信じられない。
こうなんじゃないか、ああなんじゃないかと勝手に妄想してしまい、不安に振り回されて、何かで相手を縛ろうとする。


それは、なぜなのか。


自分が傷つくという事を恐れるあまりの、先回り妄想です。


傷つくのがいやだから、先回りして最悪のパターンを妄想しておく。
けれども、大抵の場合、そんな妄想は現実化しない。
最悪の妄想をしながら相手を待ち、せっかく会えたときには、叶えられない自分の要求に振り乱されて意地を張ったり、ネチネチ何回でも咎めてしまう。
だけど、自分はこんなにあなたを愛しているし、ここまで尽くしているのだから、自分だけを愛して欲しい、と要求する。

それは、正しい愛のかたちですか?

それは、軟禁に似ていませんか?
「愛して欲しい」という気持ちはともかく、自分は
清廉潔白なのだから愛に曇りもなく、だから相手もそうあるべきだという考え方は、幼稚で横暴だと、今は思っています。

信じて待てば幸せでいられる。
そのことに気がつきたいし、気がついて欲しいと願っています。




わたしの夫となるNさんは、わたしを信じてはいません。

それをまざまざと知らされたとき、わたしは悲しくなりました。
まともな生き方をしてこなかったせいだ。疑われてもしょうがない、…そう思いながら泣きました。
そして同時に、信じられない女を、しかもうつ病でパニック発作持ちの女を貰い受けようという彼を、気の毒に思いました。

そして、愛する相手を信じられない辛さを察し、なんて可哀相な人なんだろうと、心から同情しました。
信じないで、疑いながら待つのはさぞ苦しかろうと…。

信じてもらえないわたしは、生き方に問題があったから、自業自得です。
けれど、清廉潔白に生きてきた人だからこそなおさら、わたしを信じられないというNさんを、しみじみ可哀相に思いました。


信頼は、時間と出来事への対処がないかぎり、築かれていくものではないかもしれません。
でも、その「揺るぎない信頼」を持ったとき、自らは解放され、自分にも自信がつき、愛は革新的に本物へと成長するものであるはずなんです。


信じてくれなくてもわたしには前科があるのだから仕方ないけれど、Nさんにはぜひ、楽になってもらいたいと、そう思います。

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ぷしゅーっ。

引越しきつい…sad

といっても、まだ自分の引越しには全然辿り着いていないんですぅcrying
今日、息子が引っ越してゆくので、その準備やらリストアップやら掃除やら…。

それだけでもう、ぷしゅーdownsweat02
自分の片付けどーすんのーっshock


充電切れて、今予備バッテリーで動いていますsweat01はあはあ…wobbly


今日が引越しで、明日・明後日はヤツの買い物にお付き合いdash
大丈夫か、わたし…cloud

忙しくて、自分の体を維持するのが精一杯で、もう寂しいと思う暇もなくなりました。
しばらく記事書けないかもしれません。
レスも出来なくてごめんなさい
weep

みなさんはGWを楽しんでくださいね~heart04

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再婚も楽ではない。

日曜日からずっと調子悪くて、みなさんにレスしてなくてごめんなさい。
もちろんちゃんと読ませていただいています。ありがとうございます。

やっと明日あたりから浮上できるかな…。
それとも今夜も寝付かれず、明日も起きられず、後ろめたい一日を過ごすだけで終わってしまうのか…。

もう結婚まで一ヶ月を切りました。
でも、とても片づけをする気にはなれず、順調に進行しつつある息子の引越しを、(っていうか、わたしがリストアップしたり通販で注文したりしてるから順調なのだが)手伝っているだけです。

離婚を経験しているわたしは、結婚のほうが全然楽だ、と、離婚した時もしみじみ感じたし、今回もそう思っていました。
初婚だと、結婚式がとかドレスがとか招待客がとか、引き出物だのお花だの写真だのとてんてこ舞いなんでしょうが、再婚は楽でいいなあと思っていたんです。


わたしって、バカです。
楽なわけないじゃないですかーっ、今頃気がついてる視野の狭ーいわたし…。


既に10年の時間を経て
出来上がった家庭に、病気を抱えて一人入って行くのです。
愛する息子との生活を諦め、全てを捨てて入って行きます。
けれど、ウツが悪化して働けなくなった今のわたしには、棲家と守ってくれる夫が出来ることは大変に助かることでした。
もちろん働けなくなるだいぶ前に結婚は決めていますので、愛情が優先された結婚であることは言うまでもありません。


育ちや生活習慣、そして世代すら違う二人が一緒に生活をし始めることだって、「ええーっ!?」の連発なのに、再婚同士で大家族となると、さらに大変なのかそれとも逆に注目度が少なくて済んでお気楽なのか、まだわかりません。

ただ、再婚は楽だ、と思っていた気持ちは甘かったです。


働いてなくて収入のないわたしは、「嫁入り道具」は用意できない。
うつ病で家事もままならないとなると、財産目当てかと思われても仕方ないかも。
でも、入籍するなという意見は、きつかった
sweat02


知らなければ知らないで、針のムシロは目には見えないままで済んだのだけど、そういう言葉を引き出してしまう何かが、わたしにはあるんだなあと思うと、歓迎されなくて当たり前、と諦めながら行くのがいいのかな…。
夢に描くような、みんなで仲良く楽しい毎日なんてあり得ない、一日でもあればラッキー、ぐらいに思ってるほうがいいかも…。

でも、自分のデスク、自分のドレッサーができて、支払いに怯えることなく食べ物をあさる必要もなく、愛する人と暮らせるのであれば、それで充分満足すべきことですよね。


          *******************

今日は久しぶりに出かけました。
実印と銀行印を頼んであったので、取りに行ったのです。
その前に区役所に寄って婚姻届の用紙をもらいました。
転出届を先に出しておくと、一手間省けることを教えてもらい、自分と息子の転出届を申請し、その間に、戸籍謄本を取り、じゃあ次は健康保健課に…
というあたりで、震えが来て、涙がボトボト出てきました。
パニック発作です。

雨がぱらついており、ここのところ調子が悪くほとんど寝てばかりいたのに、急に出かけてきたのもいけなかったし、再婚の難しさに心が傷ついていたため、脳がオーバーヒートしたようです。
震える手でソラナックスを飲みましたが、効いて来る前に窓口に呼ばれ、ブルブルと震える手でサインをしてきました。


しばらく休んでから、ハンコ屋さんに行きました。
実印は象牙にしてありました。捺印する時の感触と印影の美しさが、他の印材とは比べ物にならないくらい素晴らしいからです。
銀行印は、薩摩の本柘植。どちらもとても気に入った仕上がりになっていました。

発作も治まり、帰って来て、Nさんと電話をして、今回の深い落ち込みからはどうにか這い上がれそうです。

けれど、問題が解決したとしても、受けた心の傷は治らない。
わたしはおそらく一生それを胸に秘めて生きて行くのでしょう。


離婚は本当に大変。結婚も忙しいし、「ええーっ?」の連続。
でも再婚も、楽ではないようです。

一人じゃなくなる。
その言葉を繰り返しながら、沈んだ日々を淡々と準備していきます。


減薬なんて、まだまだ先ですね。

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「ねばならない」思考

生真面目で、執着が強く、必要以上に頑張って期待に応えようとしてしまうような性質の人がなりやすいという説があります。
わたしはそれに当てはまっています。
特に仕事では、どんな職種に就いているときもそうでした。
そして、必要以上にやりすぎて結果疎まれるか、器以上に背負いすぎて潰れるかで、とうとう
うつ病になりました。

うつ病の人の思考のパターンに、
『~ねばならない。』という強制的な回路が多いようです。
『こうでなくちゃいけない。こうあらねばならない。ここまで出来てなくちゃいけない。』

そしてその性質が災いしてうつに陥ることにもなり、その思考回路から逃れられないのに、出来なくなってしまった自分に苦しみ、120%頑張れていた自分の幻影に苦しみ、落ち込みの
スパイラルに巻き込まれて底まで行くのです。


「恵まれた環境なのに」というコメントを頂いたことがあります。
ホントそのとおりなんです。
わたしは子持ちのバツイチで、駄目な男に惚れた挙句逮捕でその彼を失って捨てて、うつ病になって仕事すら失った、「何にもなれなかった」女です。

そんなわたしをトコトン愛してくれて、大事にしてくれて、もらってくれる彼がいて、祝福してくれる周囲もある。

「幸せだと思わなくてはいけない。恵まれていると思うべきである。」

事実そう、恵まれているのです。

でもゆうべからわたしは腹立たしさで眠ることもできず、今夜にいたっては息子がドン引きするくらい声を上げて泣いていました。


こんなわたしは、うつ病のせい?
それとももともとこんな性格だからいけないの?

彼は「すべてヒメのために」という大義名分を持っています。
崇高な清純な人です。
だけど、「ヒメのために」の中にわたしの意見が反映されないことがあります。それを、わたしは、好意として受けるべきなのでしょうか。
正しい・正しくないではなく、わたしはこういうされ方は嫌だと主張することは行き過ぎたことでしょうか。



恵まれています。
でも、意にそぐわないことに対してはNOと言いたい。
それが彼の言う「ヒメのため」として考えられたことであっても…。

わたしは結婚には向いていない。
結婚に必要な何か大事なことが思い切り欠けている気がするのです。



「まあいいや。」
この言葉が前頭葉に欲しい。

セロトニンを纏って踊るピンクのお姉さんが分泌されて欲しい。
素直にただ幸せに浸る婚前を味わいたい。
形式も儀礼も大切かもしれないけれど、それに振り回されて意にそぐわないことに「うん」とは言えない。


「ねばならない」から、
わたしは
解放されたい。

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初の体験ゆえ。

結婚は二度目なのだけど、わたしの一回目はほとんど本人たちが口を挟む余地のない、「家同士の行事」といったもので、引き出物も自分たちで選べなかったし、お祝い金も自分たちのところには来ませんでした。

今思えば子供同士の結婚みたいなものだったので、お金はわたしも元夫もあるだけ出しはしましたが、親が進行した行事という感は否めず、いつの間にか結婚式という晴れ舞台は、楽しい思い出もなく終了しました。

タンスだってドレッサーだって、自分が選んだものではなく、親が決めたものでした。

若かった世間知らずのおこちゃまカップルは、好きな人と結婚さえすれば幸せが当然待っていると思い込んでおり、まるでドラマのように、新婚旅行から帰宅したその夜から親とのトラブルが連発だなどどいう生活は、想像だにしていませんでした。

今回の結婚は、大人同士の、個人が確立された者同士の結婚であり、親との関わりはそんなにはありません。家同士の行事では全くありません。
自分たちがこうしたいということをし、これがいいと思ったものに買い換えて、徐々に二人で使う部屋は形を成してきました。



2008_420_new_furniture_006_2 これが二人の書斎。手前がわたしのスペース。まだ全て仮置きですが、とても落ち着くスペースです。とても嬉しいです。自分のデスク・自分の椅子。




2008_420_new_furniture_001_2 こちらが和室。1センチ単位でオーダーできる家具。
引き戸のクローゼットは真ん中の戸は曇りガラス張り。
チェストも同シリーズで、やや低めにしたのは…

2008_420_new_furniture_003_4   「つぼみちゃん」を飾るためでした。
 一足先にお嫁入りです。
 今夜からはしばらくパパと暮らすんだよ。



わたしが最初の嫁入りの時に買ったタンスも、Nさんの亡くなった奥さんのものも、内総桐仕立ての高価なものでした。
その2セットを捨てて、それよりはリーズナブルな、でも自分たちで選んで、とても気に入った家具を買いました。

結婚式も、二人きりで。
指輪も、シンプルだけどオーダーで。
新婚旅行は国内。

とっても納得の行く「結婚」です。

でも、親の思いとか思惑とかは、様々にあるのでしょうね。

先日、二度目の実家での療養を終えて帰る日、父と二人になり、こう言われました。
「おまえは大事な娘や。お父さんもお母さんも、おまえが幸せになること・幸せに生きていってくれることだけが願いや。そやから、結婚したら、もうこっちのことは、なんもせんでええからな。なるべく迷惑を掛ける死に方にならんよう、こっちは二人で生きていくから。年金で、なんとか食うていくこともできるし。だから、母の日やとか、誕生日やとか、そんなんももうせんでいいで。とにかく、みんなとなじんで、Nくんに頼って、幸せに暮らしてくれることだけが、わしらの願いや。」


儀式ももういい。形式ももういい。
ただ娘がしあわせであるならそれでいい。
夫を信じて大事にして生きて行ってくれという父の言葉に、わたしは泣きました。

でも、男側の親であるNさんのお母さまには色々思うことがおありでしょう。
わたしを、認めたくなくても、受け入れざるを得ないモヤモヤ感もあるでしょう。

無理をすることは可能です。
1日無理をして頑張って、2日寝込むだけのことだと思えばいいのです。
でも、わたしはそうしたくない。
結婚によってうつ病が悪化するかも、と覚悟はしているし、存在そのものを疎まれてしまうのではないかという恐怖も抱えています。

自分たちで作る
「結婚」という儀式
そして、この歳になりあらゆることを知ってしまっているゆえの
「マリッジブルー」

初めての経験に、わたしの脳はちょっと過敏になっており、入眠剤だけでは眠れなくなり、以前もらって取ってあった睡眠薬をアレコレ足して飲んでいます。
それでも夜中に目が覚める…。


うつ病で、結婚・引越しは、きっと無謀かもしれません。
でも、守ってくれるのはNさんだけだから、悪化を覚悟して、決行します。

2008_420_new_furniture_004_5 新しい土地で、新しい名前で、やり直すんだ。
結婚生活っていうものを。

そして初めて経験するんだ。
男の人に守ってもらうということを…。

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補充中。

最近朝に寝て、午後になってから起きるというリズムにすっかりハマってしまいました。
やはり夜のほうが調子がいいので、つい色々始めてしまいます。
そして
『止まらない病』のわたしには、「ほどほどに」とか「適当に」とかいう言葉がまだ覚えられないので、夜中は時計を睨みながら、「どこまでやれるか!」と格闘しているわけです。

ゆうべ(みなさまにとっては昨日の朝)も、4時になってしまい、やばいっ、もう寝なくちゃ!と焦りました。
何も焦らなくてはいけない理由はないのですが、朝、外が明るくなって、鳥がチュンチュン鳴いて、新聞屋さんやらのバイクは走り回り、混む国道の裏道になっているマンションの前の道路を、早朝に出勤する車がビュンビュン走り出すと、朝まで起きていてしまった…という
罪悪感で悶々とします。

わたしの場合
「もうNさんが起きてしまう!」という変な焦りが…sweat01

昨夜は(いや昨日の朝だってば)不安なことがあったのと、このところ毎日夢に刑務所に行ったGさんが出てくることが辛くて、
不穏な感じがしたので、まずソラナックスを飲みました。
それから髪を乾かそうとしていると、5時少し前にさんからメールが…。


「また眠れずに起きていないかなと思ってメールしてみました。」

わたしは堰が切れて、ぽろぽろsweat02泣きながら、
「発作起きそうなのだめなの!」と返事をし、しばらくやり取りをしました。

Gさんが服役してから、もうそろそろ三年です。
刑は3年と9ヶ月でしたが、真面目に勤めていたら、仮釈放があります。
もう出てくる…いや、ひょっとしたらもう既に、出てきているのかもしれない…。

何かをされる、とは思わないのですが、あの人の時計はあの夏の日で止まっていて、うつ病を発症したわたしを知らないでいる。
それをどこかから聞いたとしても、自分のせいだと思う人であるのか、正直わたしにはわからない。

毎日見る夢は、Gさんが既に出所してきていて、そのことをもちろんわたしは知らなくて、Gさんは悪気があるのではなく、わたしに関連する場所や良く行く場所にふらっとやって来て、対面してしまうという夢です。
坊主刈りの犯人顔のあの人ではなく、東京を闊歩していたあの当時の姿で…。


わたしは、街に出るのが恐ろしい。
今も近所のスーパーにこそっと行くだけしかしないで引きこもっているけど、外に出るのは怖い。
会ってしまいそうな気がする。
わたしは、相手から見れば、捨てて逃げて心変わりして他の男性と結婚する女、なわけだ。

怖い。会いたくない。
結婚してNさんの家に行けば、そこはGさんには土地勘のないところだから、もう少し安心できるし、頑丈な家だし、家族も多いし…。わたしはかなり安心してヒキコモリになれると思っています。


うつ病は見た目にはわかりません。
特に
「仮面うつ」として発症したわたしは、その場いくらでも演技したりやり過ごすことが出来てしまう。そのあと倒れるように寝込むだけです。
うつ病がどんなに辛いことか見て分かるようななにかがあればいいのに。
体が
緑色とかになればいいのに…。


今朝はNさんとやり取りをして慰めてもらって支えてもらって、睡眠薬をまた飲んで、眠りにつきました。
Nさんは起きて仕事に行きました。
朝まで起きてたこと、責められませんでした。とてもホッとしました。



わたしたちは、些細な一言で傷つきます。
無理解の前にもろく崩れ去ります。
嫌われることと、拒否されることを極端に、そして必要以上に恐れています。
自分の存在意義について、いつもいつも疑問をいだいていて、
何かになれない自分を情けなく感じています。

どこに地雷が埋まっていて、どこに針の穴があいているか分からなくて、ふとしたことで、もしくは単に低気圧が来ただけで、
爆発したり決壊したりします。

でも…
とても鋭敏な神経で、敏感な感性で、何かを感じ取っています。
本当の優しさということ、人の心を汲み取り寄り沿うということ、人を救うのはやはり人だということを、今わたしたちは学んでいます。

いっぱい失ったものがあるけれど、今、得ているものも、きっとたくさんあって、それはわたしに
足りていなかったことなのだと思います。
今は強制的に休養しがてら、補充している期間かもしれません。

治ったら、
「うつ病も、悪いばかりじゃなかった。成長できたな。」って思える自分になっていたらいいなと思います。
理想、ですケド…
wink

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新種「アレアレ病」

寝付けない夜が続いています。

息子の引越しは、選んでいいよ。」という優しい言葉に騙されましたが(笑)、結局わたしが数々のカタログからピックアップして、息子が色だけ選ぶという作業を続けており、あちこちに注文したり、わかるように一覧を書いたり、通販じゃなくて店で(例えばニトリとかハンズとか)買ったほうがいいと思われるものを書き出したり、寸法を計算しては組み合わせを変えたり…。

あいつはきっとここまで先を読んでたな…
gawk

息子自身も忙しい時期になったそうで、仕事から帰るのは10時過ぎています。だからやってあげることは構わないし、好きな作業なんですけど。


GW中にはわたしも引っ越すことになったので、自分の準備と後片付けの手配などももう目いっぱいなんですが、疲れると現実逃避してゲームなどしてみちゃうわたし…。


もう、整理分類は無理なので、早く来てほしいというNさんの希望にあわせて、必要と思われるものをとり合えず持って行っちゃって、あっちで選んで捨てればいいということになりました。

息子の荷物の運び出しなどもNさんがやってくれるし、忙しい時期に突入です。
と言いながら、ブログ書いてるわたし
wink

書くという作業がすごく好きなんですよね。そしてそれを読んでくださる方がいると思うと嬉しくて、たとえ悲しい内容でも、書きたくてウズウズします。


「止まらない病」も再来しています。
今最低限として、アルバムの整理をしているのですが、息子が2歳くらいまではきちんとアルバムに貼って、かわいい紙でコメントつけたりふきだしでセリフつけたりしていましたが、自分が働くようになってからは単なる写真の山…。
しかもあちこちに点在していて集めてくるのだけでもなかなかの作業。

しかし…。
息子のはいいんです、なんてったって可愛い息子なんですから。せっせとやって、止まりません。


現実逃避したくなるのは、元夫と付き合っている頃の数々の写真…coldsweats02
これは正直自分でも見たくない。見たくないものをNさんには見せたくもない。
Nさんは奥さんと死別なので、写真はそのまま取っておくべきだと思うのですが、わたしは思い出したくない過去をめくらなくてはいけないわけで
…。

ああああーっshockimpact
となって、
ちょっと本読んだりゲームしたりして気を紛らわす。



そしてその後、寝付けないんですわこれが。

布団にはいってからも、あれしなきゃ、あれ連絡しなきゃ、あれどうなってるのかな、あれはどうして行くのがいいのかなという『アレアレ病』が出て、こんなに薬飲んでるのに、寝付けないsign01

昨夜なんか今朝になってしまって、鳥はチュンチュン鳴くし、バイクは走り回るし、悲しくなってきて、以前大学病院でもらって残っていた睡眠薬を飲みました。
そしてそれはNさんがすっかり起きている時間…。
メールしてみると、やはり速攻返事がありました。
数回やりとりして、やっと寝付いたのですが…。

脳が
ショートしてるようです。普通でも大変なのに、うつ病なんだから尚更だよ、とNさん慰めてくれましたconfident

でも、離婚に比べたら、結婚って楽だな。相談できる相手がいるもん。
離婚って、一番相談すべき相手と仲が悪いし意見は一致することが無いので、ものすごく消耗するんですよね。
若かったから一人で全部やれたけど、もう離婚は嫌です。そんな気力はありません(笑)

段ボール山積み、あらゆるものが散乱している部屋からの記事でした。

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単なる「器」

特に何かの宗教を信仰してはいませんが、わたしの中にはわたしなりの宗教に近い感じの考え方っていうのがあります。

それは、子供を産んでから何となく感じ始めたもので、自分が居ないと生きてはいけない小さな命をこの手に受け取ったとき、
『うわあ、大変なものを預かってしまった!』と、思ったのが最初です。

自分の子供であるけれども、自分の
所有物ではない。
この子の命はこの子のものであって、それをこの子が自分で守れるようになるまでの間、
変わりにわたしが守っていくのだと感じたのです。
わたしの小指を握り締めて、必死に乳を吸う小さな生き物を、自分で命を守れるようになるまで
【お預かりした】
そう思ったのです。

「借り腹」という言葉がありますよね。
本来は違う意味だと思うのですが、わたしは、
「この子は単にわたしの子宮を借りてこの世に出てきたに過ぎないのだ。」と考えています。

社会人となり、一人暮らしを始めようとしている今、わたしはお預かりしていた命を息子本人に
返し、役を解任されるような気分です。


ですから、わたしの親が「子供は自分の分身だ。」という言葉を使うと、大変な違和感を感じます。
育ててもらった物理的な恩義と、受けた愛情はあれど、魂は違うレベルにあって、分身などでは絶対にないと思うからです。

子供は授かり物であるし、
「預かり物」でもある。わたしはそう感じています。
そして、離婚したての時に息子が言った、
「ママ、ボクが大人になるまで絶対死なないでね。」という約束を、どうやら果たせたらしいことに、安堵感を得ています。


それとは別に、わたしは
『体は単なる器』という考え方も持っています。
もちろん、体が病気になれば生命の維持が困難になるので、病院にも行きますし治そうとしますし、現在まで急を要する大病に罹らなかったことは、幸運だと思います。


わたしはいつも『臓器提供カード』を持ち歩いています。
脳死になったら、というのはいやなので(脳は反応しなくても、死んでしまった物体ではまだないと思うので)死亡が確認されたら、使える臓器は全て使ってもらいたいと記入してあります。
心臓・腎臓・肝臓をはじめ、角膜・皮膚に至るまで、使えるところは
全て使ってもらえばいいと考えています。
死亡したら、体は単なる
でしかなく、魂はそれをきっと上から眺めている。
移植でしか助からない病気の人にもし差し上げられたら…たった一人でも救うことができたら…と、思うのです。

知人の中には、体を切り刻まれたり臓器を取られたりするのは感覚的に嫌だという人もいますし、家族としては、苦しんで死んだのにもうこれ以上何もしないでくれと思うほうが普通かもしれません。

そのカードには家族の署名が必要です。
息子は、はいよっと気楽にサインしてくれました。でも、Nさんは、
「同意できないかもしれない。」と言っています。

別にどちらも間違っていないし、Nさんがどうしてもいやなら仕方ありません。

でも、使えるものをみすみす燃やすのはいかにも
勿体ない
脳はちょっとわたしの場合は差し上げられないけれど、体は入れ物であって、人の価値はそれでは決まらない。
だったら、例えば角膜1ペア差し上げるだけで、目が見えるようになる人が一人増えるのであれば、わたしは本望です。

綺麗でありたいし若くもありたい。健康でもいたい。
でも、たとえみすぼらしいおばあさんになって体が動けなくなっても、
「あの人と話すとなんだか落ち着く。」と思われるような人に、わたしは成りたいのです。

2008_4145_satonoharu_034
うつ病は、いろんなことを学ばせてくれています。
転んでもただでは起きないぞ。


2008.4.11記pencil キャラ姫moon3

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負の遺産

大きな喪失から、「大うつ病」となった人には、薬が劇的に効くという。
けれども、わたしやメイトさんたちが患っているのは、発症のきっかけが喪失だった人もいるかもしれないが、多くは、子供の頃からの積み重ねで鬱であり、なにかをきっかけにして発症したのではないかと思う。

わたし自身、振り返ってみると、子供のころから鬱だった。
人とうまく馴染めなかったし、器に合わない学級委員や生徒会の仕事をやっていて、学校がすごく楽しかったとか行きたかったとかいう記憶はない。

苦手なことが多すぎて、それを親に責められたりバカにされるのが辛くて、朝吐き気がしたり、週末に必ず熱を出しては叱られたものだった。


登校拒否の一歩手前だったように思う。


大人になって働き始めてからは、不倫をしてしまったり、うまく行くはずのない結婚を急いでしてしまって結果離婚にいたり、考えてみれば離婚の直後2~3年も、わたしはうつ病だったのだと思う。

息子との生活を維持するために、頼まれればどんな仕事でもした。
心に深い傷を作る仕事も多くあった。


付き合っていた人とうまく行かなくなり、仕事もうまく行かなくなり、わたしはまた傷つく仕事を掛け持ちした。
そのときもうつ病だったと思う。
精神はいつも辛く、体は常に悪かった。

そんなときに、救世主を求めるわたしの前に現れたのが、刑務所に行ったGさんだった。
大人の男性としての頼りがいと魅力を感じた。(←これは実際は大いに間違っていた。)

彼と付き合ってわたしは
泥沼から這い上がりたかった。
優しかったし(正し自分にも大甘な人だった)、苦しい生活も助けてくれた。

けれど幸せだったのはたった半年で、彼は見る見る衰退して没落していった。
理由はわからなかったけれど、困って苦しんでいる彼を見捨てられずに、わたしは借金をして渡したり、もちろん自分の生活費も借金で賄った。

ある日彼が地検の特捜に逮捕されたと、新聞記事で知った。

彼を信じ、救うためにわたしは滅私で奔走した。自分が救うのだと信じて疑わなかった。
けれど、公判で初めて知った彼の真の姿は、ひどいものだった。

徐々にわたしは壊れていった。心にも体にも異常をきたし始めて、半年経って、ようやく、
「うつ病である」と病名がわかった。

明確に発病してからもうすぐ三年。
今わたしは充分に薬を飲み、愛する人と巡り会って結婚を約し、療養しているのにもかかわらず、パニック発作は出る。

昨夜も大きく出てしまい、今日はせっかく風邪が良くなって来たのに、発作の後遺症で動くこともままならない。
熱があったときには、気力で動けたのに。
気力を失っているときには、体力や義務だけではどうにも動けないとわかった。


うつ病の人の生い立ちを聞くと、問題がある場合が多い。
わたしはそこを癒すために、二度に亘って実家に行って親に甘え、インナーチャイルドのちいさい女の子のほうは、リカちゃんを手にして満足げに振り返って微笑んでいる。

けれども、わたしは
自分の生き方が良くなかった。
表通りを歩ける生き方をしてこなかった。

それは
「負の遺産」として心の中にどっしりと城を構えている。

自分の生き方がいけなかったのだと思うとき、朽ちそうな城なのにあらゆる場面を映し出しては見せて来る。

もういい、わかった。わたしが悪かった。だからこのうつ病は受ける。当然の成り行きとして承知する。一生引きずっていくのでいい。

だけど、どうか誰も、その朽ちそうなのに攻撃的な城に触れないで欲しい。
人によっては、城の迷路から抜け出せなくなり、わたしの存在を見失う。
愛していたことなんて呆気なく忘れてしまう。

そうじゃなく、叩き壊したとしたら、わたしも、壊した人も、それを受け止めきれない。

わたしはきっと人格を
破壊される。


2008_4145_satonoharu_054_2 わたしが欲しているたった一つのものは、
「壊さずに、察して、それごと包み込んでくれる愛」

果たして、
負の遺産ごとひっくるめて愛すなんてことは、可能かどうか。


どう、思いますか?
うつ病の人たち。そしてわたしの大切な
メイトさんたち。

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体の痛み・心の痛み

まだ熱があり、体の節々が痛みます。
皮膚一枚下に、むき出しの神経が来てしまっているようで、ピリピリします。
熱は微熱です。

入眠障害が改善されてからは、むしろ過眠状態のわたしですが、風邪を引いたときも、眠れるものですねえ。ほとんど寝て過ごしていました。
そして、わかりました。
やっぱり、
「うつは心の風邪」なんかではありません。
全然苦しみが違います。
風邪は治せます。薬を飲むこととか良く休むこととか温かくしていることとかで…。

でも、うつを自力で、ましてや
「気の持ちよう」で、治せるわけがないと、改めて再認識しました。

心がやられちゃってる時には、もうどうしようもないのです。どうにもならず、何にも出来ないのです。
でも風邪には目に見える
データ(症状)がある。
熱があることを体温計が証明してくれる。
くしゃみや咳で苦しそう。


でも、うつには、目で見て理解してもらえるバロメーターがない。

心の痛みに比べたら、体の痛みはまだ耐えられる気がします。
風邪のほうが楽です。今日のわたしは決して発作を起さないでしょう。

(大きな病気を抱えていらっしゃる方には通用しませんね、ごめんなさい。)


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実家で、両親はすごく優しくしてくれました。
親子3人で毎日夕飯を食べるということが、とても自然でしあわせでした。
日常を健やかに過ごせるということ・花を愛で、風を感じ、雨の音を聴き、空の色を眺めて暮らすこと。
それはとても幸せなことです。

ありのままの自分の姿で、甘えられる場所を得て、信頼する愛情を得て疑わなくなったとき、わたしたちの恐怖は取り去られ、ちっちゃくても、愛すべき自分が生まれるのだと感じて帰ってきました。


東京駅に新幹線が滑り込み、ホームに降り立ったわたしを、思いがけずさんが待っていてくれました。

わたしは人目もはばからず、彼に抱きつきました。
彼はしっかりと抱きとめてくれました。

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帰って来ました。

留守中のご訪問、コメント、ありがとうございます。
今日帰って参りました。

ところが、今朝から調子が悪く、夕方熱が出てしまい…wobbly
どうやらこの期に及んで風邪を引いた模様ですdown
実家に行ってダラダラして気が緩んだせいか…。

東京の桜cherryblossomはそろそろ終わりでしょうか、明日は花散らしの雨になるようです。
実家のほうは、まだチラホラでした。

実家に行ったことは、あらゆる意味で非常に意味がありました。
この風邪が治って熱が下がる頃、わたしは一歩成長upしているように思います。

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人が絶えず不安なのは、「甘え」を満たされて来なかったことが原因のようです。
何かをすること(勉強やお手伝い)によってしか
愛情は得られないものだと勝手に思い込み、大人になってからは、仕事によって成果をあげ、誉められたり認められたりしないと、自分の存在価値を見出せなくなるそうです。

愛と存在意義を得るために、本心を押し殺し、必死に仕事をして成果を上げようとする。
それでしか自分の存在を認められない自分になっている。

でも、本当はきっと、違うんです。
わたしにもまだおぼろげにしかわからないけれど…。

自分が存在しているだけで、価値があるはずなんです。
何にも出来なくても、何にもなれなくても、自分を求め、必要としてくれる人がいるはずなんです。

そのことを受け入れ、自分のありのままを受容したとき、きっと生まれ変われるのでしょう。

信頼をしないと甘えられない。
なぜなら、わたしたちは
『拒絶される』ということを、必要以上に、極度に、おかしいくらい、恐れているからです。

本当の信頼関係を築けたときに、思い切り甘えるということが可能になります。
そこに、
自己存在を否定されないという事実を、はじめて見つけることが出来るように考えます。2008_4145_satonoharu_007_2


今夜はこれくらいにして、寝ます。
いつもありがとうheart04

2008.4.6記pencil  キャラ姫moon3

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ご近所の春

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わたしの窓から見える景色はこんな感じdownwardleft
何も世話できないわたしは、よそのネコ を撫で、よそのお宅の花に癒されています。
upwardleftこの景色とももうすぐお別れ。

実家のほうも、春が来たかな…cherryblossom

キャラ姫記moon3

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減薬断念

久しぶりの心療内科に行って来ました。

わたしの希望は「減薬」
仕事を辞めた以上、
パキシル40ミリは多いんじゃないかと…。
最近電車に乗ると深く寝入ってしまうことが多いので、前回実家に行った時も乗り換えのとき危ない思いをしました。

先生に相談しました。
発作のことは置いといてcoldsweats01

このあと、息子を引越しさせ、自分も結婚と引越しを控えていることは一応今回も話しましたが、それを話し終わる前に、先生はカルテを閉じてしまいました。
つまり、どっちにしても
減薬を考えてはいなかったということでしょう。
「これからそういう環境の変化を迎えて大変なことになるのだから、尚のこと、薬はこのままで行きますよ。」

今日の診察はこれで終わりでした。


調子のいいときは、
もう治ってるんじゃないかしら!とか、だいぶ良くなっているのに、こんなに薬飲んでても大丈夫かしら…、などと考えます。
けれど、発作はやってくるし、一度に複数のことは出来ない。
頭が混乱してオーバーヒートしてしまう…。やる気も出ない。

発作が出るとき、なんでこんなに薬飲んでるのに治らないんだろう…ってさらに落ち込みます
少し良くなっているだけに、落ち込みを深く激しく受け止めてしまうようです。
けれど発作には
原因がかならずあります。
理論では解決がついていても、感情がついて来ない。
「だいじょうぶ、きっとこうなる。」…そう明るく考えて、確かにそうなると思えるのですが、それに至るまでの
整理すべき感情がいっぺんにあふれ出して、発作になります。
その出来事のときに感情として表さずこらえたことが、夜中になって爆発してしまうのです。

こらえないで、スルーしないで、その場で爆発して大喧嘩できる性格なら、うつ病にはならずにすんだでしょうね。
でもこれは習性…。
自分がこらえて済むなら、できるだけやり過ごしたくて、聞こえなかったフリをする。

でも、わたしの
中に居る子は全て聞いている。覚えている。許せなかったり根に持っていたりしている。

そんな日は、寝る時に
不穏な感じがします。
寝るのが怖いのです。
入眠障害に苦しんでいた一年間の苦しみはどこへやら、眠りに入るときのあの心もとない不安な感じ・置き去りにされそうな恐怖…。
そんな感情が湧いてきて、何をするでもなく何となくぐずぐずと起きていて、遅くなってさあ寝ようと薬も頓服も飲んで、横になると、まるで
吐き気のように悲しみ襲い掛かってくるのです。


実は今夜も不穏な感じです。
読んでいる
「あなた」には、シラフになった頭でなら、理解できるはず。


明日から土曜日まで、また
実家に行ってきます。
すこし留守にしますが、待っていてくださいね。
ちょうどいいタイミングで、わたしは親の懐に逃げ込みます。

うつ病が、何ヶ月単位ではなく、何年単位での付き合い(時には闘い)になるのだと、なんだか今日やっと、諦めがつきました。

結婚も、楽しいことが増えるとは限らないでしょう。
でも、一人じゃいやだ。一緒に花cherryblossomを見て、一緒に月moon2を見る人が欲しい。
だけど、結婚生活も、そしてうつ病も、何年もかかって良くなっていくものでしょうね。


では行ってきます。
すぐに戻りますので待っててください。コメントpenは携帯から読ませていただきますね。



2008.3.31記pencil   キャラ姫moon3

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