« さまざまな進展 | トップページ | 時代錯誤な刑務所 »

破産、面会、そして爆弾

会議室のようなその広い部屋には、後ろのほうに折りたたみのパイプ椅子がずらり並んでおり、わたしたち3人はその椅子に座って待ちました。

部屋の前半分には、6~8人がグループで座れるような机・椅子が何組もセッティングしてあり、教壇くらいの高さの壇上にまで及びました。

マイクで呼ばれてそれぞれが指定されたテーブルに着き、裁判官を挟んで債権者と向き合い裁判が始まるという具合みたいです。
段の上だとサラシモノみたいでやだな…などと考えながら、興味深くそれを観察しようとしていると、わたしは最初のほうに名を呼ばれ、管財人と弁護士とともに段下のテーブルに着きました。

債権者は、あの悪名高い金融機関のほかにもあったのですが、どこからも一人も来ていませんでした。これは、弁護士が予想していたとおりで、ホッとしました。

裁判官と管財人が並んで座り、わたしと弁護士が並んで座り、その対面には誰もいないという奇妙なバランスで裁判は始まり、裁判官が管財人に『先生、どうでしょうか。』と尋ねると、『彼女は被害者であり、審査の結果、破産には問題ないと思われます。』と、涼やかな声で管財人は答えました。

わたしの自己破産は、ここで認められました。
裁判官が、書類に大きな音を立ててバンバンと大きな印を捺し、2~3の注意事項をわたしに与えて、裁判は終わりました。
ものの2分という、ミニ裁判でした。


もう少し見ていたいというわたしを引っ立てて、弁護士は管財人にお礼を言うと、タクシーにわたしを放り込みました。
日本橋に戻って二人でお茶をし、月曜に静岡に行くと告げると、絶対にもう会えるのかと念を押すので、「内妻の照会書が来て先週返送しておいたので大丈夫と思う、万が一駄目でも、彼の居るところを見てくる。」わたしは決意を話して、彼女と別れました。


そして7月の末の月曜。わたしは始めての、刑務所への面会に出かけました。

この日に行くことは手紙で知らせてありました。
病院に寄ってからなので、東京駅を11時台のひかりにしました。
1時間に一本だけ、静岡に停まる「ひかり」があるのです。
なので、午後イチの面会になるということも彼には書いておきました。
ですが、それを彼が読んでいるのかどうなのか、手紙がサッパリ来ないのでわかりません
でも、その日を逃すと8月に入ってしまいます。
万が一を覚悟しての、静岡行きでした。

病院に行って、どうしても出血が止まらないと訴えると、老医師は渋々薬を変えてくれました。
ですが、それはもう、遅かったのです。
わたしの体の中ではとんでもないことが起きていました。

爆弾を抱えているとも知らず、わたしは一番似合うシャツを着て、日傘を持って出かけました。
緋色の鞄には、静岡市の地図が入っていました。でも、アタマの中には静岡で降りてからの行程も方向も道も、すべて入っていました。飽きもせず地図を眺めたのですから。


静岡は暑いところでした。
そして、冬も経験はしたのに、暑いという印象しか残っていないのは、わたしの体は2年に亘って夏にひどく壊れていたからかもしれません。

新幹線を降りると、駅の構内をほぼ横断し、バス乗り場へと走りました。
それだけで、わたしの心臓は早鐘になり、階段を登るのには、老人のように手すりが必要でした。

体力の消耗は激しく、夏の日差しがいっそう辛く堪えました。

会えますように…
それだけを願っての道のりでした。

|

« さまざまな進展 | トップページ | 時代錯誤な刑務所 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/408836/7077387

この記事へのトラックバック一覧です: 破産、面会、そして爆弾:

« さまざまな進展 | トップページ | 時代錯誤な刑務所 »