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待ちわびた手紙

もう居ないとわかってしまうと、不安や切なさがこみ上げます。
小菅に戻る道すじ、正門の門番さんが泣きながら歩いているわたしを見て、
「どうしたのー」と声を掛けてくれました。
わたしは思わず駆け寄りました。
『もうここには居なかったんです… どこに移されたかわからない!』
わたしが挨拶以外で初めて交わした言葉がこれでした。

『そうかあー、辛いねえ。あなた長く通ってたよねえ。』
『はい…いつもありがとうございました、救われてました。もうここは最後です。』
『そうだねえー。体に気をつけなよー。』
おじさんはやさしい言葉をくれました。
深々とお辞儀をして、わたしは駅に向かいました。

小菅の駅は、荒涼としており、拘置所の建物は更に大きくなっていました。
願わくば、緑に囲まれた施設になってもらいたい…。
拘置されている人のためにではなく、闇を抱えてここを訪れる人たちのために…。


6月の22日に移送されたとしたら、7月に入れば7月分の手紙が書けるはずだ…。きっともう来ていてもいいはずだ。月が替わって書けるようになったらすぐに書くっていう約束だったのだから…。 

手紙を待ち望む日が続きました。
その間もわたしの体からは、徐々に出血の量が激しくなっており、もう薬の効果が無くなって来たかのようでした。

つぶれそうな不安を抱えて手紙を待つ、この時期も格別に辛い時期でありました。

そしてわたしはその辛さに耐えかねて、無理を言っては飲み会をしょっちゅう開いてもらい、その週末には「お好み焼きに行ってみんなに世話されまくりたい!」というワガママを通してもらっており、仕事で遅れて行ったくせに傍若無人な振る舞いをし、夜中に帰宅して郵便受けを覗きました。


真っ白い封筒が一通。

来た!
わたしは家に入り、ドキドキしながら裏を見ました。

静岡でした。
黒羽じゃなかった! 寒いところじゃなかった! 

はさみで細く封筒を切り、便箋を取り出しました。
たった一枚でした。しかも5行でした。
調度一ヶ月ぶりに見る彼の文字でした。

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