« カルチャーショック | トップページ | 失うのは嫌だ! »

目眩の夏

やっと会えたという余韻に浸りながらも、待合室に戻って、売店で差し入れをしようとすると、用紙は面会受付にあり、持ってきたものを差し入れるのは面会受付、買って入れるものは売店と、狭いくせにレトロなくせにややこしいシステムに戸惑いました。

彼に言われた、切手・ボールペン・石鹸・タオルを差し入れて、わたしはまた小さなドアから外界へ出ました。

目眩に見舞われそうな夏空でした。

門でバッジを返却しながら帰りのバス停について聞くと、降りたのと同じ名前の停留所のほうが若干近くて安いと教わり、道を横切って向かおうとすると、後方から呼び止められました。
面会の申請用紙の出し方を教えてくれた婦人がわたしを追いかけて来ました。
「ねえ、おたくバスで静岡に行くの? なら連れて行ってくれない?」
一緒にタクシーでと言われたら嫌だなと一瞬思ったあとだったので、それは了承しました。

道々彼女は自分のことを話しました。三島から来たこと、いつもは東静岡で降りてタクシーで来ていること、タクシー代が片道2600円かかること、内縁の夫が入っていて、9ヶ月経ってやっと3級に昇級し、面会が月に2回になったこと…。
彼女はわたしにも質問をしましたが、わたしは東京から来たということ以外答えませんでした。

真夏のバス停に到着すると、1時間に3本しかないバスはまだまだ来ず、彼女は自販機で冷たいコーヒーを買ってわたしにくれました。
「今日こうして話したこと、忘れないでね…。」そう言って。
強がっていましたが、とても影のある人でした。
彼女を静岡駅で東海道線に乗せ、わたしは新幹線の乗り場に向かいました。


翌々日、彼から7月分の手紙が来ました。

拘置所からの移送は前日に知らされ、行き先は当日朝告げられたということでした。
拘置所とは違って雑居であり、皮膚病のことでいじめられたり、夜は誰かしらが行くトイレの音で眠れず、朝は起床から点検までの時間が短くて揉め事が耐えないこと、土日は全員が雑居房にて過ごすので、どの房でも揉め事が多いこと、工場での作業の様子などが書かれてありました。

おそらくは彼にとってもっとも辛い時期のひとつだったでしょう。
わたしのからだを思いやる言葉も無く、感情の入らない、小学生の日記のように事実だけを羅列した稚拙な手紙でした。

わたしはせっせと手紙を書いて投函しました。
平均して週に4通出していました。
毎回違う記念切手、違う封緘シールを貼りました。


予約していた町田のクリニックに行く日が来ました。
紹介者と待ち合わせて小田急線に揺られました。8月の、暑い日でした。
そこでわたしは驚愕の事実と向き合うことになったのです。
発症してから丸二ヶ月が経過していました。


『これは、うちでは手に負えないね。』
ドクターはそう言って、カーテンを開けてモニターをわたしに見せました。

|

« カルチャーショック | トップページ | 失うのは嫌だ! »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/408836/7107155

この記事へのトラックバック一覧です: 目眩の夏:

« カルチャーショック | トップページ | 失うのは嫌だ! »