その後の進捗いろいろ。

今週は、連日のお出かけで全く時間が取れないことがわかっていたので、
1月の出展に出す作品を、モリモリ作っていた。
昨夜、主催者さんに、広告文章と作品写真3枚を入稿して、
一旦、制作は打ち切り。

あれから、とてもいろいろあった。

月曜日に大学病院に行ったあと、
水曜日が、もともと、リウマチ内科の診察日だったので、
それは変更も中止もしないで、行った。
リウマチの先生が、あの大学病院の先生なので、
是非に色々相談したいと思って行った。

そして、外来医が、いかに酷かったか、
病院自体が暗くて青くて、気分が塞ぐように作ってあることや、
クソ下手な採血看護師がいたことまで、
全部聞いてもらった。

外来医が、主治医になる可能性ってありますか?
呼吸器外科には、教授以下、6人の医者がいるけれど、
外来をやっているのがその先生のみで、しかも月・水しかやってない。
リウマチの先生は、主治医になる可能性もある、とおっしゃった。
あの大学病院は、「二人主治医制度」をとっているからだ。
あの医者なら嫌ですぅ~!と言ってみた。

リウマチの先生は、いつも、関係ないことに相談に乗ってくださって、
いつも他のドクターと話し合ってくださって、親身になってくださる。

色々話して、「じゃあ、違う大学病院に変えますか?例えば、◇医大とか。」と、
言い始めた。
「でもね、そうすると、紹介状はもう一回書いてもらわないと駄目だし、
精神科の先生の紹介状も、取り戻せないから、もう一回になりますね。
検査もまた一からですしね。」と諭してくれた。
「◇医大に変わったとしても、いい医者に担当してもらえるかはわからないですしね。」

うーん。その通りなのだ。

△大学病院は、通いやすい。
行くのが辛い距離ではない。

ただ、病院が青黒いのが、すごく嫌なのだ。
色彩を仕事にしているからこそ強く感じるようで、
先生は、思い出すようにして、「うーん、青いと言えば青いですかねー」とのこと。

そして重大なことが判明した。
リウマチの先生、籍はその大学病院にあるけれど、
そこに、今は勤務していないというのだ。
週に半日だけ、外来で膠原病を主に診ていて、
普段は豊洲に居るという。

なんだ!
ならば、あの大学病院をメインの病院にする意味なんか無いじゃん!

呼吸器内科の先生は、この地元の総合病院では親切でいい先生だし、
リウマチの先生もちゃんと来てくれてるんだから、
じゃあ、手術だけ、我慢して、あの大学病院で受けて、
それが終わったら、またこっちに帰ってくる。
そう決めた。

リウマチの先生にさんざん愚痴って、肝が据わった。

あとは、いつも目をかけてくれている看護師さんがいて、
わたしはいつも午前の最期の患者なので、
待っていてくれて、「どうすることにしたの?」と聞いてくれた。
それで、事の顛末を話して、手術だけ受けてくるわ~、そして帰って来る、と言ったら、
そっかあ、じゃあ、待ってるから、頑張ってね!と励ましてくれた。

手術が終了するまで、リウマチの治療は全面ストップになった。
既に、指関節に痛みが出て来ていたので、そう話すと、
「本当に痛くて辛い時だけ。一日2錠までね。」と、
強い痛み止めを、先生が出してくれた。


それで肝が据わって、制作に没頭していた。

そして、ムギ。

夫が、ムギに、説教した。
なんで避けてるんだ? ママ、いつも良くしてくれてるだろ?と。
その日は、ムギは姿を見せず、小屋にいた形跡もなかった。
わたしは、餌を入れてカイロを交換して帰った。

そしてその翌日。
会ってもらえなくても、世話は必要なので、
腐らず、いじけず、階段を降りて行った。
もちろん、万が一会ってくれたらゆっくりできるよう、モコモコに着込んでいる。

角を曲がり、門扉の前に来たとき、
ムギから、声を掛けて来たのだ。
「ムギちゃん!」と思わず声が高くなる。
ムギはキジトラで、色が暗いので、夜は姿が見えない。
でも、車の前にお座りして、わたしに呼びかけたことがわかった。

ムギから呼んだ、ということは、甘える気持ちになったということだ。
わたしは、いつもと同じように「ムギ、ママ、ムギに会いに来たよ。」と言って、
車の後ろに回り、座って、ひざ掛けを掛けて、
「ムギ、いいよ、おいで!」と声を掛けた。

ムギは、しばらく躊躇していた。
甘えたい、でも、どうしよう…と葛藤があったのだろう。
しば~らくしてから、鳴きながら走って来て、
その勢いのまま、わたしに乗った。

ああ、ムギちゃん、久しぶりだね、
なんだったの?
ママ、何も悪いことしてないよね?
怖い夢でも見たの?

そしてその日から、ムギの甘えっ子ぶりはエスカレート中。
昨日は一時間半、乗っていても、まだ足りないというので、
二時間乗せていて、無理やりおろしたら、顔が怒っていた。



今日(昨日)月曜日は、二度目の大学病院。
しげしげ眺めるが、やっぱり意図的に、青黒くしてあるように思う。
病人を量産する気だ。

今日は先日の検査の結果を聞き、この後更に必要な検査を言い渡された。

肺の機能は、良好。問題なし。
ただ、心臓に不安がある。心電図に乱れが見られるし、頻脈であると言われた。
なのでわたしは、
頻脈は、少女期から既に、90~100くらいあります。常にその数値なので、
わたしにとってそれは「異常」ではなく「通常」です。
心電図に乱れがあるのは、あの時はまだ、咳が治まってすぐだったし、
不整脈も、もともとあるんです、でも、問題視するほどのものではありません。
と答えた。

バカな外来医は、
「何か心臓の検査をしたことがありますか? 超音波とか。」というので、
「超音波はないです。」と答えると、
「じゃあ、超音波と、あとは、24時間心電図をとる器械をつける検査を…」
「ああ、ホルターですね、それは過去に二回、やったことがあります。
不整脈は、あるんですよ。でも生活と関連性が見られず、特に問題視するほどではないという結果でしたので、不要です。」
そうハッキリ、断っているのに、
「いや、でも、一応、やらないと、手術へのゴーサインが出せないので…」と、
勝手に予約を入れやがった。

だから、頻脈だし、不整脈があるのが通常のわたしなんだよ。
そこをつついて、何がどう変わるんだよ!
イライラする。

結局、心臓の検査とホルターをつけるために、
唯一空いていた木曜日に、来院しなくてはならなくなった。
この日に家具が届くんだけどな、困ったな。
そして金曜日がMRIとCT。

で?
その後は?
と聞いたら、年明け7日に検査結果を聞きに来てください、って!
おいおい、このまま放置で、こんな嫌な感じで、年越しかよ…。


外来医は、もらったCTを見て、
「中身が何だか、わからないんですよねー。」と言った。
取ってみないとわからないと言う。

ただ、良性だとしても、大動脈との隙間が、数ミリしかない。
もしも、成長して、大動脈に接してしまったら、
それがいかに良性の腫瘍でも、
手術は大変なことになってしまう。
そんなことは、シロウトでもわかるよ。
そこ傷つけたら、死ぬからね?

悠長なことを言ってるので、
いえね、早く手術日が決まって欲しいんですよ、と言ったら、
1月の8日の夜が、手術順を決める会議だそうだ。
緊急な人、重篤な人を優先するのだからそれは仕方がない。
でも、大体、わからないものですかね?と聞いたら、
やっぱり、「早くて一月下旬、遅くても二月上旬ですかね。」という、
ざっくりとした答えしかない。

年内はもう、この医者の外来はない。
検査・検査に、来るだけだ。

わたしも、良性であるだろうと思っている。

わたしの両親はともに、大きなガンを手術している。
外から見えなくても、その箇所ピンポイントに自覚症状がなくても、
二人とも、発覚する前は、あちこち、どこか調子が悪かった。
わたしには、今は咳が治まって、その調子の悪さがないのだ。
5センチもの腫瘍を胸に抱えていて、平気だということは、
悪性ではないと、自分は思う。

11月に、色んな意味で、無理を重ねた。
「NO!」が言えない自分が、自分の首を絞めて、具合が悪くなった。
咳が酷くなったのは、腫瘍とは関係ないと、呼吸器内科の先生は言ったが、
それは、医学的には関連性はない、という話であって、
そうじゃなくて、人体とはもっと不思議なもので、
腫瘍を発覚させるために、あそこまで咳が酷くなったのだと、
わたしは思っている。
じゃないと、総合病院にまで行かずになんとかしてしまってた。

初診の医者が、「レントゲン…いや、CTにしましょう。」と選択したのも、
腫瘍を発覚させるための、指示なのだと感じる。


マヤ暦を教えてくださった先生に、相談をしたら、
スピリチュアル系の方ではないのに、こうおっしゃった。
「腫瘍は、自分軸で生きていなくて、嫌なことを我慢したり、
人に合わせてて無理をしてる人が、なるんですよ。
これを機に、自分をいたわって、心の声を聞いてあげてくださいね。」とおっしゃった。
わたしもまさしくそう思っていた。

「病は気から」と言う言葉があって、
鬱病患者にとって、それは禁句ではある。
好きでなったわけじゃない!
人より辛いことが多すぎて、我慢しすぎて、頑張り過ぎた結果なのだ。

もし、出来ないことを「出来ない」と言い、
嫌なことには「それは嫌だ」と言い、
もっと自分軸で生きて来られたならば、
わたしは発病なんかしていない。

子供のころから、鬱病なのだ。
それを「気のせい」と言われたくはない。

けれど、今回のこの腫瘍は、中味もわからないし、
なぜこんな大きなものが、今まで毎年のレントゲンに写らなかったのか、
疑問が多すぎる。

これは、わたしにとって、淘汰すべき何かなのだ。

自分軸で生きるということは、自己中とは違う。
他人を振り回したり、巻き込んだりはしない。
相手に嫌な思いもさせない。
「わたしは、それが苦手だから、やれません。」と、言うだけのこと。

それの、なんと難しかった人生だろう。
あと20年しか生きないのだから、これからは、もっと自分を大切に思おう。
                                      

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こんな気持ちで?

月曜日、紹介状と、CD-ROMと、
精神科医の診断書、
それに、あらかじめ夫にプリントアウトしてもらって、
丁寧に記入した初診申し込み表と、問診票を持って、
△大学病院に初めて行った。

電車で一本で、街は、その病院のためにあるような小さい街だった。
すこし登り気味の道を歩いて6分ほど。
大病院である。

9時過ぎに到着したのだが、
紹介状を持っていても、もう予約は受け付けてくれなかったので、
待つことを覚悟でねじ込むのだ。

受け付けだけで40分も待った。

それから診療科に行き、看護師が事前質問に来るまで、大きい待合室で待ち、
それが済んだら、自分がかかる外来の診察室前で、待つ。
前夜は薬を増して飲んで、どうにか午前1時までには寝たと思うのだが、
早起きが何より苦手なので、眠くて眠くて、時々意識が飛ぶ。

やっと番号が表示されて診察室に。
呼吸器外科の外来は、この医者のみで、月曜と木曜しかやってない。
つまり、選べないのだ。

事前に、丁寧に問診票に記入してあるのに、
それを一切見ておらず、全部、質問される。
ムカッとして、「問診票に全部記入しましたけど!」と抗議。
スルー。
「お薬手帳は持ってますか?」
そりゃ持ってるさ! だけど、見やすいようにと、薬局が発行してくれる、
写真付きの大きな一覧表を、提出してる。
「出しましたけど。」
「いや、精神科の先生の字が読めなくて。」
「そうじゃなくて、お薬の一覧表、提出しましたけど!」
スルー。
そして、お薬手帳の小さい文字を見ながら、パソコンに入力しているが、
薬名を知らなさ過ぎて、打ち間違いばっかりしている。

「タバコは吸いますか?」
「吸いません。問診票に書きましたけど。」
「一日どれくらい歩きますか?」
「はあ? 歩きません。精神病患者なので、基本、ヒキコモリです。」
「手術したことはありますか?」
「卵巣摘出と、胆のう摘出です。問診票に書きましたけど!」
スルー。

「今日はレントゲンを撮りますね。」
「ええ? CT画像あるのに、何で今更、レントゲンなんですか。」
「色んな方向から見たいのでね。」
「なら、MRIでいいじゃないですか。」
「来週の金曜日まで、予約でいっぱいなんですよ。
来週金曜日にMRIと、CTももう一回撮ります。」
おいコラ!
人をどんだけ被爆させる気じゃ!

「それと、胸に針を刺して、細胞を採って、検査するかもしれません。」
「嫌です。」
「いえ、痛くないよう、充分に麻酔しますから。」
「じゃなくて、手術で切除するって決まってるのに、細胞をわざわざ採るのは嫌です。」
「いえ、それで治療方針も変わるかもしれないので。」
「嫌です。」

もう、この医者、馬鹿なんじゃないの?
なんで問診票を読まないかな。
看護師も、お薬の一覧表とか、何で医者に渡してくれないかな。
時間短縮できるように、全部きちんと取り揃えて提出してるのに、
なんの意味もなさない。
全部、質問されて、答える羽目になる。
イラつくし、信用できない。
この医者が、主治医になったらどうしようか。
わたしはこいつに、命を預けるのは、絶対に嫌だ。

じゃあ、今日は、心電図と、肺機能の検査と、採血して、帰ってください、
次は月曜日の朝9時半。
その次が金曜日の午後二時半で、とのこと。

金曜日、外来無い日じゃん。
手術の日程、いつ決めるんだよ!

「検査しないとわからないですけど、早くても一月下旬ですかね。」と言っていたが、
わたしは、この病院が、嫌いになった。

とにかく、暗~いのだ。
照明が暗くて、各科の看板は紺色で、寒々しい。
○○病院は、ピンクを基調としていて、明るくて、柔らかくて、好きだった。
あの病院以外、信じられない。

ここで手術を受けなくてはならないのか…。

レントゲンが上がって来て、また診察室に呼ばれた。
確かに、病巣は、大きかった。
心臓の、下前にあるということだ。
なぜ今までレントゲンで発見されなかったのだろうか。
こんなに大きなものが。

「大動脈に、接していますか?」
と聞いたら、「いえ、数ミリ、隙間があるようです。」
「胸膜に貼り付いていますか?」
「そうかもしれません。」

大動脈と、数ミリ、離れているようだ。
それでも危ないことに変わりはない。


地元の総合病院の、呼吸器内科の先生は、
主とする病院を、この△大学病院にしなさいよ、と言ってくれたが、
その気は失せた。
ここは、来ると、生気を失ってしまう病院だ。
わざとそう作って、研究対象となる病人を作り出しているのでは?と
思うくらいに、冷たくて、暗くて、感じが悪いのだ。

採血は6本も取られた。
わたしはいつも、左腕の左端の血管から抜いてもらうので、
「ここからお願いします。」と指示した。
そしたら、もう、ちょっと、今どきこんな下手なやつおる?くらい、
ブツッ! っと刺して、それがめたくそ痛かったので、
「いってええ!」と怒鳴ってしまった。
もう、朝から気分を害しまくっているのに、こんな下手くそな採血、
最低だな!
あああ、○○病院の人は、素早くて、みんな上手だったなあ。
なんで呼吸器外科に、医者が一人しかいないんだろうか。
医者が一人でも、○○病院のほうが、研究とかに使われないから、
マシなんじゃないだろうか。

リウマチの先生は、この大学病院の先生だから、
もうそっちに変わりなさいよと、夫にも言われたが、
それも嫌になった。
あの病院に行くだけで、生気を吸われるのだ。
気分が暗くなるのだ。


9時に病院に到着して、終わったのは14時半だった。
駅までの道すがらに、ポポロマーマがあったので、入って、遅いランチをとった。
電車に乗って帰り、ちまと一緒に仮眠をした。




ムギが、なぜだかわからないが、
突然わたしを避け始めた。

先週金曜日の夜、夫が飲み会だったので、
お姑さんには夕飯ヘルパーさんが入っていた。
ヘルパーさんが帰るのが、19時40分くらいなので、
何回も、自転車がまだ止まってるかをのぞいて、
帰ったのを確認して、ムギの所にいったら、ムギは留守だった。
でも、小屋の中の気温が高かったので、直前まで小屋に入っていたようだった。

座って、呼びながら待っていたら、鳴きながらムギが帰って来てくれて、
甘えて乗って来てくれた。
餌も空っぽだったので、お腹もペコペコだったようで、
割とすぐ欲しがったので、おかかを食べさせた。

そしてまた乗ってラブラブして、
降りてちょこんと座ったので、次にシーバを手から一粒ずつ与えて、
また乗ってラブラブし、
また降りて座ったので、シーバの続きを食べていた。

その時、ムギが、不穏を察知したようで、庭に様子を見に行き、
ダッシュで走って、わたしを軽々と飛び越えて、裏に走って行ってしまった。
きっと、今闘っている敵が、近くに来たのだろう。

しばらくは待ってみたが、闘いにならなくても緊張状態ではあるので、
もうラブラブも無理か、と思い、
「ムギ、ママ帰るよ~? いいの~?」と呼び掛けてみたが、反応がない。
なので、餌を入れて、わたしも引きあげて来た。

それまで、毎晩一時間半、一緒に過ごしていたので、
きっとラブラブが足りてないだろうなとは思った。
案の定、ムギは夜遅くに、酔って帰って来た夫を呼んだそうだ。
夫は、呼ばれたので出て行って、少しラブラブしたらしい。

で、土曜日になり、ムギは夫に甘え、
わたしはいつもの約束の時間に行ったが、ムギは留守で、呼んでも帰って来なかった。
なので、夜中に行ってみた。

すると、ムギは小屋に居て、わたしの呼びかけで出て来て、
爪とぎにちょこんと座った。
「ムギ、ママ、会いに来たよ。」
そう言って、後ろのムギのリビングに回ると、ムギの姿は、消えていた。
車の下にもいない。
前に、こんなふうにいなくなって、数分で戻って来たことがあって、
ムギもゆっくり会うために、オシッコでもしてきたのかなと思うことがあったので、
ムギちゃーん、と呼びながら15分待った。
でも、ムギは姿を見せなかった。

避けられた。
あからさまに。

日曜日も、いつもの時間にちゃんと行った。
ムギは小屋に居て、やはり出て来て、爪とぎに座った。
わたしが、しゃがんで、「ムギちゃん、会いに来たよ。」と明るく声をかけてから、
ムギのリビングに回ると、
ムギは車の横に逃げ、
わたしが覗くと、ダッシュして門扉を潜り抜けて、
お隣の駐車場に、逃げて行ってしまったのだ。

避けられた、というレベルではない。
完全に、
逃げられた、のだ。

全く理由が思い当たらない。
嫌がることは、何一つしていない。
捕まえようともしていないし、抱きかかえることもしていないし、
愛でて、撫でて、大切に毛布でくるんで、毎日ラブラブを一時間半もしてきたのに、
ムギの中で、何が起きたのか、見当がつかないのだ。

なので、悲しいと言うより、余りにも理不尽なので、腹立たしい。

幸い、今年は、やっと夫が本気を出して、
ムギの小屋の防寒対策をしてくれた。
去年まではわたし任せだったのだ。
小屋の内側に、断熱材を貼り、
天井を作って空間を狭くし、
入り口には、風よけの板を貼ってくれた。

わたしは、のれんを変えた。
厚手のタオルを二重にして、入り口の下まで全部のれん。
真ん中に切れ込みが入っているだけ。
ムギが入っているのかどうかは見えないくらい。

なので、夜中に凍えていないかを、見に行かなくても大丈夫そう。
ここ数日は、24時間持続のカイロを入れてある。
本当は様子を見に行きたいが、せっかく小屋でぬくぬくしているのに、
わたしが行けば逃げて隠れて、寒い思いをさせるので、
敢えて行かないことを選択するしかない。

ムギは、一体何を勘違いしているんだろうか。
目の前で逃亡されたら、
ママ、傷つくよ…。
毎日一時間半も、ママに乗ってゴロゴロ言ってたのに、何があってこうなったの?


そんなこんなで、もういつの間にか、年の瀬だ。
来年は、年明け早々、手術になるようだし。

今日は、動物病院に行って、ちまを預ける前提で、色々尋ねて来た。
餌をどの程度準備すればいいのか。
どれくらい私物を持ち込んでいいのか。

わたしは、ちまに薬を飲ませる時、
四分の一にカットしたオブラートでくるんで濡らし、
それにおかかの粉をまぶして、カリカリに混入している。
口をこじ開けて、口に薬を放り込むことは、したくないのだ。
でも、ペットホテルだと、手間はかけてあげられないから、
口をこじ開けて放り込んで飲ませますと、先生は正直におっしゃった。

それが一番辛い。
自分の痛みよりも、ちまが不敏でたまらない。
ちまは、よそで暮らしたことがないのだ。
この部屋を二度目、リフォームして耐震構造にしたとき、
母屋の和室に、ちまとわたしと二人で籠城した。
ちまは怖がって、部屋の隅っこに置いた椅子の下の、
小さいベッドに隠れていて、
練る時はわたしの隣に来た。

ちまが可哀想だから、とにかく早く退院したい。
でも、あの病院、本当に嫌いだ。
憂うつになるように設計された病院だ。

あの外来医が主治医になったら、どうしよう!
それは絶対に嫌だ!

辛いなあ。
いろいろ、いっぱい、辛いよ。

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今更ながら、鬱はしんどい。

昨年末から、今年の前半は、
失うばかりの日々だった。

親しかった人が離れて行き、
人に裏切られるようなことも経験し、
ぽっかり空いたところに入ったのが、「宇宙人会議」だった。

そこで仲間を得たわたしは、
突然また、創作を始めた。

そのための空間を空けられたかのようだった。

6月から突っ走って、秋に出展を迎え、
初日に、営業メッセージを送っておいた店の店長さんが、
見に来てくださり、気に入って下さり、委託が即、決まった。

その準備に突入した時、ムギが突然食べなくなり、
抱っこして
「ムギ、具合、悪いの?」と尋ねたら、ムギはシッポをパタパタ、と二回振って、
「そうだよ。」と答えた。

なので、ムギを捕獲して、病院に入院させることを、一人でやった。
ムギは怒った。
でも、急性膵炎かもしれない数値が出て、要観察になって、
入院させたことは、わたしは良かったと思うのだが、
ムギは、ひょっとしたら、放置しても治るとわかっていたのに、
病院に入れた!と怒ったのかも知れない。

毎日毎日、面会に行き、二時間抱き合って過ごし、
退院できることになって、迎えに行って、
連れて帰って来たのもママなのに、
ムギはあからさまにわたしを避けて、目の前で姿を消す日々。

一週間以上が経過し、夫にしか甘えないムギに、
夫が怒っておいたそうで、
ムギは、やっと、恐る恐る、わたしの脚に、乗って来た。

それからは、ラブラブ。

11月の出展の前、それまでの、委託とムギとのことで疲れが出たのか、
出展前日、嫌な感じがしたので、
早々に荷物を詰めると、一日寝て過ごし、体力を温存した。
そして出展。

夫が、帰りに一緒に夕飯を食べたい、とメールしてきて、
それを断れなかった。
次の週も、精神科通院で疲れてるところ、帰りに食事をと言われ、
また、断れなかった。
もう、咳が酷くなっていたので、夫に漢方薬と気管支拡張のテープをもらって貼った。

全然良くならず、近所のクリニックに行って、
気管支炎の飲み薬を無理言って出してもらったが、
咳は治まらず、ケンケンしながら、ビーズを作って、
今、これでしょという、ストールピンを作って、納品に行った。
すると店長さんが、わたしの咳を聞いて、
「それ、咳喘息じゃないかしら。わたしもそうだからわかる。」と言ってくれた。

その一言で、ああ、もう、これは潮時だなと思い、
翌日、総合病院に、やっと行ったのだった。



今日は精神科の通院だった。
今までの手術の辛かったことや、
胆管に管をはめる手術で、パニック発作を起こしたこと、
カーテン一枚隣に知らない他人が寝ていて、寝られるわけがないことなどを、
話そうと思って行った。

待っていた患者さんが先に呼ばれ、すぐに出て来て、
わたしの後には誰も待っていなかった。

わたしは、今日は色々聞いていただきたいことがありまして、と前置きして、
今回、気管支炎の酷いのから、喘息になってしまったこと、
それとは別に、肺に腫瘍が見つかり、手術を受けることになり、
月曜日に△大学病院に行くこと、
それと、卵巣を摘出した手術の時のことからを、
順を追って話した。

麻酔の副作用で吐くこと。
4人部屋で皆さんが食事をしている時に、一人えづいて吐いていて、
とても申し訳なく辛く、
夜も寝られなかったこと。
その後、精神をやられ、数カ月間、おかしくなったこと。

胆のうの時は、黙って管をはめる手術をされ、
麻酔が効かないので、と言っておいたのに、まあまあと、
足りない麻酔で、口から胃、十二指腸を経由して胆のうまでカメラを入れ、
金属の管をはめ、
麻酔が効いてないので、
痛さと苦しさで悶絶するわたしを看護師さんが3人で抑えこみ、
終わった時、医者が、「ストレッチャー!」と叫んだが、
わたしは、すくっと立ち上がり、「歩いて戻ります。」と言ったら、
看護師が、ドン引きして、
「本当に麻酔、効いてなかったんだ…。」と驚愕したこと。
それを聞いた時に、パニック発作を起こし、
麻酔で、ではなく、パニック発作でストレッチャーで運ばれ、
4人部屋だったので、声を押し殺すのも大変だったことなど、
いっぱい聞いてもらった。

今度の手術は、今までより、きっと大変になる。
だから、どうしても、個室じゃないと、精神が耐えられない。
わたしはそこで大泣きして、
「先生、なにか、お口添えを、お願いすることは、できませんでしょうか。」と、
途切れ途切れに、頼んでみた。

先生は、「それは辛い経験をしたね。もちろん、書きますよ。」と言ってくださった。
月曜日に大学病院に行くんです、と言ったら、
「うん、今すぐ書いてあげますよ。」と言って、
診断書を取り出して、記入してくれた。
わたしはずっと、ぐすぐす泣いていた。

書き終えると、先生が文書を見せてくれた。
「双極性障害と、パニック障害にて、当院に来院している患者です。
肺の手術の際は、個室にての療養が必要です。
よろしくご高断をお願いいたします。」と、
明確に、個室が必要であると、書いてくださっていた。
ありがたくそれを拝して来た。

これが、どの程度の効力があるのかは、わからない。
でも、そこに書かれているのは、「事実」でしかない。
個室じゃないと無理なのも「事実」なのだ。

泣き疲れて脚がふらつき、息が上がって苦しい。
薬局を出たところでタクシーを拾って、隣駅まで贅沢をした。
今日は夕飯ヘルパーさんが出入りするので、
ムギには19時半過ぎにしか会いに行けない。
なので、早めの夕飯を食べてから、電車に乗った。

東急線は、終夜運行をするとアナウンスが流れていて、
いつもより、電車の本数がすごく多くて、
帰宅ラッシュの時間帯なのに、座って帰って来れた。
何のイベントがあるんだろう?


ミッションを、一個クリアした。

日曜日に、委託店舗さんに納品に行き、
月曜日が△大学病院。


足がふらつくのも、息苦しいのも、鬱の一つの症状である。
初期の頃に、よく出ていた症状だ。

わたしの腫瘍は、おそらく、心臓の裏側にあるんでしょうと、
精神科医が言っていた。
だから、レントゲンでは、映らないのだと。

あの、初診のドクター、なぜ急に気が変わって、
「いや、CTにしましょう。」と言ったのだろうか。
いい選択をしてくれた、と思うしかない。

今は、ちまと離れることが辛い。
毎晩、枕の隣で寝てくれている、大切なお姫さま。
オバチャンどうしになっちゃったけれど、ちまは永遠にお姫さまなのだ。


今更だけれど、
治らないうつ病。
いろいろ、しんどいことが多い。

でも、不幸ではないし、孤独でもない。
一昨日、誕生日に、とてもたくさんの人から、
お祝いのメールやメッセージをもらった。
幸せだった。

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声をあげて泣いた。

完全に鬱状態で、なにも手につかない。

今日は友人でもあり、大好きな猫作家さんの個展の最終日だった。
行きたくてDMをテーブルに出しておいたが、
この精神状態では、人に会うことができない。

なので、諦めた。

何をしていたか、記憶にない。

気が付いたら外は暗く、
変に暖かくて、開けていた窓を閉めるのも忘れていた。

早めにムギの所に行くと、
ムギはもう、庭の真ん中で、声を挙げて転がりながら歓待してくれた。
すぐに乗って来て甘える。

せんだって、親しい友人のところの猫さんが、21歳で亡くなった。
その年齢だから、充分に生きたとは思うけれども、
それだけ長く一緒に暮らした子を失った喪失感を、想像するだけで泣ける。

ムギももちろん可愛いが、ちまを大切にしようと改めて思う。

ムギは、一時間半、わたしに乗っていた。
それくらい乗っていると、足りるらしく、
「夜中は来ないけどいいかな?」と聞くと、いいよ、と言う。

今夜は、夫に一度全部順序だてて説明して、
個室を取りたいことを、今一度お願いしないと、と思う。

常に忙しくて不機嫌な夫と、話し合うことは、憂うつだ。

資源ごみを持って行き、夫と話そうとしたら、お風呂だったので、
部屋で待っていた。
そして、気管支炎になったときからのことを、順序だてて、
全部、わかりやすく、説明した。

病院に行く都度、報告メールはしているが、
それに対して、返事が来たことはない。
夫はわたしの体について、心について、無関心なのだ。
関心を持つ暇すらないのだ。

なので、順序だてて、全部説明をした。

左の肺に、腫瘍がある。
大きさは約5センチ。
ここで夫が顔をゆがめて、「大きいな」と、初めて反応した。

呼吸器内科の医者と、放射線科の医者の見解では、
その腫瘍が、丸くて、他の部位にねっとりと絡んでいる様子ではないので、
良性のように見えるとのこと。
ただし、良性か悪性かは、細胞を採って調べない限り、わからない。

腫瘍のある場所は、心臓と、大動脈に挟まれた箇所で、
腹膜に接触している。
なので、鼻から管を入れて細胞を採る検査は、危険すぎて出来ない。

そもそも、肺に腫瘍が出来た場合は、それが良性でも、
摘出が普通。
なので、手術は決定事項。

今まで、卵巣の摘出・胆のうの摘出に、○○病院に入ったが、
その病院は、呼吸器外科に、ドクターが一人しかいない。

そういう病院に、送り出したくないと、呼吸器内科の先生は言う。

リウマチの治療は、気管支炎がわかり、抗生物質が処方された時点で、
即刻中止している。
それはリウマチの主治医にも伝えてあり、
お電話をいただき、その選択でいいと言われた。
リウマチの先生は△大学病院からの派遣の先生。

いまかかっている総合病院では、手術をしないわたしという患者について、
呼吸器内科の医者と、△大学病院からの派遣の医者が、話し合ってくれており、
とても、非効率。

手術が終了するまでは、リウマチの治療はストップ。
再開をいつからにするかは、術後の診察による。

そんなわけなので、もう、一切合切を、△大学病院で、診てもらったらと、
呼吸器内科の先生が、勧めてくれた。
△大学病院には、呼吸器外科の医者が7人もいて、比べ物にならない。
しかも、リウマチの先生は、その△大学病院の医者。
連携で治療に当たれる。
精神科もある。

なので、紹介状をもらって、△大学病院に行くことにしました、と
夫に説明した。

夫はパソコンで大学病院のHPを見ながら、了解した。
リウマチも、今後そっちに変わればいいよ。
メインの病院をそこにすればいいだけだろ?
そう遠くないし、と言った。


腫瘍はたとえ良性でも、大動脈の隣なので、おそらくは開胸手術になると思う。
今までの手術のように、簡単ではないと思う。

それで、大学病院だから、更に高くなって申し訳ないんだけれども、
どうしても、個室に入らせてもらいたい。
じゃないと、精神を保てないし、それが快癒の妨げにもなるからと願い出た。

これが、本題だ。
ここがクリアできないなら、わたしはおかしくなる。

夫は、いいよ、と即答した。

そして、個室代って、こちらから頼めばもちろん払うんだけれど、
医者が、この患者には個室が必要だと判断したら、
費用がかからないんだよ。
だから、前に、管をはめる手術をしたとき、パニック起こして大変だったんだろ?
その話をして、障害者手帳も出してみたら、と言った。

わたしは、双極性障害で、障害者2級の手帳を持たせてもらっている。
パニック障害も持っている。
それが事実なのだ。

もしかしたら、無駄かもしれないけれど、
嘘じゃなくて本当のことなんだからさ、提示して説明したら、
カンファレンスの時に、精神科医が同席してくれるかもしれないしさ、
そのほうがいいじゃん、と夫は言った。

ちょうど、金曜日、精神科の通院なので、
じゃあ先生に相談して来るね、という話に納まった。

共済保険から降りる金額を説明し、もちろん全額夫が受け取ることにして、
手術の日程は、早くわかったほうがありがたい、
今はとにかく、ばあさんの世話でもう手一杯だから、
そういう期間だけでも、ショートステイに預けられないか聞きたいから、とのこと。

ちまは、夫は世話をしきれないので、
かかっている動物病院のペットホテルに預けることになった。



部屋に帰って来て、
個室を渋られなかったことに安堵したら、
表面張力で、どうにかこぼれずにいた、辛さが、爆発した。

誰にも甘えられない。

親には絶対に知られたくないし、
息子には知らせるが、お嫁ちゃんは過度に心配してしまうので、口止めしてある。
夫は、仕事と家事と、お姑さんの世話でもういっぱいいっぱい。
ムギの世話すらしんどい。

甘えてもいい姉もおらず、
息子には、弱った悲惨な姿は見せたくなく、
わたしは、誰にも、甘えることができないんだ。

そう思ったら、今の自分じゃなくて、子供のころからの自分が、
余りにも可哀想で、
ベッドに座って、タオルで顔を覆って、
大声をあげて、泣いた。
もう表面張力はなく、感情があふれてあふれて、
たとえ良性でも、大きな手術になることがわかっているのに、
そばについててくれる人もなく、
自分も甘えるすべを持たず、
全部自分一人でやろうとしている。

入院する時だって、夫を休ませるわけにはいかないから、
背中にちまを背負って、入院の荷物を持って、
自分でちまを預けに行き、
その足で入院しようかとまで考えている。

手術の日には、夫に病院に居てもらわないといけないし、
なので、入院の時は、自分一人で行くのだ。
夫には稼いでもらわないといけない。


大声で泣いて泣いて、
ああ、わたし、こんなに辛かったんだ?とわかった。
平静を装って、動揺してないとか言っちゃって、
甘える相手が居て、甘え方を知っていたら、きっともっと楽なのに。
なんと可哀想な生い立ちなんだろうか。


泣き止んで、過去の手帳を見てみると、
卵巣嚢腫が発覚して手術で摘出したのが、2013年の10月。
胆石が詰まって緊急入院したのが、2016年の8月。
胆石が詰まらないよう、管をはめる手術も。

転院して、胆のうを摘出したのがその年の9月末。
8月にはめた管を抜く手術が11月だった。

三年ごとに、手術。
しかも、今度のが一番厄介だ。
良性だとしても、大きいし、場所が悪い。

今まで、レントゲンに写らなかったのは何故なんだろう。
でも、成長すれば肺を圧迫してくるので、
見つかって良かった。
初診で、レントゲンじゃなく、CTにしましょうと判断したドクター、
いいお仕事でしたよ。


金曜日に、精神科。
月曜日に、大学病院。
水曜日にはリウマチの診察予約が入っているので、報告がてら行って来る。
病院のオンパレード。

夫も気の毒に。
鬱病持ちと知っていて結婚したのだが、
10年で三回も手術されるなんて、予想だにしなかっただろう。
卵巣の手術のあと、夫が共済保険を見直して、
入院一日目から降りるものに変更してくれていたので、良かった。
金額は、共済なので、微々たるものだけれど。


今、薬が飲み込めた。
夫に個室を渋られたら、と言うのが、ネックだったのだ。
お見舞いはお断りして、個室でしっかり療養に勤めて、
早く退院して、ちまを引き取らないと。

辛い坂が続くけれど、これは、人生の、デトックスなのか?

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いま、鬱の発症。

今日も呼吸器内科に通院した。

まだ咳が出ていて、朝方、発作に襲われる。

胸の真ん中が、苦しくて痛い。

息がしづらい。

飲み込むことに困難を感じる。

薬が飲み込めず、いつまでも、口と喉の境目にあって困る。
吐いてしまう。

体中が痛い。


呼吸器内科の先生に、咳が出るし、胸の真ん中が痛くて辛い、と訴えた。
すると、聴診器で音を念入りに聞いて、
「いや、もう、喘息の音、してないよ?」という。

そう…。
そうなの…。

じゃあ、これは、
全部、
鬱病の、症状。


苦しいのも痛いのも、息が出来ないのも、
薬が飲み込めなくなったのも、
鬱の、症状。


いっぱい相談した。
リウマチの先生と話し合ってくださったことに感謝した。

腫瘍は、良性か悪性かは別として、
直径5センチという大きさだそうだ。

大きい。

それが、心臓と大動脈の間に鎮座している。

「ねえ、〇〇病院じゃなくてさ、△大学病院にしようよ。」
ドクターが、まるで家族のように言った。
「〇〇病院さ、呼吸器外科のドクターが一人しかいないんだよ。
それはちょっと勧められない。」
わたしも、調べたので、そこには気が付いていたし、引っ掛かっていた。
ドクターは自分の、画面が割れたスマホで検索をして、
△大学病院の、呼吸器外科を調べてくれた。
「ほら、こっちならさ、教授から始まって、7人いるんだよ。比べものにならないよ。」

うん。それも知っていた。
しかも、わたしのリウマチの先生は、その大学病院から派遣で来ている。
なので、いま、ややこしいことになっている。

この病院では呼吸器外科の手術は無理。
わたしは、過去二回、手術を受けていて慣れている、○○病院に行きたい。
そこは、安い。

リウマチの治療と合わせ考えて当たらないといけないので、
△大学病院に行くことが、ベストなのだ。
うすうす、そうだと思っていた。

「先週さあ、Tくん(リウマチの先生)とも話し合ったんだけどさ、いつ手術して、
いつリウマチの治療を再開するとか、△大学病院に行けば、一辺に済むじゃん。
な? そうしようよ。それが安心だよ。」
呼吸器内科の先生は、まるで家族を説得するかのように、
親身になって、考えて、リウマチの先生とも相談してくれていた。

「はい、わかりました。じゃあ、そうします。」
わたしは、決めた。
そう遠い病院ではなく、電車で一本。
駅から山を登ること5分。不便さはない。

「うん、だからもう、そっちに全部移りなよ。紹介状書いてROM用意するから。
夕方取りに来れる?」
「はい、じゃあ4時半くらいに来ます。」
「△大学病院さ、紹介状あれば、予約なしで入れてくれるから、
早めに行きなよ。」

わたしは、もう喘息は治っていて、
鬱としての症状で、胸が痛くて息苦しいんだとわかった。

でも、咳が出るので、お薬は出してもらった。
でももう、ステロイドも抗生物質も出せないからねと言われた。


一旦お会計をして、パン屋でパンを買って一度帰宅。
実は、朝、出かける前に、ちまが吐いており、
わたしのベッドは悲惨な状態で、出かけたのだ。

ちまは、わたしが時間がなくて出かけたあと、一人で続けて吐いたらしく、
最初の一回を、わたしのベッドボードと布団の隙間に吐いてあり(悲惨)、
二回目、わたしのベッドの中央に、三回目、タオルケットの上に吐いてあった。

八割、フローリングなので、フローリングで吐いて、と常々言ってあるのだが、
どうしてもファブリックで吐く。

もう心も体もヘトヘトなのに、
シーツを二枚はがして、布団に掃除機をかけ、
洗濯機を回してから、パンを食べた。



母との確執で、過食だったとき、
パン屋で買ったパンなんて、3つも4つも食べてたのに、
今は一個しか食べられない。

胆のうを摘出した年、5キロくらい痩せたのだが、
そのあと帰省して母と揉めて、過食になってしまい、半年で6キロ太った。
息子がびっくりしていた。

夕方、試しに体重計に乗ってみたら、一か月で、4.5キロ、痩せていた。
ただ、わたしはポッチャリ太っているタイプではないので、
見た目は、あまり変わらないと思う。

いつもの時間に、ムギに会いに行った。
土日は、夫にムギを任せていたので久しぶりに会った。
ムギは車の前に出て来ていて、もう可愛いポーズをやって待っていた。
ムギちゃん!と呼ぶと、なが~い鳴き声で、不服を訴えた。

でもわたしが座ると、飛んできてすぐに乗って甘えた。
可愛い。
ちまも特別に可愛いが、ムギも切ないくらいに可愛い。

ムギを脚に乗せて小さい毛布をかけて、
ふと思った。
ムギ、この間(10月)に入院した時、体重が減っていて、
4.7キロになってたんだよな~。

え…。
えええ?
わたし、ムギ一匹くらい、痩せたの?
一か月で?

ムギを眺めて、この量痩せたって、ある意味すごくね?と思った。

まあ、あと20キロ痩せても全然OKなんだけれど。



入院は、個室じゃないと無理だ。
卵巣を摘出する時に、本当に辛かった。
薄いカーテン一枚の、すぐ隣に、全く知らない他人が寝ているのだ。
しかも、みんなは寝ているが、わたしは不眠なので眠れない。
わたしだけが吐いて吐いて、
起き上がることも出来ず、食事も食べられない。

あんな辛さでは、体も休まらないし、
心を病んでしまう。

胆のうの時だって、最初、緊急で入院した時、
心をやられた。

だから、手術で転院する時に、個室に入りたいと夫に頼んだら、
「ガンでもないくせに。」
「死ぬわけでもないのに。」と、言われた。

そう。先妻さんは、ガンで亡くなったから個室だった。
だから、わたしに個室は、もったいないというのだ。

わたしが心を病むことなど、彼にとってはどうでもよく、
出て行くお金の心配だけをしている。

もしも、それで破産して暮らせなくなるような、貧乏な家庭なら、
わたしも甘えないよ。
でも、お金で解決できるのであれば、お金を使えばいいじゃない。
ただ、それだけのことじゃないか。

そんなにわたしに、お金をかけるのが惜しいのなら、
何故、あんなに、「結婚」とうい形式にこだわったの?
セフレのままだったら、知らないね、で済んだのに、
結婚を望んだのは、夫なのだ。
手元に置きたい、と言って引かなかったのは、夫なのだ。


〇〇病院と違って、大学病院は、個室が高い。
それでもわたしは、個室でないなら、精神に異常をきたすとわかっている。

だって、今もう、こんななんだもの。
誰が救ってくれるの?
胸が痛くて息を吸うのも苦しくて、喉に何か塊がある。
それって、鬱病の症状の一つなんだよ。
もう出てるんだよ。


わたしの腫瘍が、良性で、
手術で大動脈を傷つけたりせずに上手にやってもらえれば、
死ぬことはないと思う。

けれど、心を病めば、それは、最も死に近い病なのである。

それをわかっていない。


わたしは、誰にも甘えず、淡々としている。
病気の時に、優しくされた経験なんてない。
だから、いつものことだ。
生まれて、今までと何も変わらない。

それでも、孤独であるとは思わないよ。
ただ、薬が飲み込めなくなってて、むせて、吐いて、
眠れなくて、起きられなくて、
それでも、一人でいられるから、とがめられずに済む。

人はどうせ一人なんだから、いいよ。
でも、100%死なない手術はないし、
何かあった後、慌てて個室に移しても、
もう遅いってことがあるよ。

わたしは、精神疾患患者なのだから。

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