答えが見つからない。

夕べは久しぶりに寝付けなかった。

朝になって始発電車が走る。
辛い。
でも、起きなくてはならない予定があるから、
どうにか薬を増やさずに眠れないか、試行錯誤するのだが、
眠気は訪れず、
仕方なく朝の6時半に起き出して、睡眠薬を追加で飲んだ。

起きる前、眠りが浅くなっているのを自分で感じていた。
ちまがそばにいて、起こそうとしているのも。

わたしは、夢を見ていた。
父が死んだ夢だった。

夢の中では、父は現在の90歳近い老人の姿ではなく、
60代くらいの様子をしていた。
お通夜で、わたしが遺体の隣に座っていたら、
寝かされていた父が突然咳をして、意識を取り戻したのだ。

お父さん、死んでなかったんやね!
危なかったよ、焼かれるところやったよ!とわたしは喜び、
待ってて、お母さん読んで来るわ、と言った途端、
父はやはり、そのまま死んでいったのだった。

わたしは、泣いていた。

泣きながら目を覚ました。

そうだ。
わたしは、父が死んだら、きっと悲しくて寂しくてとても辛い。
まだまだ、話を聞きたい。
満州から引き揚げて来たときの話とか、
戦後の闇市の話とか、
一時的に京都に住んでいたと言っていたけれど、それはなぜだったのかとか、
確か、腎臓の手術を受けて、途中で麻酔が切れたって、言ってたよねとか。

父の話をもっと聞きたい。
会いたい。

でも、わたしが会いたいのは、父一人なのだ。
そして、母の話をしない父に会いたいのだ。

それが叶わない。
父と母は、ツインソウルで二人で一つだ。
わたしをどちらかが庇ってくれることはない。
いつも二人はタッグを組んで、わたしの前に立ちはだかる、岩壁だった。
絶対的権力で、
わたしには味方が一人もいなかった。

唯一の同士だったゴンはたった3年で死んでしまった。


このまま、絶縁状態で、父が死んでしまったら、わたしは間違いなく後悔する。
ものすごく悲しい。

でも、おかあさんのこと、頼むな、と言われても、OKとは言えない。
わたしは、母という人が嫌いだからである。

父はもうあと、2年は生きられない。

90歳までは生きないのだ。
お別れはもうすぐそこまで来ている。

けれども、母に会うだけで気絶してしまようなわたしは、
帰省はできない。


悲しむことを、後悔することを覚悟で絶縁したのだ。
けれども、正確には、切り捨てたのは、あちらだ。
わたしの気持ちを、無いものとしたのだ。
全否定である。

だったら、娘なんていなかったと思えばいい。
二人の長い人生の中で、たった24年一緒に暮らしただけの存在だ。
愛する対象ではなかったということだ。


こうなるまでの手紙のやり取りで、わたしは父には愛を伝えた。
とても大好きだと、ちゃんと伝えた。
だけど、母は駄目なのだ。
あの人は、卑怯すぎる。


やがて、遠からず来る父の死を前に、
わたしは、何も出来ない。

もしも父の死後、それでも母が、まだ父を悪く言ったりしたら、
誰にも遠慮せず、母を罵倒する。
あなたにとってはもともと他人だったでしょうが、
わたしにとっては父親ですよ。
その父を悪く言うなんて許さない、とはっきり言える。


明日はカウンセリングだ。
この話をして来ようと思う。

どうしてここまで苦しまなくてはならないのか、
わたしにはまだ、その答えが見つからない。

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文化的に遊ぶ。

わたしに、趣味は?と聞かれたら、
カラオケって答えるだろうけれど、
趣味って言えるほどには、頻繁には行ってない。

好きなこと、やりたいことが、いつもすべて、仕事としてでないと、
嫌だったのだ。
だから、儲かりもしなくて、それだけでは食べて行けなかったのに、
樹脂粘土の仕事を12年もやっていた。

やっと社会に認められて、講師を育てる講師としてやってもらいたいと、
言われてた矢先に、
事件が起きて、巻き込まれて、
わたしは、仕事がやれなくなった。

イラストを描かねばならないのに、
ペンを持ってデスクに向かっても、手が動かないのだ。
あれほど無尽蔵に湧いて困らなかったデザインが、もう浮かばないのだ。

それで仕方なく、別のアルバイトをしながら生きていた。
そのうちにうつ病を発症して、なにもやれなくなった。


再婚して、アパートに越して、一人になり、
天然石のアクセサリーを始めた時も、
趣味でいいとは全く考えなかった。
だって、自分はアクセサリーを、しないんだもの。

とにかく、仕事として発信していかないと、
わたしは、駄目になってしまう体質なのだと思う。

天然石のアクセサリーは、好調だった。
でも、本来が、ものすごく「石」が好きでやっていたので、
損得勘定なしに、売り上げは石を買う資金につぎ込み、
貯金は増えなかった。

個展が、東日本大震災でダメになってから、わたしは急激に下り坂に入り、
自分が「躁鬱病」であったと、やっと自覚した。

人さまに売ってお金を頂くことが怖くなって、創作をやめた。

そして母屋の炊事に手を出して、リウマチを発症した。


今は、こうして文章を綴ることも、創作の一部であると思っている。



ところで、とある体験会に申し込みをしておいたら、
応募者多数で、抽選になったようなのだが、
わたしに、当選しました、という案内が来た。

寄木細工の体験会だ。

若い頃は、そんなに興味が無かったので、箱根に行っても、
寄木細工をちゃんと見たことがなかったのだが、
人形屋に勤めている時に、日本の伝統文様を必死に勉強していて、
その素晴らしさに目覚めて、
それを、木の色だけで、組み合わせて再現している寄木細工ってすごい!と
思うようになった。

見に行きたいと思い、夫に連れて行ってもらえないか聞いたら、
朝6時に出発出来ないんなら行かない、と言われて、
そんな意地悪を言われてまで行かなくていいや、
いずれ友達とロマンスカーで行こう、と思っていた。

そんな去年だったので、体験会のお知らせを見て、
軽い気持ちで応募していたのだった。


わたしは、ずっと、体験会を主宰する側の人間だった。

樹脂粘土の仕事をしている時、
作品を売るだけでは収入にならないので、教室を始めて、
生徒さんを募っていた。

定期的に個展を開催したり、アートマーケットに出展もしていた。
賞もいただいたことがある。

それを見に来ていた百貨店のバイヤーの目に留まり、
デパートで個展をやり、体験コーナーを併設して、
また、友の会みたいなところで定期的に開催させてもらっていた。

しんどかったのは、イクスピアリでの、ゴールデンウィークから母の日までの、
20日間くらいの、ぶっとおしの体験会。
朝から夕方まで一日に何度もやる。
終いにはストレスで吐いた。

ホビーショーでは、粘土を輸入している会社のイベントで、
体験をやる係だったので、人が押し寄せていて、当然、立ちっぱなし、
喋りっぱなしの激務。
会社側の人たちは、交代でお昼ご飯を食べに行っていて、
「先生も食べて来てください。」と言われるのだが、
順番待ちをしている人たちを待たせてご飯に行けるはずもなく、
三日間、ほぼ飲まず食わず、トイレに行くのがやっとな激務をこなしてきた。

だから、ホビーショーに、遊びに行って、体験をやったことが無いのだ。


寄木細工の体験は、すごくすごく楽しかった。

まずは行ったことがない土地へ一人で行けるよう、
夫が地図を用意してくれて、
グーグルのストリートビューを2回見せられて、
行った気になって覚えて、と教えてもらった。
その甲斐あって、無事にたどり着けた。

応募者多数だったので、隣の人とはぎゅうぎゅうだった。
緊張した。
そうだ、わたしは、こんなに他人の中に放り込まれる経験は、
しばらくしてないのだ。

講師である作家さんはお若くて、気さくで、色々質問させてもらった。
主催者さんの手際も良く、嫌なことは一つもなく、
楽しく終わることが出来た。

本当に楽しかった。

夫が、夕方帰って来て、猫たちの世話もしてくれるというので、
その日は思い切り、羽を伸ばした。

いつもは、出かけても、ちまとムギが空腹で待っていると思うと、
のんびり見て回れないのだが、
夫に餌をやってもらっているので安心。

わたしは早い夕飯をゆっくり食べて、
新宿の高島屋の、東急ハンズを、8階から1階まで、全部、見て回った。

何という贅沢!

寄木の体験は安かったが、気に入った作品があったので買ってしまった。
ハンズでも5,000円くらい買い物をした。
それでも、抑えたほうだ。

とても楽しい一日を過ごして帰って来た。
夫には一杯お礼を伝えた。

夫は一人で、ばあさんと猫二匹の世話をして疲れたよ、とメールが来たので、
体験会のことを喋りたかったわたしは、
夫に、部屋で一緒に飲まない?と誘いをかけて、
夜中まで喋った。

そして夜半すぎに、コトンと寝て、11時間半、眠った。
ちまが何度も起こしに来ていて、
目覚めたら、ちまが頭の横に座っていて、可愛かった。
子猫のときみたいだった。


今日は、一杯家事をした。
料理もした。

ちまも可愛がって、ムギともラブラブした。


ずっと、調子が悪かったけれど、きっともう大丈夫。

文化的に遊ぶって、こんなに気分がいいものなんだね。

また、何かの体験に行きたいなあ。
楽しい一日だったよ。
幸せだった。

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一日に一つでもいい。

ここのところ、ずーっと具合が悪かったので、
家事も手抜きで、料理もまったく、していない。

食器洗いも二日間ためて、やっと洗ったり。

そういう暮らしは、自分自身がすさむので、
どうにか、きちんと部屋を整え、清潔に保ち、
ちょっとした料理が出来るような暮らしをしたいと、
思うのだけれども、
それが出来るのであれば、こんなふうにくすぶってはいない。


昨日は、食器洗いをやっとして、スッキリした。

ハンディ掃除機を買ってから、クイックルワイパーをかけていなかったので、
今日はクイックルをやった。
ドライでホコリや髪の毛を取り、ウェットで床を拭いた。

床、結構黒くなるんだよね。
だから、一度、きちんと雑巾がけをしたいなと思っているのだけれども、
一日に、やれるのが、一つでやっとなのだ。

今日はクイックルをやれた。
でもまだ、食器を洗っていない。
明日はわたしは出かける。夫にちまの世話を頼んであるので、
食器は洗っておかなくてはならない。
でも、逃げて録画した番組を見ていた。

そしたら夫が来たので、しばし話し込んで、
時間が過ぎた。

普段の雑談ができる相手がいなくなったので、
夫と話すことは楽しいが、
そう長くは一緒にいられない。



ムギは最近、甘えっ子だ。
夕べは、ムギは留守だった。
呼んで待っていると、数分で帰って来てくれた。
昼間は暑くても、夜中はまだちょっと肌寒いので、
ムギは、ひざ掛けをしているわたしの脚に乗って来てくれた。

わたしのO脚のくぼみに、ムギのふっくらした体が、ジャストフィットする。
このO脚、さんざん母にけなされて、馬鹿にされて育ったけれど、
ムギを乗せるためのくぼみだったんだねえ、
と思うくらいの、フィット感。

ムギは嬉しいのか、ゴロゴロ言い続けていて降りない。
3時になっちゃった。
ムギ、抱っこさせてね、と声をかけて、脇に手を差し込み、
ムギを膝から抱き上げて、胸に抱いた。
そうして、ムギの匂いを嗅ぐ。
ムギは、ムギ臭い。

そして、じゃあね、と言って床におろしたら、
ムギは速攻、またわたしの脚に乗った。
帰れないのか…。

それでまた、寝るのが明け方になり、
起きると、空腹でちまがプンスカしている。

はいはい、ごめんよちま、と餌を与えたら、
久しぶりにちまが盛大に吐いた。

幸い、一回目は床に吐いてくれたので、被害はなかった。
でも、吐くときって、不安なのか、必ずファブリックの上に行く。

続けて吐くので、床に居て欲しいのだが、絶対にどこかかんかの布の上に座る。
今日はわたしのベッドの、畳んだ毛布の上に座って、
第二波、第三波、と吐き続ける。
わたしは、ちびバケツを持って隣に待機していて、
ちびバケツで受け止める。

合計で5回も吐いた。
可哀想に。苦しかったね。

しょんぼりしてベッドに引きこもるちま。
わたしは、シャンプーの予約の時間になったので出かけた。
美容院を近所にして、本当に楽だ。

すぐに帰って来て、ちゅーるを少し溶かしたスープをあげた。

その後は元気になって、良かった。

そう、ちまが吐いた後、床に除菌スプレーを吹きかけて、
トイレットペーパーで拭くと、
紙が黒くなるのだ。
思っているより、床が汚れているようなので、一度雑巾がけをしたいと思っている。
出来ればワックスもかけたい。


シャカシャカ、動けたらいいのになあ…。

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損な体質でしかない。

体は、魂の入れ物にすぎないが、
それでも、美しかったらと思うし、痩せていたらと思うし、
健康であったらとも、思うよ。

この年になって、こんなに色々しんどいものかと、つくづく思う。
もともと、丈夫なほうではなかったし、
精神ももともと病んでいたから、だましだまし生きて来たのだけれども、
それでも、自分の体質は、損だと思うことしかない。


火曜日に、歯を一本抜いた。
親知らず以外では、失ったのは初めてだ。

小さい頃から歯が弱くて、歯医者とは縁が切れない暮らし。
わたしの母なんて、ろくに歯磨きもしないのに、
80歳過ぎても全部自分の歯で、虫歯になったこともない。
そういうところだけ、似たら良かったのに、
わたしは父に似てしまった。

でも、ずっと歯医者にかかる生き方だったので、今までは、歯を失うことはなく、
どうにかこうにか、治療して生きて来たのだ。

再婚して今のこの街に来て、
夫が長く行っている個人経営の小さい歯医者に連れて行ってくれた。
その当時はまだ鬱症状がひどく、
道も覚えられなかったので、土曜日に夫に手を引かれて連れて行ってもらった。

怖いから、見える場所に座ってて、と言って、
夫に待っていてもらった。

その後、道を覚えてからは、何とか一人で行けるようになった。
ぜんぜん難しい道じゃなくて、まっすぐ行って、コンビニの角を曲がって進むだけ。
それでも、来たばかりの時は
外が怖くてたまらなかった。

そこの先生は、お喋りで、いろんなことをいっぱい喋るけれど、
優しくしてくれる。
わたしが精神を病んでいることを知っているからだろう。

子供のころから歯が弱くて、と言うと、
「いや、よく頑張って直してあるよ、この年でこの本数あればいいよ。」と
慰めてくれ、
「なるべく抜かないよう、自分の歯で頑張ろうね。」と、
丁寧な治療をしてくれていたのだ。

胆のうを摘出する際に、口腔外科にかからなくてはならず、
診てもらったら、腕のいい歯医者さんですね、
うまくブリッジで支えてありますよ、と褒めていた。

その、ブリッジで支えていた歯が、とうとう駄目になって、
今回、抜いたのだ。

奇しくも、先月、夫が抜いた歯と全く同じ歯だった。
夫は、血栓が出来ないよう、血液サラサラの薬を飲んでいるので、
血が止まらず、縫うのも難航したそうだ。
帰って来ても血が止まらなくて、ずっとコットンを噛んで寝ていた。
可哀想だった。

そのあとすぐ、わたしも痛くなって、抜く羽目になった。

最初に、紹介状を持って、総合病院の口腔外科に行ったときは、
感じの悪い医者だと思ったが、
当日行くと、にっこりしてくれて、印象が違った。

まずは麻酔をして、充分に効いてから、ブリッジを切り離す作業をすること、
ブリッジが切れたら、真ん中の、歯を抜いて、中を見て、
しかるべき処置をして、
そのあと、前後の歯に冠を戻して終わりだそうだ。

麻酔の注射は、痛いし変な味で辛いよね。
わたしの口は特殊で、
歯茎と頬の内側のあいだに、隙間が余りない、ごく狭い口なのだそうだ。
だから、将来、入れ歯を入れることは不可能だとのこと。

狭いせいで、本人も歯磨きがしにくくて、届かなくて虫歯になりやすく、
それ以外でも、過度なストレスで、噛みしめて生きていたので、
たった一年で、かぶせ物が全部駄目になった時期があった。

付き合っていた人が逮捕された時だ。
あの時は、女医さんだったのだが、
「あなたこの一年で何があったの?」とビックリされていた。
歯にも現れるんだね、ストレス。
ずっと噛みしめていて、あっちもこっちも、ぐらぐらになっていたらしい。



麻酔を3か所にして、しっかり効くまで放置。
その間に説明があって、麻酔が大体3~4時間効いているので、
治療が終わって、何かを食べる時、頬の内側などを噛まないよう、
気をつけて、と言われた。
そんなに長く効く麻酔なら、
わたしは、麻酔が効きにくいですって、言わなくてもいいなと思って、
言わなかった。

処置前に、痛み止め2錠を飲まされた。
うん、これはいいアイディアだね。

最初に、ブリッジを切った。
これは辛かった。
精一杯大きく口を開けても、
口がもともと狭いのだから、お互いにやりづらくてしんどいのだ。

でも、そのあとは、歯を抜かれたことにも気づかず、
縫われたことにも気が付かなかった。

やはり、抜いた歯の、無い方の根元が膿んでいて、
膿みの袋があったそうだ。
それを綺麗に処置してますよ~と説明があった。
臭かった。だよね、腐ってたんだもの。

片方しか足が無い歯が、無造作に転がっていた。
どうします? 持って帰りますか?と聞かれたので、
わたしは、いつもお世話になっている歯医者の先生に見せようと思って、
もらうことにした。

そのあと、ブリッジで繋がっていた箇所を滑らかに削ってもらって、
抜いた歯の前後の歯に、冠を戻した。
それは先生ではなく、歯科助手さんがやった。
セメントを塗って、はめて、コットンを噛んで数分。

そのあと、はみ出セメントを削るのだが、
麻酔が余り効かないわたしは、この時点でもう、麻酔が切れてしまった。

痛いです、って伝えると、「えっ、もう?」と言われたが、
はみ出したところを削るだけだから頑張って、と言われて、
我慢した。

11時半の予約だったので、大きな診察室内では、
先にご飯行って来なよ~とか、もぐもぐタイム行きます、とか、
和気あいあいな雰囲気でお昼が過ぎていることを知った。

一時間弱で終わって、処方箋をもらって、会計をした。

もう、ズドーンと痛い。
麻酔…もっと長く効いているはずだと思ったのに。


薬局に処方箋を出してから、コンビニに行って、
夜中になれば食べられそうなものを、見繕って買った。

お粥と雑炊は買い置きがある。

薬をもらって、その場ですぐ飲んで、
帰宅した。

すきっ腹に薬だけ飲んだので、カップスープをちびちび飲んだ。

眠くはないし、痛みがすごいので、眠れるとは思わなかったが、
着替えてベッドにもぐって、抜いた右を上にして、
横になって抱き枕をぎゅーっとしていたら、
いつの間にか寝た。


起きたら18時過ぎだった。
痛みは少しだけましにはなっているが、起き上がるとドーンと痛む。
何かすこし胃に入れて、薬を飲んで、
また横になろう。

夫に、ムギのことお願いとメールすると、
アイスを買って帰りましょうか?と返事が来た。
ああ、アイス、いいね。
その時、自分が熱を出していたので、その提案は嬉しかった。
帰り道に自分もコンビニに寄ったのだが、
痛さのあまり、いその時には、アイスという発想はなかったのだ。

お姑さんのことで手一杯なのに、
しかも雨になったのに、
夫はアイスを買って来てくれた。
嬉しかった。

ムギに会いに行けないからお願い、と頼んだ。

夫が抜歯して寝込んでる時、もっと親切にしてあげれば良かった。

ムギにはその前夜、明日はママ、来られないけど、ごめんよ、と
言ってある。
ムギは覚えていて、ちゃんとパパに甘えた。

わたしはお粥をすすって、薬を飲んで、またベッドに戻って、また眠った。
抗生物質を飲んでいると、エンドレスで眠い。

夜中に目が覚めた時には、また少し痛みが楽になった。
時間薬だ。
抗生物質も効いているし。

食べられそうだったので、買っておいたサンドイッチをそーっと食べた。
ちまの世話をして、薬を飲んで、また寝た。


今日は、消毒に行った。
と言っても、経過を目で見るのが目的だったようで、
わたしは痛みももうなくなったことを伝えた。
すると、ヨードチンキをポンポンされただけで、
助手さんと、抜糸の日取りを決めた。

一週間経っていたほうがいいそうなので、来週火曜日に抜糸となった。
太い糸でバッテンに縫われてあったので、糸を抜くとき、痛いかも。


急にだけれども、マッサージをお願いできるか電話したら、
予約が取れたので、行って来た。
昨日、痛みに耐えて、首とかバキバキだし、
先週からずっと、寝たり起きたりなので、血流が悪くなっている。

歯が痛くなってマッサージもキャンセルしていたので、行けて良かった。


弱い歯。
効かない麻酔。
凝り固まっている体。
この年齢で、もう真っ白な髪。

自分の体質で、これは好き、というところが、一か所もない。
何も、どこも、優れたところが無いのだ。

劣等感の塊。

とりあえず、今後も歯を大事にしよう。
努力しよう。

疲れた。

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情緒も不安定。

体調は悪いまま、抜歯を迎える。

寝たいだけ寝ていると、午後になってしまう。
でも、それなのにスッキリとはせず、
だるくて、眠くて、やる気も出なくて、
何も作れないし、何もやれない。

完全に、鬱状態のようだ。


情緒もめちゃくちゃで、
夕べ、夜中、小屋で寝ていたムギを
手を差し入れて撫でていたら、
何でだか涙がボトボトと地面に落ちた。

いつまでこうしてムギと会えるだろう。
あと何年生きててくれるだろう。
ムギを失ったら、そのあとどうしたらいいんだろう。

ムギは、わたしの手を、自分の両手で挟んで、
軽く歯を当ててあぐーっと噛んだ。
愛おしい。
噛んでおいて、すぐに舐める。
ツンデレのムギ。



わたしは、甘えられる相手が欲しいのだ。

正常に、親に甘えることなく育ったので、
甘えることを罪悪と感じてしまう。

夫にはいろいろお願いをしているし、頼っているし、
もたれかかって、守ってもらっているが、
気持ち的に甘えてもいい雰囲気ではない。
夫は、もう今、いっぱいいっぱいなのだ。


幼なじみのしーちゃんに会いたい。

思えば、高校で別々になって、
わたしは、地域で一番の進学校に入り、
彼女は私立の学校に行ったので、
会えることが無くなった。

でも、高1の5月くらいに、彼女が家に来てくれることになって、
迎えがてら道を歩いていくと、
遠くに、歩いているしーちゃんを見つけて、
そのとき、わたしは声を挙げて泣いた。

高校生活が、苦しかったのだ。
ストレス満載だったのだ。
甘えられる相手は、しーちゃんしかいなかった。


今、わたしが帰省しなくなって、会えてない。
会いたい。
会って甘えたい。

しんどいよ。
何だか、人生がしんどくなっちゃった。


うまく説明できないけれど、とても不安定な状況。

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