寝ないと死ぬ。

うつ病と診断される前から、入眠は困難だったが、
診断されて、治療を始めてから11年、
ここまで、寝付けない日々が続いたことはなかった。

すごくすごく、辛い。

寝付けないことも、もちろんしんどいのだが、
共感されず、責められることが、最も辛い。

病気の一症状なのに、なぜ責められるのだろうか。

骨折の人やガンの人は責められないのに、
なぜうつ病で責められるのか。

責めることで、自分のうっぷんが晴れて、楽しくなるのか。



うつ病と診断されても、わたしには、希死念慮はなかった。
最初は、治ると思っていた。

これはもう、治らない、一生の付き合いだとわかっても、
絶望して、死にたいとは思わなかった。

ここに来て、なんでこんなに死ぬことばかり考えるのか、
自分でもよくわからない。
母がひどいのも、夫に責められるのも、
今に始まったことではないのに。


夕べは、夜中、ムギが小屋に入っていた。
ちょっと肌寒いので、多分、ちょうどいい温度だと思う。
昼間は外でゴロゴロしてればいいけれど、
夜中から朝になるまでの時間帯は、
まだちょっと肌寒いので、弱い方で暖房を入れてある。

敷いてあった遮熱マットや、
ドームベッドにかぶせてあったひざ掛けなどは、もう取り外した。

ムギは甘えた声で鳴いた。
おいで?と言ってみたが、ちゅーるを先に小屋で食べたいようだ。
差し入れてやると、美味しそうに舐めて、
それから、出て来て乗ってくれた。

お礼も兼ねて、わたしを癒してくれた。
ありがとうね。
猫なのに、気を遣ってくれたね。

ちまが隣で寝てくれるというし、
夕べは、本当に久しぶりに、「眠い」という感じを味わった。

いつもは、薬で、強制的に終了しているのだ。
眠くなって安らかに寝るなんてことは、
うつ病になってこのかた、経験していない。

本当に久しぶりに、ぐっすり眠れた。
9時間寝た。

起きた時に、うつ状態ではなかった。
眠れるって、何て気持ちがいいんだろうか。

ちまは、お腹が空いて、大騒ぎ。
でも偉い子で、決してわたしを起こそうとはしない。
起きそうになってわたしが動くと、
胸に乗って、顔を舐めて来るのだ。
いじらしいよ。


いただきものの高級なジャムを塗ったトーストを食べ、
夕飯を作ることにした。

このところ、きちんと料理が出来ていなかった。
起きていることがしんどくて、
生きていることも、しんどくて、
食べ物も、なんかもう、適当でいいやって思って、
出掛けた時は、割引になってるお弁当を買って済ませた。

今日は、自分一人のために、丁寧に、カレーを作った。
誰か、芸人さんも言っていたのだけれど、
市販のカレールーを使って作るカレーは、
変に隠し味とか入れるよりも、
箱の説明書き通りに、きっちり作ると、これがまあ、おいしいのだ。

わたしは材料を計ったことなんかなかったし、
参考にしてたのは水の量だけで、
隠し味にいろいろ試したけれど、
一人のために少量作るようになって、箱の説明通りに、
きっちり時間もタイマーで計って作る。
実に美味しいのだ。
お試しあれ。

そのほかに、ゆで卵のサラダと、三つ葉のお浸しを作った。
完璧!

夫の着るものにアイロンかけをして、
それから、ムギに会いに行った。

ムギは今日はずっと小屋に居たようだ。
喜んで出て来て乗ってくれた。

昨日は、わたしは体調が悪く、ムギを乗せてウトウトしてしまった。
心も体も、ずっと不調のままだった。

でも、しっかり寝たので、今日は調子がいい。

一時間半、ムギと過ごして、降りてもらい、
部屋に帰って、作った夕飯を、ゆっくり食べた。

きちんと作ったご飯って、なんておいしいのだろう。

今は、何でもお金で買えるし、
わたしは、買えるものなら、
サービスでも品物でも、全部買えばいいという主義だけれど、
自分のために料理をして、
栄養のバランスも考えて、
きちんと作ってゆっくり食べる食事は、
お金では買えない、何か、いい感じのものがある。

いつも代り映えしなくても、
手作りお弁当に、飽きないという理由が、ここにありそうだ。

カレーは3回分くらいあるので、まだまだ楽しめる。


今日のところは、死にたいと思ってない。

つまり、人は、眠れないと、死ぬのだ。

それは、体の死か、心の死か、どっちかわからないけれど、
眠れないと死ぬことになるのがわかった。

うつ病患者さんの家族さん。
どうか、患者さんを、追い詰めないでください。
お願いです。

死に至る病であることには、変わりがないので。

後悔することになりますよ。

                                                伽羅moon3


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空想する少女。

父が三交替勤務だったので、
揃って食事をする機会が少ない家庭だった。

日勤の日は、父が晩酌をするので、まあまあ機嫌がいい。
でも夜勤の時は、食事のあと、出勤なので、
機嫌は良くない。

狭い住宅で、夜勤の父が昼間、寝ていると、
当然、声を出すこともできない。
息を殺して暮らしていた。



父がいる時はいいが、いないときは、母と二人になる。
うっぷんのたまった母のはけ口はわたししかいない。

愚痴やら大人の噂話やら人の悪口を、
小さいころから延々聞かされて来た。



わたしは、自分が一人っ子で、
自分も一人しか子供を育てていないので、
兄弟がどういうものだか、まったくわからない。
想像することが出来ない。

わたしは、本当は、内向的な性格で、
家で一人で、本を読むのが好きだった。
でも、貧しかったので、本もそんなには与えられない。
「世界文学全集」という、赤い、分厚い本を2冊持っていた。
アメリカとソ連のものだった。

ソ連の物語は、「石の華」というもので、
腕のいい石工が、石の世界の女王に連れて行かれてしまう物語。
その女王の世界では、石で作られていた花が、
本物であるかのように見えたそうだ。

石が好きだったわたしは、石工の、残された妻が、
夫の帰りを待ちながら、山の洞穴に行き、
石を掘って来て、それをスライスすると、
見事な文様が現れて、それに買い手がつき、
生活を維持することが出来た話に、わくわくした。

アメリカの本は、「若草物語」だった。
南北戦争のころのアメリカでの、ある家庭の話だ。
父親は牧師で戦地に行っており、
家は、母親と、4人の姉妹だった。

4人姉妹とも、髪の色と目の色が違う。
黒髪で黒い目を持つ自分たちには、
姉妹で、なんで髪の色が違うんだろうとか、
「とび色の瞳」と翻訳された、その「とび色」とはどんな色なのか、
想像しながら読んだ。

特に、文章を書くことを得意として、小説家を目指してる、
次女のジョーには感情を移入した。

姉妹でもなんでもいいのだが、
わたしは、女の子のグループが好きだ。
よく自分で女の子の顔を描き、名前を付けて、
性格を決めて、
この子たちが一緒に共同生活をしたとしたら、と、
空想している小学生だった。



他に持っていた本は、
いとこにもらった、「あしながおじさん」、と、「赤毛のアン」。
それと、「メアリー・ポピンズ」。

メアリー・ポピンズは、ミュージカル化されているようだが、
わたしは、ミュージカルは好きじゃないし、
絶対に原作とかけ離れていると思うので、見たいと思ったことはない。
メアリー・ポピンズは、原作では、
非常に気難しく、常に不機嫌で、
これではミュージカルとしては絶対に成立しない。

赤毛のアンは、アンが、膨らんだ袖の服を欲しいと思う気持ちが、
痛いくらいにわかって切なかった。

わたしは、中学生になるまで、髪を伸ばすことを禁じられ、
服も、赤とかピンクとかは、絶対に与えられなかった。
わたしが女の子らしくあることを、母が許さなかったのだ。

だから、小学6年生になるまで、わたしはいつも、
男の子と間違えられていた。

膨らんだ袖に憧れたのは、わたしも同じだった。
ひらひらしたスカートや、フリルや、リボンに、
わたしだって憧れていた。



少ない本を、何度も何度も読んで、物語をそらで覚えていた。
わたしのあだ名は、「文学少女」だったが、
決して本に恵まれていたわけではなかった。

だから、今は、持っている本は、財産だ。
一回読んで、必要がないと思ったものは、
リフォームの時に、売ったり捨てたりしたが、
今手元にある本は、死ぬまでにもう一回読みたいものだけだ。


自分に、兄弟がいればなあ。

一人っ子は、苦しい。
親と、実家と、お墓をどうすればいいのか、皆目わからないよ。


なんだか、心も体も、疲れた。
寝付けないって、こんなに辛いんだな。

寝付けるかどうかがわからないから、起きられるかどうかもわからず、
自分でも自分の予定を立てにくい。

人に会いたくても、そもそも寝付けるかどうかがわからないので、
約束もできない。

予定があるときは必死に起きるけれど、
フラフラなので、ドリンク剤を飲む。

今日は夕方、ムギを脚に乗せて、ウトウトしてしまった。

しんどいね。

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心が安らぐとき。

夕べ、寝る前に、ムギを見に行った。
夕方あげた餌は食べてあったが、ムギは留守だった。

暖かくなったので、小屋に入っていることが減った。

一縷の望みをかけて、ムギを呼ぶ。

夕方別れる時、必ず、「夜中にまた来るね。」と伝えてある。
「夜会えたら、ちゅーる食べようね。」と言ってある。

けれど、ムギはお外の子だ。
いようがいまいが、すべてムギの意志。
会えるかどうかは、わからない。

座ってムギを呼びながら、すごく切なくて苦しくなる。
辛いから、帰りたい。

携帯もポケベルも無かった時の恋愛のように、
切なくて苦しい。

会えるとは決まってないのに、
時々、遠くから声を掛けながら帰って来る、
あのムギの、可愛い声が聞きたくて、
何度も呼んで、待つ。

そんなには遠くには行っていないと思う。
自分のテリトリーの最前線にいるはずだ。
わたしの声は、きっと聞こえている。

なので、帰って来てくれる気があるときは、
15分以内に帰って来る。
逆に、それ以上待っても、仕方がない。
帰れない、何らかの要因があるからだと思う。



夕べも、切ない気持ちで、携帯の時計を見ながら、
何度かムギを呼んだ。

すると、「キャッキャ!」と呼び掛けて来る声が聞こえた!
ムギちゃ~ん!
わたしの声が一段高くなる。
ムギが、帰って来てくれたのだ!

近寄って来て、当たり前のように、わたしの脚に乗った。

ムギ…。
ママの声聞いて、帰って来てくれたの?
ありがとうムギ。
すごく嬉しいよ。

感激して、ちょっと泣いた。



ムギに会えなくて、夜に眠くならず、寝付けなくて、
責められることがもう、本当に嫌で、
死ぬことを考えてた。

自分の存在意義がわからない。
わたしにわかっていないのだから、夫にもわかってないはずだ。
失えばきっとわかる。
ならば先に死にたい。

こんなことを考えていて、辛かった。

寝付けなくて辛いと訴えても、
健常者の、「正論」でズタズタにされ、
反論すると、
「じゃあ難しい科学書でも読みますか?」と来た。
あんまりな対応に、絶望した。

もう夫に甘えられない。
こっちが傷つくだけだ。

その代わり、夫を甘えさせてあげられる力も失った。



ムギは、しばらく乗っていて、小屋に入り、
「ちゅーる」を要求。
欲しいときの鳴き声が特殊でわかりやすい。
ちゅーるを舐めたあとも、また出て来て乗ってくれた。

ムギがわたしを癒してくれている。

やがて小屋に入ったので、また明日ね、とわたしも帰った。
部屋に戻って、ちまを可愛がった。
ちまにもブラッシングしたが、
もともと、毛が多くないので、そんなに抜けない。

夕べは、久しぶりに、暗いうちに寝付くことが出来た。

なので、今日は隣町に行った。
晴雨兼用の、折り畳みの日傘が欲しいのだ。
去年、壊れて捨てたので、そろそろ欲しい。

出掛ける時に見たら、
ムギが庭でくつろいでいた。
「ムギ、夕方行くから待っててね!」と声をかけて出かけた。

まだ時期が早いのか、日傘はあまり売っていなかった。
結局、フードコートでランチして、夕飯に適当にお弁当を買い、
急いで帰って来た。

特に何も買わなかった。



ちまの世話をして、ムギに会いに行った。
ムギ、わたしが帰って来たことを知っていたのか、
もう、座って待っていてくれた。

風がなくて、過ごしやすい。
べったりくっついている理由も減って、
ムギはちょいちょい、わたしから降りて、そこらをウロウロする。
もういいのか?と思うと、
戻って来てまた乗ったりするので、帰り時が難しい。


わたしは、人が苦手なんだなあ。
猫はいいなあ。すごく可愛いな。
とても安らぐし、いとおしい。
姿を見てるだけでも、たまらんよ…。

今夜は、ムギに会えるかな。
会えたら幸せだな。

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死ぬことを考える。

前にも書いたが、
カウンセリングで、色々喋ったからと言って、
即、楽になるなんてことはない。


むしろ、普段、蓋をして見ないようにしている、
荒んだ心の奥を、
掘り起こして、さらずので、心が非常に乱れるのだ。

しかし、カウンセリングで、専門家を相手に話をして、
ガス抜きをしないと、
多分わたしは、入院レベルに達する。

カウンセリングは、必須である。
いまのカウンセラーさんは、傾聴に重きを置いていて、
経験も長い方だ。
ただ、いかんせん時間が40分では短い。

最初のカウンセラーさんは、個人だったので、
時間も長く、料金も安かった。

ご自身が、うつ病から立ち上がった経歴の方だったので、
共感してもらえることは多かったが、
カウンセラーとしての経験値はまだ浅かった。

まさか、急死されてお別れになるだなんて、
考えてもみなかった。
人生は、本当に、いつ、何が起こるのかわからない。
一日一日、なるべく後悔の少ないように生きたい。



カウンセリングの日の夜は、心が乱れている。
寝る前に、ムギにも会えなかった。

寝付けるかどうか、自信が無い。
セロクエルを最初から足して飲み、
ちまに頼み込んで、隣で寝てもらった。

しかし、寝付くことは出来なかった。

リフォームしてもらって、窓にはシャッターが付いたので、
窓からは光が差さないが、
キッチンとの間の引き戸にはガラスがはめ込まれていて、
キッチンの窓から入る、朝の光が強くなってくる。

「薄暗い中で、携帯を見ず、
目を閉じて横になっていれば、体が休まるだろう」、と
こんなド素人発言を、夫がまたした。

何時間も寝付くことが出来ずに、ベッドで横になっている苦痛を、
全然知らないから、そんな戯言が言えるのだ。



わたし、ちょっとやばい状況なのではないか…。

夕べは、真剣に、死ぬことを考えていた。
親よりも夫よりも、早く死ねば、
ちょっとは、後悔してくれるんじゃないのかと、考えた。

夫は、一人で死を迎えるのが嫌で、再婚したかったのだが、
再婚したって、わたしが先に死ねば、
ああ、なんであの時、もっと優しくしてあげなかったのかと、
後悔するだろう。
入院時の個室くらい、気前よく、いいよって言えば良かった、と
そのときはじめてわかるのでは?と、考えた。

わたしが先に死ねばいい。
ボケて息子に世話をかけるようなことは絶対にしたくないから、
惜しまれる年齢で、この部屋で、一人で死にたい、と
夕べは真剣に考えていた。

うつ病になって長いが、
ここまでまともに、死ぬことを考えたことはない。

まさに、「言葉は人を殺せる」のである。
健常者が、うつ病患者を死なせるなんて、いとも簡単だ。
責めればいいのである。
それだけで、簡単に、殺せる。

その危険性を夫は把握していないし、
まず、わたしが死なないと思っているので、容赦がない。



ちまを残すのは嫌だから、
ちまが死んだらわたしも死ぬ。
ちまのいない生活になんて、何も喜びを感じない。

わたしが先に死んだら、やっと夫は、そこで初めて、
わたしの存在価値に気が付くのだ。

死にたい。死にたい。
朝になるまでずっと、ぐるぐるそう考えていた。



もう、母と話すのも嫌だ。
父が先に死んでも、母は尚、父の愚痴を言うだろう。
そういう人だ。

カウンセリングの最中に、急に、思い出したことがあった。

わたしが、小学3年生か4年生の時だ。
父が、三交替勤務だったので、
一緒に夕飯を食べられる日が限られており、
あるとき、わたしは、サラダを作ると母に言った。
料理に興味があったし、父に認めてもらいたかったのだ。

小学生のことで、教えてもらったわけでもないので、
多分、キャベツときゅうりを切って、マヨネーズで和えただけだと思う。

その時、母が、サラダを作って出したのだ。

その事実を受け止めきれず、
幼いわたしは、それを心の奥の穴に放り込んで、
何十年も、蓋をしてあった。


娘がサラダを作った、そのあとで、自分もサラダを出す。

完全に、わたしを、潰しに来たのだ。

もちろん、差は歴然としていて、
わたしが作ったものは、まずくて、自分でも、これはないなあと感じた。
けれど、なぜ、母が、その日、サラダを作って出してきたのか、
考えないようにしていた。

あれは、わたしの芽を摘み取る作戦だったのだ。

常に自分が優位であると、マウンティングしてきたのだ。



信じられない!
なんて幼稚な手法!

父は、まずいのに、頑張ってわたしのサラダも食べてくれた。
その光景を、はっきり覚えている。

母は、わたしが作った料理を、
一回もほめたことは、ない。

自分で食べて、美味しくないと言うより、
もっと効果的は戦略を、母は使った。
「あんたが作ったあれなあ、お父さん、まずいって言うとったで。」
こう、わたしに告げるのだ。

わたしは二重に傷つく。

わたしを傷つけて、悦に入っていたのだ。



辛いのは、夫と母が重なってしまうことだ。
夫は、腕のいい、料理人の息子である。
美味しいものを知り尽くしている。
わたしの料理を、ほめたことはない。

自分で作ると、「うまいだろう。」と自慢げだ。
実際に、夫の作るお煮しめなどはすごくおいしいので、
はい、とてもとても美味しいです、と素直に答える。

母には褒められたことがなく、けなされるので、
実家に行ったときには、わたしは、一切料理はしない。
絶対に認めてもらえないからだ。

母が作れなくなったら、息子がやると言っているので、
わたしを飛ばして、息子にバトンタッチ。
さすがに、息子の料理をけなすことはしないと思うが。


そんなことを考えていて、朝の7時まで、寝られなかった。
そんな時間になってしまったので、もういいやと思い、
パンをしっかり食べて、お腹を満たしてから、ようやく寝た。



石のビーズなどを全部もらっていただき、
広々と空いた、押入れに、
ネットで買ったラックを組み立てて、配置した。
完成品ではなく、組み立て式だったので、ひるんだが、
夫に頼むのは嫌なので、自力で頑張った。
何とかなった。

ムギは、会いに行くと喜んではくれるが、
暖かくなって、もう、くっついている必要もないのか、
素っ気なく脚を降りて、庭でゴロゴロしていたりする。

冬を越すのは厳しいが、一緒に頑張ってる感があった。

夏場は、過酷な状況を、どう改善しようねえ。

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ちまムギのお話。

夕べは、丁寧に一日のことを書いたのに、
ちょっとした操作ミスで、記事が一瞬で消えてしまった。

この新しいパソコン、ちょっとクセがあって、
扱いにくい部分がある。
そこを丁寧にやらないとダメなのに、失敗した。

昨日は、胆のうを摘出した病院での検査だった。

すい臓がしくしく痛むので、検査を申し込んでおいたのだ。
でも、実際は、もう、痛みはほとんど感じなくなった。

腹腔鏡とはいえ、内臓をいじったのだから、
多少のことは、あっても普通だったのかもしれない。

朝に起きて病院に行けるか、すごく心配だったのだが、
ずっと睡眠不足が続いていて疲労していたので、
ちょっと早めの時間に、薬を大量に投下して、
何とか寝付くことが出来た。

でも、明け方から、時間が気になり、
目を開けて時間を見て、またちょっと寝て、また時間を見て、
という繰り返しで、アラームが鳴る前に起きられた。

検査があるので食べないし、化粧もしないので、
思いのほか早く支度が出来て、
予定していたのより、一本早いバスに乗れそうだったので、
急いで出かけた。

なので、10時に検査室という予約だったが、
その病院は、とにかく何もかも流れるようにスムーズなので、
9時45分にはもう、採血室で呼ばれた。

そのあと、MRIを受けた。
息を吸って止めることを続けるので、苦しかった。
腕までガッチリ固定されて、手に、非常ブザーのポンプを握らされるので、
リウマチが痛かった。

あとは、担当の先生の診察室の前で、
友達にメールをしながら、一時間強、待った。

検査の結果、どこも悪くなかった。
すい臓には炎症もなく、胆管に石が残留していることもなく、
すべてOK。

肝機能の数値が高いが、
あれだけの量の精神科の薬を飲んでるので、
これは仕方がない。

リウマチの薬も注射も、あるからね。

精神科の薬は、全然減らせない。
去年、増やしたままで、回復はしておらず、
寝つきがさらに悪くなり、セロクエルを毎日余分に飲んでいる始末。


お会計もスムーズに終わり、お昼過ぎていたので、
院内のレストランに行った。
なんか、がっつりしたものが食べたかった。
かつ丼、食べちゃおうかな、と思いながら行くと、
日替わりランチA定食が、ポークソテーのトマトソースだったので、
それにした。
すごくおいしくて、全部食べた。



帰って来て、玄関を開けたら、
そこに、ちまがいた。

嬉しそうに、お出迎えしてくれた。

いやいやいや…。

わたしは血の気が引いた。
ちまが、玄関に、居てはいけないのだ。
そんなはずはないのだ。


わたしの部屋は、玄関を入ると、横長のキッチンで、
その奥に、大きい、重たい引き戸があって、部屋はその内側。
引き戸は、当然、閉めてある。

だから、ちまが玄関に居てはならないのだ。

びっくりしたが、ちまを驚かさないように、
ただいま~と言いつつ、脚でちまを奥に追いやり、
何事もなく、ドアを閉めることが出来た。

…良かった…。危なかったよ。

ちまには、小さいころから、「お外は怖い怖いよ!」と教えてあるので、
出たがることはない。
袋に入れられて捨てられていて、
親切な小学生に、動物病院に持ち込まれたので、
ちまは、まったく外を知らない。

だから、出たがることもないけれど、
もし出てしまったら、どうなってたか、恐ろしい。

わたしの部屋の鍵は、夫も部屋に持っているし、
母屋の玄関にも保管されている。

もう、お姑さんには、
これがわたしの部屋のカギだと教えてはいないらしいが、
いろんなカギを持ち出して、あちこちをガチャガチャやる人なので、
もしも、お姑さんが留守中にドアを開けたら、と思うと、
怖かった。

部屋の仕切りの、引き戸は、開いていた。

わたしが、慌てて出かけたので、閉め忘れたのか、
もしくは、慌てて出かけたので、パン!と閉めて、
その反動で、ちょっと隙間が開いてしまい、
そこにちまが顔を突っ込んで、こじ開けたか、どちらかだ。

わたしが通るには狭いし、
ちまが通るには広すぎるくらい、開いていたので、
どっちなのか、わからないが、
とにかく二度とこのようなことが起きないよう、
出掛ける時は、引き戸に、ドアストッパーを咬ませることにした。



午後はちまと一緒にお昼寝をした。
不思議なのだが、ちまは、昼寝には、いつも付き合ってくれるのだ。
毛布にもぐってくれて、ふわふわを感じながら、
夕方まで、ウトウトした。

夕方、ムギのところに行ったら、
ムギは爪とぎの座面に座って待っていてくれて、
大喜びしてくれた。
一時間半、わたしに乗っていた。

夜中、2時に行ってみると、
ムギが、小屋の前の敷物に伏せしており、
わたしを見上げて、大きく鳴いて、何かを訴えて来た。

会えて嬉しい~、ではない。
遅いよ~と怒っている鳴き方でもない。
敵がいるんだよ~、でもない。

でも、必死に何かを訴えているので、
どこか痛いのか、何かショックなことがあったのか、
すごく心配になった。

わたしが座ると、乗って来て、
べったりくっついた。
「ムギどうしたの? 何か怖かったの?」
ムギはもう鳴かない。

体を撫でると、夕方はツヤツヤだったのに、毛がキシキシしていたので、
またウェットシートで拭いた。

ムギはゴロゴロ言い始めた。
ぴったり密着している。
何があったんだろう。
カラスが襲いに来たのかな。

30分ほど乗っていて、落ち着いたらしく、
ムギは自分で降りて、小屋に入ったので、
ちゅーるを差し入れてやった。
おいしそうに舐めて、そのあと、毛づくろいをして、
ねんねのポーズになったので、わたしは帰った。



猫語がわからないので、
何て言ってたのか、はっきりとはわからなかったが、
乗っていて、気持ちが落ち着いたことはわかった。
行って良かった。



今日はカウンセリングだった。
連日のお出かけで疲れる。

ちまムギが待っているので、
お弁当とパンを買って、急いで帰って来た。

明日はちょっと、ゆっくりしよう。
押入れの片づけ、やろうかな。

                                                伽羅moon3

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