びっくりな家庭。

毎日夫に面会に行っている。
病院が近いので可能なのだ。
電車やバスを乗り継いで、となると、
わたしの気力はもたない。

それでも、病院は、居るだけで疲れる場所なので、
龍神様とつながるペンダントをしたら、
ちょっと疲れにくくなった。

とは言え、リラックスできていない環境にあるので、
9時間、眠る。
それでもまだ眠り足りなくて、ああ、夕方まで寝ていたいと思う。

ちまが起こしてくれるので、何とか起き上がっている。

夫に持って行くものを持ち、庭の花に水やりをし、
夫の飲み物を買い、面会に行く。

二時間ぐらいいて、夫のお喋りを聞く。

自炊の気力はもう残っていないので、お惣菜かお弁当を買い、
帰ったらちまに餌をやり、
自分は着替えて、ムギのところに行く。

門扉を閉めてアプローチに入ったときに、いつも、
小屋の横を懐中電灯で照らして、
「ムギちゃん。」と声をかけてから、ムギの部屋に行くのだが、
ムギはお茶目で、声を掛けられると、わたしが車の横を通っている間に、
小屋からするりと抜け出して、
反対側の、車の横で、お腹を出して仰向けになり、
一番かわいいポーズのまま、停止して、わたしを見ている。

「てへ。見て見て、ボク、可愛いでしょ?」
って、やってるのだ。

そこで盛大に「可愛いねえ! ムギ世界一可愛いよ!」と褒めると、
グネグネしたあと、やって来て、乗って来る。
そして一時間半、一緒に過ごす。

この一週間は、暖かくて過ごしやすかった。
明日から大寒波が来る。
ムギの健康に気を配らないとならない。


今日も主治医が、夫に会いに寄ったようだ。
「どう、ご飯食べれてますか。」と聞かれ、
「はい、食べてます。」と答えたら、
「おいしくないでしょ。」と言われたそうだ。
それで夫が、
「いやいや、ここの病院はおいしいですし、上げ膳据え膳で、楽ですよ。」
と答えたら、主治医が、え?という顔をしたので、
いつもは自分が料理をしているのだと言ったら、
「あれ、でも、昨日奥さん、来てましたよね。」と言ったそうだ。

それで、
「ああ、彼女、精神やられてて、出来ないんで、僕がやってるんですよ。
認知症の母親の世話もやってます。」
と言ったら、もう、主治医は、????という顔になり、
「で、じゃあ、今その、お母さんの面倒は?」と聞くので、
「32歳の長女が主にやってます。」と答えたら、
ビックリする箇所が余りにも多すぎて、主治医はポカーンとしたそうだ。


そうだよねえ。
変わった家庭だよね。

わたしは、見た目だけでは、精神を病んでることはバレないし、
家に30歳を過ぎた未婚の娘二人と、
認知症の91歳の母親がいるだなんて、
相当変わった家庭だろうね。


二時間、夫は喋り続けて、わたしが帰る時に、トイレに行くと言って、
見送ってくれた。

ついさっき、夜中に点滴の交換に看護師さんが来たのだが、
今夜で点滴は終わって、解放されたそうだ。
喜んでメールが来た。

明日、超音波検査があるとのことなので、
何か進展があればいいのだけれど。
でも、症状が安定していたら、おそらくは薬が処方されて、
通院という形式になると思う、と夫は言っていた。

歩いてもいいと言われたので、わたしが面会に行く前に、
点滴さんをお供に、廊下をひたすら行ったり来たりしたそうだが、
2,000歩歩いたら、脚が痛くなったそうだ。
これではいつものような通勤は出来ない、と
夫は言う。
乗り換えアリの、一時間半の通勤なので、
夫はいつも小走りなのだ。
当分、走ることは出来ないだろう。


夕べ、やっと、たまった食器洗いと、簡単な掃除ができた。
先日買った、ハンディの掃除機は、すごく優秀で、
買って良かった。軽くてすぐ取り出せるし、持っていても疲れないし、
ちょっとハンディにしては高い値段だったが、いい買い物だった。

明日は都内も雪になるが、わたしは雪には免疫があるので、
面会には行く。
この冬は雪が降ると予測してたので、
ブーツがわりに、レインスニーカーを買ってある。

ムギの小屋を、暖かく仕立てることは容易いが、
また、他の誰かに入られて嫌がらせされないよう、
祈るばかりだ。
大寒波がやってくるから、小屋に入っていてさえくれればいいんだけれど、
寒ければ寒いほど、狙われるのだ。
可哀想なムギ。

どうか、ムギが小屋でぬくぬくしていられますように。

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心の賠償はできない。

先日、夫の入院申込書に、
住所の違う保証人二人が必要だったので、
一行はわたしが書き、もう一人は、お姉さんにお願いをした。

木曜日に、お姑さんを見るために来て下さっていたので、
わたしの部屋に来ていただき、
お茶を入れて、話をした。

お姉さんと二人きりでじっくり話すことは初めてで、
お姉さんはもう、話したいことが山積みで途切れない。
娘さんの結婚が破綻した時の話もしていかれた。

その時に、もちろんお姑さんの介護の話も出て、
聞いたら、お姑さんは、デイサービスが楽しくなったようなのだ。
家に一人で居る日はつまらない、デイに行ってる方がいい、と
ご自分でおっしゃったそうだ。

骨折する前から、わたしはデイサービスを勧めていたのだが、
夫も、お姉さんも、「母は人と関わるのが好きじゃないから。」と、
聞く耳持たずだった。

けれど、お年寄り同士の話って、
自分のことだけ喋っていて、相手の話なんて聞いてない。
会話のキャッチボールなんてどうせ成立してないのだ。
けれど、お互いがそうなので、ストレスにはならず、
家にずっと一人で居て、ぼんやりテレビを眺めているより、
刺激があっていいだろうにと、ずっと思っていたが、
わたしは口出しする権利がないので、仕方がなかった。


お姉さんと話していて、もうね、母が死んでもいいと思うのよ、と
おっしゃった。
91歳だから充分だろう。
徘徊してどこかに行っちゃって、死体で発見されても、
それはそれで仕方がないと思うわとおっしゃった。
うん、それもわかる。

でもお姉さん、この家の周りには、踏切がいっぱいありますよね、
もし踏切から線路に侵入しちゃって、
電車を止めてしまって、
数千万の賠償金を求められたら、困りますよね、とわたしは言った。

お姉さんは、そうねえ、それは困るわね、
国道もすぐそこだしね。
でもはねられて死んでも、一切賠償を請求しないし、
それはそれでもう、仕方がないんじゃないかしらね、とおっしゃった。

それでわたしは、生意気だけれど、反論した。

仮に、賠償は要らないです、こっちが悪いので、となったとしても、
車で人をひいてしまった人の、心はどうするんですか?
きっと、恐怖でもう運転が怖くなるかもしれないし、
もしもそれが、運転を仕事としている人だったとしたら、
怖くてもう乗りたくないとなると、
その人の家庭も破綻するんですよ、と言った。

すると、お姉さんは黙られた。

賠償は要らない、新車も買って差し上げます、
でも、相手の人が受けた心の衝撃を、どうするつもりなのか。

PTSDになって、もう運転ができなくなって、
家計を支えられなくなったら、その家族の人生はどうなるのか。

徘徊が始まったら考えないとね、とおっしゃったが、
その時にはもう、止められないのだ。
徘徊は、始まってしまったら終わりなのだ。

リミッターが外れて、どんどん歩いちゃって、県境の河まで行っちゃって、
河原で亡くなっていました、なら、
ああ、仕方がないね、で済むけれども、
事故になったら、他人を少なからず巻き込んでしまうのだ。

そして、その心の傷は、決してお金では賠償できないのだ。


だったら、もう、預けることを視野に入れて、
施設は探しておいて、なんなら、申し込んでおいてもいいと思う。
順番が来たとき、まだ大丈夫だったら、次の人に譲ればいい。

ギリギリの状態になってから探すのでは遅いのだ。

お姑さんの年金と、あと、アパートの空き部屋に、
来月から入居者が決まったので、その収入を、
全部使えばいい。
それでも足りないのなら、お金は、持っている人が出し合えばいいのだ。

今現在、労力を出し合っているのと、なんら変わりはない。
悪いことではなく、恥ずかしいことでもない。

母親代わりに育ててくれたおばあちゃんなんだから、
遺産をついで、お金持ちになった子供たちが、
一万円ずつでもいいから、出し合えばいい。


お金で解決できることなのであれば、
お金を使うのがいい。
労力にだって、気力にだって、限界があるのだ。

夫も60歳を超えていて、
体のことで言えば、夫より、お姑さんのほうがよっぽど健康だ。
お姉さんが、あと一年とかで死んでもいいのに、というが、
死ぬ理由は、少なくとも体には、全く無いのだ。

介護が夫にのしかかった状態で、
こんな風に、夫に不調がでることは、今後もっと増える一方だ。
さあ、そのとき、お姑さんをどうするか。

とりあえず、ショートステイでもいいから、
預けられる先を見つけておかないと、
全員が潰れる。
介護はきれいごとでは済まない。
育児と違って、楽になっていくことがない。
成長してはいかないのだ。


家事に参加せず、介護にも参加せず、
働いて外貨を稼いでいないわたしに、発言権はないが、
これは、社会の意見でもある。

運転を仕事としている人を夫に持っている人の意見も聞いたが、
それはは激しく、辛らつであった。


夫は、お姑さんが出ないように工夫をしても、
出る知恵があるので、単なるいたちごっこになる。
二階で、生活の全部が賄える間取りだが、
かと言って、座敷牢に入れるような感じにはしたくないと言う。

けれども、誰かの車にひかせるようなことは、
もっとしてはならないことだ。

それを防ぐ、手立てを考えることは必要だ。

このままだと、お姑さんは元気なまま、
夫が擦り切れてしまう。
そんなことは嫌だ。

発言権が無いけど、心の賠償は、出来ないんだよと、
精神を病んでいる者の代表として、言っておきたい。

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味気ない??

夫は、62歳にして、生まれて初めての入院だ。
その年齢まで、入院しなければならない事態が起きなかったのは、
幸運なことではないだろうか。

もちろん、最愛の奥さんを病気で亡くしているので、
面会は数知れずだが。


わたしは子供の頃に、扁桃腺を切除して入院した。
今どきはそんなことはしないのだが、
週末になるたびに高熱を出すわたしに手を焼いて、
親が、扁桃腺を切除させたのだ。

熱を出す理由が、あったんだろうに。
それは子供のころから、ストレスフルだったんだよ。

その後は、妊娠中に切迫流産で一週間、
出産で一週間、入院した。


再婚してから、卵巣嚢腫で、卵巣を摘出するために入院・手術。

一昨年は、胆石とそれに絡むもので、3回入院して3回手術した。
いずれも、自分で入院準備をして、
一人で病院に行って、一人で退院してきた。

胆のうを摘出する時、
わたしは麻酔の副作用で吐くし、精神的にものすごく辛いので、
個室に入りたいと言ったのに、
夫は「ガンでもないくせに。」と言い放ったので、
わたしは、ガンでもないし、面会には来ないでください、
用意も万全ですので、と断った。

最初の緊急入院のときは、
夫は自分が幹事の飲み会が土日とも入っていたので、
飲みに行っている。
幹事だから仕方がない。
だから、わたしが一番苦しんでいる姿を見ていない。

胆のう摘出の時は、わたしは個室を希望すると主治医に言った。
個室を確実に取るために、手術の日程をかなり遅く設定した。

夫は、お姑さんの世話やら家事やら、
ちまムギの世話で、忙しく、
来ても、メシ作らなきゃいけないんだよ、とうるさいので、
面会は不要です。来ないでください、と本気でメールした。

来られて、メシメシ言われると、いびられてる気がして不愉快なのだ。

なのに、どういうわけだか、土日とも、
ちょうど12時に、面会に来た。

個室とはいえ、ダイニングテーブルがあるわけでもなし、
一緒のものを食べるわけでもなし、
ちゃんと食べて、食器を下げにくるまでに終わらせないとならないのに、
どうしてだか、わざわざ、狙って、お昼にぴったりと来たのだ。

夫は自分でお握りを持ってきていて、ソファで食べている。
わたしはわたしで、サイドテーブルで食べているから、
背中を向けることになるし、食べなくてはならないから、
喋ることもできない。
その当時は喋りたくもなかった。

なんでわざと、お昼に合わせて来て邪魔するんだろう!と
わたしは腹立たしかった。
面会には来ないでって、本気で言ってあるのに。


今回、夫が初めての入院をした。
その病院は、わたしが緊急に入れられて、
壮絶な5日間の絶食と、ものすごく痛む膵炎と闘った病院だ。

その時、手術は、他の病院に転院する、と主治医に告げたら、
その日から、膵炎の再燃を見るので、と、
丸五日ぶりに、流動食が出た。
スープが美味しくて、涙が出た。
バナナが、ものすごく甘く感じた。

食事の美味しい病院で、魚も結構大き目な切り身が出るし、
なかなか美味しいし量も充分だった。
あとで請求書を見たら、一食千円を超えていた。

それで夫に、その病院、ご飯は美味しいからね、とメールしたら、
「そうかもしれないけど、味気ないです。」
というメールが来た。

いや、内臓の疾患と違うので、味が薄いってことはないと思うのだが。

すると、夫が、食事をする環境が、味気ないんです、と言って来た。

はあ?
どういうこと?

わたしには、全く理解できないことだった。

確かに、買って来たものばかりだったり、レトルトや冷凍食品ばかりだと、
気持ちはすさむので、それならわかるが、
バランスの取れた、美味しい食事が、
揚げ全据え膳で、食べられるのに、
いったい何をもって、味気ないと感じるのかが、わたしには全然理解できない。

わたしは、両親が働いていたので、
小さいころから、土曜日のお昼とかは一人だったし、
一人でご飯を食べることなんて、ごく普通だ。

何なら、一人で食べる方が、ずっと好きだ。

夫はずっと大人数の家庭で育ってきて、
自分が作った家庭も大人数なので、
一人で食事をしたことが、ないのだろう。

カフェにも一人で入れない、と言っていた。

わたしはどこでも一人で行ける。
恥ずかしいとか、わびしいとか、全然感じない。
むしろ自由で、好きだ。

ああ、そうか、夫は、わたしが侘しいだろうと勝手に想像して、
わざとお昼を狙って来てたのか、とわかった。
まさかそれが迷惑になってるとは、思いもよらなかっただろう。

私は普段も、自分が何を食べているかを夫に見られるのは嫌だ。
ピザを取りたいと思っても、段ボールでバレるので、
一人でピザなんか食いやがってと思われたくないので、我慢している。

基本的に、「個食」が好きなのである。

育ちの違いって、こういう風に出るんだなあと思った。



今日も、夫に持ってきてと言われたものを持ち、
安いドラッグストアで飲み物を買い、
ディスペンサーでホットコーヒーを買って、病室に行った。

夕べ、夜中、ムギに会えなかったので心配で、
夫のものを取りに行きがてら、ムギと会うため、
ちょっと早起きした。
ムギはちゃんと小屋で眠っていて、
あれ? なんでこんな時間にママが来たの?と
ぽかんとしていたが、乗って来て甘えて、30分ほど過ごして、
そのあと病院に行ったのだ。


病院とは、悪い「気」が溜まっているので、すごく疲れる。
入院しているほうが、マシなくらい、面会は疲れる。
でも夫は暇を持て余しているし、お喋りだから喋りたいだろうし、
わたしは人と会う予定は全部キャンセルした。

このために、再婚したんだもんね。

明日はちょっとゆっくり眠ろう。
掃除や片づけが追い付いてない。

今日、久しぶりにちまが吐いてあったのだが、
テーブルに吐いてあったのを片づけて、
その後しばらくして、ラグの上にもあったのを気付かずに踏んだ。

ほぼフローリングで、小さいラグ一枚だけなのに、
どうしてもそこで吐くちまちゃん。

年末、私の手当てをして調子を崩して吐いたきり、
年が明けてからは吐いていなくて、いいぞいいぞ、と思ってた。
でも、吐くときは仕方がないよね。


今週は暖かくて楽だった。
来週、とうとう寒波がやって来るらしい。
ムギの小屋は万全にするが、
ムギが入ってくれないと意味がないので、
夫には早く退院してもらって、二人でムギを見たい。

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しがみついて泣く。

昨日夫が入院して、
なんだかテレビを見る気持ちにもなれず、
ちょっと片づけをして、パソコンでブログ巡りをし、
うっかりYouTubeなんか見てしまった。

それで、ムギのところに行くのがいつもより少し遅れた。

夜中、2時過ぎ、ムギは居るとしたら、小屋の中にいる。
門扉を閉めたタイミングあたりで、小さく、ムギちゃん、と
声を掛けてから近付くようにしているのだが、
夕べは、その声を聞いて出て来たのだろう、ムギは爪とぎに座って、
何やら必死に訴えている。

おかしいなと思い、小屋を見ると、
硬いドームベッドがつぶされていて、
くしゃんとなっている。

ああ!
まただ!
また何か起きたんだ!

わたしはドームベッドに手を入れて形を整えた。
ムギが、何らかの理由で、ベッドに入りたいけど入れなくて、
仕方なく、ベッドを潰してその上に乗り、
どうにか小屋に体をおさめて、
寒さをしのいでいたのだ。

これは去年、2回あった。
まだ、古いピンクのベッドを使っている時だ。
わざと潰して乗っていたので、
これは何か、どうしても入りたくない理由が、あるのだと思った。

夕べも、すぐに敷物を引きぬいて、嗅いでみたが、
一昨日換えたばかりで、かすかな柔軟剤とムギの匂いしかしない。

でも猫は、人間の何百倍もの嗅覚を持っているので、
(犬より猫の方が嗅覚はすぐれている)
人間にはわからない、なにかとてつもなく不快な「匂い」がするとしか、
考えられない。

ムギはわたしに突進してきて、
まるで幼児が抱き着いて、辛いよう~!って鳴くように、
しがみついて、えーんえーんの代わりに、
ゴロゴロと音を立てた。
でも手はしっかりとわたしを握っていて、
いかに辛かったかがよく見て取れた。

ムギ、どうしたの、何があったの、
ママ、ビックリしないから日本語でしゃべってよ、と言ったが、
えーんえーんと泣くばかり。

しっかりムギを抱きとめて、背中をトントンして、
気持ちを受け止めてやった。
もっと早く来るべきだった。ごめんよムギ。
本当にごめん。辛かったね。

夕べはたまたま、気温が高く風もなかったので耐えられたが、
これが寒い夜だったらと思うと、怖い。

ムギのベッドは快適に作ってあるが、
だからこそ、狙われて、喧嘩になっているわけだから。

ずっと抱っこしていて、ムギがちょっと落ち着いて、ちゅーる食べるというので、
ちゅーるをあげた。
食べるといつもはそこらを一周してくるのだが、
すぐまたわたしにしがみついて、離れようとしない。

相当、精神的にダメージを受けていて、
甘えてそれを埋めようとしているのだとわかった。

翌日、何も予定が無ければ、そのまま朝まで付き合ってやってもいいのだが、
今日はお姉さんが来て下さってお姑さんを見て下さり、
夫の、入院申込書の、保証人の欄にも署名してもらわないといけない。
入院申し込みは夕方4時半までだから、
あまりこのままいることもできない。

ムギは相当辛かったようだった。
いっぱい抱きしめて撫でてやった。

シーバも食べる、というので、
いつもは一粒ずつやるところを、器に入れて、
ちょっと離れた場所で、自分で食べてもらった。

その間に、ベッド内のものを全部出して、
ドームベッドの壁面に、リセッシュをした。
座布団にもしっかりリセッシュをして、裏返して置いて、
新しい敷物を敷いた。

壁面のリセッシュを軽く拭きとり、
クッション代わりに、小さいフリースをくるくる丸めて、
それをドームベッドの中に仕込んだ。

どうにか、これで入ってくれないだろうか。

もしだめなら、またベッドの総取り換えを、一人でやらなくてはならない。

わたしが作業をしていると、通常ならムギは遠目で見てるのに、
昨夜は、まとわりついてきて、
お膝に戻りたい、もっと抱っこしてて、と鳴く。

でも、もう、4時も過ぎた。

ムギに言い聞かせた。
ムギちゃん、今やれることは、全部やった。
このあと、敷物とクッションは、お洗濯してくるよ。
おりこうだから、ベッドに入って、ねんねしてね?

そして、夫が居ないからしかたなく、長女を頼った。

朝、出勤前に、ムギの姿だけ、見てもらえないかとメールした。
前にもあったんだけど、何か嫌な匂いがするかなにかだと思うけど、
ベッドを潰して、その上に無理やり乗っていることがある、
朝、ムギが、ベッドの中にいるか、それとも、ベッドを潰して上に乗っているか、
そのどちらであったかだけ、教えて欲しい、
忙しいのにごめんね、と、お願いをした。


部屋に戻って、ちまに当たらないよう、仕切りの引き戸を閉めたまま、
わたしは頓服を2錠飲んだ。

それから、敷物と、クッション二個を、手洗いした。
何回も洗って何回もすすいだ。
洗濯機で、脱水だけかけた。

それを部屋に干したときにはもう、朝の5時近かった。

どうかどうか、ムギがベッドに入ってくれますように。
祈る気持ちで眠る。
もしまた、潰して上に乗っていたら、ベッドは総取り換えだ。

朝、長女からメールが入っていて、
ムギはちゃんとベッドの中で寝ていました、と読んで、
心から安心して、午後まで寝た。


お姉さんはもう来ていらっしゃるはずだが、わたしは13時半にやっと起きた。
パンを食べて、お姉さんに来ていただいた。
書類に署名捺印していただくだけでいいのだが、
この部屋が、昔、リフォーム前、
お姉さんの息子さんが住んでいた部屋なので、今どうなっているのかを、
見ておいてもらいたくて、お招きした。

そしたらお姉さんの喋る事喋る事。

口もはさめないし、夫は、退屈だ、どうしたらいいかわからないと
途方に暮れているし、入院手続きもしなくちゃいけないので、
徐々に出かける支度を始めて、母屋にお戻りいただいた。



夫は、休日にゴロゴロするタイプの人ではないので、
生まれて初めての入院で、
どう過ごしていたらいいか、わからないようだった。

わたしがその病院に居た時は、空腹・苦しい・痛いの連続だったので、
暇も何もなかったが、
夫は、点滴が24時間入っていて、圧着ストッキングをはいて、
投薬されている。
まあ、管理入院のようなものだ。

だから、傷が痛いとかもないし、暇なのだ。

かと言って、病室には本当に色んな人が四六時中出入りするので、
難しいとか、長い小説を読むには向かないので、
わたしは地理や、江戸の雑学書を5冊持って行った。
飲み物も買って行った。

昨日は入院したばかりで、仕方がないが、
今日、シャワーの話とか来た?と尋ねたら、誰も何も、というので、
この病院はこっちからガンガンいかないとダメなんだよと
わたしが看護師さんに掛け合って、シャワーさせてもらえるように
手配した。

着替えとタオルと、ボディソープ・シャンプーのセットを持たせて、
送り出した。

夫も退屈しているので、喋る喋る。
わたしの話をことごとく遮るので、
「今、わたしが喋ってる!」と怒って来た。

夕飯後も暇なようで、夕飯を写したメールが来て、やり取りをした。


人と会う予定は全部キャンセルにした。
別にいいのだけれど、気が引けるのは嫌なので、
夫が普通になってからにする。


さて、今夜は早めにムギに会いに行こう。
ムギ、パパに会えてないから、寂しがっている。

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緊急初入院。

月曜日、夫が帰りの電車から、
ふくらはぎが痛い、とメールして来た。

今回は特に転んだわけではないみたいだ。
日曜日に、お寺の新年会で、早々にまた寝てしまっていたそうなので、
その時に変な格好してたとか、
どこかに当たってたとかじゃないんですか?
前にあげた湿布、貼ってはどうでしょう、と返事をした。

しかし、火曜日、もっと痛みはひどくなったらしく、
しかも夫は、その痛みに覚えがあったようだ。

火曜日は痛み止めを飲んでどうにか仕事に行って帰って来た。
夜、行って、脚をしみじみ眺めたが、
特におかしいところがない。
血管も膨れてはいない。

けれど、心当たりがあるというのだ。

わたしと夫が出会う少し前、夫は脚が2倍くらいに腫れあがったことがあった。
調べたら、血管内に「血栓」ができて血流を圧迫し、
脚がむくんでしまったのだ。
左足の二倍くらいに太くなったんだよ、と言っていた。

付き合い始めた当初、その治療を始めていて、
血液が固まらないような薬を飲んでいた。
その当時は近所のクリニックに出向して来ている、
綺麗な女医さんに診てもらっていて、
詳しい検査もその先生の大学病院で受けたそうだ。

それの時の痛みと同じなので、病院に行くつもりだが、
今日は担当の先生はいないし、
わたしが胆のうを摘出した信頼できる病院は、
血管に関する科がない。

で、わたしが、胆石が詰まって緊急入院した、地元の総合病院に
行こうと思うと言っていた。
そこは、血管と循環器にすごく重きをおいていて、
専門の科があるので、そこで診てもらう、と言った。

あの病院がいかにヤバいかはよく知っているが、
背に腹は代えられない。
夫は朝イチで行ったようだった。

13時半にメールがあって起きた。
まだ、検査の途中だとのこと。
でも、入院になると書いてあった。

その時点では、一回帰って、入院の荷物を作る、
でも傘を持ってないというので、
じゃあ迎えに行って、荷物一緒に作って、一緒にまた行くよ、と
返事をしてわたしは動き始めた。

そしたら、いろんな検査をした結果、
やはり「血栓」であることが判明し、それが、今回なのか、
それとも過去になのかは、わからないけれど、
血管内ではがれた血栓が血流に乗って肺に到達し、
一部を塞いでいることがわかった。

それで夫はてすぐさま車いすに乗せられ、残りの検査を受けた。
荷物を作りに帰れない、とメールが来たので、
そんなの、わたしがやって持って行くよ、
まかせて、と請け負った。

なにせ、一昨年、自分が3回も入院・手術しているのだ。
しかも、お姑さんの入院の荷物も作っている。
夫の持ち物の方がわかりやすいし、本人とメールでやり取りできるので、
いっそ容易い。

わたしは自分のトートバッグに、
夫の着替えや洗面具を入れ、新しいスリッパやティッシュを入れ、
自分用の、入院用荷物から、
小さい歯磨き粉やら、シャンプーとボディソープのセットやら、
大き目のプラスチックのコップやらを入れて、
雨の中、出かけた。

夫は早朝に食べた切り、何も食べてないので、
途中でお稲荷さんを買い、飲み物も安いところで買って、
持って行った。

夫は太ももまである、圧力ストッキングをはかされていた。
治療法は、点滴で、血栓をゆっくり溶かす作戦のみ。
24時間、ずーっと点滴とつながれている。
普通の点滴と違って、電源とつながっているので、
トイレの時は、ナースコールをしなければいけないそうだ。

夫は部屋代がかからない4人部屋を選んだので、
ベッドは電動ではなく、しゃがんで、手動でハンドルをぐるぐる回す。
わたしのときは、手が痛くてそれは出来ないし、
夫も見舞いに来れるスケジュールではなかったので、
ちょっと高い、電動のベッドの4人部屋を選んだのだった。

夫に、ご飯のときは、アナウンスが流れて、
そうするとまず、専任のおばちゃんが、
お茶を入れるためにコップを取りに来るから、
まずコップをテーブルに置いておくんだよ、
そのあと、看護師さんが食事を運んできてくれるからね。と説明。
この病院は、食事は美味しいのだ。
だって、一食、千円超えなんだもの。

すると夫から「箸がついてなくて、今日は借りました」とメールが来た。
ああ、そうだったか、
移った病院では箸もスプーンもちゃんと乗って来たので、
わたしは入院の荷物に箸箱を入れてなかった。
気が回らなかった。

点滴をして、安静にしているだけの入院なので、退屈だと思い、
明日は何か軽く読める本を持って来るね、と言った。

入院していると、なんやかんやで、四六時中人が出入りする。
難しい小説とか、長編は、読みにくいので、
小説ではなく、面白い知識本を数冊用意した。
おやつも買って行ってあげよう。


夫にとっては、これが初めての入院になる。
これまで、入院経験がないなんて、幸せなほうじゃないだろうか。

幸い、近所の病院なので、毎日行けるし。

お姉さんと長女には、夫のことはしっかりやるので、
お姑さんをお願いしますと頼んだ。
わたしの意見としては、預けないと無理だと思う。
そうしないと全員が擦り切れて共倒れになる。

わたしはお姉さんに、正直に、わたしは介護には参加できません、と
謝った。
なので、お金で解決できることであれば、お金を使えばいいと思います、
みんなが倒れないように、おかあさんは、預けてはいかがですか?と
一応進言はした。

でも、お姉さんが、長女と、自分と、自分の娘とで、何とかなると言うので、
これ以上、わたしは口出しできない。

お姉さんも、長女も、夫の病状も知らず、
治療法も知らず、不安がっていたので、
12年前にさかのぼって、そこから説明をする、長いメールを、
二人に送った。


息子んちに、27日に行く予定になっていたが、
次の週も空いているとのことだったので、
息子が、体調万全で来てもらいたいから、2月3日にしようよと
メールして来た。
なので、そうすることにした。

夫が居ないと、意味ないからね。
息子は夫と日本酒を飲むのを楽しみにしているんだから。


保証人が二人必要な病院なので、明日、お姉さんに書いてもらい、
それを持って、入院手続きをしなくては。


ゆうべ、ちまに、
「ちま、明日はママ、ずっとちまといるよ。」って言ったのに、
結局お留守番ばかり。

夕方、雨が吹き込むガレージで、ムギを脚に乗せてくるんで、
一時間半、一緒に過ごした。

夜はテレビも見ず、部屋の片づけをして、
明日の夕飯に食べるものを作った。

長女が不安がっていたのが可哀想だった。
母親がいない、母親代わりだったおばあちゃんは認知症、
これでもし、パパに何かあったら、と案じるのも無理はない。

彼女の精神が擦り切れないことを願う。

                                             伽羅moon3





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