新しいマッサージ店。

指名していて、仲良くしているマッサージ師さんが、
近所の店から、本来登録をしている店に、変わった。

わたしの家からは遠くなるが、もちろん、彼女に着いて行く。
今日は初めてその店に行く日だった。

わたしは、出かける一時間前に起きるのだが、
午前中に、しつこくドアをコンコンする奴がいて、
宅配が来るはずがないので、無視していたが、
腹立たしいくらいコンコンやられた。

あとでポストを見たが、不在表などは入っていなかったので、
完全にセールスだろう。
起きなくて良かったよ。

アラームが鳴って、起きようとして、スヌーズを止めて、
そのあと、あろうことか、寝落ちしてしまったらしい。

でも、わたしは念のため、30分後にもう一回アラームをセットしてあるので、
それで慌てて起きた。

ちまの餌をやり、トイレを綺麗にし、歯磨きをして顔を拭いて、
着替えて、GO!

夫にプリントしてもらった地図を持って、快調に歩いた。

精神科に行くときと違って、アップダウンがないので、楽だ。

けれど、最後、曲がる道を、
真逆に曲がってしまった。

夫に「ここがケーキ屋のある交差点ね。」と
説明されたことが頭に残っていて、
ケーキ屋側に、曲がってしまったのだ。

すると、行けども行けども、住宅地で、
3丁目に行きたいのに、ずーっと2丁目のままなのだ。

だいぶ歩いて、これは間違ってる、
大きい通りまで戻って、やり直そう、と思い、
大きい通りに戻った。

そこで予約時間になってしまったので、店に電話をかけた。
優しい女性の店長さんが出て、
迷ってしまって…と涙声のわたしに、
マッサージ師さんと電話を替わってくれて、
ちょうど、その交差点を渡って、まっすぐに進めば、店があります、
3~4分ですから、焦らないで、
店の前で手を振って待ってますから、と言ってくれた。

わたしは、涙やら鼻水やら出しながら、店に到着した。

ほんわかと明るい、いいお店だった。
着替えるスペースもあったし、お水とお湯のサーバーもある。
いいムード。
これからはここに通うんだなあと思うと、嬉しかった。

店長さんも、優しいいい方だった。

気持ちのいい時間は、あっという間におしまい。
次回の予約をして、店を出た。

ちょっと周りを散策してみたら、安い八百屋があったので、
リンゴを買って帰った。

帰ってみると、都内に住む従姉が、
伯母のお通夜・お葬式に参列するために、
彼女の実家に到着したとメールが来た。

彼女の親は、伯母の家に行っているらしく、留守だが、
彼女の名前で、香典袋が用意されており、
金額も書かれてあったので、教えてくれた。
わたしも同額じゃないとまずいから、夫にお願いして、
お香典を出してもらった。

夕べ、伯母をしのんで泣いていて、
そうだ、大人になってからも、素敵なワンピースを作ってくれたっけ、と
思い出した。
それは、「紫根色」という、ちょっと茶色がかった紫に、
ベージュの花が散らされている生地で、
とても着やすくて、わたしはよく、それを着て会社に行った。

わたしが、市の文芸際に詩を投稿して、
優秀作品に選ばれ、新聞に名前が載った時、
伯母が見つけて、お祝いの電話をくれたこともあった。

親はわたしのことになんて興味がないのに、
伯母がちゃんと気付いてくれたのだ。

夫と再婚する前にも、会ってもらっている。
再婚した時は、お祝いをくれた。

もう会えないんだと思うと悲しいけれど、
いろんなエピソード、覚えているからね。
ありがとうおばちゃん。


夕方、ムギに会いに行ったら、
ムギはもう、待ちかねていて、大きな声でわたしを呼んだ。

夫には、今朝、父から電話があったそうだ。
夫は今朝は、お姑さんの下のお世話が大変だったようで、
時間をだいぶ取られたみたいだったが、
会社ではなく、講演会を聞きに行く仕事の日だったそうで、
ちょっとだけ時間に余裕があったから、
やれたけど、と言っていた。

大変だと思う。
手伝えないけど、夫の愚痴は聞こうと思っている。

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伯母が逝きました。

父の姉にあたる、伯母が、
20日の夕方、静かに息を引き取ったそうだ。

これを、わたしは、親からではなく、
都内に住む、父方の従姉から聞いて知った。

伯母は、若いころから何度も手術をしていて、
肺も片方しかないし、すぐに肺炎になるので、
しょっちゅう入院はしていたが、
非常にパワフルな人で、90歳になってもまだ、
車をかっとばして、
教員をしている娘を助けて生きていた。

もう余命いくばくもないと知っていたが、
亡くなったと知れば、とても悲しい。

本来ならば、亡くなる前に会って、お礼を言いたいことがあった。
けれども、それも叶わない。

今夜は、伯母をしのんで泣く。


一時的に意識不明になったが、
行って呼んだら目を開けた、ってことで、気軽に電話して来た父。
それは、「いくらなんでも、葬式には来るよな?」という、
圧力をかけるつもりだったに間違いない。

わたしが頼んだわけではないのに、夫がちゃんと理解していて、
「もし亡くなっても、葬式には行けません。」と伝えてくれたのだ。
ありがたかった。
そして、連絡は、自分に電話してください、と伝えたのに、
うちの親は、夫に電話して来ていないのだ。

どういうつもりだ!

やっぱり、大切なのは単に「面子」であって、
来ないのであれば、知らせる必要もないと、思っているのだろうか。
わたしは非常に腹立たしい。

もし、そうだとしたら、勝手にわたしの名前で、
香典を出すに決まっている。
嘘八百並べて、わたしが来ないことを説明し、
自分たちには非がないと言い続け、
香典代は、あとで夫に請求するのだ。

夜、夫がやってきたが、やはり電話がかかって来ないとのこと。
それで、相談して、夫からメールを出してもらった。

こちらの従姉の〇〇さんから聞きました。
心からご冥福をお祈り申し上げます。
こちらからは行けませんので、些少ですがお香典を、
直接、従姉の△△さんに送らせていただきます。と書いて、
夫からメールをしてもらった。

それについての返事もやはりなかった。

わたしの親にとって、大事なのは、あくまでも体裁だ。
わたしが、伯母を慕い、お別れを言いたいけど行けないなんてことは、
おそらくは全く思い浮かばないだろう。

来ないのであれば、知らせる意味もない、と
思っているに違いない。
非常に腹立たしい。



母からは、伯母の悪口ばかり聞かされてきたが、
わたしにとって、伯母は、恩人なのだ。

母はわたしが、女の子らしくあることを、徹底的に嫌った。

スカートも買ってもらえず、着る服は紺とか緑。
リボン、フリル、ピンクなんてものは無縁。

髪を伸ばすことも禁止されていて、
短い髪で、ズボンをはいていた私は、
もう生理もあったのに、12歳まで、男の子に見られていた。

小学校には制服があり、
男の子が紺色で、女の子がこげ茶の制服だったのだが、
制服姿を見て、初めて、わたしが女子だったと知った親御さんもいた。

中学に上がる前にわたしは髪を切ることを拒否した。
もう、男の子と間違われるなんて嫌だ。

母は、天然パーマである。
だから、髪を伸ばすことも不可能で(横に広がるだけ)、
髪でおしゃれすることを、自分が知らないから、
わたしは床屋で刈り上げられて来たのだ。


中学生になる春休みに、その伯母の家に預けられた。
4つ年上の従姉がいて、
よくおさがりをもらった。
レースやリボンが付いたシュミーズをもらって、
そういうものを一切与えてもらえなかったわたしは、
その下着が、パーティドレスに見えて、喜んで着た。

その春休みのわたしの髪の毛は、伸び放題で、荒れていた。
ボッサボサだった。

それを見かねて、その伯母が、
行きつけの美容院に、わたしを連れて行ってくれたのだ。
それが、生まれて初めての、美容院だった。

何とかしてやって、と頼んでくれて、
わたしは、当時流行し始めてた、
マッシュルームカットに、してもらえた。

大変身である。
わたしは、我ながら、可愛くなった!とビックリした。

伯母はわたしに、シュークリームを作ってくれた。
買ったものとは比べものにならないくらい、美味しかった。

中学のセーラー服が、たまたま、その従姉の学校と、
同じだった。
白い太いラインが一本入ってるだけのセーラー服。
なので、伯母は、自分が縫ったものも含めて、
従姉のおさがりをくれた。

伯母が縫ったほうの夏服は、前開きで着やすくて、
友達の間で、羨ましがられた。
洋裁の腕が良くてプロ級なので、色々縫って、母にくれる。
でも、母は、人からの行為を、無にする天才なので、
「こんなん要らんから、あんた持って行きや。」と言って、
ポケットティッシュ入れや、ポーチなどをもらった。
もちろん、全部使っている。

それが伯母の形見だ。

父の姉だから、母に対して、きつく当たったかもしれない。
でも伯母は、意地悪な人ではなかった。
大変に正直な人だった。


22日がお通夜で、23日がお葬式だとのこと。

会って、意識があるうちに、お礼を伝えたかったが、
今は、伯母の魂に呼びかけて、お礼を伝えよう。
行けなくてごめんね。
でも、悲しい気持ち、悼む気持ちは、行くことより強いからね。


その伯母の娘も一人っ子である。
父は4人兄弟だが、叔父のところが女の子二人で、
それ以外は全員、女の子の一人っ子だ。

子供の頃は、従姉が集まると、楽しかった。

今は、亡くなった伯母のところの従姉とは交流していないが、
メルアドも聞いたし、
あらためて、手紙を書こうと思っている。


おばちゃん。
あのとき、わたしを救ってくれてありがとう。
おばちゃんのおかげで、可愛い髪型になれて、
みんなにも、可愛いって言ってもらえたんだよ。

シュークリーム、美味しかったよ。


自宅のベッドで、みんなに看取られ、
苦しまずに、静かに逝ったそうだ。

もう自分ですべての整理を終えてあったそうで、
意識が戻って、亡くなるまでのあいだ、
下の叔母に、思い出話を色々したそうだ。

いい最期だと、思う。

おばちゃん、満身創痍のその体で、90年、よく頑張ったね。
お疲れさま。
ありがとう。

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どうしても欲しかった。

金曜日には無事に精神科に通院できた。

即効性のある強い頓服をもらったのに、
ちゃんと、目の届く場所に置いておいたのに、
2回続けて、失くした。

薬をためてるって疑われたらどうしよう、と思いながらも、
実はまた失くしてしまいまして、
ゴミ箱に落として捨ててしまったかもしれないんですが、と
お願いしたら、
ドクターは、笑いながら、「どの家にもブラックホールがあるんですよ。」と
そう言ってまた処方してくださった。

今度は絶対なくさない。

急いで帰って来て、シャワーして、ムギに会いに行ったが、
ムギは留守で、呼んでも帰って来なかった。
でも、夜中に行ったときは、小屋に入っていて、
喜んで出て来て、脚に乗ってくれて、ゆっくり過ごせた。


過食でめちゃくちゃ太り、
お気に入りだった水色のダウンコートが着れなくなり、
もう一着持っているのは、オークションで買った、
暖かそうに見えるのに、実は寒いアンゴラ混のコート。

だからどうしても、暖かい、ちゃんとしたダウンコートが欲しかった。
長く着るから、ちゃんとしたいいものが欲しかった。

でも、自分で数万円を出す勇気がない。

それで夫にねだったのだ。

土曜日に、美容院が16時に終わるので、そのあと、
用事を終えた夫と合流して、一緒に見てもらう予定にしてあった。

でも、あまり長く付き合わせるのも悪いと思って、
二つある駅ビルの内、一つのビル内のテナントの下見は、
美容院に行く前に、終えておいた。

コートの中でもダウンコートは、今から本格的に売れて行くらしく、
どのテナントでも、「昨日入荷したんですよ。」言っていて、
種類も多かったし、LLサイズを置いている店もあった。

まずは、もちろん、着られることが大前提だが、
着られれば何でもいいとは思えず、
背が低いから長すぎるのは駄目だし、
色も、黒や紺やグレーは嫌だし、
実物、かなり太っているので、これ以上太って見えるのも嫌だし、
人があまり着ていない色合いで、
着ぶくれしないものが、どうしても欲しかった。

テナント、全部回った。
どの店にもダウンコートは入荷していて、
どうかな、と思うものも、一応、羽織らせてもらった。

しかし、お腹の部分のボタンが閉まらないとか、
全身を締め上げられているみたいに苦しいとか、
着れるんだけど、アームホールが細くて腕があげられないとか、
デザインは素敵なのに、黒と紺しかないとか。

結局、そっちの駅ビルのテナントでは、
いいかも、と思えるものは、一着もないまま、
時間切れになって、美容院に行った。

あとは、紳士服の大きいサイズを扱っている店のレディスコーナーを見て、
さっき行った駅ビルの、テナントじゃない直営部分の、
大きいサイズコーナーを見て、
そこになかったら、もう一つの駅ビルで、13号を扱ってる店を、
事前にチエックしてあったので、
そっちに回ろう、と思っていた。

もしそれでも、気に入るものがなかったら、
新宿の京王デパートに行くつもりだった。
京王は、もう10年以上前に、
ミセスに特化した百貨店に切り替えて、成功を果たしている。
電話して確認したら、確かにそうでございます、
大きいサイズのコーナーは4階の半分くらいの面積があり、
直営部分とテナント数店がございます、ってことだった。


紳士服の店には全然いい物がなく、事前に見れなかった、
駅ビルの直営の大きいサイズコーナーに行ってみた。

黒とベージュしかない。
うーん。
もし着られるとしても、喜びが湧かないなあと思いながら、
大きいサイズコーナーの隣のラックに近寄った。

そこは、テナントでもなく、直営でもなく、
不思議な空間で、
ハンガーラック4台のみで、オバチャンが、商売をしているのだ。

その存在は知っていたが、しっかり見たことはなかった。
ミセス向けの商品ばかりだ。
すると、オバチャン、わたしをさっきから観察していたのだろう、
「ダウン探してるんでしょ、これならあなた、入るわよ。」と
一着のコートを取り出した。

それは、くすんだピンクと薄い紫の中間のような色合いで、
生まれてこのかた、着たことがない色だ。
しかも、もうさんざん試着して来たから、
こういうホンワカした色で自分が膨張して見えるのはわかっている。
「こういう色はちょっと…。」と言うと、
「わかった! あなたにはこれ! もう、これしかないわ!」
と、偉い勢いで、もう一着を出した。

それは、光沢のある素材で、色は青みの強い深緑。
取り外しができるフードと、
取り外しができるフードのファーが付いていた。

まずは、この体が入るのかどうかが先決なので、
オバチャンの勢いに任せて、羽織ってみた。

…着られる。

ファスナーを全部閉めて、ホックも全部止められる。
しゃがんでみたが、苦しくない。
あれれ?

胴体部分には、斜めにステッチが入っていて、
実はそんなに絞っていないのに、
ウェストを絞ったように見える、かすかなAライン。

腕が超短いわたしだが、見えない裏地にゴムが入っていて、
袖丈もちょうど良くて、しかも風が入らない仕組みだ。

何よりも、ダウンの量が多すぎないのか、
全然、着ぶくれしない。
むしろ、太ってることをごまかせるデザインなのだ。

オバチャンはヒートアップして、
「ね、ほらね、すごい似合う! 楽でしょ。これ、値下げして、今18,000円なのよ。」

わたしは袖にぶら下がっているタグを読んだ。
ダウン80%、フェザー20%、表地・裏地はポリエステルで、
表面には撥水加工をしてある。

どの店でも見たことのない、珍しい深緑色。

色違いで、紫もあったので、それも着てみたいと言うと、
オバチャンは、あなたにはそっちなのよねえ~と言いながら、
紫を持ってきてくれた。

着替えてみると、一気に顔色がくすんだのが見てわかった。
ホントだ…。
さっきの青い深緑のほうが、似合うんだ…。

わたしは、もう、これに決めようと思った。
なんらかの理由で安いのだ。
どこかがB級か、サンプル品で量産されなかったか、
去年とか一昨年の品だとか、
何か理由があって安いのだろうが、
ちゃんとダウンとフェザーが入った、正真正銘のダウンコートなのだ。

「もうすぐスポンサーが来るんです。」と言ったら、
オバチャンはコートを脱がせて、
「じゃあこれ、もう取り置きしちゃうわね、一着しかないし、
フッと売れちゃうことがあるから。」

夫からは、もうすぐ着きますとメールが来ていた。

わたしが見るともなしにセーターとかを眺めていると、
そのオバチャン、なんと、
コートを買う、と言っているわたしに、
違うコートを、勧めて来た!
えええ?

それは、去年ちょっと流行った、昭和レトロっぽい、
ざっくりしたツイードのコートだった。

去年、そういうアンティーク調のウールのコートを、
ショーウィンドウで見て、すごく素敵で、
昭和レトロだなあ、と思って、
そのテナントに行ってみたのだ。

確かにすごく好きな雰囲気だったが、
まず、値段が69,000円もした時点でアウト。
素敵だなあと思っていた、そういう雰囲気のコートを、
オバチャンが出して来たのだ。

去年は、息子の家に遊びに行ったときに、
お嫁ちゃんが、ちょうどそういう、昭和レトロっぽいコートを持っていて、
すごく素敵で、似合ってた。
そうだよねえ、あれは、若い子が着るからこそ、アンティークな感じがして、
素敵に見えるのであって、
本物の昭和のオバサンが着たら、
単なる、古ぼけた薄汚い格好に見えちゃうんだろうなって、
諦めたのだ。

なので、いや、オバサンにこれは無理じゃ?と言ったら、
「いいじゃないの、羽織ってみなさいよ。」と言うので、
羽織ってみた。

…一目惚れだよ…。

何で?
全然オバサンっぽくはならないのだ。
デザインは、大きなボタンが一つ真ん中についているだけの、
やや衿の大きく開いた、チェスターコート。
色は茶系だがヘンリーボーン柄に、こげ茶のボーダーライン、
細いワインレッドのストライプが入った、
複雑なツイードだ。

オバチャンが、赤いマフラーを持ってきて、襟元にかけた。
すごく見栄えがする!
ああ、これ、欲しいよ…。

値札を見たら、二回値下げされてあって、
シールが二枚重ねて貼ってあり、14,000円になっていた。

ダウンコートに、きっと5万くらいかかると思ってたので、
ここなら、両方買っても35,000円以内だ。

「旦那さんに、お願いしてみなよ、すごく似合ってる。
赤いストールがあれば完璧!」

このオバチャン、ただ者ではないな、と感服した。

わたしも、物を売る仕事をしていたから、わかるのだ。
まずは、お客さんの目線を忠実に追うのだ。
何を探してるのか、予算をどれくらい持ってるかが、
だんだん分かるようになる。

安いから買うのであれば、ユニクロでもGUでもいい。
でもわたしは、個性的なものが欲しかった。
オバチャンはそれを見抜いていたし、
似合う色を見抜く力もちゃんと持っている。

その、昭和レトロのコートを着ているさなかに、
夫が合流した。

それで、いきさつを話した。
ダウンコートを着て見せて、どうかな、太ってるのがばれなくない?と
聞いてみたら、うんそうだね、という。

それでね、こっちのコートも、実は去年から欲しいタイプのもので、
14,000円なんだって。
だから、両方、欲しくなっちゃって…と、夫を見上げてみた。

そうしたら、夫が、すぐさま、「いいよ。」と
承諾してくれたのだ!

うああ、嬉しい!!

わたしが喜ぶと、オバチャンも、
「優しい旦那さんだねえ、良かったよ、似合うのがあって。
よそじゃ売ってないからね!」と、すぐにレジに誘導してくれた。

夫が、しぶしぶではなく、瞬時に理解をして、
さっと、「いいよ。」って言ってくれたことが、
本当に本当に嬉しくて、涙目になった。

嬉しいよ。本当に嬉しい。
着られるコートが見つかったこともだけど、
それよりも、甘えて、
それを許してくれて、いいよっていってもらえたことが、
ものすごく嬉しかったのだ。


しょっちゅう書くが、わたしには、貧乏の経験しかない。
親に、どうしても買って欲しいとねだったのは、
カセットテープレコーダーと、ヘッドホンだけなのだ。
何にも買ってもらったことがないのだ。

それは、断られるときの悲しさ、惨めさを、知り尽くしているからだ。
そんなもん、いらん、必要ない、と
切り捨てられて、買ってもらえなかった。

従姉のおさがりの服をもらい、
友達にリカちゃんを貸してもらい、
自分は、欲しいと言えずに、生きて来たのだ。


コートを持って帰って来て、ハンガーにかけて、
カーテンレールにつるした。

あちこち調べたり、触ったり、写真撮ったりした。

ダウンコートは、フードそのものも取り外せるし、
フードのファーだけを取り外すことも可能で、
開閉はファスナーとホックボタン。
一番上のボタンにだけ、ガンメタ色の四角い金具がついていて、
ちょっとした隠れアイテムみたいで、いい。
ななめに縫ったラインが綺麗で、痩せて見える。
アームホールもゆったりしているし、長さは膝上で、ちょうどいい。
撥水加工は、何回かクリーニングに出すと、効果はなくなるらしい。
ミャンマー製だった。
だから安いのね。

ツイードのチェスターコートは、ポリエステル80%にウールが20%で、
胸元が大きくあいているので、防寒用ではない。
でも、すごくおしゃれで、見とれてしまう。
ななめにポケットが付いていて、それもおしゃれ。
こっちは韓国製だった。

オバチャンは、赤いストールがいいと言ってた。
でも、ターコイズでも、ダルオレンジでも、ピッタリだ。
探そう。

余りにも嬉しくて、わたしはカーテンレールにコートを掛けたまま、
その下で眠った。
今もまだ、掛けてあって、飽きずに眺めている。

嬉しいなあ。
本当に嬉しいなあ。
どうしても欲しかったコート。


この間、夫のオマタに頭を突っ込んで号泣してから、
精神的に距離が縮まったような感じがする。

わたしは、こうして、確かに夫に守られて生きている。
再婚して、もうすぐ10年になるが、
ああ、結婚して良かったなあと、思えるようになった。

わたしにはきょうだいがいないので、わからないが、
やはり、一番話を共有できるのは、夫婦であるといいと思う。

今後、そう言う風になって行きたいと思っている。

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久しぶりに寝込んだ。

火曜日、雨の中、色々用事をこなして帰宅して、
慌てて帰って来てシャワーして、
ムギに会いに行って夜8時くらいまで乗せていて、
夕飯を食べた後、洗濯をするつもりがあったのだが、
しんどくて、テレビを見ているうちに、
寝落ちしていた。

いかんいかん、こんなことしてたら風邪引く。
というか、既にもう、具合が悪い。

わたしはパソコンを開くのもやめて、
ムギのところに行かない選択をして、
夫に朝、ムギに会えたらちゅーるをあげてねとメールをして、
早めに寝た。

翌、水曜日の記憶は、とぎれとぎれだ。

朝6時くらいにトイレに行きたくて起きたら、
ちまがついてきて、何か食べたいというので、餌をやり、
10時に、年に一回だけ買っている化粧品が宅配で届いたので、
起きて受け取り、
ちまがまた何か食べたいというので、何かを食べさせ、
またベッドに倒れこんで、夕方近くまで寝ていたように思う。

空腹だけど、あたたかいうどんを作ってくれる奥さんはいないし、
起きて自分でインスタントラーメンを作って食べて、
また寝た。

夫からメールがあり、
今日は母屋はお弁当を買うけど、何かいるかい?と
聞いてくれたので、
シウマイと、ジョナゴールドを頼んだ。

シウマイと、高いジョナゴールドを一個買って来てくれた。
スーパーなら100円台で買えるものだと思ったが、
450円もするジョナゴールドを買ってくれた。
美味しかった。

レトルトのおかゆとシウマイとリンゴを食べて、
ちょっとちまを構っていたら、
またベッドで伏せて寝落ちしていたので、
いかんいかんと思って、ちゃんと毛布をかぶって寝た。
夜中に一度起きてみたが、やっぱりまだ、
座ってるのもしんどいので、ムギのところには行けない。

ムギという子は、「適当にあしらう」ことができず、
餌でごまかすこともできない。
きちんとじっくり向き合ってあげられないとダメなので、
中途半端には行けないのだ。

なので、夕べも行かない選択にして、
ゴミもまとめたが、母屋の物置に入れに行って、
ムギと会ったら、知らんぷりは出来ないので、
玄関の内側に置いておき、朝、夫に出してもらえるよう、
お願いをした。


ただでさえ、夫は忙しくて時間もなく、
お姑さんのことで、ストレスも多いので、
煩わせてはいけないのに、
結局お世話になってしまった。
申し訳ない。

お姉さんにも、介護は気にしなくていいけれど、
あなたが倒れたら、弟が困るから、体、気をつけてねと、
言われていたのに、迷惑をかけてしまった。


夕べは夜中の1時に寝て、
今日は、空腹なちまに何度か起こされたが、
お昼の12時半くらいに、どうにか起きられた。

それは、すごく嫌な夢を見ていて、
これからどうやって生きて行けばいいの?と思った時、
そうだ、わたしはもう、再婚していて、
生きて行くのに困っていないんだった!と気が付いた。
それで目が覚めて、ちまにも起こされたのだ。

夫のお昼休み中だったので、メールしてムギの様子も聞けた。

ムギは夫にしがみつくように甘えていて、
夫は、降ろすことをためらい、
でも遅刻してしまうし、と悩んでいたそうだ。

ムギに寂しい思いをさせてしまった。

なのでちまに餌をやってすぐ、ムギに会いに行ったが、
留守で、呼んでも帰って来なかった。

またあとで来ようと思って一旦帰り、
洗濯をして、夕飯の煮物を作った。

具合が悪くなった時、ちょっとゾクゾクしたので、
風邪を引くのかと思って、
葛根湯とビタミンCを飲んでいたのだが、風邪ではなかったようだ。

先週、あまりにもいろんなことがありすぎたから、
精神的に、疲労したのかもしれないなと思った。

体の疲れでさえ、翌日にではなく、翌々日に出て、
なかなか回復しないような年齢になっているので、
精神の疲れは、もっと深くて、後から酷いかたちで現れることもあるだろう。

わたしは、親と接触すると、もう絶対に壊れる。
着信があっただけで、あんなことになってしまうのだから、
もう会うことはないと覚悟している。

けれども、親の方は、自分たちが悪いだなんて、一ミリも思ってないので、
いざとなれば来るだろう、と気軽に考えていると思う。

わたしは、死に目に会わない覚悟すらしているというのに。


16時にまたムギのところに行ってみた。
まだ留守。
呼んで待っていると、ムギのあの、ものすごい可愛い声が、
わたしを呼んだ!
「なーん!」
「あっ、ムギちゃん!」
「なーん!」
「ムギ~。」
「なーん!」
「ムギ~。」

何回も呼び合って、ムギがだんだん近づいて来て、
帰って来てくれた!
感激!
ムギは車の横を通って、すぐにわたしの脚に乗った。

ああ、ムギちゃん、久しぶり…。
ごめんね、来れなくて。ママね、具合悪くて寝てたの。

体に触れると、草の実だらけだった。
手で取り除いてから、ウェットシートで拭き始めると、
シートがみるみる黒くなった。
ムギがすごく汚れていたのだ。
まるで土の中にいたように、汚れていたので、
シートをどんどん換えて、体を拭いてやった。

ごめんよ、ムギ、ママが来なかったから、汚れたままだったんだね。

何もやれてない自分だけれど、
猫たちのことは、ちゃんとわたしがしないと。

ブラッシングして、体を撫でて、ひざ掛けでくるんだ。

ムギのベッドの中の敷物も交換した。

天気予報を見ると、どんどん寒くなってくることがわかった。
最低気温が、ひとケタと言う日も出てくる。
ムギの小屋に、もう一段階、暖かさをプラスしよう。

45分間くらい乗っていて、足りたのか、ムギから降りた。
夜中にまた来るからね、と約束して、
わたしは部屋に戻った。

自分で作った煮物と、炊きたての新米で美味しい夕飯。

しかし、昨日はめちゃくちゃ寝たなあ。
疲れていたんだなあ。

ある意味、体の疲れより、見えない分、疲れ方が激しいかも。

でも、しっかり寝込んだのは、久しぶりだった。


明日は精神科通院なので、行けそうになって良かった。

夫に迷惑を掛けないように、気をつけて暮らそう。

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甘えの構造?

昨日、ダウンコートが着れなくなって、
新しいのが買いたいのだと、書いた。

でも、ちゃんとしたいいコートは、当然高い。

わたしは、高くても品質のいいもの、気に入ったものを買って、
長く使いたい。

だから、鞄も、本革のを買って使いまわしている。

でも、一人で、コートに5万出す勇気が出ないのだ。
働いてもおらず、消費だけしているお荷物のわたしが、
そんな高いものを買うなんて、世間さまに許してもらえない、と
思ってしまう。

ならば、夫が買ってくれたらどうだろう。

これは、単純に、すごく嬉しいことで、
罪悪感も持たずに済んで、
わたしの精神状態には、すごくいいのではないか?と思った。

ダメかもしれないが、夫に、
お誕生日プレゼントとして、ダウンコートを買って欲しい、
土曜日、時間があったら、一緒に行って見立てて欲しいと、
お願いしてみた。

ダメなら、ダメって、言ってくださいね、と書いた。

結婚当初は、誕生日にバラの花束をくれたりした。
もちろん、そんなことをされた経験はないし、
バラは好きだけれど、
花束って、最も状態のいい時期の物を渡されるよね。
そこからは、衰退していくのを、世話するだけになってしまうのだ。

そのことが辛くて、もう花束は要らない、と遠慮した。

その後は、豪華な夕食に連れて行ってもらっている。
物をねだるのは、久しぶりだ。

今年は帰省もしないから新幹線代いらないし、
お年玉も、今年から、いいですよって遠慮したから、
年に一回、おねだりしてみてもいいよね。


夫からは、いいですよ、買いましょうという返事は来なかったが、
土曜日は午後予定があるので、落ちあえるのが16時半くらいになるが、
それでもいいか?
あとは、ばあさんの飯を、
娘たちのどちらかがやってくれるかどうか、
聞いてみないとわからない、という返事が来た。

買ってやらない、とは書いてなかった。

そもそも、大きいサイズしか着られない体型になったので、
売ってる種類がすごく少ないと思うし、
その少ない選択肢の中から、着られて、
気に入るものが、あるのかどうかもわからない。

いくらくらいまでなら買ってもらえるのかもわからない。

けれど、夫に拒否されなかったことが、
わたしの心を落ち着かせてくれた。
甘えを受けてもらえたことで、安定したような気がする。



わたしは貧しい育ちで、それが子供心にわかっていたので、
無理なおねだりは、絶対にしなかった。
どうせ、ダメだ、無理だ、必要ない、と言われて終わり。
傷つく。
それがわかっているから、自分から、おねだりしたことは、
本当に少ない。

どうしても!とねだったのは、
カセットテープレコーダーと、ヘッドホンぐらいだ。


お雛様だってうちは、ない。
一人娘なのに、お雛様もないの?と言われたことがあった。
近所の親しいお宅には、当時で既に珍しかった、御殿造りの、
七段のお雛様があって、自慢の品で、
わたしはうっとりと眺めさせてもらった。

いい加減大人になってから、何でわたしにはお雛様がなかったの?と
聞いてみたら、
「アンタ、欲しがらへんかったやんか!」と言われた。

そう、母は、すべてをわたしのせいにする。
次の子供を産めなかったのは、
アンタを産んだ時に死にそうになったからや、と言われ、
幼い心に傷がついた。
でもこれは嘘。
父が二人目を望まなかったそうだ。

うちの母は、今でこそ老人になって肉が落ちたが、
とても太った人だった。

なんでこんなに太ったの?と聞いた時には、
アンタを産むために仕事辞めて、
アンタの食べ残しを食べたからや、と言われた。
幼い心に傷がついた。


お雛様、欲しかったに決まってるじゃないか。
でもそんなものが買ってもらえる状態の家ではないって、
幼心にわかっていた。

だから、タンスの引き出しを、少しずつずらして開き、
そこに持っていたありったけのビニールの人形を並べて、
「お雛さまだ~。」と喜ぶフリをしていたのに。


最初に結婚した夫は、ものすごいケチだった。
新婚旅行で、ハワイに行き、
みんながブランド品を山のように買っているのに、
わたしが、何を欲しがっても、「そんなもん要らん。」と言われて買えず、
他の新婚夫婦の旦那さんが、奥さんに、
「どう? 何か欲しい物ある?」と優しく聞いているのを耳にして、
思わず泣いてしまったくらい悲しかった。

帰り、空港の税関で、他の新婚夫婦に比べて、
極端に荷物が少ないことで止められて、
本当に新婚旅行かどうか、怪しまれて調べられたのだ。

他の新婚夫婦は、持って行った大きなトランクの2倍くらいの、
お土産やらブランド品を積み上げて、
税関を通っていた。
わたしたちは、トランクに、紙袋一つが増えただけだったのだ。
運び屋なのではないかと、疑われた。

帰りの新幹線の中で喧嘩になり、わたしは泣いた。
とても惨めだった。


必要だから買うものとは別に、
欲しいから買う、というものが、あるのだ。
無くても生きて行けるけれど、あったら心豊かに暮らせる、
そういう買い物って、あるのだ。

夫が、「ダウンコートなんて必要ない。買わない。」と
言わなかったことで、
わたしは既に、ちょっと幸せになっている。

もし気に入ったものが無くて、今年買えなくても、
買ってもいいよって思ってもらえたことは、
忘れないと思う。


貧乏はね、心が荒むんだよ。
夫は貧乏の経験がないから、知らないと思うけれど、
本当にね、ギスギスするんだ。

わからないかもしれないけれど、
もう、あんな気持ちは、味わいたくはない。

なにもシャネルやエルメスが欲しいと言っているのではないので、
叶ったら嬉しいな。

                                            伽羅moon3


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