頑張るしかない覚悟。

ゆうべ記事をUPしたあとで夫が来てくれて話をした。
感じている様々なプレッシャーについて。

夫の考えも揺れていた。
初めは、「治っているわけじゃないことを折に触れて伝えたらどうだろう。」と言っていた。
でも、帰ってきて2日も寝込んでいたことなどを話したりしたら、次に実家に「行くよ。」と言った時に、「来なくていい。」と拒否されることが当然考えられる。
それは嫌だった。
わたしは行きたくて行くのだから。

「黙ってるしかないな。」
結論はこちらになった。

夫は、わたしは確実に良くなってきていると言った。
以前は、頑張ろうにも頑張れなかった。
それが今は、あとあと寝込むにしても必要な頑張りが出来るようになった。
これは良くなっているのだと思っていいのではないか、ということだった。

今いろんな薬を飲んでいる。
パキシル。レスリン。サインバルタ。(抗ウツ薬)
セロクエル。リスパダール。(統合失調症の薬)
ワイパックス。(安定剤)
ハルシオン、マイスリー(睡眠薬)。
それに肝臓の薬とアレルギーの薬。

複合的に効いていて、いまの安定がある。
以前も抗ウツ薬は飲んでいた。
でも今のように安定したことはなくもっと頻繁に寝込んでいたし精神的に不安定だった。
せっかく実家に帰省しても青い顔をして寝てしまうこともあった。

それがなくなったことを両親は喜んでいる。
ならそれで行くしかない。
わたしが頑張るしかない。きょうだいが居ないのだから。

帰ってきて寝込めばいい。
このまま頑張ろう。


今日はカウンセリングだった。
父には生きていて欲しいと言って少し泣いて来た。
頑張るしかないと覚悟を決めたことも話して心配された。

慰めや励ましは、他の人でもできる。
けれども中心の弱い部分を受け止めてあげられるのはわたししかいないのだ。
父はぽろっと本音を漏らした。
心細いと言った。
それを和らげてあげられるのはわたししかいない。

しかもカウンセリングを隔週にした。
これは帰省に費用がかかるので夫にあまりにも申し訳なくて自分で決めたのだ。
そのことをカウンセラーは心配してくれていたが、検査の結果が出たらまた父の顔を見に行きたいしそちらを優先とする。

良性である可能性はまずない。わたしが望んでいるのは「不幸中の幸い」にどれだけ恵まれるかということだ。

法事もきちんと務め、沢山の人たちを助けてきた夫婦である。
どうか不幸中の幸いに恵まれますようにと祈っている。
わたしは頑張って二人を支える。
自信はないけれど…。

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治っているわけじゃない。

わたしが実家に帰ったことを両親はすごく喜んでくれたし、回りの人たちも喜んでくれている。
それはわたしが「良くなった」からだと皆が思っている。
そのことがプレッシャーになっている。

わたしは今調子は安定しているほうだと思う。
それは沢山のお薬を飲んで、ストレスのない生活をして、カウンセリングに通っているおかげだ。

主治医が代わって、もうしばらくしたら、わたしは減薬を開始しなくてはならない。
そしたら今のような体調ではいられない。
父のピンチにハイよっ!と帰省できるかどうかもわからないし、帰省できたとしても元気な娘を演じて来られるかは怪しいのだ。

実家にはいろんな人から心配の電話がかかってきている。
わたしのことを知っている人は、「それで伽羅ちゃんはどうなの?」と聞く。
母は「今回は飛んで帰ってきてくれてね。」と嬉しげに話す。
すると聞いた人はわたしが治って来ていると思って「良かったねえ。」と喜んでくれる。

違うんだよ、わたしまだ治ってない。
沢山のお薬でいろんな症状を抑えてるだけなんだよ。
この薬をこれから減らして整理していかなきゃならないんだよ。
その過程は決して楽ではなく、元気なフリをしていることもできないんだよ…。

頑張るよ。もちろん一人娘だもの頑張るよ。
でも帰ってきては潰れる、の繰り返しになると思う。
実家に長く滞在するのもしんどい。

父には生きていて欲しい。
ファザコンのわたしにとって父がどんなに大切な人かわかって欲しい。

3日に検査結果を聞いて、今後の治療方針が決まる。
それからもいっかい考えよう。
明日は幸いカウンセリングだし。

6日には診察もあるから相談してこよう。
わたし、少しは治ってきていますか。
薬で抑えているだけなんじゃないですか。

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父は喜んでくれたけれど。

土曜日は品川で少し買い物をして、12時くらいの新幹線に乗って実家に向かった。
新幹線に乗った旨メールをすると、父が駅まで迎えに来てくれるという。
それに甘えることにした。

二度乗り換えて最寄り駅に着くと、いつもと変わらずに父が笑顔で待っていてくれた。
少しやせたが元気そうだ。

家に着いてすぐ、今回お世話になった近所の人のお宅へお土産を持って挨拶に行ってきた。
父が倒れた夜に病院に車で連れて行ってくれたり、母が病院に行くのを送り迎えしてくれたりとお世話になっている。

手をついてお礼が言えた。
人に会いたくないなんて言っていられない。

父はわたしが来たことをものすごく喜んでいてくれた。
拒まれるかもしれないという恐れは杞憂に終わったのだ。
これからも時々来るから負担に思わないで欲しいと言うと、父は頷いた。

それから家で両親とわたしの3人で、倒れる前の体調から始まっていろんな話をした。
2~3日調子が悪く、だるくてドリンク剤を飲んだりしていたという。
倒れたとき、全身汗ずくだったのでお風呂に入ってから近所の人の車で運ばれたそうだが、病院に着いたときは父はもう立てず、車椅子に乗せられたという。

胃潰瘍からの出血はデータで計算されて一リットルにもなっていたと判断された。
喀血しなくてよかったと父は言った。その量の喀血を見たら母が倒れていただろうと。

胃潰瘍からの出血でした、あとは潰瘍を治し貧血を改善すればいいですね、となるはずだったのに、腸のカメラ検査でポリープと、ポリープとは呼べない平坦なできものがみつかった。
それが父を打ちのめした。

自分でモニターで様子を見て、それが決して良性のものではないと父はもう決めているようだった。
手術ができるかどうか、出来る体力を作れるかどうか。
手術が出来なかった場合はどうするか。

夫婦の間ではもうかなり突っ込んだ話し合いが出来ているようだった。
父は身辺整理を始めることを決めており、「これでお母さんより早く逝ける」とまで言った。
そんな悲しい話を、泣きもせず淡々と進行する3人。
それぞれの本心には触れることができない。

わたしは努めて明るくしっかりした娘を演じ続けた。
泣いてはいけない。塞いではいけない。
もう病気のことで心配をかけるわけにはいかない。

体が温まるからとゆず湯にしてお風呂に入った。
両親が用意しておいてくれた気持ちのいい布団に入ったら、とたんに涙がツーツーと流れ出た。


日曜日は適当な時間に駅まで送ってもらい、そこで新幹線の切符を買ったのだが、6時前に品川に着く切符だったのでわたしは甘えて夫に迎えに来てもらった。
二人で居酒屋に行ってから帰ってきた。

わたしはドーッと疲れが出て、DVDを見ている夫の傍らで布団を敷いて横になった。
心が震える。
いいこぶってきた裏返しの部分が顔を出して自分の弱さを見せ付けられる。

父はわたしの帰省を本当に嬉しいと喜んでくれた。
わたしも、喜んでもらえたり支えになるのなら時々顔を出したいと思っているし、またすぐ来るよと言って来た。

けれどもわたしは元気な娘を演じるだけでこんなにガクガクになってしまうのだ。
まだ父の闘病はスタートしたばかり。こんなことでどうする。

月曜日も寝たり起きたりをしていた。
疲れた。
どうしよう。
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内緒は無理だった。

父から「あまり心配せんといてくれ」と言われて、認知の歪んでいるわたしには「行ったら嫌がられるかもしれない」という思いがあった。
夫と色々話し合って、この土日に行くことにしたのだけれど、「来てもらわんでもいい」の言葉を聞くのが怖くて、「行くね」の一言を両親に伝えられずに居た。

内緒で行って、新幹線に乗ってから「今向かっているよ」とメールを入れる作戦にしたのだ。
けれども、今日のわたしは昼間のお風呂と洗濯を済ませたあと寝逃げしたいくらいに具合が悪かった。
明日のことを考えるとドキドキしてしまって気分が落ち込むのだ。

夫からの帰るメールに、ドキドキして具合が悪いと伝えると、「行くね~とメールすれば?」という返事。
ダメ。怖い。
わたしは自分を拒否されることが何よりも怖いのだ。人格を否定されるくらい怖い。
そんなわたしに「しょうがないなあ~。」と言って夫からメールしてくれることになった。

わたしにも送って文章を見せてくれたが、愛に満ちたすばらしいメールだった。
すると折り返し母からわたし宛に電話がかかってきて、
「承知しました、ありがとう、ってNさんに伝えて。」とのこと。

わたしと母は普段ショートメールでやり取りしているので、夫からの丁寧なEメールへの返信の仕方がわからなくなってしまい、わたしに電話してきたのだった(笑)。

両親は喜んでくれた。わたしを拒否しなかった。
嬉しかった。

夫のメールのお陰だ。
わたしが普通に「明日行くよ」と言ったら「来なくていい」と言われたように思うからだ。

親だから子供に会えるのは嬉しくないはずがない。
そうは思っても、「心配せんといてくれ。」と突き放すように言われた言葉がぐるぐるして具合が悪かった。
夕食もカップ麺で済ませてしまった。

でももう安心。父は喜んでくれているらしい。
今夜は早く寝て明日頑張って早起きしよう。
ああ楽になった。
夫、ありがとう。
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友だちに会えるシアワセ。

ほぼ一年ぶりに友人Zと会った。
いつもより早く起きて支度してバスに乗って出かけた。
ランチは、珍しくファミレス。
そんなにゆっくり時間が取れないのでファミレスでいいとわたしが言ったのだ。
忙しい彼女が作ってくれた大切な時間。

わたしのほうが先に着いたので席を取って待っていた。
程なくしてZはやって来た。
今日は深いブルーの暖かそうなコートを着ておしゃれなブーツを履いている。
コートの下は紺色の可愛いスーツに空色のタートルセーター。
ブルーのパールのネックレスに紺色のパールのイヤリングをしてとても綺麗だった。

彼女に会うのが楽しみなのは気兼ねがないことと何でも話せることと、それに、綺麗にしている彼女を見るのが楽しみだということがある。
わたしは一切飾りっけナシでスッピンなので自分はつまらないのだ。

仕事をバリバリやれてたときは化粧もちゃんと出来てた。やっぱり「躁」だったのかなあ。
仕事もやってオークションにもいっぱい出品してた。睡眠時間は今の半分でよかった。

わたしとZとの間には一日に何通もメールが飛び交う。
いくら仲のいい友だちでも(若い子じゃあるまいし)珍しいと思う。
メールがないとお互いに心配になる。
Zから「おやすみぃ」とメールが来るとなんだかホッとする。

メールで、かなりのことを話してるんだと確認した。
会ってもそう新鮮な話題はないのだ。
メールで交わした話の詳細や前後関係を聞いたりすればほとんどのことを理解できた。
彼女はこのブログを読んでくれているから尚のことわたしのことに詳しい。

話があっちこっちに飛びながら色々話した。
友だちと話すっていいなあ。
友だちがいるって贅沢だなあ。

時間が来て別れるときいつも寂しい。
ちょっと指先を握り合って別れた。
彼女が忙しいのはわかっているけれど、たまにこうしてまた会いたいな。


帰ってから着替えて、休憩のつもりで布団に入った。
ちまを誘ったら布団にもぐって来て、膝を立てているわたしの足の甲に乗っかって寝てくれた。
足がすごく温かくて幸せだった。
ねこのぬくもりは幸せ。友だちとのお喋りも幸せ。

父は今日退院した。
あとは3日に検査結果を聞きに行くまで自宅療養。
わたしは土曜日こっそり実家に向かう。

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