伝わっていた。

わたしは、物わかりのいい母親を演じているが、
息子のことが、好きでたまらない。

可愛い。
見た目も好き。
しっとりとした大きな手、長くてまっすぐなまつ毛。

でももう、もちろん、誰にも言わないよ。
息子本人には、彼が小さいころは言っていたが、
中学生の「別に。」時代になったら、もう伝えなくなった。

小さいうちに、伝えたかったことは、
多分全部伝えられたと思う。


今は、親の役割は終わり、手を離れて、
大好きなお嫁ちゃんと仲良く暮らしている。
息子を幸せにしてあげられるのは、わたしではなく、
お嫁ちゃんなのだ。

大好きな息子を、大好きになってくれた子なんだから、
お嫁ちゃんが可愛いのは当然。
とっても礼儀正しく、でも明るくて自然体で、
いい子だ。


たまに、息子に、なぜに、ということなく、
メールする。

小さい頃、こんなことがあってね、可愛かったんだよとか、
今日は、幼稚園で使ってたお弁当箱を発見したんだよとか。

そしていつも同じしめくくりになる。

わたしは、母親として、未熟で至らない親でした。
正しい生き方を見せても来なかったし、
今も、親として正しい姿を見せてあげられていません。
でもね。
わたしは、キミのことを、世界で一番愛しているよ。

この世で、一番大切なのは、キミと、キミの心だよ。

わたしはもう、生きて両親には会えないと思うけれど、
そこに、何の後悔もないよ。
これでいいのです。

大好きだよ。可愛いよ。


面と向かって、言葉では絶対にもう言えないことを、
たまーに、メールする。

答えに困るので、息子からは返信はない。
うんでもなく、ありがとうでもなく、
ただ無言である。


来月、息子夫婦が、帰省してくれるので、
昨日、またちょっとメールをした。
もうおじいちゃんも、わたしを擁護はしてくれてなくて、
怒っちゃってるって噂だし、
おばあちゃんは、わたしの悪口を言いまわっているらしいです。

でもね、何の後悔もないよ。
死ぬまで会えなくて、平気です。
わたしにはキミがいるから。
大事だよ。
愛しているよ。



そしたら、思いがけず、今日になって、息子から返事が来た。

「そうだね。
人は、一つでも、大切なもの(人)がある人生なら、いいと思うよ。

自分はあまり深く考えないので、なるようになると思っているから、
もういいよ。

もちろん、今まで育ててくれた感謝は、忘れてないよ。

また遊びに行かせてね。」

こう書いてあった。
泣けたよ。

育ててくれたのは、キミのほうだよ。
至らない未熟な人間を母親にしてくれて、
どうしたらこの、ガラスのハートを守れるか、
必死に考えたのは、
キミがいつもわたしに優しくて、可愛かったからだよ。

育てさせていただいた、と思っているよ、とメールしておいた。
またいつでも遊びにおいで。


息子とわたしとでは、思考回路が違う。
こだわりも違う。
大切とするものも違う。

でも、わたしの思いは、理解はしてくれてた。
ちゃんと伝わっていた。


充分に愛された人は、充分に愛すことが出来ると思う。
そう信じたい。

神さま、
この上ない素晴らしい贈り物を、ありがとうございます。

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諦めなくて良かった。

わたしは、ムギに執着している。

可愛いとか、愛してるとかのほかに、
執着もしているのだ。

だから会えないときは、とても辛い。

まあいいか~とは、思えず、暗くなってしまう。


でもそれは、きっとムギだって同じように思っていて、
ムギが会いたいことだってあるだろう。
隣の家の屋根に来ている時は、明らかに、わたしに会いたい時だ。

他にも、アパートの階段を2~3段登ってるのを夫が見たことがあるようで、
ひょっとしたら、二階まで来ていることだって、あるかもしれない。

ムギがいくら会いたいと思っても、
わたしが出向いて行かなければ会えず、
逆にわたしが自分の都合で会いに行っても、
ムギが留守で、呼んでも帰って来れない日もある。


このところは、脅威になるものがないので、
大体庭やガレージに居る。

夜は警備についているのか、留守がちで、
呼ぶと、数分で走って帰って来てくれる。


でも、夕べはちょっと違ってた。

わたしが、カラーコピーを撮りに、コンビニに行こうとして、
夜中の12時に玄関を出たら、
ちょうど帰って来たのか、ムギが階段の下に現れたのだ。

お互いの顔が合って、「ムギちゃん。」と呼ぶと、
ムギは甘えた声で鳴いた。
 
「ムギ、階段、登って来れる? ここまで来れる?」と聞いたら、
行きたいけど行けないよ、怖いよ、という返事だったので、
玄関の内側にかけてある「ムギ袋」を手に取り、
降りて行って、ムギのリビングに行った。

会ってしまったものは仕方がない。
ムギもわたしについてきて、ムギのリビングに来たのだが、
わたしの履物が、いつものサンダル(偽物のクロックス)ではなく、
ちゃんとしたサンダルだったことに気が付き、
匂いを嗅いで、離れてしまった。

ムギは、「いつも同じ」であることに、異常に執着する子なのだ。

なので、仕方なく、
「じゃあ、ムギ、いつもの時間にママちゃんと来るから、待っててね。」
と言い聞かせて、
ムギ袋は洗濯機の上に置いて、コンビニに行った。

帰って来てしばらく作業をして、いつもの夜中2時に、
ムギに改めて会いに行った。

待っててね、と言っておいたのに、ムギは留守だった。

ムギは、「待っててね」という言葉を理解しているが、
ちょっと待たせすぎたのかもしれない。
お使いから帰って来たら、すぐに来てくれると思っていたのかもしれない。

なので、何回も、ムギを呼んだ。

パラパラと雨が落ちて来ていて、
風で門扉がギシギシ言うたびに、ムギかな?と聞き耳を立てる。

呼んで呼んで、20分待ったが、帰って来ない。

いくらテリトリーが広くても、
真夜中に「ムギ!」と叫ばれてるわけだから、
聞こえていないわけがない。
きっと何か、理由があって、帰って来られないのだ。

敵と対峙していて、膠着状態なら、帰って来ることは出来ない。

今夜は、会えないのか…。
コンビニから帰って来て、すぐに行ってあげれば良かった。

諦めて、立とうとしたとき、かなり遠くで、
ムギがわたしに呼びかけて来た。
あの感じだと、通りの向こう側だ。

ムギちゃん!と呼ぶと、さらにムギが鳴きながら、
走って帰って来てくれた。

ああ、良かった、会えたよ。
ムギ、遠くから帰って来てくれたんだね。
警備、大変だったの?
すぐには帰って来られなかったんだね?

ムギはゴロゴロと喉を鳴らしながら、わたしにピトっとくっついている。

ふと、匂う気がして、
シッポを持ち上げ、懐中電灯で、ムギのお尻を見てみた。

すると、やっぱり、そこから、草と、ウンちゃんが、出ていた。

ああ、ムギちゃん! 可哀想に!

草がちぎれてしまわないように、そーっと抜いた。
長い草が出て来て、お尻はスッキリした。
ウェットティッシュで、ちょっと拭いてやった。

ムギ、お尻、気持ち悪かったね。
辛かったね。
さっき会った時、しきりに鳴いたのは、これを知らせたかったからなの?
ママ、気が付くのが遅くてごめんね。
さぞ気持ちが悪かっただろうし、
男として、かっこ悪かっただろうと思うよ。

諦めて帰らなくて良かった。
待ってて良かった。
会えて良かった。
気付いてあげられて本当に良かったよ。


こういうことがあるから、ムギは夫と二人で見てあげないといけない。
普通の4本足のコなら、何とかできることが、
ムギには無理なことがあるのだ。

お尻がスッキリしたのが気持ち良かったのか、
ムギはゴキゲンで、二人で腹這いに寝そべって、
色んな話をした。

本当に、諦めなくて良かった。


今日から夫が出張で留守だ。
夕方、ムギのところに行こうとして、
郵便受けの郵便物を取り出そうとしてモタモタしていたら、
ガレージにいたムギがじれて、
「きゃ~ん。」と高い声で呼んできた。
「はいはい、今行くよ~。」

今日はいっぱいくっついて甘えてくれた。
餌ももりもり食べた。
お尻は綺麗だった。良かった。

夫が留守なので、庭の花に水をやっていると、
ムギがそれを変な顔で見ていた。
ママ、へたくそだな、と思ってたかもしれない。

遅くに帰って来る娘ちゃんたちのために、
玄関の外灯をつけて、リビングの窓のシャッターをおろす。

戻って来ると、またムギが甘えて来たので、
手からカリカリを食べて一緒に過ごした。

今夜もこのあと、会いに行くけれど、
いるかな?
呼んだら帰って来てくれるかな?

諦めずに待とう。

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とことんダメな日。

せんだって、膝を、やってしまった。

ムギは、人間が立って近づくと、絶対に逃げる。
こんなに親しくなったのに、それでも逃げる。

でも、お姑さんが入院して留守になり、
庭に出入りする人がいなくなると、
ムギは庭の真ん中で、ダラダラしていたり、
門扉のすぐ内側で、門番をしたりするようになった。

そういうときに会いに行くと、
庭の真ん中でローリングして喜びを表現してくれる。

その場合、「可愛いねえ~!」と大げさに愛でながら、
こちらがしゃがんで、その低い体勢で近づけば、
お腹をモフらせてくれることがわかった。

だいぶ、信頼を得たということだ。

なので、お相撲さんの稽古みたいに、
しゃがんで、じりじりと前に進むのを、やっていたら、
左膝を、やってしまった。


しゃがむと痛いし、正座も無理だし、
まっすぐ伸ばしていても痛い。
もちろん階段が辛いし、歩行も困難で、
立っていることもしんどい。

これは放置して治るタイプではないかも、と思い、
胆のうを摘出した病院に電話予約して、
整形外科に行った。

触診のあと、3方向からのレントゲン。

結果、「変形性膝関節症」だそうだ。
治る道はなく、痛みが治まったら、太ももの筋肉を鍛えるしかない、
と言われた。
ひどくしてしまうと、専用の膝サポーターを装着したり、
杖が必要になることもある、とのこと。

わたしは、ひどい0脚だ。
なので、その脚の形だと、どうしても膝や足首に負担がかかり、
悪くしやすいそうだ。

わたしが、歩くことが苦手で、立っていることも苦手なのは、
脚がひどい0脚だからでもある。
それは知っていた。

それから、半年で6キロも太ってしまったことにも、
もちろん、原因がある。

食べすぎた自分が悪いので、これは仕方がないけれど、
帰省のストレスで、ひどい過食をしていて、
やっと、父に理解されないことを自分が受け入れて、
娘を降りると決めて、
過食が治まったばかりなのだ。

本当に狂ったように食べていた。
毎晩お腹が痛くなるまで食べて、
色んな意味ですごく苦しかった。


病院を予約したと夫に話したら、自分が腰をやっちゃったときの、
薬用の湿布をくれた。
痛み止め成分が入っていて、効果があるそうだ。
ただし、貼った箇所は、紫外線を浴びないことが条件だそうだ。

貼ってみたら、確かに痛みは紛れたが、
ちゃんと知っておきたかったので、病院には行った。


脚がまっすぐで綺麗な人は、綺麗というメリットだけでなく、
疲れにくいというメリットも併せ持っている。
とてもうらやましい。



そんなこんなで、先週は、火曜日から土曜日まで、ずっと毎日、
出かける羽目になった。
わたしは、夏に弱いので、ばててしまい、
日曜日はもう、起きていられなかった。

宅配だけを受け取って、ムギのことは夫にお願いし、
ベッドで寝ていた。


夜になって、何か食べようと思い、
解凍してあった牛肉と、茄子を、フライパンで炒めていた。
塩・胡椒・ガーリックで味付けするつもりで、
それらの小瓶を並べておいた。

塩を少々。
次に、胡椒の小瓶を持って、ぐるぐる回してフタをあけて、
パッパ!と振ったら、
胡椒が、ドバーッと、フライパンになだれ込んだ。

一瓶、全部、入れてしまった。

…間違えた。
フタをくるくる回して開けて使うのは、ガーリックのほうで、
胡椒は、ピンとフタを跳ね上げると、
小さい穴が出現する仕組みだった。

具合が悪くてぼんやりしていたので、
間違えたのだ。

仕方がないので、具材をザルにとって、洗って、
もう一回炒めて食べたが、とてもまずかった。
あ~あ。
無理して作らないで、インスタントラーメンにでもしとけばよかった。
食べ終えてしばらくしてから、
遅くなると嫌になっちゃうから、食器やフライパンを洗った。
食器洗いのハードルはかなり高い。

ガスコンロも綺麗に拭いて、
使った台ふきんを、洗剤で洗って、ゆすいで、
漂白しようとして、洗い桶に水を張り、
水切りカゴの奥に置いてある、ノズルのついた漂白剤を持った。

そうしたら、なぜだかわからないが、
ノズルがボン!と外れて、
漂白剤を、ドバっとぶちまけたのだ。
「きゃあぁ~!」と思わず叫んだ。

胡椒どころの話ではない。
最もやっちゃってはいけないことを、やってしまった!

ちまが冷蔵庫の前にいたので、
「ちま! お部屋に入って!」と怒鳴って部屋に入らせた。

どうしよう、まず、何からやろう?

手の指の皮が溶けて来て、ヌルヌルし始めたので、
まずは石鹸で、何度も何度も、手を洗った。

それから、なぜだかはまっていなかったノズルキャップを、
しっかり本体に付けて、
漂白剤のボトルを念入りに洗った。

シンク周りを洗って拭く。

そのあと、膝も痛いのに、仕方がなく、
キッチンの雑巾がけをした。

キッチンマットは、ファブリックではなくPVCにしていたので、
そこには被害もなく、
床の色も、塗りではなく、木の色だったので、白くはならなかった。

おかげで、キッチンだけ、チリ一つなく、綺麗な床になった。

そのあとも、あちこち拭いて回り、
もう一度念入りに手を洗って、
ふと見たら、わたしが着ていたこげ茶のTシャツが、
オレンジ色の水玉模様になっていた。

脱いで、そのままゴミ箱に投入。


疲れ果てているのに、とことん、ダメな日はダメなんだなあ。

でも、腑に落ちない。

漂白剤のような危険なものを、蓋を閉めずに、
カゴの奥に置くことが不可能なのだ。

蓋が閉まっていなければ、持ち上げることが出来ず、
その、所定の狭い空間に入れることは不可能なのに、
なぜ、蓋が開いていて、ノズルが外れたのかが、不明である。

足元に、ちまがいないときで良かった。
次からは、もっともっと、慎重にことを行おう。

疲れちゃったよ。

でも、キッチンを雑巾で拭いたら、かなり雑巾が汚れたので、
今度、調子のいい日に、
部屋の方も、自力で雑巾がけしたいと思った。
いつも、クイックル頼みだけど、
人間ほどの力では拭いてくれてないからね。


そしてまた、月末でお金がない夢を見た。
いつまでこれに苦しめられるのだろう。

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天上界の果物。

わたしは、果物の中では、「桃」が最も好きだ。
猛烈に好きだ。

でも、桃は、高い。

今、お金に困っているわけではないが、
それでも、貧乏しか知らないわたしの人生において、
「桃」は特別な果物だった。

どんなに美味しいか知っている。
でも、買うことは出来ない。
桃を二個買ったら、3~4日は暮らせる料理が出来るからだ。


息子はブドウが好きで、初めて実家で食べてから気に入り、
次の年に、八百屋の店先に並び始めた、
出始めの高いデラウエアを、買って欲しいと
指さして泣いた。

けれども、買ってやれなかった。
780円もしたのだ。
その金額があれば、親子3人が3日は暮らせる。

泣いている息子の手を引いて、
わたしも辛くて泣きながら、帰った。

当時、知り合う人に、
こんなに貧乏な人はいなくて、
公園帰りに一緒にスーパーに行ったりすると、
平気で、5~600円する苺を買う。

わたしには、出せない金額だ。
だからもう、辛くて、息子も可哀想すぎて、
二度と誰かと一緒にスーパーに行くことはやめた。

息子が幼稚園の頃、仲良くしていたお宅には、
テーブルにいつも、山盛り、果物が置かれていた。
「うちは、お菓子代以外に、果物代が要るのよ~。」と
彼女はサラッと言ったが、わたしが黙っていると、
「あら? 果物、嫌いなの?」と不思議がられた。

そうじゃない。
日々、食べて行くことに必死で、果物に回すお金なんてないんだよ。


ずっとみじめだったし、わたしは我慢できるが、
息子が可哀想でたまらなかった。

たまーに、もう値引きされてひと房100円のデラウェアを、
冷蔵庫にポツンと入れておくと、
帰って来て見つけた息子は、わーいと喜んで食べた。

グレープフルーツは、丁寧にむいて、
キレイに実を取り出せたものを息子に食べさせ、
失敗したボロボロの部分をわたしが食べた。

桃は、汁がしたたらないよう、細心の注意を払ってむき、
カットして息子に出し、
わたしは、種のまわりの、すっぱい部分を吸った。
どんなカケラも拾って食べた。



再婚してから、息子に会うたびに、デパ地下に行き、
肉とか、お刺身とか、ウナギとか買ってやり、
その季節の果物も、必ず買ってあげた。

貧乏ごめんね、取り戻せてるかな、と聞いたら、
息子は、「うん。」と答えてくれた。
松屋浅草で買った黄桃、美味しかったね!


今、もちろん、生活には困っていないが、
桃を買う、勇気を持てない。

今でも、桃はとても高いのだ。

大好きなのだが、八百屋で眺めては、
ため息をついて、帰る。

そしたら、わたしの若い友人が、
叔母さまが果樹園をやっていらっしゃるとのことで、
頼んでくれて、今日、立派な桃が届いた!

B級品でいいので、と言っておいたのだが、
見事に大きくて美しい桃が、箱にびしっと入っていた。

幸せだ。
幸せだ。
息子にも食べさせてやりたいよ。

小一時間冷やして、さっそく一つ、いただいた。

果肉は固く、しっかりしていて、
わたしがこの前、値引きになってたのを買ったものとは、
まず、重さと感触が違った。

わたしの手には乗り切らないくらい、大きい。

汁が滴らないように、そーっとむく。

カットして、水色の器に入れて、
最初に、昔のように、種のまわりを吸った。

酸っぱい。
でも、このあと、本体部分を食べられる。

すごく味が濃くて、甘くて、最高に美味しかった。

わたしは、幸せすぎて、切なくて、
泣きながら食べた。



自分で、働いて、お金をかけて、高いものを買うのは、
いいことだ。
でも、こうして、人さまからいただくものには、
愛情もこもっている。

ありがたくて、うれしくて、美味しくて、
泣けた。


母屋にもおすそ分けをした。

娘ちゃんたちは、高いものをいただくことには慣れ切っているので、
こんなありがたみは、全然感じないだろう。

息子にあげたら、どんなに喜ぶか。
食べさせてやりたい。

でももう、息子は、きっと自分で買える。
その時に、桃がいかに貴重で大切かを、
あの子なら、わかって食べる。



「桃」は、古来、中国では、
豊穣を現し、天上界(天国)に実っている果実であるとされ、
大切に扱われてきた。

先のとがった、あの桃のモチーフが、
中国柄に多く登場するのは、そういうわけだ。


わたしと、急死なさったカウンセラーさんは、
わたしが当時働いていた、人形屋で出会った。
彼は、イギリスに住む姪の子供の、五月人形を、
探しに来ていたのだった。

海外に送れるものとなると、選べる範囲がぐっと狭くなる。
ガラスケースを送るのは無理である。

なので、わたしは、木目込み人形で、
ケースなしで黒い台座のついている飾りを勧めた。

海外に送る。
予算は2万円。
何か、オブジェクト的なものを、と言って
探していらした。

わたしがお勧めしたのは、2種類で、
一つは、「犬張り子」の上に、
紙の兜をかぶった男の子が乗っているもの。

もう一つが、美しいピンクのグラデーションで作られた桃に、
やはり紙の兜をかぶった男の子が乗っているもの。

犬張り子とは、平安時代から、子供の守り神とされています。

桃は、天上界に生る、最も高貴な果物で、
豊穣の象徴でもあります、と説明した。

彼は納得して、
では、他の店もちょっと見てきます、と言って出て行った。

けれども、わたしには、
彼が戻って来て、この店で買うだろうとわかった。

梱包の人が休みの日だったので、
わたしは自分で、海外に送れるような梱包を、
もう用意しておいた。
そうすれば、ここですぐに持ち帰れる。

一時間もしないうちに、その人は、やはり戻って来た。
そして、犬張り子と、桃で、迷ったが、
桃の方を買うと言ってくれた。

他の大店さんでは、ケースなしで、この作家さんの作品を、
売ってはくれないことを、
わたしは事前の調査で知っていた。
しかも、店員さんたちは、季節だけ派遣される素人さんで、
由来も柄の名前すらも知らないのだ。


梱包をしながら、少しお話したら、
職業が、心理カウンセラーさんなのだとおっしゃった。

今日はプライベートなので、名刺が…と言いながら、
財布に一枚だけ残っていた、ちょっと汚れた古い名刺をくださった。

そうやって出会った方だったのだ。


「桃」は、豊穣の証し。

ありがたく、ありがたく、いただく。

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けなげなうちのコ。

ちまは、情緒の安定した猫だ。
だからわたしと一緒に暮らしていられる。

いつも機嫌が良くて、シッポがピンと立っている。
撫でたり、すぐそばで寝転んで話しかけたりすると、
ゴロゴロ言って喜んでくれる。

怒ったことはない。
不平不満を漏らすこともない。
文句も言わない。

その代わり、ご飯ちょうだい、以外は、あまり話しかけてこない。

それに比べると、ムギはまるで、人間の子供のようなのだ。

こちらの言葉を確実に理解している。
ちょっと待っててね、と言えば、ちゃんとじっと待っていてくれる。

わたしの帰りが遅くなり、会いに行くのが遅れると、
盛大に文句を言う。

普通のお喋りをしてくれる時もある。
何を言っているのかは解明できないが、喋ってるので、
「へえ~、そうだったの。ふんふん、そうなのね~。」と聞いてやる。

ムギは怒る。
撫ですぎると、「ンギャ!」と怒る。
写真を撮られるのもあまり好きじゃなくて、
調子に乗って何枚も撮っていると、
「もういいだろ!」と怒る。

「いや~ん。」と鳴く。
これは、本当に嫌な時に鳴くので、
よくお姑さんと、それで会話していた。



「食べたい。」時の声も、特殊なので、よくわかる。

ムギの声は、高くて丸みのある、すっごい可愛い声なのだが、
「食べたい。」時だけ、低く「にゃー。」と鳴く。

敵がいるんだよ、というときの鳴き方も、もうわかった。

線路の電線に鳥が止まっていると、
「カカカカ!」と鳴く。

ふてくされて、いじけて、シッポだけ見えるように隠れてみたり、
かと思うと、嬉しさが極まって地面でローリングする。

ムギは、本当に面白い子だ。



でも、わたしには、二匹を同時に飼うことは、無理だった。
自分が未熟すぎて、全然うまくやれず、
ムギが部屋にいる期間は、誰一人として、幸せではなかった。

ちまは、一生懸命頑張ってくれたのだが、
苦労をかけたせいで、真っ黒だった背中に、
一気に白髪が出てしまった。

ムギも、楽しそうにはしてなかった。
幸せそうじゃなかった。

わたしはノイローゼになった。



わたしは、子供とお年寄りが嫌いなので、
自分が子供を持つということを、特に考えもせずに、
結婚した。
すぐ、息子を授かった。
だから、産んで育てられたが、
よくよく考えたりしたら、わたしには子育ては無理!って、
尻込みしたかもしれない。

そもそも、自分に兄弟がいないので、
兄弟を、どう育てればいいのかがわからない。

でも、もし息子の下に子供ができたら、
「お兄ちゃんなんだからね!」と、たしなめることは絶対にすまい、
そのために、「お兄ちゃん」ではなくて、
お互いに名前で呼ばせ合おうと考えていた。

息子のガラスのハートを、いかに下の子から守れるか、
不安だった。

でも、二人目を授かることはなく、
夫婦仲が悪くなって、離婚を決めた。



ムギには、夕方と、夜中寝る前に会いに行っている。
夕方は大体家の庭かガレージか、せいぜいお隣くらいにいる。

夜中は、真冬は小屋にこもっていることが多かったが、
今は小屋には入っていない。
小屋の窓は開け放ち、パイル地のベッドを入れてあるが、
どこかもっと涼しい場所を知っているのだろう、
小屋に入っていることはない。


夕べ、夜中、会いに行ったがやっぱり留守だった。
このところ、ムギのテリトリーを悠々と横切っていく、
図太い憎らしいノラ猫がいるので、ムギは警備に忙しい。

それでも、2~3回呼べば帰ってきてくれていた。

けれど、夕べは呼んでも呼んでも帰って来ず、
諦めて、夫に報告メールを打っていたら、
ガサガサガサ、と音がしたので、裏の土手を見やると、
土手の草の中を、掻き分けて降りて来る猫が見えた。
「ムギ? ムギなの?」

もちろん、ムギだった。

どうやら今夜は、線路の向こう側で、戦っていたらしい。

ずっとわたしが呼び続けていたので、戦いを一時休戦して、
帰って来てくれたようだった。
わたしにくっつきながらも、目はずっと土手を見ている。
予断を許さない状況らしかった。

なので、
「ムギ、じゃあさ、敵がまた来ちゃう前に、栄養補給しようよ。」
と提案して、ちゅーるを見せた。
ムギは、低く「にゃー。」と鳴いて欲しがった。

急いで器に絞り出してやって、
どうぞ、と置いたら、嬉しそうに舐めた。

軽い見回りをしながら、何度も甘えて寄って来る。
甘えたいし、でも敵が向こう側にいるし、
ムギ、大変だね。

夕方、シーバをやらなかったので、シーバもやって、
愛情と気力のチャージも終了。

ムギ、ママ帰るね、と言ったら、
ムギが先に立って歩いて、門の外に出た。

アパートの角の柿の木で爪とぎをして、わたしを見つめる。
「ムギ、階段登って、上に来てみる?」
そう聞いたら、ムギはシュタッと降りて、
一声、「にゃ~!」と元気に鳴くと、
角を曲がって通りのほうに走って行った。


けなげなかわいい子。
頑張ってね、と声をかけた。

ムギは、毎日、頑張って生きている。
とても尊いと思う。

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«類は友を呼ぶのかの話。